落ちていく感覚。潜っていく感覚。
もう数えるのが億劫になるほど感じたそれに空は身を任せる。
同時に、電子体としての形を整えていく自分の意識にプログラムを実行させる。
この数年、共に戦場を駆け抜けてきたレインとは別の空の相棒―――カゲロウ・冴。
移行プログラムと共に空の身体が全く別の物へと変わっていく。
(相手が誰なのかは知らないけど、関係ない。
手早く倒してまこちゃんの情報を渡してもらう)
闘志をみなぎらせてシュミクラムが仮想空間に降り立つ。
薄暗いブートキャンプのような訓練場に金属音を響かせて現れる空。
さて、相手はどこだと辺りを見渡して―――
「……あれ?」
思わずそんな間抜けな声が出た。
だって、仕方がないだろう。
さあやるぞ、と人が意気込んでいたのに……
「ネージュ……エール……?」
探し人の持つ特注品のシュミクラムが目の前に立っていた。
思考が止まる。ただ茫然とその場に立つ。
まこちゃん……? と、小さな呟きが空間に響いた。
第四章 既知 -know-
シゼルの挑発に乗って挑んだ情報と空の所属を巡った勝負。
その舞台である仮想空間の中で、空は大絶賛混乱中だった。
目ね前に立つ純白のシュミクラムに思いっきり疑問をぶつけている。
「ちょ、何でまこちゃんがここに!?」
「近い内に会いに行くって言ったでしょ? という事で早速会いに来ちゃった」
まるで、隣の部屋から遊びに来たかのような気軽さで言う真。
その場違いな雰囲気に『ああ、そういえば』と納得しかけてしまうが……少し考えて思う。
何故、シゼルの指定したアドレスに待ち構えていたかのように彼女がいるのだろうか?
「ま、まさか……」
突拍子もなく、全てに説明がつく答えが浮かんでくる。
だがそれはあまりにも現実味を帯びない空論であり、どちらかと言えば外れていて欲しい類いのものだ。
そしてそう思っていながらも聞かずにはいられないのが人間である。
更に言えば、こういう事に限って悪い予感は当たるのだ。
「少佐の言ってた相手ってまさか……まこちゃん、だったりする?」
「うん。さあ、ここから先は私を倒さないと通行止めだよ、お姉ちゃん」
「……あったま痛い」
張り切る真を前に空は思いっきり頭を抱える。
つまり、なんだ。自分は狂言回しにまんまと乗せられていたと、そういう事か。
「なるほど……フェンリルがまこちゃんの情報を持っているのは、そういう事」
「お姉ちゃんの想像通り、私がフェンリル所属だからだよ。
ビックリした?」
「驚く前に呆れ果てて言葉もないわよ……」
自分の妹がまさか悪名高い傭兵部隊に所属しているなど欠片も思いもしなかった。寧ろ、できる方がおかしい。
妙な脱力感に襲われた空は大きく溜め息を吐く。
そして、表情画面越しに妹を半目で見据えた。
「言いたい事はいろいろあるけど……とりあえず、この回りくどい事の本題を聞いて良い?」
「本題は変わらないよ。
私やシゼル少佐がここに来たのは、お姉ちゃんをフェンリルに誘うため」
「……そう」
二人の表情から穏やかさが抜け落ちる。
あとに残った真剣さだけが刃のように鋭く鋭利になっていく。
「一つだけ。この件、まこちゃんは強制されて?」
「違うよ。これは間違いなく私の自由意思」
揺るがない言葉と表情。
そこに嘘はないと空は確信して……
「だったら……私の答えは一つよ」
銃口を、妹へと向けた。
「組織故の不自由さを知っているから、私はフリーになったのよ。今更組織に所属する気はないわ」
「……そう言うと思った」
僅かに微笑んで、真はネージュ・エールのオプティカル・ウイングを展開させる。
明らかな臨戦態勢。両者の間の空間に張りつめた空気が満ちていく。
「仕方がないので、シュミクラムの先輩として現実の非常さを教えてあげるね」
「言ったわね。さっきの事も含めて、やんちゃする妹にお灸を据えてあげるわ……!!」
そして、二つの機体が同時に踏み出す。
仁義なき姉妹対決の幕が、切って落とされた。
◇ ◇ ◇
その頃、清城市のスラム街。
