外伝4
遥か昔。今から1500年も前に、とある土地が廃棄物の処理場として利用されるようになった。
そこには何を捨てても許されるという暗黙の了解がある。ゴミに武器、死体に赤子。ありとあらゆるモノが捨てられる。
中には何らかの事情によって表社会で生きていくことが出来なくなり自らその土地に逃げ込む者もいた。
世界中からそうした人間が集まり、更には彼らの子孫も生まれ、やがてその廃棄物処理場には1つの街が出来た。
流星街。それが全てを捨てられる街の名前である。大量の廃棄物に覆われたその街には800万人もの人が住んでいると言われているが根拠はない。
流星街に住む者たちは全てを受け入れる。そこに何を捨ててもいいように、何だろうと彼らはその懐に入れるのだ。
誰の子か分からぬ赤子だろうと生きていれば拾い分け隔てなく育て、外の世界で極悪人と呼ばれる者もここに来れば同胞として迎え入れるだろう。
……もちろん例外というのはどんな事にも存在するが。
流星街では住民同士の繋がりが非常に濃い。同じ流星街に住んでいる。たったそれだけで見も知らぬ他人の為に死を問わぬ行動をするのだ。
いや、正確には他人の為にではないのだろう。彼らは全てを受け入れる。見知らぬ人だと言えど、同胞ならば血より濃い絆を持たせることが出来るのだから。
それを裏付ける話がある。仲間の1人が冤罪で捕らえられていると発覚した時、報復の為に31人の住民が仲間の冤罪に携わった31人に対して復讐したことがあるのだ。
復讐の方法は31人がそれぞれ爆弾を持ち、対象を道連れに自爆するという狂気に満ちた方法だ。これだけで彼らの異常性が理解出来るだろう。
常識ある人間なら関わろうとしない社会の闇。それが流星街なのだ。
その流星街にある存在が潜伏していた。
多くの人が住み着き、世界で最も多種多様な人種が交わる街と言われている流星街にあっても異質の存在。
かつてNGLという国で発生し、一歩間違えれば世界を覆う脅威となっていた存在。そう、キメラアントである。
キメラアントはその多くがNGLにて滅びを迎えた。だが僅かに生き残った者たちもまた存在していた。
生き残ったキメラアントの多くはハンター協会に服従し、監視付きではあるがNGLの一部にて平和に暮らしている。
だがそんな彼らと違い、ハンター達に見つかることなく逃げ延びたキメラアントもまた存在していたのだ。
その逃げ延びたキメラアントの一部が流星街にたどり着いていたのだ。
そのキメラアントの名前はライオンをベースにしたハギャとウサギをベースにしたヒナという。
彼らはNGLにてキメラアントを襲撃したハンターから命からがら逃げ延びた後、巣には帰らずにそのまま国外へと抜け出していたのだ。
その判断は正解だったと言えよう。もし国外へ逃げずに巣に留まっていれば有害な生物として駆除されていた可能性が非常に高かった。
それだけハギャの性質は危険だった。他者を蹴落とし自らが頂点に登ろうとする野心を持っていたのだ。
人間ならまだしも、キメラアントという存在でそのような性質を持つ者をハンターが見逃すわけがなかったのだから。
ともあれ、NGLを抜け出したハギャとヒナは姿を隠し人間に見つからないように動きつつ、情報を集め流星街へとたどり着いた。
流星街についてからもハギャ達は自分たちの存在をひた隠しにした。いくら流星街が全てを受け入れるとはいえ、キメラアントという異物までそうとは限らないと判断したからだ。
住民たちと全く出会わないようにするのは流石に不可能だったが、顔と体を布で隠し絶にて気配を断てば見つかる可能性は限りなく低くなり、例え見つかったとしても顔を隠した存在など流星街には数えきれぬ程いるので怪しまれることもなかった。
そうしてハギャは隠れながら流星街の情報を集めていった。
何をするにも必要なのはまず情報だ。そう、世界を統べる王になるためにもだ。
ハギャは自らの野望を捨てていなかった。ライオンであった頃、全てが思いのままに暮らしていた王の記憶。
キメラアントに捕食され、キメラアントとして生まれ変わった今もその記憶は無くなっていない。
例え幾度敗北に塗れようとも生きてさえいれば再起は可能。そう思い泥を啜ってでも生き延び牙を研ぎ機会を待った。
流星街にて情報を集めて約1年が過ぎた。慎重に事を進めた為に時間が掛かったのだ。だがハギャは焦らなかった。
事を焦ってしまえばいつどこで自分の存在が外の世界に露見するか分からない。そうなればまたあのキメラアント以上の化け物がやってくるかも分からないからだ。
だが情報を集めて1年も経ち、流星街について詳しく把握した頃にハギャは動き始めた。流星街に自らを王とする国を作ろうとしたのだ。
流星街の特性上、中の情報が外の世界に漏れる可能性は非常に少ないと判断したのだ。漏れるとしたら外の世界で暮らす流星街の住民のみ。
それがあの化け物に繋がる可能性がどれだけあるというのだ? 砂浜の中から小さなダイヤを見つけるような確率だ。まず有りえない。流星街と関係している人間など極僅かしかいないのだから。
外に自分の存在が漏れる可能性がないと判断したハギャは兼ねてから準備していた計画を実行し始めた。
国を作るには戦力が必要だ。現在の戦力はハギャとヒナの2体しかない。それでは不十分過ぎる。
ハギャはキメラアントでも師団長クラスと言われる上位固体でありその強さもキメラアント内で上から数えた方が早い実力者ではあるが、1人で出来ることにも限界はある。
