中途半端な優しさは残酷だ。無軌道で無制御な信頼は甘えだ。アイツの優しさに縋ってはいけない。彼女の優しさに甘えてはいけない。なによりアイツの優しさは身を切るような思いをし、悩んで、苦しんで、その上で縛りだされている。それを知っている。だから安易に委ねてはいけない。それが優しさ意外の何か、もっと違う何かからくるものだとしたなら・・・おさらのこと、それは人の弱みに付け込む行為だから。例えアイツが気にしなくても、意識していなくても、だからこそ感情と距離は“適切”に“適当”に処理しなくてはいけない。それができなければアイツはいなくなる。しかしだ。そもそも中途半端な優しさは悪だ。アイツの“それ”は認められていい行動ではない。承認や称賛ではなく・・・・・糾弾され、弾劾されるべきだ。アイツの優しさはいつだって親しい人を傷つける。悲しませる。癒える事のない永遠の傷を残す。誰かを助けるために、誰かを傷つける。それはきっと不可避の真実だろう。たとえ表面上誰もが幸せであっても何処かで誰かが泣いているのだ。スポーツでも、受験でも、恋愛でも。それを回避したい、そうはさせない・・・と思うのはいい、願う事も、望む事も。それが可能な時もある。世界に絶対は、不可能はないのだから。しかしだ・・・だからと言って、どうにもできないからと言って、誰かが犠牲になるしかないときに、誰かを助けるために自分自身が傷ついていい理由にはならない。それでは助けきれない。本当の意味で誰も救えない、助けきれない。犠牲なくして救済はありえない。少なくとも私達の関係ではそうだ。誰かの犠牲が必要で、それを理解した時、犠牲になるのは優しい者だ。それは状況に押し付けられた場合もあるが自ら進んで犠牲になる事も多々ある。優しさは不幸だ。欠陥だ。おかしなことにこの世界は優しい人間ほど生きにくい。さらに能力まであれば最悪だろう。何時も誰かに頼りにされて、応える事ができて、それが常態化する。それを無意識に本人が率先して行うのだ。それは近くにいるモノだけでなく、気づけば相対者にまで手を伸ばすハメになる。見知らぬ他人にまで・・・・許容を超えた善行は必要以上の歪み、犠牲を強いる。それは残酷だ。優しい人間はもちろん、その周りにいる人間にとっても残酷だ。当たり前じゃない優しさ、信じられないほどの身を挺しての支援、損得度外視での協力、疑われても屈しない周囲への交渉、それは年頃の少女達からすれば勘違いしてもおかしくはなかった。人は自分に優しい人間を好む。都合のいい人間を好む。しかし自分以外の誰かにそれが向けられると嫉妬する。自分だけじゃないと嫉妬する。特別でないと悲観する。その他大勢である事に悲観する。それを喪うのを恐れる。奪われることを恐れる。無くなってしまえば、失ってしまえば、奪われてしまえばきっと、非日常の世界に生きる彼女達の心には絶望が宿る。希望からの相転移。知らずにいたときよりも絶望は深く身を裂くだろう。自分も相手も互いに嘆くくらいなら・・・・最初から与えなければよかったのに。受け取らなければよかったのに。でもそれは無理だ。アイツの優しさは強引で、彼女の優しさは温かくて、それを突っぱねきれるほど魔法少女の精神は強くないから・・・・。だから私は鹿目まどかも、岡部倫太郎も嫌いだ。χ世界線0.091015「魔法を、かえしてよぉ」未来ガジェット研究所の屋上、そこで岡部倫太郎と私は向かい合っていた。目的は私の魔法を取り戻すこと、無力な自分を消し去るため、みんなを守れる私を手に入れるため。美樹さやかとユウリ、キュウべぇが買い物に出てすぐに私はみっともなく岡部倫太郎に縋りついた。情けない、惨めで・・・・だけどこれで終わりだ。もう大丈夫だ。取り戻せば変われる。私は『私』になれる。こんな弱い偽物なんかじゃない、強い本物の『私』になれるはずだ。「早くっ、先生、私に―――」「その前に伝えておくことがある」だから今も急かす。こんな自分は嫌だから、だから勿体ぶる男に少なからずイラついてきた。勝手だと思う・・・・でも限界だったのだ。もう自分が許せない、こんな自分は耐えきれない。このままじゃ死んでしまいそうで一分一秒が辛くて苦しいのだ。もうなんでもいい。どうなってもかまわない。今ならどんな真実も、どんな要求も飲み込んで応える。「お前が魔法を取り戻せば世界線が変わるかもしれない」そのつもりだ。だってそれさえできれば強さを取り戻せるから。「いま、お前の観ている世界が変わるかもしれない」そうすれば、まどかを守れる私になれるから。「そこには俺がいないかもしれない。これまで繰り返してきた世界線漂流と同じ時間軸に戻るかもしれない」まどかだけじゃない、美樹さやかも守れる。巴マミとも協力して戦える。「そのとき、まどかにはお前が繰り返してきた因果の全てが収束するかもしれない」だから何だって構わなかった。何があろうとも、どんな真実にも、私は躊躇いなんてなかったはずなのに。「世界線が変わったとき・・・・お前がこの世界で築いてきた三日間の記憶は、お前しか憶えていない可能性がある」「・・・・・え?」「今ある世界は無かった事になるかもしれない。今ある世界はお前が繰り返してきた世界に上書きされるかもしれない」その言葉を聞いた瞬間、心臓に氷で出来たナイフを突き立てられたような錯覚を得た。―――また、独りぼっちになる急かす気持ちと焦る感情が思考を鈍らせ男の話を半分聞き流していたのに・・・今は脳みそに直響く、脳は痛みと共に言葉を拾っていく、刻んでいく。私を見降ろす男の表情に嘘は観えない。悲痛さも罪悪感も映していない―――それは無理矢理無表情を貫こうとしていたいつかの私にそっくりだった。「 “かもしれない”。予測ばかりだがその可能性は高い。それでも真実を知って対価を払う覚悟が在るのなら協力しよう」「・・・ぇ・・・」「魔法少女はある意味世界の意志から逃れている。物理現象を無視する存在、常識を凌駕した存在、魔法少女になれば少なくても今ある決定事項は覆せる」「ぅ・・・ぁ」「未来への選択は君が決めろ。他の誰でもない君自身で」聞き流したはずの言葉が一文字一文字、聴こえた台詞の意味を一つ一つ、私の頭は拒否しようとしている。受け入れないように、拒絶するように警告を発しているのに―――残酷な言葉は私に届く。それと同時に、私の頭の中に・・・・・どこかで聞いた言葉が浮かび上がってくる。―――君達のせいじゃない、君達は悪くない。だけど君達が原因だ男の声―――いつだって、私を独りにするんだ女の声どうして・・・この世界はこんなにも私に意地悪なんだ。どうして私をいつも独りにするんだ。なんで私の邪魔をするんだ。なんでこの世界は私達に残酷であろうとするんだ。「すべては可能性でしかないが、お前が魔法を取り戻すと同時にまどかには世界を滅ぼせるだけの因果を与えることになる背負う因果の強さで魔法少女としてのポテンシャル、そして魔女化したときの強さに影響が出る。まどかの強さは君の繰り返してきた結果の収束だこの世界線は不安定だ。何が原因で世界が改編されるか不明で、そしておそらく改変後のお前の主観世界に俺はいない『ワルプルギスの夜』を撃破した経験が俺にはあるがそれには君とキュウべぇ、合計八人の仲間が必要だ『ワルプルギスの夜』を撃破しても乗り越えなければならない障害は存在する俺は鹿目まどかの本物の幼馴染みではない。俺はこの世界の住人じゃない。俺には既に時間切れがある基本的に俺は単体では戦力にならない。纏った力は結局のところ他人の力にすぎず、その才能も無い。一昨日纏っていた鎧もマミの生み出した単発式の銃より脆い俺の世界線漂流は大まかに分ければ『ワルプルギスの夜』に敗北、2『救済の魔女』に敗北、3まどかの死。その三つに分類されるが例外が―――」他にも・・・きっと岡部倫太郎はいろんな事をこのとき私に伝えていたと思う。でも私の思考は既に停止していた。言葉と台詞は無理矢理脳みそに刻まれるのに、何も考えることができない。理解したくないことが、考えたくないことが一瞬・・・・・私の思考を埋め尽くしたからだ。暁美ほむらの存在が、鹿目まどかの運命を・・・・・「ッ」たぶん、このときの軽率な行動がこの世界線での可能性を決定づけてしまったかもしれない。もし私が結果だけを知っていたら、その可能性を少しでも堪づいていたなら、もし・・・・もし私がもっと岡部倫太郎やまどか達の話をしっかりと聞いて、そして相談していたら何かが変わっていたのかもしれない。・・・・・それでも変わらなかったのかもしれない。どのみち私は絶対に魔法を取り戻すことになるはずだから、だからこの行動は、その判断は遅いか早いかの違いでしかない。だけど世界が、運命が、未来の結果が決まっているのなら、だからこそこの行動が、その判断が、逃げから来る逃避で覚悟もしていなかった私の弱さからきたものなら、それらは免罪符にはならないだろう。言い訳にはならないだろう。そうしてはいけないのだろう。私は知っているから、キュウべぇと契約したことで奇跡を得た私は知っていたから。私は考えなければいけなかった。せめて覚悟と責任を背負わなくてはいけなかった。望んだのも、求めたのも、願ったのも、それは他の誰でもない自分自身だから。岡部倫太郎というキャラクターは世界にとってのバグでしかない。だからという訳ではないが、だからこそ岡部倫太郎のせいにしてはいけない。頼ってはいけない。元々この男は無関係なのだから・・・縋ってはいけない、助けを求めてはいけない、与えては、奪っては、背負っては、背負わせてはいけないのだ。―――岡部倫太郎は拒絶しない。魔法少女の面倒事も、未来に起こりえる悲劇も受け止める岡部倫太郎が世界にとってのバグ。何故そういう発想が出てきたのか、それをすんなり受け入れる事ができたのか、私は不思議に思うことも、感じることもこの時は全くできなかった。気づいたら身体は動いていた。手を伸ばしていた。手を伸ばせば・・・岡部倫太郎が繋いでくれる事を何故か知っていた。「―――ノスタルジアドライブ、起動」―――無理矢理でもかまわない誰かが耳元で囁いた。―――主導権はいつだって私達にある知らない知識がやり方を教えてくれた。NDの発動条件はただ彼に触れればいい、“手を伸ばせばいい”、そうすれば岡部倫太郎が繋げてくれる。突然でも、いきなりでも、不意打ちでも――――・・・・私達が“敵”だったとしても構わない。「ほむら!?」―――この男は拒絶しないから、拒絶してくれないから一人、みんなとは違う時間を歩いてきた私は知っていたはずなのに忘れていた。自分の行動が、選んだ選択が誰かを傷つけることになることを。その願いがどんなに綺麗で“正しかったとしても”、だからこそ誰かを傷つけることがある。巴マミ、佐倉杏子、美樹さやか、鹿目まどか、彼女達の願いは決して間違っていない。決して間違ってなんかいなかった。だけど、それでも彼女達は契約したことで、その望みを叶えたことで後悔して絶望して死んでいった。周りの、彼女達のことを愛していた人達を残して。魂を賭けてまで叶えたい望みを果たしておきながら、願いを達成してなお私達魔法少女は悲しみだけを残して消えていく。いや、悲しみだけじゃない・・・・世界に呪いをばら撒く――――。私は知っていたからこそ耐えることが、乗り越えることができた。キュウべぇとの契約に対し納得したわけではないけれど、少なくてもそれを選んだのは自分なのだから契約した事だけは後悔しない・・・はずだった。後悔してはいけなかった。例えしたとしても覚悟はするべきだった。忘れていたのだ。ずっと独りで世界を何度も渡り歩いてきたから、魔法を失ってしまったから、自分の軽はずみな行動で誰かが傷つくことを忘れていた。だって独りだったから、自分と繋がっている人は既に失っていたから、リセットされた世界で暁美ほむらと繋がっている人達はいなかったから、だから何をしようと自分だけの問題で済んでいた・・・前回までは。「“この世界には繋がっている人達がいたのに”」自分の口から、そんな言葉が零れた。