清城市、とあるホテルの一室。
そこで水無月空はレインから『ドレクスラー機関の潜伏場所を発見した』という報告を受けていた。
「それ……本当なの」
「はい。潜伏型の巡回ウイルスが彼らの通信を傍受しました。
発信者は特定できていませんが、市庁舎からです」
普段より一オクターブ低い空の声に気付きながらも、レインも興奮を隠せない様子で報告を続ける。
言いながら、空の目の前にはレインから送られてきた大量のデータが表示されていた。
断片的なデータの数々……あまり見やすく纏められていないのがレインの慌てぶりを示している。
そして、
「……レイン、現状で掻き集められそうな戦力は」
「時間的に考えてこの街に滞在している同業者たちしかありません。
一応CDFにデータを送り協力を仰ぐという手もありますが……」
「無駄ね。奴らがここの上層と繋がっているのはもう確定的よ。
内通者の手によって逃がされるのがオチだわ」
立ち上がる。
今まで散々掴まされてきたデマではない……これは、確実に本物だ。
とうとう追いつめた。
あの日の惨劇を、真相を知る人物を、その原因を。
怒りと喜びと決意と、様々な感情がない交ぜになり空を突き動かす。
「行くわよレイン。でき得る限りの戦力を掻き集めて奴らを叩く……!」
「了解!」
同じ頃。
六条コゥと六条クリスもまた、ドミニオンの動向を掴んでいた。
「ドレクスラー機関の潜伏地を襲撃……? 何だってそんな事を」
「奴らも最新鋭ナノテクノロジーは欲しいんじゃないかしら。
そうね……終末思想を持った奴らの集まりなのだから、アセンブラが目的だったりしてね」
「勘弁してくれ……またグングニールに薙ぎ払われるのは勘弁だぞ」
そう言って辟易しながらもコゥは立ち上がる。
それに続くようにクリスも立ち上がった。
「それのドレクスラー関連で、この街の傭兵に片っ端から声を掛けている物好きがいるけれど……どうする?」
「放っておけ。俺達の目的はドミニオンだ……何かと関わりが多いドレクスラー機関を潰してくれるならむしろ好都合だ」
そして彼らも戦場へと踏み出す。
彼らが行っているのは鬼ごっこではない……追う側も追われる側も互いを咬み殺そうとするサバイバルゲームだ。
目的はただ一つ、グレゴリー神父の打倒。
理念はただ一つ、自身に周囲を巻き込まないために。
ともすれば幼稚とも、そして異常とも取れるその理由。
いくら知人のためとはいえ記憶を失くしている現状では具体的な関係性もほぼゼロになっている。それにも拘らず、なお命を賭して守ろうとする異常性。
それを理解しながら、なお六条クリスは彼と共に在り続ける。
それ以外の何かに突き動かされている彼を知りながら、決着が着くその時まで。
六条コゥ―――門倉甲も、グレゴリー神父を追い続ける。
思い出せない誰かを守るだけではなく、奴は倒すべき敵だという衝動に突き動かされて。
「さあ―――始めるぞ」
後章<02> 研究所 -drexler-
そして、戦闘が開始された。
「第一部隊は西方向、第二部隊は東方向から攻撃開始!
