―――Error Human is Death mismatch「あああああああああ!!」失敗した。失敗してしまった。失敗して喪った。でも、だけど、だからといって思考も行動もまだ停止させるわけにはいかない。まだ動ける。まだ考えきれる。まだ抗える。まだ生きている。まだ終わってはいないのだから。まだここにいるのだから。―――未来ガジェットM10号『バタフライエフェクト』起動―――slot1『ギーゼラ』消耗率 34% → 95%―――slot2『シャルロッテ』消耗率45% → 90%―――slot3『―――――』電子音と同時、絶望に挑むように赤いフレアが空を駆ける。≪起動時間約110秒!≫黄金の光と共に、それは苛烈に闇を打ちのめす。「ティロ・リチェルカーレ!」無数の大砲が周囲の使い魔を切り裂く。「そこだ!」白銀の長銃が辺りの使い魔を撃ち抜く。「まだ!」「まだだ!」数十数百数千の使い魔を叩き伏せる黄金の光。「私達は生きている!」「まだ戦える!」見滝原の空を覆う黒い雲を極光が薙ぎ払う。「「ティロッ―――フィナーレ!!!」」黒い雲、その全てが劇団の使い魔、その数は数百数千では追いつかない。その程度ならとっくの昔に殲滅できた。ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ・・・・!!!!黒の空を黄金の光が捩じ伏せようと掻き毟る。一瞬だが・・・青い空を取り戻した。分厚い雲の向こう側には明るい青空が確かにあった。すぐに青空は黒に再び塗りつぶされるが何度も、何度でも極光が黒を切り裂く。光が世界に抗う。黄金が輝く。この場所がまだ戦場だと主張する。そして数十数百の使い魔を飲み込む黄金の砲撃は、津波のように押し寄せる使い魔の群れを引き裂いて『本体』へと届いた。≪ダメージ――――軽微≫「ッ」「これ以上はっ・・・・先にいかせるわけにはいかないっ」これが夢だと分かっている。これは記憶されている映像。目を背けるわけにはいかない、どんなに苦しくても、辛くても、そこで終わっていった彼女達を無駄にはしないために観測し続ける。少しでも、僅かでも、微細でもいい。未来へと繋げるために。共に歩んでくれた彼女達の最後を見届けろ。この光景を脳髄の奥にまで焼きつけろ。繰り返してきた世界、その一つの結末を。≪超高熱源飛来!≫「岡部さん!」「ッ!?」ドンッ、と横からの強い衝撃に抗うことは出来なかった。空中で、突然で、隣にいる相手が巴マミだったから、油断とも言える失態だった。だが、それは当然とも言えたし分かっていたとも思う。彼女は優しく、いつも他人を見ていたから、一瞬の判断で彼女は実行する。それは短絡的とも直情型とも言える。その在り方は時に誰かを傷つけるが今回に限っていえば岡部倫太郎を救うことができた。「マミッッ」手加減無しの力任せの突きとばし、その意味を理解する前にマミに手を伸ばしたが既に遅く―――巴マミは爆炎に飲み込まれた。「ッ、ぐ!?」突きとばされ、自分が落ちた場所は空を飛び交う高層ビルの一部分、むき出しの部屋だった。総重量を考えれば一部とはいえ、それが空に存在しているのは現実的ではない光景、その場所に自分がいることにはもう驚かない。多くの高層ビルが空に舞う光景。爆発等による一時的な浮遊ではない。ただの突風・・・魔力の奔流だけで空を漂い続けている。長時間、それらは戦闘の足場になるほどに、無数に無用に無秩序に。見滝原の町並みは完全に破壊されている。空は使い魔の群れで黒に染まり建物が舞う、地は砕かれ生きる者の存在を許さない。『アハハハハハ!』『キャハハハハ!』甲高い笑い声、少女型の使い魔が自分のもとに殺到してくる。≪凶真!≫「わかっている!」キュウべぇからの念話に応えながら右腕のディソードで正面から突っ込んできた使い魔を両断。≪正面から使い魔、数五!≫返す勢いを利用し左手のマスケット銃を構える。射撃、一発の弾丸で五体の使い魔を粉砕しマミに念話を飛ばす。≪マミ!≫しかし反応がない。繋がった先に彼女を感じられない。一撃で意識を持っていかれたのか痛みも苦痛もND越しに一切感じない。すぐに立ち上がり、『本体』からの一撃をくらったマミがいるであろう場所に視線を――――――『ギーゼラ』消耗率98% put offFGM06に収まられていたグリーフシード『ギーゼラ』が排出されると同時、纏っていた赤い光は消失した。纏っていた魔力が一気に小さくなる。弱くなる。自分に引き出せる力しかない。「キュウべぇ、もう一度―――」≪下方から使い魔!≫「なに!?」下、傾いた部屋の外装を突き破り“黒い何か”が腹部を直撃した。ドスッ!と、体内に異物が潜り込む感触に痛みとは別に、それこそ純粋な衝撃に長銃を落としてしまう。「ごッ―――ふっ!?」ドガンッ! バガン!そのまま天井に叩き込まれ、しかし勢いは止まらず天井を破壊しながら黒いソレは腹部に捻じ込まれ続ける。死ぬ。そう感じたとき、何枚目かの壁を破り外まで強制的に排出されたとき、黒い何かはパキン―――・・・・・と砕け、その場で影絵のような、真っ暗な、そう表現するしかない二体の少女型に再構築された。足が地に着くと同時、血が流れる腹部をとっさに左手で押さえた。それが隙となった。右手のディソードを構えようとしたがニ体の使い魔が、まるで魔法少女の影絵が、バレエのようにその場で高速で回転し――――『『アハハハ!!』』ドゴガッ!顔面を思いっきり蹴り飛ばしてきた。首が文字通り跳ね上がる。その衝撃に首がもげるのではと思ったが幸いにも首が千切れることはなかった。仰け反りながら倒壊したビルの壁を転がっていく。水切りのように、高速で何度もコンクリートの壁の上をはねながら・・・・倒壊しているのに浮いていて、自分が転がっているのは外壁、狂っている。世界も、そんな場所にいる自分も――――。回転している状態でも無理矢理外壁を蹴飛ばして真横に跳ぶ。瞬間、使い魔が放った何らかの攻撃で自分がいた場所は容易く砕かれていた。危険、危なかった、無防備にくらえば死ぬ。しかし防御にも回復にもまわせる魔力はない。≪腹部の治癒を―――!≫「必要ない!くそっ、このままでは駄目だっ、もう一度『バタフライエフェクト』で―――!」≪――――凶真!マミがッ≫「分かっている!ここを突破してマミと合流するっ」≪違うッ、もう――≫―――出力低下 83・・・・・・・・51・・・・46・・・21・・・・・「――――?」≪離脱を≫―――・・7・・・・3・・・0 ―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』停止―――Error Human is Death mismatch「・・っ・・・」「急いで・・・」―――巴マミ 死亡纏っていた黄金の衣が、魔力が弾けて消えた。「この世界線から脱出を!」『キャハハハハ!』体が一気に重くなったように感じる。奇跡がこの身から消失したから、加護を失ったことで元の身体機能に戻った。いきなりの魔力消失に体の機能が意識に追いついてこない。覚悟していたとはいえ巴マミをまた守れず、失ったことが追い打ちをかけるように精神を揺さぶる。「凶真!」「あ――――っ!?」使い魔の勢い任せの突撃をかわせずに押し倒される。なんのことはないダメージだ。肋骨が砕けた程度、いまさら問題は・・・・でも動けない。きっとそれは一秒未満程度の精神停滞、一瞬をさらに分割した時間、それだけで既に自分の心は再起動しようとしている。しかしその隙を使い魔は見逃さない。脳の命令が攻撃、迎撃、防御を体に伝える前に使い魔は行動を開始していた。振り回す影絵の刃、その攻撃に対し自分は反応できない―――『アハハハハ――――ハグッ』だが右腕のディソードは動いた。動いていた。人間の反射を超えたカウンター、刃は使い魔の首を切り落とす。独りでに、意思を持っているかのように、憤怒と狂気を内包した叫び声を上げる。ギャアアアアアアアアアアッッ!!!音だけで攻撃を成り立たせようとするかのように漆黒のディソードは吼える。横から、死角から突撃してきた使い魔に自動で反応、無理矢理な動きに右肩が痛みを発するがディソードは構わずに異常な戦闘力を発揮する。『キャハハハハ!―――ガッ』ドスッ、と簡単に使い魔の腹部に二股の刃を突き刺し、正面から向かってくる別の使い魔が間合いにはいった瞬間――――ドゴシャッ!突き刺したまま、上からまとめて叩き潰す。ギャァアアアアアアア!!「痛ッ!?」ガシュン! ギチッ バチンッ!熱された空気を廃棄するような音と機械の駆動音、ディソードは二股の刃を閉じて使い魔を両断。見た目が二股の刃だったものは両刃のブレードへ、アーチ状のフレームは直線型に、付属していたブレードは全て重なるように正面を向く。人一人を磔に出来るほど長大な二股の刃を持つディソード・リンドウは突撃槍のごとく姿を変えていた。煌々と、轟々と紅い光を放ちながら吠える。向かってくる敵だけではなく、自ら打って出るといわんばかりに異音を轟かせる。向かってくる使い魔を、持ち主の負担を無視した動きを持って殲滅、返す刃で斬撃線上の使い魔を刻む。ニ体、六体、十三・・・二十三、妄想のツルギが振るわれるたびに使い魔の数が激減していく。―――empty―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』停止が、電子音と同時にガラスが砕け散るようにディソードは消滅した。残されていた魔力の残量が尽きた。実体化させるだけの力がもうNDにも自分にも無い。ガラス細工のように、口惜しげに、幻想的に散っていった己のディソード、右手の掌に残った欠片は訴える。仇を取れ!敵を滅ぼせ!敵の存在を許すな―――己の勝利で悲劇を止めろ!ディソードは心象心理の具現化、自分自身であり本心、素直な心。暗く、黒い、熱い咆哮は確かに自分の本音なのだろう。「凶真」「右腕が動かん・・・」「捻じれて千切れそうだね」「・・・痛みを感じないのは幸いだな」「もう終わりかな」「・・・・・・・違うな、まだ俺は立っている」かといって、格好つけても、残っていた魔力を使い切った自分に何ができるのか。冷めた、冷静な思考が問いかける。この世界線での戦いは失敗し敗北した。ならば死んでしまう前に離脱すべきだ。今は時間稼ぎとして戦っていた。他の皆は逃げ切れただろうか?自分達が稼いだ時間で少しでも遠くに・・・・・。知っている。記憶している。その解答はすぐに提示される。周りに視線を向ければ既に囲まれていた。多種多様な影絵の少女が自分を囲み嘲笑う。「もう十分じゃないかな」「それでもッ、・・・・バタフライエフェクトは何秒いける」「0・・・それどころかNDも起動できないよ」「・・・・?まだ『バージニア』と『シャルロッテ』が残って―――」「奪われたよ、腹部への攻撃時に肉ごとね」傷は塞がってはいるが腹部に手を伸ばせば痛みがある。しかしグリーフシード、奇跡の欠片がない。『アハハハハハ!』「まて・・・・キュウべぇ、こんなのありなのか」目の前にいる影絵のような使い魔、自分をこの場所まで押し出してきた奴が、その手に持つグリーフシードを見せつけるように掲げる。グリーフシード。魔女の卵。ソウルジェムの穢れや負の感情を溜めこんで孵化するモノ。“それ”に―――周囲にいた使い魔が殺到していく。負、そのもので構成されているような使い魔が。「これは・・・・・・」ズズズ・・・グリーフシードに多くの使い魔が吸収されていく、自ら吸収されにいく。グリーフシードは圧倒的量の負を蓄積し、充満充電充足した呪いをばら撒く。その光景を見ながら足下で とん、と軽い着地音。『メタルうーぱ』を首につけたキュウべぇが自分と共にソレを目視する。ズン! 大地を踏み砕いて着地するのは『鎧の魔女【バージニア】』。ぐにょぉおおおん! 異音と共に宙を舞うのは『お菓子の魔女【シャルロッテ】』。双方共に討伐した魔女だ。鎧を纏った巨人がバージニア。ファンシーな外見で空を漂う蛇のようなピエロ顔の怪獣がシャルロッテ。幾度も繰り返してきた世界線漂流で何度も見てきたニ体だが細部が違う。顔がない。目がない、鼻がない、耳がない―――だが口はある。大きな三日月のような笑み、劇団の使い魔の主、その表情は『ワルプルギスの夜』によく似ていた。足が震える。加護を失ったからか、新たな事実に滅入ってか、血を流し過ぎたのか、完全に傷が塞がっていないからか、それとも恐怖からか、足に力が入らずに膝をつく。『『ギャハハハハハハハハハ!』』「ああ・・・・くそ、頭に響く声だ」「撤退を」ここにきて戦力差がさらに広がる。こっちには勝負になるだけの力もないというのに。この状況で魔力を失った自分達には思考することしかできないのは重々承知している。だから思考の末キュウべぇは提案する。撤退、この世界から逃げろと、急いで脱出しろと、次の世界へ。「まだ・・・まだだ・・・・っ」「もう何もできない」「まだ・・・お前がいる」「僕にできるのは出力の調整、君が纏ってくれなきゃ意味がない」「そうじゃないっ」「僕自身のことなら問題ない」「そんなわけあるかッ、お前は―――」「君が死んでしまったらそれこそ終わりだろ?暁美ほむらはもう離脱出来たはずだ。彼女達も、その時間はマミと僕達で一緒に稼いだ。後は君だけだよ」ニ体の浸食された魔女と集まってきた新たな劇団の使い魔達に囲まれて、それでも撤退しない自分にキュウべぇは苛立ちを内包した言葉を送る。インキュベーター。感情を持たない地球外生命体であるはずの“彼女”がこうして怒りを、この身を心配している。気遣っている。こんな状況で場違いな感動に口元が歪むのを自覚した。仲間が死んだばかりだと言うのに、それでも自分は喜んでいた。歪んでいるのだろうか、きっとそうなのだろう、彼女達の死を・・・・・もう慣れてしまった。こうなるだろうと予測して予感して、その通りになっただけだから最初の頃より冷静でいられる。覚悟ができている。「さっさといきなよ。無駄死には罪で、自殺は悪だ」でも、それでも悲しかったし、寂しかった。だから戦う。抗う。「契約だ・・・キュウべぇ、まだ―――」「無理だね」「人間の魂があれば契約は可能なはずだっ」「何度にも言ったよね、君は人間じゃない」「・・・人の心があれば契約は―――」「世界は君の存在を認めていない。人間としてどころか生き物としても扱っていない。存在していない。だから干渉できない」「・・・・・・駄目なのか」「君は世界にとって「1」になれていない。「0」ではないけど「1」には届いていない、得た因果も魔女としてだ・・・・・急いで離脱を」「だめだ」「もう無理だよ!」「それでも俺はっ――――諦めはしない・・・・・そんなことは死んだ後でいくらでも出来る!」何度も諦めて、後悔し続けていながら狂言を吐く。「まどか達も逃げきれていないんだっ、まだ終わっていない・・・・生きているなら俺は―――」念話ではない。キュウべぇの批難の混じった言葉を聴きながら探す。生きるための場所を。囲まれていても隙間が無いわけじゃない。敵ができるだけ少ない場所を探す。まだキュウべぇは生きている。自分も、まどか達も、諦めるわけにはいかない。敵が一斉に押し寄せてきた。無力な自分達に、圧倒的有利な状況の敵は、総力を挙げて潰しにかかる。キュウべぇはNDに意識を向けるがそれは起動しない。エネルギー源が無いから、そんなキュウべぇの頭を掴んで横に投げた。まだ“壊れていない”、まだ死なない可能性が彼女にはあるから。「凶真!?」「―――――」これは・・・死んだと思った。死ぬ気はなかったが死んだと確信した。キュウべぇを逃がしてからでも跳ぶつもりだったが間に合わない。タイムリープするには死にかけるしかない。一定以上のダメージを、呪いを背負って初めて起動する。どの世界線でもそうして跳んできた。自分の意志だけでは跳べない。まだ跳べない。まだ死ねない・・・・・・死ねない?そう死ねない。岡部倫太郎は死にたくても死ねない。自分の意志では死ねない。本当に死にかけたとき、強制的に跳ばされる。死ぬことを許されない。諦めることを認められない。最初から■■が求めた結末しか許可されない。■■から気にいられた物語を紡がなければならない。だから魔女と使い魔、目の前を黒一色に染められた今も――――死なない。死ねない。「それは勝手すぎやしないかい、岡部倫太郎」真紅の斬線が縦横無尽に刻まれ、視界に映る黒を全て弾き飛ばす。「--――アンタさ、アタシ達にはしつこく説教しといて簡単に死のうとすんなよな」「杏子!?」「・・・・はんっ、名前で呼ばれんのも久しぶりだな」「どうしてここにいるっ、お前は他のみんなと一緒に―――」赤い衣装を纏った少女が自分の前に降り立つ。佐倉杏子。ラボメン№08の魔法少女。美樹さやかと共に暁美ほむらを逃がすために戦場から離脱したはずの少女。彼女は背を向けたまま、敵のほうを向いたまま伝える。「ほむらの奴なら・・・アンタ風に言えば跳んだってことでいいのか?ちゃんと次に繋げたよ」弾き飛ばされた魔女は起き上がり反撃の態勢に、使い魔の数匹は消滅したが代わりの使い魔はあまりにも多く、視界に映る脅威に変化はない。振り向かないまま杏子は空中でキャッチしたキュウべぇを投げてよこす。・・・先程の行動に対して不満顔のキュウべぇを受け取りながら思考した。暁美ほむらが過去に跳んだにも関わらず世界線は移動していない。リーディング・シュタイナーは発動していない。「・・・彼女は“いない世界線”に移動したか」自分の主観世界に、この世界線で知り合った暁美ほむらという少女はもういない。・・・・・戻ったと言えばいいのか。岡部倫太郎のいない本来の世界線へ。「おまえは――――」「マミの奴は?」「「・・・・・」」「・・・・・そっか、まあ・・・・・こんな状況だしな」アイツも覚悟の上だったしな、と呟く杏子は前だけを見続けていた。決して振り向かない。顔を合わせようとしない。彼女に「どうしてここに戻ってきた」という当たり前の問いかけができない。彼女は知っている。もうこの状況では敵に打ち勝つことは出来ない。だから逃がした。巴マミが囮となり、杏子が放心した暁美ほむらを美樹さやかと一緒に説得して逃がすために。それを終えた以上、彼女がここに戻ってくる意味はない。少しでも遠くへ離れるべきだった。ここはもう・・・ここに来た以上逃げられない。逃げ切れないから。「なのに―――」「ん」なぜ?と自然に声が漏れる直前に杏子はもう一つ、投げてよこしてきた。「これは」「グリーフシード?」「仁美達に送ってもらった方が確実で早かったんだけどな、アイツ等も使い切って動かせるだけの魔力が残ってないし・・・だから直接渡しにきた」手のひらに収まるそれはキュウべぇの言う通りグリーフシードだった。半分以上が穢れたそれに見覚えはない――――この世界線では。しかし別の世界線では“身に覚えがある”。記憶している。この魔女の卵は―――――。「・・・そうか・・・・」「?」「ほむらの奴さ、限界だったんだよ」顔だけを、ようやく振り返った杏子の表情には、その頬には涙の痕があった。「んで、さやかも限界だった・・・だからっ、アイツ言ったんだ・・・・浄化するグリーフシードが無いなら・・・」―――あたしのを使えばいい「・・・・・ば、バカだろ?理屈としちゃ分かっちゃいるけどさっ・・・・・ごめん・・・・アタシはっ、止めることができなかったっ」「・・・・いや・・」「アイツのソウルジェムも限界だったっ・・・・それに正直逃げ切れるもんじゃなかったから・・・・っ」「それは・・・」「生き残ることを諦めていたかもしれない・・・・・だけど、だけどさっ」その台詞に即答する。「美樹さやかは知っていながらそれを受け入れた・・・・・そしてほむらを助けてくれた」「そっか・・・・ああっ、そうだよな」そして彼女は体ごと振り返る。「・・・・ッ、ごめんっ・・・・・岡部倫太朗っ・・・、お願いだっ」ここに来るまでに傷ついた体は痛々しく、髪は乱れ、涙は再び零れ始めていた。「こん、こんなこと・・・・こんなこと押し付けッ・・・・・で、でもお願いだよ・・・・」佐倉杏子は懇願する。決戦前までは考えもしなかった。きっと向きあえていた、受け止められていたはずなのに、いざ現実となると揺れてしまう。なぜなら可能性があるから、希望が確かにあるから、だから諦めきれない、納得できない、縋ってしまう。希望があるから―――さらなる絶望への糧となる。知っている。それがとてつもなく達成困難で、苦しくて辛くて・・・・自分が託そうとしているのは呪いだと理解していながらも――――――「・・・っ・・・・・くっ」だから最後のプライドか、優しさか、佐倉杏子は口を閉じる。最後の願いに蓋をする。暁美ほむら、岡部倫太郎、両名に求める願いは余りにも残酷な要求だ。「ごめんっ、なんでもな―――」「無駄にはさせない」杏子の言葉をすくうように、零さないように台詞を被せる。「お前達のことを、俺がいる限り誰にも無駄にはさせない」このとき、膝をつきながらも自分を見上げる男を杏子はどんな心境で見ていたのだろうか。「く、くく・・・・・・フゥーハハハハ!!!我が名は鳳凰院凶真ッ、魔女も世界も神ですら!!!いずれは屈する狂気のマッドサイエンティスト!!」「・・・っ・・・ぁ・・・・う」「小娘一人の願いなど奇跡に頼るまでもない!」「・・・もう、背負いきれないだろ・・・・・」「絶対に応えて、必ず叶えてやる―――言えよ、なんでもいい」この状況で、説得力の欠片もない言葉を吐く格好つけの男に佐倉杏子は言った。望んだ。願った。「未来を・・・・・変えて」「まかせろ」また即答した。「っ・・・・ぅ・・・」「あとはまかせろ」身を預けるように、倒れこむように胸に収まった少女を抱きしめる。「ごめん、ごめん・・・・な、さい」「いい、有り難う。お前のおかげで―――――」「凶真、杏子は・・・」落ちていく音がする。「・・・・・君のおかげでまだ・・・・戦える」体温を、重みを、涙を、全てを感じながら佐倉杏子を抱きしめた。―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動―――『オクタヴィア』発動―――展開率23%―――消耗率81%「すまないキュウべぇ・・・・もう少しだけ、俺に付き合ってくれ」「そのつもりだよ。戦えるなら、抗えるなら何処までもついていくさ」白衣の上から薄汚れたマントを纏う、そして申し訳ない程度に右腕と右目に装備するのは歪んだ錆色の手甲と仮面、呪いが体の中を犯し侵食するが構わない。躊躇わない。キュウべぇが肩に軽い動作で乗っかる。しっかりと、離れないように、振り落とされないようにしがみ付く。―――出力上昇≪これで・・・それに、ある程度は押さえきれるよ≫「何秒いける」≪5秒ぐらいかな?≫「なら自力でここを突破するしかない」≪・・・それって自爆前提の作戦だよね?