「お父さん、何言ってるの? ゆうくんとゆきちゃんだよ」
士郎さんの言葉に訳が分からないよと、なのはがムッとした顔で抗議する。
なのはの声に、一瞬瞳が揺らぎ、改めて僕らを見る士郎さん。
「……ん、んむ」
と、その時である。
「イヤイヤ、高町なのは。その二人は君とは何の関係も無い、赤の他人だろう?」
玲瓏な声が、玄関のなかから響く。
現れたのは鳳凰院朱雀(ほうおういんすざく)。
そうしてニコリと微笑む。
「高町士郎殿、そこの二人は貴方がたとは何の関係もない赤の他人。そうだろう? 高町なのは」
(ッ!……なんと、瞳の綺麗な少年だ!)
(キュン! そういえばそうだった、かな?)
「なのは? それで、隣の二人は?」
「あ、えーと……誰だっけ?」
士郎さんに加え、一瞬で言動がおかしくなるなのは。
「ちょ、ちょっと、お父さん? なのは? 冗談は──勇治?」
僕は慌てて声を上げるゆきのさんを制す。
──やばい。
正直、ニコポ舐めてた。
学校でアホな感じでしか使ってなかったから、ここまでのものとは思っていなかった。
朱雀はこちらを嘲笑の目で見つめている。
その目が、お前たちも同じことをしてるんだろう? と言っている。
するか、ボケェ!
お前らと一緒にするな!
いちいち視線が腹立たしいが、生憎相手は格上だ。
考えろ、高町勇治。
ここから先は、冗談抜きで、一手のミスが死に繋がる。
「跳ぶぞ」
「えっ?」
思考は一瞬、僕は逃走を選択する。
この2週間、迅雷のオッサンの使い魔、エレノワールさんに散々に扱かれ覚えた転移魔法。
無動作、無詠唱のそれを即座に展開、僕とゆきのさんの足元に青白い魔方陣が広がると共に起動させる。
「おや、逃げるか」
「え、ええ~!」
「ムッ」
嘲る朱雀に、驚きの声をあげるなのは。
流石の士郎さんは戦闘体勢だ。
そんな3人を視界の端に、僕たちは迅雷のオッサンがいるであろう翠屋の近くの路地裏に跳ぶ。
「ちょっと、勇治! 何あれ、何なのあれ!」
跳んだ先の路地裏で、ゆきのさんが泣きそうな顔で聞いてくる。
「……あれが、ニコポってやつです。正直、舐めてましたね」
そう、微笑むとポッとなるだけかと思っていた。
だが、そんなもんじゃなかった。
今更ながら、同じクラスに11人も転校生を受け入れさせる、頭のおかしいスキルであることを思い出す。
こうなると、望んで高町家に生まれた訳でないことが致命的だ。
はやてとアリサが家族スキルもちの恩恵で、洗脳魔法の範囲外になっていたことを思い出す。
「あれが、ニコポ……ッ!」
と、考え込んでいたゆきのさんが、急に走り出す。
「ちょっと?」
「お母さん! お兄ちゃんとお姉ちゃんも!」
僕の声に、そう返してくる。
ハッとして僕もゆきのさんに続いたわけだが、走っている最中に嫌な予感がしてくる。
あの場にいたのは、鳳凰院朱雀1人のみ。
あとの7人はどこにいる?
