―――鹿目まどかいつのころからか、何度目かの世界線漂流から鹿目まどかは岡部倫太郎の隣にいた。誰よりも近くに、誰よりも一緒に。当然のように、必然のように、当たり前のように。佐倉杏子よりも、巴マミよりも、美樹さやかよりも、暁美ほむらよりも近くにいた。戦えるわけでもないのに、支えられるわけでもないのに、分かり合ったわけでもないのに、理解したわけでもないのに・・・彼女は誰よりも岡部倫太郎の近くにいた。どうして彼女は岡部倫太郎の近くにいるのだろうか?どうして彼女は鳳凰院凶真の隣にいるのだろうか?どうして?なんのために?―――彼女は無意識に保身と警告、それに予防と対策として俺の近くにいるならあの笑顔も、あの好意も偽物なのか?―――彼女の好意に嘘は無い、偽りはない。それが分からないほど俺は馬鹿じゃない岡部倫太郎だって、いつかは死ぬ―――まだ辿りついていない、此処にいる俺じゃない俺を彼女は知っている岡部倫太郎が悪党なら、きっと正義の味方が―――彼女は誰かのために、自分の周りにいる人のために行動を起こす岡部倫太郎が魔女なら、魔法少女が―――世界の理すら変えてみせる。でも、いつだって助けたいと願う世界の中に自分がいない岡部倫太郎を殺すのは魔法少女だ―――だから最も危険な位置に自分が行く、俺の意識が周りに向かないように自分に注目させようとするそういう因果を、世界は岡部倫太郎に与えた―――俺がお前達に関わらないように お前達が俺に関わらないように 俺という危険な存在から守るために因果律の特異点である鹿目まどかは、因果律の外から来た存在である鳳凰院凶真を―――・・・・いつか、どこかの世界線で行おうとしている計画を潰すために―――どの世界線でも どんなに無力でも 彼女は常に俺の隣にいる そして無邪気に 健気に 幼げに 無垢に 無意識に 俺を『警戒』している魔女じゃ岡部倫太郎を殺しきれない 岡部倫太郎を完全に殺せるのは魔法少女だけだ―――数多の世界線で、俺と関わった魔法少女は暁美ほむらを除けば誰もが一度は死んでいるそのなかでも鹿目まどかは高確率で岡部倫太郎を殺す―――俺の言葉に、俺のやり方に賛同し、手を取って共に戦い、一部の例外を除き死んでいく鳳凰院凶真を殺すことができる―――結果だけを見れば、彼女の世界を構成する人達は俺と関わることで死んでいくいつだって鳳凰院凶真を殺すのは―――そんな俺を・・・・・きっと彼女は憶えているんだ世界を敵に回し、その上で勝つことができる存在である鳳凰院凶真を、魔法少女は殺すことができる―――・・・・・前から気になっていたんだけど―――なんだ―――あの子を・・・・ううん、私達のことをどう思っているの?―――大切な仲間だと思っているよ 心から―――そう・・・・・やっぱり嫌いなのね―――やっぱりもなにも、始めから一貫して俺はお前達が嫌いだ―――・・・大切で“好き”なのに?―――大切で、守りたくて・・・・・そのうえで嫌いだと言える程度には大嫌いだよ―――酷い人―――自覚しているχ世界線2.615074最後の世界線、辿りついた世界線、βからα、αからβへ、そしてχ。最も長い主観時間を歩んできた、もっとも繰り返してきた岡部倫太郎が最後を迎える世界線。「岡部!」「都合のいい思い込みを他人に押し付けるな」叫ぶほむらに、岡部倫太郎は言った。決別の言葉を、裏切りの言葉を告げる。誤解のないように言っておこう。勘違いされないように宣言しよう。この世界の最果てにおいて岡部倫太郎の役割は正義の味方ではない。救世主ではない。悪役でありラスボスだ。鳳凰院凶真は魔法少女の手によって終焉を迎える。それを望み、そうなるように求めて行動し、そして長い旅に幕を閉じる。岡部倫太郎は数多の世界線を越えてきた観測者にして世界の意思を覆した稀有な存在である。誰かのために戦える優しい人。あらゆる陰謀と悲劇に膝を折ろうとも、そこから這いあがれる精神を持つ者。それは他の誰かには真似できない、しようとも思わない偉業だったかもしれない。最悪で最低の最後しかない無限の未来から誰も見捨てずに、誰も失わずに、誰もが未来という過去を引きずらないように未知の世界を探し当てた。例え、その場所に自分がいなくても、最後の最後までやり遂げた。死んでも技術と執念を託し託され走り続けた。そんな岡部倫太郎は優しいかもしれない。強いかもしれない。偉大かもしれない。英雄かもしれない。だが、はっきり言おう。岡部倫太郎が絶対に正しいわけではない。岡部倫太郎が絶対に間違わないということはありえない。岡部倫太郎が絶対に誰かを傷つけないわけではない。岡部倫太郎が絶対に彼女達を裏切らないわけではない。岡部倫太郎は非道で、弱く、卑小で、悪だ。岡部倫太郎は知っている。岡部倫太郎は視っている。岡部倫太郎は識っている。岡部倫太郎も間違うことはあるし、誰かを傷つけるのだ。岡部倫太郎は誰よりも強欲だから。戦うことを選べば敵も味方も、そのためならばなにもかもを犠牲にして、目的のためならば世界を破滅させてでも繰り返す。死んでも、殺されても絶対に返ってくる。どんなに殺しても、どれだけ死んでも絶対に諦めない。どんなことがあろうともタイムリーパーが敵にまわろうともタイムマシンが使えなくてもDメールが使えなくてもタイムリープが使えなくても絶対に魔女が相手でも呪いを背負おうとも魔法少女が相手でも奇跡に裏切られても守るべき人達に忘れられて敵対しても諦めない意思があれば蘇る。自分の意思を通すために独善で、その場の感情で、傷つき、失い、死という可能性を知っていながら我を優先する。知っていながら、分かっていながら、理解していながら――――何度も彼女達を裏切るのだ。他の誰でもない、己の意思で。■「転校生とあの人の関係ってなんなん?」「はあ?」休日の午後。ほむらとさやかとキリカは買い出しのためにマミの家からほど近いスーパーにいた。マミの家に集合するにはまだ時間があり、ついでにお菓子でも、そう思って現在商品を物色中。さやかとしては取るに足らない、とは言わないが、気にしてないと言えば嘘になるが、別段深い意味のない会話の一つのつもりだったが相手の反応はガチで酷かった。美樹さやかの突然の質問に暁美ほむらは「こいつ何言ってるの?」を通り越して「脳髄の大半にC4でも詰め込んでいるの?ああ、だからバカなのね。ご愁傷様、早く爆発しないかしら、出来れば魔女と共に」という顔をした。「今だかつてないほどの罵倒を込められた器用な顔をされたよ!?あたしそんなに変な事言った!?」「八つ裂きにされも罪に囚われないほどの暴言を吐いたわ」「そんなに!?」「傷ついたわ。八つ裂きは冗談としても千切りキャベツにしたいぐらいには私は貴女に傷つけられた」「それじゃあ分割率が上がって余計にミンチになっているよ」キリカの言葉にほむらは少し考え、改めてさやかに伝える。「貴女は本当に馬鹿ね、美樹さやか」「え・・・どういうこと?」「貴女は常にゲシュタルト崩壊の兆しがあるのだから気をつけて、何に気をつければいいのかと言うと会話に行動、今までの経験に・・・・思考することにも十分に注意して――――魔女化するわよ?」「しないわよ!あまりシャレや冗談ですまされないワードを持ちださないでよね!」「それで?なんで急にそんな戯言を言いだしたのかしら」「ああもうっ、あんたって本当にマイペースねっ・・・・えっとね―――」「つまらない内容だったら上条恭介の頭を丸刈りにするわよ」「なんで恭介が犠牲になるの!?」「さすがに女の子の頭を丸刈りにするほど私は鬼じゃないわよ?」「しかし同士さやかの言い分じゃないけどさ、君は彼の話になると露骨に態度がかわるよね。そこは――――」「呉キリカ。美樹さやかじゃなくても私は殺すときは殺すから不適切な発言には注意して」「注意するよ」「というか転校生、あたしのことは殺せるんだ」「いざという時はまかせて。苦しまないように、まして友情に躊躇してBETA・・・・じゃなくて魔女に生きたまま食べられる、ということにはさせないわ」「あってたまるかあああ!」「安心して、一撃で痛みを与えずに殺すわ」「いやいやいやいや」「あ、貴女は無駄に回復能力あるから厄介ね・・・・頭に何発打ち込めば死ぬのかしら?」「ひい!?」「魔法少女ってこういうときに不便よね。意識していれば頭が木端微塵でも再生でき・・・・・・脳みそがなくても意識できるというのは矛盾ね」本体は、魂はソウルジェムになって・・・・・一瞬で身体だけが消滅した場合はどうなるのだろうか?そもそも意思とはどこに宿るのか?脳みそ?感情も電気信号の固まりと言われているが・・・・魂?魔女戦においてソウルジェムの秘密に気づかぬまま大ダメージを受けた場合、たいていの魔法少女はそのまま死ぬ。痛みをセーブしても首から上が無くなればもちろん、大量出血や身体の欠損部位が大きければ普通の人間のように・・・・・知っていた場合は?ソウルジェムすら無事なら回復、復元が可能と言う事を事前に知っていた場合は?・・・・・その辺も“あいつ”から聞いてみよう。ほむらはそう思った。「う~ん、いっそのこと同士さやかの場合はソウルジェムを直接狙えばいいんじゃないかな?」「なるほど」「怖い!二人が着々とさやかちゃんを抹殺する算段を企てている!」頭を抱えながらのさやかの叫びに、周りに集まりつつあった人だかりは距離を取り始めた。休日ということもあり見た目が綺麗揃い、さらにナンパにはもってこいの人数構成コンボな三人だったが会話が余りにもアレだったので自然彼女達を中心に過疎化が始まった。少し、若干、いやかなり恥ずかしくなりさやかは二人に文句を言おうとして――――「そういえばほむほむ、同士さやかの学力って実際のところどうなんだい?」「ほむほむ言うなっ。どういうこと?」「いや、君はいつも同士さやかを馬鹿だなんだと言っているけれどそれは学力もかい?」「・・・そうね、見滝原中はそもそも学力の高いところだから一般的に見れば高い方なんじゃないかしら?まあ跳び抜けてIQが高いってわけじゃないし行動も考え方も思考も動きもやる事も結果も恋愛も女の子としてもアレだし基本的に彼女は恥じることなくそういう意味では三国一の馬鹿者よ?」「なるほど、そう言えば『歯磨きプレイ』について教えてほしいっ、今度織莉子に試してみたいんだ!」「それこそ彼女に聞きなさい」「そうだね、じゃあ用事も済ませたしさっさと帰ろうか」「ええ、こんなところで叫んでいる変人とは関係ないしさっさとこの場を離れましょう」二人は自分と他人のフリを決め込んで離れていた。「なんっっっっっであんた達はあたしに対してそんなにも冷たいんだー!!」だだだ!と、駆け出し二人の首に腕を回すように飛びつくさやか。走り加速した体で後ろから跳びつくのはかなりの衝撃を相手に与えるが、馴れた二人はふらつくことなく受け止める。さやかの体重の半分を受け止めながら、涼しげな顔でほむらは問う。「それで何の話だったかしら?」「もう忘れられた!?」「ん?私が変身したとき―――――はたして私はスパッツの中にパンツを穿いていたのか、それとも直でスパッツを穿いていたのかというシューレディンガーの猫の話だよ」「そんな話してたの!?」「そんな、とは酷いな同士さやか。いいかい?行きつくのはパンツを穿いているのか穿いていないのかという表面的な問題ではなく、そもそもどうして人はパンツを穿かなければならないのかという根源的で哲学的、なにより神秘と奇跡の話し合いなんだよ?」「あー・・・・・・転校生が教授と話が合うのって、やっぱパンツに並々ならぬ考え方があるからなんだね・・・・」「私はそんな話をしていない!美樹さやかっ、貴女は私をなんだと思っているの!」「暁美ほむらでしょ、パンツに情熱を掲げる」「告白するわ――――拷問が得意よ」「怖!?」「それも拷問に熱中してしまって結果何も聞き出せないというタイプよ」「うっわ無駄に命を散らされそうだよ!」「分かったなら発言には気をつけることね」結局、彼女達は見た目が良くても会話がアレだったので声をかけようとする男はいなかった。そして、こんな残念な会話がメンバーにもよるが、このメンツでは大抵がこんな会話で、これが残念ながら彼女達のデフォルトだった。2%のχ世界線、未来ガジェット研究所が存在しない世界線。“もっとも繰り返した岡部倫太郎が辿りついた世界線”。ある意味、これまでの世界線漂流を無かった事にするために辿りついた世界線。「話戻すけどさ、あんたってあの人とたまーに一緒にいるでしょ?言っとくけど誤魔化さないでよ」「・・・・・・・・」「昨日もあんたとあの人が一緒にいるとこ見たんだよね。まどかと」「まどかにも見られて・・・・・・・・誤解よ、偶然会って少し話しただけ」「一緒にご飯食べながら?話の内容は聞こえなかったけど仲良さそうだったよ」「ありえないわ・・・あいつは敵よ」「ふーん」じと、疑うような視線をほむらに向けるさやかは心中では見た目ほど穏やかではない。一応、あの人と自分達魔法少女は“敵対関係”だ。いや、そうは言っても殺伐とした関係ではない。日曜の朝にやってる子供番組のようなもの、血生臭いものではない。たまに街中でばったり出くわしてもいきなり戦闘になるわけでもないけれど・・・・・一応?それでも敵なのだ。いや敵なのか?みたいな雰囲気になりがちで最近では 現れた→戦闘だ→憶えていろー! の流れがマンネリ化していてどうも緊迫感にかける。それでもあの人は敵・・・・敵のはずだ。そうでなければ、と言うかそうでなければ正直な話“あたし達”はあの人と仲良くしたい。だから、だからこそ、ほむらがあの人と仲が良いのならそれを隠さずに教えてほしい。そしてあたし達との仲を繋いで、そして味方になってもらいたいのだ。それは恐らくここにはいない皆もそう思っているはずだ。あの人は自分があたし達の敵だというけれど、魔法に関してさりげなくアドバイスをくれるし、いろんな相談にものってくれる。いまさら敵とは思えない。相談にものってくれる時点ですでにそれはもう敵とは・・・・ね?あたしの恋愛相談はもちろん杏子には保護責任者となりバイトの紹介、マミさんへの気遣い、まどかのピンチには駆けつけるといったダークヒーローのごとく颯爽と現れ魔女を一緒に倒し―――――グリーフシードを巡り対立、その後あたし達に撃退される彼だが正直譲ってもいいんじゃない?仲間にしたらいいんじゃない?が、最近の私達の見解だったりするのだが―――――「あれよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あいつはグリーフシードを使って・・・・・・・・・・・・・・その・・・・・・・・・世界を混沌に導こうとしている・・・・・・・・・・・のよ?」「それなんだけどさ、具体的にどうやって?」「え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私は・・・・・・・・・・・・・・知らないけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほら、危ないじゃない・・・・・・・・・ね?」確かにグリーフシードは魔女の卵で孵化すれば魔女が生れる。あの人はそれを集めて何か企んでいるらしい・・・・というか自分でそう言っていた。具体的にどうするか聞いたことはあるが「世界の支配構造を破壊し!世界を混沌に導くのだ!フゥーハハハ!!」と、最初の頃は危険な奴、いや発言自体は危険だ、いろんな意味で、それはテレビでよくみた悪の組織みたいなイメージがあったが・・・・。しかしだ。あの人がそういうことをするイメージが沸いてこない。あまりにも悪の組織的イメージを、それを演じている節がありすぎるのだ。こちらから歩み寄ろうとすると誤魔化すように攻撃してくるが・・・・なんか魔法少女と対立する図を無理矢理にでも作ろうとしている。「無理矢理にでも聞きだせばいいじゃないかな?彼って弱いんだからさ、そのうち生きたまま捕獲できるよ」「・・・・ぅ・・・そうね、呉キリカの言う通りよ。それまでは今のままでいいんじゃないかしら。一緒に食事を取っていたのも偶然で、話は貴女達同様に探りを入れていただけよ」「ふ~ん?」「なによっ」「危険な奴って言っておいて自分は隠れてコソコソ逢っていたのかなってさやかちゃんは疑っていたのだぜっ」「・・・・そのニヤニヤ顔を今すぐ止めなさい――――――上条恭介について貴女が恋愛相談をしていたことを『雷ネット』で暴露するわよ美樹・スイーツ・さやか」「謎のミドルネーム!!?」頭を深く下げて謝るさやかにほむらは畳みかけるように伝える。「そもそも貴女、敵対者に恋愛相談って馬鹿なの?いえ馬鹿だったわね、残念さやかちゃんだったわね、ばーかばーかっ」「ここぞとばかりに罵倒される・・・・って言うかなんで知ってるの?」「彼が戦闘中に教えてくれたよ?なんか同士さやかが“まだ”恋愛がらみでウジウジしているから相談にのってやれって」「まさかのフォロー発生源!あの日みんなが優しかった理由はこれだったんだ!?友情パワーじゃなかったんだ!」キリカが明かした真実にさやかは天を仰いで絶叫した。――――天気は晴れ、快晴で青空が綺麗だった。「しかし結局ヘタレる同士さやかに一同ガッカリ、同士仁美の寛大さに私はビックリだよ。なんで彼女は恭介に告白しないのかな?」「うう!?」「美樹さやかが哀れでしょうがないのよ」「言いたい放題言われても返す言葉がみつからない・・・・あたしってほんと―――!!」「その流れ、もう飽きたわ」「Σ( ̄ロ ̄lll) ガビーン」「同士さやか、話は変わるけど今日は愛らしいまどかはどうしたんだい?」「うう・・・っ、まどかなら集合の時間まであの人を探すって言って――――――」「いま何て言ったのかしら」「あっ」「うん?まどかが彼を単身探しているって言ったんじゃ――――」「キリカさん!」それは めーっ!ジャキ!「美樹さやか」「ひいッ!?」ごりっ、と額に冷たく黒く光るトカレフを・・・・さやかは固まる。先程までの会話のせいもあるが安全装置を外しトリガーに力を加えたり緩めたり、本当に撃つことは無いと思うが・・・・・撃たないよね?死なないけどきっと死ぬほど痛い。今のほむらは目が本気だ。「念のため一応聞いておくわ。正直に答えなさい・・・・・・・いえ、嘘でもいいわ」「へ?」「私の質問に躊躇せず答えるだけでいい。何でもいいわよ?真実でも嘘でも意味不明でもいい・・・・だけど言い淀んだり返答内容を思考したりすれば―――――」「す、すれば?」「破裂した貴女の脳みそが再生する前に上条恭介の童貞を他の魔法少女に売るわ」「「外道だ!」」「一秒待つわ、心の準備をしなさい。一、はい待った。聞くわよ」「ほ、ほむほむは今日も絶好調だね?」ちゃき☆「何でも聞いてください!」「この件を黙っていたのは“まどか”から口止めをされていたから?」「特に口止めはされてなかったので自分の判断であります!」横暴なほむらにあっさりとさやかは屈したのだった。「そう・・・・・呉キリカ。この馬鹿者を逃がさないように拘束して、私はすぐそこの文房具屋から三角定規とぶん回しを買ってくるわ」「ぶん回しってなに!?未知なる文房具に身の危険を感じるんだけど!」「同士さやか」「こんなときになに・・・・・・・っていうか離してキリカさん今あたしの命に危機が迫ってるからっ」「気がづいたんだ。三角定規って響きはエッチだと思う・・・沖縄お土産の“ちんすこう”や数学の“π”に並ぶ隠語かもしれない」「駄目だこの先輩、早くなんとかしないと・・・」「ちなみにぶん回しはコンパスの和名だよ」「なぜそんな怖い表現を選んだあの転校生!?その二つであたしに何をするつもりなの!?」「ナニだなんてそんなっ、まったく往来でなんてことを口走っているんだ同士さやか・・・・・・サービス精神旺盛だね!」「ただいま。買ってきたわよ」「先輩はウキウキしてきてるし転校生は本当に買い物してきてるし――――ここまでか!?さやかちゃんはここまでなのか!?」「・・・・・・安心しなさい美樹さやか、傷が残らないように三角定規の真ん中の穴とコンパスはあえて鉛筆の部分で責めてあげる」「ぎゃーー!やっぱり嫌ああああああああ!!」「うるさいわね・・・・・ホッチキスで口を閉じるわよ」「ぎゃーーーーーーーーーー!!?」そんなこんなで今回も変な、でもこれもまた認めたくはないが日常な世界を謳歌している状況だ。美樹さやかにとって“これ”が日常だった。きっと呉キリカと暁美ほむらにとっても。魔法少女になり真実を知り、絶望し魔女になりかけた。本当に危険で、かつ周りに迷惑をかけてきたが確かな現実が今は在る。失わず、笑い合える今がある。想い人とのすれ違いもうっかりさやかちゃんが原因で・・・・無事解決(?)。その後、親友と一緒にストレートに告白するも日本を代表する朴念仁には何故か伝わらず現在も進展なし。しかも想い人は見知らぬ魔法少女達と知らぬ間に関わり続けフラグは増える一方の展開。友人は油断できない変人ばかりで想い人は鈍感でライバルは増え続け魔女との命がけの戦闘は頻繁で、それでも割と充実していると思えてしまう。楽しいと、幸いだと、苦しくても辛くても皆がいれば大丈夫だと思えた。現に、今こうして自分は馬鹿騒ぎをしているのだ。それを、その奇跡を叶えたのは周りにいる彼女達で、想い人とライバル、そしてあの人だ。この世界線にラボメンはいない。ラボがないのだから。別の世界線で岡部倫太郎にラボメンとして認められたメンバーは現在を幸せに過ごしている。もちろん世界には不幸なことが多々あって、まして命がけの人生、何があってもおかしくない事を彼女達はしっている。それでも皆がいれば大丈夫だと。そう・・・・魔女なんかに負けないと、例えあの『ワルプルギスの夜』が相手だとしても自分達は負けないと思っている。事実、負けないだろう。暁美ほむらと岡部倫太郎が繰り返してきた最終地点とも言えるこの世界線の彼女達はあまりにも強く、逞しかった。“魔女が相手なら”。それが伝説でも最強でも魔女が相手なら・・・・・彼女達は立ち迎える。それを証明するように二週間前、見滝原にやってきた『舞台装置の魔女』を彼女達は倒せはしなかったが、撃退はできたのだから。誰も失うことなく。いままでは―――――「あれ、あの結界って確か『レーギャルンの箱』?」だから、ある日のその日、美樹さやかはこの世界、この世界線でよく見かける結界を見つけた時に警戒することなく、疑問に思うことなくそれを当り前なものとして受け入れた。魔女の気配はない、使い魔の反応もない。なのに結界を張っている。敵対関係である存在が人目の付かない路地裏で結界を展開していたことに、不用意にも、無警戒にも、無計画にも、疑問を浮かべる事ができなかった。「キリカさん、転校生、ちょっと挨拶してくるっ」「うん?」「?」深紅と濃藍。二匹の蝶の刻印が目印の結界。魔女じゃない。しかしグリーフシードを動力に発動する人の作りだした結界。あの人の、敵対者の結界。慣れ親しんだその結界に美樹さやかは躊躇うことなく、警戒することなく、友人の元を訪れる気やすさで、あいさつ程度の軽い気持ちで“現場”に乗り込んだ。もし可能性として少しでも躊躇ってくれたなら、せめてキリカやほむらにちゃんと声をかけて相談なり一緒に行こうと提案するなりして数秒を稼げていたら、あと少しだけ、それだけで、そのまま幸いな時間を過ごすことができたのかもしれない。「ん~・・・・・あ、いたいたっ」結界内は現実の風景とあまり変わらない。結界を見つけた路地裏と酷似した世界。ただ命あるモノ、動物昆虫植物等が排除された世界。生命以外をトレースした擬似世界。慣れ親しんだ世界だ。何度も訪れた事のある結界内をさやかは軽い足取りで歩き目的の人物を探した。・・・・角を曲がればすぐに見つける事ができた。見つけてしまった。もう少し遅ければよかった。あるいはもう少し早ければ何かが変わったのかもしれない。視線の先にあの人がいた。視界に映ったのは二人。探し人の男性と見知らぬ少女がいた。男はさやかに背を向けていて、さやかの存在に気づいていない。少女はその姿から魔法少女だとわかる。その少女は両膝をついて懇願するように男に両手を差し出していた。目尻に涙を浮かべたその両目で男を見上げ、男の反応を震えながら待っている。それを見てさやかは「ああ、またか」と思った。上条恭介もだが基本的に魔法関係者、といか魔法少女に彼等はモテる。自分達が知らないところで異常にだ。・・・分からなくもない。彼らは戦えない、弱い、それが原因で自分たちに迷惑が、足を引っ張り危険に、と、そんな免罪符に怯まずに関わり続ける。下心なく純粋に心配して。得も無く、異常の世界に身をおく、自分たちの為に。だからモテる。困ったくらいに、周りには孤独な人生を歩む少女が集まり続ける。なのに自分達はそれらの少女達とまるで会合を果たせないのが不思議だ。なぜ針の穴に糸を通すかのようにすれ違い、互いが出会えないのか本当に不思議。ほぼ毎日会っているはずなのに彼等は知らぬ内に新たな少女と出会いハリウッド映画のような事件に巻き込まれているのだからおかしな話だ。「あ」声が聞こえた。男が、少女が両手で差し出していた何かを受け取ったのだ。それに少女は嬉しそうに、本当に嬉しそうに破顔した。浮かべていた涙を、流さないように我慢していた涙を零しながら本当に嬉しそうに・・・・・まるで勇気を振り絞り告白し、それを受け止めてもらったかのように、自身の願い、想いが叶ったかのように、幸せそうに、涙を流しながら微笑んだ。とても綺麗な笑顔だった。同性であるさやかから見ても目を奪われるような笑顔。「なんだ・・・うけとるんだ・・・・・・」だけど意外だな。と、さやかは感じた。確かに同性でありながら目を奪われてしまったが、見た目だけならさやかの周りにはもっと綺麗な人はたくさんいる。同時、それは男の周りにも、近くにもいるということだ。人間なんだかんだ見た目は重要だ。自分同様に、こういっては失礼だが目の前の少女は平凡な顔立ちだ。今まであの人に“そういってきた”であろう少女は、“そう思わせてきた”少女は多かったはずだ。年齢に差はあるが自分達の境遇を考えれば、もとよりそう悪い顔立ちでも性格でもないのだから。あれだ、選り好みできる立場だろうに。確かに綺麗だがもっとこう・・・・・いや、平凡な少女をここまで綺麗な笑顔に出来る人だからあえて中身重視かと意識し始め、さやかは思考がズレきている事に気付いた。「あー・・・うん・・・・やっぱ邪魔しちゃ駄目だよね?」これは“そういうあれだろう”と邪推し、こっそり下がろうと思った。本当に意外だ。あの様子では少女の願いを受け止めた、“応えた”んだろう。そうなると積極的にあの人に関わろうとする自分の親友に何と言って伝えるべきだろうか?そんな、おせっかいなのか気遣いなのかなんなのか――――「リアルブート」聞こえたその声に、さやかのそんな思考は、思いは一瞬で消えた。ゾンッ「・・・・え・・・・?」去ろうとしたさやかの目の前で、背を向けようとしたさやかの眼前で、少女の首が切断されて宙に跳んだ。見えた映像に驚いて、感じた気持ち悪さに現実を拒絶した。ぼてっ、と空気の抜けたボールが落ちたような音が聞こえた。宙を舞い、落ちて、落ちた“モノ”とさやかは視線が合った。「――――――ぁ・・・・・え・・・は?」何が起きたのか分からなかった。理解したくなかった。ただ目の前で起きた現象に呆然と立ち尽くすことしかできなかった。結界が解かれていく。擬似世界は薄く溶けるように消失し、男とさやかだけが立ち位置はそのままに現実へと帰還する。少女の遺体は存在しない。向こうに側に置き去りにされたのだから。さやかが呆然としていたのは一瞬か、それとも数秒か、男はさやかの存在に気付いたようだ。「――――――――・・・・・・ああ、英雄か」「あ・・・・え・・・・?」まるで、いつものように声をかけてくる男に、さやかは酷く恐怖した。さっきみた光景が夢のような、幻のような気がして自分は何か勘違いをしているだけで、世界は今まで通りに日常で、まだその延長で何も終わってなんかいないはずだと――――そう思うことが、どうしてもできなかった。「あ、あなたは・・・・・」「・・・」平然と、自分と言葉を交わす男が不気味だ。「いま・・・・何をしていた・・・の?」「・・・・・ああ、もしかして“見ていなかったのか”?」いつもと変わらないように接してくる男が理解できない。「あ、あんたはっ!」「違うだろ、見ていたはずだ。なら・・・・・それが答えだよ」日常を壊した男が、いつものように―――――“怖かった”。「いまっ、なにをやっていたんだぁああああああああああ!!!」ゴッ!叫びと同時、足下に紋章が展開、さやかの周りを蒼の光と楽譜の螺旋が舞い踊り魔法と奇跡を形作る。咆哮。その身を魔法少女の姿へと変身させると同時に両の手に日本刀に西洋剣のナックルガードを合わせたような剣を召還、さやかは背後に展開された魔法陣を蹴って加速、全身に魔力を帯びて―――さやかは突撃した。自分の勘違いでも見違いでもない。目の前の男は少女を殺した。その手には“輝くソウルジェム”が握られている。「猪突猛進・・・・真っ直ぐでお前らしい、迷わず突き進む君はいつも―――――」まるで尊いものを見るように、羨ましいと言うように、さやかを見つめる男からは正気しか感じられない。だからこそ・・・・・・・・分からなくて怖い。なぜ殺したのか分からない。なぜ輝くソウルジェムを持っているのか解らない。受け取った魂が、なぜ未だに・・・・・・分からない。解らない。理解したくない。“濁っていないのに殺した”“笑顔を向けていた少女を殺した”“魔法少女を殺した”・・・・分からない 解らない!「あああああああああああああああああ!!!」「だが言ったはずだ。最低限・・・周りと状況は意識して戦え」―――!!?上。自分の上から怖いものがくると感じた。踏ん張り、加速した体を無理矢理進行方向から逸らそうと全力で、体への負担など無視して上からの攻撃に、その射線から体を逃がした。逸らしたその直後に、何かが空間を切り裂いた。ズン!「ッ」ごろごろと、勢いよく飛び出しといて地面を転がるのは不様かもしれない。