それに上には上がいるというのを嫌というほど味わっているのだ。現状の戦力で満足など出来るわけがない。
自らを鍛え強い王にするのは当然として、戦力の拡大の為にハギャは同胞にして部下であるヒナにある念能力を作るように命じた。
ヒナが女性型のキメラアントであるというのもハギャにとって幸いだった。キメラアントが戦力を増やす為の最も確実な方法を取れるのだから。
そう、産卵である。
産卵と言ってもヒナにキメラアントの女王のような産卵能力はない。あれはあくまでキメラアントの女王蟻のみが持つ生物としての機能だ。
ヒナはキメラアントであっても女王種ではない。産卵自体は可能だが、あれだけの速度であれだけの数を産むことは不可能であった。
だからこその念能力だった。ハギャはヒナに対して女王の産卵機能を念能力にて再現しろと命じたのだ。
さすがにそれは嫌がったヒナであったが脅されては話は別だ。自分の命には変えられない。
ヒナの能力の発現には長い時間が必要となった。
女王の産卵機能を再現しようというのだ。並大抵の才能と努力では実現出来ないだろう。
だがハギャは焦らない。ヒナの能力が完成するまで他のことをしていればいいだけだ。
ハギャは自分たちの拠点を作り出した。場所は既に決まっている。流星街の住民が禁忌と呼び立ち入ることを禁じている土地があるのだ。
それなりの広さを持ち、流星街の住民は立ち入らない。ハギャに取っては都合のいい場所だ。
大きな巣を作れば人目に付くため、地下を掘り進み巣を作っていった。巣を作る者はハギャ1人の為作業は長い時間が掛かった。
さらに巣を作る作業と平行しつつ自らを鍛え高みへと至る。そんな生活がしばらく続いた。
ヒナの能力が完成したのは3年後。ハギャが流星街に潜伏してから4年目のことである。巣もとうに完成しており、ハギャは見違えるほど強くなった。これで戦力強化の準備は整った。
ハギャは計画を始動する前に自らの名をレオルと改めた。これは王として新たに生まれ変わったことを自らに示すためであった。
レオルは夜な夜な流星街の住民を攫い、ヒナの念能力の実験台にした。
ヒナの念能力は具現化系能力だった。自らの体を媒体とし産卵機能を具現化する。そこに別の生物を生贄とすることで新たな生物を生み出すのだ。
命を利用し命を生み出すという念能力の中でもとびきりの発と言えるが、ヒナのキメラアントという生まれと女王というお手本のような存在がいたことで時間は掛かったが完成した能力だ。
そこらの昆虫や動物と攫ってきた人間を掛け合わせ生み出された新たなキメラアントは十分な戦力として育っていった。
もちろんこの能力で生み出された新キメラアントは能力者であるヒナとレオルに従順になるように能力を作り出している。自らの戦力に攻撃されるなどという愚かな真似はするつもりはなかった。
レオルは生まれた兵隊達に念能力を教えた。教えるといっても正規の覚え方ではなく強制的に目覚めさせるやり方だが。
レオルにとって嬉しい誤算だったが、なんと全ての兵隊が念能力に目覚めることが出来たのだ。これはこの兵隊達が念能力で産み出された産物だからか、はたまた悪辣な環境を生きる流星街の住民故に生命力が高かったからか。それとまその両方か。
ともかくレオルの好都合ではあった。
そして更にレオルは念能力に目覚めた兵隊達に発を身に付けるように命じた。
発の有無は念能力者に取って非常に重要な要素だ。戦闘力に差があろうとも発によって戦況が逆転することは多々ある。
それだけではない。レオルは他人の念能力を借りることが出来る【謝債発行機/レンタルポッド】というかなり特殊な能力を有している。
部下が多種多様な能力を覚えれば覚えるほど、レオルはそれらの能力を借りて自らの物とすることが出来るのだ。
能力を借りるには幾つかの条件があるが相手が従順な兵隊の為容易く条件はクリア出来た。使用にも制限があるがそれでも状況に応じて数多の能力を選ぶことが出来るのは強みだろう。
時間を掛けて兵隊の数は徐々に増えていった。既に流星街では失踪者について何らかの動きを見せているようだが、レオルは問題にしていなかった。
ここは流星街の連中が来ることのない禁忌の土地であり、例え来たところで並の人間が重火器を持ってきてもどうにもならない戦力を既に有しているからだ。
念能力者が来たところで余程の念能力者でない限り対処出来る自信もあった。流星街に強力な念能力者の存在は確認されていないというのも大きい。
このまま焦らず流星街の住民を兵隊へと変えていけば、いずれは100万を超えるキメラアントによる念能力者の大軍が完成するだろう。
そうなれば最早敵はいない。どれだけ個が強かろうとも、最終的に数という暴力には敵わない。かつてのキメラアントが個に負けたのは数が足りなかっただけなのだ。
レオルはそう考えながらかつて己を恐怖させた化け物を思う。いずれはあのすました顔を恐怖に歪めさせてやろうと悦に浸りながら、レオルはその時が来るのをゆっくりと待った。
◆
流星街で起こったある異変。それは流星街で多くの住民が失踪するという流星街では起こり得ない異変であった。
多くの廃棄物が捨てられあちこちから有毒なガスが垂れ流されているような環境だ。人が死ぬことなど日常茶飯事の世界ではある。
だが死体が残らない失踪というのは流星街ではあまりにも不可解な事件だった。流星街では死体でさえも拾われ利用される。
