北米大陸。
水無月空と桐島レインはアラスカ経由でこちらに逃げたと思わしきドレクスラー機関を追っていた。
ハバロフスクに拠点を置くロシアンマフィアを手早く壊滅させて海を渡り、そして―――
(……何で、こんな事になってるのよ)
水無月空は、何故か生まれたままの姿を大多数の人間に晒す羽目になっていた。
羞恥心で顔が赤くなりそうなのを必死に抑える。
と、頭の中に直接声が響いてきた。
軍人御用達の便利ツール、直接通話(チャント)だ。
『抑えてください中尉。この組織の中にドレクスラー機関と繋がっている人物が潜んでいるとの情報があるのですから』
『分かってるわよ、分かってるけど……!』
あの日から色々な意味で女など捨ててきた空ではあったが、最低限のモラルまで捨て去った気はない。
周囲が異常すぎるせいで自分の感覚が逆行しているのかもしれないが、それにしたってこれは無いだろうと思う。
―――フィラデルフィア・ドミニオン。
彼らはサイバーグノーシスを謳う宗教集団ドミニオンを母体としたコミューンだ。
仮想空間で真の生活を営む、という名目で結成されたらしいが……構成員は衣服の着用を認められないなど、どうにもただのヌーディスト集団に思えてならない。
更には本家本元ドミニオンには数年前に異端認定を受けている始末。まさにカルトの中のカルトなのだ。
「あらん? 貴方、中々良い体をしているわね
「ど、どうも……」
話しかけられても引き攣った笑みと返答しか口にできない。
が、あろう事か話しかけてきた男は空に対して―――
「……それより、あたしのコレ、どう思う?」
「……………凄く、大きいです……」
暴れ出しそうだった。凄く暴れたかった。
今すぐにシュミクラムにシフトしてこの場にいる全員から記憶を抹消したかった。
というか生きているうちにそんなセリフを言わせられるとは思わなかった。
『……レイン。私、ここまで自分を抑えられないと思うのは初めて』
『お気持ちは分かりますが耐えてくださいっ……! できる事なら私が代わりたいところなのですが……!』
『……そういう願望が?』
『ありませんっ!』
同じ頃。
一人の男性と一人の女性がフィラデルフィア・ドミニオンの構造体に侵入していた。
誰とも知れずにここまでやってきた二人は周囲に誰にもいない事を確認しながら奥へと進んでいく。
「しかし、本当にこんなところに関係者がいるのか?」
「情報なんて自分で確かめない限りはどこまで行っても不確定な物よ。だからこうして実地調査するしかないんじゃない」
二人はここに本家本元ドミニオンを追う手がかりがあるという情報を得て侵入していた。
本来ならば二人はドミニオンから追われる立場なのだが、最近では自分から噛み付きに行く事が多い。
やられているだけなのは性に合わないのだ。
やられたらやり返す。殺られる前に殺る。
二人はそうやってこの数年、戦場の中を駆け抜けてきた。
「今までの事を考えるとドミニオンとドレクスラー機関は繋がりがある可能性が高い。
アラスカ経由でドレクスラー機関がこっちに来たという情報もあるくらいよ?」
「どこまで信用できるかどうかはさておき……」
気軽な会話を交わしながら最奥を目指す。
狙いは中枢制御装置―――そこから通信記録などを引っ張り出す事だ。
そうする事で繋がりのある人物を洗い出し、そこからドミニオンに対して仕掛ける。
「行くぞ」
「ええ」
六条コゥと六条クリスは、奥に向かって更に歩を進めた。
後章<01> 追逃劇 -passing each-
突如として、警報が鳴り響いた。
緊急を告げるアラートが鳴り響き景色が赤く明滅する。
―――侵入者を知らせるための緊急警報だ。
もしや自分の事がばれたのかと急いで空はレインへと連絡を取る。
『レインっ!』
『確認しました。どうやら別口で侵入者がいたらしく……警備が出てきました。おそらく、私の方も見つかるのは時間の問題かと』
