「モホークさんっ」
「来たか」
真からの言伝を受けて空たちはネットで待つモホークの元に転移した。
曰く、もうそろそろ米内議員による演説が始まるのでフェンリル各員は配置に着けとのことだ。
真はログアウトが出来ない身の上なので必然的にネットに配置される。
空とレインはそれに便乗する形でやって来たのだ。
フェンリルが何らかの作戦行動をとるのなら、その先を見極める良い機会だ。
それに、空としても確実に何かが起こるであろうこの演説には興味があるのだ。
清城市で活動する身としても見逃す手はない。
とはいえ、個人の思惑と組織の思惑はまた別だ。空とレインの同伴が許されるかどうか確認をとらなければならない。
現状、この場に居るのはモホークだけだ。
聞くのならば彼に聞くべきだろう。
「モホーク中尉。この作戦、私たちも参加して宜しいでしょうか」
「構わない。それに関しては大佐から希望するなら組み込むように指示が出ている」
「了解。水無月空、霧島レイン、両名はこれよりフェンリルの指揮下に入ります」
簡易的なものだがこの場はこれで充分だろう。
作戦内容はネット上からの米内議員の警護になる。
どちらかといえば影で動いているドミニオンへの牽制の意味合いが強そうだが……
アークとしては米内議員がやられると多少の不都合があるらしい。
生粋のAI派が反AI派を守るというのも中々に奇妙な構図だ。
「ていうか、反AIの割にはきっちりと電脳化はしてあるのね。プライドとかないのかしら」
「今の世の中、電脳化してある方がなにかと有利ですから。これも時代の流れでしょう」
今はまだ少数だが、そう遠くない未来にその差はひっくり返るだろう。
予想でもなんでもなく、これは半ば事実として世論になっている。
「それでモホーク中尉。私たちはどこの配置に着けば宜しいでしょうか」
「……ならば、ここから三仮想キロメートル離れたこのポイントで配置に着くといい。お前としても都合がいいだろう」
「了解」
どう都合がいいのかはいまいち掴めないが、今は向こうのやり方を見せてもらうとしよう。
そう考えて指示された地点に向かうために転移しようとして、その前にモホークから声を掛けてきた。
「中尉」
「何でしょうか?」
振り向き、こちらをじっと見ているモホークを見返す。
それからややあって、彼は一つ頷くとこう切り出した。
「俺の階級も中尉だ。敬語や階級付けは必要ない」
「……はあ」
ぱちくりと思わず目を丸くする。
つまり……それが言いたいがために呼び止められたのだろうか。
なんというか、以外と……
「じゃあ……モホーク、で良い?」
「よし」
今度は力強く頷かれる。
空はなんとなくモホークという人物が掴めたような……そんな気がした。
もう満足したのか、彼はそれ以上口を開こうとはしない。ならばこちらも配置につくべきだろう。
今度こそ転移プログラムを起動させる。
一瞬の浮遊感と景色のブレを知覚して―――空は自らの戦場に降り立った。
第一二章 影 -shadow-
多くの市民が集う中、米内議員の演説は始まった。
打倒阿南へのアピールとして使われているのはやはり米内自身の信条である反AI主義だ。
脳に機械を植え付けることの危険性、RPGや電脳症という第二世代に見られる特有の病状、果てには人類の進化論に至るまで。
未だ少数である第二世代を蔑視する者は多く、AI派である阿南に対するプロパガンダとしては妥当なところだろう。
聴衆にはそういう考えを持った反AI主義者も多いだろう。もっとも、こういう場を好む野次馬も当然のように混じっているのだろうが。
今もって彼が語っているのは彼自身が今までどこかで語っていたものだ。これだけではただの演説と変わらない。
だが違うのだ。
普通ならばありえない時期、ありえないタイミングでの突然の演説。これは阿南市長に対する明確な宣戦布告だ。
米内は何らかの切り札を握っている。この清城の情勢に火を点ける何かを。