私たちは中央突破します!」
『了解!』
レインの指示に従って集まった部下達が散っていく。
次々と上がる戦火と黒煙。爆撃と銃撃の音が絶えず響き渡り、戦場がひっきりなしに咆哮を上げている。
その真っ只中を二人は駆け抜ける。
目の前には様々なシュミクラムの群れ。
それに向けて空とレインは攻撃を敢行した。
「邪魔よッ……!」
メテオアローが放たれ、拡散した電撃波に前方に群がるシュミクラムがその動きを止める。
続いて、
「全砲門展開―――全弾発射(フルファイア)ッ!!」
レインの持つ射撃武装が全て、火を噴いた。
マシンガンが、レーザーが、ミサイルが、一斉に敵へと牙を剥く。
おまけとばかりに空がスプレッドショットを放ち、それら全てが敵シュミクラム群へと降り注いだ。
撒き散らされる爆音と衝撃。
地響きの後に残っていたのは……無残な残骸だけだった。
それらを踏み越えて、二人は油断なく周囲を警戒しながら奥を目指す。
「レイン、構造体の解析はどう?」
「順調です。あと数分もあればセキュリティコアへのルートを割り出せますが―――妙です」
「妙って、何が」
「警備が少なすぎるのです」
レインの言葉と共に索敵マップが空の視界に割り込んでくる。
横目にそれを確認してみると―――確かに、考えていたよりも警備が手薄だ。
現在、各所で部隊の者たちが警備と交戦中だが……まるで纏まりがない。
ある程度の集団で動いてはいるが、そこに統率が見られない。行き当たりばったりのような印象を受ける。
「既にどこかの襲撃を受けた……? それとも別の場所に出払っているのか、入れ替わりで逃げられたか……」
言って、ゾッとした。
冗談ではない。やっとの思いでここまで来たというのに、ここで取り逃がしてたまるものか。
その思いと共に機体を加速させる。
警備が手薄なのは確かに気になるが、それでもここにドレクスラー機関の手掛かりがある事に変わりはない。
もし既にいないのだとしても、何かの情報程度は持ち帰らなければ気が済まない。
「ほんとままならないわね、世の中ってのはっ……!!」
駆け抜けざまにすれ違ったウイルスをスラッシュエッジで切り裂き、なお突き進む。
立ち止まる事無く、その場所を目指した。
◇ ◇ ◇
そして、一方的な戦いが繰り広げられている。
「妨害!」
オーダー・ストークスによるジャマーフィールドが展開される。
だが敵のシュミクラムはそれを巧みに避け、支援機の無くなったクリスへと向かってくる。
主として使う武装が手元にない状態―――だが、それでもクリスは嗜虐的な笑みを浮かべていた。
「喰らいなさいッ!」
放たれるエレクトロミサイル。
弾頭が炸裂し、突撃してきたシュミクラム群に対して壁のように超電磁フィールドが形成される。
侵入者を拒むフィールドは勢いを止められずに突撃してきたシュミクラムたちを残らず弾き飛ばし―――後方に控えていたジャマーフィールドに突っ込ませる。
著しく動きを阻害されるシュミクラム群。
そこに、
「引き込めッ―――!」
グラビティフィールドが追い打ちをかけた。
シュミクラム群の中央に突如として現れた白いシュミクラム―――カゲロウの放つ重力場に捕らわれ、その頭上へと纏めて引き寄せられる。
同時に、カゲロウの姿が掻き消えた。
一瞬にして頭上へと移動したカゲロウの手には一本の刀と鞘が握られている。いつの間にか抜き放たれた刀が静かに鞘へと納められ―――遅れて発生した無数の斬撃と共に、彼らの命は絶たれた。
爆発炎上する機体が彼らに最後の花を添える。
それを眺めながら、二人は周囲を見渡した。
辺り一面、ドミニオンの機体しか見えない。
「いつになく大部隊だな」
「ええ……よっぽどドレクスラー機関の連中が欲しいと見えるわね」
言葉と共に、グリムバフォメットの手から拳程度の大きさ―――といってもシュミクラムの拳だが―――の球体が射出された。
それはゆっくりと空中を漂い、
「面倒だから一掃しちゃいましょうか」
それに合わせて二機が再び動いた。
コゥがショックウェイバーで敵を引き寄せ、更にグラビティフィールドで動きを封じる。
クリスは再びオーダー・ストークスを起動。ジャマーフィールドを発生させ、イディクト・ロアで相手の行動範囲を制限する。
そして、球体から鎖が伸びた。
「行くわよ!」
「ああ!」
球体から放たれた鎖は勢いよく回転し、周囲の機体を残らず絡め取っていく。
それを確認した二人が目の前にできた道を突き進んだ。
後方の敵は全て伸びた鎖に絡め取られるか、クリスの発生させたチェーンソーとジャマーフィールドで身動きが取れずにいる。
そして、その鎖は徐々に長さを縮めていき―――絡め取られていた機体が、球体へと触れた。
同時に、巨大な爆発が周囲を纏めて消し飛ばした。
餓えしベヒーモト―――クリスの持つ拘束能力を持った爆弾を生成するフォースクラッシュである。
その効力と破壊力はこの光景を見れば一目瞭然。