―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動―――デヴァイサー『暁美ほむら』―――ソウルジェム『過去と宿命を司る者【ウルド】』発動―――展開率100%誰かが、自分の隣で笑ったような気がした。「ほら、簡単に受け入れるでしょ?――――だから嫌いなのよ」吐き捨てるように放たれた言葉、そこには憎しみや悲しみが込められていた。同時に、微かに、微細に、■■が含まれていたが、私はそれを岡部倫太郎に伝えることはできない。「ぇ?」ヴン!!紺色か、紫色か、歯車や時計盤のような紋章、魔法陣がほむらの足下に展開される。岡部の足下には無色透明な蝶の刻印をした紋章。NDは起動した。強制的に、そのくせ相手を受け入れているのだから、やはり彼は壊れているのだろう。(・・・・今の、なに?今のは―――だれ?)それらは先日の巴マミと繋げたときよりも巨大な魔法陣だった。それは岡部の記憶する今までの世界線漂流で無かった現象だった。紫電の光が屋上全体を照らし、紋章から発生した光が天を貫くように極光を放つ。このとき暁美ほむらには憶えの無い光景が、誰かが観測してきた『記憶』というよりも『記録』の一部が流れてきていた。それと声だ。―――お人好しって凄いと思わない?誰かが耳元で、そう呟いた。―――誰かのために自分を犠牲にできる。誰かのために自分の抱く全てを殺せる怒っているのか、悲しんでいるのか、その声はいろんな感情が混ざり合っていて本音が観えない。―――怒りも悲しみも、嬉しさも楽しさも、幸せも出会いも、自分の存在すら投げだせる好意から伝えようとしているのか、悪意から伝えようとしているのか判断できない。―――それって愛なのかな?知らない。そんなものを私は意識したことがない。―――でも知ってる?愛は地球すら救うとは言うけれど、そんな上等の感情はもっとも人間性がないんだってそれは少なからず理解できる。鹿目まどか、彼女は優しい。でもその優しさはいつだって彼女を死に導いた。―――人間は強すぎてはいけない。優しすぎてはいけない。それはあらゆる危険を受け入れる生物的欠陥になるから分かりやすい事例だろう。いつだって彼女は優しさから契約する。その後の過程は結末も含め常に生命活動を脅かして・・・・・最後には死んでいく。―――それを理解した上での実行力。その強さは人間として、生物として逸脱している岡部倫太郎の世界の決定に抗う意志。その強さはいつだって彼を孤独にした。―――人に限らず生き物は他との共存が絶対でしょ?独立して生きる事ができるのはその定義から外れる自分を、親を、友を、“愛する人ですら犠牲にする”強さ。世界中から忘れさられても、誰にも見向きされなくても諦めない執念。それは異常で異端だ。―――弱いにも拘らず、二人の優しさはいつだって強さと言い換えてもいいぐらいに世界を動かすだけど最終的に二人は誰かのために失う。自分の命を。生きた証を。―――そんな二人の優しさは、その愛は、いつだって二人を殺すよそれはもう・・・人間とは言えないのではないだろうか?―――あらゆる厄介事と危険を受け入れるそうかもしれない。―――ほら、取り戻したいんでしょう?無理矢理でもかまわない、どうせ受け入れるわその声は悲しんでいるのか、怒っているのか、やはり私には分からなかった。―――この二人はいつだってそうただ、寂しそうな感情だけは感じる事ができた。―――私を、独りにするんだ「ぁ・・・・いや・・・、“いやだっ”」ほむらはこの時恐怖した。後悔した。繋げるんじゃなかったと、自分の行動に絶望した。“私がいなくなる”。“私は上書きされる”。“私は殺される”。私は―――――“私に存在を奪われる”。「ぅ・・・ぁ、ああっ」叫びたいほど脳は痛みを発しているのに声は出ない。自分の存在が消滅しそうなのに目の前にいる存在に助けを求めようと想えない矛盾に寒気がする。このままでは危険だと理解しているのに、何もできないことが何故か分かりきっていることに恐怖した。「ほむらッ」ほむらがそんな異常事態に陥っているとき、岡部も異常な事態が起きている事には気づいていた。ほむらの身に何が起きているのかは分からなかったが繋がった先から彼女の一部の感情、恐怖はひしひしと伝わってきた。ノスタルジアドライブは繋がった相手との相性、信頼、経験で展開率が上がる―――岡部はそう思っている。引き出せる魔法の大きさが相手によって変化する。世界の決定に逆らい未来を変えようと幾度も過去に戻る自分と暁美ほむらは属性と言えばいいのか、少なくても大切な人を助けたいというスタンスは通じるモノがあった。だから彼女とは上手く繋げる事ができると思っていた・・・繰り返しの世界線漂流の中で暁美ほむらが岡部倫太郎とそんなことになった事例は存在しなかったが、今は―――――。―――展開率100%暁美ほむらが強制的にNDを起動させた。かつてない繋がりで、そのくせ恐怖以外のものは伝わってこない。「――――」今まで暁美ほむらとNDを繋げたことはあるが、これまでの世界線漂流でこの数値は存在したことは無い。なのに一方的な接続で完全に起動している。解らない、何故突然ほむらがこんな行動に出たのか、何故NDを起動させきれたのか・・・・己ですらNDが魔法少女側の意思で起動する事を知らなかったのに。この世界線はイレギュラーばかりが起きている。今まで無かった事があるのなら、今まで経験した事以外の何かが起こるのか。予測もできない何かが・・・もしかしたらこれまで以上の最悪が待っているのかもしれない。しかしNDは起動している。それが事実なら仕方がない、それを踏まえて考えればいいのだと割り切る。NDの展開率が高い事でデメリットはないのだから。まだ悲観するのは早い。凶事が起こると決まった訳でもないのだから。その理由がない。今まで起きなかったことが起こった。構わない、それを利用すればいい。たとえ最悪があろうとも、それすらも利用し、乗り越えて未来の踏み台にすればいいのだ。―――展開率100% → 13%「―――ぷッ、ぉ!?」そう思っていた。繋がった先にいる少女からの『拒絶』がなければ―――――岡部は嘔吐しそうになるのを必死に堪えようと口元に手を当てた。押し付けた。胃の中にあるモノ以外の、血の味もしたが慣れている。耐えきれる。ただ、やはり悲しかったし寂しかった。喉にまで這い上がってきた吐瀉物を吐き出すわけにはいかない。自分の胸元で白衣を握りしめているほむらに頭からそれを被せれば信頼関係は永久に来ないだろう。もっともNDによって『拒絶』という感情をダイレクトに感じたのだ。深く考えなくても“嫌われていている”事はハッキリと伝わってきていたので・・・・。それ以外の感情は『記憶』や『記録』も含め流れ込んでくる前に展開率が下がったため分からなかった。まるでそれを悟られる前に・・・・・・何故だろうか、俯いたままの彼女から憶えのある視線を感じた。心を何度も折られながらも立ち上がり、それでも失い続け、己に怒りを感じたときに感じる色を。それを向けられた気がした。「ほむら・・・?」足下で紫色の紋章が輝いている。つまり彼女は魔法を取り戻した。(リーディングシュタイナーは発動しなかった・・・・)“もしかしたらの事態”は避けられた事に安堵する。この世界線は状況だけを見れば良好に進んでいる世界線だ。無かった事になるのは避けたい、この世界線なら辿りつけるかもしれないのだから。問題は彼女だ、口元を押さえながら視線を向ければ顔を伏せたほむらの姿が魔法少女の時の衣装に変わっていた。メガネとカチューシャ、腰まで届く長い黒髪を二本のお下げにした姿は相変わらずだが、黒い長袖のインナーの上から七分丈の白いワイシャツ、紫色のリボンに黒と灰色の襟、白いレースの付いた襟と同じ色のミニスカート、菱形模様が刻んでいる黒いタイツ・・・レギンス?にハイヒール。左手の甲には菱形のソウルジェム。紫の魔法少女、時間逆行者、見慣れた姿であり見慣れない姿、暁美ほむら、これまでの世界線漂流で唯一死ぬことなく、諦めることなく戦い続けてきた魔法少女。「大丈夫・・・・か?」うつむいて、微かに震えている少女の肩に手を置いて岡部は確認する。NDの起動、拒絶の理由、一瞬感じた■■についてはおいといて、何よりも彼女の体調のことが気になった。展開率の急激な変化は経験ある自分ですら吐き気を訴えた。初体験となる彼女には、ましてここ最近は肉体的にも精神的にも疲労は大きかったはずだ、どれほどの負担か想像もできない。自分に寄り掛かるようにしている体を、肩を押して顔色を窺おうとして―――――「ソイツから離れてオカリン先生!!」ND発動時の光が収まりかけたとき上から声、焦っているのか、切羽詰まった感情が伝わる声色、聞き覚えのある声――――黒の魔法少女呉キリカだ。過去の世界線漂流でいろいろあった少女だが、この世界線では友好な関係を築けている。そんな彼女がどうしてここに?このタイミングで?そんなことを思っていたら どん! と、いきなりほむらに突きとばされた。「・・・・・・」「ふっ!」「キリ――――!?」ゴガッ!砕かれたコンクリートと粉塵が視界を奪う。ああ、怖い。岡部はそう思った。やはり何かが起きるのか?自分が体験していない未知なる事が。突き飛ばされた形になったがそれがよかった。自分とほむらが居た位置にキリカが鍵爪を振り落としてきたからだ。手首から足下まで伸びる巨大な鍵爪の魔法、それは深々とコンクリートの屋上に突き刺さっている。もしそれが直撃していたら無事では済まなかっただろう。ゾッとして、同時に違和感を覚えた。世界線が違えば別人だと理解しているがキリカの事は在る程度知っているつもりだ。昨日まで味方だったとしても今日は敵になるかもしれない可能性は十分に理解している。だから突然の襲撃も驚きはするが意外ではない、自分だってとある理由でラボメンと敵対した事は一度や二度ではないのだから。だから攻撃された事に関しての違和感ではない。そもそも今の攻撃は自分へ向けられたものではない・・・・だから違和感かを覚えた。今までになかった事象が起きている。「待てキリカ彼女はっ――――」呉キリカはすぐに体勢を整えて身構えた。自分には背中を向けてほむらの方を向いている。これだ。これが違和感の正体、先程の台詞を聞いてから圧し掛かる違和感。強力な鍵爪を装備しているキリカは“岡部倫太郎を護るように暁美ほむらと対峙している”。暁美ほむらと呉キリカが敵対関係にあった世界線は多々あった。ほとんどがそうだったから、しかし自分が間に入り説得交渉をもって可能性を示せれば回避できる・・・・・だけど今回は少しだけ妙な感じだ。今のキリカはまるでほむらから岡部倫太郎という人物を護ろうとしている。何かを知っていて、未来を知っているかのように、暁美ほむらが岡部倫太郎に害なす者として認識しているような振る舞いだ。岡部倫太郎が暁美ほむらと敵対するとき、それは岡部倫太郎が魔法少女全体の敵として存在する場合のみだ。他の誰でもない、暁美ほむらだけがその位置にいる。だから今の状況は何かがおかしい。岡部倫太郎は彼女の敵になるのか?彼女を敵に回して、他の誰かと共闘するのか?そんな可能性があるのか?「オカリン先生は後ろに下がって!コイツは危険だよ!」何が起きている?どんな形であれ自分とほむらが敵対、それもキリカが焦るほどの事態が起きようとしていたのか?自分はこの世界線のキリカになつかれているが・・・・そういえば織莉子に連絡すると言っておいて結局忘れていた。そんな事を現状で思い浮かべてしまうのはやはりNDの反動が強すぎたのか、まだぼんやりとしているせいなのだろうか酷く現実感が薄い。そんな場合ではないのに、いつものように、これまでのように身体が、精神が動かない、何かに阻害されているのか、単純に反動についていけないのかは分からないけれど、心のどこかで焦りが加速していく。(こ、このままでは――――)二人が戦闘にはいってしまう。キリカはともかくほむらは魔法を取り戻せたばかり、それに彼女はNDの反動は受けているはずだ。最悪、抵抗も出来ずに一撃でやられる可能性がある。そもそも暁美ほむらの魔法少女としてのポテンシャルは低い。時間停止、時間逆行の魔法は強力だが、そのせいか他の、身体能力的には高くない。時間逆行、繰り返しの戦闘で近接戦も鍛え上げられた?