そうでもなければ選挙期間でもないのに演説をする意味がない。
これは阿南との戦いに勝利してみせるという旨を市民に伝えるのが目的なのだ。
多数少数は関係なく、ただ耳に入りさえすればいいという類の爆弾である。
聞けば決して無視できないとびっきりの爆弾がここにはある。
それを示すかのように―――今、人知れず血で血を洗う戦争が行われているのだから。
◇ ◇ ◇
「来たな……」
意識せずに呟いた一言は誰の耳に届くこともなく溶けて消えた。
ネットにダイブしたコゥは隠密モードで自分のシュミクラムを隠した上で離れた場所からその様子を眺めていた。
距離にして数仮想キロメートル。ともすれば巻き込まれかねないようなギリギリのボーダーライン上。
一歩間違えれば戦闘にたった一人で挑むことになり、万が一の危険性は一気に跳ね上がるだろう。一対多など戦場ではそのまま死に直結する。
だが、そんな状況の中でもコゥが揺らぐことはなかった。
むしろ望むところだとばかりに不敵な表情が浮かぶ。どうせなら直接出向いてドミニオンとの関わりを探った方が早いだろうと。
とはいえ、今のところの状況は火を見るより明らかだった。
「見た目通りに硬い上に、なんて火力だよ……」
青い巨体が動く。
背に取り付けられている二つの巨大な砲身―――その側面から幾つもの弾頭が顔を出した。
連続して爆音が轟く。
一斉に飛び出したミサイルは回り込むように弧を描いて、群がる敵集団目掛けて狂った絶叫を上げながら特攻を仕掛けた。
着弾。そして爆発。
一ヶ所にほぼ寸断なく叩き込まれたミサイルの爆撃は互いが干渉しあってその威力を増大させる。
もはやそれは局地的なもの大災害と言わざるをえない。爆発した地点だけがまるで重戦略級の兵器を使ったように酷い有り様となっていた。
顔を出してから僅か数秒足らずの命だったが、散り際の花火は確実にそれ以上の結果を生んでいるだろう。
「これが音に聞くメギンギョルドか……やっぱりフェンリルを敵に回すのは得策じゃなさそうだ」
うちの親父がその頭ってのがまたなんともな、と言葉に出さずに一人ごちる。
ある事情からコゥは自身の父親と仲が悪い―――というよりコゥが一方的に敵視している。
ほんの小さな、それでも彼にとっては大きな理由。それが切っ掛けで傭兵という職にも嫌悪感を抱くようになったのだが……どんな巡り合わせか、コゥは嫌悪していたはずの傭兵になっている。
昔の自分が今の自分を見てどう思うのか……まあ良い顔はされないだろうなと思う。
第一、傭兵になったことを喜ばれても困る。父親への反目があったとしても傭兵などという職は嫌悪されて然るべきだ。
彼はここ数年でそれをつくづく思い知らされた。主に現在の相方の手によって。
「あれは絶対生来のものが関係してるよなあ……」
思い返すのはまだ傭兵となって間もない頃。実力はともかく精神面ではまだまだ青二才だったコゥはクリスの手によって散々引っ張り回されたのだ。
心構えが成っていないだの何だのと特訓と称してアンダーグラウンドに入り込んだりしたのは珍しくない。
今思い返してもあそこはまともな人間が生きていける場所ではなかっただろうと思う。
いつ寝首を掻かれてもおかしくもなんともない、周りの全てが敵である日常。
昨日見た顔が今日はいないなんてことは至極当たり前であり、自分が生き残るために他者を蹴落とそうと常に目を光らせている。
あの場では自己こそが総てだ。他がいる間に安息という平穏は訪れない。
そんな中で唯一の味方だったのはやはりその場所に叩き込んだクリス自身だった。
当時は『人を躊躇いなくこんなとこに放り込めるか普通』と『蹴落としておいてよく手を差し伸べられるなオイ』といった二重の意味で戦慄していたのも懐かしい。
そんな具合に軽く人間不信に陥りそうな体験を経て強く逞しく―――と言うには多少弊害があるが、ともかくコゥは強くなった。
人の生に対する貪欲さと、戦場が如何に地獄であるかを骨身に刻んで。
「っと、マズイマズイ。思考が逸れてるな」
