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No.29132の一覧
[0] [習作]BALDR SKY -across the destiny-[ジエー](2014/05/06 21:13)
[1] 前章 始まり -prologue-[ジエー](2011/08/25 01:49)
[2] 前章 喪失 -always loss-[ジエー](2011/08/25 01:49)
[3] 前章 邂逅 -encounter-[ジエー](2012/03/17 11:51)
[4] 前章 決意 -decision-[ジエー](2011/08/25 01:49)
[5] 後章 追逃劇 -passing each-[ジエー](2011/08/25 01:49)
[6] 後章 研究所 -drexler-[ジエー](2011/08/25 01:49)
[7] 後章 干渉 -re start-[ジエー](2011/08/25 01:49)
[8] 第一章 覚醒 -awake-[ジエー](2011/08/19 08:58)
[9] 第二章 背反 -contradiction-[ジエー](2011/08/25 02:20)
[10] 第三章 魔狼 -fennir-[ジエー](2011/09/01 02:24)
[11] 第四章 既知 -know-[ジエー](2011/09/23 20:10)
[12] 第五章 幼馴染 -childhood friend-[ジエー](2011/10/12 19:05)
[13] 第六章 不安 -uneasy-[ジエー](2011/10/26 15:22)
[14] 第七章 情報屋 -edy-[ジエー](2011/12/01 10:43)
[15] 第八章 悪夢 -nightmare-[ジエー](2011/12/16 17:35)
[16] 第九章 医者 -doctor-[ジエー](2012/01/20 21:55)
[17] 第一〇章 アーク -arc-[ジエー](2012/03/17 11:54)
[18] 第一一章 接触 -connect-[ジエー](2012/08/19 23:11)
[19] 第一二章 影 -shadow-[ジエー](2012/08/19 23:14)
[20] 第十三章 遭遇 -unexoected-[ジエー](2013/03/11 03:05)
[21] 第十四章 模倣体 -sard-[ジエー](2013/08/29 15:52)
[22] 第十五章 暗躍 -underground-[ジエー](2013/10/11 17:03)
[23] 第十六章 潜入-bootlegger-[ジエー](2014/05/06 21:19)
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[29132] 前章 決意 -decision-
Name: ジエー◆7693fe4e ID:20a66a76 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/25 01:49



 「クリス! 無事か、クリスッ!!」

 「ん……うる、さい……わよ……」




  甲の呼びかけに魘されるように、クリスがうっすらとその目を開いた。

  口から出てくる声は弱々しいがものだったが、しっかりと芯が通っているのを感じられた。

  少なくとも今すぐにどうこう、という状態ではないらしい。

  それが分かって、甲はほっと胸を撫で下ろす。




 「あな、た……それよりも、お爺様、は……」

 「……心配するな」




  クリスを再び横たえて、甲は背後へと向き直る。

  眼前では神父の機体―――パプティゼインがその身体を起こしたところだった。

  甲は意識を集中させてシフトプログラムを起動する。

  瞬く間に甲の身体が鋼の物へと切り替わった。

  その姿を見て、クリスの瞳が僅かに驚愕で見開かれる。




 「シュミクラム……? あなた、なんで……」

 「自分でも良く分かっていない。だから、分かっている事はあとでちゃんと話す」




  言って、甲のシュミクラム―――カゲロウが構えを取る。

  起き上がった神父は、その声を今まで以上の狂気に染めて両手を掲げた。




 「覚醒を始めたか、門倉甲君……それは、我が神を阻む道を選んだ証!!