≫「いつもどおりだ」≪違いない≫頭の中で声、念話、今は文字通り一心同体。10号機の使用は五秒間だけ・・・自爆のために使用できるのは最後のときのみ。麻痺していた腕の負傷がビデオの巻き戻しのように、不快な音と共に再生、書き換えられていく、人から魔女へと。周囲には魔女ニ体と使い魔の大群。逃げ場はなく、前に進むしかない、動かなければ数に押されて圧死する。杏子を地面に寝かせるようにして・・・・・もう動かない彼女に背を向けて前に踏み出す。「さあ――――いくぞ!」半壊したソウルジェムでここまできてくれた彼女に、グリーフシードを、戦う力を持ってきてくれた彼女に背を向けて飛び出す。『キャハハハハハ!』『アハハハハハ!』『アハハハ!』『ギャハハハハハハハハ!』そして笑いながら、嗤いながら向かってくる使い魔と魔女を相手に――――しない。「『ワルプルギスの夜』はっ」≪まどか達の避難している場所まであと2分ぐらいだよ!≫仇打ちのためにここで死ぬまで戦う・・・そんな選択はしない。絶対に、決してしない。そんなモノのために残った力を使わない。杏子はそれを望まない。マミも、さやかも。今やるべきことは劇団の主、『ワルプルギスの夜』の進行を止めること・・・・それは今の自分には不可能、せめて意識を自分に向けさせ、“なぜか”鹿目まどかのいる場所に進路をとり続ける移動経路を変えることだ。マミとそうしようとしていた。アレと相対しても勝てる見込みも生き残る可能性も限りなくゼロだったがそうするしかなかったし、今もそうするしかない。しかしマミとあれだけ派手に暴れたのに無視された。今はその十分の一も発揮できない力しかない。だけど現状他に手はない。「どうして執拗にまどか達の後を追う形で移動しているんだっ」≪偶然としちゃ変だ、一度はコンティニュアムシフトで移動したのに魔女は―――≫「世界線の収束かっ」鹿目まどかは魔法少女になる。そうなるように事象が重なる。使い魔を足場にして空を駆け上がる。囲まれていてもそれらは統率のとれていない動き、遊ばれているのか?構わない、好都合、使い魔の頭を踏みつけながら魔女とは距離をとりつつ空を舞う。視線は前に、数キロ先にいるというのにしっかりと視認できる巨大な姿。存在するだけで空を黒に染めて地形を変える超ド級の魔女、伝説と最強の肩書を持つ魔女の一角。『舞台装置の魔女【ワルプルギスの夜】』高層ビル並みに大きく、自分と繋がったマミの強力な砲撃魔法を食らっても決定的なダメージを与えきれない敵。それが生き残っているラボメンのもとに真っ直ぐに向かっている。偶然にしてはおかしい。狙いを彼女達に絞っているかのような動きに焦る。鹿目まどか、上条恭介、志筑仁美のラボメンは当初大型台風(ワルプルギスの夜が原因)の影響から見滝原の住人が避難している大型ホールにいた。が、三人は作戦のために一度未来ガジェット研究所に移動した。その時にワルプルギスの夜が進路を変更し始めた。彼女達のいるラボを目指すようにだ。巴マミ、佐倉杏子、美樹さやか、暁美ほむらの魔法少女と共に阻もうとしたが力及ばず、避難の間に合わなかった彼女達はFGM07号『コンティニュアムシフト』で現場から離脱――――数分後ラボのあった地区は空を舞った。ラボの近くにあるまどかの実家は・・・他のラボメンも既にこの有様では家を失っているだろうがそれでも逃げることは出来た。一時的には出来た。数キロ先に転移した三人に向かって再びワルプルギスの夜が進路を変えなければ避難できたはずだった。『アハハハハハハハハハハハ!キャハハハハハハハ!!』意図的に追っているようには見えない。この魔女に意思事態あるのかも謎だ。動きは出鱈目で無秩序、しかし結果的にラボメンを追う形で移動している。街を壊しながら、世界を塗り替えながら、選択を迫るように、脅迫するように。世界は鹿目まどかが契約することを決定している。あらゆる偶然を必然にして“運命”として定めている。≪凶真、別のインキュベーターがまどか達に接触しているのは確認済みだ。このままじゃ・・・・≫彼女が魔法少女となれば現状を打破できる。魔女を倒せる。しかし彼女が『ワルプルギスの夜』を撃破するほどの魔力を使えば魔女化する。結果、キュウべぇ曰く世界は滅びる。同時に救われる。矛盾しているようでそうでもない。地球は枯れるが宇宙救済のエントロピーは得られるので世界は救われる。それはさせない。そうはさせない。そんな結末は誰も望んではいない。世界が滅びる。未だ“それ”を観測していない以上、あらゆる可能性は残ってはいるが・・・簡単に希望を抱くことは自分には出来ない。“アレ”がどのようなレベルなのか、今まで見てきた魔女と比べられないほどの力を秘めているのを知っている。感じている。キュウべぇの言葉を否定できない。『ワルプルギスの夜』、『ネームレス・ワン』。最強と伝説の名を背負ってもおかしくない魔女と何度も相対してきたがアレと比べれば―――――ドゴギャッ!!「ぎ―――ッ!!?」≪―――――!!≫いきなりの激痛に意識が途切れかけた。自分も、キュウべぇも。「あッ、ぐ、なんだっ!?」≪後ろから・・・打ち落とされた!?≫正確には轢かれた。後ろから、トラックよりも大きな存在に。使い魔を踏みつけながら浮かんだ空高く舞い上がっているビル群の間を跳躍していたが、下には足場となるビルの一部が多数浮かんでいたので墜落死することはなかった。痛み、軋む体を起こして前を向けばそれはいた。その魔女はいた。『ギャハハハハハハハハ!』ドリフトをきめながら嗤う悪意の固まり、三日月のような笑みを浮かべた銀色の魔女。他の魔女にはあまり見られないロボットに近い機械系の魔女。太い胴体に腕、全体的にバイクのようなフォルム。『銀の魔女【ギーゼラ】』。ついさっきまでグリーフシードとして自分の手元にあったがFGM06から排出された後は放置していた―――結果がこれだ。「まずいっ・・・・あの魔女の加速力は―――」『ギャハッ、ギャハハハハハハハ!!』ドルン!とバイクのエンジン音と同時に突撃してくる魔女をギリギリでかわして足場の無い空中に身を投げる。既に場所は高層ビルを超える高さにある空。足場、浮かんでいるビルから落ちれば確実に死ぬ。普通なら、このままなら、だから飛ぶ。「飛ぶぞ!」≪呪いには十分注意してっ≫ブンッ!数多のソウルジェム、グリーフシードの中で数少ない特性を『オクタヴィア』は持っている。空を飛べる。足下に血のような色の魔力が環状に、サークル上に展開し足場になり落下する体を受け止める。それは一瞬の停滞を与え、直後に弾丸を発射させるかのように岡部を飛翔させた。建物が空を舞う世界を漫画やアニメの登場人物のように一直線に文字通り飛ぶ。カタパルトのように勢いよく飛び出し、マントからロケットのように魔力を噴射しながら――――≪呪いが加速っ≫「魔女はッ」≪追ってこれない!でも別のルートから追いかけてくるかもっ≫「ならこのまま―――」≪君がもたないよっ、すぐに降りて!≫「くそッ」急がなくてはいけない。かといってこのまま飛び続けていたらこの身が潰れてしまう。どんどん体の中を何かが這いずる感触が強くなってきている。なのに触覚というか、体の感覚が徐々に薄れていく、自分の意思がしっかりと体に伝わっているのか分からない、全てが曖昧になる。最後の奇跡、残された魔力、動ける時間、選択できる行動は数少ない。『ワルプルギスの夜』に追いついたところで何かできるわけでも策があるわけでもない。これしかできないのか、これしか思いつかないのか、今はとにかく彼女達のもとに――――『アハハハハハ!』『キャハハハハ!』≪凶真!≫「このッ、邪魔を―――!」空を舞う建物の下を、魔女や使い魔から隠れるように飛翔しながら大地を目指していると・・・しかし当然か、これだけの数の使い魔、見つかり戦闘が必要になることは苛立ちながらも理解していた。時間が無い、出来れば無視して逃げ切りたいが着陸するさいに邪魔をされては余計に面倒だった。だから迎撃を、ディソードをリアルブートしようとして―――気づいた。「あ」≪凶真!?≫『キャハハハハハ!』向かってきた使い魔の大振りの攻撃を無防備に受けてしまう。左肩に直撃、肉が潰れて骨が砕けた。マントから噴射されていた魔力の粒子が途切れ落下していく。錐揉み状態で落ちていく、このままだと危険で、だからそれに対処しようとするがどうしても意識は別に向かってしまう。自分を攻撃した使い魔、その後方にいた使い魔のニ体がおもちゃのように、壊れた人形を振り回すようにして死んでしまった彼女を弄んでいるから、その悲惨な姿に言葉を失ってしまう。例えそれが一時的とはいえ、それは大きな隙だった。≪左から魔女シャルロッテ!≫「!」『ギャハ!』怪獣のような蛇、鱗はないのでナマズやウナギにも見える黒い胴体、全長は10mを優に超える巨体。胴体には赤い水玉の模様、頭部付近には赤と青の羽根、ファンシーな外見をしているが不気味でしかない。ぐぱっ!と顔の無い、しかし三日月の笑みを浮かべる魔女は落下してくる地点に先回りし、その巨大な口に牙をはやし待ち構える。身を捻りマントに意識を、魔力を噴射させて回避しようとするが遅かった――――がぶりっ、と左腕に遠慮なく噛みついてきた。肩付近まで一気に。「ぎっ!?おぁっ・・・あああ!」『ギャハ!ギャハハ!』喰らうことではなく、自分を捉え弄ぶことを優先しているのか、痛みを与えることが目的のように、本来なら簡単に噛みちぎることができるにもかかわらず、噛みちぎることなく嗤いながらブンブンと腕を銜えたまま振り回す。「こっ、この―――!」ブチブチと肉と神経が千切れていく音を聴きながら、感じながら激痛に視界が白くなったり暗くなったりしながらも、それでも体は動いた。動いてくれた。「リッ、リアルブート!」高音、割れる音に響く音。―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』起動―――『岡部倫太郎』―――Di-sword『リンドウ』魔女の口と左肩の間に右腕を、そこでディソードをリアルブートし―――自分の左腕を肩から切断した。「あっ、ぐぅうううううう!」≪痛覚遮断!≫「うぁ・・・っ、お、降りるぞ!」どふっ!と一瞬背中のマントから魔力を噴射させ降下、ようやく普通の、常時の大地に足をつける。幸い、魔女はすぐに追撃することなく口の中の左腕を粗食していた。「ッ、はぁっ・・・・はあ・・・・っ」着地と同時にまどか達の所に向かう予定だったが体が勝手に膝をつく、ミジ、ミヂ、グチ、と不快な音を出しながら左腕の傷口を黒い何かが塞ぎにかかる。その間も立ち上がれと自分に言い聞かせるが体中が痙攣していて動けない。立ち上がろうとしただけで全身の骨格が軋みを上げる。そして、まるで土下座のように頭を伏せる自分の前に使い魔が離れた位置で笑い始める。こっちを見ろと言うように、彼女の亡骸をぶら下げながら。≪―――――≫自分もだが、キュウべぇもそれを見て言葉を失う。怒りか、悲しみか、それ以外か、それとも全部か。『アハハハハハハハハ!!!』ブチブチブチィッ使い魔は数体がかりで彼女を、巴マミの遺体を、自分達の目の前で引きちぎった。「キュウべぇッ!」≪バタフライエフェクト!!!≫―――未来ガジェットM10号『バタフライエフェクト』起動―――『オクタヴィア』消耗率81→95%―――展開率 出力 上昇!叫びに呼応するように体中の呪いが活性化する。血管の中に熱湯を注ぎこんだかのような激痛、同時に感じる快感に頭が割れるかと思った。仲間が、彼女が殺された場面を見るのが初めてだったわけじゃない。死んでなお弄ばれた仲間の亡骸を見たのが初めてだったわけじゃない。それ以上の死を、辱めを、惨たらしさを見てきたし経験してきた。このテの状況でも冷静でいられるように精神の停滞、停止、意識や記憶をブロックさせることを一世紀以上の世界線漂流の経験から自分は可能としている。何があろうと冷静に、何があっても動じない。それは見方次第では冷酷な人間で、魔法を扱う上ではマイナスだが確かに必要なスキルだ。だけどそれは自分だけでも冷静であるために、暴走しないように、愚かな選択をしないように・・・・・・だから、だけど、それが今はできないでいた。呪いのせいか、それともまだ幼い感情しか得ていなく、それ故に真っ直ぐな感情を顕にするキュウべぇに引っ張られたからか、無謀にも、愚かにも最後の力を振り絞る。体中から血のような色の魔力が溢れだし思考は純粋な殺意が先行、踏み出した足下の瓦礫を爆砕しながら加速、突撃していく。「ああああああああ!!」水の入ったコップにインクを一滴たらした時のように、視界に黒いモノが紛れてきた。呪いが身体中を犯しきろうとしている。痛くて苦しい、熱くて憎い、傷ついて悲しい、目に見える物全てを憎悪し許せない。後先を考えない感情任せの突撃、それは時間切れを、破滅への時間を早めた。ギィイイイイイイ!!!ディソードが吼える。紫電と黒い何かを纏いながら、血のような光を吐き散らしながら絶叫を上げる。タイムリープを繰り返し、狂い発狂した事は一度や二度ではない。狂って壊れて、そこから返ってきた精神力は伊達ではない。白熱した頭でも予測している。激情に流されていても理解している。使い魔のやろうとしていること、マミの体に、その身体のどこかにあるグリーフシードに吸い込まれていくのを見れば馬鹿でも分かる。新たな敵が産まれる前に、『オクタヴィア』が奪われ孵化する前に、動けなくなる前に行動を完了しなければいけない。だから振るう。唯一自分が使える武器で、今は怒りと憎悪の感情をディソードに乗せて全力で。新たな魔女の出現、敵が増えればまずいのは当たり前だが、それを防げればグリーフシードを取り戻せる。取り戻せばまだ戦える。まだ挽回できる。ガギャン!!「ッ!?」迅雷一閃。孵化寸前のグリーフシード、そこに群がる使い魔を斬り伏せようと振るったディソードは上空から現れた、降ってきた『鎧の魔女【バージニア】』に受け止められた。ギシィッ!と、鉄骨を絡めたような鋼鉄の腕は太く強固、クロスした腕の半場まで食い込んだディソードはそこで動きを止める。全力の斬撃は届かなかった。≪凶真ッ!≫「くそっ」バチュンッ!!金属同士が擦れる音に感電したような音、魔女の腕に食い込んだディソードを無理矢理引き抜き後退、接触面から火花が散り――――それに目を細めた瞬間ソレがきた。『鎧の魔女』の背後から黒、呪いがあふれ出し五光を背負うかのように立つ『鎧の魔女』の背後から伸びた茨が体に巻きつく。拘束される。「しまっ―――」体にもディソードにも絡みつく茨、この魔女は――――「ゲルトルートッ」『鎧の魔女』よりも大きな姿。胴体は人間の肝臓のようで足は数本の触手、頭は胴体の半分ぐらいの大きさで溶けたアイスクリームのような形、背中には巨大な蝶の羽、全体的にグロい造形に色、ドロドロな見た目だが機動力はある魔女、『薔薇園の魔女【ゲルトルート】』。やはり三日月の笑みを向ける魔女はゆっくりと、確実に拘束している茨に力を込めながら笑う、嗤う、捕縛した敵対者を、岡部倫太郎とキュウべぇを嗤う。「このッ」力ずくで纏わりつく茨を解こうとした時、すぐ近くで爆発音・・・・ではなくそれは落下音。空から巨大な物体が落ちてきた音だ。魔女が降りてきた。追ってきた。砂埃が晴れ、落下地点に視線を向ければそこには『銀の魔女【ギーゼラ】』。嗤っていた。嘲笑っていた。魔女が集まりだしている。焦り、急いで茨の蔓から逃れようと足掻くが・・・力が出ない。むしろ急激に力を失っていくのを感じた。それと嘔吐感、耐えきれずそのまま胃の中にあるものと、それ以外のモノを大量に吐き出す。「おぇッ・・・・つぁ・・・!?」≪・・・・・っ、時間切れだ・・・・・・凶真、僕のせいだ・・・≫血のような魔力光は既に消えていて、肩で自分同様に茨に囚われているキュウべぇは冷静さを取り戻していた。だけど後悔しているのか、その声と流れてくる感情は暗く重い。時間切れ、その言葉の意味を知っている。もう戦えない。ぎ・・・ぎぎっ・・ と、それを否定したいがために力を込めるが動けない、右腕のディソードで絡みつく茨をどうにかしようとしたがやはり動けない。動けぬまま吐き気と頭痛が増し、視界は黒く染まっていきどんどん体調は、気力は下がり続ける。事態も状況も悪化していく。自分にはどうする事も出来ないと突きつけられる。何もできず、そして“いつものように”彼女が魔法少女になり魔女となる。―――Pi「―――――ぁ、ああ・・・っ」≪タイムリープマシン・・・・・・・・限界だね≫聞こえた音はメッセージ。今自分は死にかけている。限界で、終わり。だから差し出された。この世界線から脱出するための手段を。タイムリープは可能になった。後は意識をソレに向ければいつでも跳べる。そう・・・意識すればこの場からただ一人で、キュウべぇとまどか達を置き去りにして。それが正しい。間違えていない。ぎちぎちと体を締め付ける茨の力が強まり呼吸すら困難になってきた。それに―――――ドン! ズシンッッ!マミが所持していたグリーフシードは一つだけじゃなかった。ズズン! ドン!ここにはいない杏子も、さやかも、ほむらも幾つか持っていて、魔力を回復し用済みになったグリーフシードを何処に、どうしたのだろうか。もういない彼女達に問うことはできない。予想するしかない。だけどきっと結果は目の前にある。「う・・・・ぁ・・・」≪・・・・・離脱を≫囲まれていた。多くの劇団の使い魔と―――――魔女に。『鎧の魔女』『お菓子の魔女』『薔薇園の魔女』『暗闇の魔女』『ハコの魔女』『銀の魔女』『影の魔女』『犬の魔女』『芸術家の魔女』『委員長の魔女』『鳥かごの魔女』etc.今日、この場所に来るまでに狩り、集めてきたグリーフシードが孵化して自分達を囲む。逃げ場はない。体は拘束され動けない。呪いはこの身を犯しつくそうとしている。時間も策も何もかもが無く、できることは――――『アハハハハハ!』『ギャハ!ギャハハハハ!ギャハハハ!』『キャハハハハハハハ!!』『アハハハハハハハハハハァハハハハハハハ!!』『アーハハハハ!』一斉に魔女が距離を詰めてきた。≪早く!≫もう、出来ることは無い。「あ、あああああああああ・・・・・・・っ、コキュートス!!!」否。まだ生きている。動けなくても、力が入らなくても思考は、妄想することはできる。だから今回の戦闘、初見で全力の妄想を周りに叩き込んだ。自分達が勝つ展開を・・・・もう、そんな妄想、夢を描くことはできないくせに。ドッッッギャァアアアアアアアアア!!!周囲共通認識で現実を書き換える攻撃。魔女や魔法少女には通じにくく、使い魔相手でも効果は薄いその攻撃はしかし、いかに効きづらくとも妄想を叩き込んだその数は膨大だ。観測者が多ければそれだけ真実は書き変わる。世界を騙し従わせる。塗り替える。塵も積もれば山となる。数は力、信じ込ませればそれは真、妄想は現実へと昇華される。世界は氷結する。≪凶真!?なんてことをっ≫「はあっ・・・っ、・・・・ははっ、見ろよキュウべぇ全員凍らせて――――!」見える範囲の敵は全て凍り、纏わりついていた茨は砕けた。大地に足をつける。後は『ワルプルギスの夜』追うだけ、まどか達のもとに向かうだけ、そして―――・・・・だけど倒れた。「ぁ・・・・・っ、あ・・・・・・?」顔面から落ちたと思う。分からない、何も見えない。真っ暗で何も視界には映らない。キュウべぇが何やら叫んでいるが聴こえない。聴き取れない。繋がった念話でのやりとりですら理解できない。暗いんじゃない。黒いわけでもない。視界に映るインクは全て言葉と感情だ。訴えてくる、囁く、伝える。殺せ、犯せ、裂け、壊せ、滅ぼせ、死ね、奪え、絶やせ、消せ、砕け・・・・・と。心臓が破裂でもしたのか、胸がバクンとはねて口から大量の吐瀉物、内臓がぐちゃぐちゃになったかのような嫌悪感。≪凶真!≫「・・・ぅ・・・あ?」≪早く跳ぶんだ!≫「げ・・・っ、あ・・・ぶ・・・・・っ」頭が痛くて、熱湯を血管に流されているようで、だけどとても寒い、何がどうなっているのか分からない。≪早く!このままじゃ君はっ――――――なんで跳ばない!?それとも意識は既に移動しているの!?凶真・・・・返事をして!≫「ぁ・・・・・」ぐちゃぐちゃで、そのうえ感じるのは負の感情ばっかりで・・・・・それでも少しだけ見えた。≪凶真!≫「・・・・・あ、ああ・・・・だいじょうぶ・・・・」≪~~~~~~~!≫「だから・・・・はやく」≪なにをっっ・・・・・どこが大丈夫なんだ!!いやっ・・・それよりも今のうちに跳ぶんだ!≫「ぅ・・・・」≪早くして!君はこのままじゃ死んでしまうっ、君には分かっているはずだ!君は憶えていないだけで死んでいる可能性もあるん――――≫キュウべぇ。ラボメン№03の仲間を認識できた。この状況で、潰されるような感情の濁流の中でもしっかりと仲間だと認識できたことが嬉しかった。その仲間が訴えてくる。人の気も知らないで・・・と思うのは勝手かもしれないが、それでもこちらの身を案じてくれていることに、掻き消されそうな意識の中で温かさを受け取った。もう跳ぼう。このままでは死んでしまうだけだ。もう思い残すことは無いはずだから。「・・・・あ・・・れ・・・・・?」思い残すことは無い?ならもう死んでもいいか・・・・。何かを忘れている。何かを・・・誰かを・・・だけど思い出せない。思い出そうとしない。今はただ、まだ自分の意識が残っているうちに、自分が岡部倫太郎という人間のうちに、呪いに犯される前に“終えたい”。ただその前に、倒れたまま、冷たくなっていく体を意識しながら最後にキュウべぇに、仲間に触れたいと思った。≪―――――――≫「・・・ぅ・・・・・」氷の砕ける音がした。理解できない状態だったから、この時の自分には何が起きたか分からなかったがきっと駄目だったんだろう。無理だったんだろう。無茶だったんだろう。魔女はおろか使い魔も、一時的に、もしかしたら一瞬だったかもしれない。氷漬けにしただけでただ一体も倒せていなかったかもしれない。≪凶真、次の僕にもよろしくね≫「・・・?」≪じゃあねオカリン。君と――――≫「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・キュウ・・・べ・・・・・・・・?」何も聴こえない。ただ僅かばかり感じていた念話の感触が完全に途切れた。ひどく寂しい、世界から何もかもが失われたような気がした。存在するのは自分だけ、こんな自分だけ、暗い感情が沸き上がる自分だけ―――・・・・もう終わりたい。もう、終わってもいいはずだズドンッッッッ!!!!!光を見た。黒しか見えない、見えない筈の世界に桜色の光を見た。呪いを払うために天を貫く光を。