第四十九話
あれ? ここってどこだっけ?
うーん? どこか見覚えあるんだけど……。
大きな川に渡し舟。近くにある木の傍には同じく見覚えのあるお姉さんが寝ていた……。
……そうだ思い出した! くじら島で何度か見たことある場所だ!
どうしてこんな所に来たんだろう? オレって何してたんだっけ?
えっと……確かアイシャが念能力が使えなくなっちゃったから、元に戻るまでの1ヶ月はオレ達の修行に専念するってなってたんだよね。
それで、今まで通りビスケの能力でぶっ倒れるまで修行して回復して、怪我したらレオリオの能力で回復して、修行して回復(ビスケ)して修行して回復(レオリオ)して。
それに加えてグリードアイランドのモンスターをゲットする修行も加わったんだ。
モンスターは色々と念の応用を上手く使わないと倒せないようそれぞれ特徴があるから、修行には丁度いいって話だった。
キルアもクラピカもオレより早くモンスターを倒したから、オレももっと頑張らなきゃ!
それでそれで……えっと……そうそう! 確かアイシャと念なしの模擬戦をしてたんだ。
……それから記憶がない。どうしたんだっけ?
「あれま。また来たんだ。久しぶりだね~」
物思いに耽っていたらお姉さんが声を掛けてきた。
今までずっと寝ていたから話したことなかったのに……。
「えっと、オレのこと知ってたの?」
「そりゃあね。お前さん、何度かここに来たことあるでしょ?
それにここに来る人で喋ることが出来るのは珍しいからねぇ。
前に来た時独り言喋ってたし、印象的だったから覚えちゃったよ」
うわ。前にここで喋ってたの聞かれてたんだ。
でもこのお姉さん、悪い人じゃないと思う。前にクラピカにここに来たらお姉さんに声を掛けずすぐに帰って来いって言われたけど。
クラピカは何でこのお姉さんを警戒してたんだろ?
「ここに来た人って喋れない人が多いの?」
「ま、皆喋れたらちょっと問題だね。そういう意味ではお前さんも問題なんだよね~」
え? 何が問題なんだろう? 普通は喋れない方が問題なんじゃ?
「まあとにかく。早くしないとアタシも仕事しなきゃいけなくなっちゃうから。
早く元の場所にお戻り。ここはお前さんが来るにはまだまだ早い。喋れるのがその証拠よ。
もっと青春謳歌してから来なさいな」
「え? うん、分かった」
そうだ。オレはこんな所でゆっくりしている暇はないんだった。
皆の所に帰らなきゃ。
そう思った瞬間、意識が徐々に薄れてきた……。
「もう……るんじゃ……わよー!」
お姉さんが何か言ってるけど、もうよく聞き取れないや……。
「……! おいゴ……! ……りしろゴン!」
ん? お姉さんの声じゃない? 誰だっけ? 聞き覚えのある声なんだけど。
さっきとは逆に徐々に意識が戻ってくる。一体誰の声なんだろう?
「ゴン! しっかりしろ!」
「……レオリオ?」
「おお! 目を覚ましたか!
心配させやがってこの野郎!」
どうしてそんなに慌ててるんだろう?
目には涙も浮かんでるし。
「どうしたのレオリオ?」
「どうしたじゃねーよ! お前一瞬息が止まってたんだぞ!
アイシャが心臓に手を当てたら息を吹き返したけどよ!」
「なんだ。また止まってたんだ」
「……また?」
「大丈夫だよレオリオ。アイシャやビスケの修行で息が止まるなんて日常茶飯事だからさ」
「……は?」
どうしたんだろうレオリオ? そんなに呆けて。
「だから言ったろレオリオ。心配するだけ損だってさ」
「生かさず殺さず。私たち弟子は師の匙加減1つで生死を彷徨っているのだ。
たかだか呼吸が止まったくらいでは死なせてはくれないのだよ」
「……オレか? ここではオレが異常なのか!?」
「……安心しろレオリオ。お前はきっと正常だ」
「ああ、異常なのはここの連中だ。どいつもこいつも狂ってやがる……!」
「ミルキ、ゲンスルー……そうだよな。オレはおかしくないよな?」
なんかレオリオとミルキさんとゲンスルーさんが集まって悲壮な顔してるや。
そんなにおかしいのかな今のオレ達って?
短期間で強くなるんだから、厳しいのは当たり前だと思ってたんだけど。
「ゴン。身体は大丈夫ですか?」
「あ、うん。……うん、異常ないよ」
確かアイシャの攻撃を受けて気絶してたみたいだけど、身体に異常はないや。
アイシャが後遺症を遺すような攻撃をするとも思えないしね。
「そうですか。なら修行を再開しますよ」
「おっす!」
『こんなの絶対おかしいよ』
そんなにおかしいかな? オレ達の修行内容って。
◆
修行という名の矯正、いや矯正という名の修行か?
どっちでもいい。どちらにせよオレのすることに変わりはないからだ。
忌々しい鎖のせいでオレはあのクソッタレ女に逆らうことは出来ない。
あんな奴の命令を聞くのは業腹だが、命を天秤に掛けれらている現状では仕方ない。
クソッ! どうしてこうなった!
あの時、あの女に話し掛けたのが全ての間違いだった。
長年の計画成就のため、ボマーとしての悪名を広めようと適当なターゲットとして選んだのがあの女、リィーナだ。
適当と言ってもデタラメに選んだんじゃねぇ。その場に他のプレイヤーがいない状況を確認し、かつターゲットとしてやりやすい奴を選んだ、つもりだった。
歩き方、オーラの質、身に纏う雰囲気。どれもが2流の女だった。だからターゲットに選んだんだ。
だがそれは擬態だった。自分の強さを隠していたんだ。オレは自分でも1流の使い手だと自負している。だからこそ気付かなかった。
オレからすら己の強さを隠しきる。そんな奴は想定外だったんだ。オレよりも圧倒的な実力を誇る存在。それがあんな女だと思うわけがなかった。
……言い訳だな。オレは感じ取った実力だけでなく、見た目を判断材料にしちまってた。グリードアイランドのプレイヤーのレベルの低さに慣れすぎてたのかもしれない。
とにかく、オレは奴に敗れた。まさか肩に手を置こうとしただけであんな反撃を喰らうとは思ってもいなかった。
オレが本当に善意の忠告をしただけのプレイヤーだったらどうしてたんだ? 一生のトラウマものだぞ?
その後はあのクソガキの能力であの女に絶対服従を誓わされた。おかげでこのゲンスルー様があの女の言いなりだ。
いつか必ずこの鎖を外して復讐してやる!
……だが、あのクソガキはともかく、あの女は今のオレじゃあ勝ち目がない。
それを徹底的に思い知らされた。
全力での戦闘を許可された。勝てば開放するって約束でな。
恐らく力の差を見せつけて逆らう気力を削ごうと思ったんだろうな。鎖で従順になってはいるが、心まで屈したつもりはないからな。
開放の約束を鵜呑みにするつもりはなかったが、許可されたんなら攻撃しても鎖は反応しない。
例え殺してしまっても不慮の事故だ。そう思って全力で殺しにかかった。
オレの能力、【命の音/カウントダウン】については知られちまったが、もう1つの能力【一握りの火薬/リトルフラワー】はまだ知られていない。
ひと度オレがこの手で掴んでしまえば、あんな細い腕や首なんか簡単にちぎれ飛ぶだろう。
達磨にするなんて無駄なことはしない。コイツが強いというのは分かっている。遊びも油断も無しで確実にぶっ殺す!
掴むのを悟られないよう、フェイントを混ぜ、掴むではなく殴るように拳を振るい、まずは腕を爆破してその痛みに驚いている隙に首を爆破してやろう。
そう思って攻撃したが、先に掴まれたのはオレだった。掴まれたと思った瞬間に身体が宙を舞っていた。合気の一種だと理解した時にはあの時と同じように喉に踵を落とされた。
苦痛に耐えていると何時の間にかオレは立ち上がっていた。オレが立ったのではない。この女に立たされたんだ。
そうしてまた投げられた。何度も何度も投げられた。硬い地面と言えど、念の篭っていない地面に叩きつけられても念能力者であるオレにそこまでの痛痒を与えることは出来ない。
だがこうも連続で投げられたら話は別だ。衝撃は完全に消せず、肺の中の空気は漏れ、呼吸もまともに出来ない。
しまいにゃ空中でお手玉のように何度も何度も投げられていた。もう意味分からなかった。
しばらくしてようやく攻撃が終わった。オレは立つことも出来ず地べたに横たわって喘いでいたが。
クソッタレ! 攻撃が! 【一握りの火薬/リトルフラワー】が当たりさえすればこんな奴!