そして連中は、今日学校が終わるまでは丸ごと自由に行動していたのだ。
大通りにでた僕らは、翠屋へ向けて走る。
店外の席に迅雷のオッサンがいないことに、猛烈に嫌な予感がする。
この時間にはもういるはずなのだ。
「お母さん!」
丁度、桃子さんが店先に出てきたところであった。
「あら、どなたかしら? たぶん、誰かと間違えていないかしら?」
その答えに、ゆきのさんはガクリと力なく膝を付く。
「えぇ? あ、おかーさ……うぇ」
というか、これはかなり効く。
どちらかというと、今だ客観的で家族から浮いてる感のある僕ですら、かなりグサリとくる。
ゆきのさんはかなりやばい。
マジ泣きしている。
「あ、あら?」
そんな僕らの有様に、桃子さんが少し狼狽え、
「ただの営業妨害ですよ。私が追い払っておきます」
そう微笑みながら店から出てきたのが、カイ・スターゲイザーであった。
どうやら朱雀から連絡が伝わっていたのだろう、既に臨戦態勢だ。
桃子さんは、ええ、お願いね、と僅かに頬を染め店の中に入る。
あー、クソ。
最悪だ。
目の前のコイツはニヤニヤ笑っている。
ゆきのさんは俯いたまま泣いている。
僕は今どんな顔をしているのだろうか、怒りか諦めかそれとも悲しみか。
まあ、そんなことを考えられるほどには、頭の中は冷静だった。
「死んどけや」
そう言って、カイがデバイスをこちらに向ける。
まだ、死ぬ気はない。
行き先を思いつかなかったので、適当に跳躍。
ただし、八神家、月村家、バニングス家は候補から外す。
コイツがここにいるいる以上、そこはもう安住の地ではない。
どうにもこうにも、力が足りない。
迅雷のオッサンも、アリサ兄も、無事を祈るしかなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
この日、八神迅雷は朝から妙な不安に襲われていた。
午前中、海中分を除く、最後のジュエルシードを探していたのだが、昼前にくるはずのフリードリッヒからの連絡がなかった。
仕方なしに、エレノワールと手分けして搜索を行うも空振り、一旦彼女を家に戻し、現在は翠屋にてパフェをつついている。
「くそ、このモヤモヤした感じはキラとやりあって以来だな……」
2年前に行われた『キラ・ヤマト討伐作戦』、対『フリーダム』部隊の6名を投入する大規模作戦であったが、結果は惨敗。
ペンドラゴンはいつも通り重症、迅雷自身とルミカ、プリンスが全治1~3週間の負傷、カウリすら手傷を負い、瀕死のエーリヒが覚醒して漸く撤退に持ち込んだのだから、キラ・ヤマトの転生者としての異常さが突出している。
「フランの姐さんが動ければなぁ」
全時空平和委員会、最強戦力たるリーゼフラン・グレアムの『女王艦隊』であれば打倒は可能かもしれない。
が、彼女は本局を動けない。
5年前の、エミヤズによる『本局殴り込み事件』により、襲撃に対応するため本局から一歩も動けなくなってしまっていた。
まあ、この事件こそが対『フリーダム』部隊結成の原因であるのだが。
『フリーダム』の大半はアンチ管理局思考で行動している。
例外は、リュウ・サカザキと孫悟欽の二人のみ。
結局、原作開始時期になっても動いたのは、ゾートただ一人。
連中は今日もどこかの次元世界でテロ活動に勤しんでいることだろう。
ジュエルシードの捜索が空振りに終わったため、本日の封印作業は無し。
あとはそのことを高町勇治に伝えるだけなので、迅雷本来の仕事に思考がそれていた。
そんな時のことである。
『マス、タァアア!』
使い魔のエレノワールの念話による絶叫。
「ッ!」
それを感知した瞬間、迅雷は走り出す。
ちなみに、料金は先払い。食い逃げではない。
八神迅雷の使い魔、エレノワールが状況に気づいたときには既に詰みかけであった。
昼過ぎまで行なっていたジュエルシード捜索は空振り、主に命じられ先に帰宅した八神宅で待機していた矢先のことであった。
「お帰りなさいませ」
エレノワールが帰宅したときに入れ違いで買い物に出かけたはやての母が、買い物から帰ってきた時のことである。
「……」