そんなことはない。むしろ“繰り返すほど近接戦とは無縁になってくる”。暁美ほむらの攻撃手段は窃盗品である重火器だ。彼女は繰り返すほど強力な武器を集めて使い方を習得してきた。確かに重火器の扱いは魔力による筋力サポートもありプロ顔負けだろう。しかしだ、重火器とは一つの特性を持っている。強力になればなるほど遠距離からの攻撃に特化していく。安全なポジションから一方的に攻撃できる。当たり前だが危険を冒してまで生命力が規格外の魔女を相手に拳銃による近接戦をワザワザ行う必要は無い。弾丸の節約?盗めばいい、一歩間違えれば死ぬのだ、時間も限られているのだからピストルで銃弾を1000発以上叩き込むよりロケットランチャーでズドン!のほうが結果的に危険性も使用時間も出費も軽く済む。安全に、効率よく魔女と戦闘するには強力な武器が必要で、結果的に近接戦は無い。もちろん繰り返しの世界線漂流で暁美ほむらは度胸と冷静な判断力を培ってきただろうが、それでも呉キリカを相手に武装無しでの近接戦では勝ち目は無い。今まで暁美ほむらが死んだ結果は観測した事はないが、だからといって安心できる要素は微塵もない、この世界のルールに、世界から逸脱しつつある魔法少女に絶対はない。奇跡、魔法の担い手たる彼女達は世界の意志から逸脱している。世界の定めた決定を覆しているのだから。それでも死んでしまうのは・・・・・いや、殺されていない。彼女達は勝手に絶望して反転しているだけだ。少なくても彼女達の大半は、そうでなければ世界に魔女の存在が多すぎる。岡部は思う。勝手な解釈だが彼女達魔法少女は世界からうとまれているのではないだろうか?世界の均衡を、安定を、定められた決定を揺るがす者として、かつての自分のように、世界を歪める世界にとっての悪として。世界に善も悪もない。世界はただそうあるだけで誰の敵でもないのかもしれない。ただ歪んだ世界を修正するために改変を行う。そう思って、なら魔女は“そう”なのかと思うってしまう。人の希望を具現化、提示するのが魔法少女。人の絶望を具現化、提示するのは魔女だ。対極だ。だからか・・・・時折思うのだ。魔女は魔法少女が歪めた世界を治そうとしているような、過去改変によって帳尻を合わせるために存在しているような、そんな維持修正能力を魔女が持っているような、そんな考えが頭をよぎる。世界が生んだカウンター・・・・因果を与えられた者がそれを放棄して、さらに世界を歪めたことに対する対抗処置、それが魔女――――なんて馬鹿なことを考えてしまった。こんなときに、今は一秒一秒がこれからの未来に深刻な影響を与えることを理解しているのに、ほんとうに馬鹿だった。「お前を排除するッ」「キリカやめろっ!!」自分の場違いな妄想が悲劇を招く、回避できたはずのそれを・・・そんな不安を、キリカが速攻で現実のモノにしようと動き出す。静止の声を無視しキリカは未だふらついているほむらへと突撃していく。一秒にも満たない、二人の距離は数メートル、キリカの助走無しの踏込で鍵爪はほむらへと簡単に届く。が、その寸前にかくん、と頭を俯いたまま片足の力が抜けたようにしゃがみ込んだほむらは鍵爪をかわす。偶然か、必然か、キリカの一撃目の攻撃をかわした。「チッ」「―――――」返す刀で薙ぎ払うようにキリカは下から、切り上げるように刃を振るう。―――展開率13 → 80%強力なキリカの斬撃をほむらは左腕に生み出した円盤型のバックラー、砂時計が埋め込まれたような盾で防ぐ。また、いきなりNDの数値が大きく変わった。「――!?いや今は、キリカ止めろ!」ほむらはさすがに全ての威力を殺せなかったのか後ろに跳んで距離をとる。とはいえここは未来ガジェット研究所の屋上、彼女達魔法少女にとって決して広いとは言えない空間、着地と同時にやはり本調子ではないのか、体をふらつかせるほむらに対しキリカは容赦なく再突撃を仕掛ける。止めたくても言葉は届かない。体は彼女の動きについて行けない。NDは発動しているはずなのに――――その身に魔法の加護が無い。岡部倫太郎は間に合わない。力なき者に世界は優しくない。「コルノ・フォルテ!!」だがキリカとほむらの間を遮るように牛鹿の異形が突っ込んできた。「あっっっぶな――――うん!?ユウリかいッ」ズン!コンクリートの床を踏み砕きキリカを威嚇するコルノ・フォルテ。その後ろにユウリ―――杏里あいりが両手に魔法で生み出した銃『リベンジャー』を召喚しながら着地する。予想外の人物からの横やりに目を細めるキリカは、ぺたんと尻もちをついたほむらから一旦ユウリへと視線を変更する。そして両者は言葉を交わすことなく睨み合い、数瞬の間を置いた。「おい二人共――――」ズドン!!本当に数瞬だった。岡部の呼びかけが届く前に二人は相手の目的も意思も状況も考慮することなく必殺のつもりでぶつかりあった.。キリカの鍵爪をコルノ・フォルテが魔力を込められた角で受け止め、前方に跳びながらユウリがリベンジャーで銃撃、受け止められたはずの鍵爪が角を切断し銃弾を防御、跳んだ勢いをそのままにキリカの脳天目掛けてユウリが踵落し、合わせるようにキリカはまさかの回し蹴りで迎撃、互いが弾かれあいコルノ・フォルテが追撃すればキリカの動きが加速、かわしたキリカの顔面に向かってユウリが発砲、キリカは弾丸が頬を掠めながらも鍵爪を振るう、しかし不可視の壁がユウリを守り互いは後方に跳躍――――・・・・・。キリカは減速の魔法を周囲に展開しながら鍵爪を振るい、ユウリはコルノ・フォルテと連携しながら接近戦を仕掛ける。そこに手加減や容赦はなく、問答無用の殺し合いが行われていた。「おいっ、止めるんだ二人共!これ以上の――――」―――展開率80 → 21%戦闘を止めようと前に出ようとすればNDの展開率がまた急低下した。「っ」連続での変動はかなり気になるが今はこの一瞬で死んでしまう可能性が高いキリカとユウリから目を離すわけにはいかない―――しかし無意識に、やはり気になってしまうのか連続での変動に膝をついた岡部はユウリの後ろで尻もちをついているほむらに視線を向けた。「・・・・・ほむら?」そこで見たほむらの様子は今までの世界線漂流の中でも異質だった。彼女はすぐ隣で魔法少女同士が殺し合いをしているのに気にすることなく、その余裕もないのか地面に伏せたまま己の頭を掻きむしっていた。メガネとカチューシャは既に地面に落ちている。小さな体を更に縮めながら彼女は震えていた。そして指先に血がこびりつくほど強く、頭を掻きむしっていた。NDの急変動が原因?確かにそれは気分が悪く岡部ですら膝をつくほどだ。慣れている岡部ですらこれだ、耐性の無いほむらは可能性をあげるとすれば今のような奇行に、それこそ頭蓋の奥、“脳みそを掻き毟りたくなるほどの不快感”に晒されて――――?「ほむら!」強烈な既視感【デジャブ】。思い浮かんだワードが思考を掠めた瞬間、岡部はほむらの元に駆け出した。すぐ傍で直撃すれば致命傷になりかねない魔法が交差しているが視界には映らない。『脳みそを掻き毟りたくなるほどの不快感』、ほむらが感じているのが“それ”なのかは分からないが、もしそうだとしたら彼女の身に起きている現象に一つ、覚えがある。その身を持って何度も経験してきたものだ。何度繰り返そうと最後まで慣れることのなかった代償の一つ。激闘、激戦の繰り広げられる狭い屋上で、奇跡的に流れ弾に被弾することなくほむらのもとに辿りつけた岡部は頭を掻き毟るその手を押さえる。あまりにも痛々しいその奇行を放っておくわけにはいかない。「しっかりしろ暁美ほむら!!」「ッ・・・ぁ・・・?」両手首を押さえて叫ぶ。途切れ途切れの嗚咽を零しながらほむらは視線を上げた。「くそっ」つい悪態をついてすまう。一度も諦めなかった少女、唯一絶望しなかった少女、ただ一人立ち向かった少女、弱くても悲しくても足掻き続けてきた少女が余りにも弱々しく岡部の視線に映った。それが悲しい。悔しい。彼女だけが―――。そんな彼女がこんなにも苦しんでいるのにかける言葉を失ってしまった自分を恥じる。髪の毛はボロボロで、お下げの片方はリボンが解けている。目には未だ涙が溢れ、頬と口元は引っ掻いたのだろうか血がにじんでいる。唇を噛んで震えている彼女はそれでも自分を見上げている。「ぁ、う・・・あ」カタカタと、震えている。何かを伝えようとしている口は何も紡がない。「ほむら―――」愕然とした。これまでの世界線漂流で自分は沢山の魔法少女と出会い、戦い繋がってきた。その中で幾度も支えてきたが今この瞬間・・・何もできなかった。動けなかった。抱きしめる事も声をかける事も出来ない。何故動けないのか、何故見ているだけなのか、まさか泣いている彼女に見惚れているわけでもないだろうに・・・・。「オカリン先生!」「させるかッ!」泣いている少女を目の前に、岡部が何もできないでいるとキリカが向かってくる。そうはさせまいとユウリも―――岡部はそれでも動けなかった。彼女達から見て今の自分はどう見えたのだろうか?愕然としていたのか、憔悴していたのか、それとも―――?ドゴガッッ!!「「「っ!?」」」戦闘を止めたのは言葉ではなく、三組の中心から、下の階にあるラボから放たれた黄金の砲撃だった。キリカとユウリが急ブレーキをかけて、もう柱と言っても間違っていない光に冷や汗混じりの度肝を抜かれる。二人の眼前で髪の毛の先がジュッと焦げた・・・・消滅した。あと少しでも踏み込んでいたら顔面が・・・・・。「これ以上の戦闘行為はやめなさい」ほむらを除く全員が、砲撃で開通させた穴から現れた人物に視線を向ける。「あれ、誰かと思えば恩人もここにいたんだ?」「呉・・・キリカさん?貴女も魔法少女だったの?」「言ってなかったっけ?」「言ってません・・・・・それでコレはなにかしら?返答次第では容赦しないわよ」巴マミ。砲撃で出来た穴から出てきた彼女は流れと言うか状況を見て現場の状況を簡易に予想する。岡部とほむらが動けない、ユウリとキリカは戦闘態勢。知人、仲間である彼ら彼女らの事を考えれば部外者であるキリカが敵であることは予想がつくが――――――。「まてマミ、戦う必要はないっ」「そう・・・なんですか?」「おい鳳凰院凶真ッ、コイツは敵だぞ!」「違うよユウリ後輩・・・・ん?後輩でいいのかな?」「・・・・・」「むぅ、無視は酷いなぁ」「とりあえず武装を解いてくれるかしら、ユウリさんも」「「・・・・・」」マミの言葉を二人は無言で受け止め、だけど武装は解かない。「聞き入れてくれないなら実力行使で―――」「はぁ!?ユウリを、お前が?嘗めないでくれるっ」「ユウリさん今は―――」「悪いね、君は恩人だけど私には使命があるんだ。邪魔するなら殺すよ」チリッ、と緊張が走る。三者三様に思いはあれど言葉は少なく付き合いも短い、だから引かないし通じない。三人は言葉なく魔力を練る、いつでも動けるように、攻撃、捕縛、防御、“とりあえず戦って黙らせる”ために――――――。それは魔法の力と、それなりの経験と自信から来る害だった。魔法を得る前の彼女達なら話し合いをしただろうに・・・・だからか、岡部が言葉を放つ。「いい加減にしろ、そんなんだからお前達は何度も途中退場するんだ!」「「「え?」」」自分達のポテンシャルならそんな言葉は無視しても、言い返しても問題ないのだが知人からの、それも男性からの怒りに慣れていない三人は一瞬何を言われたのか分からず硬直してしまった。「鳳凰院先生、私は―――」ぱしっ、とマミの頭が後ろから岡部に叩かれた。「あうっ」「え、ちょ、なにッ?へぶっ」べしっ、とキリカの顔にチョップ。「な、なんだよ!?ユウリはお前のために―――――やぅんっ」慌てて弁解しようとするユウリの額にもデコピン。「マミ、ほむらの傷を診てやってくれ。キリカ、織莉子から何を聴いたが知らんが俺の話をまずは聞けっ」「は、はいっ」「うう、オカリン先生にぶたれたっ」「未来は決まっていない。そうである以上彼女が早まった決断をするはずもない・・・・・俺というイレギュラーがいる以上彼女はまず相談するはずだ」「つまり・・・?」