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No.28921の一覧
[0] 【ネタ・短編】教会騎士、佐倉杏子(まどか★マギカ二次)[賽子青](2011/07/19 23:49)
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[28921] 【ネタ・短編】教会騎士、佐倉杏子(まどか★マギカ二次)
Name: 賽子青◆e46ef2e6 ID:8c0c2305
Date: 2011/07/19 23:49
 もしも、の話をしよう。

 ある世界に、自らの魂と運命を対価に、『やり直し』を願った少女がいた。
 大切な、心の底から大切だと言いきれる親友の運命を覆す為に、ヒトを止めて魔法少女となった少女がいた。

 少女の名前は『暁美ほむら』 得た能力は『時間遡行』
 彼女は親友の為に、ひたすらに運命の一か月を繰り返す。

 時を操る砂時計を得て、その間だけ彼女は時間を自由に止める能力を得た。
 たったひとつの願いの為に、なにもかも全てを――――それこそ親友を救った跡の自分すらも彼女は力の対価として売り払ったのである。
 そして彼女は、何度も何度も何度も何度も、同じ一か月を繰り返す時の旅人と成った。


 しかし、少し待って欲しい。
 では彼女が運命を帰るために過去へと向かった世界は、彼女立ったひとりの願いの為に、無かった事になって消えてしまうのだろうか。
 まさか、そんな訳はあるまい。
 それは世界の、否、全宇宙が過ごした『一か月』という時間の完全否定である。
 それほどに強大な力を、たったひとりの魔法少女が持つとは思えない。

 ならば彼女はいったい 何処 に戻っているのか?
 この疑問への答えとして、『平行世界』という考え方を適応するのはどうだろう。
 サイコロを振って、1が出るか6が出るかなどの、ちょっとした違いによって歴史は無限に分岐するという考え方である。

 無論どちらの目でも結果が変わらないのならばいずれ分岐は収束するだろうが、たとえばそのサイコロを振った場所がラスベガスで、6を出せば目もくらむような大金が手に入るとなれば、そのサイコロは振った者の運命を決定的に変える要因と成るだろう。
 暁美ほむらの力も、そういうことではないだろうか。
 彼女が時間を遡行し、目覚めた瞬間から歴史は分岐するのだ。

 では、このようなifはどうだろうか?
 何も暁美ほむらだけが、歴史を分岐させるわけではないのだから。





 / / / / / / / / / /





 とある工場の片隅で、濃紺のカソックを纏う少女が朗々と神の言葉を紡いでいる。
 既にこれからの出来事を隠匿する手段はとった。
 これより数時間、何が起ころうとも工場の警備システムは『異常なし』と答え続ける。

「汝の敵を愛し、汝らを責むる者のために祈れ。与えるは受けるより幸福なり」

 一陣の風が吹き、彼女の赤い髪が宙を遊ぶ。
 濃紺のカソックの裾が揺れ、そ彼女の口がら流れ出す一言一句ごとに彼女の顔が険しくなり、全身の神経が過敏になって痛みを訴えた。
 祈りの光が、彼女の中に灯る。

「己の感情に気を許すな。
 蛇のように賢く、鳩のように純真であれ」

 またひとつ心臓が鳴った。
 言葉は、外と内を繋ぐ懸け橋だ。
 もしも言葉を完全に使いこなす者がいるとすれば、それはきっとその者が完全なのだろう。

「信じる者に不可能はない。
 己が弱き時にこそ己は強く、力は弱さの中でこそ発揮される」

 今度は2つ、心が拍動する。
 喉が痙攣し舌が飛び出しそうになるのを必死に堪える。
 胸に灯った灯は、光を放ち魂を照らす。

「すべてのものは神より出て、神によりて成り、神に帰す。
 栄光よ、とこしえに神と共にあれ」

 人の言葉が世界と己を繋ぐというのなら、聖なる詞(ことば)は世界の主と己の魂を繋ぐ。
 天高くにありて、地上を見守る全能なる神。
 偉大なる父の力を借りて、彼女は世界に理(ことわり)を敷く。