  同時に君は、世界の命運を決める聖戦に参加する権利を、手にしたのだぁぁあああああッ!!!」

 「……うるせえよ」




  正直、未だに状況は良く分かっていない。

  思い出せた事が少々と、良く分からない状況が多数。

  さっきの声も分からなければ思い起こされた戦闘情報も分からない。しかもそのほとんどはすぐにまた忘れてしまった。

  だが……それでも、身を焦がさんと燻る怒りだけは分かっている。




 「よりにもよって自分の孫を手に掛けようとしやがって……ふざけてんじゃねえぞテメエ。

  その腐った根性、叩き直してやるッッ!!」

 「来たまえ!! 今の君の力、とくと見極めさせてもらおうではないかッ!!」




  そうして、彼の戦闘が始まった。

























  前章<04> 決意 -decision-

























  先手を取ったのは甲だ。

  いきなり巨大なミサイル―――ライドミサイルを顕現させそれに乗っかり神父へと突撃していく。

  しかしその速度は未だに低速。神父は横へとダッシュしそれを避けようとする。

  だが甲は強引にミサイルの方向を変え、同時に徐々に燃料を点火させて速度を上げていく。

  それが最高速に達した時―――宙返りするかのようにミサイルから跳び退いた。

  放たれた巨大なミサイルが神父へと一直線に向かう。

  神父はそれを見据え、謳い上げた。




 「さあ、懺悔の時間だ。不誠実なる亡者―――双魚の座、インフィデレス!」




  神父の機体から黒い球体が吐き出された。

  靄のようなそれはゆっくりと前進をしており、ごく狭い範囲で拡散と収縮を繰り返している。

  そこに、放たれたミサイルが突っ込んだ。




  ―――音が消えた。




  至近距離で発生したミサイルの爆発に一瞬聴覚の機能がマヒする。

  その隙に甲は次の武装を繰り出していた。

  回り込むような軌道を描き、両手に構えた青竜刀で神父の機体を斬りつける。

  削られていく装甲―――神父の機体が僅かに怯む。

  間髪入れずに刀を放棄し、代わりにスラッシュバズーカを神父目掛けて構えた。




 「喰らいなッ……!」




  至近距離で弾頭が発射された。

  轟音が響き、爆発で神父の機体が確認できなくなる。

  だが、終わっていない。そんな予感が甲を次なる行動に駆り立てた。

  空中でさらに跳び上がり、真下へ向けて拳を構える。

  ギャラクティックストライク。

  それが放たれる瞬間、




 「不法の器―――その座は双児、その名はイニクィタティス!!」




  爆煙の向こうから神父が突撃してきた。

  ギャラクティックストライクは攻撃の直前に一瞬だけ硬直時間が存在する。そこをピンポイントで突かれた。

  まるで手の内を読んでいたかのように、だ。




 「がっ……!」




  そのまま神父に捕らわれ、神父の機体の重量までプラスして背中から地面に叩き付けられた。

  衝撃で肺の空気が全て吐き出され、息が詰まる。

  一瞬の挙動の停止。

  そこにチェーンソーを振りかざして神父は容赦なく追撃を仕掛けてくる。




 「どうやら、まだ覚醒は不完全のようだねっ!!」

 「何を、訳の分かんねえ事を言ってやがる……!!」




  振り下ろされる直前、甲のカゲロウが一気に帯電し―――激しいスパークを撒き散らした。

  コレダー。至近距離にいる相手を電撃で弾き飛ばす武装。