六条コゥと六条クリスはノイによってあちこちに引っ張り回されている最中だった。
先導して歩くノイに続く二人の表情はうんざりしたものであり、それが彼女の傍若無人ぶりを雄弁に物語っている。
「さあ、次はあちらだ」
「まだ終わらないのか……」
「こうなる事は半ば想像済みでしょ……素直に諦めた方が懸命よ」
二人がうんざりしているのは、何も体力的な問題ではない。その点ではノイが根を上げる方が確実に先だ。
問題なのは慣れない空気の中で行動しているという事である。
ここ数年で命のやり取りが日常と化してしまった二人には、何の変鉄もない正しい意味での日常の空気は少々場違いだと思わせるのだ。
が、それとは他に問題点が一つ。
「あー、そういやここじゃ違法ナノも普通にやり取りされてんだっけ」
「何を今更。だからこそドレクスラーの連中が堂々と隠れていられるんでしょう」
「分かっちゃいるんだがな……くそ、やっぱり多少引っ張られてる」
悪態をついてコゥが一人ごちる。
ナノマシンによる治療を受けて以来、彼の精神状態は記憶に多少なりと引っ張られていた。
それは殺人に対して恐怖を抱いたり、今のように違法ナノが平然と取引されている事に忌避感を覚えたり、といった風に影響を及ぼしていた。
あくまでも多少の範囲内でしかないが、それでもしもの時に隙ができるようでは困るのだ。
「なあに、良いじゃないか。物のついでに学生時代の青臭い情熱を取り戻してみてはどうかね」
「手放しで喜べる事と、そうでない事がありますよ」
何度目か数えるのを止めた溜め息が出てくる。
情報収集以外にやる事がないからといっても、これは別の意味で中々にきつかった。
「……まあ、君達の言いたい事も分からなくはないがね。それでは後になって余計に苦労するハメになるぞ」
「どういう意味かしら」
「深い意味はないさ。ただ君達は戦場の空気に慣れすぎている。
それで、全てが終わった後にどうする気なのかね」
「どうって……」
言われてから、ふと気付いた。
自分達は―――全てが終わってから、何をするつもりなのだろうか?
そう改めて問われると全くその事について考えていない事に思い至る。
未来へのヴィジョンがない、と言えば嘘になるが明確な目的がなく不鮮明で非常にあやふやな物だ。
単に神父やドミニオンと決着を付ければ終わり、と考えていた訳でもないが……
「そういう事だから、この機会に少しでも日常に回帰できるようにしておきたまえ。
青臭い青春時代が過ぎたと言っても君達はまだまだ先を望める若者だ。今の内から生き方を決めつけるのはお勧めしないぞ」
「……考えておくわ」
正直、先の事など考えても全くその光景が思い浮かばないというのが正直なところだった。
全てが終わってから―――それから、自分は何をしているのか。
クリスにしてもコゥにしても、現状を処理するのに手一杯で考えた事はあまりなかった。
「これもそれを考える材料だとでも思ってくれれば良い。時間はまだまだ残されているのだからな」
そう言いながら、ノイはその足を止めずにどんどん先に進んでいく。
二人は先程までとは違う意味で溜息を吐いて、その後に続いていくのだった。
「ところで、周囲の目には私達の関係がどういう風に映るのだろうな」
「考えたくもねえ……」
◇ ◇ ◇
薄暗い仮想空間に金属音が連続して響き渡る。
鋼と鋼がぶつかり合い、不協和音を奏でて火花を散らす。
駆け抜ける二つの機影。紅と白が刃とエネルギーをぶつけ合う。
「中々やるじゃない、まこちゃん!」
「お姉ちゃんこそ、流石に傭兵協会で凄腕と言われているだけの事はありますね!」
スライスエッジの刃とサマーソルトキックのエネルギー刃がお互いの機体を弾き、距離が生まれる。
開かれた間合いに空は舌を打つ。
自身の妹が駆るシュミクラム、ネージュ・エール。その本領は中・遠距離戦にあるのだ。
「行って!」
号令と共に様々なビットが次々に出現してくる。
