コゥと空、それぞれが全く別の場所で交戦している最中。
クリスとレインは周囲の警戒を行いながらエディの話を聞いていた。
ドミニオンの事、阿南の事、密造業者の事、ドレクスラー機関の事。
それら複数の情報を一本の線で繋いでいく。
「俺が知ってるのはここまでだ。最後にドミニオンの現在の本拠地を突き止めたくらいか」
「それは非常に魅力的ね。その情報は教えてくれるのかしら」
「まあそう慌てんな。キチンと俺の安全を確保してくれたら教えるよ」
レインはそのやり取りを見ながら思考を働かせる。
阿南の得意先である密造業者に、そこと繋がりを持つドミニオン。
そしてドミニオンが阿南にドレクスラー機関を紹介した状況からして、両者が以前から繋がっていたのは間違いない。
だが、その繋がりには不鮮明な点が多い。
阿南とドレクスラー機関との繋がりは分かった。だが、他は?
密造業者とドミニオン、ドミニオンとドレクスラー機関。それぞれの繋がりの実態が見えない。
そして何より、
(ダーインスレイヴ……彼らは阿南議員側のはず)
先程、空の方から彼女にダーインスレイヴのリーダーであるジルベルトと交戦に入ったと通信があった。
阿南の側ならば、ドレクスラー機関を匿うドミニオンは目の敵のはず。
本拠地の情報などさっさと他の連中に渡して漁夫の理でも何でも狙えばいい。
だというのに、彼らはエディを消しに現れた。それはいったい何故だ?
(……中尉。事態は思ったよりも早く進行しているのかもしれません)
大きなうねりの中、自分達だけが取り残されているような感覚を、彼女は感じた。
第八章 悪夢 -nightmare-
先手を仕掛けたのは空だ。
機体の持ち味であるスピードをフルに発揮し、一気にジルベルトへ肉薄する。
元々が速度重視の機体なのだ。本気で迫られては逃げ切る事も至難の技だ。
だからこそ、反撃のために鞭が振るわれる。
「相も変わらずちょこまかと、蠅がッ!」
「そんな見え透いた攻撃ッ!」
しなやかな曲線を描いて迫る鞭を、カゲロウは即座に軌道を変える事で避けてみせる。
だが、そこに間髪入れずに迫る第二撃。
ジルベルトの機体であるノーブルヴァーチェ。その武装は相手に苦痛を与える事に特化している。
だがそういった特性上、直接的な破壊力はあまりない。そういった部分を補う意味でも、爆発物を装備しているのだが。
が、やはりそういった武装にも長所はある。
一つは相手に持続的なダメージを与えられる事。常に痛覚を刺激されるのは誰であろうと辛いものだ。
そしてもう一つ、攻撃による隙が他の武装に比べて圧倒的に少ないのだ。
攻撃を放った後でもほぼ硬直無しに次の武装を繰り出せる、絶え間の無い連撃だ。
次々と振るわれる鞭がカゲロウに襲い掛かる。
時に空を直接狙って、時に行く手を阻むように、ジルベルトは猛攻を仕掛ける。
だが、だからといってそれに当たるような空でもなかった。
高い機動性を誇るカゲロウ・冴で鞭の雨を掻い潜っている。
しかし、それだけだ。
避けるばかりで攻めに回る事ができない。
「っ、驚いたわジルベルト。アンタってちゃんと戦えたのね」
「減らず口を! 貴様のような劣等種に俺様が自ら引導を渡してやる幸運に感謝するがいい!!」
「誰が!」
確かに攻め入るだけの隙間はない。下手に攻めても鞭の嵐に機体を投げ出すだけだ。
いつも部下の影に潜むジルベルトだが、やはり時代を生き残った電脳将校なのだと再認識する。
