「ヴォラギノル卿……」
ベルカ自治区聖王教会総本山、聖堂からかなり奥に入った位置にある聖遺物を安置してある部屋にて聖王の聖骸布を眺める男に暗闇から声がかけられる。
一般人どころか、教会上層部ですら入室が制限されているこの部屋に男の許可なく入れる人物など一握りしかいない。
「貴様は、パープルの……インディゴだったか。何用か?」
インディゴと呼ばれた、白と青の和服のような衣装を着た女性は『魔人』パープル・エイトクラウドの使い魔、インディゴ・エイトクラウドである。
強力な使い魔だが、如何せん主が相当にアレであるので常に振り回されている。
男は振り向きもせずに尋ねる。
彼は聖王教会の第一枢機卿を任じられているジーニッファ・ヴォラギノルという転生者だ。
現段階でミッドチルダに所在していながらリーゼフラン・グレアムに尻尾を掴まれていない稀有な転生者でもある。
無論、怪しまれているが。
「主の言葉を伝えます。『ちょっと計画前倒しでやるわよ。聖王陛下の聖骸布、用意しておいてね~』とのことです」
インディゴはいささか言いずらそうに、主からの伝言を目の前の男に伝える。
相当に軽く、その上ふざけた内容であるにもかかわらず、ジーニッファはフムっと頷き、
「承知した。と、パープルには伝えておけ」
肯定の言葉を返す。
「ハッ、ありがとうございます」
内容が内容なだけに、簡単に受け入れたくれたこの転生者に感謝するインディゴ。
そんな彼女に続けて言葉がかけられた。
「ところで、プレシア女史のプロジェクトFは影も形もないが、ヴィヴィオ嬢は問題なく誕生するのかね?」
パープルの計画前倒しについてのジーニッファの純粋な疑問。
原作において、聖王のクローン製造は最高評議会の指示で行われていたはずだ。
その上、クローン技術はプロジェクトFを引き継いだプレシア・テスタロッサのものが使われていたと記憶している。
「はい、問題ないそうです。プロジェクトFこそありませんが、アルハザードの技術を幾らかスカリエッティ博士が復活させており、その中にジャッキーガーン謹製のクローン製造法があったそうです」
疑問は簡単に明らかになる。
所謂、だいたいあいつのせいである。
特に秘匿する情報でもないのでインディゴは素直に答える。
「ほう、かのアルハザードの大天才の技術が」
またしてもジャッキーガーンか……との内心の呆れを表に出さず、感心した風を装う。
(であるならば──)
聖覇の双騎士のクローン体も製造可能なのでは?
別段、世界の覇権云々を言うわけではないが、ジーニッファがこの地位に君臨している力の源である戦闘スキル『天罰術式』は転生者には効かないものだ。
リーゼフランやパープルは迂闊な動きをしなければ問題なかろうが、『フリーダム』を筆頭とした話し合いの余地がない転生者のことを考えると身の安全を確保したい。
カリム・グラシアら聖王教会上層部にすら絶大な権限を持つジーニッファであるが、こと転生者が相手では教会の騎士達では相手が悪い。
現時点で『フリーダム』下位クラスの転生者に勝利しうる原作キャラは、リーゼフランが贔屓しまくるロッテとアリアぐらいのものである。将来的にはヴォルケンリッターがそのレベルまで達せそうではあるが。
単純に絶望的なまでに魔力量が異なるのだ。
故に、ジーニッファとしては自由に動かせる最低限SSSランクのベルカ騎士が欲しかったのだ。
「聖王以外でもクローンは可能か?」
一応ダメ元で聞いておく。
可能であればあの二人のクローンを作っておきたい。
「恐らく、可能かと」
勿論、その人物の遺品は必要となりますが……。
「さて、如何したものかな……」
パープルからの使いが去り、ジーニッファは一人呟く。
元々ジーニッファが何もせずとも聖骸布はナンバーズのドゥーエが回収したはずだ。
普通に考えればそれに二人の遺品をまとめればいいだけだ。
とはいえ、現在聖王教会には彼以外にも2人の転生者がいる。