空中にいる敵を下から狙い撃つ対空バルカンビット、レーザーを放つレーザービット、敵を追尾するガトリングビット。
更には上空から爆弾を落としてくるボミングビットや火炎弾を射出するファイアビット。
これでもかと大量に独立小型支援兵器が展開された。
もはや、単純な物量でも驚異的な光景である。
「くっ……! 出たわねお得意のビット群!」
「さあ、ここからどうするのかな!」
高速で動く小型兵器が素早くカゲロウ・冴を取り囲む。
一瞬後には放たれる攻撃の雨嵐。それを前にして、空は弓を構えた。
そこに集中する紅い波動。
「こうしてやるわよ……っ!」
攻撃が放たれる直前、それは周囲に拡散するように放たれた。
スプレッドショット。弧を描く紅い衝撃波が一度に四つビット群へと迫る。
同時にソニックショットで大きく円を描くように移動しながら、スプレッドショットの軌道に追従する。
放たれる青い弾丸が目の前のビットを駆逐していく。同時に、進行方向に待ち構えていたビットをスプレッドショットが残さす破壊する。
一気に開ける視界―――そこに飛び込んでくる、一つの火炎が見えた。
激しく燃え盛る一つのビット。臨界点にまで達したそれを見て空もたまらず冷や汗を流す。
「やば……!」
「ファイアビット、発射!!」
チュガンッ!! と、爆音が空間を揺るがした。
カゲロウ・冴目掛けてビットから放たれた火炎弾は着弾と同時に巨大な爆炎を解き放って周囲を丸ごと呑み込んでしまう。
空は咄嗟にブーストを吹かせてその場から離脱するが、真との距離は一向に縮まらない。
その上、
「相変わらず卑怯臭い装備ね、そのオプティカル・ウイング……!」
「空中から相手に触れさせる事もなく駆逐していく―――ノイ先生も随分とハイスペックな機体にカスタムしてくれましたよね」
「全面的に賛同させてもらうわ」
ネージュ・エールは上空へと舞い上がり、空の攻撃の届かない場所で見下ろしていた。
現状、空の装備に対空手段となる有用な兵装はほとんどない。
しかもそれら全ては近接用の物であり、距離を離されている今では話にならないような物ばかりである。
(どうにかしてもう一度接近しないと何もできない……かといって、下手に接近しても動きを上から読まれる事は確実)
戦闘において頭上を取る、といったような高度によるアドバンテージは決して無視できないものがある。
相手よりも上にいるのならば単純な殴る蹴るといった行為はまず届かない。狙撃などに関してもある程度射線が読みやすく、同じく対処しやすいだろう。
動きも相手より上にいる事でより広い視野で見る事ができる。そのために軌道も読まれやすい。
この状況で如何にして距離を詰めるか、空は思考を動かしていく。
(……まともにやっても駄目なら、奇策で一気に接近するまで!)
空は視界内に目標を収め、駆け出した。
ネージュ・エールの周囲を回るようにブーストを吹かせながら、迫るビットの攻撃を避けていく。
「流石お姉ちゃん―――だけど、まだだよ!!」
追加で更にビットが射出される。
四方八方上空から次々に襲いくる銃撃や光学兵器、爆弾の数々。
だが高機動型シュミクラムであるカゲロウ・冴はそれら全てを尽く避けていく。
目まぐるしく動き回る景色の中で、空が目指す場所はただ一点。
「下―――っ!」
「行くわよ、まこちゃん!」
カゲロウ・冴が更に速度を上げる。
ネージュ・エールは逃れようと空中を移動するが、空はビットの猛攻を潜り抜けながらそれに追い縋ってきた。
レーザーを跳び越え、ガトリングをギリギリで回避し、時には障害物を利用して無理やり機体の方向を変えてくる。
その壮絶な光景を前にして真は舌を巻く。
これは空自身が傭兵協会で凄腕と呼ばれている実力もあるだろうが、確実に情報アドバンテージも作用しているだろう。
過去、学生時代でシュミクラムの大会に出場していた真の試合を空は何度も目にしている。
自分の武装や手の内を何度も見てきた姉だ。大抵の攻撃は見切られてしまっているに違いない。
(だけど、それはこっちだって同じ……!)
