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No.28390の一覧
[0] [習作]Steins;Madoka (Steins;Gate × まどか☆マギカ)[かっこう](2012/11/14 00:27)
[1] 世界線x.xxxxxx[かっこう](2011/06/17 21:12)
[2] 世界線0.091015→x.091015 ①[かっこう](2011/06/18 01:20)
[3] 世界線0.091015→x.091015 ②[かっこう](2011/06/28 21:37)
[4] 世界線0.091015→x.091015 ③[かっこう](2011/06/22 03:15)
[5] 世界線x.091015 「巴マミ」①[かっこう](2011/07/01 13:56)
[6] 世界線x.091015 「巴マミ」②[かっこう](2011/07/02 00:00)
[7] 世界線x.091015 「暁美ほむら」[かっこう](2011/08/12 02:35)
[8] 世界線x.091015 「休み時間」[かっこう](2011/07/10 22:08)
[9] 世界線x.091015 魔女と正義の味方と魔法少女①[かっこう](2011/07/19 07:43)
[10] 世界線x.091015 魔女と正義の味方と魔法少女②[かっこう](2011/07/26 14:17)
[11] 世界線x.091015 魔女と正義の味方と魔法少女③[かっこう](2011/08/12 02:04)
[12] 世界線x.091015 魔女と正義の味方と魔法少女④[かっこう](2011/09/08 01:26)
[13] 世界線x.091015→χ世界線0.091015 「ユウリ」[かっこう](2011/09/08 01:29)
[14] 世界線x.091015→χ世界線0.091015 「休憩」[かっこう](2011/09/22 23:53)
[15] χ世界線0.091015「魔法少女」[かっこう](2011/10/29 00:06)
[16] χ世界線0.091015 「キュウべえ」 注;読み飛ばし推奨 独自考察有り[かっこう](2011/10/15 13:51)
[17] χ世界線0.091015 「アトラクタフィールド」[かっこう](2011/11/18 00:25)
[18] χ世界線0.091015 「最初の分岐点」[かっこう](2011/12/09 22:13)
[19] episodeⅠ χ世界線0.409431「通り過ぎた世界線」①[かっこう](2012/01/10 13:57)
[20] episodeⅠ χ世界線0.409431「通り過ぎた世界線」②[かっこう](2011/12/18 22:44)
[21] episodeⅠ χ世界線0.409431「通り過ぎた世界線」③[かっこう](2012/01/14 00:58)
[22] episodeⅠ χ世界線0.409431「通り過ぎた世界線」④[かっこう](2012/03/02 18:32)
[23] episodeⅠ χ世界線0.409431「通り過ぎた世界線」⑤[かっこう](2012/03/02 19:08)
[24] episodeⅠ χ世界線0.409431「通り過ぎた世界線」⑥[かっこう](2012/05/08 15:21)
[25] episodeⅠ χ世界線0.409431「通り過ぎた世界線」⑦[かっこう](2012/05/10 23:33)
[26] χ世界線0.091015 「どうしてこうなった 前半」[かっこう](2012/06/07 20:57)
[27] χ世界線0.091015 「どうしてこうなった 後半1」[かっこう](2012/08/28 00:00)
[28] χ世界線0.091015 「どうしてこうなった 後編2」[かっこう](2012/11/14 00:47)
[29] χ世界線0.091015 「分岐点2」[かっこう](2013/01/26 00:36)
[30] χ世界線0.091015「■■■■■」[かっこう](2013/05/31 23:47)
[31] χ世界戦0.091015 「オペレーション・フミトビョルグ」[かっこう](2013/12/06 00:16)
[32] χ世界戦0.091015 「会合 加速」[かっこう](2014/05/05 11:10)
[33] χ世界線3.406288 『妄想トリガー;佐倉杏子編』[かっこう](2012/08/06 22:26)
[34] χ世界線3.406288 『妄想トリガー;暴走小町編』[かっこう](2013/04/19 01:12)
[35] χ世界線3.406288 『妄想トリガー;暴走小町編』2[かっこう](2013/07/30 00:00)
[36] χ世界線3.406288 『妄想トリガー;巴マミ編』[かっこう](2014/05/05 11:11)
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[28390] χ世界線3.406288 『妄想トリガー;佐倉杏子編』
Name: かっこう◆7172c748 ID:3f6e4993 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/08/06 22:26
注意;本編と関係ないハズの息抜きSSです。

投稿サイト閉鎖した?と、思いきや気づけば復活していたので高まるテンションの勢いに任せた即興SSです。

また、当方の中でまどマギの大好きカップリングは まどか×杏子 ほむら×キリカ マミ×織莉子 さやか×ゆま キュウべえ×オールキャラ と、ややイレギュラーよりと思われるカップリングが好きなのでラブコメは本編では・・・オカリンとは無理かなーと思うこの頃。
だが・・・ここなら出来る!本編で出来なくても題名が『妄想トリガー』だから大丈夫!オカリンとまどマギ達との・・・・・・・と思い書きました。
カッ、となって書いたモノなので気にせず『流し読み』してくれると幸いです。

このSSは当方の『妄想トリガー』です。
















未来ガジェット研究所。その構成メンバーのことを“ラボメン”と岡部倫太郎は呼んでいる。

そんなラボメンにとって、そこに集う少年少女にとって未来ガジェット研究所はとても居心地が良い。
理由は多々あるが、その一つに『変わることが無い』が挙げられる。では何が?誰が?

何が? もちろんそれは未来ガジェット研究所の在り方。魔法少女や関係者の居場所、味方である岡部倫太郎が必ずいてくれる場所、世界から見放されても受け入れてくれる場所。
誰が? 岡部倫太郎、鳳凰院凶真。その人が変わらずにいてくれる。彼は変わらない。彼はいなくならない。彼は失われない。彼は奪われない。

人は時と共に変わっていく。その心も想いも少しずつでも変わり続けていく。環境の変化からはもちろん、いろんな出会いや経験を経て変わっていく。
成長途中のラボメンだってそうだし・・・・・この世界線ではキュウべぇですら変わっている。
だけど、それでも未来ガジェット研究所のリーダーである岡部は変わることなく、揺るがなく、いつまでもそのままでいてくれた。

変化は常に変革と混乱を与える。例えば恋愛関係、どんなグループでも、どんなサークルでも、仲が良ければそれだけ人間関係に与える影響は大きい。
ラボメンはその設立目的、及び在り方から年頃の男女が構成員だ。“それ”は誰もが経験し、決して避けることは出来ない事柄なのだから無関係ではいられない。
だがリーダーである岡部は違う。この世界線において岡部には“それ”が無い。正確には薄い。枯れているとも言える。それ故に未来ガジェット研究所自体は揺るがない。
一番上で、誰よりも下で支える存在がいつだってラボメンを受け入れる。その手の話題の相談に完全中立でいてくれる。
例え何があっても彼はそこにいて、受け入れて、味方でいてくれる。だから彼等は安心していられる。変わらずの彼がいてくれるから。
岡部倫太郎を想う人間にとっては酷かもしれない。彼は受け入れても、味方でも、想ってくれていても、“それ”だけは絶対に応じることはないから。

だけど、それゆえに未来ガジェット研究所はラボメンにとって、岡部に想いを寄せる人々とって優しくて居心地が良い最高の場所になる。

だってそうだろう?何もかもが変わりゆく世界で決して変わらないのだから・・・あまりにも都合が良い。

長い人生で何があろうとも、例え岡部意外の誰かを好きになって“自分から離れることはあっても彼から離れていくことはない”のだから。

岡部倫太郎が自分を選んでくれなくても、他の誰かを選ぶことは無いのだから、告白してもふられると分かっていて、でも他の誰もがそうだと分かっている。

だから安心して隣にいることができる。いつか自分達にもそういう人ができるまで優しい時間を謳歌できる。

岡部倫太郎はいなくならない。
岡部倫太郎からいなくなることはない。
岡部倫太郎はどこにもいかない。
岡部倫太郎はどこかにいかない。
岡部倫太郎は誰かに奪われない。
岡部倫太郎は誰にも奪われない。
岡部倫太郎は誰かのモノにはならない。
岡部倫太郎は誰のモノにもならない。

そんな岡部倫太郎はラボメンのことを最優先に考えている。いつだって自分達の味方で、彼の一番は自分達なのだ。

それは変わることなく揺るがない。彼は変わらない・・・いなくならないし失われない、絶対に奪われない。

いつだって傍にいてくれて・・・・・・ほら、それはとても嬉しくて優しくて――――そんな場所は居心地が良いだろう?

絶対に裏切られないと同じなのだから――――――でも『人は変わり続けている』。



それを誰よりも彼から教えてもらってきたはずなのに



岡部倫太郎だって―――変わり続けている。












χ世界線■.■■■■■■



―――・・・・・・・からさっ、岡部倫太郎にとってアタシ達はまんま子供なんだよ。魔法が使えるからって関係ない
―――ん~・・・、じゃあ私達が『大人』ならいいのかな?大人に見えればいいのかな
―――見た目だけじゃ駄目だろうけどな、それだけならあいりの魔法や四号機でどうにでもなる。アイツは何だかんだ・・・・・アタシ達の事をちゃんと見ているから
―――じゃあ私達が『大人』って設定で・・・杏子ちゃんがやってみよう!
―――なんでアタシ!?アンタやマミでいいじゃんかっ!

―――・・・・・・で?なんか言い訳はある恭介?
―――上条君、素直に言えば■■■で許してあげますわよ?
―――それ死んじゃうんじゃないかなぁ・・・・・・はっ!?さやかも志筑さ・・・仁美も落ち着いてくれっ、僕は―――!!

―――うわぁ・・・・・アタシ、ああはなりたくないんだが?
―――でも私とほむらちゃんは試したし・・・杏子ちゃんはまだだよね?
―――そうね、私とまどかじゃ“いつもと変わらない”し、杏子なら何らかの変化があるんじゃない?それに今回は『設定』で―――
―――うん、『オカリンが私達を大人として見る』ように設定するしそれに・・・・・
―――ん?なんだよ急に黙って、やっぱやめとくか?岡部倫太郎もこのままじゃマズイし
―――ううん、そうじゃなくて・・・・あのね、杏子ちゃんはっ
―――うん?
―――ん~、まあ・・・・大丈夫かな?杏子ちゃんだし、なによりオカリンだし!
―――は?
―――みんな集まってー!さやかちゃんも仁美ちゃんも上条君のお仕置きは後にして
―――鹿目さん止めてくれると嬉しいんだけど・・・・・誤解から始まる争いは悲しいし痛いし最近シャレですまないし僕は―――
―――あのね上条君
―――?
―――男の人は『浮気をしていなくても浮気をしてると思われた時点で罪』なんだよ?
―――真顔でなんて恐ろしい事を言うんだ!!それじゃ僕と凶真はっ―――!?
―――うん、だからお仕置きは後でね、“まとめてやった方が効率がいいでしょ”?
―――怖い!最近鹿目さんが怖いよ!?
―――オカリンが不埒な事をしたら連帯責任だよ?ふふ、知らない女の子が“また”出てきたら・・・・・・・ふふふふふふふふっ
―――頑張れ凶真ァ!!君の行動に僕達の明日が掛かっている!!!
―――必死だね上条君、まぁ・・・なにせオカリンと上条君は50人近い魔法少女の前でディープキ――
―――それ以上は言ってはいけない!僕と凶真も・・・ようやく立ち直ったばかりなんだよ!?
―――なのに浮気したの?
―――してないよ!?そもそも僕も凶真も彼女いないのにどうやって浮気すればいいの!?
―――それを決めるのはオカリンと上条君じゃなくて私達だよ?
―――跳べよォオオオォオオオ!――――ってぇ!!?巴先輩後生ですから拘束を解いてください!!このままじゃ僕はっ、僕たちはっ!
―――へぇ、二階の窓から飛び降りてまで逃げようだなんて・・・・・後ろめたいことがやっぱりあるんだ・・・・恭介?
―――あらあらまあまあ、ふふふ、大丈夫ですよ上条君。凶真さんが無実なら“半分”で許してあげますわ
―――それでも半分!?無実なのに!?しかも経験上絶対に凶真は有罪になる未来しか見えないのに!
―――じゃあ始めるよー
―――超頑張れ凶真ァ!僕達の無実を・・・・・いやきっとどうせやっぱり不可能だけどっ、奇跡も魔法も全力で僕達の敵だけど頑張れー!!
―――・・・・・・はあ、ほんと毎回飽きないよな



―――アンタもそう思うだろ?なぁ、岡部倫太郎



がぽっ!

―――・・・・・・・・・え?
―――じゃあ、いってらっしゃい杏子ちゃん
―――ちょっ なんでアタシにまで――――――!!?
―――『愛を司る女神作戦【オペレーション・シェヴン】』スタート!
―――こらーっ!!!










『妄想トリガー;佐倉杏子編』


“2014”年12月1日05;30



―――OPERATION;SJOFN

―――Mission start


「・・・・・・ん?」

ふと、気づけば岡部は淹れたばかりのコーヒーを持ったまま立ちつくしていた。
ここは『未来ガジェット研究所』。アトラクタフィールドχで創り上げた新たな居場所。巴マミの家から出て三年、戸籍を手に入れ最初は苦労したがミス・カナメ・・・鹿目洵子をはじめとした多くの人たちの協力で四年という歳月をかけて岡部が築いてきた――――

(・・・・・・・・・・・・・“四年”?)

灯油ストーブの上に載せているヤカンからシュシュシュ、と、沸騰したお湯が水蒸気に変わり部屋全体を暖め今年一番の寒さから岡部を守ってくれている。窓に、外に視線を向ければ暗く、雪が浅く振っていて朝日が世界を照らすにはまだ時間がかかりそうだった。
もし晴れたならきっと雪が積もっていて綺麗な銀世界を眺めそうだ。“中学生のアイルー”と“小学生のブラザー・カナメ”は喜ぶだろう。そしてその様子をまどかとバイト戦士と一緒に―――

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだ?」

また、違和感が頭をかすめる。

「なにか・・・・・・おかしくないか?」

岡部は思考する。記憶に、“今”に違和感を抱く。過去こういった経験があっただけに油断はできない。そう、漠然とだが何かを忘れているような気がする。しかし気がするだけでそれがなんなのか分からない。
ここは未来ガジェット研究所で温かく、体を負傷しているわけでもないし危機が迫っている感じではない。リーディング・シュタイナー・・・?しかし特有の緊迫感がない。かつて味わってきた不安や恐怖、何より頭痛が無い。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・雪?」

暗い外に視線を向ければ雪が降っているのが見えた。

「まて・・・・・・・・・・・・・・・・・いまは、いつだ?」

呟きカレンダーに目を向けて、瞳に映した数字は―――――――今日は12月1日。今年もあとわずか、クリスマスや年末には集まれるラボメンが集まり恒例のパーティーを開いて、そして今年もラボメン全員が無事に・・・・・・・・?

