「以上が、本日の海鳴で起きた一連の事件です。……正直、急展開すぎてついていけませんな」
八神迅雷がアースラへと戻るのとほぼ同時期、そのだいたい1時間前に始まった転校生ズの凶行についての報告をロベルト・ナカジマは、直接の上司ではないが全時空平和委員会に所属している転生者23名のリーダー格であるリーゼフラン・グレアム『フリーダム』対策本部長に行なっていた。
転生者絡みの事件はどうしても洗脳タイプのスキルを考えると、どれだけ優秀でも転生者以外では対処が難しい。
故に今回のコレは、意図的に『フリーダム』のゾートを誘導することで『フリーダム』対策本部がイニシアチブを握り、動かせる最大戦力を一気に投入することで短期間で事態を収束させる予定であった。
しかし、現実にはこの有様だ。
ロベルトは自分たちの力のなさにため息をつく。
『フン、想像力の欠如だなロベルト。今回のこれは私が想定していた流れの中では5番目に良い方だ。無論、最悪は次元震が貴様らを巻き込んで地球を周辺の次元世界ごと吹き飛ばすいうものだが』
しかし、転生者以外の死者はいないではないかと、リーゼフランは笑う。
死んでいなければまだ手の打ちようがあると言わんばかりであった。
「……参考までに、最善手は?」
相変わらず好きになれない女だと、どちらかというと情を取るロベルトが尋ねる。
『私が海鳴に行くことだ』
と、一言。
「……そりゃ、そうでしょうな。千里眼のあなたがいればどれも防げそうですからな」
千里眼の悪魔、冷血の魔女などと陰口を叩かれて、平然としているのがリーゼフランという女性であった。
少なくとも彼女が直接扱った案件に失敗は一つもない。
『当然、不可能な話だが』
当たり前の話である。
どうすれば全時空平和委員会最強戦力たるリーゼフラン・グレアム査監部長を、予知にも上がらない管理外世界に派遣できるというのか。
「しかし、ようやく増援の到着ですか」
あと1日早ければ、と思う。
『文句はゾートに言え』
次元空間の乱れによる、長距離転移行為に危険さえなければ対『フリーダム』部隊からの招集自体は4日前に終わっている。
招集された3人は、多少危険だろうが構わないと言ったのだが、担当部門が断固拒否を貫いたのだ。
当然といえば当然で、どうして最強クラスの人員を無為に失うかもしれない事をしなければならないのだ。
もちろんそこには保身もあるであろうが、彼らは職務に忠実だったと言えるだろう。
「ま、その通りですがね。あれがバカだったせいでこうなるとは、やりきれませんよ」
結局、初手の躓きが致命的なものとなったのだ。
ロベルトは深々と溜め息をついた。
「お疲れ様です」
「ああ、取り敢えずこいつらを頼む、ペーネロペー」
「かしこまりました」
アースラへの転移は一瞬で終わった。
どこかで見た──まあ、かつて映像で見たのだから間違いない──艦内の様子を僕はぼんやりと眺める。
いまだアリサ兄、ユージンさんの死が衝撃となり考えがまとまらない。
「俺はロベルトのダンナに、ん?」
「直に報告するよう本部長の御達しです」
「……あー、直で、ね」
「はい」
なにやらオッサンたちが話していたようだが、終わったみたいだ。
「お待たせいたしました。ご案内しますので、お二人ともこちらへ」
と、ペーネロペーと呼ばれたウサギ耳の使い魔の人に連れられ、この場から移動しようとしたタイミングであった。
「カカカッ、またこっぴどくやられたもんじゃのう!」
「爺さんか」
通路の先から声がかかる。
カツカツと靴を鳴らし、タキシードを身にまとった皺と傷だらけの顔に笑みを浮かべた初老の男性が歩いてくる。
腰元まである長い白髪が首元から三編みにされ、尻尾のように揺れている。
背はオッサンよりも低いが、それでも180cmはある。
服の上からでもわかるがっしりとした体つきで、細身ではあるがその全身は鍛え抜かれた筋肉に覆われているのだろう。
そして、3歩後ろを静静と歩くのは垂れた犬耳のメイド服の少女。
きっと使い魔なんだろうけど、趣味全開だなぁ。
「油断、とも言えんか。儂らは何だかんだで正面戦闘以外は苦手だからのう」
「返す言葉もない」
そして、
「修行不足だ」
「カウリか。……全くだな」
続くのは黄金の鎧を身にまとった青年と、すぐ後ろで仮面で顔を隠しているマントの人。
つーか、まんま黄金聖闘士じゃねーか!