無意識に喋っていたんだろう。オレがそう思った後にクソ女がこう言った。
「ほう、当てさえすれば勝てると。
どういった能力かお教え願いますか?」
何を口走ってしまったんだオレは。自分の馬鹿さ加減に怒りすら覚えた。
逆らうことは出来ない。オレは隠していた最後の能力の詳細をペラペラと話した。
完全に詰んだと思った。もうオレの両手は警戒されてしまった。能力を発動するなど不可能だ。
「では、その能力を当ててご覧なさい」
その言葉を耳にした時は自分の耳を疑った。そして聞き間違いじゃないと分かった時、この女は馬鹿だと思った。調子に乗りすぎだとな。
いくら強かろうともそれは技術の話だ。オレとこの女では技術に差がありすぎる。それは認めよう。
だが身体を覆うオーラに差は然程ない。当たりさえすれば、【一握りの火薬/リトルフラワー】が通用しないわけがない。
オレは覚束ない身体を叱咤し、女の傍までゆっくりと近づく。女は余裕のつもりか身動き一つせずオレの攻撃を待っていた。
馬鹿めが。死んでから後悔しろ! 【一握りの火薬/リトルフラワー】!!
結論。コイツは化け物だ。
オレの全力の【一握りの火薬/リトルフラワー】で傷1つ付かなかった。
その時のコイツのオーラはオレなど比べ物にならないレベルのそれだった。
しかも爆発の瞬間、掴んでいた箇所を瞬時に凝でガード。その時のオーラの移動は見惚れる程だった。
「肩こり解消に良さそうですね。肩もお願いしていいですか?」
「……勘弁してください」
心が折れた音が聞こえた気がする。
オレがあの女に心砕かれてから1週間が経った。
この1週間は地獄だった。只管に基礎修行の繰り返し。ただそれだけなら別に問題はない。
オレだって1流を自負する能力者だ。基礎修行くらい定期的にやっている。
だが問題はその密度だ。1日ぶっ倒れるまで繰り返される基礎修行。延々と同じことの繰り返し。
1週間でオレがした修行法それ自体は片手で数えられるくらいだが、修行に費やした時間は1日の7割だ。
残りの時間? 飯とトイレ、そして就寝の以上だ。就寝中すら修行させられているがな。休憩の文字はどこにある?
別に寝ずの修行ってわけじゃない。緊張を保ったまま寝ることくらい慣れている。
……それも日中の修行の疲れがなかったらだが。ゲロ吐いたのはどれくらいぶりだ?
1週間も経つと少しは自分の置かれた環境に慣れてきた。慣れたくはなかったがな。
周囲を見る余裕も出来た。オレを服従させている女の周りにいる大勢の仲間たち。
リィーナ・ビスケを筆頭に、多くの弟子が集っているようだ。どいつもこいつもそこらの念能力者が束になって掛かっても勝てないレベルだ。
ガキども――ゴンとキルア――はまだ発展途上だが、この歳じゃ上等だ。いい才能を持っている。あれは強くなるな。
オレを縛った鎖の持ち主。あの女と同じくらいムカつくクソ野郎も相当なもんだ。実力で言えば弟子クラスの中じゃ上位だな。
カストロって奴は弟子とは言えないレベルだな。戦って負ける気はないが、かなり苦戦するだろう。能力の相性如何では負ける可能性もあるな。
レオリオはこの中じゃ実力的には1番下だ。だが才能はある。誰よりも未熟な分成長も1番早いな。だが医者の勉強とやらと並行している分修行に割く時間が少ないのが痛いな。
ミルキは念能力は弟子クラスじゃかなりの練度だ。コイツは弟子とは少々違うらしいが。
レオリオとミルキ以外はどいつもこいつもキチガイだ。
この密度の修行をこなしておいて、それをおかしいと思っていないのか?
修行を付ける方も付ける方だが、受けている方も狂ってやがった。
呼吸止まっても当然のようにしてんじゃねーよ。
「ふう。通常の組手はこれくらいにしておきましょう」
「オッス! 次はどうするのアイシャ?」
アイシャ。コイツが1番分からない存在だ。
実力はある。間違いなく強いだろう。あのクソ女と同じ武術の使い手で、その技術も同じくらい高い。
だがそれだけだ。コイツは今まで念能力の一切を見せていない。身体を覆うオーラはゼロ。常に絶で過ごしているのだ。
このグリードアイランドにいる以上、念能力者であることに間違いはないはずだが……。
いや、そんなことは今はいい。それよりも気になるのが、あのクソ女のコイツに対する態度だ。
まるで主従のように付き従い、敬っていやがる。恐らくこのアイシャがあのクソ女の生命線だ。
アイシャを上手く利用すれば………………オレは確実に殺されるな。今自分の未来を幻視したぞ?
「そうですね、次は……」
オレがアイシャを見たのが分かったのだろうか? アイシャがオレを見て何やら考えている。
まずい。今はあのクソ女はこの場にいないが、その間はアイシャの言いなりになるように言いつけて行きやがった。
修行をサボっていたわけではないが、こうしてアイシャを見ていたのをそう思われたら……シャレにならない。
しかしオレを縛るこのルール、些か反則じゃないだろうか。絶対服従はねぇよ。
「ゲンスルーさん」
「な、なんだ?」
「今からゴンと念有りの組手をしてもらえませんか?
もちろん手加減はしてください。あくまで修行ですので。あと、発はなしでお願いします」
……どうやらサボっていたと見られてはいないようだな。
しかしガキの修行を付けろだと? なんでオレがそんなめんどくさいことを……。
いや待て。今の修行をするよりもゴンの修行を付けた方が楽じゃないか?
確実に楽だ。是非受けよう。ノルマはあるが、少しは休憩をしてもいいだろ。
「分かった。
おいゴン、さっさとかかってこい」
「オス! よろしくお願いしますゲンスルーさん!」
……このガキも良く分からねーガキだ。
オレが大量殺人者で、ここにいるのも捕まったせいだと知っているはずだ。
なのにこのガキはオレに対して悪感情を抱かずに見つめてきやがる。
自分に対して何もしていなかったら関係ないとでも思っているのか? 甘ちゃんのガキの考えだな。
「オラ。オーラの動きがぎこちないぞ。
それじゃオーラの動きで攻撃が予測される」
「うぐっ! まだ……まだぁっ!」
タフさは大したもんだ。練も発展途上だが中々いい。
だが経験不足はどうしても否めないな。こればかりは修行しながら実戦を経験するしかない。
「攻撃にオーラが着いて来ていないぞ。それじゃどんな攻撃も意味がないな」
「なら! これで!」
器用に攻撃を仕掛けてくるが攻防力移動がお粗末過ぎる。
だが飲み込みはいいな。こうして組手をしている最中にも成長が見て取れる。
……大したガキだ。
「それまで」
10分くらいは戦ったか。ガキは既に息もたえだえだ。
まあ保った方か。最後の方はオーラでフェイントも仕掛けて来たくらいだしな。十分だろう。
「あ、ありがとう、ございました……」
「レオリオさん、ゴンの治療をお願いします」
「おう、任せとけ」
オレとの組手で傷ついたゴンがレオリオの能力で回復していく。
中々便利だなレオリオの回復能力。まあ回復するとすぐに修行が始まるから考えものだがな。
「ありがとうございましたゲンスルーさん。
中々的確な指導でしたよ」
「ケッ。命令されたからやっただけだ」
「そうですか? 私は組手をしてとは言いましたが、指導をしてとは言っていませんよ?」
……そう言えばそうだったな。
アイシャがゴンに指導をしているのを見た後だからか、オレもつい指導してしまったようだ。
ゴンも指導しがいがある飲み込みの良さだ。やってて違和感がなかった。
「ふふ。これからも時々お願いしますね。
ゴン達だけでなく、カストロさんやクラピカとも。2人ともゲンスルーさんレベルとの勝負はいい刺激になるでしょう」
「……命令されたらやってやるよ」
どうせオレに拒否権はないんだからな。
ただただ同じ修行を繰り返すくらいなら、アイツ等と組手でもした方が遥かにマシだ。
結構な使い手だしな。多少は歯ごたえがあるだろ。
「では、また今度お願いしますね」
「けっ」
「……ところで少し聞きたいことがあるんですが。
その、性転換のアイテムってありますか?」
「あ? ああ、あるな。ホルモンクッキーのことだろう」
「そ、そのアイテム! ゲンスルーさん持っていますか!?」
なんでホルモンクッキーにそこまで拘わるんだ?