「これより我は神罰の地上代行者。
 罪を犯す人は罪の奴隷であり、罪の報いは即ち死である! 我は使命を胸に、主の威光を知らしめん!!」

 祈りの最後に、全能なる神の手足たる己を繋ぐ。
 刹那、心臓か内側から己を叩き、魂に輝く光は禍々しき者を焼く閃光と成った。
 祈りによって魂を高め、流れ込む神の力に彼女は吼えた。


「さぁて、鐘は鳴ったぞ。闇が来たぞ。
 夜は貴様の時間だろ、姿を見せろ、魔女!」


 彼女の手が、ずっと一緒に戦ってきた愛槍を掴む。
 柄に長いオレンジの飾り紐を持つ聖銀の槍。150cmほどあるそれを、彼女は空高く掲げる。
 そして、大上段より勢いをつけて。
 縦一文字に銀閃が奔った時、複雑な“力ある神の文様”を掘りこまれた刃は空間を切り裂き、彼女の眼前には現世と魔女の結界を繋ぐ道が出現していた。


 カトリック、騎士修道会正会員、佐倉杏子。
 魔法少女と成るはずだった彼女は今、教義を胸に異端を狩る騎士と成って、この街に現れた。
 これは、そんな彼女の物語。










 魔法少女まどか★マギカ
      異伝
  教会騎士、佐倉杏子










「見つけたぜ」

 魔女の結界に入り、歪んだ校舎内のような結界を突破する。
 そして屋上に飛び出し、空を見上げて悪態をついた。
 杏子の頭上。
 雲ひとつない快晴の空に無数の紐が渡され、一体いくつあるかあるか解らないセーラー服が干されていた。

 委員長の魔女、その性質は『傍観』。
 日常を失った彼女は願いを叶えて魔法少女となり、やがてその願いに絶望して魔女と化した。
 上半身があるべき所に4本の腕があり、冬物のセーラー服のスカートからもやはり2本の腕が覗く。
 彼女はここでひとり、箱庭の学園でマリオネットのクラスメイトと共に何一つ変わらない日常を生きる。

「女々しいじゃないか、魔女のくせに。
 どんなに飾っても世界にテメェの居場所は無いぜ。私(アタシ)が、主の下へと送ってやるから安心しな」

 空を見上げ、貴様の事情など知るものかと杏子は槍を取った。
 ふっ、と息をひとつ吐けば、彼女から溢れる祈りの力が足下で赤い渦を描く。

「  ッ!」

 息をひとつ吐き、杏子は校舎の屋上を蹴った。
 主への祈りでブーストされた彼女の脚力は人間のそれを易々と超越し、彼女の身体をロケットさながらの速度で空へと運ぶ。

「あんまり退屈させんなよ」

 縄に着地した杏子が前方を見ると、そこには滑ってくる複数の下半身の姿。
 『クラスメイト』の性質を与えられた魔女の使い魔は、リーダーたる『委員長』に従って箱庭の秩序を乱すものを排除する。
 女子高生の下半分だけの姿の彼女たちは、綱を蹴ると足に履いたスケート靴のブレードを跳ね上げる。

「舐めんな!」

 ブレードが振り下ろされるよりも早く、一直線に突き出された穂先が使い魔の腰に突き刺さる。
 その影から飛び出してきたもう一匹には小さく弧を描いた槍の柄が打ち据え、横殴りに縄から叩き落とす。
 さらに挟みうちにしようと後方から背中を襲う。
 突き出された凶器は、彼女の背中に届いた。しかし彼女の背中から血飛沫が舞うことはなく、斬撃は打撃へと鈍化した。

「ハッ、悪いけどこのカソックは特別製なんだよ」

 速く、鋭く。小さく縦に半円を描いた穂先が使い魔を両断する。
 彼女が纏うカソックは、騎士修道会が彼女ら教会騎士のために特別に織り上げた戦闘用のものだ。
 防弾チョッキにもつかわれる特殊高分子と合金繊維を編み上げ、さらに祝福によって対魔防御力まで付加してある。
 使い魔程度の攻撃など、どうあがいても透りはしない。

「オラッ!」

 さらに続いて襲い掛かってくる三体は無視して杏子は跳ぶ。
 目的地は先ほどよりも数メートル上方の綱。使い魔などに興味はないと、そこに居た使い魔に刃を刺して叩き落とし、着地する。
 細い綱の上にある彼女の身体は揺らぎもしない。
 跳び抜けた戦闘センスと卓越したバランス感覚が彼女を強者たらしめる由縁だった。