しかも、山羊座(漫画版)!
てことは、使い魔は女性聖闘士扱いってことなのだろうか。
「……うす」
「おう、ルミカ」
3組目は和装の女剣士と、どこかで見たことのあるオレンジの学生服みたいな服を着ている多分猫耳の使い魔の人。
髪型はおかっぱで黒髪、どこか寝惚け眼というか半目っぽい感じで可愛く見えるのだが、でかい。
身長は先の二人には劣るが、額分ぐらいしか差がない。
モデル体型なのに童顔とか、なんかバランス悪い感じだ。
この人も正体、っていうかどういう能力かは見ただけじゃわかんないなぁ。
というか、一目で元ネタがわかったのは黄金聖闘士の人だけなんだけど。
《転生者一覧が更新されました》
【ペンドラゴン】
年齢:59歳(/100歳)
・念能力:強化系・覚醒初期(100P)
:強化系・試験官級[限界突破]
:強化系・旅団戦闘員級[限界突破]
:強化系・協会会長級[限界突破]
【発:極・中段正拳突き】[限界突破]
現在地:第97管理外世界
【カウリ】
年齢:22歳(/100歳)
・聖闘士:山羊座(12000P)
・魔法使用不可:→聖闘士(-12000P)
・魔力値:SSS(100P)
:SSSS[限界突破]
現在地:第97管理外世界
【ルミカ・シェベル】
年齢:18歳(/100歳)
・騎士:ヘッドライナー・公安騎士(50P)
:ヘッドライナー・騎士[限界突破]
:ヘッドライナー・国家騎士[限界突破]
:ヘッドライナー・天位[限界突破]
:ヘッドライナー・小天位[限界突破]
・SSランク結界魔導師(50P)
現在地:第97管理外世界
「……」
強えー。
つか、この爺さんと姉さん、どんだけ限界突破しとんねん!
しかも、この人ら、殆ど戦闘以外切り捨てたスキル編成すぎる。
所謂バトルジャンキー的な人たちなんだろうか?
そんな風に驚いているうちに、何となくいつもの気分に戻っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「リーダー、他の場所も終わったみたいだぜ」
神薙北斗(かんなぎほくと)は玄関で考え込んでいる東樹(あずまいつき)に声をかける。
死環白をかましたはやてをリビングのソファに寝かせ、タイミングよく他の担当から念話が届いたのだ。
高町家に入り込んだ異物は取り逃がしたものの、所謂原作キャラたちの説得はほぼ完了したようだ。
ただバニングス家担当の皇劉騎(すめらぎりゅうき)の報告では、やはりアリサ・バニングスは説得に応じなかった模様。
それを聞き、北斗は後でアリサにも死環白を撃たねばならんなと呟く。
「おい、樹?」
完全な利害関係からなった彼ら8人の共闘であるが、当然隙あらば相手を出し抜こうと皆心の底で思っている。
そんな中で、北斗は樹だけには忠誠に近い形の感情を抱いていた。
先日打倒した偽英雄王。
大片にその能力を秘匿しない彼に苛立ち、挑んだものの返り討ちにあった後、北斗は完全に自信を喪失していた。
そんな彼に共闘を持ちかけたのが樹である。
共闘など思考の端にもなかった北斗は、樹の話を目からウロコが落ちる思いで聞くことになる。
そして、思い通りにはいかなかったものの、予定通り偽英雄王は退場させた。
続いて、兵は神速を貴ぶとの言葉通り、海鳴に潜り込んでいた転生者共を今日1日で撃破せしめた。
まあ、自分たちの担当した八神家の転生者は逃がしてしまったし、高町家の転生者たちも同様ではあるが。
だが、拠点は潰したのだ。