まさか性転換でもしたいのか? この女が? オレが言うのも何だが変わっているとしか言えないな。
「残念ながらオレは持ってないな。ハメ組の連中なら持ってたはずだぜ」
「そ、そうですか……。すいません。この話は聞かなかったことにしてください……」
目に見えて落ち込んでんな。本気で性転換したかったのか? 何を考えてるんだ本当に。
しかしハメ組か……。これまでにも何度かハメ組の連中から“交信/コンタクト”が送られてきてたな。
全部無視せざるをえなかったが……。今頃あの雑魚どもはオレと連絡がつかなくなって不審がっているだろうな。
まあ今さらどうでもいいがな。どうせオレにもうクリアの目はないんだからな。
だがその内アイツ等が直接“磁力/マグネティックフォース”で接触してくるかもしれないな。場合によっては“同行/アカンパニー”で集団で来るかもしれない。
そうなったら……ま、ここの連中の反応次第だな。あのクソ雑魚共じゃ文字通り束になっても勝てっこねぇよ。
オレの正体をバラして【命の音/カウントダウン】を解除させるってところが妥当か。
逆上したクソ雑魚共に攻撃されるかもしれないが、むざむざやられるつもりもないしな。
……あのクソ女が反撃を許可したらだがな。クソ! いつか必ず復讐してやる! 覚えていろよ!
そうと決まれば修行再開だ。まずは地力を伸ばさなきゃ話にならない。
そう。これはあのクソ女に屈した行動じゃない。反撃の為の牙を磨ぐ行為なんだ。
……そう思わなきゃやってられねぇよ。
◆
ゲンスルーさんにこっそり聞いたけど性転換のアイテムは持っていないそうだ。残念。
だけどグリードアイランドにあるのは確かだった。ハメ組の誰かが持っているらしい。……欲しい。
交渉して譲ってもらえないだろうか? 流石にそれは無理か。交渉材料が1つもないしな。いや、ゲンスルーさんの付けた爆弾があるけど、それは交渉材料にはしたくないし。
仕方ない。やっぱり自力で手に入れるしかないな。問題はそのホルモンクッキーの入手方法が全く分かっていないことか。ゲーム初心者には仕方ないことだけど。
……いや、ゲームのアドバイザーなら適役がいるじゃないか。
「ゲンスルーさん。もう1つ聞きたいことが。
そのホルモンクッキーの入手方法を知っていますか?」
「……教えてもいいが、条件がある。オレを解放しろ」
えー。いや、それは無理でしょ。
私もゲンスルーさんの現状にはちょっと同情するけど、自業自得の結果だし。
それにホルモンクッキーは欲しいことに変わりはないが、別に教えてもらえなかったら自力でゆっくり探すだけだ。
「残念ですがそれは無理です。
そしてまだ反省が足りないようなのでいつものセットを倍こなしてくださいね」
「待て。オレが悪かった。教えるから待ってくれ」
「問答無用です。さあ、早くしないと今日中に終わりませんよ?」
「く、クソッタレ!」
情報は惜しいが、今のゲンスルーさんに譲歩するわけには行かない。
リィーナの人格矯正もちょっとアレだが、悪人をのさばらすつもりは私にもあまりない。
少しは反省した方がいいだろう。
……まあ、今のゲンスルーさんは私に絶対服従するようリィーナに言われていたから、私が命令すれば全ての情報を吐いただろうけど。
それはちょっとどうかと思った。少なくとも私個人の欲を満たす為に使っていい命令権じゃないと思う。
さて、お目当てのホルモンクッキーがまだ手に入れられないとなれば、することは1つ。
ゴン達の修行促進だ。というか、情報を聞けたとしても今の無力な私ではカードを入手することは出来ないだろう。
入手出来ても他の誰かにカードを奪われるのがオチだ。アントキバの月例大会で優勝したキルアがカードを奪われたように。
毎月15日に開催されている月例大会で優勝したはいいけど、その後他のプレイヤーにスペルカードで取られちゃったんだよね。
リィーナがその場にいたら【貴婦人の手袋/ブラックローズ&ホワイトローズシャーリンググローブ】でそのスペルも防げたんだろうけど。
残念ながらリィーナは今グリードアイランドから出ていってるんだよな。
グリードアイランドでレオリオさんと再会した時に相談されたあの話。
バッテラさんは最愛の恋人を原因不明の昏睡から元に戻したいが為に、グリードアイランドのクリア報酬に拘っているという。
これはリィーナも直接バッテラさんから聞いた話らしく、リィーナ曰く嘘偽りではないらしい。
レオリオさんはそのバッテラさんの恋人に【仙人掌/ホイミ】での治療行為を行ったそうだ。
能力に関してはバッテラさんに雇われているプロハンターにして、グリードアイランドプレイヤー選考会の審査員をしていた人がバッテラさんに教えたとのこと。
……正直守秘義務がなってないと思ったね。レオリオさんには情報漏洩の賠償金と治療行為の礼として相応のお金が与えられたらしいけど。
レオリオさんは治療の礼金は断ったらしい。レオリオさんらしいな。
でも賠償金はしっかりと受け取ったらしい。レオリオさんらしいな。
とにかく、レオリオさんの相談はその昏睡に関してだった。【仙人掌/ホイミ】が全く効果を及ぼさず、数多の名医も原因を突き止められなかった昏睡。
ただの病気か怪我とは思えなかったそうだ。そう説明されてまず思ったのが、念能力による攻撃だ。
念能力が原因ならどれだけ名医であろうと原因不明で終わって当然。怪我ではないので治癒能力である【仙人掌/ホイミ】もその効果を及ぼさない。
バッテラさんはかなりの大富豪だ。そういう人は敵も多いだろう。そんな中の1人がバッテラさんを苦しめる為に恋人に対して念能力で攻撃している可能性はゼロじゃないだろう。
そうなると、その恋人を助ける為には念能力を掛けた本人に能力を解除させるか、除念で念能力を外すかのどちらかしかない。まあグリードアイランドのクリア報酬でも治せるかもしれないが。
だがクリアまでその恋人が昏睡状態のままでいるとは限らない。出来るだけ早急な治療が必要だろう。
……レオリオさんが助けたくて、助けられなかった人。その話をしている時の、無力感に覆われたレオリオさんの顔は見ていられなかった。
私に出来ることなら何でもしてあげたくなった。
もっとも、今の私に出来ることはリィーナを頼ることだけだったけど……。
リィーナなら風間流にいる除念師とも渡りをつけることが出来る。ひきかえ、私はグリードアイランドから出ていくことも侭ならない。
情けないな。武神と謳われても実態はこんなもんだ。
私がお願いすると、リィーナはすぐにゲンスルーさんを脅し、もとい協力要請をして、外の世界への脱出方法を聞き出し即座に実行した。
脱出方法は2種類あり、1つがスペルカードによる方法。もう1つがこの島唯一の港の所長を倒す方法。
スペルカードの“離脱/リーブ”は結構貴重なカードらしいから、リィーナは港へと赴いた。……もちろんゲンスルーさんに案内させて。
ゲンスルーさんだけ帰って来たから、無事外の世界に出られたんだろう。
後はバッテラさんの恋人が除念で助かればいいのだけど……。こればかりは祈るしかない。
今の私に出来ることは自分とゴン達の修行に集中するくらいだ。
念も使えないし、基礎身体能力を集中して磨くか。
◆
グリードアイランドで修行を始めて早2週間が過ぎた。
ゴン達の修行も基礎修行に系統別修行を加えたものへと変化した。
基礎修行を倒れるまで行い、ビスケの【魔法美容師/マジカルエステ】で回復。
流々武を元にした流を鍛える組手と念有りの全力組手を交互に行い、ボロボロの身体をレオリオさんの【仙人掌/ホイミ】で回復。
1日1系統の系統別修行をそれぞれの得意系統に合わせて行い、また基礎修行に戻る。
グリードアイランドのモンスターも修行に一役買っている。念の応用を上手く使わなければ倒せないようになっている、らしい。今の私には分からないけど……。
このグリードアイランドは順序良く進めていけばプレイヤーがレベルアップしやすいように出来ているようだ。ビスケの談だけど。
……作った人の想いが込められているらしい。ジン、つまりゴンの父親がゴンの為に作ったんだとビスケは思っている。
……別に、ゴンのことをどうでもいいと思っているわけではなさそうだ。
ゴン達は見る見る内に成長していく。ここまで成長が早いと驚きを通り越して感心する。
レオリオさんもゴン達に負けないように修行に励んでいる。レオリオさんもかなりの才能の持ち主だ。
それだけでなく、医者になってたくさんの人を救いたいという想いの強さが念の成長を後押ししているのだろう。
勉強に時間を費やしているのに、成長の階段を一足飛びで駆け上っている。
レオリオさんは放出系を得意系統としている。放出系なのに強化系の回復能力を作ったのは、まさに人助けの一心だろう。
それゆえに得意系統の隣の強化系の能力だが、【仙人掌/ホイミ】はそれなりの回復量を有していると言えよう。
だがやはり得意系統が放出系なのに変わりはない。なので、この修行期間を利用して放出系の能力も作る予定らしい。
レオリオさんが言うには前から考えていた能力があるそうだ。……しかも、黒の書を参考にしている能力らしい。
どこまで付き纏うつもりだ我が黒歴史よ……! 去れ! 忌まわしい記憶と共に!