「これはお前の独断の可能性が高い」「・・・・・織莉子に関する危険は即刻排除するのが――」「結果、織莉子には余計な危険、負担がかかるぞ」「それは困るっ、でもそんなの私が――」「勝手に動けば織莉子に怒られ・・・・嫌われるぞ」「うん、ここはオカリン先生に従おう!だから織莉子には黙ってて欲しいな!」「武装を解け、ほむらには手を出すな」「うーん・・・・・信じきれないかもしれないけどさ、その子はオカリン先生を―――」「信じる」「ふむん?」「しかしそれはまだ可能性で、覆せる。ちゃんとお前の忠告は受けとめるからまずは話せ」「むーん、まあ・・・・聞いてくれるならいっかな?」そういって納得したのか、とりあえずキリカは武装を、変身を解いた。しかし用心のためか、岡部の腕に自分の腕を絡ませ治療を受けているほむらから心持ち岡部を引き離す。「当ててんのよ?」「・・・・」「無視・・・だと!?」岡部は何も言わない。考える事があるからだ。織莉子から何かを聴いてキリカが動いた・・・・・余程のことがあるのだろう。例えキリカの独断でも(もしかしたら織莉子の指示かもしれないが)、その行動を起こすだけの未来を予知したのだろう。それを無碍にするわけにはいかない。だからまずは話を聞く、織莉子本人からも直接、問わなければならない。「おい鳳凰院凶真っ」「ユウリ、まずは落ち着け」「知るかッ、命令すんな馬鹿!」「叩いた事は謝る。だが一旦落ち着いて話を聞いてくれ、いきなりすぎて―――」「うっさいさっさとソイツから離れろ!」「キリカは一応俺の知り合いだ。危険・・・・じゃないとは言えないが話せば分かる奴だ」「知るかそんなん!とにかく離れろよっ」「ユウリ・・・」まるで駄々を起こした子供のように―――実際子供だが―――ユウリは両手をバタバタと振って不満を顕にした。彼女との付き合いは浅い。総合時間で言えばこの世界線ではキリカよりは多いが・・・いかんせん前情報も何もない、知っているのは戦闘能力がかなり高い事だ。ユウリ、本名は杏里あいり。岡部が確認したところ彼女の能力は呉キリカや巴マミに劣らない。もしかしたら彼女たちよりも強い。魔法で生み出したほぼ無尽蔵に撃てる拳銃。強力なバリア。独立行動可能な使い魔。変身魔法にキリカと渡り合える身体能力。「あ、ねえねえ恩人。私の足も治療お願いできないかな?」「え?呉さんも怪我を?」「実は折れてるのさ私の足」「「ええ!?」」おまけにパワーもかなりあるらしい。岡部は知らないがユウリは素手で魔女を引き裂くだけの筋力も保持している。マミと同様にキリカの足を見れば確かに腫れていた。戦闘時にぶつけあった足だ。ユウリは多種にわたる能力だけでなく基本的身体能力も高いらしい。・・・あれ?この子って敵に回すとかなり危ない?「もうっ、はやく離れろよー!」「あい・・・じゃなくてユウリ?」「むう?ユウリ後輩(?)どうしたのさ?」そんなことを岡部が考えているとユウリがぐいぐいと岡部とキリカの間に腕を突っ込んで強引に二人を引き離そうとする。なんだかんだで岡部はユウリが危機から救ってくれたのには大いに感謝している。彼女の介入がなければほむらは死んでいたかもしれないから、それに今も自分の身を案じてくれていて、それで危険人物であるキリカから好戦的だが離れるように言って・・・・・。―――思い出した。そこで想い出した。付き合いは短いが岡部は知っている。彼女は非常に、救いようのないほどに、それこそ絶望的におっちょこちょいなのだ。「はやく離れて!コイツはユウリのなんだからっ、もう――――――触るなあああああああああああああ!」混乱からか、なんか言いだした。マ「え?」キ「ほう?」岡「・・・・・うん?」 そして一瞬で正気に戻る。「うわあああああああ台詞間違えたァああああああああああ!?」キリカを引き離し、岡部を守るように両手を広げて抗議する姿は幼く、なんだか可愛らしかったが岡部の脳裏には昨日の悲劇(デート)が上映されていた。ユウリ(あいり)が言っている『ユウリ』とは親友ユウリのことだ。あいりはこの時点でまだ岡部と親友の関係が男女の関係である可能性を考慮していた。つまり・・・・いつも通りの暴走だった。状況が状況ならほっこりする場面だが現状はそうではない。ガーッと吼えるユウリ。面白そうに顔に笑みを浮かべるキリカ。驚きながらもほむらの治療に専念するマミ。一瞬唖然としたが、ほむらの様子が気になったので取りあえず現実から目を逸らしマミに確認しようとする岡部。そこに新たな登場人物が追加される。「ふーん?そーなんだー」彼女は危険を承知で此処まで来たのだろう。念のために“それ”を持ってきたのだろう。ただタイミングが悪かった。暁美ほむらの治療はほとんど終わっていて、かつ落ち着いていたから彼女の関心事はそこにはいかない。だから美樹さやかと共に乗り込んできた少女には屋上で幼馴染みが良からぬ事をしでかしているようにしか見えなかった。実際のところ彼は何もしていないが、発言もしていなかったが、寧ろ争いを止めようとしたがタイミングが悪かった。まるで気にしてない風に、だけどその瞳に光はなく手には『バール・ノ・ヨーナモン』、使用すればリアルに警察沙汰になる忌むべき力を、それを携えた鹿目まどかが岡部倫太郎を見ていた。「ファ!?」岡部の悲鳴である。にっこりと、まどかは笑った。今、この瞬間だけを切り取れば、それは未来ガジェット研究所での日常だった。キリカが面白そうな状況に口元を歪ませユウリが発言内容に気づいて顔を真っ赤にしマミがオロオロとしながら治療を続けまどかが一歩一歩距離を詰めさやかが青空を眺めていたどこの世界線でも似たようなやり取りがあった。唯一の違いは暁美ほむらはそんな中で独り、ずっと苦しんでいることだった。誰も気づけない。見た目は落ち付いていたから、数秒前の殺伐とした空気から一転していて安堵から、安心から、傍に居たマミも、経験したことのある岡部も、そして―――鹿目まどかも気づけなかった。すぐ傍で苦しんでいる大切な人を見過ごして、いつものように日常を歩んでいた。ぐるぐるぐる。ぐにゃぐにゃぐにゃ。定まらない視界、止まらない風景、停止せず、決まらない世界。キーンと唸るような耳鳴りが、まるで大きな金属の紺子の形に実体化して耳の奥から脳髄をかき回しているような感じだろうか、とにかく不快で、どれだけ不快なのか正確には言葉にできない。四方八方から細胞の隙間を割り裂いて、暁美ほむらを構成する何かを分解していく。幻影、幻聴、幻触、幻香、幻味・・・五感すべてが脳の処理を拒否してバラバラな情報を受け入れようとする。感覚だけじゃない、衝動が、感情が満ちてくる―――悪い意味で。とてつもない吐き気と酩酊感が押し寄せてくる。重力の感覚があやふやだ、前後左右上下――――自分の足は地面についているのか、そもそも足は存在しているのかも分からない。バラバラの映像が、無限の世界があった。生きる時もあれば死ぬ時もある。殺す時もあれば癒す時もある。泣く時があれば笑う時もある。悲しむ時があれば楽しい時もある。黙る時があれば語る時もある。愛する時があれば憎む時もある。戦う時があれば和らぐ時もある。時間と事象がバラバラな映像が頭の中を駆け巡る。(・・なに・・・?)一つ。幾つもの光が螺旋を描きながら空を乱舞する。一つ一つが綺麗で、どれもが美しく輝いていた。“知っている”。その輝きはソウルジェムが生みだす奇跡の光。“知っている”。その輝きを放つ魔法少女は私の仲間。“知っている”。彼女達は必死に戦っている。ただ一つの黒。赤い光を纏う魔女となった■■■■■を殺すために全員で挑んでいる。遠慮なく、容赦なく、加減なく、決してそれらに妥協なく。(・・・・・・・・なに・・・?)一つ。街中を談笑しながら歩いているのはラボメンだ。知らない子もいるが“知っている”。仲間だ。大切な・・・・青空とガラス張りの高層ビルを背景に今日の目的地へと向かう。“知っている”。その瞬間がとても愛おしくて頑張っていることを。“知っている”。その瞬間を守るために立ちあがってきたことを。“知っている”。そのために繰り返してきたことを。そこにいる『私』は皆に混じって笑っていた。くだらない冗談に、程度の低い話に口を押さえ、噴き出すのを必死に我慢していた。(・・・なんなの・・・)一つ。佐倉杏子と一緒にいる小さな女の子に「おじさん・・だれ?」と言われて滅茶苦茶落ち込んでいる岡部倫太郎に『私』が「ぷぎゃーw」している。知らない。この瞬間を私は・・・・『私』が・・・・・。知らない。メガネをかけず、髪をストレートにしている魔法少女の私は楽しそうだ。『私』もそれには同意見のようだ。岡部倫太郎や美樹さやかとはいつも喧嘩している。いつもお互いを罵りながら協力している。いつもいつもいつも喧嘩して文句の応酬を繰り返し・・・・・。(・・・・これは・・・・なに・・?)一つ。深夜の見滝原の街中を二つの光が激突しながら舞っている。“知っている”。美樹さやかと上条恭介が戦っていた。互いが全力で、手加減抜きで戦っている。“知っている”。本来は無力な少年。彼はラボメン№03。キュウべぇの片翼。ワルキューレ第二位。岡部倫太郎を■った大英雄。ラボメンは力を合わせて魔女と戦うこともあれば味方同士で戦うこともある。陣形を組んで一つの魔法の威力を底上げして協力したり、意見の違いから戦かったり、勘違いや思い込みで傷つけあう。“知っている”。最初はぶつかって、しかし最後には手を取り合って仲良くなって仲間になった。巴マミの家やラボに集まって、泊まりがけで騒いで、未来ガジェットとこれからについて話し合っていた。(・・・・・・ちがう・・・・これは私じゃないっ・・・)一つ。『薔薇園の魔女』の使い魔に囲まれていたまどか達を巴マミが救い、魔法少女の私がいつものように彼女達と対峙していた。“知っている”。そこに駆けつけてきた岡部倫太郎がいきなり全員に説教を始めて場が混乱した。インキュベーターの姿が見える岡部倫太郎にキュウべぇ、マミ、私が戸惑い・・・・しかし私は立ち去った。それを、かつてないイレギュラーを自らふいにしてしまったと後悔しながら自宅で今後の方針を考えていたら岡部倫太郎がキュウべぇを連れて押しかけて来たので驚いている私がいた。年齢も出逢った時間もバラバラな岡部倫太郎と、そこにいる私は毎度喧嘩しながらも不思議と仲が良いように見えた。―――じゃあ、“これ”は誰?一つ。どこかの世界で、どこかの戦場で、誰かの結界で、右手に紅蓮の銃を。左手に白蓮の銃を。(ちがう・・・・ちがうちがうッ)『舞台装置の魔女』と『■■の魔女』を■えて。―――“知ってる”。他に、誰にこんな事ができる背中には空間を裂いたような翼を背負う。(こんなことしないっ、私がするはずがない!!)振り下ろされた剣を受け止め、突き刺してきた槍と共に薙ぎ払う。鍵爪をかわしてハンマーの軌道を逸らし、撃ち込まれてきた弾丸ごと爆炎で飲み込む。周囲を旋回する矢と宝玉を蒼白の光で全て撃ち落とし、背後から襲ってきた使い魔を黒い翼で弾き返す。回復の光を阻害する魔法陣を展開し、いきなり現れた左右からの妄想の剣を簡単にかわす。―――暁美ほむら以外の誰にコレができるというの?“知っている”。この『私』は今までの映像に映し出されていた私とは違う。その映像を、その世界を観測、観察してきた『私』だ。経験したわけじゃない、ただ観ていることしかできなかった『私』だ。手を伸ばせば届く距離にあった“それ”を掴めなかった『私』だ。誰もが『私』を見上げていて、『私』は皆を見降ろしていた。ガジェットを奪い、仲間を裏切り、叫ぶ彼らの言葉を否定して淡々と言葉を紡ぐ。その両手の巨大な力を皆に向けながら、酷く冷めた口調と瞳でトリガーを引いた。(嘘だ・・・・・!!)魔力が尽きれば終わる。抵抗逃走は無意味な一方的な攻撃が彼女達を襲う。魔力が尽きれば呆気なく終わる。何もできなくなって終了、抗う意思も霞んで諦める。普通は―――・・・・・だけど彼女達は諦めない。“知っている”。だから『私』は戦っているのだ。諦めないから戦っている。全員が固まって残った魔力を一つに集めていた。私じゃない『私』が「ワルキューレ」と呟いた。未来ガジェットの集大成。並列で展開するそれを直列で使用し、私を止めようとする。止めてくれる。