不可思議な出会いと別れを思い出す。この世界線は既に書き換えられた。そこに複数の観測者が現れて更なる混沌に拍車をかけている。別世界線の記憶を想い出す可能性は決してゼロではない。本来の世界を思い出す可能性は不可能ではない。観測者になってしまう可能性は誰にでもある。リーディング・シュタイナーは岡部倫太郎のみに付属する特殊能力ではない。誰もが持っていて、ふとした切っ掛けでそれは発動する。記憶喪失と同じように記憶の引き出しを開ける事で過去のあらゆる出来事を思い出す。大切なのは切っ掛けだ。例えばノスタルジア・ドライブ。観測者たる岡部倫太郎と魔法少女が繋がるデバイス。知っている、覚えている岡部と繋がる事で確かにあった現実を投影し、引っ張られる形で思い出す。自分の記憶している事象と現実のズレからの違和感。既視感。知っている、覚えているはずの真実が現実と重ならず、そこから思い出す。『観測された事象は、観測者の解釈にならう』岡部倫太郎と接することで一部の人間が都合良く岡部が記憶したのと同じ世界線の記憶を思い出すのも、それが原因の一つかもしれない。その記憶をもって刺激しているのだから。そして観測者達が未来を知るがゆえに違う行動を取り、それは僅かながらも前回とは『違う過程』を世界に刻む。『結果は収束する』のかもしれない。否、収束していく。しかし小さなバグは積み重なる事で大きくなる。『一度目』は駄目でも、いつか、どこかで分岐点はやってくる。Dメールがなくても、タイムマシンがなくても前回とは違うのだ。前回とは違う選択をしている。一個のバグは広がっていく。一人のエラーは拡散する。一つだけでも繋がっていく。どんなに小さくても行動は変化を与える。自分だけじゃない、周りにいる人たちにだけじゃない、遠く離れた関係ない人たちにも影響を与える事はある。人じゃなく物が、世間が、世界が、事象が動き出す事はある。『観測者だけが、世界を改変できるわけではない』例え力になれなくても、傍にいられなくても支えてきた。世界線すら観測する身である岡部倫太郎に未来の可能性を捧げてきた。諦めず、達観せず、自らにできる全てをたった一人に繋げてみせた。バタフライエフェクト。無理かもしれない、無茶かもしれない、都合がいいかもしれない、厳しいかもしれない、無謀かもしれない、だけど――――無駄ではない。意味はある。繰り返す中で牧瀬紅莉栖が見つけてくれたように、助けてくれたように。観測者の把握できない外側では多くの人間が動いていた。例えそれがリーディング・シュタイナーが発動しない範囲での変化でも、事象は変えることができる。失敗しても、悲劇を招いても、繋いでくれる何かが確かにあった。都合がいいように。誰に取ってか、誰のためか、誰かのためなのか。世界線を渡り続ける観測者にとってほとんどが未知であり、世界線を見渡し続ける観測者にとっても未曾有である世界だけどそれでも。人は、世界は繋がっている。廻りまわって還ってくるように。世界は円環のように物語を紡いでいく。χ世界線0.091015―――ガン!建築中の高層マンション。一階ロビーから最上階までを繋げる吹き抜けの構造は完成したあかつきには立派な宣伝素材として役割を全うするだろう。天上はガラス張りで、そこから覗く月の輝きは幻想的に室内を照らしていた。―――ギャン!しかし深夜であり工事も中断されたこの場所は現在、月の青白い光の他に吹き抜けのフロアを駆けあがる火花が散っていた。魔法少女同士の戦闘だ。二人の少女が吹き抜けのフロアを階段も使わずに壁を蹴って跳躍しながら、駆けあがりながら接敵し攻撃し合い弾かれ合う。マチェットのようなブレードとショーテルのような鍵爪が互いを破壊せんと激しく交差し合う。魔力を込められた必殺の刃が放つ火花が建物内部を照らしていた。一人は白のドレス姿、炎を纏わせたマチェットを逆手に持って過激に攻める。一人は黒のミニスカート姿、両手に長大な黒い鍵爪を装備し冷静に相手の攻撃を捌く。二人は壁や手すりを蹴って空中で幾度目かの激突、一合二合と刃を交差させながら月を目指して昇っていく姿は非現実的であり、美しかった。「あははっ、強い強い!あなた面白いわ!」「・・・・・・」最上階まで昇りつめた二人は正面から対峙する。月光に照らしだされた横顔は対照的で、しかし二人とも人目を引くほど整っている。白の少女は嬉しそうに、楽しそうにはしゃいでいる。ポニーテールにもサイドテールにも見える黒い長髪を揺らしながら右目を眼帯で覆った黒の魔法少女呉キリカに問う。「ねぇ、名前教えてよ」「―――――呉キリカ」嬉しそうにはしゃぐ白の魔法少女の問いに黒の少女、呉キリカは無表情で答えた。(コイツ・・・・強いけど織莉子が危険視するほどの魔法少女にはみえない)弱いわけではない。自分とこうして渡り合っている時点で十分に危険だが正直な話、織莉子を信じていないわけではないが自分達にとってこの程度はまるで問題にならないと思う。外で待機している織莉子とタイムラグなしの念話、未来視の共有を行えば一瞬で殺せる自信がある。武器は西洋風ブレード、固有魔法も炎、仮にまだ余力を残していてもそれはこっちも同じ。呉キリカは学校を抜け出した後に親友の美国織莉子と見滝原にやってきた目の前の少女を尾行した。本当は素性を確認するだけだったが人気の無いところで気付かれ戦闘になった。・・・戦闘になったとはいえ流れから最初から尾行はバレていて、未来視を持つ織莉子も当然解っていただろうから戦うことには抵抗も遠慮も配慮も無かった。ただ注意を受けていた。織莉子から気をつけてと、油断しないでと、自分の未来視が不安定になる相手だと忠告を受けた。岡部倫太郎のように。「くれきりか・・・・クレ、キリカね。ありがと、憶えてくわっ」警戒のため、まずは様子見で未来視に頼らず自分が戦闘を行ったが特になにもない。相対者は自分よりも基本ポテンシャルが圧倒的に上という訳でも固有魔法による奇抜な戦闘方法をとるというわけでもない、ただ強いだけの魔法少女だ。強いだけなら負けない。強いだけなら倒せる。強いだけなら殺せる。キリカはそう思っていた。今までがそうだったから。キリカは何も間違っていない。ただ今回は単純に相手が悪かった。強いだけなら負けない。強いだけなら倒せる。強いだけなら殺せる。そう、何も間違っちゃいない。当然であり、普通であり、ひどいくらいに自然だった。「ふふふ、運がいいわ」キリカが思考を巡らせていると対峙している少女は手元の武器をくるくると回しながら話しかけてくる。笑顔で、無垢に、無邪気に、幼げに、まるで友達と接するように年相応の少女のようにこの場面で普通に接してくる。「あすなろ市に寄らずにこっちにきて正解だったみたい。だってそんなにも綺麗なジェムは滅多にお目にかかれないもの」「ソウルジェムのことかい」「ええ、綺麗よねソウルジェムって。私、“集めてる”んだぁ」炎が散って刀身が顕になる、ナイフを巨大化させ切っ先が少し曲がったようなブレード、やはり何の変哲もない。警戒心はそのままに、しかしキリカの意識は彼女を脅威とは思わない。なぜなら脅威と言うなら自分達の方がよっぽどだろう。自分は手の甲から伸びる長大な鍵爪を武器に固有魔法は速度低下の結界。織莉子は魔力の込められた宝玉による打撃と爆破を武装に固有魔法は未来視による予知。未来予測、予知魔法とそれを認識し考察思考できる時間を作る魔法・・・時間を稼げる魔法、敵に対し一方的なアドバンテージを得ることができるのだから自分達コンビは敵対者からは最悪で醜悪に見えるだろう、あまりにもチ―ト過ぎて。「集める?」「だってこんなに綺麗な宝石は他にはないよっ、生命の輝きそのものなんだから!」「ふーん?」嬉しそうにはしゃぐ少女に、同じ年頃の少女のハイテンション振りに、狂戦士キリカは冷めた態度で接する。なんにせよ彼女は織莉子の敵だ。自分の敵だ。陽気に話しかけてくるが攻撃には一切の容赦が無かった。殺す気で向かってきた。嬉々として殺意を乗せた刃を振りかぶってきた。笑顔で殺せる。感情を、魂を濁らすことなく人間を攻撃できる。物騒で、危険だ。自分も人の事をあまり言えないがそれはそれ、明確な敵対行動には正当な報復行動をとってもいいということだ。しかしソウルジェムを集めるとはどういう意味だろう?首を傾げる。織莉子から明かされた真実、ソウルジェムは魔法少女の魂そのもの、半径100m以上の距離を開ければ肉体は停止する。つまり魂は無事でも肉体は徐々に死んでいく、腐っていく。すなわち死だ。だから集めるとい言った概念は存在しないはずだ。死ねば肉体と共にジェムも――――――――ほんとうにそうか?あるんじゃないか?できるんじゃないか?そんな考え方が、実行するかしないかは別としてやろうと思えばできる?だってきっとどの生物よりも魔法少女の魂は“保管しやすい”。魂が、精神が死を受け入れる前に殺せばいい。絶望し濁りきる前に殺しきればいい。輝きを失う前に殺すことができればいい。頭部を破壊し思考を奪えば・・・魂すら奪える。そうすればソウルジェムは集めることができる――――魔法少女の魂は回収できる・・・のか?目の前の少女と自分、そして親友の魂は奪えるし奪われることがある工芸品、世界で最も美しくて尊い宝石。「・・・・まって、君はまさか――――」「私、『双樹あやせ』。お近づきのしるしにいいもの見せて――――」両手を広げるように動かせば、白の少女の周りには輝く宝石が宙を舞う。「―――あげるね♡」その光景に心を奪われた。「ああ・・・」なんて幻想的で神秘的なのだろう。これから先の人生、将来、何十年何百年生きたとしても、この光景はお目にかかれないだろう。それは圧倒的に美しくて、それゆえに残酷な景色だった。数十にもなる色違いの宝石。どれもが美しい魂の、生命の証――――ソウルジェム。保管された魔法少女達。肉体は滅びても、思考を失っても魂は存在し続ける。それは生きているのだろうか?生きていると言えるのだろうか?魂だけの彼女達に意思は、意識はあるのだろうか?そんな姿になっても生きたいのか、生かされているのか、死ねないのか、死なせてもらえないのか、“それ”を考えると―――震えがとまらない。「外に居る子はなんて名前なの?名前を教えて―――宝石には名前が必要でしょ?」自慢するように今度は名前が記載された宝石箱を見せつける。その中には宙を舞う宝石とは別に収められた魔法少女の魂たち・・・全てを含めて一体何人の少女達が保管されているのかキリカには解らない。わからない、無垢に無邪気にあまりにも普通に接してくる精神が信じられない。これでも目の前の少女は決して・・・狂ってはいないのだから。解るのは、判ったのは目の前の少女が――――悪党ということだ。「このドグズがッ!!」「あなた達の魂も私のコレクションにしてあげるね!」キリカの足下に魔法陣が展開される。高速に速攻に“それ”はキリカを中心に広がる。逆手の持ったあやせのブレードに灼熱が宿り大気を焦がす。「「オオッ!!」」周囲に舞ったソウルジェムと月光の輝きを照明代わりに二人の魔法少女は幾度目かの激突を開始した。殺す。遠慮しない加減しない、命を奪うことに躊躇わない。この魔法少女は危険だ。ソウルジェムを奪われた魔法少女がどうなるか分かっているはずだ。それだけの数を保有しているのだから、全ての回収に成功したわけではないはずだから。魔法少女との戦闘が初めてじゃない。戦い、打ち勝ち、奪ったり、奪う前に“終わってしまった”こともあるだろう。失敗もした事があるはずだ。奪おうとして、やりすぎてしまった事もあるはずだ。魔法少女の死ぬ光景を見てきたはずだ。その原因である自覚もあるはずだ。その上で続けていて、今も新たなジェムを求めている。私欲か、それとも何か理由があるのかは知らないが・・・・向かってくる表情と肌を突き刺す炎からは罪悪感も脅迫されているような感じはまるで無い。嬉々としている、自分の意思で、望むモノを手に入れきれる可能性を抱いて――――殺しにくる。―――ガガガンッ!!ガラス張りの天井を突き破り二人は外へと跳び出した。手加減はしない、様子見も終わり二人は全力で相対者を葬るために奇跡の力を行使する。「・・・・あれ?あなたさっきと何か感じが違う?」そして互いの武器を叩きつけ合うが先程までの戦闘とは少し状況は変わる。あやせは今までとは違い本気で攻撃することで連撃の速度、威力は上昇しているはずなのにキリカに攻撃が当たらなくなってきている。「動きが・・・」速いというか、鋭くなってきているというか、これまでの戦闘でキリカも自分同様に本気ではなかっただけで戦闘能力の向上は当然だとしても、キリカの動きはあからさまに良質なモノへと・・・見切りの速度が速い。今までは此方の攻撃に対して大きく回避するか鍵爪を使って捌いていたのに現在はほとんどが余裕を持ってかわされる。斬撃の速度は増した、ブレードに纏った灼熱が視界を遮りつつ熱と炎で肌を焼こうとしているのに効果がまるで無い。「チッ」舌打ち、あやせは鍔迫り合いの状態から後ろへと跳躍し距離をとる。近接戦は分が悪いと判断した。あやせは建築中のためか機材が多く残されている雑多な屋上に着地、そしてキリカに向かって両手を向けて魔法を唱えた。「アヴィーソ・デルスティオーネ!」ブレードに纏っていた炎が六発の砲弾となってキリカへと発射された。高速で迫る炎、その温度、威力は強力だ。ブレードに纏っていた時の威力は『鎧の魔女』を切り裂いたキリカの鍵爪と拮抗ほどの熱量を持っている。「――――避けない!?」「いや、避けるよ」キリカはそれを前に大きな行動はとらなかった。半歩、片足を引くというあやせが驚くほど小さな動きしかとらないが、それで充分だった。「うわ、あっつ」顔や体のすぐ横を高熱の砲弾が横切る。高熱によって肌が痛い、目を開けるのが辛いが・・・・一発も当たらない。掠りもしない。初見の魔法だ。いかに戦闘慣れしたとはいえ、しているからこそ大きく回避する場面だったはずだ。魔法少女の魔法は常識の外側にある。炎に包まれた砲弾の大きさも定かじゃないのに、途中で曲がるかもしれないのに、すぐ傍で爆発する可能性もあるはずなのに呉キリカは最小限の動きで双樹あやせの魔法を避けた。日々魔女と戦っている魔法少女だからこそ慎重に、回避や攻撃予測に対し大きな動きをとらざるを得ないはずなのに――――・・・理由は知っていたから、キリカは識っていたのだ。「キリカ、大丈夫?」後ろから聞こえた親友の声。彼女の魔法が教えてくれた。炎が決して曲がったり爆発したりしない事を教えてくれたから、だからキリカは恐怖も不安も緊張とも無縁で対応できた。あやせから視線を外さないまま、キリカは宝玉を従えながら傍に来た織莉子に返事と感謝の言葉を贈る。「君がいるんだ。問題無いよ」「あら、嬉しい言葉ね」「喜んでくれるなら毎日織莉子のために囁くよ?」そしていつものやり取り、この手の流れは大切だ。意識してやっているわけではないがリラックスできるし相手にはほどよい嫌がらせにもなる。隙だらけに見えなくもないがそんな油断はしないし未来視があるので不意打ちにも安心だ。今も隣の織莉子から未来の光景が念話を通して流れ込んでくる。最初はその情報と現実とのギャップに手間取ったが場数を踏めば――――無敵だ。自分の魔法と駆け合わさればなおのこと、先手と行動を完全に掌握できる。「嬉しい、もう一人の子も来た!」キリカは思う。ああ、彼女はこうなっても理解できないのか、頭が悪いんだな、と。自分と織莉子はニ対一の状況になったにも関わらず嬉しそうに笑った双樹あやせを一方的に蹂躙できる。自信満々な彼女を絶望の底に叩き込める。その顔を醜悪に染め上げ今まで彼女が犯してきた事と同じ事ができる。それが絶対の自信と経験から断言できた――――キリカは。だけど織莉子は違った。双樹あやせの事を怖がっているわけではないが、それでも何処か余裕がないように見える。ふわふわと織莉子の周りを旋回していた宝玉が移動しあやせを中心に展開していく、織莉子は念話でキリカに今後の展開を、予知を、未来を伝えてどう動くかを伝えた。「ねえねえっ、あなたの名前も教え―――」あやせはピンチにも関わらず笑っていて、キリカは油断せず硬くならず・・・だけど重く考えなかった。だから唯一未来を観測できる織莉子だけが余裕を持てないまま戦闘は再開された。決着はすぐにつく。未来は、この時点ではまだ予知は完全ではなかったが結果だけを述べれば彼女は、美国織莉子は親友呉キリカと共に――――“双樹達”に敗北する。「いきなさい」台詞を遮る形で織莉子は宝玉をあやせに向かって特攻させる。「アヴィーソ・デルスティオーネ!」腕を体の前で交差させるようにして構え、あやせは魔法名を唱えた。あやせを中心に12の炎が灯る。灼熱の魔弾、威力はキリカが体験済みの高威力。「セコンダ・スタジオーネ!!」それを全方位に、直線的にではなく誘導弾のように曲がりながら、先程の単純射撃ではない灼熱の魔法を放つ。炎は周囲から襲いかかってくる宝玉を全て飲み込み爆散させる。魔力でできた鋼鉄を溶かし、その内部の魔力に引火させたのだ。―――ドン!!!真っ赤な光が屋上を吹き飛ばす、真紅の炎が屋上を焼き払う。光と炎が三人を飲み込んで足場を崩壊させた。「ッ、織莉子!」「大丈夫!キリカ、貴女は―――」織莉子は爆発の余波で後方に飛ばされ、さらに足場も崩壊したことで建物の内部へと落下していく。作戦と知りつつも心配そうに声を上げるキリカに返事をしようとしたが、基材と爆風、埃と煙で視界を奪われていたなか、後ろから突っ込んできたあやせの攻撃に無防備な姿を晒した。視界は最悪で、音は拾えないくらい周囲は轟音塗れ、そこに背後からの奇襲、宝玉と炎の追突から数秒と経たない速攻の攻撃は魔法少女と言えども完全に虚を突いたモノだった。足場の無い落下中の身、反応できても回避は難しいだろう。完全なる死角からあやせは高速で接近してきている。既にこの時点でブレードの射程内で飛翔することができる魔法少女でも回避は間に合わず、防御しようにも灼熱のブレードは急場しのぎの防御は容易く切り裂く。「あはっ」あやせの口から歓喜の吐息が漏れる。完璧な奇襲だ。惚れ惚れする手際に自分を褒めてやりたい――――褒美は目の前のソウルジェム。綺麗で美しい白の宝石、世界に一つだけの魂の結晶。それが手に入る、この後には黒の宝石もまっている。嬉しくて感情は沸き立つ、体は歓喜に震える。あやせは手に握ったブレードを躊躇いなく振り抜いた。「残念」「―――――ぇ?」首を狙った斬撃は、織莉子が被った帽子を片手で押さえながら前転するように体を丸めたことであっさりと空を切る。「ガラ空きね」「ッ!?」その勢いを殺すことなく背中を丸めた織莉子は白いスカートから伸びた足で、その踵であやせの顎先をカチ上げる。完璧なカウンターだった。空中で落下中にもかかわらず、織莉子は対応してみせた。「かッ、ぁ?」何が起きたのか一瞬では理解できなかったのか、思いのほか綺麗にクリーンヒットしたことで脳が揺れたのか、あやせの動きは止まる。その隙に完璧と言っていい奇襲を完全に意表をついたカウンターで迎撃した織莉子は宝玉を足場にしてあやせから距離をとる。できればもっと攻撃を叩き込みたいが彼女を相手に肉弾戦は無理があるから仕方が無い、それに自分は独りではない、これで詰みだ。―――ボヒュッ!勢いを失い落下を始めるあやせの周囲から煙幕を貫いて宝玉が突撃していく。「あ、があ!!」あやせの咆哮と共にブレードに炎が宿り、落下しながらも斬撃を空中に刻めばブレードから灼熱が走り宝玉を飲み込まんとする。知っている。理解している。宝玉による攻撃は彼女の炎とは相性が悪い事を知っていた、体験もした。彼女の炎は鋼鉄を遥かに超える硬さをもつ宝玉をあっさりと溶解させることができる。結果、宝玉は目標に届く前に爆散する。その気になれば爆風も全て押しかえせるほどに彼女の炎は強い。だからこの攻撃も通じないと判っている。先程のカウンターを除けば彼女にダメージを与えるには自爆覚悟の特攻か――――「焼き尽くしてや――――!!」「オラクルレイ」せいぜいが、この程度しかない。「ッ・・・!?」宝玉に溜めこまれている魔力を炎に飲み込まれる前に、爆散される前に圧縮して放射する。内部で圧縮され、収束された魔力がレーザーのように宝玉の内側から放たれた。全ての宝玉が同時にそれを行い、ほとんどが炎の壁に遮られ敵には届かなかったが、威力は大分削られたが、それでも肩と足に一発ずつ直撃させた。さらに―――「さあ、これでおしまいだよ!」体勢を崩したあやせの上からキリカが黒い鍵爪を振りかぶり突っ込んできた。あやせは逆の立場に陥った。姿勢を保てない空中、奇襲をかわされカウンターをもらった精神的負荷、軽微とはいえ確かなダメージ・・・・そこに魔力を込めたれた武装を叩き込まれる。「調子にっ」精神的物理的死角からの連続攻撃。織莉子の未来視は捉えていた。双樹あやせの結末を、その敗北を、この戦闘の決着を。自分が奇襲を受けつつもカウンターをきめ、キリカが怯んだ相手の上空からの急降下による奇襲。これで終わりだ。それが未来だ。未来視の魔法は確かに自分達の勝利と敵の敗北を映しだしていた。「―――――あ、駄目だ」だが、何処か諦めたような口調であやせが呟けば「ごめん“ルカ”、力を貸して」誰かが“彼女の口から返事をした”。「もちろんです。私は“あやせ”を護ります」それだけで世界の定めた決定を覆す。未来を見渡す魔法と、魔女を切り裂く魔法を圧倒する。世界の意思を覆す奇跡を秘めた力を凌駕する。「見せてあげましょう、私たちの本気を!!」織莉子の視界に、魔法に、未来にノイズが混じり――――景色を崩壊させた。キリカの全力を込めた漆黒の鍵爪が、魔女を一撃で刻む魔法が、魔力を込められた必殺の一撃が――――粉々に粉砕された。「な――――キリカ!?」「ンぎ!?うわあああああ!?」織莉子は観た。完全に捉えていたキリカの一撃があっさりと打ち負けた。押し負けた。全力を込めていた一撃を・・・観測した未来を、それを破られた。仮に迎撃できても武器に込めきれる威力もタイミングも最悪なはずだ。なのにその場凌ぎの一撃でキリカの攻撃を防ぎきるどころか押し返した。観測した未来と異なっている。黒い鍵爪は叩き込んだ先から砕かれ崩壊のエネルギーは止まることなくキリカ自身を穿ち上へと、落下してきたキリカを上空へと打ち返した。織莉子は頭痛に襲われていた。いきなり複数の結果が織莉子の魔法に映し出された。ただの一撃で彼女は、“彼女達”はそれができた。魔力のケタが違う。今までとはまるで別人のように魔力が跳ね上がっている。個人で出せる出力を超えている。分岐した一つの未来に映し出されたのは―――「キリカッ、逃げるわ!!」織莉子の判断は迅速で迷いは無かった。≪りょ、了解!これは“無理”だね!≫≪ええ、今のまま戦っても・・・・“彼女達”の相手は無茶よ≫キリカからの返事に反感は無かった。彼女も理解しているのだ――――勝てないと。「残り全部、これでどうにかっ」一緒に落下している敵に織莉子は残る魔力を総動員させて宝玉による攻撃を――――弾幕を張る。ぶつけようとは思わない、爆風で倒せるとは思えない、ただただ視界を奪うために大量の宝玉を放ち彼女―――双樹の前で爆発させる。逃げる。全力で。キリカは周囲に展開していた減速魔法を双樹に集中させた。勝てない。逃げる。役に立たない未来視に落胆している暇は無い。崩壊を続けているこの場所と状況が唯一逃げ出せるチャンスなのだ。逃げる。逃げろ。美国織莉子と呉キリカ。この時点でも岡部倫太郎に二人揃えば最強と思われていた彼女達だが持てる力と運を総動員し選択した行動は逃走だった。抵抗する気も、抗う意思も持たない。ただただ崩落していく建物や宝玉の爆発、減速魔法の効果が続いているうちにできるだけ距離を稼ぎたかった。彼女達は逃げ出した。それは正しい判断だ。彼女達が落下しながらも建物から外へと跳び出した時、内側から放たれた巨大な魔力が建築中の高層マンションを粉砕した。少しでも逃げることに躊躇していたら、果敢にも挑もうとしていれば二人はこの時に死んでいた。ラボメンになる前に、岡部倫太郎と触れあう前に、その命を落としていた。建設中の高層マンションが深夜遅くに崩れ落ちる轟音は見滝原に住む全ての生き物に届いていた。ただし未来ガジェット研究所で未知なる食事(?)、鹿目まどか作の『ガングニール』を口にしてしまったラボメン一同はそれに気づくことなく翌日のお昼までその騒動に気づくことは無かった。気付かなくてよかった。見滝原で起こった不思議現象に関しては積極的に動く岡部倫太郎が、今の岡部が“彼女達”と出逢うには時期が早すぎる。彼女たちとの会合はもう少し先だ。最後の■■■■との出会いはもう少しだけ先でいいのだ――――本当の、最初の、本来ならこの世界線ではそうだったのだから。この世界線ではこれまでに無かった事が起きている。改変前のこの世界線でもそうだった。イレギュラーが発生する前もそうだった。だからこそ可能な限り改変前と同じ状況でなければ危険だ。歪められる前の世界線では、ここにいる岡部倫太郎が本来歩むべき未来では――――暁美ほむらを除く全員が死んだが、それでも同じように、知らなくても、未知でも、判らなくても“その道筋”を辿らないといけない。悲劇へ繋がる決定的選択はここではないのだから、絶望へと続く失敗はここで確定する訳は無いのだから。だから下手に改変前と違う行動で過程を代えてはいけない。安全なルート、正しい選択と言えなくもない“今”はまだ――――。本来なら、現世界線で岡部倫太郎は『ワルプルギスの夜』をラボメンと、その他の魔法少女たちと協力して倒し、その後に死んでしまうはずだった。本来なら、ラボメンは決戦の日に多くの魔法少女達と一緒に力を合わせ戦い、そして『救済の魔女』の力によって全滅するはずだった。本来なら、その過程も結果も変わることなくそうなっていたはずだった。誰も観測した事の無いこの世界線でラボメンは――――ただの少女だった暁美ほむら一人だけを残して全滅するはずだった。此処にいる岡部倫太郎が観測してきた中では『最も好条件』で『都合が良かった』にもかかわらず誰も救えず、守れず、誰もが失い誰もが死んでいった―――そのはずだった。魔法がある世界にとってイレギュラーである岡部倫太郎。優しい観測者であり狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真。その乱入により本来の正史が改変された物語。改変されたその状態が普通であり、改変された状態が正常な世界として存在していた。そんな世界に、さらなるイレギュラーが追加されて改変された世界はさらなる変質を遂げる。今現在も、現在進行形で本来の筋書きから徐々にズレ始めている。何が起きるか分からない。岡部倫太郎はもちろん暁美ほむらも、それ以外の観測者達にも―――誰にも分からない。本来の歴史を経験した記憶を保持していても、思い出しても、それは役には立たない。既に変わってしまっているから。ゆえに・・・全滅だけは避けなければならない。それは繰り返してはいけない。これ以上繰り返してはいけない。だから改変し変質した事によってこの世界線がゴールになればいい。『最も好条件』なこの世界線で、岡部にとって『都合が良かった』瞬間まではできるだけ本来の道筋を辿った方がいい。強力な魔女や魔法少女はいるだけで世界の決定を覆す存在だから無闇に関わってはいけない、情報も経験も無い状態では回避も何も対策自体がとれないが、それでも・・・・それでもだ――――この世界には奇跡と魔法があり、すぐ隣にはその担い手がいるのだ。此処に来るまでに学んできて、その身には完全なリーディング・シュタイナーを宿している。普通は無理で無茶で無駄なのだ。本来なら駄目で終わりで諦めるべきなのだ。だけど彼らは魔法とリーディング・シュタイナーを宿している。無理で無茶、だけど無駄ではないと言える力がある。駄目で終わりだけど、それでも諦めずに抗う事ができる。無理で無茶だけど、駄目で終わりだろうけど、それでも抗えるのだ。強制じゃない、強要もされない。それは自分で選んだ事であり、そしてそれができなければ―――どんな結果になろうと彼らは後悔する。そして終わることができない。永遠の迷路に閉じ込められる。死ぬまで、死んでも繰り返される。終われない物語に終わりを告げるために彼らは選択し、動かなければならない。確固たる意志と覚悟を持って、実力と経験を蓄積し、運と可能性を引きこんで挑まなければならない。理不尽でも滅茶苦茶でも無理難題でも全てを背負って受け入れて全部を捨てて破壊してただ一人のために、残りの皆を諦めなければならない。前回は、そうだった。■昨晩の戦闘から数時間後、美国織莉子は自宅の浴室前にいた。脱衣所だ。無防備に素肌を晒す場所だ。少しだけ古いタイプのケータイを着替え用の、できるだけ清楚に見える洋服の上に乗せる。「ふぅ」そして吐息を漏らしながら織莉子は中途半端に脱いでいたシャツのボタンに手をかける。今しがたキリカから岡部倫太郎と此方に向かっていると連絡があったのだ。昨日の戦闘からまだ数時間しかたっていない時間、とは言えそろそろ10時を回ろうとしているが織莉子は今からシャワーを浴びようとしていた。「急がなきゃ、出迎えの準備と・・・お菓子と紅茶はあるからとりあえず身嗜みを整えてそれから―――」わたわたと、パタパタと、いつもより慌ただしい様子の織莉子だった。本来なら休日でも織莉子は早起きだ。毎日六時前には起きて自分で家事をしている。しかし今日は昨日の戦闘・・・・崩れ落ちていくマンションの残骸と砂埃に隠れて息を潜め、双樹からの不必要な信頼から生存を疑われ続けて・・・・敵がいなくなるまで息を殺し、その後も駆けつけた人だかりに見つからないようにしつつ帰ってきたのが数時間前・・・・寝不足だ。魔法の力で強制的に寝不足は解消できるが・・・・・まあ解消するが、というかした。今まさに解消した。電話を受けた時点で眠気は魔力を行使して霧散させた。未来視の不安定によって魔力の消費量が増加している現在はできるだけ魔力を温存したいが寝不足のまま来客を迎えるわけにはいかない。(・・・・・というかキリカ、貴女いきなりすぎるわよ)岡部倫太郎と話をしたかったのは織莉子も同じだ。できるだけ早く会合したかった。訊きたい事はもちろん昨日の件も含めて相談したい事も山盛りだ。早く出会って、沢山話したい、相手の事が知りたくて相手に自分の事を知ってほしいと、ずっと思ってきた。だけどまさか疲労困憊の身でありながら単独で彼のもとに行くとは思ってもみなかった。一緒にベットに倒れこむように眠ったはずなのに目覚めた時は驚いたものだ。隣で寝ているものかと思えば彼の自宅に行っていたなんて・・・・・何故キリカは彼の住所を知っているのだろうか?「そういえば昨日はキスがどうのこうの言っていたような?」双樹を見かけてキリカの電話を受けて・・・・合流するまでの記憶が一部無い。親友のキリカから衝撃的内容を電話で聞いたような気がして意識が地平線に旅立っていたようだが・・・・二人の関係は一体?同じ学校の教師と生徒、男と女、出会って間もないはずだが仮初の記憶と現在の在り方の齟齬に双方共に納得と、少なからずの感謝と好意を抱いているらしい。キリカの感情優先のお気楽発言だったが、だからこそ嘘も誤魔化しも無い本気の気持ちなのだろう。そしてキリカを相手にそう言わせる相手だからこそ、そこに欺瞞は無い。不満は、無い。岡部倫太郎と呉キリカの関係は良好で、始めは歪な形であったにも関わらず共にいることができる、たった数回の会話と触れあいだけで――――。「・・・・とりあえず、シャワーね」邪推してもしょうがない。それとなく聞けばいいのだ。その時間は刻一刻と迫っている。ならば自分はその時のために出会いの場を、最初の挨拶をキチンとできるようにしなければいけない。第一印象は重要だ。最初の展開が今後の有利不利を左右する。恥ずかしくないように自分の身を清めて清潔に、お茶菓子や紅茶の準備やお代わりを事前に揃えて話し合いをスムーズに行えるようにしなければ・・・・。あれだ、そうすれば大丈夫だ。何がと言われれば未来がだ。自分とキリカの未来だ。「よし、頑張ろう私っ」あの日、あの時、観測した未来で自分は岡部倫太郎にプロポーズ(注意;誤解)されたが周りには多くの少女の気配があった。未来視は絶対ではない、観測できてもイレギュラーによってどんな未来に変わるか不明な状況だ。実際に観測してきた未来は大きく歪んでいる。だからというか、キリカが先行してくれたチャンスをしっかりとモノにして他の子よりも一歩リードして――――キリカと岡部倫太郎と自分の三人で幸せな未来を目指す努力を欠かさずに日々のイベントを蓄積していかなければならない。「倫太郎さんに、私たちのことを気にいってもらいえるようにしないとっ」岡部倫太郎からこのテの話題に関しては佐倉杏子同様の信頼を置かれていた美国織莉子は残念ながら・・・・・・徹夜明けの鈍い思考回路のままだった。「キリカと一緒に良いお嫁さんになるために・・・・少しずつアピールしないとねっ」眠気を霧散させても、いつもの思考は帰ってきていなかった。「キリカには変に期待しないでって言われたけど頑張らなくちゃ」普段から気を引き締めている彼女だからこそ暴走した時は、混乱した時の爆発はことのほか大きかった。ここ最近の疲労が一気にやってきたのだろう。また恋愛経験ゼロの織莉子は岡部倫太郎を観測したその日からキリカに数々の恋愛アイテム教材(ゲーム。ラノベ。漫画)をかりて生粋の真面目さから全てに目を通していたのも原因だった。出会ってから、観測してからまだ二日(?)である。今日この日まで美国織莉子は貫徹徹夜で取り組んできたのだから脳に障害を発生していてもおかしくは無かった。いかに魔力で眠る必要が無いとはいえ、それでも“くる”ものはある。睡眠は重要だ。岡部倫太郎ですら堪えるのに苦労するのだ。魔力で誤魔化しが続けきれるだけ無意識の疲労は気づかぬ内に蓄積されいつか必ず爆発する。今回の織莉子は変にシリアス方向な暴走ではないので・・・・・・・また、早々に蓄積された疲労はこの後すぐに発散されるので問題化する事は無かったが第一印象関連は織莉子の望んだ理想とは違う結果になる。この世界線の美国織莉子は岡部倫太郎の事を何も知らず、事前情報はキリカのみだった。加えて『誤爆』したことのある少女との交流も無かったので耐性は皆無だ。岡部倫太郎への耐性がゼロなのだ。