しかしさやかは気にしない、“あれ”は受けてはいけない。自身が数瞬、一瞬前までいた場所に突き刺さっている剣。黒く暗い漆黒のツルギ。ついさっきまで男が持っていたはずのツルギ。少女を殺した剣。魔法じゃない魔法。万物両断一撃必倒。魔女ですら打倒できる人間の心の傷。心象心理の具現。「本気でっ」「あたりまえだろう?」スコップのような持ち手にアーチ状に伸びた二本のフレーム、そこから左右に三本ずつ伸びる刃、フレームの終点からはメインの長大の刃が伸びている。その二本のブレードは地面に突き刺さり岡部を守護する。それは存在を主張する。剣自身がさやかを威圧する、威嚇する、攻撃する。剣とは呼べない、しかし確かな剣として存在する剣。咆哮を上げ、赤紫色の光を煌々と輝かすモノ。妄想のツルギ――――ディソード。「続けるか?」「なん・・・ですってッ」男の言葉に、さやかは倒れていた体を起こして剣を構える。期待していて裏切られた。信じて騙された。望みを踏みにじられた。・・・なら、だから、それなら――――赦さない。「美樹さやか!」後ろから、ほむらが―――――「ははっ、丁度いい」現れたが、男は余裕の態度を崩さず、むしろ、まるで、ほむらがやってきたことを歓迎し微笑む。人を一人を殺したばかりでありながら、弱いくせに、敵対者である存在が増える事を良しとしていた。「岡――――っ、・・・・いえ、鳳凰院凶真?」「構えて転校生・・・戦うよ!」「え?ま、待ちなさい美樹さやかっ、一体これはどう――――」「あの人がっ、魔法少女を殺した・・・・まだ濁ってもいなかったのに!」「え・・・・・・嘘・・・・でしょ?」さやかが嘘を言っているようには見えない。だが信じられない。仮に、呪いを溜めこんでいたから殺した―――なら分かる。最悪、肉体を強制的に停止させてソウルジェムの濁りを、魔力の消費を抑える強行手段だったなら分かる。魔女の誕生を防ぎ、かつ魔法少女の命であるソウルジェムが無事ならば、まだ力技で再生が可能なのを知っている。だけどもし、そうでないにもかかわらず殺したとしたら?目的は?動機は?なんらかの理由は在るはずだ。この場合、岡部倫太郎というお人好しの場合なら例えば――――「本当だ。ソウルジェムが濁ってもいない魔法少女の命を俺は“無理矢理奪った”」それを嘲笑うかのように、証拠を見せるため男は、岡部倫太郎は白衣から複数のそれを取り出す。「それって!」「うそ・・・でしょ、だって貴方は―――――」「さあ構えろ、そして備えろ――――いくぞ」その手には輝くソウルジェムが握られていた。―――Future Gadget Magica 07『Continuum Shift』version3―――Future Gadget Magica 04『Giga Lo Maniac』version4.5聞きなれた電子音。「リアルブート」聞きなれた声。ドン! ドンドンドンドンドンドンッッ!!!男の周りに現実となって召還される。どれもが巨大で長大な姿、威風堂々と存在を主張する。絢爛豪華で神聖邪悪。形状こそ違うがどれもが強靭な威容、圧倒的存在感、力強さ、生命力に溢れていた。耳をつんざく強烈な高音、それは凶暴に猛烈に反響の咆哮を謡う。ディソード。その数は目の前の男、“鳳凰院凶真”の持っているソウルジェムと同じ数だけ召還された。「死にたくなければ、失いたくなければ――――覚悟を決めろ」そして躊躇うことなく鳳凰院凶真は暁美ほむら、美樹さやかに攻撃を開始した。「それができないのなら―――――」召還された複数のディソードは宙に浮き、それぞれが意思を持つように二人に襲いかかる。「ここで“死ね”」この日を境に、この瞬間をもって慣れ合った敵対関係が、どこか温かだった関係は終わり、文字通り殺し合いの敵対関係へと変わる。『ワルプルギスの夜』が見滝原にやってきてからニ週間後の物語。彼女達との最終ミッション。男にとって終点である世界線。本当の終わり。魔法のある世界に放逐された岡部倫太郎が殺されずに最も繰り返してきて辿りついた世界線。2010年の見滝原から15年前の1995年へ。やりたいことがあり、やるべきことがあったから時間跳躍を行った世界線。それは長い時間を経て手に入れたはずのモノを捨て去るために。築き上げてきた全てを覆すために。このとき既に2010年。鳳凰院凶真がこの世界線に来てからあと数カ月で15年が経過しようとしていた。χ世界線0.091015喫茶店の隅っこで、マミ達から離れた位置で岡部倫太郎は正座していた。その両肩にはまどかの手が置かれていて動きを制限されていた。「ねえオカリン。ううん、今はショタリンだね?」「はい・・・・・え・・・?・あの・・・えっ?」「あのねショタリン、幼馴染みの定義を教えてほしいな?」「・・・急に何だ?お、俺は何もしていないぞっ、ただマミに―――」「関係ないけど肋骨の数は24本しかないよ?」「幼馴染みとは日本男子の夢の結晶にして仲良しの隣人を指す言葉であり!それが異性であれば至高にして最高の存在として昇華され僕達男の子の夢と希望と羨望と真実と妄想にアルティメットレボリューションする幼馴染の事かな!」「うんうん、ショタリンの考察には同意の思いが私にはあるよ。一緒だねっ」「も、もちろんだ!どこぞのリア充のように幼馴染みを放置してフラグを着々と建築していくなどもってのほかだ!」「上条君の事?ふーん・・・・じゃあショタリンは幼馴染を大切にしてくれるのかな?」もちろん岡部は“どこぞのリア充”が幼馴染みを蔑ろにしているとは思っていない。「もちろんだ!どっかのラボメン加入予定のヴァイオリン少年のように明らかな好意に気づかずそのくせ知らぬ間に異性との友好を着々と深め大切な幼馴染みにさもただの友人のように紹介してヤキモチをやかせたりいきなりの真面目トークでドキドキさせたにもかかわらず一瞬でいつもの馬鹿騒ぎに巻き込みガッカリさせて何かあれば秘密にし手に負えなくなれば異性関係の相談をデリカシー無しで行うなんてことを―――――俺はしない!!」だが、岡部はかの少年をスケープゴートに己を遠回りに弁護した。「そっかー、じゃあショタリンは“上条君”みたいに幼馴染みである私に嘘や隠し事なんかしないよね?」―――誤解。それはちょっとしたミスや説明不足、勝手な思い込みが生むものだ。もう少し相手に丁寧に伝えよう、もう少し相手を理解しよう・・・そんな些細な気持ちがあれば誤解なんてものは生まれず、相手を理解し合え、世界はより良く素晴らしいものになるはずなのに・・・人は怠惰に染まり誤解を生む。そして、その代償とするかのように些細な誤解は時として深刻な事態を生んでしまう。「えっ?」「隠し事をしているつもりは無かったなんて言わないよね?今回はしょうがないかな?でも知っていることは教えてくれるよね?嘘つかないもんね?」―――兆し。というものがある。これから何が起こるのかを察する事であり、広く言えば第六感的なモノ。これからの事について予感し、それが当たる、というのは実は様々かつ微量な情報を五感が読み取っており、それらを無意識レベルで統合的に計算した結果今後どうなるかを予測したモノとして把握されている。リーディング・シュタイナーもこれに当たるのかもしれない。別の世界線であった出来事を思い出した可能性もまた・・・・あるのかもしれない。誰にでもそれは備わっているのだから。「12って数字についてどう思う?」「Σ(°Д°;≡;°д°)しっ、しらないぞ!!」鳥肌がハンパない。まどかは何も知らないはずだ。彼女は何も知らないのだ。・・・幼馴染み万能論。いつかの世界線で誰かが唱えたモノだが内容はこうだ。幼馴染みなる者、いかなる隠し事も出来ず、隠してはいけない。どこに行くにも一緒、高校だろうが大学だろうが果ては宇宙だろうが一緒。これは日本特有の文化なのかあまり海外では見られない現象だ。双子の兄弟が片方の危機を虫の知らせのように遠くにいながらも感知することがあるが、この幼馴染み万能論は上をいく。どこにいるか、大雑把だが彼女等は感知する。しかも何をしていたか高確率で当てにくるのだから怖い・・・いや、凄い。「○○してるかと思ったな?」「そ、そんなわけないだろ!?」「そうだよね~」の流れが基本だが確実に気づかれているのだから・・・・・・しかもリアルタイムで心を読んでくるあたり油断できない。言い訳や誤魔化しの思考は目の前はおろか電話越しですら感知、把握するのだ・・・・・危険すぎる。昨今のギャルゲーで幼馴染キャラが「負け犬」ポジションにいるのは“これ”が原因ではないか?恐怖で、それで幼馴染キャラは選ばないのだ、選べないのだ。別世界線で上条恭介との男だけの円卓会議で浮上した解答だ・・・・特に意味はない。彼女達には自宅の鍵等の防犯は効かず、早朝の寝床に侵入は当たり前、ベットの下や辞典のケース、天井裏に水槽の砂利に埋めた18禁・・・・もとい保健体育の詳しいバイブルなどは数分で発見処理、携帯電話の暗証番号は一回のチャレンジで解除----それらの能力を標準装備しているのが幼馴染み。正直思春期の男の子には困る。いろいろと大変なのだ。外での出費とか“自宅でのタイミング”とか。また、これらの能力は基本的に片方にほとんど持っていかれる傾向がある。ようするに一方的に情報を搾取・・・・・共有されるのだ。これは長年一緒にいたことによる相手の行動、思考が読める、予測できると単純に説明できるが果たして本当にそれだけなのか?この幼馴染み万能論を提唱した人物は「幼馴染だからだよ?」の一言で数多の否定的意見を切り捨てたが岡部も上条も反論できなかった。「ふ~ん、知らないの?本当に?嘘じゃないよね?だって嘘つかないもんね?でも嘘だったら?うん・・・・・・じゃあ“12人”いたらどうなるのか聞きたいな」「じゅっ、じゅうににんいたら!!?なななななにが12人いたらなんだ!?」「・・・・ねえ、ユウリちゃん」「な、なんだっ!?」岡部の肩に手を置いたまま、視線をユウリに移すまどか。あいりはいきなり話を振られて戸惑うが冷静になろうと――――――笑顔だけど闇を感じるまどかに違和感、そして気づく。「私・・・・・あんたに話したっけ?」「何をかな?聞きたいなぁ、なんのことか聞かせてくれる?」12人。それはユウリ(あいり)が大暴走した時の数字というか人数というか生れた子供の・・・生む予定の人数で目指せ家族でサッカーチーム的な数字だ。人生で決して忘れられない黒歴史確定の大暴走を自分が喋るはずもない・・・・見られていた?だから目の前のコイツは――――しかし流れ的に現場で見られていたら男の命は既に散っているはず・・・・勘か?いや鋭すぎる、どこかで情報を?いやしかし・・・・・落ち着けっ、これは高度の心理戦!魔法少女でも無いただの中学生に私が負けるはずが――――!「答えてくれないんだ?じゃあ残念だけどショタリンは24本中・・・・何本かな?」「((゚゚((Д))゚゚))ァバババババ!!」ガクガクガク!あいりは謎のプレッシャーを放つまどかから視線を逸らし考え込むようにして後退・・・距離をとった。岡部はまどかの脅しを込めた言葉に震える。ここが世界線漂流の終点なのか?岡部はタイムリープ、現世界線から脱出すべきか考えた。ここで死ぬわけにはいかない!もちろん(?)、まどかは岡部とあいりの非劇というか喜劇というか、とにかくドタバタ劇を目撃してないし聞いてもいない。しかし偶然にしては、当てずっぽというには余りにも事実を内包している。これが幼馴染みだ。これが幼馴染み万能論だ。これが鹿目まどかだ。「うーん・・・ねえショタリン?」「は、はいっ!?」「お願いを聞いてくれたら“今回は”ユウリちゃんに免じて許してあげる」「ほ、ほんとうか!?」「だから動かないでね?」まどかからの提案に岡部はパーカーのポケットにある携帯電話とグリーフシードから手を離した。だが油断はしない。これまでの経験上、1.まどかは魔法で岡部を攻撃する。2.ソウルジェムが濁るくらいの言葉攻め。3.対話(物理)。のどれかを有罪無罪に関係なく確実に実行してきた。許してあげる・・・・・・・だと?信じられない、油断できない。安心してはダメだ、タダより高いモノは無いし幽霊もゾンビもエイリアンも気を抜いたときにやってくるのだ。幸いグリーフシードがあるので呪いを受ける覚悟があれば四肢を欠損しようとも回復の見込みは十分に・・・「ふふふ、オカリンちっちゃくなったね?」ティヒヒ、と独特の笑い方で、まどかは真っ直ぐに岡部倫太郎を見つめる。―――これで、終わりです・・・形容しがたい悪寒に包まれて岡部は思考を中断される。目の前の少女から視線を逸らすことが出来ない。(いま、頭に何か・・・?)地べたに正座したままの岡部に頬笑みを向けながら、まどかは冷や汗を流す岡部の頬に両手を添える。自分の真意を見極めようと戸惑いながらも視線を合わせ、頬を撫でられることに若干くすぐったそうに動く幼馴染みにまどかは「ふ、ふふっ」と閉じようとしても口の隙間から洩れる愉悦を隠せない―――・・・・・・はたから見るとかなり怖い。基本的に鹿目まどかという少女はあまり自分を前に出さないおとなしい女の子で、本来は無害で儚げで優しい少女だったはずだ。「ショタリンかぁ・・・・・うん、いいかもっ」「え?」岡部とユウリ(あいり)がまどかの様子に(さっきからだが)異変を感じ心配そうに声をかける。そんな二人の視線を感じながらも、まどかは目の前の少年の事でいっぱいだった。嬉しい誤算だ。魔法と奇跡はあったのだから“これ”もありだ。ありきたりすぎて考えなかった、というよりも不可能だから意味が無いはずで、でもこうして彼はいる。無精髭がない顎から頬へ、スルスルと指先で撫でながら形を確かめるように耳へ、髪の毛の感触、いつもと違いさらさらしていることに、また笑みが零れる。「まどか?おまえ―――」「ふふ」「むぐ!?」むぎゅっ。と、まどかは岡部の頭を両手で抱きしめた。戸惑う岡部と唖然とするユウリに気を配ることなく彼女はそうしたいから、そうした。整髪料で逆立て固められた髪じゃない、お風呂後の、濡れたような艶のある垂れた髪。普段の髪型が嫌いという訳じゃない、ただこちらの方が好みというか、さらさらした感触が気持ちよくて微かに香るリンスの・・・・・・・・「質問です」「む?うむ?」・・・・知らない香りだ。ラボにあるモノでも自分が持ち込んだモノでも、自宅に在るものでもない知らない香り。昨日もそうだったが自分の知らないうちに誰かと一緒だった証拠だ。許すといった手前、これ以上追及するつもりはなかったが、もとより幼馴染みの彼が出会ったばかりの子に不埒なまねをするとは微塵も思っていないが・・・・・しかし、やはり駄目だ。何故か気にくわない。もう少しだけ苛めよう。いまだお店の床で正座し、自分のなすがままになっている少年の耳元に唇を寄せて囁くように言葉を紡ぐ。きっと戸惑い、震えるかもしれない、彼の幼馴染みである自分は、彼が何を聞かれたら困るのか不思議と分かるのだ。「12人もいたら・・・・将来なにが問題化すると思う?」「「!?」」ビクンッ!と、予想以上の反応に、まどかは岡部とユウリの二人から見えないように笑みを深くする。楽しい!彼が自分と同じ位置に、身長はずっと彼の方が高いがそれでも縮まった。座ってくれたら頭を抱きしめる事も出来る。嬉しい!近くにいるのに遠くにいるような、それがどうしても嫌だった。いつか消えてしまいそうで、いなくなってしまいそうで怖かった。だけど今は自分の腕の中で思うがままだ。やっと“捕まえた”。きっと怖がらせてしまった。自分の口から出た言葉の内容がなんのことか分からないが、きっと彼には都合が悪い質問なのだろう。きっと驚かせてしまった。なぜバレたのか分からず、それが混乱を強め、言い訳や弁解、無実を証明するために必死に悩んでいるのが分かる。「ふふっ」まどかは笑う。嬉しくて楽しくて、きっと鳥肌が立ちパニック状態になっている幼馴染みが可愛くて、震える様子が愛おしくてたまらない。自分は今面白がっているのだろうか?可笑しいのか、楽しいのか、正確には自分にも分からない、とにかく喜の感情が沸き上がっているのを自覚する。だから自然に抱きしめる力が強まり彼に体重を預けるように抱きしめる。彼が震えている感触がダイレクトに伝わる。“自分に対し”彼が震えている、怖がっている、どうもその事実が自分の背中にゾクゾクとした何かをもたらし笑みが止まらない。「ずっとこのままならいいのにね?」同意を求めるように、まどかは幸せそうに呟いた。■あまりにも流れが良好だった世界線、それでも人は確実に死んでいる世界線。今までなかった事柄があったから、今までになかったことが起きるのだ。違う場所で、鹿目洵子は魔女と遭遇していた。杏里あいり、猫の魔女、キリカとの関係、ほむらの魔力喪失。世界はすでに、この世界線は、岡部倫太郎以外の手によって歪められている。岡部倫太郎が介入した本来の世界線から逸脱している。既に、もっと前から、前回の岡部倫太郎の時とは違い、改変されている。≪死んじゃえばいいんだよ≫今度は誰の声だ。気持ち悪い。鹿目洵子は顔を顰めて自分と同じように苦しんでいる石島美佐子に視線を向ける。彼女も視線を返し頷く、同じ思いを抱いている。このままでは不味い、早く逃げなければ、と。二人は、いや、他にも大勢の人間が“ここ”に閉じ込められた。気づけば“ここ”にいた。荒れ果てた荒野。見渡す限り何もない。あえて言うのなら暗い空に突きさすような陰鬱な風、腐れた樹木、乾いた大地――――“なにか”。≪死んだ方が良いに決まってる≫「くそっ、なんなんださっきから!」「ええ・・・・この声は」≪死のう≫自分達の声だ。さっきから頭に直接響くような、憂鬱とさせる声の正体はこの場にいる人間の声だと漠然とだが分かる。理屈じゃない、感じるのだ。認めたくはないが“これ”は自分の声だと。声の発生源は分からないが“アレ”も関係あるのは確かだろう。気づけば此処にいて、気づけばアレがいた。落書きのような何か。≪死にたい≫≪死のう≫≪死んだ方がみんなのためなんだ≫≪僕に価値は無い≫≪意味は無いんだ≫≪私は嫌われている≫≪誰からも必要とされていない≫≪いなくなっても気づかれない≫≪死んじゃえ≫≪どうせ良い事なんか無い≫≪迷惑だけかける≫≪あたしは邪魔なだけ≫≪汚い≫≪隣にいるだけで傷つける≫≪いつも嫌われる≫≪死んで≫≪死ね≫≪死ねよ≫≪死ね≫≪死ね≫≪死ね≫≪死んでしまえ≫気持ち悪くて、気分が悪くて、立つだけでも体力をごっそりもっていかれる。「―――っ・・・・くそったれが!」膝から崩れ落ちそうになる。このままでは不味いと本能が知らせてくるが、その本能が屈せよと、楽になれよと、矛盾する意見を押し付けてくる。逃げろ、そのままでいろ。駄目だ、これでいい。嫌だ、構わない。帰りたい、嘘だ。死にたくない。≪死にたい≫「あ・・・っ・・・ああっ」声が聞こえる。自分の声が、それはとてつもなく甘美なものに思えてきた。早く逃げなければいけないのに体が思うように動かない。危機を受け入れようとしている。けたけたと嗤い声が周囲から聞こえる。周囲の人達が恐怖と痛みからパニックになっている。『■■ ■』ギュウゥ・・・!という音と誰かの悲鳴、ゾンッ、と人間の体が綺麗に抉られる音が聞こえる。獣のようで人の叫びのような声、視線の端で、その声を正面から受けた人間の体のあちこちから血が吹き出ているのが見える。≪こっちに――おいでよ≫「ッ・・・・・ああっ」歯を食いしばり足を前に、少しでも距離を稼ごうと足掻く。死にかけか、死んでいるのか分からない痙攣している人間に止めを刺してこちらに向かってくる“何か”から離れようと足掻く。「もういい―――」自分と、見滝原中学校の制服を着た男子生徒の肩をかりていた成人男性が諦めたように呟く。「俺はいいからっ・・・・おいていけッ」自分が荷物になっている事を理解しているから、自分を置いていけと言う。洵子も美佐子も男性も少年も、気づけばこの場所にいた。そして“なぜか”男性は自殺しかけ、そこで娘と同じ中学に通う名も知らない男子生徒に助けられて今はこうして一緒に逃げている。どうして死のうとしたのか、あの声のせいかもと言った。洵子もここにきてしばらく、頭に囁きかける声を聞いているうちに死のうとした。周りもそうだった。この少年がとっさに大声で止めに入らなければそれは実行されていた。そして混乱し錯乱する間もなく突如、石造りの巨大な門が現れた。そこから現れた『落書きみたいな人間』と、『ムンクの叫び』を実体化したような何かが戸惑う人間を襲い始めたのだ。漫画やアニメのような展開で、実際その通りになったらそこは、ただの、当たり前で、当然の、地獄だった。『落書きのような人間』。人間を描こうとした落書きのような何か。どっちでもいい、その異形は人を襲い殺す。ギュウと、何かを吸い込むような音と共に、落書きのようなその手に紫っぽい色の光か何かが収束し、そして跳びあがりながら私達に飛びついてくる。言葉に、文字にすれば意味が分からない戯言のようで、しかし本当にその通りの事があって、少年が叫ばなければ―――あたしは死んでいた。とっさに下がったあたしの横でそれは起こったのだ。目の前の光景が信じられなくて、跳びつかれた人は最初なにが自分の身に起きたのか理解していなかった。理解したくなかったのか、脳が理解することを放棄したのか―――――光に触れた部分が、ごっそりと抉り取られていた。綺麗に、美しく。―――逃げて!あまりにも断面部分が綺麗で、体の内側が洵子の視点では丸見えだった。あっ、と声を上げたのは自分だったのか相手だったのか―――中身が零れたその人は倒れて、死骸に群がる虫のように『落書きみたいな人間』がたくさん、たくさんたくさん倒れた人に殺到して『落書きみたいな人間』の山を構成した。――はやく!呆然としていた自分も、周りも、それから背を向け逃げ出した。アレが何なのか、今の人はどうなったのか、そんなこと考える余裕も無くなった。夢とか白昼夢とか、現実を否定するには音も匂いも感触もリアルすぎる。それがいっそう現実味をなくすという矛盾を少年の声が一喝、誰もが逃げ出した。夢じゃない、妄想じゃない―――現実だと理解させられる。「もういいからっ・・・・」「駄目です!まだ―――」幸いなのか、『落書きみたいな人間』は一度組みついたら相手が死ぬまで、息絶えるまで徹底して攻撃し続けた。獲物を横取りするように、全員が一人の人間に群がり殺す。走って追ってくるようすもない、誰かが犠牲になっている間に逃げ切れる。そう思った。そう思ってしまった。だけど、そのことに恥じるまもなく『ムンクの叫び』が追ってきた。人間大のそれに足は無く宙に浮いている。逃げ惑うあたし達の先頭集団に追いつき――――先頭の人達が立ち止まり悲鳴を上げた。―――■■■!!叫び。『ムンクの叫び』があたし達に負けない絶叫を上げる。正面から、至近距離からその声を受けた人達は身体が膨らんだように見えた。次の瞬間には目から鼻から耳から口から全身から血を噴き出し倒れていった。倒れ、びくびくと痙攣している彼等に複数の『ムンクの叫び』が囲むように、円陣を組むように並び、一斉に叫び声を上げる。「諦めないでくださいッ」パン!と風船が割れたような音と映像。そこから先は憶えていない。誰もが我先へとバラバラに駆け出し、悲鳴が全方位から聞こえて、この少年が膝をついていた男性に肩をかしていて、一人では動けずに四苦八苦していて、見てられなくて手伝って――――今に至る。「くそったれが・・・」回想を踏まえて状況を整理したが何も変わらない、今まさに殺されそうで、逃げ切ることができないと理解しただけだ。今は何とか生き延びているが後ろから『落書きみたいな人間』が体を無器用に、不気味に、壊れかけのロボットのように前後上下にがくがくと動きづらそうにしながら迫ってきている。不愉快なその動きは鈍い、遅い、しかし確実に近づいてきている。≪みんなで一緒に≫≪死のう≫≪死んで≫≪一緒に≫≪死ね≫逃げ切れないと、このままでは追いつかれると誰もが分かっていた。≪仲良く死のうよ≫≪一人は嫌だから≫≪みんなで≫≪死のう≫≪死んでよ≫頭に囁く、なのに響く誘惑。それでもいいかと思ってしまうのを否定できない。もう楽になりたいと願ってしまう。祈ってしまう。だけど同時に思う。家族の元へ、和久、まどか、タツヤのところに帰りたいと願う。祈る。もう・・・どうなってもいい、だから家族のもとに帰りたかった。≪死ねばいい≫このままじゃ逃げ切れない。もう家族の元へは帰れない。どうしたらいい?≪――――殺せばいい≫そうだ。「いいから・・・・・もういいからっ」男性が言う。怖いくせに、本当は置いていかないでほしいくせに。死んでしまいたい、だけど生きたい。そう洵子が考えているように、生きたいと思っていながら男はそう言う。囁く声に抗い、その上で置いていけと、自分は死ぬかもしれない、だから先に行けと。≪みんなで死のう≫嫌だ。死にたくない。だから―――その言葉が心を乱す。ただでさえ死にたい欲求を、死にたくないと抗い、家族との再会を望み、その想いで必死に均衡を保っているのだ。どちらにも傾く欲求。感情は死にたがり生きたがり、理性は諦めかけているのに家族の元へと訴える。死にたくない、楽になりたいけどここでは死ねない、と。そこに欲求を満たせる言葉を聞いた。置いていけと言われた。ふらつく天秤に、乱れる道筋に、選べる選択肢に、揺れる感情に――――「駄目です!」「ああっ、駄目だな・・・全然駄目だ!」少年の怒気を孕んだ声、それに続くように言葉を紡ぐ。鹿目洵子は覚悟を決めた。少年と目が合う。なぜか不思議そうな顔をされた、戸惑っているような、喜んでいるような、ありえないモノを見るような顔。期待はしているが、でも駄目かもしれない、覚悟はしている・・・そんな後ろ向きなのか前向きなのかよく分からない顔だった。きっとそれは自分が男性を助けきれない・・・仕方なくだが、そう決めた事を微かに悟ったからかもしれない。鹿目洵子は誰も救えない。成人男性一人を担ぎながらでは確実に逃げ切れないのだから。少年はそれを感じ取ったのかもしれない。「そのくせ、諦めていないんだな」「え?」後ろから、僅かながらも距離を詰めてきている『落書きみたいな人間』、そんななか期待されている。そう感じる。置いていかれるかもしれないと感じていながら、洵子が協力してくれるのではないかと少年は期待している。それを感じ取った。普通に考えたらありえない。今まさに死にかけているのだ。その恐怖に晒されていて、なぜか死にたがっている状況で、それに無理矢理抗って生きたいと願っている。そこに置いていけと言われて、逃げろとお願いされた。諦めて一緒に殺されて楽になる選択。これが一番楽だ。今もそうしたいしそうありたい。次に生き足掻く選択。それは苦しくて辛い。でも何もかもを放り出して家族のもとに帰りたいと思う、その思いは強い。それ以外の選択肢は中途半端で、苦しくて辛くて誰も生き残れなくて自分は家族の元には帰れない。一番選択してはいけないモノだ。みんなが死んでしまう。「ああくそッ―――――」ごめんなさい。覚悟を決めた鹿目洵子はそう思った。そして、家族に詫びながら――――選択した。「しょうがねぇだろ!」囁く声に抗い、生きたいと願った。「死にたくないんだよ!」だから、だけど―――声を荒げて力を込めた。足に一歩一歩、しっかりと体重をかけ転ばないように慎重に歩く。男性を離さないまま。「だからさッ、あんたも頑張ってくれないかいッ、あたしは見捨てない・・・・だから頼むよ!」鹿目洵子は死にたい欲求と、一人逃れたい欲求を退け皆で逃げる・・・男性も、誰も助からない可能性を選んだ。見捨てない、逃げ出さない、なら追いつかれてみんな死ぬ。だから覚悟した。そんな選択をした。自己犠牲か、罪悪感か、もう分からない、考えきれない。もういっぱいいっぱいで考えるのが億劫だった。だから心の中で家族に謝った。もう会えない、別れの言葉も無しに、きっと自分の帰りを心配しながら待っている家族に謝った。この選択に、この覚悟に鹿目洵子は誰も責めることは出来ない。誰の責任でもない、自分で決めた事、他の誰でもない自分の判断、男のせいでも少年のせいでもない、数ある選択肢なかで自分で決めた、確かにあった正解を自分で捨てたのだから。「す、すまないっ、すまない・・・っっ」「ありがとうッ・・・ございますっ」「ははっ」男は泣きながら謝り、少年は何故かお礼を言った。洵子はもう、笑うしかなかった。この期に及んで善人でいる自分が憎い、だけど・・・家族には、笑われない選択肢のはずだ。悟りか、達観か、諦めか、洵子は死を覚悟した。それはこの場にいる全員に言えるはずだ。美佐子も、男性も・・・・・だけど一人だけ違った。「あと少しだけッ、頑張りましょう!」この後に及んで大きな声で自分達を、自分を鼓舞する少年が不思議だった。震えていて、泣いている、怖いのだろう、ズルズルと鼻水を流している。見滝原中では珍しく髪を丸刈りにした少年はそれでも諦めていないのだから不思議だった。大の大人ですらこの状況、本人も、周りから見てずっと怖がっているのが分かる。だけど誰よりもしっかりと意思を持っていて、怖いくせに見捨てない、どうしてか分からない。自己犠牲?慈愛?それとも―――「あと少しって、なんかあるのかいっ」「はい!たぶんですけど・・・・」「た、たぶんっ?」いいかげん体力の限界に近い洵子の質問に即答はするが、声は自信なさげに小さくなっていく。後ろから男性を支えるようにしていた石島美佐子が不安げに呟くが、少年は足を進めることしかできない。後ろから『落書きみたいな人間』が迫ってきている。皆は恐怖に震えるが走れない。体力も精神も限界に近かった。「ああっと、少年っ」「はいッ、なん、でしょうかッ」息も絶え絶えながら必死に足を前に出す丸刈り少年は普通だ。「なんで、あんたはッ、このッ、場面でッ、諦めてないんだッ?」だから洵子は、気になっていた事を問う。「えっとですねっ―――奇跡というかッ、なんというかッ、魔法って、みたいな――――ねっ」「あんッ?」