ひとりは原作遵守派で現在の世界の有り様に憤っているが、もうひとりはリーゼフランの改革に迎合する原作介入派である。
この2人が表で激しくヤリあってくれている御陰もあり、ジーニッファは限りなく存在を隠していられるのだが。
遵守派である騎士ハーケンセイバー・ストライトは問題無いにしても、介入派の騎士ギーズ・ゴッドスペルはドゥーエの阻止行動を行う可能性があった。
下手を打てば自分の正体をあの魔女に知られてしまう可能性もある以上、慎重にコトを勧める必要がある。
「時期が早まる以上、ギーズめの油断は誘える。……それだけでは弱いか? カリムを通じてミッドから離すか? 俺が直接やれば簡単だが……ここまで存在を隠したのだ、こんなことでスカリエッティ陣営と通じていることを欠片でも悟られては意味がない。やはり、ハーケンにそれとなくドゥーエを近づけるか……奴のことだ、深く考えずに自発的な協力をしてくれるだろう」
斯様に陰謀を廻らせているジーニッファであるが、別段リーゼフランに対する敵意や対抗心はない。
ただ、これ以上自分より上に誰かを置きたくないだけだ。
苦労してこの地位まで上り詰めたのだ、まあパープルほどの化け物に見つかったのは諦められる。
そもそもパープルと出会ったのは30年以上も昔の話、生きる残るためだけに生きていたガキの頃だ。
それが今では次元世界に散らばる100億の信徒の頂点たる第一枢機卿……今更リーゼフランには従いたくはないのだ。
取り敢えずの方針を決め、部屋から出る。
「ジーニ様……」
と、部屋の外に待たせていた護衛の騎士二人の他に、シャッハ・ヌエラがいた。
「如何したシスター・シャッハ?」
表向きカリスマ溢れる人格者として振舞っているジーニッファである、狙ったわけではなかったがカリムやシャッハたちから異様に頼りにされている。まあ、枢機卿の殆どが権力闘争に終始した俗物が多いのも原因の一つだろう。
この世界の聖王教会は所謂原作よりも管理世界に対する影響が大きい。
およそ500年前の継承戦争でオリヴィエ・ゼーゲブレヒトが戦死していないのと、『無敵戦艦』を有する冥王軍が戦争初期に原作で言われる質量兵器の駆除に成功しているため、本来消滅していたり、破棄された次元世界自体が多く残っているためである。
特にオリヴィエは師のローランドが適当にでっち上げた『騎士道大原則』なる胡乱な教えを守り、悲劇の聖王女とかではなくガチで聖女と崇められる程に、戦後無辜の民を救いまくった結果、現在の区分で言う管理外世界にすら聖王教会は影響を及ぼしている。
そのため、原作だとそこまで巨大ではなかったためにリベラルな気風であったのに対し、巨大組織ゆえの利権が複雑に絡み合い、それぞれの信仰を持った保守派、リベラル派が権力闘争に明け暮れ、特にここミッドチルダ極北地区ベルカ自治領の聖王教会本部は政争真っただ中の魔窟になっている。
因みに、ジーニッファは中道派。
そもそも信仰とは無縁の人間だ。
別に神を信じないわけではない、というかジーニッファら転生者自体が『神』の奇跡の産物だ。
ただ、『神』も結局は自分のことしか考えていないことを知っているだけだ。
まあ、そのスタンスと能力も相成り緩衝材、調整弁としての、第一枢機卿なのであるが。
「はい、全時空平和委員会への理事官派遣についてなのですが……」
どうやら、ハーケンセイバーを抱える第三枢機卿メイノス・マーファが全平和会への供出金の増大と発言権強化を題目に、信徒からの寄付の定額を上げようと言い出していらしい。
本音はどうでもいいのだが、立場としてはそうはいくまい。
「反対しているのはスヴェーラトか……」
「はい、イスカ第二枢機卿がが強固に反対しています」
リベラル派の第二枢機卿スヴェーラト・イスカとしては下手に信徒を刺激して教会離れを起こしたくないということだろう。
後ろ盾であるグラシア家に並ぶベルカの名門、ゴッドスペル家のギーズの意向もあるのだろうが。