戦場を前にして思い出に浸るとはまったくもって弛んでいると自分自身に渇を入れる。
ついこの前まではそんなことはなかったのだが、いつからか感傷的になりやすくなっている。
原因など考えるまでもないのだが。
「この状態、どうにかしないとマズイよなあ……」
現在の『コゥ』はかなり不安定な状況にある。
記憶を失ってから数年間、クリスと共に地獄を駆け巡ってきた『コゥ』としての記憶。
最近になって思い出したそれ以前の、平凡な一学生だった『門倉甲』としての記憶。
それが単に思い出すだけならば何も問題はなかっただろう。だが、コゥのそれは記憶そこうという形をとって行われている。
記憶そこうでは当時の記憶を夢という形でそのまま追体験することになる。
夢であるからそこに現在の自分の意思は存在せず、ただ『門倉甲』としての自意識が無意識下で活動することになるのだ。
それ故の不等号。
目覚めた彼は『コゥ』と『門倉甲』とが混在した状態で活動することになってしまった。
「こればっかりはな……ノイに言っても無駄だろうし」
これは単純に良い悪いの問題ではないだろう。
それに『思い出す』という点に関してはこれ以上はない効率的な仕組みであるとも言える。
過去の人間性の再生など、単純な記憶喪失の治療では行えないのだから。
「っと、愚痴っても仕方がない。とりあえずまだフェンリルとダーインスレイブしか顔を出しちゃいないが……」
どこかにドミニオンも潜んでいるのだろう。
おそらくはメギンギョルドに隙が生まれる時を狙ってこちらと同じように隠れているに違いない。
が、それはこちらも同じだ。奴に釣られた時を狙い出てきたドミニオンを叩く。
あわよくば拠点の場所を吐かせたいところだが、奴らのことだ。狂信のままに自ら命を絶つ程度は平気でやるだろう。
残骸からデータをサルベージするという手もあるが、それもいささか現実的ではない。
だからこそ、やるならば徹底的にだ。
遠慮など微塵も必要なく、相手の戦力を少しでも削るために叩き潰すのみである。
―――そう、考えていたのだ。
機体からこちらの危険を告げるロックオンアラートが鳴り響くまでは。
「なっ―――!?」
けたたましく騒ぐ警告音に身体は経験から染み付いた反射を実行していた。
即座に横に跳ぶようにしてブーストを吹かせる。その瞬間、雷の矢がカゲロウ目掛けて飛来した。
「くっ……!」
後先は考えずに直撃コースで飛来する矢を回避するために体制を崩す。
ブーストの勢いのまま転がるようにその場を離脱すると同時に着弾する矢。
完全に避けたと安堵の念が胸をよぎる。
しかし、現実はそれを裏切るように―――着弾した矢は周囲一帯へとスパークを撒き散らした。
「がぁっ……!!」
一瞬、奔り抜けた電流がコゥの神経を焼いて回る。高圧電流に見舞われたカゲロウも機体自体がスタンしてしまい―――結果として隠密モードが解除されてしまう。
「しまった……!」
思わず舌を打つがもはや後の祭りだ。
もはや姿を隠すことは出来ず、姿を晒したこちらに向こうで争っていた集団は目を向けている。
付け加え、
「このタイミングで出てくるってことは、狙いは俺かよドミニオン……!」
カゲロウの横合いから次々とドミニオンのウイルスが出現する。
状況はまさに混沌だ。今現在で四つの勢力がひしめき合う事態になる。それも馬鹿正直に、正面からだ。
ご丁寧に離脱妨害装置を積んだ機体まで奴らの中にいるらしく、この戦場からすぐに離脱するのは困難を極めるだろう。
完全な想定外。
相手がこちらを同じく狙ってくることを完全に失念していた。
「自分で言った端からこれかよ。まったく、我ながら間抜け加減に心底呆れちまうぜ……!」
言いざまに一撃、手近なウイルスをライフルで撃ち抜いた。
弾丸に貫かれ機体に大きな穴を開けたウイルスは吹き飛びながら爆散する。
大小様々な破片が派手に飛び散り―――それを合図にして、堰を切ったようにウイルスの群れがカゲロウ目掛けて突撃してきた。