「・・・・・・・・・・・・・まどか・・・・」観測したのは、超巨大な魔女を貫く一条の光が真っ暗な空を突き破り世界に青空を取り戻した光景と、そこから豪雨のように枝分かれした矢が次々と黒い雲を駆逐していく光景。桜色の矢、それは黒の空だけでなく地上にいる使い魔も、魔女も同様に掃討していく、次々と、あっさりと、抵抗する暇を与えぬままに容赦なく。遠く、唯一持ちこたえている『ワルプルギスの夜』も降り注ぐ魔力に抵抗できないまま砕かれ滅ぼされていく。真っ黒な世界を桜色が幻想的に染め上げていく。塗りつぶしていく。その光景に魅せられていると―――――呪いを背負う身に、周りと同様に、魔法の矢は、桜色の光は降り注いだ。―――Error Human is Death mismatchχ世界線0.091015血も凍てつくような猛烈な寒さ、喉は枯れていて視界も定まらない。「はっ、はっ、はあっ・・・・・!?」それでもバクバクと鼓動を打つ心臓に冷や汗を流しながら目を覚ました。右手は胸に、左手は顔を押さえながら、口は酸素を取り込もうとするが荒い呼吸を繰り返すだけ。ソファーに横になったまま視線だけで周囲を確認する。人影は見えるが寝ているようだ。そう見える。今はそうであってほしい。余裕が無いんだ。荒い息を吐きながら状況を確認、今の自分はまどか達には見せられない顔だと思っていてもすぐには表情を変えきれない。押さえきれない。今見ていたのは夢だ。通り過ぎた世界線での記憶、何度目かの『ワルプルギスの夜』との戦闘での過程と結末、それを客観的に確認できた。「ハッ・・はぁっ・・・はっ・・・」だんだんと息が整ってきた。「・・・ああ、分かってはいるが気分が悪いなっ」ソファーで寝ていた身を起こし右腕を見る。自分の右腕、まだ自分の意思でちゃんと動く、白衣で見えないが捲って見ればそこにはムカデのような痣が巻きつくように存在しているだろう。悪夢を見た原因は呪いだ。「魔女の口づけ」に近いそれ、ソウルジェムを持たない自分が魔法を使えばこうなる。歪みと穢れをそのまま受け取ればそうなる。理を捻じ曲げるのだから、代償なくして得るモノは無いのだから。インキュベーターが魔法少女から魂をソウルジェムとして取り出すことには意味がある。痛覚の遮断による肉体、精神の負荷を軽減することで幼い少女達の疲弊を防ぐ。それもある。だけどそれだけじゃない。その一つが呪い、穢れや歪みをソウルジェムで受け止めるため。魔法を行使し常識を捻じ曲げるのは奇跡だ。彼女達の使用する魔法は間違いなく常識外れの御業、魔法少女は常識を、世界の理を無視して奇跡を行使する。しかし、まるでその歪みを正すように、代償を払うかのように呪いや穢れがソウルジェムに科される。妄想で現実を浸食し、現実を曲げる。その歪みを、世界のエラーをギガロマニアックス達がディソードに溜めこむように、魔法少女は奇跡の対価をソウルジェムで呪いと穢れとして受け止める。岡部倫太郎は魔法少女じゃない。ギガロマニアックスじゃない。呪いを受け止めてくれるものがない。ディソードは模造品で、ソウルジェムも無いから、繋がった先にソウルジェムとグリーフシードのどちらかがなければ呪いと穢れをそのまま受け入れるしかない。「魔女の口づけ」という解除方法がある呪いと違い、その身を魔女に食われて魔女そのものになる呪いを受けた。・・・・・分かっていた。理解していた。だけど必要だった。それができるだけ自分は幸運だと思っている。普通の人間は魔女と戦えない。たとえ魔女を滅ぼせる武器があっても魔法少女と違い「魔女の口づけ」一つで意識を奪われる。呪いを防ぐ術も払う術もない。だから勝てないし戦えない。だけど自分は違う。単純な精神力の問題なのか、精神ではなく肉体に呪いがかかるからか、それともNDや別の何かの影響下だからなのかは分からないが呪われても潰されずに、すぐに歪むことなく、ちゃんと自分の意思で動くことができる。戦える。しばらくの間は。「・・・・ふぅ・・・」もちろん後遺症はある。「魔女の口づけ」を受けた人間のように、いきなりの破壊衝動や自殺志願、少女達を憎み妬み■したくなることもある。それはこれまでの『知識』や『経験』からか押さえきれる。人間はどんなことにも“知っていれば抗える”。だから押さえてきた。押さえきれる範囲で。だけど限界がきたら跳ぶしかない。取り除く方法が今のところ確認できないから、だからあの『通り過ぎた世界線』のように別れがくる。跳ぶか、終わるかして。「魔女の口づけ」を受けた人間が鬱になるように、同じように、呪いの影響なのか寝れば悪夢を見る。さっきみたような夢を、α、β世界線での出来事を、精神を追い込むように、それで呪いの侵攻を早めるように。・・・・・正直、それは構わなかった。気分が悪いのはもちろん嫌なのだが呪いの浸食が進めばそのうちに“寝むれなくなる”。寝たら、寝ている間に呪いが・・・・だから呪いのおかげで、というのは変だが眠らなくても一定以上の呪いを背負えば体力事態に問題はでない。だが、必要が無くても人間眠らなければ精神的にかなり“くる”ものがある。眠ることで脳を休めるのが普通なのだから。眠れなくなれば跳ぶための時間が、終わりの時間が一気に速まる。それに悪夢とはいえ、それらは状況の再確認や新たな作戦の案、打開策を想像することができるのだからやはり眠るべきだ。無理にでも、苦しくても、働き続ける頭はいつかオーバーヒートしてしまう。だからこそ寝むれる内は構わない。それが悪夢でも、そうしていろんな作戦を思いつき沢山のガジェットを創り出しここまで来た。そうやってここまで来た。ここまで来てしまった。“こんなところまで追い詰められてしまった”――――「・・・・・・思考がネガティブになっているな」べっとりとした汗を拭って立ち上がる。気持ちを切り替えるために外に出て新鮮な空気を吸いたい、それから汗を流そうと思った。このままここにいてもプラスには働かないと悟ったから・・・・だってそうだろう?夢の中でラボメンの死を・・・・・それをどうして現実でも観測しなければいけないのだ。夢から醒めた、ならもう悪夢はいらない。「朝食は俺が作ろう・・・」テーブルの周りで各自スプーンを握りながら倒れているラボメン、テーブルの上には謎の物体Xが堂々と存在していた。口元にこびりついた乾いた血の跡を舌で舐めとり岡部はそっと玄関の扉を閉じて気分転換がてら屋上へと足をむけた。憂鬱のまま、一部の人間が起きていたことに気づかぬまま。数十分後;未来ガジェット研究所捻りや工夫はないが丁寧で丹精な味だ。そう表現できるほどの舌をもっているわけではないが朝食に出されたモノはそう悪くない。簡単で単純に言えば平凡で普通。うまいと叫ぶほどでもないし、まずいと言うほどでもない。家庭の味、説明書通りの料理に近いのか違うのか、ある意味評価しにくいが―――不思議と受け入れられる。説明書、料理本に載っている通りに作ったのだから当たり前だが、きっと男の手料理という、それも岡部倫太郎という見た目駄目男の手作りなのだから、きっと少女達の意外性をついたことで実際以上の好感度を得たのだろう。「どうだ?」つまり今まどか達ラボメンが口に運ぶのは岡部倫太郎が作った朝ご飯だった。「ご飯は昨日の残りだから料理したのは味噌汁とサラダだけだが・・・・悪くはないと自分で評価している」「うん、おいしいよオカリン!」「ふ、この鳳凰院凶真ッ、やれば一流にはなれなくてもある程度極める男として巷では有名なのだ!」(・・・・・・・器用貧乏って言っちゃダメなんだろうなぁ)暁美ほむら、美樹さやか、巴マミ、三人とテーブルで食事をとっていたまどかは笑顔で応え、調子に乗った岡部をさやかは心中で思うことがあったが口には出さない。「うーん、まあ普通・・・くらいよりちょい上?」「・・・普通」「えっと、おいしいですよ?」「オカリンとキュウべぇは食べないの?」「ユウリが起きたら食べる」『僕の事も気にしないで』「そもそも岡部さんって料理できたんだ?」「意外か?」「ほら、岡部さんってまどかのおかげで生きながらえているってイメージだから家事は無理かなって」「この英雄・・・どの世界線でも失礼だな」さやかが当たり前のように、さも常識のように語る台詞の意味に岡部は頬を引きつらせる。確かにほぼ毎日朝食を提供されてはいるが・・・・・・一瞬ヒモという言葉が浮かんだ。なぜだろう、この単語は鹿目まどかと幼馴染みになってからほとんどの世界線で出てくるような気がする。・・・・・まどかと親しくなればヒモになる、駄目人間になる収束にでも働いているのだろうか?いやいやまさかそんな・・・・・。「・・・・俺はまだヒモではないはずだ」そう、焦ることはない。ないのだ!!「まだってことは・・・後々は養われる予定?」「クズね」「あ、暁美さんっ」「え、オカリン私に養われるの?」「まどか・・・本気で受け取るな・・・・」「えっと、オカリンって大食いってわけじゃないから食費は・・・・高校生になったらバイトした方がいいかな?」「本気にするなぁああああああ!」ほむらの辛辣な言葉もあれだが、まどかも当然のように受け止めるのだから酷い。「でもママもパパもオカリンの(将来に関する)こと心配してるよ?」「な、なん・・・・だと?まさか俺がヒモと認識しているのか!?」「パパはたぶん大丈夫って言ってたけど、ママは―――」「“たぶん”の部分に若干思うことはあるが――――さすがミスター・カネメ!やはり彼は凡人とは違うようだなっ・・・・・・して、ミス・カナメはなんと?」「『アイツは路頭に迷う可能性があるからな、家賃の一部を将来の軍資金にしておこう』って」「現実的な援助が必要なほど心配されているだと!?・・・・え、冗談じゃなくてマジな話なのか!?」なぜこの世界線は親密度が高ければ高いほど信頼度が低いのだろうか?これでも中身は三十路を迎えた・・・そもそも主観で100歳以上の大人なのだ、具体的な救済処置を準備されているのは・・・しかし、それはまるで――――――「・・・まるで不出来な息子を心配する母親だな」「養子にくる?」まどかの笑顔の冗談に岡部は苦笑しながらオデコに びしっ とデコピンをした。一瞬、この世界にはいない両親の事が頭をよぎった。「ふっ・・・ミス・カナメに伝えておけ、この鳳凰院凶真は養ってもらうつもりも施しを受けるつもりもないとな!」「え?じゃ、じゃあ朝のお弁当とかは―――?」灰色の脳細胞には昨日消費された所持金と食材が・・・そして残りの金額と冷蔵庫の中身が表示された。「まどか・・・・・それとこれとは話が別だろう」まどかの愛情(?)が籠った場合のお弁当は別だが、それ以外の朝食は岡部倫太郎の栄養の大半を賄う生命線・・・・。「えー↓」「人は支え合って生きている。そうだろ・・・?」「うん・・・まあ、そうだよね?」「そうなのだ」ともあれ心配のされ方はあれだが、気にくわないが、気恥ずかしいが、嬉しいと、まどかの冗談にも僅かながらも温かさを感じていた。わしゃわしゃとまどかの髪を撫でながら“そうなることはない”と確信しながら柔らかい髪をかきまぜる。家族・・・この世界にはいない、存在しない両親のことを、自分を支えてくれていた人達の事を思い出して会えないことが、その事実が胸の奥をチクリと痛めた。「うわわわっ、髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃうよっ」「寝ぐせで元からぐしゃぐしゃだよ。朝風呂ついでに直せばいい」「うー・・・マミさんやほむらちゃんもいるんだから苛めないでよ、ママに言いつけるよ」「それは困る」乱れた髪を手櫛である程度整える岡部、そして髪を幼馴染みとはいえ異性に預けるまどかにマミはズバリ、つい口から零れて疑問を投げかけた。「鳳凰院先生と鹿目さんって兄妹みたいに仲良しですよね?その・・・なんていうか仲が良すぎるというか」「そうか?」「オカリンとは幼馴染みだしねっ」当たり前のように答えるまどか、視線で岡部を睨みつけるほむら、そこでさやかが前々から思っていることを問うた。「でもさーまどか、幼馴染みでもこの年で異性相手にそれはちょっとって思うよ?」「え、そう・・・かな?でもさやかちゃんも上条君とこんな感じだったよね?」「む、昔はね?確かに恭介に抱きついたり恭介に髪をぐしゃぐしゃーってされた事もあったし部屋にも何度も行った事あるけどそれは・・・・・・・・・オゥ!」「あのね、まどか」「ほむらちゃん?」過去の輝かしくおいしいシチュエーション満載だった頃の記憶を思い出して悶え始めたさやかを捨ておいて、ほむらもまどかに言いたかったことを、聞きたかったことを質問する。この世界にくる前の時間軸、『岡部倫太郎がいない世界』、自分のよく知る鹿目まどかは良くも悪くも普通の女の子だった。どちらかと言えば引っ込み思案などこにでもいる中学生の女の子、そんな彼女の異性の友達は上条恭介を除けば特にいなかったと記憶している。仮にいたとしても、こうも堂々と異性に体の一部を任せたり、ましてや部屋に、それも男のベットで、家に泊まり込むなんてことをするとは思えない。思えなかった。流されて自分もちゃっかり泊まってしまったがよく考えればそれはおかしなことだし、彼女はさやかがいないときにも泊まっていた形跡がある。ここに替えの下着や洋服が置かれているのが証拠だろう・・・というか言動から確実に彼女は一人で正体不明の男、岡部倫太郎と一つ屋根の下で何度も夜を過ごしている。この世界線では岡部倫太郎は数日前・・・三日前にしか存在していないのでほむらの心配は無用であるが関係ない。大切なのは、問題なのは本人の受け止め方だ。認識だ。「一応・・・先生は男の人だし、まどかはその・・・気にしないの?」「なにを?」返答次第では台所付近に突っ立っている男をデストロイするつもりだったが、どうしよう。真顔だ。純粋にこちらの発言の意味を分かっていない。銃もない・・・ずれた赤いフレームのメガネの位置を戻しながら考える。そう、今自分がすべきこと、それは―――(どうやって岡部倫太郎を葬ろう・・・)「なにやら不穏な気配が・・・?あと、まどか」「なに?」「ほむほむが言っているのは―――」「ほむらですっ」ほむらの訂正を無視し岡部はまどかに伝える。「どのような関係であろうと俺は男で、君は女の子だ」「?」「男女七歳にして席を同じせず」「・・・でもオカリンって私をそういう意味で“絶対”みないよね?」「“絶対”な。だが言っておこう。お前に羞恥心がないとは言わないが・・・・・俺が相手でも恥じらいを覚えたほうがいいぞ?」「もってるよ、オカリンだからそう見えないだけなんだよ」「周りからそう見えることが問題なんだ。現に寝泊まりはおろか下着まで普通にあるしな」正直、最初からそれがあったときは岡部も驚いたものだ。繰り返すほどに関係が親密になっている。良くもあり、悪くもある。半端に思い出されてはそれだけで関係がマイナスになる。気づけば自分は知らない男の家に下着を持ちこんでいた――――卒倒してトラウマだろう。「・・・・・・でもオカリンは気にしないでしょ?」「俺は関係ない。これは君の問題だ」「ふ、不公平だよっ」「大人だからな」「ずるい」「でも鹿目さん、鳳凰院先生の言う通り少しは・・・・えっと、見た目だけでも変えた方がいいわよ」やんわりと、マミが不満気なまどかを宥める。「マミさんまで・・・・でも―――」「鳳凰院先生も男の人よ?今は大丈夫でもいつか、なにかのきっかけで貴女の事を“そういう”意味で意識することがあるかもしれないわ」「・・・オカリンに限ってそれは絶対にないと思います」「そうかしら?貴女は可愛いわ鹿目さん、そうですよね鳳凰院先生」「ああ」「うん、まどかは・・・可愛いよ」「あたしの嫁ですからっ」『そうなのかい?』「ね?だから―――」「とは言え、俺の“それ”は終わったからな―――だいぶ前に」「え、鳳凰院先生?」「・・・」「ほら・・・・・・・・オカリンはこんなんだから大丈夫ですよ」一瞬だが、枯れた眼になり無言になる岡部と不貞腐れるまどか。「でも―――」岡部倫太郎と鹿目まどか、二人の繋がり、付き合い、関係、単純なようでいて複雑そうな二人、でもそれはありふれた人間関係の一つ。世界中にある。どこにでもある関係。しかしこの手の問題は当人達だけの問題ともいえない本当に複雑なモノだ。個人だけで、または二人で、稀に部外者も含めて解決する事もある。だがそもそも何を持って解決とするのか?そして解決するモノなのか、進むモノなのか、乗り越えるべきモノなのか、受け入れるモノなのかも解らない。これは時間と共にいくしかない。ましてや岡部倫太郎には既に解答があり、答えを得ている。だから曲がらない、歪まない、“先が無い”。変われないから。だけど、それでも巴マミは言った。声に出してその言葉を。「未来に絶対はないですよ?」その言葉に岡部と・・・ほむらが僅かに反応した。「あっ、いや・・・・まあ、そう・・・だな」「はい、そうですよ」「・・・・・・・・・ははっ、君はいつも・・・」「はい?」「いやっ、なんでもないよ―――マミ」岡部は起きてからずっと硬くなっていた意識を今の言葉で少しだけ緩めた。肩の力を抜く、張りつめていた緊張が和らぐ、口元には微かに笑みの形になっている。久しぶりに一つ思いだした。忘れていた訳ではないが今の言葉を聴くまでその可能性を思いつかなかった。考えもしなかった。いい気になっていたのか、自意識過剰か、自分は絶対に変わらない、それこそ万人が背負えない呪いを背負える自分なら、一度決めたことは曲げないと思っていた。絶対に諦めない。絶対に意思を曲げない。絶対に揺れない・・・しかし“世界に絶対は無い”。岡部倫太郎はそれを自分自身で証明していたのに忘れていた。まして岡部倫太郎は弱い、脆い、自覚している。何度も失敗して後悔している。牧瀬紅莉栖を助けきれたのは周りに支えてくれる人達がいたからだ。そうでなければ、そうでなくても自分は何度も揺れて諦めてきた。再び立ち上がってはいたものの――――「生意気な事を言うかもしれませんけど、これは鹿目さんだけじゃなくて鳳凰院先生にも関係があります。だから・・・それに女の子にあんな言い方はダメですよ」きっとこれからも間違えて勘違いして、そこから失敗していくんだろう。そうあるべきだ。絶対に諦めない。絶対に意思を曲げない。絶対に揺れないというのは裏を返せば間違いを認めきれず、変われないことを意味しているのだから。それを自覚出来た。再確認できたのは幸運だった。一度、これからの事を、これまでの事を見直して考えなければいけなかったのだから尚更だ。「慣れ親しんだ人でも年齢も近い若い二人が一つ屋根の下という状況は危険です・・・・・鳳凰院先生と鹿目さんの二人も少しは意識はした方がいいですよ。幼馴染みだから大丈夫だなんて変です、寧ろ気心知れた相手だからこそ、そのっ・・・なんていうか・・・・・・・恋人とかになっちゃったりするんだと思ったり・・・・・・えーと・・・その・・・・私は思いますよ?」両手の指を合わせてモジモジしながら赤くなった顔を伏せ、ごにょごにょと次第に声が小さくなるマミは―――その両手を少女達に強く握られる。一人は世界の違いに戸惑う少女、一人は世界のブームに嘆く少女。「「ですよね!」」がしぃ!と、ほむらはマミの右手をとり強く強ーく同意する。ついに同士が、普通の人が現れたと歓喜する。がしぃ!と、さやかはマミの左手をとり強く強ーく同意する。そうだ、幼馴染みが当て馬ポジションだと誰が決めた。「そうですよねっ、男女七歳にしてなんたら!まどかみたいな可愛い女の子が薄い本をバイブルとする厨ニ病患者と二人っきりで夜を共にしたら大変で変態ですよね!!」「薄い本?」「そうですよねっ、幼馴染みだって立派な女の子!今までは意識してくれなくてもある日突然「あ、やっぱり―――」みたいな展開があってもおかしくないですよね!!」「えっと――――」「よかった同じ考えの人がいてくれて・・・教室で抱き合っても誰も特に言及しないし毎日お弁当持っていくみたいだしここに洋服も下着も警戒心無く置いてあるしあげくのはてに同じお風呂でベットも同じで一夜をッ・・・・・これが常識だって言おうものなら発狂モノですよね!?このままじゃ可愛いまどかが毒牙に・・・・・今のうちに対策を考えなきゃっ」「え、えっと暁美さん落ち付い―――」「よかった同じ考えの人がいてくれて・・・こっちがどんなに意識しても変わんなくて毎日と言ってもいいほどお見舞いに行っているのに好意に気づかないうえに不意の接触にドキドキするのはアタシだけッ・・・・・これが普通だって言おうものなら発狂モノですよね!?なのに気づけば見知らぬ属性持ちの子まで現れて・・・・今のうちに対策を考えなきゃっ」「み、美樹さん?」「「何かいい考えはありますか!貴女の助けが必要なんです!!もう貴女だけが頼りなんです!!!」」「なにこの息の合いよう打ち合わせでもしていたの!?」朝からわーわーと、ぎゃーぎゃーと騒ぐラボメン達。かなり騒がしいがユウリは爆睡したまま、岡部は苦笑するだけで洗い物を集め台所へ、マミはそれを手伝おうとするがほむらとさやかに詰め寄られ動けない、キュウべぇはその様子を岡部同様苦笑しながら眺めるまどかの膝の上で弄られる。わいわいがやがやと下らないことで過ごす時間は悪くない。少なくとも今はそれでいい、まだ時間もある。だからこれでいい・・・・岡部はそう思う。心から。マミの言う通り世界に絶対は無い。無限の可能性がある。だからもう抱くことのない感情をこの世界で抱くかもしれない。きっと子供の彼女達に“それ”をむけることはないだろうけど、それだけの時間も残されていないけれど、大人になった彼女達を自分が意識する可能性は否定できない。彼女達は本当に優しい子で綺麗だから。その在り方は今の岡部倫太郎が憧れるほど眩しいから。新たな可能性の発見に、楽しみに、騒がしいラボメン達の会話をBGMに台所で食器を洗う岡部はこの時間に幸いを感じていた。もはや悪夢にうなされたことを引きずることなく口元には確かな笑みがあったのだった。―――嘘だ 嘘つき終わっていない。なにも。だから岡部倫太郎は変わらない―――大嫌いこの時間は幸いだと岡部は思っていた。―――“あの人”を忘れない。だから岡部倫太郎は繰り返すだけど―――裏切る納得できない者も、この場所にはいたが、それに気づくことができた者は誰もいなかった。―――“あの人”がいるから簡単に異性との垣根を踏み込える。そして魔法少女達の感情を揺さぶって、その気が無いのに勘違いさせる岡部倫太郎は気づかない。鳳凰院凶真は気づけない。―――そうやって関わる人を増やしていく気づこうとしなかった。―――そうやって世界と繋がり、そうやって因果を得ていくだから―――最後には捨てるんだ辿りつけない。―――わたしたちを、仮初の仲間を、信じていた私達をシュタインズ・ゲートに辿りつけない。