ふらふらと定まらぬ足つきで玄関から入ってきた彼女は、目も虚ろにそのまま立ち尽くす。
「これは?」
エレノワールが目を凝らせば、彼女の首には魔力を帯びた首輪がはめられている。
この状況の原因であると判断し、取り除こうと手を伸ばし、
「それに気づくということは、こちら側か」
「っ!」
その声と共に、首輪に触れた指がバチンと障壁に弾かれる。
彼女に続いて玄関に入ってきたのは、東樹(あずまいつき)。
無言のままに腕を上げ、『王の財宝』を展開する。
「なっ!」
即座にシールドを展開するが、純粋に威力が違う。
エレノワールもそれは承知で、目的は射線をずらすことだ。
この時点でエレノワールは主の迅雷との合流を選んでいる。
目の前の少年は、かつての天鏡将院八雲より格下。
とはいえ、自分を上回る戦力を持っていることは間違いない。
故に、はやての母を見捨てることになるが、この場を切り抜けることを第一にリビングに逃げ込む。
そこから外に飛び出すためだ。
「ちっ、逃がすか!」
使い魔の狙いを読んだ樹が、外で待機している神薙北斗(かんなぎほくと)に念話をつなぐ。
(庭に行く、逃すな)
(りょーかい)
彼が遅れてリビングに乗り込むと、丁度外に出るところであった。
「どうせ、逃げられん」
樹はそう笑みを浮かべた。
庭に飛び出したエレノワールが見たのは、神薙北斗その人。
それだけなら即座に逃走可能であっただろう。
「エレさん?」
北斗が、八神はやてを人質にとっていなければ。
八神迅雷は、かつて八神はやての大ファンであった。
はやてを不幸にしたくないと、その想いを第一に転生した男である。
ただ、リーンのようにそれを神に望んだのではなく、自分がはやてを不幸から遠ざけようとしただけだ。
共に歩いたり、恋愛をしたりなどではなく、ただその笑顔を守るためだけに。
そのために、はやての父親の弟として転生する。
結果、本来起こるはずであった両親の事故は彼の手で防がれ、彼女は孤独な身の上とならずに済む。
闇の書事件そのものは、彼が絡むことなく解決してしまったため出番はなかったが。
そして、八神迅雷の使い魔であるエレノワールもまた、八神はやてに害をなすものに対して、黙って逃げられるわけがなかったのである。
はやてを人質にした北斗に、頭に血をのぼらせ獣性を最大限開放したエレノワールが襲いかかる。
使い魔としてみれば、確実に上位に来るであろう彼女ではあったが、如何せん相手が悪い。
北斗は北斗神拳伝承者クラスの近接戦闘能力の持ち主であり、はやてを盾にせずとも問題なく迎撃が可能であった。
「アータタタタタタッ!」
空いている左手で拳のラッシュを放つ。
「グッ!」
ただそれだけでエレノワールの突進を防ぐ。
拳圧に押しやられ、一旦距離を取らざるを得ない。
「チェックメイト」
「ガァッ!」
背後からの声と共に、複数の宝具が彼女を貫いた。
「エレさん!」
はやてがどう見ても致命傷のエレノワールに叫び声を上げる。
「は、やて、ちゃん……申し、訳ありませ──」
『マス、タァアア!』
最期の叫びを主に飛ばし、絶命した。
迅雷が八神家へとたどり着いたのは、すでに何もかもが終わった後である。
息を切らせながら、迅雷はその場を見る。
玄関を開け放ち、もたれかかるように樹が立ち、泣き崩れるはやての襟をつかみながら立つ北斗。
そして、血まみれで素体である黒猫の姿で事切れた使い魔のエレノワール。
「いやはや、八神はやての過去をここまで変える大罪を犯すとは、大したもんですな。おかげで、彼女は車椅子であるという前提でいた我々は最近まで同じクラスに彼女がいることに気づきませんでしたよ」
したり顔で樹が喋る。
「で?」
まるで血が沸騰しているかの様に体が熱くなっているのを感じながらも、迅雷は彼に話を続けるよう促す。
「……ふん、反応が薄いですねぇ。まあ、いいでしょう。そうそう、どういうわけか彼女には我々の魅力がわからないらしい。でもね、そんな彼女にもこんな手段があるのです」
視線を向けられ、北斗がはやての背を突く。
「えっ?」
突然の出来事に、困惑の表情を浮かべるはやて。