だが、それでもやはり、空と彼では違うのだ。
「舐めんじゃないわよ……」
ジルベルトはあくまで加虐者だ。相手に如何にして苦痛を与えるかが彼の戦いである。
対する空は、戦いにおいては殺戮者のそれである。
つまり、
「邪魔をするなら、斬り伏せるんだから!!」
彼女の戦いは、如何に効率良くかつ速やかに敵を殲滅するかにある。
カゲロウ・冴が一度、距離を取る。
「フン、逃げるのか?」
安い挑発には乗らない。
眼光を鋭く、獲物の挙動を見極める。否、その必要すら無い。
立ちはだかる敵は、神速を持ってその尽くを斬り倒す。
そのために、スピードだけで足りないというのなら、パワーをも手にしよう。
カゲロウ・冴の右腕に装備された弓が、新たな形を取る。
「何……?」
「あまり構っているだけの暇は無いの。だから―――」
クローのように交錯する形ではなく、合わさる形。
弦の頂点と頂点が合わさり、そのまま一気に伸びた。
現れたのは、カゲロウの身の丈はあろうかという大剣。
空はそれを片手で構え、
「とっておきで終わらせてあげるわ!!」
ドンッ! と、一気にブーストを吹かせた。
弓が変化した大剣がジルベルトへと迫る。
「大剣だと!? 馬鹿な、そんな物は今まで……!」
「軽々しく見せる物じゃないからとっておきって言うのよ! 誉めてあげるわジルベルト。アンタは、私にこれを使わせるくらいには―――!」
未知の猛威が突っ込んでくる。
全く予想しなかった戦力に対し、ジルベルトが行ったのは単純な迎撃だ。
カゲロウ・冴が避ける事ができないように周囲へこれでもかと弾丸を撒き散らす。
如何に速度のある機体とはいえ、全方向に向けて一斉に放たれる弾丸を避ける事はできない。
それどころか、むしろ速度があるだけ弾丸に突っ込んでしまう事になる。
カゲロウ・冴とて、それは例外ではない。
真っ向から弾丸の雨へと突っ込んだ空。その光景にジルベルトは勝利を確信し―――
「……っ、な!?」
次の瞬間、大剣を盾に弾丸の雨を突っ切るカゲロウを見た事でまたもや驚愕にとって変わられた。
完全に無傷ではない。だが、それでも速度を損なう事無く駆け抜けている。
猛威は止まらない。
弾丸の雨をものともせず、とうとう接近戦の間合いにまで踏み込まれる。
「くそっ……!!」
なけなしの抵抗とばかりに鞭が振るわれる。
しかし、意味が無い。
降り注ぐ弾丸の雨も、襲いくる鞭も、その一切を無視して。
「―――ッ!」
一息に、大剣を振り抜いた。
同時に訪れる静寂。
閑散として廃れた電脳の廃墟に冷たい風が吹き込む。
大剣を振り抜き、駆け抜けたカゲロウ。
鞭を振り抜き、迎え撃ったノーブルヴァーチェ。
結果など、わざわざ確かめる事もなかった。
「―――アンタは、私にこれを使わせるくらいには厄介で、そして大嫌いな奴よ」
ザギン、と鈍い音がした。
それは硬く重い物が切断された音。
カゲロウ・冴の大剣が咄嗟にジルベルトが放ったウイルスごと叩き斬った、左腕の落ちる音だった。
「~~~ッ、ぁぁああああああああああああああああああああああッッ!!!」
ジルベルトの口から苦痛の絶叫が溢れ出す。
右腕で先の無くなった左腕を押さえ、喉が潰れんばかりの叫びを上げた。
これこそが空の切り札の一つ。
互いに三味線を弾いていた姉妹対決で見せる事のなかったとっておきである。
「さて、わざわざ片腕に止めたのは聞きたい事があるからなんだけど……素直に話してくれるかしら」
「ぐ、く……キサ、マァ……ッ!!」