そう思っていた。止まってくれると思っていた。―――岡部倫太郎に、それはできないのにね彼らには絶対に諦めない意思があったから、私じゃない誰かを傷つけたくないから――――だからその『私』は何もしなかった。必要が無かったから。彼は全ての魔力が込められた攻撃を『私』にぶつけなかった。ただ一度きりのチャンスを棒に振った。止めきれる可能性を放棄してしまった。そこにいる『私』は首に添えられるように触れている妄想の剣を無視し、右手の銃口を相手の胸元に当てた。(・・・・・わからない)なにが、なにをしようとしているのか・・・・・・何も解らなかった。 ―――私がこれからしなければならない事記憶じゃない。記録だ。私が経験してない世界での出来事、『私』が遠くから眺めていた世界と実際に観測してきた世界での記録。幸福があった世界、必死に手を伸ばして、もがいて足掻いて、それでも最後には誰かが死んでしまう世界での出来事。隣り合わせの世界。無限に存在する可能性世界の一つ、私のなれの果て。(・・わかり・・・・たくない)打ち込まれた弾丸は岡部倫太郎の身体を容易く貫通し、後ろにいる彼女達にも襲いかかった。(どうして・・・)内容はどうあれ、それでも知ったことは武器になる。未来の知識を得たことで可能性は増えたはずなのに、私はこの記録を忘れてしまう。封じられてしまう。それが分かる。それが伝わる。どれだけ残酷な世界にも無限の可能性が存在しているはずなのに、識っていることで未来は変える事ができるのに。それを知っているはずなのに、何故彼女は、『私』は、私は――――それを選ばないのだろうか?選べなかったのか・・・・・。分からない。解らない。私には――――何もわからない。そして、その思考も『記憶』と『記録』を封じられることで霧散した。どうして『私』は私にこの『記録』と『記憶』を提示したのだろう・・・・・。真っ暗な世界から意識が浮上する。「ッ!?」ばッ、と起き上がる。「ほむらちゃん大丈夫?」「ま、まどか?」まどかの心配そうな顔が目の前に、何があった?どうしてここに?今は何時で何処だ?キョロキョロと視線を周囲に向ければ室内で、マミがパタパタと湯気の立っているカップを此方に持ってきてくれて、さやかが穴のあいた天井を「あー、まどかママにバレたら・・・・岡部さん死ぬな」と呟きながら眺めていて、ユウリが布団を被ってソファーで丸まっていて、キュウべぇがボロボロでリビングに転がっている岡部倫太郎を見下ろしていた。「倒れてたから心配したんだよ。どう、気分悪くない?痛い所とかある?マミさんが魔法で治してくれたらしいけど大丈夫?」「えっと・・・・ごめんなさいまどか、心配してくれて嬉しいんだけど岡部先生は大丈夫?なんか虫の息みたいだけど・・・」なぜ自分は寝ていたのか、なぜ天井に穴が空いているのか、なぜ・・・・・ボロボロの岡部倫太郎を誰も治療しないのか。毛布に包まっている『杏里あいり』を除けば全員が回復魔法を使えるのに―――――。(・・・・なに・・・?)「オカリンはいいのっ、また勘違いさせた罰だよまったくっ」「あれ・・・・・・“まだ違う”?」「ほむらちゃん?」傷ついて倒れている。最初から、最後まで苦しんで、最後には独りになって・・・・・ああ、それが“いつも通り”だったっけ?それがわたし達にとって当たり前の事・・・。出逢って、話して、繋がって、喧嘩して、分かり合って最後には殺し合う。それが岡部倫太郎と魔法少女・・・私達のいつもの関係。何度繰り返しても、何度試してもダメだった・・・・・、遅かった。だから過去に跳んでやり直してみた。岡部が決断する前に、岡部が動きだす前に、岡部倫太郎に私達はちゃんとできるんだって証明を・・・。「あれ・・・?」自然と、当たり前のように浮かんだ思考に首を傾げる。「暁美さん大丈夫?これ、ゆっくり飲んでみて」何か恐ろしい事が平然と思い浮かんだ気がした。思い出さなければいけない事が在ったような気がした。ほむらはマミからホットミルクを受け取りちびちびと飲んで・・・・・また首を傾げる。「あ・・・れ・・?」「ほむらちゃん大丈夫?ここが何処だか分かる?」「ら・・・ラボ・・?」『ラボ』。未来ガジェット研究所。まどかの質問に対する答えを頭の中で思い浮かべる。そうだ、ここは未来ガジェット研究所で私達の居場所、ラボは大切な場所で、岡部倫太郎が作ってくれた世界で安心できる数少ない私の・・・・・・。「なんで・・・?」だから分からない。「なんでなの・・・」「ほ、ほむらちゃん?」「なんで・・・そんなことができるの?」なぜ彼女達は“いつも”岡部倫太郎を殺すのだろうか。「―――ァ」「ほむらちゃん!?」まどかはホットミルクを受け取る。ほむらはそのまま気を失うように横になった。「あれ、ほむらは?」「また寝ちゃったみたい・・・・」まどかは、まどかも分からなかった。ほむらが何を言おうとしたのか、何を伝えようとしたのか。さやかの言葉にハッキリと返事を返せなかった。ほむらは再び寝てしまった、だからまどかの返事に間違いは無い、だけど・・・なにか、なんだか、そのままにしておきたくなかった。「・・・」だけど無理に起こすわけにはいかない。すごく疲れているのは見て分かるしマミさんの話によれば怪我もしていたらしい。マミさんと視線を合わせればマミさんは頷いた。ゆっくり休ませようという意図を感じ、それに同意する。魔法で治癒した彼女の顔に傷跡は無い、涙の跡も、苦しそうな表情も、なのにどうしてだろうか?暁美ほむら、出逢ったばかりの転校生、メガネを外して髪を梳かせばかなりの美少女である彼女は屋上で治療を受けて以降、ずっと泣いているように見えた。「む・・・っ?ここは?」数分後、一応落ち着いた様子のほむらは熟睡したかのように寝息をたて、変わるように岡部が復帰する。「―――――では、これより今日の予定を発表する」「何事もなく起きあがったけど岡部さん大丈夫?まどかに―――」「ふ、大丈夫だ問題無い。まどかの精神的言葉責めに口とお腹の中が焼け爛れたようにトランザムしただけだ」「岡部さん!?岡部さん気を確かに!!」今回、ほむらの容体が気になったのでまどかのお説教時間は“長くなかった”。ゆえに岡部の症状は長時間というか超時間の言葉責めの結果だ。実際には短い時間でありながらも長時間尋問を受けたかのような錯覚を与えるタイムマジック。岡部倫太郎は「ツインテール」「女の子」「凶器」のコンボは一つのトラウマへと繋がるので鹿目まどかからの尋問には結構精神的にくるものがある。「・・・・ハッ!?」「あ、ちゃんと帰ってきた?」てんやわんや、相変わらず朝から騒がしいラボだ。「・・・とりあえず確認だ。本来の予定では朝はガジェットの説明、特に3号機の使い方を憶えてもらい、お昼はミス・カナメの所に行って昼飯代をカバーしつつ必要ならお前達の状況を伝える。夕方は魔女探索及びND使用による戦闘訓練。夜は連携魔法や合体魔法の説明と今後の予定内容の確認・・・・だったが」岡部は横になって目を閉じているほむらに視線を向ける。「予定変更だな、ミス・カナメとの約束はほむらが起きてからだ。昼までに目を覚まさなければ後日」「まどかママへの言い訳も考えないといけないから、岡部さん的にはそっちの方がいいんだよね」「・・・・・うん」さやかの台詞に頷く。良い天気だ。見上げれば蒼穹の空が絵画のように映る。ラボの天井から屋上まで繋がった穴、人一人は余裕で通れる大穴・・・バレタラヤバイ、最悪追い出される。「鳳凰院先生っ、その、わっ・・・私ちゃんと弁償しま――――」「いや、君は気にしなくていい」「そういうわけにはいきません!」「君は恩人だ。あの状況下で最善の選択だった、感謝している」「でも―――」「マミ、本来ならラボの長たる俺が彼女達を・・・止めきれなかったのは、君がこうしたのは俺の力不足だったからだ」と、格好つけてみたが心の中で岡部は頭を抱え込んでいた。いずれバレる。絶対バレる。肋骨骨折入院費。それに修繕費・・・・・これって総額幾らくらいするんだろうか?時に人は追い込まれた時、無駄に、無意味に足掻きたくなったり格好つけたりするがまさにそれ、軽い現実逃避を岡部は実行し、目の前の悲劇を無理矢理ポジティブで解決することにした。「穴の事はあとで十分だ」「いいの?岡部さん貯金とか無いよね」「オカリンの貯金は五千円を切ってるよ・・・・ママになんて言い訳するの?」「言い訳なんぞ鳳凰院凶真たる俺には無用!このまま一カ月隠し通せば問題ない・・・・・・・・・まどか、なぜ俺の残高を知っている?」「一カ月って、なんかあったっけ?」「オカリンの給料じゃ足りないんじゃないかな?だって■■ぐらいだよね?」「だから、何故、俺の個人情報を君が知っているんだ」「私幼馴染みだよ?」まどかは岡部が来月の給料でなんとかしようとしている、と思っているようだが違う。それは間違えている。修繕費が足りないのはもちろんだが直している間に確実に洵子氏にバレるのでその案は検討すらしない。岡部の狙いは『ワルプルギスの夜』だ。(奴は襲来時にとんでもない台風、スーパーセルをおこす大災害認定魔女。襲来時毎度毎度見滝原に甚大なダメージを与える。それはラボにも少なからずの被害を・・・・あとは解るな?)もちろん岡部はそれを、まどか達ラボメンの住まう街を魔女にみすみす破壊させる気はない。それを回避、防ぐためのガジェット、5号機を開発済みだ。ただ物事には限界があり、アクシデントは付き物だ。すべてを護る事は出来ず、何かを犠牲にしなければならない。ラボは毎回ガジェットの恩恵を受けきれない。場所が人気のない場所だから優先順位が低い、もちろん建築物密集地だが全体的に都市開発に置いていかれた寂れた個所で人もそれほど多くは住んでいない。そこに住む人達には悪いが岡部はこれまで何度も選択してきた。ラボ周囲だけではない、被害を最低限に抑えるために見滝原の主要ではない場所は切り捨ててきた。(そう、仕方がない・・・だからこの穴は災害でこうなったことにしよう)と、一人悲劇のヒーロー気分で自分を慰めている岡部だが、実際は怒られるのを回避しようとしているだけだったりする。ここを追い出されるわけにはいかない。ささいな・・・・ささいな被害ではないがコレが原因で関係がバタフライ効果で悪化し協力関係を築けなくなれば笑えない。つまり人様から借り与えられた雑居ビルをこんなにしておいて黙っているのは仁義に反しているようで結果的に皆のため、これまさに正義、やむなき事情故でありどうしようもない事柄であり必要悪だ。岡部はそう結論付けた。無論、冗談抜きで可能な限りラボは・・・・それこそ無傷で事を成し遂げたいが現状では不可能だろう。魔法少女の数が少なすぎる。「キュウべぇ、前日から頼んでいたことは?」ラボは大切だ。だが何よりも人命を優先する。その人達の生活も。居場所も。岡部は思考を切り替えキュウべぇに確認を取る。今まで空気扱いされていたキュウべぇだがずっと此処に居た。正確にはほむらが魔法を取り戻すと同時にさやかの肩から飛び降り屋上へと向かっていた。その後は終始無言で何も聞いてこない。姿を消さないだけありがたいが・・・何を考えているのか分からないのは不安だ・・・・訊きたい事は沢山ある。魔法を取り戻したほむら、奇行の事でもそうだが彼女についてできれば可能な限り情報が欲しい。それにまどか、ほむらの覚醒がまどかに影響を与えたのか知っておきたい、繰り返しの結果、因果が収束してきた前回と同じ状況になったのならば・・・・・。(いや、それは・・・・いまさらだ)なら、やはり一番の問題は暁美ほむらだ。まどかには悪いが、ほむらにも悪いが、そうなったとしても当初の計画からズレがあるわけではない。それが普通だったのだから。魔法少女になってしまった場合、一度の戦闘でリタイヤ確定というのは避けたいが対処方法も考えている。だから―――――『見滝原で三人、あと佐倉杏子の情報なら入手しているよ』「そうかっ」また思考が余所に行っていた。岡部は頭を振って切り替える。今は今日の予定を皆に伝えることを第一に考える。先延ばしにするつもりはない、今は皆に説明することを優先する。一つ一つ、ちゃんと確認しながら進むために。「佐倉さん!?」