怪物にとって、自我の目覚めは唐突であった。
初めてその両目に移った光景は、空から落ちてきそうなほど大きな大きな満月と、満々と水を湛える湖だった。
怪物は暫くのあいだ月を睨み続けていた。
そして、己は一体何なのか、どうしてこんな所にいるのか、そんな根源的な問いを抱いた時、ふとその視線は月の光を冷たく反射する湖へと落ちた。
果たして、そこに写っていたのは異形である。
身長は常人ならば見上げねばならぬほどに高く、その頭部からは赤錆色の長髪と捻くれた山羊の角が二本生えている。
両目は月の光を受けて爛々と金色に光り、耳は長く細く肩に触れるほどに伸びている。
両腕は地面につきそうなほど長く、その指はどう見ても片方8本ずつはあった。しかも、肘から先にかけてだんだんと太く固く黒ずんで、先端に至ってはまるで黒檀のような艶のある黒に染まっている。
指先の爪は如何にも敵を引き裂くの適しているような鋭さを誇っていた。
両脚も、膝の上辺りから同じように黒くなり、しかも地面に確りと根を下ろす両足は人間と猛禽と爬虫類を足して割ったような、異様に頑丈そうで恐ろしいものだ。
そしてその尾てい骨からは細長く強靭な筋肉にしなる、黒く長い尾が生えている。
全身には野生動物特有の、生きるために限界まで引き絞られた筋肉と、生存に有利な栄養を蓄える脂肪がほどよく付いている。具体的には、その両胸に。
病的なほど生白い、能面のように青ざめた己の顔を呆然と暫く覗き込みながら、怪物は突如として己を襲った猛烈な激情に突き動かされ、月を仰いで咆哮を上げた。
おお、とも、うああ、とも聞こえる、人のものとも、野獣のものとも思えぬその慟哭は、近隣の山村に住まう人間たちを恐れ慄かせ、遠くリンディアールを治める王都の人々の耳に入るほどであった。
王国歴1389年、統一歴3450年、リンディアール王国の片隅、山を越えれば未開の原野が広がる辺境域にて、この日、一匹の怪物が産声を上げた。
名前のない怪物は、両親も、名付け親も、世の理を教えるべき何者も得ずに、ただ、この世に生を受けた証を何者かに訴え、叫ぶように、ただひたすら泣いた。
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怪物は心地良い微睡みから引き戻された。
その原因は先程からざわざわとこちらへ歩いて来る足音の群れだった。
足音の間隔からその正体を看破した怪物は、如何にも不機嫌そうな顔で寝床から起き上がった。
足音の正体は、怪物の三分の一ほどしか大きさのない二足歩行の生き物で、髪の毛がないしわくちゃの頭部、尖った鷲鼻、いつも何かに飢えているような険しい顔つきをした生き物で、怪物はこの生き物を便宜的に「子鬼」と自分の中で名付けていた。
小鬼どもは最初怪物を見るなり金切り声を上げて逃げていたのだが、怪物の方が子鬼に興味を持ってしまったのが互いの不幸の始まりであった。
怪物にとって、子鬼たちはこの広大な原生林の中で初めて出会った「文明社会」であった。
なにせ、彼らは粗末ではあるものの革鎧や布の服、あるいは青銅製の槍や弓矢といったもので武装していたのだ。
泡を食って逃げ出した彼らをこっそり追いかけて、辿り着いた子鬼たちの集落に怪物が姿を現すと暫くの間この世の終わりのような混乱が巻き起こったが、怪物が身振り手振りで彼らの持っているような服が欲しいと伝えてから話はとんとんと進んだ。
結局、子鬼たちは怪物に色々なものを提供する代わりに野獣やその他の危険なものから子鬼を守るということになった。