(厄介なことだ……とはいえ、俺が顔を出せば一言で決まる案件だ。だからこそ不在のうちに決めてしまおうという腹だろうが)
現在、大まかに保守派、リベラル派に分かれる聖王教会であるが、中道派のジーニッファは派閥的なものを形成していない。
一応、現状維持が一番マシと信じる面々、具体的にいえばカリムら若手の連中がグループ的なものを形成しているが、流石に政治力はまだ殆ど無い。
ジーニッファ自身が後ろ盾を必要としていない為、大々的な協力関係ではないのだ(それなりに彼らの勉強会などには呼ばれているので、無関係というほどでもない)。
何せカリスマ一発で大抵の案件は通せるし、潰せる。
今回の案件もそれを恐れた保守派がジーニッファのいないところで、第一枢機卿の判断が要るほど重大な案件ではないとゴリ押しして、理事官派遣の人事を名目に関係ないことまで決めようとしているらしい。
しかも、リベラル派にとって予期せぬ奇襲だったらしく、多数決に回られては勝ち目がないようで。
それを憂いた立場的には中道派のカリムが、シャッハに第一枢機卿を連れてくるように秘密裏に命じたのだ。
「まあ、メイノスの言い分もわからんではないしな……」
何だかんだで、昨今の聖王教会の全平和会への影響力低下は教会上層部に深刻な不安をもたらしている。
バカバカしくも、『全時空平和委員会が聖王教会にとって変わろうとしている』という被害妄想としか言いようがない妄言を信じているものも多い。
(強引に押さえつけると、変なところで暴発しかねん危うさすらある。ある程度保守派に融通を効かせる必要があるか)
自分たち転生者という異物が混ざり、混沌とした世界に思わず苦笑が浮かぶ。
(寄付の定額云々は無意味だな。そもそも供出金は各管理世界が本気で出していない状況に合わせて一番の金額だったのだ。宗教組織の集金能力を連中は過小評価でもしているのか? 現状でも無理のない範囲で10番目程度の金は簡単に用意できるのに……いや、其れに託けて自分たちの政治資金のプールが本命か……予算の供出金の割合を増やして保守派の被害妄想連中を切り崩すのが一番だな)
シャッハの案内に従いながら、ジーニッファは今回の案件についての折衷案を思考する。
彼、ジーニッファ・ヴォラギノルは絶対的なアドバンテージを持ちつつ、周囲に合わせた議論を交わす……そんな政治ごっこが大好きだった。
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『金色の』の異名で呼ばれるギル・ディランという男は一言で言い表せば世紀末の人間だ。
2mを超える鍛えられた巨人は見ただけで威圧感を放っている。
その子供の胴体ほどもある腕はミッチリと筋肉が詰まっているのが見て取れる。
一見精悍な顔つきだが、よく見るとどこかしら禍々しさを感じさせる。
『フリーダム』驚異レベル第7位たる彼の犯罪歴は殺人を筆頭に強盗、公共物破壊など数えるのも疲れるほどだ。
(※驚異レベル=純粋な戦闘能力ではなく、犯罪者としての周囲への危険度)
第1位:キラ・ヤマト 死者:0 負傷者:8000000以上
第2位:ゼロ 死者:約1000 負傷者:100000以上
第3位:エミヤ 死者:36019 負傷者:0
第4位:エミヤ・シロウ 死者:10561 負傷者:0
第5位:衛宮士郎 死者:10455 負傷者:0
第6位:ロードリッヒ・セルバイアン 死者:5476 負傷者:80759
第7位:ギル・ディラン 死者:10028 負傷者:1062
第8位:孫悟欽 死者:0 負傷者:0
第9位:リュウ・サカザキ 死者:0 負傷者:0
ちなみに最多は無許可の転移魔法で次点が無許可の飛行魔法──この辺は他の『フリーダム』にも共通していることでもある。