普通の少年が恐怖に怯えていながら折れない、この状況で信じている何かを知りたかった。しかし返ってきた答えはあまり要領を得ない、意味を尋ねようとした瞬間―――『■■』「ッ!?」目の前に『ムンクの叫び』、化け物が洵子達の前に現れた。『■■■!!』(あ、駄目だ―――)ドンドンドン!死を覚悟した洵子の後ろから伸びた腕が、化け物を退ける。「魔法・・・・?あなた、もしかして―――」石島美佐子、警察官の彼女は所持していた銃で弾丸を『ムンクの叫び』の顔、口に打ち込んだのだ。日本の警察官って銃を休日に所持していいのか?と、場違いな感想を頭の片隅において洵子は後ろを振り返ると、さっきまでとは違う表情の彼女を見て驚いた。彼女は明らかに、場違いな歓喜を内包している。囁く声についに頭がやられたのか、そう思うほどに場違いな笑み。「見つけた・・・・手がかり、やっと―――レミ」「え?あの・・・?え?」「お、おい美佐子?」丸刈り少年と洵子、二人の戸惑いを無視し、美佐子は少年に詰め寄る。後ろからは『落書きみたいな人間』が迫っているのもかかわらずだ。「教えなさい!知っている事を全部ッッ!レミはどこにいるの!!」「ええ!!?あ、あの俺には何の事だか―――」「おい美佐子あとにしろ!今は――」「あっ、まずいぞ・・・っ」突然の豹変ぶりに困惑していると、男性がギョッとした顔で叫ぶ。『■■!!』横から、銃弾をくらい、死んだように横たわっていた『ムンクの叫び』が突然叫び声を上げた。「うッ!?あ、がぁ!!?」距離と、『ムンクの叫び』が倒れていたからか、位置関係がよかったのか四人はその叫び声の攻撃で死ぬことはなかった。幸か不幸かは分からないけれど。あ、ぐ、と誰もが痛みに声を漏らす。鼻血、目や耳からも血は流れているのかもしれない。膝をついて、視界が赤くなったり白くなったり黒くなったりして意識が遠のく。・・・内臓が破裂していたら困る、と、どこか冷えた頭でそう思った。諦めて・・・・悟ったのだ。がくがくと震える体で視線を周りに向ければ――――囲まれていた。「ああ・・・・ちくしょうッ」『『『『『『■■■■!!!』』』』』』六体の『ムンクの叫び』が洵子達の周りを囲み、一斉に叫び声を上げ、追いついた『落書きみたいな人間』が、光を手にして跳びかかってきた。「くそッ・・・」死んだ。終わった。涙を目尻に溜めながら洵子は悟った。(ごめんね)もう一度、ここにはいない家族に謝る。身体の内側から爆発すかのような圧迫感、破裂するのだろうか?さっき見た人達のように、自分もそうなるのかな、と、倒れた少年に跳びかかる『落書きみたいな人間』を視界に収めながら――――鹿目洵子は死を受け入れた。「殺させない、やっと見つけたんだっ」何も感じなくなってきていた身体と心だったが聞こえた声に、ぞっとした。気絶する寸前に洵子が捕えた映像は、少年に跳びかかる『落書きみたいな人間』が周りにいる『ムンクの叫び』共々バラバラに、一瞬で刻まれた光景だった。声は知っている。石島美佐子のモノだった。しかし姿は違う――――間違いなく、化け物だった。そして、鹿目洵子はそのまま気を失った。■喫茶店の席で岡部達6人と一匹(?)は情報交換を行っていた。あと携帯電話のアドレス交換。念話という基本料金ゼロの何事にもお金がかかる年頃の学生にとっては心強い魔法もあるのだが電波(?)はそう遠くまでは届かないので連絡方法としてはやはりケータイの方がマシだったりする。結界内では使用不可だが。なにはともあれ、岡部達は全員とアドレスを交換する。「私はいい・・・」一人、ユウリ(あいり)だけは拒否した。「まあ俺は昨日で登録済みだがな」「・・・・・・この変態」「なぜ!?」「ショタリンなんのことかな?」「ひい!?」「鳳凰院先生、赤外線の準備できました」「そそそそそうかほむほむ!」「ほむらですっ」「あとでくわしくお話ししようね?」「((((;゜Д゜)))!?」 ガクガクガク!「あれ・・・・?」まどかに捕まってしまった岡部からワインレッドの携帯電話、ノスタルジア・ドライブと呼ばれるそれを受け取り、アドレスを通信で交換しようとしたがほむらのケータイの電池が切れたのか、赤外線通信の途中でプツン、と液晶が真っ暗になった。そういえば昨日、いや一昨日から充電していなかったと思い出し、携帯の電池程度そんなものだ、と、ほむらは特に気にせずラボに戻った時に充電器をかりればいいか、と思いケータイをポケットにしまう。そして、まどかを相手にあたふたとしている岡部の前にケータイを置いた。気づかないまま。違和感を抱かないまま。アドレスとは違うモノを、ほむらのケータイから受信しているソレを、本来なら魔力を失ったことで興味、関心が向くはずのソレを、未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁』を、暁美ほむらは“なぜか”あっさりと手放す。―――download 29、32・・・36・・・Error同様に、岡部もまどかからの笑顔の質問に気を取られていて気づかなかった。それは音声も、バイブレーションもなく淡々とデータのやり取りをディスプレイ上で行っていた。誰にも気づかれることなく、それこそ岡部倫太郎に気づかれないという不自然な状態で。「幼馴染みには嘘つかないもんね?」「HAHAHA!アタリマエジャナイカ!カノジョトハキノウノジテンデアドレスヲコウカンシタダケダヨ!」「無理矢理?」「ゴメンナサイ!」というやりとりを繰り返しながら積み重なる誤解を解いて、誤解から生まれる争いを防いで、争いから失われる命を繋いで・・・辛い試練だったがようやく念願かなっての対話だった。鹿目まどかからの“お話”から生還した岡部倫太郎(ショタ化中)は現世界線漂流三日目にしてようやく巴マミとまともな会話を行うことができていた。「つまり鳳凰院先生は男性だけど魔法の・・・私達の関係者ってことですか?」「その通りだマミ、ちなみに男でも魔法の存在を知る者はいるぞ。それなりにな」「?」「家族や友人、恋人に部活仲間といった様々な形で魔法の存在に気づいている人達はいるよ。関わるかどうかは別だがな」「そう・・・・・ですか」「日本には少数だが海外では組織的なものも割とある。『シティ』とかにな」家族、友達、それは魔法少女になってから今日まで巴マミには得る事ができなかった。事故で家族を失い、生きるためにキュウべぇと契約し魔法少女になった。彼女は自分と同じ思いを、大切な人を失う悲しみを他者に与えぬために魔女の脅威から他人を守るために日々戦い続けてきた。誰も巻き込まないように、ただ一人で戦い続けてきた。“それが原因で”一人に、孤独になる事を薄々感じて、承知のうえで、それでも戦い続けてきた。後悔はない、と言えば嘘になる。昔の自分に今の状況を教える事ができてもマミは生き方を変えないかもしれない。知ったところで、マミはそれ以外のやり方を思い浮かべる事ができない。家族と食事に出かける・・・ただそれだけだったのに、確かにあった幸せな時間が終わり、生き残るために魔女と戦い続ける人生が始まった。誰にも見てもらえない、認めてもらえない人生がこれからずっと続いていく―――そう思っていた。「それに」「?」「魔法少女に助けられた人達、大抵の場合は夢と思う人が多いだろうが・・・そういった人達も数多く存在する」「あ・・・」「この見滝原では特に多い。俺も以前この見滝原の魔法少女に助けられた者の一人だ」「そう・・・だったんですか?」「ああ、それも何度も。“君”は・・・・・ああ、その魔法少女は何人も何十人も助けているから憶えていないだろうが俺はずっと憶えている。俺はきっとそれを忘れないだろう、彼女のおかげで俺はここにいる事ができる」マミと正面から向き合い対話する岡部(ショタ化中)は真っ直ぐにマミに伝える。何度も助けてくれた魔法少女であるマミに。巴マミは岡部倫太郎を助けた事を憶えていない。当然、別の世界線での出来事なのだから。しかし仮に、この世界線の過去で岡部を助けていたとしても彼女は岡部を助けた事を憶えていただろうか?彼女は岡部を岡部と確認することなく、ただ魔女の結界に捕えられた一般人としてしか認識しなかったかもしれない。彼女は日夜多くの人を助けている。いかに安全に確実に、そのために速攻で魔女を片付ける。誰が魔女に囚われているかなんて詳しく確認しない、そんな暇はない、戦闘後も最低限のケアだけですぐに場を離れる。全部とは言わない、誰の場合でもとは言わない、だが基本的に彼女は颯爽と現れ速攻で倒しすぐさま離脱する。もちろんある程度関わりにある人物、今の岡部なら気づくだろうが、もし私服姿の見滝原中学校の生徒を助けたとき、彼女はその存在を自分の学校関係者だと気づかぬまま救出後に立ち去るかもしれない・・・・いや、事実そうしてきた。そういったやり取りを日夜彼女は繰り返す。魔法少女の責務として、純粋な正義感として、孤独を紛らわす手段として、彼女は赤の他人を命がけで助け続ける。「マミ、君は愛されているな」だから岡部はマミにその言葉を送った。気づかない、気づけない、気づこうとしなかった彼女に優しい真実を贈る。彼女は自分が孤独だと、一人だと認識している。放課後を一緒に帰る友達はいないし休日を共に過ごす知人はいない。ケータイのアドレスは魔法少女になってから増えていない。学校で喋るクラスメイトはいる。お弁当を一緒に食べる人もいる。告白だってそれなりにされた。教師からの信頼もある。それでも彼女は寂しい、不安で押し潰されそうになる。「え?」巴マミ。彼女は岡部倫太郎が守りたい人で、だけどずっと岡部は彼女に守られていた。助けたい人で、だけど岡部は彼女を助けきれなかった。それは今もかわらない。岡部倫太郎は巴マミを救う事が、助ける事ができなかった。一時的にはできても本当の意味では一度もない。“彼等のように”マミを救う事が、助けることが岡部倫太郎にはできなかった。巴マミの在り方は、その生き方は、岡部倫太郎の介入を“必要としなかった”。「だが、今度こそ――――」「あ、あの?」マミの戸惑いの声に岡部は没頭しそうになっていた思考を打ち切る。「あ、いや・・・すまない。とにかくマミ、君は“みんな”から愛されているよ」「え・・・・と、なんのことですか?」突然そんなことを告げられてもよく分からないといった表情でマミは戸惑う。まあ当然か、と岡部は苦笑する。口で言ってもきっと伝わらない。決して、今までがそうだったのだから今回も同じだと諦めているわけではない。知っているのだ。奴等はここぞというときに伝える。自分をおいて、無視して、背景のような扱いで放置し自分に出来ない事を、それこそ魔法のように――――そんな彼等に、岡部倫太郎はきっと嫉妬している。最善だと知っていながら気にくわないのだ。子どものように。「ねえショタリン、ショタリンはマミさんのこと知っているの?」まどかが岡部のパーカーの裾を ちょんっ と、岡部と組んだ逆の腕で引っぱって岡部にマミとの関係を確認尋ねる。「アア、ソウダゾマドカ。オレハカコニマミニタスケテモラッタコトガアルンダ」「ふーん、マミさんショタリンを助けてくれてありがとうございます」そして幼馴染を助けてくれていたマミに感謝の言葉を送る。まどかは思う。きっと自分が知らないうちに幼馴染みの彼は昨日のような恐ろしい魔女と幾度か関わっていて、もしかしたら何度も死にかけた事があって、目の前の先輩はそんな彼を助けてくれていたんだと。「ううん、いいのよ鹿目さん。憶えてないし魔法少女として当然のことだから。・・・・・と、ところで鹿目さん?」「はい?」「ショタリンっていったい・・・・・・ううん、やっぱりなんでもないわ」「?」「なんでもないの。それより・・・・・ええっと、それでつまり――――」聞きなれない単語が混じっていた気がするが気にしてはいけないのかもしれない。だからマミはとりあえず簡単に、正確に、現状の正しい確認をすることにした。対話はまず簡単な自己紹介をして、アドレスを交換して、岡部がマミを呼んだ理由、それは自分も魔法少女の関係者であり協力しないかという内容、二日前から岡部がマミを追いかけていたのはそのためであって―――「つまり告白はやっぱり勘違いだったということで・・・・・・・・ぅううううっ」「マミ?」「き、気にしないでください鳳凰院先生・・・・・私の勘違いだったんです――――」「・・・告白といえば確かにこれは告白だが・・・すまない、俺はまた君に迷惑を?」「いえホントに気にしないでください!ただ私が勝手に―――」『マミは君に求愛をされたと勘違いを―――』「キュウべぇ!!」べしんっ『きゅっぷい!?』いらぬ情報を、自分が勘違いしてここ最近、情緒不安定極まる行動をとっていたことを暴露しようとしたキュウべぇをマミはとっさに潰すように上から押さえる。紅くなった顔でマミがアワアワと、キュウべぇが苦しそうにもがくなか、まどかは隣の岡部に問う。笑顔のまま、さやかとほむらは ぶるり! と気温は変わらないのに何故か震えた。「ねえショタリン」「ナ、ナンダイマドカ?オレハマダミスヲシテイナイッ、マダダイジョウブナハズダッ」「告白ってなんのことかな?」「コ、ココココクハクトハカミングアウト!ヒミツヤヒメゴトヲツゲル、アカストイウイミダ!ソウ・・・・ソレイガイノイミヲフクマナイシトクニイミハナイゾ!?」「ふーん」「ソウ、ソコハフカクツイキュウシテモイミハナイ・・・キニスルナ!というわけでマミ、君もそれでいいか?いいよな?いいはずだ・・・・頼むそう言ってくれ!言ってください!」「は、はぁ・・・はい?」「・・・・・本当にすまない。毎度のことながら君には迷惑をかける。だが俺達には君の力が必要だ・・・どうだろうか巴マミ、俺達の仲間になってくれないか」予想した通り、マミは岡部の告白もどきは恋愛とか求愛のそれではなくもっと真面目で深刻なものであったと自己確認し、動揺し慌てている自分を落ち着かせた。幼馴染みの少女とのやり取りはおいといて・・・・今は自分の事を考える。仲間。一緒に戦う・・・過去、佐倉杏子というパートナーと決別した自分には二度とないと思っていた。一緒に戦ってくれる同じ環境にいる人達。ユウリと呼ばれている少女は口数が少なく心情は分からないが魔法少女で、男性だが岡部倫太郎は魔法少女の理解者で共に戦いたいと、仲間になろうと手を伸ばしてきた。「あ・・・その・・・・・」葛藤はあった。迷いはあった。突然だし男だし沢山いるし魔法少女じゃないしそれに・・・・・信用できるか分からない。いや、信用とは違う。そうじゃない。怖いんだ。また失うかもしれない。それを思い浮かべてしまう。きっかけはどうあれ、それが些細な事でも人は簡単に離れていく。まして命がけの生き方、仲違いしたままでは魔法少達は一緒にはいられない。感情にソウルジェムは反応するのだから。葛藤はあった。迷いもあった。だけどその伸ばされた手を、差し出された手を、間をおかずにマミは握り返していた。まだよく分からないのに、キュウべぇですら岡部倫太郎の事をよく知らないというのに自分は手をとっていた。「よろしく・・・・お願いします」「ああ、よろしくマミ!」分かっていたがそれ以上に自分は、やはりかなり寂しがり屋なのだろ。思考が追いつく前に無意識に手を取っていたのだから。そして自分の手と重なっている今は少年の、自分より少しだけ大きな手の人の顔をマミは見た。岡部倫太郎は優しく、嬉しそうに微笑んでいた。その笑顔があまりにも綺麗で真っ直ぐで、純粋なものだからマミは呆気にとられ、無意識に繋がれた手にさらなる力を込めて握り返していた。「そんなふうに・・・・・・・笑えるんだ・・・」人が、人はそんな風に笑うことができるなんて・・・と、綺麗とか、純粋とか、現実にそう感じる事ができる笑顔を浮かべる人がいることに驚いたのだ。なにも今までマミが笑顔を見た事がないわけではない。ただ少女マンガの絵や、小説の表現として文章化されたものでしか今のような笑顔を見た事が無かった。尊いと、そう思える笑顔を自分に向けられた・・・・・・・・・。「マミ?」「あ、いえっ、なんでも・・・・ありません」その言葉に今度は苦笑している。ただの少年のように、嬉しそうに。安心したように。嬉しいときの笑顔、可笑しいときの笑顔、喜んだときの笑顔・・・・・自分が友達が家族が皆が、マミはいろんな人のそれぞれの笑顔をたくさん見てきた。素直に、正直に、咄嗟に、不意に、安心して、引きつりながら、押さえきれずに、躊躇いがちに、当たり前のように、嬉しすぎて、他にもたくさん、そんないろんな笑顔を、もしかしたらそれ以外の笑顔もたくさん見てきた。だけど今、岡部が見せたのはそれらとよく似ていて、違うような、だけどどの笑顔にも当てはまる不思議なもの。嬉しそうなのに悲しそうに、喜んでいるようで遠慮しているような、正直でありながら躊躇いがちで、当たり前のくせにまるで怖がっているな、よく分からない。いろんな思いを内包した笑顔。ごちゃまぜのくせに真っ直ぐに伝わる不思議な笑顔。目の前の笑顔は初めて見たもので、それでいて遠い記憶の、もういない家族が自分に向けてくれていたような温かい――――。「マミ、君にさっそく伝えねばならないことがある」「?」岡部の真剣な声にマミは耳を傾ける。テーブルを共にするさやかも、ほむらも、ユウリ(あいり)もだ。岡部の言葉には力があり、自然に気が引き締まる。今から岡部がマミに発する台詞はラボメンとして岡部倫太郎に定められた少女達全員へ向けられたものだから。「なに、君に・・・・・・・・・マツンダマドカ!?ダイジョウブダモンダイナイ、ゴカイモカンチガイモサセナイ!ダ、ダカラマッテクレッ」ただ一人、鹿目まどかだけが違っていた。とは言え特にまどかは何もしていない。ただニコニコと笑顔のままだ。それだけなのに岡部は怯えたように言い訳じみた台詞を壊れたラジカセのように紡ぐ。「どうしたのショタリン?なんか震えているけど・・・・・もしかして寒い?もっとくっついたほうがいい?」「イヤ、デキレバキョリヲトッテアンゼンヲカクホシタイデス」「うん?」「サアコイマドカ!モットモット!」「えへへへへ、しょうがないなぁショタリンはっ・・・・・うん、しょうがないよね?でも恥ずかしいから駄目だよ?私だってもう子供じゃないしねっ」「「「「・・・・・・・・・」」」」その様子を若干・・・いや、かなりの引き気味で皆は見守る。マミはさっきから気になっていたが親しいはずの彼女達が何も言わないので・・・・“これ”が彼等のデフォルトなのだろうか?と思い何も言えない。「あれ、そう言えばマミさんって夢の中で・・・?」「イケナーイ!!ダメダマドカッ!イマハゲンジツヲチョクシスルンダ!」「それに学校で・・・・?あれ・・・・記憶が・・・キリカさん?」「Σ((((;´゚Д゚)))ハワワワワ)!!?」「み、美樹さん!?」「諦めなよほむら・・・・ふふ、防音設備の無い建物だよ?有効範囲からは逃げ切れないさ・・・」ほむらは教室での騒ぎを思い出し腰を上げ、しかしさやかは諦めていた。(えっと・・・・これが普通の幼馴染みの関係なのかな?)マミは思う。先程、自分が喫茶店に到着したとき鳳凰院先生は鹿目さんとユウリさんに人気のない所に連行されて、しばらくして戻ってきたときには・・・特におかしなところはなかった・・・はず?ユウリさんの顔色は悪かったけど今は普通に飲み物飲んでるし・・・・。あと記憶が確かなら鹿目さんは鳳凰院先生の事を『オカリン』と呼んでいたような気がする。学校で聞こえてくる噂話でも唯一その呼び方を許されているとかなんとか・・・・岡部倫太郎→オカベ・リンタロウ→『オカ』ベ・『リン』タロウ→オカリンのはずだ。そう聞いたことがある。つまりショタリンは・・・・・ショタ化+オカリン→『ショタ』化+オカ『リン』→ショタリン?「あれ・・・・じゃあ“ヒキリン”ってなに?」「美樹さん私ね・・・今もの凄い怖い想像が―――」「聞きたくないっ、あたし絶対聞かないからね!」「ひき逃げとか引き裂きとか■■■■とか■■■■■とか―――」「やーめーてー!」同じ思考に辿りついた様子の両隣にいる美樹さんと暁美さんが言葉を交わしているがどうやら彼女達もよく分かっていないみたいだ。分かってはいけないようだ。正面では鳳凰院先生の左側に座った鹿目さんがニコニコと笑顔でショタ化した鳳凰院先生の腕に自分の腕を絡めている。右に座ったユウリさんは我関せずと不機嫌そうに再度注文したコーラを飲み続けている・・・・徐々に二人から距離を取っているような?鳳凰院先生は鹿目さんとお話を始めると口調が変わる。こう・・・なんというか決められた言葉を、最適な・・・・・洗脳されたような―――何を言っているのだろうか私は?そんなはずはない。普通の中学生にそんな・・・ん?普通ってなんだっけ?「キュウべぇ魔法ってすごいね、私の願いが少しだけ叶ったよっ」『それは良かった。まどか、魔法に興味が沸いてきたようだけど僕と契約すれば・・・・・え?』願いが叶ったとまどかは言った。願いが叶ったなら契約は――――と、キュウべぇだけでなくほむらもさやかも同じように視線をまどかに向ける。全員の視線がまどかに集まる。いつもの彼女ならそれだけで焦ったり戸惑ったりして声も小さく背も丸めてオドオドするはずが、今のまどかはニコニコと自分の願いを口にする。「私ね、姉弟で学校に行きたいなーって何度か思ったことがあるの。一緒にご飯食べて一緒に登校して下駄箱で別れて休み時間や移動教室で偶然出くわしたりしてそれに部活や帰り道で一緒に寄り道したりしたら楽しいかなって思っちゃうのでした。それで私は兄弟姉妹で学校に通っている人達に少しだけ憧れて、たっくんは小さいから一緒の学校には通えなくて無理って分かってた。だからその願いは気づけば小さくなっていつのまにか誰かと一緒に登校って形の憧れになって、さやかちゃんや仁美ちゃんと一緒で満足してて・・・・それでいつか完全に忘れていくんだと思ったんだ。だけど今年からオカリンが臨時の先生になってくれたから少しだけ夢が叶ったんだよ。オカリンは私にとってお兄ちゃんみたいな人だから朝ご飯は一緒だし登校する時も一緒、帰りはバラバラだけどそれ以上に兄妹一緒に同じ学校に通っているんだって思えばそれは本当に嬉しくて不満なんか無いはずなんだけどオカリンは毎日学校に来るわけじゃないでしょ?私のクラスの授業は週に多くて二回しかなくて最近物足りなくなっちゃった。最近ね、オカリンが同じ年の男の子だったらいいなって思い始めたんだ。それなら毎日一緒にいられるしさやかちゃんと上条君みたいに幼馴染み=兄妹の法則で楽しく過ごせるなあって幼馴染み万能説を・・・・そしたら学校はもっと楽しくなるよね?たくさんあるイベントをさやかちゃんや仁美ちゃん、ほむらちゃんにクラスの皆、そこにオカリンからショタリンにジョブチェンジした幼馴染みがいればきっと絶対確実に完璧に楽しいよね!」ハキハキと活舌の良い口調でまどかは一気に己の内を吐露した。普段の彼女と違いテンションを上げながら元気に活発に。また反比例するように普段とは違いテンションは降下・・・・落下し青ざめていくのは岡部倫太郎――――ショタリンだ。まどかは岡部の腕に己の腕を絡めながらニコニコと皆に、主に岡部に同意を求め、岡部は返事を渋っていたが・・・・まどかと視線が合うと吹っ切れたように爽やかな笑みを浮かべた。巴マミは今までいろんな笑顔を見てきたが、人はこんなにも『終わった』笑みを爽やかに表現できるのかと・・・・うん、危ない笑顔だとマミは思った。「「「「『・・・・・』」」」」「楽しいよね!」「アア、カクジツニタノシイナ!ムシロソウデナクテハイケナイ!」「「「「『・・・・・』」」」」「あ、そういえばショタリンじゃ・・・お髭剃れないね?うーん、代わりにシャンプーでもいいかも?」「アア、カクジツニタノシイナ!ムシロソウデナクテハイケナイ!」「「「「『・・・・・』」」」」「普段のオカリンと違ってショタリンは髪の毛さらさらだよねっ、あ、そうだ洋服も買いに行こうよ!仁美ちゃんも呼んでみんなでプロデュースしてあげるねっ」「アア、カクジツニタノシイナ!ムシロソウデナクテハイケナイ!」「「「「『・・・・?』」」」」「きっとカッコイイ服を選んでくれるよ。私ってそんなにファッションセンスがいいわけじゃないから始めは他の人に選んでもらって・・・・・あ、だけど一つだけ他の誰にも譲りたくないんだけどね、なんだか私ショタリンを一番にイジメてみたいの」「アア、カクジツニタノシイナ!ムシロソウデナクテハイケナイ!」「「「やっぱり洗脳済みだ!?」」」『まどかはキョーマに何をしたんだい?』片手を頬に当て、まるで告白した事を恥ずかしがるように「やんやん」と顔を振り照れているまどかにキュウべぇが皆が聞きたい事を代表として聞いてくれた。見た目だけなら可愛らしく恥ずかしがっているまどかだが・・・・その発言はなかなかアウト気味なのを気づいていないのか、キュウべぇの質問にも難なく応えてくれた。「え?少し幼馴染みについてと何故か頭に浮かんだ“12”という数字と将来についてお話しただけだよ?」12という数字、その言葉を受けて何故かユウリが震えているのを皆が首を傾げて・・・・・なんというか、とりあえず怖かった。さやかは“また”まどかが幼馴染み万能説の超感覚で何かを察知したのだろうと諦めの、悟りの境地で無理矢理納得した。ほむらとマミは訳が分からず戸惑い、キュウべぇはまどかから距離を取り始めている。まどかはニコニコと笑顔のまま、岡部はまどかのなすがままで周囲はそんな彼等の行方を静かに見守っている。岡部が何を言わず震えているので自然、会話が途切れて次のきっかけが掴めず誰もが押し黙ってしまった。(うーん・・・あたしが言うのもなんだけど、まどか暴走してるよね・・・・?)幼馴染みがショタ化、昨日、魔法の存在を知ったとはいえ衝撃は大きい。まどかもそれが原因で意味の解らない暴走を起こしているのだろう。もしこれが恭介だったら自分もまどか同様――――――・・・・・さやかはまどかの隣で既に涙目になりつつある少年、岡部倫太郎に視線を向けて半場ヤケになりながら考えた。(イジメたい、苛めたい?虐めたい?・・・・・・・ふむ)まどかはまるで恋を語るように、それも最高にロマンチックなラブレターを貰ったかのように頬を染め、隣の少年を涙目にするS発言を恥ずかしそうに紡いでいく。岡部の顔色は青くなったり白くなったり体調と気分は確実に下降気味だ。まどかは岡部の姿に困惑し、歓喜しているのか、己の発言のアッパー具合に気づいていない。親友は恐らく無意識だろうが、“あの”まどかがそう言っているのだ。意外すぎるが、まあ確かに普段は年上で偉そうぶっている人物が小動物のごとく震えている様はなんだか・・・それに今はショタ化していて可愛らしいので分からなくもない。想い人の恭介となんだか面影がかぶる・・・・こう、母性本能的ななにかが刺激されるのだ。(でもなあ、だからこそ苛めたいとは思わないのよね。逆に保護したいではあるけど・・・)こう、見た目では同じ年だろうが泣きそうになっているその頭を撫でてあげたい。さやかはそう思った。ときおり助けを求めるように上目づかいで視線を送るのだから一層そう思う。(あ~・・・・あー、恭介も困った時なんかはそうなんだよねー。あたしってこうゆうのに弱いのかな?ほむらは―――――)邪悪に笑っていた。(見なかったことにしよう・・・・・うん、それがいいよね)メガネでおさげ、大人しめで気弱なイメージの固まりのはずだが今はまどかの言葉に賛同するように岡部を見ていた。笑顔で。まどかとは違い精神的にではなく物理的にイジメてやろうと、どう懲らしめてやろうか思索中、考えるのが楽しいと・・・さやかの勝手な予想だが、決めつけは大変失礼だが、そう思わせるには十分な顔をしていた。きっと気のせいだ。そうであってほしい、イメージの押し付けはダメだと分かっているが人には相応のイメージというモノがある。それを大切にしたい。大切にさせてください。「えっと、これがシュタインズ・ゲートの選択ってやつ?」岡部の口癖を真似て、さやかはぽつりと呟いたのだった。そんなカオスな状況のまま数分が経過した。「「!」」よくわからない空気を物色するように突然マミとユウリが立ち上がる。「・・・・・きたか」「ショタリ―――・・・オカリン?」同時に岡部も、何かが切り替わるようにまどかの拘束から、腕を解いて立ち上がり会計に向かう。その背中にユウリとマミが声をかける。一方は急かすように、一方は焦ったように。「おいッ」「あの、鳳凰院先生―――」「わかっている。少し待て・・・・全員外に出ていろ」怯えていた姿から突如早変わり、マミとユウリを引きとめ、会計をすませ有無を言わさずまどか達を連れて外にでる。まどかとさやかが戸惑う。なんだろう、岡部倫太郎が怖い。そう感じる。知らない人のように、それが本性のように振る舞う彼が怖いと感じた。昨日感じた雰囲気と近い、まどかの中に嫌な感情が渦巻く。やっと捕まえたはずなのにそれに気づかぬまま岡部はマミとユウリに向き合い確認する。外は気づけば日が傾き黄昏の逢魔時、夕と夜の境界線、完全に夜になる前の時間、魔女が活性化し始める時間帯。「魔女だな」「へえ、わかるんだ?」「「!?」」「え、鳳凰院先生は分かるんですか?」「お前達の反応を見ればな」「先生、これからどうするんですか?」マミは驚くが岡部には魔女を感知する能力は無い。繰り返してきた世界線での経験だ。視線をまどか達にむければまどかとさやかが身を寄せ合い震えていた。昨日のことを思い出して人の死を、魔女の恐怖を・・・・・ほむらは難しい顔で岡部達を見ていた。どうするか、どうすべきか、悩んでいると岡部は予測した。岡部もどうすべきか悩んでいる。タイミングからして魔女は『薔薇園の魔女【ゲルトルート】』か『芸術家の魔女【イザベル】』のどちらかだ。正直『薔薇園の魔女』なら問題ない。使い魔ならなおの事、マミの結界なら使い魔を寄せ付けることなく、魔女本体が相手でもこの場にいる全員を守りながら戦える。しかし『芸術家の魔女』、コイツが相手だった場合はわからない。特別強いわけじゃない。いや、かなり硬いがマミの砲撃なら問題はない。