「毎年・・・・・?いつから俺は――――ん?」

違和感が拭えない。首をひねり思考を現状の分析に総動員し違和感を取り除こうとする。

――――修正

~~~~~♪

そこに電話、まるで何かを妨害するようなタイミングで。
黒いセーターの上から羽織った白衣のポケットから深紅の携帯を取り出す。ディスプレイには『鹿目まどか』の文字。この世界線では“幼馴染じゃない”彼女からのいつものモーニングコールに自然頬が緩む、それを声に出さないように意識しながら通話のボタンを押す。

≪おはよ~オカリン。今日も寒いからちゃんと温かくしないと駄目だよ?お金は大切だけど健康が一番大切なんだからね≫
「おはようまどか、今日も寒いな。あと健康が一番なのはわかっているさ、だからミス・カナメに対する家賃の引き下げ交渉に協力してくれ。先月風邪をひいた原因はミス・カナメの取り立てで灯油が買えなかったのが原因だったんだぞ」
≪それはオカリンにも原因があったでしょ?≫
「まあ、そうだが・・・・・あれは少し理不尽すぎるような気が・・・」
≪私、誕生日だったんだけど?≫
「・・・・・・・・・俺が悪かった」
≪よろしい。ふふ、今日のオカリンは素直だから許してあげる。ママ・・・・・お母さんにも一応相談しといてあげるね≫
「助かる。それで今日は?」
≪うん、学校が終わったら買い物に行こうかなって・・・・一緒にいけそう?≫
「ああ、待ち合わせはいつもの場所で?」
≪うん、じゃあ―――――≫

待ち合わせの場所と時間を決めて電話を切る。今日も学校に行く前にラボに弁当(父:明久作orまどか作)を届けに来ると言っていた。“いつものように”。
そう・・・・・・そうだ、いつもだ。それでようやく頭はハッキリと思いだす。ようやくだ、平和ボケでもしていたのだろうか?未来を、平穏を取り戻したとはいえ油断は禁物だと言うのに。

(しかし、そう思えるだけの余裕が・・・・・幸福があるんだな)

幸せを噛みしめながら・・・・・・現状を再確認する事にしよう。この世界線での立ち位置を。偶然手に入れた奇跡の世界線を。
俺は岡部倫太郎、鳳凰院凶真。元の世界からこの世界線にきて再び立ち上がり、幾度となく世界線を渡り歩き今の世界線に辿りついて早四年。
当初この世界線での年齢は、見た目は別の世界線の『まどかの願いに引っ張られた』状態だったため中学生だった。今は大学生、この世界での因果は薄く、戸籍がなかったが偽造でなんとか取得に成功、β世界線の経験が役にたった。まどかよりも一つ上、マミと同じ年齢・・・。
ここは未来ガジェット研究所。一年間世話になったマミのマンションからここに移った。季節は冬でストーブが手放せない。生活費はミス・カナメの紹介で臨時のバイトを少々、しかし彼女の取り立てでなかなか貯金ができない。

「・・・・・灯油代は勘弁してほしいな」

死活問題なのだ。まどかを泣かす、悲しませる、それらに該当する。と、“彼女が判断すれば家賃が上がる”為・・・・なかなかスリリングな生活である。ちなみは家賃の方は初期の三倍にまで上がっている。元が安かったとはいえそろそろシャレにならない。
食事は毎朝まどかが持ってきてくれるので・・・・幼馴染でもないのに助かる。鹿目夫妻との関係も良好で夜も食事に呼ばれるので大丈夫・・・・原因であるミス・カナメにイロイロ説教される事になるが大恩ある身なので何も言えない。言うつもりもないが。
また、マミという頼りになる人もいるので“いざというべき避難場所”もあるが・・・数年前ヒモという言葉をゆまがテレビから得て純粋な瞳で「お兄ちゃんはヒモなの?」と聞かれたので本気で人生について考え始めた。このままでは不味い。何がまずいって・・・・・威厳が?一応これでも中身は・・・・・。

「いやまて違うんだ・・・・・・!俺はちゃんと働いていて決してヒモでは・・・・た、確かにマミの家にはたびたび転がりこんではいるが・・・・・・」

思い返せばβ世界線では研究に明け暮れ生活面は全力でサポートされていた・・・・・・・・・・・・うん?それはヒモなんじゃないか?俺はヒモだったんじゃないのか?
oh・・・衝撃の真実がこんな場面で明かされた。結果的に世界を変えた俺はグレートなヒモ。キング・オブ・ヒモである。不思議だ、死にたくなってきたぞ・・・・。
純粋な瞳、穢れ無き眼で見上げるゆまの視線と言葉を思い出す度に膝をつきたくなる今日この頃。それが災いしてか先月、かなり冷え込んだ日に灯油を買う金が無く、しかしマミの家に行くには躊躇いが生まれたその日、我慢に我慢を重ねた俺は病院に担ぎこまれた。本気で死にかけた。魔女も呪いも関係ない事で。
ちなみに先々月の10月3日はまどかの誕生日。その翌月で病院に担ぎ込まれた11月の家賃は大変だった。何があったのかは・・・・・・いろいろだ。家賃の取り立ては月の初めなので危険である。

「ふむ・・・」

ずず、と、コーヒーを口に含みながら気持ちを落ち着かせる。違和感はとりあえず勘違いだったと納得した。気のせいだと。何も問題ないと。

「この世界線はみんなが生きている世界線・・・・・・・本当によかった」
「――――なに朝から黄昏てんだ?アンタって一人の時でも厨二なのか」

ぶるり、と、体が震えた。突然の声、しかし最近は驚く事は少なくなってきた。後ろから、二階にあるラボの窓から声が聞こえるのは最近では珍しくなくない。
彼女は大抵窓からやってくる。体が震えたのは開かれた窓から入ってきた冷気に反応したからだ。

「おーっす。岡部倫太郎」
「バイト戦士・・・いい加減玄関から入ってこい」
「小せぇこと言うなよ、第一そう言いながらも毎日鍵開けてんのはアンタだろ」
「何度壊されたと思って・・・・」
「なぁ、こんだけの鍋の材料って冷蔵庫に入るか?」
「無視か・・・鍋?」
「半値印証時刻【ハーフプライスラべリングタイム】の賞品ってとこかな」
「この時間からか?まだ――――」
「うっせぇいろいろあんだよ!・・・で、冷蔵庫あいてんの?夜一緒に食おうぜ」
「そうだな・・・・・夜は抜いておこうと思っていたから丁度いい。助かる」
「決まりだな、じゃあ冷蔵庫借りるぞ」

いや本当に助かる。温かいご飯・・・・至福の一時を約束されたも当然だ。

「しっかしお前んとこは相変わらず金欠なんだなぁ」
「ほっとけ、ゆまは一緒じゃないのか?」
「おいてきた。今頃マミと一緒に朝飯作ってんじゃねぇか?アイツも学校があるしな」

そう言って窓から侵入してきた長髪赤毛の少女は靴を脱いでずかずかと、まるで我が家のように堂々と遠慮なく冷蔵庫に手をかける。靴は窓のすぐ近くに放置、岡部は床が濡れる前に靴を玄関に移動させる。最近はずっとこんな状況、一人で来るときは玄関から入らずに窓から、何かのジンクスだろうか?

「・・・・・相変わらず何も無いな。冬場はある程度入れといた方がいいってマミも言ってたぞ」
「そうすると留守の間にお前達が勝手に食うだろ・・・・・あと、まどかが」
「あー・・・まどかがなぁ、『芋サイダー』とドクペしかないな」
「せめて『冷やしたぬき』があれば・・・・・」
「それは別の世界線の・・・だろ?」

出会った頃よりも身長も伸び、顔の丸みがとれて凛々しさがました可愛いと言うよりも恰好良いと言う言葉が似合う女性。
黒いタートルロービングワンピースの上から赤いピーコート、脱いだ靴は黒のブーツ。黒のリボンでポニーテールにした彼女は同年代の女性と比べて・・・とても綺麗だった。
ごそごそとスーパーの袋から戦利品を冷蔵庫に移動させる彼女とは知り合ってから四年以上が経つ。
佐倉杏子。ラボに入り浸る現在フリーターのラボメン№08の魔法少女。

「なんにせよ可愛いアイツの手料理だ。“混ぜなきゃ無害”、普通なんだろ?たまには食ってやれよ。最近作ってないって愚痴ってたぞ」
「混ぜなければな」
「今日も?」
「ああ、学校に行く前に届けてくれるそうだ」
「・・・・・・・・・相変わらず仲良いよな」
「付き合いも長いしな」
「“一番避けてた相手なのにな”。まあいいや、ベット借りるぞ」
「は?」
「寝むいんだよ、そんじゃアタシは寝るから入ってくんなよ」

アコーデイオンカーテンの向こうに在る大きめな折りたたみ式ベット。そこに向かう杏子。その寝室とも言える場所にはタンスや段ボール等にいろいろな私物が大量に詰め込まれているが、それは岡部だけのではなくラボメンの私物も多々ある。
雑誌や小道具、私服や学校の制服、おまけに下着までだ。他にも何の用途に使うのかよく分からない物品も。

「いやお前・・・最近遠慮がなくなってきているぞ」
「うっせー、昔は何も言わずに何日も泊めてたじゃねぇか」
「あの時とは状況が違う」
「どこがだよ、バイトはしてるけど相変わらず学校には行ってないし魔女退治も相変わらずだ。昔と変わったのはアタシじゃなくて、アンタがラボメン以外の女も泊めることが多々あるってところだろロリコン」
「誰がだっ、人聞きの悪い事を言うなっ・・・・・・あの時と違ってお前には帰る場所も待っている人もいるではないか」
「そりゃそうだ。でもなぁ岡部倫太郎」

コートを脱いで近くのソファーに適当に放置、そして岡部に近づきながら杏子は問う。

「アンタから見て、アタシは昔より成長できたと・・・・変わったと思うか?」
「む?四年もたてばいろいろ変わるだろ」
「どこがさ」
「それは・・・・・まあ、昔よりは綺麗になったと思うぞ?」
「世辞は良好だな。んで、アタシを泊めづらくなった理由は?」
「おまえな・・・・・」
「ほれほれ、さっさと言わないとまどかが来んぞ?」

分かっていて聞いてくる。それが世辞ではないことを知っていてからかってくる。

「お前達が――――」
「アタシが」
「お前が・・・・・綺麗になったから、だから簡単に一人で泊めるわけにはいかない・・・・・・・・これでいいだろっ」

どうせいつも押し切られる。ならばさっさと降参してしまえばいい。それが最近での杏子への対応だった。少女から女性に、年齢的にはマミと同じ大学一年だが経験、精神といった内面はそこらの大人に引けをとらない。年齢以上に大人びて見える。お互いいい歳でもある。だからよく周りから噂されることがあって、それが杏子を一人で泊めないようにした理由。
それは他のラボメンにも言える。各ラボメンは非常に周囲の目を集める。それぞれが容姿端麗で性格もいい、当然ながら人当たりも良く近所の評判も良好の有名人達。それがほぼ毎日寂れた建物に集まり泊まり込みで騒いでいる。話題も上がると言える。ラボメンの構成メンバーは全員学生というのも噂が肥大する原因の一つ。
だけど三年前から大勢で騒いでいるのに、気づけば特定の人間だけが寝泊まりしている。“そう思われる”だけであの手この手の噂は広まり収拾するのに時間がかかる。どれだけ大人びていても、その精神が強くても、彼女達はまだ子供だ。ソウルジェムに負担をかけないためにも俺は―――――――――

―――・・・・・いや違う?いや・・・当たっている?彼女達はもう“大人”で・・・・・こども・・・・?

「え・・・・・あれ?」
「よしよし、アンタもいい加減アタシらを子供扱いしなくなってきたなっ」
「あ・・・・・うん?」

なんだろうか、やはり違和感がある。目の前の少女・・・・・女性に違和感が・・・・そういえば彼女の声はもっとこう・・・・・・。

「・・・・・・」
「だいたい年はアタシらと変わんないってのによぉ、アンタはずっと年下相手みたいに接してきたからな、それがどんなに――――」
「声・・・・」
「あん?」
「お前の声はもっとこう・・・・・・アニメ声じゃなかったか?」

そうだ。佐倉杏子の声は、彼女の声は決して滑舌が悪いというわけではないが、しかし舌ったらずな声だったような?違う・・・・あれは誰の声だ?
行動言動は出会った時から乱暴なイメージがあった杏子だが、その声はアニメ声そのものだったので割と岡部の中では―――

どすっ

「ごふっ!?」
「おい・・・・・テメエ、それは気にしてるから言うなっていったよな?」

杏子の拳が鳩尾に食い込む。忘れていた。失念していた。そうだった。

「言った途端にこれか?ガキ扱いすんじゃねえよ!」
「す、すまんっ」

せき込みながら、ぐりぐりと、拳を鳩尾に食い込ませる杏子に謝罪する。彼女は子供扱いされる事を極端に嫌う。四年の付き合いで把握していたのに失言だった。
やはり今日の俺はどこかおかしいらしい。“昨日”もバタバタしていたし・・・・・・寝ていないのでそれが原因かもしれない。

「今度言ったら顔面いくからな」
「いや・・・・・バイト戦士、それは勘弁してくれ」

割とシャレにならない、四年経った今でも筋肉とは無縁、肉付きは薄い。簡単に言えばヒョロイ。痛みにもなれないし彼女達は手加減を何処かに置き忘れている。なまじ魔法で傷を治せるからなおさらだ。
殴られたお腹を摩りながら右手に持ったコーヒーを彼女によこす。一応謝罪のつもりで。即物的な謝罪だが彼女の体も冷えていると思い決してまた殴られるのにビビっているわけではない。
・・・・・誰だって痛いのは嫌だろう?好きというなら個人の趣向だ、俺には関係ない。岡部倫太郎はホモでもマゾでもないのだから!・・・誰に訴えているんだ?

「ん・・・・・コーヒーか」
「は?あ、ああ、嫌いだったか?」
「いや・・・・」

受け取ったカップ、杏子は何かを躊躇っていた。そういえば俺はコーヒーをいつもブラックで飲むが他の皆は違う。
だからラボには彼女達の私物の他に台所にはスティック状の砂糖とコーヒー用のミルクが常備置かれている。

「ああ、ブラック飲めな――――」
「ッ、飲めるよ!馬鹿にすんな!」
「いや馬鹿にしたつもりは―――」
「うっせーッ、砂糖もミルクもいらねぇーよ!!!」

そう言って、ぐいっと、効果音が聞こえそうな勢いでコーヒーを口に含む。“入れたての湯気の立っているコーヒーを”。

「あつぶうっ!!!?」
「うわっ、噴き出すな馬鹿者!」
「あちゅっ、あつつ!!!?」

バタバタと慌ただしく水を求め杏子が走る。
俺は杏子から受け取ったカップをテーブルに置き雑巾を求めキッチンへ、台所の下にある戸棚を目指す。床、フローリングの床にコーヒーをぶちまけられたがテーブルの上に敷いたテーブルクロスにかからなかっただけマシだと思った。
まどかとマミが選んでくれたのだ。洗えば済む問題だが染みになったら困る。

「あちゅッ、あちゅ――――あついじゃねぇか!!」
「湯気がたっていた時点で気付け」

棚を開け、雑巾を取り出していると隣で水を飲んで口腔内を冷やしていた杏子が怒鳴ってきた。
ため息をこぼしながら立ち上がり、俺は杏子に手を伸ばす。

―――・・・・・・・・・・・? なんで俺は、手を・・・・?

「まったく、お前は毎回こんなんだな。ほら、見せてみろ」
「誰のせいだとっ・・・・だったら少しは冷やしておけよな!」
「そんな無茶な」

当たり前のように、見てどうこうなるわけでもないのに、俺は右手を伸ばし杏子の頬に触れる。杏子はソレを避ける事も嫌がる事もしない。雪の降る季節に外を出歩いていたのだから当然杏子の肌は冷たく、しかし柔らかく温かかった。
そんな矛盾を感じながら杏子の唇を見詰める。口を冷やすために含んだ水道水が口元を妖艶に濡らし、柔らかそうな唇は魅了するように生温かい吐息を吐きだしている。
頬に触れた右手、親指は杏子の唇の端を捕え、人差し指と中指を頬に添え、薬指で顎を持ちあげる。

「ふ・・・んっ・・・・・」
「・・・・・・・・・」

ヤカンからシュシュ、と聞こえる音と、杏子の吐息だけがラボに存在し、残りの音が世界か消失している。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんぞ?

妙な空気だ。おかしな状況だ。ありえない展開だ。振り払ったはずの違和感が再び戻ってきている。
俺は鳳凰院凶真。そして彼女は大切なラボメン№08。それだけだ、それだけでありながら命をかけて守る大切な女性だ・・・・・・・そう、佐倉杏子は――――・・・・・・・うん?

「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」

暖房の効いた空間に冷えた体が温まってきたのか、冷えて真っ白だった杏子の頬は薄くピンク色へと血行が良くなっているのが分かる。
その頬を撫でるように、唇の端に添えられていた親指を動かし優しく愛撫する。
「んっ」と唇から零れた声に―――指を離すことはしなかった。杏子も離れることはしなかった。
むしろ彼女は・・・偶然なんだろうが頬に触れた右手に自ら頬を押し付けるように身をよじり、そして見た目以上に幼い瞳で俺を見上げる・・・・・それを真っ直ぐに見つめ返す。
酷く無防備で、それでいてとても魅力的に見える。普段なら、いつもなら危なっかしいと思っていたハズなのに。
幼くも気高く、あどけなくも美しい。岡部倫太郎から見て佐倉杏子はそんな女だった。

そして―――

「おっはよー!」

ズバーン! と、豪快に玄関を鹿目まどかが解き放ち朝の挨拶をかました。

「「っ!?」」

ばばっ、と、お互い距離を取り戦闘態勢にはいる。
そう、俺と杏子は突然お互いの存在に異議を憶えてたまたま戦闘に入ってもいいんじゃないかなと思って別にこれと言った理由から何かを誤魔化そうとかそもそも何をと言うか何もなかったから特に何もないと言い訳とか別にピンク色の謎とかいやはや・・・・・・もうどうでもいいや・・・・うん。

「えっと・・・・どうかしたの二人とも?」
「「いや~別に!?おはようまどか今日も可愛いな!」」
「うん、二人とも何を隠してるのかな?」
「「えっ、なんのこと!?まだばれてないよ!?」」

まどかの笑顔に半分自白したまま俺達は朝を迎えた。

「『一発百撃の聖弓【ピンポイント・サジタリウス】』!!!」
「「躊躇いがねぇ!!?」」

まどかの躊躇いのない射撃と言う名の砲撃、室内を桜色に照らしながら朝を迎えた。






2014年12月1日07;15



「ごふっ」
「大丈夫オカリン?」
「もっと手加減を・・・・」
「いや」
「ですよねー・・・」

岡部は痛む体を引きずっていた。あの後まどかとミスター・カナメ作の弁当を食べて一緒に家を出ていた。
雪の積もった道を、隣でいつの頃からかツインからポニテにした髪を揺らしながら、まどかはいつものように岡部の隣を歩いている。
杏子は結局ラボで寝ている。杏子がラボにいること自体は珍しくないので追及は特になかった・・・・不振の視線はあったが。攻撃はあったが。割と手加減もなかったが。
しかし助かった。岡部はそう思っている。“アレ”は一体なんだったのか?正直まどかが来てくれて助かった。自分も杏子もあの瞬間正気に戻った・・・いや、戻れたと言った方が正しいかもしれない。一時の迷いとか、吊り橋効果とかそういうものじゃない。まるで無理矢理“そう思う”ように誘導されたような不快感があったのだ。

―――修正

・・・・・?

・・・とは言え、そう言うほど、あの状況は、まあ別に、コレと言ってあの状況は悪い気はしない。もちろん不快感は大いにあるが杏子に対しては別に・・・・・・なんの言い訳をしているのだろうか?
首を傾げる岡部に学校指定の制服の上からモコモコしたコートを羽織ったまどかは声をかける。

「本当に杏子ちゃんの分のご飯はいいのかな?」
「既にすんでいる。朝からどこぞの店でハーフプライ・・・・・・弁当を食ったそうだ」
「そっか、ところでオカリン」
「ん?」
「ほんとうにさっきは何もなかったの?」
「・・・・・・・・・・・もちろん」
「本当に?」
「ん」
「私の目を見て言ってみて」
「もちろんだ」

じっ、と、視線を合わせる。高校三年生になった鹿目まどか。高校生になっても少し幼さを残す顔立ちとあどけない瞳。未だに中学生にも見えるまどかの瞳を真っ直ぐに見詰める。数年前にプレゼントしたチェック柄の赤いメガネの向こうから綺麗な瞳が岡部の真偽を確かめようと真っ直ぐに見詰める。
俺に後ろめたいことはない。・・・・・・・・・ないよ?ここは笑顔での対応が大人として正しいだろう。年齢は一つしか違わないが中身は大人な鳳凰院を魅せつけよう。

「(^-^)」
「・・・・・・・・・」じー
「(^-^;)」
「・・・・・・・・・」じ~
「(^_^;)ゝ」
「・・・・・・・・・」じー
「((^_^.))」
「・・・・・・・・・」じ~~
「(((^^ゞ)))」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」じ~~~~~~~
「(;一_一)」ちらっ
「うん、夜は覚悟しておいてねオカリン、私頑張っちゃうから♪」

プレッシャーに負けて視線をそらしてしまったとはいえ、いやはや・・・・・まったくこの娘は無自覚に意味深な言葉を使って少しは年齢を考えてほしいモノだ。フゥーハハハハハ!


―――――さて、今の所持金でどれだけこの街から離れられるだろうか・・・・


「あ、ちゃんと買い物付き合ってもらうからその時にまではちゃんと言い訳考えていてよ?」
「あ」

・・・・・そういえば約束していたんだった

「これは宿題だからね?あと約束・・・・・破ったら分散射撃【ディスパーション・ショット】だからね?」
「まどか・・・・・さすがに500hitは手加減しても死んでしまうと思うんだ」
「でも一発じゃ反省しないでしょ?」
「一発でも100hitあるよな?」

百発百中じゃない。一撃必殺じゃない。百発分の威力の一撃じゃない。“一発が百撃の魔法”。

「なに約束は守るさ・・・・・守れ・・・いや、守れるさ?」
「そこで断言できないのがオカリンの罪だよね」
「違うぞまどか・・・世界がいつもここぞというタイミングで俺にミッションを与えるのだ」
「うん、その言い訳は聞き飽きました」
「え、まどか?」
「約束破ったら酷いからね?」
「あの・・・・」
「手加減・・・・・・・・しないからね」
「・・・・・・・約束破ったら俺は死ぬのか?」
「ばか」

まどかは高校へと繋がる通学路へと・・・・岡部から離れて行った。






2014年12月1日13;30 某大学内学食



「さて諸君・・・・・・・・・・・・・・・・・助けてくれ」

真剣な顔で午前中の抗議を過ごしていた岡部に学友の皆が気を使って食事に誘い、悩みがあるなら聞くぞ、と温かな言葉を送ればこう返された。
その言葉は短く、しかしそれゆえに最も分かりやすく、伝わりやすい明確なものだった。

「“今日も”開口一番に助けを求められたぜ」
「えっと・・・・・凶真君、今度は誰に殺されそうなの?」
「ちゃんと心をこめて謝れば―――――あっ、それで前回は入院したんだっけ?」
「今回はどういった誤解を押し付けられたんだ?セクハラか?二股か?結婚か?」
「または逆のパターンか」
「つーと?」
「ちょっかいかけといていざ相手が乗ってきたら逃げる!・・・・みたいな?」
「あ~・・・・、岡部ならあるな」
「応えてあげようとして・・・か、セクハラ野郎の風上にも置けんただのチキン野郎ねっ・・・このクズ!」
「それって・・・・さ、女の子側からしたら・・・・あまりいい気はしないよ?」
「いやいや男性サイドからしても殺意が湧くぞ」
「もうあれだよな、いっそ裁かれろよ」

その短い言葉だけで彼等は岡部の置かれた状況を理解したらしい、これを友情と呼ぶのだろうか?一部既に岡部の事を見限っているが・・・。この大学で知り合い友人となった彼等の思い思いの言葉に反論しようとするが何とか抑える岡部、ご飯を奢ってもらっているからなのはもちろん、割と思い当たるふしもあるのだ。

「好き勝手言いよってからに・・・・いいか、リミットまであと数時間しかないのだぞ?真面目に聞いてくれ、このままでは最悪年越しを病院及び留年記念で過ごす羽目になるのだ!!」
「自信たっぷりに言い切ったなこの男・・・・」

岡部の大学での出席状況はあまり褒められたものではない。既にデットライン。もう崖っぷち。さあバンジー。そして留年へ・・・・・・。

「ミス・カナメに殺される!」

この世界線での岡部の敵は魔女や魔法少女達だけではない。というか大学に行けない理由の半分は鹿目洵子その人のせいなのだが・・・・留年でもすれば問答無用で折檻される。
項垂れる岡部をそれぞれが憐みの視線で見つめる。同時にこのまま放っておけないと思った。付き合いこそ一年にも満たないがそれでも彼等は鳳凰院凶真と名乗る岡部倫太郎がどういった人物なのかは何となく察している。
この男はどちらかと言えば善人のお人好しで愚か者。彼の周りに集まる人達を見れば、それこそ興味本位で少しの間でも付き合ってみればなかなか面白い、この男は飽きない人間だ。
人間関係において男も女も先輩も教授も上も下も関係無しに興味がある事には積極的に関わり何かを思いつけば常にニヤニヤしている。気になる事や疑問に思ったことは即座に質問し時間が許す限り積極的に関わるので教師、講師側の人間からは面白いほど期待されている。