「うふふ、ご存知ですかな? 経絡破孔・死環白。一時的に意識を失くし、情愛を失わせる。そして目覚めた時、最初に見た者にすべての愛を捧げる。素晴らしいでしょう?」
凶相を浮かべ、樹が喋り続ける。
迅雷は血がでるほどに、拳を握りしめる。
現状、八神迅雷に出来ることは何もない。
もし、攻撃したのであれば即座に目の前の二人を消し炭にすることが可能であろう。
しかし、その場合ははやても巻き添えにしてしまう。
火力が高すぎるのだ。
そして周囲を考慮した威力では、二人の防御を抜けない。
樹が喋り続けるのを黙って聞くしかなかった。
「ジンさ……ん」
「すまん、はやて。今の俺はお前に何もできん……」
ガクリ、とはやてが気を失う。
「では、別れも済みましたか。では、ご機嫌よう」
ニッと笑みを浮かべる樹が腕を上げ、『王の財宝』を展開、迅雷へと射出する。
ドスドスッと焦げ臭いにおいを放ちながら、複数の宝具が迅雷に突き立つ。
そして、そのまま突き立った接合部からポロリと落ちる。
放たれた宝具全てが溶かし燃やされていた。
「な、なんだ?」
「ああ、こちらも帰らせてもらう」
樹の疑問を無視して迅雷はエレノワールの亡骸を大事に抱き上げると、傷口から炎を巻き上げながら踵を返す。
「お、おい! それはなんだぁ!」
樹が声を震わせながら、再度宝具を放つ。
が、再び放たれ背に突き立ったそれらも、同じように溶かし燃やされるだけであった。
《転生者一覧が更新されました》
【八神 迅雷】
年齢:29歳(/100歳)
・総合Aランク魔導師(5P)
・家族:八神はやての叔父(40P)
・魔力値:SSSSS(500P)
・単一魔法:→魔力値(-450P)
・使用可能魔法:フレイム・ショット
・身長:190cm(5P)
・熱血[限界突破]
現在地:第97管理外世界
「……さっさと治療せんと貧血で倒れかねんな」
傷口から燃え上がる炎で煙草に火を点け、煙をふかしながら迅雷はアースラへのゲートへと向かう。
沸騰しそうであった血は、文字通り炎と化した。
現在、迅雷の体を駆け巡る血液は3000度の熱血そのものである。
そんな血液が地面に垂れようものなら大惨事であるが、幸い外気に触れると炎となるため一応コントロールが可能であった。
かなりの出血のため、いい意味で頭が冷えた迅雷は次に備えて動く。
先ずはアースラに帰還。
増援と合流し、転生者たちを叩き、残りのジュエルシードを回収。
後は海鳴の人達の記憶処理をしてこの地から去ればいい。
「……クソ、連中の動きは本当に読めなかったか? ジュエルシードに気を取られすぎたか?」
やるべき事はわかっている。
それでも、出来ることはなかったか? そう考えてしまう。
「オッサン!」
と、向かいの角から高町勇治が走ってきた。
同じく彼に引っ張られ、泣きじゃくっている高町ゆきの。
どうやら、彼らも同じらしい。
取り敢えず、簡潔にお互いの情報を交換。
その際に、勇治に軽く治療魔法をかけてもらう。
やむを得ないので、彼らもアースラへと連れていくことにする。
連中にあれだけ殺意がある以上残すわけにはいかなかった。
問題はユージン・バニングスだが、さてどうしたものか。
一応、勇治は範囲は狭いが封時結界を張ることが可能だ。
なんとか迅雷自身も戦闘が可能となるのだが、如何せん子供を戦いに出したくないという感情もある。
まあ、そんなことをいっている場合ではないのだが。
とはいえ、ゆきのをなんとかしないとその手も取れない。
一旦ゆきのをアースラに送るべく、ゲートに向かうことにした。
と、丁度公園の入口にたどり着いたところで、勇治が顔を真っ青にする。
《転生者一覧が更新されました》
【ユージン・バニングス】
年齢:死亡(/100歳)
・家族:アリサ・バニングスの兄(50P)
・秀才(30P)
・容姿:美形(20P)
現在地:第97管理外世界
そして、真っ青な顔のままユージン・バニングスの死を告げた。
「そうか……」
ゲートの位置はすぐそこである。
原作で、なのはとフェイトが別れを告げた場所だ。
「あー、クソッ! 俺次第ってのはこーゆー事ですかい、フランの姐さん……」
何か、何かもっといい方法があったのではないか?