真だって、姉がこちら側に来てしまったのを知った日から可能な限り情報を集めていた。
その中には戦闘記録もあり、危なっかしい戦いでは記録だと分かっていてもハラハラさせられたのを覚えている。
手の内を知っているのは、何も姉だけではないのだ。
そして、空がこちらの真下を狙っているのだとしたら。
(狙いは下からのあの目が回りそうな回転切り上げ―――外しても、そこから次の技を私と同じ高度で繰り出せる。
それだけで私のアドバンテージは大きく削がれてしまう)
それならばと対空バルカンビットを出してみるが、攻撃を避けるついでとばかりに放たれたメテオアローに狙い撃ちされてしまった。
真っ先に潰してきた事を考えると空中戦に持ち込む気なのは間違いないだろう。
だが、真としてもそう簡単に接近を許す気はない。
武装の余剰エネルギーを全てビットへと注ぎ込む。
「っ……、フォースクラッシュ―――!!」
「アポカリプス・レギオン、展開!!」
フォースクラッシュ―――武装を使用した際に蓄積されていく余剰エネルギーを特定の武装に注ぎ込む事で起こる武装の急激な変化現象。
武装として登録はされるものの、その実態は全く別の物。通常兵装が必要以上のエネルギーによって姿を変えた物である。
ネットのロジックをある種無視しての膨大なデータ処理故に空間に一瞬だけ負荷が掛かり、セカンドなどはそれを敏感に察知する事ができる。
故に空もフォースクラッシュの前兆を感じ取り、上空の真へと目を向けた。
「随分と大盤振る舞いじゃない。我が妹ながら容赦ないわね」
「成す事やる事の全てに全力全開。これもお姉ちゃんから教わった事だよ」
左右四つずつ展開された八つの大型ビットに不吉な紅い光が宿る。
それがもたらす破壊を、空は一度だけ自分の目で見ていた。それもつい数時間前に、戦場で。
ウイルスの大群を尽く薙ぎ払って自分の突破口を作ったフォースクラッシュだが―――あんな物をまともに喰らってしまったらと思うと寒気がした。
愉快にスプラッタ状態になってたまるかとばかりに空は急いで別方向にブーストを吹かせる。
途中、追いかけてきたビットは耐久時間が過ぎて全て爆発した。
その直後、
「さあ、今こそっ!!」
破壊の奔流が、解き放たれた。
放たれた極大の光条がカゲロウ・冴を呑み込もうと迫ってくる。
「くっ……!」
一撃目を辛うじて回避するカゲロウ・冴。すぐ横を紅い光条が擦過して障害物を薙ぎ払っていく。
だが、そこで終わらない。
二撃目が放たれ、同時に一撃目の光条が一瞬滞空したかと思うと次の瞬間には方向を変えて再びこちらに牙を剥いてきた。
「しつこいっ!」
弧を描くようにして二つの光条の射線から退避する空。
だがそれを嘲笑うかのように三撃、四撃と追撃が迫ってくる。
それすらも空は避けていくが、徐々に壁際へと追い詰められて逃げ場が無くなっていった。
やがて、カゲロウ・冴の背後が突き立つ鉄塔とガスドームに挟まれてしまい、行き場を失ってしまう。
「もう後がないよ、お姉ちゃん!」
「……そうね」
このままでは確実にチェックメイト。目の前には巨大な光条、背後には爆発物と光条によって叩き折られてしまうであろう鉄塔。
一瞬後には着弾する破壊を前にして―――
「ここからは、私の番よ……!!」
空はなお、その目に強い光を宿していた。
宣言した彼女は迷う事無く爆発物―――ガスドームの上へと飛び乗る。
その意図を真が理解するまで一秒も掛からなかった。
だが、気付いた時にはもう遅い。巨大な光条はガスドームへと直撃し―――巨大な爆発を引き起こした。
「あうっ……!?」
爆発による衝撃と大音響が腹の底にまで響いてきた。
内側にまで響く重い衝撃に真は一瞬だけ動きを止めてしまい……
「はぁぁああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」
爆発と同時にネージュ・エール目掛けて跳び上がり、爆風を利用して一気に距離を縮めたカゲロウ・冴が目の前にまで迫っていた。
「流石お姉ちゃん、無茶しますね……っ!」
「生半可な手段は通用しないっていうのは分かり切ってるからね……!!」
機体にダメージはあるが、許容範囲だ。
これを逃せば次があるかどうかは分からない。今接近できているのも奇策を用いたからだ。
だから、距離を離されるよりも早く決着を付ける―――!!
「このっ!」
迎撃のサマーソルトキックが放たれる。
遠距離にすら届くエネルギー刃を発生させ、カゲロウ・冴へと襲い掛かる。
しかし、それよりも早く空は動く。
「遅いっ!!」
クロスイリュージョンによる神速の一撃が叩き込まれる。
その速すぎる速度に真はついていく事はおろか目で追う事すらできない。
気付けば目の前からカゲロウ・冴の姿が消えており、機体にダメージを負ったのが分かる程度だ。
知識としてそういう攻撃手段を持っているのは知っているが、実際に目にしてみるとその脅威がはっきりと分かる。
そう思っている間に、二撃目が叩き込まれた。
機体が軋んでダメージが蓄積されていく。
次いで、三撃目が間髪入れずに叩き込まれた。
「あぐっ……!」
「悪いけど、このまま決めさせてもらうわよ!」
弓がクローへと変形する。
普段ならここでテリブルスクリューを叩き込むところなのだが、そんな事をすれば下手を打つと真が死んでしまいかねない。
だから高々度からの急降下攻撃―――レイディングホーネットで一気に勝負を付ける。
クローが大きく口を開きネージュ・エールを捕らえようとして……
その姿が、掻き消えた。
その場に一つの爆弾を残して、だ。
「なっ……」
急に標的を見失って戸惑う空だが、嵌められたという事だけは理解できた。
まずい、と思うが遅い。既に爆弾との距離は致命的なほどに縮まっている。
「ちぃ……!!」
そして踏み込んだ瞬間、起爆した。
爆風に煽られて機体が上空へと押し上げられる。身動きの取れない中、空の視界には進行上に存在するいくつもの爆弾を見た。
その光景に一つの解に行き当たる。
(そうか……これは、マインスイーパー……!)