全時空平和委員会からの評価は、『推定魔力値3億、純粋な魔導師としてのレベルはSランク程度。近接格闘能力は『山羊座』カウリにわずかに劣るレベルだが、魔力反応のない魔法のような特殊な拳法を使う。どういう原理か不明だが危機感知能力が高く、対『フリーダム』部隊が投入される前に逃走してしまうため、現在まで交戦経験はなし』といったものだ。
活動範囲も管理外世界が多く、特に全平和会の介入を拒む管理外世界に多く出没するため補足が極めて難しい人物である。
これまでもその計算されたかの如き犯罪行為に、いく度となく局員が苦渋を味わっている。
現在、全平和会の対『フリーダム』部隊は主に『スーパー・フリーダム』キラ・ヤマトの撃破プランにシフトしているため、『百計の』ゼロ以外の『フリーダム』メンバーに対する締め付けは意外と緩くなっていた。
故に、油断があったのだろう。
普段であれば近寄ることもなかった第2管理世界アイヤールへと足を運んだのは。
その邂逅は偶然であった。
現在、リーゼフラン・グレアムを筆頭とする『フリーダム』対策本部はキラ・ヤマトの討伐プランをメインに置き、一時的にではあるが他の驚異レベルの低い『フリーダム』メンバーに対する警戒をある程度解除していた。
故に、グラハム・イェーガー率いる戦技教導隊が機動甲冑型デバイス「インフィニット・ストラトス」第三世代型の運用に第2管理世界アイヤールに赴いた裏に、リーゼフ
ランは一切関わっていない。
「何という僥倖! なんという廻り合せ! 天運とはかようにもなるものだな!」
漆黒の「I・S」、『カスタムフラッグ』を身に纏ったグラハムが封時結界下においたギルを視界に置き、声を震わせる。
芝居掛かった隊長の叫びを、ああまた変になった……これさえなければ、とゲンナリしながらも他9名の教導官は同色の『オーバーフラッグ』を纏い、油断なく主兵装のトライデント・ストライカーの非殺傷設定を解除する。
勿論、その傍らには其々の使い魔が臨戦態勢で控えている。
ちなみに、グラハムの使い魔は赤熊を素体とした戦闘特化の男性型使い魔で、名をサキガケという。
「チッ」
相対するギルは、実に20もの敵対意思に囲まれながらも少しも怯んだ様子を見せない。
とはいえ、見る者が見れば明らかにこの世界のモノでないことが簡単にわかる装備を持つ管理局の魔導師たち……一人テンションの高い男は確実に転生者であろう、と判断し舌打ちする。
ギル自身が『元斗皇拳』とミッドチルダ式の魔法を組み合わせた、新元斗皇拳とでも言うべきであろう技はこの世界においてはほぼ完璧な初見殺しの秘技だ。
それから考えれば連中のどこかで見たことのあるような装着型デバイスは、例のストライクフリーダム程でないにしろこの世界本来の魔導技術から隔絶したものと思うべきだ。
で、あるならば様子見は不利になるだけ、真っ向から全力全開で突破するしかない。
「……コォオオオオ!」
独特の息吹からギルの周囲に魔力とはまた異なった金色の闘気が溢れ出した。
その状況下で飛行魔法を使用したのであろう、両手を側面に構えた状態で宙に浮き上がる。
「この状況下でも一切怯まぬか! 流石は一騎当千を謳われる『フリーダム』が『金色の』ギル・ディラン! あの者共への前哨戦としては申し分ない!」
既に原型の欠片しかないグラハムが壮絶な笑を浮かべる。
グラハムの脳裏に一瞬浮かぶのはかつての辛酸、エミヤズによってズタズタにされたプライドに虐殺された部下たち、そして炎上する本局の建物……さらにはリーゼフランから通達された戦力外の一言。
執念で這い上がり、全くの偶然から得たこの邂逅に歓喜と怨念がまぜこぜになったドロドロの感情が魔力の迸りとなって漆黒の『カスタムフラッグ』が真紅に染まる。
「トランザム!」
その雄叫びが開戦の合図となった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《転生者一覧が更新されました》
【ギル・ディラン】New!
年齢:死亡(/39歳)New!
・魔力値:SS[限界突破]New!
・魔力値:SSS[限界突破]New!
