俺という人間には二つの特殊能力が備わっている。
一般的な男子高校生である俺が、如何にしてその特殊能力を得るに至ったか、それはまたの機会に語ろう。
今はその特殊能力についてだ。
まず一つ目。
俺はある種の『力』を感じることができる。
その力とは人間がそれぞれ持っているもので、個人によってその力の大きさは違う。
俺は他人のその力の大きさを見抜くことができる。
ではその力とは一体何の力なのか?
俺はその力を『TIP』と名づけた。
ずばりT(友達)I(いない)P(パワー)。
人間から発せられるそのパワーの大きさで、その人間がどれくらい友達がいないかが分かるのだ! すげー!
例えば、現在は昼休み。
教室には、数台の机をくっつけて作った即席のテーブルがある。
無論テーブルがあるからには、それに群がる人間もいる。
昼食を和気藹々と食べつつ、昨夜のドラマの話をする彼らには、TIPの波動が全く見えない。
彼らには友達がたくさんいるのだ。
そして一方で、ポツンと一人でもそもそと弁当を食べている男もいる。
その男は圧倒的なTIPを放ち、そのTIPたるやスカウターが爆発するどころか粒子状になって消滅するレベルだ。
彼には友達がいない。
高校生活が始まり一ヶ月。
教室の中ではいくつものコミュニティができていた。
各コミュニティごとに、それぞれの特色があるが、まあそれはいいだろう。
一人で弁当を食べている彼――彼はどのコミュニティにも所属していない。
言うなれば、彼はオンリーワン。一匹狼。単騎特攻。
何とかわいそうな男なのだろうか。
ほんと、一人でご飯食べてておいしいの? ねえ?
授業合間の休みに寝たフリするだけの仕事は楽?
「まあ、俺なんですけどねー」
っと、いかんいかん。
自虐に走りすぎて、つい独り言を呟いてしまった。
周りから変な目で……見られてない。
あ、そうか。いないこととして扱われてる、と。
なるほどなー。
へー。
うわーい、死にたーい。
ここで唐突に俺の二つ目の特殊能力について語ろう。
第二の能力それは――『友達がいない能力』!
え? 能力じゃない?
まあ、ぶっちゃけTIPとかも俺の捏造だしね。
話す相手がいないと、こうやって頭の中でアホなこと考えるくらいしかすることないんだ。
■■■
今更になって『何で』と思う。
何で友達がいないのか。
理由を考えてはみるも、これといって思い浮かばない。
高校生活が始まって一ヶ月。
その間、人に避けられるような奇行もしていないし、人を不快にさせるような事を言った覚えは無い。
それどころか入学以来、誰とも喋った覚えはない。
……うーん。
「それだ!?」
核心を拾い上げ、思わず大声をあげてしまう。
でも大丈夫、ここはトイレで、他に誰もいないし。
しかしなるほど。
そりゃ全く人とコミュニケーションを取らなかったら、友達もできんわなー。
緊張してたってのもあるし。
地元から出てきて一人暮らし、知人もいない。
高校生活が始まって最初の頃は、話しかけられた記憶もあるけど、なんか『お、おう……』って受け答えしかしてなかったなぁ。
そりゃいないこととして扱われるわ。
「よし!」
ここで切り替えよう。
流石に一ヶ月、この土地の空気にも慣れた。
ここからが俺の入学式、高校生活の始まりだっ。
友達もバリバリ作っちゃうんだぜ!
俺は気合を入れ、トイレから飛び出し、自分の教室へと帰った。
入り口の扉を開け、教室内を見渡す。
そこには一ヶ月を共に過ごしたクラスメイト達の姿。
よーし、パパ話かけちゃうぞー。
俺は教室の中心、クラスメイト達の輪の中に突進する。
よーし、よーし。
よし……
「……ふう」
そしてその輪を沿うように避け、自分の席に着き一息吐いた。
さて。
さてさて。
まあ……無理だよね。
もう出来上がっちゃってるもん。
一見さんお断りの店並みにできあがっちゃてるもん。
空気がもう完全にアウェイなんだよね。
つーかここ本当に俺の教室なのか?
声を出すのすらしんどい。
何ていうか……中学生くらいの時に初めて行った従兄弟の家、みたいな?
いやー無理だわー。
これ無理だわー。
スタートに失敗したわー。
「……」
これ本当に詰んでないか?
今の俺のカスみたいなTTP(友達作れるポイント。今作った)じゃ、この場での作戦行動は不可能だ.
つーかなんだアイツら。楽しそうだな、おい。
そんなゲラゲラ笑っちゃって……俺を殺す気か?
俺教室内で孤独死しますよ?
■■■
作戦を変えることにした。
今からクラスメイトの輪に入るのは無理だ。
TTPをもっと上げなければならない。
ではどうするか?
俺よりも友達がいない奴を探しに行く――。
そういうことだ。
幸いこの高校はマンモス校……とは言わないが、まあワニ校くらいには規模が大きい。
この学校のどこかに、俺のようにクラスの輪に入れなかった孤独死寸前の生徒がいるはず……!
と、いうわけで放課後は学園内を散策することにしたのだ。
つーか他にやることないし。
「家に帰ると、実家にいる妹の幻影が見えるんだよなー」
『お帰りお兄ちゃん! 学校は楽しかった?』なんて笑顔で言うのだ。
俺やばい。
そしてそれに話しかけて、若干満足してる俺はもっとやばい。
早く友達いなそうな奴を探さないと――お?
校舎から離れた中庭を歩いている時、俺の能力『友達いない奴レーダー』が反応した。
凄いTIPを感じる……! 今までにない背筋が凍えるほどのTIPを……!