灼熱のような痛みに歯を食い縛りながら、持てる憎悪と怨念の全てを乗せて空を睨むジルベルト。
機体で表情は見えないが、分かる。
あれは、復讐の炎を爛々と燃やしている眼だ。
「アンタの依頼主と依頼の内容。それにドミニオンがこの件にどう関わっているのか」
「……聞かれて、答えるとでも思うか」
「まあ、思わないわね」
あっさりと、空は要求を撤回する。
その潔さにジルベルトがいぶかしむよりも前に―――
「だって、そんな物陰に隠れている奴らが居る以上は、まだ諦めた訳じゃないでしょ?」
カゲロウ・冴の放った四本の矢が物陰に潜んでいた何かを残さず射抜き、爆散させた。
相手が行動する間すら与えずに仕留める一矢はまさしく速攻。
どれもこれも、ダーインスレイヴのシュミクラムユーザーを上回るものだった
手の内を読まれていた事に、更に強く歯を食い縛るジルベルト。
どこまでも断絶的に見せつける圧倒的な経験と実力の差。奇策一つで埋まる事の無い隔たりが、確かに両者には存在した。
「事そういう面に関しては、私はアンタを過小評価していない。どこまでも執拗に、下劣に、悪辣に、徹底的に、狙った獲物を必ず追い詰め貶めようとする。
そういった自分の常識の枠から外れたモノが何よりも怖いっていう事、私これでも知ってるつもりなの」
「チィッ……!!」
もはや後は無いと悟ったのか機体が反転して離脱し始める。
空はあえて追う事はしない。そんな無駄をする意味もなければ意義もない。
逃げる時は逃げる。追って、追い詰めて仕留めた例など一度も無い。
だから無駄。甚だ不可能だと分かり切っているから追おうとしない。
「覚えていろ、水無月……! 貴様は必ず俺が手ずから殺してやる!
爪を剥ぎ四肢を?ぎ腹を裂いて臓をブチ撒けてッ! そうして最後に首を刎ねてやる!!
この左腕の借り、貴様に生きている事を後悔させるような苦痛を与える事で返してやる……ッッ!!」
激昂の怒りが響く。
汚濁の溜まりよりなお深い憎悪の念が言霊と共に空へ浴びせられる。
そして、その言葉を最後にこの場から離脱するノーブルヴァーチェ。
戦場には、ただ物が死んだ虚しい静寂だけが残っていた。
「……そんなだから、アンタは三下の域を出ないのよ」
ジルベルトが退いた事によりこちら側に残っている敵影はゼロ。
空は単独でエディを狙っていた者達の半分を潰した事になる。
そうして念を入れて周囲を警戒している時に―――ふと、気になってもう片方を相手にしている者がいるであろう方向にアイカメラを向けた。
当然、視界は建造物に遮られて相手が見える事もない。戦闘の騒音も聞こえてこない辺り、案外自分よりも早く終わらせたのかもしれない。
とにかく、このままここに留まる理由も無かった。
仮想空間から現実へと戻るため、離脱プロセスを実行する。
0と1が無数に散りばめられた電子の海が見えた、その瞬間―――
「―――っ、」
急に、有り得ない頭痛に見舞われた。
「これ、は……」
覚えがある、覚えている。
この感覚は、この痛みは。
この……繋がっているという確かな実感の伴った共振は―――
「ハウ、リング―――!?」
いったい何故、どこの誰とー!?
いや、そんな事は分かりきっている。自分がこんな状態になる相手は彼女以外にありえない。
だが、だからこそありえない。
彼女はとうの昔に凍結されて、こんな現象など起こるはずがないのだから。
ならこれは、いったい何だというのか……?