『グ―――――――――』

 己の危険を感じたのか、魔女が動いた。
 歪な身体を隠すスカートをめくり、中から無数の机や椅子を吐きだす。
 物理的な打撃力しかない攻撃だが、高所から落される無数の鈍器とみれはそれほど侮れるものではない、が、

「ハハッ!」

 こんなもの、問題にもならない。
 杏子は素早く手元のギミックを捻ると、駆動の手ごたえを確認する事もなく槍を振りまわす。
 するとどうした事か、槍の間合いが伸びた。

 柄頭から延びていたはずの紐は柄の中に収納され、槍は強靭な高分子繊維の紐で繋がれた多節棍、いや多節 槍 となったそれが降り注ぐ机や椅子を弾き飛ばす。
 よほど武器との相性が良いのか、どう考えても扱いづらそうなそれを杏子は苦も無く使いこなし、彼女を襲う無数の鈍器は槍の作る結界を突破する事無く下方へと落下する。

「そら、お返しだ!」

 次いで、杏子は躊躇い無く身を反り返した。
 多節槍を再び元の槍に戻し、不安定な縄の上で糸のように細い加重可能領域を寸分たがわず踏み抜いた彼女は、全身のバネで上空目がけて槍を射ち放つ。
 逆向きの流星となった銀閃は、阻むために向かってくる机にも一切邪魔されることなく、時に弾き、時に貫きながら突き進む。

『ギ――――――――――!!?』

 痛みに、魔女はたまらず悲鳴を上げた。
 放たれた槍は魔女の腕の一本を直撃し、それを肘から奪い取ったのだ。

「ハハハッ!!」

 文字通り身体を引き裂く猛痛に、魔女の動きが止まる。
 これを好機と見た杏子は、勢いを失って落下してくる槍を掴むと、綱を駆けあがり魔女の上空を盗った。
 眼下に見える魔女の身体。外す事などありえない。

「我は偉大なる父と神の御名に於いて告げる――――」

 止めの祈りを紡ぐ。
 杏子の体内を流れる力はいよいよ臨界に達し、両腕を介して力を注ぎこまれる槍は輝く様な銀の光を放つ。
 祝福を受けた聖銀のみがもつ浄化の光が杏子の槍を、全能の神が繰る神槍へと変えた。
 ここに、代行は成る。

「汝を磔刑に処す」

 ゴウ、と杏子の周囲で気風が渦を巻いた。
 これこぞが神に仕える騎士の中でも思春期を迎える少女のみが持つ特権であり、彼女たちが身体的に未成熟な存在でありながらヒトでないものとと戦える理由でる。
 杏子は人の感情が持つエネルギーを祈りによって織りあげ、一気に加速し魔女へと迫る。
 己自身を一本の突撃槍とした彼女の切っ先は、魔女の身体の中心を寸分たがわず貫いた。


『ヴ―――――――――――――――――――――――――!!!?』


 そしてさらに、彼女は加速する。
 噴き出す祈りの力はさらに量を増し、『委員長』の魔女ごとぐんぐんとその速度を上げる。
 落下しながらも身体を抉る苦痛に耐えかねて魔女が暴れるが、槍も、それを握る杏子もびくともしない。
 当たり前だ。
 カトリックが与える断罪の刃は、決して魔女を逃がしはしない。


「主よ、哀れみを――――――――――――」


 まるで質量を持つかのような大音響が結界を内側から叩いた。
 魔女の中心に槍を突き立てたまま隕石の様に赤い尾を引いて落下し、屋上と衝突した。
 杏子の槍は遂に魔女を貫通し、穂先を屋上のコンクリートに突き立てる。
 その様は、一本の杭を身体に打ちつけられ、磔にされた罪人そのままだった。

「―――――――Amen」

 魔女が事切れたのを確認して残心を解いた。
 そしていつものように、彼女は両手重ね、膝をつき瞑目する。
 杏子は、悪魔に惑わされてその命を散らした少女の冥福を祈った。





