結局、オッサンこと八神迅雷は肝心のことを教えたりはしてくれなかった。
とりあえず、現状でわかったことは、
1.八神はやては健康体で、かつ自分と同じ聖祥の生徒であるということ
2.八神迅雷というはやての叔父が転生者で、かなり強力な使い魔を所有しているということ
3.なんらかの抗争があり、天鏡将院八雲という転生者が死んだということ
4.どうやら八神はやての両親、すくなくとも父親は生きているということ
の4点である。
しかも、
「俺からお前さんに話すことはねぇな」
そう言って空を指し、
「お前さんが上に来るなら、いずれ知りうることで──」
続けて空を指した手を下げると、
「来ないなら、一生知らんでも問題ないだろ?」
そう言い残し、迅雷のオッサンは去っていった。
その言葉は地味に堪える。
なにせ、転生者という圧倒的なアドバンテージを持ちながら、いまだ将来を決めかねているという優柔不断っぷり。
いや、高町家に生まれなければもう少し、こう、なんとかなった気もしないでもないのだが。
「ほんと、中途半端だな。僕は」
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「ゾート、考え直す気はないのか? 今のままではそなたを部族から追放せねばならん」
簡易テントのなか、二人の人間が対峙し、老齢の男性が対面の少年に語りかける。
「すればよかろう。この俺が何故貴様らの言うことを聞かねばならん」
果たして何度目になるであろうか、この問答は。
自身の孫であるこの少年、それを致命的に集団行動に向かない性格に育ててしまったことの後悔に目を伏せる。
しかし、少年がこうなったことに男性の責任は実はなかった。
ただこの少年が、転生者であったというそれだけのことである。
生まれながらに、このような性格だったのだ。
「……そうか。最早、祖父であるという理由でそなたを庇うことはできん。ゾート・スクライア、族長の名においてそなたをスクライアの一族より追放する……」
男性が悲しそうに告げる。
反対に少年は不遜に笑う。
「実に墓荒しらしい結論だ。よかろう、今から貴様らを皆殺しにしてやろう!」
少年が腕を挙げ、指を鳴らそうとしたその瞬間、
「っ! なんだ?」
少年の動きが止まる。
「そなたが何故そこまでスクライアを疎むのかはわからん。だが、我らは遥かな過去より歴史を見守り、その営みを後世に紡ぐのが使命。滅ぼされるのを甘受することはない」
男性は悲しげに語る。
「ええい、黙れ!」
「せめて、そなたがスクライアであったという過去を消そう。そなたと我らは初めから交わることがなかった。そういうことにするのが良かろう」
「黙れ! 何を言っている?」
「そなたは、ゾート・スクライアではなく、ただのゾート。この先は己が意思のままに生きるが良い」
「ぐ、あ……」
男性の言葉が終わると共に、少年が倒れ付す。
それを悲しそうに見つめ、男性が息をつく。
「族長、お疲れ様です」
事が終わったのを察し、テントの外から壮年の男性が声をかける。
「ん、このものはこの地の医者に預けよう。結局、こうなるのであれば誰も傷つかぬうちに、こうすべきであったのに……」
少年への指図を出した後、これまでのことを思い返し、男性は悲壮な顔で呟く。
「いたし方ありますまい。この子が鬼子とはいえ、いきなり存在が気に入らないと暴力を振るうとは……しかも殺す気で」
男性の右腕である部下が少年を抱き上げると、アレは仕方がないとなだめる。
「これもこの身が至らぬ故か……」
しかし、男性が塞ぎこむのを止めるには至らない。
「あ、あーと、そういえば!」
少年を外に控えている者に預け、指図した後、部下は必死に話題を変えようとする。
「ユーノから連絡がありましたよ、族長」
「ほう、ユーノか」
実の孫と同じく、孫のようにかわいがっていた少年の名に、男性の表情がいくらか和らぐ。
「ええ。ただアークとフーカの二人が留年して、しかたなくミースとラーナもユーノに付き合ってあちらに留まるようです」
「そうか、こちらに戻り次第、次の発掘の指揮を執らせたかったが……」
そしてユーノと同じく目をかけている4人の少年少女、お調子者のアーク、うっかり者のフーカ、リーダー気質のミースに引っ込み思案のラーナ。
学院に入る前から仲の良かった5人組、孫のゾートも、と思うが何故か彼はユーノ個人に対して異常な憎悪を持っていた。
いまだにその理由が男性にはわからなかった。
しかし、理解にいたらなくて当然なのだ。
理由など、転生前からユーノ・スクライアという個人が嫌いだったというだけのことなのだから。
「まあ、無理に呼び戻すほどの案件でもない。たしか、リーガが指揮を執る遺跡が梃子摺っているという話であったな?」
「はい、如何せんあの世界は紛争が日常茶飯事ですので……」
「先ずはそちらを優先するとしよう」
「は、見積もりを計算しておきます」