『……どこの誰かは知らないけれど、やってくれるわね』
忌々しげに舌を打ち、要らぬ迷惑を掛けてくれた第三者に向かって悪態をつく。
ともかくこうしてはいられない。
急いでレインと合流して目的を達成しなければ更に要らぬ被害を被る羽目になる。
『レインはデータを洗うのを急いで! 私も今からそっちに合流する。目的を達成しだい全速力で離脱するわよっ!』
『了解!』
そして駆け出す。
周りの目など知った事ではない。急にその場を離れた空を呼び止めたり警備を呼ぶ者もいたが、関係ない。
今は相棒の下へと辿り着くのが最優先だ。
電子体に埋め込まれたプログラムを起動させる。
もう慣れた自分の身体が組み替えられていく感覚―――それに身を任せたまま走り続け、
-shift-
水無月空のシュミクラム、カゲロウ・冴が姿を現した。
白を基調に紅の模様が入った細身の機体で、腕には二枚の刃のような武装が付いている。
どこか毒々しい印象を受けるそれは彼女の戦いの証。
それが今日も戦場を駆け抜けるために顕現した。
しかしここは信者が集まっていた場所。そんな事をすれば当然―――
「なっ……し、侵入者がここにもっ!?」
「警備だっ、警備を呼べーッ!!」
こうなる。
もちろんこの程度の状況は空も想定済みだ。おそらくはここから警備も出てくるだろう。
それはデメリットに違いないが、構造体の中を走り回るのならシュミクラムの方が断然早いのだ。
更には構造体自体もシュミクラムの移動を考慮に入れて作られている事がほとんどであり、電子体で移動しようとすると途方もない距離を歩く事になる。
だからこそ移動の際にはシュミクラムが欠かせない。
目立ってしまうが、そうでもしなければ警備に囲まれる前にレインと合流など不可能だ。
そして警備が現れる。
包丁のような剣を持つクラウン、鎌を持つセンテンス、巨大なローラーが特徴的なアイアンローラー。
五、三、一と実に綺麗な編成で出てきた警備は結構な戦力だった。
歩兵として扱えるクラウンと、近中距離で妨害行動を行えるセンテンス、装甲を持つアイアンローラー……少々数が多いが、バランスとしてはまずまずである。
並みの戦士ならこの部隊に一人で遭遇してしまうと物量差で押し潰されているだろう。
誰から見ても一人で立ち向かうには無謀と言うしかない戦力だ。
それに相対して、空は―――
「邪魔よ」
その一言で、まず一機が潰されていた。
ダッシュでアイアンローラーへと接敵した空はテリブルスクリューを使いその装甲を大きく抉る。
ガリガリガリッ!! と嫌な音を立てて装甲が飛び散り、間髪入れずにそこへスプレッドショットが撃ち込まれた。
シュミクラムが悲鳴を上げる。
火花を散らす暇すらなく、機体が爆発四散した。
一瞬で一番堅い機体があっさりと沈んだ事について行けない警備たちは、何が起こったのかも分からずに呆ける。
そして、動きを止めてしまう。
その間に空は次の行動に移っていた。
手近にいたセンテンスがダウンスマッシュで叩き付けられ、エアレイドスラッシュで追い打ちを掛けられる。
更に繰り出されるクロスイリュージョン―――神速の三連撃が機体を切り刻む。
限界を迎える機体。その末路を確認する事無く空は次なる行動に入る。
ブレードが展開し、弓を形作った。
空の機体がその場で高速回転し、その周囲に次々に弾丸が形成されていく。
その弾丸―――ブラッドシャワーが散弾のように放たれた。
床すれすれで急に方向を変え敵へと襲い掛かる弾丸は直接の殺傷を狙ったものではない。
弾丸は機体へとヒットする前に爆発し、爆風で相手を弾く。この武装の役割は主に牽制だ。
しかし、水無月空はそれだけに留まらない。
「悪いけど―――」
距離を取り、大地へ降り立つ。
誘爆する弾丸、弾かれる敵、そこから導き出される次の一手……
空は片腕に装備されていた弓を巨大化させ、弦を引く。
狙うは一点。
ブラッドシャワーの爆発で弾かれ、一直線に誘導された他のシュミクラム群―――!
