その日、家に帰った後の夕飯の時もハラオウン家のことに関して話が盛り上がった。
しかし、厳密にいえばハラオウン家の話というよりも初めて出来た友達、クロノの話だったかもしれない。
私が父さんの二つ名に触れたことを話すと、父さんが苦笑いしながら、恥ずかしいんだからもう言わないでくれっ と言っていた。
ついでに、クロノから聞かされたクライドさんの輝かしい戦歴についても尋ねると、話通りの事実らしい。
自身の父に対して憧れを抱きながらも、過剰な脚色をせず、ただありのままのことを伝えてくれた彼に尊敬の念を抱いてしまう。
「ユキ、話がある」
ある程度話し終えて一端区切りがつくと、父さんが真剣で、でも、どこか沈痛そうな表情を浮かべ、告げる。
大人組で話をしていたことに関するだろう、と推測する。
見れば父さんと同じような顔を、母さんもしていた。
「来月、僕はちょっと遠くに行かないといけない。クライド提督たちと一緒に仕事をするんだ」
《海》への出向? どうして《陸》の父さんが?
「《闇の書》の討伐。今日クライド提督やグレアム提督と話したのはソレなんだよ」
《闇の書》。
簡単に説明すると、破壊と殺戮と迷惑しか撒き散らさないマジックアイテム。
今まで管理局はそれに被害ばかり被っており、ついに本格的に対策を練ったらしい。
時空管理局歴戦の勇士、グレアム提督が艦隊指揮官になって、大規模な戦力で一気に攻める、とのこと。
「闇の書の主、そして四体の守護騎士。どれもニアSランク以上のバケモノどもを相手にしなければならない」
そのためには戦力は多いに越したことは無いから。
「確かに僕一人出向したところで、大して変わらないかもしれないよ?」
陸から貸し出されるのは父さんだけ。
「けれど、僕が行くことで守れる人もいるかもしれない。たぶん類に無い激戦になるだろうから」
しかし――
「陸は嫌がるんじゃないの?」
ただでさえ、陸は人材不足。そして父さんは大切な戦力だ。
何かあったら、余計に本局との間に軋轢が広がるだろう。
「艦隊の総戦力値が凄く高いんだ。ならば安全だろうってね。それに陸にも旨味があるから許可は貰えた」
長年被害をばら撒いてきた闇の書の討伐に関わることによって、陸にも功績が出来る。
加えて私的な頼みとはいえ、この話を持ち出してきたのは《海》の若き英雄クライド提督。
《海》に貸しが一つ出来る上に、なにが起きたとしてもそっちに責任を押しつければいい。
そんな打算混じりの考え。
「…………そう」
まるで、これから戦争に向かう父親を送り出さないといけない、みたいな感じ。
いや、事実戦争であり、恐らく母さんも私と同じ気持ちのはずなんだろう。
「私も本音を言えば、行かせたくないわ」
でも、と。
「この人は頑固な一面もあるし、それに……あんなことを言われてしまったら、ね…………」
あんなこと?
「あのね、ユキ。闇の書には厄介な性質があってね……」
魔力蒐集。
他者のリンカ―コアから直接魔力を集める性質。
その被害にあった人は重症を負うか、最悪の場合―――死ぬ。
そしてその目標になり易いのが高ランクの魔力を持つ人。
例えば、私のような。
「話によれば、まだ闇の書は完成していないらしい。つまり――」
ここで取り逃がせば、私は狙われるかもしれない、と。
もちろん私だけじゃない。このミッドチルダに住んでいる人たちの中には高ランクの魔力を保有している人だっている。
闇の書連中が突然トチ狂ってミッドチルダを襲撃するかもしれない。
それだけは、陸の局員として見過ごすわけにはいかない、と。
「親として、闇の書なんて危険なものを子供たちの未来に残すわけには――いかない」
真っ直ぐ、こちらを見つめる、父さん。
その瞳に映っているのは――覚悟。
こんな目をしている人に何を言えと? 止めれば行かないでくれるの?
そんなわけないだろうに。
「……………はぁっ。イヤだ……………って言っても父さんは行くんだよね?」
違う。
こんなことが言いたいわけじゃない。こんな諦めたような言い方がしたいわけじゃない。
無事に帰ってきて? それは当り前。なら、何を言えばいいだろうか?