だと言うのに、失踪者は百を超えて増え続けてもなおたった1つの死体も見つからなかったのだ。
これには流星街の中枢である議会も焦りを見せた。
議会は流星街を取り仕切っている組織で、同胞が害された時に報復者を決定する権限なども持っている。
だが今回は少々勝手が違っていた。失踪者が自分の意思で失踪しているのか、それとも何者かの手によって拉致されているのか、どちらかが判断出来ないでいたのだ。
何者かによって拉致されているならば何を以ってしてもその犯人を見つけ出し報復をするのだが、自らの意思ならばそれを咎める理由はなくなる。
流星街ではルールさえ守っていれば何をしても問題はないのだから。
議会も失踪者の行方を調べてはいたが、一向に見つかる気配はなかった。
だがある時有力な情報が手に入った。それは人間大の大きさの化け物が人を連れてある方角へと去っていくというものだった。
真夜中での目撃だったので見間違いという可能性はあった。だがその情報は失踪者が未だ見つかっていないことにより信憑性を増すこととなった。
何故ならその化け物が去った方角は流星街でも禁忌とされ誰であろうと近づくことを禁じられている悪魔の住処だったからだ。
そこはかつて流星街でさえ受け入れることが出来なかった悪魔の親子が住んでいた土地だ。
全てを受け入れるはずの流星街の住民も、その赤子が発する禍々しい何かによって近づくことも憚られていた。
やがてその赤子が存在する土地には誰もが近寄らなくなった。議会が立入禁止を命じたことでそれは決定付けられた。
そのような場所に失踪者が連れ去られていたとしたら、どれだけ探しても見つかるはずがない。探していない場所にいるのだから当然の話だ。
議会では決まることのない会議が続けられていた。それは禁忌の場所に立ち入ってでも失踪者を探すか、それとも禁忌は禁忌として触れるべからずを通すかだ。
流星街として失踪者が拉致されているのであれば捨て置くことはありえない。
だが禁忌に触れることもまた流星街が定めたルールを破ることとなる。
流星街出身にして異質の存在である幻影旅団を頼ろうとするが、肝心の彼らとは連絡がつかなかった。
なので議会はある決断を下した。かつて悪魔の赤子と交わした約定を使用したのである。
流星街の中にある議会の本部。その一室に複数の男女が集まっていた。
その多くは老人だ。十数人の老人が1人の女性と向き合っている。
「……久しぶりだな悪魔の子よ」
「お久しぶりですね。お元気そうで何よりです。あと、私の名前はアイシャと言います。出来れば名前で呼んでほしいですね」
女性は彼らが悪魔の子と呼ぶ流星街の禁忌、アイシャであった。
アイシャはかつて流星街の議会と『我々のみで対処困難な事態があればその手助けをする』という約定を交わしていたのだ。
当時は携帯電話やホームコードを持っていなかった為に連絡先を交換することは出来なかったが、それらを手に入れた後にきちんと連絡先を交換しておいたのだ。約束は守らねばならない。
約定を交わして8年以上の年月が経っているが、こうして久方振りに流星街に戻ってきたのはアイシャにとっても良い機会だと思っていた。
育ての母(念獣)と共に生きた故郷と言える土地に赴き、消えてしまった母に色々と報告したいことがあったが、最近はごたごたが多く中々時間が取れなかったのだ。
議会の依頼を解決した後は何もないだろうが想いで深き土地にて少し時間を取ろうと思って議会からの連絡を渡りに船とばかりにこうして流星街へとやってきた。
「さて、私に依頼するともなれば余程の事態なのでしょう。早速話を聞かせてもらいますか?」
アイシャは議会から依頼があるから来てほしいと頼まれただけで、その依頼内容までは詳しくは知らない。
この世界ではハッカー技術に長けたものならば通話内容など容易く傍受されることもある。
議会もそれを知っており、流星街の内情が万が一にも外に漏れるのを防ぎたく直接出会ってから依頼内容を話そうとしたのだ。
アイシャもそれは理解しており、特に不満を持つこともなくここまでやってきた。
「……今流星街では多くの同胞が拉致されている」
「犯人は不明だ。僅かな目撃者によると巨漢の化け物が同胞を連れ去っているのを見たという報告が上がっている」
「他にも虫のような化け物だとか、鼠の顔をしていただとか不確かな目撃情報がある」
「被害者はすでに百を超えている。どうにかして解決してほしい」
議会員が口々に情報を話していく。それを聞いてアイシャは怪訝に思った。
――虫のような化け物に、鼠の顔の化け物? まさか――
犯人の正体に心当たりのあるアイシャはこの事件が流星街の者達では解決困難な物だと想像出来た。
「その犯人、キメラアントの可能性がありますね」
アイシャの言葉に議会員たちがざわつく。
「キメラアントとは?」
アイシャはかつて起きたキメラアント事件を説明した。
そしてあらかたのキメラアントは駆逐されたが、僅かに外の世界に逃げ出した者もいると。
「もしキメラアントが犯人であるならば、拉致された人達は恐らく食料にされた可能性が高いですね……」
「おお……」
「何と言う……」
「おのれ……!」
同胞が食料にされたという可能性に議会に怒りと悲しみが渦巻く。
それを痛ましく思いつつ、アイシャは残った疑問を議会に確認した。
「そこまで目撃情報があってあなた達は何もしなかったのですか?」
何故彼らは自らの力で解決を試みようと思わなかったのか?