・魔力値:SSSS[限界突破]New!
・空戦Sランク魔導師(50P)New!
・元斗皇拳(250P)New!
現在地:第2管理世界アイヤールNew!
全時空平和委員会本局についた僕がはじめにすることは、リーゼフランさんに転生者ギル・ディラン氏の死亡報告を届けることであった。
士郎父さんたちと分かれ、案内の使い魔の後について彼女が待つ部屋へと急ぐ。
「ああ、高町勇治か、ご苦労」
「……」
無茶苦茶機嫌が悪いようだ。
普段浮かべているうっすらとした笑みが消え、能面のような表情で机の上に浮かぶモニタに目を走らせている。
「チッ、サーヴァント・システムの弊害がここで出たか。とはいえ、これ以上使い魔へのマインドコントロールを露骨にすると局員どころか管理世界の魔導師全てから反発を喰らいかねん……」
ブツブツと愚痴が口から溢れる。
どうやら、先のギル・ディラン戦で何やらあったらしい。
疑問詞を浮かべる僕に、いつの間にかに部屋にいた(これは僕が気付かなかっただけで来る前から居たらしい)リーゼマリナさんがいろいろ説明してくれた。
僕がギル・ディランの死亡を知る1時間ほど前、全平和会所属の転生者グラハム・イェーガーさん率いる戦技教導隊が訓練先で、偶然『フリーダム』驚異レベル第7位『金色の』ギル・ディランと遭遇したとのこと。
そのまま戦闘になだれ込み、なんとかギル・ディランを討ち取ったものの、教導隊から二名の死者を出してしまったということだ。
この報告を受けリーゼフランさんがキレた。
基本的にこの人は、転生者<<超えられない壁<<この世界の住人、という思考の持ち主だ。
そのため、むざむざ部下を死なせてしまったグラハムさんに対し怒り心頭だったらしい。
勿論、リーゼフランさんの思考はともかく、全平和会いや管理世界的に見れば僅か二名の死者のみに抑えたグラハムさんの手腕は賞賛ものだ。なにせ相手は殺人総数5桁の真正である。
最もグラハムさん本人もリーゼフランさんとベクトルは異なるものの、部下を死なせたことを大いに嘆いているのだが。
そして今、リーゼフランさんが僕を呼んだにもかかわらずこんな有様なのは、先程上がってきた戦闘レポートに死者のうち一人が使い魔をかばって死んだという報告があったことだ。
リーゼフランさんが構築した「サーヴァント・システム」は第一に旧管理局の人手不足を解消すると共に、どうしても避けられない人的損害を使い魔に当てることで局員の保全を確保するという面も持つ。
が、なまじ人とほぼ変わりがなく主に忠実な使い魔に、いれこんでしまっている局員は少なくない。
今回、そんな局員であった教導官が自分を庇った使い魔をわざわざ射線から退かして、自己満足気味に死亡してしまったのだ。
本末転倒である。
しかも、魔力源はリーゼフランさんでも通常と同じく使い魔の命は主と共有されているため、その使い魔は結局死んでいるので無駄死にでもある。
「まぁ、全てがこっちの思い通りにいくわけなんて無いんだけどね。それでも予想外の事態が起こると、その対策は考えられなかったのか? ってなっちゃうのよ、姉さん。マジメだから」
そう言って、いつもの軽薄そうな笑顔ではなく心配そうな顔で彼女は姉を見る。
軍師孔明の罠、というかスキル上所有者の思考外の成否判定はどうしようもない問題だ。
それでも100%を望むのがリーゼフランさんなのだとうのことは、付き合いの短い僕にも理解できた。
そして、僕はうなずきながらも、恭也兄さんと大体同じところに顔がある長身のリーゼマリナさんと、座っているためこちら側からだと顔しか見えないリーゼフランさんの身長に改めて戦くのであった。
「ああ、丁度いいや。姉さんがこんなだし、君の将来の同僚たちと顔合わせをしておきましょう」
と、現状の説明が終わっても一人の世界に入っているリーゼフランさんの様子に、リーゼマリナさんが気を利かせてくれたのか案内役を買って出てくれた。
非常に助かるのだが、情報部長がする仕事ではないと思う。暇なのだろうか?