……ああ、早く見つけて処分したいなぁ。今どこにあるんだろう? ハンゾーさんが持っていったらしいけど……。
黒の書の話を聞いた時は少々落ち込んだが、まあそれはいい。
今の私は念が使えないので、レオリオさんの能力に関してはビスケに一任している。というか念に関しては全てビスケに頼りっきりである。
今の私に出来ることは自己鍛錬とたまにやる念なしの体術修行以外にはないのだ。
しかも何をするにも誰か1人は私の傍で護衛をしている。完全にお姫様モードである。……ああ、不甲斐ない。
早く念が使えるようにな~れ。
最近ゴン達の修行の厳しさが増した。
修行のレベルが上がったわけではない。いや、成長とともに上がっているのは確かだが。
それとは別に厳しくなったのだ。修行1つ1つの負荷が増したせいだ。
発端は食事中の私の一言だった。
「ゴン達も大分基礎修行に慣れてきましたね。
もうひと工夫しないと基礎体力が上がりにくくなってきたかも……」
そう。ゴン達の成長は本当に著しいのだ。ちょっと鍛錬したらメキメキ成長する。
目に見える成長とは思っていたけど、いい加減成長速度がおかしいと思う。
だがそれにも限界というものがある。穴掘りも慣れてくると負荷が足りなくなってくるのだ。
今のゴン達の身体能力の成長速度は修行初期と比べると大分落ちてきている。それでも並の成長速度じゃないけど。
「コイツ等何かドーピングでもしてんのか?」
ゲンスルーさんの言葉には全面的に賛成である。生まれた時から何かを摂取してんじゃないのか?
こんなの絶対おかしいよ。わけが分からないよ。
「……それならアイシャ。オレがいい方法を知ってるぞ」
「ミルキが? ……でも、いいんですか?」
ミルキもあのゾルディック家の一員だ。伝説の暗殺一家に相応しい修行法を叩き込まれてきたのだろう。
その修行法には私が知らないものも多くあるだろう。中には門外不出の修行があっても疑問には思わない。
そう思っての発言だったが……。
「……ああ。別にゾルディックの秘奥とかそんなんじゃないしな。
大体、キルアが強くなるならオヤジ達も文句は言わねーよ。
それにこれはオレの能力が関係しているだけで、ウチとは直接関係ないしな」
「能力なら尚更ですよ。ここでそれを教えるのは多くの人に能力をバラすことになるのですよ?」
暗殺者にとって実力を知られる行為は御法度だ。手札を明かせばそれだけ暗殺確率も下がる。
商売上そういう行為は禁止されていると思うんだけど……。
「別に大丈夫だよ。オレはもう……ああそうだ。もう、殺しを商売にはしないからな」
「ミルキ……」
暗殺一家としての自分に疑問を持っていたキルアと違い、ミルキは、いや自分以外の家族はそうではないとキルアから教わった。
だが、今のミルキは本気で暗殺者を止めると言っている。今の私にオーラを読むことは出来ないけど、それでもミルキが本気でそう言っているくらい分かる。
何がミルキをそうさせたのだろう。でも、この変化は本当に嬉しいものだ。ミルキは私の友達だと言える。その友達が、暗殺者を止めると言ってくれたんだ。嬉しくないわけがない。
「うん、ミルキがそうしたいなら、それでいいと思います。
いえ、その方が……私は嬉しいです」
心の底からそう思う。ミルキの心変わりが嬉しくて自然と笑顔になった。
「あ、アイシャ……! オレ、アイシャのことが――」
「おっとてがすべったー」
「あっつぁああ!? な、何しやがるキルーッ!!」
「いやわりぃわりぃ。手が滑ったんだよ。ほら、早く顔拭けよ。イケメンが台無しだぜ兄貴」
その割にはすごい棒読みだったような気がするんだけど?
というか、思いっきり狙ってお茶をミルキの顔へかけてたよね?
「ほらこっち来いよミルキ。【仙人掌/ホイミ】かけてやっからよ(抜けがけ禁止の協定はどうしたおい?)」
「あ、ああ。悪いなレオリオ(ス、スマン。つい衝動的に……)」
この2人、仲良いよなぁ。良く2人一緒に話をしているのを見かけるし。
気が合うのかな? 良いことだけど。もしかしたらレオリオさんと友達になったおかげでミルキも暗殺家業から足を洗う気になったのかな?
そうかもしれないな。うん。そうだといいな。友情って素晴らしい。
「ほらほらアンタ達。話が逸れちゃってるわよ。修行の話じゃなかったの?」
「そうだった。
とにかく、オレの能力を使えば修行がさらに捗るだろう」
「それってビスケやレオリオみたいな能力なの?」
2人と同じと言うと回復系の能力か。でも多分違うと思う。
今さら回復系の能力を加えても、然程修行が捗ることはない。強いて言えば、治療系ならレオリオさんの負担が減るくらいのものだ。
「いや違うな。オレは操作系だ。その中でも物質操作が主な能力になるな」
「物質操作ですか。それでどう修行が捗るのですか?」
正直思いつかないな。物質操作ではなく、人体操作ならまだ分かる。
でも物質を操作したところで修行が効率化するだろうか? 念能力の戦い方の1つを経験することは出来るが、それくらいだろう。
「ああ。確実に捗る。キルと、そうだな。確かゴンとクラピカとレオリオもオレの能力の恩恵を受けたことがあるはずだ」
「オレ達が?」
「……? どこでミルキの能力の恩恵を受けたのか、思い浮かばないな」
「ああ。オレ達だけってことは、アイシャがオレ達と会う前か?」
この4人が受けていて、私は受けていない……。何時の話だろう?
4人が念能力を知ってからはほぼずっと私は一緒にいたはずだ。
天空闘技場でゴンとキルアが念能力を覚えた時にはミルキはその場にいなかったはずだし。レオリオさんもミルキと接点はないはずだ。
「確かお前たちはウチの門の前で修行してたんだろ?
その時に高重量の湯呑や衣服を使ったはずだ。あれはオレが作ったんだぜ」
「ああ、兄貴ってそういうの作るの得意だったよな。
でもあれって兄貴特注の合金なんだろ? 念能力と何の関係があるんだよ」
「お前は馬鹿か? 合金したところであそこまで重くなるわけないだろ?
比重の高い純金や白金を使っても無理だよ。常識的に考えろよ」
「ぐぐぐ……! じゃあどうやってあんな金属作ったんだよ!
お前は具現化系じゃないだろうが!」
まあ確かに。キルアの言うことももっともだ。操作系のミルキが具現化系の能力を使えないわけではないが、2つ隣の能力を作るのも考えにくい。
複数の系統を組み合わせるならともかく、具現化系だけの能力を作るとは思えないし、具現化したものを複数作って身体から離すには放出系の能力も必要になる。重たい金属の為にそんな能力を作るのは非効率的だろう。
「正確には金属を作ったんじゃない。物質の重さを操作したんだよ」
「重さを操作だって?」
「ああ。オレの能力は重量操作だ。それで物を重くして修行に使ってたんだよ」
重量操作か。物を重くしたり軽くしたり出来るのかな。
でもそれだけじゃ説明がつかないな。確かに操作系は放出系と隣り合っている。だから重量を増した物体がミルキの身体から離れても然程能力の効果は落ちないだろう。
だがそれにも限界がある。離れれば離れるほど効果が落ちることに変わりはないし、複数の物体を重くしたらオーラも相応に消費する。そしたら能力の効果もさらに落ちることになる。
その点はどうやって解決したのだろうか? 制約と誓約か?
「ミルキ、その能力は複数の物体を重くしても大丈夫なんですか?