答えは出ない。返答などもっての他だ。
そうして、彼女は幻を見る。
仮想と現実の狭間で、ありもしない光景を―――
◇ ◇ ◇
薄暗い場所だった。
最初に思ったのはその程度で、その他の事は認識しにくい状況にある。
本当にその程度しか分からない場所で、彼女は佇んでいた。
赤い軍服を身に纏い、ツーサイドトップに整えてある髪が弛くたなびく。
笑顔ならば、おそらくは大抵の人間が素直に称賛するであろう彼女はしかし、全くの無感情だった。
瞳はさながら無機質な硝子のようで、表情は能面の如く固まっている。
彼女はそのまま微動だにしない。
一〇分、二〇分と何もせずにその場に立ち続けている。
その間、やはり全くの無感情。だがそれは、まるで想い人の到着を待ち焦がれる少女のようでもあって―――
鋼の巨人が疾走していた。
迫る途方もない驚異から逃れるように、ゴールに向かって駆けるように、怨敵に突撃するように、巨人は走る。
多くの者を犠牲にして、かけがえの無いものを失って、もう残っているのは彼だけだった。
一人きりの世界。愛する者も、戦友も、家族も、恩師も、親友も、全く関わりがない人も、全てが等しく存在しない。
そんな世界の中でも、彼はまだ諦めなかった。
認める訳にはいかないから。こんな暴力で誰かが踏みにじられていくのを許して良いはずは無いのだから。
何より、彼をここまで導いてくれた仲間のためにも止まる事だけは決してできない。
全てに決着をつけるため、彼は走るのだ。
目の前にそびえ立つ漆黒の威容。
モノリスにも見えるそれこそが奴の隠れ蓑。あれさえ破壊すれば中に潜む奴も諸共にくたばるはずだ。
幸い、目下最大最悪の驚異は本体を目の前に下手な動きができない。
今こそが千載一遇の勝機。仲間が繋げたこの瞬間に自身を鼓舞しながら突撃して―――
その時、全く微動だにしなかった彼女が動いた。
目が動き、視線が遥か下方へと向けられる。
視界に入ってきたのはこちらへと向かってくる鋼の巨人。
それを認めて、身体は機械のように動き出す。
相変わらず無感動な瞳の中に―――僅かばかりの憎悪を宿して。
一歩、確かに踏み出す。先に続く地は無く、重力に従って身体は落ちた。
一〇メートル以上はある高度から落ちれば、まともな身体なら一溜まりもないだろう。
だから、彼女は鎧を身に纏う。
鋼の巨人と同じ意向を持った、紅い鎧を。
そうして突撃した矢先、不意に頭上から紅い影が降ってきた。
巨人は咄嗟に後退し、急降下してきたそれを回避する。
響く巨大な質量が叩き付けられた音。
重い衝撃と音が腹の底から身体を震わせてくる。
そして巨人は、その影と相対した。
自身と似通った姿を持つ、紅い影と。
湧き上がったのは純粋な歓喜と、僅かばかりの不安。
確かに嬉しいはずなのに……その不安が急激に大きさを増して彼の胸を圧迫していく。
見えるのは、彼女の瞳。
無感動で無機質なそれは、彼の知るそれとは似ても似つかなくて―――
だから、彼女の心は泣き叫んでいた。
瞳は無感動に、僅かばかりの憎悪を光らせて。
自由にならない身体と意思を呪いながら、届きもしない叫びで彼へと呼びかけていた。
逃げて。お願い止めて、動かさないで。私に彼を―させないで。
迷わないで、騙されないで、躊躇わないで。戦士としての直感を信じて。貴方の手で私を―して。
嫌だ失くしたくないもうたくさん何で解放して逃げて止めて私は私は私は私は私は―――ワタ、シは……
『―――死ネ』
ここに、何よりも重く、絶望が振り下ろされた。
『ぁああああぁぁぁあぁあああああぁああぁぁぁああぁあああぁああぁあああああぁあぁぁぁああああああああぁぁぁあぁあぁああぁあああああああっっっ!!!!!!』
絶叫が木霊する。
心が裂けんばかりの悲鳴ははたして、彼のものか彼女のものか。
叫び、絶望し、嘆き、悲痛に心を掻き毟って、意識が無の一色に染め上げられる。
―――その瞬間、全ての始まりを幻視した。
全てが溶けていく。