付け加えれば彼女は自宅に異性を招いた事も無い箱入り娘、父が生きていたころも訪れるのは年配の男性ばかり、織莉子とて年頃の少女そのものだから変に意識してしまっていたことも原因だろう。美国織莉子は岡部倫太郎と出会ってから好感度を徐々に上げていくスタンスだったこれまでの世界線とは違い、変に理想を高めで想定してしまったので徐々に好感度は下がることになる。仲間としての好感度はともかく、こう・・・乙女的かつ運命的な好感度は下がっていく。良い意味でも悪い意味でもだ。恋愛フラグを誰よりも先に折られることで勘違いをしないように決意できるのは・・・たぶん幸いなことだろう。良かったどうかは本人の思うところ次第だろうが。「さて、と」とにかく、ともかく、前置きはどうあれ織莉子はキリカと岡部がくる前にシャワーを浴びようとした。しかしお風呂場の前に存在する洗面所兼脱衣場とは完全にプライベート空間だ。そんな場所だからこそ無防備な姿を晒せる。ある意味自宅のトイレ同様に神聖で絶対的な場所だからこそ織莉子は油断していた。この空間に、ましてこのタイミングで誰かがやってくるなんて思いもしなかったし考えたことすらなかった。下着に手をかけたそのとき織莉子は果たすのだ。岡部倫太郎との忘れられない出会いを、そして黒歴史に連なる第一印象を刻みこむ。「さあオカリン先生!ここが織莉子の家のお風呂場だよ!!」ズバーン!と、下着を半場まで下ろしたところで洗面所の扉が大きく解放された。「ふぇ?」可愛らしい声が織莉子の口から零れた。「なぜ最初に洗面所・・・?織莉子はリビングかテラスで話し合いをすると思うからそこに案内してくれ」聞こえた男の声に織莉子は「え?」と、きょとん、とした顔で固まった。下着を下ろしている危険な姿で、ある意味もっともエ■い姿で親友と気になり始めている異性の前で、そんな姿を晒してしまった。第一印象、思い出としては最高だろう。絶対に忘れられない状況だ。たぶん責任とか運命とか発生して誰よりもリード・・・・・・一応、織莉子の未来予想図的には問題は無かった。岡部倫太郎は視線を庭の方向に向けているが、それが正面、キリカと同じ方向、つまり今の自分へと向けられれば“そう”なる。「おお!?“狙いはした”けど織莉子には通じないと思ったのに――――なんたる行幸!!」「なに?なんだどうし――――」いつもの自分なら未来視で、または普段のキリカの態度からこうなることは先読みできたのに度重なる驚きと緊張と徹夜が色々と駄目にしていた。目を輝かせるキリカには折檻という名の『お話し』が確定されたが今の織莉子は混乱と戸惑いと歓喜と恥ずかしさから一気に思考の制御装置はオーバーヒート、一瞬で体は熱を、奇跡は魔法を沸騰させた。「き」と織莉子が可愛らしい悲鳴を上げるのと、岡部が「ん?」と織莉子の姿を視界に収めようとしたとき――――美国織莉子の住んでいる屋敷の約五分の一が崩壊した。「きゃああああああああああああああああああ!!!?」ラボと違い大きめの屋敷だったのと、衝撃が室内に向いたこと、屋敷をぐるりと大きな塀が囲んでいることから外からだと被害は意外と小さく見えた。気づかれない程度に、通報されない程度には。岡部倫太郎からすれば大惨事だが、日本警察が少女の裸体を目撃(未遂)した男を拿捕しにくることはなかった。「いきなりなんだぁああああ!?」この世界線で美国織莉子と岡部倫太郎の電話越しの会話はキリカのセクハラにより最低だった。この世界線で美国織莉子と岡部倫太郎の直接の顔合わせはキリカのセクハラによって最悪になった。一歩間違えれば魔女も因縁も呪いも関係ないラノベやアニメなら一度は入れるべきお風呂タイムの描写をしただけで現世界線の冒険に終わりを迎えるところだった。本格的な攻撃魔法ではなく突発的な感情の爆発による魔力解放であって威力はさして無かった事。正面にいたキリカが変身して庇った事。そしてNDによって奇跡を纏う事ができた事が大きな要因だろう。美国織莉子とのファーストコンタクトならぬファーストインパクトで死なずにすんだのは、第一印象が最後にならなかったのは、あまりにもうまく行き過ぎている世界線をリタイヤせずにいられたのはそんな要因が重なった結果だ。だから偶然ではなく今回の『事故』を仕組んだ呉キリカはボロボロになって横たわっているが問題は無かった。放っておくには困ると思われる被害は建物の損傷が見られる程度で、だから織莉子と岡部にとっては致命的と呼ばれる問題は何も無かった。『お話し』されたキリカは自業自得なのでボロボロなのは当然であり、岡部倫太郎は多少の負傷は見られるが軽傷なので突然の訪問の罰と思えば受け入れきれた、残る美国織莉子は親友にはモロに観測されたが異性の視線からは衝撃波によって免れたのでこれもまた問題は無かった・・・・・つまり色々と、無かった事にしたかった。―――purge「・・・・・死ぬかと思った」騒動の後、応接間でNDを解除した岡部はソファーで硬くなっていた体をほぐしながらついそんな言葉を零してしまった。だから被害者であるはずの織莉子が必死に謝ってきた。「ほんとうにっ、ほんとうにゴメンナサイ!!」必死に、それこそ泣きだしそうな勢いで織莉子が岡部に謝る。「いや、君は被害者だ。キリカに言われるがままチャイムを鳴らさずにお邪魔してしまったこちらが悪い、頭を上げてくれ」頭を深々と下げて謝罪する織莉子に岡部は苦笑しながら頭を上げるようお願いした。そもそも女子中学生の着替え中に、それもほぼ全裸状態の時に自分はやってきたのだ。罵倒し断罪し謝罪を要求できるのは彼女だ。「ほんとうに、すまなかった」逆に謝罪されては困る。本来なら洒落にならないタイーホフラグが立つ所だったが魔力爆発のおかげで禍根を残すことなく前に進める。誰も失っていないし、何も見てないので責任とかは発生しないのだ。本当に観ていないし見えなかった・・・・・だからラボに戻った時に幼馴染みに責められる未来は無いはずだ。幼馴染属性の付属した鹿目まどかは謎の超感覚で敏感にこちらの失態を感知するので、岡部としては事が発覚する前にできるだけ双方(加害者と被害者)の意見と捉え方を明確にし、いざというときには弁護してもい。まどかには穏便に取り計らってもらいたい。「うぅ、どうしてこんなことに・・・電話の時だって、それに今日は“あんな”みっともないところを―」「君は何も悪くないし俺は慣れているから大丈夫だ。それにその・・・・俺は本当に見てないから――――」「そ、そういうわけにはっ、だって私はもう少しで倫太郎さんを―――!え・・・・慣れてるって言いました?」「あっ、いやあれだぞ!?逆なっ、俺は見られる立場なんだ!!」「見られる立場!?そ、それは女の子に裸を見られる立場ってことですか!?」「・・・・うん?お、おかしいな・・・誤解のはずなのに台詞はまったく真実を表しているから否定できないぞ・・・?」「見られて・・・まさか自分から見せているってことですか!?」「そんなわけあるかっ―――――・・・・んん?完全に否定できない矛盾【真実】が此処にあるぞどういうことだ!?」上手くいきすぎている世界線だったが、変な所で岡部倫太郎に厳しい世界線だった。昼には予定があり、しかし彼女との会合にはできるだけ時間を、それこそ半日以上は必要としている岡部は長々とこの件を続けたくは無かった。いろんな意味でこの手の会話の広げ方は双方にダメージを与える事が今までの世界線漂流で学んできたから岡部は内心焦る、このままでは不味いと。別にシリアスな理由ではないが上条恭介のラボメン加入までは・・・・・このままでは話せば話すほど好感度が下がっていくような気がする。美国織莉子、彼女との関係は良好でありたいし嘘はつきたくない。「織莉子の脱衣シーンを観賞できたんだから何も問題は無いよ!!!」そう思っていると意外な所から助け船がきた。ボロボロに朽ち果てたはずのキリカだ。彼女はやけに生き生きとした顔で立ち上がり称賛した。織莉子をか、または自分の行いかは不明だが。時間に余裕も無く確認したい事は多い二人だ。相手の反応が気にはなるが不毛というか不明瞭で関係悪化になりかけない会話を続けるよりかは大分マシだと己に言い聞かせる。「ああ、その―――」「えっと、あのねキリカ―――」無理矢理だが無茶苦茶でも会話の軌道修正を行おうと岡部と織莉子は自分の心の中で最初の台詞を探す――――だけどキリカが先手を打って出た。「でも織莉子、いきなりサービスしすぎじゃないかな?幼馴染み属性もない織莉子が最初のイベントで半脱ぎ状態はハードルが高すぎて引かれちゃうよ?惹かれるじゃなくて引かれるね」「誰のせいだと思っているのキリカのバカー!!」助け船は効果を発揮したが会話の流れは未だに難航していた。お昼前の美国邸で織莉子の叫びが木霊する。ほのぼのしている場合じゃない、彼女達は敵となって生死を賭けて戦うかもしれない相手なのだから。気を緩めている場合じゃない、今この瞬間も世界は悲劇へと向かっているのだから。「・・・・」それなのにどうしてか、岡部はさっきよりも安らいでいる。安心していた。「変わらないな」真っ赤な顔で叫ぶ織莉子と、笑顔のまま顔面で宝玉を受け止めるキリカ。岡部はその光景を遠く、懐かしむように眺めていた。変わらない。世界線が違えば別人なのに。だけど二人の関係は変わらない。岡部倫太郎と敵対しようが共に歩もうが二人は常に一緒、共に在る。いかなる運命、いかなる世界線だろうが二人を切り離せない。誰を敵にしても、世間に指さされても、世界に抗おうと変わらない、二人の絆を破壊できる事象は観測されていない。魔女化しても、その程度では二人は離れない。どんなに離れても、どんなに遮られても惹かれ合う。羨ましいと、素直に思える。尊いと、羨む。妬ましいのに、彼女達が好きだ。そんな少女達が魔法少女なのだ―――本当の意味で希望になる。いつかの世界線で、通り過ぎた世界線で、これまでの世界線で幾度も命を賭けて戦い、何度も共に戦った。尊敬し尊重し憧れ続けた。出会うたびに緊張し期待する。その想いの強さから強敵になるのか頼れる仲間になるのか、いつだって彼女達に期待して―――――。(また、ここから始めよう)どんなに絆を育んでも世界線を移動すれば共に歩んだ記憶は失われる。この世界では世界線の移動と共に過去にも戻るのだから尚更だ。どんなに頑張っても、どんなに抗っても、どんなに繋いでも、どんなに戦っても、どんなに愛しても―――――すべては無かった事になる。それが悲しいと思えないほどかつての自分は死んでいた。感情は霞んで、想いは薄れて、魂は摩耗して、どうでもよくて、どうなっても構わなかった。そんな自分を再び立たせてくれた。そんな自分を想ってくれた。そんな自分だけど頑張ろうと思えた。そう思えるようになれた。まどか達と彼女達の優しさに救われた時から。何度でも繰り返そう。彼女達を救えるその時まで。何度でもやり直そう。彼女達に忘れられようと構わない。何度でも戦おう。彼女達が未来を歩けるのなら。たとえ最初の出会いが殺し合う間柄でも構わない。そこからまた、自分と彼女達との物語は始まるのだから。「織莉子、キリカ。一緒に『ワルプルギスの夜』を倒して―――そのついでに世界も救ってしまおう」それに美国織莉子は記憶を保持したまま世界線を超えたこともある。リーディング・シュタイナーは自分だけの特殊能力じゃない。誰もが持っていて、きっかけがあれば思い出してくれるかもしれないのだから、それを証明してくれたのは彼女だから期待してしまう。頬を引っ張り引っ張られるがままの織莉子とキリカが視線を合わせてくる。「さあ、俺達の新しい物語を創めようか」突然の宣言だけど、二人は素直に頷いてくれた。いきなりの台詞に、二人は元気に返事をしてくれた。ファーストミッション。オペレーション・フミトビョルグ対象者 岡部倫太郎 ミッションクリア「ところでオカリン先生」「なんだ?」「さっきのなに?」「さっき?ああ・・・・・ノスタルジアドライブのことか」「そうそう、たぶんそれ!」「ふッ、教えてやろう!あれこそ我が未来ガジェットの――――」本来なら最初に気になっていたはずの存在を、本当なら第一に問うはずだったそれについて、経験したことのない感覚を味わったキリカがようやく訊いてきた。魂の接続。ソウルジェムと繋がり感情に呼応する科学と魔法の合成された奇跡。一瞬で行われた接続と、そこから湧き上がる魔力の増加、未知の経験未知の体験。他人と繋がる行為ならではの不快であるはずのそれ。それをキリカは――「あのエッチな奴、なかなかになかなかだったよ!!」笑顔で評価した。「エ、エッチな!?」「バッ!?違う誤解だ織莉子!」キリカが頬を桜色に染めながら自身に起こった、感じたことを感情タップリに語り。岡部が必死に誤解を解こうと織莉子を説得する。だが、いかに説得しようにも感情豊かにキリカが謳うものだから、それも全てを否定できないことから織莉子からの疑いの眼差しは払えなかった。「キリカの言う・・・・その、いささか不適切な内容があるようですが――――――本当ですか?」「・・・・・・・・・・・・・・・・はい」常時その効果があるわけではないが、繋がることで気分が高まるのはいた仕方なく、お腹の下らへんが痒くなる“それ”には個人差があるので・・・・ND自体は決して如何わしい類の物ではないのだが、織莉子の放つ気迫から正直に頷くしかなかった。「倫太郎さん・・・・」「いや・・・・誤解だぞ?確かにキリカの言うように若干の昂りはみられるがそれは――――」「倫太郎さん」「え、あの」ゆらり、と立ち上がった織莉子は座ったままの岡部を見下ろす形で、かつ強い口調で宣言した。「正座!!」「はい!」反論も釈明も放棄し、岡部倫太郎は美国織莉子に言われるがままフローリングの床に正座した。織莉子は顔を赤くしながら未だ微エロワードを連発するキリカの口に宝玉を詰めて黙らせ年上の岡部を正座させて漫画で得た正しい(?)男女の付き合い方を口授した。くどくどと、長々と、時間には限りがあるにもかかわらず、話すべき事柄は多々あるにもかかわらず、結局約束の時間がくるまで織莉子と岡部は男女交際に関する互いの認識を確認し合うだけになった。■あるいは気付いていながらも、目を逸らしていただけなのかもしれない。向き合いたくない現実に、向き合わねばならない理由なんて実のところ、そんなにはないのだ。現実と向き合わず、逃避し拒絶して、理想や夢を見続ける。一生それを抱えて溜めこんでいくことは、そう難しくないのだから。なぜなら人は必ず死ぬ。ましてや彼女達は魔法少女。「とどめ!」過去への想いばっかりだった。戻るのは何もなくて、帰ってくる人はいなくて、思うことしかできないのに――――それをずっと続けてきた。白銀のマスケット銃が黄金の弾丸を放てば、それだけで世界を構成している闇の一部が消滅していく。想いを力に、感情を力に、それをもって誰かを守る。ずっとそうやって生きてきた。奇跡の担い手、魔法少女として独りになってからずっとそうしてきた。泣いたところで、吼えたところで――――過ちはずっと自分を見逃してはくれなかった。どれだけの数に囲まれても、単発式で密集戦には向いていない兵装でも、それでもなお黄金の輝きは途絶えることなく世界に存在を主張した。届かなくて、届いた時にはもう遅くて、そして言い訳を繰り返して泣いてきた。せめて他の誰かは自分と同じ思いはしないように。「ティロ・フィナーレ!」巴マミ。見滝原在住の黄色のリボンと白銀のマスケット銃を操る黄金の魔法少女。可憐で潔白、純情で苛烈、優しくて凛々しい魔法少女。人のため、他人のために身を費やすアニメでお馴染みの正統派魔法少女。『■■!!』綺麗で、正しすぎて孤独になった魔法少女。―――ズドン!!黄金の光が黄色のリボンで拘束されている魔女、ゲルトルートの胴体部分へと撃ち込まれた。薔薇園の魔女ゲルトルートは蛞蝓のような体に溶けかけのアイスクリームのような頭、蝶の羽、虫のような足を複数もつ大きくて醜悪な魔女。魔女を魔女たらんとする存在。その巨体からは予想しにくい素早さを持ち、使い魔を多く従えるこの魔女は全軍をもってマミに挑んだが結果はご覧の有様だ。『■■■・・・・・■』マミを包囲していた使い魔は全滅、そしてゲルトルート自身も撃ち込まれたエネルギーに耐え切れずにその巨体を爆散させた。周囲に拡散された魔力が暴風となってマミの髪を正面から背後へ、前から後ろへと揺らす。マミは魔女が消滅したことで景色が元の空間に戻りつつあるのを感じ取ると変身を解いた。魔法少女から私服・・・見滝原中学校の制服へと。まどかの私服は身体的特徴により借りることはできなかったので昨日と同じ学校の制服、休日なので、もしかしたら目立つかもしれない。『難なく倒すことができたね さすがだよマミ』マミの足元でキュウべぇが称賛する。「ありがとうキュウべぇ、でも何か変な魔女だったわね?」基本的に魔法少女の前には自ら現れることはせず結界の奥深くで隠れているのが魔女だ。しかし今回の敵は違った。待ち構えていたかのように現れ最初から全軍で挑んできた。それも結界内では使用できるのに外には念話が届かないという変な、変わった仕様の結界を用いてだ。別段、気にする必要はないのかもしれない。特別、疑問に思うわけでもない。だけどつい言葉にしてしまう。でも、きっと偶然なんだとマミは思うことにした。魔女の結界とはそもそも隔離空間だ。魔女独自のもう一つの世界。電話もメールも外には届かない閉鎖世界。結界が強力なら魔法少女の念話も遮断することだってできるのかもしれない。今まで自分が相対してきた魔女にはいなかっただけで、今回はたまたま―――――「・・・・・・・」『マミ?』そうじゃないのかもしれない。本当は今まで戦ってきた魔女の中にもそんな結界を張る存在はいたのかもしれない。ただマミが気付かなかっただけで、実はありふれた存在なのかもしれない。今まで気にしなかったのは――――――巴マミという魔法少女が独りだったからだ。魔女と戦うときはいつも独り。外に連絡を取るべき相手もいないのだから念話はいつも結界内まで付いてきてくれるキュウべぇにのみ届けば問題はなかった。だから気付かなかったのかもしれない。足元で首をかしげるキュウべぇにマミは「なんでもないわ」と微笑むが、それは自虐的な笑みにも見えた。ああ、自分はほんとうに独りだったんだなぁとマミはグリーフシードを拾いながら今までの自分を思い出した。両親を喪い魔法少女として魔女と戦い続けてきた。その中でいろんな魔法少女と出会い・・・・自分が他の人達とは違うんだと項垂れた。魔女は敵で、魔法少女は唯一その魔女に立ち向かえる存在であり、何より願いを叶えた代償にそれらと戦う義務がある。それを果たせる力もある。ならば率先して戦わなければならない、その身に奇跡を宿しているのだから、誰かを守れるのだからと、それが当然だと思っていた。『義務』ではなく、『理由』なのだが、そこまで考える魔法少女は何人いるのだろうか?別に、魔法少女は魔女と戦わなくてもいい。願いを叶えてもらい、魔法を手に入れたら――――自由だ。何も変わらない。恩も義理も無視しても構わない。結果的に、遠くない将来、死が待っているだけで魔法少女は絶対に戦わないといけない、というわけではない。まして、誰かのために、など。―――それでグリーフシードが手に入らなかったら?―――他人を助ける志は立派ですけど・・・・ 無理と思います―――勝手にすれば?巻き込まないで―――どうでもいい―――他人のことより自分のことを優先して何が悪いの?―――そうゆうの、やめたほうがいいよ―――無理して戦う義理もないじゃん、毎回魔女がグリーフシードを持ってるわけでもないし―――あんたが責任とってくれんの?―――なにそれ、いい子ちゃんぶってバカみたい世のため人のため。絶望を振りまく存在に希望をもって立ち向かう。この力はそのために。そうであるべきだと。だけどそうじゃなかった。出会った魔法少女のほとんどが自分とは違う考えだった。初めからそうだったのか、それとも変わってしまったのかは分からない・・・魔女との戦闘は殺しあいで、報酬たるグリーフシードも限りがあるから・・・。『誰かのために』。それが当たり前だと思っていたのは、そう言ってくれたのはたった一人しかいなかった。その一人もマミとは決別した。「今度は・・・・大丈夫かな」同じ志。いや違う、彼女はそんな大層な括りが必要ないほど純粋に人助けできることを、困っている人たちを助けきれるようになりたいと、魔女に負けないように強くなりたいと願っていた。誰かのために、見知らぬ人のために魔女に立ち向かっていこうとした。弟子にしてくれと、自分みたいになりたいと言ってくれた。出会えたことが嬉しくて、同じ思いなのが嬉しくて、尊敬し懐いてくれて、家族にまで会わせてくれた優しい魔法少女―――佐倉杏子、あの頃のマミにとって誰よりも大切な人だった。そんな親友と呼んでもいいはずの彼女とも仲違いし決別してしまった。同じでも、親しくなっても最後には解り合えなかった。分かった気がしただけで、解らずに終わってしまった。止めることも出来ず彼女が悲しんでいるときに自分は何もできなかった。今度は大丈夫だろうか?今回こそ大丈夫でいられるだろうか?また失わないか?また傷ついて悲しんで泣いて・・・・独りになったりしないだろうか?希望を抱いて、また――――。『マミ』キュウべぇが何やら言いたそうに声を、念話をよこしてくる。気落ちしている自分を慰めようとしているのだろうか?感情が希薄と教えられ、キュウべぇ自身もそう言っていたがマミにはやはり信じられなかった。信じられない・・・・というか、何か引っかかる。「ちょっと時間を取っちゃったけど、余裕はあるから大丈夫よね?」しかし今のキュウべぇが何を伝えようとしているのか自分には解らない。今までは、真実を伝えられる前までは理解できたはずなのに、知ったことで解らなくなるなんて不思議だ。しかしそれはキュウべぇも同じだ。なぜ彼女はこの状況に違和感を抱かないのか、危機感を、危険に気付かないのかと、いつもの彼女なら自分の声を聞けば感じ取っていたはずなのに、と首を傾げるのだった。『マミッ』「え?」マミなら自分よりも先に気付いてもおかしくはないはずなのにと、悪意も憎悪も不気味さも感じさせないが気付くべきだろうと。“これ”は感情を持たない自分よりも、むしろ感情豊かな人間こそ気付くはずの違和感だ。人の気配どころか生き物の気配が“皆無”なのだ。休日にもかかわらず駅前付近で自分たち以外の生物がいないことがあるのだろうか?人も鳥も虫もいない無人の世界。悪意も憎悪も不気味さもないが、それ以外も全てない。風も音も匂いも温度も何もかも・・・・風景、形はいつもと何も変わらないのにそれ以外が足りない。あまりにも綺麗すぎて、あまりにも浄化されている白い世界。その違和感は生理的苦痛にもなる。「え・・・あれ?」『まだ終わっていないみたいだよ』ようやくマミも異常に気が付いた。普段と比べたらあまりにも遅く、鈍かった。薔薇園の魔女の結界は確かに消滅したが、マミ達はまだ結界の中にいた。「なに・・・これ、誰もいない?」『バス停付近 見える?』「え?」視線の先に、それは二つあった。「グ、グリーフシード!?」『気をつけてマミ!もう孵化するよっ』キュウべぇからの念話と同時に、穢れを浄化するグリーフシードから呪いが溢れ出した。同時に二つ、魔女が二体、世界に憎悪と絶望を撒き散らす存在がマミとキュウべぇの正面で誕生した。待ち構えていたかのように、都合良くも連戦状態に。内面では揺れているただ一人の少女に対し、産まれた魔女たちは襲いかかって行った。ファーストミッション。オペレーション・フミトビョルグ対象者 巴マミ ミッション続行「あらあらまあまあ?」しかし実際のところ念話が外に届かなかったのは魔女の結界が特殊だったからではない。魔女の結界を覆うように別の結界が張られていたせいだ。それは新たに誕生した魔女の結界でもない―――魔力で動く機械的な結界。「妙な結界があるとみて暇潰しがてら覗いてみれば、これは行幸」その結界もどきを偶々通りかかったある魔法少女が見つけ、首を傾げながらも恐れることなく侵入してきた。その魔法少女は戦闘が開始されようとしている雰囲気を無視し、マミの後ろ姿にまるで待ち人を見つけたような心境で笑みを浮かべる。「あの後ろ姿、もしかして巴マミでしょうか?」角度によってはサイドテールにも見える黒髪のポニーテールを揺らしながら呟く。キュウべぇもマミも彼女の存在に気付いていないのか、すぐ後ろにいる彼女よりも目の前で孵化した二体の魔女に意識を向けていた。だから無防備な背中を存分に晒した。「なんて綺麗なソウルジェム」うっとりとした声色、彼女の口から艶っぽい吐息が零れた。背中越しにも感じることのできる輝きに気分が高まっていく。彼女は二体の魔女に関心を向けない。生きるために必要な糧であるグリーフシード、それを持っている魔女に彼女は特に想うことはない。全ての魔女は彼女にとってなんら脅威にはならないから、グリーフシードを得るために発生する戦闘に危機感を抱くことはないから。もとより足りている。乱獲といっても過言ではない量のそれを保持している。だから目の前の魔女に興味はない。二体を同時に相手してでも負ける要素がないから気にならない。「欲しいです」彼女の関心事は魔女にあらず。あるのは独りで寂しく勇ましく戦う魔法少女のソウルジェム。黄金に輝く生命の結晶。綺麗な綺麗な世界に唯一つだけの宝石。欲しい、あの宝石が欲しい。唯それだけだ。「ふふ、見滝原は噂に違わぬ良き場所ですね」気品さを感じさせる少女は魔法少女の姿へと変身し、一気に走りだす。「カーゾ・フレッド!」その手から氷の刃が高速で撃ち出された。「―――ぇ?」『』魔法名を唱えながら疾走する少女の名前は―――――『双樹ルカ』。■病院の基本的な面会時間は午後からだ。他はどうなのかさやかは知らないが少なくともこの大病院はそうだ。まあ、どの病院でも律儀に面会時間を完全完璧に通しているわけではないだろう。面会時間の過ぎた夜はともかく朝から来た面会者を追い出すような事はそうそうない。尤も、あからさまに業務の妨害や他の患者に迷惑がかかる輩はその限りではない。そして、さやかの目の前にいる連中は病院の職員から“そうゆう連中”として見られている。そんな奴らが朝から、とある病室の前で屯している。「あんた達、なにやってんの?」見滝原のとある病院、とある病室の前で美樹さやかは異様な集団とエンゲージした。「ちくしょう・・・・、畜生、ちっくしょう!」「ゆるさん、ゆるさんぞぉ」「神よ、私に人を殺せと申すのか?」「もう我慢ならん・・・・“やる”か?」「やらないでかッ」「じゃあいく?」「全員・・・・準備は?」「わたしはいつでも!」「どこでも!」「何度でも!」想い人の少年が入院している病室の前でクラスメイトが各未来ジェットを手に真剣な表情で、しかもなにやら物騒な台詞を吐いていた。まるでゲリラのアジトに突撃する直前の特殊部隊である。並々ならぬ気迫と殺意が感じられた。そんな彼らを遠くから職員と患者、そして面会の人達は「ああ、また奴らか」とため息を溢しながら眺めていた。「・・・・」どうしよう、まさか自分まで彼らの関係者と思われたらどうしよう。いや本当に勘弁してほしい。さやかは思う。自分はただ想い人のもとへ朝から通う健気で恋する少女として当初は認識されていたのに――――。「まってっ、まだよ」「何故だ!?奴はすでに三人目・・・・今日だけで、だ!」「怒りはMaxで我慢はpeakな訳だが?」「そうよ!なんで毎日別属性の女の子が見舞いに来るのよ!ああ羨ましい!!」「妬ましいぜぇ・・・許せねえぜぇ・・」「私もー!」「あれか・・・・今は人の目があるからか」「ええ、ヤルならあの子が出て行ったあとよ」「その後リンチですね、分かります」「賛成」「賛成」「賛成」「ヤァッテヤルデス!」「最後の逢瀬を堪能するがいい・・・・」「・・・・羨ましい」「同じく」「同意」「肯定」「「「「「・・・・・・」」」」」コクリと一同は頷き合い、声を一つにした。「「「「「殺るか」」」」」」今ではきっと同じ学校の生徒という理由でこの血走っている連中と同類と思われているんだろうなぁと、さやかは少しだけ落ち込んだ。とはいえ、非常に残念なことに周囲から向けられる奇異の視線にはだいぶ慣れてきた恋する少女は想い人たる少年に会うために病室前で屯っているクラスメイトを押しのけてモーゼの如く前に進む。その時になってようやくさやかの存在に気付いた彼らは「あれえ!?なんで此処に?」と慌てて彼女を引きとめようとした。何故か必死になって自分を押し留めようとするが、さやかは構わずに扉に手を掛ける。「ちょっ、まて美樹いまはアカンと思うのですよ!?」「なによ?あんた達と違って、あたしは純粋に恭介のお見舞いに来ただけなんだけど」「またまた御冗談を、あれだよねっ、純粋じゃなくて私欲に塗れてドロドロにヌトヌトしているく・せ・にっ」「恋心と言え!」自分が上条恭介に恋心を抱いていることは誰にも言っていないが、先日の騒ぎから吹っ切れた美樹さやかは強気だった。「私欲じゃん」「欲じゃん」「色欲じゃん」「エロじゃん」「つまり美樹はエロス、と」ただ、そんなものクラスメイトにとってはなんの意味もないし、むしろ煽られる材料になるだけだった。さらに好き勝手言ってくれるクラスメイトの言葉に周囲の人間も次々に口々にこそこそと囁き合う。―――そうかぁ・・・・あの子はエロスだったのか―――唯一まともだったから信じていたんだがなぁ、残念だ―――やっぱりあの子も―――ママー、あのお姉ちゃんも“アレ”なの?―――シッ、見てはいけません「うおおおい!?あたしの評価が急落下しているんだけど!?」病室の扉から手を離して不当な評価に対する訴えを叫ぶが―――。「何を言ってるのよ美樹、私達クラスメイトでしょ?」「上条のお見舞いだろ?水くせえじゃねえか」「俺達仲良しだもんな!」「いつも一緒にいるもんね!」周囲に見せつけるように急に優しく親しく接してくるものだから―――。―――ああ、やっぱりかぁ―――あーあ、可愛いのにもったいない―――まったく今の若いもんは・・・・・ウッ!?―――ねぇママ、あそこで幽体離脱してるおじいちゃんも“アレ”なのかなぁ?―――ええ、きっと学校の関係者よ。だから見てはいけま・・・・・あら?―――医者ー!!?結局、この瞬間をもって美樹さやかも“アレ”の認定を受けた。「う・・・うう・・・・うわあああん!もうッ、あたしは恭介に会いに来ただけなんだから邪魔しないでよ!そっとしておいてよ次から入室拒否されちゃうでしょ!」「俺たちにも用事があるしー」「朝っぱらから何の用事があるってのよ!」「・・・・・パズドラ?」「艦コレ・・・とか?」「帰れェ!!」「モバ―」「全員携帯ゲームかッ」しかも基本的に一人用。本当に休日の朝から何しに来たのか分からない連中だった。もはや自分と恭介の恋路の邪魔をするために現われたエネミーでしかない。さやかは涙ながらに叫んだ。こいつ等と同じ扱いを受けるのは、同じ視線を向けられるのはダメージがでかい。小さなお子様に“アレ”呼ばわりされたことにも大ダメージだが職員一同にまでそう思われてはお見舞いに来ることも出来ない。それが一番悲しい。自然に病院内にいるがクラスメイトの彼らは余程の理由がない限り基本的には門前払いを受けている連中である。つまり彼らは正規ルートである正面玄関からではなく裏口や職員用入口から侵入してきている犯罪者まがいの危険人物達だ。そんな連中と同じにされたらもう無理だ。凡人である自分には特殊IDも作れないし変装の技術も警備員を撒いたりできる実力もない。奇天烈なクラスメイトと同等と判断されては超困る。非常に困る。「泣くなさやか、きっと良い事あるって」「はいハンカチ、ダメよ美樹。泣いていいのは彼の前だけ」「そうだぞ、女の子の涙は興奮するんだから無料で見せるなんてもったいない」「そそるよな、嫌いじゃないぜ!」「私もー!」自分達が原因なのに慰めに来た、しかも変態だった。「・・・・なんで?なんであたしは朝からこんなに追いつめられてんの?」「上条のせいじゃね?」「ああ、上条のせいだな」「あいつのせいね」「きっと美樹をイジメて・・・その泣き顔を■■■にしてるのよ!」「許せんな!」「ああ実にいいゲフンゲフンッ・・・・・ん、んんッ、じゃなくて変態だな!」全力で責任転嫁したクラスメイトに美樹さやかは顔を伏せる。その様子にさすがに言いすぎたか、と今度は誰に責任を押し付けようかと当然のように自然の流れで内輪もめが始まろうとしたとき、ぼそぼそとさやかの声が皆に届いた。それは小声で聞き取りづらいが―――。「べ、別に・・・・ま、まあ?恭介があたしを思ってくれるんなら、その・・・・おもってくれるんなら、いやじゃ・・・・・ない・・・けど。えへへ」頬を赤く染め、恥ずかしそうに両手をもじもじさせる少女がいた。「「「「「「「スゲーよオマエ!!」」」」」」」周囲一同、クラスメイトも職員も患者も面会者も蘇生中の老人も声をそろえて恋する乙女にツッコンだ。常識人で、分別もあるストッパーであり、唯一のツッコミ人だったが彼女もやはり見滝原中学校の生徒だった。数分後。「で、いいかげん入れてくんない?」幸せな妄想にひた走っていた思春期少女のさやかが何事も無かったかのように気を取り直して、それで最初に放った台詞はそれだった。当初の目的、さやかの岡部倫太郎から託されたミッションは上条恭介に翌日の外出許可を取ってもらうことである。自覚はないが、自覚しようもないがこのミッションは単純そうに見えてかなり重要な案件だ。さやかは知らないし上条も知らない。希望は此処にあることを。過去何度も失敗し失っても、何があっても今は希望を持っていいのだ。その希望はとても小さくて遠い、細くて頼りないものだけど、今までの世界線漂流は無駄じゃなかったと言える。未来を勝ち取る手段も力も集いつつある。これまで以上に、今まで以上に順調なのだ。少なくとも表面上は、岡部倫太郎が把握している範囲では。「まあ待て、今は待った方がいい」「だから、なんでよ?」「あー・・・タイミングが悪いというか都合が悪いというか?」「何よそれ、都合が悪いのはあんた達の襲撃についてでしょ?悪いけど恭介はあたしが守るから」「わあ、さすがお嫁さんっ」「そ―――――――そんなお嫁さんだなんてそんなっ、恥ずかしいでしょっ!」再びモジモジし始める少女は皆から奇異の視線に晒されたが恋する乙女は無敵だった。