そういって部下はテントから退出する。
部下が去り、一人になると男性はやはり追放した孫のことに思案が行く。
「始祖よ、まこと勝手な願いながら、あの者にも始祖の加護のあらんことを……」
そう、スクライアの始祖たるリーン・スクライアに祈りを捧げた。
「ユーノ、皆。爺さんから連絡が来たぞ」
そう言いながら、ミース・スクライアは隣室で勉強中の3人に族長からの手紙を見せる。
その言葉にダウン寸前だったアーク・スクライアとフーカ・スクライアの二人が、ピクンと反応する。
二人の反応に、二人のために勉強を見ていたユーノ・スクライアはやれやれと肩をすくめた。
そうして、ユーノがミースのほうを見ると、ふと目が合ったミースの双子の妹ラーナ・スクライアがビクンと反応し、兄ミースの体を盾に視線から隠れる。
生まれたときから一緒にいるユーノたち5人であるが、ラーナは異様なまでに人見知りが激しく、兄であるミース以外の人間とまともに話せたためしがない。
そんないつも通りのことなので、ユーノも特に気にすることはなく、兄ミースも、
「まあ、あっちは気にすることなく勉学に励めとさ。とくにお前ら二人はな」
そう言って留年したアークとフーカの二人に視線をやる、その二人はさっと視線をそらした。
「じゃあ、上にいってもいいんだ?」
ユーノが意外そうに言う。
次代の星として期待されているユーノは、本来学院を卒業した時点で一族の発掘作業の指揮を執る予定であった。
それが同期の二人が留年し、ユーノに泣きついたために1年の期間限定で帰還延期を告げていたのだ。
その返答に、気の済むまで学べとのこと。
ユーノとって最低限、必要なことを履修していたし、何時スクライアに戻っても問題はなかったのだが、それでも管理世界の中心であるミッドチルダに集積された知識は魅力的であったし、開放された本局の無限書庫も非常に興味を引かれていた。
「無限書庫の閲覧レベルはどうなってたっけ?」
「第一階層は管理世界市民権を持ってれば問題ないな。それ以降は資格やら何やらが必要になってくるぞ」
と、ユーノの疑問にミースが即座に答えを口にする。
「そっか、じゃあアーク、フーカ。一旦休憩にしよう」
ユーノはそう言い、無限書庫に関する情報をまとめるために部屋を出て行く。
「りょーかい!」
「はーい」
留年二人組みはぐでっとしながら返事をした。
「さて、予定とは異なるが、これでユーノが原作に入ることは先ずないだろう」
ユーノが去るのを確認した後、ミースがそう口にした。
無論、転生者である。
「バカ二人のおかげ……」
先ほどまでユーノに対し呆れるほどの人見知りを見せていたラーナがぼそりと毒を吐く。
「結果オーライってことよ!」
「そうそう!」
その言葉に怒りを見せることなく、アークがキラッと歯を光らせながら、グッと親指を立てる。
それに便乗するフーカだが、その顔には幾すじかの汗が見れる。
「まあ、その通りだな。あまりユーノに負担をかけるなよ?」
これ以上言うこともないとミースは判断し、二人に注意を促すだけに留めた。
「おう!」
「はーい」
二人はいい笑顔で返事をする。
「……糞ゾートが私たちから追放された」
話が一段落ついたと判断したラーナが、この場の4人にとってのみ朗報を告げる。
「っしゃあ!」
「ようやく? ってまあ、族長の孫だからなー」
その事に喜びを露にする二人。
ユーノを淫獣呼ばわりする少年をアークたち4人はことのほか敵視していた。
が、ゾート・スクライアはかなり強力な転生者であり、初めからユーノを原作に近づけるつもりがなかった4人は揃いも揃ってサポ系のスキルを選択しており、4人がかりですら歯が立たず、覚醒してから学院に入学するまでの半年間、常に大人たちの目の届く範囲でゾートの横暴に耐えるほかなかったのである。
「スクライアの名を失えば、スクライアの知識・記憶も失われる。あのクソがユーノに関わることは二度とないだろう」
そう言いながらミースがフンと鼻をならす。
「スクライアの加護……リーンの翼……」
ラーナが呟く。
「……やっぱり、始祖様のリーン・スクライアってあたしらと同じなのかな?」
「俺はそうだと思うぞ!」
フーカの疑問にアークが即答する。
「だとすると、とんでもないユーノスキーだな。10万年前の彼女の逸話が、いまだに管理世界・管理外世界で語り伝えられているんだ、尋常じゃない」
「現存する最古の記憶……伝承の一族……」
「ユーノのためにスクライアを創り上げた。っていうことかな、やっぱ」
「だな!」
いつものようにその結論にたどり着き、始祖の愛の重さに4人ともげんなりしつつも、勝てないなぁとため息をついた。
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さて、セカンド転生者・八神迅雷との遭遇から約一月が経過した。