「ああ、佐倉杏子。彼女をラボメンに誘うつもりだ」「彼女と知り合いだったんですかっ?」「いや、俺が知っているだけだ」「・・・・誰?」「オカリン?」『佐倉杏子 風見市を根城にしている魔法少女だよ』岡部はキュウべぇと出会ってから最初に頼みごとをしていた。ガジェット開発の手助けと人物の探索だ。それは見滝原とその周辺に現存している魔法少女、及び岡部が知りうる知人の安否及び現状の確認だ。ラボメンの安否はもちろん、『ワルプルギスの夜』との戦闘には“戦闘に参加しない魔法少女も可能な限り必要”だ。5号機、未来ガジェットM05号『業火封殺の箱【レーギャルンの箱】』。擬似世界、魔女の結界に似た特性を発揮できるこのガジェットで『ワルプルギスの夜』を此方が創り出した結界内に閉じ込めるためだ。結界を張らない超ド級魔女を結界で捕える。存在するだけで見滝原を廃墟にするこの魔女を結界内で倒す。しかし一つだけでは見滝原の全てをカバーできない。あまりにも巨大で強大、簡単に結界を破壊される。だから複数、それを扱える人物、魔法少女ができるだけ多く必要だ。見滝原への被害を可能な限り減らし、かつ人目を、周りの被害を気にすることなく戦うために。「今はどこにいる?」『風見市だよ』とはいえ、勝つための戦力がなければ意味は無い。いずれ突破されて全滅だ。佐倉杏子。彼女の実力はよく知っている。彼女の力が必要だ。「佐倉さんは・・・・元気?」『うん 今は新たに契約した子と一緒に活動しているよ』「え!?」「よし」マミと岡部、同時に上げた声は困惑と高揚。マミは過去に佐倉杏子と共同戦線というか、子弟関係のような、共に戦う心許せる仲間だったがすれ違いから袂を断った。過去を想い、思う事があるのだろう。岡部はこれまでの経験から杏子と共にいるのが千歳ゆまであると予測した。『一緒に居るのは千歳ゆま まだ幼いけど将来有望な魔法少女だよ 彼女の使用する回復魔法はかなり強力だ 仲間になってくれれば心強いと思うよ』マミと杏子。二人の過去を知っている。だからマミの事を思えば先に彼女のフォローをとも思ったが、この時の岡部は歓喜していた。千歳ゆま。彼女の存在は大きい。美国織莉子、佐倉杏子といった面々はもちろんだが彼女の介入には意味がある。それはラボメン全員に言えることだが、彼女、千歳ゆまの加入は各世界線で特に・・・岡部から関わるのが難しかった。巴マミ、呉キリカ、鹿目まどか、美樹さやか、暁美ほむら、彼女達は見滝原中学校にいればすぐに関わりは持てる。他の魔法少女、美国織莉子などはキュウべぇと協力できれば状況を確認できる。契約しているのか、していないのかも含めて。ただ千歳ゆま、彼女の場合は五分五分だ。岡部が各世界線に辿りついた時点で彼女の安否は不明の場合が多い。すでに死んでいる場合と行方不明の場合がほとんどだ。原因は虐待か、魔女か、とにかくほとんどの世界線で岡部が関わる前に彼女は届かない場所に居る。千歳ゆまだけじゃない。マミや織莉子、杏子の家族、岡部が辿りついた時点で既に間に合わない人達もいる。飛鳥ユウリ・・・・もしかしたら彼女も。だから岡部は各世界線到着後、何よりもまず先に、戦力よりも情報を集める。身近にいる人達の状況を、キュウべぇがいればすぐに集める事ができる。今回はキュウべぇと出会う前にキリカと出会えた。キュウべぇと出会えたその夜に3号機の基礎作成、及び人物の探索を依頼、その時点では探索に当たりは無く、彼女達の安否に悩んでいた。だが今日、ついに確認できた。佐倉杏子と千歳ゆま、いつかの世界線で出逢えた少女達。岡部倫太郎が鳳凰院凶真を取り戻した世界線で支えてくれた少女達、いつか、必ず戻ると約束した大切な人達。「そうか・・・・無事だったか、よかった」『うん あと見滝原にくるようお願いしておいたよ』「返事は?」『了承してもらった』「いつ頃・・・・これそうなんだ」『いつでも 今からでもいいんじゃないかな?基本魔女狩りかカツアゲしかしてないし』「どんな奴なの?」「怖い人・・・なのかな?」「・・・・・・くっ、ククク」「「「?」」」一人、周りから見れば過剰反応している岡部にまどか達が視線を向けると、岡部は両手を大きく振り上げ大声で宣言する。「フゥーハハハハ!!条件は整いつつある!これがシュタインズゲートの選択――――オペレーション・フミトビョルグを発動させる!!」「ふにと・・?」「覚えられないなら気にするな!」特に意味は無い。「まずはマミ!」「は、はい?」「君は杏子と連絡を・・・・キュウべぇと直接迎いに行ってくれ!」「えっ・・・で、でも私―――」マミが戸惑うのは理解している。巴マミと佐倉杏子は仲違いから後味悪い決別をし、そのまま今日まで来てしまった。双方共に嫌いあっているわけではない、しかし今さらどんな顔をして向き合えばいいのか、幼い彼女達はまだ解らない。このまま先伸ばしにしても良い結果はありえない。彼女達が動けないのならきっかけを無理矢理にでも与えればいい。きっとマミも、杏子も―――仲直りしたいはずだから。これは二人の問題だ、ましてこの世界線の岡部は杏子との面識はない。だから完全に部外者だが構わない、躊躇わない、今さらだ―――岡部倫太郎を此処まで連れてきたのは彼女達だ。世界線を跨ごうが責任はある。それに知っている。悩むだけでは答えの出ない問いもある 。思考をめぐらすだけでは解決しない事態もある。事態が動かねば出ない答えもある。情勢が移らねば解決しない悩みもある。例えそれが・・・時に計り知れない苦痛や悲しみをともなうものだとしても、時に人は、問題は、当事者だけでは前に進めない事も多々あるのだから。「マミ」「・・・わ、私は・・・・」「大丈夫だ」マミの頭に優しく手を乗せて、岡部はゆっくりと撫でる。一瞬ビクリッと身を固めたマミだったが、その感触は久しくないモノだった。ずっと、独りになってからなかったものだ。怯えるように、顔を上げて岡部と正面から見つめ合う。岡部の表情に表れているのは優しく諭そうとする大人の余裕か、それとも慈愛からくるものなのか・・・・そこに、マミは亡き両親の面影をみた。「「・・・・・」」ああ、この人は本気で大丈夫だと思っている。それがマミに伝わった。真剣でもない、厳しくもない、ただ安心させる優しい表情のまま自分を見ている。視線を合わせてしばらく、マミは決めた。今から少しだけ前に進む事を。勇気を持つ事を。昨日からいろんな事があった。普通なら、今までなら考えもしなかった展開が次々と、きっとこれからも似たような事が起きるのだろう、なら過去と向き合ってもいいはずだ、向き合えるはずだ。これを良い機会だと思えば・・・怖くても、今ならできるような気がした。一人じゃないから、勇気をもてる。自分は一人ぼっちじゃない。何よりも自分は彼女と、佐倉杏子と仲直りしたいから。「私――――、頑張ります!」「うむ、それでこそ我がラボメン!重要な任務だ、必ず彼女達をここに案内してくれ」「はい!」両拳を握りしめ決意を顕にするマミに岡部は満足そうに頷いた。悪い事にはならないだろう。互いにきっかけを探していたのだから、それこそ、噂を聞くたびに互いの縄張りに幾度も訪れ、相手にちょっかいを出すくらいに。既にキュウべぇには念話で集合場所を指定、杏子達の近くに居るインキュベーターに伝達、杏子には了承の意志はあるらしいので、この件はマミに一任する。「次にまどか、お前はこのままほむらの様子を診ていてくれ」「うん。オカリンはどうするの?」「用事ができた」タイムリープした可能性がある暁美ほむらから離れなければならないほどに、無視できない重要な事がある。「マミさんと一緒に会いに行くの?」「いや、外で待たせているキリカと出てくる」「「「「え!?」」」」全員が、毛布に包まって羞恥に悶えていたあいりも皆と同時に驚きの声を上げる。「おまッ、お前は何を考えているんだ!!」毛布を投げ捨て立ち上がり、あいりは岡部の胸倉を引っ張る。「少し彼女の知り合いから事情を聴いてくる」「危ないだろうが!」「それを解消しに行く」「じゃっ、じゃあアタシも―――!」「念のため、君はここで待機だ」「ハァ!?」「ラボを、まどか達を守ってくれ。あと買ってきた食材を長期保存ができるように加工しておいてくれると助かる・・・・そう、“これ以上手を加えなくても良いほどに”」“余ったモノで『芋サイダー』を創ろう!”なんて考えが過らないほど徹底的に。既に岡部の残金は底を尽いたも当然なモノになっている。昨日までの買い置き食材はまどかによって英雄的ドリンクになってしまっている。せめて今日買ってきた物は今のうちに手を打っておかねば彼女は再び善意からやらかすだろう。「意味は解るけど・・・・、アイツは―――」「ああ、だが心配には及ばん」「・・・・・・」「岡部さんあたしは?」まだ何か言いたそうにしているあいり、そこでさやかが発言し二人の会話を切った。幸か不幸か、あいりはそれ以上の問答をしなかったので岡部的には助かった形になる。あいりには助けてもらって、それに心配してくれて、だから申し訳ないと思うが、嬉しいが同行させる訳にはいかない。何があるが解らない以上、信用できる力は彼女達の近くに集めておきたい。世界はまどかを強制的に魔法少女へと誘う、魔女でも、悲劇でも、理由は多くあり、だけど常識外れの魔法があれば覆せる。だからなるべくまどかの傍から離れたくはない、しかしそうも言ってられない。美国織莉子と呉キリカ、味方なら非常に心強いが敵なら・・・・犠牲を覚悟しなければならない。今はまだ大丈夫のはずだ。それをきちんと、はやい段階で定めなければ彼女達が敵対する決断をしてしまう可能性がある。「英雄である君は――――」幸いにも、この世界線では友好的な印象がある。織莉子はともかくキリカには余り適用できない保証だが織莉子からの口添えがあればすぐに問題は解消できる。だからこそ急がなければならない。ほむらが覚醒してしまったのだ。いつ織莉子が最悪を観測してもおかしくない。その前に彼女と話をしたかった。それにキリカから念話で伝えられた事が事実なら“見舞い”もかねて別件の事で詳しく聞いておきたい事もある。「上条恭介に直接伝言を頼む」「へ・・・・?恭介に?」呉キリカ、そして美国織莉子は昨晩――――とある魔法少女に敗北した。「ああ、あいつをラボメンに加えたい」それが本当なら上条恭介を早く“こちら側”に引き込んで体勢を整えておかなければならない。白巫女と哀戦士。このコンビと単体でぶつかって、かつキリカに「負けたよ」と言わせる存在が現在見滝原に居る。今までになかった事象だ。本当に何が起きるのか予測できなくなってきた。単体で挑んで彼女達に勝てる存在は伝説級の魔女か『シティ』にいる規格外の連中しか想像できない。そんな奴がいる。この世界線はこれまで起きなかったことが起きている。万が一、その存在がこの近くを通りかかったら?何かの因果でまどか達と出会ったら?考えすぎだと自覚している。だけど安心できない。だから信用できる実力があるあいりには此処に残ってほしい。「内容はそのまま伝えればいい」「と、言いますと?」「近いうちに、それこそ今日か明日には“迎いに行く”と」「つまり外出許可を貰っとけってこと?」「ああ」「電話でいいんじゃないかな?」「色々あってな・・・それにヤツの顔を見たいんじゃないか?」「ンな!?」ボッと、一気に赤面したさやかを見て岡部は笑った。まどかも、つられて笑った。「じゃあ、しょうがないねさやかちゃん?」「ま、まどか!?」「上条君のところ、行ってきたらいいよさやかちゃん。きっと上条君も待ってるよ?」「昨日も会ったよ!そ、それに頻繁に行ったら迷惑かもしれないし―――」「相変わらずヘタレだな・・・」「上条君、何時も嬉しそうだよ?」「あ、あたしが恭介に気があるって気づかれるかも・・・」「「大丈夫、それは絶対にない(から)」」「それはそれでショックだ!?」叫ぶさやかに岡部は思う。願う。この世界線でも彼女に幸がありますように、と。美樹さやかは魔法少女じゃない。この世界線では“まだ”違う。だが可能性はある。まどかと違い契約する事を定められてはいない。世界線によって契約することなく過ごす世界もあった。