聞けば目撃情報もあるはず。ならば彼ら得意の自爆特攻をしてでも犯人を殺そうとするはずだ。それが流星街なのだから。
犯人を追跡出来なかったとしても、人海戦術を駆使すればいずれは犯人に辿り着くだろう。流星街には数百万もの人間が住んでいるのだから。
「我らとて自らの力で解決したかった」
「……だが、犯人がいると思わしき土地が問題だった」
「その場所は――」
議会から犯人の潜伏場所を聞いた後、アイシャは有無を言わさぬ圧力を放ちその場から立ち去った。
議会員たちは思う。犯人はこれで終わりだ、と。本来慈悲をかける必要もない報復対象であったが、今回ばかりは僅かに祈った。
せめて楽に死ねればいいと。
◆
レオルは地下を掘り進めて作り上げた巣の奥、巣の中でも一際大きな一室にある玉座のような物に座っていた。
いや、玉座のような物ではなく玉座その物なのだろう。彼に取っては自分はこの巣の王なのだから玉座に座るのは当然という考えだった。
玉座にてレオルは兵隊達から借りた念能力の利用法を模索していた。
なにせレンタル出来る能力は数十にもなるのだ。状況によって上手く使い分けなければどれほど多くの能力を有していても宝の持ち腐れだ。
レオルが特に重要視したのが他人を操ることが出来る操作系の能力だ。
敵がどれほど強かろうと操ってしまえばどうということはない。むしろ強ければ強いほどこちらの戦力になった時に助かるというものだ。
その操作系の能力を上手く使用出来る状況を作り上げるように他の能力を連続で使用して相手を嵌めるハメ技を考え付いた時、レオルは笑いが堪えられなかった。
まず最初に相手の動きを阻害する。これをクリアしたのは円の範囲内にいる自身を除く全ての生物の動きを停止させるという操作系能力だ。
強い能力だけにデメリットはあり、その状況で能力者が円の範囲内にいる存在を傷つけることは出来ない。
しかも何者かが何らかの方法で円の範囲内にいる者を傷つけると、その傷は能力者自身に返ってきてしまう。
だがこの能力ならば余裕をもって次の行動に移ることが出来る。しかもこの能力の利点は部下には一切の効果がないということだ。
この能力は操作系に属する能力だ。そしてレオルの兵隊は産まれた時からヒナの能力で操作されているのだ。
操作系は早い者勝ち。この法則によって部下を巻き込まずに敵だけの動きを止めることが出来るというわけだ。
次にレオルは対象の動きを物理的に阻害するようにする。
その為に用意しているのが糸玉と呼ばれる物だ。これはかつて同胞にいた蜘蛛のキメラアントが作り出す糸からヒントを得て生み出したものだ。
ヒナの能力によって人間と蜘蛛を組み合わせて蜘蛛型のキメラアントを生み出し、そのキメラアントが作った糸を球状にしたものだ。
投げつけて強く何かにぶつかると強靭な蜘蛛の糸が相手に絡み着くという代物だ。
この蜘蛛の糸はレオルが引っ張っても千切れることはない。全力でオーラを練って初めてどうにかなるという程強靭だった。
もちろん人間でもこの糸を引きちぎることは可能だろう。レオルは自身が最強だとは思ってはいない。自分に出来ることはあの化け物にも可能だろうと理解している。
なので次にレオルは対象の念能力を封じることにした。先程と似たような能力で、円の範囲内にいる者の念能力を封じるという物だ。
もちろん似たような能力なのはそうするようにレオルが部下に命令して作らせたからだ。そうすることで上手くコンボが出来るようにしたわけだ。
命令して作らせた故に本人のインスピレーションと違った能力になるために効率は悪かったが、時間が掛かっても覚えることが出来ればいいのだ。
大事なのは能力そのものであって、部下の強さではないのだからレオルには何の問題もない。
この能力のデメリットは自身もこの能力以外の念が使えなくなることだ。肉体を強化することも出来はしない。
だがそれでも良いのだ。何故なら脆弱な人間と違ってレオルはライオンをベースとした強靭な肉体を持っているのだから。
念能力というファクターがなければ、肉体のみの強さで言えばレオルの方が圧倒しているのだ。少なくともこの4年間で鍛錬してさらに強くなった肉体を持つレオルはそう確信している。
さらに相手は糸玉にて全身を絡め取られているのだ。念能力を使うことなくこの蜘蛛の糸を引きちぎることなど人間には不可能だろう。
あとは相手を嬲り殺すも良し。毒で弱めたところで相手を操作する能力を使用するも良し。まさに料理し放題だ。
「くっくっく」
自らを恐怖させたあの化け物を隣に侍らすのも悪くはない。
そう下卑た想像をしつつ、レオルは隣でぶすっとした表情をしているヒナに話し掛ける。
「どうしたヒナ? 機嫌が悪そうだが」
「そりゃそうよレオル様! ずぅーっとこんな穴倉の中にいちゃ気分も滅入るってもんですよ!」
そう不満を漏らすヒナの見た目は特に何らおかしな所はない。いや、もちろんウサギのような耳がある時点で人間からすればおかしいとは言えるかもしれないが。
ともかく、ヒナは見た目的に普通の体型をしていた。キメラアントの女王のように産卵をするような機能があるとは思えない程普通の体型だ。
これはヒナの能力が具現化系の能力だということが理由だ。産卵能力はあくまで具現化能力なので、産卵していない時は具現化を解けば元の姿に戻ることが出来るのだ。
現在は攫ってきた人間のストックが切れた為、産卵能力を使用する必要がないのでこうしていつもの姿で過ごしているわけだ。
「私もいい加減外に出ていいでしょう?」