岡部倫太郎だけが理想の世界線に―――――朝食をすませたラボメンは各人、髪やよれた服装を整えて再びテーブルを囲むようにして座る。そして一人だけホワイトボードの前に立つ岡部を見上げる。ちなみにあいりは未だに寝ているので除く。キュッ!とマジックで書かれた文字は『未来ガジェットマギカシリーズ』『主な活動内容』『決まりごと』の三つ。「ではっ、これより我が未来ガジェット研究所恒例の円卓会議を始める!」「わー」ぱちぱち「円卓会議?」「恒例って・・・・私はまだ二回目ですけど」「あたしも」『僕もだね』岡部の言葉にまどかは嬉しそうに拍手し、マミは首を傾げ、ほむら、さやか、キュウべぇは岡部のテンションについていけないのか冷静に言葉を返す。朝の八時、平日なら学校に遅刻する時間帯だが今日は休日、のんびりと食後のお茶を飲んでいるところで岡部のいきなりの宣言、ゆえにノリが悪いのは仕方がないのかもしれない。「ぬぬぬッ、ノリが悪いぞ貴様らッ、マミも加わり本格的な作戦に関する重要なブリーフィングだというのに、もっとこうラボメンとしての自覚をもてぇえい!」「ラボメンも増えてよかったねオカリン」「作戦?」「何も聞いていませんけど」「あたしも」『僕は少しだけ』キュウべぇの台詞に岡部を除く全員がキュウべぇに注目する。「おまえが・・・?なんでっ」『なんで、と言われてもね。ほむら、僕は未来ガジェット研究所に来てからずっと凶真と協力関係にあるから当然だよ』「・・・・・」「ほ、ほむらちゃん?」ほむらに睨みつけられるキュウべぇにその気はないのだろうが、ほむらには挑発されたように感じた。何やら不穏な感じにまどかは戸惑い、マミ話題を振ることにした。「そういえばキュウべぇ、あなたっていつから鳳凰院先生と知り合ったの?」しかしなぜ昨日知り合った後輩の一人はこんなにもキュウべぇに対し風当たりが強いのか、それが分からない。『一昨日だよ』「先生っ」「嘘は言っていない。それと始めに言っておくが俺の目的にはキュウべぇの協力は必要だ」「でもっ」「絶対に、だ。思惑がどうあれキュウべぇの協力なくしてシュタインズ・ゲートへと辿りつける方法は無い」絶対に、というのは間違っているのかもしれない。頼らなくとも方法はあるのかもしれないし、無限の可能性の中にはそれこそ絶対にその方法はあるのだろう。しかし現状の岡部はそれ以外の方法を知らない。他の方法を探していないわけじゃない。ただ、それは確かに正解の一つで、そして目指す未来に辿りつく方法として間違っていないのだ。今のところは。キュウべぇの協力があれば未来ガジェットが、それがあれば『ワルプルギスの夜』も打倒できる。条件がそろえばあの『舞台装置の魔女』に勝てるのだ。災厄と言ってもいい存在に勝てる。鹿目まどかを魔女化させることなく―――――――・・・・・“問題はその先だ”。『ワルプルギスの夜』は前哨戦にすぎない。しかし前哨戦とはいえ無視はできない、それを超えることすら難しいのが今の自分達なのだ。「でもっ」「まずは話を聞け、不満や不安、気になる事もあとで全部話す」誰も失わずに『ワルプルギスの夜』を撃破した経験を持たないほむらには、そうでなくてもインキュベーターを憎むほむらには受け入れがたい話ということは重々承知している。それが原因で過去の世界線でラボメンがバラバラになるほどの事態も起きた。だけど、しかし、それでも今はこれしかないし、こうする以外に障害を突破できない。“できなかった”。「円卓会議を始めよう。まずはこの『決まりごと』についてだ」「決まりごとってなんの?」「ラボメンになったからには・・・今ほむほむにも言ったが“話を聞く”こと、“話す”こと、それと“自分でしっかりと確認する”ことを心掛けてほしい」気を取り直して岡部はさやかの質問に答える。「話を聞く、話す、確かめる。簡単のようだがこれが割と人間関係の拗れる原因になる。普段なら大丈夫だが頭に血がのぼっていて不安や混乱、恐怖や戸惑いから――――他人の言葉が聞こえなくなる。“勘違い”から想像もできない事態に陥ることもある」「・・・・・・」「君達はもうラボメンだ。俺を頼ってくれ、不安や疑問を一人で抱え込むことはない。どんなとでもいい、どんな内容でもかまわない。相談してくれ、怖がることはないし自分だけの問題だからと遠慮する事もない」それは日常で感じた違和感や、普段と違う何かがあったら魔女が関わっているかもしれないから・・・という意味だけではない。魔女や魔法だけでなく、ただの、普通の、今まで通りの日常の話を含めてのことだ。家族のこと、友達のこと、勉強に恋愛の相談でもいい、何でもいいのだ。ほむらには心当たりがある。何度も繰り返してきた時間、最初の頃は信じてもらえなくて、それでも頑張って伝えようとした。批判されても疑われても、気の弱かった自分にしてはたいしたものだったと思う。でも無駄だったのだ。誰も信じてくれない。話しても意味は無い。いや、関係がこじれるだけで結果は全てマイナスに進んだ。信じていれば、ちゃんと話を聞いていればと、後になって後悔していつも彼女達は絶望して死んでいく。全部、毎回そうだ。話を聞いてくれない。だけど今になって思えば・・・それは“信じていたから”かもしれない。ただ信じてしまえば、それが真実だったら、それを認めることが怖くて彼女達は・・・・・。「うーん、岡部さんどういうこと?」「言葉の通りだ」「まあ・・・・でもそれってさ、“そんなの”意識してれば大丈夫だよね?」得意げに、簡単に言ってのけるさやかに、ほむらはこの世界にきて初めて彼女に殺意にも似た感情を抱いてしまった。確かに普段の彼女なら大丈夫だろう・・・だけど、嫌だけど、思いたくなくても彼女の言葉には――――「“さやか”、軽く受け止めるなよ」「・・・・・・・・ぇ・・」一瞬、心臓が凍りついたように停止した。「さやかだけじゃない。マミ、まどか、ほむら、キュウべぇ、今は寝ているがあい・・・・ユウリも、全員だ」普通に喋っているだけのはずなのに、目の前にいる岡部倫太郎が怖いと、恐ろしいとほむらは感じた。「うん・・・?あっ!?あたし久々に名前で呼ばれた!」「あ、ほんとだ」『凶真はさやかのことを名前で呼ばないのかい?』「いっつも英雄とか意味不明のあだ名で呼んでさっ、あんたからも何か言ってやってよ」「・・・・・私は名前で呼ばれていたような?」「えっとマミさんは・・・・・・マミさんは・・・・・オカリンなんで?正直に言ってね」「特に意味は無いぞ?」「だったらあたしも名前で呼んでくださいよ!」「だが断る!」「力強く断言された!?な、なんで・・・?」「特に――――意味はない」キリッ「( ̄ー ̄)o゛」プルプルだけど他の人間はそうでもなかったようだ。気づいていないのか、それとも自分の勘違いだったのか、岡部倫太郎は普通にまどか達と会話している。暗く冷たい何かは感じない。さっそく脱線している会話に呆れた顔でいる男からは恐怖も不安も感じ取れない。・・・・なんだったんだろう?ほむらは首を傾げる。「ともかく、お前達は昨日魔女という荒唐無稽な存在を目のあたりにしたな」「うん」「それが?」「これまでは現実になかった存在が、それこそ漫画やアニメなら百回以上も見てきた空想、妄想の類が現実として世界にいることを知った」まどかとさやかのどこか抜けている返事に岡部はスラスラと答えていく。手慣れている。何度もこの応答をしてきたように自然に。「世界には邪悪な魔女がいる」「「・・・・・」」「お前達はこんな台詞を信じるか?」「そりゃあ・・・・ねえ?」「うん。昨日も一昨日も見たから・・・」さやかとまどかは顔を揃えて頷く。体験したのだから、実際にその身を晒したのだから信じるに決まっている。魔女の結界。日常のすぐ隣に存在する確かな世界。魔女、アニメや漫画の世界と思っていた虚構の生き物。否定しようもない現実を突きつけられたのだ。ここにきて未だに信じきれないというのなら、それはある意味大した精神力だろう。「では魔女に襲われるまえはどうだった?俺が、マミが『世界には邪悪な魔女がいる』と説明していたら信じたか?」幼いころは信じていて、昨日までは“信じていて信じていなかったモノ”。「「・・・・・・・」」この世界には悪の組織、地球外生物、異世界からのモンスターがいて、それらと日夜戦う正義の味方がいる。それらはフィクションで、妄想で、そうであったらと願うだけの存在であると年齢を重ねていく中で知ってきた。それでも心のどこかで、いつか、どこかで、もしかしたら・・・・・と、少年は大人になっても願うし、それとは別に女の子だって少女漫画や携帯小説のような現実とは違う、スリルと夢に溢れた世界を夢想する。世界のどこかで、もしかしたら存在するかもと思っていながら、そんなものは無いと思っていた。『世界には邪悪な魔女がいる』きっと岡部倫太郎からそんなことを言われても本気にはしなかっただろう。きっと巴マミからいきなりそんなことを言われても信じたりはしないだろう。信じたくても信じきれない。分からないのだから、理解できないのだから、それは望んでいたモノにも関わらず忌避しているモノだから。どうして一人だけ、おいていかれたのかなぜ自分だけ、生き残ったのかなんで自分は何もできないまま、失うのかどうして、なぜ、なんで、何度繰り返しても変わらないのかその理由を考えたら、認めてしまったら―――きっと正気ではいられない。「過去はどうあれ、知った今なら分かるはずだ」だけど、“今”なら覚悟はできる。「どんな与太話でも、荒唐無稽な話でも、今の君達になら届くはずだ」過去に届かなかった想いや意思は今なら届くはずだ。「本当なのか嘘なのか、信じる信じないは君達次第だ。だけど憶えていてくれ、最初から全てを否定しないでくれ、必ず可能性はある―――――信じてもらえる可能性を・・・・・“諦めるな”」観て、聴いて、観測してきた。噂じゃない、幻覚じゃない、夢じゃない、確かな現実で真実を受け止めきれた。岡部の台詞が誰に向けての言葉なのか、ほむらは一瞬分からなかった。岡部の先にいるのはまどかとさやか、だけどそれはマミにも、何よりも誰よりも自分に向けられている気がした。(私は、わたしは―――――諦めていた)繰り返すほどに関係は悪化していき、いつしか言葉は届かなくなった。誰も真実を受け止められなくて、受け止めたときには手遅れで、誰一人として未来に希望を持っていなかった。通り過ぎた過去を悔やみ、やり直したいと願った。魂を懸けて願いを叶えておきながら奇跡を起こした己を恨み罵倒し絶望していく。誰もがそうだった。だから誰にも頼らずに、頼ることができずにいた。一人だけで全てに決着をつけるために真実を、本当のことを、自分の思いを話すことはやめた。話しても誰も信じてくれないから、誰も受け止められないから。「ここには俺がいる。俺がこの世界線にはいる」否・・・・いた。「誰もが聞かないというのなら俺が聞く」だけどそれは岡部倫太郎じゃない。「誰もが話してくれなければ俺が話す」それは鳳凰院凶真じゃない。「信じる信じないは後回しだ」諦めなかった人は確かにいた。「なぜなら話してくれないと周りは“それ”すらできない」諦めず、契約した事を後悔しなかった者が確かにいた。「だからまずは話せ」過去の想いを引きついで、今に届けてきた。「話を訊け、自分の目で確かめろ。ここまで来れたんだ」未来につなげるために、一度も諦めずに走り続けてきた人はいる。その人の名前は――――「話してくれ、聞いてくれ、教えてくれ、きっとそれだけで・・・・俺達は分かり合えるはずだ」諦めなければ必ず辿りつける。『シュタインズ・ゲート』へ。「誤解やすれ違いで崩れていく魔法少女は多い、それは普通の人間でも同じだ・・・・・勘違いなのに勝手に決めつけて、それっきりになってしまっては寂しいだろう」それっきり、その多くの場合、生きるか死ぬかに直結するのが魔法少女だ。取り返しがつかないだけに、それが原因で失い続けてきたのだから、格好つけでも、キザッぽくても、笑われても、回避できるなら、予防できるなら、少しでも心に留めておけるならそうすべきだ。悲劇を繰り返さないために、何度でも、諦めずに。誰もが諦め、絶望していった中で最後まで諦めずにこの場所まで辿りついた―――暁美ほむらのように。そうして各人が手もとの飲み物を空にして二杯目の麦茶(まどかのみ『芋サイダー』)を注いだ頃、岡部はカーテンで遮られた寝室に視線を向ける。そして爆睡中のユウリ(あいり)を起こしに向かおうとしたが――――。「オカリン!!女の子の寝顔を覗くのは絶対にダメ!禁止!!肋骨骨折入院費!!!」と、まどかの斬新かつ身が震える脅しにより辞退した。きっと入院費は鹿目家が出してくれるだろうが・・・・問題はそこではない。どうしてこの世界の幼馴染みはこうも暴力的なのか・・・・世界はいったいどこに向かって収束しているのか謎である。とりあえず戦慄する岡部に代わりまどか、さやか、ほむら、マミ、キュウべぇの順でユウリを起こしにかかったが遭えなく全員が失敗。声をかけても揺らしても、くすぐっても起きない魔法少女に全員が諦めた。つい先程「諦めるな」的発言があったが無理矢理起こそうとすると妙に・・・いや変に甘い声をだしながら身悶えるユウリに誰もが手が出せなくなってしまったのだ。「むう、いいかげん起きてほしいのだがな」『さっきの事も含めて後で説明するしかないようだね』「仕方が無いか・・・」『じゃあさっそく次の議題だね』「今後の活動内容を先に話したかったが・・・・・FGMのことだな、やはり気になるか?」『もちろん。話には何度か出てきたけど、まどか達に話すということは本格的に作成に入るんだろう?』「ふっ、その通りだ!やる気があるのは提案者として・・・・・いや、キュウべぇよっ、ラボメン№03としての立ち位置、なによりその前向きな姿勢は実に素晴らしいぞ!」白衣をバサァと仰ぎながらホワイトボードをひっくり返す岡部は歓喜に満ちていた。「ではさっそく『未来ガジェットマギカシリーズ』について語ろう!」(/ロ゜)/ビシィ!真っ白なホワイトボートの裏面に岡部は未来ガジェット01~11までの名称を書き込んでいく。「オカリンなんか嬉しそう?」「岡部さんって発明とか説明とか科学者っぽいのが好きだからじゃない?」「あの、それって学校で作っているのとは別で・・・昨日私の魔法に干渉してきたものですよね?」「その通りだマミ!そしてFGMは全てNDを元にして派生するものだが間違いなく我等ラボメンが創り上げるガジェット・・・0号とは違うのだよ!人の作りだした結晶であり神に反逆するための――――」「ラボメンがって・・・・そういえばさ、岡部さんのノスタルジアドライブだっけ?いつそんなの作ったの?」「・・・ねぇオカリン、オカリンはいつから魔女や魔法少女のことを知ってたの?私が知らないだけで一昨日みたいな危ないことを沢山していたの?」「む・・・・」「・・・・」『・・・・』未来ガジェット。ほむらにとってこの時間軸で初めて耳にする言葉であり、キュウべぇもそれには大いに興味を持っている様子。正体不明のイレギュラー、岡部倫太郎が所持している魔法少女の魔法に干渉するモノ。ほむらは一昨日と昨日、それを観測した。魔法とは実際のところ、魔法少女の魔法は感情から生みだされた奇跡の産物であり他人がおいそれと干渉できるものではない――――というわけでもない。「いつからといえば・・・・かなり前からだな」「なんで言ってくれなかったの?」魔法の源が感情なら干渉の方法は多々ある。感情の持ち主は幼い少女だ・・・嫌な言い方になるが感情を揺さぶることは簡単だ。良い意味でも、悪い意味でも、感情の揺れが大きい時期なだけに分かっていれば簡単だ。本当に、あまりにも、容易く誘導できる。直接間接に囚われることなく。「なんで、と聞かれれば危ないからだな。今回の件は知らなければそれはそれで問題ない。怖がらせる意味もないからな」「だからって―――!」「逆の立場で考えてみろ。例えばまどか、お前は母親や父親に魔女の事をどうやって説明する?俺が何も知らない場合・・・・お前が体験した恐怖を、何も知らない俺に相談するか?」「それは・・・」「経験したから信じることはできるが・・・・一歩間違えれば病院だぞ」「あー確かに、見た目は悪くないのに残念な岡部さんを受け入れるまどかママでも流石に娘のことになると全力で対応しそうだよね」「 \(゚ロ゚ ) おい、コラ 」それとは別に、インキュベーターは本当の意味で魔力に、魔法少女に干渉できる能力を持つ。その一つがソウルジェムを経由してからの五感のコントロール。例を挙げれば多様な痛みを与えたり、逆に痛覚を遮断したりすることができる。「じゃあ・・・ガジェットは?私、オカリンがそんなの作ってるって知らなかったよ」「“俺達がこれから作る”・・・だ。ガジェットの完成品のイメージが先行しすぎて勘違いさせたか」「で、でも―――」「“俺達が”――――と言ったのは、お前達との普段の会話や学校でのガジェット作成からアイディアを貰ったからだ。だから・・・・別に黙ってコソコソ作っていたわけじゃない」「ほんと?嘘・・・ついてない?」「ま、まどか大丈夫っ?」「ほむらちゃん・・・・うん、ありがとう」泣きそうな顔のまどかに、ほむらが慌てた様子でハンカチを差し出す。自分の知らないところで身近な人が危険なことに巻き込まれていたことに、それに気づけなかったことや何も知らずに隣にいたこと、それ以外の理由もごちゃまぜになって悲しくて悔しくて泣いてしまったのだろう。ほむらは変わらぬまどかの優しさに安堵した。イレギュラーだらけの時間軸、それでも鹿目まどかは鹿目まどかだった。ハンカチを受け取ったまどかは自分でも気づかぬうちに零れそうになっていた涙を拭いほむらに礼を言った。「あ~あ、まーた岡部さんがまどかを泣かせた」「む・・・しかしこればっかりはな」「うん・・・ううん、ごめんねオカリン。しょうがない・・・よね」まどかはガジェットの存在を知らなかった。NDを知らなかった。ほむらはそのことに、その今さらの真実に表情には出さなかったが何度目かの驚きを、自分の愚かさを感じて歪めそうになった。正体不明の岡部倫太郎に関して自分は何も知らないし詳しく探ろうとしていなかったのだ。初日にまどかからドン引きするほどいろいろ聞かされたが魔法関係には何も触れてこなかった。魔女との遭遇から、まどかが何も知らなかったとしても少しは彼女から、それこそ岡部本人からもっと情報を求めるべきだった。疲れていたとはいえ戦えない自分は、何もできない自分は、それでも何かすべき自分はあらゆる可能性と打開策を模索すべきで、魔法少女でもないのに戦える岡部倫太郎は、彼が所持しているNDは暁美ほむらが現在もっとも求める代物のはずだったのに。それこそ――――無理矢理に奪ってでも。「誤解のないように言っておくがND・・・・・未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』は託されたものだ。俺が一から全てを作ったわけじゃない。確かに普通の携帯電話にはない機能があったがそれは魔法、魔法少女に干渉するためのデバイスじゃないし、そんな予定も予測もしていなかった」「は?」「“コレ”は魔法少女とは関係のないガジェットだった。それを勝手に改造されたんだ」思考が嫌な方向に向かっているときに聞こえた岡部の台詞、ほむらは間抜けな声を発してしまった。未来ガジェット。学校で製作されている面白発明じゃない。一昨日は魔女の呪いを、昨日は魔法少女の奇跡を纏うことができた代物は目の前の男が作ったわけではないと言う。・・・・・それが別人の手で製作された物だとしたらこの時間軸の歪みは自分が把握できないモノになってしまう。ただでさえ冷静で判断力がある(と、本人は思っている)いつもの自分からかけ離れているのだ。気が緩み、魔法を失っておきながら、魔女と遭遇しておきながら、まどか達が危険に晒されておきながら、未来に起こる不幸を野放にしてしまっているのだ。そんな自分を、それを打開するために今さらながら情報を少しでも手に入れるべきなのに岡部倫太郎以外の、それ以上のイレギュラーが介入するのは、もう考えるだけで――――「携帯電話はもちろん俺の物だ。そしてこれには数々の技術が搭載されていた」『僕も詳しくは説明されていないけど、それを今回は教えてくれるのかな?』「もちろんだ。と言いたいところだが追々話そう。インキュベーターのお前なら理解できるが『メタルうーぱ』を装備していない以上全てを理解できないだろう。そしてまどか達に理解してもらうにはかなりの時間が必要だから今回は省く」「説明ってどれくらい?岡部さん、あたし達一応見滝原の生徒だよ?そんじゃそこらの人間よりは―――」「脳科学に専門の物理学、概念理論にエトセトラ、理解が数年程度で可能ならば間違いなくお前は天才だな」「やっぱりいいです・・・」「オカリン・・・・・その人誰?その人がいなければオカリンは危ない事しなくてもよかったんだよね?ううん、だったら最初から・・・もう魔女になんか関わらなくても――――」「そうかもしれない。でも“それ”はきっかけの一つで・・・・NDの在る無しに関わらず俺はきっと魔女に、そして魔法少女に自分から接触を持っていたはずだ。現に俺は自分の意思で彼女達に関わることを選んでここにいる」「な、なんで・・・?あ、危ないって言ってのはオカリンだよ!!」「それを承知で、覚悟の上で選んだ。だから誰のせいにもしない、誰も恨まない。誰にも止められない。俺が決めて俺が選んだ。始まりが誰かのお膳立てからだとしても、これはもう俺の物語だ。だからまどか――――俺はもう逃げない」「な、なんでそんなこと言うの!死んじゃうかもしれないんだよ!」まどかが立ち上がって、まるで岡部を責めるように声を荒げる。「それがシュタインズ・ゲートの選択だからだ」「ふざけないで!!!」バンッ、とテーブルを叩いて怒鳴ったまどかに、さやかはもちろんマミもほむらもビクリと体を固まらせ、フォローしようにも何も言えなくなってしまった。ふーっ、ふーっ、と押さえきれない怒りを吐息からも分かるように荒げるまどかをさやかは見たことが無い。ほむらもここまで他人に怒りを向けた鹿目まどかを、何度も繰り返してきたのに一度も見たことが無い。唯一、冷静と表現していいのかは判断に難しいが、キュウべぇは無表情で尻尾を揺らしながら黙って事態を見守っている。「お、オカリンは勝手だよ!」「勝手か?」「そうだよ!オカリンがっ、オカリンがいったんだ!危ないって、なんでそれにわざわざ自分からかかわるのっ・・・だって違うんでしょ?“それ”があるからって関係ないのになんで自分から――――」「決めたんだ」「なにをっ、だよ!危ないんだよ!