皆の修行の為には相当な数の重量操作をしなければいけないですし」
「ああ、その点は大丈夫だ。確かに普通に能力を使ったら複数の物質の重量操作を維持するのは難しいけど、操作する物に神字を組み込んだら問題ない」
「神字ですか。それなら納得ですね」
神字は念能力を補助する働きを持っている。特定の神字を組み込んでおくことで、その物質の重量操作を安定させているのだろう。
「じゃああの湯呑やスリッパにも神字が入っていたのか?」
「ああ。内側に刻んである。そういう意味であれはオレが作ったと言えるんだ。分かったかキル」
「るせーよ!」
「まあまあキルア落ち着いて。
ではミルキ、私たちにも高重量の修行アイテムを作ってくれるということですか?」
「そういうことだ。というか、もう出来上がっているぜ」
「おお、何時の間に……」
「2週間の間に少しずつな」
確かに夜なべして何か作っているのは知ってたけど、そういうことだったのか。
皆の為に苦労して作ってくれたんだな。神字って結構手間かかるのにありがたいことだ。
ミルキが鞄から取り出したのは上半身に付けるベストタイプと腕や足に付けるバンドタイプの2つだ。
それぞれ持ってみたが、見た目からは想像つかない程の重量となっていた。リストバンドなんて見た目では精々2~3キロ程度なのに、1つ当たり20キロはある。
これを複数付けたら確かに修行も捗るだろう。ベストも100キロはあるし、いい負荷になるな。
「オレがオーラを注ぎ込んだら重量をさらに重くすることも可能だ。
今の重さに慣れたらまた重くすればいい」
おお……。素晴らしい能力だ。皆の基礎能力の向上も更なる飛躍を遂げるだろう。
「修行が捗るよ! やったね皆!」
「……アルカの為だアルカの為だアルカの為だアルカの為だアルカの……」
「……打倒ヒソカ打倒ヒソカ打倒ヒソカ打倒ヒソカ打倒ヒソカ……」
「お姉さん。また会いに逝くからね……」
「ゴン! あそこに逝ったらすぐに帰ってくるんだぞ! 二度と戻れなくなるぞ!」
「オレ、グリードアイランドから出たらセンター試験を受けるんだ」
「サブ、バラ。お前たちは生きろよ……」
全員目が死んでいる……。嬉しくないのかな?
「じゃあ明日からは常にこれを付けて生活するようにしましょう」
「生活(修行)ですね分かります」
クラピカよ……大体合ってる。まあなんだ。強くなろうぜ!
◆
ミルキの作ってくれた修行道具はかなりの成果を上げている。
重さ自体はゴン達が着けても問題なく動けるレベルだが、負荷が増している状態でいつも通りの修行をするのはやはりかなりキツいようだ。
それぞれ今の身体能力に合わせて重りを着けているので、誰もが基礎修行でいつもの半分程の時間でヘトヘトになっている。
かく言う私もかなり疲れている。だが、この負荷に慣れてくれば身体能力も更に上昇するだろう。ふふふ、首を洗って待っていろよネテロ。
そうしてグリードアイランドに来て3週間が過ぎようとしていた時のことだ。
今日もいつも通り修行に熱中している最中、空からあの音、スペルカードによる移動音が聞こえてきた。
誰もが修行を中断し、空に向かって集中した。全員臨戦態勢に素早く入っている。うんうん、いい成長だ。
そして4人の男性が空から降り立った。
ゲンスルーさんの近くに降り立ったことから、スペルカードでゲンスルーさんを目標に飛んで来たのだろう。
つまり彼らはゲンスルーさんが騙していたというハメ組の人たちかな。全員私たちをチラリと見ながらもその意識はゲンスルーさんのみに向いている。
一応私たちを警戒しているようだが……。
「ゲンスルー。何故オレ達と連絡を絶った? “交信/コンタクト”には気付いていたはずだ!」
「……ふぅ。オレはゲームを降りた。後はお前たちで勝手にしろ」
『なっ!?』
やっぱりハメ組の人たちか。ゲンスルーさんと長いこと連絡がつかないから痺れを切らして直接乗り込んで来たわけだ。
多分ハメ組の中でも戦闘経験に長けた人を連れて来たのだろうけど……。恐らく私たちの誰が戦っても彼らに勝つことは出来るだろう。まだまだ未熟だな。
「どういうことだ! ようやくだ、ようやくクリアの目処が立ってきたんだぞ!?」
「ここまで来るのに5年も掛かったじゃないか! 今さらクリアを諦めるのか!?」
「最近バッテラ氏に雇われたプレイヤーが大勢仲間になった。これで人数も目標をクリアした。スペルカードも今まで以上のスピードで集まるだろう。
なのにどうしてだ! 答えろゲンスルー!」
計画初期からの仲間だったゲンスルーさんの素っ気ない言葉に気が動転したのか、語気を荒げてゲンスルーさんに詰め寄るハメ組さん達。
ゲンスルーさんはあからさまに溜め息を吐いた。本当に彼らを仲間とは思っていなかったようだな。
「どうでもいいだろ。さっきも言ったがオレはゲームクリアなんてもうどうでもいい。
オレの分の報酬はお前たちで好きに分ければいい。オレが持っている指定ポケットカードも渡す。
“ブック”……ほらよ、さっさと持っていけ」
「……本気なんだなゲンスルー」
「そう言っている。早くしろよ。オレは今日のノルマを終わらせないといけないんだよ」
「?」
ハメ組さん達が何を言っているのか分からなくてキョトンとしているな。
ノルマはゲンスルーさんに課せられた修行の量だ。そのノルマを毎日こなさないとリィーナによる折檻を受けるようになっている。
誤魔化すことは禁じられているので毎日頑張っている。……頑張らざるをえないとも言う。負けるなゲンスルーさん。
何というか。悪人なのは知っているんだけど、初対面でのゲンスルーさんの受けた仕打ちが印象的で、私たちの誰もゲンスルーさんに悪印象を持っていない。
もちろん全員ゲンスルーさんがしてきた悪行は知っている。でもそれはキルアもミルキも同じだと言っていた。
腹にまだ一物あるんだろうけど、ここまでの仕打ちを受けて修行に励むゲンスルーさんを見ているとやっぱり悪くは思えないようだ。
ゴンなんか結構ゲンスルーさんに念の戦闘について教えてもらっているくらいだし。あの子は裏表がないからゲンスルーさんにも1番好意的に接している。
ゲンスルーさんはそれに悪態をついたり、鬱陶しそうにしているけど、何だかんだで丁寧に教えている。ゴンの飲み込みも早いから、教えがいもあるのだろう。
ハメ組さん達はゲンスルーの言葉に怪訝に思いながらもバインダーから指定ポケットカードを回収した。
これでゲンスルーさんのバインダーには少しのスペルカードとその他のアイテムカードしかなくなったわけだ。
「ゲンスルー、周りの彼らは?」
「今さらだな。……どうでもいいだろ。さっさと行けよ」
「そうはいかん。お前と一緒にいるということはオレ達の計画やアジトについても知っている可能性もあるわけだ。
どうなんだゲンスルー?」
「……」
ゲンスルーさんが僅かに私に視線を向けた。
私の意志を確認しているのか。今のゲンスルーさんへの命令権は私にあるからな。
私はゲンスルーさんに首肯で応える。彼らにどう答えるかはゲンスルーさんに任せよう。
「計画を気にするくらいなら見知らぬ奴らがいる時に話すべきじゃないだろうに……。
まあいい。コイツ等は確かにお前たちの計画について知っている。アジトの場所までは話してないがな」
「……彼らを計画に誘っていたんじゃないのか?」
「違うな。
アジトについて信用出来ないならさっさと場所を変えるんだな」
どうやらボマーについては話す気はないようだ。
まあここでそのことについて話したら話が拗れるなんてもんじゃなくなる。
しかも私たちまでボマーの仲間だと思われるだろう。それは勘弁だ。
彼らにはゲンスルーさんの爆弾が付いているようだが、ゲンスルーさんが条件を満たさなければ爆弾が発動することはないようだし。
彼らも覚悟を持ってこのグリードアイランドに来ているんだ。他人の念能力に掛かったのは自業自得の面もある。これくらいは問題ないだろう。
「……分かった。後悔するなよゲンスルー」
「いいのかニッケス」
「構わん。ゲンスルーの意思は固いようだ。
時間も惜しい、早くアジトも変えなければいけない。戻ろう」
「……分かった」
そうしてハメ組さん達は私たちから離れていった。
多分私たちを“同行/アカンパニー”に巻き込まないように離れたのだろう。
半径20m以内にいるプレイヤー全てが“同行/アカンパニー”の対象になるようだからな。
スペルカードについてはゲンスルーさんのおかげで全員が網羅している。あ、ビスケは除く。あの子はこういう細かいことを覚えるのは嫌いなのである。
私は結構ゲームとか好きだから覚えた。遥か昔を僅かに思い出すなぁ。オリジナルの魔法とか詠唱とか考えた記憶ががが。
「“同行/アカンパニー”使用! マサドラへ!」
行ったか。このまま彼らが順調に計画を進めていけばゲームをクリアするのは彼らになるのかな。
ゲームクリアをするつもりまではなかったから別にいいけど……。なんか少し納得いかない自分がいるな。
元ゲーマーの血が騒ぐ。困難なゲームをクリアしろと叫んでいる。静まれ私の血よ。目的を違えるな!