 / / / / / / / / / /





「それで、何か用かい?」

 魔女狩りを終えた杏子の前に、ひとりの少女が姿を見せた。
 現れた彼女の年齢は14,5歳くらいだろうか。まだ成長途中の容姿とは対照的な、静かで冷たい雰囲気を纏っている。
 長い黒髪をカチューシャで止めて背中に流し、セーラー服にも似たモノトーンの服を着た彼女は、平淡な声で杏子に声をかけた。

「貴女は、誰?」

 普通、このような事態に遭遇した人間の反応は決まっている。
 魔女の結界から現実に帰還した杏子の姿は、現実側からは突然現れたように見える筈だ。
 魔女狩りの残り香を残す彼女の前に、チャチな好奇心など吹っ飛ぶだろう。

 ゆえに、普通の者は怯えて一目散に逃げだす。
 少し冷静な者は、物陰からそのタイミングを伺う。
 ただの馬鹿なら、無謀にも声をかける。

 しかしこの少女は、そのどれでもないらしい
 彼女は最大級の警戒を宿した瞳で、じっと杏子の事を睨んでいた。
 そしてその身に纏う常人ではあり得ない魔力が、彼女の存在が何であるかを伝えている。

「佐倉杏子。カトリック、騎士修道会・正会員。自己紹介としてはこれで十分だろ。
 ところでさぁ。
 アンタ、誰かに名を尋ねる時は先に自分から名乗るもんだとお父さんに教わらなかったのか?」

 未だ戦いの余韻が残る身体で、杏子は正体不明の少女と対峙する。
 最も、杏子は既に相手の正体を見抜いていた。
 もちろん名前など知らないし、必要ない。
 相手が何者であるか、もっと言えば、相手がカトリックに仇名す存在か否か。それだけ解れば十分だ。

「それともそういう常識は、人間を辞めた時に一緒に捨ててきたのか? 魔法少女」

 フゥ、と杏子の口から細い息が漏れる。
 肩の力を抜き、膝を軽く曲げる。
 目の前には、魔法少女。紛い物の奇跡と引き換えに、悪魔に魂を売った魔女の卵。
 ならばやる事はひとつだ。

「ほむらよ」

「は?」

「暁見ほむら。
 両親から貰った名前があるのだから、ちゃんと読んでくれる?
 神に仕える騎士の割には、品がないわね」

「はっ、あははははっ」

 攻撃姿勢を整えて動こうとした瞬間に出鼻をくじかれた杏子はきょとんとし、次いで噴き出す。
 かつてこんなにも堂々と、敵に訂正を求められた事があったか?
 いや、ありはしない。

「ハァ、ハァ、ああ確かに品がないのは私の方だ。
 なんだ、魔法少女の癖にずいぶんと肝が据わってるじゃねぇか」

「そう、光栄だわ」

 杏子が思わず腹を抱えて笑いだしてしまっている間も、ほむらと名乗った少女は視線を一切外さない。
 じっと杏子を見つめ、その動きに神経を研ぎ澄ませていた。

「それで、その暁美ほむらが一体何の用だい?」

「別に、特に貴女に用がある訳ではないわ。
 ここに居た魔女を倒しに来たら、貴女がいた。それだけよ」

「ふ~ん、ならもう用済みだな。それとも目的はコレか?」

 そう言うと、杏子は足下に転がっていた黒い宝石を拾い上げる。
 大きな黒真珠に茨の装飾を施したかのようなそれの名前はグリーフシード。
 魔女の魂を封じた、いや魔女そのものと言ってもいい宝玉である。
 杏子は魔法少女がこのグリーフシードに背負い込んだ穢れを移す事で、魔女となるのを遅らせている事を知っていた。

「欲しければ求めな。
 私には必要の無いものだから、求めるなら呉れてやるよ」

「必要ない?」

「そうさ、私には必要ない。だって私は人間だからな。
 アンタたちのように、ソウルジャムに背負い込んだ穢れを移す必要など無ぇんだ。
 魂に背負った咎は、神に懺悔する事で払う事ができるからさ」