「(・・・すげぇ、堂々と照れてるぞ)」「(今日はこの手の話題で慌てさせるのは無理ね)」「(必死に誤魔化そうとする姿が一番萌えるのに)」「(そんな彼女が大好きです)」「(私もー)」とりあえずモジモジする同級生を写メし保存、後日冷静になったときに見せて悶えさせようと心に誓い彼らは説得を続ける。今彼女を病室に入れるわけにはいかない。いやまあ突入させてもいいが、その方が面白そうなのだが、そうすれば躊躇いなく粛清出来る訳だが、もうちょっと中の状況が進んでからの方が美味しくなるので―――。「・・・・誰か中にいるの?」「え?」「そう・・・いるのね」「お、おう?」そんな彼らの若干酷い考えに気付くことなく、気にすることなくさやかは扉に手を掛ける。さやかは彼らの言った言葉をしっかりと聞いていた。そこから想い人の病室には“誰かがいる”と予測し・・・・まだ見ぬライバルに対し嫉妬の炎を瞳に宿す。ライバルだ。最近まで知らなかったが自分の幼馴染はモテる・・・らしい。非常にやっかいなことに多くの、それも属性に豊富な状況らしい。しかも自分の知らぬうちに交流を重ね親睦を深めている様子・・・危険だ!幼馴染キャラは後半になるにつれて負けフラグが硬質に建築されていくのだ。新キャラが増えれば増えるほど旧キャラは放置され・・・・よくて背景、最悪噛ませ犬。人気があれば巻き返しもあるが基本的に旧キャラは忘れ去られるもの、特に幼馴染キャラは・・・・・メインヒロインでなければ終わりである。昨今のラブコメはメインヒロインすら空気扱いされることが多々あるだけに強力な属性と高い人気がなければ・・・・・。「負けてたまるかー!」イベントを、登場回数をコツコツとしつこくも確実に築かなければならない。基本的に照れ屋で恥ずかしがり屋。好きな子にだけ素直になれず大胆になれない、彼にだけは積極的に接することが出来ない美樹さやか。しかし、だ。そんな彼女は昨日の失態【幼馴染を半裸に剥いちゃったZE☆事件】に続き岡部倫太郎のショタ化、巴マミとの出会い、再び魔女とエンゲージし夕食は芋サイダーの進化したガングニール、朝はやや寝不足なまま買い出しに出かけ呉キリカと遭遇しラボの崩壊と直面・・・・ややエキサイティングしすぎていて本日の今現在は絶賛アッパーぎみのハイテンションで果敢で勇猛、度胸溢れる恋する乙女になっていた。普段なら、それこそいつもの彼女なら扉を開けることは遠慮していただろう。お客さんかもしれないから邪魔はいけないと、身を引いていただろうけど・・・今のさやかは強気だった。「恭介ええええ―――――ぇ?」そして今、さやかの目の前の想い人たる少年がいた。上条恭介。見滝原中学生二年生の男の子、さやかの幼馴染で左手を事故の影響で動かせない状態の線の細い少年だ。開け放たれた扉の向こうに、さやかの想い人は確かにいた。知らない少女と共に。「はぁ、はあっ、あれ・・・・さやか?」アッシュブラウンの髪から覗く瞳は真っ直ぐにさやかを見つめていた。荒い吐息を溢しながら、よく見ればその頬は紅潮していた。「きょ、恭介?」「はあ、はあ・・・・えっと、さやか――――うん、おはよう」「お、おはっ・・・・おははっ?」「おはは?」さやかは『おはよう』と口にしようとするが正しく発音できない。さやかの脳は目の前の状況が現実のものとして受け入れきれずに、その負荷が全身に影響を与えている。しかし、しょうがない。だってそうだろう?そうならざるをえない。美樹さやかは恋する乙女だ。上条恭介に想いを寄せる少女だ。純で初で普通で大切で尊くて恥ずかしい恋心をずっとただ一人に捧げ、ただ一人で抱いてきた女の子。そんな少女が想い人の“こんな姿”を見てしまっては・・・脳は熱を発しすぎて、逆に心が冷えてしまって声をまともに出せなくなる。「あ、なに・・・して、るの?」「え、何って?」上条恭介。世間からはヴァイオリンの天才と謳われ学校関係者からはリア充と呼ばれる。そして多種多様な女の子と出会い続ける主人公気質の幼馴染。そんな彼はキョトンとしていた。アッシュブラウンの髪から覗く視線は揺れていて、その頬は紅潮し、吐息は荒い呼吸を繰り返す。乱れた病衣からは線の細く汗ばんだ上半身を晒していた。休日の風が病室と青空を隔てる薄いカーテンを揺らし、風がこの場にいる全員に冷たくも心地よい感触をもたらしてくれる。それを背景に、そんな青空をバックに少年は恋する少女の前にいた。上条恭介はベットの上で四つん這いになり、涙目の少女を押し倒しながら。「アババババッ!?」「さ、さやか!?」上条少年に組み伏せられている少女の制服は乱れていて、その両手は頭の上で彼の腕一本で拘束されている。足の間には彼の片足が差し込まれ閉じることが出来ないようだ。突然乱入してきたさやか達にポカンとした表情をむける少女は状況を把握できないのか、流れる涙を拭うこともせず・・・っというか両手は頭の上で拘束されているので無理なのだが、とりあえず彼女は切羽詰まった状況に見える。客観的にみればだが。荒い呼吸を繰り返す少年と、そんな少年に組み伏せられる涙目の少女。この二つのキーワードから導き出される答えは主に二つ。一つ。上条少年が見知らぬ少女に【アプリボワゼ】を行おうとしている。その場合は遠慮なく容赦なく加減なく妥協なく正義を執行し悪を断罪しなければならない。一つ。この状況は漫画やラノベでお約束なちょっとしたハプニング。例えばだが、組み伏せられている少女から座薬をお尻にパイルバンカーされるのを防ぐために上条恭介は彼女と争い、そしてようやく無力化させることに成功した。そしてその瞬間に幼馴染が部屋に現われて誤解されている状況・・・・なのかもしれない。どんな状況だ?と問われれば、こんな状況だ!としか歴代のラノベ主人公は言えないし、実際に上条少年と少女はそれに酷似した状況だった。酷いことに、理解できないことに、それ以上に混沌としたイベントを彼らは経験していた。否、実行中だ。「・・・・へ・・・ええッ、・・あ、あうあうっ!?」「えっと、さやか?」上条は首をかしげる。彼はようやく“貞操の危機”から逃れることが出来たのだ。その安心感と達成感、そこに気兼ねなく接せられる頼れる幼馴染のさやかが現れたのだ。上条にとってそれは救いでしかない、拘束はできても今の自分は左手が使えない、時間がたてば負ける。しかし彼女が協力してくれれば、と思うが―――。「きょ、きょきょきょきょっ」「・・・・鳥の鳴き声を取りこんださやかなりのアレンジあいさつかい?」入院している自分を元気つけるように、いつも明るく振る舞う幼馴染が今日は意味不明の言葉と共に入室し、しかし入室後は何やらバグっている事に上条恭介は頭を悩ます。彼女は大切な少女だ。可哀そうに、きっと後ろで何やら攻撃力が高めなガジェットを構えている連中に朝から毒されたんだろうと上条は思った。気さくな性格だが彼女は純情だ、きっと精神に多大なる負荷を与えられてしまい、理不尽な状況から心を守るために・・・・・そう、無理やりバグを発生させて己の精神を守ったのだろう。幼い時からの付き合いだ、異性でありながらこの年まで大の仲良し、兄妹と言っても過言ではない間柄だ。幼馴染として彼女を助けなければと疲弊した心と体に鞭を打つ。呼吸を整えようと大きく息を吸った。相手は外道なクラスメイト達。体調を万全に・・・・できるだけ素早く動けるようにしなければいけない。「すぅー・・・ごほごほっ!?」むせた。床に伏せている身である意味で命懸けの攻防戦を行った直後にクラスメイトの置いていった『ナスターシャ教授も絶賛!ウェル博士の波紋呼吸健康法』と言う雑誌に記載されていた呼吸法を真似しようとしたのが間違いだった。唾が気管に入りガチで苦しい。「かめはめ波」は無理でも気合いと根性、努力次第で「波紋」ならと思ったのは中学生にありがちな無謀か、若さゆえの過ちか、活発な時期に入院生活を余儀なくされたゆえに発生した害なのか、上条はそのまま押さえつけていた少女のすぐ傍に、まるで重なるようにしてベットに突っ伏した。「あのね恭介君」「えほっ、ごほ・・・・えーっと、なに?」少女の拘束は解けてしまうが息苦しさと、さすがに大人数の前では暴走はしないだろうという保険から上条は唯一動かせる右腕を少女の腕から放した。朝っぱらから疲れた。しかし疲弊しすぎた体は億劫にもなんとか耐え、クラスメイトの一人が気まずそうにしながら問うてきた内容に答えようとした。ただ、その内容の意味はよく解らなかった。「今の状況を簡潔に説明してもらってもいい?」「・・・・状況?」よくわからない。その質問は寧ろ自分が彼らに送るモノのはずだ。「あ、あのぅ」「うん?」耳元から小さな、本当に小さな声が聴こえた。すぐ傍だ。「ちょっと、ちかいです」吐息がぶつかるほど、互いの呼吸が飲み込めるほどの至近距離に異性の存在があった。近い、さやか達がいなくて相手がこの少女でなければきっと・・・・この状況は僕ら男子の夢と妄想の結晶、ロマンチックが止まらない、この先の展開は異世界を救うために旅立ち目の前の少女と仲良くなってそれから――――「・・・・・・・・・おや?」周りの空気にようやく理解が追い付いた。「で、どんな状況よ」「三行で頼むぜ」「言葉には気をつけろよ」「デット・オア・アライブだぜ」追い付いたが、どう説明すればいいのだろうか?状況は幼馴染とクラスメイトの目の前で小柄な制服少女を押し倒している。半裸。荒い呼吸。涙目。で動きを封じている。「・・・・・・」これは不味い。上条恭介は脳みそを動かし現状の打破、もとい誤解を解こうと頭を悩ます。このままでは不味い。さやかが挙動不審に壊れているのは珍しい(本人談)ことにどうやら自分にも原因があるようだ。普段の彼女なら一目見れば自分が少女を押し倒すという悪行を行うはずがないと一目どころか扉を開けた瞬間に解ってくれただろうに・・・・後ろに控えている連中に唆されて疑っているんだろう。人の幼馴染をこうも洗脳するとは酷い連中だ。数少ない良心担当の人間をこうも陥れるとは・・・・その目的も自分を困らせるためだから許せない。基本的にウチのクラスでは『油断した奴が悪い』という暗黙の了解があるが、さやかを巻き込むとは・・・・。「違うんださやか!聞いてくれ、コレにはわけがあるんだ!」なんだか浮気がばれた時の通例台詞が自然と口から出たが、そうとしか言えないし事実なのだからしょうがない。「はッ!?そ、そうです誤解ですよ!!」そして同時に自分に押し倒された状態の少女も状況に追い付いてきたのか声を大にして言い訳を・・・・ではなくて意見を重ねてくれる。そのことに少しだけ安心した。安心することが出来た。最善とは言えないが最善に近い有効なモノだからだ。仮にも被害者である彼女が自分の罪を否定してくれれば、弁護してくれれば最悪な誤解を解くことが出来る。「あ、あのですね皆さん!これはアレですよアレ!そう、アレであってコレがアアなってアレなんです!!」「「「「「うん、理解不能」」」」」誤解は解けそうにもなかった。視線の先でさやかの震えがピークに達しつつある。早いところ誤解を解かなければ昨日の惨劇が繰り返される危険があるので困る。やはり自分が、と思う。そもそもクラスメイトは状況を面白がって・・・・・隙あればこちらの社会的抹殺を企んでいる外道なのでさやかの誤解だけを解ければ問題ない。彼女なら自分が真意に話せばきっと信じてくれるはずだ。クラスメイトには迎撃用ガジェットをベットに複数仕込んでいるのでそれで対処すればいい。幸い、隣に女子がいるのでそこまで手荒な事はしてこないだろう。心持ち楽に迎撃してくれる。「さやか聞いてくれ、僕はただ――――」「違います聞いてください!わたしを上条さんが裸にして外に連れ出そうとして何もしないで見るだけであまりのことにわたしは落っこちそうになった感じがしちゃって!それなのに上条さんがガンガンやってる間に廊下で全部外されてしまってッ、もう荒い息でもう駄目ですって想ったときにまだ『大丈夫だ』って言われて『まだいけるから見せて』って言われて、それから下から上へと乗りまわされて!だからこうして――――」「致命的に主語が抜けているんだけどワザとじゃないんだよね!?」自分と彼女の間に不純な出来事はなかった。いや、彼女がとある理由で自分のお尻に座薬をパイルバンカーしようとしたことを除けばだが、本当に不健全な事はなかった。ただ、彼女のしゃべる内容に嘘はなかった。どう聞いても誤解されかねない内容だが、言葉足らずで危険な内容だが、それは事実であり誤解であった。そして一応、こんなんでも彼女は誤解を解こうと、上条恭介の身の潔白を証明しようとしていた。「あっ、そういえば上条さん!確かわたしの中に入って『ここか!』とか『いけそうだッ』とか急すぎてビックリしたんですからね!!」「いい加減に状況説明無しの主観だけで喋らないでくれないかな!?」だけど彼女はいきなり弁護を止めて抗議してきた。・・・・状況を考えてほしい。あと発言内容も考えて喋ってほしい、聞いただけでは間違いなく最悪な部類に入る会話だ。頬を膨らませた少女と視線を合わせる横でガシャガシャとガジェット構えるクラスメイトと涙目のさやか。時間切れは近い。すでに手遅れな感じがするがまだ会話は出来るはずだ。諦めない限り負けではないのだ。諦め、思考を停止し、全てを投げだし放棄しない限りまだ手立ては、可能性は残るはずだ。だから―――「わたしを辱めた責任取ってください!」今、手元に世界を滅ぼせるスイッチがあれば押していただろう。「・・・・・ここにきてなにその変化球台詞?」「だ、だって一つしかないのに上条さんに奪われてしまったんですよっ?」その台詞にバシュン!ガシュン!と各未来ガジェットを合体させて単体では非殺傷設定のソレを限りなく殺傷設定に近づける気配が産まれた。彼らが本気なのは付き合いからわかる。困ったことにそれらの凶器は裁判になっても『偶々偶然ゴミ同士がくっついて“そう”なってしまった不幸な事故』レベルの奇跡的な設計をされているので起訴は難しい。頓知な発言をした少女をどうにかしないといけない。誤解というには発言内容には真実しか含まれていないのだが言葉足らずで邪推されかねない。っていうかする。絶対する。立場が逆なら自分だって邪推するだろう。「アレは合意の上で、そもそも発端は君なんだから――――」「見られ損ー!素質補填と賠償を要求しますー!」「なんでバカなのに君はそんな日本語には詳しいのさ!?」「バカって言われたー!やっぱり昨日はわたしを騙したんですねっ、頭が緩いと思って利用したんだー!」あれか、この子は新手のスタンド使いか何かなの?どうして初対面に近い自分とのやり取りでこうも対応することができるのだろうか。そして大声で抗議されるなか、やはり横から危険な音と声が聴こえる。「つまり昨日から一緒だったと?」「裸と廊下とたった一つがなんだかんだと?」「かつ押し倒しの状態までいったと?」「「「把握」」」「あわわわわっ?」「美樹、これあげる」「あわわわっ!?」さりげなく、クラスメイトの一人がさやかに未来ガジェットを差し出していた。それなりの重さを感じさせるハンマーを。ガジェットじゃない、ただの工具ハンマー・・・・・さすがに死んでしまう。鈍い輝きを放つそれで殴られては困る。「ちょ、ちょっとまって落ち着いてくれ!僕の話を聞いてくれ!!」必死になって説得を試みる。「恭介が・・・・・、うふふ、解ってるよコレは夢、浮世の夢でただの現実なんだから!」「「「どっちだよ」」」よくわからない事をブツブツと呟きながら近づいてくる。目からはハイライトが消えているのでかなり怖い。体を起こし少女から身を離す。ぐっ、と動かせる唯一の腕で体を支え正面からさやかと向き合う。そしてさやかの後ろで射撃体勢に入っている外道どもの射線から身をこっそりとズラして・・・・連中のワクワクしている表情が癇にさわるが我慢我慢。何はともあれ大切な幼馴染を『誤解から発生したイベント』で人生を棒にさせるわけにはいかない。状況によっては自分の人生も棒になるのだから尚更だ。早々に彼女の誤解を―――「上条さん!悪いことをしたらゴメンナサイですよ!」ぐいっ、と少女に乱れた病依を引っ張られて再び倒れそうになる・・・・・あれか、彼女は本気で空気が読めないのかゴーマイウェイである。昨日出会ったばかりの付き合いだが悪気がないのも知っているだけに――――いや、状況を理解してほしい。「あの、いいかげん――――」さすがに構っていられないと思い視線を彼女の方に向けるが、体を支えるようにしていた腕から かくんと力が抜けてしまい少女との距離が予想以上に急接近してしまった。相手もそうだったのか、力加減が調整できず ちょん、と互いの鼻先がぶつかった。「「・・・・」」息も出来ない距離があることを、中学二年生の春に知った上条恭介だった。「「「震えるぞハートォ!!」」」「「「「燃え尽きるほどヒートォ!!」」」」「「「「「野郎に刻むぞッ、嫉妬のビート!!」」」」」そして皆が必殺技ゲージを消費するさいの台詞を力強く叫んでいた。「ドライアイスよりも冷えきり!」「マグマよりも熱い!」「この煮えたぎる感情・・・そう、これが殺意なのね!」「「「もう許さん!羨ま―――げふんげふんっ・・・・・絶対許さん!」」」どうして世界は僕に試練ばかり与えるのか。誤解を解こうと動けば邪魔が入り誤解は深まり周りの殺気は上昇、さやかは狂気への道に進んで――――「うわあああああ!?さやか訊いてくれっ、僕は――――」その、今まさに凶器を振りおろし自分とアホな少女を殴殺しようとしている幼馴染に恭介は絶叫するように叫んだ。己の潔白を、この状況に至る経緯を、誤解から産まれる邪推と悲劇を回避するために大声で叫んだ。その内容は出来るだけ簡単に短縮されていて、日本語を理解できる者なら誰でも理解できる最短でありながら簡潔なものだった。見たままと同じなのだから、そう感じ取ることが出来る台詞だから当然だ。一瞬と刹那の狭間、その叫びは幼馴染に届いた。その声は彼女の動きを止めた。その叫びは――――「僕はただ彼女の制服を脱がしたいだけなんだ!!!」と、上条少年叫びが病室に響きわたり皆が沈黙する。沈黙した。沈黙させられた。言葉の意味は理解できるが、それを鵜呑みにすれば状況も理解できるが、今まさにその発言は己の悪行を暴露しているだけなので首をかしげる。その中の一人に上条恭介本人もいたことが混乱に拍車をかける。「んん!?あ、あれ・・・・おかしいぞ?僕は身の潔白を証明しようと真実を正確に発したはずなのに結果は最悪な方向に向かっている気がする・・・・?」中学二年生の上条恭介は日本語のマジックに絶望した。悲しいことに今の発言内容に嘘はなく、残酷な事に誤解もないのに誤解が産まれてしまったのだ。単純に言葉足らずの説得不足。時間をかければ理解してくれるだろう、少年は少女に何一つ不埒な真似はしていないし、しようともしていない。むしろ逆に暴走する少女から必死に貞操を守ろうとしただけだ。上条視点での描写があれば理解されただろうが、後から来た外野には一切伝わらない出来事だけにどうしようもなかった。異性の制服を剥こうとしているが、実際にそんなこと望んではいないし考えたこともなかったが、少年は己の発言によって完全に誤解されてしまった。話を聞く。話す。確かめる。岡部倫太郎がラボメンに語ったことだが、それは本当に大切なことだ。特に美樹さやかと上条恭介。二人にとって、そして二人の周りにいる人たちとっては彼らが“それ”をちゃんとできるかどうかで未来に大きな変化がある。きちんと話を聞いて、話して、確かめるだけで美樹さやかを取り巻く環境は変わる。それは共にあるラボメンにも影響が大きく出てくる。岡部倫太郎が観測した限り、そこには少なくても幸いはあった。結果がどうあれ失われずにすんでいた。逆に、それができなければ――――誰かが死んでしまう。「ふ、ふふふふふ」「さ、さやか?あのその今のは―――」今回の件は物語とは関係ないかもしれないが、時間もなく状況も最悪な今の状態は「恭介を殺してあたしも死ぬーーーーーーーー!!」危険だったりする。「おわああああ!?待ってさやか落ち着いてー!」「うわあああああん!恭介に明日外出許可とって貰いたかっただけなのになんなのよもおおおおおおおおお!!」「うわわわわわかった!僕は今を乗り越えたら絶対に外出するから!」泣きながら凶器をブンブン振り回すさやかに上条は首を上下に振って同意の意思を示す。そうすることで少しでも彼女に落ち着いてもらいたかったのだ。「ほ、ほんと?」あっさりと、あっけなく止まった。これまでの葛藤が残念に思えるほどに。純粋ゆえに暴走し、しかし単純ゆえにピタリとさやかの動きは止まった。「うん!ほんとにほんと!」「ぜ、絶対?あたしと、絶対一緒にいてくれる?」「もちろんだよ!」さやかは度重なる精神負荷から若干幼児退行を起こしかけているが、上条が彼女の意思を尊重し同調すれば事態は収まりつつあった。ならばと上条は必死に決死に頷くしかない。文脈的に突然で唐突な変化だが疑問に思わない、結果良ければどうでもいいのだ。「じゃ、じゃあ約束・・・・」「うん、約束!」「あたしと一緒に出てくれる?」「もちろんだよさやか、僕は」しかし、「明日、絶対にさやかと一緒に外に出るんだ」その言葉と同時に外道どもが動き出した。「「「「「ッシャア!死亡フラグゲットー!!!」」」」」物語に何の関係もないが、病室の外では警備員が人数を揃えて突入の準備を着々とすませ、ご老人は無事に蘇生していた。ファーストミッション。オペレーション・フミトビョルグ対象者 美樹さやか ミッションクリア「で、結局あんたは上条とはどんな関係?」ガジェットの射撃から身を守るためにベットの後ろへと転がり込んだ上条と、遠距離では無駄に頑丈なベットは貫けないと読み取ったクラスメイトが接近戦を開始しようとした頃の会話。「わたしですか?ええと・・・・・実は人を探していまして、上条さんにはそのお手伝いを」度重なる疲労から眠るように気絶したさやかを介抱していたクラスメイトの女子が、ちゃっかり争いから脱出している押し倒されていた少女に問う。「ふーん?それで見つかったの、その探し人」「それがまったく、この病院に出入りしているのは確かのですが姿がなくて」「それって患者さん?それとも職員?」「いえいえ、まったくの部外者です」「は?」「夜中になると姿が目撃される幽霊みたいな子なんですよね」「なにそれ、不法侵入じゃない?」その話が真実ならまさにそうであるが、とはいえ美樹さやかを除けば彼女たちもそれに近いので人のことは言えない立場だ。朝と夜の違いでしかないが不法侵入は立派な犯罪だ。つまり彼女たちは犯罪者だ。自覚はないが、自覚しても最悪な事に改めたりもしないが。「そういえば名前は?」とりあえず、訊いてみた。―――ガキ共ォ!!今度は何処から侵入してきやがったァ!―――毎度毎度別口から入ってくるから対処しづらいんじゃああああ!―――うお!?もう警備員【スプリガン】がきやがった!―――ふう、これで助かった・・・・―――上条恭介君、君も鎮圧の対象に入っている!―――何で!?僕は被害者ですよ!!・・・・鎮圧って言った!?―――なんだと上条、貴様裏切る気か!?―――見損なったぞ!俺たちは仲間のはずだ―――今の今まで殺そうとしいてたよね!?―――バカね、忘れたの。幸せは奪い取るけど不幸は分かち合うものよ?―――・・・・・ん・・・・・最悪な事言ったよね?綺麗事に聴こえたけどただの外道の台詞だよね?―――上条恭介君、こいつ等の侵入目的は君との面会だ・・・・あとは分かるな?―――理不尽です!―――黙れ!これ以上貴様ら学生に好き勝手させたら来季のボーナスに影響があるのだ!―――逆に鎮圧に成功したらボーナスアップだぜ!―――最悪だよ!―――私欲じゃねーか!―――そーよそーよ、そもそも朝っぱらうるさいのよ!!―――病院で騒ぐなんてマナー違反だぜ!―――この常識知らず!―――お前らだー!!!すぐ隣で日常になりつつある抗争が発生している中、上条に押し倒されていた少女は目の前の光景に唖然としながら答えた。特に秘密にする理由は無かったから、目の前で信じられない光景が展開されていたから深く考える事もなく、ただ問われた内容に素直に反応した。「わたしは『優木佐々』って言います」彼女は魔法少女だ。キュウべぇと契約した女の子。岡部倫太郎が相対したことのない魔法少女。他の世界戦でも上条が知り合った女の子。別の世界戦で直接相対はしていないにも関わらず岡部倫太郎を『殺す』ことに成功した魔法少女。■結果よりも結束が、成果よりも意思の確認が必要だ。そう嘆き、騙されたと叫ぶ者がいる。しかし契約は相手の了承を得て初めて結ばれる。インキュベーターとの契約は本人の確固たる意志がないと結べない。ゆえに、責任は絶対に己にもある。たとえどんな結果になろうと、それが自らの選択なのだから甘んじて受け入れなければならない。己の無知の責任は、自らの絶望を以って報いられるべきなのだ。まあ、だからと言って幼い少女たちに後戻りできない契約を都合良く提示する存在の善し悪しが変わるわけでもないが。「もしも願いが叶うとしたら、今のキュウべぇなら何を願う?」ぼんやりとした思考のまま、気付けば暁美ほむらはラボのソファーに座っていた。すると横からインキュベーターに対して問いかけるまどかの声が聴こえてきた。フワフワした気分、まるで夢の中にいるような感覚のまま耳を傾ける。(まどかは、不思議な・・・・・・解りきった事を聞くのね)夢心地な思考であっでもすぐに思いついた。知っている、宇宙の延命だ。地球外生命体であるインキュベーターは感情を持たない。だから魔法少女になれない、だから奇跡によって願いを叶えきれない。あえて願いがあるとすればそれは世界の救済だろう。気に食わないが、その方法に納得出来るわけではないが彼らの望みは全宇宙の延命だ。大義だろう。正しい願いだろう。誰もが“それ”だけなら称賛するだろう。しかし少女の魂を犠牲にして世界に呪いを産み出す事を承知の上で、だ。それでも・・・全宇宙。一部の誰かではなく、世界のどこかではなく、この星だけではなく、この世全て、宇宙の全てを救う。壮大で傲慢な願い。どうしようもない事象に対抗するために、それこそ奇跡に頼らなければ回避できない『世界の救済』。それが彼らインキュベーターの願い。だから、もしもどんな願いでも叶うのだとしたらインキュベーターである彼らはソレを願うと思う。誰にも出来ないことを彼らはやり遂げようとしている。誰かの願いを奇跡によって叶えて、その積み重ねを持って巨大な奇跡とする。途方もなく長い時間と、無限にも思える繰返しを束ねて彼らは少女たちに呪われながら世界を救おうと・・・・・願いを抱くのだろう。感情を獲得できないその身で、感情を持てないまま、感情を理解できないまま“いつか”のために足掻き続けるのだ。そう思うと少しだけ彼らに同情なのかなんなのか、考えただけで悔しくなる何かを感じた。感じて――――「セガのハード事業部の復活だね!!」聞き捨てならない台詞が聴こえた。「セガって、ゲームのセガ?」「そうっ、いつも僕達に夢と無限の可能性を示してくれるSEGAだよ!」聴こえる声の感じから自分の隣にまどか、その隣にキュウべぇがいるのを感じ取った。しかし「SEGAだよ!」じゃないだろう。真横にいたら殴っていた。「そういえばキュウべぇってセガのゲームが大好きだよね」・・・?初耳だ。まどかが何を言っているのか解らない。そもそもあの姿でどうやってゲームを・・・?いや違う、そうじゃない。問題はそこじゃない。「もちろんさ。そしてハード事業部の復活を祈るのは全世界六十億人の信者の内の一人として当然の嗜みだよ」「新しい魔法少女候補との出会いとか、宇宙延命に関する奇跡を願うかと思ったけど・・・ちゃんと自分自身の願いをみつけたんだね」まどかの口調は優しげだ。まるでキュウべぇが自分自身の望む願いを見つけたことを祝福しているような声色。・・・・・・・違うんじゃないのか?それはもっと違う場面で使うモノじゃないのか?こんなバカげた流れでなぜ?「インキュベーターは沢山いるんだから2~5人ぐらいサボってもいいと思うんだ。知ってるかな、パレートの法則だよ」まて・・・・コラ、インキュベーター。「あなたは何をトチ狂った発言を――――!」意味がわからない、訳がわからない、ただあまりにもあんまりな内容の発言に夢心地な気分が霧散する。湧き上がるのは怒りか、沸騰した感情が体の奥底から溢れ出し、立ちあがっていた。そして信じられない台詞を吐いたキュウべぇに殺意を乗せた視線を向け――――。「 ・ ・ ・ ・ 誰 ? 」しかしその先にキュウべぇはいなかった。居るのはポカンとした顔のまどかと、その隣で同じような表情を浮かべる美少女だけだ。キュウべぇがいない。まどかの隣にいるのは金髪でグラマーな少女、多分高校生ぐらいだろうか。彼女はメガネをかけていた、自分がかつて使っていたメガネと同じデザインの紅いフレームのメガネ。彼女は誰だろう?見たことのない人物。手入れが行き届いていないのかぼさぼさだが、それでもまるで光を放っているかのような金髪をしている。その瞳は紅い。「うん?なんだか鳩がティロ・フィナーレを喰らった様な顔して、どうしたんだい?」どんな顔だろうか、鳩は木端微塵どころか塵芥すら・・・・キュウべぇの声が聴こえた。目の前の美少女からだ。彼女は立ちあがって自分を心配するような顔で近づいてくる。身長は私よりも高く、ピチッとしたジーンズとは対照的なサイズの大きいTシャツを着ている。元からのデザインなのか襟が大きく取られ、片方のタンクトップからスポーツブラの肩紐が見えていた。身長は私よりも高い・・・・・胸の大きさは私とは比べるまでもなく巨大だった。巴マミよりもデカイ。さすが高校生、これで中学生なら日本はもう駄目だ。しかしだ。そこにいやらしさはなく、化粧っけのない顔や少しボサボサの髪と相まって何故だろう、そのラフな印象が逆にどこか清潔感のようなものを自分に与えた。むむ?と顎に手を当てながら彼女は思案顔でほむらの顔を凝視していたが、徐にその手を伸ばしてこちらの頬に触れる。「ちょ!?」ビックリして体を硬直させてしまう。他人とのスキンシップには全然慣れない。そもそも自分の体に触れる人間自体が極端に少ない。他人と触れ合う機会なんて全然なかったから。突然の出来事に理解が追い付く前に優しく、慈しむように触れていた彼女の指先はしかし、頬を一気に横に引っ張られた。「むきょぶふ!?」「あっはっはっはっは!」自分の口から信じられない言葉が出た。原因の彼女は爆笑しているが、その手は未だに頬を引っ張ったままだ。もみょもみょと口元を玩具にされる。いきなりの事態についていけない。ほむらは彼女にされるがまま、ただ両手をバタバタと振り回し口からは奇声を発することしかできない。かつてない恥ずかしめに屈辱を覚えるよりも恥ずかしさが際立つ。「くッ、ふふ・・・・ごめ、なさいほむらちゃ、あはははっ」「ま、まどひゃ!?」そしてすぐ隣でまどかにも笑われたことで羞恥心のピークが来たのか、ほむらは無理矢理彼女の手を振り払い必死に虚勢を張る。そう、虚勢だ。自分が真っ赤になっているのは自覚している。何を言っても何をやっても誤魔化し切れないだろうが必死になって己の体面を取り繕うとする。まどかの前で醜態をさらしてしまったことが恥ずかしい。恥ずかしすぎて死んでしまいそうだ。ただ、この時にはすでにキュウべぇに対して抱いていた怒気は消えていた。羞恥心に上書きされたと言ってもいい、気付かぬうちに霧散していた。「な、なにをするのよ!」「えー、ほむらがボケてたから気付けがわりにこう、ね?」ぐにぐにと、再び頬を引っ張られる。「ほむむ!?」「たーてたーてよーこよーこまーるかいてちょんちょん」「ぷ、あははははははっ」「まひょらっ?や、ひゃめなひゃいよっ」ひたすら頬をいじくられる。抵抗しても文句を言っても目の前の美女は気にしない。その手を止めぬまま、笑いながらほむらを玩具にしていた。熱い、熱が顔だけでなく体中から溢れ出してきてクラクラしてきた。まどかに笑われていることもそうだが、こうして他人と触れ合っている事実がいっそう熱を産み出す。元より他人との接触不足の引き籠り体質だ。おまけに口下手で基本的に対人関係に関する対応は不足気味だ。繰り返してきた時間漂流で幾分期待できると思ったが強気に、かつ冷静に対応できるのは何度も接してきた同じ相手ばかり。一応、初対面の人間ともそれなりに・・・・・いや、冷たく突き放すか興味の無いように振る舞うことしかしていないので、やはり対人スキル、特にコミュニケーションスキルはかなり低いかもしれない。そんな人間はいきなりフランクに接されては困るものだ。対応しようにも普段の自分を知っている人物の前では変に緊張して何もできなくなる。「ひゃめ、ひゃめなひゃいっ」見知らぬ他人だ。おまけに女性だから下手に魔法を使って抗おうにも怪我をさせたら大変だ。まどかの知り合いのようだから手荒な真似はできないし、かといって玩具にされるのは悔しい。本気になれば抵抗できるのにできない、術も力もあるのに逆らえない。ならそれは貧弱な自分の意思が実行に移せない、自分の弱さが最大の要因・・・・・涙を浮かべそうになる。自分は悪くない、自分は何もしていない、自分は・・・・なのになんでいつも世界は暁美ほむらを苛めるのか・・・。「うーん?」ぐにぐにと、むにむにと、こちらの心境に気付くことなく頬で遊んでいた少女は首を傾げながら不機嫌な顔になっていく。それは勝手だ。その表情を浮かべていいのは自分のはずだ。決してお前じゃないと、ほむらは涙目で睨む。「ほむら」「ひゃに、よっ」わからない、しらない、なにも、そうおもって、そうかんじて、だけどなにもできなくて、そんな私に世界はいつだって――――「ちゅー」「ふぁ!?」「わ、わわっ?」いつだって、いや・・・・なに?え、なに!?「ちょっ!?ふぅ、ンン!?」「ん~」「わぁ、えぇぇぇッ?」ほむらはバタバタと両手を振って何らかの意思を伝えようとするが伝わらない。当たり前だ、相手は最初から気にすることなく接してくるし今は目を閉じている・・・・・唇を口を塞がれているから声も出せない届かない。何より私自身がどうしてほしいのか、どんな状況なのか把握しきれていないのだから伝えきれないのは当然だ。「むぅ、ん」「むっ、ンンンンッ!!?」「わ、わぁっ、すごい」まどかが恥ずかしそうに両手で顔を隠すが指の隙間からしっかりと覗き込んでいる。