「ここは……」
知らない天井だ、と呟きながらゾートは体を起こした。
周りを一瞥すると、病室のように見える。
「俺は、一体……」
転生者ゾートは何故自分がこのような場所にいるのか思い出そうとし、
「痛ッ、なんだ?」
一瞬、頭に鋭い痛みが走った次の瞬間、ここに至るまでの経緯を思い出した。
「そうだ、ジュエルシードを探す旅の途中だったな」
そう、なのはと、■■■に先駆けてジュエルシードによる出会いを演出するためだ。
「ん? ■■■? ん?」
彼は何か忘れている気がした。
「あら、気がついたのね?」
が、見回りに来た看護士に声をかけられたことで、その疑問もいつの間にか霧散していた。
その後、看護士の連絡で医師がやってきて、ゾートがただの疲労で体力が回復し次第、退院できると告げる。
どうやら、なかなか手がかりがつかめないジュエルシードの探索に体力の限界を超えてしまったらしい。
「フッ、幾許自重せねばならんか。アレを見つけるのは俺となのはのロマンスに至るプロローグに過ぎんわけだしな」
そういえば、原作においてアレを発掘したのは■■■■■一族で、
「ん? ■■■■■? ん?」
発掘したのは、どこの誰だったか?
まあ、この世界、ロスト・ロギアのオークションなんてものもあるのだ、それを生業にする連中もいるのだろう。
「問題ない。この俺、『素晴らしき』ゾート様がジュエルシード風情を見つけられないわけがない!」
そう言いきり、ゾートは自身の能力を確認するかのように指をパチンと鳴らす。
その音と共に不可視の真空波がそばの水差しを縦に真っ二つに切り裂く。
「そうだ、この俺『素晴らしき』ゾートの人生は素晴らしいものと決まっているのだ!」
フハハハと、声を上げて笑う。
その後、水差しを壊したことを看護士に注意され、ついカッとなって真っ二つにしてしまった。
無論、即日全次元世界に指名手配され逃亡生活を余儀なくされることとなる。
「ういっす、姐さん。どうしました?」
八神迅雷は上司からの定期連絡以外の緊急通信を使い魔のエレノワールから知らされ、これ幸いとはやての相手を彼女に押し付けて自室にやってきた。
『うむ、いい報告ではないな』
そう言いながらも、何時も浮かべているうっすらとした笑みのまま、リーゼフラン・グレアム査監部長は情報を提示する。
『またしても『フリーダム』が増えたぞ。こいつで10人目だな』
情報にあるのはゾートという少年。
無論、考えるまでもなく転生者だ。
「この、元スクライアの可能性あり、というのは?」
『所謂、非合法施設辺りの出身でもない限り、基本戸籍は無限書庫に蒐集されるからな。戸籍のないコイツが事件を起こした場所は、前日までスクライアが調査を行っていたところだ』
なるほど、件の始祖の加護を失ったとも考えられるわけだ。
「で、なんで自分に?」
一応、現在は特殊任務中だ。
勿論、元の部隊が対『フリーダム』部隊なのは承知のうえだが。
『コイツが逃亡中に何度か情報屋に接触し、ジュエルシードについての情報を探っていった。そちらに行く可能性が高い』
思わず、迅雷はげっと声を上げる。
「ユーノが来ないから、後は沸いてくるバカを教育するだけでいいと思っていたんですがねぇ」
『早々うまくいかんという事だろう。コイツの動向が判明し次第、待機中のアースラには増員を送る』
現在、地球衛星軌道上の別次元に待機中の次元航行艦アースラには、迅雷たちと同じく転生者である艦長のロベルト・ナカジマとその使い魔ペーネロペーが彼のバックアップを務めている。
「増員は誰に? 普通に考えりゃルミカとカウリの2人でしょうが」
他の連中だと、下手すりゃ海鳴が吹き飛んじまう。
『それにペンドラゴンの爺様をつける。笑えることにまた強くなったぞあの爺様』
もう復活したのかあのジジイ。あの脳筋にボコボコにされたのは確か先週だろう?