「一撃で終わらせてもらうわッ!!」
そして、矢が放たれた。
まずは一番近くにいたクラウンへと矢が突き刺さる。
一見するとただ弾丸を撃ち込んだのと同じ状況―――だが、この矢は違う。
この矢自体が高速で回転しており尋常ではない貫通能力を誇っている。
それが空のフォースクラッシュ、クリティカルアロー。
放たれた矢は過たずして直線状に誘導された他七機のシュミクラムを貫いた。
そのまま、爆発四散する。
元来、ブラッドシャワーは爆風で相手をランダムな方向に吹き飛ばす武装だ。
今回のようにわざわざ誘導兵器として使えるだけの利便性はないのだが―――空はそれを難なくやってのけた。
これが水無月空。
傭兵協会の中でも凄腕として知られている実力者。
「さて、レインと合流しないとね」
まず確実に脳死したであろう相手を空は全く顧みない。
学園生の頃の自分からはとても想像できなかった姿だが、それでも空は歩みを止めない。
空は追加の警備がやってくる前に全速力でその場から離れた。
◇ ◇ ◇
一方のその頃。
六条コゥと六条クリスの両名は構造体の最深部へと到達していた。
眼前にはセキュリティコアが鎮座しており、彼らの周囲には残骸と化したシュミクラムが無数に散らばっている。
「さて、ここからが面倒な仕事になる訳だけど……」
言って、クリスがセキュリティコアへと手を触れる。
今からこれにアクセスして外部との連絡経歴から人物の洗い出しといった作業を行わなければならない。
こういった作業はコゥよりもクリスの方が向いているため、もっぱら彼女がその手の作業を引き受けている。
しかし、彼女も専門家ではない。サポート能力を持つ人材と比べると作業効率は目に見えて違う。
それでも二人であり続けてきた。
自らの都合に他人を巻き込まぬように。
「じゃあ周りの警戒をお願いできるかしら」
「分かった」
言葉数も少なく答えて、コゥは周囲の警戒へと駆けていく。
それを最後まで見送らず、クリスはセキュリティコアへとアクセスした。
同時に膨大な量のデータがクリスの中へと流れ込んでくる。
(相変わらず、この作業は疲れるわね……)
流れていくデータの奔流の中から必要な物だけを取捨選択して読み取っていく。
イメージとしていくつものウインドゥが次々と閉じては開かれて、重なり合いながら消えていく。
川に流れるビーズでも拾っている気分だ。
埋もれた小さなデータを一つ一つ拾っていく。
ズキリ、と頭に鈍い痛みが走った。多くの情報を一度に処理しすぎたため、少しばかり負担が大きいらしい。
やはり専門家でない人間がするような作業ではない。
そのまま、少しずつ時間が流れていく。
この調子で最後までデータが吸い出せるか。そう思っていた矢先……
『クリス、警備とは別に全く見当違いの方向からそっちに向かう反応が二つある』
『は? 二つって、また随分と少ないわね。まさか別口とか?』
『戦闘中のこっちを完全に無視するルートを取っているから、おそらくな。流石に距離が離れていて止めきれない。
逃げる準備だけはしておけよ』
と言って通信は途切れた。
何やらヤバいという雰囲気をひしひしと肌で感じるクリス。どうにも厄介事の匂いがしてならない。
このタイミングで介入してくる勢力などごく少数だ。しかも、こんなヌーディスト集団相手にするなど自分で言うのもなんだがよっぽどだ。
そんな物好きがこちらに向かってくるとなると……これは厄介な事になりかねない。
幸い、目的のデータのコピーは大半が終わっている。
ここまでデータが集まれば専門家でもない限りデータの量はさして問題にならない。つまり、これ以上あっても自分たちには扱いきれない。
そう結論を下してセキュリティコアとの接続を切る。
そうしてセキュリティコアが存在するこのエリアから抜け出そうとして、
「フリーズ」
白をベースに紅をペイントした機体に銃口を突き付けられた。
クリスの挙動の全てが停止し、代わりにここにいないもう一人に向かって心の中で悪態をつく。
(あの馬鹿……もうほとんど至近距離だって事くらい説明しなさいよ。
探索限界範囲を考慮に入れていなかったのは私の失点だけど……)
ジリジリと、相手との距離を測る。
敵は赤い一機だけではなく青い機体―――おそらくはサポート特化と思わしき機体も目の前でライフルを突き付けている。
二対一。
数の差は単純な力の差に繋がる。
これを覆すためには、どうすればいい―――?