覗き見している。何がどうなっているのか、何故こんな状況になったのかは分からないし分りたくもないが、どうしようもなく世界は私に現実を理解させようとする。「んん、ちゅっ」「ほみゅうううううう!?」彼女の■が口の中に入ってきた瞬間、私の中にあった何かが終わった気がした。それでも気にすることなく行われる行為に、バタバタと振り回していた私の腕は次第に力を喪って気力と共に弱弱しく項垂れた。抵抗の意思も。「ぷはっ」散々吸って満足したのか、彼女はようやく私を解放してくれた。本当なら、まどかの目の前で初めてを奪った彼女に殴りかかりたかったが私は全身に力が入らずペタンと床にへたり込んでしまう。そして私が俯いて肩を震わし、まどかが真っ赤に顔を染めていると――――「どうだった?元気出たかな?」金髪美少女の彼女が陽気に声をかけてきた。「落ち込んでいるときは“こう”すればいいって教えてもらったんだけど良かった?」その言葉を文面通りに、かつ友好的に過大解釈して受け取れば彼女は一応、信じられないことに私を気遣ったということになる。「僕自身はまだ良く分からないけど、それなりに練習したから大丈夫だと思うんだ」へたり込んでいる私の視線に合わせように、彼女はしゃがみ込んで私の肩に手を置いた。「どうかな、少しは元気出た?」私を心配するかのように、そして少し不安そうにしながら彼女は訊いてきた。「起きてからなんか変だし、僕のこと知らないみたいに振る舞うし」俯いていた視線を少しだけ彼女の方に動かせば意外なモノがみえた。「ねぇ、ほむらはもしかして僕が誰か分からないのかい?」悲しいのも傷ついたのも訳がわかんないのも私なのに、まるで彼女の方が悲しそうに、酷く傷ついたようで、訳がわからなくて泣きそうな顔をしていた。まどかに情けないところを見られ初めてを奪われたところも見られた。いきなりで泣きだしたいのに、何故か自分の方が悪いことをしたかのような罪悪感がある。まず間違いなく私は悪くない、被害者は私だけで彼女は何も被害を受けていない。それが絶対だ。(なのに、どうして私は・・・)「ねぇ、ほむら・・・そんなこと、ないよね?」好き勝手に我が儘に私を弄った相手だ。泣こうが傷つこうがかまわないはずなのに、どうしてか罪悪感が拭えない。むしろ彼女に対し私がとった行動は決して褒められるものではないと、絶対にやってはいけないものとして私の心に楔を打ち込んでいる。泣かせてしまった。目の前にいる少女に吐いた言葉ではなく、抱いた感情でもなく、『知らない誰かに接するような態度』をとってしまったから、私は彼女を深く傷つけてしまった。その痛みを、その悲しみを私は識っていたのに。自分だけが知っている知識、記憶、思い出、それらを共有することも出来ず理解もされないのは酷く辛い。深く重い。大きく冷たい。自分は覚えているのに相手は何も覚えていないというのは予想以上に悲しい。確かにあった時間を、確かにあった想いを無かったことにされたようで、否定されているようで、何よりその記憶の全てが自分の勘違いだと――――そう自分を納得させるために騙してしまいそうになって軽く死にたくなる。そのことを自覚したら、してしまったら弱い自分が出てきて動けなくなる。立ち直るのには時間がかかる。長時間ではないが、すぐには無理だ。それだけ忘れ去られるという行為には■■が付与する。世界中でたった一人になってしまったかのような孤独を感じる。だって本当に独りなのだから、間違いなく、世界で独りぼっちなのだ。誰にも理解されない、本当の自分を見てもらえないというのは―――――「思い出してよ・・・」だから彼女のしようとしている行為を私には止めることは出来ない。それは突然の状況に混乱しているのも原因だろうが、それ以上に彼女をこれ以上悲しませてはいけない、悲しませたくないと思ったからだ。その感情の出所が“いつ”の私が抱いたのかは不明だが、それを考える思考を今の状況で得ることは出来ない。もちろん“それ”をしたからといって私が何かを想い出すとは限らない。しかし少なくとも彼女がそうすることで少しでも泣きやんでくれるなら、少しでも悲しみを癒せるなら、彼女が“それ”で私が何かを想い出してくれると願っているのなら、私は受け入れようと思った。ゆっくり近づけて、吐息を交換するように合わせて、その紅い瞳の少女を思い出そうとした。私は彼女のことを想い出したい。だけど、『知らないふり、見ないふり、感じないふり、そのせいで全部が手遅れになった』まるで責めるように、誰かの声が聴こえた。『繋がっていたのに、信じてくれていたのに、そばにいてくれたのに』この想いと感情は何処からくる?何処から来た?記憶は?いつからだ?何が原因で思い出そうとしている?何をしたから思い出そうとしている?原因は?切っ掛けは?異なる世界線を、経験していない世界線を観測できた方法は?『いまさら・・・もう全部が手遅れなのに』深く沈んだ声で、その声は心の奥底まで届いた。自分の中にある黒い何かを鷲掴みにされたような心底嫌な気分に襲われた。自覚してはいけない、認めてはいけない、向き合ってはいけない。それを観測してはいけない。まだ回避できる可能性は残っている。「ほわぁ、なんかドキドキするね」―――バツンッ「ッ!?」まどかの声が聴こえて、何かとの接続が途切れたことで少しだけ冷静になった頭がある事実に気付いた。「ん、え・・・?」それどころじゃないのに、それを完全に思考の隅に、思い返すことも馳せることもできずに、それに比べればどうでもいいことに気付いた。「・・・・・・・・・・・」紅い瞳?「でも、ほむらちゃん本当に大丈夫?いつもなら嫌がるのに・・・・・まさか本当に忘れてるの!?」いつもってなんだろう。まさか忘れているだけで私は彼女と毎日こんなことをやっているのだろうか?そんなはずない。たぶん嫌がる私に彼女が無理矢理な感じでのはずだ。そうであってほしい・・・・・・だって紅い瞳だ。「えっと、それでど、どどどうかな?どんな感じだった?」やや緊張した面持ちで、まどかが両手を握りしめながら真剣に訊いてきた。それは私に記憶が無いことか、それとも単純にその行為の感想か。しかし・・・ちょっと待ってほしい、いや無かったことにしてほしい。何をと言われれば全て、何がと言われれば全部。目の前の彼女は紅い瞳をしていた。とても特徴的だ。その色の瞳をしている存在をよく知っている。「ど、どうだった?」「うーん・・・・ほむらとはじっくりしたことなかったから期待したけど、やっぱ分かんないや」まどかは私だけでなく彼女にも問う。記憶の有無ではなく、行為の感想だろう。または――――感情についてか。真実に気付きつつある私に気付くことなく、紅い瞳の彼女は先ほどとは違って、ついさっきまで悲しんでいたのが嘘のように、私の頬で遊んでいたかのような最初の無邪気さで何やら考え込んでいた。その豹変ぶりに先ほどの泣き出しそうな顔は演技か、と疑ってしまう。そうなのだろうと思ってしまう。彼女が奴なら納得できる。その声を、私はとてもよく知っている。ただその声の張りには感情が乗っていて、そのこともあってその可能性を無意識に排除していたが、彼女の正体はまさか・・・・。「まさか、あなた・・・・」「思い出したのかいほむら!?」まさかとは思うが、絶対に違ってほしいが、本来の姿を知っている以上目の前の存在は違うはずだが、その声と瞳の色は否応なしに彼らの姿を脳裏に思い浮かべてしまう。忘れようもない宿敵の姿を。宇宙からの来訪者。感情を持たない魔法の使者。紅い瞳をもち少年にも少女にも聴こえる声の持ち主。世界を、宇宙全体を救うために星々を渡るモノ。希望からの絶望、その相転移エネルギーをもって運命に挑むモノ。誰よりも大きな望みを抱きしモノ。誰よりも多くを守ろうとするモノ。「あなたは・・・」「きゅっぷい!やっぱり愛は偉大だね!」サムズアップした彼女は嬉しそうに宣言した。「魔法少女のサポート役にしてマスコット!ラボメン随一の癒し担当キュウべぇさ!」顔を輝かせ満点の笑顔を浮かべる巨乳美少女、その正体はインキュベーターキュウべぇ。ほむらのファーストチューだけでなくセカンドチューまで奪ったのはインキュベーターキュウべぇ。宿敵であり、暁美ほむらにとって何度時間を繰り返そうと変わらず重要な関わりのある存在。どの世界線でも、どんな世界線でも、必ず出会い必ず言葉を交わすモノだ。ならば、だとすれば、暁美ほむらのやるべき事はただ一つ。「―――――・・・・・・・・ええ、殺すわ。ちょっと動かないでちょうだい」ほむらは躊躇いなく、その両眼を潰すために全力全開の魔力強化を己の右手に施し―――――眼潰しを放った。■違和感。それは大まかにだが、大雑把な考え方だが少なからず疑問や不安を抱く。それが普通だ。だからこそ、そこにさらなる違和感が介入すれば混乱が生じる。杏里あいりの場合、違和感を抱いて、その異常さに気付きながらも無視した。無視できた。鹿目まどかの場合、違和感を抱いて、だけどそこにあるべき疑問や不安を抱かなかった。抱けなかった。異常で、不気味なはずなのに、受け入れた。受け入れられた。不思議で、不可思議なはずなのに、受け入れた。思い出そうとしていた。不可思議な出会いと別れを。想い出そうとしていた。当然のように偶然と必然を繰り返していた物語の記憶を。それが出来ていたなら、きっと何かが変わるはずだった。今もこうして変わり続けているのだから。その結果が、今が、どの方向に進んでいるのかは分からないけれど。何かを変えるきっかけにはなっていた。話を聞く、話す、確かめる。それが出来ればよかった。いつも、どの世界線でもそうだった。いきなりだった。「・・・ぅ・・・ん」「うん?なんだ起きたのか、でも時間までは休んでいたほうがいいぞ」金髪の少女は黒髪の少女を気遣うように声をかけた。「・・・・ああ違ったわ」「へ?」「動いてもいいけれど―――――動くと危険よ!!」何を言っているのか分からない。寝ぼけているのだろうか?そう思い、金髪の少女が少しだけ顔を寄せたらいきなりきた。殺気というか殺意が来た。下から、と感じ取ったときには魔女退治の経験から培った回避行動が無意識に自動的に発揮された。「おうわああああ!?」数十分前に簡単な手順で作られた温かいスープと、さりげなく出された『芋サイダー』の両方を食した結果、気絶するかのように倒れたほむらを介抱していたユウリ(あいり)は突然の眼潰しを寸でのタイミングでかわした。魔力を帯びた指先が眼前を通り過ぎていく際に前髪をチッ、とカスっていったのは冷や汗ものだ。ぐったりとしていて、ベットに寝かした所までは大人しかっただけにビックリしたユウリは本気で叫び声をあげてしまった。「あぶッ!?危なかったって首が痛い――――やぅん!?」あいりはただメガネをかけたままでは寝苦しいと思い、ほむらの頬付近まで手を伸ばしただけだ。なのに視覚の死角、下からの眼潰しとはなんなのか。一応、首を後ろに反らすことでかわしたがグキ、と嫌な音が聴こえた。しかも追い打ちをかけるように起き上ったほむらにマウントをとられてしまう。気絶していた人間に一瞬で床へと組み伏せられたのだ。「え?へ?なんで?」あいりは突然の奇襲に驚いて、あっという間に組み伏せられた状況だ。「よしっ、捉えた!」「うにゃあああああああ!?」ほむらの顔からメガネが床に落ちる。それと同時に、三つ編みを解くと地味子から美少女に変貌をとげた少女からの再度の眼潰しをあいりは両手で受け止める。馬乗り状態からの振り下ろすような眼潰しだ。体制と勢い、実行する勇気と覚悟、躊躇いの無さと容赦の無さから放たれたそれは必殺の一撃だ。ガシィッ!と効果音が聴こえるほどの攻防がそこにはあった。「あれ、何してるの二人とも?」あと数ミリで指先が眼球と接触しそうな体制の二人に、折り畳み式ベットの傍で縺れるようにして重なっている少女たちに、天井の穴をビニールシートで塞ぎに行っていた鹿目まどかが声をかけた。この状況になった原因は彼女だ。彼女が原因だ。鹿目まどかがきっかけだ。まどかは岡部達が出かけた後、心身ともに疲労していたほむらがユウリの差し出したスープを美味しそうに頂いていたのを見て冷蔵庫に残っている『芋サイダー』を100%の善意からそっと・・・・・・そして今に至る。「大丈夫ほむらちゃん?急に倒れたからびっくりしちゃった」「・・・・・・・まどか?」原因が己にあるとは微塵にも思っていない少女と、いつの間にか危険な飲み物(?)をコップに注がれてしまい気絶してしまった少女は見つめ合う。ほむらは嫌な汗が頬を伝う感触とぼやける視界に映るまどかの服装がさっきと違うことに違和感を抱き、そこにきてようやく夢だったのだと気付いて安堵した。悪夢は去った。そう思い力を抜けば下ろした左手に柔らかい感触が来た。「ひゃう!?」「・・・?」自分の下に金髪ツインテールの少女がいた。「あなた・・・・何をしているの?」「ユウリちゃん。ほむらちゃんは疲れているみたいだから遊ぶのは後にした方が・・・」ほむらとまどかは何故かガッチリとほむらの片腕を掴んでいる少女に嗜むように声を投げた。だから疲れている相手を気遣って温かいスープを作り、さらに気絶した少女をベットに運ぼうとした(正しい)善意の行動を唯一行っていた彼女は抗議の声を上げる。「ちょっと待て・・・・・なんっっっでアタシが責められてるんだ!?」常識人はいつだって損をする。飲み会で酔った相手の世話、暴走する周りのフォロー、生きていく上で真面目で素面な人間はいつだって損をする。今だって気絶した奴をベッドで休ませようとしただけなのに、とんだ貧乏くじである。「落ち着いてユウリさん。とりあえずこの態勢はまどかに誤解される可能性が万分の一は含んでいるとも言えるので速やかに解消したいのだけど」「なら退けよ!お前が上なんだからなっ、私は押しつぶされた方だからな!」「・・・・・まるで私が貴女を押し倒したみたいじゃない。誤解される言い方はやめてください」「事実だよ!他にどんな要因でこの態勢になれると思ってるんだ!」「気絶していた私を上に乗せて既成事実を」「アタシにそんな趣味はない!!」「ごめんなさい」ほむらが脳内に思いついた予想を口にする前に謝ってきたので、あいりはとりあえず許すことにした。台詞の続きが気になったが、きっと聞けばキレる可能性もあるので良しとする。相手は『芋サイダー』のせいで精神に異常をきたしていたんだと、自分の器の大きさは素晴らしいと無理矢理ポジティブに己を慰める。罵倒し殴り倒すことは容易だが、それをやろうとは思わなかった。自分でも不思議に思えるほどに彼女たちのことを気に入っている。少なくても混乱しているのなら多少の暴言は聞き流してやるレベルには、心を許している。信じられないことに、たった数日の、それも会話すらまともにしたこともない者に対してすらそうなのだから驚いたと同時に・・・・気味が悪いというのか、不気味だった。「・・・・くそ・・・っ」どうしてだろう。彼女たちの事を放っておくことが出来ない。無視することが出来ない。まるで数年来の付き合いがあるように、まるで飛鳥ユウリのように自分の中で彼女たちの存在が大切なものとして――――――だからコレは『異常』だ。自覚したのはついさっき、今日だが・・・・・予兆としては、原因としてはたぶん昨日の“アレ”かな?と、あいりは予測を立てているが確証はない。結局アレがなんなのか、よくわからないから。ただ、それのおかげで目の前の少女たちのことを気にかけるようになったと、あいりはそう判断した。それが善いことなのか悪いことなのかまだ分からないけど。「ユウリさん、私にはまどかがいるので貴女の想いに答えることはできません」「丁寧口調で何言ってんだお前は!?」」しかし気を使った結果がこれである。「ほむらちゃん喉乾いてない?よかったらどうぞ」「ええ、ありがとうまどか。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おいしそうな琥珀色ね。い、いただくわ」いかに摩訶不思議飲料を口にしたからといっても言うことにおいてそうくるとは思わなかった。怒っていいはずだ。相変わらず馬乗りのまま何をトチ狂ったのか壮大な誤解をしているメガネ女と、この混乱の原因になったドリンクを再び飲まそうとしている悪魔な女に怒っていいはずだ。元より魔法少女になってからはキレやすい性格になったと自己分析している。よくもまあ・・・もったほうだろう。ここ数日の出来事で丸くなってしまったと危惧していたが心配はないようだ。あいりは復讐者。あいりは残虐な魔法少女。あいりは目的のためならば他者を巻き込むことを是とする悪党、あいりは―――――「ってぇ!!?それ飲んじゃ駄目だろもおおおおおお!!?」それでも復讐者のまえに、魔法少女のまえに、杏里あいりは世話焼きな女の子だった。生来の性格はそうそう変わることはない。確かに気分が高まると危険志向なハイテンションになるが、それもまた嘘偽りのない杏里あいりの確かな性格だが、だからと言ってそれが全てではない。あいりの伸ばした手は届かず、ほむらは『芋サイダー』を己が口に注いだ。なんかもう捧げた、と表記した方がいいかもしれない。「むぐ!?」「いわんこっちゃない!ペッしなさい、ペッっ!」あいりは忠告する。なんだかんだ相手の事を思っての言葉だ。しかし、まどかからの物なら本能が警戒を訴えても手に取るほむらは芋サイダーを再び無理矢理口の中に流し込んで―――苦しそうに顔を歪める。案の定と言うか予定調和と言うべきか、新たな味覚への開拓に挑戦しつつも散っていった味わいは混乱した脳にもダイレクトにアタックしたようだ。「おかわりは沢山あるから遠慮なく言ってね?」「っ!?い、いただくわ!」「なんでだよ!?飲むな飲ますな止めろよお前ら!!」しかしまどかは笑顔で新たな悲劇を注ごうとするし、ほむらは何故か覚悟を決めたような表情でそれに受けて立とうとする。あいりはそれを必死に止めようとするが、まどかは誰も飲んでくれない自信作を飲んでくれることが嬉しくて、ほむらは親友の手作りならと変な方向に意地になり、結果的にあいりの言葉は届かない。いや届いてはいるが、聴こえてもいるが嬉しさと意地から止める様子はなかった。「・・・・・いざ!」「なんで覚悟決めてまで飲もうとするんだよ!?やめろ駄目だってばっ、おまえは疲れてるんだから無茶しちゃダメだろ!」「フッ・・・なんのことだか分からないわ・・・」「ウソだよ!!痛みを抱えながらも強がる男の顔してるよ!」そんな表情を浮かべる暁美ほむらだった。「大丈夫だよユウリちゃん。私の『芋サイダー』を飲めば一発で体調も気分も回復間違いなしだよ」「その自信は何処からやってくるんだ!」「えへへ、実は材料に■■■と■■を■■して■してから混ぜているから滋養に抜群なんだぁ」ウェヒヒ、と、はにかみながら語る彼女は頬に手を当てて恥ずかしそうにする。その仕草は大変可愛らしかった。が、ほむらは硬直し、あいりは何も言えなくなった。「・・・・え、その材料でどうやって作れたの?」「私の舌で華々しく散っていく味はダークマターの産物ではなく、その辺のスーパーで手軽に買えるの・・・?」日本の食文化が末期に突入したのかと不安にもなるが、きっと奇跡の産物だと思いたい。「“いっぱい”あるから遠慮しないでねっ」「・・ぇ・・・・・」「・・・ぅ・・・・」覚悟を決めた人間はときに限界以上の行動を、結果を起こすことが出来る。「飲むのか・・・」あいりが神妙な面持ちで、まどかには聴こえないように問えば・・・・ほむらは頷いた。「いいのか、確かに組み合わせは市販のものだけど・・・・・」「そして、まどかの愛情ね。それだけあれば是非もなし、よ」ふっ、と遠くを見るように微笑んだほむらの横顔は覚悟を決めていた。彼女は一気に飲み干す。そして「きゅぅ」暁美ほむらは倒れた。「言わんこっちゃない!」力を失い倒れ込んできたほむらを、あいりは支えながら叫ぶ。「あれ?ほむらちゃんまだ疲れたのかな?」「現実を直視しろよ!」「気付け薬に『芋サイダー』!」「なんで追い打ちかけんだっ、止めを刺すな!!」「きっとチャージが足りなかったと思うんだ」「もう十分だからっ、限界だから!」あいりの強い言葉にまどかはションボリと、しかし気を失っている人間に無理矢理飲ますわけにはいかないのでしぶしぶ引きさがる。しかしボトルの底に残った濃度の高い『芋サイダー』は起きた時に飲ませてあげようと思い、ほむらの使っていたコップに移して冷蔵庫に保管した。その様子を“しっかりと見届けてから”あいりは倒れたほむらをベットへと放り投げた。やや乱暴だが先ほどのように眼潰しは嫌だし忠告を無視して危険物を口にした輩に対する抗議のつもりだ。「あー・・・・・もう、なんだかなぁ」あいりには鹿目まどかと暁美ほむらの関係はよく分からない。巴マミも美樹さやかのこともそうだが・・・・・共通していることは、あいりにとって彼女たちは『知らない人』という事項だ。だから当然分からない。あんな摩訶不思議なドリンクを創れるまどかも、例え危険と分かっていても彼女の作ったものなら受け入れようとするほむらの心情も・・・分からない。だけどそんな二人のために、こうしてラボに留まっている自分のことが一番分からない。他人なのに、“まだ他人のはず”なのに世話を焼く自分の心情が分からない。「・・・・・・」あいりはボスッと乱暴にソファーに座って周りを見渡す。一昨日の夜に初めて訪れた場所、未来ガジェット研究所、狭くて騒がしいところ、いきなり与えられた居場所。何故だろう、どうしてだろう。昨日までは“そう”じゃなかった場所なのに、ここはまだそう思える場所なんかじゃないはずなのに、あいりにはここが、この場所が、この位置が、この時間が―――――とても懐かしいと、そう感じた。だからだろうか、それに引っ張られる形で彼女たちの世話を焼いてしまうのは、放っておけないのは、一方的な親しみを感じてしまうのは・・・あいりには分からない。最初は魔法少女になってから初めてまともに接してくれた人間がいて、親友のことを想っていてくれて、自分にも優しくしてくれて、居場所まで与えてくれたから気が緩んでいるだけかもしれないと思ったが、やはり違和感が拭えない。これは異常だと思ってしまう。嫌な気分だ。この場所にいることがじゃない。こんなにも心地よいと思えるのに自分は異常だと感じていることが、嫌な気持ちを生んでしまう。せっせとほむらに毛布を被せているまどかを尻目に、あいりはソファーに寝転ぶ。目を閉じれば眠れそうだ。(・・・・やっぱり安心している)ほぼ初対面の人間しかいないこの場所で、復讐者としての自分を忘れていない杏里あいりが安心しきって身を晒そうとしている。ここにいるのが岡部倫太郎ならまだ分かる。話もした、共通の知り合いがいた、ある程度の理解を、心境を昨日の戦闘の後に共有した。だから相手が岡部倫太郎ならギリギリで分からなくもない。なのに、なんで彼女たちに対しても心を許しているのか分からない。その思いは、この想いは何処から来たんだろう?「ねぇ」「え、なにユウリちゃん?」「・・・・」「?」横になったままのあいりにまどかは首を傾げるだけで―――その仕草は、この光景はいつか何処かであったような気がすると、あいりは思った。そんなはずはないのに。こういった現象の事を確かデジャヴと言ったかと緩んできた思考で漠然と―――――「ユウリちゃん?」くしゃりと、まどかに髪の毛を撫でられた。声をかけてきた後は黙ってしまったあいりに、気付けばまどかはしゃがみ込んで視線の高さを合わせていた。まどかは無視された事に対し気分を害した様子はなく、ただあいりの様子を気遣っているだけで、あいりはまだ知り合って間もない相手に髪を撫でられることに抵抗は皆無で「・・・ん」と、気持ち良さそうに目を細めただけだった。分からない。解らない。あいりには何も、どれも、それもこれも何もかもが理解できないまま髪と額に感じる指先の感触に身と心を委ねてしまう。心の奥底では警報が鳴っている。酷く小さな、鳴らす意味も価値もないそれを無視する。親友の話を聞ければすぐに去ろうと思っていたのに、この場所から離れたくない。付き合う気なんか微塵もなかったのに、気付けば世話を焼いている。他人のはずなのに、守ってあげなきゃと思う。知らないはずなのに、彼女たちは相変わらず優しいなと思い出す。分からないはずなのに、彼女たちのことを想い出す。「・・・ん」「眠いの?」「うん・・・・・・まどか」「なに?」「ごめん、ちょっとだけ―――――眠るね」このとき、岡部倫太郎も見たことのない優しく微笑んだ彼女を、まどかは初めて見たような気が―――――しなかった。岡部倫太郎ですら、まだ観測した事もないのに。杏里あいりは何処かの世界線での記憶を微かに思い出していた。原因は観測されたから。観測者に観測されたから引っ張られた。切っ掛けは昨日のNDだけど、その可能性を岡部倫太郎は危惧していたけれど、今回の件はさすがに予想できなかった。岡部倫太郎は過去に杏里あいりとは出会っていない、関わっていないから。観測者は岡部倫太郎だけじゃない。ファーストミッション。オペレーション・フミトビョルグ対象者 杏里あいり ミッション放棄「ユウリちゃんも疲れてたのかな」視線の先で寝息をこぼす少女に薄めの毛布をかけながら、まどかもまた違和感に襲われていた。不思議と言うか、不可思議と言うか、自分が今をこうも落ち着いていられることに違和感を抱き、まどかは首をかしげるのだ。気付いたのは一人で天井の穴を塞ぎに行っているときだ。恐ろしい魔女と二度も遭遇したのに暗い場所で一人になることが出来る。それ以前に部屋に閉じこもることもなく笑い、騒ぎ、変わらぬ日常を過ごしている。それに『ほむらが魔法少女だった』事実にさして動揺していない。一昨日からキュウべぇがそれとなく言っていた気がするし、実際に変身した姿も見たので――――決してほむらの事を疑っているわけでも気味悪がっているわけではないが、しかしそれにしては自分は余りにも落ち着いている。まるで、その姿が普通であるように受け止めている。『見覚えがあるような気がした』異常としてはそれだけで十分なのに、さらに違和感がある。その『見覚えがあるような気がする』暁美ほむらは、魔法少女に変身した暁美ほむらは“あんな姿だっけ?”と、そう感じたことを思い出してしまったのだ。屋上の穴をビニールシートで塞いで、暗くて誰もいない三階の床を塞ぎながら、ふと思い出したのだ。想い、出した。マミの後を追って屋上に来た時に幼馴染に説教する傍らで視界に入っていたはずなのに気にしなかったことを、マミに支えられているほむらの姿が変わっていたことにさほど気にしなかったことを、その時は気にしなかった事を。気にしたのはぐったりしている彼女の体調と―――変身したほむらに、変身した事で変わってしまったほむらの服装にではなく、ほむら自身に違和感を抱いた。暁美ほむらの変身した姿、変身した彼女は、魔法少女の暁美ほむらは“メガネをかけていたっけ?”。彼女の長くて綺麗な髪は“ストレートだったはずじゃ?”と、そんな姿見たこともないはずなのに、“今はメガネをかけている時期だからだ”と、変に納得していたことに、そんなすぐに忘れてしまう程度の違和感を、あの時に感じていた事を思いだしてしまった。「ほむらちゃんが魔法少女になった・・・・ううん、思い出したって言ってたけど、それには驚いたけど私は・・・・」納得というか、理解と言うか、それとは違うけど、言葉にするのは難いのだけれども―――――――だけど“しっくり”としたのだ。パズルのピースがカチリと当てはまるように、文章の空欄に、方程式の真ん中に当てはまるように、その事実が、暁美ほむらが魔法少女という答えが正しいように――――「変・・・・だよね?」“だからこそ彼女の姿に違和感を抱いた”。それが一番の問題なのだ。違和感は違和感でしかない。思いすごしや気にしすぎ、思い違いや気の迷い。そのはずなのにその違和感にさらに違和感が付属してしまった。抱いた違和感に追加で違和感。気にならなかったのは、それを当然のこととして認識していたから、認識する必要もないほど小さな思いだったから。抱く必要が、感じる必要がないほどの――――――。「うーん、私どこかで・・・・・ほむらちゃんと会ったことあったのかな?」考えれば考えるほど抱いた違和感はその小ささから薄れていき、ループする思考が考える事を放棄しようとする。問題が難しいだけではなく、考えるほどの悩みではないと判断している。だから不思議で、不可思議。気になるはずなのに、気になってもいいはずなのに放置している。こうして考えている振りをしているが答えは出ないし理解も出来ない。間違っていない、矛盾はない、だから悩めない。だから・・・・・・だから?「ユウリちゃんも・・・・・はじめまして、だよね?」だからこうして―――何が、“だから”なのか―――それを結局放棄して別の事を考える。「私はユウリちゃんと出会ったばかりだよね?」暁美ほむらとは違い、考える事が出来る程度の違和感を与えてくれる少女の事を。どちらも重要で、異常なのはきっと暁美ほむらのほうなのに、まどかはあいりの方を優先に考えた。ほむらの方は無意識に、抱いた違和感を当然のこととして、普通の事として、当たり前のこととして、思考の片隅に、それこそ偶々視界に映った一つの風景程度の認識で考える事を放棄した。「・・・・・・・」そして一旦、考えるのを止めてしまうと考える事はあるはずなのに、ほむらもユウリも寝てしまったことで心細くなってしまって思考を完全に別の事に切り替えてしまう。それこそが一番の違和感なのだが、やはりそれゆえに霧散してしまう。してしまった。「えっと、どうしようかな?」なんだか寂しい。――――恐怖に震えるよりはだいぶマシだが、それでも自分以外は寝ていて、食器の片付けもお洗濯物も既に終わっているのでやる事がない。部屋の掃除は寝ている二人の安眠妨害になるので論外だ。新たな味覚の開拓に挑戦しようにも材料はすでに加工されていて・・・・やろうと思えばできるが、せっかくユウリが作ってくれたのを無断で使用するのは気が引ける。ではどうしよう。さてどうしよう。ソファーはユウリが、ベットはほむらが使用している。だから座布団を敷いてちょこんと座り、テーブルに飲み物(麦茶)を置いて・・・・・・さて、やる事がない。パソコンはあるが電源を入れる気にはなれず、ならば思考は先ほど抱いた違和感について考えようとするがループするばかりで、どちらかと言えばマイネスな雰囲気になりそうなので無理矢理別の事を考えようとする。「オカリンたち、はやく帰ってきてくれないかなー・・・・」寂しそうに、心細そうに、まどかは呟いた。違和感を放置したまま、違和感が消えるまで。■確かに岡部倫太郎には許容限界を超えた『執念』を抱き続ける精神力はあるが―――――――――岡部倫太郎に『勇気』は無い。かつてはあっただろうが、今の岡部には無いだろう。他人のために血肉を削るのも、異形の魔女に立ち向かうのも、先の見えない可能性に挑むその姿にも、外野からみれば英雄のようにしか見えない勇気は、やはりただの狂気でしかない。だからきっと、その『執念』を奪ってしまう事は、その感情を産み出す目的を失ってしまったときには鳳凰院凶真の世界戦漂流は終わりを告げることになる。逆にいえば目的さえ失わなければ彼の執念の炎が燃え尽きる事はない。誰もが死んでしまっても、ただ一人になってしまっても、裏切られても失っても彼は諦めることなく挑み、抗い、戦い続ける。顧みず、振り返らず、失い続けていく。きっとその先には幸があると信じて、彼女たちが生きていける未来を模索し続ける。それはエゴであり、自分勝手な自己満足で、世界中にいる不幸な誰かのことなんか眼中になくて・・・・・それでも世界線を渡り続ける。感情が摩耗しても色あせても、凍っても傷ついても、壊れても此処にいる観測者は諦めないだろう。その負荷がどれだけ巨大でも、その絶望がどんなに深くても、自分で選んで勝手にやっているのだから―――それを応援し支えてくれる存在にいつだって彼は感謝してきた。彼を助け理解してくれる人たちは、そんな彼を知っている人たちは、信じている人たちは、いつか必ず彼なら世界の定めた決定を覆しパッピーエンドに辿り着くと疑わなかった。どんなに途方もない事でも、無謀な事でも、積み重ねて足掻き続けて条件を満たしていき、奇跡を超えたご都合主義よろしくな展開を引きよせて、いつか必ず、と。その過程でどんなに折れようと、砕けようと必ず立ち上がって皆を救うんだと、失わずに次に進めてくれると信じていた。岡部倫太郎は、鳳凰院凶真はその期待と祈りを絶対に無碍にしない。それこそ『 』を失おうとも、だ。勇気は必要ない、狂気があれば岡部倫太郎と言う存在は成り立つ。世界を覆す、神にも悪魔にも屈しない。しかし絶対はない。だけど永遠はない。摩耗しても色あせてもいい、凍っても傷ついてもいい、壊れてもいい、狂っても構わない。折れるだけならまだいい、砕けたところでなんとかなるが、感情が無くなってしまえば――――どうしようもない。諦めても死んでも『執念』は世界線を越えて繋がっていくが、根源にある感情がなければ意味をなさない。その想いを引き継いでも引き出さなければ意味が無い。あっさりと終わりを迎える。物語は幕を閉じる。しかし彼の人生には安息が訪れる。誰もが望まない結果を。彼が否定しながらも求めた結末を。皆が助かって、自分は死ねる物語を。■岡部は一人ラボに向かって歩いていた。「戦力は集まりつつある」物語が一気に加速していく。「ほむらの覚醒は予想外だったが問題は・・・」―――気を付けてください。未来視で分かっているだけの、その可能性のある人物や団体の名前です別れ際の話自体は短く内容もまた複雑ではなかった。聞いてしまえば誰にでもすぐに理解できる類のシンプルなものだったので繰り返す必要も、検討のための質疑応答の時間も特に必要はなかった。―――『双樹あやせ』、『双樹ルカ』、『神名あすみ』、『プレイアデス聖団』聞き覚えのない名前ばかりだ。これまでの世界戦漂流で一度も会合した事のない魔法少女達。『双樹あやせ』は昨日の晩、美国織莉子と呉キリカの二人を相手にして圧倒した魔法少女。キリカ曰く危険でぶっ壊れた魔法少女、織莉子曰く双子・・・の可能性のある魔法少女。話を聞く限り仲間にするには危険すぎるようだが、織莉子の予想通りの魔法少女だとしたら仲間にしたい。最悪、彼女が所持している複数のソウルジェム。