大量の駆動音と仮想の大地を走る音とが重なり、まるで一つの大きな獣のような叫びとなって戦場を蹂躙せんと進軍する。
そして、それを前に不適に笑う男が一人。
六条コゥ。ドミニオンに悪魔と畏れられる傭兵。
「まあ、どうせこうなっちまう予定だったんだ。遅かれ早かれの問題で、これはこっちの望むタイミングじゃないがまだ許容範囲だ。だったら―――」
吼える。
迫る標的を前にカゲロウと名付けられた機体が唸りを上げて鳴動する。
「掛かってきやがれクソカルト共! 俺が一人残らず神様のとこに叩き落としてやるからよっ!!」
戦いではない、戦争の幕が上がる。
狙うはただ一人。
どこからかコゥを狙い撃った雷の矢の射手だ。
『戦闘開始』
電子音が告げる戦場への入場行進。
かくて、それぞれの戦場が動き出す。
◇ ◇ ◇
「中尉、前方より小型ウイルス接近! 数は一五!!」
「まったく、数だけはうじゃうじゃと……!!」
冴のブレードが高速で振るわれ手近なウイルスが二機ほど爆散する。
その爆煙をつっきって更に二度、振りぬかれたブレードがまた敵機を駆逐した。
しかしその程度で尽きることのない敵は餌に群がる蟻のように視界を埋め尽くす勢いで迫り来る。
個人戦闘に旨を置いたカゲロウ・冴ではこの一個中隊はあろうという規模の敵を捌き切るのは至難の業と言えた。
が、だからこそサポートとして彼女がいるのだ。
「チャージ完了―――中尉ッ!!」
「了解!!」
レインの合図が送られると同時に空はブースとを逆向きに噴射、機体を急速に後退させる。
その影から顕わになった射線上に、一丁の長大なライフルを構えたアイギス・ガードはいた。
銃口にチャージされているエネルギーからは纏めきれないエネルギーがバチバチとスパークしている。
それを敵集団の只中へと狙いを定めて―――
「スタン・フレア、発射ッ!!」
敵の動きを根こそぎ阻害する電磁銃が放たれた。
視界を灼く閃光と電雷がシステムを強制的にスタンさせ、その動きを阻害する。
そして、動きの停まった有象無象など戦場を縦横無尽に駆け巡る冴の敵ではなかった。
動きを止めた瞬間を狙って繰り出される無数の斬撃。風となって振り抜かれるそれは相手に切り裂かれたことすら気付かせない。
次いで爆散するウイルスの群れ。砕け散った装甲が宙に舞い、原型を留めている物は何一つとして残っていなかった。
「第一波はこれで終わりね」
「今のところ第二波の兆しはありません。しかし敵の狙いが米内議員である以上はこちらではなくゲートの方に注意を向けるべきかと」
「そうね。馬鹿正直に突っ込んでくるのを叩くだけでうっかり何かを通してしまいました、なんて笑い話にもならないわ」
ぼやきながら周囲へと注意を奔らせる。
先程までのウイルス群にはタッドボールやスコーピオンなど、ダーインスレイヴが多用するウイルスが中心となっていた。
ならば、この場のどこかに居るはずだ。
見えないのならばおそらく隠れているのだろう。奴は好んで前線に出るタイプではなく、だからといって奥に引きこもっているタイプでもない。
米内議員へのアクセスポイントへのルートは複数あるために確実に鉢合わせる訳でもないだろうが……
「出てきなさいよ、ジルベルト。かくれんぼが好きな歳でもないでしょう? それとも、炙り出される方がお好みかしら」
決して大きくはないが、それでもその声は凛と響き渡った。
静まり返る電脳世界。敵影など見えないはずなのに重苦しい沈黙と緊張感がその場を満たしている。
一秒とも永遠ともつかないその沈黙。体感時間が引き伸ばされたような緩慢な感覚が過ぎ去り―――
「そこまでお望みならば見せてやろうではないか」
声が響いた。
この場に居なかった、そして居ると予測した男の声。
「―――ッ!?」
それが、自分の、すぐ傍で響いて―――
「その代わり―――」
「くっ……!!」
「中尉!!」
レインからの警告が飛ぶ。だがその前に空も背筋を駆けあがるような悪寒を感じた。