その行動はまるで“過ごせなかった分を取り戻そうとしている”一種の焦りにも見えるが、楽しそうなのでそれに関しては誰も何も言わない。

それに大学内に遊びに来る彼女達のために一生懸命に、それこそ留年覚悟で彼女達のために必死に挑む姿は好感を持てる。

「しゃーねぇなぁー」
「うん・・・・私達も協力するよ」
「確か宿題が『今日の朝の言い訳』で・・・・約束が『一緒に買い物』だよね?」
「約束は問題ねぇわな!一緒に買い物に行け、ソレで解決だっ」
「問題は残る一つ・・・・、毎回これが主な原因だな」
「だな・・・・」
「そもそも誤解なんだろ?」
「岡部はいつもそれで怪我しているからなぁ・・・・」
「それだけ想われている幸せ者か、またはそれを良い事に周りを振り回している不埒者か・・・その違いで対策は変わってくるわね」
「あれ・・・?どっちにしても優柔不断なのが原因なんじゃないかな?」
「いや、鳳凰院はその辺はハッキリさせているのだろ?それでも周りに集まると言うか――――」
「もうアレだよね!爆発しろよ!!」
「経験積みだ」

岡部は何も気負うことなく答える。爆発?とっくの昔に経験積みだ。上条もキュウべぇも。
爆発はおろか刺されたり切られたり突かれたり潰されたり膨らんだり叩かれたり伸ばされたり縮められたり沈められたり打ち上げられたり落とされたり聞かされたり言わされたりブチマケラレタリ・・・・・・・・

「立ち向かうだけが人生じゃない・・・・そう、ときに人は逃げの道も用意しておくべきではないだろうか」
「瞳が死んでいるぞ岡部・・・・・帰ってこい」
「つっても逃走用の金あんのか?」
「所持金は312円だ!」
「諦めろよ」×7

岡部の後ろ向きな言葉に全員が同じ言葉を返した。ちなみに預金通帳の残高は8014円だったりする。今日は12月1日。もう・・・・駄目かもしれない。救いは家賃を既に支払い済みということぐらいか。
日雇いのバイトで生を繋ぐしかない。そもそも岡部は逃げ切れない。彼女達はそんなに甘い娘達じゃない。立ち向かう以外に生存の道はない。
所持金の低さに涙しながら、同情としてそっとオカズを分けてもらいながら、周りの視線を集めながら岡部は生存ルートを模索し続けていた。

「とりあえず彼女のご機嫌とったら?」岡「それができれば苦労しない・・・」「好きなものあげるとか」「モノで釣るんですね!」「プレゼントと言えっ」岡「312円・・・」「ゴミめ!」「愛の告白だ!」「えっと・・・誰に?」「彼女にだろ?」「でも冗談とばれたら・・・」岡「気づけばベットの上で目が覚めたな―――病院の」「経験あるんだ」岡「ゲームで・・・・」「ガチで反撃かぁ・・・」「でも知らないとこでの罰ゲームみたいで、そんな告白は酷いよ?」岡「傍にいたんだぞ?ゲームの参加者で似たような命令したくせに・・・」「王様ゲーム?」「不憫な」「周りにいる子から誰か選べば?」「いっそ楽になるかもね、凶真も周りも」「最初に楽になるのは岡部だろうな・・・いろんな意味で」岡「あ、なぜか上条の顔が浮かんで消えていった!?」「ああ・・・後輩の」「あの子も割と不憫よね」「それも鳳凰院よりもな・・・」「素直に謝っても駄目なんだよね?」「そもそも誤解なんだろ?」岡「うん?」「誤解なんだべ?」「まぁ毎回それで疑われて傷つけられちゃあね」「うん・・・凶真君少し可哀そうかも」「だな」「で?誤解なんだろ岡部」岡「あ・・・うん」「例えば・・・卒業旅行でグループの一人の子と海外に黙って行ったとか―――」岡「一応・・・・本当のことなんだ」「・・・じゃあ家出少女とその親友を数日にわたって家に泊めてそれを理由に誕生日の予定をドタキャン――」岡「やむおえない事情でそうなった・・・の、かな?うん・・・」「・・・想い人のいる子のファーストキスを奪ってしまったって誤解は・・・」岡「えっと、まっ、まあ結果的にそう見えなくもなくもないような!?」「おいおい・・・じゃあ居候させてもらっていた女の家に別の女を上げてあれこれ世話をやいたって話しは?」岡「その・・・・まぁ・・・うん」「・・・・・・・・・・・今回の誤解は?」岡「いやいや、そんなまさか・・・・・・・・・(;一_一)」「「「「「「「死ねよお前」」」」」」」

誤解と言えば誤解そのものなのだが客観的に見れば―――主観的に見てもそうだったので反論できない岡部に友人からの罵倒が容赦なく飛んでくる。
言い訳として、その時の岡部には下心とかはなかった。たしかに彼女達に好意は抱いている。しかしそれは純粋なる好意であって―――純粋な好意という定義は人それぞれだが―――彼女達に対し恋愛感情は無い。あえて言うなら妹へ向ける兄の・・・・・・・兄妹愛や親子愛?・・・・・・縁側で座るおじいちゃんが孫を見詰める心境・・・・・・これはさすがに彼女達に言えば殺されるので絶対に言わないが。

「いやだから全部誤解なんだ!」
「誤解にもほどがあるだろ天然たらし野郎!」
「たら・・・!?違う俺はっ―――!」



「はいはいそこまでだよ君達!少しは周りに気を配りなっ」



突然ぱこっ、と、後ろから岡部の頭を誰かが叩いた。会話に集中していてとっさに反応できなかった岡部達は襲撃者へと視線を向ける。
そして全員が口を閉ざした。岡部も、その友人も全員だ。他の誰かだったらこうはならない。彼女だけをそれを出来る。
原因は岡部、周りの友人は岡部が彼女に取る態度のために沈黙してしまう。

「椎名レミ」
「こんにちは鳳凰院凶真君、でも―――」
「ぬお!?」
「フルネームでの呼び捨てとはどういう事かな~と、昨日もその前もずっとずっと忠告しているわけなんだけど?」
「ちょっ!?まて椎名レ―――」
「ん~?」
「っ」

ぱんぱん、と、綺麗に決まったチョークスリーパーを解除してもらうために椎名レミと呼ばれた―――かつての幼馴染の性と、かつての親友の娘の性格に似た―――女性の腕を叩くが技は解かれない。
岡部は自身の顔に血液が集中してきているのを感じていた。酸欠からではない、見た目以上に緩く技はかけられている。それでもほどけないほどの筋力差が発生はしているが。顔が赤くなる原因は後頭部に感じる温かく柔らかい感触、それと同時に甘く優しい匂い、それをぐいぐいと押しつけられているからだ。
・・・・・それだけのはずだ。それだけで十分だ。

「ん~?」
「まてっ―――いやほんとに待てと言っている!?」
「ん~~?」
「こっ、この―――!!」

からかわれている。それを理解しているから焦るなと理性は告げている。ならばみっともなく焦るな、彼女達と接する時のように紳士に対応をするのだ。いかに年上の女性でこの世界で初めて――――――――いらないことは考えるな。この女に対する気持ちは気のせいだ。まゆりと同じ性で、鈴羽と似た性格なだけで・・・・・ただの哀愁だ。確かに彼女とは面識も込み入った事情もあるがそれとこれとは別で――――

「ん~~~?ほらほらどうしたどうした勢いが無くなってきたぞっ?もしかして~・・・」
「っ!いい加減にしてもらおうか椎名レミ!!」

腕を振り解き、岡部は座っていた食堂の椅子から立ち上がって目の前の女を睨みつける。
両肩から下がる二本のおさげに岡部同様に白衣を纏っている女性。鍛えているのか白衣から覗くポロシャツとスラックスをスタイリッシュに着こなしたスレンダーな体つき(決して貧乳ではない)。実年齢こそこの世界線の岡部よりも上で■■才だがどう見ても同年代にしか観えない有名人。二週間前に講師として大学にやってきた女。岡部倫太郎が唯一異性と関わる中で“普通の態度”をとる・・・・・それこそ彼女達にも見せない顔を晒す女性。

椎名レミ――――魔法少女。岡部倫太郎が“普通”に意識している女性

それに気づいているが故に皆がつい押し黙ってしまう。皆から見て岡部は明らかに彼女を意識している。それが『本気』かただの『意識程度』なのかは分からない。それこそ岡部自身も。
誰にだって異性に対し意識は少なからずある。それが普通だ。好き嫌い以前に自分とは違うのだと、小学生をすぎれば嫌でも意識する―――普通は。
皆が知る岡部倫太郎はそれが疎い、といか枯れているのか、または“誰かを忘れられないのか”。それ故に誰かと関係を持つ事も、そうなろうという意思もかなり薄いように見える。
そのためか異性との接触や交流に対し岡部倫太郎と言う人物はあまりにも男女の境に対し疑問や違和感を持ちこまず簡単にその垣根を超える。それが結果的に好意的に見えることも多々ある。あまりにも真っ直ぐで邪心が無いのだから・・・・。
皆は岡部に直接聞いたことが無い。というか岡部はどうも彼女に対し他の友人と接する時とはと違う・・・『彼女達』と接する時ともまた違う態度である事に気づいていない。
他の人間が相手なら、それが意識していない行動であればどれだけ物理的接近しようとも意識しない。互いに意識していないから。相手が意図的に接近、好意であれ、からかいであれ、岡部はソレに気づけばかわしてしまう。本気だった場合、それに応える気はないから。応えきれないから。

「ほらほら大声出さない、そのために注意しに来たんだからね」
「誰が原因だと思っているっ」
「もしかして私?ちょっとじゃれただけじゃないか、君が焦りすぎなだけだよ。これじゃあ私まで注意されちゃうじゃないか」
「なんだと・・・いや、そもそも不用意に異性に抱きつくとはっ、少しは考えるものだぞ椎名レミ」
「なにを言っているんだい君は。そんなもの慣れっこのくせになんで私の時だけそんな過剰に反応するのさっ、実は微妙に傷ついているんだよ私は?」
「なっ?いや・・・それはっ・・・」

ラボメン。岡部の周りにいる同年代の彼女達は見た目も性格も大変良いものだ。岡部とてそんな彼女達の事が大切で好意を抱いている。しかし彼女達との過度の接触こそ焦りはしても、取り乱したりはしても・・・そこに期待しない、意識しない。彼女達を『女』としては決して見ない。
手を繋いでも、二人っきりで遊びに行っても、ラボで一緒に寝泊まりしても――――異性としてはともかく、女として意識しない。それは“異常”だった。岡部倫太郎は見麗しい同年代の彼女達の事を子供としてしか観ていない。
あれだけ想っていても、どれだけ想っていても一線を超えない。そもそも意識していない。想像できない。男友達のように。兄妹のように。娘のように。孫のように。
それに比べ彼女に対しての岡部の態度はあまりにも“普通”だ。見た目こそ彼女達と大差はないのに、それこそ異性に対する対応として、男子特有の異性に対しての過剰な反応そのものだ。先程のじゃれ合いにも邪な、一番近くにいる彼女達には抱かない感情が滲み出てしまっていた。

「まぁ冗談なんだけどね?・・・・・・・・おんやぁ、本気にして心配してくれた?罪悪感と抱いちゃったのかい凶真君?」
「んな!?貴様ァ・・・」
「だから名前で呼びなさい、一応私は君よりも年上なんだぞ」

からかわれていることに対し岡部は悔しそうにしている。そんな岡部を腰に両手を当てた姿勢のまま笑顔で接する椎名レミ。
もう一つ、友人の彼等は知っている。椎名レミ。その人も岡部を意識していると。彼女は見た目も若く美しい、その性格も人を引き付け魅了する。就任して二週間ですでに本校の講師や生徒から支持を得ている。
そんな彼女の周りには人が集まり岡部とは違った意味で話題の中心にいる。だが、いろんな人と接する彼女は人間関係には一定の距離感をもっていた。まして人前では絶対に異性に抱きつくなどの真似はしない・・・・はずだった。
彼女は数日前から岡部に積極的に関わるようになっていた。友人も周りの人間も何があったのかは知らない。聞いてもかわされる。だから気になる。岡部倫太郎も椎名レミも壁があったのに、超えられない境界線があった。
彼女はその日を境によりいっそう笑うようになった。まるで“彼女達のように”岡部に笑顔を向ける。岡部はそんな彼女を意識している・・・・彼女達には見せない態度で、年相応の感情で接する。

「だいたい何故まだ此処にいる。今日は別の大学に行くと言っていたではないかっ」
「だからその前に君の顔を見に来たんじゃないか、そしたら別の女の子の事でまた騒いでいたからちょっかいを出しただけだよ」
「・・・俺に用事があるわけでもないのならさっさと用事を済ませればいいだろう、そもそも俺とあいつ等の事はお前には関係ない」
「つれないね~・・・・何で君はそんなに私には冷たいんだい。さっきはああ言ったけど割とくるものがあるのは本当なんだよ?」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・?あ、もしかして期待した言葉じゃなくてがっかりしたとか?かわい~な~君は!」
「――――っ」
「はいっ、ツンデレいただきましたー!」
「誰がツンデレだ!俺のキャラを安く見積もるな!頭を撫でるなー!!」
「え・・・・・・君ってば自分がそんな高級なキャラと思ってたの?ナルなの?」
「お前が俺の価値を下げているんだよ!」
「やだなー、それは責任転嫁ってやつだよ」
「お前がやっていることがな!」

そんな二人を友人はモヤモヤした気持ちで眺めていることしかできない。モヤモヤの原因はやはり岡部の周りにいる彼女達の事を思ってのこと。彼女達は知っているのだろうか?ニ週間前にあらわれた椎名レミと言う女性に対し岡部が違う顔を見せている事に。知ったら・・・・どうなるのだろうか?
先程まで話していた件の彼女は、そして割と頻繁に現れる赤毛の彼女はどんな反応をするのだろうか。そう考えていたら――――

「それとさ、バイトの事なんだけど考えてくれた?」
「あれは、まあ・・・時間に余裕があれば出来なくもないが―――」
「それはいい!じゃあさっそく―――」

「おーっす。岡部倫太郎」

レミが岡部の手を取り満面の笑顔を向けたその瞬間、のし、と岡部の背中に誰かが乗っかってきた。
身長が高い岡部に抱きつくように首に腕を回し足は地面から浮いている。顎を岡部の頭に乗せる赤毛の少女、女性―――佐倉杏子―――は“はにかむ笑顔”のまま“冷えた声”で話しかける。

「な~にしてんだよ岡部倫太郎?」
「バイト戦士?」
「バイト戦士?じゃねえよ、何度連絡したと思ってんだ」
「む?」

着信に気づかなかったのかと思い白衣のポケットから携帯を取り出そうとする岡部。

「もうおせえよ・・・・・・・・・んで?見えねぇ顔だけどアンタどちらさん?アタシは佐倉杏子」
「君が佐倉杏子かい!?いろいろと話には聞いていたけど確かに綺麗な子だねっ、鳳凰院凶真君の言う通りじゃないか!」
「へ・・・?お、岡部――――」
「おい、フルネームで呼ぶことに対してちょっかいを出してきた奴が俺をそう呼ぶのか」
「ん?あだ名がいいならそう言ってくれればいいのに」
「誰もそんな事は言っていない!」
「じゃあ『リンリン』で」
「却下だ馬鹿者!」
「・・・・・・・・・・」

杏子が押し黙ってしまったのを見て友人と周りのギャラリーは冷や汗を流す。

「だいたい貴様は――!」
「はいはい後でね待っててね、ごめんね佐倉杏子君。私の名前は椎名レミ、君達と同じだと言えば分かるかな?」
「・・・・・・・・・そういうことか」

レミが岡部の口に指を当てて無理矢理会話を切って杏子に自己紹介をする。
それを聞いた杏子は一瞬で理解した。魔法の関係者。魔法少女。しかし岡部が今さら新たな魔法少女と関わろうとそれに関して驚きはしない。
いつだって突然で、もう慣れた。昔はその度に驚いていたが慣れてからはどうもこうもない。まどかもマミもそれは普通なことだと言わんばかりな程度には慣れたものだ。
だって大丈夫だから、それが岡部倫太郎で、新たな出会いは素晴らしいことで、その出会いが原因でトラブルがあっても岡部倫太郎はいなくなることは無いのだから。


そのはずだ                  いつまでも変わることのない       だから
ずっとそうだった                       
私達は


「そういうことだね、ちなみに見た目こそこんなんだけど立派な大人だから安心してよ」
「は?」
「だから・・・・って、まぁこれは言わなくてもいいかな?」
「おい、何のことだよ」
「なに、知り合ってまだ数日程度でね。私はまだ凶真君のこともよく知らないんだよね」
「数日?」
「うん、だからすぐどうこうしようなんて思っていないよ」
「話しが・・・・・みえないね」
「そうかい?まあそれもいいさ、後から来た私にとってそれは助かるしね」
「・・・・・」
「なんの話だ?」
「君の話だよリンリン」
「俺の?バイトの話なら―――って誰がリンリンかっ」

叫ぶが、くん、と、首に回された腕に僅かな力が込められたことで岡部は台詞の続きを止める。
視線を杏子に向けようと頭をよじるがレミの時とは違い振りほどく事も動かす事も出来ない。

「バイト戦士?」
「・・・・・」

だから今杏子がどんな顔をしているのか岡部には見えない。“異常”の岡部は、彼女達のそれに気付けない岡部は―――――“だからこそ今日まで来れた”。
誰の気持ちにも応えることができない。いつだって岡部の心には“あの人”がいる。それを知っているから安心して、“それ”に関してラボメンは変わらない関係で今日まで来れた。

「あんこ?」
「うっせ・・・・・・杏子だ」

ぽつりと放たれた言葉は岡部にだけ聞こえ、正面にいるレミには口の動きで気付かれ、周りには聞こえなかった。
杏子は腕を解き岡部の傍に立つ、そしてそのまま岡部の右腕に腕をからませ笑顔でレミに話しかける。

「へっ、別にいいよ。後とか先とか“アタシ達”は気にしないから好きにしな」
「そう?なら遠慮なくそうさせてもらおうかな、悠長に傍観していちゃ他の誰かにもっていかれそうだからね。押しに弱そうだし」
「―――――――――――――・・・・・一応、忠告しておくぜ」
「なにかな?」
「コイツは“それ”に関しちゃ変わらない。それに岡部倫太郎はアタシ達の――――」
「それは何の牽制にも根拠にもならないよ?」
「―――」

言葉の先に何を言おうとしたのか杏子には分からない。私達の―――なんなのだろうか?リーダー?代表?未来ガジェット研究所の長?
それが一体相手にとって何の問題があるというのだろうか。“それ”関係で躊躇う理由にはならないのではないだろうか。年齢容姿職種等の立場に躊躇えるほど魔法少女は――――――少なくとも椎名レミは気にしないらしい。躊躇わない。
人間を遥かに超越しようとも魔法少女は一人の人間で女だ。それを証明したのは、教えてくれたのは岡部倫太郎で・・・・・・・同じように、岡部倫太郎は人間の男だ。
岡部がラボメンを縛らないようにラボメンは岡部を縛るつもりはない。いつか彼も誰かを好きになって付き合って、そして結婚して家庭を持って幸せになる。それは知らない誰かかもしれないし、もしかしたら近くにいる誰かかもしれない。それでもいいと思う。祝福するだろうと思っている。逆の立場なら岡部はそうすると思うし、みんながみんな岡部の事を大切な仲間だと思っているのだから。

ただ、いつまでも岡部の中にいる“あの人”があまりにも大きすぎて―――――

だから四年間一緒にいても岡部は“それ”に関しては変わらなかった。だから皆は安心していた。もういない人しか思えない岡部に対し、その捉え方は良くも悪くもラボメン達を、そして岡部を想う人達を今日まで連れてきた。

でも人は変わる。四年間変わらなかった岡部倫太郎だって少しずつ変わってきている。そこから目を逸らしてはいけない。否定してはいけない。

その大切さを、一番近くにいた杏子達ラボメンが誰よりも知っているのだから。

「ッ」
「えっと、そんな顔しないで・・・・今日は何もしないからさ」
「だから何の話なのだ?今日からのバイトなら無理だぞ」
「ОK。それじゃもう退散するよ、時間も時間だしね」
「・・・・?まあいい、せいぜいミスのないように頑張るのだな社会人」
「君はほんっとに目上への態度をとらないねぇ~、なに?リンリンはわたしと対等でありたいがためにそんなにツンデレってるの?」
「そんなわけあるか!あとリンリン言うな!」
「はいはい、そういうわけだから友人一同と杏子ちゃん。来週までお別れだね」
「岡部倫太郎が入っていないぞ・・・・」
「リンリンとは週末の休みに遊びに行く予定だからね」
「え!?」
「そうだリンリン、昨日私ん家に置いていった服は洗濯しといたから今度会う時に持ってくるよ」
「ちょ、おま―――っ」

杏子の言葉にどこ吹く風で、椎名レミは動揺している杏子に爆弾を放り投げた。
だがその爆弾は主に流れ弾として岡部に誤爆していた。

「それじゃあねっ」

そして立ち去る直前に岡部に声をかけ、笑みを浮かべたまま立ち去った。
残されたのは杏子と、杏子に怯える友人と岡部だけだった。

椎名レミが立ち去り数秒後、杏子は岡部に詰め寄った。

「おい、どういうことだよっ」
「いや・・・・あれだぞ?FGMの説明やラボやお前達関係の相談で――――」
「何でアタシら関係の話をっ、知り合って数日しかたたねえ奴に話すんだ!」
「それはほら一応年上でっ、それにお前達も子供じゃないし俺なりにそろそろ対応の――――」
「こんな時にッ・・・・・いつも子供扱いしといてテメエは―――!!」
「ま、まままままあ落ち着いて杏子ちゃん!」
「そうだって落ち着きなよ杏子っ」
「ほら・・・・凶真君も困ってる・・・・からっ」
「ああ!?」

周りの顔なじみの声に苛立った声を上げる杏子だったが、周りの焦った態度と岡部の表情に一度口元をきつく閉じて息を吐き、彼女なりに落ち着こうとした。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・くそっ、ほらもう帰んぞ岡部倫太郎!」
「は?いや午後もまだ―――」
「行って来い岡部!」×2
「いった方が良いよ・・・・凶真君」
「鳳凰院」×2
「さっさと行きなさいクズ」
「はやく爆ぜねえかなぁコイツ・・・」

友人に忠告され、杏子に腕を引かれ、そして戸惑いながらずるずると学食を後にする岡部に・・・・・見送った一同はため息を零す。

「別にこういうのは今に始まったばかりじゃないが・・・・」
「でも今回はちょっと・・・・危ないかも・・・」
「相手がじゃなく岡部がだからなぁ」
「本来意識する程度は普通なんだけどねぇ・・・・」

今までも岡部の女性騒動問題は多々あったが今回はいつもと違う。だって岡部は誰にも靡かないから。岡部倫太郎は普通じゃない。岡部の周りにいる彼女達はそれを知っている。
でも岡部倫太郎は椎名レミに対して普通だった。それを知った彼女達はどうするのだろうか?優しく明るい彼女達の事を知っているだけに彼等は不安を感じていた。






―――岡部倫太郎は誰かを愛することはあっても、恋はしない。





そう思っていた きっとラボメン全員がそう思っている そう思っていたんだ

「ちっ」
「あ~っと、バイト戦士?」
「んだよ・・・」

―――親が子を愛しても、恋はしないように。

だから安心していた。失われることはないと。手放さない限りそれは続くのだと思っていた。

「ケータイにお前からの着信が無かったんだが―――――いや、なんでもない」
「そうかよ・・・・・・・・なあ、岡部倫太郎」
「なんだ」

だから新しい魔法少女が現れても、岡部と上条とキュウべぇが毎回吹き飛ばされて皆のストレスが発散されれば話は終了だった。
でも今回は違うのかもしれない。杏子はそう思っていて、だから動揺していた。岡部にはいつも通り見えていたが、杏子は思っている以上に揺れていた。
それは漠然としていて、形が定まらない、だから上手く言えない。伝えられない。

「お前ってアイツのことが好きなのか?」
「ぶっ!?」
「うわッ、汚いねぇなっ」
「なんっでお前達はすぐにそうゆう話しに持っていくんだっ・・・・・・年頃だからか?」

だからつい零れた。今一番聞きたくて聞きたくない問いかけをしてしまった。
会話の流れから岡部に自分の動揺は伝わっていない。それに安心して、でも岡部がそれに気付いていない事に苛立つ。
岡部倫太郎に好きな奴ができた。それはいいことだ、誰かを想えることは幸いだ。その想いは世界に打ち勝ちエントロピーを凌駕する。
今までそれが無かった事が不思議なことだったのだ。岡部の周りにはいろんなタイプの女がいる。年上も年下も綺麗なのも可愛いのも沢山・・・・本当に沢山の女が。

「お前嫌そうなフリしていたけどホイホイついていきそうな感じだったぜ?」
「そんなわけあるかっ、しかも何でそれイコール好きに繋がるんだ。そもそもあんな女の事など俺は―――」
「アタシは誰のことか言っていないぞ」
「・・・・・むう」

気づいていない。杏子はそれに気がついていた。岡部が椎名レミにむける在り方は自分達に向ける“それ”とは違った・・・・熱い感情がこもっているかもしれないことに。
それは異性に向けるごく当たり前のモノで、それは微々たるもので、だけどそれは岡部がこれまで周りに向けなかった、または感じることができないモノだった。