死んじゃうかもしれないのになんでっ、あんなに怪我して血もいっぱい・・・・襲われたときだけで十分じゃ――――」「まどか」怒り、詰め寄るまどかに岡部は左手を伸ばして柔らかいその髪に指を通す。特に意味はない、ただ自然に体はそう動いていた。何を想い、何を思っての行動なのか分からないまま。それでも手を伸ばして目の前の少女に触れた。「んっ」まどかは髪に指を絡める岡部の手を払うことはしないが、それでも双眸は怒りを宿したままだ。そんなことでは誤魔化されないというように。そんな普段よりも強気な姿勢のまどかに、珍しいそんな様子に苦笑しながら岡部は言葉を紡ぐ。嘘は言わない。だけど全部を話すことはできない。“騙す気はなくても、彼女達からすれば裏切りと変わらないかもしれないけれど”今は全てを話せない。だから今は伝えきれることだけを、自分の目的を彼女達に伝える。本心を、望みを。「約束したんだ」「・・・・だれと・・・」「いろんな、たくさんの人と」「その人達・・・ううんっ、“その人”は魔法少女なの?」「魔法少女も、そうじゃない人もいる。ただ魔法とはいろんな形で関わってる」「“その人”って私が知っている人なの」「――――」「・・・いえないんだ・・・・」「機会があれば話す」「何でも話してくれるんじゃないの?」「話すさ、全部隠さない・・・・だけどちょっとだけまってくれ」「なんで?」「俺にも覚悟がいる・・・タイミングがな」「なに・・・それ、オカリンは告白でもする気なの」「告白と言えば告白だよ、秘密を明かすんだからな」今は説明しても理解は得られないだろう。リーディング・シュタイナーを持たない、仮に持っていたとしても・・・・・・それでもまだ話せない。「なんて約束したの、オカリン死にかけたんだよっ もしかしたら・・・・・・そんなに大切なの?その人との約束――――」「・・・・大切?」その言葉に岡部は意表をつかれたような顔をした。「・・・・え・・・あ・・・ああ、うん、そうだな」大切かと訊かれて、どう思っているのか再確認した。大切か?もちろん大切だ。それに―――。今まで何度も繰り返してきた世界線漂流を、そのなかでFGM09『泣き濡れし女神の帰還【ホーミング・ディーヴァ】』を託してきた人達を思えば――――答えはすぐに出た。「大切・・・・ああそうだな」正直に話そう。本心で語ろう。「大切だよ、まどか。俺は魂を代償にしてでも叶えたい」岡部が昨日、まどかとさやかに語ったことだ。「ぇ―――――」「俺は・・・・その約束を果たしたい」それは一生を魔女と戦うことになっても構わない。魂を賭けてもいい願い。「そのためになら生涯を捧げることができる」最後を、世界に託せる。「そんな・・・・」可能なら岡部はキュウべぇと契約してもいいということ。眼を見開いて驚いたのはきっと・・・まどかだけじゃない。既に魔法少女のマミも、ほむらも、昨日と一昨日の地獄を経験したさやかも年上の男を見る。本気でその言葉を吐く人間を観る。それが一生に関わることだと理解していながら、それが後戻りできないものだと知っていながら宣言する。「約束した。俺はその約束を果たしたい」―――彼らのもとに帰りたいそれは岡部倫太郎の本心だった。この魔法のある世界で一度死んだ岡部倫太郎が、バラバラに終わった鳳凰院凶真が、終わることのできた人が、もう一度立ち上がり、もう一度世界に挑んで、そして叶えたい願いを見つけた。きっと本来ならそれは喜ぶことで祝福すべきことなのだろう。失い続けてきた人生、捨て続けるしかなかった運命、忘れ去られるしかなかった過程、それしかなかった選択、それが最良で最善だと、そう受け止めることしかできなかった観測者がようやく見つけた己の願い、それが『再会の約束』だった。―――・・・じゃあ、それ以前の岡部倫太郎自身の願いは?「・・・・・嘘つき」―――『再会の約束』以前の“誰にも縛られずに望んだ最も純粋で一番最初の願い”、魂を賭けても望んだ祈りはそうじゃなかった「だから・・・・・なのに――――」―――すべてをやり遂げた岡部倫太郎は彼らのもとに帰ることを望んでいる「なんで・・・」―――やり遂げた世界線の彼女達を残して何度目の脱線か、今日の会話のやりとりは何度も沈んだ空気になってしまう。「オカリン、いつかちゃんと教えてね」「ああ、時期がこれば必ず話すよ」「ん」一応の納得が得られたように見えるが、まどかが不満そうなのは、寂しそうなのは誰の目から見ても明らかで、だけど岡部にはこれ以上の期待はできなさそうで、自分達もフォローできない。ラボの長として岡部は会議を続けようと思うが口を開こうとするとまどかが躊躇いがちに、他の少女からも少なからず非難とは違うなにかを・・・・・こう「そうじゃなくて、もっと何か言っておいた方がいいんじゃないの?」的なニュアンスを感じ、同時に「なんとかして」的な期待を求められているようで何も言えなくなる。被害妄想かもしれないが、この状況を生みだしたのは間違いなく自分で、幼い少女達は声に出さなくても表情で何となく気持ちが伝えてくるのだから困る。「「『「「「・・・・・・」」」』」」そうして沈黙がラボの中に―――「ユウリーーーーーーー!!!」「きゃあああああああ!!!?」充満しようとしたが、誰もが気まずく泣きだしたくなるその刹那に寝ていたはずのユウリの叫び声がラボに反響し、マミの悲鳴が炸裂した。「ユウリっ、ユウリーーーー!!!」「な、なに!?なんなのーーー!!?」「オカリンはダメ!」「目があああああ!?」嫌な緊張感が高まるなか後ろから突然抱きしめられたマミは悲鳴を上げてしまう。両手をバタバタと自分の正面で振り回し、胸を鷲掴みにされた彼女はさっそく涙目だった。その原因のユウリ(あいり)はマミを強く抱きしめて顔をマミの背中に押し付ける。ぐりぐりと押しつけている。いきなりの蛮行。しかし抱きつかれているマミも、まどかの目潰しをくらった岡部も気がついた。「ユウリぃぃぃ・・・!あ、あいだがっだよ~っ」「え?えっと・・・?」泣いていた。ぐするような声に皆が戸惑う。なぜ泣いているのか、なぜ自分の名前を呼んでいるのか、なぜこんなにも嬉しそうに・・・・「ユウリっ、私・・・ユウリ・・・」「あ・・・その・・・・」自分の胸を鷲掴みにしているあいりの手にマミはそっと手を重ねた。震えているのが分かる。彼女の涙で背中が濡れている。昨日出会った時とはまるで違う。戦士のような眼光と冷徹な口調からはかけ離れている。まるで子供だ。子供なのは見た目からも分かるが今の彼女は本当に子供なのだ。喜んで、怒って、悲しんで、素直に泣いてしまう子供。戦士じゃない、魔女と戦うことなんかできない無力な子供。「ユウリッ」誰かと勘違いされている。誰かは分からない、しかし反応をみる限り彼女の大切な人なのだろう。それこそ泣いて、こうして抱きつくくらいに・・・・・。マミは思う。今の自分にここまで思える相手はいるのだろうか?きっと・・・亡くした両親にがいればこんな態度を取るかもしれない。でも、もういない・・・・・。「うっ、うぅ・・・」「・・・・・」そのことに少しだけ胸を痛めた。それでもマミは重ねたユウリの小さな手を強く握り返した。少しでも、できるだけ安心するように。そしてしばらく、それこそ十秒ほどだろうか、ユウリ・・・・あいりの泣く声が収まってきたとき――――「うぅ・・・・ユウリ・・・」「飛鳥さん、落ち着いた?」なるべく、優しい声でマミはあいりに声をかけた。「ユウリ、わたっ・・・わたし・・・私ね―――――・・・・・・ってなんじゃこりゃああああああああああ!!!?」ムギュゥウウウウ!だが、鷲掴みにしていたマミの胸をあいりは全力で握りつぶすように揉みだした。「にゃあああああああああ!!!?」マミが再び叫ぶ。「オカリン見ちゃダメ!」どすっ!「目がぁあああああ!?」ついでに目潰しで岡部が再び絶叫を上げる。「うわっ、先生大丈夫ですか!?」『凶真、わりと深かったけど大丈夫かい?』「さすがに今の音はまずいんじゃ・・・・って言うかマミさんの胸すごい!ユウリの指が沈んでる!?」「「うそ!?」」「誰かぁ・・・た、たすけてぇ~っ」「ゆ、ユウリの『したたかなおっぱい』がなぜ『けしからんおっぱい』にクラスアップしているんだ!?」「あ、あのッ・・・やめ・・やめて下さっ、ん」さすがのほむらもまどかの手加減無しの目潰しをくらった岡部の心配をするが、さやかの台詞にまどかと共に・・・・・驚愕と共に意識と思考を全てマミの胸に移した。ユウリ(あいり)がマミの胸をマミマミしている。そして彼女の指は沈んでいる――――そっと、己の胸に手を当ててみれば・・・なるほど、これが格差かこれが才能か、ほむらは一年の違いでこうまで差がつくのか、成長期は一年でここまで――――「う、ううっ」と思っていたが隣を見れば・・・・・まどかが絶望していた。「ま、まどか?」「・・・これが格差・・・・これが才能の違いなのかなぁ・・・・・」「あの、まど―――」「性能の違いが決定的な戦力差ではないっていうけど・・・・でも“性能の差”は運命を決定づけるよね?」ぺたぺたと、薄いとか儚いとか・・・・平原や大海原、地平線または水平線と呼称できる己の胸を覇気のない瞳で眺めるまどかがいた。「こ、この偽物めっ」「偽乳なの!?私にもください!」「まどか、あんたそこまで・・・・」「・・・・まどか、巴先輩は素だと思うよ」「誰かぁ、た、たすけてぇ」『まどかはマミみたいな胸になりたいのかい?』結局、明るくても暗くても未来ガジェット研究所は今日も朝から騒がしかった。昨日と同じように、いつものように、今までの世界線のように。うるさくて騒がしい、必死に声を上げる者、痛みに悶える者、羞恥に震える者とエトセトラ、バラバラの者達が同じ時間に同じ場所で遠慮なく善悪関係無しに自分の意見(?)を発散させる。つい口から零れた台詞、中途半端な答え、何を求めての質問なのか・・・・・後になって思い返せば頭を抱えてしまう割合が多い内容の会話がいつものやりとり、最後にはいつも後悔してばっかりだけど魔女の存在を知り、死にかけ、日常は確かに壊れたはずなのにいつものを謳歌できる場所。いつか気づいてくれるだろうか?この場所が、今の瞬間が、どれだけの奇跡で構成されているのか。いつか、その当たり前の場所を――――――。「ユ、ユウリさんもう許し ってくださ いっ ぅん」「く、くそぅっ、本物だと・・・?ユウリはどんなに頑張っても『したたか』レベルなのに・・・・・」マミマミ「う、うわぁああああん」「泣きたいのは私だ!ユウリに謝れっ、草葉の陰で号泣しているぞ!」天悪ユウリ―――大きなお世話だよ!?な、泣いてなんかないよっ、雨が降ってないのに頬が濡れているだけだよ!「いやいや泣きたいのはマミさんでしょ?っていうかもう泣いてるから」「ユウリだ!」「わ、私だよ~。・゚・(ノД`)・゚・。」『まどか、願い事で大きくできるよ?』「え(∩・ω・)∩?」「まどかっ!?そいつの言葉に耳を貸しちゃダメ!」希望の可能性を提示され顔を上げるまどかに、ほむらは焦りながら忠告する。これで契約されたら前代未聞の大失敗だ。笑えない・・・・・いや笑うしかない大惨事だ。ほむらはキュウべぇを踏みつけながら視線を泳がすまどかの肩を揺さぶる。「だ、大丈夫だよほむらちゃんっ」ぐっ、と拳を握るまどかはしかし・・・・必死に自分に言い聞かせているようだった。目が泳いでいる。自分の知っているまどかはここまで胸にコンプレックスを抱いていただろうか?もちろんコレで契約はしないだろうが、それでも彼女の悩みを初めて知ったような気がする。誰かの役に立ちたい、何のとりえもないと・・・・内面を気にしていたのは知っているが自分の外見を気にしているとは・・・・彼女も年頃の娘だと解っていながら失念していた。(私はクラスだけじゃなくて・・・・まどかのことも知らなかったの?)不安になる。魔法を失い、ずっと疑問と恐怖が自分に纏わりついている。何もできないことを自然に受け入れて、自分の知っている事柄が少なくて、知らないことが、知らなかったことが多すぎる。はやく、はやく魔法を取り戻したいと願いながら――――やっぱりこのままがいいと、このまま全てを岡部倫太郎に任せてしまいたいという願望もある。もしそれで全てが上手くいくのなら・・・『ワルプルギスの夜』を誰も死なずにやり過ごすことができるのなら、と思う。どれだけ自分は弱くなってしまったのか、そしてこれ以上に、今以上にまだ弱くなることができる自分が情けなくて・・・・恐ろしかった。このままで、こんな状態で『ワルプルギスの夜』を越えることができるのだろうか?―――できる「・・・・・」ふと、それが可能なことであると・・・・暁美ほむらは識っているような気がした。―――岡部倫太郎がラボメンを裏切って、見捨てて、犠牲にすれば簡単にできる―――岡部倫太郎がラボメンを裏切らず、見捨てず、犠牲になれば簡単にできる「・・・・先生・・・・・・・」「なんっ、なんだほむほむ・・・・ッ、すまないがタオルを取ってくれないか?」ほむほむ、岡部はちゃんと名前で呼ばなかった。「どうぞ」「すまない」だがそんな岡部にほむらはタオルを、それもわざわざ冷水で冷やしてから渡す。「いたた・・・・まったく、目潰しは勘弁してほしいのだがな」「大丈夫ですか」「ああ、なんとか眼球は無事だ」「じゃあ先生・・・・・話を進めましょう」「・・・・・ほむほむ?」「なんですか」淡々と話すほむらに、岡部はタオルで冷やしていた瞳を向ける。「・・・・・・・・どうかしたのか?」「なにがですか?」違和感。「笑っているように見えるぞ――――悪い意味で」口元には笑みがある。でも暁美ほむらの目は笑っていなかった。泣きだしそうな、耐えるような、よく分からない表情だった。そんなことを言われても、ほむらには何のことか分からず、自分の頬に触れるが・・・・結局何も分からず、何も知らず、わけがわからないままだった。脳裏によぎった言葉も、もう――――憶えてはいなかった。思い出したくもなかった。騒ぎだしたラボメンをなんとか宥め落ち付かせて、いろいろと仕切り直しのためにプチ休憩に入った。岡部とユウリ、キュウべぇは朝食を、その間にまどかとさやかはお風呂に、マミとほむらは近況や学校で作っている未来ガジェットについて話し合っていた。そして岡部達が食事を終えて、まどか達が身支度を整えてから会議は再会される。「―――とまあ、ラボメンとしての約束事はこんなものだ。それと各ラボメンには一度だけ勧誘権を与える」岡部倫太郎曰く、未来ガジェット研究所のラボメンは基本的に所長である自分が任命するが、岡部によってラボメンに選ばれた者は一人一回だけ――――好きな人物をラボメンに使命できる権利を与えられる。自分と同じナンバーを与える。使命できる。ラボメンに選べる。二人で一つの称号。№02鹿目まどか№03キュウべぇ№04暁美ほむら№05ユウリ(杏里あいり)№06美樹さやか№07巴マミ彼女達は望むなら誰かを未来ガジェット研究所のラボメンに誘うことができる。魔法少女でもいいし、ただの友達でも親でもいい。魔女や魔法と関わってでも、巻き込んででも近くにいてほしい人を選ぶことができる。「うん、わかった。ならユウリを・・・・・・って違う!あのな、私はもうここには――――」「ではさっそくガジェットの説明に入る!ようやくな!」『うん』「はい」「おいっ、私は―――」「ん~・・・・案だけでも十一号機まであるんだ?岡部さんこれってちゃんと使えるの?名前が厨ニすぎるんだけど」「とぅーぜんだっ」「ねえオカリン、これってここにあるので作るんでしょ?」「おまえら私の話を―――」「足りないモノは後日だ。ガジェットは・・・・これらのアイディアは全てお前達との付き合いから生まれた物だ。FGMはNDに残された情報、魔法少女の魔法、キュウべぇの概念を形にする能力で形にする。FGMはラボメン全員との繋がりから生みだされるのだ」「む、無視する―――」『概念を形にってどうやって?』「・・・毎度思うなぜお前が知らないんだ?お前は契約時にソウルジェムを生みだすだろう・・・・・まあ習うより慣れろだ。三号機の下地は既に構築済み、説明後さっそくやってみよう」「うぅ・・・誰も訊いてくれない」天使ユウリ―――ドンマイあいり!っていうか声が小さいよ悪魔ユウリ―――大丈夫・・・きっとそういうポジションがあいりの役目なんだよ!「鳳凰院先生」「うん?」「それって危ない物とかあるんですか?その・・・・学校で作っているのはあくまで危険なモノを使わずに作成してます。でも魔法を織り交ぜたこれらには危険は―――」「当然ある」「「あるの!?」」「・・・・」「どんなものにだって“それ”はあるに決まっている。ガジェットに限らず道具は使用目的以外の利用で事件事故なんて日常茶飯事だ。そうでなくても定期的な点検を怠ったり、過剰な使用による暴発もありうる」まどかとさやかの驚きに、しかしマミとほむらは表情を変えずに頷いた。火器を扱う二人だからはもちろん、自分達の使う魔法には便利な『非殺傷設定』なんてご都合主義なものはない。もしかしたら岡部はマミに試されたのかもしれない。変な誤魔化しや言い訳はしなかった。信頼関係においてもそうだが開発にいたって使用されるのは岡部の持つ技術だけじゃない、魔法が使われる以上彼女達は無関係ではいられないのだから。「先生」「分かっている。全てのガジェットが魔力を用いる。魔力の枯渇に関わることだ。周囲と使用者自身にかかる負担も全て包み隠さず話そう」岡部は皆の前に立ちホワイトボードに書かれている文字、未来ガジェットMagicaシリーズの説明に入る。まどかは心配そうに岡部を見上げ、キュウべぇとほむらは無表情に視線を送り、あいりは先程の暴走に落ち込みぎみだが、それでも昨日のNDの体験からその場を離れることはしない。さやかは興味心身で、マミはメモの用意・・・・その姿勢はとても嬉しかった。会議っぽい。いや会議そのものなのだが実はこの手の光景は珍しいのだ。未来ガジェットM01『メタルうーぱ』。岡部はボードに書かれている文字の一つに教鞭をコンコンとぶつけて注目を集める。「栄えある第一号機だ。もっとも作った当初は名前もFGMの概念もなかったころのガジェット・・・・、この頃の俺は心ここにあらずな状態で軽い鬱状態だったから正直よくもまあ開発に乗り出したモノだと自分でも思っている」1~3号機は既に製作段階に入っていることをまどか達に話した。他のガジェットは魔法少女との協力が必要なので『アイディアだけの状態』としてまどか達には大雑把に説明している。「ふーん、なに?失恋でもしてたの岡部さん」「そんなところだ」「「「ええ!?」」」まどか、さやか、ユウリ(あいり)の声が重なるが聞き流す。紅莉栖との事は生き別れと呼ぶのか、死に分かれというのか・・・・かなり曖昧な状況だったのでそもそも失恋とは違うと思うが・・・・訂正する気にもならなかったので岡部はそのまま流す。その結末に後悔は無く、託した事で心から満足していた。その結果を見届け終わることができたから、あの頃の自分は本当に抜けがらだったのだ。だから失恋とは全然違うが話が何度も中断されていたのでそういうことにした。「“オカリンなんかに”好きな人がいたの!?」「そもそも恋愛感情ってあったの!?枯れてたんじゃないの!?」「いたよ!?あるに決まってるだろうが!」まどかとさやかの発言に叫ぶ。人をなんだと思っているのか、誰よりも愛戦士と呼べる人生を歩んできた岡部倫太郎なのだ。・・・・・さておき、知り合いの恋事に興味津々な様子の思春期でお年頃な二人を捨ておいて岡部は説明を進める。「最初はほんの気まぐれ、好奇心だろうか?どうでもいい気持ちでやってみたら『あ、できたぞ?』みたいな感じで完成したのが一号機の『メタルうーぱ』だ」「え、そんな軽い気持ちで出来上がったんですか?」「その通りだマミ。正直な話・・・・使いモノにならなかったが後にこのガジェットには凄い可能性がある事に気がついた。最初はほんのささいな出来事でも次第に大きな事態に発展することがある―――・・・・・一見無駄に思える繰り返しも積み重ねれば収束を覆す一手となる」バタフライ効果って不思議だよな。そう言って少しふざけているように話す岡部だが、あの頃の岡部倫太郎はまだ鳳凰院凶真を取り戻していなかった。その頃はただ流されているだけで戦う理由も生きる目的もなかったのだ。そんなときに何故作ったのかといえば理由は本当にない。ただなんとなく、死んでいるように生きていて、生きているのに死んでいるときに―――ふと思いついたのだ。魂という概念をソウルジェムという形にすることができるキュウべぇなら、あるいは魔法という概念そのものを物質化できるのではないかと思ったのだ。マミは銃を、杏子は槍を、さやかを剣を具現化している。できないことはないと・・・・憶えてはいないが、その時の自分はそう思ったのだろうと予想する。「最初は魔力を蓄積、貯蔵できるタンクにでもできると思ったがいかんせん、上手くいかず捨てるにも捨てきれず、戦闘ではよくて爆竹程度の光を放つだけのとりあえず概念を形にできることが分かっただけのガジェットだったな・・・・今にして思えばそうして『メタルう~ぱ(仮)』が生まれたのだ」『凶真、これって僕に関係する重要なガジェットなんだよね?』「超重要だ。後々改造を加えてキュウべぇ専用になる。これのおかげで最高傑作の十一号機が作られたのだ」「あれ・・・・・?オカリン」「なんだ?」「作った事あるの?十一号機・・・・一号機だけで、三号機は昨日で・・・・・他は作ったことないんだよね?」岡部はさっそく・・・・・・似たようなミスを繰り返している。「さっきオカリンは・・・・・なのにずっと前から作ってたの?私の知らないところで、私がいないところで?」「あ・・え・・・」「オカリンッ」「ああ・・・うん、昔な・・・・・・ちょっとだけな?」「・・・」「ちょ、ちょっとだけだぞ?」「・・・・・・・・・」「ほ、ほんとなんだっ」「・・・・・・・・・・・・・・・・・」「いや少しだけ・・・・・いや・・・その・・・・・・・」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」「えー・・・・・うん、すまん」「・・・・ぐす・・・」「Σ(゚д゚;) ヌオォ!?」何かを訴えるように岡部を見ていたまどかが目尻に涙を浮かべた瞬間、岡部にはマミを除く女性陣から座布団が投げつけられる。岡「だ、まてお前達っ、これは過去のことであり過ぎ去ったことだ!」さ「うっわサイテー!言い訳なんて男らしくないー」ユ「女に嘘ついて泣かすなんて最悪だ!この人でなし!」ほ「泣かないでまどか、悪いのもヒモなのも全部先生だから」Q『凶真はまどかを何度も泣かせているね』マ「キュウべぇ、あなたも気を付けないとダメよ?