「剣」
「…………えっ?」
突然、話題の趣旨から外れた単語が出たため、父さんは戸惑う。
「帰ってきたら剣を教えて。約束」
「うん。約束するよ。絶対に帰ってくるから」
約束を交わすことによって、繋ぎ止める。
「怖がらせるような言い方をしちゃったけれど、大丈夫だよ。僕より強い人たちもたくさんいるし」
「クライド提督の直属で働くらしいけど、案外あなたに出番は無いかもよ」
「私はそっちが良いと思う」
Fatal Winter その七
あれから四ヶ月。
父さんはクライドさんと一緒に行ってしまった。
それからは不安を押し殺す毎日が過ぎる。
母さんもイルか―さんも同じ気持ちらしく、少々強引に笑ったり、明るく振舞おうとしている。
私はいつものように本を読んだり、魔法変換を抑制する練習をしたり。
そして、クロノの家に遊びに行ったり――。
「なんて言うか、いや、何度も思ったけれど、本当に君の体質は謎だな」
「流石に私もこんな変な部分があったなんて知らなかった」
今日は私と母さんはハラオウン家にお邪魔している。
最近、私とクロノは母さん達から魔法を教わっていた。
それは別に魔導師が扱う本格的な魔法ではなく、子供が遊びに用いるような簡単なモノ。
「えっと? ハルさん? これは?」
「私にも分かんないけど……たぶん……ユキ、もう一回やって貰える?」
目の前ではクロノは微妙な顔をしており、リンディさんは戸惑っている。
さっきまで私とクロノは魔力を集めて、スフィアの制御をして遊んでいた。
私は自分の力の制御のためにデバイス無しで何個もスフィアを生み出すのだが、やはり黒い氷球しか生まれない。
足元にはソレらがごろごろ転がってる。遠隔操作は上手くできるのに…………なんで?
クロノも私のようにスフィアを生み出し、制御する練習をしていた。
彼は魔力操作も遠隔操作も制御も苦手らしく、ようやっと生み出された黄色のスフィアはふわふわと淡い光を放ちながら覚束ない動きをしている。
私のほうが上手いのを見て、彼は すぐに追い抜いてやるからなっ と息巻いていた。
今では遅い速度であれば、なんとか御せるようになっている。
そして、私が生み出した氷球とクロノが生み出した黄色の魔力球が偶然接触したとき、ソレは起きた。
『えっ?』 『はっ?』
驚く私とクロノ。
私の氷球には何ら変化は無い、が。
変化していたのは――――――黄色の魔力球。
凍っていた。
御蔭様で黄色の氷球一丁上がり。
『ユキっ! いつから他人への魔法介入なんて覚えたの!!』
知らない。わかんない。
そんなことをやった覚えは無いと半ばキレ気味の母さんに告げた。
クロノは自分の氷結した魔力球を操ろうとしても制御できないらしい。質量を持ったソレは地面に転がっている。
ちなみに私が試しにソレを操れるか試したところ、操ることは出来なかった。
『なんで?』
としか言えなかった。
そして話は冒頭に戻る。
「じゃあ、もう一回」
「わかった」
母さんに促され、もう一度クロノの魔力球に接触させる、が、やはり氷結する黄色の魔力球。
今度は試しにリンディさんの生み出したミントグリーンの魔力球でやってみても……同じく氷結。
ただ、違いを見せたのは、その氷の侵食速度。
クロノの場合は一瞬で氷結したが、リンディさんの場合はゆっくりとした速さで氷結していく。
これらのことをリンディさんと母さんが議論したところ………………結論は出た。
《氷結付与》
私の氷結魔法に、一定以上の密度を持った魔力が接触したとき、強制的に氷結属性を付与させる。
たとえ他人の魔力であろうと氷は侵食して、最後にはその魔力活動を完全停止させてしまうそうだ。
リンディさんと母さんの仮説は以下の五点。
・圧縮魔力の密度によって氷結の侵食速度が変わる。
・相手にとって、氷の侵食が進むにつれて制御は重くなり、完全氷結したときに制御が出来なくなる。
・私自身の魔力は氷結しても魔力活動を停止させることは無い。あくまで停止させるのは自分以外の魔力存在。