これからシラミつぶしに探して、バニングス家の転生者の後を追わせてやろう。
北斗はそんな風に考えている。
「うん、ああ。さっきの男は逃がしたが、些末ごとだな。それに、フェイトが来ていないから3人ほど動向が読めない。早めにケリをつけよう」
樹がハッとしたように答える。
自分の宝具が通用しなかったのは、一旦棚に上げる。
それよりも、問題は虎桜院闇守(こおういんやみもり)を筆頭に、フェイト好きが未だ現れぬ彼女に苛立ちを隠そうとしない。
昨日までは偽英雄王という重石があったために表面化していなかったが、それがなくなった今、彼らの結束は恐ろしく脆くなっている。
とはいえ、樹も他の者も期間限定の共闘というのは自分だけが理解していると思っている。
割り当てに不満を隠そうとしなかった闇守と月村家の2人は、高町家担当の2人についでに皇劉騎も誘って処分することを考えねばな、と樹は思う。
幸いにして、目の前の北斗は自分に協力的だし、鳳凰院朱雀(ほうおういんすざく)は先の読める男だ。
カイ・スターゲイザーは読めない男だが、先行きのわからない男ではあるまい。
樹はそこまで考えて、さて死環白を撃ったはやてはどうしようと悩む。
自分を含めた生き残った8人に是非はやてが欲しいという人間がいなかったのだ。
ちなみに死んだ3人は、アレクサンドロがなのは派、刹那とレイはフェイト派である。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『さて、言いたことがあれば聴くぞ?』
画面の魔女がいつものようにうっすらと笑みを浮かべている。
「姐さんから見て、どんなもんです? 今回の按配は」
そして、迅雷も文句は言わない。
この画面の女性が自身を含めた転生者全てを、盤上のコマのようにしか思っていないのを知っている。
それを承知で従うのは、迅雷が八神はやての幸せを願うのと同じように、この女性がギル・グレアムとその使い魔2人の幸福を願っていることを知っているからだ。
『50点。まあ、ギリギリで赤点は免れたな』
そしてグレアムたちが半生を捧げたであろう時空管理局を、それにふさわしい組織にすべく全能を尽くしていることを知っている。
豪放磊落と腹黒陰険。
正反対なのにどこか似た者同士の2人は、彼女を嫌ったり苦手に思う転生者が多い中、異色の組み合わせとして全時空平和委員会でも有名だった。
「詳しくは聞きませんがね。まだ、取り返しはつきそうですか?」
『無論。作戦決行は明日○九○○。新しい力はそれまでに使いこなせ』
「了解。……それと、エレノワールのことは……すいません」
『構わん。娘の様なものだが、それでも道具だ。が、貴重な道具だ。次は大事に扱え』
サーヴァント・システムの生みの親にして、システムの根幹を担う女がどこか空虚に笑う。
「いっ、一応、今回ばかりは……」
単独じゃダメですか? とまで言えずに、
『ダメだ。規定にあるだろう?』
直ちに却下。
即ち、第九条第二項『全時空平和委員会局員は、有事に備えて必ず使い魔を1体以上所有しなければならない』である。
「まー、そうなんですが……」
言い淀む迅雷に、彼女が邪悪な笑みを浮かべる。
『因みに、既に次は用意してある。姿はエレの因子にお前のを加えて、娘っぽく仕上げてみた』
そう言うと、部屋の隅に不自然に置いてあったコンテナがプシューと開き、内部があらわになる。
中には、彼女が言うようにどこかエレノワールの面影を残した褐色の少女タイプの使い魔が、スリープ状態で待機していた。