問題があるのは物理的能力ではなく特殊能力、この魔女は精神系の攻撃を強く備えている、魔女は基本そうだがこの魔女の結界内ではこう――――人の弱みというか劣等感、卑屈な気持ちを刺激するかのように、心に囁き声が聞こえるのだ。特に問題無いような気がするがこれがそうでもない。ソウルジェムは感情に左右されるので能力の強弱に関係なくこの手の魔女は速攻で倒さないといろいろと響く、戦闘中はもちろん戦闘後も。過去の経験からマミは大丈夫だった。とはいえそれは絶対ではない、その時には仲間もいたし速攻で撃退、撃破してきたので長引けばどうなるか分からない。ユウリにいたっては本当に未知数だ。能力だけなら一対一でも魔女に・・・・・しかし今日のデートもどきでの少ない付き合いからこの手の攻撃に耐性があるのか分からない。昨日の戦闘からまだソウルジェムを浄化してもいない。まどかとさやかは本格的にマズイだろう。昨日こともあり、精神に強く作用するこの魔女はとても危険だ。現在の精神では魔女の口づけを否応なく、それを弾き返すだけの心の強さは期待できない。物理的攻撃からは守れても、呪いから自殺を、外からではなく内からの“それ”は防ぎづらく守りにくいのだ。それに、もしかしたらまた新たな魔女かもしれない。今まで見た事のないタイプの魔女の可能性も――――岡「近くか?」マ「はい、近いです」ユ「遠くだ」ま・さ・ほ「「「?」」」岡「うん?」マ「え?」ユ「は?」しかし考えても仕方がない。そう岡部は切り替えた。どちらにせよ全員でいくしかない。この世界が『鹿目まどかは魔法少女になる』ことを定めたのだから。世界はあらゆる手段で彼女に契約を迫る。例えば岡部達がいないときに自身の、友人の危機を覆すために。魔女結界そのものから遠ざけて安全な所で待ってもらう。一つの手だ、しかし述べたとおり周りに戦える者がいないときに、守り手がいないときに彼女は不幸な事故に遭遇する。新たな魔女の結界に取り組まれる。契約すように世界がそう仕向ける。だから共にいるしかない。危険だが傍にいなければどうしようもない。例え危険な結界内にも連れていくしかない。「え?」「ん?」一瞬の間をおいて、再びマミとユウリが顔を合わせて疑問符を浮かべる。「“ここでも”ニ体同時か・・・・・・・・別々に現れたのは幸いか、それとも――――」「ま、まってください!魔女が同時に―――!?」皆で一か所に固まって魔女と相対するつもりがさっそく思惑が外れた。岡部は一人冷静に思考するが周りは冷静ではなかった。岡部の言葉にほむらが焦った声を上げ、マミとあいりは岡部に視線を向ける。ベテラン(?)の彼女達も見た目では分かりづらいが戸惑っているのだろう。魔女が同時に、それに岡部の言葉から推測するに同結界内に魔女がニ体いることもあるかのような発言。「この世界線でも経験がないのか?」「「?」」「ああいや・・・・同時にニ体以上の魔女との戦闘経験は?」「使い魔なら・・・・でも魔女はありません」「ない」岡部はこれまでの世界線漂流で魔女が同結界内でニ体以上現れた戦闘を何度か経験している。しかしマミとユウリも、岡部同様に世界線を繰り返してきたほむらですら岡部と出会うまで魔女ニ体を同時に戦闘ということはなかったらしい。この世界線でもそうだとしたらこれは岡部が介入した結果なのか偶然なのか、現実にそうなっているのだから今は考えてもあまり関係はないがやはり疑問や不安は拭えない。常々思ってはいたが岡部が関わることで戦闘の難易度が上がっている?一般人も巻き込んだ戦場、確実に救えない人達がいる戦闘での選択。別世界線のほむらから聞いた過去の戦闘に比べ周りに対して精神への負担が大きすぎる。「そうか・・・・・確認するが二人とも魔女の気配に間違いはないな」「近くに一つ、遠くに・・・・一つ?」「遠くのは二つだ・・・・いや、これは――――」疑問というか、やはりというか、世界は本格的に鹿目まどかを魔法少女へと導こうとしている。別々の場所で魔女が出現、気づいてしまった以上戦力を分けて行動、しかし今は暁美ほむらは戦えない。マミとユウリは別々で、岡部はNDで戦力になるがワルキューレはもちろんギガロマミアックスすらない今の時点ではあまり期待できる戦力ではない。いざとなれば彼女は契約する。戦闘中でも、戦闘後の、奇跡に縋らなければいけない状況に追い込まれたりして契約する。鹿目まどかは契約する。「さて、どうするか・・・」「先生・・・」「分かっている」ほむらが不安げに尋ねる。何が言いたいのか、聞きたいのか岡部は理解している。どうチーム編成をするか。そして暁美ほむらを覚醒させるか。そう時間もかけられない、岡部はもちろんマミもそう思っているはずだ。とりあえずまどかとさやかは“これまで通り”マミと一緒で・・・・・ほむらも、そうなると岡部がユウリと一緒が無難、遠くには魔女がニ体いる可能性もあるから戦闘力に未知数のユウリでは不安だが―――――「私は遠くの奴をやる」「あ、まって飛鳥さんっ」「なに」「えっと、その・・・・」「・・・・・・・・・ちっ、何でもないなら止めないで」「ご、ごめんなさい、でも向こうは何だかおかしな反応が―――」「ん?」「だからなに?お前の許可でも必要なのか」「え?あ・・・その・・・・」「・・・・?マミ、何か気になることでもあるのか?」魔女が同時出現、それ以外に気になることがあるのか。「お前には関係ないっ」「えっと、実は魔女以外にもなにか変な感じが」「変な感じ?特殊な結界、または使い魔とかではなくか?」「はい、普通に感じることのできる魔女の気配の他に・・・こう、なんといか―――」「私は・・・・もういくぞっ」ユウリが会話の途中で駆け出そうとしたので岡部は慌てて彼女の腕を掴んで止める。彼女を一人にしてはいけない。もう会えないかもしれない。飛鳥ユウリのように・・・・それが怖くて岡部は必死で手を伸ばす。強く、掴んだ手を離さないように。跳び出そうとしていたあいりはいきなりのことに一瞬戸惑った――――が、すぐに視線に鋭さを宿し岡部を睨みつける。まさか自分みたいな奴を止めに入る人間がいるとは思ってもいなかった。その事に少しだけ嬉しいような気持ちがして、それを否定、勘違いだと自分に言い聞かせるように冷たい声で岡部に問う。「なに・・・・邪魔しないでくれる」「一人で行く気か、お前もその魔女・・・というか、その場所になんらかの違和感を―――」「私は“それ”を知っている。私なら問題無い・・・・・だから離して」「知っているのか?」マミのいう変な感じ。“それ”は今回が初めての現象だった。いままでマミがそう言ってきた世界線はない。初めてのパターン。これまでの世界線漂流で一度も無かったものだ。彼女は“それ”がなんなのか知っているという・・・・・本当なのか嘘なのか、嘘をつく意味はないかもしれない。だが岡部達から離れるために、または意地になっているだけかもしれない、しかし本当だとしたら?この現象はユウリと出会えたから起こったのか?彼女とはこの世界線に来て初めて出会ったのだからそうかもしれないし、そうでないのかもしれない。あまりにも都合よく行き過ぎてきた今回の世界線・・・・警戒すべきか?できればほむらが戦えない今はまどかと共にいた方がいい。しかし“それ”がなんなのか調べる必要はある。暁美ほむらが魔法の力を失っている。余りにも早い魔女との戦闘。ユウリ(あいり)とは初めて会った。三日目にしてラボメンが№07まで揃っている。それらはすべて、これまでにない展開だ。あまりにも出来すぎている。だからこそ今までにない違和感、出来事、現象に対し慎重に対処しないといけない。今までになかったからこそ今までになかった事が起こるのだ。自分にはマミが感じている“それ”がなにか分からない。だが目の前の少女はそれを知っているという。それがプラスとなるなら良し、マイナスとなるのなら排除する・・・・いや、どちらでもいい。全てを利用しシュタインズ・ゲートへの糧に―――「どちらにせよ俺は君から離れるわけにはいかない」「はあ?いきなりなんだっ、いっとくけど私は一人でも十分強いしお前はそいつらのお守りにでも――――」「君はっ」ぐっ、と掴んでいたあいりの腕を、その細い腕を引っ張り強引に視線を自分に、正面から向き合う。無理矢理の力づく、普段の尊大だけどヘタレな岡部しか知らない他の者は珍しさもだが、自分とは違う異性、男の怒声に近い声に驚いて硬直してしまう。「あ、う、」と岡部よりも圧倒的に強い魔法少女であるあいりも例外ではなく微かに震える。普段魔女という異形と戦う彼女達だが女の子で、分かってはいても魔女とは違う怖さを感じてしまう。とはいえ、それでも魔女と日々戦う魔法少女、その程度あいりはすぐに克服、目の前の男(少年)に文句を、いや反撃でもいい。その顔面に拳を叩きこもうとして――――「一人になるな」「・・・・・はあ?」岡部の言葉に苛立ったような表情を隠さず相対する。そうしなければ向き合えないから、目の前の異性は泣きそうな顔だったから。何故そんな顔をするのか分からないが、一つだけ分かる。いま、コイツは自分だけじゃない他の誰かも見ている。私だけじゃなくて、アタシ、あいりだけじゃなくてユウリを見ている。そう感じた。だから勝手に傷ついた自分を恥じた。ユウリに、親友に嫉妬しているかもしれない自分を恥じた。「なんで指図する・・・あまり調子に乗るなっ」「魔女が相手だ、一緒にいろ」「いきなりなんだ気持ち悪い・・・・・・・ユウリの話も聞けないならお前に用はない」「俺にはある」「知ったことかっ」「ならば知っておけ」「しつこいぞ!分かってんのか?こうしている間も犠牲が出ているかもしれない・・・甘ちゃんなお前はそれでいいのか?喰われているのは知り合いかもしれないぞっ」ビシッ、と空気が硬く、悪くなったような、険悪なものへと変わっていくのを誰もが感じた。「・・・・」「“私”は友人でもないし仲間でもない。優しくない!」「違う。君は優しいしもう友人だ、仲間だ」「いつからっ・・・・おまえが勝手に言っているだけだ。なにか?一度助けられたからか仲良しかくだらないっ」「違う」「じゃあなにっ、もうっ・・・・私に構わないで――――」「俺がそう決めた。だから断る」「・・・・は?」「俺がお前を仲間だと決めた。君はもうラボメンだ」「本当に・・・・意味が分かんない、私は――――」こうやって喧嘩腰の会話を続けている間にも魔女は確実に誰かを結界内に取り込み続けている。それを知っているマミは自分だけでも先に行くべきか悩み、しかしまどかとさやかが泣きそうな顔で戸惑っているのが視界に入り踏ん切りがつかない。ほむらは・・・まどかとさやかの安全を第一に考えている。全てにおいて何も知らないまどかとさやかは突然の事態にどうしたらいいのか分からず縋るように互いの手を繋ぐことしかできない。どうしてこうなったのか分からない。こんな険悪な感じになるくらいなら――――と、誰かがそう思い始めたとき「私は・・・・ユウリ・・・・・“アタシ”は優しいけど、“私”は優しくない。“私”はね、復讐のために・・・・・魔法少女になったの」ユウリが、あいりが語った。冷めた表情で、疲れた声で、諦めた感情で。「私はね・・・・・・プレイアデスっていう魔法少女の集団を全員――――」「ノスタルジアドライブ」大切で、重要な言葉だった。それは恐らくあいりがとっさに、だけどある意味で決意して告げようとした台詞を、だけど岡部が遮る。岡部は聞かなければいけなかったかもしれない。タイミングはどうあれ、大切な言葉を遮ってしまうのは――――だけど岡部は遮った。今はそうじゃないと、内容を確かめずに、ただ表情から、“まだ”まどか達にまで聞かせる訳にはいかないと、そう思ったのだった。独善で、自分勝手な判断だ。―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動電子音と同時に、岡部とあいりの足下から光が生れる。ヴン!あいりは覚悟して復讐の、自分の醜いものを告白しようとした。告げれば今ある関係が、今ですら喧嘩腰の状態だけど嫌われたくなくて、あいりは台詞と態度とは違い内心では必死に喧嘩腰の会話を止めたかった。告げれば嫌われると思っていながら、他にどうすればこんな嫌な会話をせずに済むのかあいりには分からなかったから。ユウリの姿で、優しいユウリを知る人に嫌われたくなくて、止めたくて、口から零れる汚い言葉を発する自分のことを止めたかった。彼と周りの彼女達に嫌われたくなくて、せっかく一緒にいてくれたのに怖くて、嫌だから、拒絶されるのが嫌だから今以上に嫌われる言葉を、それは会話を止めるために、矛盾しながらも発しようとした―――が、未知の感覚、よく分からないモノが自分の奥からやってくる。「な!!?や、やだッ、なにこれ―――ッ」―――デヴァイサー『飛鳥ユ―――error 杏里あい・・・』ノイズの多い電子音。岡部の足下に無色の紋章、あいりの足下には金色の紋章が展開。あいりは自分の体の奥、そこから溢れそうになる何かに怯えた。お腹の下のほうから くっ と、感じた事のない感覚、重なる、繋がる感覚に不安になる。何となくだが目の前の男に見られているような、実際に視線は此方を見ているので当たり前だが、なんというか内側まで見られているような、触れられているような、それは不快なような、くすぐったいような、恥ずかしいような――――なのにその感覚が悪くないと、自分という存在を肯定、受け入れられているようなそれは、はっきり言ってしまえば快感にも近かった・・・・・・駄目だ、このままではいけない、怖くて、酷く怯える。それが原因なのか、違うのか、とにかく嫌だと思った。そんなあいりの望みは奇しくも叶う。―――error「なに!?」バシッ!破裂音と同時に岡部とあいりの足下に展開していた紋章が弾けて消失した。「ぁ――――は、はなせ!」岡部が驚愕、そう表現できる声を上げた。次いであいりの叫び、あいりは掴まれていた腕を振りほどこうと暴れ、あっさりと外された事で後ろに跳躍、両腕で己を抱くようにしながら岡部から距離を取った。顔を赤くし、目尻には涙を浮かべながら、あいりは自分の体を確認する。ぞくぞくしたよく分からない感覚は薄れてきている。だけど体にはまだ熱と目の前の男の感触が――「これッ・・・いったい!?違うッ、私になにをした!」かすかに、ぼんやりと輝く金色の魔力があいりの体を包んでいる。その魔力は自分のモノ、活性化して勝手に外に溢れてきている。押さえきれず魔力を放出し、強制的に変身しようとしている。とはいえ、意識すれば魔力は完全にあいりの管理下に置かれ暴走することなく静まる。今までになかった現象に驚きを隠せない。魔力は自分のモノ。己自身。それを外部から干渉された・・・・深く、自分の大切な感情に。何が起こったのか分からず目の前の男を睨みつけるが男、というか少年は目を見開いていて「驚いたのはこちらのほうだ」と言わんばかりにあいりを見ていた。「君はいったい・・・?」「な、なんだよっ」「俺は確かにソウルジェムに・・・なのにどうして、今のはまるで――――」グリーフシード・・・?「ッ」ドクドクと、未だに収まらない動悸を無理矢理押さえつけるように胸元を右手でギュッと服の上から握りしめてあいりは逃げるように―――岡部に背を向けて逃げ出した。後ろから岡部が何やら叫んでいるが無視、あいりは全力で岡部の元から離れる。見られた。覗かれた。知り合ってまだ一日しかたたない相手に“観られた”。訳が分からず、訳も分からず、ただただ泣き顔を見られたくなくて、一心に魔女のいる方へ向って駆け出した。岡部は思う。疑問、不安はあるが優先すべきことは別にある。一人にしてはダメだ。彼女は一人にしてはいけない。「マミ!」「ひゃい!?」残され、いったい今のやり取りは何だったのか理解できなかったマミは岡部の叫びに驚いて台詞を噛んだ。幸い、そのことについて誰からもツッコミはなかった。岡部はマミの手をとり真剣で、苦渋に満ちた表情でマミに告げる。短く、要領を得ない言葉を。「頼むっ」ただ、それだけ。「ノスタルジア・ドライブ!」―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動叫びに呼応するように ゴンッ! と、先ほどとはケタ違いの光と音が岡部とマミを中心に発現する。無色の紋章が岡部の足下に力強く展開、魔法という奇跡が岡部の体に宿り始める。黄金の紋章がマミの足下にも展開されてマミは温かく力強い何かを感じ取り、自分の力が増したことを漠然と悟る。マミは形のないはずの“それ”が岡部のモノだと感じ取った。“それ”が自分と合わさって魔力が活性化、強化されたのを意識、理解する前に感覚で――――「え?ええ!?なにこれちょっとキュウべぇ!?」『それがノスタルジア・ドライブ 鳳凰院凶真の力 強制的に干渉 いや同意の上なのかな?』しかし突然のことで半場パニックになったマミはとっさにキュウべぇに助けを求めた。キュウべぇはマミに取り合わない。マミは“それ”が危険なモノではないと感じ取ってはいたが理解するまでにはさすがに時間を有する。あいりも驚いていたがなにせ反応しているのは、勝手に沸き上がってきているのは自分の魔力だ。そして魔力魔法の源は感情なのだ。それが危険ではないと感じ取ったとはいえ勝手に、いきなり、自分の預かり知らぬうちに大きく動き出せば―――普通に驚くだろう。というか恐ろしい。岡部は何も説明をしていないし彼女達は年頃の乙女だ。NDは思いを、感情を繋げるガジェット。いきなり異性の感情や意識が自分の心の奥底に干渉してきたら怖いし恐ろしい。嫌悪を抱かれても仕方がないことを岡部は知っている。まして今の岡部は自分の前から逃げ出した少女のことを考えている。焦りながら。不安になりながらだ。その激しい感情を一番深い所でダイレクトに受けたら、それはマミでなくてもパニックにもなる。「あっ!?」強化された黄金の輝きがマミを魔法少女へと強制的に変身させる。足下から輝く光はマミのローファーをブーツに変え、その身体をリボンのように光が包み込み見滝原中学校の制服、チェックのスカートを黄色の鮮やかなスカート、ショートガードに変え、制服の上着は清潔感のある白い上品なブラウスに、チャイナドレスのように胸元から喉を黄色のリボンで閉じた服装へ、二の腕から手首までを白のアームカバーで包んで手には丈夫そうなハーフグローブを。その姿は見る者に、素直に素敵だと思わせるデザインをしていた。その姿を最高に際立たせる黄金の輝き、光を撒き散らしながら驚いた彼女は反射で跳び上がった。彼女の頭にポンッと優しい音。茶色くて小さなベレー帽に真白の羽、そこに金の細工で花を表現したソウルジェム。繰り返される世界線漂流で幾度も見てきた巴マミの魔法少女としての姿に岡部は―――「まどか達を頼む」もう一度、繰り返し同じ言葉を伝えた。―――download 50% complete―――Situation start―――activation of Nostalgia Drive―――『巴マミ』―――soul gem『勇気と誓いを司る者【TIW】』―――development rate 63%―――expansion slot『VIRGINIA』―――consumption rate 33%「・・え・・・?」違和感、何かがおかしいと思う。だけど何がおかしいのか分からない。岡部は何か言いようのない不安を抱いたが・・・それを押し殺した。押し殺してしまった。やるべきことがあり、“気にかけるほどの違和感でも無かった”から、だから明らかにおかしい現象を岡部倫太郎は見逃した。昨日までの岡部なら絶対に無視しない何かを。とはいえ、仮に気づいたところで、何かが変わる事なんか、何かを変えることができたわけではないが――――どっちにしろ、岡部には抗う術は無い。―――Nostalgia・Drive ver2.5 system adjust 20・・・・・24・・・・・31・・・そして岡部の足下の無色の紋章が黄金に染められると同時、岡部の体を光が包む。皆が、まどかやさやか、マミやキュウべぇだけでなく、喫茶店の中から岡部達の様子を観察していた者や通りすぎの通行人の前で岡部は自分を包む光を振り払うように腕を振る。光が散り、魔法という奇跡を纏い姿が変わった岡部は自身の体を見降ろしNDの展開率に内心安堵。この世界線でもマミとの繋がりは最初から高いことに感謝した。「マミ、銃をッ」「え?あ、はいっ」戸惑いながらもマミは岡部が何を言っているのか悟った。察してくれたのか、繋がっているからか、それとも経験からか、マミは白銀のマスケット銃を一瞬で生成し岡部に渡す。ありがとう。そう言うと岡部はマミに背を向けて―――――「まってよオカリン何処に行くの!?」まどかが姿の変わった岡部の背中に飛びついて静止させる。岡部の姿は見滝原中学校の男子の制服をベースに服の裾や襟元を茶色と黒でコーディネイトし黄金のラインが刻まれたクラシックなイメージを彷彿させるデザインに変わっていた。昨日まどかが見た片腕を黒い甲冑を纏った姿とは違い嫌な感じも怖い感じもしない。むしろそれを凌駕する力強さと温かさを感じる・・・・だけど「お願いだから危ない事しないで!」だからといって安心できるはずもない。知っている・・・昨日の彼は間違いなく死にかけた。あのときはユウリのおかげで本当にギリギリ助かっただけだ。あの怖くて恐ろしい魔女のもとに行くというのなら黙ってはおけない。彼のおかげで、クラスのみんなのおかげで今日は昨日の記憶に呑まれることなく馬鹿騒ぎに大暴走・・・・楽しかった。嬉しかった。世界は壊れていない。失っていない・・・・だけど無理だ。ずっと怖い・・・・気づかなかった身近な恐怖、理不尽な悪意、忘れられるはずがない。もう、どうすれば安心できるのか分からない。たぶん、それを自分以上に考えてくれている幼馴染みが――――自分を置いて、遠くにいってしまいそうで、居なくなってしまいそうで怖くて怯える。・・・・・嫌だけど、それは絶対に悲しくて嫌だけどっ、彼が自分を見捨ててどこかに行ってしまう―――――“それはいい”。それなら我慢する。だけど自分のせいで、自分の居ないところで消えてしまうのだけは絶対に許せない。それが岡部倫太郎の意思でも。鹿目まどかにとって岡部倫太郎は幼馴染みで正義の味方だ。何も自慢できる特技も得意な勉強もないけれど、まどかは誰よりも岡部倫太郎の事を知っていると、これだけは譲れない一線として自負している―――――だからこそ不安なのだ。知っている。嘘つきな岡部倫太郎は自己の存在を他者よりも下に、常に知り合いを世界の上に構えて考え行動する。一度しかない筈の命に変わりがあるように、悪である自信を守る前に他者の為に行動する。それを知っているからこそ怖い――――「まどか・・・」「私もう嫌だよっ」昨日の悪夢、文字通りの地獄。あの場所へ、あんなもの二度と関わりたくない。自分はもちろん家族や友達も、傷つき、誰にも気づかれることなく殺されるなんて絶対に認めたくない。「みんなもオカリンもっ――――あんなのと関わっちゃ駄目だよぉ・・・・!」岡部は知らない。まどかも意識していない。もし仮に岡部倫太郎が“それ”が原因でいなくなってしまえば・・・・鹿目まどかはその原因を決して許さない。純粋ゆえに凶暴で、単純だから残酷に。無垢だからこそ最凶の・・・優しいからこそ恐ろしいモノ。原因に自分が絡んでいれば彼女は自分が赦せない。だがもし自分の与り知らぬ場所で、知らない・・・・自分じゃない誰かを見つめたまま消えたのだとしたら―――――鹿目まどかは岡部倫太郎を赦さない。誰よりも、自分よりも、決して、絶対に赦さない。そばにいてくれなくてもいい。隣にいるのが自分じゃなくても構わない。彼の一番になれなくてもいい。だけど最後を自分じゃない誰を見詰めたまま“わたし”・・・・否、『私の世界』から消えるというのなら――――それを鹿目まどかは認めることは出来ない。否、しない。まどかは意識していないから、この感情の出所を知らない。岡部はまどかの優しさしか知らないから、その感情に気づけない。鹿目まどかは鳳凰院凶真を知っている。その存在に引っ張られる魔法少女の存在を、“結果”を知っている。無意識だけど、現時点ではまどかも岡部も知らないけれど。知らないけど知っている。憶えていないだけで―――させない。“彼に誰も奪われないように”。岡部が誰かにじゃない、岡部に奪われないように、だ。例えば暁美ほむら、美樹さやか、巴マミ、佐倉杏子といった存在を岡部倫太郎に奪われないように。その逆もまた。それをまどか本人が知らないことが・・・まどかにとって一番の悲劇で、岡部とって一番の救いとなる。「おねがいっ」跳び出そうとした身体が強張り岡部は躊躇う。しかし、まどかの言葉に考えを改めるつもりは一切無い。決めたのだから、諦めないと、もう決して誰も見捨てないと。だから強張った原因は判断だ。岡部は走り去った彼女を追いかけようとしている。見失えばもう会えないのではないかと、そんな不安があるから。今ならまだ魔女の結界に向かえば間に合うかもしれない。きっと魔女の方へ行ったはずだから。しかし繋がった今も十分に魔女の気配を感知できない自分は可能な限り現場に急がなくてはいけない。今の自分はマミの能力の60%近くしか力しか使えない。十分とも言えるが索敵能力も劣化している。急がなくては。かといって、まどか達を放ってはいけない。マミに任せておけば大丈夫だと思うが―――世界は優しくない。昨日はすでに想定外の魔女戦もあった。これまで通りにいかないかもしれないし事情を知るほむらも戦えない。まどかだけじゃない、さやか、もしかしたらマミもここでの選択で失うかもしれない。漠然とした不安があるだけでマミ達と別行動・・・それはあまりにも思慮浅き選択かもしれない。「すぐに戻るっ」「まってオカリ―――!」保険、可能性、打開策、最善の方法を思い浮かべ岡部は“ほむら”に視線を向けるが、それを振り払うように決断する。例え愚かと言われても考えている可能性を優先した。それで何度も戦い傷つき失っておきながら・・・それでも岡部倫太郎は独断独善で決断した。それは何度も繰り返し、何度も経験したことで、どこかしら麻痺しているのかもしれない。傷つくことに、失うことに―――慣れてしまって、もう岡部倫太郎は壊れているのかもしれない。岡部は背中から抱きしめてくるまどかの手をほどいて跳躍、建物と建物の間、壁を蹴って屋上へ、まどか達の視界から消える。「くそッ」ダンッ!と、着地と同時に魔力で強化された脚力をいかし空を舞うように別の建物へ跳ぶ。魔女の位置はマミと繋がったことで大雑把に把握している。跳躍時に見たまどかの驚いた、傷ついた顔に胸を痛めながら自身の不甲斐なさに舌打ち、それでも建物の屋上を跳び越えながら新たなラボメンになった少女の向かった場所を目指す。マミのソウルジェムと繋がり、相変わらずの展開率の高さは普段運動不足の岡部でもこの程度の動作は難なく可能にしていた。(・・・NDに不具合が生じたと思ったが問題はないようだな)思うことは沢山ある。不安なことも。あまりにもうまく行き過ぎていて、どこかでリバウンド、それを超える不幸が、事件が、幸福と不幸を、希望と絶望のバランスをとるようにいつか訪れる・・・・そんな可能性を考えてしまう。まどかを傷つけ、そんな不安を抱いて戦うくらいなら残ればいいと、心の奥底で提案する自分がいる。「・・・・・・わかっている。かわかっているさ!」それでも駆け出した足を止めることは出来ない。泣きながら走り去った彼女も―――岡部倫太郎にとってはすでに仲間なのだから。一瞬しか繋がらなかったND、その時に感じた感情を無視することはできない。放っておくことはできない。「だから――――今はッ」ドン!踏み込む足に更なる力を、魔力を込めてコンクリートの屋上を踏みつぶしながら岡部は見滝原の空を跳んでいく。少しでも早く、彼女達の元に戻るために。泣いていた少女に追いつくために。この時点でも、NDの異常に気付かぬまま、気にならないまま、本来の過程を歪められたまま。■「オカリン・・・・」呆然と、まどかは親に置いていかれた子供のように岡部が消えていった建物の屋上を見ていた。岡部倫太郎は残酷だ。自己中の自分勝手で尊大で偉そうで自信満々で――――そのくせ本当は臆病者のくせに誰よりも早く自分達を助ける。駆けつける。ヒーローのように、正義の味方のように。彼の守ろうとする者は関係上、ほとんどが思春期の少女だ。岡部の意思や思惑はどうあれ結果的に彼女達の心を捕える。己よりも自分を優先する姿に惹かれる。いつもの言動から勘違いだと思わせ惑わせる。はっきりいって、正直に言えば、岡部倫太郎は特定の誰かを守ることは可能だ。ただ一人だけなら確実に守れる。その他を犠牲に、または積極的に関わらなければ彼女達を幸せにできる。彼女達の望むように在り方を選び自分を演じる。応じることはできる。だけどしない。岡部倫太郎は選ばないし応えない。選べば、応えれば助けきれない人がでてくる。ソレを知っているから、だけど繰り返すほど関わる人間は増えていき、守りたい人は増え続けそれが原因で己の首を絞める。気づいていながらそれをやめない、妥協せずに繰り返すほどに“足枷”は増えていくというのに。岡部倫太郎は残酷だ。どれだけ想っても、想われても彼に特別はいない。一番はいない。特別が、一番が無いわけじゃない。ただこの世界線では一番という概念がないように振る舞う。大切な人達に番号を付けない。誰も見捨てない。誰もが大切。誰もが好きで・・・・・要するに誰でもいい。「また・・・オカリンは・・・・・」彼は疑いもせず夢を見る。最後の■と信じて、思いこんで。彼の描いた夢の大きさに・・・・いつだって自分はため息を吐いた。岡部倫太郎は誰にでも優しい。それはつまり―――――だからいつも、最後には一緒にいても、隣にいても、■しても岡部倫太郎は“あの人”だけを想う。「まどか?」「・・・・・・・・・・・・・え?」さやかの言葉にまどかは はっ として思考が霧散したのを悟った。「え・・・あれ?」何を考えていたんだろうか?