(……この機体)
一方で、クリスに銃口を突き付けている機体の操縦者―――水無月空は目の前の機体を観察していた。
原形を留めないカスタム機。両腕に装備されたチェーンソーに、機械としてはどこかちぐはぐな外見。
空にはこの系統の機体に覚えがある。
『レイン、この機体―――』
『ええ、似ていますね……おそらくドミニオン関係者かと』
カルトの中のカルトに潜入したところで本家本元と出くわした、という事だろうか。
状況を見るに、周囲の機体は目の前のシュミクラムが片づけたのだろうが……
下手にやり合えばこちらも五体満足で済みそうにはない。
「―――」
両者共に動かない。いや、動けない。
現状有利なのは確実に空たちだが、この惨状を見るからに下手な射撃は確実に避けられるのは目に見えている。
クリスもクリスで相手が射撃してくるタイミングを窺っており、むざむざ当たる気はない。
硬直した場に静寂だけが満ちる。
このままいつまで睨み合いを続けるのか―――そう考えていた矢先だった。
「っ、中尉! 後方より熱源が多数接近。これは……カチューシャです!」
「ちぃっ!」
レインの警告に数瞬遅れて多連装遠距離ロケット弾―――通称カチューシャが空とレイン目掛けて降ってきた。
狙いは出鱈目なのかまともに直撃するような軌道ではない。だが爆発の光と衝撃に感覚が一瞬途絶えてしまう。
その一瞬で、クリスは二人の隙間を縫ってその場を離脱し始めた。
「くっ、待ちなさい!」
「待てと言われて待つバカがいるとでも思っているのかしら」
空からしてみればクリスは第三者だ。
セキュリティコアのエリアにいた正体不明のシュミクラム―――下手をすると空たちが目当てとしているデータを消去、もしくは持ち出している可能性がある。
今からコアにアクセスしてそれを確かめているだけの時間は無い。
だから、できる事ならあのシュミクラムを確保しておきたいというのが本音だ。
対するクリスにしてみれば、空とレインは単なる乱入者だ。
なのでとっとと煙に巻いて逃げた方が良い―――というのは確かなのだが、一つ気になる点があった。
奇しくも、空たちと同じ事で。
(あの機体……)
あの機体―――いや、あの系統の機体をクリスはよく知っている。
白と赤の機体は外見こそ大きく違うが、カゲロウと呼ばれるシュミクラムと共通する点が多く見て取れた。
そして自身の知るカゲロウの使い手、門倉甲も『昔、同系統の機体とアリーナで戦った事があるみたいだ』と言っていた。
更にカゲロウはインストール時に操縦者の性質に合わせて機体がチューニングされ、経験を積む事で自己進化するロジックが組み込まれている。
完全なワンオフモデルにしてハイエンドスペックの機体。こんな物が普通の手段で手に入るとは考えにくい。
つまり……あの機体の操縦者は、彼の関係者ではないのか?
『クリス、その先にある交差点を右だ。そこでお前を追っている二機を止める』
『……了解』
とはいえ、それは今考える事ではない。
関係者だとすれば色々と聞きたい事もあるが、そうでしろそうでないにしろ今の状況でそれは難しいだろう。
だから、遠慮なく逃げの一手を打たせてもらう。
「しかし、速いわね……!」
クリスのグリムバフォメットが全力でブーストを吹かせているというのに、相手の機体は一向に振りきれない。
それどころか、カゲロウと思わしき機体はこちらとの距離をかなりの速度で詰めてきている。
このままではいずれ追いつかれてしまうだろう。
だが―――逃走だけを考えるならば、この状況でも十分に可能だ。
指示のあった交差点に差し掛かる。
クリスは迷わず方向を右に向けて、空とレインも少し遅れてそれに続く。
その瞬間、
「貪欲なる刃よ―――謳うがいい!!」
イディクト・ロア―――彼女たち二人の周囲を取り囲むように、無数のチェーンソーが舞った。
目の前に出現したコマのように回転するチェーンソーに危うく胸元から突っ込みそうになって、慌てて機体を停止させる空。
その間にもクリスは二人から距離を離していく。
「逃がすとでもっ―――!」
「中尉、上方と前方より新たな熱源が多数接近! 先程と同じカチューシャに、それと……サテライトレーザー!?」
「ええい、どこの砲撃バカよっ!!」
空が叫んだ途端、それは訪れた。
先程と違って確実にこちらに狙いを定めたロケット弾の雨と、流星のように天から降り注ぐ光の矢。
逃げようにも周囲を取り囲むチェーンソーで行動範囲は限られている。その中に二機もいるとなれば余計に狭い。
限られた空間の中で、空とレインは迫りくる破壊の暴力を睨みつけ―――
そして、全ての感覚が白に染まった。
―――全てが瓦礫と化していた。
壁や床が無残に砕け、大小様々な大きさの瓦礫が辺り構わず散らばっている。
圧倒的な破壊の跡。