当然、怪物は子鬼たちの言葉が理解出来ないし、子鬼たちも怪物の言葉を理解できなかった。
だが、身振り手振りや絵を書いての説明で、何とか事なきを得たのだった。
さてそうなると、先程からこちらに近づいてくる足音の調子からしてどうやら厄介ごとのようだ。
怪物は己の寝床を彼らに教えていない。
そこまで怪物は子鬼たちの事を信用していないし信頼もしていない。
怪物は寝床に使っている苔むした石造りの廃墟から外に出ると、その驚異的な瞬発力を活かして大木の枝を渡りながら、まるで猿(マシラ)のように進んだ。
やがてビクビクと怯えながら進む子鬼たちの一団に出くわすと、怪物はその背後にドスンと音を立てて飛び降りた。
その音に飛び上がって、子鬼たちは相手が分かった途端に安堵の溜息と共に口々に何かを訴え始めた。
訴え始めたが、なにせ子鬼の言葉は生憎と怪物にとって意味不明な雑音でしか無い。
煩そうに近くの大木を殴りつけて黙らすと、リーダー格の一人が身振りと槍の石突で地面に書いた絵で状況を説明し始めた。
どうやら、集落を襲う恐ろしい怪物? が現れてこちらに向かっている、何とかしてくれ、ということらしかった。
子鬼のリーダーは如何にも恐ろしげな、牙と角が生えて子鬼たちを頭からバリバリと食べる怪物の絵をグルグルと丸で囲んで「のらにかなすちねもちまら! とらすちからこな! らすいかちかにのらすらとな!」と大声で叫んでいる。
何故か、その怪物は熊手のようなものを片手に持っていて、その熊手を一振りするや何人もの子鬼がバラバラ死体になって飛び散っている。
どうやらよほど危険な野獣らしい。
今まで何度も野獣退治を頼まれてきたが、これほど切迫した状態は初めてだ。
本来ならばこのまま素手で飛び出して敵をたたき殺すのがいつものやり方だったが、子鬼たちのただならぬ様子と、首筋にちりちりと這い回る嫌な感じに従って、怪物は武装を取りに一旦戻ることにした。
その旨を地面にざっと殴り書きして、怪物は己の隠れ家に向かって飛び去った。
地面に描かれたその絵は、とてもあの一瞬に殴り描かれたと思われぬほど精巧な筆致で、鎧を着込んで戦斧を振り回す怪物が、獅子と猪を足したような野獣を叩き殺す躍動感溢れるものだった。
そして子鬼のリーダーは己の描いたそれと怪物の描いたそれをゆっくりと見比べてから、何とか怪物の絵を持って帰れぬものかと小一時間悪戦苦闘した。
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そして、子鬼たち謹製の青銅製の鎧具足と長大な柄付き戦斧を担いだまま、大樹の枝葉に隠れて眼下を見下ろす怪物は「まさか、これが?」と首を傾げていた。
生い茂る下生えに覆われた道無き道を進むのは、怪物が身につけるそれよりも明らかにレベルの高い鍛造技術の賜であろう鎧兜や武器を身につけた戦士たちだった。
ギラギラと鈍色をした武器を構えながら、鋼鉄の戦士たちと数頭の馬が怪物の眼下を進んでいる。
てっきり野獣だと思っていた相手は、どうやら知性ある生き物の様子である。
怪物はその獣以上の性能を誇る耳を澄ませてみたが、初めて見るその生き物達の言葉は、やはり怪物には理解できなかった。
暫くじっと戦士たちを観察していた怪物は、ふと一団の中に似つかわしくない姿を見出した。
葦毛の馬にまたがったその黒い人影は、頭から爪先までフード付きのマントですっぽりと覆われている。
そして、その両手には何故か武器ではなく箒が握られている。
何故、箒?