しかし、9人しかいない対『フリーダム』部隊なのに半数近い俺を含めた4人を投入するとは。
「……やっぱ、やばいですか? ココ」
『……お前次第だ、としか言えんな』
リーゼフランの目は千里を見通すと言われる姐さんがこうも言いよどむとなると、先の天鏡将院とは比べものにならんか。
その後、幾つかの定時報告もついでに行い、迅雷はすこし憂鬱気味に部屋を出た。
「ほーれ、ほれ! エレさん、ええ乳しとりますな~」
「あ、あん。って、やめて下さい、はやてちゃん!」
居間に戻った迅雷が見たのは、乳揉み魔と化した姪のはやて。
兄夫婦は苦笑しつつも、暴走する娘を放っている。
「あっ、マス……じんさんっ! 助けてください!」
「お、あかんでぇ、ジンさん。こんな一級品のおっぱい、独り占めにしたら」
涙目で助けを求めるエレノワールに、なんだか目がぐるぐるして焦点の合っていないはやて。
迅雷はため息をつきながら、おっぱいを揉みしだくはやての襟をつかみ、ぐいっと一気に自分の目線近くまで持ち上げた。
「むー!」
はやてが口を尖らせて抗議する。
「悪いな、はやて。こいつは俺んだ」
そう言ってニカリと笑う。
それを聞いたエレノワールが、小声でますたーと呟きながら目をうるうるさせたりする。
「ぶー」
迅雷は不承不承といったはやてを下ろし、エレノワールのことは見なかったことにした。
はやてにおっぱいを揉まれまくったためか、なんだが顔を赤らめ、ぴとりと背に張り付いてきたが気にしないことにする。
なにゆえ自分の使い魔に欲情せねばならんのか。
正規の使い魔とは幾分違うとはいえ、そういうのは管理世界でもいまいちいいとされていない。
ついでに、もし手を出したら、とんでもないことが起きるとわかっているのに、手を出す道理があるわけなかった。
はーっと、深く息をつき、エレノワールを小突いて背から離す。
そうしてソファーに腰を下ろすと、
「えいっ!」
と言って、エレノワールがぴょんとひざの上におさまる。
「あーっ! ジンさんのひざははやてちゃんのもんやで!」
それを見たはやてが対抗するように迅雷のひざに突撃する。
迅雷のひざの上で二つのお尻が激突する。
「なんだコリャ……」
目の前で繰り広げられるどうしようもない争いに、迅雷は天を仰いだ。
後日、勇治とユージンの2人にそのことを愚痴ると、リア充爆発しろと勇治は言い、ユージンは苦笑しながらノーコメントで通した。
ユージン・バニングスはバニングス家の長男である。
要はよほどのあほな事をしない限り、将来は薔薇色である。
転生者ではあるが、原作のバトル重視に途中から微妙についていけなくなった彼は、転生に当たってメインストーリーに関わるという選択を真っ先に除外した。
故に、アリサ・バニングスの兄へと転生を果たしたのであるが、したらしたで結構面倒臭いことがわかった。
上流階級ならではの躾や、学業などは秀才スキルで無難にこなしたので問題はなかった。
問題は妹のアリサである。
声も容姿も彼好みの少女であるが、無印が一番好きなため、あまりにシスコンが過ぎると妹がなのはやすずかと友情を結ばない危険もあった。
そんな中途半端な日々が続いていたのだが、先日ようやく例のイベントが発生し、3人が友情を結ぶことと相成ったのである。
とはいえ、なのはの姉の転生者や、何故か健常なはやてがおまけについてきたりしたわけだが。
ともかく懸念であったアリサのわがままにある程度の掣肘がなされ、ユージン自身も意外な友人を得る機会に恵まれることとなり、順風満帆の人生といえるだろう。
「なのはが、冒頭で微妙な疎外感とか言うのあるじゃないですか」
「ああ、なんとなく覚えてる」
「そういうのもあったね」
あの日、月村の家で偶然遭遇した相当年齢差のある転生者3人は、その後も翠屋ちょくちょくあって話などをするようになる。