まどかは思い出せない。きっと大切なことだったと思う・・・・分からない。きっと、“また置いていかれた”からショックを・・・・・また自分じゃない誰かを・・・。「・・・?」あれ?と首を傾げるまどかにマミが慌てた様子で声をかける。「あ、あのねっ、みんなお願いがあるのっ――――――こ、ここから一旦離れてもいい・・・かな?」まどかとさやかとほむらは気づいた。真っ赤な顔のマミ、怪訝そうな顔で周囲を埋め尽くす“一般人”。「「「あ」」」岡部の人間離れした動きもそうだがマミもまた注目の的だった。光るし変身するし金髪だし可愛いし胸が大きいし恥ずかしがっている姿は抱きしめたいし人だかりが人をさらに呼び込み注目度が増す。マミは泣きそうだ。というか目尻には涙が浮かんでいた。生まれたての小鹿のように震えている。「・・・魔女の事もあるからこっちへ」岡部にも頼まれた手前、マミは一人で魔女の元に向かわずこうして恥ずかしくて爆発しそうにも関わらず自分達のために残ってくれている。それを悟ったさやかはほむらの提案を受け取り了承、まどかの手を引いて場から逃げ出す。「ま、まっておいていかないでぇっ」後を追うようにほむらとマミも駆け出すが・・・・・涙目で必死に自分のあとを追いかけてくる金髪の少女。なんだこの可愛い先輩、抱きしめたい!と、さやかは場違いな感動に満たされる。そうやって、馬鹿みたいに美樹さやかは現実逃避する。考えなければいけない事を放棄する。怖くて、嫌で、信じられなくて、否定する。「美樹さんっ」現実逃避しているさやかは隣を走るほむらの横顔を見て息をのむ。「あそこのっ、建物にっ」苦しそうに走るほむらの顔は真剣で、不安と焦りが見てとれた。本来なら自分もそうならなければならない。真剣にこれからどうすればいいのかを考えなければならない。でも現実逃避をしてしまった。不安から、恐怖から・・・・・分からなかったのだ。昨日のような化け物、魔女が近くにいて、あの岡部倫太郎がこの状況で自分達を置いて別の場所に向かったことが意外で――――怖い。現実味が感じられない、現実であってほしくない。(あの子を選んで見捨てられた・・・・ってわけじゃないのは分かってるけどさ)工事中の建物の奥まで全員が駆け込み一旦休憩、視線を隣のまどかに向ければそこにはほむらと同じように息を切らして苦しそうにしている姿。ポンポンと、優しく二人の背中を叩いて落ち着かせると「ありがとう」と笑顔を向けるがやはり元気がない。まどかは魔女が近くにいると思えば当然だがそれだけじゃないだろう。近くに危険があることを承知で彼女の幼馴染みは別の少女を追いかけていったのだから。「・・・・・・あっ・・・・」「まどか?」まどかが何かに気づいた。「あ、ああ・・・・・あああああああああああ!?」「ま、まどか!?」突然の絶叫にマミとほむらは何事かと視線をまどかとさやかに―――「は、恥ずかしぃ」「「「・・・・?」」」さやかは、というか皆はまどかが一瞬何を言っているのか分からなかった。「これじゃあ私ッ、私は―――!」「まどか落ち着いて!」「鹿目さんどうしたの!?」ほむらとマミがまどかを落ち着かせようと身体を支えるが、彼女は叫んだ。「上条君のもってたエッチな本に出てくるヤンデレだよー!!!」・・・・いまさら?と誰もが思った。■見滝原のとある病院。「へっぷしっ・・・・ずず、風邪ひいたかなぁ?」散らかった部屋を車椅子に座ったまま、リハビリの必要な体でせっせと片付けていた上条恭介は首を傾げる。なにやら理不尽な誤解が爆誕したような寒気が・・・・いや、脱がされたり全力でツッコミをしていたのでそれで体力を削ったからかもしれない。そうであってほしい。「はあ、せめて看護婦さん・・・・今は看護士さんだっけ?お手伝いが頼めれば楽なんだけどなぁ」しかしそうもいかない。お願いすれば引き受けてくれるだろうが、お仕事中に個人的理由で職務を中断させるのは気が引ける。なによりも。「みんながもってきたエロ・・・・もとい保健体育の本はあらぬ誤解を受けそうだし・・・・うう、せめて片付けてから帰ってほしいよ」だからしぶしぶ一人で、車椅子に座ったままの動きにくい体勢で片づけをしなくてはいけなかった。なんだかなー、と、上条はため息。騒ぐのは良い、いや駄目だけどせめて片付けはしてほしい。仮にも自分は中学二年生、この手の本を所持していると思われるのは恥ずかしい。自分のモノならまだしも、ここにあるのは全て他人のである。「“また”さやかに誤解されたかなぁ・・・」それなりに純情な彼女の目に入らないように配慮し隠すが・・・・何度も見つけられた。特に彼女は探したりしないが偶然や奇跡のような事象の重なりで発見される。そして誤解される。何故見つけきれる!?と叫びそうになる所にあるのまで・・・・・鹿目さん曰く―――幼馴染みのことだもんっ きっと上条君の邪な何かを察知したんだよ「くっ、幼馴染み万能説か・・・ッ」被害は拡大する一方だ。誤解は解けないままだ。現在の僕は幼馴染とその親友からどれだけ守備範囲が広い奴と思われているのだろうか?ペドにロリ(この二つのジャンルの正しい線引きはクラス内で未解決の討論として現在も引き続き・・・・どうでもいいや僕には関係ない)、学生に社会人、コスプレ、外人、獣、熟女、宇宙人、ラーメン(?)、二次元、建物、風景、音楽、そよ風(?)、擬人化、・・・・etc.なるほど資源が豊富だ。さやかは純粋なのか馬鹿なのか毎回誤解し僕の趣味が大海原のように広大なモノだと・・・・・ラーメンに関しては本気で心配された。「・・・・・いや、擬人化もしていないラーメンっていったい?」勇者すぎる。中身は怖くて見なかったがさやかの様子からあれは本気で危ないものだ。・・・・誰の持ち物だったのだろうか?無機物に萌えきれる業の深い者が多いクラスの中でも異端すぎる。「まあ、もう諦めたけどね・・・」うーん、と、一人になった病室で上条はどうでもいい事を考え外に視線を向ける。「はやく・・・・退院したいな」病室の窓から見える黄昏の空を見ながら寂しそうに、悲しそうに、少年は呟いた。上条恭介、少年の願いは叶う。あまりにもはやく、予期せぬ出来事で。この世界には魔法も奇跡もあるのだから。■岡部倫太郎がこの世界線に来て三日目、岡部と関係する戦闘は三つ。一つは巴マミと『薔薇園の魔女』の使い魔。一つは杏里あいりと『芸術家の魔女』。一つは――――まだ起きていない。その一つ。「うにゃああああああ・・・」うねうねぐねぐねと、鹿目まどかは自分の体や頭を抱きしめるように、腕を巻きつけるようにして廃墟の地べたで悶えていた。普段の彼女らしかぬ行動だ。キャラの崩壊が近い。いまさらだが、本当にいまさらだが。ほむらとマミの位置からはスカートの中身がオープンコンバットしていたが彼女は気にしていないようだ。気にするだけの冷静さがないようだ。自分のアッパー発言トンデモ発言を思い出す度に顔から火が出て死にそうなのだ。自分じゃない自分のようで確かな自分。日本語がおかしくなっているぐらい訳が分からず頭を抱える。彼にどうやって謝ろう?それを考えると冷静ではいられない。「まどか落ち着いて・・・・その、大丈夫だよ?」「疑問形だよほむらちゃん・・・・最後までしっかりと・・・・ううっ」ほむらはオロオロと、どうすればいいのか分からなくて戸惑っている。こんな展開は初めてなのだから、こんなまどかは繰り返してきた時間軸ではなかったのだから。それに気になるのは、心配なのはまどかだけではない。「美樹さんまで」「・・・・あたし・・・・恭介の気持ちが分からない・・・・」ズーン。と、さやかは敷地内の隅っこで落ち込んでいた。幼馴染で想い人の上条恭介。彼に好かれようと彼の好きなタイプを自分なりに探ってきた。今年は特にいろんな情報が集まった・・・っていうか集まりすぎた。(病院生活の長い恭介には・・・・恭介も男の子で思春期でっ・・・・・エッチで・・・・否定はしないよ?男の子はそんなものだって知っているしそこは理解しているさやかちゃんだし)自問自答(?)。そう、彼とて健全な十代、邪な欲望を覚醒させる中学生の時期のド真ん中で運動もできない病院生活、溜まる・・・・じゃなくて貯まる・・・・どっちでもいいよ重要なのはそこじゃない。いや・・・・重要だけど、大切なのは心!・・・・・何の話だ?あれだ、“そういう本”は持っていても不思議じゃないし奪う訳にはいかない。動けない彼が発散するには“それ”が必要だ、それを奪うことは『代役』を務める覚悟がなければいけない。(いやー・・・・いやいやまだ早いしそれに覚悟がッ、い、いいいいやじゃないけどね!?でもほらあれだよね!?)まだあたしには早い・・・・しかしだ!おばさん(上条母)も言っていた。「あの子は父親似だから・・・・こういうときにしか意識してくれないと思うわよ?」と、本当に疲れた表情で意味ありげに教えてくれた。きっと若いときは苦労したんだろう。いや、今も時々なんらかの、なんらかが、おじさんの周りであるからもしかしたら“まだ”・・・最近高校時代のクラスメイトだった人となんとか・・・・(・・・・・・・ん?“こういうとき”って・・・・・・)つまりあれがああなってあれがこうであれこれで?つまりなんだ?こういう時期を計画的に狙わない限り恭介はイースター島のモアイ像のごとく鈍感を通り越して・・・ん?つまりおばさんはそのタイミングを狙っておじさんをGETし――――(・・・危険な想像はここで打ち切ろう・・・)問題は集まりすぎた情報――――だ。思考がイースター島を目指し始めたが修正改善落ち着け美樹さやか、あたしはやればできる子見滝原代表に選ばれるぐらい頑張るんだ。・・・問題は彼の趣味が余りにも各分野に全力で拡散しているのが不味い。本来なら二次元でしか満たせない筈のパーソナリティーを彼の周りの少女達は持っているのだ。シスター、ツンデレ、お姉さん、巫女さん、委員長、巨乳、メイド・・・他にもたくさん、なのにここにきてヤンデレも付加され――――どうすればいいのだ!?(幼馴染み属性が薄れて埋まる・・・・唯一優位になれるはずのキーワードが埋没、それにあたしが知らない子が多いのも問題なのよね)彼を中心とした物語、そこに自分も関わっていれば彼のヒロインになれるかもしれないが、このまま知らない間に新たなキャラと交流を深められた場合、その度に登場できなければ話の都合上恭介視点の物語ではあたしは登場しないままドロップアウトしてしまう。科学と魔術が交差する世界でのヒロインのように。それに、つまり他の少女との接点がない幼馴染キャラは早期に攻略対象から外される非運の運命、最悪攻略そのものが不可能な意味の解らない存在に・・・・攻略するにはファンディスクを買うしか――――・・・・てっ「ゲーム脳かぁああァ!!」「美樹さん!?」「み、美樹さん!?だ、大丈夫?頭が・・・じゃなくて混乱してるのっ?」一人ツッコミをしてしまいマミさんとほむらに本気で心配された!?と、ギャルゲー知識を埋め込んだクラスメイトにいつか復讐することをさやかは心に決めた。しかし・・・・ほむらは何やら失言を吐きそうだった気がしたが気のせいだろうか?いや、きっと魔女の恐怖に怯えて混乱していると思っているはずだ・・・そうであってほしい。このままでは知り合ってまだ二日のほむらと今日初めてのマミさんに誤解される、痛い子として。「な、なんでもないですだよっ」「そ、そう?語尾がおかしいけど・・・・えっとね、大丈夫だよ美樹さん」「えっと、なにが?」「美樹さんにはヤンデレの資質は大いにあるから」「なんばいっとるだべか!?」「美樹さんは地方の出身なの?」ほむらの自信を持った発言で言葉使いが変になっていた。そのせいか、マミのさやかに対しての印象は・・・・・まあ、いろいろ確かだろう、さやかはさらに落ち込んだ。なんだか今日は精神的にくる日かもしれない。もっともそれは、この場にいる、ここにはいない者を含めて全員に言えた。悶えているまどかも、驚いたマミも、戸惑うほむらも、ここにはいない岡部とあいりもそうだ。「巴マミ・・・先輩、魔女は?」「ええ、すぐそこまで来ているわ」ほむらのその声に、マミの言葉に、さやかとまどかに緊張が、戦闘に備え集中するためマミには落ち着きが出てくる。ほむらはまどかとさやかと腕を組んで一か所に、できるだけ身を寄せ合うようにしてくっつく。暁美ほむらは、彼女は自分がどうしようもなく弱くなっていることを自覚していた。魔力だけじゃない、心も体も。悶えようが落ち込もうが、できればもうしばらくは彼女達の意識を魔女から離しておきたかったが嫌な気配にほむらは二人の恐怖を煽る。可哀想だが危険を意識させる。いきなりでは危ない、事前に知っておいた方が、来ることが分かっていた方が覚悟を持てるから。無力でも、怯える以外に何もできなくても。覚悟は力になる。暁美ほむらは魔力を失っていても歴戦の魔法少女、それも何度も感じてきた気配、既に近くにまで危険が迫っているのを感じた。だから心の中でごめんなさいと謝りながらも自分の判断を間違っていないと己に言い聞かす。だけど思う・・・次に岡部と合流できたら質問が、問いかけがある。それの返事次第で、そのときは本気で、怒りと憎悪を込めて殴る予定だ。岡部倫太郎、鳳凰院凶真、暁美ほむらは彼の事が嫌いだ。それに憎い。今回の件、もし予想通りだったならとても許せそうにない。それこそ殺したいほどに。予想通りなら岡部倫太郎はこの場にいる全員の安全を、生き残れる可能性を大きく切り捨てたとも言えるから、言い換えれば―――見殺しにしたのだ。そしてそれは間違いなく真実で、岡部倫太郎は暁美ほむらの命、及びまどか達の命と自分の理想を天秤にかけて判断した。最悪、彼女達の中から死人が出る可能性を知っていながら。絶対に許せない。知っている彼が、戦えない自分が赦せない。「ここから出ないでね」その声にほむらは思考を切り替える。今は何より目の前の脅威だ。ほむらの目の前でマミが結界を張った。黄色のリボンを彼女達の周りにサークル状に配置、そこから光が天に伸びて簡易型の結界が三名を守護する。ほむらはへたり込み一気に顔色を悪くした二人を抱きしめマミを見上げる。かつての世界で自分を助けてくれた恩人で先輩、尊敬し憧れ、いつの頃からか敵対関係になった悲しい間柄になった人を。「お願いします」戦えない私達を、いつかのような、確かにあったあの時のように、今さらだけど、自分勝手で都合がいいかもしれないけれど、今は一緒には戦えないけれど―――ほむらはマミに謝りたかったが堪える。魔女は怖い。戦う力を失ったのだから当然。だが、それよりも怖いモノがあった。守ってくれる存在である巴マミに否定される事、嫌われる事。繰り返すほど拗れた関係。しかしこの世界では魔力を失った代償に関係を修復できるかもしれない。美樹さやかのように、かつての先輩を、この世界でなら、あの時間を――――本当に取り戻したかった瞬間を――――取り戻せるかもしれない。まどかと、マミと共にあった時間を。「ええ、まかせてっ」だから気負うことなく、自然に自分達を安心させるように微笑む彼女が「速攻で片付けるから」その視線が、自分にも注がれていて、ほむらは顔を伏せる。「貴女達には、絶対に手出しさせない!」空間が歪む、世界が捻じれて変わる。ねじ曲がった世界、誰かの嗤い声が聞こえてくる。じゃらりと、鎖を引きずる音、黒い蝶が舞い、顔のない男達が佇み、死んでしまったような街が横たわる。子供の声、楽しげで、悲しげで、壊れていて、薄気味の悪いその声は鎖が鳴る音と重なり踊るように悪意だけを漲らせ近づいてくる。戦えない、無力なはずのほむらは、ついに涙を流した―――――場違いな嬉しさで。「安心して、私が守るから!」自分が弱くなっていることを自覚している。昨日の魔女戦からずっとこうだ。さやかとの関係を修復・・・というには語弊があるかもしれないが、ほむらにとっては―――――元に戻った、とは言わない、絶対に。だけどその時からか、もしかしたらその前からかもしれない、ただ分かる。はっきりと自覚できる。自分は弱くなったと。腕力や魔力じゃない。精神が、覚悟が、どうしても揺らいでしまう。張りつめていた何かが瓦解してしまっている。決して緩めてはいけない緊張感を失い、何一つ好転していない現状を受け入れている。戦えない自分を、彼女達の絆のためなら仕方がないと受け入れようとしている。時が経てば『ワルプルギスの夜』がくるというのに、自分はこのままがいいと願っている。このままではいられないことを知っているのに。戦いたくないと、傍にいたいと、泣きたいと、そう思ってはいけない段階で“心が折れている”。「・・・マミ・・・先輩・・・マミさん」そのくせ今は恐怖なんてなかった。存在しようがなかった。本来なら魔力を失ったことで、何もできない病弱な少女なだけの自分なら使い魔が相手でも最悪、戦う前に絶望しただろう。だけど今はありえない。巴マミが、自分達を守ってくれているのだから・・・・・二度と無いと思っていた。敵対するのではなく、肩を並べるのではなく、後ろから・・・あの背中を、彼女に守られることが、守ってもらえる事が安心を、喜びを生んだ。自分が情けないと思う。歴戦の戦士でありながら、戦う力を失ったとはいえ彼女に守られることを喜んでいる。本来なら戦えない、手助けもできない事を恥じるべきなのに、巴マミの脆さと弱さを知っていながら寄りかかっている。甘えている。本当に支えられないといけないのはマミの方だ。それを知っているのに自分は――――「だから泣かないで暁美さん、私がいるから大丈夫よ」どうしても、彼女が自分に笑いかけてくれる状況が嬉しくて―――流れてくる涙を止めきれなかった。それを良しとしている自分が―――否定できない。最悪な事に、馬鹿な事に。愚かな事に。「はい、巴先・・・輩」昔のように「巴さん」と呼べない自分が嫌だった。そんなほむらに、泣きだしているほむらに、マミは優しく微笑んだ。円陣に刻まれた結界、地面からさらに目映く光が照らされ、力強い黄金色が辺りに広がり薄気味悪い全てを蹴散らす。結界の力が増して黄金の光が辺りを照らす。マミは自身の力が増しているのを感じていた。負けない、引けない、絶対に。その思いに呼応するように胸の奥から沸き上がる熱い感情がマミをさらに奮い立たせる。負ける気がしない。マミは白銀のマスケット銃を召還し速攻で片付け―――――ようとして異変に気付く。『■■■』『■』「・・・・・・・?」視界に映っていた使い魔が離れていく、そして次第に景色が元に戻ろうとしている事にマミは気づいた。結界の輝き、その力強さだけで使い魔は退散、逃げ出したようだ。世界が元に戻って行く。圧倒的すぎて、今日行われた三つの戦闘のうち、一つはこの瞬間、始まる前に終わったのだった。「・・・・えー・・・・・」恐怖から一転、ポカンとするまどかとさやか、だが一番唖然としたのはマミだろう。意気込んで、あわよくば後輩に格好良いところを見せようと、喫茶店や外での醜態を返上し名誉を挽回させようと思っていたのに行き場のない高揚感を抱えたまま立ちつくす。まさに不完全燃焼(?)だ。世界が揺らぎ数秒で元通り。背後で神々しく輝く結界が逆に悲しいような哀れなような・・・マミは恐る恐る振り返る。自分の後ろにいる後輩達の反応が気になって。もしかしたら格好付けと笑われるかもしれない、何一人で盛り上がっているの?と呆れているかもしれない。見た目もだが、それ以上に内心もビクビクしながら振り返れば――――「ふわー・・・・」「きれー・・・・」「え?」まどかとさやか、二人は夢心地にマミを見ていた。その様子は決して心配していたものではなく、魔法に、もしかしたら自分に一応の――――?とりあえず結界を解除、マミは見た目余裕を持って、それでも内心ビクビクしながら体も振り返りまどか達と向き合う。「も、もう大丈夫よっ」笑顔で、少しつっかえたが彼女達を安心させるように―――「「か、かっこいい・・・・!」」「え!?そ、そう?ほんとに?あ、うれし―――」好印象だったのか、まどかもさやかも褒めて(?)くれた。しっかりしなくては!と思っていたがこうもストレートに、純粋に言ってくれる二人につい頬が緩み、素で照れてしまうマミ。マミは嬉しかった。喫茶店で話をして、ここに来る途中での話で自分は魔女同様、怖がられるのではないかと思ったから、だけど彼女達は違った。だから本当に嬉しくて笑った。その笑顔は綺麗で、まどかもさやかも同性でありながら思わず見惚れてしまった。「巴先輩!」「にゃふん!?」が、直後のほむらのタックルを不意打ちで受けて転がる彼女に、まどかとさやかは綺麗というイメージから可愛いというイメージにシフトする。「う、ううっ?いったい・・・暁美さん?」「今までごめんなさい巴先輩ッ、あ、ありがとうございます!わたしッ、私は―――!」「え?なに―――ってだめっ、駄目暁美さんストップ!スカートが捲れて―――!?」混乱するマミを押し倒し抱きしめながら、ほむらはマミに縋りつくようにお礼を、感謝を、思いを伝える。言葉にはならない、何と言えばいいのか、何と伝えればいいのか分からない“何かを”、謝りたいのか、伝えたいのか、感謝か、恨みか、懺悔か、後悔か、嘘か、真か、分からない、今の自分が何を何と言えばマミに自分の気持ちを正確に伝えきれるか分からない――――ただ、できることは尊敬する先輩を、弱いくせに強がり、寂しいくせに強がる先輩を、確かにあった、あの時のように自分を守ってくれる人を、ほむらは抱きしめて、ずっと涙を流した。あれから、初めて出会ってからどれだけの時間が経ったのだろうか、あれから、どれだけの別れを繰り返してきたのだろうか。失って、失い続けて、ここまで失ってきたから取り戻し始めている。あの頃を、あの時間を、あの頃の関係を。時間が経てば悲劇はまた訪れる。なら早く魔法を、代償を、対価を求める奇跡をその身に取り戻さなくてはいけない、だけど暁美ほむらは、一度は『諦めた』彼女は、本当に取り戻したかった再会を、時間を、魂を捧げてまで叶えたかった奇跡を前に――――不安も、疑問も忘れて涙を流し続けた。失う悲しみを経験し、その後も失い続けてきた。『孤独』からの『奇跡』は暁美ほむらを弱くした。再び得たそれは甘美で抗えない。その先に何があろうとも、幼い少女には振り解けない枷となる。「あ、暁美さんお願いせめてスカートだけはっ!あ、やだっ、見ないで二人と―――っ!!?きゃああああ!?」押し倒され抱きしめられたことによって顕になったスカートの中身を同性とはいえ、同性であろうともさすがに恥ずかしいのか、恥ずかしいに決まっているが、ほむらの体が丁度ロックする形でマミのスカートを捲ったまま固定、マミが下着を隠そうと焦れば焦るほどずり上がり――――「ひゃん!?」マミは叫ぶがほむらは感極まったまま抱きしめ続け、スカートは中を晒し続け、まどかとさやかは顔を赤くしたまま何かイケナイコトを目撃しているような貴重な体験をしているようで――――「ほんっ、ほんとにもうダメー!!」後輩に格好良い所を魅せようとして空振り、おまえにこんな醜態、魔法少女の腕力でほむらを引き剥がせることも可能だが混乱から頭が回らず、かといって暴走してほむらに対し無意識に力を発揮することもない優しいマミは――――「ふ、ふえええっ、キュウべぇたすけてぇえええ・・・」限界まで高まった羞恥心から泣きだした。歴戦の魔法少女の巴マミは年下の、メガネほむらに泣かされたのだった。さすがにその時にはまどかもさやかも助けに入ったが時は既に遅く、ほむらも土下座で謝るがマミは体育座りで皆に背を向けぐすぐすと鼻をぐする結果となった。「うっ、うう・・・ぐすっ」「ご、ごめんなさい巴先輩っ」「「・・・・・」」めそめそと、年上で格好いいお姉さん系魔法少女が泣きながら落ち込んでいる。その姿に威厳は無く、まどかとさやかにはただただ巴マミが―――可愛く見えた。魅えた。なんだこの不思議生物可愛い・・・年上のはずだが年下に見える。頼りになりそうでほっとけない保護欲が急き立てられる。凛々しそうで甘えっ子、神々しくて子供っぽい、強そうで泣き虫・・・・綺麗というよりも最早巴マミという先輩は――――可愛い。「えっと、マミさん大丈夫ですよ?」なでなでと頭を撫でるまどか。「飴舐めますかマミさん?」鞄からのど飴を取り出すさやか。「じゃ、じゃあ私はハンカチどうぞっ」と、ハンカチを差し出すほむら。「ううっ、うわーーーーーん!!」甲斐甲斐しく世話を焼き始める後輩三人の様子に、本来のポジションが逆転していることに、マミは泣いた。きっと彼女は泣いていい。体育座りで落ち込んでいるところをまどかには頭を撫でられ、横からさやかとほむらが飴とハンカチを差し出された姿に見滝原最強の魔法少女としての威厳と威光は皆無、ただただ愛らしい少女だけの姿があった。その姿は、その様子は彼女にとっては不本意かもしれない。だけど現状のマミは、魔法少女になってから一度も無かった姿だ。素の自分、本来は甘えっ子でヘタレな巴マミ。泣いている自分を慰めてくれる、心配し一緒にいてくれる存在。両親のように、友達のように、マミは気づいていない、当たり前のように接してくるから、当然のように構ってくれるから、優しいから、温かいから、なにより自分が情けないと思っているから気づけない。一人ぼっちと思っている少女は一人じゃない。なんだかんだ、少なくてもこの場にいる者から巴マミは愛されていた。「あれ・・・・キュウべぇは?」まどかは気づいた。いつの間にか白い魔法の使者がいないことに。「もしかして・・・・オカリンのところ?」■同時刻、別の結界内でそれは起きていた。「魔女の同士討ち?」契約で飛鳥ユウリになることを願った杏里あいりは魔法少女になって初めて魔女同士の戦闘を目撃した。正確には魔女と“魔女もどき”だが。あいりのその目に涙は無い、表情には混乱も戸惑いも無い、気付けば鼓動は落ち着き冷静さ、冷酷さが戻ってきていた。思考を戦闘、観察にスイッチし目の前の状況を確認している。神話にでも登場しそうな巨大な門のような魔女。パリの凱旋門・・・いや、地獄の門か、不気味な彫刻が掘られている。門の向こう側の景色は暗い光で遮られ、そこから使い魔であろう二種類の異形がぞろぞろと際限なく召還されていく。もう一体の魔女は紛い物だ。姿は巨大なカマキリ。高さがニm、全長は5・・・6mを超えているかもしれない。両手の大鎌は近づいてくる使い魔を圧倒的リーチで切り裂く。普通のカマキリとの違いは巨大さもだが、大鎌以外の足が人間の腕であること、使い魔を押し潰し握り潰す。「イービルナッツの実験は成功・・・・・魔女と同等の強さを持つ存在は初めてかも」『イービルナッツ』。グリーフシードの複製品のようなマジックアイテム。“人間を魔女化させる”このアイテムはしかし、魔女そのものと対抗できるだけの存在を生みださなかった。一般の人間ならともかく、魔法少女や魔女の相手としては下の下、使い魔程度ならともかく、魔女と正面から戦えるだけの戦闘力はこれまでの実験からは確認できなかった。それがこうして戦闘している。優勢に、魔女の使い魔を簡単に、圧倒的に駆逐していく。そして使い魔のストックに限界でもきたのか、門から召還される使い魔は勢いを失いその数を目に見えて減らしていく。魔女もどきの大鎌は勢いを増していき――大鎌はついに魔女の本体に届いた。『――――』門のような魔女。『芸術家の魔女【イザベル】』に大鎌は叩き込まれ、刃は門の柱半場まで食い込む。先制打撃、斬撃を与えた。この場面を見れば魔女もどきが有利に見える。魔女は使い魔以外に攻撃手段がなそうに見えるのも要因の一つだろう。文字通り手も足も出せない状態だ。しかし魔女は超常の存在、理を捻じ曲げてまで産まれた―――ある意味奇跡の存在。見た目で判断するのは愚の骨頂。魔女はガガガッ、と、身が崩れて地面へと吸い込まれていくようにして姿を消した。残ったのは魔女もどきのカマキリのみ、獲物を失ったその大鎌は何もない宙をおよぐ。『 ■ !■■!?』魔女もどきは魔女が吸い込まれた地面を大鎌で何度も叩きつけるが意味は無い。まったく別の位置でガガガッ、と、魔女もどきから遠くの位置に魔女イザベルは現れ、光の渦から使い魔を召還する。その数は僅か四体、しかし門の中心で暗い光は消えることなく、むしろ渦を巻くように不気味に輝き続ける。『■■■!』魔女もどきが新たに召還された使い魔を切り裂き魔女本体に突撃、使い魔を倒されれば文字通り手も足も出せない魔女は無防備。『―――』――――それでも“拳”を出した。拳を、だ。使い魔を召還していた暗い光、そこから拳のような光が勢いよく突きだされ魔女もどきを強打し、撃退した。門の入口、その巨大な門を埋め尽くす暗い光そのものが巨大な拳となって魔女もどきの身体を文字通り粉砕したのだ。魔女もどきは身体の半分、下半身を失いゴロゴロと体液を撒き散らしながら転がって行く。「終わったな」あいりはその様子を冷めた視線で、精神で見ていた。岡部達から、岡部から逃げ出した彼女は真っ直ぐに此処にきた。魔女も反応があったのだから当たり前だし、それにイーブルナッツ、“自分が与えた”悪意の果実の反応もあったからなおさらだった。あいりは魔女以外の魔女、岡部倫太郎、巴マミ、暁美ほむらも知らない『魔女もどき』の存在を知っている。その正体も、だから驚かない。魔女もどきの強さはバラツキがあっても平均値、一定の上限を超えない。弱さと脆さをしっている、だから敗北した事を意外と思わないし落胆もしない。あいりの視線上にいる半身を失った魔女は痛みからか、悔しさからかもがき続けている。弱いとはいえ、人間でいえば臍から下を失っていながら活動が停止しない生命力は紛い物とはいえ魔女だからか、それとも思いがそれだけ強かったからか。イーブルナッツは持ち主の感情を糧に力を蓄え発動する。発動時の思いの強さにこれまでの実験体とある程度能力に差が出たのかもしれない。今までの実験で相手をしてきた魔女もどきは全て弱かったのだから。「・・・・石島美佐子・・・だっけ」途中から思い出していた。ついさっきだが自分は石島美佐子を、今は半身を失っている魔女もどきになっている人物を自分は知っていた。