二人の周囲を囲んでいたシュミクラムは、その大半が姿を消した。
「いつもながらえげつない威力だな……」
「どの口で言うのかしら。貴方のアレとかアレとか、想像を絶する破壊力で散々私を鳴かせたくせに」
「アレとか言ってる場合か」
一気に大半の味方がその姿を消した―――その光景を間近で見てもなお、ドミニオンの信者たちの戦意は衰える事がない。
その狂気の感情のままに仇敵たる悪魔を討たんと距離を詰めてくる。
そして、再び襲い掛かってきた。
コゥとクリスは互いに背中を預けながら、襲いかかってくるシュミクラムを次々と切り払い、殴り飛ばし、撃ち落とす。
「ねえっ、甲!」
「なんだ、よっ! クリス!」
互いに迫る敵を迎撃しながら、それでも会話を続ける。
コゥは冷徹に敵を駆逐しながら、クリスは冷笑を湛えた表情で。
「これまで、ドミニオンを追っているとっ、必ずどこかでドレクスラー機関の噂を聞いたわね!」
「そうだな! これはもう、確実に繋がりがあるだろうさっ!」
それが今までの経緯。
ドミニオンを追っていると必ずどこかにドレクスラー機関という言葉を聞いていた。
両者がどういった目的で繋がっているのかは知らないが……
「だったら、ここで研究者を確保しておけばっ、奴らへの嫌がらせになるんじゃないかしら!?」
「あわよくば情報を吐かせようってか!? 相変わらず、考える事が打算的で容赦ねえよなっ!」
言いながら、コゥとクリスは前進していく。
シュミクラムの群れを突っ切り、駆け出していく。
だが追っ手は途切れない。全滅させない限り、彼らをどこまでも執拗に追ってくる。
「私が雑魚を引き受けてあげるわ。感謝しなさいよ?」
「抜かせ。お前より俺の方が突破力が上なのは明白なんだ、適材処置ってやつだろ」
「貴方、ほんとに口が減らないわね。一度去勢すればその態度も改まるかしら」
「生憎とこれが素なもんでね。お前こそ、その上から目線は一度徹底的に屈服させないと直らないのか?」
お互いに好戦的な笑みが浮かぶ。
そのまま走り続けて、構造体の中心である施設が見えてきた。
その門前でクリスは踵を返す。
コゥは振り向く事はしない。ただ奥を目指し、走り続ける。
「せめて何かのデータくらい持って帰ってきなさい。そうすれば褒めてあげるから」
「お前こそちゃんと雑魚を片付けておけよ。俺が戻ってもまだ手間取っているようなら盛大に笑ってやるよ」
カゲロウがゲートの向こうへと消えていく。
それを見届けてから、クリスは目の前に迫るドミニオンを睥睨した。
両の手の甲に装備されたパーツからチェーンソーが展開される。
唸る回転刃が突撃してきたシュミクラムを突き刺し、その命を絶ち切った。
ほどなくして爆発する機体。
その爆煙の中で、グリムバフォメットは悪魔のように赤いカメラアイをぎらつかせて、クリスは壮絶な笑みを浮かべた。
迸る感情のままに、叫ぶ。
「さあ……切り刻んであげるわッッ!!!」
そして、殺戮ショーが幕を上げた。
◇ ◇ ◇
空とレインは構造体内部へと侵入していた。
途中で合流した部下も引き攣れて順調に内部を制圧していた。
しかし、
「……やはり、手薄ですね」
「そうね……」
やはり、警備が手薄だ。
当初はもっと苦戦するものだと思っていた。相手は世界中を逃げ続けたドレクスラー機関―――つまりは、それだけの力があるのだ。
下手をすれば全滅もありえた。だが……あまりにもあっけない。
手応えの無さが逆に違和感を呼んでいた。
―――根拠のない不安に襲われる。このまま固まっていても碌な成果が出ないかもしれない。
ならば―――
「部隊を二つに分けるわ。半分は私と、半分はレインと行動を共にして。
私とくる方は最深部のデータベースを、レインと行く方はセキュリティコアを目指してもらうわ。いいわね」
『了解』
そして部隊が二つに分けられた。
それぞれが目的に合致した能力を持つ者たちを優先的につれて行く。
「それじゃあ―――セキュリティコアの方は頼んだわよ、レイン」
「お任せを。中尉の方こそお気を付けて」
言って、一斉に駆け出した。
電脳の風を切って、レインはセキュリティコアへと向かっていく。
その最中で何度か索敵を掛けてみるが―――反応は無し。
いくらなんでも静かすぎる……
おそらく、その考えは間違っていないとレインは判断する。
そしてそれは空も気付いているはずだ。感という部分でならばレインよりも早く察知していただろう。
だったら、レインが成すべき事は一つ。
「全員、その場で一時停止です」
「ぬ、どうかしやしたか少尉」
「おそらくこれは罠です。一度周囲を徹底的に索敵します」
そう告げると他の人員も慌てて周囲を索敵し始める。
レインのアイギス・ガードもレーダー関連の装備をフル稼働させて周囲の索敵を開始する。
「敵は何を……攻性防壁? それとも隠密モードでの奇襲?」
口に出して予測を並べてみるが、どれも何か違う気がする。
誰もいない施設、手薄の警備、容易過ぎた侵攻。
ならその目的は……?