本日は兄の高町恭也さんに連れられて、月村家に向かっている。
どうやら連休明けぐらいに、例のなのはとアリサ嬢の喧嘩があったらしい。
ゆきのさんはその当日には知っていたらしいのだが、僕が知ったのはその三日後である。
まあ、男兄弟だし仕方ないね。
で、暫く前にそのことが夕食中に話題に出て、恭也さんの彼女がすずか嬢の姉とわかり、色々巡って本日のお茶会となったわけである。
当然、アリサ嬢も参加する。
ついでに八神さん家のはやてちゃんも参加する。
これまで気づかなかったのはうかつに過ぎるが、なのはとはやては同じクラスであった。
ちなみにはやてがこのグループに参加する切っ掛けは、図書館ですずか嬢と仲良くなったのが原因である。
しかし、なんとも気まずい。
今はまだ兄の恭也さんがいるからまだしも、月村家に着いて彼女の忍さんといちゃつかれたら女5人に対し男は僕1人だ。
今から気が重いや。
そんな風に考えていたことが、僕にもありました。
《転生者一覧が更新されました》
【ユージン・バニングス】
年齢:16歳(/100歳)
・家族:アリサ・バニングスの兄(50P)
・秀才(30P)
・容姿:美形(20P)
現在地:第97管理外世界
「……」
結構、近くにいるもんだな。
僕はそんなことを考えつつも、なんともいえない笑顔でお互い自己紹介をしている迅雷のオッサンとサード転生者を眺めていた。
一通りの紹介が終わった後、僕の予想通り兄の恭也さんは彼女の忍さんに連れられて屋敷に姿を消した。
僕はといえば、女の子5人の華やか空間を遠慮し、保護者の方々とご一緒させてもらうことになった。
それにしても、ゆきのさんのスルーっぷりは尋常ではない。
まごうことなく転生者である二人を前にしても一切動揺しないのである。
内心はどうか推し量るしかないが、いや大したものである。
「で、小僧。コイツは信用できるか?」
タバコを吸おうとしたところ、当家は禁煙ですとメイドさんに没収され、悲しそうな顔で去っていく彼女を見つめていた迅雷のオッサンであったが、それを呆れたように見ていた僕たちに気づき、ゴホンと咳をする。
そして、露骨な話題そらしを振ってきた。
「まあ。僕からしたらアンタよりは」
とりあえず突っ込むほどでもないので、正直に答える。
よく考えたら僕はこのオッサンについて、はやての叔父という以外はいっさい知らない。
「ほう、なら安心だ」
オッサンはそれを聞いてニカッと笑う。
「おや、君は例のアレを取ったのかい?」
僕ら二人のやり取りを聞いていたアリサ兄が、紅茶を飲むのを止めそんなことを言ってきた。
これは一覧スキルに気づかれたか?
というか、ルールブックを一通り見たら気づくのが普通か?
「やっぱりわかりますか? まあ、そうです」
「わかるよ。というか、そこまでわかるタイプのスキルはアレだけじゃないか」
そう、他の転生者の情報、特にスキルの情報を入手するには相手に教えてもらう以外、このスキルで情報を得るしかない。
転生者の位置を感知したりするものは、他にいくつかあったりするのだが。
「ん? ただの感知系じゃないのか?」
「おや、ルールブック未読組ですか?」
オッサンがそんなことを言い、アリサ兄が尋ねる。
でも未読にしては、かなりしっかりしたスキル選択だったが?
「ルールブック? なんだそりゃ?」
「リリカルなのはTRPG・ルールブックという名のふざけた本ですよ、500ページぐらいある」
ん? 500ページ?
いや、あれ3000ページはあったぞ確か。
「知らんなあ」
「では、必要P制というのもご存じない? 寿命に関わってくるからかなり重要ですよ」
「ん、あの持ち点100ってやつだろ? 100を超えると寿命が減るっていう」
なにやらかなり情報に齟齬が。
と、そういえばゆきのさんも他の転生者がいることに驚いていたな。
「あの、お二人は僕らみたいのが複数いるというのは転生する前からご存知で?」
「ああ。まあ、こんなにいるとは思ってもいなかったがな」
「ええ、かなりいるはずと想定していましたよ」
と、またしても異なる答え。
「僕も結構いることはわかっていたんですけどね。ただ、妹のゆきのは他にいることを知らなかったっぽいんですよね」
「あん、どういうことだ?」
「……なるほど」
そう、ルールブックは神が応対に飽きたから作成されたものだ。
単純に考えれば、ゆきのさんは相当初期、迅雷のオッサンはルールブックが作られる前、アリサ兄の人は作成後、そして僕は最後である。
「──と、いうことです」
「なるほどねぇ。面倒臭い世界だな、まったく」
と、僕がしばし思考の内に沈んでいた間に、兄の人がオッサンにその辺を説明していた。
オッサンの言葉通り、なんとも面倒臭い世界である。
この面倒臭いの意味合いが、実は相当異なるのを知るのはおよそ1年後の話。
所謂原作開始のおよそ1年前の、本当に幸せだったと思い返すことになる日々の出来事であった。