女の子は繊細なんだから」岡「まってくれマミっ、俺は別に嘘をついたわけじゃ―――」さ「だからなんで岡部さんはマミさんに・・・・今はまどかでしょっ」なんだか浮気していたことを彼女の友人から批難されているような不思議な気分だった。ほむらにいたっては『ヒモ』という単語がでてきてまで罵倒する。マミは“女の子は繊細”というが、岡部だって繊細な方だ・・・これでも反省も後悔もしている。いつも自分は彼女達を傷つけて泣かせてしまう。「まどか、魔女や魔法少女と関わっていたことを隠してはいたが俺は―――」「もう・・・隠し事なんかしないでオカリン・・・・」「―――ガジェットについては・・・・・むぅ、すまなかった」別に過去にガジェット作ってこなかった訳じゃない。そう宣言したわけでもないから・・・・したのか?しかし責められるいわれはないはずだが皆に慰められているまどかと視線を合わせ岡部は謝った。今日は朝からこればっかりだなと思いながら優しく、約束を誓うように、まどかが落ち着くまで髪を梳き続けた。だけど頭を撫でる岡部は――――それでも約束を口にしなかったことに暁美ほむらとキュウべぇだけが気づいていた。そして少しの間をおいて岡部は説明を続けていく。「最初は期待値に届かないだろうから『メタルうーぱ』は徐々にバージョンアップを重ねていく予定だ」「最終的にどうなる予定なんですか?」「いい質問だほむほむ、このガジェットは分類的には結界型になる・・・・予定だ、うん」「結界?」「ここにいるキュウべぇを“他から切り離す”」「・・・・ほか?」「マミ、君はキュウべぇが単一の個体ではないと知っていたか?」「え?」「キュウべぇはインキュベーターと呼ばれていて世界各地で魔法少女を勧誘している。世界中にキュウべぇと同じように活動しているインキュベーターがいる。キュウべぇはその全てと繋がっている」アニメの魔法少女のように伝説の戦士として選ばれたわけじゃない。漫画のご都合主義のように偶然居合わせて世界でただ一人の勇者になったわけじゃない。この世界の魔法少女は才能があれば誰にでもなれる。戦うべき存在は登場人物の周りにだけ現れるわけじゃない。ヒロインは世界各地にいて、主人公は世界中にいて、世界中から見れば魔法少女という特別は普通にどこにでもいる。「インキュ・・・?キュウべぇの友達・・・ではなくて仲間みたいな感じですか?」『そうだよマミ、僕達インキュベーターは世界中で魔女に対抗できる少女を探しているんだ』「つまりキュウべぇには・・・・『イチべぇ』から『ハチべぇ』、それに『ジュウべぇ』とか『ヒャクべぇ』みたいに沢山いるのね、全部でどれだけいるのかしら?」『いや・・・・・・・・・うん、それでいいよマミ』「アメリカなら『ワンべぇ』『ツウべぇ』?」「英雄は凡人にはできない発想をするが・・・・・酷いな」「え、あたし今変な事言った?」「・・・」ひょい『?』キュウべぇがマミと話していると、さやかが頭の緩い考えで発言していると、ほむらがキュウべぇを抱き上げて膝の上に乗せる。『ほむら?』「暁美さん?」「すみません巴先輩、こいつとの話はまた後にしてください」むぎゅぎゅぎゅぎゅ~~~~!!とキュウべぇの頬を引き伸ばしながらほむらはマミにお願いした。キュウべぇは抗議するように両足をバタつかせるが無視する。さやかには誰も突っ込まない。マミにその申し出を断る理由は特にない。世界中に魔女はいて、何人もの魔法少女と出会ってきたのでそのことに関しては予想もしていたから・・・目の前にいるキュウべぇ意外にも魔法の使者がいるのは割と簡単に想像できたから。さすがに姿形、思考も全て同じキュウべぇとまでは予想はしていないが。岡部は単一の個体ではなく、全てと繋がっていると言った。「続けるぞ」ただマミは後輩のキュウべぇに対する態度がおかしいと思い、しかし岡部の言葉にマミは言いかけた言葉を止める。気にはなるが今はいいと思ったから、何度も会議を中断するのも悪いと思ったから、キュウべぇが嫌われているような気がしたがデリカシーに関してキュウべぇは疎いので何かしたのだろうと・・・・・今はそう思うことにした。大切な友達だから仲直りしてほしい、それは後からでもできる、これから時間はたくさんあるからと、巴マミはそう思うことにした。せっかくこうして仲間になってくれたのだ。もう一人じゃないから、きっと大丈夫だと思ったのだ。だから時間はたくさんあると・・・・そうマミは思っていたから。思いたかった。「インキュベーターはインターネット回線のように他の個体とも“ほぼ”常に繋がっていている。情報のやり取りを全インキュベーターで共有することができる・・・・・このガジェットはその繋がりを切り離すガジェットになる予定だ」「え?」「ここにいるキュウべぇだけを結界で他と隔絶する」「オカリン・・・よくわからないけどそれって何か―――」「可哀想じゃない?」まどかとさやかの疑問に岡部は首肯する。「そうかもしれない・・・・いや、そうなんだろうな」『僕は別に構わないよ』「・・・・・・キュウべぇ、いいの?」『うん。まどか、凶真が言っていたように僕は一人じゃない。ここにいる僕が最悪消えたとしても問題はないんだ』一人と、独りの違いが今のキュウべぇには無い。だからこそ言える。「キュウべぇ、そんな言い方はダメよ」『でもねマミ、凶真の話は僕にとっても興味深い。それに全てのガジェットを作るにはこうするしかないんだ』「そうなんですか・・・?」マミの悲しそうな声に、岡部は頷く。「十一号機の作成には・・・・今のキュウべぇにはできない」「で、でも―――」『僕だけを切り離すって言い方が悪いのかな?』「なんか・・・怖いかも」「まどかと同意見」「別に閉じ込めるわけじゃない。見た目としては首輪をつけるだけだ。キュウべぇには事前に話したが・・・・簡単に言えばこのガジェットはテレパシー等の『受信』ができなくなる」不安になるラボメンに岡部はできるだけ優しく説明する。「受信?」「キュウべぇからのテレパシーは今まで通り外部には届く。もちろん他のインキュベーターにも。ただ他からのテレパシーを、情報をこのガジェットを装備したキュウべぇは受信できない。装備したら全ての情報は自分の視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚からしか得ることができなくなる。知識も記憶も自分で学び思い出すしかない」「・・・・・何のために?不便になるだけじゃないの?」ユウリ(あいり)の言う通りだ。五感から情報を得る。普通はそれが当り前なのだがキュウべぇにはテレパシー能力があり、これによって離れた位置からも会話、情報のやり取りができる。そして世界中のインキュベーターと繋がっているということは世界中の情報がリアルタイムで手に入るのだ。だからガジェットでキュウべぇの能力に制限を設けても、それこそデメリットしかない様に思える。実際デメリットしかない。受信ができないということはキュウべぇからの思考は送られてくるが、こちらからの思考は届けることはできない。おまけにキュウべぇにはテレパシーが届いているのか、それすらわからない。一方通行の回線、片道切符、日常のなかでの情報収集でも魔女との戦闘でも役割は中途半端だ。“半端すぎて混乱を生みだす”。情報収集と無数の観測視点からの総合的判断――――合理性がインキュベーター最大の強みとも言える。受信ではなく送信しかできないのは、情報を受け取れないのはインキュベーターとしての能力をまったく生かせなくなる。検索能力が皆無なインターネットのようなものだ。「デメリットは大きい。キュウべぇの索敵能力、情報収集能力、念話の中継・・・それに制限をかけることにメリットは皆無だ。普通に、どこにでもある関係でいいならそれでいい。だがラボメンとしては―――」「ダメ・・・なんですか?今のキュウべぇじゃダメだと鳳凰院先生は――――」「駄目ではなく嫌だ、だな。俺はちゃんとキュウべぇと仲間になりたい。だが今のままだとキュウべぇには一定以上の感情、心を会得することができない」「え・・・?」「キュウべぇとどれだけ親しくなっても、どれだけ一緒にいても、どんなに経験を積んでも常に感情を平均化されてしまう」「・・・?いったい何の話ですか」「キュウべぇは全インキュベーターと繋がって情報のやり取りをしている」「聞きました」「あまりに膨大な量の情報。何千年も前から世界中の情報を統合していて・・・・・一個体では支えることは不可能だ。インキュベーターはそれを可能にするために全体で、集団で補うために人間とは違う共通認識をもって対処している。サーバーに情報を集め、ネットのように端末には必要なだけの情報をその時その場で与える」巨大な個から端末を増やしたのか、膨大な群を巨大な個に統合したのか。元からそういう存在だったのか、それとも長い年月をかけてそう進化したのか。もう分からない、始まりが――――結果は目の前にある。「世界各地に散る全員であらゆる局面でのフォロー、バックアップできるがその反面で一個体のバグが全体に広がる可能性がある」「・・・・・」「魔女の中には魔法少女やインキュベーターにも干渉可能な存在がいる。インターネットウイルスのように一つの端末から全インキュベーターに・・・・・乗っ取られたら最悪だ。人間に魔女サイドに立ち迎える術はないだろうな。その日のうちに世界が終わる可能性すらある」例え話、可能性。インキュベーターは一応“同意のもとに契約する”。ではキュウべぇが魔女に乗っ取られた場合、「魔女の口づけ」で呪いを受けた人間が誰かを殺したい、傷つけたい、死にたいと“願っていたとき”に乗っ取られたインキュベーターが契約を持ちかけたら、それこそ半強制的に契約を実行できたらどうなるだろうか。可能かどうかは別として、可能性として予想した場合、それが現実化したら文字通り最悪だ。インキュベーターは世界中にいる。それが全て魔女サイドのコントールに入れば、それだけのパワーを誇る魔女がいれば、その力が、それだけの呪いが拡散すれば防ぐ術が無い。「それを防ぐためにキュウべぇ達には幾つかのプロテクトがある」「・・・・」「その一つが感情の抑制だ。普段一緒にいるだけでは分かりづらく気づきにくいがキュウべぇには感情の起伏が実は薄い」「キュウべぇは――――」「呪いも根本的には感情に起因するもの。憎しみや嫉妬、鬱も後悔も感情だ。魔女の呪いはそんな負の感情にとりつく」『魔女の口づけ』が負の感情を増加するなら、誘発するのなら感情そのものが無ければいい、そうすれば呪われずに済む。憎しみも怒りも殺意も感情あってこそ、インキュベーターにはそれが無いから、薄いから『魔女の口づけ』が効かない。仮にあったとしても感情の上限、“憎しみや怒りを抱くほど得られなければ”操れない。今持っている以上の感情を抱けなければいい。平静以上の感情を持てなければいい。与えなければいい。「魔法少女や自分に危険が迫れば叫ぶ、感謝や忠告を伝えるときに感情が見えるがそれは長年の経験から、悪くいえばマニュアル通りに従って対応しているだけ――――」「そんなことない!」マミの否定の叫び。「キュウべぇ自身もそう自覚している」「キュウべぇっ」『マミ、僕達にインキュベーターに感情は無いよ』「そんなこと―――・・・・・だってっ、あなたはいつも私に」『マミ、僕達は―――』「念のために、誤解のないように言っておくが感情が薄いだけで俺はキュウべぇには感情があると思う」『危機感から来る恐怖の感情かい?パソコンじゃないけど、ウイルスに対して対処することには感情の有無に関係はないよね。そうプログラムされればね』「この問答はどんなに話し合っても今は平行線を辿る。一個人ではなく全体と繋がっている今のお前は一定以上の経験をただの情報として処理される。話し合いをした記憶はあってもそこで“感じた”なにかは他と共有されることなく、自分を含め全て制限されている」マミの叫びに岡部は同意しているのか、否定しているのか中途半端な答えを示した。無いのか在るのか。0か1か。在るけど無いと言えるほどに少ないのか。「感情から魔法を扱う魔法少女に関わる以上、願いの感情、祈りの有無、その強さに“触れて”干渉し契約するお前達には・・・・・必然的に感情を理解するために備えているはずだが・・・・・それも制限されている」と、岡部は思っている。他にも思うこと、予測していることは多々あるが大まかに、単純にはこう考えている。予想で予測でしかない答え。マミとキュウべぇ、二人の求める確かな答えじゃない。昨日の朝方にほむらに語った内容とは若干違うニュアンスで伝えたが同じものだ。感情があっては目的の邪魔になる。情から生まれる行動が合理的判断から外れる。いつか耐えきれなくなる。魔女の呪いが伝染するかもしれない。だから感情を持つことはインキュベーター達にしてみればデメリットが大きい、しかし契約やコミュニケーション等には必要で、だから最低限は与えられ、一定以上は危険だから削除または常に平均に、安全値に、初期状態にされていると岡部は考えている。「そんなの―――」「インキュベーターはそうした存在である以上同情や憐みは間違っている」『そうだね、凶真の考え方が正しかったとしても僕達は元からそうした存在だ。不満もないから問題は無いよ』「でもそれって感情が無いからで、本当なら・・・・・・・・うん?あるけど止められていて・・・・あれ?元からなら・・・?」さやかが頭を抱えてしまった。「・・・キュウべぇは必要ならその身を盾に魔法少女を庇うし見た目は親身になって相談にものる。だがどんなに此方から歩み寄っても一定以上の感情の蓄積は役割や使命、状況によって制限されているから出会った以上に親しくなることも仲良くなっていくということもない。出会った当初からキュウべぇにとって俺達は何も変わらないただの人間だ」別にそれが間違っているわけじゃない。そうしなければいけないからそうしているだけだ。誰かがやらなければいけないことをやり遂げるためにインキュベーターはそうしていて・・・・・もしかしたら“始めからそう作られている”と理解すれば受け入れられるかもしれない。もしキュウべぇの姿が生物ではなくロボットや姿のない概念だったら・・・・・見方は変わるだろうか?見た目が愛らしく、自分達と同じように血を流すから同情しているだけかもしれない。漫画やアニメで出てくる感情のないヒロイン。もしもその姿が人ではなく量産されている紙束や筆記用具のように身近にある特別じゃない“替えのきく道具”だったら、人はあそこまで―――――「・・・・・キュウべぇ」『説明する意味を僕は感じないから言わなかったんだけど、“君も気になるかい”?』「・・・・」意味を感じない。『意味』を『感じない』。マミは自分が傷ついているような、キュウべぇに裏切られたような・・・・そんな勝手な思いが自分に渦巻いていることを自覚した。要領の良い思考は話の内容を漠然とだが理解していた。キュウべぇに悪気はない。でも自分の理解者だと思っていたのに―――「・・・・ぁ」だけど・・・・・・・自分自身はキュウべぇを理解していただろうか?勝手に自分の想いを押し付けていただけではないか?「マミ、キュウべぇは君とは違う」「・・・」「君同様の・・・・同じ思いを抱いているわけじゃないのは確かだ。できるだけの感情の存在を許されていない」ほむらはキュウべぇのフォローをしている岡部には悪いがこのとき『巴マミのことをどう思っているのか』と、キュウべぇに問うべきか思考し・・・・・予想される答えとして『特に思うことは無い』だと予測した。きっと間違っていない。キュウべぇにとって巴マミは共に暮らし、共に魔女と戦う存在だが魔法少女としての在り方に他とは違うと“思う”ところはあるが――――それだけだ。それだけしか、そこまでしか思えない。そうすることでしか耐えきれない。感情を持てば世界を救うことができない。「キュウべぇを大切な存在として見てくれている君には酷かもしれないが・・・」「いえ・・・・・いえ大丈夫です」頭を振って整理するマミ。岡部は最初こそ不安もあったが大丈夫だろうと思った。思考し、冷静になれば案外受け入れきれるものなのだ。受け入れきれるはずだ。突然で、覚悟なく、知らなかった時とは違い・・・・覚悟があれば、知識があれば人は、少なくても巴マミは大丈夫・・・・・・きっと、この考え方も押し付けだと自覚しているが岡部はそう信じたかった、勝手に、そう思っている。「キュウべぇ」『なんだい』「あなたは私にとって大切なお友達よ」『ありがとう。でもねマミ、凶真がいうように僕達にはそう思える感情がないんだ。それともこの場合は想えるだけの感情がない、と言うのかな?』本人からの言葉にマミは表情を曇らせたが、泣きそうな顔を浮かべたがそれは一瞬だ。きゅっ、と唇を噛みしめて・・・・そっとキュウべぇを抱き上げた。胸の前で抱きしめたキュウべぇに顔を乗せて涙が流れないように耐える。『マミ?』「正直ね・・・・キュウべぇ、私は傷ついたわ」『僕のせいなのかな?』「・・・・・」『マミは僕を友達と思っていた。でも僕にはその感情がないから、僕にとって君は一魔法少女でしかない』聞かれたら答える。聞かれなかったから言わなかった。騙す気はなく、騙しているつもりもない。・・・インキュベーターは見方によって、観測者次第で善にも悪にもなる。魔法の使者にも悪魔にもなる。――――そうみえる。都合のいい存在に見える。拝むことも恨むことも自由だ。“楽な方を選べる”。彼らは嘘をつかない。事実嘘をついていない。契約内容に嘘は無く、契約するときの願いを曲解しない。善悪は無い。正義も邪悪もない。きっとそれを定義するのはいつだって人なのだ。インキュベーターはそうあるだけでしかなく、そうであるとするのは観測者次第だ。インキュベーターに限らず人間は人間を、生き物を、無機物を、それ以外を、すべてを勝手に名前付けて定める。信じて、思いこんで、経験して、体験して、見て、聞いて、感じて、勘違いして裏切られたと思いこむ。「そう、でもキュウべぇ」『なんだい』「それでも私はあなたを友達だと思ってた」『うん』「だけどそれは私の・・・・・私だけの思い込みだった」『そうだね』涙ながらのマミの言葉に淡々と答えるキュウべぇにまどかとさやかは不気味さを感じ、ほむらは怒りを抱く。だけど気づいているか?それはやはり押し付けなのだ。マミがキュウべぇを信頼していたところしか観たことがない他人は、それだけで二人が同じ思いを抱いていると勝手に思っただけだ。それで裏切ったと叫ぶのは、非難するのは――――外野から眺めているだけの観測者だ。「でも当たり前よね、友達って互いの気持ちからだもんね」抱きしめていたキュウべぇとマミは視線を合わせる。「そうよ・・・・一方通行の友情って変よね?」『変なの?』「「我思う故に我あり」みたいに思うだけなら勝手だけど・・・・そうゆうのは寂しくて辛いわ・・・・・それこそ可哀想よ」『マミは可哀想だったの?』「むぐっ!?・・・・・・・ん、でもその通りだったのよね」はあ、とため息をついたマミをキュウべぇは首を傾げながら見つめる。愛嬌がある様で無表情・・・・マミはなんとなく悟った。私は何も知らなかった。そう思っているだけで確かめず思い込み、願望理想を押し付けていた。「“確かめもしないで”私は思いこんでいた・・・・・あなたの話をちゃんと聞いているつもりになって気づけなかった。分かっているフリをしていただけで確かめなかったんだ」思い込みや先入観。岡部の言っていた「聞く」「話す」「確かめる」は確かに大切だなと改めて認識した。床にキュウべぇを下ろしてその頭を撫でる。「あなたは私を友達と思っていなかった・・・・それは寂しいけど鳳凰院先生の話を聞いて――――少しだけ分かる気もする」両親を亡くし、それからはキュウべぇと共にいた。魔法少女になってからずっとだ。マミにとってキュウべぇの存在は友であり、仲間であり、親だった。まだ幼い彼女の支えだったのは確かで、でもその思いの強さは、その差はあまりにも大きかった。だけど岡部の話を聞いて少しだけ我慢できた。その理由なら仕方がないと、傷ついた心のどこかで慰めるように少しだけ――――本当に少しだけ我慢できた。理解してきた・・・・自分は勝手にキュウべぇにその役割を押し付けてきた。そして傷ついた自分は、なんとも思わないキュウべぇを酷いと思おうとしている。多くの魔法少女と同じように。「あなただけが悪いんじゃない・・・・ううん、あなたは何も悪くないのかも、だって全部私がそう思っていただけだから」契約したその後の二人での生活、互いの関係に特に不満を抱いていなかったのに・・・・・悲しいし寂しい、それは絶対で確か、裏切られたと感じてしまうのを否定できない。言葉でどう取り繕っても悲鳴を上げる心は誤魔化せない。聞いて理解しても、確かめて納得しても彼女は少女だ。それとこれは別なのだ。自分とキュウべぇは違うのだと思うと悲しかった。「ッ」キュウべぇが元から、最初からそうだと気づいていれば裏切られたと感じることはなかっただろう。だから泣きだしそうな自分を・・・我慢しようとした。後輩たちにこんな勘違いから泣きだす自分を見てほしくない、悲しさから、恥ずかしさから、悔しさから泣きだす情けない姿を――――。「キュウべぇは基本的に一人の魔法少女のもとには長く滞在しない。特に一人で戦えるほどに成長した場合はな」「・・・・?」岡部の言葉にマミは耳を傾ける。「ベテランの君の所に長らく居つく必要はキュウべぇには本来存在しない。なりたての魔法少女のフォローや他の魔法少女候補を探すために」「それは・・・・私に気遣ってくれ―――」「キュウべぇ、お前には気遣うという感情があるのか」『なんども否定しているけど、僕達にそんな感情は無いよ』「っ」「ではなぜマミの傍にいる」『・・・・・』「・・・あ・・」「見滝原は魔女の出現率は高い。見えないところで動いている魔法少女は実は多い」『・・・・・』「魔法少女候補を探すためにマミのもとから離れない。別の魔法少女のところにもいかない」『・・・・・』「非効率的だ。なぜだ?」『それは・・・・・・・なんでだろうね?』「分からないか」『昨日も言ったよね。僕達にも分からないことは在るよ』「感情とか」『うん。それが分かれば―――』「そのためのガジェットだ」『うん』「使えばお前は他から切り離され・・・・・今まで味わったことのない感覚、独りだけになる。完全から不完全になる」『不完全?』「感情を得たら、きっと不安になる」『不安、感情のなかでもマイナスなものだね』「きっと後悔する」『後悔』「きっと恨む」『恨む』「それでも、俺はお前に仲間だと思ってほしい」『それは押し付けになるんじゃないかな?その感情は辛い、苦しいに分類される負の感情だろう?』「それを俺はお前に与える」『君のような人間はそれを忌避するものだと認識している。