  それをほぼ接敵距離で受けた神父はたまらずに弾き飛ばされた。

  同時に電撃を受け、機体の挙動が不自然になる。

  その隙を逃すまいと甲が駆け出した。




 「ふははははっ! 見事、実に見事だっ! 門倉甲君!!」




  前方へ跳び上がり繰り出されるASスティンガー。神父の真上から弾頭が発射される。

  神父はそれを回避し、甲は追撃としてブースとキックを放った。

  それを神父のチェーンソーが真っ向から迎え撃ち、拮抗する。

  鋼と鋼のぶつかり合う音が辺りに激しく響き渡る。




 「くっ……!」

 「だが、今の君は不完全なのだよ! 中途半端な流入、中途半端な覚醒、果てには―――流れ込んだ経験に、肉体がついて行けてはいない!!」




  一瞬の硬直のあと、甲の機体が大きく弾き飛ばされた。

  だが機体が地面に叩き付けられる事はなく、直前で体勢を立て直して足から着地する。

  しかし、甲の表情に余裕はなかった。




 「だから反応が遅れる。数多くの武装を繰り出すタイミングがずれていく。

  そのような不安定な状態では―――この私は倒せんよ……!」

 「ちぃ……!」




  事実、神父の言う通りだった。

  彼は確かに膨大な量の戦闘情報を思い起こしたが―――それだけだ。

  その挙動はどう見ても今の甲以上の身体能力を前提としたものばかりで、今の彼に扱いきれるものではない。

  更にはその記録も大半が思い返す事ができない状態だ。

  まともに思い返せる事ができるのは、そう……アリーナでの戦いの数々。

  自分は似たような機体と三人一組で戦っていた。それは、はっきりと思い返す事ができる。

  それにしては自分の機体がその記憶と大分食い違うくらいに変化しているように見えるが―――そこはおいおい考えるとする。

  今、彼の手元にある有効な手札は少ない。

  無自覚に作用してくる戦闘記録は中途半端で、たとえ完全であったとしても肉体がそれに追いつかない。

  他に有効な手札があるとすれば―――




 (……ざっと見ても、やっぱり見覚えのない物がほとんどだな)




  装備されている武装の一覧を確認しても見覚えのない武装ばかりだった。

  一部に見覚えがあるところを考えると完全に知らないという訳ではないらしいが……

  幸いと言うべきか、見覚えのない武装もどう扱えばいいかはなんとなく分かるのだ。

  だから、唯一勝算があるとすればそこ。

  手数の多さで相手を圧倒する―――これ以外にない。




 「倒せるか倒せないか、そこが問題なんじゃねえよ……」

 「ほう?」




  四肢に力を込める。

  こんな奴に負ける訳にはいかない。

  まだ思い出せないが―――頭の片隅で響くものがある。

  微かに覚えている、仲間たちと過ごした日々の楽しさ……それが、これが負けられない戦いだと甲を支える。

  何より、ノイズ混じりで脳裏に浮かぶ誰かがこう言ってくる。

  とても……とても大事な、おそらく自分の持つ何よりも大切な、誰かの声が聞こえてくる。




 『ほら、そんな奴はとっとと倒しちゃって早く帰ってきなさいよね!』




  ああ―――言われるまでもねえよ。

  声を受けて、甲は獰猛な笑みを浮かべて神父を見据えた。




 「テメエにクリスは殺らせねえ! クリスは俺の大切な友達だ! 手を出そうとするなら、俺が容赦しねえ!

  ただそれだけのことだ。分かったかよクソ神父……!」

 「なるほど……その信念は曲がらぬか。よろしい―――実に結構っ! 君はやはり、そうでなくてはならぬっ!