とにかくその場に居ては危険だと判断し、跳び退こうとする。
だが遅い。それでも遅いと第六感は告げる。
焦燥と驚愕とが思考埋める。
ただ間に合えと、そう思いながら精一杯の力でその場から飛び退き―――
「貴様の無様な姿を拝ませてもらおうかァッ!!」
身を焼くような灼熱の激痛が、空を貫いた。
「ァ―――ッッッッ!!!!」
口から漏れそうになった絶叫だけは気合で押し止める。
痛い。攻撃を受けた。直撃? ああ、その通りだまともに喰らった。
熱と痛みは左肩からだ。背後から長い針が装甲ごと串刺しにして貫いている。
だがそれに気を取られている暇はない。
視界の隅、死角の向こう側から振るわれる鞭が見えた。
「くぅ……っ!」
痛む左肩を無視して一秒でも早くその場から離脱するために全力でブーストを吹かせる。
だが避け切れない。あまりにも接近した状態から放たれた攻撃は冴の高速機動の恩恵を限りなくゼロにしている。
鞭を喰らい弾かれる右腕。返しに反対側からもう一本の鞭が振るわれる。
「このっ……!」
避け切れない、圧倒的に距離と時間が足りない。
引き伸ばされる刹那の間に空はこの状況を把握することに努める。
背後に突如として現れたシュミクラム―――ジルベルトの駆るノーブルヴァーチェ。
その腕から放たれたニードルガンが左肩を貫き、今続けざまに主武装である鞭をこちらに叩き込んでいる。
どうして、などという疑問は二の次だ。このまま相手に行動を許してしまえば冴の耐久値は瞬く間に削られていくだろう。
「離れなさい、ジルベルトッ!」
「はっ! 誰が貴様如きの命令を聞くものかッ!!」
そこにレインの援護射撃が放たれる。
ライフルの狙いを定め、引かれるトリガー。撃鉄が落とされたと同時に一直線に銃弾が飛び出した。
しかし、その射線上に突如としてウイルスが出現する。文字通りジルベルトの盾として。
「っ!」
それに驚愕する暇もなかった。
銃弾がウイルスを貫き、爆散させるもののそこまでだ。ノーブルヴァーチェに銃弾は届かず、更にそれどころではない事態が発生する。
「これは……転移反応! 第二波がもう!?」
出現する膨大な数のウイルス群。先程の戦力の三倍はあろうかという規模が一息で展開された。
突如として湧いて出た群衆はレインと空を分断するように壁となっている。
そしてその間にもジルベルトの猛襲は止まらない。
次々と振るわれていく左右の鞭に動きを阻害され、冴は射程外に逃げ切れずにいた。
加えて、左肩をやられた影響で片腕がまともに機能しない。左側がほぼ無防備とも言える状態であり、ジルベルトはそこを容赦なく突いてくる。
「ふっははははは!! 無様だなあ水無月!!
あれだけ俺に偉そうな口を叩いていたおまえが、今では嬲られ逃げ惑うしかできないとはなあ!! 滑稽すぎて笑いが止まらんわ!!」
「っ、少しは黙ったらどうなのよ。堂々と不意打ちをしておいてよくもまあ胸を張れるわね、情けないわよ」
「知ったことではないわ! 正々堂々? 誇りは無いのかだと? 知るか、そんなものは劣等の言い訳だろう犬や畜生にでも食わせておけ。
戦の作法だのなんだのと、そんなものが戦場にまかり通るはずもないだろうが! そんなことも分からんとは滑稽も通り越して哀れだぞ水無月ィ!!」
「このっ……、ベラベラとうっさいわよひょうきんもやしッ!!」
罵倒を返すものの明確な反撃としての形にはならない。
ジルベルトの言うことは悔しいが確かに真実その通りだ。戦場に卑怯もなにもなく、ただ生きるか死ぬかがあるのみである。
血と鉄と炎と硝煙と、死がひしめくこの世の地獄。ああそうだ、そこに下手な感情が入り込む隙間などない。
だからこそ今があるのだ。こうして戦場に生きている自分がいるのだ。
ゆえに、死ぬわけにはいかない。ここで無様に倒れる結末など誰よりも何よりも自分が許容しないし許さない。
だがしかし、現実として状況は動かない。