掃除婦などという雰囲気ではない。
物々しい戦士団は明らかにその馬上の人物を守るようにして配置されている。
一体、何者であるのか。
疑問を抱きながらじっと視線を投げ下ろしていると、ふと、何かの弾みに馬上の人は頭上を仰いだ。
計らずも、その瞬間に怪物はそのフードに隠されたその素顔を見た。
見た瞬間、怪物の全身が緊張に強ばる。
今にも折れそうなほど細い首、つんと尖った鼻梁と桜色をした小さな口、そしてくるりと丸いその両目は、血のような赤色をしている。フードの影から、茜色をした髪の毛が覗いていた。
こいつだ。
子鬼たちが恐れた怪物は、こいつだ。
果たして、怪物は怪物を知るのか。
瞬時に全てを悟った怪物は全身に力を漲らせた。
あの熊手に見えた絵は箒だったのだ。
怪物は重力に引かれるように枝を飛び出し、それすら足りぬとばかりに枝を地面に向かって蹴る。
そのまま群れの中心に飛び込むようなマネをするわけにはいかない。
そんな事をすればどうなるか、火を見るより明らかだった。
怪物は先頭を進んでいた鋼の戦士に飛びかかると、革鞘をつけたままの戦斧でその体をなぎ払い、近くにあった大岩に叩きつける。
戦士たちがアッと警戒の声を上げる前、跳びかかる大蛇のようにしなった尻尾が一人の小柄な戦士を巻きとって、後ろで弓を構えていた軽装の戦士に向かって放り投げる。
弓を引き絞っていた戦士は慌てて弓を捨てて、放り投げられた戦士を受け止めるが、勢いを殺しきることが出来ずにそのまま転倒した。
更に戦斧を振り回し、左で盾を構えていた戦士を盾ごと粉砕して吹き飛ばし、右で槍を突き込んでいた戦士の槍を斧でへし折って、その胸元に前蹴りを叩き込んで蹴り飛ばす。
肺の中に目一杯空気を貯めこんで、咆哮とともに吐き出す。
があ、とも、うおお、ともつかぬ闘争の雄叫びに、鋼で武装した並み居る戦士たちが眼に見えて怯む。
その様に、怪物はかっと頭に血が上る。
怪物は戦斧を振り回して風を切ると、通じぬと分かりながら言葉を紡いだ。
「臆病者! 鋼で身体を鎧っても、心までは鎧えぬと気付かぬかッ。抜け! 戦え!」
があ、と歯牙を剥き出して吠える。
最初、怪物はそれが森に住まわる黒狼かと思った。
それほど、その戦士の眼光は鋭く、餓狼のごとき剣呑さをその両目に湛えていた。
馬上で目を見開き、小刻みに震える両手で箒を持つローブ姿をかばうように、その黒髪の戦士は怪物を睨みつけている。
右手に剣、左手に盾を構えた黒狼の戦士は、彼女が眼を合わせた途端に何を思ったのか盾を捨てた。
そして右手の剣を両手で構えると、「おお」と怪物に挑みかかるように唸り声を上げる。
その姿に、怪物の心の臓が大きく高鳴るのが分かった。今までにないほどの、興奮。
これは戦士だ、本物の、怪物が追い求める、死闘に相応しい戦士に相違ない。
「なれば、よし。眞劍にてお相手いたすッ!」
怪物は戦斧に被せたままだった革鞘を打ち捨て、ギラリと鍛え抜かれた戦斧の刃を陽の光に晒した。
それに答えたように、黒狼は怪物が瞠目するような踏み込みで神速の突きを放った。
空気を切り裂くような鋭い突きを、戦斧を盾代わりにして弾くと、お返しとばかりに翻った戦斧の石突が黒狼の脇腹に吸い込まれる。
それを呼んでいたようにひらりと身をかわし、またしても神速の薙払いが怪物の脇腹を狙う。
本来ならば戦斧の柄を使って打ち払うべき一撃を、怪物はあえてその身に受けた。
子鬼たちが丹精込めて打ち鍛えた青銅鎧は想像以上の頑強さを見せたが、それでも戦士の振るった鋼鉄の一撃を完全に受け止めることはできない。
青銅がひしゃげ、冷たい刃が体に食い込む。
怪物の血に濡れた刃に会心の笑みを浮かべる戦士。
だが、大上段に振り上げられた戦斧が振り下ろされると、戦士の顔に驚愕が浮かんだ。
まさに野獣の如き雄叫びを上げながら怪物が振り下ろした戦斧は、戦士が咄嗟に身を捩ったせいで頭ではなく肩の分厚い装甲とその下にある肩骨を砕くにとどまった。
両者、痛み分け。
否、規格外の体力を持つ怪物にとって、この程度の負傷はまだ戦闘続行に支障ない。
が、はたして怪物と比べて華奢としか言いようのないこの生き物にとって、肩の骨を砕かれるという負傷が如何程の意味を持つのか?