  それでこそ、我が神に敵対する反逆者ッ!!」

 「御託は良い……続けるぞ」




  気合を漲らせて機体にブーストを掛ける。

  神父との距離が一気に縮まり、




 「そうしたいのは山々だがね……どうやらこちらも時間切れだ」




  と、急に神父が踵を返した。

  機体を除装して電子体の姿に戻っていく。




 「は……?」

 「時間切れだよ。私はこう見えても多忙でね、色々と仕事も山積みなのだよ。今日も残業の予定があるので、失礼させてもらうよ」

 「ちょ、いや待て待て。

  いきなり襲われていきなり帰って、そんなもんで納得できるとか思ってんじゃねえぞ……!」




  まるで今まで何もなかったかのように、それでいて友人に気軽に告げるように神父は帰ると言い出した。

  甲もさっきまでとは一八〇°真逆の態度に懸念を隠そうとはしない。

  何かあるのではと身構えて―――




 「分からぬかね? この場は見逃すと、そう言っているのだよ」




  何も映さないガラス球の瞳に射抜かれて、底知れぬ恐怖を感じさせられた。




 「今の君では私を倒すには役不足だよ。私を倒したいというのなら強くなりたまえ。

  君にはその才能も、力もあるのだから」




  無機質でいて、狂気に満ちていて。

  そんな異形を見ているようで、未知の恐怖というものを肌で感じる。

  相手は自分より非力な電子体のはずなのに、甲は指一本動かす事ができずにいた。

  そして、




 「また日を改めてそちらを訪問させてもらうとするよ―――その時まで、ごきげんよう」




  その言葉を最後に、一礼と共に神父の姿は消え去った。

























                    ◇ ◇ ◇

























  重戦車が唸りを上げる。

  不協和音の咆哮が世界を揺るがすほどに響き渡り、その巨大な機体のいたるところに取り付けられた火器が一斉に火を噴いた。

  ミサイルが飛び交い、レーザーが照射され、弾丸が無数に散らばり、頭上からは衛星砲が降ってくる。

  それら全てを青年のシュミクラムは回避していた。

  攻撃と攻撃の僅かな隙間を掻い潜り、破壊の化身の懐へと潜り込む。




 「そろそろ終わりだ」




  言葉と共に、先端部分にある人型に向けて強烈な蹴りが放たれた。

  カイザーキックと呼ばれるそれは前方斜め上に対する跳び蹴りという単純なものであるが、その威力は大きい。

  続けざまに放たれるASスティンガーがまたも人型に直撃。重戦車は更なる悲鳴を上げる。

  だが止まらない。

  ギャラクティックストライクによる拳が叩き込まれ、至近距離でバウンドクラッカーが放たれる。

  ほぼゼロ距離で対象にヒットした複数のバウンドクラッカーは跳ね返り、また別のバウンドクラッカーにぶつかり人型へと跳ね返っていく。

  一瞬のうちに何十と繰り出された一撃に、人型に大きな亀裂が入った。

  それを見る事もなく懐から刀を抜き放ち、一瞬のうちにシュミクラムが上空へと消える。

  I・A・I―――神速の居合切りが人型を切り刻む。

  その直前に、




 「串刺しに、なりやがれッ―――!!」




  両の手で握りしめた新たな剣が、重戦車の人型へと突き刺さった。

  耐え難い不協和音の悲鳴が断末魔のように響き渡る。

  それが、巨大な機体のあちらこちらから突如として生えてきた巨大な剣によって強制的に断絶された。

  そこらじゅうから突き出してくる剣という剣に回路を寸断され、装甲を切断され、その全てが断ち切られていく。

  重戦車がまるで剣山のように成り果て、破壊しつくされた残骸として大地に沈む。

  そして―――青年のシュミクラムが、勝者として残骸の上に君臨していた。

  突き刺したままのエクスカリバーの柄に手を置き、呼吸を落ち着ける。




 「さて、と―――」




  重戦車が完全に沈黙したのを確認してから青年は除装して再び海岸に降り立った。

  そして、先程は詳しく目を通す事のできなかった謎のプログラムへと目を向ける。

  ―――それは、どことも知れぬ場所から送られてきたプログラム。




 「構造を調べようにもセキュリティが強すぎるし……まあ調べたところで俺が分かるかどうかも謎だが」




  青年は根っからの戦闘者だ。

  前線に立つのが仕事であり、領分である。

  電脳での戦いでは情報技術がかなり重要になってくるのでそれなりの事はできるのだが……更に専門的な事となると流石にお門違いだった。