その中心に……未だ健在のカゲロウ・冴とアイギス・ガードが見えた。
しかし、グリムバフォメットの姿はもう見えない。とっくに逃げてしまったらしい。
「ったく……逃がしてしまったわね」
「こうなるなら私は素直にセキュリティコアをハックしていた方が良かったかもしれませんね……」
あの破壊の豪雨から逃れたというのに少々気落ちする程度の反応しか見せない二人。
他の者から見ればあの状況から生還しただけで十分に称賛に値するのだが、二人からすればそんな事もないらしい。
凌ぎ切った方法も実に単純。レインが前方に向けて広範囲でチャフを射出し、空がアイギス・ガードを抱えてサテライトレーザーと瓦礫を全て避け切ったのだ。
数多の戦場を潜り抜けてきたその実力は伊達ではない。
「ぼやいたって仕方がないわ。今からでもコアにアクセスして引き出せるだけ引き出してしまいましょう」
「了解」
このままここに留まり続ければこの惨状ですら自分たちが引き起こした事になりかねない。
これ以上の面倒事は御免だと言わんばかりに二人は機体を反転させた。
◇ ◇ ◇
「……撒いたか」
「そのようね」
合流したクリスとコゥは背後に追っ手がいない事を確認しながら息を吐く。
今回のミッションはこれで終了。
あとは手に入れたデータを持ち帰って解析するだけだ。
それにしても、とクリスが呟く。
「遠いわね、ドミニオンって」
「……そうだな」
出てきて欲しくない時は呼んでもいないのに出てくるくせに、こちらから噛み付こうとしてものらりくらりと姿を眩ませる。
ここ数年かなりの頻度でドミニオンと交戦してきた二人だが、反撃の糸口を明確に掴めずにいた。
そう、いつまでも一方的に襲撃を繰り返される立場ではない。
何度かドミニオンの拠点を襲撃し、グレゴリー神父とも交戦した。
だがその全てが尽く引き分けとして終わっている。
それだけの力があちらにはあり、それだけの力しかこちらにはない。
それでも、やるしかなかった。
この誰も頼る事のできない戦場で、二人が生き残るために。
ふう、とクリスが大きく息を吐いてその話題を打ち切る。
代わりにこんな事を言い出した。
「私が遭遇した二機だけどね、そのうちの片方が貴方の機体と結構似通っていたのよ」
「俺の、カゲロウと? おいおい、基礎機体の生成方式と自己進化ロジックを積んでるカゲロウと似通ってるって、それは……」
言って、彼もクリスの言わんとしているところに気付いたらしい。
そこまで特異な機体が似通っている機体など、同系列の機体以外にはありえない。
そしてカゲロウのライブラリには製作者の名前も記されている。
西野亜季。
管理AIイヴを保有する一大企業『アーク』の社員で、特級プログラマの資格を持つ一級のウィザードだ。
それを知った時、クリスは彼の異常な人脈に『本気でなにやってたコイツ』とかなり不安になったのだが……それは別の話。
問題なのは、これほどの人物がプログラミングした機体をそうそう簡単に入手できるはずがないという事である。
市場に出回っている、という可能性もあるが―――その線は無い。一度似たような機体がないか探した事はあるがその全てが空振りだった。
つまり、それを所有しているという事は……
「貴方の知り合いかもしれないわね、甲」
「……俺の、知り合い……」
六条コゥ―――否、本名を門倉甲という彼には、自分がどのように生きてきたかというエピソード記憶が抜け落ちている。所謂、記憶喪失だ。
知り合いの名前程度は思い出している。
だがそれがどんな人物で、どんな姿をしているのか―――そういった部分が全く分からない。
さっきの攻撃で死んでいる事もないだろう。撒く事だけが目的だったのでそこまで手を入れて攻撃はしていない。
だがそれは今は関係ない。
今、何よりも問題なのは、
その知り合いが、こんな戦場に出てきて、よりにもよってドミニオンに絡む事に関わっているかもしれない、という事だ。
「くそ……誰だよ、そんな物好き」
「さてね。総じて人は誰かの思い通りに動く訳じゃない、というところかしら。
せっかくドミニオンや神父から遠ざけるために架空の戸籍まで用意したのに、向こうから関わってこられたんじゃ本末転倒ね」
「……」
「怖い顔。けど仕方ないじゃない? 遠ざけたってあっちから近づいてくるんだもの。こういう展開を考えなかった訳じゃないでしょう」
確かに考えなかった訳ではない。
しかし、これは考えられる中でもかなり悪いケースだ。
何の冗談だと言いたくなる。これでは、記憶に埋もれた知人をドミニオンから遠ざけた意味がない。
だが、と甲は頭を振った。
それでも、やるしかないのだ。
「……行くぞ、クリス。とっととデータを洗い出す」
「了解」
未だ道は交わらず、すれ違うばかり。
この数ヶ月後、彼ら彼女らは再び戦場で相対する事になる。