肉体を失おうとも輝き続ける魂達――――それが“欲しい”。不謹慎かもしれない。確実に不謹慎な発言かもしれないが本音だ。言い繕うことも出来ない本音。死んでいないのなら、生きているのなら“使える”。十も二十もあるのならラボメンのみんなを前線に出さずに自分だけで対処できるかもしれない。『ワルプルギスの夜』は問題なく倒せるだろう。もしかしたら―――――――「誰も喪われずに・・・・・・」見方によっては最低な行いかもしれない。しかしだ、その可能性があるのなら考えてはおくべきだろう。想いだけでも力だけでも足りない現状、何度も失い繰り返してきた経験を持つ以上、綺麗事だけでは何もできない事を理解し受け止めるべきだ。大なり小なり既に犯罪行為には手を染めていて然程抵抗を感じない。戸籍の偽造、銃器等の窃盗、三号機による情報搾取、そこに魂と言う概念が結晶化した宝石を加える・・・部品として。今までのように。これからも年若い少女たちの魂をエネルギーにして戦う。もちろんタダとは言わない。そうであってはいけない。きちんと“交渉はする”つもりだ。拒絶されればFGMは、魔法と言う奇跡は岡部に何もしてくれない。ゆえに理解は必須、肉体を失った魂がどのような状態なのかは分からないがNDを使えば繋がる事は出来る。そうでなくては意味がない、そうでなくては使用できない、利用される事を了承し、協力してくれるのなら狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真は“彼女たちに再び肉体を与える事が出来る”。「当面の危険は『双樹』・・・・・双子の魔法少女か」別世界線でマミが双子の魔法少女と遭遇した事があると聞いたことがある。しかし織莉子の念話越しでのイメージで伝えられた双樹達の容姿とは違うので別人だろう。あやせが白い衣装、ルカが赤い衣装。昨日対峙したのはあやせの方らしいが未来視でルカの姿も確認済みだ。「戦闘・・・・・織莉子達を圧倒する力か」結局は武力、過去改変などの搦め手ではない直接的な力、現実的な力、魔法の力といえども力が主義主張を貫く夢もない話だ。一ヶ月後にやってくる超大型魔女にも武力を以って相対するしか手がない現状なのだから・・・魔法少女を相手に負けるわけにはいかない。とはいえ、美国織莉子と呉キリカのコンビを正面から圧倒できる存在にどうやって勝てばいいのか分からない。敵対すると決めるのは早計かもしれないが備えは必要だろう。向こうは魔法少女を狙っているのだから。「しかし単独で・・・・あの二人に力押しで勝つ相手に誰が立ち向かえるんだ?」呉キリカの速度低下。美国織莉子の未来視。同時に相手にすれば今のラボメンは太刀打ちできない。そんな二人の戦う意思を挫くほど圧倒する敵というのはまさに『シティ』にいる魔人クラスなのではないだろうか?現ラボメンが弱いわけではない。出会ってきた数々の魔法少女と比較しても戦力、特異性は他を圧倒している。現状のラボメンの戦闘能力は巴マミの質と量による砲撃。暁美ほむらの時間停止。そして飛鳥ユウリの親友―――――「あ」杏里あいり。初めて出会った魔法少女。ラボメン№05。二体の魔女を圧倒し多種多様な魔法を操る少女で呉キリカを相手に一歩も引かぬ実力と意思も持つ。一昨日の夕方に出会ったばかりだが関係としては良好だと岡部は思っている。あと目つきと口は悪ぶっているが基本的に純情でツンデレだと勝手に把握している。彼女のスペックがどの程度なのか、実力の底はまるで見えないが集団戦にも個人戦にも問題はなさそうで使い魔の召喚といった戦術も可能な、これまでにない可能性を秘めた存在。「彼女の協力があれば・・・・ほむらの件もある。もう一度真剣に協力を仰いでみるか」一度は断られた。命懸けの戦いゆえに無理強いすることはできない。彼女には自分だけではなくまどか達の命も救ってくれた恩がある。本来ならそれだけでも十分だ。だけど、もし協力してくれるのならとても心強い。彼女との出会いは可能性の分岐点だと思ってしまう。これまでと違うから、これまでと違う何かがあると。千歳ゆまもこの世界線にはいるのだ。かつてない好条件、うまくいけば過去最高戦力で『ワルプルギスの夜』の決戦へと至れる。魔法少女との関係も概ね良好だ。懸念の一つであった織莉子たちとも。それに、まだ飛鳥ユウリの死をこの目で観測していない。もしかしたらと――――夢想する。「あとはお嬢と上条か、危険には巻き込みたくないが・・・ラボにフルメンバーで集合できるんじゃないか?」全てがうまくいきつつあるからこそ、その後に来る悲劇に対する絶望はきっと深く重たく降りかかるだろう。だからこそ覚悟して挑まないといけない、恐怖するだけでは駄目だと鼓舞する。まだ杏子達とは合流していない、織莉子たちはまだラボメンじゃない、ほむらの様子も万全とは言えず未知なる敵もいる。だけど、それを理由に行動を止めない。気持ちは高揚してきている。油断も予断も許されないが、だからといって気持ちに蓋をする必要はない。嬉しければ、楽しければ笑い喜ぶべきだ。感情は魔法へと繋がるのだから腐らせる必要はない。「頑張ろう。次は神名あすみ・・・・やはり聞いた事はないな」ラボメンに関しては今後の努力次第、岡部はそう結論づけて思考を次に移した。「今回の世界線は本当になんなんだ?」嬉しい変化ばかりだから、それ以外の事にも今まで以上に対処しなければならない。前例がないだけに全てが手探りだ。もちろん、それが本来の世界の在り方だろう・・・・未知なる世界だから不安を感じるのはどうしようもない。既に敵対している未来を織莉子が観測した以上は戦闘も念頭に入れておかなければならない。「とはいえ、銀髪という特徴以外まったく情報がない。それに『プレイアデス聖団』」七人のメンバーで結成された魔法少女の集団。織莉子が観た未来では岡部が彼女たちと戦っている場面が観えたと忠告してくれた。問題はその未来がどの世界線の出来事なのかだ。初めのころは敵対ではなく仲間として、手を取り合ってあの『ワルプルギスの夜』に戦いを挑んでいたらしい。「つまり流れ次第では味方になる可能性が高い」それも前線で参戦することが可能な戦力として、だ。織莉子は酷く警戒していたが観測された以上対処法は考えられる。少し前までは好展開だったのだ。何が原因で敵対する未来に変わったのかを取り除けば巻き返せる。彼女たちに関しての情報はキュウべぇに問えば答えてくれるだろう。何かが起こる前に先手は打っておきたいが情報は前もって揃えておかなければならない。早計な判断と行動は悲劇へと一気に突き進む事を散々経験してきたのだから。「となると、やはり目下の問題は双樹という魔法少女になるのか?」恐らくラボメンにとっての最重要危険人物として考えていいだろう。「・・・・」しかし織莉子はこうも言っていた。「ほむら、か」―――暁美ほむらは貴方を殺します織莉子が冗談でそのような発言をすることはないのは分かっている。彼女が観たと言うのなら観たのだろう。その未来を、その結末を。それを否定する言葉を岡部倫太郎は持たない。知っているから。既に呪われている以上いつかは誰かに自分の居なくなった時の『後始末』をしてもらう必要がある。だから織莉子の未来視が観測したのがどの世界線なのかは分からないが岡部にとって“その未来はさして悪い物ではない”。まして、ほむらが岡部を殺す。岡部の最後を介錯する立場にいると言う事は少なくとも暁美ほむらはタイムリープをしていない。岡部が■■になっている時点で世界に留まっているというのは、もしかしたら未来を勝ち取った後の可能性が高いからだ。この考え方は周りに非難される。だから織莉子にも安心しろと無責任に確証もなく伝える事しかできなかったが『プレイアデス聖団』同様に悪いというよりも岡部にとっては良い知らせだった。キリカが独断先行してしまったが今後は控えるように織莉子ともども注意したので、この件に関しては後日相談するつもりだから後回しでいいと岡部は判断した。「・・・・・念のために『悠木佐々』についても考えておくか」今回、織莉子の“未来視には引っかからなかった魔法少女”の名前だが彼女の存在は岡部倫太郎にとって大きな意味がある。本来なら双樹達よりも岡部は優木佐々を警戒しなければならない立場だ。その理由を織莉子たちに聞かせれば即キリカあたりが動くだろう。彼女を排除してしまう可能性が有る。だから話さなかった。話そうにも詳しい事を岡部自身知らないので話しようもないが、関係だけは伝える事が出来たにもかかわらず岡部は伝えなかった。「魔女を操る魔法少女」天敵であり獲物、絶対的な敵対者である魔女を従える者。倒すべき敵の女王として君臨する少女。岡部倫太郎が関わることなく終わった少女、鳳凰院凶真が一度も会合しなかった魔法少女。彼女の現われたとされる世界線は今のところ一回だけだ。彼女は自分と関わることなく上条恭介や美樹さやか、志筑仁美と出会い全てを引っかき回した。そして――――「今回は殺されないように注意しなくては」自分を唯一■■■する前に殺して見せた魔法少女。関わりを持つ前に岡部は彼女に殺されたらしい。何も知らない。全ては後になって聞かされたから、だから岡部は彼女がどんな人物だったのか上条の話からしか判断できない。そもそも殺されたのに此処にいる矛盾。此処にいる岡部倫太郎には殺された記憶は存在しない。死んだら終わりなのだから、リーディング・シュタイナーで殺された未来を思い出すなら分かるが状況が違う。気付いたら全てが終わっていた世界線。上条恭介曰く確かにその世界線では・・・ようするに無かった事にされたのだ。■■の上条恭介と仲間たちの力によって。だから知らない解らない。実感も何もないのだから信じるしかなかった。ただ信じるだけの根拠もあったし“強制的に信じさせられた”のでどうしようもない。感謝だけだった、まだ終わらずに走れる事に。最後には何も出来なかった世界線だった。どうしようもなくて、だけど多くの物を手に入れた世界線での出来事。悠木佐々が存在した世界線。「上条には早いところラボメンになってもらおう」岡部は壊れている。実感がないだけで話したこともない相手だからと、関わり方次第で仲間にできると思っている。最初のイメージが悪くても付き合い次第で、解り合う事で手を取り合えると夢想している。佐倉杏子のように、美国織莉子や呉キリカのように。それを・・・・実感がなくとも自分を殺したとされる少女にまで適応しようとしている。いかに過去、殺し殺される関係であった魔法少女達と幾度も手を取り合ったとしても、『慣れた』の一言では決して乗り切れる類の物ではないはずなのに岡部倫太郎はそれを実行する。何度も殺されそうになった。何度も致命傷を負わされてきた。何度も殺意を刻みつけられてきた。だけど――――主観的には“実際に殺された事は無かった”。その前にタイムリープしてきたから。α、β、γ、Ω、χ。多種多様な世界線を観測し続けてきた。だからその中で殺された記憶、記録は確かに脳に刻まれている。リーディング・シュタイナーで思い出した事もある。だけど此処にいる岡部はまだ殺されていないのだ。死んだ世界はこの目で観測されていない。観測しようもない。ここにこうして生きているから。それを殺された。矛盾しているようだが確かに殺されたのだ。死ねば終わり。もう誰にも届かない、誰も助けきれない救えない。それを知ってなお岡部は解り合える可能性を模索する。自分を殺せる存在を、その結果を出した存在を認めているにも関わらず手を伸ばそうとしていた。岡部倫太郎は決して辿り着けない。自身を蔑ろにしている。周りの声を聞かず、口ではどう言おうとも自己の存在を下にして“諦めている”限り絶対に届かない。いつかの世界戦で、ほとんどの世界線で■■■が言うように、『諦めている』岡部倫太郎は存在できない。岡部倫太郎は『シュタインズ・ゲート』に辿り着けない。■上条恭介は普通の中学生だ。重度の鈍感でも異性に興味深々なお年頃の少年だ。何処にでもいる普通の男の子だ。魔法や魔女とは何の関係もない一般市民だ。しかし、既にわりと物語に重要な存在である魔法少女と予期せぬタイミングで早くも出会っていた上条恭介は車椅子に座りながら看護師から説明を受けていた。「これが外出許可書です。先生のサインの横にフルネームで名前と目的、外出期間を記入してください」「はい」上条は名前と外出期間をササッと書いて・・・・・・・数秒間、躊躇いながら目的を記入し看護師に許可書を返した。上条はリハビリこそまだ必要な状態だが車椅子を使えば移動は可能だし体力も回復している。長期間の外出や余程の外出目的でない限り受理されることは間違いなかった。「・・・・・・・・・・・・・・えーと?」「だ、ダメですか?」余程の外出目的でなければ、だが。「『幼馴染と研究所に行って英雄的ドリンクを処理しつつ白い地球外生命体とコンタクトを取って未来につながる発明を閃きに』ってなんですか?」「・・・・・・・なんなんでしょうね」自分で書いといてだが、そう書くしかなかった。そこまでしか幼馴染である少女の言葉を解釈できなかったのだ。こんな内容では許可が通らない可能性もあるが、それでもいいのではと思う自分もいるのでつい書いてしまった。ウソでも一時帰宅とか気分転換でもよかったろうに、つい、だ。(だって『英雄的ドリンク』って前回の『英雄的炭水化物な何かかもしれない』の同類だよね)わざわざ医療機関に運ばれる可能性を弱った体に強いるわけにはいかない。さやかとの約束を反故する気は全くないが防衛本能が自然と発揮されていた。一応、外出に関しては親の許可はもらっているので病院側としても問題はない。だから冗談として、いや本気に受け取とってもらっても困る内容の目的だが――――「まあ・・・・・はい、わかりました。では明日の朝食前にはお迎えの子が来てくれるんですね?」「許可通っちゃうんだ・・・」明日の我が身を思えば少しだけ後悔した。明日を無事に乗り越えられるように祈るしかない。「はい?」「あ、いえ・・・・・緊急時の電話番号を教えてもらっていいですか」念のための対策を手に入れた。「えーと、じゃあさっそく―――」そんなこんなで明日の予定は決まった。まず間違いなくこれまでの人生とズレる事になるが少年は何も知らず、しかし己の望み通りに関わることになる。上条は看護師が去った後扉を閉めて病室を見渡す。「片付けを始めようかな」そこには荒れ果てた己の病室があった。「結局暴れるだけ暴れてみんな帰っちゃうんだよなぁ」本気で朝っぱらから何しに来たのか解らない。「食べ物と飲み物はちゃっかり溢さず持ち帰っているのはさすがだけど、本棚を錯乱させているあたりは嫌がらせを感じるよね」その中にエロ本を混ぜているあたりクラスメイトの工作は侮れない。どれもが過激な中身を晒すように、かつ広範囲にセットされている。突然の来客があったら非常に困る場面だ。毎回こうなのだから狙っているとしか思えない。朝から散々な目にあったものだ。まだお昼前の時間、急げば昼食の配膳前には片づける事ができるかもしれない。ギリギリで、いやらしい感じだ、急がないと間に合わない配置。「・・・・・配膳してくれる人が若い新人さんなのを解ってやっているんだろうなぁ」もちろん女性だ。「・・・・・っていうか、これどうしようかな?」散らばった本を片付けながら上条は呟いた。「さすがに引っくり返ったベットは無理だよね」クラスメイトとスプリガン・・・・警備員の戦闘の際にトーチカとして活躍した己のベットは見事に引っくり返っていた。一時、悩むがすぐに無理だと結論を出した。車椅子、片手は動かない、ベットは巨大でかなりの重量・・・・・無理だ。絶対無理。たぶん全快時でもきついんじゃないだろうか?それなりの大きさと重さをもつ頑丈なベットだ。「いや・・・・みんなせめてコレは直そうよ。それに看護婦さんも何故にスルー?」ナースコールの選択しかないと上条が本来のベットがあるべき付近で所在なさげに放り出されているコードに手を伸ばしたとき――――声が聴こえた。一人っきりの病室で女の子の声。幼い声だ。下から、傍から、上条のすぐ隣からだ。くぐもった少女の声。上条は恐怖し伸ばした手を引っ込めた。ベットの下から手が生えてきたからだ。「ひっ!?」白く細い腕が絨毯の床を、その感触を確かめるように這う。距離を取ろうとするが左手が使えず混乱からうまく車椅子を操作できない。そうしている間にも腕は肩のあたりまで露出していた。ベットの下から腕一本が伸びている。上条が叫び声を上げる瞬間、肩から先が“にゅっ”と出てきた。花嫁衣装のケープを被った少女の首だ。息が止まるほど驚いた上条は――――――少女と視線があった。「ふぅ、おはようございます鬼畜変態ロリコンED野郎」「あ、なんだ君か」知り合いだった。「驚かさないでよ。なにやってんのさ、趣味?」ただでさえ疲労しているのに、と上条は驚いてしまったことも含め、ややウンザリした様子で声をかけた。そんな上条に対し、片腕と頭だけを引っくり返ったベットの下から出している銀髪の少女は幸薄そうな表情と声色でブツブツと言葉を漏らす。「ふ、ふふふ・・・・・・今まで存在を完全に忘れておいてなんたる鬼畜発言。ず、ずっとここにいたよ」「え、ベットに?いつから?」「昨日の、夕方から」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」上条は当たり前の如く昨日もベットでご飯を食べて着替えて寝た。彼女の言葉が本当だとすれば自分が生活するベットの中にずっと少女が声を出さずに存在した事になる。大きいと言っても一人用のベットでだ。想像するとちょっと怖い。「こ、ここに隠れてろって言われたからそうしたのに連絡はっ、な、ないし別の女連れてきて、あたしがいるのにベットの上でエロエロして――――」「してないよ!」「その後どっか放置して行くし、ゆ、夕飯になってもご飯もくれないしっ、あ、あたしがいるのにあの女と寝るし」「いたんだ・・・・全然気付かなかった」「ど、ドSめっ」「いやほんとに不思議なほど存在を忘れてた。ごめんね」「お、おふぅ・・・・・、嫌みのない本音の謝罪。つ、つまりガチで忘れてやがったよこの野郎、プレイじゃなかったのかよォ」恨めしそうに、呪うように不気味にベットの下で陰鬱な雰囲気を醸し出している少女は最近知り合った少女だった。幽霊じゃなくてよかったと思う反面、幽霊より性質の悪い面倒臭い少女だったので・・・・・どちらにしても面倒だった。ずるずるとベットの下から這い出てくる姿は無駄に怖い。「い、いきなり引っくり返されて踏まれたり物ぶつけられたりして、ひ、酷い目にあった」「ああ、そういえばモロに爆心地だよね。位置的に」「やめてって言ってもだ、誰も聞いてないし、踏まれて脱出もできな、かった」「あー・・・・うん、本当に存在感ないよね」「ふ、ふふ、踏まれても気付かれないステルスって素敵?」「ううん、可哀そう」「こ、この鬼畜!バファリンの半分も優しさが含めれてねぇです。い、いまだに労いの声も、か、かけないとか」「ウチのクラスに踏まれても気付かれないなんてある意味すごいよね。男女問わず女の子が大好きな連中なのに」「そ、そそそれはつまり?」「君の存在感のなさは本物だと思う。奇跡だね」どんよりとした視線を床に落とし、再びもぞもぞとベットの下に潜っていく少女。「ああまってまってっ」「な、なに謝るの?それともスカートから覗くパンツが観たいの?」そのスカートから僅かに覗く下着に不思議なほど興味を持てない上条は、頭を布団に突っ込んでお尻を突き出すように向けている残念少女に優しく語りかける。上条恭介は学んだ。女の子に、それも年下の子には子供扱いをしてはいけない。変に子供扱いをしてはヘソを曲げる。彼女は背も低いし小学生なのだから実際のところ子供以外の何者でもないのだが、経験上このような場合は相手を女の子ではなく女性として接すればいいと―――――漫画で得た知識を披露することにした。「不思議と君のパンツには興味を持てないから出ておいて」「・・・・・・・・・・死のう」したけど、口からは本音しか出てこなかった。「く、くふふ。滑稽で惨めだ、ま、魔法が発動しないということは、き、鬼畜変態ロリコンED野郎にマジで興味持たれてねぇ・・・・」ぷるぷると、上半身をベットの下にツッコンダ状態のままのお尻が震えている。「電波なこと言ってないで出ておいでよ。ほんとにパンツ見えてるよ?」「にも拘らず淡白な、は、反応とはこれいかに。ふ、普通は嬉しかったり、興奮するもん・・・・」「うん。僕も男だからね、普通は嬉しいはずなんだけど・・・・君のパンツには自分でも驚くほど反応しないんだ」もそもそと、どんよりとしたまま顔を出した少女は上条に向かって右手の人差し指を向ける。その行為を“引っ張り起こせ”の意味と受け取った上条は少女に手を伸ばした。車椅子に座った状態なので力はそこまで強くはないが、彼女ほど小柄なら大丈夫だと判断して右手をのばす。が、触れ合う瞬間に彼女はその手を下げた。「お。おおおぅ・・・・・こいつマジかよ本気かよガチなのかよォ」今のは引っ張って起こせの合図ではなかったのかな?と首を傾げる上条の視線の先で、彼女は本格的に落ち込み始めた。ぐったりと、病室の床に力なく横たわり憔悴しきった様子でぶつぶつと何かを呟いている。銀髪ボブカットな可愛らしい外見をしているが、その陰鬱な態度が全てを台無しにしていた。かなり残念である。しかし見た目が幼馴染の美樹さやかにどことなく似ているので放っておくことが出来ない。「い、いや実はペドであって、あ、あたしが女のとして見えないだけの鬼畜変態ロリコンED野郎の可能性もあるんじゃね?」「ベットなんだけど直すの手伝ってくれないかな?一人じゃ無理なんだよね」「無視しやがったぜこの鬼畜変態ロリコンEDペド野郎」「さりげなく単語を増やさないで。ほら起きて、一応病院の床なんだから」「ドS鬼畜変態ロリコンEDペド野郎っ、あ、あたしは空腹なのだと説明したはず・・・・肉体労働は嫌、ど、どうするの?む、無理矢理あたし、を従わせる?」「お願いはするよ」「ほ、ほほう?どんな台詞を吐いてくれるの、私を喜ばすほどのモノかな、たの、楽し――――」「邪魔だからどいてくれないかな?」「はふぅぅぅん!?」甘い台詞を期待していた少女はまさかの台詞に立て直し始めた態勢を再び崩れ落としてしまった。助力を得るための言葉ではなく、自分を魅了する台詞でもなく、ただただ片付けの邪魔にならないように――――――。「な、なんであたしには厳しぃ?ほ、他の女にはやさ、優しいくせに」「他って・・・・そんなつもりはないんだけどな?」実際のところ別に上条は差別してるわけでもなく自然にしか接していない。目の前の少女にも、他の少女にも。他と比べることなく、他と大差なく、他と意識せずに接しているだけだ。しかし確かに少年は普通にしているつもりだが少女に対しては他と比べるとやや冷たく感じる。しかし彼女の事は面倒臭いとは思うが嫌いじゃない。基本的に陰鬱陰険な少女だが、近くにいると大抵の人はイライラするだろうが上条は気にしない。「う、うそ」「ウソじゃないよ普通だよ」「ほ、ほんと?」「うん。普通に面倒臭いとは思っているけどね」パッと表情を輝かせばすぐさま床に叩きつける少女は観ていて面白かったが原因が自分の発言とは思えない上条だった。一応、上条少年に悪意はない。他意はない。純粋に思った事を包み隠さずに隠すつもりも意図もなく発しているだけだ。だから発言した後に自分の言葉が若干悪いかな、荒いかな?と思考の片隅で思うがそれだけで後は特にない。ようすにいつも通りだ。知り合って間もないが別に邪険にしてないし普通に接しているつもりだ。これが普通なのだから彼女のメンタルが紙なだけで特別自分の言葉が悪いわけではないと結論づけた。「ってなわけだから、手伝わないなら退いてくれる?そろそろ配膳の時間なんだけど」「うぅ・・・・どくよ、退けばいいんだろっ」うじうじと、めそめそと床に丸まっていた少女はいきなり立ち上がって「うわ!?」上条の目の前でかなりの重量を持つベットを片手で持ちあげた。軽々と、その白い細腕で、まるで編集された映像のように高々と。片手だ。ベットの外枠部分を片手で掴んで特に苦しそうなわけでもなく、無理をしている風でもない。握力まかせな、その雑な持ち上げ方はベットの方がその重量によって軋んだ音を立てて壊れそうだ。「す、すごい・・・」そんな言葉が髪所の口から発せられたが、その異常な光景を目にすれば大抵の人間も同じだろう。その後に続く台詞は解らないが、その台詞が互いの今後を決定づける場合もある。「神名さんって力持ちなんだね!」すくなくとも、上条恭介台詞は彼女の怒りを買わずに済んだ。ドシン!と彼女はベットをまるで本を机の上に投げ置くように軽々と床に投げた。「あ、あたしは魔法少女だからと、当然」「へぇ、最近の魔法少女ってマッスル要素があるんだ?」「お、女の子に筋肉発言・・・・このエロめっ」「筋肉ってエロ担当だっけ?」「つ、つか驚かないん?」「十分に驚いてるよ。いや思い込みの力はすごいね!」「お、思い込み?」出会った当初、彼女は散々上条に魔法とか魔女とか聞かれてもいないのにべらべらと喋っていたがこれまで信じてくれなかった。別にどうでもよかった。信じようが疑おうが上条が気に食わない態度をとれば■したし、そうでないなら現状維持、として好き勝手喋っていた。長らくお喋りなどしていなかったので長い時間を一人で喋った。そして上条は侮蔑するでも嫌悪するでもなく純粋に電波な子として「ああ、リアルにこうゆう子はいるんだな」と受け止めていた。変に突き放すことなく、クラスメイトのような外道連中でもないある意味新鮮な子にとして。少女にとってその程度は許容できる範囲らしく悲劇は起こらなかった。「ただの電波系と思っていたけど・・・キャラクターに成りきる事で凄い力を発揮している――――僕は感動したよ!思い込みって凄いね!」「み、微塵にも信じちゃいねぇし!だからあっ、あたしは正真正銘のマジもんの魔法少女だと言って――――」「うんうん、残念な子と思ってたけどゴメン!君はただの残念な子じゃなかった・・・・・すごい残念な子だ!」「・・・・・苛められてる?あ、あたし苛められてるんじゃね?」キラキラと尊敬と憧れを混ぜた純粋な視線を受けた少女は逆に暗く濁った視線で答えた。冗談っぽく対応しているが、じゃれあいにも聞こえるやり取りだが、実はこの時の上条恭介は殺される可能性を多大に孕んだ状態だった。今だけでなく、彼女と出会ってからずっとずっと・・・・いつ殺されてもおかしくはなかった。今も普段から外道なクラスメイトとの付き合いから少女の視線に狂気的な何かを感じ取ってはいたが、上条は慣れから特に恐れたり気味悪がったりはしなかった。「・・・・・・あぅぅぅぅ」「どうしたの?」それが上条恭介の命運を決める切っ掛けの一つになっていた。「なんで、でもない、し・・・・・もういいよっ」「うん?とりあえず直してくれてありがとうっ、僕一人じゃ絶対に無理だったから」「お、お礼は言葉じゃなくて、態度で、して」上条は設定として受け止めているが彼女は本物の魔法少女だ。同時に少女は間違いなく『悪』だ。それも岡部倫太郎が知る中では最悪の部類に入るほど凶悪で極悪、『シティ』で対峙した事のある外道と並べても問題ないほどの外道。その特性、性格を知れば間違いなく岡部倫太郎は彼女を最優先に『排除』する。己を殺した者にすら手を伸ばすのに、彼女の魔法に関しては間違いなく『排除』を選択する。彼女の事を知ってさえすれば、だが。織莉子の予知では敵対する可能性しか観測されていない以上、このままでは何も知らないまま対峙することになる。知らない以上、よく分かっていない以上、きっと岡部倫太郎は排除よりも封印を優先する。しかし初見殺しに近い魔法だ。最悪、全滅する。「態度?なら大丈夫、悠木さんから匿ってあげたよ」「おぅ・・・・・、で、でもだからって放置はマイナス点だよ、ね?」彼女はとある理由から悠木佐々に追われていた。狙われていた。神名あすみは上条恭介に悠木佐々から匿ってもらっている。上条は悠木佐々に協力を煽られていながらも一応、誤魔化していた。なぜ悠木が追って、神名が追われているのか上条は知らない。ただ偶然とタイミングの結果、気付けば追われる人を匿い、追う人の手伝いをしていた。ちゃんと手伝って、見つかったときは仕方がない、その程度の理由で退屈な入院生活を誤魔化していた。意図と目的は把握できないまま状況も分からずに、双方共に危険人物である本物の魔法少女を相手に、今日も死と隣り合わせであることを意識できないまま、無垢で無防備な少年は彼女たちとの交流を深めていく。ゾッとする交流だ。一瞬と一言と一歩が破滅に繋がっている。自分だけじゃない、周囲だけじゃない、見滝原という土地そのものが地獄になりかねない厄災と彼は過ごしている。「だ、だからご飯をあたし、は要求する」「別にいいけど、じゃあ―――――その前にお風呂入ってね」「へぅ?」彼女の固有魔法は魔法少女にとって最悪に効果的で、最高に効果を発揮する類のものだ。誰にとっても凶悪的な魔法だ。だから本来なら悠木を返り討ちにできたが、それが出来ないでいた。現在世界中にいる魔法少女の中で悠木佐々は神名あすみに相対出来る数少ない一人になっていた。と言うよりも、神名あすみにとって悠木佐々はもっとも相性の悪い相手になっている。悠木の性格上人質といった囮は意味をなさず、その固有魔法の事もあって魔法による搦め手は効かず時間経過とともに一層追い詰められていく。「な、なんで!?あ、あたしなにするのっ」「・・・・・自分の状況わかってる?」「・・・お、お前も結局そうなのかよっ」だが逃げるわけにはいかない。彼女の危険性を、自分との相性が最悪な事を知って、知られたから。自分の魔法が魔法少女にとって最悪であることを佐々に知られた。一度相対して解った。敵は、悠木佐々は自分を危険な敵だと認識した。なら彼女は殺しに来る。神名あすみを絶対に殺しに来る。自分が彼女を殺したいように、彼女も自分を殺したいのだ。解る。それを理解できる。同じだから、同類だから―――絶対的に危険な存在を野放しにできない。自分の天敵たる存在を放っておくことが出来ない。危ないから、安心するために・・・だから殺す。だから遠くに逃げる事は出来ない。今いる場所から離れる事は出来ない。危険だと解っていてもターゲットを見失うわけにはいかないから。ある程度でも居場所を把握できるうちに仕留めたい。不意打ちを避けるために、不意打ちを行うためにだ。「えっと、僕の口からは言いにくいから察してほしいんだけど」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前も、やっぱり、■■■■野郎か」「・・・?なんのことか分かんないけど、神名さん昨日からずっとベットに、毛布の中にいたんでしょ?」「?」「すっごい汗かいてるよ」「え・・うわ!?」「ね?」上条の言葉に神名は大量の汗でシャツが張り付いた己の体を隠すように腕を交差させた。彼女のシャツは襟無し薄手の『白』の安物、ゆえに長時間を毛布の中で過ごしたことで大量の汗を吸って――――「う、ぎ、ぎゃあああああああ!?超スケスケ!?うわ・・・うわわわわ!?」「だからさ、お風呂入りなよ。ここ個室だからさ、シャワーついてるのは知ってるよね」「お、おまっ、オマエ最初から知ってて・・!!?」神名あすみは危険だ。岡部倫太郎が観測した事がないほどに好条件が整った現状を一瞬で崩壊させるほどに。ラボメン総出で挑まなければ勝てない美国織莉子と呉キリカのペアよりも、そんな二人を相手に圧倒した双樹よりも、過去の世界線で岡部倫太郎を殺した悠木佐々よりも危険だ。この世界線で悠木が神名に相対出来るのは偶然の結果だ。織莉子の未来視を阻害しているように神名の魔法もレジストしている今がチャンスなのだ。本来なら彼女もまた神名の前では無様に倒れる事しかなかった。「うん」「うんって、おまえ―――――っ」それほどまでに彼女は危険で恐ろしい魔物だ。これまでの全てを台無しにするほどに凶悪な化け物だ。抗いようがないほどに凶暴で、逃げようがないほどに極悪な少女。出会うのが早ければよかった。誰かがもっと早く彼女と出会い友人になれれば少女はここまで染まることはなかったのに・・・全ては後の祭りだ。話は終わりで、物語は幕を閉じる。どうしようもなく、どうにもならない。彼女は、神名あすみは岡部倫太郎同様に―――既に終わった少女だ。昔は天真爛漫な少女だったが、もはや彼女にその面影はない。とある小学校やとある家庭を地獄に変え、そこに愉悦しか生まれなくなった少女に上条は思った事を口にする。奇跡的に友好、と呼べなくもない会話を続けてはいるが上条は本気で常に命の綱渡りをしている。いつだって言葉一つ、態度一つで彼女は人を殺せるのだ。悠木の存在がなければ病院を数分で地獄に変える事が出来る。嬉々として、喜んで楽しんで。そんな彼女に、そんな少女に、そんな危険人物に上条は恐れることなく言うのだ。「すっごく臭い」乙女に捧げるにはあまりにも残酷な言葉を。「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これは、死ねる」あまりにも辛辣に、かつ本心からの曇りなき眼で告げられるものだから小学生の少女は後ろ向きに倒れた。貶すつもりもなく、嫌悪や不快な気持からの発言ではないだけに、少女の精神に多大な負荷を与えた。ある意味快挙で、最高に残酷な少年だった。相手が幼馴染の少女だった場合、その少女が魔法少女だった場合、ソウルジェムは一瞬で真っ黒に染まり世界には新たな魔女が誕生していただろう。「ふ、ふふふ、これは、死ねる。自意識過剰の勘違いとか恥ずかし、すぎる・・・・」仰向けに倒れた彼女は腕を広げて倒れている。「風邪ひいちゃうよ?」「お、おまけに完全に女とし、して見られてないし」透けた胸元を、もう隠す気も起きない少女は涙で頬を濡らした。もういっそ清々しい気分にもなりそうだ。「換えの洋服は病依でいいかな?バストイレの棚にあるから使ってね」「し、下着は・・・・・どうするん?ノーパン・・・・?」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おむつ?」