さしもの迅雷も、顔がひきつる。
「……ここまで予測済みですか?」
至れり尽くせり。そんな言葉が浮かぶ中、ため息と共に尋ねる。
『当然だ。最悪に備え、既にアルカンシェル搭載済みの次元航行艦隊を火星軌道で待機させているぞ』
その返答は、最悪の場合は自分たちごと地球を吹き飛ばすということだ。
その最悪とは、自分たちが全滅し、バカな転生者がジュエルシードでやらかした場合となる。
「明日の作戦は、必ず成功させろ、ということですか」
状況は良くない。
こだわりは捨てろということか。
迅雷の言葉に、期待しているぞ、と彼女は通常グレアム家の者しか見ることのない邪気のない笑顔で笑った。
「おい、勇治」
僕が休憩所でぼんやりしていると、かんり……全時空平和委員会の制服(変更なし)に着替えた迅雷のオッサンがやってきた。
しかし、アロハシャツに見慣れた為か驚くほど陸士の服が似合わんな。
ちなみに、ゆきのは用意してもらった部屋で寝ている。
僕は寝る気にもなれなかったので、ここでぼんやりしていたのだが。
「どうしました?」
「うちらの大将がお呼びだ。滅多なことじゃ怒らんだろうが、まあ失礼のないようにな」
そう言って、付いて来いと促す。
大将?
全平和会のトップか?
そんな疑問符を浮かべながら付いていくと、通信室に入っていく。
「姐さん、連れてきましたぜ」
『ご苦労。後は自由にしていいぞ』
「自由にって、これ使い熟さんといかんでしょう……」
と、やりとりをした後、部屋を出る。
その際に、オッサンは指を鳴らしそこからボッと火を出した。
《転生者一覧が更新されました》
【リーゼフラン・グレアム】
年齢:35歳(/100歳)
・出身:何らかの実験施設(-200P)
・魔力値:無限(1000P)
・魔法使用不可:→魔力値(-1000P)
・軍師孔明(100P)
・運勢:天運(200P)
現在地:次元空間・全時空平和委員会本局
『さて、高町勇治くん。初めてお目にかかる、全時空平和委員会査監部長を務めるリーゼフラン・グレアムだ』
と、画面上であるにも関わらず転生者一覧が更新された。
そして、その情報によれば、この目の前の女性は圧倒的な運はあれども、ほぼ実力でその地位まで上り詰めたはずである。
『軍師孔明』は物事の成否を100%の確率で判断するスキルだ。
ただ有効な何かが前もってわかる訳ではないので、持ち主が有能でないと宝の持ち腐れになるはず。
「よ、よろしく」
というか、目がやばい。
僕を見る目、完全にモノを見る目だ。
『最初に言っておくが、私は自身を含めた全ての転生者に対して平等に価値がないと思っている。だが、そんな無価値な我々だがこの世界をよき方向を導く力だけは持っている。そして、それを正しく用いないクズは今すぐにでも処断してやりたいほどに嫌いだ』
淡々と言葉を重ねる画面の女性。
その紅い瞳に貫かれた僕は冷や汗を流すしかない。
『さて、高町勇治。君はこの世界に何ができる? 何をしようとしている? 是非、教えてくれないか』
それは質問と言う名の脅迫だった。
だけど、それは僕が──今だ為すべきことすら決められない自分の──本当にやりたいことを、見出す一歩になった。
「高町家の、しろ……父さん、母さん。兄さん、姉さん、なのはを、あいつらから取り戻したい!」
今は先ず手の届くところから。
そこから一歩ずつ進んでいこう。
『いいだろう、高町勇治。我々は全面的に君に協力しよう。まあ、実際は君が我々に手を貸す形になるだろうが』