・リンディさんでも私の氷結術式?を解析出来ない(デバイスを使って解析しようとしてもエラーしか出ない)。解析出来ないので侵食を止めることも出来ない。
・これに対抗するには、氷結している部分を無理矢理切り離すしかない。
リンディさんはオーバーSランクの魔導師で、私は碌な訓練を受けていない子供、こんな天地程の差がありながら彼女でも解除できないって……
けれど、話の中でおかしいことがあった。
「三番目はおかしくない? 母さん、それじゃあどうやってお守りで制御してるの?」
三番目が変だ。
魔力変換資質とは、その方向に適正があるという意味に近い。
例えば私は氷結の変換資質を持っているが、それは私が“魔力を氷結に変換するのが得意”というわけであって、
“変換資質が無ければ、誰にも魔力を変換することが出来ない”という意味では無い。
回りくどい説明になったが、端的に言うと、訓練や専用の術式を組めば、魔力変換資質が無いクロノにだって魔力を変換させることはできる。
ただ、そこまでして魔力変換に時間と労力を費やすことに意義があるかどうかは、甚だ疑問ではあるが。
「あ~、それが…………」
母さんは、どういえば良いのか、という感じで困りながら説明する。
彼女自身の経験と私が自分を氷結させた時の頃の話。
「私もね。小さい時は魔導師になろうとして色々自分の体質の事を調べたわ。結果は……私が魔法行使すると必ず魔力の中に異物が入るのよね」
それが魔力を氷結させる原因であり、解析出来ない術式とされている。
魔導師は基本的に、リンカ―コアに空気中の魔力素を取り込み、それに自分の色(性質)を付け、行使する。
私や母さんの場合は、自分の色を付ける段階で、異物を混ぜているとのこと。
「お守りに関しては、私の経験とハーヴェストの助言があったおかげで、早い段階で具体的な方向は決定したから、後は組み立てて調整するだけだったのよ」
それでもちょっと時間が掛かったけどね、と、母さんは苦笑い。
母さんが目指した方向性は、魔力拡散と温度変化による変換抑制。
一定以上の密度を持てば氷結変換されるのなら、その拡散を。
お湯をかけることで、氷が溶けるのなら、温度によって調節を。
「これはある意味、希少技能の一種かしら?」
「あんまり嬉しくないレアスキルだわ」
微妙な顔をしながらリンディさんは私の特性に表現に迷い、呆れたように母さんはため息をつきながら言った。
「母さん、じゃあユキはこの希少技能を封印魔法みたいに使えない………ということ?」
「たぶんその通りね。出来たとしても、温度調節しないと封印は一時的になるはず」
クロノは疑問に思ったことをリンディさんに尋ねると、彼女はそこに条件を付けて彼の意を肯定する。
つまり、私の氷結はあくまで“氷を以て魔力活動を凍結させる”に過ぎない。
氷結と凍結は似ているが、厳密な意味で言えば異なるようだ。
仮にクロノの言うように封印を施したとしても一時的な状態に過ぎず、温度変化でそれは解けてしまう。
加えて、外部からの介入――熱処理など――で簡単に対処できる。
私が自分で恒久的な封印を施したいのであれば、氷結の混じっていない魔法で封印するしかないのだ。
この能力は一見便利なモノに聞こえるが、実際はそうでもないらしい。
「なんとゆーか、非常に勿体無い」
「炎熱変換と相性が悪い………いや、それ以上の出力があれば抑えることは可能かしら? うーん………」
「使い方を考えれば便利だと僕は思うぞ?」
母さん、リンディさん、クロノのそれぞれの感想。
「ねえ、ハルさん。仮にコレをレアスキルと仮定するなら、努力次第で制御できるんじゃ?」
「たぶん。ただ、私が長年術式方面での解析と制御が出来なかったことを考えると……ここから先はもう感覚で色々試すしかない………かな?」
なんというフィーリング頼み。
「母さん、連絡が入ってるみたいだけど?」
……と、そこでクロノがリンディさんのデバイスを見て、尋ねた。
「あら? クライドからみたい。今連絡しても大丈夫なのかしら?」
現在、お昼から時間が過ぎて十五時ぐらい。
リンディさんの言う通り、仕事中なんじゃないだろうか?