顔に出ていたのだろう、彼女は現在僕と話しながらも直接承認が必要な案件以外の処理を同時進行していることサラリと語る。
「基本的に転生者ってのはマルチタスクを軽視しすぎなのよ。君もわかると思うけど、有ると無いとでは雲泥でしょ?」
彼女の言う通り、スキル『マルチタスク』は非常に便利なスキルだ。
僕のLv5で常人に比べ相当のアドバンテージを持てると思う。
並列した思考を6本走らせることができるのだ。例えれば、宿題をしながらその日の復習と翌日の予習、リーゼフランさんに提出する資料の作成に、ゆきのさんのデバイス
・Excavateからだされた修行プランをこなしながら、この先どうなるんだろうとどうでもいいことを考えたりできるのだ。
それでも今現在彼女が行なっているような事柄は簡単にできることではないが。
なお、このスキルを取らない魔導師タイプは基本的にデュエルタスクになる。
戦闘面における重要さは、例えば同レベルの魔導師が対峙した場合、完全なミラーマッチだとすればタスク数が勝負を決める要因になる。
「……あまり戦闘には関係ないですけどね」
逆を言えば、そうでもないとそこまで勝負を決める要因には成り得ないのだ。
「えっ? 何で戦闘の話になるの?」
いかん、思考が逸れた。
まあ、内勤にしてみればこれほどありがたい技能もあるまい。
ユーノ・スクライアの成し得たことを考えれば言わずもがな、この世界でリーゼエルザさんがLv5000というキチガイじみたタスク数で無限書庫を稼働状態まで持っていったのも宜なるかな。
そういえばユーノと言えば、彼の功績たる無限書庫の運用が無くなってしまったわけだが、どうしているのだろう?
少し前に迅雷のオッサンから友人と一緒にまだ学院通いと聞いたが。
「いえ、変なことを言ってすみません。ところで、ユーノ・スクライアの現状を聞きたいのですが?」
と、僕が口にしたところでリーゼマリナさんがいきなりニヨニヨとしだした。
なんだろう?
残念ながらそのまま笑みを浮かべたままリーゼマリナさんは歩き続ける。
これは恐らくユーノ絡みで何らかの転生者がいるということではなかろうか?
既にユーノがジュエルシードに関わっていないくさいことが判明している。
となると、既に恋人ポジションか兄貴分ポジションに転生者がいると言うことでは?
そう考えるとゆきのさんの迂闊さが浮き彫りになるな。
まあ、今のところユーノへの想いは断ち切ったと言っているが。
そんなことを考えながら彼女の後に続く。
「ここが、当面キミの職場となる無限書庫よ」
そう、笑顔で扉を開けるリーゼマリナさん。
「……」
うん。まぁ、予想しないでもなかった。
だが、しかし。
この状況下で僕がココで働く意味はあるのだろうか?
「なんでココ? と思ってそうだけど、理由はきちんとあるのよ?」
やはり僕はわかりやすい人間なのであろうか?
質問の前に回答が来るのがこれだけ続くとそう思わざるを得ない。
「一つは新人教育にはもってこいの部署であること」
鼻息の洗い新人局員を凹ますにはもってこいの職場らしい……。
ちなみに転生者は例外なくココの一番キツいコースに送られるとのこと。
「次にこの部署だとその人物がもっている資質が実にわかりやすく浮き出ること」
三日持たなければそいつは局員の資格はないとか。
かのドーン氏も一週間は持ったという。
果たしてかつての量産型連中であればどうだったろうか?
「──最後に、ココが本局でも有数の戦力を保持しているからよ」
僕がそんな他愛もないことを考えているうちに、他にいくつかの理由を話したリーゼマリナさんはそう締めくくる。
一瞬疑問符が頭に浮かぶが、直ぐに何時ぞやの話を思い出す。
「……夜天をのぞく12冊の天の書、ですか」
僕の言葉に彼女が苦笑を浮かべる。
「そう、12人の書の主に付き従う12の管制人格、68騎の古代ベルカの高レベル魔導師、いえ騎士ね。これに使い魔が別枠で付くからね。一つの部署にこれだけの戦力が揃っているのは流石にココだけよ」
それは恐ろしい……。
「さて、先程の質問の答えね」
と、リーゼマリナさんが書庫内に向かって声をかける。
「スクライアの5人組ー。ごめんなさいね、子守をお願いしたいの」
……まあ、9歳ですしね。
って、答え?