それはそうだ。
僕では逆立ちしようが、あの転校生ズ一人相手に手も足も出ない。
『君の感知系スキルは相当レアだ。協力はじめに海鳴を我がものにしようと企む、愚か者共の情報を提供して欲しい』
そういえば、この転生者一覧については誰にも話したことはない。
ユージンさんは知っていただけだし、迅雷のオッサンも口にしたのは僕がそういったスキルを持っているということだけだ。
『君のスキルは転生者一覧というものだろう? Lvはしらんがね。クラナガンのバランという転生者から聞いたのだ、そういったスキルがあるとな』
僕のその疑問が顔に出ていたのか、リーゼフランさんはそう言ってきた。
ユージンさんと同じく、そうとう後発の人なのだろう、そのバランなる人は。
「わかりました。えーと、文書で提出する感じですか?」
『そう言えば、地球出身か。使い魔の一人を回す、その子から詳しいことを聞くように』
そう言って、彼女は通信を終える。
これが、僕の生涯の上司となるリーゼフラン・グレアムとの出会いであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……殺してやる」
明かり一つ点けていない自室でアリサ・バニングスは呪詛を吐く。
あの後、放心しているアリサを劉騎は使用人に命じて部屋へと運ぶ。
その際中、彼に笑顔が浮かぶことはなく、使用人たちに命じるのに手こずり、闇守の指示ということで漸く命令にこぎ着けていた。
「殺してやる」
正気に返ったアリサが最初にしたことは部屋から出ることだった。
が、ドアの外側には劉騎がもたれ掛かっており、彼女の非力ではそれを開ける事は叶わなかった。
出して! と叫ぶアリサに劉騎が、
「やめておけ。刃物を持ち出しても、俺は疎か闇守にも何もならんぞ」
淡々と言う。
しかも、通せんぼの本当の理由は闇守が八つ当たりに来るのを防ぐためらしい。
「逃げるんなら、手を貸さんでもない」
彼はアリサが両親のいる海外なら連中の手も届きにくいと言ってきた。
ついでに、
「どうせ、お前さんはアイツらにしてみれば刺身のつまだ」
非常に失礼な事を言う。
が、その言葉でいくらか頭が冷えた。
よく考えろ、アリサ・バニングス。
「絶対に、コロシテヤル」
そうだ、兄さんの仇を、絶対に──。
部屋の中から呪詛の声が聞こえなくなってから数時間、彼女は寝たのだろう。
劉騎は窓の外を見る。
いつの間にか夜が明けかけていた。
一睡もしていないが、それで参るようなヤワな体ではない。
「おい! 一杯付き合え! ウヒィヒヒヒ」
と、廊下の反対側から高そうな酒瓶を片手に、闇守が千鳥足で歩いてくる。
おまえ9歳だろ、と呆れながら手を振り無言で断る。
「ウェヒー、そんなつれないこというなよー。飲もうぜー、よー!」
断られてもなおフラフラと近づいてくる闇守。
いい加減、ウザイなと背をあずけていた扉から離れる。
「あ……」
ギィと、扉が開く。
「それなら、私がお尺を致しますわ」
と、どこか虚ろに見える瞳を浮かべたアリサが上目遣いで彼に近づく。
「おい?」
ほんの数時間前とは180度異なるアリサの態度に訝しむ劉騎。
「いいねぇ、いいねぇ! じゃああっちで飲み直そうかぁ!」
反対に、漸く俺の魅力に気づいたか! と、闇守は上機嫌でアリサの肩に手を回し歩き出そうとする。
笑顔に狂気を浮かべながら、アリサが闇守に密着する。
「ええ、だから……死んでくださらない!」
ドスッ!