“それ”を、自分達じゃない誰かにむけられている

「はんっ、まあ?お前が誰を好きなっても関係ないけどな」
「だから違うと言っているだろうがっ」
「岡部倫太郎が誰を好きになろうと結局本命はアタシ達ラボメンの中にいるもんなぁ」
「む?いや・・・・・それはないな」

一番遠くにいたのに、気づけば誰よりも近くにいる鹿目まどかよりも
顔を合わせば常に互いを罵り、だけど認め合っている暁美ほむらよりも
休日のほとんどをラボで過ごしている杏里あいりよりも
相性がいいのか、共に暴走することの多い美樹さやかよりも
本物の家族のようで、恋人の様でもあった巴マミよりも

そして、今こうして隣で歩いている自分よりも、知り合って数日しかたたない奴を意識している。

「お前達って基本的に子供にしか観えないからな」
「ほぉっ(#゚Д゚)」

そして、アタシ達ラボメンの事を子供扱いしている。日常において岡部倫太郎はアタシ達を年相応の子供として観ている。そうとしか観てくれない。同じ年であるにもかかわらず、まるで親のように。
もちろんそれだけじゃないのは知っている。戦士として、友として、他にも・・・・・。
だけど、それでも“それ”だけは自分達にはむけない。

「キョ―マ。彼女達に対してそういうことは言わない方が経験上・・・・・・・・うん、遅かったみたいだね」
「いきなり雪道にダイブなんてどうかしたのか?頭がどうかしたのか?だから死にかけてんのか?バカなのか?そうなんだなっ」
「ごふぅ・・・・・!?」

いつの間にか視認できる距離にまで近づいていたキュウべぇが念話ではなく口で岡部に忠告してきたがすでに遅かった。杏子に足をかけられ雪の積もった地面に叩きこまれた岡部は顔面から盛大にダイブした。一方、ため息を吐きながらそのまま岡部の傍らに座りこんだキュウべぇに意識を向けることなく杏子は考える。
なぜだろうか・・・酷くつまらない。面白くない。“それ”はとてもいい事なのに。きっと相手が嫌なのだ。あのいけすかない女が嫌いなだけだ。相手を選ぶのかは岡部の自由だ。なにかとブッ飛ばされることの多い岡部で、ブッ飛ばす杏子だがそれは理解しているしそれでいいと思う。岡部に彼女でも出来れば自分は大いにからかい、ひやかしもするだろう、そして何より祝福するだろう。だけどあの女じゃダメだ。気にくわないし納得できない。付き合うならもっとましな女がいるはずだ。

例えば、いつもかいがいしくお弁当を届けに来る奴とか・・・・・
例えば、本音の喧嘩ができる、でも尊敬している奴とか・・・・・
例えば、親公認で同棲していた奴とか・・・・・
例えば、上条ハーレムの一人だけど、ときおり他から見て怪しい雰囲気になるアイツとか・・・・・
例えば、きっと一番信頼されていて優しいアイツとか・・・・・

そして例えば、いつも冷蔵庫が空っぽな岡部の為に食材を何でもない理由をつけて運んできたり、割と本気で喧嘩したり一緒に寝泊まりしたり今日みたいに時々いい雰囲気になったりして頼られることの多い―――――・・・・・・

――――・・・・・・・・・・違和感がある   なんだ?

「いつまで寝てんだ岡部倫太郎、風邪ひくぞ」
「誰のせいだぁ!」

杏子の言葉に岡部は勢いよく雪の積もった地面から顔を引き抜き叫ぶ。

「おや、君のせいじゃないのかい?」
「どこに眼球ついてんだライトアームズ!明らかにコレはバイト戦士のせいだろうがっ、顔面から雪道にダイブさせられたではないか!」
「やりとりの過程で君が悪いことでも言ったんじゃないかな?言ったんだよね?早く謝らなきゃ駄目だよ」
「なんでもかんでも俺のせいにするようになってきたなぁオイ!」
「事実そうじゃないか」

―――    修正

・・・・・?いや別にアタシは、それにラボメンの皆は岡部倫太郎のことが異性として好きなわけじゃない。過去はどうあれ今のラボメンには岡部に対し恋愛感情を抱いている奴はいないと思う。
たしかに岡部倫太郎に少なからず好意は抱いている。でもそれだけだ。アタシ達は女だ。それに子供じゃない。どんなに感謝して、憧れていても、好意を抱いても、絶対に報われないと分かっていれば、期待することに意味がなければ・・・・・それを抱いて過ごし続けることは出来ない。
“あの人”や岡部倫太郎のように報われないと分かっている想いを抱き続ける事は出来ない。いつか他の誰かを好きになる。
例えば上条恭介。アイツのことが好きで、でもアイツに彼女ができたとする。でもいつか別れるかもしれない、自分にいつか振り向くかもしれない、そんな可能性はゼロじゃない。それなら想えるかもしれない。がんばれるかもしれない、付き合える可能性が低いことを知っていても“それ”を抱いていられるかもしれない。
でも岡部倫太郎に対しては違う。アタシ達は知っている。岡部倫太郎の在り方を、鳳凰院凶真の在り方を。アイツは絶対にアタシ達に、そして誰にも振り向かない。

アイツはアタシ達の知らない一面を持っている。焦がすような憤怒、燃えるような憎悪、焼くような殺意、狂気という名の執念。
アイツは一人で幾つもの罪を抱えている。幾つもの過ちと幾つもの穢れに満ちた人生を。その重みをずっと憶えている。
アイツは決して遠くにいたわけじゃない。すぐ近くにいた。いてくれたのに、アイツが何を欲し、何を求め、そして消えていくのか・・・知っていながらアタシ達はなにもできずに、なにもせずに眺めていた。それが岡部倫太郎を破壊してしまうモノだと強く感じていながらだ。
アタシ達では駄目なんだなと気づかされた。混濁した記憶、一人で背負うしかない罪の意識、鮮明な喪失感。それをどうにかできるのは“あの人達”だけ・・・・そして、あの人だけだから――――

言い訳か・・・・・それは岡部が自分達に振り向かない言い訳だ。

それに理由はどうあれ結局アタシ達は“あの人”や岡部倫太郎の様になれないのだ。自分を犠牲にしてでも幸せになってほしいと――――愛は見返りを求めないものだと、偉い人は言ったが、あの二人はまさにそれだ・・・・・アタシ達とは違う。あんなふうにはなれない。
アタシ達は知ってしまった。魔法少女になっても、人とは違う存在になっても生きていていいと、我が儘になっても、人に迷惑をかけても良いんだと・・・岡部倫太郎に教えてもらった。


『幸せになってもいいんだ』


だから無理なんだ。岡部倫太郎を好きになる事なんかできない。絶対に叶わない、それも相手にされない、気づかれる事もない“それ”を抱くことはできない。
「君が生きているだけで幸せになれる」。そう言える奴がいる。例え会えなくても、自分のことを知らなくても、他の奴と一緒になっても、それでもその人のために戦って、それを誰にも認めてもらえなくても、知られることなく、その事実すら何処にも残らなくても、その人が幸せになれるなら自分は幸いだと――――アタシ達はそんなふうに誇れるようにはなれない。
アタシ達は振り向いてくれない事がもどかしくて、気づいてくれない事が悲しくて・・・・・どこまでいっても気づいてくれないのは辛いんだ。寂しいと、悲しいと思ってしまう。そう思わずにはいられない。
他人事でも辛く感じる。岡部倫太郎がまさにそうだった。“あの人”のために100年以上の主観時間を過ごした。それだけ大切な人だったんだろう。わかる、それは分かる。でも、あまりにも報われない。だってその結末に、あの人の世界に“この岡部倫太郎”はいないのだから。
何度も繰り返し何度も絶望と挫折に膝をつきながら、それでも守りたい人のために世界に、運命に抗った。それこそ狂う事も壊れる事もできないままに技術と執念、想いを託され続けて・・・。なのに、あの人は岡部倫太郎の事を何も知らない。岡部がただ勝手に守っただけで親しい関係じゃない・・・・・というレベルではない。
あの人の主観世界そのものに、この岡部倫太郎と言う人間は存在しないのだ。世界に岡部倫太郎が生まれていないわけじゃない。ただその世界では岡部倫太郎との思い出はなく、会話一つ、視線一つ交わしたことのない関係として、名前も知らない声も聞いたことない存在、単純な話・・・世界の裏側で出会う事も聞く事も知ることも関わる事もないまま一生を過ごす世界のどこかで生きているその他大勢の一人にすぎない存在でしかない。
それが・・・岡部倫太郎が命をかけて何度も繰り返して自身の想いを成就させた世界の在り方。どれだけ頑張っても想い人にはその奮闘は微塵も伝わらない。それはあの人が薄情なわけでもなんでもない当然のこと、その世界で出会ってもいなければ存在すら知らないのだから。
それを岡部倫太郎は知っていた。他人の為に戦ったって報われることはない。アイツはそれの体現者だった。そんなことはないと、アイツは言うけれど・・・・認めない。認めたくない。だって岡部倫太郎は頑張っていたのに、誰もそれに気づいてやれないんだ。



―――彼女が生きて、考えて、声を出して頑張っているなら俺はそれでいい。



どうしてそんなことが言える?
なんで三週間しか付き合いのない人の事を、そんなにも想えるんだよ。
既に失った人を、自分のことを憶えていない人を好きでいられるんだ。

それはあんまりじゃないか。それはハッピーエンドからは程遠い。だって記憶にも残っていないんだぞ?お前がどれだけ頑張ったのか、一部だけだがアタシ達は観た。その異常とも言える偉業に・・・・。岡部倫太郎、アタシ達だって別に頑張りに気づいてほしいわけじゃない、褒めてほしいわけじゃない。だけど、せめて自分がいたことを憶えていてほしい。
例えその恋が実らなくても、せめて自分という人間が世界に存在していたことを、かつて、一時でも傍らにそういう人がいたことを憶えていてほしい。
ましてやお前の達成した偉業ならさ、一瞬でも、十年後にでもふと、少しでもいいから思い出して、確かにそこにいたと、憶えていてほしい。





「あっ・・・・ん?あ~・・・・・何考えてんだろうなアタシは」
「む?」
「ん?」

岡部とキュウべぇがアタシの方に視線を向けるが無視する。それ以上に今、自分が考えている内容にショックを受けていた。
バカみたいだ。長々と岡部倫太郎がどういった奴かと考えていたら本題から逸れて、まるで自分を弁護するかのような思考・・・・くだらない。もういい、簡単に単純に答えを出そう。アタシ達が岡部倫太郎に好意、恋愛感情を抱かないのは、抱かないようにしているのは絶対に実らないと思っているからだ。
岡部倫太郎の中に“あの人”がいる限り絶対に実らない・・・・・・くだらない。情けないことに人のせいにしている。でも事実だ。きっと岡部倫太郎はまだ“あの人”の事が忘れられなくて、“あの人”のことが好きで、愛しているんだろう。もうどこにもいない“あの人”を。どんなに探しても、どれだけ求めても、泣いても叫んでも見つからない“あの人”を。
勝ち目なんかあるはずがない。だって勝負すらできないのだから。“あの人”はこの世界にはいないのだから。
そして、そんな出会えない“あの人”のことを岡部倫太郎と言う人間は絶対に忘れない。

「・・・・・・・つか、これじゃまるでアタシが岡部倫太郎に惚れているみたいだな」
「違うのかい?」
「ククク、この狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真のカリスマに今さら気づいたか!この時代遅れのバイト戦――――!」
「コイツ等って“壊れかけのジェンガ”みたいにすれば黙るかな」
「「すいません調子に乗っていました深く反省しています」」

・・・分かっていて、もう考えないようにしていたのに、再び意識し始めたのは椎名レミという女のせいだ。いけすかない理由はコレだろうか?
くだらない。アタシも他の皆も岡部倫太郎の事は好きじゃない。それでいい、“それ”に関しては完結のはずだ。
今さら――――・・・・・・・蒸し返されるのはゴメンだ。



閑話休題



二人と一匹はとりあえず今後の行動について話し合う。

「キュウべぇ、お前はどうする?」
「僕はこのままボイストレーニングを続けているからお構いなく。凶真、もう杏子を怒らせちゃ駄目だよ」
「別に怒らせているつもりはないぞ?」
「つか、もう三年近くなるよな。その日課」
「そうだね杏子、もう癖に近いかもしれない。『メタルうーぱ』のおかげで感情を蓄積することはできたけどこればっかりはね」

ちょいちょい、と、キュウべぇはピンク色のリボンで、まどかから譲り受けたピンク色のリボンで首からぶら下げた金属製の物体を前足でつつく。銀色のピンポン玉のようなそれは未来ガジェットM01『メタルうーぱ』。
皆は最初タヌキと思っていたが岡部曰くモデルは犬らしい。見た目としては卵のような楕円形でそこに手足が生えた犬っぽい生き物、と言えばいいだろう。いわゆる、ゆるいキャラというものに分類されると思う・・・・岡部のデザインだったのが意外だったのを杏子は憶えている。
コレのおかげで『目の前のキュウべぇ』は記憶と経験、感情を上書きされることなく一個人で蓄積できる。代償にキュウべぇはアタシ達魔法少女の保護が必要で念話の受信等を封じられ―――ただのマスコット化しているが概ね現在の状況に満足していると言うのは本人談。
ちなみにこれ、最初に生みだした時点ではただの爆弾になる予定だったらしい。

「送信には困らないのにご苦労なこった」
「そうなんだけどね、でも普段から声を出していないと声の出し方を忘れちゃうから」
「・・・・・声帯の劣化が早いのか?」
「さあ?キョ―マが言うには―――」
「ああ、そういえばキュウべぇっ。今夜は暇か?夜は杏子と鍋にしようと思うのだが」
「―――」
「鍋かい?そうだね、お邪魔でなければ――――・・・・・」
「ん、どうした?」
「いや、今日は織莉子から忠告―――――なんでもない、僕は忙しいからこれで失礼するよ!」
「あ、おいキュウべぇっ・・・・!?」

のりきだったキュウべぇが断りの言葉を並べ颯爽と去っていく姿を岡部は?マークを浮かべながら見送った。
そして突然逃げ出すように走りだしたキュウべぇに首を傾げる岡部を、後ろから眺めていた杏子は魔法で生みだした槍を気づかれる前に消して岡部に声をかける。

「岡部倫太郎」
「あ、ああ・・・なんだバイト戦士?・・・・・・・・・いま武器を出していたか?」
「いんや、それより鍋の材料買いに行こうぜ。具はあっても調味料が少なかったろ?」
「そういえば・・・・ふむ、ついでだバイト戦士よ、これといった予定がなければ夕方まで時間つぶしに魔女狩りにでもいくか」
「あん?夕方まで待たなくても今から行けばいいじゃねぇか」
「まどかと買い物の約束をしている。どうせなら一緒に済ませた方が楽だ」

幾分か機嫌を直した杏子は再び気落ちする。別に落ち込んだわけでも気分が悪くなったわけでもない、もちろん怒ってもいないし呆れてもいない。ただ気にくわないだけだ。
どうしてコイツは別の女の事に関してぽんぽん話題もイベントもあるのにもかかわらず変わらないんだろうか、意識しないんだろうか。どうして・・・椎名レミだけなのだ。
例えば鹿目まどか。杏子は彼女と岡部の関係を思い返してみる。まどかと岡部、今でこそ仲も良く一緒にいることも多い二人で距離も近いが・・・最初の頃は一番疎遠ですれ違いも多く、誤解からアタシ達ラボメンで彼女が最後まで岡部と仲が良くなるのが遅かった。むしろ互いが嫌われていると勘違いし周りの助けをかりてようやくといった感じだった。

(まあ・・・・その反動か知らないけど、それからはベッタベタで気持ち悪かったけどな)

この二人は本当に仲が良い。意識しているのかしていないのか、何かあれば一目で周りが勘づくほど仲が良い。その何かが良いことでも悪いことでもだ。もっとも、良いことがあれば互いが別のラボメンに自慢し喧嘩すれば他のラボメンに相談してくるのでほっといても分かるのだが。
互いの話題に事欠かさない二人は毎日と言ってもいいほど顔を合わせて一緒に行動している。中学から四年、思春期の二人は長らく一緒にいていながら、それでも恋人じゃない。仲のいい友達のままずっと隣を歩いてきた。
ある意味それはラボメン全員がそう言えるが、それでも二人は特別に見えた。あえて言うならそこにマミも加える事ができるが、それでも鹿目まどかは岡部倫太郎に一番近い少女だと思う。
だけど他と変わらない。彼はそんな彼女を選ばない。意識しない。そういう対象としてみない。椎名レミとは違う。

「あ~・・・・わっけわかんねぇ奴だよなマジで、お前って意味分かんねえぞ」
「あのな、それは俺の台詞だ。なんか今日のお前は訳が分からないぞ」

岡部の言う通りなのだろう。確かにいつもの絡み方と違うと思う。自覚している。アタシはとっくの昔に答えの出ている問題に今さら修正を、間違いを見出そうとしている。意味のない、とは言わない。
でも何も変わらない。アタシ達の関係は変わらない筈だ。もし変わるとすれば・・・・・・怖い。今まで辛い事も悲しい事も乗り越えてきた。それを超える喜びも楽しさも得てきたのだから。なのに・・・それができた、それを可能にしてきたアタシ達の関係が、その根本を覆すかもしれない事態が起こりそうで怖い。
どんなことがあっても未来ガジェット研究所と岡部倫太郎は変わらずにいてくれた。だからここまでこられた。なのに今になってそれが崩れそうで怖い。別に岡部倫太郎が悪いわけじゃない。“それ”は誰にだってあるもので避けて通れないものだから。なにより、ラボを失った程度で崩れる脆い精神をしている奴は現在ではいないはずだ。
分かっている。理解している。だから岡部だけ駄目だと言えるはずもないし、それを言う資格もない。だけど正直な話、アタシは岡部に変わってほしくない。変わらないでいてほしい。岡部倫太郎の一番はアタシ達で、いつまでもラボにいてほしい。我が儘なのは承知している。勝手なのも・・・・・だけど、それでも岡部倫太郎にはアタシ達の傍にいてほしい。

本当に勝手な想いだ。きっとそう思いながらもアイツが変わらなければ・・・アタシ達はいつか自分達の意思で離れていくかもしれないというのに。

「あ~くそっ、わけわかんね~」
「だからそれは俺の台詞だ」

本当に分からない。思考は滅茶苦茶で、考えはまとまらず、思うことは多々あって最初は何について考えていたのか論点がずれて・・・・。
今まで“それ”を抱かなかったくせに、今になって他の誰かに・・・・・・・。どうして今さら、どうしてもっと早くに“それ”を――――

「ああもういい!こうモヤモヤすんのはめんどくせぇ・・・魔女狩り行くぞ岡部倫太郎っ、こうなりゃ全部魔女にぶつけてスッキリしてやる!!」
「お前は一体何に怒って―――おわっ!?ちょっ、引っ張るなバイト戦士危な―――!」
「うっせぇっ、元を辿ればお前のせいだ!アタシが満足するまで付き合ってもらうぞ!」

そう言葉を岡部に向かって放つと同時に杏子は魔力を解放、強化された脚力を使い魔女がいるであろう場所に勘で、しかし全力で駆け出した。腕を引っ張れる形の岡部が何やら叫んでいるが聞く耳もたず、このままでは精神衛生上マズイので早いとこスッキリしたいのだ。
それに、まどかとの約束もあると言うし自分なりにこれでも気を使っている。時間は限られているのだ。このままでは駄目だ。どんなことでもいいから一度おもいっきり体を動かしてモヤモヤを吹き飛ばさなくてはいけない。
こんな気持ちのままでは晩飯の鍋をおいしく頂くことは難しい。
でも一度体を動かせばきっと大丈夫のはずだ。杏子はそう思い、そう願い、叫ぶ岡部の腕を引いたまま雪道を走った。




2014年12月1日17;55

「あ、オカリーン!」
「すまない、遅れてしまった。まったか?」

待ち合わせの場所で赤いフレームのメガネを弄っていた少女―――まどか―――が岡部の姿を見つけ手を振りながら声をかける。
待ち合わせの時間に五分ほど遅れてしまった岡部は素直に詫びる。そんな岡部にまどかは不満を表すことなく笑顔のまま岡部の手を取って答える。

「ううん。私も今さっきついたから大丈夫。それより・・・・杏子ちゃんどうしたの?」
「よう、まどか・・・・・気にしないでくれ。わりいけどさ・・・・・アタシも買い物に付き合うよ」
「え~と?」
「ああ、実はさっきまで魔女を探していたんだが全然見つからなくてな」
「う~ん?でも杏子ちゃん落ち込みすぎじゃないかな・・・・」
「ちょっち・・・な」

結局、杏子と岡部は数時間街を歩いたが使い魔にすら逢うことなく現在に至るのだった。
ストレスを発散できず、寧ろ使い魔一匹も発見できずに怒りとモヤモヤは上昇、テンションは下降していった。

「こんなことなら五号機取りに戻ればよかった・・・・・なんで今日に限って持ってきてないんだよ岡部倫太郎」
「だから朝からバタバタしてたからだろうがっ、俺はラボに戻ろうとも誘ったのにお前が―――」
「あーうるせぇうるせぇ、もういいよ馬鹿野郎のヘタレ野郎。全部岡部倫太郎のせいだ」
「お前は・・・・ホントにどうしたんだ?」
「うっせぇ・・・」
「杏子ちゃん何かあったの?」
「なんでも・・・・いや、岡部倫太郎がな」
「は?俺・・・何かしたか?」
「なになに、オカリンがまた何かしたの?」
「実はな―――」
「おいバイト戦士、俺が何を・・・・あ、こらお前達、俺を無視してコッソリ密談するなっ・・・・・おい無視するんじゃない気になるだろうがっ・・・・・・え、本気で無視?」

岡部を無視し杏子は今日の出来事を一通りまどかに嘘偽りなく念話で伝える。まどかは最初こそ杏子の勘違いや、いつも通りの出来事として疑っていたが杏子の真剣さや最近の岡部の様子から思うことがあるのか、話を聞きながらも岡部の方に視線をチラチラと向けながら頷いたり疑ったりしながら怒りなのか戸惑いなのかそれ以外なのか、とりあえず何かのボルテージを上げていく。
その様子に岡部は嫌な予感を感じ逃げるべきか―――無駄だと思いなおし諦めた―――会話に加わって己を弁護しようとし―――無視された―――結局二人の会話が終わるまで居心地の悪いまま携帯のメールを確認することにした。

「む?」

そこで岡部はメールが届いていることに気づいた。その差出人、内容に思うことがあるのか、目の前で自分を無視している二人に視線を向けて数瞬だけ考えた。
が、岡部は何となく、だけどまあいいか、と、あまり考えることなく返信することにした。

「そうだな・・・・・・・少し早めても問題はないか」
「「む」」

岡部がメールをしているのに二人は気づいていた。岡部を無視していた二人だが勘で、何かと働く岡部レーダーが何かを察知した。
まどかと杏子は静かにメールのやり取りをする岡部を見詰め・・・・・岡部に気づかれないように背後に回ってメールの内容を、正確には差出人を確認しようとした。

「あっ、何で隠すのオカリン!」
「今の誰からだよ」
「誰でも――――と言うかお前等マナー違反だぞっ」

それに気づいた岡部はとっさに携帯を二人から隠す。別に見られても岡部は構わないと思うが反射的に、第一に人のケータイ、それもメール等の内容の勝手な覗きはマナー違反である。

「関係ないよ!」
「さあ白状しろっ」
「はあっ!?なんなんだお前等そろいもそろって?」
「むう・・・・あやしい」
「別にあやしくないし秘密でも何でもないから気にするなっ・・・ただバイトの連絡事項だ」
「ただのバイト・・・ね」
「じゃあ見せてっ」
「だが断る!」
「な、オカリン秘密じゃなければいいじゃ―――!」
「勝手に覗こうとする輩には相応の処罰だ」
「もう勝手に見ないから、だからケータイを渡してオカリン・・・・射つよ?」
「まさかの脅しだと!?」

反射的に携帯をまどかに渡そうとするが岡部はギリギリ自制する。ここで渡したら威厳は地に堕ちるだろう・・・・この四年間でそんなものは既に失われているかもしれないが男の子には意地がある。
じりじりと岡部との距離を詰めるまどか、まあ元より密着しているので表現はおかしいが、後ずさる岡部、そんな岡部を後ろから押さえつけようと回り込む杏子、三人は待ち合わせの場所として利用されるスポットで多くの注目を浴びていた。

「「・・・・・っ!」」
「うおっ、今度は何だ!?」
「これって――!」
「ああ、今になって現れやがった!」
「―――――魔女か」

が、次の瞬間には二人の表情は引き締まり真剣な顔つきに、いつもと違う二人に若干怯える岡部だったが杏子の言葉にある意味脅威である魔女の存在が近くにあると悟り――――岡部の表情も彼女達同様に引き締まる。

「どこだ」
「あっち!」
「いくぞ!」

岡部の言葉にまどかが即答し三人は走りだす。そこには先程までのやり取りを引きずる様子は微塵もなく、頼もしい仲間との信頼と親愛が見てとれた。
そして走りだした三人は数十秒もしないうちに、それこそ一分もかからず魔女の結界が展開されている場所に辿りついた。この距離にくるまで魔女の気配に気づかなかったのが不思議だったが―――

「この様子だと・・・・・使い魔か?」
「でも結界の規模が大きいよ?」