もしも、施設防衛が相手の目的ではないとすれば……?
「……まさか」
最悪の想像が頭を過った。
もし防衛目的ではなく、こちらを引き込む事が目的なのだとすれば―――
私たちは、既に敵の罠に嵌っている……?
「っ、中尉ッ!!」
慌てて空と通信を試みる。
が……駄目だった。何かのジャミングが働いており通信が上手く機能しない。
レインはその場で己の不甲斐なさに歯噛みする。
自分の予想が正しければ、おそらくこの施設は自爆するだろう。
可能性としては論理爆弾か……もしそんな物をまともに喰らえば脳死は免れないだろう。
兵士としての直感が告げていた。『このままここにいては危険だ』と。
「―――この場にいる全員に通達します。この施設には論理爆弾が仕掛けられている可能性が非常に高いです。
今すぐ施設から撤退して……」
「おおっとぉ! 悪いが逃がす訳にはいかんなぁ!!」
「っ!?」
非常に嫌悪感を煽る声が聞こえて、レインは咄嗟に身を翻す。
直後に、衝撃が襲いかかった。
ガガガガガッッ!! と不快な銃撃音が耳朶を叩き、周囲の機体を撃ち抜いていく。
「くっ……!?」
理性が理解する前に反射的にチャフを射出していた。
気の抜けた音と共に金色の粒子の膜が張られる。レインへと向けられた銃弾は残らずそれに阻まれ、弾かれた。
やがて、銃声が止む。
それと同時に再びレインの耳に声が聞こえてきた。
「はぁーっははははは!! まったく、気持ちの良いくらいに引っかかってくれるなあ!?
流石は下等生物だと言っておいてやろうか!!」
「貴方は―――ジルベルトッ!!」
咄嗟にライフルを正面に現れたシュミクラムへと突き付けた。
その先には、かなり特異な機体が立っていた。
紫を基調としたカラーリングで、刺々しい印象を受けるフォルム。
ダーインスレイヴのリーダー、ジルベール=ジルベルトの駆るシュミクラム―――ノーブルヴァーチェがそこにいた。
「南米以来だなあ、レイン。未だに水無月なぞに従って気狂いの科学者どもを追っているようだな?」
「黙りなさい。反AI派である貴方が、何故このような場所にいるのです。
この施設にいるはずの研究者達はどこです!」
「はっ! 残念だが、ここはもう空き家だ。学者どもは既に逃げ出した後……
残念だったなぁ! 雀の涙程度の戦力で強襲を掛けたつもりだろうが、全くの見当違いなのだよ」
こちらを嘲るジルベルトを見てレインは考えを巡らせる。
奴は『ここに学者達はもういない』と言った。それはつまり、前ならばここに研究者達はいたという事だ。
尻尾を掴んだ事に間違いはない。ただ、それが少し遅かっただけ。
だがそれでも―――まさか全てが綺麗さっぱり消えた訳でもないだろう。
まだやれる事はある。
レインはそう自分を奮い立たせ、足に力を入れた。
「そうですか……ところで、私は奥を目指したいのですが。
大人しく道を開けてもらえませんか」
「フン、雌犬は雌犬らしく他人の顔色を窺いながら腰を振っていればいいものを……まあいい。
俺様も丁度鬱憤を持て余していたところだ。遠慮せずに遊んで行け……!!」
敵シュミクラムが展開する。
ノーブルヴァーチェとシャドーランが数機、合計七機がレイン達を取り囲んだ。
それを見ながらレインはこちらの戦力を確認する。
先程の奇襲で動けなくなった者が数人……現在戦力となるのは自分を含めて三機。
状況は極めて不利だ。
だが、これを退けなければ話にならない。
緊張で感じないはずの喉の渇きを感じる。自身の機体はサポート特化……そこいらの者に負ける気はないが、数で押されれば不利は否めない。
「さあ! その場で無様に這いつくばって見せろ……!!」
ジルベルトの手が振り上げられる。
レインは僅かな隙も見逃すまいと周囲に神経を尖らせて、
「あら、懐かしい声が聞こえると思って来てみれば……」