「・・・・ああ、世界なんか滅んじゃえばいいんだ」「物騒だなぁ」「微塵にも悪意がねぇし、欲情もしないとか・・・・・病気だろ」「きっと君だからだよ」「・・・・・・・・も、もう死にたいっ・・・・つ、つかみんな死んでしまえ、絶望して狂って腐ってゲロになれ、ならないならあたしがゲロになるッ」「わあゴメン!悪気はないんだよっ、ほんとだよ!だから早まらないでっ」「どーせっ、どうせ貧乳だし、チビだし・・・・皮と骨のポンコツだし・・・・」「えー・・・・と、うん!僕にとっての反応しないオンリーワンで欲情しないナンバーワンだね!」「・・・・・・・・・・・慰められると思ったら、追い打ちだった件」「あ、あれ?唯一とか一番って言えばオッケーって教えてもらったけど・・・・・間違えたかな?」「だ、誰のアドバイス・・・」「最近知り合った子に」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・死ねばいいのに」「ついに死の矛先が僕の方に」「もう、やだ。このまま寝る」「ええー」「ど、どうせ気に、しないでしょっ」「そんわけないじゃないか」「・・・・・・・・・・・・・・・・・よ、よくじょう――――する?」「いや?だから臭いってば」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・死のう」正直な少年だった。爽やかに刺す少年だった。ちなみに普段の上条なら相手がヘンテコな少女でもこうまで爽やかに刺すような台詞は言わなかっただろう。他意や悪意の有無に関係なく、彼は女の子にここまで本心を語らない。ただ彼女はどことなく見た目が幼馴染みに似ていた。それでつい緩んでしまったのかもしれない。幼馴染みに似ているがゆえに兄妹のように遠慮なく接し、実際は他人だから躊躇わない。ある意味でそんなマイナス部分のみを圧縮したような、尤も曝け出せる存在に神名あすみは定められた。「それじゃ、僕は残りの片づけを再開しようかな」「む、無視するし・・・・あたしなんかどうでもいいんだっ」「だからお風呂に入ってよ、ご飯前なんだから臭うのは不味いでしょ?」「く、臭いとか臭うとかいうなしっ、うぅ・・・・」しくしくと涙目で備え付けのバストイレに向かう神名。お風呂シーンに驚くほど関心の持てない上条。二人は不思議と一緒にいる事ができるが、まさに奇跡だった。本来なら、神名あすみが関わった時点でこの病院は悪意と憎悪に塗れた地獄に成り果てているはずだった。それをギリギリで押し留めているのが別世界線で岡部倫太郎を殺害した悠木佐々。二人が接触すればどうなるか解らない絶妙な均衡状態、それを意図せず調律しているのが無力な少年、上条恭介だった。今がギリギリで限界だった。それでもなんとか保っている現状も明日には終わる。上条恭介は外出するからだ。彼女たちが付いてこなければ、この場所がどうなるかを無視すれば、きっと岡部にとってはプラスになる事ばかりになるだろう。ついてこなければ、ついてこれば、無視できれば・・・・・・どうなるかは、まだ誰にも分からない。岡部倫太郎にも、暁美ほむらにも、美国織莉子にも、誰にも解らない。観測者も、そうでない者も全ての登場人物はこの先どうなるか解らないまま動き出す。■「―――分かった。俺もすぐにラボに到着する」ラボへの帰還中、岡部はまどかからの連絡を受けていた。多少の、とは言えないがアクシデントも無事に乗り越えてミッション自体は“全員がクリア”したらしい。その事に安堵する。順調に進んでいる。それは確かで、だけどバランスを取るように、帳尻を合わせるように、幸福と不幸を均等に保つように見えない所でじわじわと何かが起ころうとしている気がして――――情けなくも怯えている。今度はどんな偶然が自分の邪魔をするのかと身構えている。“当然だろう”。“必然だろう”。“当たり前でそうであるべきなのだろう”。自分の行いが誰にも邪魔されないはずがない。ありとあらゆる者が、ありとあらゆる現象が邪魔立てするのだから。世界の決定した事に抗っているのだから、それくらいは分かっていた。運命に挑んでいる。世界を否定し覆そうとしている。自分勝手に、なら阻止されるべきだ。たった一人の都合で世界を歪めてはいけない。「マミと杏子達が参加できないのは残念だな」理由はどうあれ、目的がなんであれ世界を歪める行為は決して許されるべきことではない。阻止できる人間がいないのなら、世界そのものが立ち上がらなければならない。善良な誰かが不合理で理不尽な何かに巻き込まれ、陰惨たる結末を迎えるような世界だとしても、野望のために世界中を巻き込むような人間が野放しにされていいはずがない。罰を受け、断罪され、その罪を裁かれるべきだ。まして『偶然』や『事故』ではなく『故意』に全てを巻き込むのだから許し難い。ようやく掴んだ幸せを、ようやく辿り着いた結末を、ようやく届いた希望を勝手な都合で無かったことにするのだから言い訳なんかできない。してはいけない。どこかの誰かにとってのシュタインズ・ゲートかもしれない現世界線を少数の少女のために犠牲にするのだから――――――間違っているのだ。ゆえに、邪魔や障害が後を絶たない。そうでなければいかない。そうじゃないと・・・あまりにも報われない。例えば岡部倫太郎がシュタインズ・ゲートに辿り着いた瞬間に世界のどこかで、見知らぬ誰かが偶然電話レンジ(仮)を完成させ世界線を移動させてしまって全てが・・・・なんて事になれば最悪を通り越して――――――発狂ものだろう。自分のやっている行いはまさにそれなのだ。今が気に食わないから世界中を巻き込んで再構成するという我が儘だ。非道で外道。悪逆非道の行為。今を必死に生きている全てを蔑ろにしている。基本的に活動範囲は見滝原のみで期間は一カ月とはいえ周囲に与える影響は大きい。死ぬ時は死ぬし生き残れる時は生き残れる人物もいる。絶対的に救えないのが少数だけで未来への影響も未知数、バタフライ効果がどれだけ本来の未来に影響を与えるのかは不明だが―――決して、褒められる行為ではない。「きっと杏子はラボメンになってくれるとして・・・ゆまも問題はないはずだ。織莉子とキリカについて説明して――――あいりは・・・」さやかのミッション完了の報告とラボへの到着の連絡も受けて、岡部は今後の展開を予想予測し対策と対応の準備を考えながら携帯電話を白衣のポケットにしまう。順調とはいえ、それは基本的に味方になりうる人材が早い段階で集いつつあるだけで、まだ最終的な戦力や状況が劇的に変死したわけではない。それを維持しつつ、かつ喪われないように挑み勝利しなければならないのは変わらないから、その難しさ、苛酷さは何一つ改善されていないのだ。経験上、美国織莉子と呉キリカは自分と友好的な関係を築いていれば現ラボメンと・・・・・・・・今日は織莉子に体を休めてもらい、キリカには念のため織莉子と一緒にいてもらっている。昨日と言うか今日の戦闘で二人とも実はボロボロだった。ラボメンの皆に誤解を解くためにも顔合わせは済ませておきたかったが無理をさせるわけにはいかない。「とりあえずラボに戻ってからだな」考える事は多い。例えば通過儀礼と言えばいいのか、織莉子達のラボメン加入には毎度一悶着がある。ラボメンナンバーは特に意味はないが01から08までしかなく、新規加入者は現ラボメン一人から認めてもらい同じナンバーを授かるしかない。深い意味はない筈だが、織莉子達に限らないが毎度毎度彼女たちは人間関係に問題が発生する。過去の遺恨、未来への不安、恋愛関係、現状で感じる不審、最初にナンバーを与えられた人物以降の参加は何故か問題が発生する。今回の件ではキリカの突然の奇襲攻撃が現ラボメン達への不信に繋がるだろう。自分が大丈夫と言っても、説明するにしても「暁美ほむらが岡部倫太郎を殺す前に殺すため」なんて説明するわけにはいかない。ラボメン加入のさいに起きる問題の解決方法は状況にもよるが大抵が対話による話し合い、または物理的な喧嘩だ。できれば話し合いだけで解決してほしいが血気盛んな魔法少女達にとっては対話よりも喧嘩したほうが後腐れなく互いにスッキリしたりするのだから困る。「ほむらの様子も安定しているようだし、詳しい話は昼飯をとりながら・・・」考えるべき事、それには鹿目まどかの母親への説明も含まれている。彼女は昨日魔女と遭遇している。彼女は知ってしまった。聡明な彼女は幻や幻覚だと逃避しないだろう。知り合いもいた以上彼女は決して逃げない。なんでも巻き込まれた一人を自宅で療養しているようだし、確かにあった現実を受け止めるだろう。誰にも相談できない現実を、同じ被害者しか共有できない痛みを、どうしようもない不安を彼女は抱え込むしかない。本来なら、そうだった。魔法少女でもない本来なら『殺される』か『救われる』しかない一般市民の彼女だが、詳しい情報を提示できる岡部倫太郎がここにいる。直接関わりのある魔法少女ではなく、第三者の視点で語れる存在がいる。知ることは武器だ。知識は不安と恐怖を排除できる人類に与えられた叡智だ。一生抱え込んで苦しむしかないものでも、死へと誘う恐怖ですら知ることで対処することや和らげることができる。知ることで苦しむ事柄も多々あるが今回の件はそうではない。相手と内容にもよるが今件は間違いなく知らせる事が正解だ。意味の分からないまま殺された人達、訳の分からないまま殺されかけた経験、自分以外は何も変わっていない世界との認識のズレは逃避を許さない彼女にとって永遠と続く疲労と疲弊になる。誰にも理解されない地獄のような出来事。信じてもらえないのならまだいい、ただ自分の周りにいる人たちが巻き込まれたらと考えれば気の休まることはないだろう。家族の帰りが遅いだけで心配し、現場付近を通るだけでも恐怖する。それを、その楔を抜いてやることが出来る。知ったところで対抗手段がほぼ無いのは仕方がない。魔女の気配も探知できず身を守るすべもないのだから・・・・しかし知ることで確かに安らぐこともある。無いのではない、有るのだから。対抗手段がほぼ無いだけで魔女は倒せるし対策も用意できる。巴マミのように毎日パトロールする魔法少女はいるし、彼女の家族や周りにいる人たちは岡部達が守る。気休めなのは理解している。根本的問題は解決していない。しかし無ではない。それは彼女ほどの才女なら理解してくれる。理不尽でも世界は元からそうであり、知ることで少なからず恐怖はやわらぎ、その上で守護する存在が近くにいてくれるのを知れば―――――「覚悟は力になる」情報は武器だ。いきなり正体不明の魔法少女や魔女に襲われようものなら、事前情報もなく戦闘に入れば当然困惑する。殺し殺される間柄だ。一瞬の躊躇が死に直結する世界だから覚悟が必要だ。慌てず焦らずに対処しなければならない。不安や恐怖は視界を狭くする。戦闘においてそれは危険だ。知っているのなら覚悟できる。来ると分かっていれば、事情を知っていれば対処できるし戦える。立ち向かえる。完全に物色はできずとも何も分からないままの時と違い不安や恐怖はやわらげることが出来る。逆に混乱したり視界を狭くする可能性も十分にあるが、知らずに戦うより、知らずに殺されるよりかはマシだろう。何も出来ずに、蚊帳の外で全てが終える事の辛さを知っている。まして彼女の場合は娘のまどかが重要な位置にいる。魔法少女の素質、世界が定めた決定、何も知らずに終わった世界線は多々ある。知らないうちに危険に飛び込んでいて、相談もされなかった。そして最後には―――――――。知っていた所で何かが劇的に変わる事はないのかもしれない。しかし劇的に変わっていたかもしれない。まず間違いなく味方にはなっていただろう。支える事はできるのだ。なのに、全ては娘が死んでしまう事で彼女は何故娘が死んでしまったのか、何を抱えていたのかを永遠に知ることなく、娘を理解してやれないまま泣くしかなかった。意味も状況も都合もまるで違うとしても・・・・自らが関われない所で近しい人が苦しんでいて、それに気付いたのが最後だったら、どうだろうか。視界に映る距離にいる誰かが魔女に食われたり、見つけた時には誰かが命を失っていたり、気づいた時には既に・・・・なんとかできたはずなのに、なにもできなかったら。「知ることで覚悟を得て、覚悟が力を生むのなら――――」通り過ぎた世界戦で、岡部は自分が諦めたことで全てを一人の少年に押し付けてしまった。気付いた時には手遅れで、どうしようもなくて、結果だけが残された。岡部はただの中学生に、彼に全てを背負わせてしまった。結果、本来ならこの世界に足を踏み入れる必要はなかったのに、全てを投げ出してもよかったのに“彼”は全てを守ろうとした。たった一人だけ覚えている孤独の中で、彼は四年の歳月を平和に過ごすことなく一人で少女達を支えてきた。誰にも相談できずに、何も分からないだろうに幾つもの思惑の中に身を投じた。ゆえに幼いままではいられなかった。岡部倫太郎ができなかったことを、投げだすことなく背負い続けた。結果的には、そのおかげで『ワルプルギスの夜』を撃破できる可能性を得る事が出来た。その対価に、諦めてしまったにも関わらず未来を勝ち取る手段を得た代わりに、岡部倫太郎は一人の少年の人生を狂わせてしまった。どれだけの悲劇が、苦難があったのか、巻き込まれただけの少年はやりたくない事にも手を染め、狂おしいほど葛藤し、誰かを見捨て救い、殺してしまった。そして最後には原因たる自分に未来を勝ち取るための『可能性』と『今』を差し出した。彼は諦めた自分に全てを捧げたのだ。岡部倫太郎にはどうすることもできなかった。鳳凰院凶真にはどうしようもなかった。気付いた時には既に終わっていたからだ。残されたのは結果だけで全てが完了していた。未来の出来事でありながら既に過去の出来事だったから、岡部には手の出しようもなかった。そこには少年だった誰かが、あらゆるものを受け止め決断するしかなかった者が、後悔と長年にわたる苦渋の積み重ねに精神を蝕まれ、知る必要のなかった現実と下すしかなかった判断に疲れ切っていた人がいた。しかしだ。自業自得とは言え、岡部はそれを知ることが出来て本当に良かったと思う。知らなくてもよかった、問題はなかったとしても“彼”の事を知ることできて本当に良かった。「俺はもう・・・」鹿目洵子もきっと同じだろう。観たくなくても訊きたくなくても受け止めなければならない。世の中には不条理な魔女が居て、娘には理不尽な決定が降されている現実を知っておきたいはずだ。知らないままでは終われない。知らずに喪うわけにはいかない。無理で、無茶で、だけど無駄にはしない。無かった事にはさせない。支えてみせる。繋いでみせる。伝えてみせる。繋げてみせる。世界は力なき者には寛容にはできていない。かといって、力ある者に寛容と言うわけでもない。どうでもよくて、どうでもいい。自分でどうにかするしかない。自分達で対処するしかない。バタフライ効果でどんな影響が世界に起ころうが、意思と手段、覚悟があるのなら是非もない。あらゆる魔女も魔法少女も捩じ伏せる。邪魔も妨害もすればいい。止めたいのなら止めればいい。それが出来ないのならこちらの勝ちだ。諦めたのなら負けだ。最後まで足掻き続けた者が、妨害に屈しなかった者が辿り着くのだ。岡部倫太郎には望みがある。夢とも言える。夢・・・そう言えば聞こえはいいが、”それ”は胸を張っていいモノではないだろ。一か月とはいえ幾千幾万幾億の時間、想い、人生を奪い、幾多の未来の可能性を打ち消して、そうまでして成し遂げたいのが夢、と呼ぶには綺麗すぎる。夢と言うよりも、野望と呼んだ方がいいのではないか?鳳凰院凶真には目的がある。基本的にラボメン、周囲にいる人間の生存が目的だ。もちろんそれが第一目標だ。ただそれだけじゃない。それだけで満足しない。これまで一度も達成できていないにも関わらず、さらに多くを望んでいる。可能なら、誰も傷つけずに全てを終わらせる。可能なら、彼女達に魔法や魔女と関わらせない。可能なら、全部を自分だけで解決したい。可能なら、彼女達の未来には幸いを。そして可能なら世界を、運命を、宿命を――――。とある少女の願いを、望みを、祈りを、期待を裏切る形で達成する。とある神様を地上に―――――。■「ただいまー」「おじゃましまーっす!」まどかとさやかが鹿目宅の玄関で訪問を迎えた洵子に元気に帰宅の挨拶をすると、それを迎えた彼女は笑顔で答えた。「いらっしゃい。待っていたよ、ご飯は準備できているから上がったら手を洗いな」その顔には少しばかりの疲労すら浮かべていないが、それは化粧と気合で隠しているからだ。子供達のいる手前、彼女ほどの大人ならボロは出さないだろうが娘のまどかは何かしら違和感を抱くかもしれない。現に、まどかが少し首を傾げながら何を聞こうとする。が、洵子はそれを遮って娘とその親友の背を押して急かす。するとまどかは無理に問うつもりはないのか、それともささいな違和感でしかないからか、それ以上は言われるがままに靴を脱いで洵子の背に回った。しかし手を洗いに行くのはまだ後だ、紹介するべき友達が二人残っているのだから。「そっちの二人は初見だね。はじめまして、まどかの母親の鹿目洵子だ。末永く娘と仲良くやってくれ」さやかもまどかと同じように洵子の後ろに回れば洵子の前には少女が二人いた。「はじめまして、暁美ほむらです」「おじゃまします。えっと、ユウリ・・・・・・・です」一人は赤いフレームのメガネをした長髪を二つの三つ編みにした子。もう一人は金髪ツインテールの・・・・・・洵子は首を傾げた。この二人はまどかの友人だろう。それは分かる。なにせ自宅にまで招待するのだから。娘が友人を自宅に招いたのはさやかを除けば片手で足りる程度だから顔も忘れない。この二人が自宅に来たのは今日が初めてだ。だから見覚えはない筈だが――――見覚えがある。「うん?」何もこのときの鹿目洵子にリーディング・シュタイナーが発動したわけではない。単純に思い出したのだ、彼女の事を。すぐに思い出せなかったのは昨日、とんでもない現象に巻き込まれたから、精神が疲労していたからすぐには気付けなかっただけだ。「あんた、あたしと会った事あるよね」その台詞に劇的に反応したのは二人、岡部倫太郎と暁美ほむらだ。この世界線ではまだ暁美ほむらは鹿目洵子と顔合わせをしていない。ゆえに再びイレギュラーか!?と期待と不安を混同させた二人が顔を上げれば、洵子は二人を見ていなかった。「え?」 「おー、やっぱりあんたかい。まどかの友達だったんだな」洵子が見ていたのはユウリだ。ポン、と両肩に手を置かれたユウリは伏せていた顔を上げて洵子の顔を凝視し、洵子が一体何を言っているのか理解しようとした。ユウリは流れるように、誘導されるがままに気付けばここにいて、初めて訪問する家に緊張し場違いな雰囲気に縮こまっていただけで、いきなりフレンドリーに接せられても困ると――――「ほら、昨日デートしてた子だろ?あたしはあんたに妙なアドバイスした奴の相方だよ」「!」「あ」「!」はあいりで、「あ」は岡部である。岡部とユウリは昨日の事を思い出した。二人は鹿目洵子とデートもどきの際に遭遇していたのだった。あいりは混乱していたのでうろ覚えだったのは仕方がないとして、岡部の方は――――別に忘れていたわけではない。彼女は魔女に襲われたのだ。そうそう忘れるほどボケではいない。ただ岡部は洵子とあいりの二人が顔見知りだったのを失念していた。別段ミスも犯してないし失敗もしていないはずだが・・・不思議と嫌な予感がする。こう、できればまどか達の居る前では話題に上げたくない。過ぎた話であり誤解の話であって既に終了したモノ、なので挨拶程度のつもりで交わすだけなら勘弁してほしい。岡部倫太郎とユウリ(杏里あいり)の間には特に何もなかったし、まどか達もあの後合流し説明はしたので何かがあるわけではないが・・・・・「すまなかったね。あの後は大丈夫だったかい?彼氏とは仲直りできた?いや実はあたしもお前さんの彼氏にアドバイスできなか――――」「こっ、コイツは彼氏なんかじゃない!」あいりは赤くなった顔を洵子に向けたまま、横で突っ立ている岡部の白衣を意識してか無意識か、とっさにぎゅっ、と掴んでしまった。洵子との出会いはアレ状態だったのもあるし、その後の展開がアレだったのもあるが基本的にあいりは初対面でのコミュニケーション能力はそれほど高いものではないのかもしれない。戦闘時や敵対者が相手なら強気に過激に接することが出来るが、そうでないなら、敵意のない相手の場合は生来の性格に戻ってしまうのか、生来の性格は知らないが、もしかしたら普段強気で生きている反動なのか、ラボの人間や洵子のような大人を相手にするとどう接すればいいのか分からないようだ。“今の自分”が、決して優しくない自分が、誰かを利用し傷つけている自分みたいな奴が親切にされ、自宅に招待されたり優しくされたりするのに――――罪悪感を抱いてしまうのかもしれない。契約前の杏里あいりならまだしも、ユウリになった自分に悪意も拒絶も無しに接してきてくれる人達に、どう接すればいいのか距離感がつかめず、結果的に挙動不審な対応になってしまう。しかし、今この場で、まるで質問攻めにあってしまって弱ったから助けを求めるように話題の人物にさりげなく、こう、彼女が彼氏に「なんとかしてよ!」的な行動をとらないでほしいと岡部は後に語る。「・・・・・うん?」案の定、鹿目洵子は不思議そうに首を傾げる。あいりは弱弱しく握った白衣を引き寄せるようにして体を寄せてくるから岡部には甘くてふわふわした匂いが届いた。その様子に、その距離に不信の視線が強くなるのを感じた岡部はすぐに口を挟む。「ミス・カナメ、これはですね――――」「よ、余計なことは言うなよ!“私達”は別にそんなんじゃないんだからなっ、ちゃんと説明しないとダメだぞ!」「あい・・・・じゃなくてユウリ、落ち着け。誤解が深まる」疑惑も深まる。昨日のデートもどき、洵子視点では岡部倫太郎の存在は介入していないのだ、だから変に話を振ってこないでほしい。こう・・・まずい。あいりは岡部相手なら強気に接することができるようだ。しかし短い付き合いからも分かるように彼女はアドリブに弱い、ペースを握られるとすぐにボロが、パニックになってしまう。そうなる前にこちらの意図を伝えようとして――――「おい岡部」「あ、はい」洵子の呼びかけに視線を上げれば全員が岡部に注目していた。「まどかの友達なら、お前も知り合いって可能性はゼロじゃない」「ええ・・・・はい、実はそうなんです」気まずさから、つい敬語で対応してしまう。「でも、なーんか変な感じだよな?」「いぇ・・・・そんな、別段おかしくはありませんよ?まどかの紹介で先日出会いまして―――」誤魔化すつもりはなかった。しかしとっさに嘘をついてしまったのは何故だろうか?後ろめたい事はないのに、何より彼女には全てを伝える予定なので真実を話してしまってもよかった―――――「・・・・・・」が、後ろめたい事はあった。(少し、少しだけ様子を見てからにしよう)岡部はそう判断した。アレだ、昨日の件がアレだったので少しだけ後回しにしてもいいんじゃないかと思ったのだ。むしろ忘れてしまってもいいんじゃないかと思えるほどに。無かったことにしてもいいと。アレとはアレだ。誤解と混乱の極みから岡部がとある少女の口から人通りの多い場所で『【アプリボワゼ】』がどうのこうのと叫ばせてしまった件について追及されると非常に厄介なことになりそうで、まどかもいることから出来るだけ可能なら話題に上がらないようにシリアスな方向に誘導しつつ残念な事象については記憶の片隅から完全に忘れられるように努力してなんと乗り切りたいと思うのだ。何を言っているのかよくわからないがようするにあれだ。別に怖がっているわけじゃない、恐れているわけじゃない、鹿目家の女性陣に昨日の件について怒られることに腰が引けたわけじゃない・・・・ただ重要かつシリアスな状況にそんな俗世の事件、いやそもそもそんなあるはずもない誤爆事件のことで無駄な手間を取りたくないのだ。つまり今の嘘は正しい。世界には吐いていい嘘もあるのだ。真実が優しいとは限らな・・・じゃなくて余裕も油断も許されない昨今の岡部倫太郎はただ平和に過ごしたいだけだ。いや違う、誤解だったのだから自分は悪くない、これは皆が―――「何を言ってる?私とお前は――――」しかしだ。なにやら状況の分かっていない杏里あいり。自覚がないようだが『自爆が得意』な少女は他人を巻き込むことに躊躇がないようだ。洵子と遭遇した時の岡部の姿は少年だった。魔法の知識もない洵子にとってあの時の少年が岡部倫太郎であると結び付けるのは難しい。そのことにあいりは気付いていないのか不思議そうに首を傾げている。きょとん、と無垢な表情は可愛らしいのだが何処か抜けている。自爆して暴走される前に岡部は再び顔を寄せて耳元で囁く。「あいり、彼女が会ったとき俺はお前の変身魔法でショタ化して―――」「ひゃぅっ、み、耳元で喋るな!」ぐいっと首元に添えられた両手で押し返された。「・・・ユウリ、って言ったね」「っ、はい。私・・・アタシはユウリです・・・・・・ユウリだ!」しかしそのかいあって洵子相手でも口調の変化は見られたので岡部は安心した。「オーカーリン♪」「ゴメンナサ――――いやまぁ待つんだベストマイフレンド、俺は何も隠していないし誤魔化してもいない」「オ~カ~リン?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぅん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぃ」対価として、まどかが笑顔で謎のジェスチャーを送ってきていた。意味は分からないが意図は理解している。あえて明記も表記もしないが、そこには一切の攻撃性を感じられないジェスチャーにもかかわらず何故か体が恐怖に震えた。脳裏に酷く曖昧なイメージが浮かんだが、これがリーディング・シュタイナーなら酷い安売りだ。もっと重要な場面で発動してほしい。「出会ったのは一昨日、ね・・・・ふーん?」「うぅ」ニコニコと無言で笑顔を向けるまどかの視線から逃れるように俯いている傍ら、洵子とあいりの会話が聴こえてくるが徐々にあいりの声は小さくなり、口数も少なくなっていく。慣れない相手に、それも大人に、魔法の知識もない一般人にその手の事を誤魔化しつつ話の内容に矛盾を出さないよう注意しなければならないのは彼女にとって割とプレッシャーだった。かつ昨日の大暴走を目撃された人物でもある。(うぅ・・・・か、帰りたい)コミュ障レベルがやや高めなあいりは借りてきた猫のように小さくなってしまう。気付いていないのか握った白衣を自分の胸の前にまで引っ張って体を少しでも隠そうとしていたが、かなり無理があった。「なあ、お前と昨日の彼は“そういう関係”なんだよな?」「えっ?その・・・・あのアタシ、ええっと・・・・・っ」うっすらと、あいりの目元には涙が浮かんでいた。「ああいやすまんっ、質問攻めにして悪かった!老婆心というか身内が道を踏み間違える前に確認しておきたかったんだ」「か、確認・・・?」 「そうそうっ、おい岡部!」「は、はい。ええっと何ですか?」急に呼ばれたので少なからず岡部は委縮した。「この子、彼氏いるから勘違いすんじゃねぇぞ」同時に、あいりが爆発しかけた。「え?私??・・・・・・・・・・・・・・ああそっかうんっ、ユウリは彼氏がいるぞ!・・・・・・・・・・・・・・・えええ!?」純情少女あいりは思う。最後にようやっとまともに答えられる質問かと思って強気に出たが・・・慣れないことはするもんじゃない、言ったそばから失敗した。自分の役割、キャラ付けを思い出し一度は演じきろうとしたが、内容が内容だったので一気に動揺してしまった。肯定すれば自分は、正確にはユウリはとある少年と恋仲の関係であることを認めることになる。少年の正体は隣にいる男だ。演技や建て前なので気にする必要はないはずだが・・・なにやら恥ずかしい。逆に否定すれば昨日の件について順子に追及される。暴走していたからとはいえ発言の一つ一つを考えれば・・・彼氏彼女の関係でなければちょっとした痴女だ。そんな誤解は絶対に嫌だ。しかも隣の男との仲を疑われている。肯定したら隣にいる男や洵子の後ろで控えている三人にも色々と勘違いされるんじゃないか?だが否定したら疑われる、それに遠まわしにその発言は隣にいる異性に嫌いだと言うもんじゃないのか?・・・別にいいけど・・・・・・・・・・しかしだ、お互いのためにもここは一つ肯定にしろ否定にしろキチンと説明して誤解されないように事前の打ち合わせを五時間くらいプレゼンし円滑なアレコレを決めたほうがいいのではないだろうか?だから「よしっ、いったん帰ろう!」「いや落ち着け」「あぅ」即断即決の判断力と行動力は魔女との戦闘では大いに役に立つだろう。が、今回はそうじゃ駄目だろう、岡部は回れ右をして立ち去ろうとする少女の両肩に手を置いて静止させる。だがピタッと綺麗に静止したはずの少女の体は小さく震えていた。だから岡部はため息とともにその肩を優しく解しながら―――「ミス・カナメ。彼女は思いのほか純情で繊細だ」だからこれ以上は止せ。と言葉にしないまま伝えた。「ユウリ、君も落ち着け」「お、おぅ?」弱々しく岡部に返事をするあいりに洵子は己の失態に気づいた。自分に対し本格的に苦手意識を持ち始めてきた少女に、洵子はやりすぎたと心の中で自分を叱咤した。釣り目で強気なあいりの表情はすでに泣きそうに歪んでいる。そんなつもりはなかった。実際に洵子の口調と声の強弱は一般のそれだった。後ろにいるまどか達も気にしている様子はない。だから彼女達は何故ユウリが急に庇護欲をそそる猫状態になっているのか、ある程度は察したが心配しているだけだ。洵子の口調が厳しかったとは思っていない。洵子の口調は決して乱暴ではなかったし威圧感もなかった。ただ内容に関して杏里あいりのメンタルが問題だった。しかしコミュニケーションは相手によりけり、さらに目の前の少女は強気そうに見えて実はそうとう口下手なのか、初対面の人間は苦手なのか怯えている。普段の自分なら絶対に犯さない失態だ。昨日の件で心身共に酷く疲労しているとしても決して許されるものではない。子供を、まして娘の友人を涙目になるまで質問責(攻)めにして泣かせるなど大人失格だ。これが原因で娘と仲違いなど起こしたら・・・とてもじゃないが立ち直れない。「すまないっ!なんか邪推しちゃってな、ごめんよ。あたしがどうかしてたっ」あいりと視線を合わせて、両手を合わせて出来るだけ警戒を与えないように洵子は笑顔をつくる。誤解を解くように、気にしないように、相手が引きずらないように自らが間違っていたと強調しながら謝罪する。それで全てが無かった事にはならないが、それでも真意に謝ってきている事に、あいりも感じる事はあるのか、周りの雰囲気を読んだのか、緊張を残しながらも逸らしそうになる視線を合わせて返事をした。「は、い」「ごめんね。初めての子だからつい気になっちゃって」「いえ・・・・大丈夫です」「ほんとに、ごめんよ。上がってくれ、お詫びと言っちゃ変だがお昼は御馳走するよ」「・・・・・・はい、ありがとうございます。御馳走になります」「うん、よろしくね」あいりは洵子から差し出された手を、その手をとって握手をした。多少ぎこちないが、それでも双方共に笑顔を浮かべる事ができたので引きずる事はないだろう。たぶん、今後があれば。洵子は娘の友人に嫌われることがなく安心し、あいりは魔法少女になって初めて友人(?)の家に招いてもらって、かつ家族から歓迎される事に罪悪感から帰りたい気持ちもあるが確かに喜んでいる気持ちもあった。かたや出来上がっている関係に罅を入れずに済んだ事を喜んで、かたや出来上がりつつある関係に安心していた。「案内するね。ほむらちゃん、ユウリちゃんこっちだよ」とりあえず険悪な雰囲気になることは回避できた。まどかが初めてやってきた二人を洗面所に案内していく、さやかもその後に続く。子供たちの姿が見えなくなると残された岡部と洵子は共にため息をついた。上辺を繕う相手がいなくなったことで隠していた疲労が一気に浮上してきたのだ。「ああ、なんだ・・・悪かったね」壁にもたれながら洵子は謝罪した。「いえ、お疲れのようですし・・・そんなにも消耗しているのなら何も今日---」「若いくせに相変わらず気を使ってくれるね・・・・でも、そうしたほうがよかったかもな。まったく、子供を泣かせちゃったよ」苦笑い。彼女にとって先ほどの件は相当堪えるモノだった。昨日の件も含めてダブルパンチ、まさか癒しになるはずの子供たちとの会合が疲労を招くとは思いもしなかった。それも自業自得で、だ。一方、岡部からみて洵子は正直に言えば大したものだと思う。あいりとのやり取りは確かに失敗だったが、こうして見る以上彼女は昨日の件を夢や幻として認識している様子はない。現実として受け止めているから疲労が色濃く表れている。子供たちが居なくなった事でハッキリと確認できた。普通は夢幻として無かったことにするか閉じこもって世界と自分を切り離す。そうすることで守るのだ。自分の世界を、精神を。それが正解だ。そもそも魔女の結界に閉じ込められるというのは一生涯に一度あるかないかの確率しかない。だから忘れた方が今後の人生で生きていくには楽だ。二度とない確率に怯えて過ごすなど精神衛生上悪い。一生に一度。何故なら――――最初の一回で死ぬ。その場に魔法少女がいなければ、傍で守ってくれなければ死がほとんど決定しているからだ。だから受け止めたところで意味はない。今度はいつ結界に引き込まれるのかと怯え、相談しようにも証明する手段がないから理解されることもない。どうすることもできず、どうにもならないことだからだ。抱え込んだところで、受け入れたところで何かが変わるわけじゃない。変えきれるわけじゃない。同じ目に逢えば今度こそ死んでしまう、殺されると身をもって理解している。対抗できる存在を知らない者から見れば魔女はそういうものだ。出鱈目で理不尽で不合理で不条理な現象。だから忘れていいのだ。気のせいだと、無かったことにしても、きっとそれが正解なのだ。「あー・・・・・なあ岡部、話は変わるけどな」「はい」「お前さ、車の免許とか興味ないか?金の都合はしてやるぞ」鹿目洵子はなぜ自分が生きているのか、その理由を知らない。あの地獄から生還できた要因を知らない。「ラボの家賃を始め、日々の生活も沢山助けてもらっています。ありがたい申し出ですが、これ以上は甘えるわけにはいきません」「ここに来るとき注目の的だったろ」「まあ・・・そうですね。