「ギィッ! 痛ぇ!」
脇腹に強烈な痛みを感じ、視線を下に向けるとアリサの両手に握られたナイフが突き刺さっている。
一瞬で酔いが醒める。
変わりに頭の天辺まで血が昇った。
「て、てめぇ!」
腕を振り、アリサを体から引き剥がして蹴り飛ばす。
「あうっ」
思いっきり力を込められたため、踏ん張ることもできず廊下をゴロゴロと転がされる。
「こ、こここ殺す! ぜぇーってぇコロス!」
顔を真っ赤にしながら放った剣は、ギィイン! と硬質な音を放ち床に突き刺さる。
2人の間、アリサを守るようにして劉騎はが立ちはだかっていた。
「お……い、おい、おーい。んだ、てめぇ?」
邪魔してんのか? 殺すぞ? と闇守の口が歪む。
「やってみろ」
アリサに放たれた剣をたたき落とした劉騎は、一言、そう口にする。
「死ねよや!」
まるで上から見下すような物言いに、完全に殺す気で剣を続けざまに放つ。
「今まで、誰にも言わなかったが俺はベルトをしている。風車がついた所謂ライダーベルトってやつだ」
「あん?」
しかし、そのいずれも劉騎の拳にたたき落とされ、床に壁に突き刺さる。
「ただ、不思議なことにコイツが回ったことは今まで一度もなかった。まあ、改造人間としての力は問題なく発揮できていたから気にも止めなかったが」
「何言ってんだ、てめぇ」
劉騎の独演はなおも続く。
闇守もいつしか攻撃の手を止めていた。
「それが今、漸く理解できてな。俺の憧れたライダーたちは、何時だって誰かを守るために戦うヒーローだった。誰かを食い物にするような下衆とは違う。俺がやっていたのは彼らの敵がするようなことばかりだ」
劉騎の腹部にバックル部分が異常にゴツイベルトが浮かび上がる。
「本当に今更だ。でも、今更だろうが! やらない限り、俺は!」
ゴォオオ! とベルトの風車が音を立てて回り始める。
「あん? 風もないのに」
「風なら、今俺の心に吹いている……変、身!」
その掛け声と共に彼の体を光が覆い、次の瞬間、どこかで見たような、それでいて決定的に違う何かがそこにいた。
背はとてもではないが小学3年とはいえない。最低でも成人の平均身長は超えている。
それは一見、仮面ライダーと呼ばれる個体に見えなくもない。
しかし、それは生物質な外骨格に覆われ、どちらかというと敵側の怪人に見えた。
顔の、バッタを思わせる二対の瞳が、唯一それがライダーであることを主張している。
「ヒ、ヒヒ、なんだぁ、そりゃ! バケモノじゃねーか!」
その異形の姿にゲラゲラと闇守は笑い出す。
「バケモノか、今の俺にはそれこそが相応しい。待っていてやるから、さっさと出すといい」
文字通り上から闇守を見下ろし、劉騎が告げる。
「て、てめぇ! 変身したからって、調子こいてんじゃねーぞ!」
怒りの声を上げながらも、闇守は『無限の剣製』の詠唱を開始する。
そして、
「───Mywholelifewas(この体は、)“unlimited blade works”(無限の剣で出来ていた)」
待つこと数秒、2人の対峙する廊下は紅い剣の丘となる。
「笑えるくらい、無様に殺してやるよ!」
「やってみろ」
双方、そう告げ、剣と拳が激突した。
(なんだ、コリャ?)
打ち合って数合。
必殺のはずの『無限の剣製』を展開したのに押されている。
闇守はこの状況が理解できなかった。
剣を振るう。弾き飛ばされる。剣を振るう。弾き飛ばされる。
まだ十も打ち合っていない。
しかし、既に一方的な展開になりつつあった。
「なんなんだ、テメェ!」
雄叫びと共に剣を振るう。しかし、それが目の前の異形に届くことはない。
虎桜院闇守は根本的な勘違いをしていた。
『無限の剣製』は確かになんのリスクもなしに、原典の赤い英霊と同じ固有結界を展開できるトンデモスキルだ。
しかし、それを扱うのはあくまでも闇守本人なのである。
同じことはできる。
だが、同じように剣を振るっても膂力も技能もかの英霊に及ぶ訳がない。
そして本来であれば現実を侵食する神秘の御技は、最終的に同じ世界の魔力で形成されている異形の装甲となんら変わりのないものとなっている。
確かに、付加された特性は持っているだろう、しかし、それは神秘によるものではなくこの世界の魔力によるものなのだ。
ぶつかり合う剣と拳。
その中身が同じであれば、力が強いほうが勝つのは道理。
「ヒ、ヒィ!」
闇守は追い詰められていた。
最早、目の前の相手を倒すために剣を振るうのではなく、繰り出される拳を躱すために剣を振るっている。
溺れるものは藁をも掴む。
闇守の視界の端にその藁が写った。
「ムッ?」
今まさに、止めの一撃を打ち込まんとしたその瞬間、相手の剣が大きく弧を描いて飛んでいく。
手が滑ったか? と思ったのは刹那、剣の行く先にアリサ・バニングスがいることを思い出す。
と、同時に駆ける。
罠は承知。それでも彼はライダーたらんと望んだことを思い出した男だ。見捨てるという選択肢はなかった。
ギィン!