「何にせよ周りが巻き込まれる前に終わらせようぜ、買い物もあるしな」
「あ、いた!」
「数は多いが・・・・」
「ザコそうだな・・・・・・いや、ザコそのものか?アタシ一人でも――――」
「油断しちゃ駄目だよ杏子ちゃん」

結界に突入した三人は結界内部に侵入し周りを見渡す。岡部の言う通り魔女本体は存在しない脆弱な結界、結界自体は大きいがとても不安定だった。現れた使い魔の数は多いが変身もしていない岡部達を見て慌てている。要するに雑魚である。油断大敵と言う言葉があるが変身していれば不意打ちを食らおうが今の三人なら問題ないレベルのようだ。

「一般の人間も・・・いないようだな」
「じゃあサクッとやっちまうか」
「うん!」

そうとわかればさっさと片付けて終わろう――――三人はそう思った。それではと岡部はノスタルジア・ドライブを起動させるために意識し、そのために魔法少女であるまどかと杏子のどちらかと繋げようとした。
基本的に岡部倫太郎は彼女達魔法少女と繋がることでしか“まとも”に戦えない。戦ってはいけない。でなければ岡部倫太郎は未来を歩けないのだから。

「ほら、岡部倫太郎」
「はい、オカリン」
「ん?」

だから繋げようとした―――が、二人が同時に手を伸ばしてきたので岡部は一瞬躊躇ってしまった。
相手はザコである。だから誰と繋がってもあまり関係がない、それだけの実力差があり、どちらと繋がっても問題無く使い魔を殲滅できる。だから変に躊躇わずどちらかと繋がってさっさと終わらせばいいのだ。
そう――まどかと杏子、どちらかの手を取って。

「・・・・・・・・ああ、そうだな」

そう自分に言いきかせ岡部は答えた。そう、ここで変に躊躇う意味はない。別に同時に手を出したからといってなんなのか。関係ない、取った方の相手の方が好きとかそんなの関係ない、逆に取らなかった方が嫌いとかそんなんじゃない。自分は見た目はともかく中身は思春期の少年と言う訳でもないのだから。

―――・・・・・・・・・・なんだ?

違和感。普段の岡部なら、“それ”がないハズのいつもの岡部ならそんな思考自体しないはずなのに・・・・ふと、ほんとうに一瞬だが躊躇ってしまった。それがいけなかったのか、岡部は動けなくなってしまった。“意識してしまったから”。彼女達の手を取れない。どちらか一方選べない。

―――・・・・?なんだ、俺は躊躇っている・・・のか?

自身の思考に戸惑いつつも岡部は冷静になろうと意識した。いかにザコとはいえ相手は人外の存在、僅かな油断が死に直結している。使い魔ごときに未来を奪われるわけにはいかない。
特に彼女達にとってはザコでも岡部にとってはそうではないのだから。

(・・・落ち着け岡部倫太郎、まずは使い魔討伐に意識を――――なに、彼女達なら問題無い)

そう、岡部は自分が普段と違うことに戸惑いつつも安心、いや落ち着いていた。
彼女達ならすぐに行動に移すはずだ―――――そう思っていた。

「「・・・・・・・」」
「あれ?」

こういう場合、こういう場合とは二人以上の魔法少女が同時に岡部と繋げようとした時だが、まどかなら大抵の場合相手に譲る。杏子なら関係なく岡部の手を取りさっさと繋げる・・・・・・はずだったのだが、まどかは杏子と同時に手を出したのに譲ることなく、杏子はいつものようにそのまま岡部の手を取らず――――そのまま数秒が経過した。

「どうした岡部倫太郎」
「どうしたのオカリン」
「え・・・えっと?」

・・・落ち着こう。岡部はそう思った。焦ってはいけない。取り乱してはいけない。偶にはこういう事もあるだろう。きっと自分が「ああ、そうだな」と言ったのがいけない。きっと二人はそれで自分と繋がるんだと思ったに違いない。だからまどかは手を引くことはせず、杏子は自ら手を取ろうとはしないのだ。
ならこのままでいい。こういう場合、こういう場合とは岡部が誰も選ばず・・・・違う、選べない訳ではない――――迷っているだけだ・・・同じか?これは別にチキンハートではなく自分が選ばなくとも二人が解決してくれるからであって別に何らかの予感を受信したからでなく・・・・誰への言い訳だろうか?やはり今日の自分はおかしいのかもしれない。
そう思い直し岡部は静観することにした。これは逃げではない。何から逃げているのかは分からないが・・・・・・。
とりあえず、こういう場合は手を差し出した二人は岡部から動かなければどちらかが動くしかなくて、なら二人はきっと意思確認のために互いの顔を確認したり声をかけたりするはずで――――

「「・・・・・・・」」
(なぜ黙ったままなのだ!?)

どちらも、まどかも杏子も無言のまま手をのばしたままだ。
おかしい・・・・こういう場合、こういう場合とは――――・・・もう面倒だ、まどかも杏子もいつもと違う。お互いが声も出さす真っ直ぐに視線を岡部に向けている。

「えっと・・・・・だな」
「なんだよ岡部倫太郎」
「なにかなオカリン」

おかしい、受け答えは普通だ。別に二人がバグッたわけではないらしい。

「いや、使い魔を早く倒さないとなっ」
「なら・・・さっさと変身しろよ」
「早く倒して買い物もしないとね」

岡部の言葉にそう返す二人だが、どちらも手を下ろさず、かといって岡部の手を取ろうとはしない。
何か嫌な、違うか・・・・それとは違う雰囲気になりそうなので岡部は適当に、それこそ自分の伸ばした手に近いほうの手を取ろうと思った。「近いほうの手を取った」。その場合なら・・・それは偶々杏子の方が伸ばした右手に近かったので杏子を特別選んだわけでなくつまり全ては偶然で意識するまでもない一切私情とは関係のないのでこれは決して言い訳ではなく――――

がしっ

「え?」
「ほら、オカリン急いで?早く一緒に使い魔を倒して買い物に行こうよ」

まどかが岡部の手を握ってきた。今まで動かなかったのに・・・・・・だが、それでいいのかもしれない。言い訳―――じゃなくて理由が・・・・違う違う・・・うん。今の自分の手には魔法少女の手が重なっているのでND起動の条件は満たしている。だから岡部はこれ幸いとノスタルジア・ドライブを起動させようとした。

がしっ!

「は?」
「だな、さっさと潰そうぜ岡部倫太郎」

が、ここで杏子も岡部の手を取ってきた。

「いや・・・・・お前達?」
「なんだよ」
「ん、なに」
「え・・・・・いや、なんだ?」

先に手を取ったのは・・・・まどかだ。だから杏子とではなく、まどかと繋げればいい。さっさとそうすればよかったが岡部は再び躊躇ってしまった。それは普段の二人の行動とは違うから、何かがおかしいから、普段のまどかならこの時点で、杏子なら・・・・・せめて互いの顔を見合わせたり声をかけるはずなのに二人とも岡部から視線を逸らさない。
まるで試しているかのように、どちらを選ぶのか・・・・・それを問いかけるように。どっちにしろ岡部には“それ”がない事を知っているのに。

「え・・・っと、だな」
「「・・・・・・・」」
(だから何故そこで黙る!?)

岡部はここにきてようやく危機感にも似た何かを感じた。
同時に、真っ直ぐに見詰めてくる二人の視線に恐怖した。
どうしていまさら、■■を求められているのか・・・・・・・・・・・・・・そんな思考を岡部は拒絶した。
分からない、普段と違う二人に何があったのか、二人が何をしたいのか。分からない、分かりたくない。
分かっているのはこのままではマズイということ。このままでは使い魔に逃げられてしまう。

「二人とも、このままでは使い魔が逃げて―――」
「だから・・・さ、早く変身しろよ」
「そうだよオカリン」
「だ――――だから二人とも早く・・・っ」
「「・・・・・・・」」

焦りにも似た、実際に焦っている岡部の声にも二人は急がない、落ち着いたまま、視線を岡部に向けたままだ。
三人には魔女と使い魔を狩る使命がある。それはもはや強要されたものではないが、だからと言って害ある存在を野放しにするつもりはない。逃げられては被害が出る。急がなくてはいけない。
だが、その瞳は訴えている。選べと。選んでくれるのか、と。そこまで辿りついてくれたのか、と。
分からない。岡部倫太郎には分からない。この世界線、否、この世界に来てから・・・このような事態に遭遇した事はない。そう、ずっと思い込んできた。

「――――っ」

いままでの鹿目まどかなら、相手に譲ってきたから。
これまでの佐倉杏子なら、さっさと繋げていたから。
なにより岡部倫太郎なら、意識せずにいたから。

「「・・・・・・・」」

杏子は今まで見たことがない岡部の様子に確信を得た。自分の予想に間違いがないことを。視線を横に、まどかに向ければ彼女は何やら思案顔だ。彼女も最近の岡部の様子から何か勘づいていたのかもしれない、きっと自分同様に場違いながらの■■を感じているのだろうか?
だってもし杏子の予想通りなら、それはとても怖いことだけど、でもようやく岡部倫太郎はきてくれた。失う可能性がある、壊れる可能性もある、だけど可能性はゼロじゃない。なら、きっと未来は無限でそれを超える幸いがきっとあるはずだから。

「まあ・・・・いいさ」
「えっ」
「うん、しょうがないね」
「お、おい二人とも?」

二人の考えが分からず、まるで怯えている岡部に二人は苦笑した。

「杏子ちゃんでいこう」
「まどかの魔法じゃ、こんな貧弱な結界なら、破壊しそうだしな」
「まどか?バイト戦士?」
「おら、とっと繋げろよ」
「あ、ああ・・・・その、いいのか?」
「いいよ。頑張ろうねオカリン」
「お、おう?」

確認するように問う岡部に、まどかは優しく伝える。それに戸惑いながらも明らかにホッとした岡部に再び苦笑する二人。
イジメすぎたか、と、思わなくもないが杏子は気にしない事にした。その表情に免じて今回は許してやろうと―――これからの事を考えながら。

―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動
―――デヴァイサー『佐倉杏子』
―――Soul Gem『戦いと勝利を司る者【フレイ】』発動
―――展開率70%
―――OPEN COMBAT

「って低いぞ!」
「す、すまないっ」
「オカリン緊張してる?」
「そういうわけじゃないが・・・」
「ったく、遅れんじゃねぇぞっ」
「あ、ああ」
「ふふ、今のオカリンいつかの上条君みたいだよ?」
「・・・・・・むう」

なにか二人のペースに呑まれていると自覚しながらも強く出れない岡部は若干落ち込みながら耳に四号機を装着し戦闘に参加する。
とりあえず今は討伐が最優先だ。二人の謎のやり取りについて考えるのは後回しだ。

「おっし、行くぞ岡部倫太郎。ちゃんとついてこいよ!」
「ああ!」
「私は後ろから援護するね・・・・・気をつけてね、オカリン」
「背後にか?」
「頭冷やそうか?」
「すいません真面目に戦います・・・・・・・・・・・・・・・・・・大丈夫だよな?」
「ふふふふふ」
「いやいやいや」
「コントしてないでさっさといくぞ岡部倫太郎!」

右手にディソードを持ち、岡部は前を行く佐倉杏子の背を追うように(まどかから逃げるように)駆け出した。
岡部から観えないが、前を行く杏子と後ろにいるまどかの口元は確かに笑みの形だった。


数分後


「どうだ?」
「うん、全部やっつけたかも」
「ふう・・・・疲れた」

杏子の問いにまどかが答え、岡部は疲れを表す。主に精神面でだが、それを理解している二人は特に言及することなく変身を解く。今回得た収穫をどう生かそうか、そもそも自分達はどう受け止めればいいのか考えながら。
ふしゅ、と、元から脆弱だった結界が空気の抜けた風船のような音と共に消失した。

「さってと、買い物はどうするよ?」
「いつものとこでいいんじゃないか?近いし・・・俺は疲れたからさっさと済ませたい」
「あのお店・・・パッションフルーツって売ってたかな?」
「まどか・・・『パッションフルーツまん』の材料として買うのなら全力で阻止させてもらうぞ」
「大丈夫だよ、前回から改良を重ねた『EX28号~それは炬燵が恋しい季節~』バージョンだから!」

前回からの改良点;とにかく凄くなった!

「俺は絶対に食べないからなっ」
「え~」
「そうだまどか、今日はラボで岡部倫太郎と鍋にしようと思ってるんだけど・・・・どうする?」
「ん」

使い魔を討伐し、本来の目的である買い物について話していると唐突に杏子がまどかに夜の食事の提案をしてきた。
岡部は元よりまどかを誘うつもりだったし、彼女は朝、岡部に夜は一緒にいると宣言していたような気がするので了承すると思った。だが――

「今日は・・・・・・やめとく」
「え?」
「いいのか?聞きたい事とか確かめたい事があんじゃねぇのか」

まどかは断った。その返答を予想外と思ったのは岡部だけでなく杏子も同じだったのか怪訝そうな声で問う。まどかは絶対に参加すると思っていた。彼女も気づいたはずで、気になっているはずなのだから。
もしかしたら変わらなかった岡部倫太郎が変わってしまう。そして、もしかしたら岡部倫太郎がどこかに行ってしまう可能性もあることを。繋がりが途切れてしまう訳じゃない、でも物理的な距離はできるかもしれない、岡部倫太郎の隣には自分達以外の誰かがいるかもしれない。

「そうなんだけど実は待ち合わせの最中にママ・・・・じゃなくて、お母さんから連絡があって用事ができちゃった」
「それは“この件”よりも優先なのか?」

真剣な表情でまどかに問いかける杏子に、まどかは困ったような、傷ついたような曖昧な表情で苦笑する。

「その聞き方は、ちょっと意地悪だよ杏子ちゃん」
「ん・・・ああそうだな悪いっ」
「ううんいいよ、あのね杏子ちゃん」
「ああ」
「用事があるのは本当だよ、でも私もよく分かんないんだ。“それ”はもう考えないようにしてたから・・・・」
「まあ、そうだよな・・・・今さら、だよな」
「うん」
「なんのことだ?」
「お前は黙ってろ」
「あ・・・はい」

疑問を挟んだ岡部を杏子は黙らす。あまり褒められた対応ではないが真面目な話だ。軽いノリや冗談、ましてや事態を理解していないなら介入してこないでほしい。
それが岡部倫太郎を中心とした話だとしても、“それ”に関してならラボ全体に関わるのだから理解していない岡部倫太郎を気にしながらなんてできない。

「だから今日は考える事にしたの。すぐに答えを出そうとしたら――――きっとオカリンを射撃の的にしそうだし」
「一体お前達は何の話をしているんだ!?ん・・・・射撃の的に関してはいつものことじゃないか?」
「ねぇオカリンちょっと黙っててくれるかな、今はオカリンについて大切な話をしてるから空気読んでね?」
「すいません・・・・・・・・・えっ、俺の話なのになぜ―――?」

疑問を言葉に・・・・・しかし、まどかからの冷徹な言葉に岡部は最早沈黙するしかなかった。

「だから今日は気持ちの整理に費やすよ」
「そっか、なら今日はアタシに任せときな。もしかしたらアタシ達の勘違い・・・・は、ないと思うが念のために確認しとくさ」
「うん、お願いね杏子ちゃん」
「ああ」

そんなこんなで二人の話は済んだのか、互いに困ったような笑顔を浮かべながら苦笑し他のラボメンにも連絡しようとか、それは確認してから、あ、お母さんにも相談しよう、とか、お鍋の具はなに?とか、岡部を無視し二人はそのまま目的地のスーパーに足を進めた。
取り残された岡部は何故か周りの視線が冷たく感じ、二人に無視されて寂しく思い、だが不思議とまどかと杏子の二人を同時に相手するのはマズイと感じていて・・・・正直まどかが不参加でホッとしていた。
理由は分からない。分かりたくない・・・ただ怖いと思った。このままでは不味いと、それだけは理解している。同時に

―――・・・・・・・・・やはり何かおかしい。

そう、おかしい。ずっと今日は違和感を、それに二人がいつもと違う対応で・・・・・・違う。二人だけじゃない。自分自身だけじゃない。そもそも世界がおかしい、何かがおかしい――――でも何がおかしいのかは分からない。でもおかしい、この世界線は優しくできている。それはいい、本当に幸せな世界で自分とラボメン、その関係者を含め皆が生きていて――――なのに、酷くこの世界が虚ろに感じてきた。否定したくない。無駄にしたくない。偶然とはいえ・・・・ようやく辿りついた皆が幸せに過ごせる世界線なのに。

「・・・・・なんなんだ今日は、まったく訳が分からない」

なぜだろう、まどかも杏子も怖い。怖い・・・・・・とは違うのか、わからない。
なぜ大切な二人に対しそう思うのか分からない。
きっと、分からないから怖いんだろうな――――と、冷静な部分で岡部は理解した。




2014年12月1日19;30


未来ガジェット研究所前


買い物を済ませた三人はラボの前にいた。

「じゃあ私はここで、オカリンは杏子ちゃんに迷惑かけちゃ駄目だよ?」
「その台詞は杏子に対して言ってくれ、ラボは一応俺の家だぞ」
「オカリンは杏子ちゃんに今晩は御馳走してもらうんだからしょうがないよ」
「はいはい」
「はい、は一回だよオカリン」
「はいはい」
「もーっ・・・て、髪の毛わしゃわしゃしないでよオカリン!」
「フゥーハハハ!何故か苛めたくなってきたぞまどか!」
「な、なんでこのタイミングで!?」
「決まっている・・・・お前はもう帰るからな!」

ようするにチキンハートだった。もう帰るのなら今こそ今日の鬱憤をぶつける最後のチャンス。しかし「もー」と、乱れた髪の毛を両手で整えながら自分を見上げてくるまどかを、やはりどこか怯えながら見つめ返す岡部。
いつもと違う岡部。そんな岡部に苦笑するまどかは困ったような、悲しんでいるような、焦っているような、照れているような、幾つもの感情を混ぜた表情のまま岡部の頬に手を伸ばす。

「あのね、オカリン」
「な、なんだ!?」

まどかの行動に焦った岡部は声が裏返る。しかし岡部のそんな痴態をまどかは気にすることなく、頬に手を添えたまま声を出す。

「あのね―――」

杏子はその様子を少し離れた位置から眺めていた。これから何かが変わるのだろうか、それはどんな結果に辿りつくのか、願わくば―――誰も傷つかないようにと、“それ”に関して言えば絶対にあり得ない結末を望んでいた。

「明日も、ちゃんとお弁当持ってくるからね」
「うん?ああ、分かってる・・・だけどちゃんと食べられる物で頼むぞ?」
「うん?毎日食べられるもの作ってるよ?」
「(;一_一)」
「もうっ、そこは即答してよオカリン!」
「正直お前の作った弁当は・・・ドキドキしながら食べてる」
「え、嬉しいから!?」
「怖いから」
「酷い!」

杏子は今後の展開次第で皆の関係が壊れると思うと・・・・・いや、大丈夫だと思うことにした。壊れはしない、変化はどうしようもないけど・・・・上条やさやか、仁美の時も大丈夫だったのだ。なら岡部の場合も――――少なくとも今後逢えなくなるという超展開はないだろう。・・・・・ないよな?いなくならないよな。
まどかと岡部が笑いながらじゃれている姿を見て―――だから、まあいいかと、杏子は自分に言い聞かせ無理矢理納得する。きっと大丈夫だ。少なからず、もしかしたら大きな混乱はあるかもしれないけど、それでも―――アタシ達は大丈夫だと。

「それじゃ・・・・また明日、オカリンも杏子ちゃんもまたね!」
「ああ、また明日」
「またな、まどか」

まどかは岡部と杏子に手をふって帰って行った。残された岡部と杏子は顔を合わせ、いくか、と一言。そしてラボへ、この古びた建物の二階を目指し階段を上がる。
さてどうするか、杏子はどうやって“それ”に関して岡部を問いつめようかと考える。岡部自身にいい加減気づいてほしいが恐らく戸惑っているだけで意識はできていない筈だ。椎名レミに対し抱いている僅かな感情を、そして・・・気にくわないが、それのおかげで少なからず自分達ラボメンにも影響が、“それ”を向けられる可能性を生みだしたことを。
きっと直接聞けば岡部は意識しそれを封じてしまうかもしれない。かわして誤魔化して惚けて“あの人”のことを思い出して・・・・・それはそれで良いかもしれないとも思う。これまでと変わらずでもいいかもと。 “それ”が報われるとは限らない。成就する保証はない。相手がラボメン以外の・・・・・それこそ椎名レミかもしれないのだから。“それ”のきっかけは間違いなく彼女のおかげなのだから。
だけど可能性は生まれた。岡部倫太郎にも“それ”はあるのだと。”あの人”以外の可能性が生まれてしまった。なら――――。


「・・・・・・・・・・いや、アタシは別に好きでもなんでもないぞ?」
「何がだ?」
「いやっ・・・何でもねぇよ」
「・・・?まあいいか、早く鍋の準備をしよう」
「おう」

別に焦る必要はない。いや・・・・焦らなければいけないのか?岡部倫太郎は押しに弱そうだし隙あらば一気に持っていかれそうで椎名レミは油断できなくて・・・・・

「だから違うだろっ」
「だから・・・・なんなのだ?」
「なんでもねぇよ!」
「・・・・・?」

明らかにいつもと違う杏子の態度に、昼に合流してからずっと様子が違う杏子に首を傾げる岡部だったが、実は岡部自身も悩んでいた。
自分の態度に・・・・・・どうしても違和感を、自分が自分でないような不思議な感覚、それが酷く―――――不愉快だった。

ガチャ

玄関のカギを開けて二人はまず最初に一声。

「「ただい―――――さっむ!!?」」

ラボの中は、室内は電気が消えていてとても冷えていた。帰宅時の定番である「ただいま」を途中で切っての魂の叫び。壁と言う名の風除けがある分道路沿いよりは階段は寒くは無かったが、室内はそんな階段よりも寒く感じる・・・っていうか寒い。冷え過ぎだ。
原因は開けっ放しの窓。玄関は鍵が掛かっていたが何故か窓は全開だった。
視線を杏子に向ける岡部、原因に心当たりがある杏子は・・・というか犯人である彼女は頬を軽くかきながら詫びる。

「わり、窓から飛び降りて出たから・・・・・・・・閉めんの忘れてた」
「軽いなバイト戦士!雨や雪が降っていなかったからよかったが――――」
「悪かったって、過ぎたことはしゃあなしだろ。ほら鍋の準備もあるしまずは着替えてストーブストーブ」

杏子は己の失態を誤魔化すように岡部の背を押して室内に、そして開けっ放しの窓を閉めてストーブのスイッチに手をかける。
岡部はため息を吐きながら買ってきた荷物を台所で仕分け、ついでにヤカンに水を注ぐ。

「バイト戦士」
「ん」

岡部からヤカンを受け取った杏子はストーブの上にヤカンを乗せ、コートを脱ぎながら携帯を取り出す。マミとゆまに連絡だ。夜は岡部と食べると連絡はしていたが帰るかどうかの連絡はしていなかった。本当は鍋を食べたらマミの家に帰るつもりだったが予定は変更、岡部をゲロさせるために朝までコースだ。

≪もしもしキョーコ?≫
「ゆま、マミの奴はいるか?」
≪マミお姉ちゃんなら今お風呂入っているよ≫
「そっか、今日はラボに泊まってくっから今日は帰らない・・・・・あ~、朝飯もいいよって伝えといてくれないか」
≪わかった。マミお姉ちゃんにキョーコは朝帰りするって伝えとくね≫
「お前はまた誤解を生みそうな――――」
≪キョーコとお兄ちゃんなら絶対になにもないから大丈夫だよ≫
「まあ、そうなんだが・・・一応アタシも女なんだからそういう言われ方はちょっと」
≪え、今さら?≫

実際、杏子はラボに何度も寝泊まりしているのでその辺の意識は本人も周りも余り気にしていない。気にしているのはせいぜいご近所さんぐらいだろうか・・・・最近は岡部も周りの視線を気にし始めているが―――本当に今さらである。
年頃の男女が同じ屋根の下。幾度も二人っきりで泊まったりしてきた・・・・・むろん何事もなく朝を迎えてきたが。今思えばかなりリスキーな状況もあったような気がする。

「あ~・・・・・思えば岡部倫太郎がアタシ達をそういう目で見ない理由はこうゆうものの積み重ねがあったからかね」
≪昔はキョースケがサヤカお姉ちゃんに対してそんな感じだったよね≫

杏子が何を言いたいのか、ゆまは正確に読み取ったようだ。あまりにも自分達が無防備すぎて異性として意識するのがおかしいのかな?と、それを繰り返すうちに異性としての意識が鈍くなって・・・・・妹のような、兄妹のように思われていたのかもしれない。きっとそれだけではないと思うが・・・・。それも原因なんだろう。事実上条恭介が鈍くて馬鹿なのは美樹さやかのせいだったのだから。

≪キョーコ?≫
「あー・・・・・あのな、ゆま。一つ聞いてもいいか」
≪うん、なに?≫
「お前さ、岡部倫太郎の事好きか?」
≪好きだよ?ラボメンはみーんなお兄ちゃんの事好きだよね≫
「だよな」

ゆまの即答に、その答えに驚く事も以外に思う事もなく杏子は同意する。ラボメンは全員岡部倫太郎のことが好きだろう。全員が同じ回答をすることは分かっている。逆に岡部にラボメンの事が好きかと聞けば素直には答えないだろうが、それでも好きだと言うだろう。