その問いの答えは、明らかに精細を欠いた体捌きによって明らかになった。
右手一本で握られた剣は明らかに鋭さと力強さに欠け、最早優勢は明らか。
殺す。
その意志を両目に込め、戦斧を振りかぶった怪物は突然脳天から尻尾までを貫く直感に従って右手側に飛んだ。
その直後、見えない斬撃が怪物の尻尾の先を切り飛ばし、その頬をざっくりと裂いて髪を切り飛ばした。
見えない斬撃はそのまま背後の木々に向かい、まるで怒り狂った大熊が暴れ回ったような破壊の跡をそこに刻み付ける。
突然のことに「ぐぅっ」と息を詰め、怪物はこの超常の暴力を巻き起こした下手人に当たりをつけた。
フードを下ろして今や青ざめた顔貌を陽の下に晒し、恐怖に震える箒を持つ怪人が、驚愕の視線で怪物を見やっていた。
怪物は己の馬鹿さ加減に舌打ちをしたい気分を何とか堪える。
あの子鬼が必死に教えていたではないか。
箒を持つ怪人は、その箒を一振りするだけで子鬼をバラバラにしてのけると!
ぎぃ、と砕けるほどの力を込めて歯を噛み締めて、それでも怪物は痛みを激怒に変えて箒の怪人に向かって突撃した。
青ざめて恐怖に震えながら、箒を振り上げて打ち下ろす。
そうして襲い来る不可視の斬撃を、怪物は紙一重で躱しながら滑るように、地を這うような低姿勢で、その長い尻尾で体のバランスを保ちながら突撃する。
みるみる迫る怪物の姿に、半狂乱になりながら振り回される箒が見えない刃の群を産み出していく。
だが、怪物はその全てを致命傷を避けてかいくぐる。
安々と鎧を裂いて体中に幾つもの傷が産まれる、だが命を落とすような傷には程遠い。
鎧の隙間からボタボタと血潮を撒き散らせながら、怪物は己を殺しうるもう一人の怪物に向かって疾駆する。
あと、もう一跨ぎ。
馬上の怪人の、その睫毛まで数えられるほどの距離に肉薄した怪物は、肺に吸い込んだ呼気を噛み締めた歯牙の隙間から吐き出しながら戦斧を振りかぶった。
その瞬間である。
突然、まるで蜘蛛の巣に囚われた蝶のように、怪物の身体が何かに捕まえられた。
空気に、捕まった。
そんな益体もない妄想が電流のように怪物の脳裏を駆け巡り、恐怖で震える敵に後半歩の所まで迫りつつも、その歩みを強制的に止められた怪物の脇腹に鋼の持つ暴力的な冷たさが突き刺さった。
ぐうっ、と呻き膝を付くと同時に己を捕らえていた空気の網が何処かに消える。
戦斧を杖替わりにしてゼエゼエと血泡混じりの息を付きながら左を見ると、あの黒狼が片手で握った剣を体中で支えて怪物にぶつかっていた。
左手を戦斧から離して、今しも自分に突き込まれている剣の刀身を握ってへし折ると、その傷でまだ動けるのかと瞠目する程の動きで黒狼は背後に飛びすさって小剣を抜く。
それに追いすがろうとしても、身体に食い込んだ剣の冷たさは現実のものだった。
もう一度、こんどは気合を込める意味もあって「ぐぅっ」と唸って何とか立ち上がろうとした時、今までその顔面を守っていた小鬼の戦仮面が外れて落ちた。
見えない刃に、留め具を切り裂かれていたらしい。
両手で戦斧を握って何とか両足で立って、己をここまで傷つけた本物の戦士を見る。
黒狼は、怪物が面を上げた途端に驚愕の顔つきで息を飲んだ。
その背後で震えているローブ姿の怪人も、同じように唖然とこちらを見つめる。
どうやら、まだ立てることに驚いているらしいと怪物は推測し、怪物は久しく浮かべぬ笑みをその顔に漂わせた。
「見事。だが、努々忘れるな。怪物とはしぶといものだと決まっている」