 「……俺の知らないところで、何かが起こっているのか」




  彼はずっと戦い続けてきた。

  長い、とても長い時間を―――ともすれば、気が狂うほどの長い時間を戦い続けてきた。

  彼にとって、何よりも大切なかけがえのないものを守るために。

  今は残骸となって沈黙を保つ破壊魔と、その奥に潜む元凶と戦ってきた。

  だが、そこにも変化が訪れているのかもしれない。




 「AIの全てを俺たちは知ってるわけじゃない……現に、量子通信ネットワークはお前でも掌握はできていないんだ。

  どの世界でも、アレを扱っているのはAIであってお前じゃない。

  確かにお前の力は脅威としか言いようがないが……あんまり油断してると、近いうちに痛い目を見るかもな?」




  誰となく、青年はそう呟いた。

  空を見上げる。

  そこに、望んだ青空は存在しなかった。

























                    ◇ ◇ ◇

























  深夜。

  レインは、空の病室の前で佇んでいた。

  ここ数日の空は目に見えて意気消沈しており、とてもではないが見ていられる状態ではなかったのだ。

  何度か不意に泣き出す事もありその度に慰めてはいたのだが……どうにも不安定に思えてならない。




 「空さん……」




  彼女はどうなってしまうのか……漠然とした不安が胸を締める。

  恋人を失い、妹は行方不明。

  それがどれほど辛い事なのか彼女には分からない。

  思い人を喪った事についてはともかく、唯一の家族を失った気持ちまでは流石に理解できると言い切れなかった。

  だからこそ不安になりこうして様子を見に来たのだ。

  正直、自分がどこまで彼女を支えられているかが酷く不安なのだが……




  意を決してドアを開ける。




 「失礼します……」




  起きているとは思えないが、礼儀として断りを入れて病室に入る。

  そこで、




 「―――」




  月光に照らし出される、空を見た。

  儚げに、柔らかな月の光に包まれて付きを見上げるその姿は―――とても神秘的に、レインには映った。




 「……レイン?」




  と、空がこちらに気付いて振り返ってきた。

  そこでやっと自分が呆けていた事に気付いてレインは慌てて弁明に入る。




 「あっ、その、ぇと……こんな深夜に、すみません」

 「良いわよ別に。貴方が私を気遣ってくれているのは、ちゃんと分かっているから」




  そう言って空は視線を再び月に戻した。

  何とも言えない沈黙が降りる。

  何か言うべきだろうか、それともこのまま沈黙を保つべきなのだろうか……レインはこの状況をどうするべきかを決めかねていた。

  見ている限り、今の空はいつもと少し違う。

  どこがどう違う―――とまでは分からないのが悲しい所だが、とにかく違うというのは雰囲気で分かる。

  今までの中で、それこそ知り合ってから始めて見せる空の雰囲気。

  それはもしかしたら、空自身も初めて身に纏っている雰囲気なのかもしれない。




 「……私ね、やっと答えが出たの」




  ぽつり、と空が話題を出してきた。

  それにレインも慌てて反応を返す。




 「答え、ですか」

 「うん。ずっと塞ぎ込んでて迷惑掛けっぱなしだったよね……ごめんね、レイン。それとありがとう。

  今まで私を支えてくれた事には、本当に感謝しても感謝し足りないくらい」

 「そっ、そんなっ! それは流石に大袈裟です! 私なんて、そんな……」




  妙に謙遜するレインを見て空はクスリと小さく微笑んだ。

  それを見て、レインはまた驚愕の表情を浮かべる。




 「空さん、今……」

 「……こうして穏やかな気分なのも、レインのおかげかも。

  だから私も、ちゃんと答えを出した」




  目を閉じて、月光を背に空がレインを見つめる。

  彼女の眼にはどこまでも真剣味を感じた。

  何が彼女をこうまで落ち着かせたのか。何が彼女をここまで変えたのか。

  全く分からない。おそらくそれは空本人にしか分からない。

  だが、レインも目を逸らさない。空が何か重要な事を告げようとしているのなら、それは自分も聞くべきだろう。

  そして、




 「私は、先生とまこちゃんを追う。甲の仇を討つ。そのために―――」




  空は、自分自身の決意を。