間一髪で剣を弾く。そして、彼女への射線をふさいだその背に、数多の剣が突き刺さった。
「ヒ、ヒヒ、ねえ? 今どんな気持ち? 今どんな気持ちィ?」
高笑いしながら、凶相に顔を歪める男が近づいてくる。
アリサが目まぐるしく動く現実に、なんとか付いていこうと体を起こした矢先のことである。
目の前の無愛想な男が急に変身して、憎たらしいアイツを圧倒したと思ったら、どうも自分のせいで窮地に陥っている。
「なんなのよ、コレェ」
兄が殺されてから、全然理解が追いつかない。
己を曲げて、媚びるような真似までしたのに、なんにもできないなんて。
どうにもならない現実にアリサは泣き言を零す。
「気にするな、と言っても無理か。さて、どういたものか……」
と、どう見ても致命傷に見えるが異形のライダーは人事のように呟く。
「えっ?」
そんな時であった。
ライダーの胸元から青白く光る宝石のようなものが飛び出したのは。
「ムッ?」
全く表情はわからないが、彼は幾拍か焦ったようにそれをつかもうとする。
『──アリサ、聞こえるかい? アリサ』
宝石から亡き兄、ユージン・バニングスの声が聞こえた。
そんな異常事態に劉騎も手を止める。
「兄さん?」
『ああ、聞こえているようで何よりだ。……アリサ、早速だけど君には辛い選択をしてもらわなければならない』
ホッとしたような声もつかの間、幾分沈んだ声が2人の耳をうつ。
「何? 兄さん、言って」
『君を戦いに巻き込むなんて考えたこともなかった。でも、そうも言っていられる状況じゃない』
「決めるなら早くしろ。長くはもたんぞ?」
と、再び闇守が剣を放ってきたので、それを弾きながら劉騎が口を挟む。
「ちょっと!」
口を挟んできた無粋な男に、ガーと唸るアリサ。
『ああ、すまない。アリサ、この宝石を手に取って』
「はい、兄さん」
と、反対に素直に従うアリサ。
劉騎はげんなりしながら剣を弾いた。
『じゃあ、僕の言葉に続いてくれ』
「わかったわ」
ジュエルシードを握りしめながら、アリサは祈るように兄の言葉を続けた。
『魂は天に、魄は地に』
「魂は天に、魄は地に」
詠唱と共に、手の中のジュエルシードが光を放つ。
『不屈の心を翼にのせて』
「不屈の心を翼にのせて」
その光は次第に色を変え、緋色へと変化していく。
『浄化の炎をこの胸に』
「浄化の炎をこの胸に」
このジュエルシードはユージンの魂と一体化し、全く別の存在へと変化していく。
『浄炎(PURGATION BLAZE)、起動(Set Up)!』
「パーゲイション・ブレイズ、セットアップ!」
赤い剣の丘を緋色の光が覆い尽くす。
その光が収まると、全長3mはあろうかという緋色の炎で形作られた翼がアリサの背に出現した。
「どうすればいいの?」
一応、自分の意思で動かせるようだが、如何せん反応が悪いそれを見ながらアリサが尋ねる。
『簡単なんだが、難しい。この炎の翼で相手を貫けばいい、のだけど。如何せん僕もアリサも戦ったことなどないからねぇ』
「俺がアレの動きを止める。それぐらいならこの体でもなんとかなるだろう」
ユージンの言葉に、流石に警戒して距離を取った闇守を見やりながら劉騎が答える。
「いっ! おい、こっちに来るんじゃない!」
引きつった顔で剣を放つ闇守。