「あの疎外感みたいのは、確実に僕にきてますね。なのは、ゆきのにかなり懐いてますから」
「あー、成る程ねぇ」
「そうなると、なのはちゃんは原作の通りとはいかないかもね」
そのユージンの言葉に、迅雷は内心どうなることやらとため息をつく。
「で、ゆきのが花嫁修業みたいな感じで桃子さんに料理を習うと、負けられんとでも思うのかなのははお菓子作りを習うんですよ。翠屋2代目は安泰だなとか士郎さんもニコニコしてますね」
「ま、そーゆーのもありだわな」
「僕らが言うのもなんだけど、もう原作? なにそれ状態だね」
なんだかんだと、表向きにはまじめな優等生で通しているユージンではあるが、所謂転生者仲間である八神迅雷と高町勇治の2人には割りと素で接していた。
「いやああああああ!」
母親の注意が世間話で逸れていたために、ボール遊びに夢中になっていた子供がそれを追いかけて車道へ飛び出してしまう。
そこに運悪くもトラックが迫る。
運転手も、とっさにブレーキを踏むが、それが間に合いそうもないのはこの場にいる誰もが感じたことだった。
不意に車道を横切る黒い影。
トラックが大音声を上げ、盛大にブレーキ跡を地面に残し、子供のいたであろう場所をわずかに過ぎて停止したとき、運転手は来ると思った衝撃がないことを疑問に思った。
慌てて外に飛び出て、辺りを見回すが、へたり込んでいる女性と集まってきた野次馬のほかは見当たらない。
と、それらの人間の視線が自分以外の一点に集中していることに気づき、彼がそちらを見やると、
「フッ、危機一髪、と言ったところか?」
そう、笑みを浮かべながら、なんだかわかっていない顔でボールを持った子供を抱き上げる、凄まじき威圧感を放つ青年がいた。
ゴクリと息を呑む運転手の前を通り過ぎ、へたり込んでいる母親の前に子供をおろすと、
「会話を楽しむのも良かろう。が、場所は考えるべきであったな。今後は慎むが良い」
そう言いながら子供の頭を撫でる。
子供は相変わらず良くわかっていないようであったが、頭を撫でられ笑顔を浮かべる。
ハッと、感情が追いついたのであろうか、母親はゴメン、ゴメンねぇと口にしながら子供をぎゅっと抱きしめた。
「こちらはかように大事無い。貴様も仕事に戻るがいい」
そう青年に言われ、運転手はコクコクとうなずきながら運転席に戻る。
「見世物ではないぞ? 早々に散るがいい」
最後に群集に向かってそう命じる。
彼らは青年の威圧感に推されるまま、三々五々と散っていく。
「あ、あの!」
「フム?」
そうして青年が歩き出そうとしたところで、母親が彼を呼び止める。
「お、お名前を……お礼に……」
そう言いかけるが、
「礼など不要。貴様らを導き助けるは我(オレ)の定めよ」
青年はそう言って不敵な笑みを浮かべる。
「が、名は伝えよう。我(オレ)はフリードリッヒ・ジークフリード・ウィルヘルム・バルバロッサ。覚えておくがいい」
その日も呼吸をするように人助けを敢行した青年は、人気のなくなる夕方、郊外の林のほうへ歩を進めていた。
歩くこと15分ほど、
「出て来い、この我(オレ)が気づかんとでも思ったか?」
不意に青年がそう口にする。
周囲の殺気が増し、わざと郊外まで誘導されたと気づいた襲撃者が、憤怒の相を浮かべながら青年の前に姿を現す。
「なんだ、オマエもガキか。狙いが透けて見えるようだな?」
凄まじき殺気を放つのは遥かに年下の少年。
青年は全く動じていないが、並の人間なら殺気に当てられ気絶してもおかしくはないほどの濃厚なそれである。
「なんだ? 黙っていないで何か口にしろ。我(オレ)が許すと言っているのだ、口を開け」
「死ね!」
青年の挑発に、少年はそう口にすると共に瞬時に十振りの魔剣を投影し、青年へと放つ。