 杏子の口から語られた言葉に、ずっと冷静を保っていたほむらの表情が僅かに変わった。
 彼女の眉間に寄る皺の正体は困惑。恐らくは己の予測が外れた事によるものの筈だ。

「じゃあ、貴女はキュゥべえと契約した魔法少女ではないの?」

「キュゥべぇ? ああ、あの悪魔のことか。
 悪いけど、願いの代償に戦っているアンタと一緒すんな。私は私の意思で戦いを始め、神と人の為に槍を振ってる。
 私たち教会騎士は、そうやって今までやって来た。これからもそうやっていくだけだ」

 迷いの無い強い意思の篭った瞳が、ほむらを射抜く。
 キリスト教徒の象徴たるカソックを纏い、騎士の象徴である槍を帯びた少女は、己の決意と覚悟をほむらに叩きつけた。
 しかしこの程度で怯むようならば、彼女は魔法少女などやっていない。

「そう。ならば私は、誰のためでもない。自分自身の祈りのために戦うわ。
 私は自分の望む結末を求め続ける。それを邪魔するならば、容赦はしない」

 杏子に決意があるように、ほむらには魂と引き換えにしても叶えたい願いがある。
 彼女はずっとそのためだけに戦ってきた。
 精神を鋼の様に硬くし、心を固く閉ざし、ひたすらに目標へと突き進むのが、彼女の覚悟である。

「それから、そのグリーフシードは要らないわ。それは貴女のものよ」

「そうか、わかった。なら私に言える事は何もないな」

「ええ。さようなら、佐倉杏子。
 もう逢わない事を祈っているわ」

 実に堂々と、ほむらは杏子に別れを告げる。
 その瞳に、ほんの僅かな寂しさが浮かんでいた事に、気づける者はいないだろう。
 少なくとも、目の前の杏子は気付かなかった。

「いや、ダメだね」

 瞬間、ほむらの眼には目の前の杏子が急に大きくなったように見えた。
 刹那遅れて視界が白く染まり、鼻の奥に感じる鉄錆の味で、自分が殴られたのだと理解する。

「  っ……」

 杏子が奇襲に使ったのは武術。予備動作なく地面を蹴り、一挙動で相手の眉間を突く左拳の一撃。
 人間の、否、人間だけが持つ武器である。
 動物は言うまでもなく、自我を持たない魔女も使う事などできはしない。
 己のことを非力であると理解している人間だけが、術を以って強者と競り合う権利を有するのだ。

「私はさ、騎士になる時に誓ったんだ。人間を守り、異端を狩る為に生きるって。
 そしてアンタはもう人間じゃねぇ。
 いずれ魔女となる魔法少女を、みすみす見逃すわけにはいかないんだよ」

 攻撃を受けた事で、反射的に銃を取り出そうと盾の収納スペースに伸ばしたほむらの右手を、杏子の左手が止めた。
 さらに左脚の足首を強く踏まれ、首筋の動脈には杏子が懐にいつも忍ばせている銀の短剣が押し付けられる。

 万事、窮す。

 首筋を裂かれば、死にはしないものの失血によって大幅に力を奪われるだろう。
 その状態で目の前の杏子を相手にするのは難しい。
 たとえどんな道筋を辿っていようとも、目の前の佐倉杏子が実力者であることに疑いはない。
 いやむしろ、彼女がその騎士修道会で幼いころから訓練を受けいるとすれば、かつてないほどに強力な存在と成っている可能性すらあった。

「もう一回言うぜ、暁美ほむら。私にグリーフシードを求めな」

 十字架を模したナイフを頸動脈の真上に押し当てたまま、杏子は左手をほむらから放す。
 そしてその手に、先ほどのグリーフシードを乗せてほむらに突きだした。

「グリーフシードが一個あれば、何もしなければ半年くらいはその身体を維持できるだろ。
 だから魔女狩りは私に任せて、アンタは残された時間を心穏やかに過ごせよ。
 そして“その時”が来たら、私の下に来い。私がアンタを救ってやる」

 杏子は、騎士修道会の正会員になった際に魔女に関する全ての情報を与えられている。
 イタリアある騎士修道会の本部にある書庫はちょっとした図書館なみの数の本と資料があり、それらすべてが先達たちが集めた門外不出の情報がかりなのだ。
 そこにはこれまでの魔女とその対処方はもちろん、キュウべぇことインキュベーターの目的と解っている限りの能力、そして魔法少女の真実が載せられていた。