生まれて初めてのデート(?)で“若干”暴走状態に陥っていた時にアドバイス(状況悪化に貢献しやがった内容)を貰っていた時は気づかなかったが、あとあと思い出してみれば自分は数日前に彼女に接触していた。悪意の果実であるイーブルナッツを彼女に与え実験体にしようと企んでいた。イーブルナッツはあいりの生みだしたアイテムでも魔女から奪った戦利品でも無い。とある人物から譲り受け、その効果を知った自分はプレイアデス聖団への復讐に使えないか実験を繰り返していた。七人からなる魔法少女のチーム、プレイアデス聖団。親友の仇。そいつらを殺すためにあらゆる手段を考えてきた。石島美佐子とはそのときに出会った一人。彼女は警察官でありながら魔法の存在を不確かながら信じていた。子どもの戯言と断じることなく自分からイーブルナッツを受け取り魔法について詳しく尋ねようとしていた。その様子から何らかの――――しかし自分は必死に問い続ける彼女に興味は無かった、どんな事情があろうが自分には関係ないと、だからイーブルナッツを与えた後は彼女の感情を煽るように、イーブルナッツが成熟しやすいように誘導だけした。『■■』『■ ■■』『■■ ■』「・・・他のところにいた使い魔が戻ってきたな・・・・・・・」あすなろ市で適当な事件の手柄でも餌に誘惑しようと思っていたが、こんなところで出会うとは意外だ。私服だったから気づかなかったのか、彼女は今日非番なのか、と、あいりは現状に不安も恐怖も特に感じることなく魔女もどき、石島美佐子の倒れている場所に警戒心を特に抱くことなく軽い足取りで近づいていく。「よう死に損ない、今の気分はどうだ?」『■■■!!』至近距離、腰を曲げて見下すように、まさに死にかけの状態である魔女もどきを挑発するかのような言動。言葉の意味を理解しているのか、それとも馬鹿にされている事を悟ったのか、魔女もどきは防御力においてはそれなりの魔女にダメージを与えた大鎌を、無防備なあいりの胸に叩きつけた。「・・・」『■■!?』結界内に残っていた全ての使い魔が二人を囲んだとき、魔女もどきとあいりの位置は変わることなくその場にあった。あいりも魔女もどきも動かない、戦いに身構えようとも逃げようともしない。一方は動かないだけで、一方は動けない。「やっぱり弱いな」『■!■■■!!』魔女もどきの大鎌を、あいりは素手で受け止めていた。握りこむように片手で、難なく、適当に、特に力んだ様子も無く無造作に胸の前で。魔女もどきは大鎌を引こうとしているが大鎌は微動もしない。自分よりも小柄な少女に完全に力負けしている。焦る魔女もどきは残った片方の大鎌を振るう。が、あいりは慌てず、やはり簡単に受け止める。刃に触れる指が切れることなくだ。「どんな思惑があったか知らないけどさ・・・・・ざっっっまあないなァッ、首を突っ込むからこうなるんだよッ!!」心底、貶すようにあいりは言葉を紡ぐ。目の前の魔女もどきはその言葉に抵抗するように、抗議するように暴れる。だけど大鎌はあいりの両手からは逃れられない。あいりは罵倒する。興味、趣味、好奇心・・・なんでもいい、なんであれ手前勝手な理由で関わってきた。もう逃げられない運命を背負った魔法少女の現場に自ら。どんな場所かも知らず、どんな状況かも知らず、どんな思いを抱えているかも知らず、命がけの戦場に土足で踏み込んできた。それを知っていながら利用していた自分が言うのはおかしなことだが気にしない。あいりは八つ当たりのように魔女もどき、石島美佐子を罵倒する。「命がけで戦ってる・・・・・魂を売り渡してまで願ったんだ。興味本位で関わってくるなっ」『■■■■!■■■■ ■■■!!!』力の差は歴然でありながら、魔女もどきは怒りを内包した眼であいりを睨みつける。ぎし・・・と、自身の顎が砕けるのではと思うくらい歯を噛みしめて――――直後に、鋭い牙であいりに噛みついてきた。あいりは防御する暇も無くその攻撃を受ける。ガッ!と魔女もどきがあいりの肩に齧りついたとき、周りに集まっていた使い魔、『落書きみたいな人間』があいり達に殺到した。人間の体を削り取る光を収束した手を携えながらだ。『■■!』『■■■■■!』『■■■!』『■ ■■■!』『■■ ■!』使い魔の攻撃が魔女もどきの体を削っていく。魔女もどきは身体を削られていく激痛から叫ぶがあいりの拘束からは逃れられずになすがままだ。当然あいりも魔女もどき同様に両手が塞がっていて、おまけに噛みつかれていたので身動きが取れず、抵抗らしきことは何もできず使い魔の攻撃を全身に浴びていく。結界内に光を収束する音、叩く音、削れる音、叫び声が響き渡った。■岡部が到着したのは、そのすぐ後だった。「なんだこれは・・・」岡部が結界内に突入した時にはあいりも魔女もどきも使い魔に覆い尽くされていた。岡部の視界には不気味な使い魔の群れで山ができていて中の様子がわからない。岡部は周囲の様子を確認する。使い魔の山、遠方に魔女イザベル、岡部の近くに一般の人間が数人倒れているのが見えた。「・・・・・武装は一つ、俺だけじゃあの魔女は倒せない」かといって、視界に収まる人間全員を担いで逃げ切れる自身も無い。見たところ三名、担いで移動することはNDが発動中だから体力腕力に問題は無いが・・・魔女が逃走を見逃してはくれないだろう。芸術家の魔女【イザベル】。性質は虚栄。岡部が知る限り積極的に人間に干渉してくる魔女の代表格だ。三人もの人間を担いだまま戦闘を行えるほど岡部は強くない。というか、そんな状況で戦える奴が異常なのだ。その状況で戦えるのなら普通に戦い速攻で討伐、勝てると思う。現状岡部は戦っても勝ち目はない。単発式のマスケット銃一丁でだけでは無理だ。しかも逃げられない・・・・・岡部には単独で魔女を撃破した記憶は無い。繋がっていても弱いのだ。いつだって誰かが傍にいた。助けてくれた。「彼女はいない・・・か」結界内を転移してくるスキルを持つこの魔女からは逃れられず勝ち目も無い。岡部は嫌な汗が止まらず銃を握る手が微かに震えた。正直、気絶している三人を見捨てれば、囮にすれば逃げられるかもしれない。しかし―――――「くそっ、よりにもよってどうして―――!」絶対に逃げられなくなったのを岡部倫太郎は悟った。不安と恐怖に頭がおかしくなりそうだ。自身の安全が脅かされているからではない。呪われた以上、岡部にとって自分の事は自然二の次になっている。視界に映った三人、その内の二人は岡部の知り合いだった。見滝原中学の学生と鹿目洵子だ。どちらも失わせない、岡部の大切な人達の、自分にとっても大切な人達だ。死なせない、絶対に死なせるわけにはいかない。『―――』「チッ」魔女のいる方角から異音、視線を向ければ魔女の門に暗い光が渦を巻いている。攻撃の前触れだ――――と、岡部は経験から予測した。一直線の単純明快、回避も楽なそれは、それゆえに強力な威力を秘めた攻撃だ。射線上にいる倒れた三人の前に立ち銃を構える。一瞬後には攻撃がくる。今さら三人を担いで逃げる暇はないし迎撃に一発の弾丸では無理、できることは身を盾に時間稼ぎのみ。彼女がいれば、と思うが勝手な思い込みだから文句は言えないし資格も無い。彼女達が命がけなのは承知している、「関係ない」と言われればその通り、何一つ否定できず、だから問題は自分の弱さ。この一撃を自分は防げないかもしれない。しかし少しでも、微かでも後ろで倒れている洵子達に届かせる訳にはいかない。既に重症、使い魔にやられたのだろう、息は在るが危うい、すぐに治療を受けなければ危ないのは経験上見て分かる。だから、なんとしても一撃は耐えきり、さらにその後逃げ切らなければいけない。迅速に、無理で無茶な事だとしても、岡部倫太郎はそれを成さなければならない。魔女に向けた銃口に光が宿る。白銀のマスケット銃を持った右手の手首に左手を添える、握る。構える。足下に紋章が展開される。岡部の全身からマミの魔力、黄金色の魔力が粒子のように溢れマスケット銃に収束されていく。・・・足りない。迎撃するにはまだ足りない。宿る魔力を掻き集めれば可能だが時間がない。急ごうにも自分にはこれが限界で――――魔女の拳がきた。「!」岡部は反応できなかった。魔女の攻撃が放たれたのは分かったが、それだけだ、一瞬で視界の全てを暗い光に覆われた。なすがまま、在りのまま、意識する間もなくあっけなく、それなりの距離があったにも拘らず、その拳は岡部に到達する――――眼前までは。バシンッ!ばしゃあ!と、水を窓ガラスにぶっかけたように、魔力の固まりである暗い光は岡部の前で霧散した。「イル・トリアンゴロ」ズァッ!!!不可視の障壁。それが盾となり魔女の拳が霧散したと岡部が理解したとき、使い魔の山から声、使い魔の山の足下には三角形の幾何学模様の魔法陣が広く大きく展開されていく。チリッ、と熱い――――魔力を、危険を感じた岡部は後ろに、倒れている三人のもとへ庇うように跳んだ。ガッ!と紋章が光と共に砕け炸裂し爆散した。ズッッドォオオオオオオオオオン!!!「おっ、おおお!?」強力な魔力の爆発。爆風に飛ばされないように岡部は三人の元で身を低くする。爆風が、その余波が岡部と三人を襲う。咄嗟に一番近くにいた坊主頭、見滝原中学の三年生男子を庇うようにしていた岡部は、爆風が鹿目洵子と男性に影響を及ばすことに気づいた。それも洒落では済まないレベルで。手は届かない、固有の防御魔法は使えない、だから岡部は自分にできることを実行した。「バースト!」―――burst電子音。その身に宿ったマミの魔力を前方に全て解放。衣服と銃、粒子化した黄金の魔力は薄く広く岡部達の前に炸裂、散っていく、少しでも全員を爆風から守るように。持てる魔力をぶつけたがそれでも勢いは――――余波だけなのが幸いしたのか、ある程度は殺がれたのか、岡部も三人も吹き飛ばされることはなく、予想を超える大事にはならなかった。危険な状態に変わりはなかったが、一応、三人に息は在った。ただ、この三人よりも死にかけている者がいた。「・・・ぁ・・・・っ・・・」「ふん、・・・お前にはもう用は無い」前方、爆発現場、声の聞こえる方に岡部が視線を向ければ使い魔の山は消滅していた。そして探し人でもある少女が肩口から血を流しながら女性の襟元を締め上げるようにして片手で支えていた。驚いた。彼女がこの場にいることにではない、彼女の支えていると言うには乱暴すぎる扱いを受けている女性があまりにもボロボロだからだ。あいりは呼吸が荒く、この場にいる誰よりも重傷を負っている相手を無造作に、捨てるように岡部に投げて寄こしてきた。人間を、それも重傷を負った相手に対し褒められた所業ではない。岡部は視線を向けるが取り合わないとでもいうのか、魔女と相対したままのあいりは小馬鹿にしたように言葉を放つ。「わざわざ結界まで張ってやったのに動くなよ、無駄になったじゃないか」「・・・・・」「・・・・・最初はそこの三人を守ろうとしたんだ。だけどアンタがきたから意識が引っ張られた」「それは―――」「他人よりは知り合いだろ?選ぶなら私はそうする。やろうと思えばできたけどいきなりだったから」本来、あいりの実力なら全員を結界で、魔女の拳を弾いた強力な結界で守護出来た。が、そこに岡部が来たので意識がそこに向いて間に合わなかった。あいりは棒読みでそう答える。ウソ臭いがあながち嘘とも言えない。魔法は感情で動く、知人と他人、同時に守れないときに、選択の時に、決断の際に魔力は“感情の赴くままに発動する”ことはある。意思はどうあれ、口ではどう言え、行動では示せても―――それに反して正直に反応することはある魔法は感情、想いで発現するのだから。「すまない、たすかった」「信じるんだな・・・」それを知っている。だからと言って少女の言葉が本当かは分からない。だけど岡部は礼をいった。真実はどうあれ、態度はどうあれ全員生きている。状況はわからないが彼女がいなければ全員死んでいた。自分も、三人も、ボロボロの女性も。「・・・・・・」岡部はボロボロの女性含め、洵子も学生も男性も厳しい状況、命が消えかけているのを知る。バシンッ、バシャアッ、と眼前で不可視の障壁を張って魔女の攻撃を防いでいる彼女に岡部は問う。「回復魔法は―――」「使えない」言いきる前に即答。背を向けたまま、あいりは冷たく事実を伝える。ユウリじゃない自分に、優しくない自分にはそんな魔法は得られない。「なら魔女を―――」「わかった」「一人で―――」「問題無い」再び即答した。「なら―――」「すぐ終わる」「まかせた」「む・・・むう」あっさりと、岡部が了承した事に少なからず驚いた。戸惑ったと言う方が近いかもしれない。もう少し何か言ってくるかと思ったのだ。治療を、変身魔法でなんとか、ホントは使えるのではないか、とかいろいろ言うモノだと思った。こちらの言葉を本気で信じたのか、それとも冷たい自分を見限ったのか―――それにしては「まかせた」の言葉には熱があった。不快なものではない、確かな信頼を背中越しに感じた。あいりはもとより誰も見殺しにする気はない。急ぎ魔女を討伐し電話なりなんなりして救急車でも呼ぼうと思っていた。実験、モルモット扱いで他人を巻き込むが別に恨みも無い、他人がどうなろうと構わないが助けきれるなら助けるだけの性根は残っている。石島美佐子も気にくわないがそうだ。イービルナッツの影響で魔女化した人間は、魔女もどきの状態で倒されても死なず、体力の低下は免れないが特に後遺症も無く元に戻ることを事前に知っていた。まだ数回の検証結果なので絶対とは言えないが――――「コルノ・フォルテ、リベンジャー」あいりは自身の使い魔である牛鹿のコルを召還、次いで両手に魔法で生みだしたハンドガン・リベンジャーを握る。あいりは岡部達に背を向けたまま、視線を前にいる魔女に向けたまま両手の銃を左右に一発ずつ発砲、いつのまにか接近してきていた『ムンクの叫び』を撃退、一撃で殺した。正直、このレベルは敵ではない。あいりは眼前で弾け、霧散し続ける魔女の攻撃を防ぐ障壁を解除してコルと共に加速の体勢にはいり―――「ノスタルジア・ドライブ」嫌な気配がした・・・・・・あいりの背後、岡部の周りに黒い光沢を放つ鋼鉄が舞う。呪いと引き換えの奇跡が実体化している。あいりの耳には肉が裂け、潰され、突き刺したような音を捉え、鼻は血の臭いを感じ取った。とっさに後ろを、岡部の方に視線を向ければ―――「お、お前なにをしてる!?」「念のため・・・・・応急処置だ」岡部の右腕から血が噴き出していた。―――Future Gadget 0『Nostalgia・Drive ver.2.5』―――『VIRGINIA』―――development rate 53%―――consumption rate 36%「ッ!?ぐぅ・・・ッッ!?ぎぁ!!?」激痛に顔を歪める。痛みは覚悟はしていたが、想を超える激痛に岡部は歯を食いしばる。流血が、血の飛沫が顔にかかる。甲冑の隙間から血が勢いよく漏れ出している。ぎちぎちと、右腕の指先から肩、僅かに首元までを黒の甲冑は覆い、内側で体に楔を打ち込んで宿主の体を破壊する。離れないように、対価を求めるように呪いと呼ばれる毒を流し込む。唇が切れるほど噛んで、痛みを痛みで紛らわし、苦痛の声が漏れないように口をきつく閉ざす岡部。一秒二秒を苦痛で顔を歪ませた後はすぐに違和感を捕える。(・・・・やはり何かが・・・・なんだ・・・違う!?)電子音。ND起動時のメッセージボイスが普段と、今までと違う。しかし“それ”に関しては不思議と警戒や不安を抱かなかった。NDがバージョンアップされていて・・・・・マミの時にも僅かに感じた違和感の正体はこれかと岡部は気づいて――――(なんだこれは!?)気づいて、気づいたからこそ悪寒が、気持ち悪さが際立った。謎の多いNDがアップデートされていることに対し“自分がすんなりと受け入れている”ことに、だ。(それに・・・・ッ、『テュール』だと!?マミのソウルジェムは――――)こうやって命綱であるNDを後回しにして自然に別の事を思考していることが、そんな自分が恐ろしかった。恐ろしいのは・・・・・・・それを理解していながら、それを危険と認識しない自分の心情だ。NDは岡部にとっての生命線、にも拘らず突然の事態に意識が向かない、まるでそうなることを知っていたように、他の事に関心が向く。向いてしまう。ギチ「ッ」痛み。肉に鋼鉄の楔が食い込んでくる。一度思考を切り替えなければならない。現在進行形の危険に対し対処するのは正しい、だけどやはり――――おかしいと思った。仕方がないとはいえ、状況が状況とはいえ、あっさりとNDの疑問を切り離せる自分に少なからず違和感が漂う。だけど、それでも、そして、やはり思考を切り替える。(展開率53・・・・・昨日の戦闘だけでそんなに?)岡部は痛みと嫌悪感から冷や汗を大量に流し、あいりは岡部の尋常ではない様子に疑問を抱く。目の前の男は壊れていながら壊れていないように振る舞っているのではないか?余りにも自然に、不自然に見えないほどに。ちぐはぐでバラバラでごちゃごちゃ・・・なのに普通に生きている。まるで一般人のように、そんなわけないのに、異常だ。ユウリから見て岡部は黒い甲冑に喰われている。文字通りだ。右腕全体を覆った甲冑からは血が噴き出し、甲冑はときおり生き物ように脈動し―――徐々に甲冑が成長しているように見える。本当に少しずつ、岡部の体を囲む甲冑は生き物のように、心臓のように鼓動、脈をうつように震える。だから鋼鉄でありながら生き物のように成長していると感じた。昨日よりも育っている。まるで“コレ”は岡部を栄養にして・・・完全に育ったらどうなる?そこだけじゃない。魔女に関わるものなのだから未知であり非常識、怖いのは当たり前。当然だ、だからより怖いのは、未知で恐怖を一番感じるのは苦痛で顔を歪ませている男だ。だってこの男は“黒い甲冑を受け入れている”。痛いくせに、怖いくせに苦しいくせに叫びたいくせに泣きたいくせに・・・それを離そうとしないのだから。意味が分からない、理解できない、どんな理由が、どんな目的があればそんな気持ち悪いモノを受け止められるのか、あいりには分かりたくも知りたくも無かった。人として、生き物として間違っている。それに自分で選んで“そうなって”おいて、まるで赦しを請うような姿に苛立つ。誰かのために自分を犠牲にする。それをしてはいけないと、そんなやり方は駄目だと、あいりは叫びそうになった。それは、その姿は重なる。難病に苦しむ他人を救い続けて■んだ親友、飛鳥ユウリに。その姿を、飛鳥ユウリが魔法少女として活動しているところを見たことはないが、きっとこんなふうに身を削っていたんだと・・・『―――』「――――――コルノ・フォルテ!」後ろから魔女の攻撃、あいりは振り向かずに再度結界を展開、背後からの攻撃を無力化したことを確信、同時にコルに突撃させる。魔女の拳は結界に阻まれ弾けて消える。その隙にコルノ・フォルテが疾走、イザベルとの距離を瞬時に詰め鋭い大角で魔女に突撃、ゴッ! と岩や鉄球をそれ以上に硬度のモノで叩いた、ぶつけたような鈍い音が響いた。『―――』「・・・ちっ」舌打ちと同時に振り返る。あいりは二丁拳銃リベンジャーを手に魔女へと加速、接近する。「生意気に結界か」コルノ・フォルテの大角の攻撃はイザベルが自身を囲むように展開したバリアによって阻まれた。「だけどこれならどうかっ、なああああああああ!!!」二丁拳銃リベンジャー。魔法で生みだしたその銃は魔力を弾丸にして発射する。あいりは撃つ。撃って撃って撃ちまくる。金色の弾丸は魔力光を射線に刻みながら魔女のバリアを――――貫けず、砕け、弾かれ消滅していく。魔女イザベルの防御結界はあいりの魔法を完全に防いでいる。『―――』届かない。突破できない。かなりの弾幕を、射撃をものともせずに魔女のバリアは存在し続けた。魔女は笑う。口という器官が存在しないタイプの魔女だが笑っていた。相手の攻撃は自分には届かない。そしてこれだけの弾幕を張る連続射撃、魔力の消費量は少なくは無い。いずれ敵対者である魔法少女は力尽きるのだ。基本的に魔法少女は持久戦に弱い。戦えば戦うほど魔力を消費しソウルジェムは濁っていく。穢れ、濁りが増せば増すほど魔力の質は落ちる。そうなれば高位の魔法は使えず、高威力の魔法も使えない。魔法はテンションに影響するのだから戦闘開始のころ魔力は十分に、威力は十全に使用、発揮されるが時間が長引けばそれは一気に枷となる。魔力は減少し身体強化の加護は薄れ、魔法の効果や威力は下がり敵を倒せない。時間の経過と焦りと共にテンション、能力はダウン、しかも回復するにはグリーフシードのみ、魔女を倒せない限りそれは叶わず――――結果、死んでいく。『―――?――――――――?』はずだった。「まだまだぁああああああ!!!!」ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドン!!!!撃って撃って討つ。それしかできないというように、それしか知らないというように、あいりは効かない攻撃を繰り返す。連続での魔力行使は自滅への近道だ。魔力は無駄に消費し魔法は威力を失う。ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッ!!!なのに、それが前提であるはずなのに覆される。常識が、理を捻じ曲げた者たちのルールが復讐の魔法少女には適応されない。酷使される魔力、その代償に金色のソウルジェムは穢れを内包していく。同時に魔法の威力、効果は――――次第に増していく。火力が上がり金色の魔力弾は勢いと威力を増し続けながら結界に更なる打撃として叩き込まれる。『―――!!?』魔女の動揺が伝わる。見た目が無機物のくせに愉快でたまらない。あいりは表情に残虐性を、口元に笑みを浮かべる。あいりは怒りや恨みを抱きながら契約し魔法少女になった。そのせいか、違うのか、よくはわからないがある特性を内包した稀有な魔法少女となった。希望ではなく絶望、奇跡ではなく呪い。あいりのソウルジェムは穢れれば穢れるほど、その存在が魔女に近づくほど性能が上がるのだ。変身魔法、攻撃魔法、魔法兵装、強力な結界、自立した使い魔の召還、索敵能力、元のポテンシャルが既に高いにも拘らず、あいりは本来なら弱点である時間経過による戦闘力低下の枷がプラスに働く、魔力を行使すればするほどさらに威力と効力が高まる。ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッッ!!!!射撃は増していく。勢いは増していく。威力は増していく。あいりの表情には狂気に満ちているだけで苦しいとか辛いと言ったものは含まれていない。そしてついに魔女に異変が生じた。バリアが消えていく。『!!!』継続時間か、耐久力の超過か、それとも純粋に防御結界の維持魔力が尽きたのか、魔女イザベルの展開していたバリアがいきなり消失した。そしてバリアが消えれば魔女はその身で受け止めなければならない。転移する暇がないほどの、視界を覆い隠すほどの金色の弾幕を。ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!「きゃはははははははははははは!!」笑い、あいりが攻撃を止めた頃には魔女は欠片一つ残すことなく消滅していた。圧倒的に圧勝。一方的な殲滅。『芸術科の魔女【イザベル】』はあいりに傷一つ付けられないまま討伐された。「あーっ、すっきりしたかなぁ・・・」魔女を相手に八つ当たりのような感じで、溜まりに溜まった鬱憤を晴らしたあいりは声高らかに笑う。いつもと違う自分、これまで経験した事のないことばっかりで調子が狂っていた。なれないことに焦り驚きストレスが溜まっていたがようやくだ。ようやく復讐者としての自分を取り戻せる。温かい場所だった。孤独ではなかった。ユウリと自分のことを知っていて優しくしてもらえた。だけどそれは邪魔だ、足枷だ、長居していては抜け出せなくなるかもしれない。ただ一日で自分は腑抜けになってしまったのだから。もう、このまま立ち去った方がいい。魔力を使い過ぎたあいりは魔女討伐の褒美、できたてのグリーフシードでソウルジェムを淨化する。「さて・・・・っと」思いっきり運動というか戦闘というか、とにかくある程度すっきりしたが、あいりはまだ納得していない、まだ残っている不満に顔を顰める。丁度、むこうから声をかけてきた。背を向けている人物。信頼からか、戦闘中一度も振り向かずにいた奴。「魔女を倒したんだな」「余裕だ」「そうか、ありがとう」「・・・・・おまえ、バカだろ」ぶしゅっ、と炭酸が抜けたような音をあいりは捉えていた。―――ずりゅ・・・・あいりは岡部の右腕から黒い甲冑が独りでに引き抜かれているところを黙って眺める。岡部が何をやろうとしているのかは知っている。昨日の夜に美樹さやかにやっていたことを四人分するのだろう。止めることはできた。相手は口で言ったところで止まらない、だが力づくなら簡単に止めきれる。でも止めない。傷つくなら傷つけばいい。痛いのなら痛がればいい。苦しいのなら苦しめばいい。泣きたいなら泣けばいい。そして――――みっともなく泣きわめき助けを求めればいい。誰かのために、自ら血塗れになってまで実行するのは間違っている。別に誰かを救うのはいい、それが見知らぬ他人でもかまわない。だけどその過程で自分を犠牲にするのは間違っている。絶対に、許容してはいけない。誰かのために文字通り血まみれになる馬鹿を、あいりはきっと根負けしてくれると、痛みと苦しさから諦めてくれるはずだと、せめて最低限の処置だけで後は通常の病院に任せてくれるはずだと・・・まるで岡部の身を案じるようにそう思った。引き抜かれた甲冑の裏側には大量の血が、返しの刃がついた楔を打ち込まれていた右腕は肉が捲れて血まみれ、あいりは視線を逸らそうとしたが不快な音と共に岡部の傷はみるみる塞がる。わずか数秒で腕の穴が完全に塞がり、ズタズタだった腕には黒い痣がムカデのように色濃く残っているだけだった。「それ・・・・・・・・いたくないのか」「なれたよ」答えになっていない。「すまないが人が来ないか見張っていてくれ」痛いはずだ。「これから三人の傷を“埋めて”、定着しだい抜きとる」苦しいはずだ。「五分、いや三分あれば終えるだろう」泣きたいはずだ。「他にも被害者がいれば――――」「いないっ」顔色が悪い、微かに震えている。「確認済み」「しかし――――」「信じてッ」「・・・・わかった」「ん」こんなのは嫌だ。かしゅっ倒れていた三人の服の上から甲冑が一枚だけ乗せられる。残りの鋼鉄は岡部の周りを衛星のように廻っている。乗せられた甲冑の裏側、そこから楔が打ち込まれ四人の肉体を傷つける。ビクッと気絶している四人の体が痙攣するかのように動いたがそれは一瞬で、すぐに大人しくなる。あいりはその目で見た。三人の傷が塞がっていくのを、かなりの速度で回復している。擦り傷打撲程度は既に感知済み・・・・・いや、これなら内臓の修復もすぐに終わるだろう。「はやい・・・・・」「大したものだろう?君には不快に思われるかもしれないが魔女の卵とはいえ、グリーフシードも奇跡の欠片だ」「・・・・・」「そもそも呪い、負のエネルギーを周囲から集める特性を持つグリーフシードはお守りとして効果を発揮するとは思わないか」「なにそれ・・・」「身近な不幸をグリーフシードは率先して受け止めてくれる。『負』という見えない概念をな、なら残るのは幸いだ」珍しい発想だと思うが・・・少し面白い考え方と思った。でも今のあいりにはどうでもよかった。「もういいだろッ」「ああ、そうだな。もう十分か・・・」三人から甲冑が引き抜かれる。見た感じでは服装以外に違和感はない。そのままベンチにでも放り投げておけばいいと思うが・・・知っている。「パージ」―――put off電子音。同時に宙を旋回するように舞っていた黒い甲冑が全て、空気に溶けるように消失していく。岡部は貫かれ、破け、血まみれになったパーカー部分を捲る。そして色濃いムカデのような刺青を背負った右腕を三人に――――「まって」あいりが静止子の声をかける。「誰か来たか?」誰かが近づいてきたのか、と、とぼけたように聞き返す岡部はそのまま――――石島美佐子に触れる。次に瞬間、岡部は触れた指先に痺れと悪寒、不快なソレが自身の体を這い上がってくる感触に口元を歪め、しばらくして指先を彼女から離す。「・・・・まあ、こんなものか」指先同士をかるく擦り合せ次に洵子へと手を伸ばす。「まてっていってるだろっ」が、横から伸ばされた腕に、触感を失いつつある腕を掴まれた。「もうやめろよ!」「呪いを引き剥がしたらな」「おまえっ・・・」「致命傷以外の傷ならそれでもいい、だが呪いは僅かでも残すわけにはいかない」警告と脅しを込めてぎりぎりと、あいりは強化された握力で締めあげるように岡部の右腕を握るが岡部はまるで堪えない。「いまは小さくても呪いは負の感情を誘発する。起きていても寝ていても、悪化すれば眠ることが苦痛に、それをこえたら眠れなくなる。それは精神を疲弊させノイローゼに、悪循環は加速し負の感情を取り込み呪いは次第に大きくなる。慣れている俺ならともかく知識も経験も無い一般の人間には押さえることは出来ないだろう。すぐに成長し、今の俺とそう大差ない状態になるまでに三日ももかからない・・・・いや、その前に事故や事件、または衰弱して死ぬだろうな」その言葉がホントかどうかは分からない。あいりに分かるのはこの男が死にたがっていることぐらいか、誰かのために自身を犠牲にする。同じだ。飛鳥ユウリと同じだ。誰かを助け人知れず傷ついて、残される者のことを考えてくれない自己満足野郎だ。「だからって代わりに死ぬの・・・」「・・・そんなつもりはない。俺は誰かのために自分が死んでもいいなんて思っちゃいない」「・・・・」「俺はそんな奴じゃないよ」気にくわないのか、なんなのかもうよく分からなくなってきている。どうしたいのか、どうしてほしいのか・・・・。あいりが腕を離すと岡部は洵子に躊躇うことなく触れる。次に男性、最後に坊主頭。それからしばらく様子を、数秒程度だが四人の容体を目視で確認した岡部は鹿目洵子だけをおぶって移動し始める。