「良かったのゲンスルーさん?」
「はあ? 何言ってやがる。オレをそうさせたのはお前らだろうが」
「うん、それは仕方ないと思ってる。
でも自分でゲームクリアしたかったんじゃないの?」
「だから、それをあの女にぶち壊されたんだろうが」
「だったらオレ達と一緒にゲームをクリアしようよ!」
「あ?」
「ゲンスルーさんがやったやり方はオレも認められない。
でも、あの人達のやり方もオレは好きになれない。
だからさ、今からオレ達とまともなやり方でゲームをクリアしようよ!
あの人達に負けないようにさ!」
……きっとゴンの中ではゲンスルーさんはもう輪の中の1人なんだろうな。
その純粋さが人の心の垣根を越えることもあるのだろう。だが、それゆえに危ういんだけど……。
「馬鹿かお前は。クリアしてもオレに金が入ってくるわけでもない。
あの女がそこまでしてくれるとは思えんしな。無駄な労力を使う気はねぇんだよ」
「そうかなぁ。リィーナさんは公平だから、ゲームのクリアに貢献したらちゃんと賞金を分けてくれると思うよ?」
「そうですね。リィーナはその辺は平等です。例え相手が誰であれ、役目に応じた報酬は出すでしょう」
私に関すること以外ではあの子は本来平等なのだ。他人に厳しくする分、自分にも厳しくしている。理不尽なことはしない子だ。私に関すること以外で。私に関すること以外で。
例えかつて犯罪を犯したことがある人でも、仕事をキチンと為せば見合った報酬は出してくれるだろう。
「それにオレ達と一緒にゲームをしたら、修行も少しは楽にな――」
「――そこまで言うなら仕方ないな。協力してやる」
早い、早いよゲンスルーさん! そんなに修行が辛かったんだね! ごめんねゲンスルーさん!
「でもよゴン。このままじゃあのハメ組の連中がクリアするんじゃねーか?
アイツ等もうクリア目前まで来てるらしいし。オレ達が貴重がカードを手に入れてもすぐに奪われると思うぜ?」
「いや、そうとは限らないな。アイツ等のやり方ではどうしても取れないカードが幾つかある」
「ホントに!?」
流石はハメ技を考えついたご本人。ハメ技に出来ること出来ないことくらいお見通しか。
「まず第一に、アイツ等は弱い。束になっても数で劣るオレ達に勝てないくらいにな。
そんな連中では自力でのカード入手は恐らくSランクカードが限界だ。SSランクカードになるとよほど運が良くないと手に入れられないだろう。
次に、あのハメ技では絶対に奪えない防御法がある。それが“堅牢/プリズン”だ。お前たちにも教えたように、このスペルで守られた指定ページのカードはどんなスペルでも奪うことは出来ない。
あとは“聖騎士の首飾り”だな。“徴収/レヴィ”には意味がないが、攻撃スペルはこれで反射出来る。この2つを揃えるのが最初の関門だな」
なるほど。つまり私たちはSSランクの指定カードをどうにかして手に入れて、それを奪われないようにすればいいわけだ。
奪われさえしなければハメ組は全てのカードを集めることが出来ず、クリアには至らない。そうして少しずつ自分たちのカードを集めていくと。
「だがそれでもクリアするには幾つもの問題がある。第一に“堅牢/プリズン”の入手が困難なことだ。
人海戦術でスペルカードを集めていたハメ組でさえ“堅牢/プリズン”は1枚しか所持していない。それから3週間近く経っているから、もう何枚か揃っていてもおかしくはないがな。ちなみに“堅牢/プリズン”のカード化限度枚数は10枚だ。5000枚を越えるカードの中から運良く手に入れるしかない。
運良く“堅牢/プリズン”を入手出来たとしても、守れるのはSSカードとそれと同じページのカードの計9枚だけだ。他のカードは集めても“徴収/レヴィ”で奪われる可能性があるな。
オレ達のカード枚数がそれなりに集まったら確実に“徴収/レヴィ”による邪魔をしてくるだろう。例え奪ったカードが奴らに必要ない物だとしてもな。
更に他の奴らが独占しているだろう指定ポケットカードの存在もある。そういったカードはスペルで奪うのが1番だが、生憎大抵の貴重なスペルはハメ組が多く所有している。オレ達が手に入れられるのは極僅かだろうな」
「でも“徴収/レヴィ”のカード化限度枚数は25枚なんだろ? そんだけ使ったらすぐに無くなるし、補充も難しいんじゃないの?」
「いや、指定ポケットカードの1つに“徴収/レヴィ”と同じ効果を持つカードが存在する。
それを使えば所持している指定ポケットカードがランダムに1枚破壊されるが、指定ポケットカードがあれば何回でも“徴収/レヴィ”を使うことが出来る。
あの連中は余分な指定ポケットカードを使えばいいだけだし、そもそもクズカードを“贋作/フェイク”で指定ポケットカードに変化させて、他の指定ポケットカードを仲間に渡していれば破壊されるのはそのクズカードだ。
どうせ重要な指定ポケットカードの全ては複数人に分けた上で何処かに隠れて厳重に保管しているだろうしな。唯一の救いはカードを保管している奴らが“堅牢/プリズン”による防御をしていないことか」
「どうして貴重なカードを“堅牢/プリズン”で守らないの?」
「使っちまえば他の誰かが“堅牢/プリズン”を手に入れる可能性が出てくるからさ。
だから重要なカードは全て所持しているプレイヤーが隠れることで守るわけだ。もちろんそいつ等は聖騎士の首飾りと大量の防御スペルを持っているだろうな。
……いや待て。“擬態/トランスフォーム”を使えば“堅牢/プリズン”も増やせたな。駄目だな、全部のカードがガードされている可能性の方が高い」
「八方塞がりじゃねーか! どうすんだよゴン。こりゃクリアなんて到底不可能だぜ?」
……いや、方法はあるな。私たちには“堅牢/プリズン”がなくても“徴収/レヴィ”は愚か大抵の攻撃スペルを防ぐ方法がある。
その方法を持っている人物が仲間にいるのだ。
「“徴収/レヴィ”を防ぐ方法に心当たりはありますよ」
「……どうやってだ? “堅牢/プリズン”以外でアレを防ぐことは出来ないはずだ」
「今は言えません。私に言えることは、現状は動くことが出来ないということくらいですね」
リィーナの念能力を勝手に話すわけにはいかない。場合によってはこの方法は使用出来ないだろう。
今はリィーナが帰ってくるのを待つしかないな。どうせ私の【ボス属性】による絶もまだ戻らないし。
「私の考えている方法ももしかしたらダメかもしれません。
なので、あまり期待しないでねゴン」
「うん、大丈夫だよ。例えアイシャの考えた方法が無理でも、オレ達がクリア出来る可能性はゼロじゃないんだ。
だったら諦めたりしないよ!」
「しゃーねーな。オレも付き合ってやるよ」
「ゴンの諦めの悪さは今に始まったことじゃねーしな」
「ああ、慣れたものだよ」
「オレってそんなに諦め悪いかな?」
自覚なかったのゴン? ゴンってかなり負けず嫌いだよね。
ハンター試験で私に勝つために釣り勝負に引きずり込まれたことを私は忘れないだろう。
まあ、そういう私もかなり負けず嫌いか。
「まあやる気がなくならないなら手伝ってやる。その方が修行も楽になるしな」
「ありがとうゲンスルーさん!」
「勘違いすんなよガキが。オレはオレの為に手伝うんだ」
ツンデレ入りました。ありがとうございます!