例え他人でも認めきれないものじゃないの?僕にそれを押し付けるの?』「他からお前を、お前から他の全てを奪ってでも仲間になってほしい」二人の会話を聞きながら疑問符を浮かべるマミ、それは戸惑いからきている。“もしかしたら”と期待しないように精神に、言い聞かせるように、それはコレ以上傷つかないように・・・・・分からない振りを無意識にしてしまう。だけど――――マミは気づいてしまっている。知識を与えられてしまっている。見ない振り、確かめないこと、思い込みはもうやめなければならない。マミは自分を見ている岡部と視線を合わせて頷いた。覚悟するように、確かめるように。「鳳凰院先生・・・」「マミ、キュウべぇは君とは違う。きっとこれからも」「はい・・・」「悲しいか?」「はい・・・」「なら今までのキュウべぇとの一緒にいたことに後悔しているか?」「いいえっ」はっきりと断言した。断言できたことに自分でも驚いた。悲しくて寂しくて、裏切られたように感じても―――それは無い。確かに自分の思い込みだったのは・・・・でもこれまでの全てが「最初から無かった方がマシ」だなんて思えない。気づかなかったことに、気づけなかったことに、一方的に相手を恨み責めようとしたことに後悔はあるが――――これまでを否定できない。それでもキュウべぇは傍にいてくれたのだから。自分は独りぼっちではなかった。それは自分の都合から来る押し付けの結果だったけど、それで自分は両親を失いながらも独りではなかった。本来、一人でいることが普通である魔法少女。そんな自分の傍にいてくれた。何か理由があったのかもしれない、それはマミのためにではないのかもしれない、何かに利用されているのかもしれない。きっと今の自分は都合のいいように解釈しようとしている。それを自覚している。「そうか」「はいっ」それでもその台詞を言えた。ハッキリと、それが、そのことが――――マミの心に安らぎを与えた。そんなマミを見て岡部は安心したように微笑み、キュウべぇは首を傾げる。岡部は――――気づかれないように、きっと何人かには気づかれているがホッと、胸の中にあった不安と恐怖を、安心と歓喜へと昇華した。怖かったのだ。何度も似たようなやり取りを繰り返してきたがやはり怖い。マミを泣かせることになるのは確定していて、結果によってはその場で対立にまでいくことも別の世界線ではあった。そんな危険を冒してまでキュウべぇの秘密の一つを語ったのはタイミングとしては今の状況が割とべストに近かったからだ。周りには自分を慕い、自分を受け入れる場所がある。誰も喪っていない。まだ終わっていない。まだ仲間がいて、まだやり直しができる状況。知識を与えられ、自分以外にもそれを知っていている人が確かに存在していて、その人達が自分と共にいる。自分だけじゃなければ耐えきれる、他人にもできるなら我慢できる・・・・・弱者の考え方かもしれない。醜い性根の捉え方かもしれない。だけどそんなものだ、そうやって強くなることもできるし、そうすることで歩めることは確かにあるのだから。それに―――それだけでないことを知っているから。マイナスな感情や捉え方だけじゃない、巴マミはしっかりと聞いて、確認してから答えを出した。自分の意思で、前に進めた。「ありがとう」今はここまででいい。辛い真実はまだある。だけど「通り過ぎた世界線」以降・・・・何度もそれを乗り越えてきた。だから大丈夫。『繋がり』に関わる真実を乗り越えたのだ。なら・・・・その先もきっと大丈夫だ。ある意味で一番辛い真実を巴マミはこの瞬間に乗り越えたのだから。世界線が違えば別人だと理解している。だけど世界は繋がっている。繰り返すほど前に進めている。毎度毎度ハラハラしているけど・・・・・きっと今回も乗り越えてみせる。「あ・・・ふふっ、なんで鳳凰院先生がお礼を?」「君が・・・いや、なんでもないよ―――マミ」「でも気になりますよ?」「流してくれ」「断ったら?」くすくすと、吹っ切れたのか、まだ涙の跡は残っているけれど・・・・それでも微笑むマミの横顔は美しかった。岡部はそんなマミに、キュウべぇのことをそれでも理解しようとしてくれている彼女に正直に告げた。「俺の肋骨が砕ける」この魔法のある世界線で、初めて自分に気づいてくれた彼女に気づけば迫っている危機を。「なんでですか!?」予想外の答えにマミは素でツッコミをいれた。「オカリンが私を泣かせたからですよマミさん」「か、鹿目さん?」「仲がいいですね?」「・・え・・・?」「仲良しなのはいい事です」「え・・・はい」「そうですか」「え!?」「ありがとうございます」(なにか納得された!?)岡部は思う。きっと今までのことを思い出して後になってからマミは泣くだろう。悲しくて悔しくて、でも乗り越えてくれるはずだ。巴マミは強いから・・・・弱くて泣く虫だけど、それでも彼女は強いから。だから岡部は思う。可能ならこのまま暁美ほむらの覚醒が必要なく『ワルプルギスの夜』を突破出来ればと、そう願う。あとはそう、まどかがなるべく早めに“お話”を終えてくれることを望んだ。「マミさん」「は、はいっ?」「オカリンは私の幼馴染みです」「き、昨日沢山話してくれたからよく知ってるわ・・・よ?」「飲み物が切れたからジュース買ってくる!」『さやか、僕もついていくよ』「ま、まてっ、ユウリもいくぞ!」不穏な気配を、いつもの気配を感じたさやかは一番に立ち上がりキュウべぇは便乗、ユウリも慌てながらそれに続くように腰を上げる。会話も会議も感傷もぶった切ってからのまどかの介入行動に逃げ出し始めたラボメンのあとを――――「ほ、鳳凰院先生っ」「シュタインズ・ゲートが呼んでいる!」岡部はマミを残して追ったのだった。「え、ええ!?」(/TДT)/あうぅ・・・・一人取り残され、まるで裏切られたかのように視線を向けるマミに岡部は振り向かず視線を合わせなかった。理由としてはもちろんまどかが怖いこともあるが、今のマミには圧倒的で一方的な情報(ガジェットの説明でもよかったが)の射撃型会話で少しでも悲しさ等の負の感情を紛らわせる必要もあるから・・・・と、言い訳しておこう。それにあっさりと出口に辿りつけたことから“お話”はマミに対してだけのようなので、いらん被害を受けないために躊躇わず振り向かず外に出る。なにより―――「せ、先生っ」暁美ほむら。彼女の様子がおかしい。「英雄とユウリはそこのコンビニで飲み物を頼む」玄関の扉を閉じて岡部は財布から最後のお札・・・・・五千円札を取り出し二人に買い物を頼む。一瞬、財布の中身が小銭だけの状態に意識が跳びかけたが心に蓋をする。財布の中身よりも、明日からの経済的不安よりも、巴マミの傷心を癒すよりも先に優先しなければいけない。「何でもいい?コンビニにドクペってなかったから炭酸とお茶?」「まかせる」「・・・私も?」「ラボメンになったんだ。今後ラボに通うことになるからな、この辺のことをさやかに教えてもらえ・・・・・まどかの話は長いから三十分ぐらいか」「オッケー」「・・・べ・・・・別にいい」「まあまあっ、助けてもらったお礼もちゃんと言えてなかったし、さやかちゃんとデートしようっ」「うわっ!?ちょっ、こらひっぱるな!」「じゃあ岡部さん、ほむらのことお願いね」「ああ」「じゃあいくよ、キュウべえも」『うん』がしっと、さやかはラボメンと手を繋ぐ。「・・・・しっかし、あんたってホントに感情無いの?いや・・・・ありはするんだっけ?」『どうなんだろうね』「こうしてると分かんないから厄介ね・・・・・うん?厄介なのよね?」「どうでもいい」「ドライだなぁユウリは」片手でユウリの手を、もう片方の手でキュウべぇの首根っこを掴んださやかは一人騒がしく階段を下りていく。彼女も、そしてきっとユウリも気づいていたんだろう。気を使ってくれたのかもしれない。もしかしたらたぶん少なからずまどかも・・・・ほむらの様子に気がついていたから――――かもしれないが、とりあえず岡部は後ろから白衣を掴んで苦しそうな、外に出たことで、さやか達も居なくなったことで我慢する必要が無くなったのか苦渋の顔をさらけ出すほむらと向き合う。「ほむらッ」「だい、大丈夫ですっ・・・・それより――――」「なにがあった」「・・・・・・ッ」分からない。知らない。それが答えだ。「わ、私は・・・・・なにもわかんない、何も知らないっ」分かるのは、知っているのは自分がどんでもない愚か者であること、もう少しで、あと少しでマミを・・・・巴マミを絶望に陥れようとした自分を自覚したことだ。キュウべぇの秘密を暴露しそうになった。それが巴マミを傷つけることだと知っているはずなのに・・・気持ち悪い、吐き気がする。そんなこと絶対に望んでいないのに、そんな考えが簡単に浮かんでしまったことが怖い。どうしてマミをわざわざ追い詰めようとするのか分からない、なんでマミが真実を乗り越えようとしていたときに水をさすようなことを言おうとしたのか――――「おねがい・・・・」「・・・?」「おねがいっ、はやく・・・早く私に魔法を取り戻させてよっ」「お、おい?」岡部の胸元で白衣を引っ張るほむらの顔は青ざめていた。その悲壮感が漂う表情は誰が見ても病的で、岡部は落ち付かせようとするがほむらは岡部の言葉を聞かない。ただ急かすように「おねがい」と繰り返し訴える。「もう・・・いやだっ、こんなの嫌だよ・・・・・なんでこんなに気持ち悪いの!?なんでこんなに私は――――」嬉しかったはずだ。望んでいたはずだ。「――――最低なんだっ」まどか達との日常を得た。巴マミがキュウべぇへの依存を乗り越えた。それが嬉しかったしそれが自分の望みだったはずだ。それをぶち壊そうとした。他でもない自分が、私が、暁美ほむらが。「もう嫌だぁ」分からない判らない解らない。何がしたいのか何をしようとしているのか自分が何なのか訳がわからない。何かが狂っていて、何が狂っているのか判断できない。目的が目標が定まらず立っていられない。どうしてこうなった?いつからこうなった?決まっている―――――魔法を失ってからだ。あの■■■瞬間から全てが変わってしまった。変貌してしまった。これまでの世界が別世界のように、今までの自分が別人のように替わってしまった。世界が変わったこと、周りに変化があったことは望ましかった。友達になってくれたまどか達、おもしろいクラスメート、新たな魔法少女に巴マミ。イレギュラーな男。だけど強くあろうとした自分、絶望を撥ね退けようとしていた自分、不幸な未来を否定する自分までもが変わってしまった。戦わないといけないのに、未来に備えないといけないのに、戦術戦力を練らなければいけないのに何もしない、何もしようとしない、それどころかイレギュラーで突然現れた他人に全てを託そうとしている。なにより・・・・・望んだ関係を壊そうとしてしまった。マミを傷つけて、まどか達を守れなくて、自分は何がしたいのか・・・・・。どれだけ愚かになった?どれだけ弱くなった?どれだけ私は――――「おねがいっ、おねがいします・・・・・先生、私はっ、私に・・・・魔法を取り戻させて」不安で、怖くて、恐ろしくて・・・・・このままじゃ正気ではいられない。狂いそうになる。取り戻さなくてはいけない。絶対にだ。あの頃の自分を―――独りで戦い続けてきた魔法少女としての自分自身を。強かったはずの自分を、そうすれば大丈夫なはずだ。全てが上手くいくはずなのだ。自分は魔法を取り戻し、今なら巴マミと岡部倫太郎という戦力が加わる。もしかしたらユウリも、そこに杏子が加われば最高だ。それにガジェット、そのためになら今はキュウべぇのことすら我慢できる。「魔法を・・・・かえしてよぉ」そのためにも今の自分では駄目なんだ。これ以上弱くなる前に取り戻さなくてはいけない。奇跡を、魔法を、覚悟を。魂を賭けてまで望んだ願い―――再会―――は既に果たされている。だけどまどかを守れる存在にはなれていない。だから駄目なんだ。だから不安なんだ・・・・・だから狂っているんだと、ほむらは自分に言い聞かせる。今の自分を否定して、過去の自分を望む。今のままじゃダメだから、弱いから、何もできない・・・・何もやろうとしないどころか邪魔ばかりするから。「お、お願いっ、お願いしますっ」泣きながら魔法を取り戻したいと請うほむらの姿は小さく、岡部がこれまで世界線漂流で見てきたなかで今の暁美ほむら―――――もっとも酷かった。泣くのはいい、助けを求めるのも・・・・悲しんでもいいし弱音も暴言も構わない。彼女だって少女だ。だからそれはいい―――――そのはずなのに。「・・・・・」今、自分の胸の中にある感情はいったいどういうことなんだろうか?(・・・・・・いや、そうだな)まどかやマミにむけるものとは違う“それ”を知っている。(やはり俺は―――)何度も同じ時間を繰り返してきた暁美ほむら。不遇な未来を変えようと巨大な敵に挑み続ける暁美ほむら。自分だけが全てを知っている孤独に耐え続ける暁美ほむら。たった一人親友のために戦い続ける暁美ほむら。(この少女のことが―――)暁美ほむら。岡部倫太郎は自分と似ている魔法少女のことが―――(嫌いだ)厭だった。その頃、さやかはコンビニでケース内の炭酸飲料とお茶を吟味していた。「コーラとスコールにお茶・・・・・あとはお菓子を少々っと、ユウリは何か買うモノある?五千円分なら出せるよ、岡部さんのお金で」「お前・・・・勝手にそんなのダメだろ常識的に考えて、あいつは見た目通りに貧乏そうだからスーパーにでも行って安く米とか野菜を買わないと」『冷蔵庫の食材はまどかが『芋サイダー』と“何か”にしちゃったからね』「まったく、せっかく昨日買いこんだのに一晩で台無しにするってなんなんだあのピンク頭」そして他にもせっかく他人のお金を握っているのだから少しは贅沢しようと日頃の鬱憤ついでにお菓子を選ぼうとし、ユウリにも進めたがしかし、帰って来た答えは意外なモノだった。「近くにスーパーとかないのか?」「んー・・・・ちょっと歩くけどいい?五分くらい」「ふーん、ラボからちょうどいい距離だな」「いく?」「近いんだろ?」さやかは意外だった。目の前にいる金髪ツインテールの萌え要素満載の未だよく分からない少女は意外と買い物に乗り気だからだ。常に口や態度では不満気な様子だが無理矢理引っ張っての買い物には付き合うし義理か律儀なのか余計な買い物はしないようで、さらにわざわざスーパーまで寄って貧乏な岡部のために安い買い物を提案してきた。「うーん、誤解してたなー」「なにが?」一人うんうんと頷くさやかにレジでエコバック(持参物)をとりだしていたユウリが不思議そうに問うてくるが、その姿もまたギャップがあってさやかをニマニマさせる。元から面倒見が過剰にある性格なのか、それとも相手が岡部倫太郎だからなのか、それは分からないが面白くなってきたと思い、そして同時に嬉しいと思った。少し怖そうな所もあったが実際はこんなにも可愛い子と仲良くなれそうだからだ。いやなる、絶対なる、彼女も自分もラボメンになったのだ。ならばもう決まりだろうとさやかは心の中で決定づける。そして五分の道のりを歩き二人と一匹はスーパーまで歩いた。その間もさやかは一方的に話しかけ、ユウリは半分聞いて半分無視していた。彼女の頭は既に買い物関係でいっぱいだからだ。お昼は何を作ろうか?ユウリから教えてもらったレシピは多いがどうせなら相手も知っている物を、できればユウリが作った料理を自分がどれだけ再現できているか岡部に教えてほしいと思った。「ユウリは可愛いねぇ」「はあ?」そんな年相応の会話をしている二人と違って、ラボではまどかがマミに頭を下げていた。「マミさん、オカリンのことお願いします」「?」岡部達が外に逃走・・・・逃げ―――――出かけてからしばらくは後輩からいかに自分が幼馴染みと仲が良く、そんな彼が普段どんなに周りから誤解されやすいかをプロジェクトX風に聞かされ続けたマミは、突然頭を下げたられた事に驚いていた。ふかぶかと、両手を揃えて頭を下げるまどかの声は真剣で――――震えていた。「オカリン・・・・このままじゃ死んじゃうかもしれないっ」「か、鹿目さんっ!?」オロオロと、マミはどうすればいいのか焦り、とりあえず安心させるためにテンプレだがお馴染の台詞を紡ぐ。「大丈夫よ、私もユウリさんもいるから魔女になんか負けないわ!みんなを守ってみせるからっ」そう、今まで一人でもマミは十分戦えてきた。それがこれからは三人になり、その後ろには彼女達もいる。魔法は気持ち次第で効率が変化することを知っている。今まで以上の力を発揮できる自分は誰にも負けない。自分と一緒にいてくれる人がいるのだ。それが大きな支えになり力となるのが魔法だ。「でもオカリンはっ、今日の朝・・・・あんなに苦しそうだったから―――死んじゃいそうで怖いんですっ」「―――」「あんなオカリン・・・ううんっ、“あんな風に”眠る人見たことない!」早朝、岡部が悪夢に魘されているときマミは起きていた。知り合ったばかりの人達といきなりのお泊り会、緊張からか眠りが浅かったのか、おかげで“黒い何か”を食べてた後もすぐに起きることができた。魔法少女は常人よりも丈夫なのだ。起きたマミがしばらくこれからのことに思考を躍らせているとカーテンの向こうから呻き声が聞こえてきた。とてもとても苦しそうで、だけど必死に声を漏らさないようにしていて、感情を押し殺そうとしていて、それがいっそう苦しみを増大させているようで・・・・・カーテンの向こう、マミはソファーで眠っている岡部の様子を覗きこんでみれば、そこには唇を血が出るほど噛みしめ、タオルケット越しに左手の指を食い込ませ右腕を握り潰そうとしている岡部倫太郎がいた。額には脂汗、苦しそうな吐息と震える身体は只事ではなく、それでも本人は眠っていた。あれほど魘されておきながら、これほど体を傷つけておきながら―――悪夢から目覚めない。目覚めようとはしなかった。声をかけ、揺すって起こそうとしたが結局岡部は眠り続けた。起きることを拒絶し、苦しむことを選んだ。なぜか自分にはそれが分かった。漠然と、なんの根拠もなく――――NDの後遺症か――――そう感じた。単純に起きなかっただけかもしれない、普段からそうなのかもしれない、自分の勘違いかもしれなかったが現状の岡部を放っておくこともできなかったマミは恐る恐る、戦々恐々に岡部の左手を包み込むように握った。そのとき、少しだけ治まった岡部の震えに安堵した自分はへたり込んだものだ。ただ何かを求めるかのように岡部が自分の手を握り返したときは心臓が止まるほどビックリして逃げるように寝室に逃げ出したのは少し情けなかったと思う。「鹿目さん」「お、一昨日もオカリンは死にかけたんですっ、猫みたいな魔女と戦って右腕はぐちゃぐちゃになるし一杯怪我するし泣かないし逃げないしっ・・・・・あんなのもう―――いつか死んじゃうっ」「鹿目さん!」「っ」あの場面を見られていたと思うと・・・やや思うことは在るが今は関係ない。興奮し混乱しているまどかをマミは一括で落ちつかせる。「落ち着いて鹿目さん、大丈夫よ。だって今は私がいる・・・・あなたもね」「で、でも私何もできない―――」「そんなことない、誰かが傍にいてくれるだけで大きく変わる。私が言うんだもの―――あなたの存在は岡部さんの支えになってるわ」「ほ、ほんとうっ・・・ですか?」「ええ」ぐするまごかを、マミは髪を撫でながらあやす。マミですら驚いたのだ。普通の少女である彼女では彼のあんな様子を見た後では不安にもなるだろう。「ぅっ・・・く・・・」「大丈夫、大丈夫よ」「ぁ、はい・・・マミさん」後輩を慰める。ようやく先輩らしいことができたと不謹慎ながらも嬉しいとマミはこのとき思った。よくよく思い返せば初ではないだろうか?自分が慰めるポジションにつくのは。昨日は喫茶店から魔女戦終了までいいところどころか自爆誤爆で逆に慰められ、今日は恥ずかしい場面を朝から目撃され皆の前で胸を揉まれる。キュウべぇのことを誤解か曲解か、自分の押し付けからのあれこれで情けなくも泣きだそうとして・・・・・・うん、良いところなんてなかった。でもこれからはこうして立ちまわれる。魔女のことも仲間のこともガジェット・・・・には思うことがあるがキュウべぇのことも協力して理解してやっていけるような気がした。もう一人じゃない。独りじゃない。自分はもちろん彼等も。助けてもらった、救ってもらったかのような気持ちがマミには在る。だから恩返しとは少し違うような気もするがマミは全力で、それこそ積極的にこれからはラボに関わるつもりだ。これから色々と忙しくなりそうだと思いながらマミは気になることを聞いてみた。「一昨日も魔女と戦ったの?」「あ、はいそうですっ。最初はオカリンが魔女みたいな力で戦っていたんですけど勝てなくて・・・・もしユウリちゃんが来てくれなかったら―――」「え・・・・?ちょっと待って鹿目さん、魔女みたいな力ってなに?」「え?あ、そうかマミさんは見てないから・・・・えっと、昨日のマミさんみたいな綺麗な感じじゃなくて黒くて鎧みたいな―――」マミはまどかからここ数日の出来事を、正確には二日前からの魔女遭遇手前からのことを詳しく聞いた。未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジ・アドライブ】』。昨日、いきなり自分に干渉してきた不思議な感覚の原因、正体は大雑把に岡部には聞いたが、それが魔女にも作用することは聞いていない。奇跡じゃない、まどかの話を聞いていれば岡部が一昨日まとっていたのは呪いだ。それがどういうことなのか、情報がなく、実際に目にしていない自分は解答も予測もできないが――――ふと、今朝の岡部の魘されている姿が浮かんだ。「鹿目さん、岡部さんは―――」「あ、あのマミさんっ、実はほむらちゃんのことなんですけど」さらに詳しく話を聞こうとするとまどかが重ねるように言葉を放った。「暁美さん?」「はい、実は――――」なんだろうか?マミは後輩の言葉に耳を傾けるがしかし、今は正直なところNDと岡部倫太郎のことがマミの思考を満たそうとしていて、キュウべぇのこともあり、はやく周囲の人達のことを理解したいと思いながらもマミは話題を戻したかった。ほむらのことを蔑ろにしているわけではない。マミは周りにいる、この場合はラボメンのことを沢山知りたい、一杯話して仲良くなりたいから、さやかでもまどかでもほむらでも話が聞けるなら喜んで聞くだろう。しかし今は興味と嫌な予感が先行していて、魔法少女としての考えが前面に出ていて意識がそこに集中しようとしているが―――「ほむらちゃんは魔法少女らしいんです」「え・・・・ええええええ!?」昨日から何度目の叫び声になるんだろうか。「でも魔法少女じゃないみたいで」「は?・・・・え?」