休日の白昼堂々、女子中学生を連れて行進していましたからね」「車があれば解消できるぞ」「近場ですから、あまり必要性を感じません。それに今さらです、気にしませんよ」「んー・・・でもさ、まどか達の送り迎えとか楽そうだよな」「彼女たちを送り迎えするために免許を取れと?」あえて要因を挙げるとすれば、最後まで諦めなかった事と純粋な運だろう。「そうじゃなくて・・・・ああいや、そうだな。最近は物騒じゃないか。まどか達が心配でな」「確かに最近の見滝原はどことなくおかしい。治安の悪化が表に見えてきている」「だろ、だから無理とは言わないからさ。それで気が向いたら、ね。将来的にも免許はあって困るもんじゃないしさ」「すぐには無理ですが・・・・・そうですね。一ヶ月後には取りに行くのもいいかもしれません。お金はもちろん自費で」彼女は全てを無かったことにしてよかったのだ。彼女は全てを否定してしまってもよかったのだ。「はは、ありがとよ。毎日学校まで一緒に行ってくれているのも感謝してる。悪いね。昨日もどっかの建築物が崩壊してるし、どうも心配で、しばらくでいいんだ。悪いんだけどできるだけまどか達とは一緒にいてやってくれないかい?」「最初からそのつもりです。しかし――――」体験した出来事は夢幻のようで非現実的、残されたのは恐怖と不安。全身の破裂した血管と打撲や裂傷は完治、傷痕は衣類だけ。勘違いだと自分に言い聞かせれば無問題、証拠も痕跡もほとんどが消滅している。「それだけでは、まどか達は魔女の脅威から逃げられない」それを分かったうえで受け入れるのなら。それを理解したうえで何かをしたいというのなら。それでも彼女達の力になりたいのなら。「“俺も”彼女たちを守りますよ」こんなにも心強いことはない。「・・・・・・・岡部?」「見滝原で起きている事件、貴女を襲った異形、まどか達ラボメンの現状、全てお話しましょう」真実が彼女達家族にとって負担になることは承知している。きっと理解に苦しみ未来に不安を見出す。そんな後戻りできない現実、どうしようもない事実、変えようのない運命に向き合えるのなら、そのうえで彼女達の力になってくれるのなら是非もない。情報を提供しよう。戦えず、見守ることしかできない人達を巻き込む。知らないほうがいいかもしれない、何も気づかぬまま日常を続ければいいのかもしれないが・・・岡部は踏み込む。洵子には踏み込んでもらう。彼女達家族をこちら側に引っ張る。岡部倫太郎1人だけでは絶対に無理が生じる。協力者が必要だ。それも子供じゃない地に足の付いている社会的地位のある大人の存在が。一緒に戦えなくても、背負った宿命を共有できなくても、見守られるだけで彼女達の力に十分になれる事を知っている。必要だ。味方になってくれる大人が。誰にも相談できず、誰にも気づかれないのが魔法少女だ。そんな彼女たちにとって見守ってくれる存在は、ただ傍にいるだけで大きな安心を与える。頼れる存在は孤独な少女たちに安らぎを与える。大人なのに何もできないと、子供たちに何もしてやれないと洵子は悩み苦しむだろう。死ぬかもしれない場所に送り出すことしかできないと嘆くだろう。将来、何をしてやれるのか、道を示すことも案も出せないと沈むだろう。しかし、それでもいいのだ。彼女自身は苦しんで嘆いて沈んでしまうかおしれないが魔法少女にとって、そんなにも想ってくれる彼女のような大人がいてくれる事が、いるという事実が思いのほか希望になる。力になり絶望を跳ね返す。魔法少女は例え自分のせいで親兄弟が悩み苦しむことになろうとも、知っていてくれることには大きな意味がある。知っていてほしいと、見ていてほしいと、ここにいると認識してほしいのだ。理解者を求めている。心の底から信じられる人達がいる。いつだって気にしてくれている。例え結界の中に独りだとしても一人じゃない。その真実は彼女達に力を与える。生きていくのに必要な糧になる。「しかし覚えておいてください。まどか達には貴女達こそが、必要なんです。だからどうか俺の話を訊いてください」たった一人でも、無力でも、知っていてくれるだけで彼女達の世界は変わる。そこにいるだけで力になる。傍にいてくれるだけで癒される。待っていてくれるだけで立ち上がれる。鳳凰院凶真は知っている。岡部倫太郎は断言できる。例え力になれなくても、傍にいてくれなくても支えられてきたから。岡部倫太郎は多くの人に、未来の可能性を捧げられてきた。鹿目洵子は絶対に彼女達の支えになれる。そしてそれは彼女に限らず、本当は誰にだってできる。自分よりも強い魔法少女を力のない人達が支える事は難しそうでいて、実はそうでもない。必要ないのかもしれない。足を引っ張るだけかもしれない。本人だけで事足りるかもしれない。弱い自分達は邪魔になるかもしれない。それを言い訳にしない人は、間違いなく心強い彼女達の味方だ。かつての世界で多くの人が岡部倫太郎を支えてくれた。リーディング・シュタイナーをもたないなら、岡部の言葉は妄想や夢と何も変わらないのに信じた。タイムマシンという実物が確かにあったが、それを直接目のあたりにした者は少ない、起動している場面を見た者は岡部を除けばたったの――――。なのに妄言とバカにすることなく、狂言と疑うことなく、ただの大学生にすぎないはずの彼が構築した十数年規模の計画に耳を傾け、あらゆる被害と損失を抑えるために準備し、その期間を乗り切るために事前に備えて・・・・・人生を捧げてくれた。直接的な、目に見えて力になれた者は確かに少ない。ある人は研究施設を提供してくれた。設備や生活必需品、あの世界のあの時代にそれらを揃える事がどれほど困難だった事か。資金を提供し、長期間、計画を存続させるだけの地盤を作り上げてくれた。ある人は自分の計画に外せない能力を持つ人材。彼らにも人生がある。既に失った自分と違い愛する人達と幸せに生きる選択が有ったにも関わらず、最後まで不確かな計画に従ってくれた。どちらか一方でもが欠けてしまっていたら計画は終わっていただろう。どちらかが諦めたら、離れたら、全ては終わっていた。彼女達は最後まで自分を支えてくれた。彼ら、彼女らがいなければ辿り着けなかった。そして彼らの存在だけで全てを成し得たわけではない。やり遂げる執念を絶やすことなく主観で百年以上も持続させることができたのは、周りにいた人達の献身のおかげだった。直接的な力になれなくても支えてくれた人々。心が折れそうになれば癒してくれた。諦めそうになったら叱ってくれた。ただ我武者羅に失った人を救うために今を省みない自分の傍にいてくれた。周りを気にせずただ己の望みを叶えるためだけに、本当に多大な援助を受けておきながら何も返せないのに、そんな自分をいつだって気にかけてくれた。彼ら彼女らがいなければ、岡部倫太郎の精神は耐えきれなかっただろう。鳳凰院凶真は諦めていただろう。時間が無限にあろうとも、彼ら彼女らが傍にいなければ辿り着けなかった。死んでも諦めなかったのは、死んでも戦い続ける事ができたのは彼らのおかげだ。直接的に力になれた人も、そうでない人も――――彼らは皆、間違いなく岡部倫太郎の支えだった。解ってやれなくてすまないと、力になれなくてゴメンねと、こんな自分に頭を下げた。下げるべきは自分だ、不甲斐ないのは自分だ。誰よりも経験と時間があるのに無力すぎる自分が許せなかった。気落ちして、摩耗して、鬱憤を当たり散らされても、そんな自分を見捨てなかった人達。リーディング・シュタイナーを持たないゆえに真の意味で分かち合うことはできないのに、それでも解り合おうとしてくれた人達。所詮はたった一人の男の言葉だ。確たる確証もないのに、度重なるタイムリープで積もり積もった鬱憤を理不尽にも罵倒として叩きつけても傍にいてくれた。何があろうと彼らは信じてくれた。何があっても見捨てなかった。何をやっても傍にいてくれた。岡部倫太郎が諦めても、最後の最後まで岡部倫太郎を諦めなかった。あの時代、あの状況下で、岡部倫太郎が死んだ後も――――最後の最後までやり遂げた。それを知ったから、それを観測したから、だから岡部倫太郎は諦めずに立ち上がれてこれた。俯いても前を向けた。失敗しても繰り返した。彼女達がいなければ挑めなかった。彼らがいなければ立ち上がれなかった。彼女達がいなければ諦めていた。彼らがいなければやり遂げる事は不可能だった。力が有ろうが無かろうが関係ない。どちらも欠けてはいけない。最後の最後で立ち上がれる力をくれるのは、そうゆう人達の存在だ。自分がいなくなれば悲しんでくれる人がいる。帰りを待っている。信じてくれているという事実は、決して気休めなどという矮小なものではない。生き残るのに大切なファクターだ。誰かが傍にいてくれたから岡部倫太郎は見つける事が出来た。誰かが待っていてくれるから辿り着かせる事が出来た。誰かが信じてくれたから諦めなかった。彼女達がいたから『シュタインズ・ゲート』へと導く事が出来た。傍にいてくれるだけで絶望を撥ね退ける力を発揮する事を、岡部はその身で実感してきたから解る。きっと魔法少女もそうなのだと、彼女達は感情や想いを力にするのだから、なおさらだろう。彼女、鹿目洵子はどの世界線でも鹿目まどかを支えてきた。力になれなくても、何も知らなくても、相談に乗れなくても気にかけ、帰りを待ち―――傍にいる。今までがそうであったように、これからもそうであるのなら、いつかに繋がる未来のために、大切な娘と世界を守るための手段を提示しよう。信頼できる相手がいるのは幸いなことだ。自分が大切と思える人達の事を、他の誰かも同じように想っていてくれる。その事実は嬉しくて、とても頼もしい。―――オペレーション・フミトビョルグ戦力は整いつつある。あとは彼女達の心を支える部分を強化すれば一気に未来への道筋が見えてくる。ゆえに、この作戦を確実に成功に納めなければならない。―――目的 戦力の補充及び各関係者との情報共有による連携体制を構築此処が最初だ。しくじる可能性が低いとはいえ重要だ。最初で躓けば次も難しくなる。―――対象 全ラボラトリーメンバー意思があるなら喜んで提供しよう。真実を。現状を。可能性を。一生の問題だ。隠し通せるものではないし、いつか限界が来る。ゆえに一度は話さないといけない。隠す気は無い。理解者は絶対に必要だ。それが親しい家族なら上等だろう。理解と和解、納得と協力を得るために説得と交渉を最大限行う。もし最悪の事態になれば、そのときはそのときだ。―――並びに、その家族彼女達の敵になってでも、彼女達の味方になってもらう。■「もう支度は済んでるみたい、こっちだよみんなっ」まどかが食事の準備がされているリビングへと嬉しそうに皆を案内する。鹿目家は立派な住宅だ。父和久は専業主夫、つまり鹿目洵子の稼ぎはかなりのものだろう。「そういや岡部、人数が足りなくないかい?」「ええ、実は用事が出来てしまったらしくて、その・・・・すいません。急に頼みこんでおいて――――」「かまいやしないよ。今度連れてきな」「ありがとうございます。ぜひ紹介させてください」「ほむらは調子どう?」「うん。大丈夫だよ美樹さん、ありがとう」「ユウリは・・・って、どうしたん?」皆がまどかの後に、各人談話しながら大きなガラス張りの廊下を通りリビングを目指す。広い間取りは廊下にも適応され、そしてそこからは立派な庭を眺める事が出来る。「いや、アレって“家庭菜園”だよな・・・・」「「「!!」」」リビングの目の前、大きなガラス張りの扉の前で、外の風景を真剣に眺めているユウリの言葉に鹿目家以外の全員が足をとめた。そして鹿目家以外の全員がバッ!とガラスに顔を押し付けるようにしながら、お昼の温かな光を浴びて美味しそうに丸々と育っている農作物を凝視する。全員が目を凝らし、ある者は魔力を用いてまで視力を強化して真剣に周囲を含めて検分し始めた。「み、みんなどうしたの?あっ、あれはパパがやってる家庭菜園なんだ。お弁当や朝ご飯の野菜は“ここ”から――――」『だからだよ!!』と言う叫びは心の中で、『芋サイダー』の原材料はここにあるはずだと皆が必死に目を凝らした。その横でまどかは「(´・ω・`)?」と皆を不思議そうに見渡し、その隣で洵子が掌で己の表情を隠しながら溜息を溢していた。彼女はまどかの母親だ。岡部たち以上に娘の料理という名の摩訶不思議を味わっているだけに、岡部達の気持をよく理解しているのかもしれない。理解者がいることは幸いだ。分かってくれる事は嬉しい事だ。楽しさは倍に、苦悩は半分になるのだから。「ふふ、あのねオカリン。『芋サイダー』もこの菜園があってこそなんだよ」まどかにしては珍しく自慢げに薄い胸を張るが、その言葉を受けて皆は―――。「くッ、やはり元凶・・・・・原材料はここか!?」「あたし何度か見せてもらったけど特に異常なモノはなかったよ!?」「まさか呪い―――魔法が関わっているのかも」「ユウリさん、何か見えますか?私には今のところ何も・・・インキュベーターなら何か気付くかもッ」それぞれが情報と可能性を提示し合っていた。奇しくもこの件が、あいりやほむらを含めたラボメンの心が事前の打ち合わせもなく岡部倫太郎と一致して取り組んだ共同作業だった。■「お待たせ、どうぞ召し上がれ」久しぶりの来客に、それも心許していた相手だけに若干浮ついた、心持ち気持ちが高揚しているのを自覚している。岡部達が未知なる物質を探している頃、マミは自宅のマンションで客人に紅茶とケーキを振る舞っていた。本当なら岡部達と合流しているはずだが、事情によりお昼は辞退することになってしまった。赤い髪の少女と黒髪の少女の前に紅茶と手作りケーキ。そしてマミの後ろでキュウべぇを頭に乗せながらちょこちょこと室内を探検(?)している女の子の席には紅茶の代わりにオレンジジュースをセットした。赤毛の少女とは一度、仲違いから別れてしまった相手だ。緊張し、久しぶりの再会に不安がなかったと言えば嘘になる。しかし今はこうして自分の家で、同じ席でお茶会ができることが心の底から嬉しかった。自分は何を話そう、彼女は何を話してくれるのか、楽しみだ。明日は学校もお休みだから時間は沢山ある。ケーキと紅茶、美味しい物を口にしながらいっぱい語ろう、マミはそう思っていた。ラボの皆にも紹介しなければいけない。忙しくなるそうだが嬉しさと期待に胸が高鳴る。なんと紹介しよう?彼女は見た目こそ現在は不良にみえるが、本当は優しい・・・・・・しかしセットすると同時に、赤毛の少女は備え付けのフォークを使わず手づかみでケーキを平らげてしまった。「・・・・・・・佐倉さん。もうっ、行儀が悪いわよ」せっかく、こう、色んな思い出が蘇って嬉しくて、なのに説教をしたくもないのにしてしまう。「なんだよ、こんぐらいいいじゃん」はぐはぐと、口元からケーキの欠片が落ちるが気にすることなく赤毛の少女は、佐倉杏子はマミの叱責をどこ吹く風と無視する。それにムッとしたマミは杏子の手からケーキを没収する。杏子の溢しているケーキの欠片は床に敷いてあるもふもふのカーペットにとって無視できない敵だ。掃除が大変なのだ。また、掃除とは別に彼女の行儀の悪さは前に会ったころよりも酷くなっているような気がする。今までのことをお話ししたかったが、先輩としてここは一つ指導が先だろうと思う。二人っきりなら流せたが、ここには他の人もいるのだ。おまけにその内の一人は杏子の妹分、双方のためにも心を鬼にして厳しくしなくてはいけない。ただでさえ現在の杏子は社会不適合者ギリギリな存在だ、変に悪目立ちしては問題になる。「何すんだよマミ、それはアタシのだぞっ」「だーめ。少し食べ方を改めなさい」「ハァ?アタシがどう食べようとアンタにゃ関係ないだろう」「いいえ、先輩として見過ごせないわ。どうしてわざわざ悪ぶった食べ方をしているのかは分からないけど、連れの子の事も考えなさい」「な!?」「あの子は貴女を信頼している。いい?貴女のやる事なす事全てがあの子の普通になるの。良い事も悪い事も当然になって絶対になるのよ」「う」「事情はまだよく分からないけど大切な子なんでしょ?ならキチンと見本になるようにしなきゃ駄目じゃない」「うう、いや・・・あのなマミ」「そういえば御両親が・・・・・貴女達は今どこに住んでるの?食べ物やお風呂、お洋服もだけど現金はちゃんとある?野宿じゃないわよね、魔法少女だからってさすがにこの時期は冷えるんだから無茶は駄目よ」「あ、ぅ、それは―――」「それでどうやって過ごしているの?貴女はあの子の姉であると同時に親代わりでもあるんだから犯罪染みた方法は教えちゃダメよ。将来、何か困難な事が有れば頼るのは貴女と、貴女と過ごして身に付けた技術と経験なんだから」「ぅぅ」ずずい、とマミに攻められれば杏子は反射的に反論しようとするがいかんせん、連れである千歳ゆまの事を思えば口を閉じるしかない。正論なのもそうだが、言われて初めて自分がゆまに与える影響の大きさに気付いたのだ。室内を探検している小学生の女の子。杏子の連れにして魔法少女。魔女に親を殺され、その後は自分が面倒を見ている少女。千歳ゆま、杏子の妹分。口にはしないが大切な家族。佐倉杏子にとって千歳ゆまは知り合って間もない間柄だが既に妹のように大切な子となっている。彼女には幸せになってほしい。魔女に殺された親に虐待されていた事もあるし、今後は何者にも虐げられることなく生きてほしいと心の底から願う。当然、将来は真っ当に生きてほしい。魔法少女になってしまった以上、グリーフシードを得るために魔女との戦闘は避けきれないが姉として、何より自分を助けるために契約してしまったのでその辺は全力でサポートするつもりだ。杏子に意思はあった。覚悟もあった。ゆまのためなら何でもできると考えていた。が、マミに問われていくうちに杏子は不安になってきた。真っ当に生きてほしいと思っても、自分と一緒にいては難しいのではないだろうか?日々の生活を窃盗や不法侵入等の綱渡りで過ごしている。このままでは絶対に駄目なのは明白だ。自分一人ならどうとでもなれるが・・・ゆまにそれを許容させるわけにはいかない。そもそも今の彼女は社会的にどうゆう扱いをされているのだろうか?日本国民には戸籍が有る。それをもってこの国では己の証明として生活するのだが、今の千歳ゆまは・・・?親は魔女の結界内で殺された。杏子は基本的な事を忘れていた。彼女には、ゆまには他にも親族、親戚はいないのだろうか?捜索願、行方不明扱いじゃないのか?このままでいいわけがない。将来のことを考えれば早く動かなければいけない。戸籍がなければ――――。「・・・え・・・・ぁ」自分一人ならどうでもよかった。学校にもいかず、帰りを待つ人もいない、誰にも囚われずに好き勝手出来た。誰にも気にかけてもらえない代わりに、誰も気にせずにいられた。将来が暗かろうが未来に希望を見出せなかろうが、今をとりあえず生きてやり過ごせればそれでよかった。だがゆまと出会い、親を失ったという似た境遇の彼女のことが放っておけなくて、気になって気にいって、気付けば大切な子になっていて、幸せになってほしいと願い一緒に過ごして―――・・・ああ、佐倉杏子と一緒にいては、彼女の将来は、少なくともまともな人生を歩むのは難しいと、気が付いた。今まで自分はゆまと一緒に隙を見ては無断で銭湯やホテルを使用した。これらは当然犯罪行為だ。自分と一緒ではこれをずっと続けるしかない。お金がないのだから、食事も衣類も調達する一番の方法はお金だ。真っ当に生きてほしいのなら、生きるなら働くしかない。しかし中学生が働けるバイトなどそうはない。また、それにしたって親の承諾が必要だ。親のサイン一つないだけで普通のバイトにすらありつけない。あったところで二人分の生活費など稼げるはずもない。では裏稼業?まっとうな生活が送れるわけがない。ではどうすればいい?現状維持はもっての外だ。いつまでも犯罪に手を染めていては何処かで限界が来る。とりあえず戸籍を手に入れるべきだろう。しかしどうやって?自分と違いゆまは行方を眩ませて日が浅い、警察にでも行けば保護してくれるだろうが、その時は離ればなれだ。離れたくない、と思うのは我が儘だろうか。正しいということは分かっている。本来はそうあるべきで、今が異常なのだ。まだ間に合うはずだ。施設や親戚の家に引き取られてもグリーフシードは時折自分が届ければ大丈夫だと・・・思う。社会復帰とは言いすぎかもしれないが、そうすべきではないかと杏子は不安になる。否、そうあるべきだと理解し悲しくなる。自分と居ては将来ゆまの為に成らず。それを覆そうにも佐倉杏子はあまりにも無力で、何より―――――幼かった。今更、本当に今更そんなことに、普通はすぐに気付くべき事柄に顔を青くさせた杏子の耳に、件の千歳ゆまの声が届いた。「キョーコをいじめるなー!!」マミの背後に忍び寄り、ゆまはマミのスカートを盛大に下から上へと捲った。俗に言うスカート捲りだ。そのままのネーミングだが昨今はあまり聞かない単語ではないだろうか?少なくとも中学三年生のマミにとって、この技というか遊びというか悪戯をされるのは大分久しい。ゆえに予測も予感も感じきれない最高の不意打ちとなった。「はぅっ!?き、きゃああああああああ!!?」突然の事にマミは腰を抜かしたかのようにへたり込んでしまう。「キョーコをいじめちゃダメだよ!」「うっ、うぅ」ゆまは腰に両手を当てて憤慨し、マミはシクシクと涙目だ。「キョーコをいじめたら絶対に許さないんだからね!」「あっと、まてまてゆまっ、マミはアタシを虐めてたわけじゃないから大丈夫だ」ゆまが怒っているのは自分のためだろう。それは嬉しいがマミを叱らないでほしい、マミはただこちらを心配してくれているだけだ。口調はどうあれ、それは分かっている。彼女の優しさを、それを自分は昔から向けられてきたから分かる。親身になって、返答次第ではきっとお人好しなマミは自宅に自分達を迎え入れる気だろう。いつかのように、性懲りもなく、彼女は引きとめるのだろう。何かと理由をつけて、その理由の一つには本気で損得無視の博愛があって・・・・。この人は変わらないなと、いつかを懐かしみながら杏子はプンプンと頬を膨らませているゆまの頭を優しく撫でた。マミなら、ゆまをどうするだろうか?「ん~・・・ホント?」「ほんとだよ」間違いなく今より良い生活を、正しい生き方を、その他もろもろの手続きも済ませる事が出来るだろう。マミも所詮は中学生にすぎないが既に自立している立場であり、何も分からない自分とは比べられないほどしっかりしているはずだ。相談してみるか?どうしたら社会性を保持したまま一緒に居られるか、と。無理で無茶な相談でも、彼女なら何か妙案を示してくれるかもしれない。ゆまの生い立ちを話せば彼女は絶対に己の事のように悩んでくれる、考えてくれるはずだ。(・・・・って、無理に決まってるか)しかしどうあがいても、ゆまの事を思えば迅速に保護してもらうべきだろう。マミもそう指摘する筈だ。一緒にいたいと願うのは自分の我が儘だ。例えゆまが同じように思っても、言っても世間一般を順当に過ごすためには仕方がない。時間をかければかけるほど面倒になる。保護されるまでの期間をどうしていたとか、親はどうなったとか、説明しても納得は得られないだろうから、ゆまのためにも、そうすべきなのだ。だけど、でも、それでも――――――「賑やかですね。巴さんは日々をこうして過ごされているのですか?」「え?」「お楽しみのところすみません。楽しそうにはしゃいでおられるので、ふと気になってしまって」突然の隣からの声に杏子の思考は打ち切られた。自分の隣に座っていた黒髪の少女、長い髪をややサイドポニー気味に結っている少女だ。名前は『双樹ルカ』と言っていた。マミの出した紅茶のカップを静かに置きながら、笑顔を向けながら問うてきた。その声は澄んでいて、はっきりと、すんなりと耳に届くからマミは少しだけ気恥ずくなったのか頬を桜色に染める。だからと言うわけではないが、それとは何も関係ないが、そのはずだが、杏子は少しだけ顔を顰めた。「・・・・・アタシとマミはちょっと前までパートナーだったんだよ」自分は考え事をしていて、マミは恥ずかしがっていたので、ルカは別に自分とマミとの間に突然無遠慮に図々しく割って入ってきたわけではない。会話の途中に乱入してきたわけでもない、ただ声をかけてきただけだ。問題ない。だけどマミの代わりに答え、つい棘のある口調になってしまったのは――――――何故だろう?双樹ルカ。真っ赤な着物のようなドレスに氷の魔法で魔女を串刺しにしていた魔法少女。マミ曰く魔女との戦闘中に助けてもらったらしいが、どうも杏子は彼女のことが気に食わない。何故?どうして?口調は丁寧だし態度も特に思う事はない。ゆまがいきなり胸を揉んでも特に気にすることなく笑っていた―――――同じ事をされたマミは涙目だったが。「そうだったんですか?噂では見滝原の巴マミは一騎当千勇猛果敢、群れず驕らず油断せず、使い魔一匹見逃さない鬼神のような強さで無双する魔法少女と聞いていたので、てっきりワンマンアーミーなオオカミさんかと」「ぇ・・・・ええっとあの双樹さ・・・ん?」「はい?ああ、私のことはルカと呼んでください。―――マミと呼んでも?」「ええ、私のことも名前で。じゃあルカさん」「ルカでけっこうですよ」「る、ルカ・・・?」「はい。なんでしょうかマミ」ただの会話、ただの応酬、ただ名前で呼び合っているだけ、しかし杏子は嫌な気分になった。嫌な、と言うよりは面白くない、だろうか。つまらない、気に食わない。「えっと、私の噂って・・・・なにか変な言葉が聴こえちゃって」「はい?」「え、いえ・・・・あれ?噂って一体何のことかなって・・・・・・オオカミさんって」?マークを浮かべた表情のルカは最初、マミが何を言っているのか分からず、しかしマミが自分の噂をまったく知らないんだと汲み取ってくれた。「マミ、貴女は御自分が周りの魔法少女から噂されていることを知らないようですね」「う、噂?あのまさか――――」「ええ、それはもう盛大でド派手な噂が見滝原を越えて私のもとにも届いてきましたよ?」ころころと、上品に口元を隠して笑うルカの姿はしかし年相応の少女に見える。マミの慌てる姿をからかう姿にはイヤミなんかなくて、出会ったばかりなのにまるで友達のように接している。だから、この時点で杏子がルカに嫌悪感を抱く要因はないはずだ。マミはマミで泣きべそをかいてる場面を見られ、知らぬうちに拡散している己の噂の内容が気になり、それらもあってますます恥ずかしく、慌ててしまう。初対面の人間にさっそく醜態・・・とは言えない微笑ましいものだが、それでも情けないところばかり見られている気がしたのだろう。杏子視点ではやはり、この時点では何も問題はない、のに。「ぅ、そんな鬼神なんて私――――」「ええ、まったく噂はあてになりません。鬼神と呼ぶには貴女の戦い方には華があり、優雅で、見ているだけで胸が高まりました」「へ、そっ・・・・そうですか?」「もちろん!その姿は共にいる者達を奮い立たせる希望になり、敵たる魔女にとっては絶望になるでしょう。知っていますか?戦っている時の貴女のソウルジェムは、とても美しい黄金の輝きを放っていたんですよ」しかし、杏子は二人のやりとりが気に食わなかった。すらすらと、何故か嬉しそうに語るルカに誉め称えられてしまったマミが顔を熱くさせているのが原因だろうか。噂と違って情けない、そんな風に見られたと思いきや絶賛された。普段から一人っきりで戦っているから、そんな風に言ってもらったのは初めてで嬉しかったのだろう。現にマミは凄いとか、綺麗とか、格好良いとか、羨ましいとか、そう言ってくれる人たちは少なからず確かにいたが、流石に“希望になる”と言ってくれた人はいなかった。絶望を撒き散らす魔女に対抗できるのが魔法少女。絶望に対し希望で、“せめてそうでありたい”と思っていたから、ルカの言葉はマミの胸を温かく、熱くしてくれた。「・・・」だがそんな心情とは違いルカが熱く語り、マミが赤くなる様子を黙って聞いていた杏子は冷めていた。「キョーコ?」「・・・・・なんでもねぇ」面白くない。気に食わない。「今まで幾人ものソウルジェムを見てきました。しかしマミ、貴女のあの輝きに勝るものなど一つもありません」「えっとあり、がとう?」「お礼なんてそんなっ、感謝したいのは“私達”です!」別れこそしたが杏子にとってマミは今も尊敬すべき先輩だ。そんなマミをルカに盗られたからと嫉妬しているからか?今日初めて会っただけの奴より自分の方が色んな事を知っている、付き合いも長くて本人の知らない癖や弱さを知っているんだ、と?それとも単に自分を放っておいといて盛り上がっているのが許せないからか?キュウべぇから気になる事を聞かされ、マミに会いに久しぶりに見滝原に足を運んだのに置いてけぼりをくらって拗ねているのだろうか?またはルカを生理的に受けつけないからか?理由も無しに佐倉杏子が双樹ルカを単に拒絶しているのだろうか?「この出会いに感謝を、見滝原にきて本当によかった」「そんな、大げさよルカ」とか言いながらも嬉しそうに対応するマミに、杏子はイライラしてきた。いけない、ゆまが隣にいるのにこのままでは冷静ではいられなくなる。何か別の事を考えて気を紛らわそうと思った。例えばそう、そもそもこの見滝原に来ようと思った切っ掛けとか考えてみてはどうだろう。「ああ、この見滝原は本当に宝石箱のようですね。昨日に続き連続で綺麗なソウルジェムを見つける事が出来るとは」「え、ルカは昨日も魔法少女と?」「はい、残念ながら逃げられてしまいましたが――――とても素敵な出会いでした」「逃げ・・・?」「ああ、ゴメンナサイ。うまく口説けなくて振られてしまいました」「ルカは積極的なのね」何か会話のやりとりに不具合が発生していたような気がしたが、杏子の思考は無理やりにでも足を運んだ原因を見つけようと躍起になった。面白くなくてつまらないのだ。その理由が嫉妬であっていいわけがない。ゆまの手前、意地になっているのは無視、みっともない場面を見せるわけにはいかない「でも嬉しそうねルカ、昨日出会えた魔法少女はそんなに?」「強くて、綺麗で、眩しく、美しかったですよ。ふふ、きっと・・・・・きっとまた出会えるわ」「見滝原在住の魔法少女だとしたら新人かしら?」「白と黒のソウルジェムを持つ魔法少女。マミ、彼女達に心当たりはないですか」実際、マミには久しく会っていなかったし、ゆまのことで相談したい事もあったので今回の件は渡り船、都合もタイミングも良かったのは本当だ。ただ自分とマミの仲違いの原因、引き止めようとしてくれたマミの手を振り払い拒絶したのは己だ。理由はあれどマミを傷つけ悲しませた手前、自らが率先して戻るにはバツが悪い、ゆえに向こうから声をかけられたのはまさに行幸―――嬉しかった。それにもしかしたらと、遅すぎて身勝手かもしれないけれど、ちゃんとあの時の事を謝りたかった。そして仲直りしたかった。きっとマミは悲しんでも、怒ってはいないだろうが、喧嘩別れをしても、恨んでも憎んでもいないだろうが、それでも言葉にしてキチンと仲直りしたかった。マミの事が嫌いで別れたわけじゃない。気に食わなくて喧嘩したんじゃない。本当に今更だけど、今まで言えなかったけど、今になっても素直には言えないけれど、ずっと思っていたのだ。自分みたいな奴がマミの隣には相応しくないと、もっと良い奴がいるはずなのに、と。自分は、佐倉杏子は巴マミと一緒にいたかった。今日この場で過去の全てをチャラにしようとは思っていない。そうであってはいけない。自分のしたことで彼女は再び独りになってしまって傷ついたのだ。優しさを踏みにじった自分が許されていいはずがない。ましてや新たな連れを得た自分が図々しくも、その連れを失わないための助力を求めようと―――――「白と黒?そういえばキリカさんと暁美さんのソウルジェムが黒っぽかったような―――――」いけない。この流れは不味い。気分が沈んでいく。切り替えるべきだ。そうじゃない、今はそれを考えるべきではない。今はマミに対し強気で行くべきなのだ。謝りたいし反省もしているがそれはそれ、今は別の相手をしているマミに対し下手につくつもりはない。よく分からないが悔しいじゃないか。ルカに対してか、マミに対してかはよく分からないけれど。そもそも、それとは別に思う事があって急いで見滝原に来たのだ。(!そうだっ、忘れるところだった!)できるだけ早く、速攻で見滝原にやってきた理由があったのだ。忘れてはいけない、絶対に実態を確かめてマミの現状を確実に確認しなければならない。都合もタイミングも良かったのは本当で、だけど急いで此処まで来たのは“それ”があったからだ。“それ”がなければゆっくり、焦らすように、しょうがなくを装って内心ではマミに会える事を喜びながら不安を抱きながら見滝原にやってきただろう。「キリカ・・・・マミっ、今のはクレ・キリカの事ですか!?」しかし“それ”のせいで超特急だ。ゆまの事で相談したい事もあった、昔の事を謝りたかった、だから丁度良くて都合も良かったが、それらを後回しにして急いで駆け付けた理由があった。キュウべぇから初めてその情報を聞かされた時は気が気じゃなかった。マミの事が心配で止まってなんかいられなかった。ゆまが驚くほど―――徒歩でも無銭乗車でもなく、できるだけ時間のロスを避けるためにキチンと交通費を惜しむことなく費やして―――短時間で駆け付けた結果、マミが魔女と戦っている場に遭遇して、その隣にいた存在のせいで、それが『女』で安心し安堵しその相手とのやり取りのせいで思考の片隅に追いやってしまっていた理由があるのだ。久しぶりのマミの家、気が付けば二人のやりとりにモヤモヤしていたせいで“誤解していた”が、誤認してしまったがキュウべぇから聞いた話とルカは別人だ。杏子が急いで駆け付けた理由は彼女ではない――――“彼”のはずだ。尊敬し、恩人であるマミの近くに謎の人物が現れた。それも男だ。これは不味いと思ったのは自分が心配性だからじゃない、相手がマミだからだ。「キリカっ、クレ・キリカですね!マミは彼女と知り合いだったのですね!」「ええっとあのねルカ落ち着いて!?」「ならばさっそくですマミ!私達と戦ってください!」「え・・・・ええ!?」「私達が勝てば彼女の事を教えてください!」「あ、あのルカ・・・私はその―――」「負ければ私は大人しく身を引きましょう!死も受け入れましょう!」「それは困るわ!?」だって巴マミは間違いなくチョロイのだ。