そして、しかし、岡部倫太郎も、ラボメンもそこには好意はあっても“それ”はない。恋愛感情はきっとない筈だ。抱いていない。そこに愛はあっても恋はない。命をかけて戦えても、どれだけ深く想っていてもそこには友愛と親愛、愛だけで恋はない。
別に不満があるわけじゃない。そんなにも想ってくれる人達に囲まれているのだ。ずっと幸せだった。彼等彼女等の存在に支えられ生きてきた。そして支えて生きてきた。充実し、いつだって笑顔で過ごしてきた。昔の・・・・みんなと出会う前までは想像もできないあまりにも優しい世界――――。

「今はすっげぇ幸せだよな」
≪キョーコ・・・・・エキセントリックな自分に酔ってる?≫
「・・・・・センチメンタルって言いたかったんだよな?」
≪もしかしてお酒飲んでる?≫
「無視!?」
≪なんか今のキョーコ変だよ?≫
「う~ん、やっぱ変だよな。実は今日は・・・・朝からなんか違和感とか洗脳とかそんな感じの――――」
≪なんかキモいかも≫
「それはショックだ!」
≪だって誰々が好きとか、そこから今が幸せーとかの会話に繋げるなんてまるで乙女トーク・・・なんかキョーコが普通の女の子みたいだもん≫
「アタシはれっきとした女なんだが?」
≪相手がお兄ちゃんとはいえ下着姿で布団にもぐりこんでしまった時点でゆま的にはアウトだよ。乙女的に≫
「oh・・・・・・アタシはそんな奴だったな」

過去の事とは言え、さらには飲めないお酒を大量に飲んでいたときの過ちとはいえあまりにも業の深い黒歴史。岡部に“それ”がないと知っていたので犯してしまった過ちだが確かに乙女的にはアウトだ。双方にその気がなくても―――だ。今それをやれば完全なる痴女か馬鹿だ。もう子供じゃないのだから。
・・・・・・ちなみに上条恭介に対しても同じ過ちを犯してしまったので言い訳は出来ない。若さゆえの過ち。良い言葉だ。大抵の過ちはこの言葉が受け止めてくれる。

≪それでどうしたの、お兄ちゃんがまた新しい子でも見つけた?もう慣れっこだけど相手を勘違いさせないように気をつけてほしいよねっ。お兄ちゃんすぐに勘違いさせてラボに連れてきちゃうから――――!≫
「ん、ああ・・・それなんだけどな実は―――」
≪あのねキョーコ、お兄ちゃんには――――≫

背を向けて携帯片手に騒いでいる杏子を横目で見つつ、岡部は脱いだ白衣を洗濯機に放り込みため息を吐いた。自分に対し嫌悪しているのだ。自分はこんなにも邪な人間だっただろうか?最低だ・・・と、思っていた。

「バイト戦士」
「だから今回は向こうだけじゃなくて岡部り―――――あん?」
「確認しておくが・・・・お前は今日ラボに泊まる気か?」
「そのつもりだぞ?―――――ああ、こっちの話、じゃあマミにもよろしく言っといてくれよな」
「バイト戦士、今日は――――」
「大丈夫まかせとけって、ちゃんと確認しとくからさ。明日も学校だろ?――――信用ねぇなあっ」
「・・・・・・・・・」

岡部を無視し、電話をしながら杏子は自身の髪を結んでいた黒いリボンを解く、杏子がリボンを摘まんだ手を下ろすと同時に解けた髪が背中を流れ――――その後ろ姿に岡部は視線をくぎつけにされた。
髪型一つで見た目や雰囲気が変わることを知っている。が、それでも相手は佐倉杏子であり、そもそも髪をほどいた杏子は何度も見たことがある。なぜ今さらそんな姿に視線を奪われるのか・・・・・・意味がわからない。

―――・・・・・・・・・・・・なんなんだいったい





2014年12月1日20;15



「ぬくい・・・・」
「あったけー・・」

しゅしゅしゅ、と、ヤカンから沸騰した水蒸気が部屋を暖め、さらに鍋を乗せた炬燵の上には鍋以外の各種アイテム(ミカンやお菓子等)にテレビのリモコン・・・・・ああ冬ライフ最高、戦争も復讐もない世界線は本当に素晴らしい。
杏子がいつのまにか買っていたお酒を口に運びながら今日の疲れを洗い流すように体を癒していく。二人とも未成年なのだが飲酒を注意する人間はこの場にはいないので二人には躊躇いはない。
一時の間、岡部の思考を支配していた違和感と不快感は炬燵の魔力によって激減し、今この瞬間は怠惰でゆるい時間を満喫することにした。そのまま違和感も、悩みも今は忘れてしまいたい。このまま温かい時間に流されて時間を潰して・・・・そしたらきっと明日には元通りだ。
それを願った。思い出そうとした感情を、いまさら引き上げる気にはなれない。“それ”に気づきたくない。弱い自分はきっと“それ”には向き合えない。
“それ”を前にすれば自分は逃げ出すだろう、この街から・・・・彼女達の前から――――

「お、そろそろいいんじゃねーかっ」
「うむ、ではさっそく―――」

遅めの晩御飯。杏子が鍋の蓋を開けてぐつぐつと煮だった鍋の中を箸で適当に突っつくと同時、ラボ内の空間に食材の香りが立ち込め自然―――腹の虫が泣き、不覚にも涎が零れそうになった。
だから浮かんでは沈んでいく“それ”の断片を、感情を黙殺し、岡部は鍋に箸を伸ばす。
杏子の勝ち取ってきた食材は肉も野菜もおいしく仕上がっていて温かく、岡部は久しぶりに食べた料理に満足しながら――――――

「ん・・・・最後に鍋を食べたのはいつだった?」
「先週もマミん家で食ったじゃねぇか」
「先週・・・・・・、つまり2014年11・・・・・・・・・・・・・・・」

今日が12月の1日なのだから先週は当然ながら――――先月?その前の・・・・夏はどうしたんだっけ?


―――   修正


「そういや岡部倫太郎、お前って実はマゾなのか?」
「は?」

一瞬、思考に何か重要で、そうでない“何か”がかすめたが岡部はそれを認識する前に杏子の言葉に意識を持っていかれた。
それは同時に違和感や不快感、疑問に戸惑いをまとめて――――封印されたも同義だった。
だから岡部には既に目の前の杏子が放った意味の解らない問いかけしか頭にはなかった。

「お前ってさ、気の強い女っていうか容赦なく自分に関わる奴に対して積極的じゃん」
「意味が分からん。どういうことだ?」
「あー、例えば洵子さんとか」
「ミス・カナメ?」

まどかの母親だ。気の強い女性ではある。否定しようもない事実だ。確かに彼女は岡部に対し容赦がない。家賃の引き上げや回収、問答無用の折檻に押し付けてくる無理難題。
だが岡部は彼女のことが嫌いではない。むしろ尊敬し、出会えたことに感謝し、その在り方、生き方に誰かの影を重ねてしまう。最初の頃はなにかと彼女の元を訪れていた。この世界線ではまどかよりも先に親しくなったほどだ。

「まあ積極的かどうかは知らないが・・・・・それで何故マゾにされるのだ」
「まどかやキリカの奴もカウントできるな」
「・・・・ベクトルは違うが確かに俺に容赦なく関わってくるな」

まどかは毎日弁当を持ってきてくれるしキリカはベタベタくっ付いてくる。好かれているとは思うが事あるごとに魔法で攻撃してくるので毎回毎回血を出したり吐いたりの怪我をしたり入院手前になったり・・・・・・・。

「たしかに彼女達には何かと虐待されているが・・・俺はМじゃないぞ、痛いのも苦しいのもごめんだ」
「あと、ほむらもそうだよな」
「確かにアイツのことが好きだとしたら・・・・・確実に俺はマゾだろうな。つまり俺はマゾではない」

暁美ほむら。岡部と朝の挨拶から別れの言葉まで罵倒を叩きつけ合う醜い間柄である。この世界線で最初に協力体制を築き上げ互いの足を引っ張り合いながら苦言を叩きつけ合い魔女戦の知識と経験を互いに披露して失笑と文句とついに拳を交えての関係を日々繰り返しながら友好(?)を今も続けている。

「洵子さんからは精神的に、まどかやキリカからは物理的に、ほむらにいたっては両方で、だけどよく一緒にいるだろ」
「ミス・カナメとは仕事だ。まどかとキリカは否応なく、ほむ・・・・奴にいたっては性分だ。別に俺は苛められるのが好きなわけじゃない」
「でもなぁ、形はどうあれお前って自分を苛める奴とよく一緒にいるじゃねぇか」
「だから俺は―――」
「それも自分から会いに行ったり誘ったりしているんだろ?」
「はあ・・・・」
「なんだよため息なんか吐きやがって、飯がまずくなるだろうが」
「肉美味いな、そして鍋にはやはり白いご飯・・・・最後に鍋汁でオジヤにするのもいいがこれもまた至高の一品」
「おいおい無視すんなよ岡部倫太郎、お前はマゾなんだろ、認めろよー」
「あー肉が美味い」
「って、肉ばっか食ってんじゃねぇよ!アタシの分がなくなっちまうだろうが!」

疲れたため息を吐く岡部に杏子は文句を言うが岡部は取り合わない。そんな岡部に杏子は噛みつくが無視される。
まあ、マゾでもないのにそんなこと言われれば誰もが良い気はしないだろう。杏子とてそれは分かっているが今日はそれらを絡めて岡部を問いただしていくのだから引くわけにはいかない。

「ああそうだっ、アタシに対してもお前ってそんな感じじゃんか」
「?」
「ほら、アタシは窓から侵入してくるけどさ」
「本気で迷惑なんだが」
「でもそう言いながら窓の鍵は閉めねぇよな。つまり悪くないと思っているんだろ岡部倫太郎」
「開けておかないとお前が鍵を壊すからだろうがっ、朝も言ったが修理代がどれだけかかると思っているのだ。鍵は渡してあるのだから玄関から―――」
「んじゃ、こうやって迷惑なアタシと鍋をつついているのはなんだよ」
「あー・・・・なんなんだ今日のお前は、やけにからんでくるな?」

その口調は本気で迷惑そうで、新しい缶ビールを開けて杏子を睨みつける岡部。
だが杏子は口元に笑みを浮かべたまま会話を続ける。
ちなみに岡部はビール。杏子はチューハイだ。

「はん、でもアタシが来るとお前嬉しそうじゃん」
「誰が。俺は毎回お前が突然来る度に濡れた床を拭いたり近所への視線を気にしたり・・・・・おちおちプライベートな時間を堪能する事も出来ないのだぞ」
「うん?・・・・・・なんだよ岡部倫太郎、女のアタシが突然来たら困ることでもやってんのかよ?」

ニヤニヤと、良い言葉を引き出したと杏子は思い、しまったと岡部は思った。

「なんだよ、やっぱここにもエロ本の一つでもあんのか?」
「そんなものはないっ」

遠い過去に無断で破棄された。

「いやぁ安心安心、これでも気にしてたんだぜ?岡部倫太郎は女の体には興味のない不能野郎なのかってな」
「誰が不能か!」
「だってお前さ――――」

ここだな。と、杏子は思い。まずい。と、岡部は思った。
似たような会話は今までたくさんあって、対象が岡部にむいたこともあった。だけど今回は意味合いが違う、状況が違う、心構えが違う、問いかけの真意が違う。
自分の発言が決定的な何かになることを理解しながら杏子は言葉を放つ。
問いかけられる内容に怯えている自分を自覚している岡部は言葉を受け止めるしかない。

「アタシ達に■■を抱かないようにしてるだろ」
「・・・・・」
「それに・・・・・いや違うか、なによりもアタシ達から向けられるのを避けようとしている」

空になったチューハイの缶を、ゴミ袋として活用しているスーパーの袋に入れ、杏子は目の前の男を真っ直ぐに見る。

「なんでさ、お前って別にホモでもなければ女に興味がないわけでもないんだろ?」
「さて・・・・な」

見た感じ、落ち着いていて動揺しているようには見えないが明らかに雰囲気が変わったのは分かる。視線を伏せてビールを口に運ぶ姿からコレ以上の追及を拒絶する意思が感じられる。
だが、今日は引かない。誤魔化さない。いいかげんに覚悟を決めてほしいのだ。いつまでも中途半端なままではラボメンが――――

「なあなあ、なんでだよ」
「お前には関係ない」

しかし完全なる拒絶。岡部倫太郎は佐倉杏子に対し明確なる拒絶の意思を伝える。

「ぁ――」

それに、その岡部の言葉に杏子は予想以上の痛みを胸の奥に感じた。予想していて、こんな言葉を返された時の返答も頭の中にはあった。だけど実際に、はっきりと岡部の口から放たれた言葉は―――目を見開き、顔を歪ませ、口の中を乾かすには十分な威力があった。

「あ・・・お、岡部―――っ」

思えば、これほどまでの拒絶は初めてだったかもしれない。今まで意見の食い違いや悪ふざけで対立や喧嘩をしたことはある。
だけど、そこにはこんなに冷えた――――・・・・・・・今の岡部は杏子を見ていなかった。見ようとしなかった。

「あ、あのなっ、アタシ・・・ちが、違くてっ―――ただっ」
「・・・・・・」

何かを、何とか言葉を紡ぐが岡部は何も言わず視線も上げない。そのことに杏子は怯えるように体を震わせた。
岡部倫太郎に嫌われる――――拒絶された。いついかなる時も味方だったのに、何があっても・・・それこそ敵対している相手にも手を差し伸べる岡部倫太郎に、間違っていないと、仲間になれと、必要だと、一緒にいようと言ってくれた岡部倫太郎に。
それがどうしても悲しくて嫌だった。こんな展開は考えてなかった。予想も想像もしていなかった。そんなことは起こりえるはずがないと、こんなハズじゃなかった。間違えたのか、似たような問いかけはこれまでもあったのに、何故よりにもよって自分の時にこんな―――――。

「ぁ―――――はんっ、か、関係ねぇだと?アタシ達は仲間だろーがっ」

強がりか、性格からくる反骨心か、口から勝手に言葉が零れた。自分が怯えている事を悟られないように何かを言いたかったので都合はよかった――――――わけがない。今、自分の放った言葉に杏子は心の底から恐怖した。なんてことを言ってしまったのかと、今絶対に問いかけてはいけない言葉だと瞬時に悟った。
もし、“もしもこの言葉を否定されたら”、例えそれがたまたま機嫌が悪く、酔った勢いや買い言葉に売り言葉、口が滑っただけの言葉だとしても・・・・否定されれば杏子の精神を揺るがすには十分すぎる凶刃と化す。そのときは恥もなにもない、みっともなく泣いて、喚いて騒いで、どうしようもないほど取り乱して自分は―――

「・・・・」

再び飲み干し空になったビール缶を岡部は炬燵の端に置く。その静かな動作に杏子は怯え顔を伏せてしまう。前を向けば岡部と向き合うことになる。それをとっさに避けてしまった。自分らしくない、自覚しているがどうしても怖い。岡部倫太郎に否定される事がどうしても受け入れられない。

佐倉杏子は別に岡部倫太郎のことが特別な意味で好きなわけじゃない。

だから岡部が別の誰かと付き合おうが添い遂げようが杏子自身は別にかまわなかった。相手がラボメンの誰かなら祝福するし、それがもし、もしもだが・・・自分だったらそれはそれで楽しそうで、それ以外なら・・・・・・・・だけど、例えそういう相手ができても傍にいてくれると思っていた。
今までのように、ずっと変わらず――――未来ガジェット研究所と共に。なにがあっても受け入れてくれて、ずっと一緒にいてくれて、いつだってラボメンのことが一番で、いつまでもいつまでも変わらずに。
・・・そんなはずはないのに、そういう相手がいれば隣にはそういう奴がいるはずで、もう傍にいてはいけないのだ。今までのように気軽にラボに来ることも、理由もなく泊まる事も出来ない。遊びたくても相手を優先するだろうし会う機会も自然減ってきて・・・・・・岡部倫太郎の一番はその人のモノで。
今まではその心配は皆無だった。だけどその可能性は生まれて、無かった事にしてきた“それ”を考えて――――

「バイト戦士」
「あ、アタシはっ・・・・・・・・・アタシやっぱ帰るわ!そっ、そんじゃあな岡部倫太郎!」

逃げるように、顔を岡部に向けることなく杏子は立ち上がりソファーにかけたコートを探す。でもソファーとコートは迎いに座った岡部の背にある。一瞬強張った体を無理矢理動かし、コートを羽織ることなく岡部に背を向けて玄関に逃げ―――


「“杏子”」

ビクッ!

完全に体が硬直して動けない。岡部が名前を呼んで杏子を引きとめる。岡部倫太郎が佐倉杏子の事を名前で呼ぶときは決まって真剣な場面の時だ。冗談や誤魔化しを混ぜない。つまりそういう状況だ――――今、岡部は真剣で、杏子に何かを言うべきことがある。
怖い――――こんなハズじゃなかった。岡部倫太郎を怒らせるつもりなんか無かった。だけど、わざわざ忠告をしたにもかかわらず踏み込んではいけない部分に自分は踏み込んだ。岡部がそれを避けていたのに、それを知っていたのに―――だ。

「ゃ―――」

小さな、本当に小さな悲鳴が口から洩れた。

(だ、誰か―――まどか、マミ・・・・さやか!!)

頭の中で他のラボメンに助けを求めてしまう。この場には魔女も敵対する者もいないというのに。
怖い、怖い怖い怖い!こんな事ならまどかに無理矢理にでもついてきてもらうんだった。彼女ならなんとかできたかもしれない。マミなら、さやかなら、ほむらなら、ゆまなら、恭介なら、仁美なら、織莉子なら、キリカなら、キュウべぇなら、ユウリなら、あいりなら・・・・・誰かが此処にいれば、いてくれたら―――――

「!」

背後で、動けない自分の後ろで岡部が立ち上がったのを感じた。

「杏子」
「ッ」

岡部に肩を掴まれ強引に体の向きを変えられる。岡部と向き合う形になって、でも杏子は両手で拒絶するように岡部を突き飛ばそうとする。
怖い!助けて!と、誰にも聞こえない絶叫を杏子は――――――・・・それでも両肩をしっかりとつかんだ岡部から離れる事はできなかった。
震える体、涙を浮かべた顔を岡部倫太郎に見られたくない。弱い自分を晒したくない。これ以上岡部倫太郎に―――嫌われたくない。
何を言われるのか、何をされるのか、怒られるのか、叩かれるのか・・・・。正直、怒られてもいい、叩かれてもいい、だから許してほしい。だから嫌いにならないで、聞いてしまった問いかけを無かった事にしてほしい。
全部チャラにして、今日はただ一緒に鍋を食べただけで、いつもと変わらない毎日を、変わりたいなんて望まないから、変わってほしいなんて思わないから、諦めたのに・・・・・都合良く思い出そうとしたことなら謝るから、だからアタシを――――!

「お前の言う通りだ。お前達は仲間だ―――――関係ないなんて言ってすまない」
「―――――――」
「俺が・・・・・悪かった。それだけだ」

―――ああ、この程度の台詞で

岡部の胸に弱々しく触れていた両手に力がこもる。涙が零れる伏せた顔が前を向く。

―――岡部倫太郎は、アタシの事を嫌いになっていなかった

「ッ―――あっ・・・・くっ」
「杏子!?」
「こ―――――ッ」

―――そのたった一言だけで、心の底から安心した

杏子が震えていて、否、泣いていることに気づいた岡部は驚いて目を見開き唖然とした。
それは一瞬の事、なぜなら――――



「こんのっ、バッカヤロウがーーーーーー!!!!!」



涙を振り払いながら、全力で振りかぶった杏子の拳を顔面に受けたことで岡部の意識は闇へと落ちたからだ。








2014年12月1日22;50


赤色。おおむねその色が暗示するのは『強さ』『勝利』『優勢』『祝福』『愛情』『熱血』―――そしてなにより『情熱』である。


「うっ・・・・・・・・む?」
「起きたか・・・・・・・岡部倫太郎」

柔らかく、温かい手のひらが己の髪の毛を撫でる感触に目を覚ました岡部の視界に、此方を心配そうに見降ろす女性の顔が至近距離で映った。
後頭部に感じる感触は柔らかく、髪に触れる手の感触は温かく、見詰められている瞳は熱っぽく潤んでいてとても魅力的だった。

「・・・・・・」
「岡部倫太郎?」

岡部が何も言わないことに不思議そうに首を傾げる女性の髪に、岡部は無意識に手を伸ばした。

「お、おい岡部倫太郎なんだよ急にっ・・・・・その、くすぐったいだろうが!」
「・・・・・・・・お前の髪は柔らかいな、もっと硬いと思っていた」

まだ意識がぼんやりしているのか、夢心地のまま岡部は杏子の赤い髪の感触を堪能する。別に杏子の髪がガチガチに硬いと思っていた訳ではない。だがこれほど滑らかに、指の隙間から零れるように、まるで水のように流れるほど柔らかいとは思ってもいなかった。杏子とは戦闘中背中を合わせたり日常で腕を組んだりするときに彼女の髪に触れる事は度々あったが―――――

「それによく見ると・・・・・・お前の髪は綺麗だな」
「お、おい、なんだよ頭おかしくなっちゃったか?そんなに強くは殴ってはないぞっ・・・・・たぶん」
「お前な・・・人が褒めているんだから素直に受け取れ。あれか、お前は人を誘っておいていざ本番になると尻込みしてヘタレる困ったちゃんか?」
「誰も誘っちゃいねぇよ!!」
「いいか、言っておくが相手が奥手な奴だったら本当に何もできないから本番ではヘタレるなよ?」
「なんの心配をしてんだよテメェは!!」

杏子は自分の膝もとで侮蔑なのか侮辱なのか警告なのか忠告なのか優しさなのかよく分からない妄言を吐く愚か者に肘を喰らわそうと腕を振り上げた。
が、その前に岡部の髪を弄っていた手が頬に伸びてきて、杏子は頬を優しく触れる感触に硬直してしまった。

「さっきは悪かったな、本当にすまない。今日の俺は少しおかしいらしい・・・・感情的になってしまった」
「う、あ・・・っ、いやなんだその、アタシも悪かったな・・・・・変なこと聞いて――――」
「いや、変な事じゃないさ。“それ”は・・・・・“それ”があるから俺は世界にすら打ち勝つことができたんだ」
「・・・・・」

そう言う岡部の顔は、誰を思い出しているのか――――・・・・嫌だな、そう思う。目の前にいるのは自分のはずなのに。
いつも肝心な時に、岡部倫太郎は“あの人”しか見ない。

「“それ”はお前達にも関係があるのに・・・・・いや、誰にでもか、無碍にしてはいけないのにな――――」
「もう、いいんだよ。だからもう・・・・・この話はやめにしよう」

そうだ。もういいんだ。アタシ達が今まで安心してきたのは――――思い出した。何があっても岡部倫太郎は他人にならない、それだけは変わらないはずだから。だから、もういい・・・・・今さらだ、本当に今さらすぎる。これ以上はもう続けたくない。
岡部が気絶している間に、ある程度は痛みも収まった。なのにもう一度味わうことになれば・・・・とてもじゃないが耐えられない。
ただでさえ、“あの人”の事を想い出している岡部の顔はアタシ達に向けるのとは違っていて、それは椎名レミに向けていたものとは比べられないほど大きくて。
そんな杏子の想いとは別に岡部は杏子の膝もとから起き上がる。その時にようやく岡部は膝枕してもらっていることに気づき一瞬停止してしまうが、極力落ち着いた表情で再起動、杏子と共にソファーに隣り合わせで座ったまま視線を合わせる。

「いや、大切な話だ。先延ばしにしていたら後々になって問題化する」
「だけどアタシ達は・・・」
「達?・・・・ああ、まあラボメン全員にも関係があるか、全員が年頃だしな」

杏子の言葉に岡部は言葉を挟むが、すぐに納得し頷く。
杏子は、岡部があまりこの話題に気負うことなくいるように感じて少しだけ・・・・さっきはあんな態度だったのにと、憮然とした面持ちで視線を向ける。
岡部は、いつかこの手の話題がくるかと日々身構えていたので心もち落ち着いていた。さっきのは突然で、今日の件もあり感情的になってしまっただけだと自分に言い聞かせる。

「聞いてもいいのか?」

おずおずと、杏子は岡部の顔色を窺いながら尋ねる。岡部はそんな杏子の様子にバツが悪そうに頬を掻きながら苦笑する。
怖がらせてしまったな。と、自分より遥かに強い彼女にこんな顔をさせてしまったことを強く後悔した。何よりも大切な仲間に―――――

「何でも聞いてくれ、応えられる範囲で―――――」
「ん」
「いやっ、なんでも答えよう・・・・俺の知らない事柄や理解できないもの以外ならなんでも、嘘偽りなく正直に話す」

最初は応えられる範囲で、あまりにも都合が悪ければ避けようと思った岡部だが、杏子の表情を見て考えを改めた。もう、これ以上逃げる事はできないし、そうする訳にはいかない。はっきりと言わないと、伝えないと彼女はもう納得できないのだろう。
岡部の“それ”に関してはラボの皆が既に知っていて、答えは決まっていて、だからこれまでは問わず聞かず伝えず・・・・だけど彼女は思うことがあるのだろう。なら、岡部は答えるべきだ。それで彼女の不安を物色できるなら大いに結構、自身の恥や外聞もない、それこそ今さらだ・・・彼女達は岡部倫太郎、鳳凰院凶真の足跡をしっているのだから。

「じゃ、じゃあ・・・・・聞くけどよ、もう怒んなよっ」
「怒らないよ」

不安そうに、上目づかいで問いかける杏子に岡部はハッキリと伝えた。
決意を固めたように杏子は岡部に次々と問いかけ、岡部は嘘偽りなく答えていく。
それは過去に何度か聞いたことがある内容もあり、最近・・・今日感じた事や前々から思っていたことなど、だけど今回は真剣に誠実に嘘偽りなく茶化すことなく問答をした。そして――――。

「えーっとな、岡部倫太郎はアタシのことが好きか?」
「ああ、もちろんだ」