なら、それなら、その可能性があるならばラボメンに誘うのは間違っているのではないか?わざわざ魔女との関わりを増やすことも無いのでは?最初はそう思った。どう考えても普通の人間には辛い思いをさせてしまう環境にわざわざ巻き込む理由はない。だけど今は違う。“上条恭介と約束した”。例え魔法有無がどうあれ絶対にラボメンとして受け入れる。必ず近くで守れと――――そして、自分を“巻き込め”と。約束したのだ。それは世界を跨ごうと変わらない。この世界線の上条が覚えていなくても関係ない。約束を違えれば“あの世界線の上条恭介”は世界線を越えてでも岡部を責めにくるだろう。“前科”があるだけに、この約束は果たさなくてはいけない。なにより、彼の存在もまたラボには欠かせない。「こんなところか。とりあえず1時前には再びラボに集合だ。お昼には若干遅いかもしれんがそれぐらいの余裕はもっておこう」「ママに連絡しとくね。マミさんが迎いに行く子の分も準備してもらう?」「ああ、頼むまどか。ではキュウべぇ、バイトせ・・・・杏子には飯を奢るとでも伝えてくれ、すぐにくるだろう」『わかった』「マミ、すぐに出れるか?」「はい。でも鳳凰院先生、本当に大丈夫ですか?」「ふんっ、ほっとけよそんな奴!」「ユウリ、今後ラボでの食事は全て君に取り仕切ってもらう。頼んだぞ」「なんでアタシが――――えっ、今後?全て?それって・・・って違うよユウリ!?私そんなんじゃっ―――――ええ!?なんでいつも天使と悪魔が結託してるの!?」「・・・ユウリはほんとうに純情だなぁ」「上条相手だとお前も割と“こう”だぞ?では上条への伝言は任せた」「わかりまし・・・・え、うそ!?あたしってこんなンなの!?」「こんなん!?」「オカリン、今のはどういう意味かな?お話がまだ必要なのかな?そうなんだね分かったよちょっとそこに座ってねバール取ってくるから ま っ て て ね ?」「ひぃ!!?」『君達時間が限られてるの分かってる?』そんなこんなで状況は動きだす。マミとキュウべぇは佐倉杏子と千歳ゆまを迎いに。まどかは横になったまま眠るほむらの様子を見守る。あいりはその二人の護衛。あとラボの食材を今のうちに調理し台所事情を守る。さやかは本来関わらすべきではない少年を間接的だが本人の意思で巻き込むために病院へ。岡部は今頃ラボ付近の何処かでジュースを飲みながらダラケテいるキリカと共に織莉子のもとへ。「昼頃には此処に戻れるように。各自何かあれば連絡を―――以上だ、解散」これまでにない事情により、これまでにない行動だった。行動一つ一つはこれまでにもあったが同時にそれを別行動で行うのはもしかしたら初めてかもしれない。マミとキュウべぇはともかく、ほむらとまどかから離れるのは得策ではないのかもしれない。出逢ったばかりのあいりを信用し過ぎかもしれない。上条を巻き込むタイミングはもっと後にすればよかったかもしれない。今までの世界線漂流の経験から考えればそうだ。未だ不安定なほむらとまどかから離れるべきではない、ほむらの回復を待つべきだ。そうすれば・・・だけど織莉子の方も気になる。戦力の分散は強敵に対処できない。しかし固まったままでは身動きが取れず合流前に潰される場合もある。なら結局はさっさと動いてしまうしかない。先手必勝、正解ではないのかもしれないが間違いとも言えない。少なくとも今は・・・。「キリカ」「んあ?あ、オカリン先生遅かったね」「すまない。では行こうか」「うん、織莉子も待ってるから急ごう!」ラボを出たすぐそこのベンチにいたキリカに声をかければ彼女は岡部の腕に自分の腕を絡ませて歩き出す。後ろから視線を感じたが気にしない・・・・・気にしてはいけない。きっと視線の意味は安否を思っての事だろう、そうだろう。帰って来たときに問答無用の折檻は無いはずだ。(・・・・ないよな?)ちょっと不安に、未来に起こりうる可能性を念のために物色しようと視線をラボに向ければ――――「早く行こうよオカリンせんせーっ、余所見禁止ー」「ちょっ、こらひっぱるなっ」一瞬、別の場所に向かうマミとキュウべぇ、さやかの姿がラボの階段あたりに見えたがキリカに腕を引かれそれ以上は確認できなかった。二階の窓側部分はハッキリと見えなかった。ぐいぐいと、腕を引いていくキリカはすぐに道を曲がり美国邸に向かう。岡部は片腕の柔らかい感触を意識しないように心掛けていた。意識が其処に向かえば背中に冷たい視線を感じるので意識しながら意識しないという荒技を発揮しなければならなかった。「オカリン先生」もう振り返ってもラボは見えない。ラボからも此方の姿は見えない。安心したところで声をかけられた。「確認しておきたい事がある」そこで腕を組んだまま立ち止まり、身長差からキリカは岡部を見上げる。岡部はキリカを見降ろす。じっ、と自分を見つめる少女に岡部は頷く。本来なら織莉子を交えた情報交換が最も手っ取り早く正確で確実だ。キリカの主観では感情が先行してしまうので・・・しかし構わなかった。もちろん一番は織莉子との合流だが自分とキリカは“まだ”足りないのだ。「オカリン先生は織莉子の味方だよね?」信頼が、足りない。キリカは知っている。識っている。岡部倫太郎の異常性を、以前あった記憶は後付けのモノで、思い出は偽物だったのをしっている。それを知った後もこうして親しそうに接してくれるが、だからといって全面的に信用しているとは言い難い。寧ろ信頼していたら危ない。危機管理能力が低すぎて逆に疑ってしまう。確認を取っている今も岡部は意外に思うほどだ。今回の件は彼女の親友、美国織莉子が関わっている、自分の知っている呉キリカなら疑念、疑惑があれば独断で排除に乗り出しているだろう。いや、既に乗り出してきた。対象が暁美ほむらだけだったのが意外だったが、その行動力は今までの世界線と変わらない。「そのつもりだ。彼女が敵対してきても・・・・ともにありあたい」「ラボメンの彼女・・・・え~と、ほむらだっけ?彼女を殺すって言えったら?」「止める」「絶対?」「必ず」「織莉子が悲しんでも?」「それ以上の幸いを与えてみせる」「オカリン先生ってロリコン?」ぶすっ☆「のぎゃァあああああああ!?」目潰しによって地面でのたうつキリカを岡部は呆れ顔で見降ろしながら思う。「まあ・・・・こいつはバカだからいいか」「女の子に目潰しをしておいて追撃の罵倒だと!?変態!サドッ!婦女暴行!!」「君は単純で純粋で馬鹿で陽気で間抜けでおまけに行動予測できない奇怪な・・・・・・・変態だ」「言われてみれば確かに私は腐っている点から見れば変態かもしれない!しかし今一度冷静に考えてもらいたい、BLは精神医学的視野から見た場合において必ずしも異常ではなく古来からの文献から読み取れるように寧ろ同性への愛は普通であり不変でありより崇高な人間的高みからの―――」「お前はレズなのか?それとも腐女子なのか?」「どちらでもあり、どちらでもない。なぜなら織莉子が大好きでありながらオカリン先生と男子生徒のカップリングを考えるのが最近のマイブームだからね」「この変態が!」「やだなぁもうオカリン先生たらっ!冗談だよジョーダン!」「笑えない」「そう、まさにアメリカンブラックジョーク!」思っていたことを言葉に出してしまい、割と失礼な台詞を年頃の少女に贈った。しかし地面に転がったままその少女に真正面から肯定されてしまった。呉キリカはどの世界線でも危険な奴だった。魔法と関わりのある場合は常に織莉子と共に在り、彼女のために人殺しだってできる。好きな人のために、愛しい人のために自分の命を投げ出し他人の命を屠る戦士。行動理念は単純で純粋、言動は残念で時に恐怖を感じる事もある。ほんとうに怖い、いきなり殺されそうになったことは何度もあった。大切な人達を彼女が原因で喪った事もある。間接、直接の違いはあれど世界線によっては殺し合う仲だった。だけど―――「まあ・・・いいさ」それでも、自分は呉キリカという少女が嫌いではない。彼女に好意を向けているのを自覚している。全てを赦せたわけでもないし忘れたわけでもないが、誰かを想える心と、世界を敵に回してでも誰かを守ろうとする意志には純粋に尊敬し、その強さに憧れる。異常で、狂気的な場面が目立つ少女だが、岡部倫太郎は決して彼女が嫌いじゃない。「え、オカリン先生を使ってのBL妄想はOKってこと?やったね!!」ぶすっ「めぎゃあああああああああ!?」しかし彼女が相手だと真剣な話を、シリアスな空気を出したいが中々これが難しい。二人っきりでの呉キリカとの会話、行動には波が大きすぎて接しにくい場合がある。女子中学生が相手なのだから当然と言えば当然なのだが、彼女には安定したキャラがない。まどかとなら、大抵は学校や友人、家族、ラボメンのことを語り合いのんびりと過ごす。キュウべぇとなら、ガジェットのバージョンアップや世界中に散らばっている情報から今後の事を話しあったりする。ほむらとなら、まどかの契約阻止、『ワルプルギスの夜』撃破に向けての作戦会議や武器の調達、設置場所の確保と戦闘関連の話。基本殺伐としている。さやかとなら、自身の想い人に関する話から他人のその手の話をよくする。年頃の娘らしい恋愛事について。マミとなら魔女や他の魔法少女の事。休日の予定や趣味について、雑多に渡るがまどかと同じようにまったりとした時間を過ごせる。杏子となら、生活費を稼ぐ為にいろんな方法を検討し合ったり、そもそも佐倉杏子と言う人間は世間から行方不明扱いなのか死亡扱いされているのか、なら戸籍はあるのか?将来についてよく語る。人により話す内容過ごし方は似たり寄ったりだ。毎回まったく同じとは言わないが、ジャンル的には何となく、内容に劇的な差異はない。どれだけ岡部が彼女達の事を知っていても彼女達にとっては付き合いが基本的に一カ月も無いのだから話す内容には、語ることのできる経験談はそれほど多くはない。まどかだって時には戦闘のことで、ほむらだって時には日常の事を語りもするが、二人っきりの時に話す内容は、態度は、基本的に個人によって大抵は同じだ。いつも通り、このスタンス、個性、接し方、人によって使い分ける。相手によって変わる。例えば上司と部下、先輩後輩、家族と友達、友人Aと友人B。だけどキリカは決まったスタンスを持たない。よく喋っていたのに黙る。頑張っていたらダラケル。落ち込んでいたら元気になる。真面目にしてたら適当になる。親しくしていたら殺しにくる。毎度テンションが違い、毎回接し方が変化し、一瞬で態度が変わる。気持ちの切り替え、心のスイッチングは難しいはずだが彼女は普段からそうだ。それができる。意識せずに、無意識に。意思に関係なく。意思に反して。意志を貫くために。今は変態で馬鹿っぽいキャラでいるが一瞬後には殺伐とした人間になるかもしれない。呉キリカには当て嵌めきれるキャラがない。個性が無いわけでもないのに、狂戦士としての特性があるのに、彼女の属性が、彼女の癖が、彼女の感覚感情趣味趣向が分からない。知ったようで知らない。解った気がして解らない。「うぬぬぬぬっ、織莉子に言いつけてやる!」「なら織莉子に今回の件を伝えよう」「・・・・・ん?」「きっと怒られるな」「・・・え?」「こっぴどく怒られるだろうな」「そ、そんなことないよ、私は織莉子のために―――」「そうか、しかし知り合いを殺そうとした・・・・・・嫌われるな」「そんなこといわねーでくれよおとっつあん!」「誰がとっつあんだ」「わでが悪がったから勘弁してしゃげーや!」「何処人なんだお前は!」混ざりすぎだ。何人でもなく外人でもなく、何処人という新たなワードを生み出してしまった。とにかく呉キリカのことが判らない。という考えを長々としてしまったが、結局何が言いたいのかと言うと――――彼女との会話は、会話こそ途切れなく続ける事ができるが本題に入るのが難しいというか面倒くさいということだ。向こうから会話を始めた場合にも大抵本筋からずれる。今のように、重要なはずの会話を彼女は意識してか素なのか判断しづらいが、とにかく脱線する。「それで・・・」「うん?」「お前は俺を信じるのか」昨日、学校の階段で猶予は受け取った。岡部には織莉子に敵対する意思はないが、それをキリカがどう受け取るのか、結局はそれ次第だ。