  あの日、あの時、妹に告げられた想いと自分の気持ちの果てに得た答えを。










 「私は、傭兵になる」










  手に持つカートリッジを握りしめ、揺らぐ事のない決意を、告げた。

























                    ◇ ◇ ◇

























  ―――神父の襲撃から一日が経過した。

  脳チップとネットの接続が回復した途端に仕掛けられた潜脳と、それによる戦闘で発生した被害。

  クリスは致命傷とまではいかないもののそれなりに大きなダメージを負っていた。

  ノイといえばドミニオンとグレゴリー神父の符合に妙な反応をしていたのだが、それを意味するところは甲には分からない。

  神父については状況を逐一述べろと言われたが―――彼には意図的に伏せた情報があった。




  まず、自分自身の名前。

  門倉甲という自分の名前を思い出したのだが、この場ではあえて告げないでいた。

  次にいきなり聞こえてきた声と思い起こされた戦闘情報。

  これはそのまま他人に話してしまうと偏執狂になったと言われても否定できないような出来事だった。

  あの出来事を何故か否定しようとは思わない甲だが、そういった意味ではやはり原因が分かるまでこれは伏せておきたい。

  あと、過去についての情報をいくつか思い出せた事。

  少なくとも知人の名前は大体思い出せた―――と思う。

  自分の家族、おそらくは学生であった自分の仲間、親戚、その他の名前。あとは世界情勢程度か。

  相変わらず情報のみで中身が伴わないものだったが……水無月空という名前には、酷く胸を締め付けられた。

  そして―――




 「……これまで、お世話になりました」




  住民が眠りに就いて静まり返った頃、甲はこの数日過ごしてきた場所に深く頭を下げた。

  彼は、この場所を離れる事にしたのだ。

  理由は単純。




 『また日を改めてそちらを訪問させてもらうとするよ―――その時まで、ごきげんよう』




  この言葉を額縁通りに受け取るのなら―――神父は再び自分を狙ってくるはずだ。

  死ぬつもりはさらさらないが、それでも自分の周囲にいる人たちを巻き込むかもしれないと考えると―――怖かった。

  クリスは助かったから良いものの、あれは死んでいたっておかしくない状況だったのだ。

  自分のせいでそんな状況が引き起こされるなど御免だった。

  ノイに名を明かさなかったのもそのためである。

  脳チップの検査も何かしらの理由を付けてのらりくらりと避けてきた。

  これでノイは、甲の名前も知らなければチップに存在する個人情報を見た訳でもない、少しだけ関わりを持ったモグリの医者だ。

  そして身元が分からない以上、親族や友人に連絡を入れてしまう事もない。

  おそらく、記録ではまだ甲は行方不明扱いだ。ならばその間に自分は完璧に死んだものだと偽装する。

  そうやって周囲を自分から遠ざけ、ドミニオンの追っ手を自分一人に集中させる魂胆だ。




 「楽しかったんだけどなあ……」




  呆気なく、その日常は壊された。

  突如として聞こえてきた声の通り、助かりはしたものの手にした力は自分を戦いへと誘うらしい。

  惜しむものがないと言えば嘘になる。だがそれ以上に迷惑を掛けたくはなかった。

  最後に、ここでの日々を思い返してから明後日の方向に足を向ける。

  この先の中りは付けてある。

  とにかく、生き残るための力が必要だ。経済面、戦闘面、その他諸々の問題が付き纏う。

  だからまずはその力を付けるために傭兵になる。

  ネット世界で活躍する電脳将校―――今の時代、それはただのパワーゲームではない。

  彼らはネットのエキスパートであり、高度な情報技術を持った者たちだ。何かを相手にゲリラ式で生き残るにはうってつけと言える。




  短絡的だと訴える自分もいた。それは忌避すべき事だと訴える自分もいた。

  だが、それが自然なのだと納得している自分が、何故かいた。




  その違和感に蓋をして、彼はとにかく目標に向かって計画を練る。

  まずは傭兵の養成施設へと赴く。そのための足も必要だ。

  近い場所にもあるにはあるのだが、それでは万が一で記憶喪失以前の知り合いと鉢合わせる可能性がある。

  なのでもう少し離れた場所の訓練施設へと行くつもりだった。

  とは言っても、傭兵育成施設などそうそうあるものではないので行くだけで苦労しそうなのだが―――