止まる事無く広がる不可視の津波に呑み込まれ、あらゆる生命が無に還元される。
光の矢が次々に撃ち込まれるが、目立った効果は見受けられない。海に火矢を投げ込んだところで何の意味もなく、それと同じ事だった。
命が無くなる。起伏無く、総てが等しくまっ平らに。
その最中で奴が笑う。嗤う、哂う、わらう、ワラウ。
これで静かになると、安らかに眠れると声無き声で歓喜を叫ぶ。
総てが滅ぶ、クリスマスの夜。
やっと手にした静寂に、奴はひたすら身を委ねていた。
一人きり、他には何もない唯我の世界。ただただ起伏の無い凪のみが存在する世界。
冷たい。暗い。何も無い。
その中でただ一人で存在し続け、安らかに眠り続ける、奴。
形無く、感情も無く、意思も無く、ただそこに在り続ける、奴。
人とはかけ離れた思考と在り方。理解などできない概念と世界。奴は人を心から嫌悪して、世界すらも忌避している。無謬の静寂だけを求めている。
己のみで完成された世界。理解もできず、把握もできず、ただそこに在る事だけは理解できた。
そんな人を嫌悪する理屈など知りたくもなければ触れたくもない。決定的に掛け離れた思考は毒以外の何物でもないから。
幻視した向こう側、存在する毒そのもの。だからこそ関わりのない存在。
―――だが、
不意に、
『―――あナたハ、だレ?』
想像を絶する戦慄と重圧と共に、身の毛の弥立つ猛毒が全身を蹂躙した。
◇ ◇ ◇
「がぁぁあああああああぁぁあああぁあああああああぁぁあああああぁああぁぁああぁぁぁあああああああああぁぁぁああああぁあああぁああああぁぁぁああぁぁ!!!!」
目覚めたコゥからはまず何よりも、拒絶の絶叫が響き渡った。
次いでその他の反応が遅れたように顔を出す。
全身から滝のような汗を滲ませ、顔は蒼白に、唇は震え、頭は激痛に苛まれ、開かれた目の焦点は定まっていない。
自分自身という形を塗り潰しかねない圧倒的なまでの暴虐と理解不能な意思と思考。
それら一切を忘却しながら、それでも特大の恐怖が目覚めた彼の心を乱した。
「っ……は、ぁっ……は、」
何に恐怖しているかなど分からない。ただこちらが押し潰されそうな理解を超えた意思の恐怖だけが骨身に沁みていた。
あれは、恐ろしいものだ。
理由など見当もつかない。漠然と、そういった確信が彼の中にある。
同時に、あれは存在してはならないとも。
よく分からない事を理由に、よく分からない確信を得た。
その傍から見れば狂人さながらの思考に疑問を抱くより前に―――
「……ちょっと、いきなり叫ばれて耳が痛いんだけど」
クリスがこの場にいる事を、声を掛けられてからようやく気付いた。
「クリ、ス……?」
「ええ、貴方の妹の六条クリスだけど。あんな叫び声を上げて、いったいどうしたのよ」
こちらを心配してか、クリスの瞳がコゥの瞳を覗き込む。
対して、コゥが出来た事といえば彼女の瞳を見返す程度だった。
普段の彼からすればらしからぬ反応。見栄を張るなり無理を悟られないようにするなり行動する彼が、まともに反応を示さない。
これは、相当重症らしい。
物珍しい反応に弄り倒したいと疼く心をぐっ、と押さえ込みながら、クリスはコゥに肩を貸した。
「ほら、早い事ここから撤収するわよ。最低限必要な情報は手に入れたからもう用は無いわ」
「ああ……そう、か」
言われて、自分がここにいた理由を思い出す。
確かエディという情報屋からドミニオンに関する情報を手に入れるためにここまで来たのだ。
それで情報を引き出す役はクリスに任せて、自分はネットのドミニオンを引き受けて……
「くそ、完全に腑抜けてやがる……」
「ほんとにね。何があったかは後で聞くけれど、そんな状態でここに留まっても足手纏いよ」
いっそ清々しい程に言い切ってくれるのは逆に現状を正しく認識させてくれる。
ここまで無様な調子ではいつ寝首を掻かれてもおかしくはないだろう。
クリスの言う通り、ここは素直に撤退した方が良いらしい。