迅雷は、天を仰ぐ。
そこには、いつもと変わらない青空が広がっていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その日、ユージン・バニングスが帰宅すると、屋敷に来客が訪れていた。
虎桜院闇守(こおういんやみもり)と皇劉騎(すめらぎりゅうき)の二人である。
アリサが毎日言っていた彼らか。
ユージンは正直会う気も起きなかったが、間違いなく両親不在の今、彼がこの家の責任者である。
それに、ニコポされている家の使用人たちにも悪い。
さっさとお引き取り願おう。
そんな考えが非常に甘いことと知ることになるのは直後のことになる。
今まで遭遇した転生者が、高町兄妹に八神迅雷らまともな人間であったため、転生者同士で会話が成り立つという勘違いをしていたのだ。
虎桜院闇守は、ユージンと会うやいなや、さっさとバニングス家から出て行けと高圧的に命令してきた。
「……君は何を言っているんだい?」
訳が分からないよ、とユージンが聞き返す。
共に来たという皇劉騎は無言で座っている。
「だから、とっととここから失せろと言っている。頭がおかしいのか?」
何にいらついているのか、闇守はそう繰り返す。
ユージンは何らかの情報を求めて、劉騎の方を見るがこちらはそれに気づいているのかいないのか、無言のままだ。
会って5分で途方にくれことになるとはユージンも思っていはいなかった。
妹のアリサが帰ってきたのはそんな混沌としたタイミングであった。
「あ、あんたたち! 家に何の用よ!」
家の使用人たちの様子が、昨日までのクラスメイトたちに酷似していることに気づいたアリサが応接間に乗り込んでくる。
そして、想像通りそこにいるのは原因であろう転校生のうち二人。
「うるせぇ! なんで俺がここ担当なんだよ! 俺はフェイトがいいんだよ!」
と、アリサの姿を見るやいなや闇守が唐突にキレる。
その様子に、ユージンはため息と共に、
「いい加減、帰りたまえ。君らもいい年だろう、物事の道理ぐらい理解している──ん?」
「うるせぇ、ってんだろうがよ!」
言いかけ、胸元に激痛。
視線を下げると、闇守の手に握られた長剣が自身の胸に突き刺さっていた。
「いやぁあああああ!」
目の前の、唐突な出来事にアリサが悲鳴を上げる。
「ア、リサ……にげ」
ここから逃げるよう、ユージンはアリアに命じようとするが、そのまま力なく仰向けに倒れる。
ゴフリと口から血があふれる。
どうやら心臓を貫かれたようだ、そんなことを考えながら、ユージンの意識はブレーカーを落とすように消失した。
「おい、落ち着け」
「うるせぇよ、雑魚は黙ってろ!」
血溜で動かなくなったユージンに、蹴りを入れる闇守に劉騎が注意を促す。
が、闇守は無視。
先日の戦いで劉騎とそれ以外の7人に妙な格付けが出来ていた。
舌打ちとともに口を閉じる。
「兄さん! 兄さん! 兄さんッ!」
そんな二人など、まるで目に入らずアリサが兄ユージンの死体に縋り付く。
「嘘でしょ? ねぇ、目を開けてよぉ」
「うるせぇ! キャンキャン騒ぐんじゃねぇ!」
ガッ!
闇守が情け容赦なくアリサを蹴り飛ばす。
「グうッ!」
「おい! やりすぎだ!」
流石に見ていられなくなった劉騎がアリサのそばに駆け寄る。
「ちっ! 興ざめだなぁ! おい、そこの、一番いい部屋に案内しろ!」
フン、と唾を吐き捨て、闇守は控えていた使用人に命じて、屋敷の奥へと進む。
「おい、大丈夫か?」
かなりの距離を飛ばされ、うずくまっているアリサを助け起こす。
が、アリサはそれを振り払い、ユージンの元にふらふらと近づく。
「にいさん……」
「ん?」
彼女が倒れないよう、数歩後ろを歩きながら劉騎はユージンの死体に異変が起きていることを目の当たりにする。
「え、なによコレ!」
ユージンの死体が突如発光し、光の粒子となってその形を崩しながら天へと登っていくのである。
「いやぁあ! にいさん、いかないでぇ!」
アリサが必死に光の粒子をかき集めようとするが、その両手はむなしく空を切る。
それを見て劉騎は、そういえばあの後レイの死体も消えていたな、とどうでもいいことを思い出していた。
ほんの数秒でユージンの死体が、血痕もなく消え去る。
「なによ、これ……なんなの……」
虚ろな瞳でアリサが呟く。
なんなんだろうな? とか、自分のしたかったのは、こんなことじゃなかったはずでは? など、劉騎はどこか人ごとのようにその光景を見つめていた。
『本来、こういう形で死なれても損しかないのだがね』
(……)
『まあ、彼のおかげで返済分はどうでもいいというのもあるのだが……まあ、決まりは決まりだ』
(……)
『10年。その間、アリサ・バニングスの行く末を見て、存分に絶望してくれたまえ』
(あ、ああ……)
「そこで諦めるな! 貴様の想いはそれで終わりか!」
『……皆が皆、君の様になれるとは思わんがね』
「限界など凌駕しろ! 絶対できると思い込め、それが貴様の魂の力だ!」
(……あ、ああああ! ──ア、アリサ……)
『いやいや……』