たいていの場合、魔女に遭遇した者は夢でも見ていたんだと自己解釈してくれるので放っておいても大丈夫だと判断している。坊主頭の少年はもしかしたら―――――まあ、どっちにしろ適当でいいはずだ。鹿目洵子だけはあれだ、知り合いで大家さんでまどかの母親で勘が鋭いのでその辺のベンチにまで、それこそ「疲れたので休憩していたら眠ってしまった」感を苦し紛れながらも出すために移動させる。路地裏で目が覚めたら・・・・・。下手に魔法に関わられるといろいろと障害になる。少なくとも今の時点では、だからできる限りのフォローはしておきたい。ギガロマニアックスがあればある程度の記憶を封印、書き換えができるが――――恩ある彼女には使いたくない・・・・・まあ、今はないのだからしょうがない。「おいっ」あいりが岡部を呼び止める。「私は・・・おまえが嫌い」「・・・」「ユウリもっ・・・・きらい」杏里あいりと芸術科の魔女イザベルとの戦闘は終わり、戦闘は残るはあと一つ。「あなたたちは自己犠牲で誰かを助ける。残された人達のことなんか考えないっ」事前に相談されることなく、事後に話してくれることなく、苦しさも悩みも教えてくれず、弱音を感じさせず、だから周りは気づかないまま平穏に過ごすことしかできない。気づいてあげることができなかった。気づいた時には全てが終わっていた。その瞬間まで奇跡が起こった、偶然が助けてくれたと、“当たり前”のことだと錯覚して過ごす。「どうしたらいいの・・・」わからない、目の前の男は自分の命を放棄している。それは自暴自棄でしかないはずで、彼も、彼女にもそれだけじゃなく、それなりの理由、覚悟あったのは分かるけど自己完結している以上、それを悟られないようにしている以上、たとえ気づいても周りはどうする事も出来ない。きっと沢山の人達を救い、その分彼等は意味を得たのだろう。だけどその結果、もう手は届かない、その隣には立てない。私はもう一緒にはいられない。おいていかれて、のこされて・・・・・・・どうしたらいいのだ。救われたお礼も言えず、一緒に悩むことも悲しむこともできない。別れの言葉も言えず、“救われたことに対し喜ぶこともできない”。親友の全てをかけて救われて、親友は魂を捧げて私を助けて、だけど私はそれを喜ぶことも、感謝する事も出来ないのだ。だってそうだろ・・・・。後になって知った私は、私を助けるために救いのない運命を彼女に背負わせた。自分のせいで飛鳥ユウリは魔法少女になった。そして死んだのだ。その死を誰にも気づかれないまま、誰にも知られないまま世界から消えた。両親、友達、みんなに死んだことを知られず消えていった。誰かのために祈った優しい少女は、誰かを呪う存在に歪められて、祈りを叶えた他の魔法少女に殺された。私のせいで。そんな私が喜べるはずがない。こんな私が・・・・・していいはずがない。飛鳥ユウリが杏里あいりのためにエントロピーを覆すほどの祈りを抱いてくれた・・・嬉しいはずなのに悲しい、喜んでいいはずなのに哀しい。呪わずにはいられない。自分を・・・・そして彼女を。「どうすればいいの・・・?」こんな考え、最悪で最低だ。だけど――――なにも教えてくれなかった彼女のことを酷いと、そう思わずにはいられない。だってこんなにも苦しいんだ。ありがとうも、ごめんなさいも、全部伝えられない。残された自分には後悔しか残されていないのだ。喜びたくてもユウリはもういない。感謝したくてもユウリはもういない。全ては自分の知らないうちに行われ、全ては自分が関わることなく終わった。決断は彼女の意思だとしても、間違いなく発端は杏里あいりなのだから。そんな自分は、彼女が魔女と戦い、他人を助けていることなんて知らず、一人だけ日常を謳歌していた。代償は親友の人生なんて気づかぬまま。「どうしたら、あなたたちは周りを・・・・私を見てくれるの?」理不尽な怒りが男に対し沸き上がってきているのを杏里あいりは悟っていた。最悪な自分勝手、最低な八つ当たりなのは分かっている。だけど飛鳥ユウリの面影を重ねてしまう。勝手に救い、その代償による運命を、一度も相談や泣きごとを言わず、場違いな罵倒さえ・・・・・・言い訳さえ自分にはしてくれなかった。飛鳥ユウリは一度も杏里あいりを責めなかった。自分一人で背負い消えていった。「どうして、気づいてくれないの・・・っ!」残された人が、どう思うのか、どうなってしまうのか気づいてくれないことに憎悪を抱いて、なによりも―――――酷く悲しかった。「そんなの・・・・間違ってるよ」どうして、自分を救ってくれた大切な人にこんな感情を抱かなければならない?どうして、大好きな彼女のことを憎まなければならない?どうして、自分はその感情を物色できない?どうして、ユウリが魂を捧げてまで助けてくれたのに、辛いと感じる?全てを捧げてくれてまで救ってくれた彼女の為に、幸いを求めて、幸せになるべきなのに、それが彼女に報いることになるのに、それができない。彼女の死を知って、それができるはずがない。幸いを求める?彼女を死に追いやって?幸せになるべき?彼女は死んだのに?彼女の想いに報いるため?なかったことにして?「おねがいだから・・・傷つけないでよ」誰を、かは言わない。言えない。自分か、相手か、何も知らない誰かなのか、分からなし分かりたくもない。考えたくない。理解したくない。理解すれば、ユウリの死を、原因を肯定することになるかもしれないから、ユウリの死を“仕方がなかった”と思いたくないから。あいりは顔を伏せたまま岡部のパーカーに摘まむようにして引っ張る。泣いてはいない、声も震えていない、だけど岡部には彼女が泣いているように見えた。だけど、岡部倫太郎は「すまない」そう言う。正直に、泣きだしそうな少女に、だからこそ嘘は言わない。「いつになっても、何度繰り返しても後悔が消えないんだ」わずかに、パーカーを摘まんだ指に力がこもる。「気づくのが遅れて、気がついた時には後戻りできなくて」顔を上げて、あいりは視線を合わせる。「何度も戦って、傷ついて、失ってきた・・・・・もう終わりたい、死にたいと願ったこともあった」言い訳のような台詞に、二人は泣きそうで、その表情には後悔の念があった。「だけど誰かを助けきれたとき、少しだけ救われたような気がしたんだ」それは代償行為かもしれない。「前に進める気がしたんだ。明日も、明後日も・・・・」「だけど、それで死んじゃったら――――」すべての魔法少女に言えるかもしれない。魔法少女になったのなら、“なってしまったのだから”と、モチベーションの為に、寂しさや苦しみを紛らわすために“理由”を求め、そうすることは必然かもしれない。誰かのため、自分のため、願いのため、正義、友情、利益、良識、なんでもいい、“後悔”しないために理由を求める。だけど、その後付けが理由で自身を縛り死んでしまったら―――おかしいじゃないか、例えそれが自分で選んだ結果だとしても。「そうかもしれない。でも人はいつか死ぬ」「だから・・・いいていうの?そんなの―――」「違う。見つけたんだ・・・・俺にはそれだけじゃなかった」まっすぐに、失い続けた過去しかない男が告げる。「こんな俺にも、大切な人ができたんだ」こつん、と岡部は首を曲げて。己の額であいりの頭をかるくノックするように触れた。「永遠に抗い続けてきた。でも戦って、傷ついて失ってきただけじゃない。守りたい人も支えたい人も、一緒にいたい人もできたよ」視線を逸らさず見つめ合う。きっと変に照れたり、目を逸らしてはいけないものだとあいりは思った。そう思えるほどの余裕も無かったし、したくも無かった。「いつか俺は死ぬ。そのときがいつか分からない。何が原因で、どんな結果をもたらすかもわからないけど」残された人達を、悲しませてしまうかもしれないけれど。「そのとき、その人達が俺のことを憶えてくれていたら―――――俺は幸いだよ」ここにいる岡部倫太郎は、本来存在しなかったはずの岡部倫太郎は、この世界で出会った人達に憶えていてほしいと切に願った。敵でもいい、恨まれてもいい、それでも憶えていてほしい。自分との思い出を無かった事にしてほしくない。その意味において、岡部倫太郎にとってそれは、死ぬことよりも重要な事かも知れない。彼女達のために死という選択はしないといいながら、忘れられても助けると思っていながら、岡部倫太郎は彼女達のために何度も死にかけ、忘れないでほしいと願う。これまで何度もなかったことにしておいて図々しくも卑しい最低な願い。望むことすら罪に等しい祈り。自分勝手で、自己完結で、自己嫌悪するけれど、ソレは確かな、岡部倫太郎が願う本物の祈りだった。岡部の自虐的な笑みに、あいりは何も言えなかった。その解答は聞きたかったものじゃない。その思いは答えになっていない。それは、それに、それだけではやはり残された人達は報われない。知らずにいた人達は前を向けないかもしれない。「だから俺は忘れない。同時に俺のことを憶えていてほしい、それだけで頑張れるから」岡部倫太郎は忘れない。間に合わなかった後悔を、間違えた選択を、過ちを、失敗し、失われた時間も想いも可能性も決して忘れない。彼女達との思い出を絶対に忘れない。どんなに辛く苦しくても、それを超える幸いを知っている、信じている。「だから、俺のことを憶えていてくれ」岡部倫太郎は、杏里あいりにそう願った。「答えに・・・なってないよ・・・っ」憶えているだけでいいってなんだ。それだけで幸いなのか?お前はそれでいいとして、じゃあユウリは・・・?彼女も、憶えてくれているだけで幸いと思うのか?「そんなの・・・・」分かるはずがない。それに、それが何になる。それで私の後悔が消えるのか?消えるはずがない、一生これと向き合うことになる。男も分かっているはずだ。知っているはずだ。間に合わず、後悔してきたのなら。「寂しいよ」「でも嬉しいさ」だけど、言うのだ。「自分のことを、ずっと憶えてくれる。覚えてくれている。大人になって歳をとってもずっと、ずっと忘れずにいてくれるなんて素敵じゃないか」きっと、それは嬉しいことだ。「残された人は・・・・逆の立場でもそう言えるの・・・?」「無理に悲しんでほしいわけじゃない、憶えていてほしいわけじゃない。ただ、余裕があれば悲しんで、思い出してほしい」「・・・・?」「それだけで十分だ。憶えていてくれた・・・見ていてくれた。“気づいてくれた”。本来なら気づかれず誰の記憶にも残らない筈の自分を、それだけで報われた気になる」「だ、だからそれは自分の願望だろう!残された場合は――――」「同じだよ。みんな、少なくても俺の知っている魔法少女は――――最後はそうだった」走って、頑張って、傷つきながらも生きてきた。もう後戻りできない人生を、止まることができない運命を、いつか終わりが来ることを彼女達は誰もが知っている。そのいつかはきっと早く訪れる。だからいつか終わりを迎える前に、結果なんか分かりきっているけど、可能性なんか無いけど、せめて後悔だけはしないようにと足掻く。それができないことも知っている。何もできないことを。いつか必ず終わるとしても、その時どれだけ後悔するとしても、知っているから、それがどれ程怖くて、重くて、震えるかを知っている。誰かを恨まずにはいられないのを知っている。それでも必死に走り続けている。格好よくなくても、強くなくても、正しくなくても、美しくなくても、可愛いげがなくても、綺麗じゃなくても、才能に恵まれなくても、頭が悪くても、性格が悪くても、おちこぼれでも、はぐれものでも、出来損ないでも、運がなくても、嫌われ者でも 、憎まれっ子でも、やられ役でも卑怯な奴でも、情けなくても、それでも生きていた。 決して幸福に包まれた最後ではなかった。過程は醜く、生き様は不様、知られたくない、そのまま消えてしまいたいと思っていたかもしれない。だけど、そんな自分を憶えていてくれる。頑張っていたのを見ていてくれた。自分に気づいてくれた。最後の最後、彼女達は言うのだ。泣きながら、十分だと、報われたと、気づいてくれて、知って、それで認めてくれて、無駄じゃなかったと、憶えていると言ってくれたことが嬉しいと。「みんな・・・?」「俺の知り合いはな」「じゃあ、私・・・・・アタシは、ユウリはどうだったのかなぁ・・・・報われたのかな・・・?」一人、誰かのために魔法を使い続け、魔女を相手に戦い続けた彼女はどうだったのだろうか?魔女化した親友はどうだったのだろうか?魔女化するとき、彼女の周りには『プレイアデス聖団』がいた。最後を一人のまま過ごしたわけではない。飛鳥ユウリの最後を見届けた人達は確かにいたのだ。なら彼女は幸いだった?そんなわけない、魔女になんかなりたくなかったはずだ。もっと生きていたかったはずだ。でも、だけど、最後を一人で、誰にも気がつかれることなく消えはしなかった。消えた後も、こうして自分は彼女のことを憶えている。目の前の男も。「それだけで、ユウリは少しだけでも・・・・・喜んでくれるの?ううん、報われたの・・・かな?」嬉しいのかな、彼女はそれだけで、間に合わなかった、気づくのが遅れた自分だけど、それでも――――――ほんの少しだけでも、慰めでもいい、絶望だけでなく、幸いを、その人生に後悔だけを抱かずに、それを想ってくれたのだろうか?囁くように、くっ付いた額を持ち上げて、さらに距離を詰めて、あいりは問う。「ユウリは・・・」「さあな、俺は観測していない。だから“まだ”だよ」「・・・・・え・・・?」だけどここにきて男は離れた。まるで近づきすぎたあいりの唇から逃げるように、あいりの問いから逃れるように。求めに答えぬまま、答えを提示しないまま、提示したのは自分の言いたいことだけで、こちらの言いたいことを封じたままで。離れる。あっさりと、あいりの指先からパーカーが外れる。「さて、まどか達のところに戻ろう」「あ、まてっ」背を向けて歩き出す岡部にあいりは静止の声をかける。このままじゃ納得できない。「私はまだ―――っ」「俺と一緒にいろ、答えは自ずと見つかるさ」「―――――」隣に追いついたあいりに、確信に満ちた表情で告げる岡部。「だからついてこい。ラボラトリーメンバー№05飛鳥ユウリの片翼にして親友“杏里あいり”よ」「なっ!?」「君は飛鳥ユウリ同様に未来ガジェット研究所のラボメン№05として我が脳細胞に記憶された」彼女は忘れられない。岡部が憶えているから、杏里あいりが憶えているから。飛鳥ユウリをいなかったことにはしない、なかったことにはしない。何があろうとも、どこにいようとも、絶対に忘れない。彼女の命をかけた生き様は確かに記憶されている。「諦めろ、俺に定められた以上お前に自由はない。俺が生きている限り、憶えている以上お前はラボメンだ」岡部倫太郎は凶悪なまでにしつこく、諦めが悪い狂気のマッドサイエンティストだから。「そして俺は死ぬつもりはない。我が名は鳳凰院凶真。世界の定めた運命を破壊し未知なる未来を創り出す者、そのときまで―――死ぬことはない」死なない、それは「だから、おいていったりしない」あいりは岡部の腕をとる。「ほんとう、だな・・・・」あいりはなんだかよくわからなくなった。自分の考えと想い、男の言葉の意味、求める言葉と知りたい感情を、考えることが億劫になってきた。ただ、今はもう、今日のところは・・・・・ここまででいいと思った。少しだけ、落ち着いて考えてみようと思ったから。自分のこと、ユウリのこと、そして男のくせに魔法関係者でユウリの知り合い、しばらく住処を提供してくれる岡部倫太郎のことを。「嘘ついたら・・・責任とれよ」「問題無い」岡部はそう応える。この場合の嘘は岡部が死んでいることになっているので責任も何もないと思うが気負わず答えた。この手の問題には連帯責任者の欄に上条恭介の名を勝手に書いておけばいい。鈍感愚艦な少年だがなかなか有能で、自分の後を任せきれる稀有な存在なのだ。岡部倫太郎は卑怯で悪党だ。だから少女の問いに答えぬまま嘘をついた。引き留めるために、独善で、平気で嘘をつく。嘘を真にすればいいと、一度も辿りつけていないのに平然と考えている――――でも、それは確かな本心だから。「じゃあ帰ろう。変身魔法を解いてくれ、この格好は目立つ・・・・というかこの姿で大人を背負うのはキツイ」「ん」頷きながら、あいりは掴んでいた岡部の腕を軽くひいて、もう片手で首元のパーカー部分を自分の方に引き寄せた。一気に二人の距離が近くなる。別にキスをしようとしたわけじゃない。流され、思わせぶりに走るわけでもない。ただ言いたいことがあった。はっきりと、言葉にしたかったことを。「しばらくは・・・・・一緒にいる。ユウリのことも、ちゃんと教えて」そう言って、彼女は岡部の背中に周り、洵子の体越しにぐいぐいと岡部の背中を押す。顔を見られないように、思いのほか急接近した事で起きた動揺を悟られないように、決して勘違いしないように。そして背中からする気配に、岡部が気づかないように。今はまだ気づかれたくはない。なぜか、岡部に自分がやっている悪行を見られたくなかった。『ずいぶんと仲が良くなったみたいだね』そしてそれとは別に、後ろの気配とは別に前方から第三者の声。岡部とあいりが視線を進行方向上にある道に向ければ、そこには白い存在がいた。『マミ達のほうも無事に魔女を、正確には使い魔を退けたと連絡があったから安心して』いつも通りの無表情、感情が読めない赤い瞳。『でも、こんな短時間で良好な関係に発展するとは、人間は本当に僕の理解を超えている』そいつは岡部倫太郎に関して情報を持っていない。『しかし凶真、君はなんで死んでいないの?』しかし確かな疑問、正鵠を得た問いかけを行った。『なんで生きていられるの?』その問いかけに岡部は答えない。「キュウべぇ、俺は――――」『―――――、マミから念話だ。状況を伝えておくね、凶真とユウリは無事に魔女を撃破、そして抱きしめあってた―――――』「してないっ」その前に変な誤解を解かなくてはいけない。今回の件で学んだのだ。人間関係には円滑な相互理解、誤解や先入観を持って事態に当たれば行きつく先にあるのは骨折による入院であると。キュウべぇの位置からどう見えたかはしらないが岡部達の唇は触れていない。あまりにも近すぎて吐息は触れていたが直接の接触はなかったはずだ。これが上条恭介なら決まりだが、岡部にその手のラッキースケベは無い・・・・はずだ。『そうなのかい?』「当たり前だ。よく確認もしないで情報をばら撒くな、それが後々で人間関係に亀裂をいれることもある」亀裂が入るのは岡部の骨だが。「・・・・・」「おい、君からもちゃんと――――」「そうね・・・・・・いや、どうだったかな」「はあ!?お、お前はいったい何を言って―――」あいりは岡部の背中を、洵子の背を押しながら自分の唇の端を意識する。「あいつ等に知られたくないんだよな?」「お、脅すつもりか!?」「さあな、お前次第だ」震える岡部に、その様子に、あいりはある程度だが心が軽くなったのを感じた。今日何度目かの感覚かは分からないが秘密を共有できたことが、“知ったこと”が、“知られたこと”が安心感を生んでいた。相手は自分のことを知っていた。自分の秘密を。杏里あいりを。誰にも気づいていなかった、気づけなかった自分を。だから今度は此方が優先的に知る権利があるはずで、かなり重要な秘密を得ることができた気がしたから。それも共通認識の秘密だ。互いに、他人に知られては困るスリル感、一生連宅、死なば諸共、その秘密を自分が優先して握っている感覚に笑みが零れる。泣いて、考えて、疲れた。なんだか全部が億劫になってきたけれど最後に一つだけ満足できるものを手に入れた気がした。答えも、これからのことも決まらなかったけど―――あいりは口元に負を混ぜない、純粋な笑みを浮かべていた。■元々体力がなく、子供の姿、呪いを背負った直後、洵子を背負い両手は塞がっていた。だからバランスが悪く、ただそれだけで、引っ張られたときに彼女のほうに自分から軽く動いてしまったのは・・・・しかも結局なにも起きてはいない。だから何でもないし何も言わなくていい。なぜなら少し離れた位置からは変に見えたとしても、何がどう見えたとしても、本当に何もしていないのだから。決して、絶対に、何もなかった。位置的に言い訳無用の光景だったとしても問題は無いのだ。真実はいつも一つ!しかし二次関数の答えは二つ・・・・・数学のくせに答えが二つとはこれいかに――――いや、どうでもいい。「ようするにだ。気にしてはいけないし誰にも言ってはいけない・・・理解したな?“聞かれたから答えた”も駄目だぞっ」『君がそう言うのなら僕は構わないけど なんだか必死だね?』「約束だぞ!この手のパターンは本来上条が担うはずだったのだ!そして・・・・くっ、思い出しただけで鳥肌がッ!我が安寧のためにも急ぎラボメンに任命しなくては・・・・いいかキュウべぇ、絶対にまどか達には――――」「あっ、オカリーン!」岡部はいつの間にか、当たり前のように近くにいたキュウべぇに必死というか決死の勢いで口止めを要求していた。あいりは我関せずの態度でケータイを弄っている。そこに現れた鹿目まどか。「ま、まどか!?」「バカーーーーーーーーー!!!」「げふーーーー!!?」駆け寄ってきた勢いをそのまま攻撃力に転換したまどかのドロップキック。体も心も疲れ切っていた岡部はあっさりと地面に倒れた。あのあと変身魔法を解いた岡部はまどか達と合流するために移動していた。が、キュウべぇいわく、すでにマミ達が此方に向かっているとのことで近くの公園で待ち合わせということにしたのだ。無事に魔女を撃退、怪我も無いと伝え先に到着していたら、いきなりこれだった。「オカリン!私は怒ってるんだからね!」「ま、まってくれまどか誤解だ!俺は何もっ・・・・してなくはないが事故であって偶然なんだ!」「なんでおいていくの!悲しかったんだからね!」「だから今回は見逃して―――――え?」「ん?」仁王立ちし、怒ってますと小さな体で表現するまどかと、やり慣れた動作で土下座体勢にはいる岡部は視線を交わす。「あれ・・・そっち?」「見逃してってなんのことオカリン?」「・・・ばれてない?」「 な に が か な ? 」「おおっとわかったぞ、コレ墓穴だな」まどかは土下座する岡部の前にしゃがみこみ黒い笑顔で問いかける。安心したのも束の間、岡部は汗を流し始めた。本当に墓穴である。「・・・・・・あっ!?」「っ!?」が、それも数瞬でまどかは気づき大声を上げた。「オ、オカリンがっ・・・・オカリンが・・!」「な、なん・・・・だと?」気づかれたのか、先程のやり取りを?幼馴染み万能説?分からない、岡部は混乱する。まどかは傷ついたように、裏切られたかのようによろける。震える両手を口に当て、嗚咽を漏らすように叫ぶ。岡部倫太郎はこのとき罰を受ける。嘘つきで悪党の末路のように。「ショタリンからオジリンになってる!!?」おじさん(?) + オカリン = オジリン?「ガ━━━━━━━∑(゚□゚*川━━━━━━━━ン!!?」岡部倫太郎は力なく地に倒れた。今の姿はショタ化から“元に戻っただけだ”。なのに・・・・老け顔なのはある程度知っていたがダメージがヤバい。そもそもこの世界、見た目、皆が若々しすぎるのだ。鹿目洵子が良い例である。確かにショタから戻ればギャップはあるだろうが・・・・・オジリンは酷い。「こんなのってないよっ・・・・あんまりだよ!私まだショタリンを堪能してないのにっ」「か、鹿目さんそのあの・・・・ね?」「この場合酷いのは誰なのかな?岡部さん大丈夫?」「おじりん・・・・おじ・・・・」「ふふっ」『なんだか嬉しそうだね 暁美ほむら』「すこぶる良好よ、いい気味だわ」「おい」あいりが全員に声をかける。「荷物はどうした」「「「「「あ」」」」」まどか達は鞄、岡部は全財産つき込んだ食材とFGMの資材を・・・・・・・置いてきたままだ。たぶん喫茶店付近のどこか。まずい状況だ。全財産、食費もそうだが資材もちゃんと確保しておきたい。今日からFGMの製作にはいらなければいけないのだから。だから“わり”と、“かなり”の精神ダメージを負った岡部もふらつきながらも立ち上がり、皆は急いで来た道を――――「ん、あい――――」「ユウリだ」一人、動かないあいりの名前を呼ぼうとした岡部に、彼女は重ねるように言う。「“アタシ”はユウリ」あいりは人差し指で自分の唇の端をとんとん、と意味深に触れながら伝える。「先に行ってて」それに、どっちの理由か、両方かもしれない、岡部は何か言いたそうに口を開きかけ、しかし閉じる。「ちゃんと帰ってくるから大丈夫」「・・・・・」「約束、嘘ついたらさっきのこと全部こいつ等に話す」「それは逆に困るぞ!?」真実はどうあれ、その状況にまでいったことが罪なのだ。「じゃあ信じて」「・・・君は」「ユウリって呼んで」いまになって思えば、自分は岡部倫太郎の前では一人称は「私」だった。「ユウリにして」という願いを叶えてからは本物のユウリのように一人称は「アタシ」だったはずだ。だけど岡部の前では違った。たぶん優しいユウリを知っている人に、優しくない自分を重ねてほしくなかったからかもしれない。それと岡部倫太郎は昨日の晩以降、自分のことを「ユウリ」と呼ばなかった気がする。他の人間がいるときはともかく、変な仇名をつけて・・・・。自分をユウリと呼びたくなかったのか、それとも気を使ってくれたのか。だから昨日の時点で、自分が本物ユウリでないと分かった時点で、きっと気づかれていた。それをわざわざ追及してこなかったのは、気を使ってくれたのだろう。「君はそれでいいのか・・・」「うん、周りに人がいるときはそれがいい」「え、普通逆じゃないの?」意味深な応答をする二人にさやかは疑問を挟む。他も首を傾げる。これが漫画ならいい雰囲気かも、と思うがなんか違う気がする。“二人っきりのときには名前で呼ぶ”。なら分かる。人前では恥ずかしがって仇名でしか呼べないが、せめて二人のときにはちゃんと名前で呼んで―――という王道なら分かるが、逆に人前で本名・・・・じゃあ二人のときは?「「・・・・・・」」「え、なになにっ、岡部さんに何かされた?」「別に」さやかの発言に岡部は否定の言葉を述べようとしたが、とんとん、と指を口元で動かすあいりに岡部は口を塞ぐ。それに周りは言い知れぬ何かを感じ取ったが・・・羞恥心からか、それを気にして何も言えない。ここで変に慌てるのは子供っぽいし、かといって空気を読まなければいけないような気がして、そして実は勘違いなのでは?と思い間違っていた時のことを考えると行動に移せない。「大丈夫」「・・・・・ちゃんと“帰ってくる”んだな?」「うん」「わかった。しかし夕食の準備もある・・・・はやく帰ってこいよ」「たぶん家・・・・ラボに着く前に合流する」「わかった。では先に行くぞ、ユウリ」「ん」女子中学生を置いてきぼりにする会話を終えた岡部はあいりに背を向け歩き出す。それに続く形で、ちらちらと岡部とあいりを戸惑いながら見ていたまどか達も一言二言声をかけてから後を追う。「・・・」その姿を見えなくなるまで見送ったあいりは来た道を戻り始める。まどか達からは見えない位置にあったベンチで眠っている鹿目洵子の傍をぬけて公園の外へ、そこで相対する。今日行われる戦闘の内の一つ。杏里あいりと芸術の魔女イザベルの戦闘は終わった。そして今、最後の戦闘が始める。「今度はちゃんと聞いてあげる」傷はなくともボロボロの女性がいた。NDで、呪いで回復したとしても目を覚ますのはかなり後と思っていたが、その精神力は半端なものではないらしい。それだけの思い、覚悟、人間の肉体では耐えられないはずなのに、気絶から覚醒し後を追ってきた女性、石島美佐子。「は、はあっ・・・・っ、ふッ・・・く」「・・・・ただの興味本位じゃないのは分かった。あれを体験しても諦めない覚悟があるのも知った」だから応える。応えられることができる範囲で。「あ、あ・・・・あああああああああ!!!」石島美佐子は吠えた。視線が定まらないまま、ただようやく見つけた親友への手がかりだけを求めて、死にかけた身体で、唯一の繋がり――――自分を化け物に変えたソレを持ってここまできた。『■■■!!!』「イーブルナッツ・・・・」巨大なカマキリの魔女もどきへと、再びその姿になって突撃してくる。あいりは真っ直ぐに前を見据えて、とんっ、と地を蹴る。ドゴシャッッ!!それだけで魔女もどきの間合いの中に、死角に、そして片手で魔女もどきの頭部を掴み――――地面に叩きつけた。「・・・意識がはっきりしないまま、体は傷ついたまま、それでも追って来たんだね」魔女化する感覚はわからない、自分じゃない何かになるなんて想像もできない。でも確実に魔法少女になることよりは嫌なはずだ。それは不快で怖いはずだ。なのに石島美佐子はここまで来た。イーブルナッツを持って、意識がはっきりしないまま。「ちゃんと聞く、でもちゃんと傷を癒してから・・・そのときには、全部教えてあげる」だから、今はおやすみ。「イーブルナッツは回収・・・」一撃で魔女もどきは倒された。カウンターできめられた衝撃は、最初から不調を抱えた身体は、ただの一撃で魔女化を解除、戦闘は終わった。三つある戦闘の内、最後の一つは一撃で、あっさりと終わった。あいりは気絶し、それでも此方に手を伸ばすようにして倒れている石島美佐子を鹿目洵子のいるベンチまで運び、その場を後にする。次に目が覚め、そしてはっきりとした意識で、夢ではないと確信し、その恐怖に押し潰されずにいたら―――――「そのときは――――」続きの言葉を紡ぐことなく、あいりは公園をでた。一度公園の出口で進路を、これからどうすべきかを考えた。復讐のために、あすなろ市に戻るべきか。それとも―――――「ラボ・・・・未来ガジェット研究所」復讐を止めるつもりはない。「・・・ユウリ・・・・私は――――」でも少しだけ、ほんの少しだけ考える時間が必要だ。疲れた。考えるのはまた今度でいい。明日までは、せめて今日ぐらいは。「あ、ははっ」去来したものはなんだろうか?“さみしい”・・・・・かもしれない。彼女がいない現実が、隣にいない毎日が、自覚したからだろう、人恋しくなってしまった。