無言でそれをたたき落としながら、一歩一歩近づいていく。
この時、彼が逃走に移らなかったのは、この剣の丘で、どうして自分が逃げねばならないというプライドのようなものにこだわったからだ。
そして、それが彼の運命を決めた。
「よし、捉えた。俺ごとやれ!」
ついに、至近距離まで近づかれ、干将莫耶を手にした両腕を万力のような手で握られる。
「は、離せ! 離せよぉおおお!」
「生憎、俺と一緒に地獄行きだ。付き合ってやるよ、一人きりじゃ寂しいもんな?」
両腕をつかまれ、闇守が自由な足でガシガシと蹴りつける。
が、魔力で幾分強化されているとはいえ所詮小学3年の筋力、変身した劉騎の体は小動もしない。
「……さよなら」
万感の思いを一言に、アリサはいまいち自由に動かせない緋色の翼に苛立ちを覚えつつも、それをどうにか2人に向け振るう。
「ハ、ヒュッ!」
「グッ!」
動きの止まった2人の転生者を、緋色の翼が諸共に貫いた。
そして、先日ユージン・バニングスがそうなったように、2人の体は光の粒子となって天に昇っていく。
「い、嫌だぁ! 死にたくなぁいいいいぃ!」
違うのは、生きたまま粒子に還元されることだろうか。
「……アリサ・バニングス、すまなかったな」
劉騎はそう言って消滅する。
「なによ、それ……」
勝手な事を、とアリサは憮然とした表情を浮かべる。
『まあ、彼のおかげで助かったのも事実だ。どう思うかはアリサの自由だが、それだけは認めてあげなさい』
いつの間にか、待機状態である緋色の水晶に戻ったのかユージンがそう言った。
「……そう、ね。ありがと、助かったわ」
はたして声は届くだろうか、アリサは窓から空を見上げた。
《転生者一覧が更新されました》
【ユージン・バニングス】
年齢:死亡(/100歳)
・家族:アリサ・バニングスの兄(50P)
・秀才(30P)
・容姿:美形(20P)
【守護霊:アリサ・バニングス】[限界突破]
【浄炎‐PURGATION BLAZE‐】[限界突破]
現在地:第97管理外世界
【虎桜院 闇守】
年齢:死亡(/15歳)
・転校生:9歳のなのはと同じクラス(30P)
・空戦SSSランク魔導師(300P)
・無限の剣製(1000P)
・ニコポ(100P)
・ナデポ(80P)
・容姿:超美形(100P)
・名前:虎桜院闇守(25P)
現在地:第97管理外世界
【皇 劉騎】
年齢:死亡(/24歳)
・転校生:9歳のなのはと同じクラス(30P)
・総合SSSランク魔導師(300P)
・改造人間:ライダータイプ(50P)
・ニコポ(100P)
・ナデポ(80P)
・容姿:超美形(100P)
・名前:皇劉騎(15P)
現在地:第97管理外世界
『まあ、感動的とでも言うのかね。ともかく貸した分の利息はきちんと働いてもらうよ』
(……)
(う、あ……ああ、うあああ)
『なんだか1人はそのままでも平気そうだね。もう1人の君は絶望は振り払っているようだから、人間の言うところで67年ほど痛みにのたうち回ってもらおうか』
(……承知、それが俺の罪だろう)
『……まあ、いいか』
『しかし、絶望したまま10年と、魂のまま妹の残り人生……普通、後者を選ぶものかね』
「ムッ、どうした高町ゆきの! 貴様の想いはそれまでかぁ!」
『……ほんとう、今回は変なのばかりだなぁ』