と、僕がはて? と首を傾げているうちに5の少年少女たちが集まってくる。
そのうち一人は見覚えがあった。
「お呼びでしょうか、グレアム情報部長?」
彼らを代表してか、見覚えのある蜂蜜色の柔らかそうな髪の毛の美少年が質問する。
ユーノ・スクライアその人である。
うん、驚いた。
唖然として彼女を見るとしてやったりと言いたげな笑みを浮かている。
「うん、お呼びよスクライアの皆。面倒で悪いけど職場見学の案内をお願い。連れてきた以上私がするのが道理なんだけど、この子も同年代のほうが何かと聴きやすいでしょう?」
実に傍若無人なお願いに、構いませんよとあっさり承諾するユーノくん。
ホンマええ人である。
「と、勝手に受けちゃったけど、問題ないよね?」
そう、後ろに控える4人のスクライアの同郷たち──まあ、一覧を見るまでもなく転生者なんですが──は僕を見てそれぞれの反応をしながら問題なしと頷いた。
「勿論、問題ないさ。なあ?」
と、爽やかに笑みを浮かべる短い黒髪の少年。
「……」
その少年に隠れるようにしながらもオドオドと頷く、こちらは腰まで届く黒髪の少女。
「もち、オッケー」
あっけらかんと、妙にバカっぽいオーラを放つ銀髪の中に一房の赤毛を垂らす少年。
「ユーノの言うことに反対するわけないよー」
アハハと、何も考えていないような笑顔を浮かべる長い紫髪をポニーテールにして纏めている少女。
彼ら4人の答えにホッとした表情を浮かべ、
「よろしく。僕はユーノ、ユーノ・スクライア。君は?」
僕に向かって右手を差し出す。
コレまでの流れは非常に不意打ちであった。
「こ、こちらこそよりょひく……高町勇治です」
か、噛んだ……。
ハズい……。
多分、僕は顔を真っ赤にしながらユーノと握手をしているのだろう。
とてもではないが顔を上げられない。
リーゼマリナさんにスクライアの転生者たちのニヤケ顔、ユーノの困ったような笑顔を簡単に想像できる。
ウゴゴ、ナズェコンナコドニィ……。
《転生者一覧が更新されました》
【ミース・スクライア】New!
年齢9歳(/100歳)New!
・出身:スクライア一族(10P)New!
・Sランク結界魔導師(25P)New!
・マルチタスクLv5(15P)New!
・秀才(30P)New!
・美形(20P)New!
現在地:次元空間・全時空平和委員会本局New!
【ラーナ・スクライア】New!
年齢9歳(/100歳)New!
・出身:スクライア一族(10P)New!
・SSSランク結界魔導師(150P)New!
・マルチタスクLv5(15P)New!
・デバイス:フォルセティ(5P)New!
・美形(20P)New!
・人見知り(-100P)New!
現在地:次元空間・全時空平和委員会本局New!
【アーク・スクライア】New!
年齢9歳(/100歳)New!
・出身:スクライア一族(10P)New!
・SSランク結界魔導師(50P)New!
・美形(20P)New!
・頭髪:銀髪+赤毛(10P)New!
・虹彩異色症:金+青(10P)New!
現在地:次元空間・全時空平和委員会本局New!
【フーカ・スクライア】New!
年齢9歳(/100歳)New!
・出身:スクライア一族(10P)New!
・SSランク結界魔導師(50P)New!
・美形(20P)New!
・金運:良い(20P)New!
現在地:次元空間・全時空平和委員会本局New!
これが、後に全次元世界が戦く悪名高き全時空平和委員会庶務室の主要メンバーが顔を合わせた瞬間であった。