即答した。即答された。それに杏子は息が詰まるのを感じ取ったが咳き込む寸前に魔力で強制復帰、別に以外でもなんでもないと、精神防御を行い冷静に務める。岡部倫太郎がアタシのことを好きなのは知っていると、そして他のラボメンの事も好きなんだと自分に言い聞かす。
ただ、いつもはもっとごねたりしてやっと吐かせてきた台詞だったので驚いただけだ。今の岡部は真剣に此方の質問に答えているだけだと言い聞かす。

「まどかやマミ・・・・ラボメンのことは好きか」
「当然だ」

そうだろう、知っていた。分かりきった事柄だ。今さらで疑いようもないことはアタシ達ラボメンが誰よりも知っている。

「ならさ・・・・好きな奴はいるか?」
「いる」

それにも即答された。知っていた。岡部倫太郎にも好きな奴がいることぐらい。アタシのことが、ラボメンのことが好きだと言ったばかりだ。今しがた本人から確認の答えを聞いたばかりなのだから。でもアタシが、そして此処にはいないラボメンの皆が聞きたいのは――――

「それは異性として、■■の意味で・・・・・・・好きなのか?」
「ああ」

知っている。“あの人”のことを知っている。
岡部倫太郎が唯一“それ”をアタシ達ラボメンにも分からせる表情にさせる人。
岡部倫太郎には“それ”が無い。と言ってきたけど岡部にだってある。生きているのだから、死んでいないのだから。
ただ、それがもういない“あの人”にしか向いていないのだから実質無いように見えるだけなのだ。

「牧瀬紅莉栖・・・さん?」
「ああ、牧瀬紅莉栖は俺の唯一無二の助手で・・・・・・大切な女性だ」

その短い言葉を発しただけで岡部は様々なことを、大切な記憶を思い浮かべているのか、此処じゃない何処かを眺めているような、そんな感じがして杏子は拳を強く握った。
アタシは岡部倫太郎のことが好きだけどそれは恋愛とかの好きじゃない、と言い聞かせる。だから胸の奥に感じた何かは気のせいで、ただ、もういない人のことを考えている岡部が、今いる隣にいる自分よりもその人のほうを優先しているから嫌なだけだ、と。

「じゃあさ――――」
「それは―――」

その後も杏子と岡部は問答を続けた。




2014年12月1日23;30



「一つ聞いてもいいか」
「なんだよ?」

アレコレと問答していて、ついに間があいた時、岡部は杏子に問う。

「どうして今になって聞いてきた?」
「は?」
「こう言っては何だがお前達は俺が紅莉栖のことが好きなのを知っているだろう。だから・・・・その、そのテの話題には触れてこなかったのに今日はどうしてだ?」
「そりゃ知ってるさ、だからアタシ達は遠慮なくラボにも来れるし泊まれる。岡部倫太郎に彼女ができたらそんなふうにはいかないからな。・・・・・・そういうことさ、だから不安になった・・・・ってとこか。だからつい問い詰めたくなっちまったんだ。アタシ達にとってここは――――大切な場所だからな」
「別にそんな遠慮は・・・・」
「本気で言ってんのか」

その言葉に岡部は口を塞ぐ。たしかに杏子の言う通りだ。自分に彼女ができれば今まで通りにはいかないだろう。例え岡部が気にしなくても相手が、そしてラボメンの皆が気にする。気を使う。
朝は毎日一緒に食事を食べる事も、ラボに連絡なしで急に訪れる事も、休日平日関係無しに大勢のラボメンで集まる事も、夜遅くまで・・・泊まり込みで騒ぐことも、ラボメンの用事に岡部が積極的に関わる事も確実に減るだろう。
そういうつもりが無くても、それでも変化は否応なくある。そういうものだと、それは運命ではなく自分達の選択として、当然の気遣いとして絶対に。

「で、だ。今になって聞いたのは――――椎名レミに対するお前の態度が気になってな」
「椎名レミ?」
「ああ、お前はアイツの事をどう思ってるんだよ・・・・」
「どうって別に―――」

なんでもない。そう言おうして、でもそれでは納得できないと、杏子の瞳は訴えていた。
言葉を収めた岡部は、それでも他に何と言えば分からない。岡部は自身は本当に分からないのだから、岡部にとって椎名レミは苦手な相手―――同時に過去を、彼等を思い出してしまう相手。ただ、それだけだと認識している。
周りからはどう見えていたとしても、今の岡部には自覚が無い。

「お前は気づいていないかもしれないけど・・・・・椎名レミと話してるお前ってさ、なんていうか―――――さやか・・・上条達みたいだったぞ」
「うん・・・・・?英雄やお嬢達みたいってことか?ありえない」

岡部倫太郎は気づいていないだけで、周りからどう見えているのか、普段と違うことに気づいていないのだ。“それ”は誰もが通る道で、今までは牧瀬紅莉栖の存在が余りにも岡部の中で大きくて、“それ”に関して外部に向けられることはなかった。
だけど今回、椎名レミに対して岡部は“それ”の欠片を表に出した。それは誰もが異性に抱くほんのささいなもので、だけど岡部倫太郎が主観にして数十年間、牧瀬紅莉栖にしか見せなかった異性への反応のそれだった。

「周りから見れば分かんだよ。お前が椎名レミに向けている感情に“それ”があるんだって」
「そんなまさか。俺には紅莉栖が―――」
「あのな、岡部倫太郎」

岡部の言葉を遮り、杏子は何度目かの震える声で岡部に伝える。

「アタシは変わったろ?」
「ん、ああ・・・・変わったな」
「人は変わっていくんだ。それを教えてくれたのは岡部倫太郎・・・・・アンタだよ」

それは岡部倫太郎という執念の観測者とて同じだ。

「そんなアンタの傍にアタシ達はいたんだ。だから分かるんだよ」
「俺は―――」
「分かってるっ・・・・アンタが今も牧瀬紅莉栖さんの事を愛しているのは知ってる・・・だけどさ、岡部倫太郎っ」

そう、今も岡部倫太郎が牧瀬紅莉栖のことを愛しているのは皆が知っていて、それが揺らがないことを知っている。理解している。岡部倫太郎は恐らく、それだけは変わらずに、生涯その想いを忘れずに過ごすと思う。
だけど、だからと言って、忘れられないからと言って、それで終わるはずが無いのだ。

「だからって“それ”を押し殺す理由にはならないだろう」

杏子はソファーの上で己の膝を抱きしめながら問う。別に岡部倫太郎は無理に“それ”を抱かないようにしているわけでも、無理矢理押さえこんでいるわけでもないだろう。でも岡部倫太郎はまるであの人に操をたてるように、アタシ達にそれを向けないようにしている。他の誰よりも近いアタシ達に対して誰よりも、そして“それ”を向けられないように努めている。
そのテの話題が上がれば過去の世界線でどれだけ彼女に助けられ、彼女の世話になったかを話し、どれだけ彼女のことが好きなのかをワザとらしく伝えてきた。

「そんなつもりは―――」
「ないのか」

ほんとうに?

「・・・・・・」

無いとはいえないかもしれない、岡部はそう思った。意識していた訳ではない・・・・・とも言えない。

「そうかも・・・・知れないな」
「ほら、やっぱりそうじゃないかっ」

手を伸ばし、新しいチューハイのプルタブを開けながら杏子がジト目を寄こす。

「それもっ、特にっ、アタシ達にっ、対してはっ・・・・過剰?何て言うかこう・・・・アタシ達にこそむけないようにしてるだろっ」
「むぅ・・・」

いつもの調子に戻ってきているのか、アルコールをぐびぐびと摂取しながら、言葉を区切って強調するように伝える杏子に岡部は思考を巡らす。
杏子の言葉を否定できない。正直に言おう、過去の世界線では“そう心掛けてきた”世界もある。万が一にも一定以上の好意をもたれないように努めてきた。
岡部は自分が健全な男だと自覚している。だがこれまでは“それ”を意識することはなかった。彼女達は子供で、岡部から見ればそういう対象にならなかった。“それは時が経とうと変わらない”。そしてそれを彼女達も理解していたからスキンシップが自然に多々になっても問題はなかった。

(とは言え・・・・“それ”を向けられたとき俺は今まで彼女達に・・・・・・・どうしたんだろうか?)

過去、取り戻せなかった時点での、空虚な精神状態の時、この世界に放逐されたころの自分は意識、精神を閉ざしただ生きているだけだった。かつての世界線で、杏子と、正確には織莉子達と初めて戦い、そして自身の精神を取り戻したあの世界線、“その前までの世界線”では岡部は中途半端な覚醒をしていて、だからか、過酷な運命に沈む少女達に、彼女達の孤独を紛らわせるためにあらゆる要求に応え―――――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・












―――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おや?
















―――・・・・・・・・んん?














































w|;゚ロ゚|w !!?





「うん!思い出すのはやめよう!!」
「?」
「いや・・・・なんでもないよ?ナニモナカッタヨ、ナニモナクテセカイハアオクテマルカッタ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・岡部倫太郎?」
「ぬっ、ぐぐぐぐうううううううっ」

なんか、なにか、なんでも、なんてこったっ・・・・・・O・MA・I・DA・SI・TA!!!

ァ '`,、'`,、'`,、'`,、(´▽`) '`,、'`,、'`,、'`,、'`,、   うん、忘れよう☆

「杏子・・・・・認めよう。俺はお前達に、否!お前達だからこそ“それ”を向けず向けられずに過ごそうとしていた!そしていつしか互いそれが当たり前となり此処まで来たんだっ・・・・・そうだな?」
「あ、ああ、そうだと思うんだけど・・・・なんだ?なんか思い出したとかなん―――」
「いやそうだろうそうだろう!そのとおりだよバイト戦士!お前の言う通りで俺が間違えていた・・・・・そう、俺は間違えていた!!」
「なんで二回繰り返してんだ?おい・・・どうしたんだよ――――」
「なんでもないぞバイト戦士!そう・・・何でもないんだ気にするな!!」

いきなり大声で焦った様子の岡部に杏子は首を傾げる。

「って言うか・・・・またバイト戦士って言うんだなっ」
「は?べ、別に他意はないぞ!?なんならあんこでもいいが!!」
「名前で呼べ!!!今アタシは真面目に話してんだぞ!!」

杏子の一括に突然暴走し始めた岡部はハッ、として正気を取り戻す。バチバチと、ベチベチと頬を叩きまくって気合いを入れ直す岡部に杏子は不審者を見る目で問う。

「なんだよ急に、どうしたんだよ?」
「いやその・・・・・あれだっ、お前は俺に何を望んでいるんだ」
「へ?なにって―――」
「ほらなんだ、その結局今回の件で俺が椎名レミ・・・・・お前達に関してもそうだが“それ”に関して思うことがあっての相談だろ?」
「ッ」
「内容は分かった。今までそのテの話題が無かった俺にその可能性が生れて、その結果今まで通りの付き合い、例えばラボメン達との関係に変化、混乱が起こるのではないかと心配しているんだよな?」
「う、まあ・・・・・そうなるな」

“それ”に関しての人間関係の変化、それに伴う混乱を理解している。それも・・・なまじ魔法少女との付き合いが多い岡部はそれを痛いほど理解している。そして自分はラボのトップ、ラボは自宅だ。ラボにはラボメンがほぼ毎日通い詰める現状・・・・・・これまで通りの日課は続けきれなくなるかもしれない。
それに“それ”が原因でこの世界線では美樹さやかや志筑仁美、上条恭介だけでなく・・・・主にこの三人だが、上条だけでなく岡部をも中心とした“それ”関係でSRW(スーパーリリカル大戦)が勃発したりして『ラボメンVS他魔法少女連合』の前代未聞の大人数による魔法少女同士の抗争が起きたり起きかけたりで大変だった。
対処を間違えると第三次・・・・・・・・・・・・第三次?の大戦が起きる。

「で、どうしてほしいんだ?」
「どうって・・・・・なんだよ」

弱々しく尋ね返す杏子に岡部は答える。ずれた問いかけを。

「お前の見解は分かった。俺には自覚が無いがバイト戦・・・・杏子が言うのなら俺は椎名レミに対し今までの奴とは違った反応を見せているのだろう」
「っんだよ、やけにあっさりとアイツへの好意を認めるんだなっ」

再び、ぐびっ、とチューハイを口に運び飲み干しそのままダン!と炬燵に叩きつけ岡部に向き直る杏子。

「なんだっ、アタシに言われて意識しちまったか?テメエは他人に言われた事を真に受けて恋に気づいたってか?ああ!?」
「え・・・?いや違うそうじゃなくてっ」
「何が違うんだよこの野郎が!」
「ええ!?何で急にキレてんだお前は、タイミングがおかしいだろうが!?」

お酒で火照った体で岡部をソファーの上で押し倒し、首元のセーターを引っ張ったりしながら杏子は叫ぶ。なんかムカついた。なにか気にくわない。話の流れも岡部の対応もなにもかも。なによりも何かを誤魔化そうとしている岡部に苛立ちが隠せない。
ちなみに岡部はただどうすれば今回の件が収まるか、一時的にでもいいからとりあえず何らかの意見を聞こうと思っただけだ。岡部自身は事態(椎名レミに対して)の“それ”を理解していないのだからアドバイスを(これもまた変な話だが)授かろうと情けなくも承ろうとしたのだ。ヘタレ極まりないが、これはもう会話の流れや日本語がおかしいくらいに酔っ払っていることにしてほしい。
岡部だって困っている。杏子が何と言おうと岡部にとって現在ラボメンの皆が世界で一番大切な存在だ。その関係が、今までの関係が揺れる事態になれば岡部とて平穏ではいられない。ましてや思い出した記憶、精神を取り戻す前の世界線、あやふやだった精神状態でラボメン達以外の魔法少女とのやりとりを思い出してその経緯から岡部は混乱に拍車をかけている。

「それになっ、アタシはもう椎名レミのことはどうっっでもいいんだよ!!」
「え、いいの!?今回それが原因でからんできたんじゃ―――」
「うるっせぇんだよ!いいか岡部倫太郎!いいのか岡部倫太郎!いいんだな岡部倫太郎!!」
「なにその三段活用!?お前一体どう―――うぇっぷ!?」
「うるっっっせぇえええええ!!!」

がっくんがっくん頭を揺らされて岡部は吐きそうになり口元を押さえる。
もう、どうしようもないほど杏子は酔っ払っていた。今日一日ずっと溜めこんでいたストレスからくる不安や恐れが限界に達してしまったのかもしれない。







2014年12月1日23;50


べしべしべしっ

アルコールの取り過ぎで体があったまった杏子は自身の服の襟首の部分をめくってパタパタと首元に空気を送りこむ。

「くそっ・・・・あちぃ」

べしべしべしっ

「だから、いいか岡部倫太郎っ、お前はアタシ達をちゃんとっ・・・・ん?あれだ!子供あつかいっ、すんなよな!」
「あー、うん」
「いいか岡部倫太郎っ、アタシは前々からお前に言いたかったことがある!それは――――アタシ達を子供あつかいすんなってことだ!」
「そうだな、もう子供じゃないもんな」
「そうだ!まだ未成年だけど大学生!お酒も飲める大人だ!つまり何が言いたいかわかるか!?そう――――子供扱いすんなってことだ!」

・・・・・・・・めんどくせぇ。失礼ながら岡部はそう思っていた。

「だいったいお前は昔からの付き合いなのにまともに名前も呼ばないうえにいつまでも子供あつかいするし突然知らん女連れてきてアタシは子供あつかいだし周りには女しかいないのにアタシは子供あつかいでまどかみたいに飯作ってやっても子供あつかいでほむらみたいに喧嘩しても子供あつかいであいりみたいに一緒に寝泊まりしてもさやかみたいに馬鹿騒ぎしてもマミみたいに腕組んでもずっとずっと子供あつかいで変わんねぇしそれに――――」

馬乗りの状態のままずっと、ず~~~~っと、これである。あれからずっとこの状態で同じ話を延々と繰り返している杏子は間違いなく酔っ払いで岡部はウンザリしていた。確かに子供扱いしすぎていたかもしれないがこれは酷い。年頃の娘が異性の腹の上でとる態度ではない。子供扱いが嫌ならそれなりの態度で関わってほしい。
・・・・・・・・・まあ、ここまでくれば杏子の言いたい事も十分理解した。

要するに他人には年相応の態度で接するにもかかわらず、長年連れ添った自分をいつまでも子供扱いすることに対し怒っている。

岡部はそう思っている。他の理由があるとしたら“それ”関係だろうが杏子は違うだろうと予測している。
今日一日の言動、そして繰り返し主張する内容から誤解しそうになるが――――

「杏子、お前は俺が好きなのか?」
「あん?何言ってんだテメェ・・・・そんなん当たり前だろうがっ」
「それは異性としてか?」
「は?ありえない、脳外科に行けヘタレ野郎っ、誰がお前みたいな奴に惚れるかってんだ!」

うん・・・・これである。割と心に刺さるものがあるのは自意識過剰のせいだろうか。

(勘違いしなくてよかった・・・・・・・あやうく大恥をかくところだった)

話の流れから杏子に一定以上の好意を抱かれていると僅かながら・・・・・勘違いしていた。杏子が酒に酔っているのをいいことに言葉を濁し別の台詞を混ぜながらその真意を確かめようとして・・・今しがた貰ったような辛辣な返答を幾度もいただいた。
ヘタレ、根性無し、情けないと思うことなかれ、いくら主観時間で長生きていようとこの手の問題には不得手なのだ。ましてや相手は長年連れ添ったラボメン、“それ”に関しての疑問疑惑を抱えたまま過ごしては精神衛生上もたない。主に胃が。

それにこの世界線の岡部倫太郎は魔法少女達にとっての英雄的存在でなくてはならない。ヒーローでなければならない。
英雄色を好む。と言う意味で、物語に登場する皆を愛する英雄のように。“民を広く浅く平等に愛する存在として”。
たった一人を、誰か一人を“選んではいけない”。
たった一人しかいないから。だから皆を平等に愛する。誰か一人に偏りしてはいけない。
そうでなければ歪みが生れる。自身を認めてくれて、共に戦ってくれるたった一人の異性を求めて。
自意識過剰じゃない。それは実際にあった本当の事、それが利益であれ、好意であれ、岡部倫太郎は魔法少女に求められる。
とくに自暴自棄に陥った彼女達に。孤独は、悲劇は、理解者無き人生は、幼い彼女達の精神を簡単に疲弊し、摩耗し、矜持を捨てた行動に駆り立てる。
それに巻き込まれて被害にあうのは岡部だけじゃない。ラボメンの彼女達だ。現に数度にわたり別の魔法少女達との大規模な戦闘がこの世界線ではあった。

むしろ、誰よりも近い存在として彼女達は敵視されてきた。

だから・・・・と言う訳ではないが、もっとも近い存在であるラボメンに好意を抱かれないようにしてきた。
いつしか彼女達もそれを漠然と悟ってくれていたから安心していた。
その好意は“それ”じゃないと。
岡部倫太郎は誰のものにもならないと。
ラボメンはただの仲間だと。
だから争うことはないと。
言わなくても伝わるように、別の魔法少女達にも分かるように、長い年月を重ねて。おかげで“それ”に関しての魔法少女同士の戦闘は減ってきた。
岡部倫太郎は“それ”に応える事はないが、それは誰にでもそうで、そしてラボメンでなくても相談には乗ってくれる完全中立な存在として、そういう認識で魔法少女達の間では広がっている。

あとは教えればいい。魔法少女でも普通の人間と変わらない。普通に恋して幸せになればいいと。
あのとき、そのときに“岡部倫太郎しかいなかった”。だから“それ”は勘違いだと。
だから世界には岡部倫太郎という男だけじゃない。自分を愛してくれる人は世界中にいるんだと。変な遠慮はいらない。肉体はただの器とか、ゾンビだとかくだらない、そんなものは何の枷にもならないと。

それを今回の件で瓦解されそうになった。もし岡部が誰かを愛せるのなら、自分に振り向かせようとする存在が現れるかもしれない、それはきっと――――避けなければならない。
どんなに言葉を並べても岡部倫太郎は特別な存在だから、NDによるソウルジェムの負担を支える機能に関しても、その優しさも、理解も、想いやりも彼女達にとっては特別だから。
間違いなく世界にたった一人のイレギュラー。まるで漫画やアニメの主人公のような存在。自分の為に命がけで関わるお人好し。ヒロインである自分の為に存在しているかのような在り方。
この世にはいない人、勝負もできない“あの人”が好きで、その人だけが岡部の特別。それ以外は平等で不変。だから諦めきれた。だから納得できた。
なのに、その前提が崩されたとしたら・・・・・・・・

「はぁ・・・」
「んだよ辛気くせぇっ、ため息なんか吐きやがって文句でもあんのかっ」
「ないよ」

同じ話を繰り返している部分には文句があるが・・・・・それでいいかもしれない。こちらも疲れている。精神的に。ならコレ以上の話題が生まれる前に酔いつぶれてくれれば幸いだと思った。
押し倒されて、べしべしと人の胸元をチューハイ片手に叩いてくる赤毛の女を見上げながら、岡部は片手で自身の髪の毛をくしゃりとかきあげ、もう片手で彼女の頬に触れる。

「んん?なんだよ岡部倫太郎っ、くすぐったいだろうがっ」
「俺は痛いんだよ」  ―――そして怖いんだ

誰かを好きになれる事は幸いだ。この魔法のある世界にきて、“それ”を実感して、だけど抱けなかった岡部にもそれは分かる。
だけど、彼女達は知っているのだろうか?“誰かに愛される怖さを”。
ナルシスト――――と、馬鹿にしてはいけない。ストーカー被害にあう訳でもない。ただ誰かから愛される、好かれる。好意を向けられる。その事実は思いのほか重くて――――怖い。

「・・・・・・・・・・・」
「ん、おいっ・・・岡部倫太郎?」

彼女の火照った頬の感触は温かく柔らかい、流れるように垂れている赤い髪からも甘い匂い。少女だった彼女はいつのまにか本当に綺麗になった。

・・・・・・・・・・・ああ、これで彼女の吐息が酒臭くなかったら危なかった――――

―――    修正

「ふん!」
「おごっ!?」

振り下ろされた拳が鳩尾に叩き込まれ咳き込む岡部に、杏子は本日何度目かの冷たい視線を向ける。

「いましちゅっ、しちゅれ・・・・・・失礼なこと考えただろっ」
「かみかみかッ、・・・・・言っておくが途中まではよかったんだぞ?」
「結局いつも通りに不時着(?)したんだろうがこのヘタレ!そんなんだからお前はDTなんだよっ」
「ど、どどどど童貞ちゃうわ!そもそも不時着したのは誰のせいだ!」
「お前のせいだチキン野郎!」
イラッ☆( ̄▽ ̄)ノ

がうがう吼える杏子に半分うんざり半分■■しながら岡部は再び杏子の頬に手を伸ばし、両手でそのまま赤くなった杏子の小さな耳をくすぐる。
「ひゃん!?」と、可愛らしい声と共に体をビクッと震わせた杏子は岡部の体の上に倒れこむように伏せてしまう。

「むッ、く・・・おい岡部倫たッひゃあ!?こ、こらッ、くすぐったいって言ってるだろうが!」
「むにむにむに~」
「ひゃわわわわわわ!!?」

吼えて噛みつく杏子の叫びを無視して岡部は杏子の耳を愛撫し続ける。アルコールのせいか、耳が弱点なのか、はたまた密着している状況のせいか杏子は敏感に反応してしまう。
それに対し岡部は決して反撃のチャンスを与えないように責め続ける。岡部もまた酔っているのか、楽しいのか、密着しているせいなのか、普段なら絶対にやらない事を思いのほか楽しんで行っている。

「ひゃっ、う、うぅ・・・く、子供あつかいすんなッ!!」
「は?」

が、杏子が大声で岡部に訴えるように叫んで、岡部は杏子の耳をいじくる手を止めてしまった。
顔を真っ赤にした杏子はぜえぜえと、息も絶え絶えな様子だが、一方の岡部はポカンと、杏子の発言に唖然としていた。呆れていたのかもしれない。

「・・・・・・・・・・・・ああ、そうか、なんだっ――――やっぱり子供じゃないか」
「ッ、なんだとっ」
「だが、安心したぞバイト戦士」

岡部と離れるように腕に力を込めて、ゆっくりとだが杏子は上半身だけを起こし岡部を見降ろす。真っ赤に染まった顔は怒りか、羞恥心か、両方か、本人にも分からない。
そんな杏子に苦笑しながら、冷静になってきた岡部は杏子に伝える。安心したと。

「今のやり取りでその発言、子供あつかいするなとお前は言うが・・・・“杏子”、残念ながら俺は子供あつかいしていなかったぞ」
「え、む?」

岡部の言葉にきょとん、と、してしまう杏子。
同時に、なにか決定的なチャンスを逃してしまったような―――――そんな、喪失感にも似た何かを感じた。

「くくっ、それが分からないならお前はまだ子供だよ。まあ、おかげで俺は正気に戻れた」
「ん?へ・・・・・うん?」

酔いの回った頭ではうまく思考がまとまらない。杏子は岡部が何を言っているのか理解できなくて―――――

「アタシはっ、子供あつかいされるのは―――!」
「だから、していなかったよ―――さっきまでの俺はな。だけどお前自身が子供だったから今回はこれで終わりだ」