寄せた信頼も、生まれた信用も、彼女にとっては一時のものでしかなく、その気になればその場で破棄できる。初志貫徹。情に流されること無く、周りに流されること無く、わずかな可能性に流されること無く、たった一つの、最も大切なモノを守る。それはきっと難しいだろう。苦しいだろう。曲がることなく、歪むことなく・・・自分にはできなかった。岡部倫太郎には。繰り返す度に摩耗し、時に諦め絶望した。たった一人を救えない癖に大切な人は増えていき、切り捨てきれずに足取りはいっそう重くなった。何を犠牲にしてでも救いたい人がいると思っていながら、誰も喪いたくないと。誰も傷つけたくないと足掻いていた。失わずに得ようとした。犠牲無しに幸いを求めた、傷つけずに傷つきたいと願った―――自らを責めて慰めた。世界を呪って心の均衡を保った。卑怯で卑劣、愚劣、最悪だ。でも、きっとそれが普通だろう。正しさが意味を成さないときもある。判っていても間違いを選んでしまう。都合の悪い事から目を逸らす。気にしなくていい事を気にして、後悔しなくていい事を後悔して、自分を卑下して心の安定を保つ。言い訳して、誤魔化して・・・。だけどキリカにはソレが無い。誰もが持っている『当然の強さ』、『正当な弱さ』を呉キリカは持たない。持てない。その結果彼女は狂っていて、壊れていて、人とは、普通とは違う精神だけど―――。それは呉キリカのライトスタッフ【正しい素質】といっても間違いではないだろう。「え、あったりまえじゃん!今さら何言ってんのさオカリン先生?」集団生活を過ごすにあたって、この素質は障害にしかならないだろうけど、それが原因で嫌われても、迫害されても、彼女はなんら怯むことなく生きていけ―――――――ってあれ?「うん?」「うん?」疑問符を浮かべる自分を真似るように、キリカは可愛らしく首を傾げる。「信じるのか?」「信じてるよ?」即答で応えるキリカに嘘は感じられない。いや・・・・それができるから、そう言いつつも簡単に着捨てられる強さを持っていると―――「なぜ?」「私とオカリン先生の仲じゃないかっ!」ビシッと、親指を自分の胸元に、もう片手の手は岡部を指さし――――ドヤ顔だ。「何より織莉子が信じているからね、なら私も信じるさ!」「ダイナシダヨ・・・」「ハッハー!では時間も勿体無いしさっさと織莉子に会いに行こうよオカリン先生!今すぐ直行すれば織莉子が来客前の身嗜みのためにシャワー浴びてるはずだから・・・・・エッチシーンに間に合うかもしれないよ!?」「さっきの意味深な口調での問いかけは何だったんだ?」「スルーされた!特に意味はないよ?」「本気で・・・?」「あえて言うなら私の臭いをオカリン先生につけて、帰宅後あの愛らしい幼馴染みちゃんに尋問されるオカリン先生に萌えたいってぐらいかな?」「・・・・・」本気でそんな戯言を言っているのか、いつものように面倒くさくなって止めたのか・・・どっちも嫌だがせめて後者であってほしい。そうでなければ長々と彼女の事を考えていた事が無駄になる。いや無駄になるならまだしも偉そうに講釈を垂れ流し丸っきり見当違いの失笑感が否めない状況はかなり恥ずかしい・・・・・なんか文章が変だ。なにやら文脈がおかしい、疲れているのかもしれない。実際、疲れている。本当ならラボでほむらと同じように休息をとっておきたかった。「キリカ」「なに?」岡部の織莉子に対する敵意無しの言葉を疑うことなく、目潰しされたことを怒ることなく、脈絡も無く切っ掛けも無く簡単に会話を打ち切り再び岡部の腕をとって歩き出すキリカ。そんなキリカに岡部は尋ねる。さっきまでのやり取りを蒸し返すつもりはない。向こうが終えてくれるなら終えた方が良いだろう。時間も限られているし何より埒が明かない。だからと言って無言で美国邸まで行くのはそれこそもったいない。集めきれる情報は集めた方が良い。それこそ織莉子と直接は話した方が良いのは判っているが、一つだけでキリカ本人から取り入れた方が良い情報がある。「昨日、お前達が戦ったという魔法少女の事を教えてくれ」昨日戦ったという未知なる魔法少女との戦闘情報。直接戦ったモノからの情報。前衛のキリカ、後衛の織莉子、同じ相手とはいえ戦った者が感じた印象等はかなり違う、それは戦闘スタイルの違いからくるものだが、事が戦闘においてキリカは――――「やだ。めんどい」「・・・・・」断られた。この子、本当にどうしてくれようか・・・・・。違う場所で、其処で、岡部倫太郎が観測してこなかった事象が起きていた。「キュウべぇ、佐倉さん達はどれくらいでこっちに着きそう?」『真っ直ぐ駅に向かってるから・・・そうだね、一時間もあれば十分じゃないかな』「そう、なら・・・ちゃちゃっとすませましょうか」岡部がキリカにあっさりと質問を無碍にされている頃、マミとキュウべぇは見滝原にやってくる佐倉杏子と千歳ゆまを迎える前に寄り道をしていた。とは言え、時間に猶予は大いにあるので特に問題はない。いきなりの招集にも関わらず、風見市にいる二人は躊躇なく了承してくれたが到着には時間がある。正直、ラボに残ってまどかと共にほむらの看病をしても、岡部についていっても問題は無かった。それをしなかったのは、岡部に言われるまま外に出たのは周りに気を使わずに落ち付くためだ。口では決意を、心では覚悟を、だけどやはり怖い。佐倉杏子は巴マミの初めてできた魔法少女の後輩で、友達だ。誰にも、同じ魔法少女にも理解されない彼女のことを佐倉杏子は認め、理解し、支え、ともに戦ってきた。家族を喪い、日常を失いながらも生きる意味を求めていた頃にできた大切な友達。かけがえのない人だった。世界でたった一人の理解者だった。それを一度、マミは失ったのだ。手の届く距離だったはずなのに彼女の手は杏子に届かなかった。言葉は伝わらなかった。想いは相手の意志を超えきれなかった。どうしようもなかったし、どうにもできなかった。しかしだからと言って気にしないはずが無く、後悔しないはずが無く、何がいけなかったのか、何をしたらいいのか、次はどうなるのか、どうなってしまうのか、なんて――――。「今日の私は一味違うわよ」マミの身体が黄金の色に包まれ、一瞬で魔法少女の姿へと変身する。ガン! ガン! ガン!白銀のマスケット銃がマミの周りに次々と召還されていく。「さあ、かかってきなさい!」今、悩んでいる暇はない。怖がる事も後悔する事も後でやればいい。白煙で歪んだ世界。誰かの嗤い声が響く世界。黒い蝶が舞い、顔の無い男が佇んでいて死んだ街が横たわって朽ちた樹木が寂しげに頭をもたげている。楽しげで、哀しげで、壊れている子供のような声は重なり薄気味悪く、四方から発せられる声が全身を包む。ジャリ、ギャリ、鎖を引きずる金属音。耳に拾える音は周囲から、既に退路は無く完全に囲まれていた。視線の先には数えるのが億劫になるほどの使い魔と――――この世界の主である魔女が居た。『薔薇園の魔女【ゲルトルート】』ラボから少し離れた位置で、岡部達からほんの少し離れた位置で、巴マミは魔女と対峙していた。まるで待ち構えていたかのように、結界の奥に隠れることなく、全ての戦力を結集させた状態で魔女はマミを結界内に取り込んだ。『マミ やはりダメみたいだ』「そう・・・この魔女の能力かしら」『どうかな 僕にも分からない』「ならやるしかないわね」数こそ多いが、この魔女と使い魔相手なら油断しなければ問題はないと経験から予想する。それはキュウべぇも同感で、マミ一人でも冷静に対処すれば魔女本体に逃げられたとしても敗北はないと―――――。『気をつけて』「ええ、油断はしないわ」それでも万が一を考えれば岡部倫太郎やユウリに連絡する事は決して間違いではない。ラボは近くに在り、岡部とキリカもそう遠くへは行っていないはずだ。念話。携帯電話の電波は圏外で魔力を用いて使用される連絡手段は今現在――――その効力を発揮できないでいた。念話にも有効範囲があるが、今いる位置から岡部、ユウリに念話が届かないはずがない。確実にマミの、キュウべぇの念話は彼らに届くはずなのだ。“それが届かない”。魔女の結界効果か、それとも―――――。とにかく、念話が外に届かないように妨害を受けている以上マミ達は応援を呼べない。負ける気はしないし油断もしないが不気味だった。手を伸ばせばすぐに届く位置に仲間がいるのに届かない状況。せっかく自分を受け入れてくれる人達ができたのに、仲直りをしたい人が会いにきてくれるのに、このタイミングで待ち伏せしていたかのように現れる敵、まるで何かの前座のような気がして心の奥底にしこりを残す。『くるよ!』悪意を持った異形がマミ達に襲いかかる。「無限の魔弾【バロットラマギカ エドゥインフィニータ】!!!」周囲に展開していたマスケット銃が独りでに宙に浮いて眼前の敵に銃口を向ける。トリガーが引かれ、白銀の銃から放たれるのは破邪の光。黒い津波を黄金の弾丸が引き裂いていく。真っ暗な世界で一人の魔法少女が戦闘を開始する。文字通り誰にも気づかれること無く、誰にも見てもらえないまま。それでも、黄金の光は力強く世界を照らし続ける。そんなことは関係ないと言わんばかりに、己の意志を世界に主張する。「ん?おい、立ち上がって大丈夫なのか?」ユウリ、あいりの言葉に少女は振り返る。まどかに肩を貸してもらいながら眼下に居た仲間を見送っていたのだ。三方向に別れていったうちの一つ。巴マミとキュウべぇが歩いていった道を横目で、既にこの位置からは見えないが気にしながら彼女はお礼を―――。「大丈夫・・・です。ユウリさん、ごめんなさい私が――――」「ユウリでいい」「え?」ほむらは屋上での戦闘(?)で助けてもらった事、今も身を案じてもらった事への礼を述べたかったが、被せるように放たれた言葉に台詞を止められる。ほむらが顔を上げればツリ目がちな少女は“それ”は気にするなと言わんばかりに横を向いている。「“さん”はいらない」「えっと・・・ユウリ?」「ん、お腹すいてるか?」「えっと、少しだけ・・・」「分かった。座って・・・・横にでもなって待ってて」しばらく唖然とした。会話中は一度も視線を合わせないまま、そしてそのまま台所に向かった彼女を、金髪のツインテールが流れる背中を見送る。隣でまどかが微笑んでいるのが分かる。同じ気持ちだ。分かったのだ。ぶっきらぼうで、怖い表情で、口調は刺々しいが目の前にいる少女もまた―――優しい人だ。出逢ったばかりの自分達のために戦いを挑んだ。体調の悪い自分達の事を労わり、今は簡単な料理を作ってくれる。ああ、彼女もまた優しい人だ。まどかのように、さやかのように、マミのように、岡部のように。―――『杏里あいり』も優しい少女だ。「・・ん?」だから彼女もまた、その優しさからその身を誰かのために捧げて消耗し「・・・・ぇ・・・?」数日後に■んでしまう。それに続くように岡部倫太郎も。そして――――。「ほむらちゃん?」冷たい、嫌な汗が背中を流れる。「ううん、なんでもないよ・・・・まどか」蓋をする。全部勘違いだと無理矢理納得する。ユウリの名前を間違えたのも、嫌な予想も、大切な事を忘れてしまっている事も―――全部気のせいだ。私は暁美ほむら。見滝原中学校二年生。鹿目まどかを救うために時間を巻き戻してきた魔法少女。この時間軸ではイレギュラーが起きている。一時的な魔法の消失。岡部倫太郎、ユウリ、呉キリカというこれまで出逢わなかった人達と遭遇した。全てがプラスに動いている。巴マミ、佐倉杏子とも仲間になれるのかもしれない。順調だ。まだ自分自身が本調子ではないが、理由は分からないが体力、気力が回復すれば問題はないはずだ。そう、なにも心配はいらない。私は―――もう独りじゃないから。―――未来ガジェットM05号『業火封殺の箱【レーギャルンの箱】』展開中―――機能正常 出力維持 消耗率13%誰かが、呆れているように自分を見ている感じがした。振り返ったがそこには窓しかなく、当然、誰もいなかった。だから、やはり気のせいだと、自分に言い聞かせた。あとがき劇場版Steins;Gate負荷領域のデジャブ見ました!哀しかった!涙出た!しかし面白かった!忘れても忘れない想い!想いは世界線を超える!ラボメンはやはり最高です!