「……そうだな。流星街の中ならばもう問題はないだろう」
巣が完成してからはヒナは巣の外に出たことは一度もなかった。
レオルにとってヒナは最も重要な道具だ。戦力を生み出し増幅する為の利用出来る道具であったのだ。
その道具を失うことは絶対に避けなければならない。なのでこれまではヒナを絶対に巣から出さなかった。
だが流星街の中ならば危険はないだろうとレオルは判断する。戦力は十分に揃った。多くの護衛を連れていけば流星街の貧弱な人間などに負けることはないだろう。
「ほんとレオル様!?」
「ただし護衛も一緒にだ」
「えー! 自由に動きたいですよー」
「そう言うな。女王として下々の者を侍らせていると思えばいい」
「え? うーん、じゃあいっか!」
女王と言われてヒナは一気に機嫌を取り戻す。現金な性格をしているようだ。
この扱いやすさもレオルがヒナを重宝する理由である。
「オレも行くぞ。王と女王の姿を下等生物に見せるのも悪くはないだろう。ついでに兵隊の材料を纏めて手に入れてくるとするか」
レオルはヒナを万が一にも失いたくはない。もしもの時には転移能力でヒナを連れて逃げ出すつもりだった。一緒に巣の外に出るのはその為だ。
ヒナさえいればいくらでも再起は可能だ。生き延びることこそが先決だ。例えどれだけの屈辱を食もうとも、生きてさえいれば何とでもなるのだから。
そうして重要な能力を持つ部下は巣に残して行き、戦闘力が高い部下を引き連れて巣の外に出る。
レオルの能力【謝債発行機/レンタルポッド】はレンタルした能力の本来の使用者が死んでしまえばその能力は削除されてしまう。
なので本当に必要でレアな能力者は大事に巣の中で保護しているわけだ。もちろん無駄に保護したりせず常日頃から鍛錬をするように言い渡しているが。
レオルは外出する前に【謝債発行機/レンタルポッド】を発動する。小さな機械のような物が具現化され、そこから幾つかの紙が発行される。
これがレンタルした能力を発動するのに必要な券だ。これを破ることでその能力が発動する。万が一のことがあればこの券を破り躊躇せず対象を無力化するつもりだ。
レンタルした能力には使用回数などの制限があるが、使用回数は容易に増やすことが出来る。
具体的には相手の能力を実際に見るか能力名を知り、相手に恩を売りそれがただではないことを同意させれば条件は整う。
実際にこれをクリアするのは結構な手間が掛かるが、レンタルする相手は従順な部下なので条件のハードルは非常に低くなるのだ。
いとも容易く増やすことが出来る強力な能力の数々。それはこれから更に増え続けるだろう。
全てが上手く行っている。これからが自分の人生の絶頂期なのだ。そう思いながら巣の外に出たレオルは……修羅を感じ取った。
レオルは巣の外に出る時に無意識の内に円を展開していた。
レンタルした能力には円が重要となってくる能力が幾つかある。円の中に何者かが侵入すればすぐに分かるし、範囲内にいれば無効化も出来る。
流星街でここまで警戒する必要はないかもしれないが、かつてNGLにて受けたトラウマがレオルを無意識化で慎重にさせていたのだ。
そんな自分を自嘲し、流星街では大丈夫だと自身に安心させるように内心で呟き、レオルは円を閉じようとする。
その時だ。レオルは円の範囲内に人間らしき者が入り込んで来たのを察知する。
そして躊躇せずに発行していた券の内で対象の動きを停止させる能力の券を破り捨てた。
「えっ!? レオル様何を!?」
発行券を破り捨てた瞬間に能力は発動した。レオルの傍にいるヒナも円の範囲内にいるので能力に巻き込まれてしまったが。
だがそれでも構わなかった。円で感じ取った瞬間にレオルは理解したからだ。円に入り込んだ人間が、あの時NGLで見た化け物なのだと。
円には範囲内の対象が何者なのかを判断する能力はない。なのでそれを理解したのはレオルの本能そのものだ。本能が死を恐れてレオルに第六感とも言うべき直感を働かせたのだ。
「は、ははは! どうしてここが分かったかは知らないが、これで終わりだな化け物!」
能力が発動した瞬間、確かに自身を除き円の範囲内にいる存在全ての動きが止まった。
勝った。絶望は瞬時に安堵に変わり、そして勝利の悦へと転じていく。
だが……絶望は何事もなかったかのように動き出した。
「はははは……は?」
間の抜けた声がレオルから漏れる。能力は確実に発動している。ヒナを見ればそれは一目瞭然だ。
だがあの最悪の化け物は、アイシャは何の制限もないように自由に動いていた。
「ば、馬鹿な……」
呆気に取られるレオルに対してアイシャは最初にして最後の通告をする。
「降伏するなら良し。抵抗するなら容赦はしない。動けばその時点で抵抗したと判断します」
その通告は圧倒的で膨大で、そして凶悪なオーラと共に発せられた。
勝ち目を考えるのが馬鹿らしくなるようなオーラ。それを浴びた瞬間に、レオルの心は折れかけていた。ヒナに至っては完全に折れていた。
レオルの心が折れなかったのは未だ手の中に切り札があったからだ。転移の能力を持つ発行券。これを破れば瞬時にレオルはこの場から消えていなくなるだろう。
そうすればこの場は凌ぐことが出来る。破るだけだ。たった1枚の紙切れを破るだけ。まだ敵との距離は開いている。これだけの間合いがあればそれくらいの動きは――
そうして左手に持つ券を右手で破ろうとして、レオルの右手は途端にその動きを止めた。
馬鹿な、と思い右手を見ると、その右手は何時の間にかレオルの隣に立っているアイシャによって抑えられていた。