 魔法少女が魔女を狩るのは義務ではない。
 しかし魂をソウルジャムに移された少女たちは、身体をコントロールするだけでも魔力を消費し穢れを溜めていく。
 故に魔女とならないために、定期的に魔女のグリーフシードが必要となるのだ。
 そしてそれを得るために魔力を消費し、その均衡が崩れた時に、魔法少女は新たな魔女と成る。

 魂を賭して奇跡を起こしたなら、もうその少女には死ぬか化け物となる運命しか残されてはいないのだ。
 故にその悲しみを止めてやる事も、教会騎士の務めである。

「……断るわ」

「そっか」

 乗せられた足を弾くために、ほむらの左脚が動く。
 だがそれよりも僅かに早く足を引いた杏子は、その右足でほむらの足の間に踏み込む。
 同時に手首のスナップで僅かにテイクバックした右手が斜め後ろへと一閃された。
 動き自体は小さくとも、少女の血管を裂くには十分。
 祈りの力を使うまでもなく、武術の理のみで振られた刃は、しかしほむらの首筋を裂くこと無く空ぶった。

「な―――?」

 予想された手応えが返らず、唖然とする杏子に銃口が向けられる。
 見れば、先ほどまで目の前に居たはずのほむらが数メートル向こうでサイレンサー付きのベレッタを構えている。

「さようなら、佐倉杏子」

 別れのひと言を添えて。
 ほむらの指先は躊躇い無く動き、ベレッタの銃口が火を噴く。

「ぐっ!」

 火薬が破裂する音も、カシンという駆動音も無く弾丸が発射される。
 サイレンサーとそれを強化する魔法によって音を消された弾丸は、正確に心臓を照準し放たれた。
 弾丸は杏子の纏うカソックと衝突し、貫通こそしないものの強烈な衝撃を杏子の身体に叩きこむ。

 さらに畳み掛けるように、断続的に引かれる銃爪。着弾の衝撃にたたらを踏む杏子、弾丸の嵐が殺到する。
 その中の一発が遂に、カソックを突き破り彼女の左肩を貫いた。

「ぐああっ――――――――――――くそっ!!」

 肩に走る激痛。
 幸い大きな血管に傷は付かなかったようだが、こうなってはもうほむらを始末するどころではない。
 己の不利を悟った杏子はそのまま転がって弾丸を回避し、地面の段差を使用して姿勢を立てなおすと一目散に逃げ出す。
 全神経を研ぎ澄ませれば目視は必要ないと、彼女はジグザグの軌道を描きながら工場内を駆け抜けた。

「ムダよ」

 だがそれでも、ほむらをふりきれない。もはや杏子には何が何だか解らなかった。
 魔女と対峙する時と同じく、祈りの力を編み上げ上乗せした杏子の速度は、ほむらの全速力よりも明らかに早い。
 相手の射線から逃れるためにランダムに進行方向を変えていることを差し引いてもまだ彼女の方が速い筈だ。
 それなのに気付けば、ほむらは彼女のすぐそばで銃口を構えている。

「この―――――」

 杏子は右手の手首を鋭く回して、槍のギミックを駆動させる。
 ロックを解除されたことで柄の中を飾り緒が滑り、槍を再び多節槍に変えた。
 武器を手に彼女は素早く手ごろな段差を見つけて地面を蹴り、その段差に足をかけてさらに跳ぶ。
 同時に身体を捻ってほむらの方を向き、槍をもつ腕はヘビのようにうねった。

「くらいな!」

 気合一閃、左肩の激痛を噛み堪えて右腕を振り抜く。
 放たれた銀の蛇は独特の軌道を描いてほむらに襲い掛かった。
 だが歴戦の騎士である杏子が標的を見誤るはずもないのに、着弾した槍の下にも、抉られた地面の周囲にもほむらの姿はない。
 後には、土を抉られた花壇の残骸だけがある。

「~~~~~~~っっ!!」

 困惑と理不尽さに杏子は歯噛みする。
 一体、どうなっているのか。
 またしても姿を消したほむらを警戒しながら着地し、彼女の姿を探そうと首を上げた瞬間、何かが視界の中を超高速で動いた。