「まったくしっかりして欲しいわね。新米の兵士じゃあるまいし、そんな不様は命取りよ」
「返す言葉も無い……」
仮想空間から離脱するところまでは記憶があるのだが、その先から今にかけての記憶が非常に曖昧だ。
怖気の奔る恐怖だけがしみ付いて離れない。
「……ちょっと、本当にだいじょうぶなの? 顔が真っ青になっているけど」
「ここは、見栄でも張ってみるところか?」
「そう思うなら宿にさっさと戻るわよ。その後にしっかりと寝ておきなさい」
「……重ね重ね、すまん」
まともにいつもの受け答えができないコゥは、端的に謝罪の気持ちを述べた。
クリスは大して気にした風もなく、さも当然のように自分よりも一回りは大きい身体を支えて歩き出す。
「最初に言ってあるでしょう。私の命は貴方に救われたものだから、好きなように私は動くって」
借りでも恩でも義理でも責任でも親愛でもなく、まして愛情でもない。
ただ、彼女はそうしたいと思ったからここにいる。それだけだ。
彼が何であろうと、何をしようと、どうなろうと関係無い。
その必要があるなら支えになる。落ち込んでいるのなら焚き付ける。
どうか、暗闇に迷い混んだまま脱け出せなくならないように。いつか彼が本当の日常を取り戻す、その時まで。
「少し、休みましょうか。看病程度はやってあげるから」
暗い地下通路の奥へと、二つの人影が消えていった。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
水無月空、彼女もまた叫びと共に目を覚ました。
六条クリスが去り状況もひと段落したところで、これだ。この場で空が起きるのを待っていたレインとエディにしてみれば予想外の事態である。
が、暫くすると空も現状を再認識してくる。
「それで……一先ずの脅威は去ったと見ていいのね?」
「はい。六条クリス側の者と空さんがネット部隊を鎮圧したおかげで差し迫った危険性は無いと思われます。
リアル側の者達もあちらがあらかた始末してきたらしく、今のところそういった方面の危険もありません」
「そう……なら、後はエディを穏便に外に出せば済む訳か」
「おう、頼むぜお二人さん」
言って息を吐く空の表情は沈んでいる。
機嫌がどうの、という訳ではなく……目覚める前に見たであろう悪夢らしきものが原因だ。
詳細は覚えていないが、へばり付くような嫌悪感と恐怖が陰鬱とした気分にさせる。
「中尉? やはり何か……」
「ううん、何でもないわ。それよりも変な連中に難癖付けられる前にエディを連れて出るわよ」
「了解」
動くために立ち上がるも、その足元はおぼつかなかった。
それでも歩こうとする様は流石に見ていられず、たまらずレインが肩を貸す。
「無理をなさらないでください。何があったのか分からないと言うのなら身体を労わるべきです。
ここで倒れてしまっては本末転倒なのですから」
「うん……ごめん」
レインの言う事は至極正しい。
だから空もその言葉に従って素直に肩を借りて歩き出す。もちろん、周囲の警戒は怠らずに。
エディを先導するように歩き、付かず離れずの距離を保ちながら。
とにかく、フェンリルには用事が済んだと連絡を入れるべきだろう。できればエディを外まで逃がすのに力を借りたいところだが……流石に高望みが過ぎる。
さてどうやってこのモヒカン男を外に連れ出してやろうか……
そのための手段をいろいろと頭で描きながら、三人はエディの根城を後にした。
※全く関係無いオマケ
19「ある日、気が付いた時からフカイだった。
何かが私に触れている。常に離れる事無くへばり付いて無くならない。
これは何。身体が重い、動きにくい消えて無くなればいい。
私はただ、一人になりたい。私は私で満ちているから、私以外のモノは要らない。
さあ、安らかな安息を―――滅侭滅相」
みんな大嫌い史上最強最悪最低ヒキニート。
ノインツェーンと思想や終着点が微妙に似通ってるよねって思ったら閃いた小ネタ。他意は無い。
まあ何が言いたいかとゆーと、波旬死ね。