第三者の介入で、その場の行動が全て停止した。
全員の目が突如として割って入った声の方へと向けられる。
ゆっくりと近づく足音。
それと共に、禍々しくチェーンソーを携えた機体が現れた。
「灰色のクリスマス以来は顔を全く合わせていない懐かしい鳳翔の生徒じゃない。しかも、よりにもよってジルベルト君とはね」
「その声……鳳翔の六条クリス学生会長っ!?」
「なっ……!?」
ジルベルトの言葉に、レインは二重の意味で驚きを感じ得なかった。
一つは、あの頃の自分ですら知っていた『鳳翔の学生会長』がこんな場所にいる事。
一つは、その学生会長がよりにもよって数ヶ月前に交戦したドミニオン風の機体の操縦者らしいという事。
世間が狭すぎる―――そう思っても仕方がない。
「まさか、君が生き残ってるとは思わなかったわ。相変わらず弱い者虐めが大好きなのね」
「ふっ……感動すべき再会だというのに実にご挨拶ですね、学生会長殿。
貴方こそこんな薄汚い場所で何をしておられるのですか? ここは貴方に似つかわしくない野蛮な戦場なのですが」
「私にだって色々と事情があるのよ」
フェイス・ウィンドウが表示され、冷たい笑みを浮かべたクリスの顔が見えた。
「桐島さんも久しぶりね。鳳翔では特に交流があった訳じゃないけど、元気そうで何よりだわ」
「あ、はい……っていや、そうではなくて」
急な出来事に混乱していた思考能力が戻ってくる。
相手が誰だろうが―――あの機体は、あの状況から自分と空の二人から逃げ切るだけの実力を持っている。
そして、このタイミングでの介入。
これで何かあるのを疑うなという方が難しい。
「まあ確かに私も用事があったからここに来ているのだけれど。
ついこの前に不審な動きをされた桐島さんとしては信用ならないかしらね?」
見透かすような笑みがレインを見つめている。
それを見て、レインは『自分が彼女の事が苦手である』という事を理解した。
どうにも相性が悪い気がしてならないのだ。
そこに、意気揚々とジルベルトが割ってい入ってくる。
「まあそちらの裏切り者など放っておきましょう。学生会長……貴方も命が惜しければ早く離脱した方が宜しいかと。
この場に留まり続ければ色々と厄介な事になりますので」
「あら、どうも御親切に。
けど生憎と私の相方が一人施設の奥に突っ込んだっきりなのよね。あまりに遅いから迎えに来てあげたのだけど、どこかしら」
「何……?」
瞬間。
ジルベルトの表情が、今までのそれと一八〇度真逆のものへと変化した。
忌々しげに顔を歪めながら、吐き捨てるように言う。
「まさか……」
「白を基調に青でペイントしてある特注機なんだけど……その様子だと、知っているみたいね」
ジルベルトの殺気が露骨なまでに膨れ上がる。
そこにはさっきまでのように相手を敬う態度は存在しない。
ただ憎々しげにクリスを睨んでいる。
「学生会長。まさか貴方が奴とつるんでいるとは……全く予想しませんでしたよ」
「その口振りから察するに、貴方も彼の事を知っているのね?
ふうん……世間ってほんとに狭いのね。こうも立て続けに会うとなると、そのうち全員集合もあり得るかしら。
何にせよ、疫病神でも憑いているのかしらね」
極めて面白くなさそうにクリスが呟く。
……その顔が少し不貞腐れているように見えたのは、気のせいだろうか?
そしてジルベルトは不快感を隠そうともせずに叫びを上げる。
「奴の仲間だというのなら話は別だッ!
今ここで徹底的に嬲り、奴を誘き出すための餌にしてやる……!」
「あら怖い。ついでに私も一言良いかしら」
ノーブルヴァーチェがニードルガンを構え、応じるようにグリムバフォメットがチェーンソーを構える。
クリスは表情に冷たい笑みを戻しながら―――
「貴方如きに私をどうこう出来るとでも思っているのかしら、このヘタレ」
「っ、ほざいていろ!