  基本的に文無しのため、徒歩確定である。




  とにかく足を探さないと話にならない。

  門倉甲はこうして、戦いへの一歩を踏み出していく。










 「―――で、貴方はどこに行くつもりなのかしら」










  そして、一歩目から大いに挫かれた。

  甲が足を向けた先には神父襲撃の際に痛手を負った少女―――六条クリスが立っていたのだ。




 「クリス……お前、何で」

 「貴方が思っているほど物事は単純じゃないって事よ。他人との関係をそう簡単になかった事にできるとは思わない事ね」




  言って、クリスが歩み寄ってきて甲に一つの紙切れを手渡す。

  そこには一つのアドレスと共にノイの名が添えられていた。




 「個人的な連絡先ですって。何か困った事があったら頼れ、記憶回復の経過についてはきっちり報告するように、というのが伝言」

 「……あの人は」




  思わず苦笑してしまう。

  クリスの話によれば意図的にいくつかの情報を伏せていた事はバレバレだったらしい。

  大まかな理由については話の経緯から察したらしく、こうしてクリスに連絡先を握らせたという事だった。




 「彼女、外見からは想像もつかないほどの苦労を重ねたみたいよ。私もかなりのものだと自負していたりするけれど、彼女からしてみればどうだか」

 「自分の苦労を自負するお前もどうなんだよ……」




  何はともあれ、頼もしい餞別だった。

  それをポケットの中に捻じ込んでクリスに向き直る。




 「わざわざ遅くにすまん。ノイ先生には宜しく言っておいてくれると助かる」

 「あら? 私も貴方について行く気でいるのだけれど」




  ……………Why?

  甲の思考が停止する。

  クリスは『ほら』と言いながら自身の手荷物が入っているであろう鞄を掲げるのだが……




 「いやいやいや、待てクリス。何でそんな話になっているんだ」

 「黙って出て行こうとした貴方に話すような事じゃないわね。少なくとも、私にだってドミニオンに因縁はあるのは知っているでしょう?」




  そういえば、と甲はクリスとグレゴリー神父のやり取りを思い出す。

  会話の中身から察するに少々どころの話ではないくらいに因縁はあるのは確かなのだが……

  何か、それとこれとは話が別な気がする。




 「だけど危険だ。正直ドミニオンが何を仕掛けてくるかなんて俺には想像もつかない。

  もしもあの神父みたいな奴らの集まりなら命の危険だって―――」

 「貴方に反論は許さない。そもそも、私を傷物にしたんだから責任を取ってもらわないと困るわ」

 「なっ……」




  予想だにしない言葉に思わず甲が絶句する。

  そんなセリフを口にしたクリスはしてやったりといった風に笑みを浮かべるばかりだ。




 「お、お前なあ……そういう冗談は心臓に悪いから止めてくれ」

 「あら、案外本気かもしれないわよ? 何と言っても、貴方は私を瓦礫の街から救い出した恩人なのだし」




  ダメだ、これはまともに答える気はないと甲は諦め交じりに溜息を吐く。

  一度口にした事をそう簡単に曲げるような人物ではないとここ数日共に過ごして理解していたからだ。

  改めて、クリスに向き直る。




 「……良いんだな?」

 「良いも何も、元々この命は貴方に救われたようなものだもの。自己犠牲をする気はないけれど、私は私の好きにやらせてもらうわ」

 「……分かった、もう止めない」




  正直、自分の事情に巻き込む後ろめたさはある。

  だが彼女自身もドミニオンと因縁があるのは確かなのだ。

  彼女はおそらく単身でもドミニオンを追うつもりなのだろう……ならば、行動を共にした方が何かとメリットが多いはずだ。




 「なら、これからよろしく頼む。クリス」

 「ええ宜しく―――と言いたいのだけど、いい加減に貴方の名前を教えてくれないかしら。思い出しているんでしょう?」

 「ああ、そういや」




  黙って出て行くつもりだったから言ってなかったな、と思い当たる。

  これからはおそらく長い付き合いになるだろう。

  だったら、一蓮托生の身としては名前くらいは知っておかないと不便だよな。

  それに、こいつは俺の仲間なんだから。




 「俺の名前は―――」




  そうして、




 「甲……門倉甲だ」










  彼らの―――世界を賭けた長い戦いの幕は、上がった。


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