どれだけ力を籠めてもピクリとも動きはしない。そればかりか捕まれた箇所の肉が軋み骨が折れる音が辺りに響き渡った。
「がぁっ!?」
「警告はしましたよ」
そう、アイシャの警告は他のキメラアントではなく特にレオルに向けた物だった。
レオルが手に持った紙を破った瞬間に何らかの能力が発動したことをアイシャは理解していた。
自分には効果がないことから今一どのような能力なのかは分からなかったが、レオルの反応を見る限りどうやら知らずに無効化した可能性があった。恐らく操作系の能力だと判断する。それならばアイシャには【ボス属性】に関係なく効果のない能力になるからだ。
そして左手に幾つもの券を持っていることから恐らく同じ能力ではなく別種の能力を発動させる為の券だろうと当たりをつけていた。
もちろん同じ能力である可能性もあるにはあるが、相手の過小評価は重大なミスに繋がる。多くの能力を発動させる為のキーだと思っていた方がいいだろう。
そう判断したアイシャはレオルに対して動くなと忠告した。券を破るだけで能力が発動するなら僅かな動きも見過ごすわけにはいかない。
そして相手は警告を聞かなかった。ならば最早容赦をする必要はないだろう。
レオルは左手に持つ券を口で破ろうとする。だがそれも左手の間接を外されることで防がれてしまう。
「くそっ! 化け物がぁっ!」
レオルは大きく口を開けて、牙と顎をオーラで強化しアイシャを喰らい尽くさんと文字通り牙を剥く。
ライオンの頭部を持つだけにその鋭い牙は容易く肉を切り裂き骨も断つだろう。
そんなレオルの決死の攻撃を、アイシャは避けることなくその身に受けた。
アイシャの首筋に喰らいついたレオルは勝ちを確信した。どれだけ強かろうと人間の、それも雌の柔肌だ。
オーラで強化した鋭い牙に、ライオンをベースとした強力な顎から繰り出される噛みつきだ。無事ですむわけがない。
そんな、レオルの常識的な判断は……念能力という非常識な力を理解しきっていない希望的な判断だった。
アイシャはその膨大なオーラでありったけの強化をしていた。それはレオルの常識的な判断を覆す常識外の力だった。
人の皮膚で鋭い牙を無傷で受け止める。それを成すには顕在オーラにどれだけの差があれば可能なのか?
それを理解した時、レオルは完全に心が、牙が折れた。
「た、助け――」
「命乞いならお前が攫っていった人達の同胞の前でするといい」
そう言って、レオルの懇願を切り捨てたアイシャは力任せにレオルを殴りつけた。
振り上げるように拳を顎に叩きつけ、物理的に牙をへし折ってレオルを吹き飛ばす。
空中で縦に数回転してからようやくレオルは地面に倒れ伏した。
「ふぅ」
地に伏し全身をピクピクと痙攣させているレオルを見て、アイシャはようやくその身に宿った怒りを霧散させた。
アイシャは自身の行動を振り返って反省する。別にレオルを倒したことに何かを思っているわけではないが、それでも冷静さに欠ける行動だった。
普段のアイシャなら態々敵の攻撃を受けることなどするはずもなかった。力任せに殴るなども有りえない。
これらは全てアイシャの八つ当たりだった。育ての母との思い出の地を穢されたという想いからくる怒りで冷静さを欠いていたのだ。
ここは別にアイシャの所有する土地ではない。この流星街では個人が所有する土地というものはなく、強いていうなら空き地に人が住めばその土地はその人の土地になる。
そしてその土地から人がいなくなれば、別の誰かが勝手にその土地に住もうとも自由なのだ。それが流星街なのだから。
だからアイシャに土地云々に関してレオルを罰する権利はなく、これはアイシャの八つ当たりに過ぎないのだ。
その八つ当たりの怒りを発散させる為に力任せに攻撃を防ぎ、力任せに敵を殴ったわけだ。
自分の我が侭加減に少々落ち込むも、とりあえず依頼は達成するべきだと思い直しアイシャはヒナ達に視線を向ける。
「ひっ!?」
自身に標的が向いたと感じたヒナは、レオルの能力の影響が無くなりすでに体の自由を取り戻しているというのにピクリとも体を動かすことが出来なかった。
まさに蛇に睨まれた蛙と言ったところか。
「聞きたいことがあります」
「はい! 何でもお答えします!!」
だから助けて下さい。
心を読まずともその言葉が聞こえて来るような必死の返事であった。
アイシャは少々やり過ぎたかと内心反省するも、従順なのは好都合なので取り合えず良しとした。
「あなた達が攫った人はどうしました? まだ無事な人はいますか?」
アイシャは食料にされただろう人達の安否を問う。恐らく確実に生き残りはいないだろう。これだけのキメラアントがいれば人間の百や2百などあっという間に食い尽くすだろうから。
だが確認は必要だ。もしかしたらということは何にでもあるのだから。
「……も、もういません」
やはり駄目だったか。その言葉を聞いて僅かな可能性が潰えたことにアイシャは溜め息を吐く。
それを自分の死刑宣告だと受け取ったのか、ヒナは必死になってアイシャに弁解をしていた。
「れ、レオル様が! いえ、レオルの奴がやれって無理矢理命令したんです! そ、それに一応は攫った奴らは全員生きてます!」
全ての罪をレオルに擦り付けるヒナ。あながち間違いではないのだが。
それでもヒナも関与しているだけにアイシャはヒナを逃がすつもりはなかった。
だがヒナの言葉の矛盾がアイシャは気になった。食料にしたはずの人間が生きている? 先程もういないと言ったのは何だったのか?