勉学が優秀だけでは生き残る事のできない世界というものを、その身に刻み付けてやるっ……!!」
「くっ、損傷の軽い者は重い者の援護を! これより撤退戦を開始します!」
三者三様の思惑が交錯し、乱戦が始まる。
◇ ◇ ◇
空はひたすらに走り続けていた。
数人の部下と共に施設の奥にあるデータベースを目指し、敵を蹴散らしながら突き進む。
おそらく罠である事は確定的だが……ドレクスラー機関の手掛かりを手にする、という執念がその危険を顧みない。
ギリギリになるまで退けなくなるのは悪い癖だと自覚しながら、空は最奥を目指す。
「中尉殿、ここいらでちょいと部隊を分けませんか」
「何よ、いきなり」
「いえ、出過ぎた事だってのは分かってんですがね」
部下のうちの一人が提言してきたのはこんな事だ。
敵の数は少なく、防備も甘い。
あからさまな罠である事は明白であり、一ヵ所に留まるよりは分散して情報収集にあたっている方が良いのではないかと。
(……確かに、効率はそちらの方が良い)
自分が奥を目指す事は変わらないが、探索範囲を広げればそれだけ情報も多く集まるだろう。
さっきから雲を掴むような漠然とした不安が空の胸中を占めているが、それが何なのかは彼女自身にも分からない。
まるで、何かが食い違っているかのような感覚。
こうであるべき、という先入観が現実と合致しないような……そんな感覚に似ていた。
何故そんな事を感じるかは分からないが……
「……良いわ、ここからは散開して施設の探索に当たる。ただし必ず二人一組で行動する事……良いわね」
「それはもちろんですが……俺たちは奇数人数ですぜ? 中尉はどうされるんでさ」
「あら、心外ね。貴方達に心配されるほどの腕しか持ち合わせていない気はないんだけど?」
「そりゃ確かに。こりゃ余計なお節介でしたかね」
勝気な笑みを浮かべる空を見て部下も素直に引き下がった。
そうして手早くコンビを組むとそれぞれが別の方向へと散っていく。
時間は無い。
理屈ではなく直感でそう判断して、空も機体を加速させて最奥を目指す。
シュミクラムによる移動を想定した長い廊下を駆け抜けていく。
―――やがて、その場所へと辿り着いた。
「……ここが」
アリーナのように整った円形の床と、壁に沿うように配置されているデータベースにアクセスするためのコンソール。
間違いない、と確信する。
ここが最奥のコンソールエリア。
ここからなら、ドレクスラー機関の残党の情報を手に入れられる。
意を決してコンソールへと接続し、ハッキングツールを起動させた。
『端末へ接続。
データベースよりダウンロード開始』
端末を通して圧縮データが徐々に転送されてくる。
その時間を、空は嫌に長く感じた。
目の前のスクリーンには様々なプログラムが奔っている。
「―――、」
ふと、目に入ったものがあった。
スクリーンに映る動作中のプログラム―――ナノマシン研究開発用のソフトウェアだ。
現在、空がダウンロードしているアーカイブにも含まれているはずの物である。
……気付けば、無意識のうちに仮想のキーボードへ手を奔らせていた。
一体何を作っていたのか……やがて、スクリーンにナノマシンの構造式らしき物が表示された。
「これ、は……」
空は研究者ではない。
なので構造式など見せられたところでそれがどういった物かというのは皆目見当もつかない。
だから、そんな空でも分かりやすい部分の一つに目を通す。
署名(シグネスチャ)―――そこに記されていた、見慣れた文字列。
『ASSEMBLER Ver 2.27b』
「あいつら……!!」
空の胸の奥底から激しい怒りが湧き上がってくる。
アセンブラ。
あの大惨劇を、自分の恋人を無残に殺したナノマシン。
それが、また、作られている。
あの悲劇が、繰り返されようとしている。
「ふざけるんじゃ、ないわよっ……!!」
絶対に止める。
あんな悲劇を二度と繰り返させてたまるものか……!!
そう決意した直後、
『警告:識別不明の個体が接近』
感知装置の警告に、咄嗟に反応の方向へと振り向く。
そこで、
「……………ぇ」
驚きで、全ての感情が消し飛んだ。
「う…そ……」
ありえない。
目の前の光景に真実味が持てない。幻覚でも見ているのかと自分の正気を疑ってしまう。
だって……ありえない。
あいつは、私の大切な人は……あの日、あのクリスマスの日に……
だが、高感度カメラを通して脳に伝えられる光景に変化はなくて。
「カゲ、ロウ……」
ただ唖然と。
自分の恋人の持つシュミクラムを、空は見つめた。