レインという相棒はウイルスの壁に阻まれている。冴の機動力も接敵状態から振るわれる鞭で封じられている。
八方塞。成す術無し。
だからこそ―――
「黙ってやられて、たまるかっての……!!」
死地にあってこそ更なる死地へ。生半可な逃げや抵抗など通用するはずもなく、むしろ状況が悪化するだけだ。
ならば、と空はノーブルヴァーチェの間合いの只中へと更に踏み込んだ。
逃れられないのならば前へ、死中の中にこそ活を見出すために空は振るわれ続ける鞭の只中へと飛び込む。
「ちぃっ……!」
最低限の防御のみで他の鞭が次々に装甲に被弾する。
シュミクラムが悲鳴を上げる中、空の意図を察したジルベルトは思わず舌を打っていた。
間合いから離脱できないのならば懐に飛び込む。振り切らせる前に受けることで装甲へのダメージを軽減する。
鞭や剣、槌などは振るう武器だ。速度が最高速に乗った時にこそ最大限の威力を発揮できる武器であり、であれば出頭に当たりに行けば当然威力は削がれてしまう。
「あああああああああああああぁぁぁッッ!!!」
一切の防御を無視して繰り出される右の腕。装備されているブレードが爪へとその形を変えてノーブルヴァーチェを襲う。
必殺を期して繰り出される一閃。払うのではなく突き出すそれは突進力も相まって最高速かつ最大限の威力を叩き出している。
嬲ることに専念していたジルベルトは一瞬の期を突いたそれに反応しきれない。
一秒後の絶殺。迫る死神の鎌を前に―――
ジルベルトは、勝利を確信した笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
「ぶっ飛びなァッ!!」
魑魅魍魎と敵が入り乱れる戦場にカゲロウの放った夥しい数のミサイルが雨のように降り注いでいく。
巻き起こされる爆発がひしめく敵を次々と呑み込み、灰塵へと還していく。
次いで、全く別方向から襲いくる別のミサイルの群れ。
メギンギョルドの砲門が戦場を灰に変えるために猛々しく火を噴いた。
「逝け―――」
爆発が華と咲き乱れる戦場にもはや安全地帯などありはしない。
カゲロウとメギンギョルドは互いが敵でもなければ味方でもないと理解している。だから無駄に争うような行為は避け、雑多な敵の殲滅に専念している。
だからこそ、この場において何かに巻き込まれても仕方がないだろう。もしも自分の放った弾頭に巻き込まれようともそれは相手が悪いのだ。
互いが互いを気に留めず、しかし隙あらば爆発で諸共消し飛ばそうとする物騒極まりない爆撃場がそこにはあった。
手に持つ重火器が火を噴き銃弾をけたたましく吐き出していく。撃ち出された一発の弾丸が幾つもの敵影を貫く。
上空からミサイルが降り注ぐ。四方八方から迂回してきたミサイルが突っ込んでくる。
降り注ぐ銃弾と爆弾と弾頭と爆発と残骸の雨と嵐。もはや二人だけで戦争を演出していると言っても過言ではない圧倒的な蹂躙がそこにはあった。
「しかし……ただ目の前のを薙ぎ払っているだけじゃ流石に埒が明かんな。ここは一つ、攻め方を変えてみるか」
言うが早いか、カゲロウは斜め上方向へとブーストを吹かせて勢いよく蹴りを放った。
カイザーキックと呼ばれるそれは対空性に優れた武装だが、そんな上空に敵などいない。であれば目的は一つ、制空権の確保である。
続けざまに顕現する巨大ミサイル―――ミサイルライドにカゲロウが乗り、滑空を始めた。
そのまま上空を旋回しながら両手に握られる二丁拳銃、ダブルサブマシンガン。
「さあ、穴だらけにしてやるぜ……!」
二つの銃口が火を噴き、吐き出される弾丸の雨がひしめく有象無象を無差別に食い荒らしていく。
更に追加とばかりに投下されるグレネードやボミングビット。ミサイルランチャーやスプレッドボムがありえない方向から襲いくる。
突如として切り替わった攻撃に碌な対処も出来ないまま爆発散華していくウイルスの群れ。
「終いだ。派手にぶっ飛べッ!!」
止めに、降下に入ったミサイルの上で巨大な爆弾を出現させる。