「は?ん・・・待て、意味が分からないぞ岡部倫太郎、説明を求めるっ」

べしべしと、杏子は再び岡部の胸を叩き始めるが岡部はやんわりとその手を受け止め体を起こす。
とは言え、杏子に馬乗りにされているので上半身を起こせば至近距離で抱き合うような姿勢。

―――修正

「“もう無駄だ”・・・・・・・・ほら、一旦は慣れろバイト戦士。この体勢じゃ近すぎるし話しにくい」
「やだっ」
「まったく・・・・ほら」
「んっ、こらヤメロ岡部倫太郎!話はまだ終わっていないぞっ」
「だーもうっ、暴れるなバイト戦士」
「杏子だっ」
「はいはい」

岡部に馬乗りの状態だった杏子は岡部に脇の下に手を差しこまれそのまま持ち上げ―――――られなかったので、少しだけ場所をズレされてしまう。そのスキをついて岡部は杏子の下から抜けよとするが杏子がそれを阻止しようとし、それを岡部が嗜めようとするがさらに杏子が拒否する。

「ゔーっ」
「むう、まるで猫みたいだな」
「シャァー!」
「ぬおっ――――っと、落ち着けバイト戦士、ゆまみたいだぞ?」
「なんだよお前っ、さっきと違って余裕みたいじゃねぇかっ」
「実際余裕だ。正気に戻ったからな」
「なんだよそれ、意味分かんねえっ・・・・ムカつく!」

自身を遠ざけようとする岡部をまたしても無理矢理押し倒して杏子はまた吼える。が、岡部は先程までのように真剣に取り合わない。・・・・・・・・自杏子が望んでいる態度じゃない。さっきまでは少なからず意識していたはずなのに、これじゃあ今までと変わらない。何も、これまで通り、体は成長しても、岡部倫太郎にとって佐倉杏子はいつまでたっても年下の――――――

「アタシは・・・・・岡部倫太郎から見れば子供なんだな」

ずるいと思った。世界には愛してくれる奴がちゃんといる――――そんな風に考えている岡部倫太郎はまだ気づかない。
いまや自分が彼女達にとって、あるいは最初からだが岡部の言う世界のどこかに必ずいる『誰か』の代わりではないことに、気づいていない。気づいてくれない、鈍くも、愚かにも、まったく気づいてくれない。
少なくとも、あとはただ死ぬしかなかった、ただ殺されるしかなかった、絶望し魔女になるしかなかった状況下において颯爽と現れ、自分を救ってくれた人間に対し何とも思わないなんてことが可能な者など、そうはいないということぐらいには、いいかげんに気づくべきだろう。岡部倫太郎もまた、牧瀬紅莉栖に救われたのだから。
そのずっと前から好きだったにしても、好意を抱いていたにしても、それには気づくべきだろう。
自分のことをどう思っているのか、気づくべきだった。もう自分には一人で、しかも逃れられない運命を背負っていくしかない悲壮な決意をしたときに、一緒にいようと言ってくれた異性を、どれくらい頼もしく思ったのかを―――――

「・・・・・・」

岡部の返事のない答え。杏子の背中がわずかに震える。押し倒した岡部の背中に手を回して、まるで小さくうずくまるような姿勢のまま、岡部が聞き取れる限界の音量で呟く。

「アタシはさ・・・・・・アンタの事、嫌いじゃないよ」
「知っている。俺もお前のことが嫌いじゃない」




2014年12月1日23:59

「・・・・・・・そっか」
「ああ」

岡部の腕が杏子の背中を優しく撫でる。その心地よい感触に、顔を黒い岡部のセーターにぐりぐりと押しつけて、まるで自分の縄張りを主張する猫のように、杏子は岡部の背中に回した腕に少しだけ・・・・少しだけ力を加えた。
もう、十分だ。優しい時間を、温かい時間を、求めていた時間を、欲しかった時間を得る事ができた。魔法少女になって失ったモノを、自分を抱きしめていてくれる男は再び与えてくれた。
きっと男は『それはお前が自分で手に入れたモノだ』って言うだろうが・・・・そのきっかけをくれたのは、それを担ってくれた一人であるのは間違いなくて、それに自分の大切な人達の居場所を作ってくれたのはこの男だ。
それに、だから・・・・・・

「なあ・・・・岡部倫太郎」
「なんだ」

アタシはコイツのことが嫌いじゃない。

「どれくらい好きなんだ?」
「当然―――」

胸元にぐりぐりと押しあてていた顔を上げて、視線を合わせる。

「“   ”だよ」

赤い髪を優しく、まるで愛おしく、男は杏子の背と髪を撫でながら、温かい声色でその言葉を杏子に伝えた。
それは今まで佐倉杏子が見た事がない表情で、聞いたことがない声で、一番胸に届いた言葉で、それは“あの人”に向けられていた感情には届かないけど、でもそれは確かに―――――――


2014年12月2日0;00

―――Mission Complete



ブツンッ

世界は真っ暗になった。











χ世界線“3.406288”



「「「「「「あっ」」」」」」

ぶつん、と暗転したパソコンの画面を食い入るように覗きこんでいた“中学生の少年少女”達はそろえて声を上げた。

ま「い、いいところだったのにっ」
さ「やっぱり一日限定じゃ無理があったんじゃ・・・・」
マ「でも予想を超えた展開になったのは確かだわ」
恭「・・・・・今さらだけどさ、これってプライバシーの侵害になんないかな?」
ほ「本当に今さらね、上条恭介。貴方も同罪であることは変わらないのだから覚悟を決めなさい」
あ「ねむ・・・い」
ゆ「キョーコとおにいちゃんどうなったの!?」
キ「それはだねゆまちゃん―――――18禁さ!」
織「キリカ、ちょっとこっちにいらっしゃい」
ユ「うーん、でも岡部には最後で気づかれてたし・・・・駄目だったんじゃない?」
仁「そもそも性格や背景、状況の設定はこちらが捏造したものばかりですしね」

あーだこーだ、それぞれの意見を聞いて感じてパソコンで上映されていた『もしかしたらの物語』について熱弁していくラボメンの彼等彼女等は、後ろでヘッドホンをつけながら眠っていた“少年”がゆっくりとソファーから立ち上がり、近づいてきているのに気付かなかった。

「おい」

びくっ

後ろからの問いかけ、よく知る少年の声に皆が身を振るわせ失態を悟る。本来なら実験が終了後即座にラボから退避する予定だったが、予想外な展開にその場でトークを続けてしまった。
ぎぎぎ、と、皆がブリキのように後ろに視線を向けるとそこには静かに、されど怒っている事がありありと伝わる姿で仁王立ちしている少年がいた。
さらさらの黒髪が目元までを隠し、腕を組んで仁王立ちする姿はパーカーとジーパン、年の頃はまどか達と大差ない。この少年こそ未来ガジェット研究所所長にしてラボメン№01岡部倫太郎。χ世界線3%に偶然辿りついた鳳凰院凶真その人である。
誰もが言葉を発せないまま数秒が過ぎる。正直、今回の実験はやりすぎたような気がするのを全員が思っていた。実験内容を岡部に話していないのもそれに拍車をかけていて、普段なら岡部に対し強気の姿勢でいるほむらですら今の状況に対し何も言えなかった。

「改良型の四号機とパソコン、それにND・・・・・つまり先程まで俺のいた“世界”はそういうことだな?」

静かに、普段はあまりラボメンには向けない怒りの感情を宿した瞳で一人一人を睨みつける。岡部倫太郎は怒っていた。大切なラボメンである彼女達だが、こればっかりは決して許すことは出来ない。

「四号機、ギガロマニアックスの力を利用した模倣世界での魔女戦を訓練するために開発したはずの複合ガジェット『Chaos;Head』、まさか事前に何度も忠告したにもかかわらず――――」
「ち、ちがうんだよオカリンッ、これには訳があるんだよっ」
「だいたいこの事態は普段から岡部が私達を子供扱いするから不満を――――」
「黙れ」

まどかとほむらの言い分を聞くことなく、この世界線ではまどか達と同じ年頃の姿―――丁度、椎名まゆりを取り戻すために鳳凰院凶真が生れた頃の姿―――の岡部はこの場にいる全員・・・・・あいりは半分寝ているので除外、一人一人の頭に拳骨をした。

ごんっ、がんっ、ポコ・・・・・!

「い、痛いっ」
「む・・・・ぐ」
「うう・・・・ごめんなさい」
「あう・・・」
「一応僕は止めたんだよ」
「同罪だ、まったく・・・・・お前達は何を考えている!模倣世界であり、ある程度設定を変えられるとはいえ・・・・・人の感情、意思に介入することは禁じたはずだぞ!」

その言葉に、前もって注意されていたにも関わらず好奇心からそれを破ってしまった皆は押し黙る。本気で怒っている岡部に誰も何も言い返せない。
知っていたのに、感情への、意思への一方的な介入、改ざんは、かつて岡部倫太郎が恨み憎み、そして憎悪したディストピアと同じ・・・・決してやってはいけないこと、岡部倫太郎を、人間を侮辱する行為だ。

「ご、ごめんなさい」

まどかが、自分のしたことの愚劣さに素直に謝る。涙を浮かべた謝罪に、皆が同じように岡部に謝るが、岡部の表情は変わらず、さらに釘を刺す。
いつもの岡部なら・・・・でも今回の行為はそれだけ許せないのだろう。それをラボメンの皆も理解している。理解していながらやってしまったのだから、彼らはまだ子供なのだろう。

「この複合ガジェットは破棄する」
「え!?」
「もう二度目はないと思うが・・・・・それでもこのガジェットは危険だ」

岡部は彼女達を信用していないわけではない、しかしそれでもこのガジェットは危険と判断した。



閑話休題



「これでよし・・・・まったく、とんでもないことに巻き込まれたものだ」
「ごめんなさい・・・・今回は本当に悪かったわ」
「まったくだ。マミや織莉子、ほむら・・・・お前達がいたにもかかわらずこのざまじゃ子供あつかいされても文句はいえんぞ」
「悪かったわ、でも――――」
「言い訳はするな、この件に関しては俺は絶対にお前達を許さない」

複合ガジェットの『Chaos;Head』を四号機と分離させ破壊し、ほむらと言葉を交わす岡部に皆が落ち込む。ここまで責められるとは思ってもいなかった。いや、予測はできたかもしれない、自分達は岡部倫太郎の過去を知っていたのだから。
現在のラボはかなり空気が悪い。自分と普段から言い争いをするほむらですらかなり落ち込んでいる。周りを見渡せば限界に達し眠っているあいり以外・・・・・・部屋の隅っこで別の意味で塞ぎこんでいる杏子以外の皆が落ち込んでいた。

「・・・・・・・・・・・・」

ばりばりと、乱暴に髪を掻き毟った岡部は無理矢理声を大きく、それでなるべく威嚇しないように言葉を発する。

「あー・・・・なんだっ、もう全員反省したなっ」

その言葉に、恐る恐るといった感じで視線を上げるラボメン一同。

「なら今回の件は終わりだ。各自反省し二度目がないと心に刻んでおけ」
「えっと・・・じゃあ」
「ああ、もうこれに関して追求はしないから顔を上げろ」

それに、まだ気まずい感じを残しつつ、それでも岡部の許しを受けて皆はホッとし、肩の力を抜いてそれぞれが腰をおろして床にだらけてしまう。
自分達の行いが岡部倫太郎にとっては裏切り行為に近いものだと悟った彼等は、岡部に嫌われたものだと・・・・・それこそラボへの立ち入りすら禁止されるのではないかと思ったのだ。
でもこうして力なく、呆れたように優しく声をかける岡部は許してくれた。好奇心から禁じられた行いを実行した自分達を、本当は完全に許してはいないのかもしれない、それでも許してくれた。

「と言う訳だ。もう夜も遅いからさっさと帰れ中学生」
「オカリンも中学生だよ。・・・・・・今日は泊まって行こうかな」
「駄目だ」
「え、なんで駄目な・・の?やっぱりまだ―――」
「違う。あれだ」

岡部の指さす所には毛布に包まり折りたたみ式ベットで既に熟睡している杏里あいりと――――特大の羞恥心に悶えている佐倉杏子がいた。

「あー・・・・・・」

複合未来ガジェット『Chaos;Head』。本来の用途はバーチャル空間、仮想空間内で設定された魔女との模擬戦を行うガジェットだったが、今回は魔女との模擬戦ではなく岡部と未来のラボメン達との関係を恋愛ゲームよろしく一方的な設定で岡部倫太郎と佐倉杏子に行った。
だからその世界での岡部の性格、“愛することは出来ても恋はしない”とか、杏子の何故か“窓から侵入するジンクス”とか、それらはまどか達が勝手に設定したもので真実は分からない。
だから今回の実験は真の意味では岡部と杏子の本音が顕になったわけではない。所詮は無理矢理押し付けられた設定が形になっただけ、しかしそれでもかなり恥ずかしい。与えられた設定とはいえ、その設定で行動し思った思考は間違いなく自分自身のモノで、それをモニター越しに親しい彼等に見られていたのだから。
途中で気づき、精神が成熟、数々の経験を積んできた岡部にはまだしも耐えきれるものだが・・・・・それは思春期の女の子である佐倉杏子にとってはかなりの痛手だ。岡部のようにこれはデータが予測したただの仮想での展開、と、開き直れるほど彼女の精神は強くない。ましてや内容が恋愛もの、しかも自分は男に馬乗りになり酔っ払ったままあれやこれや・・・・・精神へのダメージは深く重い。
うーうーと、布団に包まり悶えている彼女が耳はおろか首筋に至るまで真っ赤になっている様子を想像するのは簡単だった。立場が同じなら皆、今の彼女のようになっていると・・・・・・だからこそ声をかける事もせずに、そっとしている。今この瞬間は誰にも干渉してほしくないのは――――――――

「あいりは一度眠ったらなかなか起きない、バイト戦士はあの様子ではしばらく動けんだろう」
「うん・・・・本当にごめんね杏子ちゃん」
「!」ビクッ

自分の名前を呼ばれただけで布団越しに動揺が伝わる杏子に、周りのラボメンは事のありように反省し、岡部の言う通り帰宅することにした。
一同は杏子の様子をそれとなく心配するが、相手の立場になって考えた場合はやはりそっとしてもらえると・・・・それが一番助かるのは分かっているのでそれぞれ何も言わず、一言二言もう一度岡部に謝りながら帰って行った。







「・・・・・」
「・・・・・」
「(。-ω-)zzz」

それから数分、静かになったラボで岡部はマミやさやかが持ってきた嗜好品、ココアを作りテーブルの上に置いて未だに一言もしゃべらない杏子に声をかけた。

「“杏子”」
「っ」
「ココア飲むか?」

とは言え、岡部の手元には既にコーヒーがある。だからこのココアは杏子が要らないと言えば、または何の反応もしなければそのまま流し台に消える定めだ。
今の杏子に、声をかけるのはタブーかもしれない。それを分かっていながら岡部は杏子に声をかけた。無視されるならそれはそれでいい。しかし会話できるなら最初のうちに言っておきたいことは言っておきたい。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・のむ」
「そうか、席を外そうか?」
「・・・・・・・・・・いい」

しばらく躊躇ったうち、杏子は毛布に包まったままノロノロと寝室、アコーデイオンカーテンの向こう側から這いずるように現れちょこんとソファーに座る。
両手でココアのはいったカップに手をつける杏子は岡部の退室を望むことなくチビチビとココアをそそる。

「まあなんだ・・・・・あまり気にするな。あれは所詮仮想空間内での、それも後付け設定での感情だ。ベースが佐倉杏子なだけであってお前の本心とは別だ」
「わかってる・・・・・気にしてないって言えば嘘になるけど、それに別にアタシは皆を恨んでもいないし責めてもいない」

そもそも杏子だって『Chaos;Head』を使った今回のような実験に何度か立ち会っているのだ。今日は岡部倫太郎が途中で気付いたが今まで何度かラボメン達は実験を行ってきている。
岡部には内緒なので、基本岡部が眠っているときにこっそりと、または岡部がいないときに別のメンバー同士(主に上条)であれこれ設定してパソコン画面であたふたするラボメンを眺めていた。
同じ穴の、同罪だ。岡部にばれたからと言って自分だけが無実なわけじゃない。設定が強すぎて物語に取り込まれ、現実世界と誤認したとしてもさんざん似たような事を行ってきたのは否定できない。

「今回の事はアタシにも非があったんだ、だから・・・・・忘れる」
「そうか」

そのまま、あいりの寝息だけが聞こえるラボで岡部と杏子はそのまま無言で数分を過ごした。無言だったが、それは別に苦痛ではなく、しかし何か言わなければ間が持たないような、そんなハッキリしない感じがして杏子は若干戸惑った。
内容が内容だ。岡部はさっきまでの仮想空間内(四年後の自分達)でのやりとりを所詮はシミュレーションだと―――――でも、杏子にとっては簡単にはカンパできないのでそれなりに岡部の反応が気になってしまうのだ。

現実世界において、佐倉杏子は岡部倫太郎の事を恋愛対象として観ていない。

佐倉杏子自身はそう思っている。もちろん岡部に対し好意を抱いてはいるがそれが“恋
“か、と言われれば違うと言える。その真偽はどうあれ大切な仲間だと思っているし岡部も杏子に好意を抱いているのは確かだろう。

「・・・・・」
「・・・・・」

チビチビと、ゆっくりと飲んでいたつもりだがカップの中身が空になり・・・・・・どうしよう、と、悩む杏子。

「さて、俺も言いたいことは言ったし、今日はもう寝るか」
「う・・・ん。そうだっ・・・な」

そんな杏子に気を使った岡部が提案してくる。岡部はあのまま放っておいたら寝ずにうんうん唸って悶えてそのまま朝を迎えそうな杏子の気を紛らわせればいいな、と思っていたので、それはなんとか(少なくとも睡眠がとれる程度には)できたので蒸し返す前にさっさと寝ようと思った。
杏子のまだ硬い言葉も明日になれば解消される事を祈りながら岡部はソファーから立ち上がり寝室からあいりが使用している毛布とは別のやつを取り出す。

「俺はソファーで寝るが、お前はどうする?あいりと一緒に寝るか、それともマミの所に帰るか?」
「このまま帰ったら・・・・・気まずいだろっ・・・・・」
「まあそうだな」

分かっていながら、会話のキャッチボール目的の何気ないただの会話。岡部は杏子の隣、再びソファーに座りこんで寝る体勢に入った。ようするに今もソファーに座っている杏子に退いてくれと、言葉なしに伝えた。

「・・・・おやすみ」
「ああ、おやすみ。また明日なバイト戦士」
「・・・・・・」

ついさっきまで名前で、「杏子」と呼んでいたのにまた「バイト戦士」と呼んでくる。追い立てられるように立ち上がった杏子は毛布を引きずるようにしながら寝室へと移動する。
・・・・・・・別に構わない。もうここで寝るのは慣れているし岡部がソファーで寝るのだから自分が退くのは道理だ。呼び名も普段から「バイト戦士」だし、仮想空間内でのやり取りも気にしない。気にしないようにする。
でも、だけど、なんか悔しいじゃないか。杏子はそう思った。なんか納得できない。このまま引いては負けたような気がする。何に負けるのかは分からないが・・・・・とりあえずこのまま引いては女として――――じゃなくてっ、そうっ、戦士としての威厳に関わる。
自分はちょっと、本当にちょっとだが今回の件で、仮想空間内での件でそれなりに想うことはあったのだ。ならば同じ立場だった岡部もそれなりに、何かしら、自分と同じ程度には何かあるべきだろう。
だから杏子はラボの電気を消す前に、まっすぐに岡部の方に向き直って問いかけた。

「おい岡部倫太郎」
「ん?」
「お前はアタシのことが好きか?」
「ああ」

すでに寝そべり毛布をかぶった状態の岡部が何の気負いも無く杏子の問いに応えた。それに若干噴き出しそうになったが杏子は何とか耐える。
このやり取りはさっきもあった。だからある程度は予測していたので耐えられる。そう強く自分に言い聞かせ更なる言葉を杏子は紡ぐ。
この問いかけはジャブ、本命はこれだ。

「じゃあさっ、あ、アタシと付き合おうぜっ」

もちろん冗談だ。特に意味のないやり取りになるだろうが言っておきたかった。やられっぱなしは・・・・・別にやられてもいないが自分だけ焦るのは納得がいかない、だからこの台詞で少しでも岡部が動揺でもすれば恩の字、満足できる―――――ハズだった。

「本気なら付き合おうと応えるぞ―――――“杏子”」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふへっ?」

だからまさかの返答に、何を言われたのか、自分が何と言ったのか分からなくなり、頭の中が真っ白になった。

「さっきも言ったが・・・・・ああ、これは『Chaos;Head』の中での話だがな」

気づいた。岡部は笑っている。

「あっ、お、お前――――!」
「どれくらい好きかって聞いただろ?」

からかわれた。顔全体に血が集まって、恥ずかしさのあまりに叫び出したくなるが口はパクパクと動くだけで何も言えない。
岡部はこちらの一大決心に近い からかいの冗談を逆手にとり、まさかのカウンターを仕掛けてきた。

「俺は当然ラボメンであるお前達・・・・いや、ここでは“杏子”、お前の事が――――」
「ちょっ、やめろよバカ――――」

何を言われるのか、ついさっきなんと言われたのかを杏子は憶えている。
だから焦る。分かっている。その言葉に嘘偽りはなく、だけど“それ”は含まれてはいないはずで、だけど今の自分にはかなりマズイ言葉で―――――。
それに、もしかしたら少なからず含まれているかもしれない。
真っ赤になっている自分の顔に、さらなる赤みが増しているのを自覚し、脳は、思考は焼き切れんばかりに熱くてまともに働かない。
コレ以上は無理、ただでさえ今の自分は限界なのだ。“それ”に関して自分は未熟で幼いと分かっている。だからもう・・・いっぱいいっぱいなのだ。

「だっ、言うなっ・・・・駄目だってば――――!」

なのに、目の前の岡部倫太郎は、自分と年の変わらない少年は、笑顔で、普段は見せないような表情で、真っ直ぐに杏子の瞳を見詰めながら伝えてきた。
優しく、嬉しそうに、まるで“それ”を含んだように感情を乗せ、皆が生きている世界、辿りついた世界線で、佐倉杏子に伝えた。岡部倫太郎が幸せになれる世界線で。


―――なあ・・・・岡部倫太郎
―――なんだ
―――どれくらい好きなんだ?
―――当然


どれくらい?決まっている






「大好きだよ」






その言葉に、真っ赤になった杏子は逃げるように電気を消してカーテンも閉じてベットに跳びこむ。
暗闇の向こうから岡部の苦笑するのを感じてさらに・・・・・限界以上に、これ以上は死んでしまうと思えるぐらい赤くなった杏子は結局その日は眠ることが出来なかった。
だから朝、日が昇り始める前にベットから起き出し、ソファーで熟睡している岡部を見降ろしながら杏子は決意する。


―――いつか、絶対にこの男を自分に惚れさせて、それでものすっっっっっっっごく振ってやる!


自分以上の羞恥をいつか味あわせてやると、この日、佐倉杏子は決意した。



「ふう・・・・・・さてっと、とっとと起きろ岡部倫太郎!朝飯作るぞ!!」



そして、今日もまたいつものように、変わらない朝を迎えて、それでいて満足している日々を始める。
杏子の声に岡部がビックリして起き出し、でも相変わらずあいりは寝たままで、岡部に一言二言文句を言いながら杏子は台所で料理を始める。

「杏子」
「なんだよっ」

それは、これまでとやっぱり変わりない日常で

「おはよう」
「ああ、おはようさん」

だけど昨日までとは少しだけ違う

「耳が赤いぞ」
「うっせぇよ」

それも、まあ悪くないと、岡部も杏子も思った。

「手伝おう」
「ったりめぇだ」

人は変わり続けて行く、この世界線ではキュウべぇですら変わっている。そして変わらずにいた執念の観測者たる岡部倫太郎、鳳凰院凶真も。
それはいつか未来ガジェット研究所に混乱や事件を巻き起こし、悲惨な結果が待ち受けているかもしれない。
だけどそれで良いと思う。生きているのだから、なら変わり続ける事は避けようがなく、また、そうあるべきなのだから。

黒いエプロンをつけながら杏子は隣に立つ岡部に声をかける。

「今日はアタシに付き合えよ」
「告白か?」
「アホ、ハーフプライスラべリングタイムだよっ」
「了解した。オペレーション・セレブショッピングだな」

パン、と、ハイタッチをする岡部と杏子を、実は寝ぼけながらも起きていた目撃者あいりはこう語る。



「リア充―――――乙っ」






終わり



あとがき


感想ありがとうございます!即興で書いたSSなので矛盾とか勢いとか電波とか不安いっぱいの当方は今とてもうれしいです!

機会があれば他の妄想トリガーも投稿出来たらいいなぁ・・・・・。BL一直線の上条編とかアーカムシティのデモンベイン編とか・・・・・

さておき、相変わらずの誤字脱字の報告本当にありがとうございます

今後とも当方の妄想SSにお付き合いいただけるよう頑張ります!








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