俺はそのTIPが発せられる方角へ急いだ。
たどり着いた先は、中庭の隅に備え付けられている自動販売機。
その自動販売機の前に一人の女生徒が立っていた。
身長は低い。いかにも、つい最近まで中学生だった風な、垢抜けない後姿だ。
髪は黒く、二つに分けている、いわゆるツインテールだろうか。
少女を後ろから観察していると、何やら妙なことに気づいた。
少女は販売機のボタンを何度も押しているのだ。
そして更に妙なことに、少女の足元には山のようなジュースの缶。
販売機のジュース取り出し口を見ると、ジュースの缶で溢れている。
お金の入ってない自動販売機のボタンを延々と押す少女。
興味が出てきたので、話かけることにした。
後ろからポンと肩を叩き、できるだけ明るく声をかける。
「ハロー」
「……波浪?」
少女はゆらりとこちらに向き直った。
小首を傾げながら言葉を呟く姿は、見た目以上に幼く見えた。
「何か用ですか?」
「いや、さっきからボタンポチりまくってるから、何事かと」
「ああ……」
少女は小さく口を吊り上げ、皮肉気に微笑んだ。
「自動販売機のボタンを押しまくってたら、いつか缶の代わりに友達とか出てくるんじゃないかなーと、思いまして」
「いい感じに病んでるね君」
元気系ロリ枠っぽいのに勿体無い。
「だって全然友達できないんですよ……。いや、最初の頃は近くの席の人と話してたんですよ? でも、気づいたらその人たちは、何かどっかのグループに入ってて……話しかけても続かなくて……」
「あーあるある。置いてかれた感凄いよね」
「頑張って話に入ろうとするんですけど……どうやったら休みの日に皆で行ったショッピングの話に割り込めるんですか? ググっても出ないんですよね」
「そりゃgoogle先生はリア充だからな」
顔に影を落とす彼女には悪いが、俺は内心少し喜んでいた。
もしかしたら、この学校には俺のようなボッチはいないのかもしれない、その可能性を打ち砕いてくれたのだ。
「まあ、そこのベンチにでも座りなよ。ほらジュースあげるからさ」
「ど、どうも……ってこれ私のジュース」
近くのベンチに少女を誘導し、ジュースを渡す。
しかし、このジュースの山どうするんだろうな……。
「まずは自己紹介をしようか。俺の名前は山田一」
「どこぞのシナリオライターの様な名前ですね」
「え?」
「……っ! あ、い、いえ! な、何でもないです……! い、いい名前ですね!」
「ありがとう?」
何故か顔を赤くして急に慌て出した少女。
よく分からないけど……まあいいか。
「えっと、私は井本一奈です。同じ歳……ですよね」
「ああ、そうだ。そして同じく今日まで、友達を作れなかった同志でもある」
「ひんっ」
唐突に事実を告げられた井本さんは、涙目でビクリと震えた。
かわいそうだが仕方がない。
事実を受け入れなければならないのだ。
「君のTIPはおよそ……18万。なかなかのレベルだ」
「な、何ですそれ?」
「どれくらい友達がいないかを示した数字だ」
「ひぃぃぃっ!?」
再び井本さんは震えた。
「そのレベルでは、これからも一生友達はできないだろうな」
「い、一生……な、なんなんですか!? 私を虐めるために呼んだんですか!?」
「そうだ」
「そうなんですか!?」
「あ、いや違う。すまん」
あまりに虐めがいがあったので、つい悪乗りしてしまった。
「虐めるなんてとんでもない。その逆だ」
「ぎゃ、逆? い、虐めない……?」
「そーいうことではなく――友達になろうと、そう言ってるんだ」
「と、とも――友達に!? こ、この私と!? ドッジボールで最後まで残ってるのに、試合が終了する私に!?」
「だぜ」
俺は当社比三倍の微笑みを浮かべた。
「な、何でですか!? 何で私なんかと!?」
「俺も友達いないからさ。一人より二人だろ?」
「一人より二人!」
井本さんは雷撃を受けたかのように、仰け反った。
一々リアクションがでかい少女だ。
井本さんは俺の顔を探るかの様に見つめ、俺が真剣であることを理解すると、その目に涙を浮かべた。
「ほ、本当にいいんですか私で? わ、私めんどくさいですよ? メールとか一日100回くらいしますよ?」
「……」
「……ちょ、ちょっと『めんどくせえ……』って顔しませんでした?」
「メール大好きさ! メールでご飯三杯はいけるね!」
「山田クン――!」
井本さんはぐいと俺に近づき、手を握ってきた。
その目は久しぶりに飼い主に会えた子犬のようで、俺は軽く引いた。
こんなに喜ぶなんて、何だかいたいけな少女を騙している気がする。
い、いや騙しているわけじゃないさ。
これは俺の友達作りの最初の一歩。
「と、友達料は月にどれくらい払えばいいですか!?」
早くもその一歩は挫折しかけていたが。
TIPの凄まじさから、只者ではないと思っていたが……本当に只者じゃなかった。
俺の計画。
友達いない人間と友達になり、そのコミュニティを大きくする。
その中で友達を作る能力を養い、更に友達を作る。
いずれはこの学校中の人間と友達になれるって寸法だ。
「きょ、今日は家でご飯を食べていきませんか!?」
「間合いの取り方下手過ぎじゃね? 会って数分の人間を家に招待するなよ」
「両親にも紹介したいんですけど!」
「怖いな!?」
友達計画は前途多難だった。