気になる。父さんは無事だろうか? 大怪我とかしてないだろうか?
通信モニターが開かれて、そこにはクライド艦長と父さんの姿が。
良かった、無事みたいだ。私も母さんも安堵する。
『リンディ? 今は大丈夫か? ………っとウチに遊びに来てくれてたんだな、ユキ君とハルさん』
「クライド、いま連絡しても大丈夫なの?」
『ああ。グレアム提督から言われてね、家族を安心させておけってさ』
「……ということは?」
そして、話しても問題無い範囲で説明される。
沢山怪我人が出たが、死人は出さずに闇の書を完成される前に封印出来たこと。
その四体の守護騎士たちもその際に消えて、書の中に戻されたこと。
闇の書の主は封印する時に、闇の書に取り込まれてしまったこと、などなど。
この部分、私たちは聞いても良かったのか? と、突っ込みたくなるがソレは無粋極まりない。
『おそらく初めてじゃないか? 討伐戦で死者が出なかったのは。
………ああ、ハーヴェストは凄かったぞ? やはり彼を誘ったのは正解だった。
私の主観から見ても、客観的に見てもコイツがいなければ、確実に死人が出ていたよ。剣聖さまさまだ』
「よかった。はー君っ!? 無事!? 変なとこ怪我して無い!?」
『ハル、大丈夫だよ。安心して。これはクライド艦長が前線に出て指揮してくれたおかげかな。…………………あと、ユキ、約束は守るから期待していてね?』
「うん。でも、それよりも父さんが無事なのが、なによりも嬉しい」
父さんもクライドさんも互いに謙遜し合って本当の事はわからないが、無事であることが本当に嬉しい。
母さんもかなり興奮している。その様子に父さんは苦笑していたが、大丈夫そうだ。
父さん達はあと数日経てば、帰還できるとのこと。そして通信は終わる。
「ほんとうに、よがっだぁ、よぉ~」
母さんは半泣き状態だ。
リンディさんも母さんから嬉し泣きが伝染しかけている。
クロノはあまり喋らなかったが、それでも、いつもより穏やかな柔らかい表情をしていた。
約束か、楽しみだなぁ
父さん、実はね、私は不安だったんだ。
父さんが闇の書の討伐に参加するって聞いて、ものすごい悪寒に襲われたんだ。内緒だけど。
でもね。ソレは言わないようにしたんだよ?
だって、父さんのあの瞳には覚悟が浮かんでいたから。
きっと、止めても行ってしまうって思ったから。
だから嫌がる様子を見せたら、余計に気負っちゃうんじゃないかって。
結局約束の件でやっちゃったけれど。
ねえ、父さん。
いつか、私に言ったよね?
ほら、私が自分のことを話すかどうか迷っていた時の父さんからの念話。
幸せのカタチが
傷ついてしまっても癒せばいいって。
壊れてしまっても最初から築き直せばいいって。
でも。
もし。
もしもの話だよ?
決して癒えない傷が私達に出来てしまったら――
築き直せないくらい私達がコワレテしまったら――
どうやって幸せになればいいの?
クライド ハラオウン提督
闇の書を護送中に、闇の書の防衛プログラムが暴走。
自身とキムラ二等陸尉を除いた乗員を撤退させることに成功するも、彼の乗艦《エスティア》が闇の書に取り込まれてしまう事態となり、
自分の艦の破壊を艦隊総指揮を持っていたギル グレアムに《アルカンシェル》で《エスティア》への砲撃を嘆願。
そして《アルカンシェル》の砲撃によって《エスティア》は消滅。死亡と認定される。
ハーヴェスト キムラ二等陸尉
闇の書の防衛プログラムの暴走と共に突如再出現した守護騎士四体を相手に自身とクライド提督を除く乗員を撤退させるために奮戦。
そして《アルカンシェル》の砲撃によって彼がいた《エスティア》は消滅。クライド提督と同様に死亡と認定される。