「いいか、何はともあれ最初にやることは“聖騎士の首飾り”の入手だ」
「それってどこにあるの?」
「アントキバの月例大会の賞品だ」
「げっ、あそこのかよ。また奪われそうだぜ……」
「何月の大会で賞品に出るんですか?」
月例大会は月ごとに大会の内容も賞品も変わっているらしい。そして指定ポケットカードは奇数月の月例大会の賞品だ。なので1年で6種類の指定ポケットカードが手に入れることが出来る。勝てばだけど。
つまり最低でも1年間はプレイしないと全ての賞品を集められないということである。これでは他人のカードを奪った方が圧倒的に早いだろう。
「1月だな。まだ先だが安心しろ。月例大会の賞品は全てBランク以下のカードだ。
そしてBランクのカードはトレードショップで全て購入可能だ。同じトレードショップで50回以上買い物をすると得意客になり、店側から話をもちかけてくる」
「おお……!」
「やはり経験者がいると情報の有無が違うな」
「ああ、攻略本を読んでいるみたいでなんだがな」
やっぱりミルキはゲーム好きだな。私も攻略情報は見ずにゲームをする派だ。
だがこの状況では使える物は出来るだけ使わないとハメ組より先にクリアなんて不可能だろう。
「あとは出来るだけ金を貯めて全員でマサドラでスペルカードの購入だな。全てのカードを独占するのはあの連中にも無理だからな。
これは早ければ早いほどいい。“堅牢/プリズン”が1枚でもあるとないでは大きな違いだ。移動系のスペルカードも多い方がいいな。移動に割く時間は省いた方がいい。
アイツ等はあと1ヶ月ちょっとでカードの収集を終わらせてクリアへ向けて本格的に動き出す予定だ。早く動かないと手遅れになるぞ」
「じゃあ当面の目標はお金を貯めることですね。あと10日でここに来て1ヶ月になります。動くのはそれからとしましょう。
残りの時間は修行しながらモンスターをカード化していきましょう。それを売ればそこそこのお金になるでしょうし」
「まあ、今すぐ動かないならそれが妥当だな」
「じゃあ方針が決まったところで、ゲームクリア目指して頑張りましょう!」
『おー!!』
「取り敢えず今日の修行を終わらせましょうね」
『おー……』
この落差である。
◆
昨日も修行今日も修行。明日も明後日も修行の予定。修行漬けの毎日だ。
時々思う時がある。私は本当に【絶対遵守/ギアス】の効果が切れているのだろうか、と……。
前ほどに修行に傾倒してないから切れてはいるんだろうけど。【絶対遵守/ギアス】がかかる前の私だったら絶対に途中で逃げ出しているな。
まあいい。強くなるのは良いことだ。グリードアイランドが終わったら嫌でも死闘が待っているんだからな。
知識の中ではあのネテロでさえ勝てなかった化け物と戦うんだ。強くならなければ話にならない。
でも思うんだ。今のネテロなら勝てるんじゃね? 絶対アイツあの知識のネテロより強いよ。そう思わないとやってられないくらい強いよ。
いつか勝ち星を負け星より増やしてやる。
そんな風に気合を入れながらいつも以上に修行に熱中していると、遠くから人が近付いてくる気配を感じた。
かなりの速度だ。この気配は……リィーナか!
「……さーん! アイシャさーん!
お待たせしましたアイシャさん! リィーナ、ただいま戻りました!」
「ああ、お帰りなさ……い?」
勢い良く走って帰って来たリィーナだったが……おかしいな。何か妙な物体を持ち運んでいるんだけど?
何故だろう。既視感を感じる……。
「あの、リィーナ? その……アナタが連れている、でいいのですか? その人たちはどうしたんですか?」
そう、リィーナはかつてゲンスルーさんを縛り上げて連れてきた時のように、見知らぬ2人の男性を縛り上げていた。
それを担いでここまで走ってきたようだ。流石のリィーナも多少息が上がっている。人を2人も担いでバランスを取りながら全力で何十キロも走ったらそら疲れるよ。
「ああ、彼らです――「サブー!? バラー!?」――ああ、やはり貴方のお仲間でしたか」
「何でこんな所にお前たちが!? このクソ女がぁ! サブとバラに何をしやがった!?」
「言葉使いが悪いですよゲンスルーさん。ノルマ3倍です」
「この2人に何をなさったのですかリィーナ様!」
「別にそこまでの敬称を付けなくても。先生と付けるくらいでいいですよ」
「そのようなことはどうでも良いので早く説明をお願いいたしますリィーナ先生!!」
「落ち着きなさい。まずはアイシャさんへここまで遅くなった理由をご説明致しますので。
彼らについてはその後に説明致しましょう」
そうして興奮するゲンスルーさんを他所にリィーナは外の世界に行ってからの経緯を説明しだした。
外へと脱出した後、リィーナは風間流にいる除念師へと連絡を取った。
除念師にバッテラさんの恋人の説明をした後、除念師を伴いヨークシンに滞在していたバッテラさんの元へと訪ねたそうだ。
アポイントは取ったそうだが、大層驚いていたようだ。こんなに早くグリードアイランドから戻ってくるとは思わなかったらしい。
そうしてリィーナはバッテラさんに恋人が何らかの念能力の影響を受けている可能性を説明する。
念能力の攻撃を受けていたとは考えもしなかったバッテラさん。念能力者を知っていても、彼は念能力者ではないということだ。
念について詳しく知っていればその可能性も考えついただろうけど。
とにかく、一度除念を試みようという流れになった。
除念師と共に、リィーナは例の恋人が眠る病室へと連れられた。
除念師は一目見て彼女が念に侵されていると察知したらしい。そういう能力も持っていたようだ。
そうしてすぐに除念を受けた恋人だが……見事、除念は効果を及ぼし、すぐに目覚めたそうだ。
バッテラさんはそれは歓喜したらしい。それも当然だろう。もう何年も眠り続けていた恋人が、ようやく目を覚ましたんだから。
レオリオさんもこの話を聞いて嬉しそうにしている。自分が救えなかった人が救われたんだから、複雑だけどやっぱり嬉しいんだろう。
本来ならこれで話は終わってすぐに戻って来ようと思っていたリィーナだったけど、そうはいかなかったらしい。
何でもバッテラさんはまた恋人が眠りにつくんじゃないかと危惧したようだ。
一度あったことが二度ないとは言い切れない。それにその恋人に念を仕掛けていた犯人も、自分の念が外されたことに気付くだろう。再び狙われる可能性は確かにある。
なのでバッテラさんはリィーナに協力を求めたそうだ。二度と恋人が狙われないよう、狙われても大丈夫なように出来ないか、と。
リィーナは自分の持ちうる力を最大限に利用してそれに応えたそうだ。バッテラさんに念を仕掛けていた者を、風間流の念能力者を動員して速攻で捕まえたらしい……。
えー、どんだけ念能力者を動員したんだろう……。人探しの念能力を持っている者、仕掛けてきた念能力に反応して逆探知する能力を持つ者、他にも様々な能力者を使って犯人を見つけたそうだ。
これはひどい。犯人もまさか風間流そのものが敵に回るなんて思ってもいなかっただろう。リィーナ、恐ろしい子……!
そんなこんなで、犯人を捕まえたリィーナ。
もちろんそれに対してバッテラさんは報酬を払った。莫大な報酬を、だ。
それはバッテラさんの持つ全て。自分と恋人が慎ましく生きていけるお金と海岸にあるという小さな別荘以外の全てをリィーナが引き継いだらしい。
正確にはロックベルト財閥が、だが。その引き継ぎの為の書類やその他諸々の面倒事を終わらせてくるのにかなりの時間が掛かったようだ。
「と、言うわけでございます。
これほど遅くなりまして誠に申し訳ございません」
「いえいいんですよ。それよりも、バッテラさんも恋人も救えて本当に良かったです。
少しやり過ぎな感もありますが、良くやりましたねリィーナ」
「ありがとうございますアイシャさん!」
この子に尻尾があったらすごい勢いで振られているだろうな。
それほどの喜びようだ。
「ちょっと待て、ください。ならもうクリア報酬は出ないのか?