「どういうことですか? 攫った人達はあなた達が食料にしたのでは?」
アイシャの疑問はキメラアントの常識を理解しているからこその物だ。
キメラアントを増やすことが出来るのはその女王だ。もちろん兵隊蟻にも異種の雌と強引に交尾して次世代蟻を産ませることが出来る。
だが女王のように摂食交配をすることは出来ないはずだ。その上異種の雌と女王とでは次世代の生産速度も段違いである。
多くの兵隊蟻が世界中に拡散したら大事だが、数匹程度ならば極端な増殖にはならないのだ。もちろん脅威ではあるのだが。
その点でアイシャが疑問に思っているのは攫われた人間が全員男性だけだという話を議会から聞いているからだ。男性を攫ってもキメラアントを増やすことは出来ない。
目の前の女性型キメラアントが攫った男性と交尾をするというのも考えづらい。人間と交尾をするよりは同じキメラアントと交尾をして次世代を産んだ方がより強い蟻が産まれるだろう。
ヒナの能力を知らないアイシャからすれば食料にしたと判断するのが一番合理的だったのだ。
「えっと、実はですね――」
そうしてヒナは自身の能力の詳細を説明した。もちろんレオルに無理矢理作らされたというおまけ付きでだ。
「なるほど……」
ヒナの話を全て聞いたアイシャは少し考え込む。
ヒナの周囲にいるキメラアントはどうやら普通のキメラアントとはその生まれが違うようだ。
ならばヒナの能力による支配を解けばどうなるのだろうか? それがアイシャに生まれた新たな疑問だった。
「あなた……えっと、名前は?」
「ヒナです!」
「ではヒナさん。取り合えず彼らの操作を解いてください」
「え? ……いやいや、そんなことしたら私殺されるかもしれないじゃないですか」
ヒナの危惧は至極尤もなことだ。彼らの支配を解けばどうなるかはヒナにも分からない。何故なら解いたことがないからだ。
もしかしたら女王が産んだキメラアントのように支配を解こうともヒナに忠誠を誓うかもしれない。
だが生前の記憶を持っていた場合。そして従来の女王と兵隊のように絶対の上下関係が無かった場合……その時彼らがヒナにその牙を剥けないとどうして言えるだろうか。
「解きなさい」
「いやでも」
「解け」
「喜んでー!!」
確実に死ぬのと生き残る可能性があるのと。どちらか選べと言われれば後者を選ぶだろう。誰だってそうする。ヒナは生存の可能性がある道を選んだだけだ。
けしてアイシャの笑顔から放たれるプレッシャーに屈したわけではないのだ。
結論から言うと、支配が解けたキメラアント達は驚くことに全員が人間であった頃の記憶を持っていた。
やはり摂食交配による生まれと念能力による生まれに違いがあるのだろうかとアイシャは推測する。
厳密には彼らはキメラアントと言える存在ではなく、念能力によって多種の生物が混ざってしまった人間と言えるだろう。
ヒナの支配から解かれた流星街の住人達はまずヒナに対してその怒りを向けた。
当然だ。勝手に攫って勝手に人外にされて怒りを覚えない者は少ないだろう。
だがその怒りがヒナを傷つけることはなかった。アイシャがヒナを庇ったのである。
別にアイシャはヒナを助けるつもりはなかったが、一応はヒナは主犯の1人だ。
流星街の議会に何があったかの説明をする時に必要な存在となる。後々どうなるかは知らないが今は生かしておいた方がいいだろう。
……アイシャとしてもどこか憎めないような性格をしているヒナを殺したいとは思わないが、それを判断するのは被害にあった流星街の人間だ。
もう1つ理由としてヒナが死んだ場合に危惧することがあるのだが……。
アイシャによって制止された住民たちは構わずヒナを殺そうと動いたが、アイシャがオーラを発した瞬間に動きを止めた。そして誰かがこう呟いた。
「あ、悪魔の赤子……!」
「本当か!?」
「嘘だろ。伝説じゃなかったのか?」
「お伽話だろ!?」
「オレは議会に逆らうと悪魔の赤子が食べに来るって聞いたぞ?」
「間違いない! オレはこのおぞましい感覚を覚えている! 爆弾も効かなかったあの化け物だ!」
どんなお伽話だ、そこらの爆弾なんぞ効かない奴は結構いるよ、とアイシャは内心憤慨する。
だが一応はアイシャの話を聞いてくれるようだ。逆らうと食べられると思っているのかもしれない。
取り合えずアイシャは瀕死のレオルとヒナ、そして拉致された住民を連れて流星街の議会室へと赴いた。
◆
「なるほど……」
「むぅ……」
アイシャから全ての説明をされた議会員達は各々難しそうに唸っていた。
同胞が拉致されて無事で済んでいるとは思ってはいなかったが、まさか全員生きて帰り、しかも人外の者になっているとは想像だにしていなかったのだ。
だが例え改造されて変異していようとも同胞は同胞だ。彼らの記憶が以前のままならば例えどのように変わってようとも流星街は彼らを受け入れた。
残る問題はこの事件の首謀者だ。
未だ気絶から覚めないレオルと自身に漂う死の気配に怯えるヒナを見据える議会員。
不当に同胞を傷つけた者には報復を。それが流星街の掟だ。報復対象に慈悲を掛ける必要は全く無い。
殺気の混ざった視線を一身に受け、このままでは確実に殺されると悟ったヒナは傍にいるアイシャに助けを求める。