斜め後ろ情報に跳び上がり、爆弾を残して行く緊急回避や距離調整としても有用な武装。
真のネージュ・エールの姿がいきなり目の前から掻き消えた理由が、これか。
理解しながらも、爆風に煽られて制御の効かない機体に抗う術はない。
空は残された爆弾を残さずその身に受けるしかなかった。
「ぐっ、ぁぁあああああっ!!」
絶え間ない爆発が機体と意識を揺るがす。
鋼の身体から伝わる痛みを歯を食いしばって耐えて―――
「……あ」
少し離れた場所で、機体にエネルギーを集中させているネージュ・エールが見えた。
収まり切らないエネルギーが溢れ出し、機体全身が淡く緑色に発光している。
あの予備動作は空もよく知っていた。
学生時代、真が良く決め手として使用していたフォースクラッシュ―――プロヴィデンスエマージ。
「ちょっと痛いけど、我慢してね」
そんな可愛らしい言葉に似つかわしくない苛烈な光の突進が、身動きの取れないカゲロウ・冴に直撃した。
仁義なき姉妹対決は、こうして真の勝利で幕を閉じたのである。
◇ ◇ ◇
「さて、今日はこれで最後か」
「はあ……やっと終わった」
ようやくそこいらじゅうを連れ回されなくて済む、とコゥが安堵の溜息を吐く。
あとは荷物を診療所にまで運びさえすればノイの野暮用は終了だ。
慣れない雰囲気での活動というのは中々に堪えた。バイトの初日なんかはこんな感じなのだろうか、と頭の片隅で考えるコゥ。
その両手は診療所から持参した買い物用の袋で塞がっていた。軍服と合わせて見るとかなりシュールな光景である。
「二人とも、荷物持ちご苦労。持つべきものはやはり知人だな」
「体良くこき使ったくせによくもまあいけしゃあしゃあとそんな事が言えるわね……」
「お前が言うな、と言いたくなるのは俺だけか」
言った途端に頭を軽く叩かれた。
そういう事は口に出すな、とでも言いたいらしい。
コゥは素直に口を閉じて診療所に帰ろうと歩き出す。
「んで……結局これからどうするんだ」
「適当に街を回って行くしかないでしょうね。GOATも来るからそっちの情報も欲しいところだわ」
目の前を意気揚々と歩くノイを尻目に二人は今後の予定を話し合う。
ドミニオンへの手掛かりが途絶えた今、この街で奴らへ辿り着くには何かしらの情報が必要になってくる。
どんな小さなものでも良い。自分達は僅かな情報から道を切り開いてきた。
今回もいつも通りに行動すればいいだけの事である。ただ少し、いつもより慎重になって。
「それに案外、街を見て回っていると貴方の記憶もまた思い出せるかもしれないわよ」
「記憶ね……清城市には確かおばさんの会社があったよな。今頃どんな施設と化している事やら……」
音に聞くだけでもかなりの要塞施設と化しているようなのでコゥには想像がつかないというのが本音だ。
昔からかなりの会社だったのだが、この数年で更に会社は巨大化している。
今ではネット関連業界で関わっていない部類は無いほどだ。
流石おばさんだよな、と途切れている記憶を辿って過去を振り返る。
と、
「きゃっ」
「うおっ」
物思いに耽っていたせいか通行人とぶつかってしまった。
が、幸いにもぶつかって倒れるなどというベタな展開は無かったようで相手はぺこぺこと頭を下げてきた。
「す、すみません。前をよく見てなくって……」
「いや、俺だって同じだから気にしなくて良い。こちらこそ済まなかった」
そう互いに謝罪を述べて―――ん? と首を傾げた。
この声、どこかで聞き覚えがあるような……?
「ぇ……」
相手も同じなのか、コゥの声を聞いて動きが硬直してしまった。
コゥは改めて相手の姿をよく見てみる。
ピンクのジャケットと緑色のショートヘアが目立っており、可愛らしい髪飾りがチョットしたアクセントになっている。
体格や声から察するに、おそらくは女性。
その女性が、ゆっくりと、顔を上げて……
「こ、お……?」
「……なの、は……か?」
コゥ―――甲は、その顔を見てようやく、ぶつかった相手が自分の幼馴染だと理解した。