いつの間にか、二人の背後や周りに先ほど傷めつけた鋼の戦士たちがズラリと揃っていた。
多勢に無勢。
だが、それもいい。
何故生まれたかも分からぬ。
何から生まれたかも分からぬ。
何故生きているのかも分からぬ。
何をすればいいのかも分からぬ。
何もかもが曖昧模糊として霧の中。
生まれてこの方、誰も教えてなどくれぬ。
ただ、この心臓が、血沸き肉踊る闘争を求めていることだけは、何故か分かったのだ。
ならば、この名前のない怪物は、ただ闘争を求めるだけの怪物に過ぎない。
そう、決めたのだ。
「ぐっ……さあ、構えられよ」
喉までせり上がってきた血を飲み込んで。
怪物は斧を構える。
黒狼が狼狽した様子で何かを口に仕掛けた瞬間、飛来した矢の雨を先ほど怪物を捉えた空気の網が捕らえていた。
「のちもにとちもちてらかちとなのいすら! からかなきいのに! からかなきいのに!」
「んちてらくちみちかい! みにみみきいみみしらもらてらなかい!」
「なかい! なかなみみしち!」
「もちまらてらなかい!」
「んなもにくいに! なかにかなのなとい!」
「くにすなもなみち! みにみみきいみみしらもらてららにくちすちい!」
ワッと鬨の声を上げながら、森の中、怪物の背後から子鬼たちが弓矢や槍で武装してぞろぞろと突撃してくる。
形勢逆転。
今や狩るべき獲物たちは徒党を組んで戦うべき敵となって立ちはだかった。
だが、目と鼻の先にいる瀕死の怪物を殺すくらい、戦士たちに取っては朝飯前だろう。
怪物は己を助けるために臆病な気性を押し殺して駆けつけてくれた子鬼たちに申し訳なく思いながらも、意外にあっさりと己の終わりを覚悟した。
戦斧を構え、黒狼の戦士に相対する。
だが、先程まで燃え滾るほどの苛烈な戦意に燃えていたはずの両目は困惑と衝撃に泳いでいた。
そのふがいない様子に、またしても怪物の心臓が怒りに燃える。
「どうしたっ 構えろ!」
叱咤の声に、黒狼の戦士はハッと夢から覚めたような目をして小剣を構えた。
その瞳に戻った戦士の光に、怪物は嬉しそうに笑った。
また、心臓が高鳴る。
戦士もまた、かすかに微笑んだ。
その時、ずっと背後で曰く言いたげな顔で黙っていた黒ローブが何かを鋭い調子で命令したかと思うと、一団の中で最も大柄な戦士が黒狼を脇に抱えて無理やり黒ローブと同じ馬に乗せ、負傷した戦士たちも次々と馬に相乗りをしてその場を欠け去っていった。
あまりの早業に怪物が一瞬呆然とした隙をついて、鋼の戦士団は一陣の風のように戦場を離脱した。
無念。
決着は付かなかった。
悔しげに歯噛みした怪物は、ふと己の足元に何かが落ちているのを見つけた。
金色の鎖の先に小さな丸くて平べったい物がくっついている。
これは一体何だと拾い上げた怪物の手の中で、ぱかりと開いた蓋の中身を見て、怪物はこれが時を計るための道具だと瞬時に理解してのけた。
そして、それに染み付いた臭いこそ、あの黒狼と切り結んだ死闘の中で散々に嗅いだものと同じであると、怪物は高鳴る心臓と共に気がついた。
怪物は子鬼の薬師が自分を治療するに任せながら、ただ呆けたような表情でじっと掌の中でチクタクと時を刻むそれを見つめるのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
人外デカ女とロリ魔法少女の心温まるハートフルストーリーのはずがどうしてこうなった。
気がついたら殺し合いを書いてしまう己の嗜好が恨めしい。
続くかどうか分からない。
子鬼の言葉は「かな入力」で解いてみてください。