だからあの時、魔女の結界に突入してマミの隣にいたのが“女”のルカだったから安心してしまった。自分の耳がキュウべぇの伝えてきた情報を育児(?)の疲れから曲解し誤解し変換してしまい“男”と勘違いしてしまったと無意識に、自己満足に、無理矢理に納得するために言い聞かせてしまった。マミに限ってそんなことはない、あのマミがそんなわけない、マミが、マミが男に騙されたりなんかしないと―――――「えええっと、あのねルカ、私はまだ彼女のこと何も知らないの」「・・・・・と、言いますと?」「今日の朝、初めて会ったばかりでまだ連絡先も知らないの」「そう、なのですか?」「それになんと言ったらいいか、彼女との関係はまだあやふやなのよね」「?」「ルカの知り合いらしいけど、気を悪くしないで聞いてね?」「ええ」杏子は数時間前、キュウべぇから妙な事を教えてもらった。マミと一緒にいる男がうんたらかんたら。正直な話、その時に伝えられたほとんどの情報はまったくと言っていいほど頭に入っていなかった。唯一捉えていた内容が『マミと一緒にいる男』の部分であり、あとは断片的に『魔法少女の理解者』『学校の先生』『年上の男』などが捕捉で脳に入力されていて、致命的で、できれば聞き間違いであってほしい『一緒に寝食を共にしている』との情報を得てしまった杏子は冷や汗と血の気が大変なことになっていた。杏子はあれだ。巴マミは優しく可愛い女子中学生、自分のような者でも受け入れる聖女のような人だから理解者を装う男に、学校の先生と言う昨今の社会で問題視されている今時のちょっとした事件になりつつある出来事に巻き込まれていると邪推してしまったのだ。きっとマミは騙されている。または騙されているのを承知の上で受け入れている可能性も高いと杏子は混乱と不安から判断した。だから急いだ。だから他の悩みと謝罪を後まわしにしてしうほどの思考で駆け付けた。「キリカさんと出会ったのはラボの屋上なんだけど、その時に彼女は私の仲間と戦闘にはいっていたの」「昨日の今日で元気ですね。しかし戦闘・・・?ああ、佐倉さんのようにマミには他にも魔法少女の仲間がいるのですね」「ええ、その子と出会ったのも昨日の事なんだけどね」「それは心躍る情報です。貴女が仲間と認め、キリカと渡り合えるほどの魔法少女・・・・・さぞかし美しい輝きを放っているのでしょうね」「輝きはともかく、容姿はとても可愛らしい子達よ」マミはヒロインとして十全な容姿と性格だと杏子は思っている。何が十全なのか本人も良く分かってはいないが、とにもかくにも杏子にとって巴マミと言う少女はヒロインなのだ―――チョロインでもある。それはもうチョロイ。条件を一つでもクリアすれば誰でも余裕でお持ち帰りできるぐらいチョロイ、言葉一つ行動一つでクリアできる超イージー攻略ヒロイン。それが尊敬すべき先輩であり、優しい恩人であり、寂しがりやな女の子である巴マミだ!と杏子は思っている。本気で、マジで、ゆまに関する相談内容や過去に対する謝罪のシチュエーションも明後日の彼方へと捨てるほどの不安を抱くほどそう思っている。マミが知れば怒るかもしれない、唖然とするかもしれないがコレばっかりは決して譲る気はない。絶対にマミはチョロイ、自覚はないだろうが寂しがりやで強がりなこの少女は条件を果たした異性に確実に堕ちる。異性じゃなくても堕ちる。親を早期に亡くしたゆえに年上が相手なら倍率ドン。「噂は噂ですね、マミは沢山の仲間に囲まれている」「お友達、ね。それにホントに最近なのよ?それまでは隣にいる佐倉さんとキュウべぇだけが私にとって唯一の理解者で、全てを話せるお友達だったの」「そういえば、そのキュウべぇは?」極端に言えば他人事、簡単に言えばお節介、良く受けとるなら身を案じて、悪く受けとるならお邪魔虫、杏子のやっていることは仕入れた情報の正誤を確認しないまま鵜呑みにし、しかも中途半端な解釈のまま相手の人間関係に物申すモノだ。「さっき連絡を受けたから、鳳凰院先生のところに向かったと思うわ」「気付きませんでした・・・・・・・ほうおういん先生とは?」それは分かっている。それに自分のやろうとしていることは友達、仲間と出会えたことで嬉しそうにしているマミを傷つける可能性が十分に含まれていることも、よく分かっている。「仲良くなった子達の幼馴染で、私の学校の臨時講師をしているの」「変わったお名前ですね?」「二つ名みたいなものらしいわ。それでね、もう授業内容が面白くて今では学校の名物授業になっているの!」「ふむん、しかし何故キュウべぇがその先生のもとに?話の内容から仲良くなった子達は魔法少女なのでしょう?そちらではなく?」「ええそうよ。暁美さんとユウリさん。それに魔法少女候補に鹿目さんと美樹さん、みんな鳳凰院先生の教え子なの」「そのホウオウイン・・・・鳳凰院先生とやらも魔法少女候補なのですか?または既に?」「ふふふ、どっちだと思う?」しかしだ。マミは恩人なのだ。「学校の教師を務めるほどの方ですから年配・・・・・のせんは幼馴染のフレーズから察するに違いますよね?」「ええ、鳳凰院先生は今年で19になるそうよ」「・・・お若い方ですね。では“彼女”が魔法少女である可能性は高い、先駆者として幼馴染達への配慮はできるでしょうし、だからこそ実際に魔法少女であるマミともかかわりが持てる」「ふむふむ」マミは優しすぎるから。「そうではない可能性も捨てきれませんが、私達魔法少女に関わる以上は一定の理解と知識をお持ちなのでしょう。覚悟も、ね」「ルカの言う通りよ。“彼”には魔法少女に対する理解と知識が備わっている。きっと私以上に、もしかしたら貴女よりも、誰よりも」傷ついてほしくない。「ではやはり彼女は魔法少女なのですね。キュウべぇと接触できる以上・・・高校生の魔法少女とは幾度か遭遇したことがありましすが、大学生で――――――――あら?」「うふふ、どうしたのルカ?」「・・・・・・ん?マミ、何かおかしな・・・・・あら?」新しく信じた誰かに傷つけられるくらいなら、アタシに傷つけられた方がまだマシだろうと、訳のわかんない事を考えた。マミに今度こそ嫌われるかもしれない。また泣かせるかもしれない。だけどそうしたほうがいいと、心のどこかで言い聞かせる。心を深く抉られる前に伝えた方がいい、前もって備えた方がいい、事前に慣れておいた方がいい、傷つくことに、裏切られることに、優しすぎて儚い少女だから、強いくせに脆いから、頑張るくせに弱いから、幸せになってほしいから―――だから傷つける。例え間違っていても、勘違いだったとしても、今は、ここは、この場面で伝えなければならない。裏切られる可能性を、勘違いしている可能性がある事を。「正解は魔法少女ではない、よ。鳳凰院先生は確かに知識を持っている。その物腰と言動から大分前から魔法少女の存在を認識している」「いえ、マミ・・・・貴女はその彼女・・・・ではなく『彼』と、言いましたか?」「ええ、彼は不思議な人よ。魔法少女の存在だけでなく魔女も、それにキュウべぇの姿も目視している。それに私達を怖がらないし無碍にもしない・・・・あまり意識してこなかったけど一般の人から見れば私達魔法少女も異常よね」「それはまあ、そうでしょう。肉体限界を超えた身体能力に耐久力、それを支えきれる動体視力、奇跡と言う名の一方的に現実を覆す魔法、持たざる者から見れば十分に私達は悪夢でしょうね」「・・・・・・・・・・・そう、確かに。でも彼は気にしないのよ。むしろ手を伸ばすの、“それ”を知っているのに声をかけてくれて、分かっているのに迎え入れてくれる」「それはまた無謀なのか、無知なのか、はたまた慈愛や博愛の持ち主なのか。無償の愛なら聖人か狂人ですね」「どうかしらね。無謀というには彼には考えがあるようだし、無知と言うには備えがある。私達に向ける思いに裏があるかはまだ分からないけれど・・・・周りにいる彼女達は彼を信じているわ」「貴女は?」「私は・・・・わたしも――――」・・・もちろん。本当は自分の焦った考えが全部間違っていて、マミの信じる、信じた人達がみんな善人で純粋に手を取り合っているのが本当なのが最善だ。マミが信じるように、彼ら彼女らもマミの事を信じてくれることを祈る。願う。もしそうなら嬉しい。「鳳凰院先生を・・・彼ら達を信じたいわ」それにマミが自分以外の誰かと、それも魔法少女と仲良くしているのを見るのはモヤモヤするが一度拒絶した自分がどうこう言えるわけではない。マミがこうして笑顔で誰かの事を語っているのだ。独りで戦い続ける彼女が、誰かのために戦う彼女が同士を見つけたのかもしれない、祝福すべきだ。マミが信じたいと言っているのだ。なら自分も信じてやればいい、彼女を信じるように、彼女が信じる誰かを。幸いにも、その人物はゆまと一緒に自分も勧誘している。目的は謎だが、罠の可能性もあるが自分だけは信じながらも疑い続ければいい、変に思われようと構わない、ゆまとマミを少しでも守れるのなら男一人にどう思われようが問題ない。「興味がありますね。その彼の事、教えてくれませんか?キリカとの接点もありそうですしね。戦闘がどうかと言っていましたし」「キリカさんとは一応、矛は下ろして和解・・・・はまだだけど鳳凰院先生とは仲良しみたい。今はキリカさんの相棒(?)の方に御挨拶しにいってるわ」「・・・・・・・・・まさか敵陣に一人で?実際に戦った私の意見としては――――なにかあれば死にますよ?」なら今は信じるべきか?もしかしたらマミが傷つき、ゆまを巻き添えにしてしまうのに?お人好しのマミが信じているその正体不明の男を?キュウべぇですら全貌をつかんでいない奴を?もしかしたらと、未来への希望を以って接していいのだろうか?もしかしたら―――――。「みんなで危険だって伝えたんだけど、どうも彼は彼女達にも仲間になってほしいみたい」「それはまあ、随分と強欲ですね。都合はいいですけど」「・・・?それに何かあったらきっと、なんとかするわ。未来ガジェットもあるし」「ミライガジェット・・・?よく分かりませんがマミ、それは楽観しすぎではないですか」「え?」「彼、つまり鳳凰院なる人物は男性でしょ?魔法少女、それもキリカレベルの相手では万が一、なにかあれば何も出来ませんよ。現代兵器、重火器を装備しようが彼女の相手にはならないでしょう」「喧嘩しに行ったわけではないわ。それにキリカさんは鳳凰院先生に子犬みたいに懐いているから大丈夫よ」「関係ありませんよ。人間関係は基本的に一方通行で繋がりは儚く、しかも現在の彼女は魔法少女、死と向き合うゆえに躊躇いはないでしょう」「そんな感じはしなかっ――――」「マミ。私見ですがキリカはいざというときには相手を無力化させる強さがあります」「む、無力化って」「最悪、殺すことになっても、きっとキリカは迷わないでしょう」「・・・・人間が相手でも?笑えない冗談だわ」「冗談?本気ですよ、彼女はきっと殺せる強さを持っている。私にもありますよ。譲れないモノがあります、守りたい人がいます。そのためなら手を血に汚せる。マミ、貴女はどうですか?」「・・・それは強さとは言えないわ」「ではなんと?魔女は殺せるけど人は殺せない理由は?殺せないのは唯の人間だから?同じ魔法少女と戦った経験は?殺せない理由はどこにあるのですか?戦闘慣れしていないから?それとも自分より弱いから?」「・・・・・」「マミ、誤解しないでほしい。私は何も人殺しを推奨しているわけではありません。ただ手段の一つ、可能性の一つとして頭に入れておいてほしいのです。それは起こり得る事態です。加害者被害者の立場は誰にだってあります。これは通常の生活の中でも当然のようにある当たり前です」「そう・・・だけど」「優しい貴女にはさぞ辛いでしょうが年季の入った魔法少女の大抵は“そう”ですよ。自分の世界を護るために、ね」「で、でも―――」「その覚悟がないと、いえ・・・少なくともそれは想定していた方がいいですよマミ」「私はっ」「今はともかく、将来社会にでれば否応なく私達魔法少女は壁にぶつかります。それを可能な限り抑えるためには協力者が必要です。またはそれを補える手段が――――あるかしら?」色々と考えは浮かんでくるが杏子は最初からその人物に会うつもりで此処まで来たのだ。不埒な奴ならブッ飛ばせばいい。考えるのが面倒になったわけではない、考えた所でやることは決まっているから開き直ったのだ。目的は何であれ誘われたから、学校も仕事もないので特に、それこそ暇だったのでマミに会いに行くついで程度の気持だったが、こうなっては是非もない。しかと見届けてやろう。自分の目から見て怪しければ、信じきれなければ、そのときはそのとき、まずは己の目で確かめるべきだろう、そうして見極めればいい。「しかし事情を理解してくれる人はいるでしょうか?秘密を抱えたままの偽りの関係は何処まで続く?真実を語ったあとも変わらずにいられる?例え傍にいても、離れなくてもその人物は本当に貴女の味方でしょうか?」結果的に良い人間なら、ゆまの事も含めて相談できればいいと思う。マミが認めたほどの人間なら、それに現職持ちならそれなりのアドバイスも頂けるだろう。自分だけでは限界も近いと思っていた所だ。まさに渡り船。今はそれでいい、今はそのままでいい、マミの今を不必要に壊さないでいい。そう言い聞かせ、自分を心配するゆまの頭を撫でながら、杏子はルカとマミの会話に耳を傾けた。「彼の思惑がどのようなものかは分かりませんが、私達の魔法を悪用する存在は数多くいることを忘れないでくださいね」「鳳凰院先生も、そんなことを言っていたけど・・・・そんなにいるものなの?ルカは―――」「ええ、利用しようと近づいてきた輩は沢山いましたよ。魔法の悪用が目的なのか、私達の体が目的なのかは定かではないですが、純粋な善人とは出会った事はないですね」淡々と、口調も態度も最初から変わることなく台詞を言い放った彼女が今までどんな人生を歩んできたのかマミは知らない。教えてもらわない限り、それが真実でないかぎり解りようもない。しかしなんとなくルカの言いたい事は解る。出会った魔法少女の何人かに似たような事を言われたこともある。何があったのか、経験した事のない自分には予想しかできないが、誰もが不安と不信から警戒心を抱いていた。『綺麗事だけじゃ生きていけない』『そうゆうのはやめたほうがいい』『他人を当てにしない方がいいよ』『裏切られたらどうするの』『そうやって近づいてどうするつもり』『信じられない』『嘘付き』『いつか利用されちゃうよ』誰もが他者と一線を引いている。同じ魔法少女でも、同じ境遇でも、同じ孤独を抱いていても・・・自分は運が良かったのだろうか?他人を信じ切れないような出来事に遭遇した事がないのだから。彼女達は裏切られたのだろうか?利用されたのだろうか?信じて、委ねて、寄り添って、その最後には失ったのだろうか?そう思うと悲しくなる。同情なのかもしれないが、その痛みを解ってやる事は出来ないし解ったつもりになるのすら侮辱かもしれないが、マミは今、自分にそんなことを言ってくれた魔法少女達の、きっと優しさだったものに感謝した。騙されたのなら、裏切られたのなら、失ったのなら思う事はあるだろう。それでも何も知らぬ自分に注意を施した。騙されかけたのか、裏切りに気付いたのか、失いかけたのか。それなら、と自分に危険と後悔に繋がる可能性を示してくれた。備えろと、注意しろと。一緒にいる事は出来なかったが、手を取り合う事はできなかったが、彼女達の意図は解らないが、何も知らない自分に忠告をしていてくれた。言葉こそ辛辣で突き放す台詞も多かったが今になって考えてみれば彼女達はこちらの身を案じてくれていたのだろう。都合がいいように、そう思いこみたいだけかもしれないがマミはそう思うことにした。きっと彼女達はあの日の佐倉杏子と同じように、拒絶しながらも想ってくれたのだろうと。「なら、きっと私は恵まれているのでしょうね」認めよう。自分は幸運だったと、家族を失った杏子と千歳ゆまの前で、善人とは出会えなかったと言う双樹ルカの前で声に出して言おう。恵まれていると、幸せだったと、幸せとは言えない道を歩んできた彼女達に伝えよう。「そして、これからもそうでありたい」きっと贅沢で、彼女達からすれば傲慢にも見えるかもしれないが正直に話した。だって今をこうしていられる。注意してくれた魔法少女達は何も知らないこの身を案じてくれた。佐倉杏子とは喧嘩別れをしてしまったが絶対に彼女との出会いは間違いじゃないと断言できる。忠告は受け止める。それは考えておかなければならない。でも今は大丈夫と思う。信じるよりも疑う方が楽なのだろうが、疲れるのだ。それに彼女達は疑うほど怪しくないと思う。彼も。忠告を受け止めたうえで、そう思えるのなら――――そうなのだろう。仕方がないだろう。それ以上はここで悩んでも意味はない。どうせ自分は彼らに今後も関わっていく、例え不安を抱えながらでもそうするしかないのだ。元より人間関係にそれは付き物だし、その時はその時だ。うまくいかなくて、すれ違ってしまう可能性もあるが、それだけじゃない筈で、もしかしたら幸福を得るかもしれないじゃないか。生涯の友と出会えるかもしれない、かけがえのない人が出来るかもしれない、そうやって手を取り合えるかもしれない。残酷で理不尽な世界だけど、希望や未来を見出せるかもしれない。「そして誰かにとって、私との出会いがそうなら嬉しいわ」騙されていると、利用されていると疑うことなく安心して接していられる関係を結びたい。私がそうであるように、誰かが私にたいしてそういう想いを抱いてくれるなら嬉しい。信じるより疑う方が簡単と言う人がいて、そうであることがきっと多いのだろうけど、そうではないと思ってほしい。騙されて、利用されて、裏切られて失って、それでも世界には楽しい事も嬉しこともあって、此処にいたいと思える場所が、そんな場所に一緒にいる事が出来ればと思う。そして自分がそう思えるきっかけの一つになれれば本当にうれしい。自分は家族を突然の事故で失ったけれど、世界は残酷で理不尽だと思っていたけれど今をこうしていられる。今を尊いと、幸福だと感じられる。願いを叶えても帰る家に家族はいなかった。非日常を手に入れて日常を謳歌する事が出来なくなった。魔女と戦い続ける傍らで沢山の魔法少女と出会い否定された。ずっとそうなんだと思っていたがそうじゃなかった。世界はそれだけじゃなかった。悲しさや辛さを忘れたわけじゃない、不安や恐怖が消えたわけじゃない、でも楽しい事や嬉しい事が自分の中から消えたわけじゃない。世界から失われたわけじゃない。一人だけど独りじゃなかった。気にかけてくれる友人がいた、いつも声をかけてくれる学校の先生も近所の人もいた。日常を全て失ったわけじゃなかった。否定されて拒絶されても――――。「先の事は分からないし、きっとすれ違いもあって間違うことも沢山あるかもしれないけれど、今の私は彼らを信じてみるわ」信じる信じないを口にするのは簡単だ。『だからなに?』と言われたり『口では、思うだけなら簡単』だと言われても、その簡単な事を当たり前に、疑問に思うことなく受け入れられる今の自分は幸せだ。気付くのが遅れてしまったが巴マミはきっとそうなのだ。誰かを必要以上に疑うことなく生きてこれた。そうすることができたのは間違いなく周りにいた人達のおかげだろう。両親を失った最初の頃は腫れものを扱うような態度に嫌気がさしたのは確かだ。でも時間の経過と共に気付かされた。誰もが気を使っていたが、憐れみ同情していたが当たり前だろう。みんな自分の事を心配してくれていたのだから、なんとかしてあげたいと思ってくれていたのだから。惨めになったり卑屈になったりもしたが逆の立場になったらどうだろうか?友人知人が落ち込んで悲しんでいたら慰めたい、癒したいと思うし無神経にならないように気を使うだろう。放っておく事は出来ないだろう。それが、それは優しさじゃないか?漫画やドラマでは無神経なものだと表現されるが、それが無い人物は一体己の何なのだろうか?ならば無関心を装うのか?気を使わずにいつも通りに接する?それとも独りで立ち直るまで距離を置く?そんな事が出来る奴が友人なのか?そうじゃないと思う。いや、そういうものもあるのだろうが少なくとも自分の場合は違った。だってあの時の自分がどんなに距離をとっても、付き合いが悪くなっても嫌な気分になっても気にかけてくれた人達が、何度も声をかけてくれた人達がいるからこうしていられるのだ。立ち直る事が出来たんだ。気を使っている、同情されていると相手に思われたくないからと、それを理由に離れていった人達と違い、拒否されながらも傍にいてくれた人達、今ではいつかのように、あのときよりも仲良くなれたと思う。親しくなれたと感じる。―――マミ、君はみんなから愛されているよ「・・・・・」ああ、そう言ってくれたのは誰だったか。「みんなが私を気にかけてくれる。ならそれに応えたいし、私もみんなのようにありたい」愛されている。いろいろと長く、実際の時間では短いが頭の中では色々と考えてしまったが簡単に言えば自分は、自分が思っている以上に周りから想われていた。気付かないだけで沢山いた。『世界には自分を想ってくれる人がいる』。ようはそれだ。世界は傷つけるだけじゃない。それだけしかないわけじゃない。想ってくれる人がいるのだ。マミには放課後を共にする友人はいないし休日を一緒に過ごす人もいない。それは魔女を探すために、見知らぬ誰かを護るために自ら誘いを断っているからだ。おかしな話だ。それでよくもまあ孤独だと言えたものだ。世の中のぼっちに頭を下げるべきだろう。なぜなら自分は教室では話す相手はいるし食事も誰かと必ず一緒だ。グループ決めではいつも最後になるがハブられた事はない。最後になるのはクラスメイトが自分を取り合うために裏で熾烈な争いが繰り広げられているからだが、それに関してはマミは気付いていない。「信じた分、裏切られた時の傷は大きいですよ。その時に後悔しませんか?」「きっとするわ」あっさりと、マミは口にした。「当たり前じゃない。好きな人にそんなことされたら泣いちゃうわ―――――ね、佐倉さん?」「へっ!?」突然のマミからの同意を求める台詞に杏子の心臓が大きく跳ねてしまい、その意味ありげな笑顔にも焦った。「は!?え?」もしかしたら今、自分はマミに糾弾されているのだろうか?あまりにもいきなりな会話のパスに杏子は本気で頭の中が一瞬だが真っ白になる。「ぇ、ああ、うん?えっと、マミ?」「ね?」笑顔だが、とても怖い。困るとも言える。マミは自分にどんな答えを求めているのだろうか、一体どんな台詞を吐いてほしいのだろうか?また、自分はなんて言えばいいのだろうか、どんな言葉が尤も自分の意思を正しく表現してくれるのだろうか?今のマミの問いかけに杏子は肯定も否定もできない。どちらも選択できるが自分の口からそれを発せられない。言うだけなら、状況によってはどちらも正しいのだから間違いなんか無い筈なのに、マミからの問いかけに限り杏子は何も言えないし選べない。肯定したら、どうしてあの時―――マミを置いて見滝原を去っていったのだろうか。否定したら、どうしてあの時―――マミを残していくときに涙が出たのか。あの時はあの時で杏子にも事情があった。両親と妹を己の契約が切っ掛けで失ってしまったのだ。色々考えて意地もあったし投げやりに、自棄にもなっていたから・・・杏子とてまだ子供だ。だからというわけでもないが、しかし杏子は言葉に詰まり萎縮する。テンパってしまう。あの時杏子は自分の意思が、考えが、行動がマミを傷つける事を知っていた。自分もマミも泣いてしまう事を理解していた。なのにマミの手を払って見滝原を、マミのもとを去ったのだ。ついさっきまでウダウダと考えていた思考がぶり返し、その考え方にはマミからの明確な拒絶があった場合を想定していなかったがゆえに杏子は―――――「酷い汗ですよ?」「キョーコ?」極度の緊張から、滝のような汗を流した。「ぇっと、あの、その」テンパる杏子だが、マミは杏子を苛めたいわけではない。いや、意地悪をしている自覚があるので苛めかもしれない。「これから、またよろしくね佐倉さん」「あ、はい」そして釘を刺すように放たれたマミの言葉に、あっさりと杏子は了承した。流されるように、してしまった。完全に掌握されていた。そんな杏子の返事に、それでもマミは嬉しそうだった。もしもマミがクラスメイトに汚染されていたのなら「言質GETだZE!」と、岡部あたりが聞いたなら自殺しかねない発言をしただろう。幸いのことに、マミは見滝原中学校に通っていながら“まだ”常識人の範囲内に収まっていた。あの時のお返しではないが、今までの自分では言えなかったが、今なら言えると思ってマミが口にした言葉はきっと願いなのだろう。少しだけ気付いた事で、少しだけ強くなれたのかもしれない。かつてのパートナーであり、戻ってきてくれた杏子に、ポカンとした年下の少女にマミは笑みを向けていた。裏のない、相手を信頼している笑みで。親愛を乗せて。そこで杏子はマミから自分はからかわれていた可能性に気付き、しかし、まさかマミがこのような冗談(?)をいうだろうかと心の中で自問自答し始め再び固まる。ゆまが心配そうに手を握っているが杏子はう~う~と残った手で頭を押さえ知恵熱を出す。その横でマミがニコニコと、内心ではちょっとドキドキしながらも、やはり笑顔で見つめていた。「ふむ」その様子を鑑賞していたルカは徐に、唐突に、少しだけ話を戻して問うてきた。「マミ、私達を利用しメリットを得る人間は多く、それを目的に近づいてくる輩は多いですが、逆に私達が力もない方の傍にいるメリットはなんでしょう?」「え?ええっと、、やっぱりそれは――――」「大まかで大雑把なものの一つに理解者の存在による安心、でしょうね。孤独を癒し悩みを分かち合い安らぎを得る」だからこそ、それを逆手に利用し近づいてくる輩が多い。「気を付けてくださいね。騙されていると分かっていても、この手の誘惑に魔法少女は脆いものです」それが原因で魂を、ソウルジェムを濁らす人は決して少なくない。「マミ、貴女のソウルジェムは美しい。その命の輝きを曇らせないでください」その台詞はマミの身を案じてか、それとも――――「私は、貴女の事が気に入りましたから」他の誰かのためか、己の為か。■「お、おおっ」昼食と呼ぶにはやや遅い時間だが、腹を空かせて御馳走を前にすれば関係ない。初訪問に緊張し、おまけに普通と言うにはガラス張りの鹿目宅は特殊すぎたゆえに気負い気味になってしまったあいりだが、リビングで準備されていた数々の食事の前には瞳を輝かせた。魔法少女になってからは自宅には戻っていないので食事は基本的に外食、おまけに昨日は『芋サイダー』や『ガングニール』と言う名の摩訶不思ドリンク&デザート(?)だったから・・・・まともかつ豊富な品の数々の香りは――――ぐぅ、と腹が鳴った。とっさに腹部を抑えるが周りを見渡せばほぼ全員が同じようにしていたので恥ずかしさよりも妙な一体感があった。「どうやら皆さん腹ペコのようだね」鹿目和久の柔らかい苦笑に、鹿目タツヤ以外の全員が顔を見合わせて視線を逸らす。「やれやれ、簡単な自己紹介を済ませたらさっそく頂こうかっ」誤魔化すように、マナーのように、代表して洵子が発言すれば皆が顔を上げて面子を確認する。人数は九人。鹿目和久、鹿目洵子、鹿目まどか、鹿目タツヤ、暁美ほむら、美樹さやか、ユウリ(杏里あいり)、岡部倫太郎、そして・・・石島美佐子。共通する事柄は一つ。『知らない人がいる』。 ギリギリで岡部倫太郎が一度は全員と顔を合わせているが石島美佐子に関しては昨日の時点で初めて見た事がある程度、やはりどんな人物なのか分からない。せいぜいが昨日、洵子とともに魔女の結界に囚われた一般人程度としか見ていなかった。二度と会うことはないと思っていたし、まさか洵子が自宅に招くとは・・・・だから気になった。この世界線は今までとは違う。今までになかった出会い、出来事が連続で発生している。何かがあったのか、本来そういう世界線なのか、ならばこの世界線がそうなのか。(これまでとは違う何かが・・・・)何が違うのか、何がこれまでとズレているのか、最初に思い浮かべることのできるのは暁美ほむら―――彼女がタイムリープを、記憶を保持したまま時間逆行をしていなかった点だろう。(石島美佐子、彼女もイレギュラーか?それとも単に・・・・)岡部は知らない。石島美佐子がただ巻き込まれただけの一般人ではないことを、世界線の変動は恐ろしい。カオス理論では時間が経てば経つほどにバタフライ効果の範囲は玉突き式に拡大していくとされている。どれほど小さな要因でも、変化であっても、どう影響が及んだのか予測できなくなる。暁美ほむら、杏里あいり、プレイアデス聖団、双樹あやせ、双樹ルカ、悠木佐々、神名あすみ、石島美佐子。これまでの世界線とは違う状態の協力者、初めて出会った少女、別の町で活動する魔法少女の集団、会合することなく己を殺した魔法少女、敵対する可能性がある者、そして大人。暁美ほむらの状態が不安なのは確かだが、今、岡部にとって問題は石島美佐子だ。問題と言うには語弊があるかもしれないが岡部にとってはやはり彼女の存在は問題なのだ。予定では食事を済ませた後は鹿目夫妻にまどか達の状況を説明するつもりだった。鹿目洵子は既に魔女に遭遇しているので話す内容を信用してもらう分には楽だろう。父親である和久にはほむらかあいりに変身してもらい、魔女に関してはNDを使用して証明すればいい。乱暴なやり方だがシンプルで“分かりやすい”。いつもならもっと慎重に状況を把握してからだったが、もはやそうも言ってられない。直接、巻き込まれているのだから。鹿目洵子にのみ語らないのは彼女の負担の軽減というのが大きな理由の一つだ。今でこそ耐えているが、独りで抱え込むには重圧が強すぎる内容だ。彼女は大人故に頼れる者が、弱さを晒せるものがまどかたち以上に少ない。旦那である和久にも知ってもらう必要があった。強引で乱暴だ。やり方も、その理由付けも、褒められたものではない。襲われたのが昨日今日の事もある、洵子の体調を考えれば後日がいいかもしれない。和久まで現状に沈めば鹿目家は危ない状況に陥るだろう。(だが、それでも)岡部はやる。語る。伝えて協力を要請する。何が起こるのか不明なのだ。何かが起こると確信にも近い勘がゆとりを許さない。急いで、備えろと訴えている。時間が無いと、危険が有ると叫んでいる。嫌な予感がするだけで実害はまだ己の体を蝕む呪いだけだ。織莉子の予知に不安要素は残っているが、まだ明確な危機には直面していない―――――“この状況で”。あまりにも好条件、一週間も経たぬうちにラボメンが終結しつつある。出来すぎていて、恐ろしい。これまでの経験ゆえに怯えているだけかもしれない、早まって事を進めれば悪影響かもしれないが、それを踏まえたうえで岡部は全てを明かすつもりだ。(協力者が必要だ)ゆえに石島美佐子。彼女が一体何なのか、役割がある何かなのか見極めなければならない。ただ巻き込まれただけの部外者なら放置すればいい。食事を終えた後に、彼女がいなくなった後に鹿目夫妻に伝えればいい――――つい先ほどまで岡部はそう考えていた。「「・・・・・」」ときおり石島美佐子とユウリ(あいり)の視線が重なる。意味深に、だ。二人の関係は偶然出会った昨日のデートもどきの時の件だけではないのか?(さて、どうなることか)新たにラボメンとなった杏里あいりと鹿目家に滞在していた石島美佐子はリビングで顔を合わせた時に互いに硬直し、そのくせ慌てていた。周囲の目もあり自重したように装ったが、その反応はあからさまで何より視線を何度も合わせてばかりなので異様に目立った。二人には何らかの繋がりがあるのだろう、それが禍根か遺恨でなければいいが。石島美佐子。職業警察官。昨日、魔女の結界に囚われていた大人の女性、洵子の好意で自宅で養生し再び岡部の前に現れた、そしてこの世界線で出会った魔法少女のあいりと何らかの接点を持つ者。敵か味方か傍観者か、またはそれ以外の何かなのか、岡部は御馳走を前に皆がそれぞれ自己紹介をしていく中でこっそりと、キュウべぇに向けて念話をとばした。≪キュウべぇ≫岡部倫太郎は魔法少女ではない。だから念話は使用できない。これは単に、運よく近くにキュウべえがいればこちらの思念が届けばいいと運任せの、できれば繋がればいい程度のものだ。ただ頭の中でキュウべぇに声を、意思を飛ばす。キュウべぇはマミと共に杏子達と合流後、こちらに来る予定を変更しマンションへと向かった。が、鹿目夫妻に現状を伝える際にキュウべぇにも協力をしてもらうため鹿目宅にくるようにマミに伝えたので―――――≪なんだい凶真≫反応が返ってきた。この付近にまで既に接近していたのか、はたまた別の個体か、とにもかくにも都合がいい。≪すまないが頼みたい事が有る≫一にして全、全にして一、情報を集めるにしろ検索するにしろ彼らインキュベーターの能力はこの場合はものすごく貴重であり重要、心強い戦力になる。未来ガジェットM01『メタルうーぱ』を装備した後では使えなくなるが――――≪石島美佐子、彼女についての情報が欲しい≫今なら問題なく使用できる。≪現在知り得る情報があれば教えてくれ、なければ少しばかり調べてくれないか≫無断で行う身辺調査、他人が聞けば良い顔はしないその行為をキュウべぇに依頼する岡部は――――やはり躊躇わない。岡部倫太郎は自分が弱い事を自覚している。だから決して希望だけを語り楽観視したりしない。しかし絶望を受け入れ悲観的になるわけではない。魔法少女である子供達には希望を語る。大人である洵子達には絶望を含めた真実を語る。そうすることで未来に備える。望みを叶えるために、前に進むために利用できるものは利用する。自分一人で何でもできるなんて自惚れていない。だから一人でも多くの協力者をこの世界に引き込む。それはこの世界で出会った彼女達のため。だから鳳凰院凶真は全てを利用する。自分自身の命と体は当たり前。魔女も魔法少女達も、何も知らない大人も、まだ出会っていない人達も、これまでの経験も技術も思い出も全て利用する。それが例え通り過ぎた世界だろうが関係ない。利用できるのなら、使用できるのなら狂気のマッドサイエンティストは躊躇わない。過去、失って失敗した世界すらこの男は利用する。男はこれまでを無かった事にはしない、忘れはしない、無駄にはしない、意味があったのだと頑なに信じている。だから人も、技術も、感情も歴史も世界も全て■■する。