が、その魔剣は青年へと届く前に、ノーモーションで青年の背後に現れた同数の魔剣により迎撃される。
「っ! ────I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)」
その迎撃時の衝撃の瞬間、少年は距離を取り詠唱を開始する。
「またそれか……オマエで4人目だぞ? 無限の剣製は」
少年の詠唱を聞き、つまらないというのを顔に隠さずに青年は肩をすくめる。
少年は青年の言葉を無視し、詠唱を続ける。
そして、青年も少年の詠唱が終わるまでの数秒を黙って待っていた。
「───Mywholelifewas(この体は、)“unlimited blade works”(無限の剣で出来ていた)」
詠唱が終わると同時に、世界が赤く荒涼とした剣の丘に塗り替えられる。
固有結界『無限の剣製』である。
「いくぞ贋英雄王(モドキ)。武器の貯蔵は十分か」
少年は勝ち誇った笑みを浮かべ、そう宣言する。
「オマエたちはいつもそれだな。確かに我(オレ)はかの英雄王を再現したと言っても過言ではない」
「黙って、死ね!」
青年がそう語り始めるが、少年はそれを無視して攻撃を開始した。
数十の魔剣が青年に襲い掛かり、
「が、そ・れ・だ・け・しか、していないわけがなかろう?」
その身体から少しばかり離れたところで急停止し、そのまま地に落ちる。
「なんだと!?」
必殺の攻撃が青年に触れることなく無力化され、少年は愕然とする。
少年が愕然とした数瞬のうちに、青年は乖離剣・エアを虚空から手に取る。
「死なぬよう手加減はしてやる。我(オレ)は寛大である。が、二度はないぞ?」
「────っ!!」
「天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ) !」
朱の閃光が、少年の固有結界を吹き飛ばしながら咄嗟に展開したプロテクション・フィールドごと、通常世界に戻った林の奥へと容赦なく押し込んでいった。
「……フン、死んではおらんな。しかし、こうも好戦的なバカ共が多いとは。積極的に関わるつもりはなかったが、我(オレ)とて一ファンの内、いまや原作などあってなきがごとくであるが……彼女たちがバカに蹂躙されるのは好かんな」
転生に当たり、
『牙無きものの牙とならん』
そう決心した青年はこれまで各地をふらふらとしながら人助けの旅をしていたのだが、最近になって急に増えた襲撃者を前にして原作への介入を考え始めていた。
青年は転生者にしては珍しく、原作への積極的介入を考えない人間であった。
そんな彼が他の襲撃者に狙われるような事態に陥ったのは、人助けに人外の力を使っておきながら全く隠遁を行っていないため、ネットや口コミで金髪のヒーローとして日本各地へ広まっていたからである。
そして、それを他の転生者が知れば、確実にかの英雄王のスキルを持っていることを知るのは容易い。
出る杭は、と言わんばかりにこれまで4度の襲撃を受けることとなったのである。
その4人の襲撃者が4人とも『無限の剣製』を所持していたのは何の偶然であろうか。
原典を考えればほぼ確実に相性勝ちが狙えるのであるが、如何せん青年が習得したスキルは英雄王のものだけではない。
その4人とて、習得スキルは『無限の剣製』だけではないにも拘らず、それを失念していた。
「原作開始は何時であったか……まあ、夏前のこの時期にこやつ等が襲撃をかけるだけの余裕があるのだ。まだ始まってはいまい」
来年の4月あたりに海鳴へと足を向けるとしよう、そう青年は呟く。
考えの足りない転生者は自ら禍を引き寄せる。
青年は現在、覚醒している転生者の中でも最強の一角。
『神』曰く、250950Pの男。
海鳴は魔境となるのか?