 ゾクリと、背筋が冷えた。


 何も解らないまま、とにかく杏子は露出している頭を抱え込み、関節部にある守りの薄い部分を庇う為に身体を丸めた。
 そしてそれが終わるよりも早く、灰色の筋を引いて動くそれが自分の周囲を竜巻のように旋回し、同時に周囲にほむらの残像が出現する。

「ぐっ……」

 直後、衝撃が全身を叩く。自分は四方八方から撃たれたのだと理解した。
 何とか、急所への弾丸は全てカソックが止めてくれた。あらかじめ急所にはとくに厚く布が配置されていたという事もある。
 それでも銃弾のもたらす衝撃は彼女の内臓を強く打ち据え、守り切れなかった部分には次々と銃弾が食い込み、激しい痛みを脳へと伝える。

 せり上がってくる吐き気と痛みに杏子は意識を手放しそうになるが、そうもいかない事は明らかだった。
 なぜなら己の視界の中に、ハッキリと視認できないほどの速度で迫る 何か が居るからだ。

「くっそ、この!」

 その時の動きは、正に反射だった。
 槍は現在バラけた状態にあるから素早く使うのは無理だ、などと思考する間もなく槍を手放し、彼女は人間の原初の武器を、拳を前に突き出す。
 熱いものに触った時に手を引っ込めるように、一切の無く動いた右腕は閃光となって空気を切り裂く。
 杏子の心に、不安など無い。
 そうあるべしと、疑う余地もなく確信できるならば、

「―――――っ!」

 主は必ず、それに応える。

 確かな手応えが拳に返り、相手の頬を叩く音が杏子の鼓膜を揺する。
 けれどあるべき位置にほむらの姿はなく、そこにあるのは、分厚い刃を持つアーミーナイフ。正に間一髪だったとひとつ息を吐く。
 彼女はこのナイフを手に、超高速で自分の命を刈り取りに来ていたのだ。
 だがそれがここにあるという事は、恐らく近接戦闘は諦めたのだろう。拳に残る手応えからすれば、急所を外していても戦闘に支障が出るくらいのダメージは与えたはずだ。

「  っ……」

 無理に動いたせいで肩の傷が酷く痛む。
 相手に一撃を入れたとはいえ、既に撤退する事を決めている杏子は、銃器による狙撃に十分に注意し、物陰に隠れながら杏子は素早く工場を後にすることにした。
 だが結局、彼女が工場を抜けだすまでほむらの襲撃は無かった。




 / / / / / / / / / /




 その後の事は、実はあまり語るには値しない。
 教会騎士・佐倉杏子と魔法少女・暁美ほむらとの殺し合いはさらに2度行われた末に、互いの力を認め合ったふたりは不可侵の誓いを結ぶ。
 それは歪ながらも互いを想い合う友人関係であり、彼女は協力して最後の戦い、即ちワルプルギスの夜との決戦に挑む事なる。
 杏子にとっては、自分たちカトリックに挑戦する魔女を打つ事は至上命題であり、ほむらにとっては、今度こそ親友の運命を覆す好機だった。

 しかし彼女たちの想いは儚く。
 ほむらサポートによって、杏子は全力での連続攻撃の一点集中によってワルプルギスの腕を一本もぎ取るものの、そこで彼女は終わってしまった。
 全力の反動で動きが鈍った所を狙い討たれ、ビルの瓦礫の直撃を受けて絶命する。

 一方のほむらも杏子の死を乗り越えて一時はワルプルギスの夜を地面に落とす事に成功するが、彼女に反転を赦し、全てを砕く嵐と成った彼女によって街もろとも弾き飛ばされる。
 結局のところワルプルギスの夜は、街を半壊させた所で街を守るために魔法少女となった彼女の親友に討たれたのだが、程なくしてその親友こそが史上最悪の魔女となって人類を滅ぼすだろう。
 それを確信しているほむらは、その後を見届ける事無く時を統べる砂時計を返した。



 ただこのたった一度だけの例外が、暁美ほむらの中に佐倉杏子への戦力としての信頼を生んだ事は、事実である。



 


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