「助けて下さい何でもしますからー!!」
「え、そう言われましても……」
「手出しは無用だアイシャよ」
「依頼は完遂された、感謝する。ここからは我らの掟に従ってもらう」
アイシャに流星街の掟を守る義理も義務もないが、ヒナを守る義理と義務はもっとない。ないのだが……。
ヒナへの同情は抜きにして、危惧していたことがあるのでその点は議会へと伝えておくべきかとアイシャは議会がヒナを殺す前に忠告をする。
「彼女を殺すのは別にいいのですが、そうすると被害者の彼らがどうなるか分かりませんよ?」
「……どういうことだ?」
「彼らを支配する術は解けたはずではないのか?」
確かに彼らの意識を操作していた能力は今は解けている。
だが彼らを産み出した能力が消えて無くなったわけではないのだ。
ヒナがその気になれば何時でも彼らは再び支配権に置かれるだろう。今なお彼らはヒナの能力に縛られていると言えよう。
それだけではない。これがアイシャが危惧していることだが、ヒナが死ぬことでヒナの能力で変異した被害者達にどのような変化が起きるか分からないのだ。
今と変わらず意識を保ったままなのか、元の記憶すら失ってしまうのか、暴走して周囲を攻撃してしまうのか、はたまたそれら全てが犠牲者それぞればらばらに起こるのか。
少なくとも元の人間の姿に戻る可能性は限りなく低いとアイシャは考える。いや、そればかりか肉体を保てずに死んでしまう可能性すらあった。
更に言えばヒナが死んで死者の念を残した場合が厄介だ。そうなれば確実にヒナの能力の被害者は暴走ないし死亡するだろう。
それら全てを説明された議会はまたも難しそうに唸った。
報復対象に報復をすることは流星街では当然のことだ。だがそうすると同胞を無駄に傷つけてしまうかもしれない。それでは本末転倒だ。
1人の被害者の為に数十人が殉教者となり報復対象に自爆特攻をするのが当たり前の流星街だが、それとこれとはまた話が別だ。
今回の場合は被害者の為にではなく、報復してしまえば被害者に更なる被害が及ぶのだから。
殺した場合実際にどうなるかを試すわけにも行かず、議会はしばらく混迷した。
そしてようやく出た結論がこうだ。
「首謀者のこのライオンは殺す。だが、同胞の為にもその女を殺すわけにはいかん」
「我らは念能力に詳しくはない。その上その女が何かを企てた場合止めることも難しい」
「なので、その女の処遇をアイシャ、お主に頼みたい」
「え? とばっちりなんですけど……」
まさかの結論であった。アイシャとしてはどうしてこうなったと切に叫びたい。
だが議会の言うことも理解出来る。ヒナが持つ能力は厄介極まりなく、万が一流星街に置いていて何かしでかされたら今度こそ多くの被害が出るだろう。
しかしアイシャならばヒナが何をしようともどうとでも出来る実力を有している。彼らにとってヒナという殺すことも出来ぬ厄介者はアイシャに預けるのが一番なのだ。
「頼む。もしこの頼みを受けてくれた場合は以後もあの土地を誰にも近づけぬよう管理及び監視することを約束しよう」
「乗りましょう」
契約成立であった。
議会は今までと変わらぬようにあの土地に誰も近寄らないように言い含めればいいだけで厄介払いができ、アイシャは以後も母との思い出の地が穢されないと約束される。まさにWin-Winである。
「これからは私があなたの面倒を見ます。分かりましたねヒナ?」
「は、はい! ……えっと、お姉さまのことは何と呼べばいいのでしょうか?」
「お姉さま……アイシャで良いですよ」
「分かりましたアイシャお姉さま!」
ギリギリの所で命が助かったヒナはこの拾った命を捨ててなるものかとアイシャに完全服従する。
すでにかつての上司であるレオルのことは頭にない。人間――キメラアントだが――自分が恋しいものなのだ。
「もしあなたが怪しい行動を取れば……どうなるか分かるよね?」
「もちろんですよ! 絶対服従を誓います!」
その言葉に嘘はないとアイシャも感じ取った。
「それじゃあ折角だからあの土地で一晩明かそうか。ヒナも来ていいよ」
「ありがとうございますアイシャお姉さま!」
あの土地とやらがどこかは分からないがとにかく何かを許されたのでヒナは反射的に礼を言う。
アイシャはアイシャで姉呼ばわりされてどこか嬉しそうであった。弟的な存在はいるが妹的な存在はヒナが始めてなので意外と喜んでいるようだ。口調が柔らかくなったのもそのためだろう。
ヒナは微妙に嬉しそうなアイシャを見て、意外とチョロいけどこいつ大丈夫か? と若干心配していた。なったばかりの妹分に速攻で心配される姉というのもどうなのか。
ちなみに、アイシャ達が出て行ってすぐにレオルは瀕死の状態から瀕という文字が抜ける状態へと変化したが、それを同情する者は誰もいなかった。
あとがき
この話の時間軸は選挙編から4年後くらい未来の話です。アイシャの外見年齢に殆ど変化はありませんが、だいたい19歳くらいの年齢になっています。
ちなみに変化がないのは外見年齢だけで、髪の毛は母親と同じくらいの長さに戻っていたり、軽くオシャレらしいこともしてたりと、見た目に多少の変化はあります。