それは契約違反になるだろうですよ?」
「ご安心なさいゲンスルーさん。グリードアイランドのクリア報酬に関しては以前のままです。
クリア報酬は事故で失った時間を取り戻す為の若返りの薬だけはバッテラさんが受け取り、それ以外の報酬は私の自由となりました。
あと敬語が出鱈目ですよ」
なるほど。本当にバッテラさんはお金なんかより恋人と、その恋人と一緒に過ごす時間の方が大切なんだな。
いい話だ。人にはお金よりも大切なモノが出来るといういい例だよ。もちろん生きていく上でお金も大事だけどね。
「それでどうしてサブとバラがこうなったんですか!?」
「その話はこれからです。少し落ち着きなさい」
そうして重要な書類や引き継ぎが終了したリィーナは、残りは息子に託してさっさとヨークシンの別荘まで戻ってきたそうだ。
また面倒事を投げてきたなぁ。クリストファー君。強く生きろよ。
だがログインしてからが問題だった。丁度同じタイミングでログインした者がいたのだ。それも2人も。
それが今気絶しているこの2人、サブとバラらしい。
彼らはリィーナを見て、「ゲンスルーという男を知らないか?」と聞いてきたそうだ。
リィーナはそれで彼らがゲンスルーの仲間ではないかと思ったようだが、その場では彼らを無視してさっさとスタート地点から出て行ったそうだ。
だが彼らはリィーナを追ってきた。質問を無視して行ったのだから当然だけど。そしてまた同じ質問をする。
リィーナは彼らに対してこう言ったそうだ。「彼のことは忘れて真っ当に生きなさい」と。
私は知っていますよと白状したも同然である。彼らはもちろんリィーナに攻撃を仕掛けてきたそうだ。仲間想いなんだろうな。
そして結果は聞くまでもない。こうしてボロ雑巾のようになっている彼らが答えだ。
「サブ! バラ! 馬鹿野郎! どうしてオレのことをほっとかなかったんだ!?」
「う、うう……げ、ゲン!?」
「気づいたのかサブ!」
「お前……生きてたのかよ! 馬鹿野郎、心配させやがって!」
「バラ! 何言ってやがる、馬鹿はお前たちだ! オレからの連絡が途絶えたら計画は中止、グリードアイランドには入ってくるなと言っただろうが!」
「ふざけるな! ヤバイ橋を渡る時は3人一緒だろうが!」
「そうだ! オレ達はずっと3人でやって来たんだ! お前1人見捨てられると思ってるのか!?」
ヤバイ。普通に仲間想いの3人組なんだけど。
今この状況だけを切り取ったら悪いのは完全にリィーナと周りにいる私たちである。
「皆さん仲間想いで何よりです。
それではクラピカさん。このお2人にも鎖の掟をお願いいたしますね」
「ふざけんなぁーっ!! この2人には手を出さない約束だろーがぁーっ!?」
「え? そのような約束はしておりませんが?
私がした約束は、お仲間について言及しないということだけです。手を出さないとも、鎖を仕掛けないとも言っておりませんが?」
「お前は悪魔かぁぁぁぁ!?」
「失礼ですね。一度は見逃したのですよ。感謝して頂きたいくらいですが。
見逃されたというのに私に挑んで来たことが間違いだったのです。
さ、クラピカさん。よろしくお願いいたしますよ」
「……何というか、本当にすまん。
強く生きろよ。……いや、強くはなるな。強制的にだが」
「止めてくれクラピカーー!!」
彼らの受ける仕打ちが自業自得であることに間違いはない、間違いはないのだが……。
リィーナ以外の全員が彼らを同情の目で見ていたのは言うまでもなかった。
頑張れ3人とも。その内改心したと判断されたら自由になれるさ。多分。
◆
リィーナが合流し、新たな修行仲間(?)が加わってから数日の時が流れた。
サブさんとバラさんもゲンスルーさんに事情を説明されて仕方なく行動を共にしている。
強制とも言うけど……。サブさんとバラさんもゲンスルーさんと同じようにリィーナに心折られていた。必要な処置らしい。
何はともあれ、彼らも数日で諦めの境地に陥っている。愚痴を言いながらも抵抗の意思は少なくなっているようだ。
ゲンスルーさんは仲間が同じ境遇になってしまったことを残念に思っているが、やっぱり大事な仲間と一緒にいるとどこか嬉しそうだった。
そして今日でグリードアイランドに来て丁度1ヶ月が経った。つまり私の念能力が元に戻る日である。
これでようやくカード集めをすることが出来る。つまりホルモンクッキーが手に入る日も近づいて来たということだ。
楽しみだ。私がグリードアイランドに来たのは朝方だったから、もうすぐのはずだ。
ワクワクしながら皆と一緒に朝食を摂っている。その時だ。
「……ん? お、おお!」
おお、戻った! 念能力が戻ったぞ!
ふはは! この漲るパワー! 馴染む、実に馴染むぞ!
最高にハイってヤツだー!
「ふふふふ……あれ? 皆さんどうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもあるか!?」
「いきなりお前のオーラをぶつけられたら驚きもするわ!!」
あ、【天使のヴェール】忘れてた。しばらくの間絶状態で過ごしてたのに、急に戻ったからうっかりしてたよ。
私のオーラの質を知っているゴン達もいきなりのことだから吃驚したようだ。
知らなかったカストロさんやミルキにゲンスルーさん達なんかは私からめっちゃ離れているんだけど。
特に顕著なのがゲンスルーさん達3人組だな。見るからに怯えている。
カストロさんとミルキは驚いて一足飛びに離れたけど、少しずつこっちに近づいて来ている。
「そ、そのオーラは一体……どういうことなんだアイシャ?」
「あー、私って昔からちょっとオーラの質が禍々しいんですよね」
「ちょっと? これがか?」
そこはスルーしてよゲンスルーさん。
……なんか自分で審議したくなったなこの台詞。口に出さなくて良かった。
「このオーラ……でもこれなら家族も……おお、行けるんじゃないか?」
? ミルキはどうしたんだろう? 私のオーラを見て驚いていたけど、今は喜んでいる?
怖がられないのは嬉しいけど、どうして喜ぶんだろうか?
「とにかく一度オーラを隠しますね」
【天使のヴェール】を発動してオーラを隠蔽する。
これで誰も私のオーラを感じることも見ることも出来ない。
「オーラの質が変わった?」
「どういうことだおい?」
「アイシャ、説明してもらお――」
「――この件に関して聞くことも口外することも禁止いたします」
『マム! イエスマム!』
実に飼い慣らされてしまったゲンスルー組である。あ、なんか涙が。
「さて、私もようやく元に戻れたので、今日から本格的にゲーム攻略に乗り出しましょうか」
『おー!』
「最初にすることはマサドラでスペルカードを買い集めることでしたねゲンスルーさん?」
「ああ。オレが“同行/アカンパニー”を持っているから、それを使ってマサドラへ移動する。
あとはオレ達が持っているモンスターカードを全てトレードショップで売る。その時一度に売らずに50回に分けて売れば得意客になれて一石二鳥だな。
その後スペルカードをある程度買ってから、何人かでチームを作ってそれぞれでカードを集めるのが効率的だろう。
“交信/コンタクト”を使って連絡を取るのを怠るなよ。同じカードを何枚も取って無駄になることもあるからな
後は貴重なカードが手に入ったらリィーナ先生に渡すように。念能力で“徴収/レヴィ”も防げるようだしな。……このゲームじゃ反則だなその能力」
確かに。スペルカードをカード以外で防ぐなんて誰も想像しないだろうしな。
後は何人かのチームに分かれてカード集めか。ゲンスルーさんが知っている限りのカードの入手方法は全員教わったから、70枚くらいは効率的に集まるだろうとのことだ。
……くくく、もちろんホルモンクッキーの入手方法も知ることが出来た。待っててね私のホルモンクッキー!
「では、チーム分けはマサドラへ行ってから考えましょうか」
「わ、私はアイシャさんと同じチームが!」
「後って言ってんでしょ。大体そのチームは倍率高いわよー」
そうなの? 私は誰と組んでもいいんだけど?
誰と組んでも楽しそうだしね。ゲームは楽しむべきだよ。
「それじゃ飯も食ったし、マサドラへ行くぞ。全員オレの20m以内にいろよ。
“同行/アカンパニー”使用! マサドラへ!!」
その言葉とともに皆が光に包まれマサドラへと飛んでいった。
私はオーラが減った。
……光が飛んで行った方向を見つめながら私はふと1人で呟いていた。
「ああ、あっちがマサドラかぁ。……走るか」
どうやらチーム分けは私と私以外になったようだ。
……お、おのれ【ボス属性】ィィィィィ!!
あとがき
サブバラも仲間?になったよ! やったね!
ミルキの念能力はもちろん勝手な想像です。
ミルキ特注の普通に考えたらありえない重量の合金。さらにWikiで見たミルキの情報で、ミュージカル版では外見によらない高い身体能力を見せたという一文から、重量でも操作してるのかと想像しました。
まあ単純にこの世界では金よりも比重の思い金属が普通に存在している可能性もありますが。この作品ではミルキの能力はこれでいきたいと思います。