両腕で抱えるのが精一杯のそれを、躊躇い無く抱きかかえながらミサイルと共に群衆の只中へと墜ちていく。
もはや見間違うはずもない神風特攻だ。上空から蹂躙していたと思えば自爆紛いの降下を行うなどはっきり言ってどうかしている。
それを見ていたモホークですら内心言葉を失ったほどだ。事実、あんな規模の爆弾が接触距離で爆発すれば装甲の薄いカゲロウなど一発で粉微塵だろう。
そんな彼の困惑を余所に状況は進行する。
真っ逆さまに落下していくファイナルアトミックボムとミサイルライド。急降下に反応できないウイルスの群れはその直撃に遭い―――
その直前に、カゲロウの手に握られる一振りの剣。
爆弾とミサイルが起爆し、爆発したその直後。爆発による衝撃や爆風がカゲロウへと届くその寸前、刹那にも満たない僅かな間にその剣は地面へと突き刺された。
そして―――総てを呑み込む大爆発が巻き起こった。
メギンギョルドは十分に距離を取っていたために巻き込まれることはなかったものの、あの周辺にいたウイルスは全て粉微塵に吹き飛んだことだろう。
その爆発にあの機体まで巻き込まれては本末転倒なのだが……
「―――」
まさか無意味に自爆した訳でもあるまい。生き残るためにあの機体は戦っていたのだし、そもそもまだ余裕があった。
やけになって自爆する必要などあの時点ではどこにもない。
だから何かがあるはずだとモホークは考える。そうして、爆煙が燻る自爆地点を食い入るように見つめて……それを見た。
剣山だ。
地面から無数の剣が突き出しており、それら総てがウイルスを串刺しているのだ。爆発で吹き飛ばされたものも、逃れたものも、皆総て。
爆煙の中心で未だ悠然と立つ白いシュミクラムの手によって、周辺総ては一掃されたのだ。
「はあ……我ながらシビアなタイミングだよ、まったく」
ファイナルアトミックボムの爆発の中に遭って五体満足であった理由は単純だ。
爆発の直後、武装の特性として装甲を張る別のフォースクラッシュ―――エクスカリバーを使用しただけである。
システムによって付加された装甲で爆発は防ぎ、更に剣山による追い打ちで一掃を狙った。そういうことだ。
しかしコゥが言うようにこれは簡単なことではない。遅すぎては爆発をまともに受けることになるし、早すぎては逆に爆弾がシステムロジックに処理されて消滅してしまう。
爆発し、その衝撃が届く僅かな刹那の内に繰り出さなければならないということの難度は想像を絶するものなのだ。
そんな無茶をわざわざやった理由といえばやはり一つだけであり―――コゥはあの矢の射手を常に探していた。
だが見当たらない。これだけ派手に吹き飛ばしてもあの狙撃種は微塵たりとも姿を見せなかった。
ドミニオンは殲滅し、この一件に関わっているのもフェンリルとダーインスレイヴ以外には見当たらない。
予想外の事態はあったが、謎の射手を見つけられない以上はこれ以上付き合う義理もないだろう。
そう考えてログアウトプロセスを実行する。
モホークもそれを追おうとはしなかった。彼の任務はこの場の防衛であり、米内に手を出さないのであれば無理に構う必要もない。
そうして、カゲロウが0と1の集合体に分解される、その瞬間。
「じゃあ、またね、甲」
突如として、耳元で声が響いた。
「なっ」
驚き、声の方に即座に振り向く。
それがいたのは、カゲロウの肩の上―――気軽にそこに腰掛けながら、無邪気に笑う少女がいた。
その声を覚えている。
その姿を覚えている。
だがそれはこの場には酷く不釣合いな、あってはいけない少女の姿で……
「そ……ら……?」
漏れ出た呟きが聞こえたのか、少女は更に笑みを深めた。
何故ここにいるのか? 何故そこにいるのか? どうやってここに来たのか?
いやそもそも、どうやってあの爆発の中、カゲロウへと接近できたのか……?
頭を目まぐるしく巡る疑問に答えなど出はしない。
見ている光景が夢か現かも判別できないまま―――カゲロウは仮想世界から消え去った。