「私もよく分からないんですけどほむらちゃんもオカリンも何も言ってくれなくて・・・・・それで、マミさんならなにか分かるかなって―――」まさか既に二人もの魔法少女と共にいた岡部が本当に自分を受け入れてくれるんだと、気づいた喜びと、魔法少女だけど魔法少女じゃないという意味が分からない困惑がごちゃ混ぜになり後輩の前で再び取り乱してしまう。そして頭上から感じたいきなりの魔力に―――――緊張が走った。「なに――――?」自分達の頭上、未来ガジェット研究所の屋上で何かが起こっている。ズン!衝撃が、ラボを襲った。数分前「いや~、まさかユウリが家庭的で献身的な尽くすタイプのおんにゃの子だったことに、さやかちゃんは今まさに感動しているのだよ君」「・・・・・・・・は?」そんなこんなでスーパーまで出向き、安い食材を真剣に選ぶユウリに買い物カートを押していたさやかは自分の想いを伝える。「メガネおさげの転校生に続いて金髪ツインテール美少女の先輩&後輩(?)かぁ~、うーん最近のあたしってば魔女とかに襲われて不幸?とか思っていたけどそうでもないかも」「・・・・お前は何を言っているんだ」「もちろんユウリが甲斐甲斐しくラボのためにっ、しかもそれはイコール岡部さんのために真剣に買い物している姿に心奪われたのさっ、まったく岡部さんはこんなにも良い娘を捕まえてけしからん!・・・・まどかに怒られなければいいけど」「今北産業( ゜д゜)?」「ユウリが 岡部さんの 彼女候補?」さやかはあえて、わざわざユウリの反応が見たくて微妙にずれた答えを提示した。会話が繋がってないのだから冷静なら、というか普通は気づくものだがユウリはこの手の話には初だったから過剰に反応する。「かのっ!?違うぞバカッ、わた・・・・アタシは違うからそんなんじゃないから!」「買い物してあげてるじゃん?それもわざわざ遠くまで足運んで安い食材選んであげて経済的負担を考えてあげる―――――良妻タイプだよねユウリって」「・・・・りょうさい?良妻!?ば、ばかじゃないのか何言ってんだバカ!アホ!アホー!」必死に言い訳するユウリを弄りながらさやかはカートを押していく。この手の話題が大好きな女子中学生美樹さやか、普段なら、これまでの世界線なら逆にからかわれる方のポジションだがこの世界線でようやく攻撃側にまわる。彼女の周りには今まで誰かに恋してる女の子が・・・・・居るにはいたが自らの首を絞めるだけの結果に終わることしかなかったので――――ほんとうにある意味ここは美樹さやかにとって奇跡の世界線だが彼女は知る由もない――――ご満悦だ。「違うからな!ユウリは別にあいつのことなんか何とも思ってないんだからな!勘違いするなよ!」「くぅ~っ、高飛車にツンデレ属性まで付与するとは・・・・・・どれだけ高性能なんだ!可愛すぎる!これが萌か!?」テンプレっぽい台詞を吐くユウリ(あいり)と、くわっ!と大声で叫ぶさやかは両手に買い物した荷物をぶら下げながら出口へと足を向ける。外に出ればすぐそのまま裏路地へ、ラボはスーパーのある大通りから少しだけズレた位置にあり、歩いて五分程度の距離だが道が入り組んでいて地理的には近いのに住所を聞いただけではなかなか辿りつけないちょっとした隠れ家的存在だ。だからか、彼ら彼女らはあの場所を何か神聖な場所に感じる。子どもながら秘密の、自分達だけの特別な居場所として気にいっている。気になっていく。―――未来ガジェット研究所は儚く幻想的に存在している。いつのまにか存在していても不思議に思わないほどに。同じように、その存在がいつか消えてしまっても気づかないほどに。「ユウリを馬鹿にしてるだろ!」「してないよ、キュウべぇも分かるでしょ、今のあたしの気持ちがっ」『よくわからないな』あいりは今まで言われたことのない異性関係の質問疑問疑惑をぶつけられて慌てふためき、さやかはまどか達相手にはできなかった異性関係の話を遠慮なくすることでき上機嫌だった。一方的にさやかだけが楽しんでいるようだがしかし、実はあいりも――――困ってはいるし戸惑い焦り、さやかに好き勝手に言われることにムッとするが微かに、自覚できないところで、今の時間を少なからず楽しんでいた。理由はもちろん形はどうあれ、状況はどうあれ、杏里あいりも一人の少女だった。興味の有る無しはともかく、この手の話題は本人の自覚とは別にやはり反応する。していた。なにより普段は殺伐としている生活を送っている。だから彼女はこうして肩の力を抜いて素でいられる時間が・・・・そのことが気づかないうちに心と体を安らげていた。魔女も魔法も復讐もない普通の時間、当たり前の時間があった。「ん?」「お?」そうやって初々しくニヤニヤギャーギャーと煽りながら喚きながら二人はラボの近くまでくると前方に不審者を見つけ足を止める。「うー・・・・・あ~もうっ、どこにいるのーっ」それは一人の少女だった。「携帯電話は壊れてるし・・・・・・・ふ~こ~う~だ~~~~」よろよろと、服装がボロボロのその少女は付近の建物の表札を確認しながら太陽が真上に昇ってきた時間帯を一人ぶつぶつと独り言をこぼしながらさ迷う。猫背気味で歩いているので顔は髪に隠れて見えないがきっと美人なんだろうなぁ~と、声を聞いただけでさやかは予想――――するわけがない!「な、なにあれ?」「知らない、関わんないほうがいい」普通に怖かった。猫背でふらふらと呪詛を撒きながらさ迷うボロボロの学生服の少女、建物の表札を一軒一軒確認しながら「違う・・・どこ?」なんて言っている――――ちょっとしたホラーだ。人通りも少ない裏街道なだけに不気味さは増す。ユウリの言った通りに、関わらずさっさとラボに戻ろうとしたさやかは空き缶を――――カラン「あ」「・・・・・ん?」目が合ってしまった。「ん~?」「・・・ぁ・・いや、その」どうしよう・・・・不気味な少女は此方に近づいてくる。「・・・」「え、ユウリ?」無言で、さりげなくユウリが自分の前に立ち壁になってくれたことにさやかは―――ユウリへの好感度を急上昇させた。魔女を退ける魔法少女、変質者ごとき、または幽霊に負けることは無いだろうと安心し、さやかは迫る少女を観察する余裕を手に入れた。「・・・・あれ、同じ中学?」よく見れば怨霊は・・・・じゃなくて少女は自分が通う中学校、見滝原の制服を着用していた。それで少しだけ警戒心が薄れよくよく見れば少女は割と整った顔立ちだ。さやかよりも長いぐらいの黒髪にヘヤピン、着ている制服は何故か所々焦げていてボロボロ、リストバンドと靴下は左右非対称のファッション、さやかは見覚えがあった。昨日の自分達の教室で。「三年の先輩だ」「なに、知り合い?」「ちがっ・・・・でも昨日会ったというか遭遇したというか―――」「ねえ君達」ユウリとさやかの手前で止まった少女、呉キリカは疲れた表情と声で二人に問いかけた。「この辺の子?ちょっと教えてほしいんだけど未来ガジェット研究所って知らないかな?」「へ?」「・・・・」「この辺なのは住所見て分かってはいるんだけど・・・・道が入り組んでいて辿りつけないんだよ、ケータイは壊れてるから連絡は取れないしマップは使えない、愛さえあれば辿りつけると思ったけど・・・・・もう三十分くらいグルグルしてて困ってたんだ」よほど疲れているのか、昨日のテンションと大違いでさやかは最初人違いかなと思ったが目の前の少女は昨日岡部と・・・・ではなく岡部にキスした先輩だった。何故ボロボロなのか分からないが未来ガジェット研究所に行きたいのなら、とさやかは相手の素性が不明なまま案内しようと思った。普通ならこんな危なそうな人物と一緒に行動したり知り合いのもとに案内するなど考えるものだが今は隣にユウリがいて、岡部と知り合いで、しかもキスして、見た目がボロボロで、魔女や魔法のことを知ってさやかは思考の大半を麻痺させていた。住所を知られているのだから隠しても無駄かもしれないが少しは警戒心を持つべきだろう、隣に魔女を打倒できる存在がいることでその手の思考が薄れていたとしてもだ。「えっと、未来ガジェット研究所ですか?」「知ってるかな?」「ええ、今からあたし達そこに行くんです。良かったら一緒にいきますか?」「本当かい!?君は恩人だぁあああああ!!」「うひゃああああああ!?」幸薄そうな疲れ顔から一転、満面な笑みになったキリカに抱きつかれたさやかは裏返った声を上げてしまった。「あーよかった!これで織莉子に怒られずにすむよぉ」「うわわわわ!?あ、あのちょっとちょっと!?」「うん?なんだい恩人ニ号?」「恩人と思われてる感じがしない!?・・・じゃなくて離してください」「ハグは嫌い?欧米じゃ日常だよ」「え、えーっと・・・」さやか自身、思い返せば常日頃からまどか達にハグしまくってるので・・・・うん、最初は驚いたが別に嫌なわけではないので、まあいいか、と思いそのまま――――「いやいやっ、やっぱ初対面の人とのハグは若干の抵抗が―――」「男の子相手にやれば一発でハートをGETだぜ!」「それが通じない幼馴染みがいるのですが・・・・どうすればいいでしょうか」「次の手段としては密室で押し倒すかなっ」「はやいよ!それは最終手段!そもそもハグからして無理!」「じゃあチューだ!」「難易度がおかしい!」それができれば苦労はしない。それにできた後の結果が恐ろしい!さやかのなかに入院中の上条を「最終手段:密室で押し倒す」が在るようだがヘタレな彼女はきっと実行できないだろう。実行したところで幼馴染みの彼は素で突破しそうだし望みは薄い。前途多難な恋だった。美樹さやか、彼女の恋愛はどの世界線でも一筋縄ではいかないのだ。そういう運命なのか、世界がそう収束しているのかは分からないが・・・過程はいつもそうなのだ。「ヘタレだなぁ、まあいいや。それで未来ガジェット研究所はどこ?」「まあいいやって・・・・はあ、案内しますから離れてください――――って、おいていかないでよユウリ!」「知らん」気づけばユウリは一人、ラボに向かって歩き出していた。「それで・・・・ええと―――」「キリカ、呉キリカだよ」「どうも、あたしは美樹さやかです。こっちユウリ。呉先輩、ラボには何の用事なんですか?」「オカリン先生にちょっと野暮用でね。二人は朝早くからどうしたの?荷物を見るからに差し入れが豪勢だね」「・・・・・」「まあ岡部さんのお金なんで」「うん?二人はオカリン先生とどんな関係?」「あたしは呉先輩と同じ見滝原の生徒で、岡部さんの幼馴染みの子と友達なんです」「おおっ、そうだったんだ!あの愛らしい子の・・・・・もしかしてラボメンかい?」「はい。って言ってもラボメンになったのは一昨日なんですけどね」「そっちの子も?」「・・・・」「おや?」「あ、あはははっ、ユウリは口下手なんで!悪気はないんですよ?」「ふーん」特に気分を害した様子もなく、ユウリに追いついたさやかとキリカは言葉を交わしながらラボを目指す。「ところで・・・・なんで呉先輩の制服は焦げてるんですか?」「ああこれ?ちょっと昨日の夜にはしゃぎ過ぎちゃってね、まだ燃えてるのに変身解いちゃってちょっと焦がしただけだよ」「は?変身?」変身。その単語にさやかは一瞬魔法少女の事が思考をよぎったが―――「おかげでケータイが壊れちゃってオカリン先生に電話できなくてさー」「・・・おい」キリカの台詞に、今までまったく話を聞いてなかったユウリがいきなり参戦した事で、さやかの考えは霧散する。まさかそんなはずはないと、都合がよすぎると、インパクトがありすぎる先輩を前にしたことで無意識に自分の感じた予感を、さやかは切り捨てた。「おまえは・・・・鳳凰院凶真とどういう関係なんだ」「気になる?」「・・・・・・・別に」「そうかい」「・・・・」別に気にしてない。そう態度で表そうと―――気になっているのが誰の目からみても分かるのだが本人は気づいていない。チラチラと、キリカに「野望用ってなに?」「おまえこそ朝早くからなんだっ」「電話?」と言いたそうに視線を送っている。さやかとキリカは視線を交差させ、その一瞬で念話も用いずに意思疎通を完了した。「そう言えばキリカ先輩!」「なんだいさやか後輩!」その証拠にいきなり名前で呼び合う二人、若干テンションが向上している二人にユウリは顔をそむけたまま、しかし耳は確実にこちらを意識している。「いや~昨日は教室でビックリしましたよ!」「ビックリさせちゃったか!しかしなんのことだい!?」「もうっ、惚けないでくださいよ!あたしも“あの時”“岡部さん”と同じ教室に居たんですから!」「なんだって!?じゃあ“オカリン先生”とのこと見られちゃったかな!」「!」岡部さん、オカリン先生。その単語にユウリは反応し二人の前を歩いていた足を止め振り向く。「「どうしたんだいユウリ(ちゃん)!」「なっ、なんでもない!」視線が二人とがっちりと在ったが、その瞬間ユウリは前に向き直り再び歩き出す。ズンズンと歩き出す。別にだし、勘違いするなよ、と意思表示するように。「なんでもないらしいですよキリカ先輩!」「そのようだねさやか後輩!いやしかし恥ずかしい場面を観られたようだね!」「いやーめったにお目にかかれない光景を見せてもらったんでよかったですよ!」「・・・・・」しかし二人の会話の内容が気になるのか、歩く速度を落とし歩幅を緩めて後ろを気にしつつ、しかし決して振り向かないようにするユウリ。さやかとキリカは邪悪に顔を歪める。おもしろくなってきた!と。まあ、さやかはその光景を見た後にまどかの広域暴徒殲滅・・・・制圧型ガジェットをくらったので+-で言えば確実に-よりなのだが、こうやっておちょくれるのならばいいかと楽観視していた。(このままラボまでユウリをからかいながら行こうっ。きっと岡部さんビックリするだろうなぁ、それにまどかも――――・・・・まどか?)そうなれば岡部を会話に巻きこみ、ユウリを、さらには岡部すらも巻き込んでのからかいを行い、あわよくば修羅場的状況を生み出そうと考えた。しかしさやかはこのとき気づく、ラボに行けば岡部がいる。ここまではいい、しかしだ、もちろんだが、そこには―――「やば・・・・まどか―――」「愛らしい生徒のことかい?」「ええまあ、今まどかもラボにいるんですよね」「それが?」「いや・・・・・実はまどか昨日の事を憶えてなくて」「オカリン先生にキスした事?」「キ、キキキキス!!?」「あ、言っちゃった」「おまっ!?キスってなんだ!?キスって魚の“きす”か!?チュウーのことか!?」「良い食い付きだねユウリちゃん!気になるかい?」「はあ!?気になるわけないだろバカ!なんだいったいどうしたんだそれは!別に気にしてないし!だから全部話せこのヤロウ!」「さやか後輩っ、この子おもしろいよ!」もうちょっと溜めてから、焦らしてから話そうと思っていたがバラしてしまった。ユウリの反応は期待通りでおもしろいが、キリカと違ってさやかはその様子を楽しんでいる場合ではない。もし仮に、仮にだがまどかが昨日の事を思い出したらどうなってしまうのだろうか?・・・・・ラボにある目醒まし時計は『これが私の全力全壊』だ。ふぅ、口の中に溜まった澱んだ息をこぼしながら、まだ寒い朝の空を見上げるさやか。「うん、確実だね」「なにがだ!キスって何だ!気にしてないけど説明を求める!私は関係ないしなんでもないけどさっさと話さないと眉間をぶち抜くぞ!!」「ユウリがこんな状況のままじゃ・・・・まどかも気づくだろうなぁ、絶対に」「修羅場かい!?私のせいでオカリン先生は修羅場――――わくわくしてきたね!」「修羅場になるようなキスをしたのか!?誰と何しようと別にいいけど!やっぱりまどかって奴が大切な人なんじゃないかあのHENTAI!で、でもどうでもいいし!絶対にとっちめてやる!」「「おもしろいぞこの子!」」ユウリの反応に気を取られてどうすればいいいか考えがまとまらない。危機は今も迫っている。既にラボは見える位置にあるのだから。安全策としては案内だけしてそのまま帰宅・・・・音響爆弾の効果範囲内から出ることだが――――案内はどこまでがセーフティーゾーンだろうか?ラボの玄関は確実にアウト、一階の階段付近・・・・いや、もっと離れるべきか?「でも・・・・・まどかなら既に感づいている可能性も―――?・・・・・詰んでね?」「う、浮気がか!?わ、私は関係ないぞ!」「ふふふ、オカリン先生はしょっぱかったよユウリちゃん」「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!?」「おおう、真っ赤だね!」「いや頬っぺただったんじゃ・・・・・いやもう逃げ、でも―――」「べロチュウーなのか!?べべべべべべべべろってオマエラナンナンバララララ!!?」「・・・・・良い感じに壊れてきたね、もう一息かな?」もう一息でなんなのか、そこは気になるがそろそろ・・・いやすぐにでも決断しなくてはいけない。このまま逃げるべきか、それとも焚きつけた手前、自分もガジェットの餌食なるべきか――――共倒れはいけないことだと思う、うん、逃げよう!さやかは決断した。このまま帰ろうと。後ろを振り返り、ユウリをおちょくり続けるキリカには悪いがさやかは駆けだそうとした。そのときだった。ラボの屋上から光の柱が昇ったのは。ズン!だろうか、ドン!だろうか、大きな音が光と共に、地鳴りと共に起こり、目の前で一気に状況が動いた。最初に動いたのはキリカだった。ユウリをおちょくっていた人の悪い顔から厳しく目と口を鋭くし、その様子にさやかは身を震わせた。怖い―――この感情は間違いなく恐怖だった。キリカから発される殺気に、さやかは口を閉ざし震えることしかできなかった。「ああ・・・・・・・・間に合わなかったか」「・・・え・・?」ボソッと発した言葉をさやかが理解する前に、キリカは飛び出した。文字通り、空を飛ぶようにラボの屋上へと変身して。「“排除しないとなぁ”」「――――ッ!?」聴こえた言葉に遅れて、ユウリが顔を歪めながら変身し後を追うように跳び出す。だが遅い、圧倒的に遅かった。その時には既に屋上の落下防止の手すりを踏み台に更に空を舞ったキリカが鍵爪を両手から生みだし、己の眼下にいる誰かに向け、その凶器を振り下ろそうとしていた。さやかとユウリの位置からはそこに何があるのか、そこに誰がいるのか見えない。「コルノ・フォルテ!!」さやかから観て、キリカを追ったユウリが屋上について牛鹿の使い魔を召還した所までは観えた。あとはただ戦闘の音と、岡部倫太郎の声、観えないのハズの衝撃波が屋上から発せられているのを、ただ茫然と観測することしかできなかった。岡部倫太郎がこの世界線に辿りついてから四日目の朝、二つ目の分岐点に置いて部倫太郎はまた間違えた・・・・・・・かもしれない。岡部倫太郎がいるべき本来の、暁美ほむらがタイムリープしていないχ世界線0.000000からの正史からズレた魔法少女としての覚醒。しかし世界線の変動を岡部のリーディング・シュタイナーは感知しなかった。当然、既にズレていたから、狂っていたから、変動していたから―――ここはそうなることが決定していたχ世界線0.091015。この世界線の過去に岡部倫太郎はいなかった。だからリーディング・シュタイナーは発動しない。観測していなかったから、観測できなかったから。もし過去に、ずっと前から、それこそ完全な因果を内包していたら・・・・・もしかしたら気づいていたかもしれない。リーディング・シュタイナーは現在の、観測していた世界のズレを知覚できるが、元から、すでに、変わってしまっていたなら――――例え正史の世界から変わった時点に岡部が居ても例え正史の世界から変わった時点で岡部が居てもそこは”最初”から変わってしまっていた世界線。岡部が来る前に変動を終えていた世界線。ここにいる岡部倫太郎にとって正史の世界から変わった時点では遅いのだ。本来の世界線を岡部倫太郎は観測していないから。ここにいる岡部倫太郎にとって正史の世界から変わった時点が、本来の世界になってしまっていたから。過去と今にズレは無いから。ここが、今が、この瞬間が、岡部倫太郎にとっての正史となってしまった。χ世界線0.091015の未来はまだ誰も観測していない。だからまだ可能性は無限だ、しかし世界をテレビゲームのように観測できるものから見れば、既にこの世界線での未来は決定している。魔法少女の契約、エントロピーを凌駕する願い、感情が世界の理を覆す。そのはずで、それでも岡部は今まで魔法少女が契約してきたなかでリーディング・シュタイナーが発動した経験を持たない。知覚できないほど世界にとって契約内容は無理がなかったのか、それとも――――定められていた決定事項だったのか。さやかが立ちつくす眼前、未来ガジェット研究所の屋上から垂直に黄金の光が天を貫いた。■暁美ほむらにとって未来を歩むための最大に障害が『鹿目まどかの契約』だとしたら、岡部倫太郎にとっての最大の障害は『タイムリープした暁美ほむらの存在』、または『暁美ほむらの存在』そのものだ。まどかが契約しなくても、『ワルプルギスの夜』を倒しても、この暁美ほむらが世界にいるだけで未来への道は閉ざされる可能性がある。まどかが契約するしないに関わらず『ワルプルギスの夜』は見滝原にやってくる。それを撃退するには今のところ、まどかが魔法少女になっての魔女化覚悟の攻撃か『ワルキューレ』の使用しかない。もっとも安全に撃破するには『ワルキューレ』が必要で、製作には『メタルうーぱ』でキュウべぇに感情を学習させる必要がある。だけどそれには魔法少女の暁美ほむらの力が必要だ。暁美ほむらの存在が脅威を退ける手段で――――それ以上の脅威になる。もちろん彼女は悪くない。まどかも、誰も彼も悪くないはずだ。彼女達は巻き込まれただけだ。別の世界線の自分達に?違う、それは違う。絶対に、誰がなんて言おうと、世界中がそう観ても岡部倫太郎は否定する。だけど――――しかし―――彼女達が原因だった。■記憶の受信。(危険だ・・・・危険だ!)危険!危険!危険!一刻の猶予もない!即刻、離れなければいけない!(これは・・・っ、私を殺す!)情報。情報だ。氾濫する情報。余りにも多すぎる。頭の中で多大な音と多大な光が乱舞し、その全てに意味がある。こんなもの“私”の精神は許容できない。受け入れてしまったら“私”は――――情報一。鹿目まどかは魔法少女になる情報ニ。岡部倫太郎の■■は現状使用不可情報三。鹿目まどかの因果の収束は暁美ほむらが原因情報四。岡部倫太郎は魔女を殺せない情報五。救済の魔女は全てを救済をする情報六。岡部倫太郎は魔法少女に殺される情報七。世界線変動率0.091015において岡部倫太郎は鹿目まどか、暁美ほむら両名に高確率で殺される情報八。情報ニ、四、六、七を岡部倫太郎は現時点では知らない。この時点の岡部倫太郎も知らない情報を、本来なら失敗し、死なず、別の世界線へ離脱した未来の岡部倫太郎が知るであろう情報を、暁美ほむらはこの時点で受け取っていた。