一人ぼっちなのが嫌だった。周りには買い物や学校、仕事帰りの人々が歩いている。沢山の人が、だけど誰も見てくれない、“気づいてくれない”、自分はこんなにも辛いのに誰一人自分を気にかけない。きっと、このまま世界から消えても誰も気づかない。自分の生きてきた時間を知らず、何をしていたのかを知らず、どこにいるのかも、何を考えていたのかも・・・・当たり前な事なのに、それが酷く悲しい、寂しい。杏里あいりは、確かにここにいるのに。「ユウリもそうだったの?それとも誰かがいたのかな・・・・」ともに戦う仲間がいなくても、せめて“ここにいる”ことを知ってくれる存在はいたのだろうか。自分は後になってしか気づかなかったが、彼女は最後の時を、一人さびしく消滅したのだろうか・・・・誰にも気づかれることなく、誰かのために魔法を使える優しい彼女は人知れず―――――「ああ・・・・そっか、あいつは知っていて、憶えてくれていたんだ」岡部倫太郎は知っていた。飛鳥ユウリのことを。その願いも、優しさも、ただの魔法少女としてだけではなく、誰かを癒し、魔女を倒し、いつも頑張っていたのを見ていてくれていた。理解してくれる人に・・・・飛鳥ユウリは出会えていたんだ。なら、少なくても、ユウリは―――――「・・・ぐすっ・・・」目尻に浮かんだ涙を拭い、あいりは歩き出す。未来ガジェット研究所へ、自分のことを見ていてくれる人がいる所へ、確かな居場所へ。ユウリのことは納得したわけでも、理解できたわけでもないけれど、今日ぐらいは素直になろう。私は優しくないけれど、復讐者な自分だけど、それでも――――さびしいのは嫌だった。今までは一人で平気だった。ユウリの復讐が全てだったから、だけど関わることで、居心地が良いあの場所が温かくて――――「今日だけ・・・今日だけだからっ」自分がずるいと思う。酷いと思う。ユウリじゃなくて、こんな自分があの場所にいたら駄目だと思っているのに―――あの場所なら赦してくれると、そう思えてしまう自分がいる。ユウリも、あそこなら赦して・・・・と、勝手に思ってしまう。分からない、だけど歩き続ける。ごしごしと涙を拭いながら歩く姿はただの女の子で、酷く寂しそうに見えた。でも誰も声をかけない、だからあいりは歩き続ける。未来ガジェット研究所へ。彼女の帰りを待っている岡部倫太郎のもとへ。杏里あいり。彼女のことを、彼女がいることに気づいた人のもとに。■「「「「「いただきますっ」」」」」「ん」未来ガジェット研究所。小さなテーブルに六人がご飯に直接ビーフシチューをぶっかけた料理を前に声を合わせていた。あいりは岡部達がラボに到着する直前で合流、無事に荷物を回収していた岡部から食材の入ったエコバック(あいりの持ち物)を受け取りさっそく料理を開始した。その際の会話を一部抜擢しよう。「じゃあビーフシチューをつくる」「飛鳥さん。私も手伝うわ」「いい」「まてユウリ、マミは料理がうまい・・・・と聞いたことがある。ならばここは一つ―――」「・・・・なに、私・・・・アタシのだけじゃ不満か」「あ、じゃあ私も手伝うよ!マミさんに助けてもらったお礼もしたいし『芋サイダー』の――――」「ユウリ、全て君に一任する!ラボメン№05よ!最高の料理をっ、“安全な料理”を期待している!」「ん」「えーっ」「まどか、今日はユウリの手料理を堪能しよう・・・・できれば明日も明後日も今後ともそうであってほしい」「む・・・・ん・・・」「岡部さん、それってプロポーズみたいだよね」「何を馬鹿な、これがプロポーズならお前は何度上条に求婚した事になるのだっ」「きょ、恭介は関係ないでしょ!」「・・・・オカリン、なんかユウリちゃんとあったでしょっ」「べ、別に何もなかったぞっ?」「ん、たいしたことはしていない」「ほ、ほらユウリもそう言っているではないかっ」「むぅ・・・・・あやしい」「別に、少しだけ危なかっただけ」「魔女・・・・のこと?やっぱり怖いし危なかったんだ・・・・」「ちがう、ここ」とんとん、と唇の端っこを意味深に触れる。「あやうく初めてを奪われるところだった」「(/ロ゜)/ちょっ!?おまっ!?」ビシッ、と固まる岡部に残虐性を浮かべた笑みを向けるあいり。皆が目を見張る。まどかは笑顔のまま硬直する。そして岡部は――――「ま、まて誤解なんだ――――マミ!!」「なんっっで目の前にいる私を素通りして最初にマミさんに弁解するのー!!!」焦る岡部は弁解した。すぐ傍で白衣を握るまどかにではなくマミに。彼女は怒ってもいい。岡部は起こられても仕方がない。あいりはようやく一矢報いたと心持ち優しい気分になり一人料理に没頭、岡部はその間まどかにお説教された。それからはマミに未来ガジェット研究所の在り方、みんなにこれからの自分たちの活動内容、そして―――――「それから巴マミ。今日から君は未来ガジェット研究所ラボメン№07だ」と、簡単な説明をした。そして、そんなこんなで今は出来上がった料理を皆で食べていた。「でーじうまい!」「さやかちゃんまだ言葉が変だよ(なんで沖縄方言【うちなーぐち】)?でもホントにおいしいっ」「うん、おいしい」さやかとまどかがバクバクとビーフシチューを口に運ぶ、あのほむらですらスプーンを止めることなく口に、熱々のはずのそれを一気に、あいりの作った料理は美味だった。魔女、使い魔と遭遇した事での緊張もあり、それが解けた今は安心から、それが味を引き立てているのかもしれない。あいり以外の誰もがお代わりをして、鍋いっぱいにあったそれは30分もかからずに完食されたのだった。「あー、食った食った」「じゃあ私が洗いものするから皆はくつろいでて」夕食が終わり一休み、岡部が背中側のソファーに持たれるようにしてだれる。するとまどかが率先して食器の片付けにつく。・・・・・かまわない。まどかは料理が一部壊滅的にまで“おかしい”のであって他はそれとなくこなす。問題はない、いや決して料理は下手ではないのだが“おかしい”のだ。・・・・とりあえず問題はない。「さて、大雑把な説明も終えたし今日はこのぐらいか」「先生、いいですか」全員への大まかな説明は終えた。後はガジェット製作、明日は休日なので徹夜でいける。問題は彼女達だ。イレギュラーが多い世界線だから可能な事なら今日も泊まっていってほしいと考えた矢先に、ほむらが岡部に声をかけてきた。「なんだ?」「少し・・・・屋上、上にはいけますか?そこで話したいことが」なんとなく、その表情から内容には見当がついていた岡部は頬を掻く。できればさけたい、だけど逆の立場なら自分もそうする。なによりコレは先回しにしていてはいけないことだから。「わかった。みんな、俺とほむほむは上に行ってくる」「ほむらです」「お、気をつけなよほむら。岡部さんに襲われないようにね」「誰が襲うか!」「大丈夫だよ美樹さん。巴先輩、銃を一つお願いしてもいいですか」「え?あ、はいどうぞ」「ありがとうございます」「そのレベルで信用が無いのか!?」いや、もちろん冗談だったが少しばかりのショックに、それでも立ち上がり屋上に行くことを皆に伝える岡部に背後から洗いモノをしていたまどかは声をかける。残り物の野菜の切れ端はビーフシチュウーのはいっていた鍋に全て叩き込み、その鍋とオタマ以外をジャブジャブ、アワアワと洗浄していくまどかは告げる。「オカリンはやく帰ってきてね?」「うん?」・・・・偶然だろう。特に意味は無い偶々だろう。まどかは洗いものをしているだけだ。洗いものをしているのだから別におかしくはない。間違っちゃいない、怖がることはない。その手に輝く包丁には特に意味はないはずだ。「えっと・・・・・・まどか?」「私も“作るから”はやく帰ってきてね?」「え・・・・・?」「ね?」じゃぶじゃぶと、包丁は未だにまどかの手にある。「・・・・・いってきます」「いってらっしゃい」じゃぶじゃぶと、洗いモノを続けるまどかは震える岡部を笑顔で見送る。そして岡部とほむら、二人が玄関から消え、屋上に向かって行ったのを確認し、まどかは洗いモノを中断してマミとユウリ、二人に話しかける。「マミさん、ユウリちゃん」「どうしたの鹿目さん?」「・・・・なに」「ラボとオカリンについて“お話しましょう”」さやかはこの瞬間、その瞬間持てる身体能力全てをつぎ込んで座っていた位置から後方に向かって一気に立ち上がり、次いで視線をテレビの上の時計に向ける。「ま、まどかっ、今日はもう時間もあれだからお開きにして――――」「大丈夫だよさやかちゃん、ほんの少しお話するだけだし・・・うん、なんなら今日も皆でお泊りすればいいんじゃないかな?むしろ、そうすべきだよ」「え、今日も?え・・・?鹿目さん達はここで寝泊まりしたの?お、男の人と一緒に?え、ええ!?さ、最近の子は進んでいるってそういうことなの!?わ、私どうしたら!!?」「・・・別に、どうでもいい」「マミさん勘違いしないでください!昨日も魔女に襲われてその過程で仕方がなくで――――、ってユウリも簡単に了承したら駄目だよ!」「じゃあ、お話しようか?オカリンが気になっているマミ先輩とデートしていたユウリちゃん」「「え?」」「大丈夫、夜は長いからいっぱい話せるよ?」ドクターペッパーをテーブルの上に数本置いて、長期戦を意味深に思わせる準備を終えて、鹿目まどかは笑顔で語り始める。若干、不穏な空気を感じたマミは、しかし経験がないので素直に頷く、彼女はなんだかんだでいろいろと貴重な体験ばかりの一日になることだろう。ユウリはこの時点でようやく喫茶店での出来事を思い出し、しかし既に退路は――――断たれた。■「それで、話とはなんだ」「確認したいことがあります」屋上。岡部とほむらは対峙していた。本物というには語弊があるかもしれないが、本来の世界線、α、β世界線の未来ガジェット研究所の屋上とはやや違った外装をしている。建物自体三階建てでなく二階建て、周囲の建物もみな違うので・・・やはりここは違うと、この場所にくるたびに寂しく思ってしまうのは弱さからか。ここも既にラボとして認識しているのに、部屋の中では感じない感情が、屋上にくるたびに揺れてしまう。何故だろうか?ラボメンとして彼女達を受け入れラボとして機能しているのに寂しいなどと・・・・。「まあ、予想は出来るな」「・・・・正直に答えてください」「ああ」でも今は、目の前の少女の疑問に答えるのが先決だろう。「貴方はあのとき・・・・・私達と別れるときに、私の魔法を取り戻すことができた」「・・・」「にも拘らずっ、貴方はそれをしなかった!もしかしたら誰かが死んでしまう可能性もあったのにっ!」巴マミがいた。強い彼女が、頼もしい彼女が、だけどそれとこれとは別だ。暁美ほむらはキュウべぇいわく既に魔法少女だ。なら覚醒させるべきだ。知識だけで戦えない、何もできない恐怖を、無力な自分を知っている岡部は暁美ほむらをあの時に―――――「違いますかっ」「違わない」「ッ」ばちんっ、と、ほむらは岡部の頬を叩いた。背の高い岡部に背伸びをして、バランスが悪く、それ故に加減もされない全力の平手打ち。岡部は赤くなった頬を押さえることなくほむらを見降ろす。目尻に涙を、唇を噛みしめ、震える体で岡部に相対する少女に対し、岡部は抵抗しない。「ふざけないで!」本気で怒っていた。分かる、知っている、理解している。逆の立場なら岡部とてそうする。いかなる理由があろうとも、いかなる思惑があろうとも納得できない。それを話してすらいないのだから当然だ。戦えるのに戦えない。余裕もない状況で傍観するしかない。守るべき人に庇われる。もしそれで死んでしまったら?ようやく、ようやく取り戻した人達、あの頃の自分、あの時にあった時間、命と魂、長い時間をかけてようやく辿りついた瞬間を―――その尊さと奇跡を知っているはずの相手が、その可能性を勝手な判断で、どんな思惑があったにせよ、失うことになっていたかもしれない。「あ、あなたはっ―――――最低だ!!」そのとおりだ。暁美ほむらが味わった状況を、無理矢理自分に当てはめたとしたら、きっとシュタインズ・ゲートに辿りついたあと、わずか数日で見知らぬ他人が、近しい人が不必要な気遣いで、それこそ岡部のためを想って、それに似たなにかを一方的に、独善で行おうとしたようなものだろう。世界線変動率を変えようとする。そんなことを望んじゃいない。数々の犠牲を払って辿りついたのに、自分を犠牲にしてでも辿りついたのに、それが気にくわないからという理由で、お前も幸せにならないと意味がないというように、勝手な偽善で・・・・ただの優しさだとしても、それで手に入れた、辿りついた世界線をなかった事にされたら、失ったら、きっと岡部は狂い、殺意を抱き、相手が誰であろうと―――――「なんでヘラヘラ笑っていられるんだ!貴方は知っているんでしょう!?これから何が起こるかッ、何が彼女達にあるのかッ、なのにっ――――なんで笑って過ごしていられるんだ!!」岡部は何も言えない。違う、言わない。「絶対に許さない!私の力を取り戻せるなら早く戻してよ!」その叫びは確かに理解できる。そうすべきだとも理解している。暁美ほむらの力を誰よりも求めているのは岡部倫太郎自信だ。乗り越えるべき障害、暁美ほむらはその最大の障害は『ワルプルギスの夜』と認識している。間違ってはいない、要因は多々あれど最大なのは、その予想は間違ってはいない。“彼女の世界線漂流では間違ってはいないだろう”。しかし違う。岡部倫太郎の世界線漂流では、その認識だけでは足りない、未来を歩むための目標としては届かない。知っている。『ワルプルギスの夜』を超えただけでは望む世界は、未来は訪れない。最悪はまだいて、最強も、最低の結末が残っている。「茶番だな」「ッ!?」ばしんッ口から零れた台詞を、それが自分に向けられたこのだと思ったほむらは再び岡部の頬を叩き走ってラボに戻る。屋上の階段で一度岡部のほうに振り向いて、流した涙を拭う事も忘れるほど激昂しながら本心を叩きつける。きっと、いままで、これからも無いほどの憎しみと怒りを込めて―――。「あなたなんかッッ―――――大っ嫌い!!!」■「はっ・・・・・分かっているさ、自分がどんなに酷いことをしているかなんて」岡部は一人、ほむらが去った屋上で手すりに体重を預けながら空を見上げていた。髪を掻き上げながらため息を零した。そのまま後ろに、手すりが壊れたら落ちて死ぬな、なんてことを漠然と考えながら、自己嫌悪に死にたくなりながら。「でもな、ヘラヘラ笑っているのも・・・・なかなか辛いんだぞ?」一人、誰もいない場所で愚痴る。牧瀬紅莉栖を助けるために何度もタイムリープを繰り返していた時と今は違う。あの時には仲間がいた。本音で話せる仲間が、心から信頼できる人達が、自分の醜い内情を、醜悪な行動を、意味不明な言動を受け止め受け入れ協力してくれた。預けることができた、真実を、想いを、後を・・・・自分の目指す未来を。だけどここでは違う。彼女達が子供だからというわけじゃない。信用できないからというわけじゃない。ただ―――「・・・・・どうして、こうなった・・・・」茶番だ。このままでは、この世界線は詰んでしまう。終わってしまう可能性が高い。暁美ほむらは鹿目まどかを中心に時間逆行を繰り返しているが、岡部倫太郎は暁美ほむら、彼女を中心に繰り返している。全ては暁美ほむらを中心に、とは言わなくもないが、ある世界線漂流から彼女を起点に岡部は行動していた。相容れぬ相手だが、同族嫌悪にも近い相手だが、目指すべき未来は同じだから共に行動することは多かった。なにより彼女の協力なくして『ワルプルギスの夜』は突破できない。あの超ド級の魔女を打倒するためには“アレ”が必要不可欠で、その先にも必要になってくる。未来ガジェットマギカシリーズの最高傑作にして集大成、『ワルキューレ』の完成には暁美ほむら、彼女の協力が必要だ。正確にはキュウべぇに感情を、その揺らぎを学んでもらうために『メタルうーぱ』を、それがなければ『ワルキューレ』は創れない。04『ギガロマニアックス』05『レーギャルンの箱』06『クーリングオフ』07『コンティニュアムシフト』10『バタフライエフェクト』。戦闘用の、大抵のガジェットにキュウべぇの感情の有無は関係ない。しかし01と11には、01『メタルうーぱ』には暁美ほむらが、そして11『ワルキューレ』には感情を得たキュウべぇが必要で・・・・それがなければ勝てない。絶対とは言わない。他の可能性もあるのかもしれない。だけど最強の魔法少女のまどかの力に頼らず、その力だけをあてにせず『ワルプルギスの夜』を超えるには今のところ、岡部にはそれしか思いつかない。その先、『ワルキューレ』がなければどのみち、否、あったところで世界は結局―――――「これからどうする?どうすればいい・・・」思考が負へと進む。一人だからか、気を使う相手が、少女達が横にいないからか、呪いのせいか弱音が沸き上がってくる。このままではいけない。彼女達に不安を悟られてはいけない。そのためにも笑わなくては、それも無理せず、決して悟られないように、自分だけは諦めていないと思わせるために、誰が諦めようと岡部倫太郎だけは諦めていないと思わせるために。ほむらが戦えない。武器を調達できない。ギガロマニアックスをつくっても岡部は弱い。ほむらから銃器を受け取り遠距離での高火力での戦闘方法をえない限り通常の魔女戦でも足を引っ張る。「・・・・くそ・・・・」自分の考えが、行動が愚かなのを知っている。暁美ほむらは魔法少女だ。しかし魔法を使えない。『魔法少女じゃない』ならまだしも・・・・・。ほむらと違い、岡部は鹿目まどかが魔法少女になることを絶対に阻止したいわけではない。なのに―――ほむらが魔法少女になることを拒んでいる。既に手遅れなのに、既に魔法少女なのに、ならいずれ辿りつく、『ワルプルギスの夜』を超える敵が、ならさっさと覚醒させるべきだ。分かっている、解ってはいるのだ。それが最善で、最良の判断だ。本人もそれを望んでいるし、岡部は今までそうしてきた。「それでも・・・・俺は―――――」矛盾に満ちた選択ばかりを繰り返してきたツケがここで爆発でもしたのか、あまりにも好都合に進んできた世界線で岡部は――――「“まだ”死ねない」やるべきこと、決断すべきことは多い。未来に起きる出来事、もしかしたら『ワルプルギスの夜』の前に現れるかもしれない。暁美ほむらは魔法を失っているが完全にではなく記憶は継続している。だから追ってくる。その兆候は既に出ている。鹿目まどかが自分とユウリ・・・・杏里あいりの会話を“思い出している”。12という数字、幼馴染み万能説?それだけじゃないだろう・・・・・岡部倫太郎が観測していない世界線を、似たような世界を観測した可能性がある。じわじわと時間が狭まっている。時間切れが速まっている。繰り返すほど加速している。なのに決断できず、おまけに訳の解らないことばかりが起きる。例えばND。今までできなかった過去の自分に何かを託そうとしていると、そう思い込みたかったが違う。そうじゃない。そうでなければこのタイミングはおかしい。ありえない。理由があるのか?理解できない。ワインレッドの携帯電話。未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』。唯一であり絶対の命綱。その液晶画面はほむらと別れた瞬間に勝手にある機能を実行していた。「・・・・・初期化だと、これではただ俺が呪いの進行を早めただけではないか」―――The initialization endあの時、NDはバージョンアップされた。岡部がこれまでしたことがない現象が。できるかも、とは思ったができた試しがない。なのに今回はした。勝手に、いきなり、気づかぬ間に、いつの間にか。結果、その力が、その効果がどう発揮されたのかは正確には分からないが展開は上昇していたのだろう、マミと繋がった時は完全ではなかったのか、それでも何らかの効果はあったのかもしれない。しかしグリーフシードを使ってのときの発動は呪いを加速させてしまった。「どうしてここで初期化させる?なかった事にする・・・・誰がこのデータをもってきたんだ」未来の自分なら意味があるはずだ。ならあるのか?「しかし自分を追い詰めて何になる?そもそも初期化する意味が分からない」今回のバージョンアップは岡部倫太郎が呪いをいつも以上に背負い込んだだけだ。だけど構わなかった。どんな理由があれNDが今まで以上に、性能が上がればもしかしたらと思った。今後の戦いを有利に、もしかしたら新たな能力が付加されていると思った。だが、NDはいま初期化された。元の状態に、ただのNDに。それはつまり、今回の戦闘で呪いの進行を早めただけで、他は進展していない。これを糧に思考することを求めているのか?そのために自分の時間を削って?「俺なら、そんなハイリスクな方法をとらない」呪いは魔法少女との繋がりを阻害する。「だが、俺以外の誰がNDに干渉できる」疑問も不安もある。理解できず混乱する。だけど、やっぱりこれは自分が?ここにいる岡部に記憶は無い、知識は無い、なら未来の自分?別世界線の自分か?『ホーミング・ディーヴァ』もないこの世界線の自分に向けて情報を送ってきた?「・・・・・」未知なる世界線を求めている。決まっていない世界を目指している。それが本来の在り方だけど・・・・・未知というのは人間にとって最大の恐怖だ。暁美ほむらも同じだろう。力を失い、イレギュラーばかりの世界に放り込まれて怖いはずだ。まだ中学生の女の子が、そんな重圧の中で平気なわけがない。それでも彼女は立ち上がって抗う、立ち向かう、誰かのためにずっと戦っている。「・・・暁美ほむら、君の強さが――――」■―――でもな、ヘラヘラ笑っているのも・・・・なかなか辛いんだぞ?屋上からニ階にあるラボに続く階段で岡部のその呟きを、弱音を、暁美ほむらは聞いていた。聞こえてしまった。「ぁ・・・・ッ」呼吸が止まるほどの罪悪感にほむらは胸を押さえた。岡部倫太郎が許せないのは、憎いのは今も変わらないし、一生涯忘れない。それは確かだ。絶対だ。だけど自分は――――彼だけを責められる立場か?自分は?今まで何をしていた?魔法を失っていた間に何かを成し得たか?魔法よりも奇跡のような時間を取り戻していた。それで?その大切な時間のために、その時間を守るために自分は何かしたか?「私はっ」した。しようとしていた。状況がその時間を奪うことは繰り返してきた自分が誰よりも解っていた。だから魔法を取り戻したかった。彼女達を守れる自分になるために、そのために岡部倫太郎に問いかけたはずだ――――私の魔法が、記憶だけじゃなくて、ちゃんとした魔法少女になるための手段を。「だからっ・・・」だけどそれだけだ。一度の問いかけだけで終わった。時期から『薔薇園の魔女』と『芸術家の魔女』の出現には余裕がないことを知っていながら・・・・・せめて警戒していたか?ならどうして気軽に街中を出歩いていた?戦えないのならせめて、危険と分かっていながらどうして巴マミとも接触せず、岡部倫太郎とも合流せずにあの時間帯を無防備に出歩いた?なにより、一度断られただけでなぜ簡単に引き下がった?全てを知っている自分が戦わず、既に魔法少女である手遅れのはずの自分が前に出ない?もっと食い下がるべきだ。理由を問うべきだ。なぜしなかった?「したく・・・・なかった?」もう戦いたくないと思っていたのか?それとも目覚めることでこの時間が失われることを恐れているのか?失うことで得たこの大切な、本当に取り戻したかった時間を?だからか?それで?どうした?その結果何があって何ができた?その間に、岡部倫太郎は何をしていた?戦えない自分の代わりに“岡部倫太郎はどうなった”?岡部倫太郎は自分のことを知っていた。まどか達の味方で、きっと違う時間軸、違う世界線とやらで『私の味方』だったはずだ。私の協力者で私は仲間で――――それはここでも変わらない。ここでも彼は私を味方だと言ってまどか達と一緒に守ってくれる。だけど今の戦えない私は“何も協力できない”――――「でも、それはッ」岡部倫太郎が選んだ。彼自身がそうあれと願ったはずだ。戦う意思が確かにあった私を―――お前は諦めたのか?「ち、違う違うッ」―――ここが境界線上だ「私は戦えるッ」本当に?嫌な予想が自分自身を苛む。想像したくない予感が私に問う。だけどその瞬間だった。「大丈夫。あいつは貴女に頼るしかない」「!?」いきなり、耳元から声。「なっ!?」「岡部倫太郎は暁美ほむらに頼るしか道は無い」誰もいないはずの狭い階段で、本当に至近距離から、耳元なんかじゃない、もっと近い距離から聞こえる少女の声。顔を振り声の相手を探す。が、視界には誰も、何も映ってはいない。暗く狭い通路の階段、ほむらは鳥肌が立ったことを自覚する。怖い、それはお子供がオバケを怖がる純粋で、本能的な恐怖だった。「だ、だれ!?」「ほむら?」“誰もいない廊下で、一人取り乱しているほむらを岡部は不思議そうに見ていた”。え?と、ほむらが青ざめた表情で振り返れば、岡部も血相を変えてほむらを案じてきた。ほむらはとっさに、もう一度、今度はしっかりと周りに視線を向けて周囲を確認する。やはり誰もいない、隠れる場所も潜む場所もない限定空間、ついさっきまで自分の傍に誰かがいたはずなのに誰もいない。「どうした!?何があったっ」「あ、え?」元からいなかったのか、それとも高速移動・・・それとも自分のように時間停止のような特殊能力で?ここは特異な場所だ、魔法少女が現れてもおかしくはない?それとも勘違い?「なんでも・・・・ありません」「しかし―――」「あなたにはっ・・・・いえ・・・・・・・・ほんとに、なんでもありません」そう言って、ほむらは階段を下りる。岡部もそれ以上追及することはなく、ほむらから数歩分距離をあけてから階段を下りる。勘違い、きっとそうだ、そうに違いない。そうであってほしい。ほむらは震える身体を岡部に気づかれないように、そっと抱きしめながらラボに戻る。岡部は気づいていた。ラボへと繋がる扉のノブに伸ばされた手が震えていることに。だけど何も言わない。今は何を言っても答えてくれないことを悟っているから。■「あ、おかえりなさいオカリン、ほむらちゃん」「ただいま、まどか」ラボに戻ればまどかが二人を待っていましたとばかりに歓迎する。なぜかマミとユウリは正座していたがほむらは先程の事もあり追及する気力もなかった。さやかとキュウべぇはお風呂らしい。・・・今さらだが彼女は自分達がいるとはいえ男の部屋でそれはどうなのだろうか?今どきはソレが普通なのか、幾度も世界を繰り返した自分は世間の流行常識にはまだ不慣れなのかもしれない。「あ、オカリン」「なんだ?」「さっきママから連絡があったんだけどね」「・・・・・・・ああ、詳しく聞かせてくれ」「ほえ?」一瞬、岡部が苦い顔をしたような気がしてまどかは首を傾げるが岡部が続きを促す。一応彼女には最善を尽くしたと思うが何かと勘の鋭い女性である。衣服の汚れも体の外傷もなかったと思うが数十分間の記憶がなければ不審には思うだろう。それに呪いの後遺症、大丈夫だと思うが油断は出来ない。何があってもおかしくはないのだから。「うーん?今日はオカリンの所に泊まってこいっていってたよ。あと明日は顔出せって、久しぶりにお説教じゃないかな?」「説教か・・・・ただの説教ならいいがな」「え、肋骨は24本しかないのに?」「え!?説教のときは確実に肋骨コースなのかこの世界線!?」「せかいせん?それが何なのかわかんないけど本当は今日にもラボに来る予定だったらしいよ」「・・・・・」「でも今日は疲れたとか言ってて、なんか新しくできた知り合いと一緒に用事みたい。疲れてるのに大丈夫かなあ・・・」その台詞を聞いて岡部とあいりは少なからず安心した。安堵した。とりあえず二人が無事に家にいることに。岡部は疲れているとはいえ知り合いとやらと用事を済ませきれるくらいには鹿目洵子が回復していることに、あいりはその隣に置いてきた石島美佐子も無事だと言うことを悟って安心していた。岡部は知り合いというのが石島美佐子だとは知らないが、翌日には知ることになる。「そうか、なら明日はお昼にはいこう」「うん!じゃあ今日もよろしくねオカリン!」「ああ、疲れただろ?今日のところは風呂にでも入ってそうそうに休め。明日はおもしろい話を・・・そう、なかなかに近代的なガジェットを完成させるから楽しみにしているがいい」「ほんと!?じゃあ楽しみにしてるねっ」「うむ」わしゃわしゃと、まどかの柔らかい髪をまぜて感触を楽しむ岡部、髪のセットが滅茶苦茶になるが時間もそうだから気にしないまどかも笑顔で応える。その様子に岡部は安堵と感謝を、落ち込んでいた気持ちが、弱音を吐いていた自分を少しだけ慰めることができた。まだ大丈夫、まだいける、まだ戦える。岡部がわしゃわしゃーっと、両手でかきまぜると流石にまどかは「うにゃー!?」と悲鳴を上げ怒ったが、それは誰が見ても微笑ましいものだった。「さて、ではお前達はどうする?」「アタシは今日も・・・・・」「歓迎する」「・・・ん・・・ん」「うん?」「うっさいHENTAIッ」「・・・・・えー・・・」「えっと美樹さんはっ、どうするのかしら?」「マミさん、それならお泊り決定ですよ!こんな事もあろうかと今日はさやかちゃんのお家に寄ったとき準備してもらいましたから!」「そ、そうなの?じゃあ私は今日はこの辺で―――」「マミ、君も今日は泊まっていったらどうだ?慣れるためにも丁度いいし明日はガジェットの調整、説明もしたいしな」「え、ええ!?で、でも―――」「そうですよマミさん!一緒にお泊りしましょうっ、大丈夫です!今日は洗濯物も済ませたし着替えなら私のが沢山余って――――・・・・・・」「鹿目さん?」まどかは固まる。自分の提案に決定的致命があることに気付いたのだ。お泊りに必要なもの、その最前線(?)は着替えだ。下着は洗濯済みだ。問題ない。さやかとほむらのは昨日洗濯した下着があるのでこれで解決できる―――後になってさやかとほむらは岡部の下着と一緒に選択されたことを知り膝をつく、岡部もその反応に若干ダメージを負うが仕方がない。彼女達は年頃なのだから。しかしだ。今の問題は下着ではない。岡部は知っている。着るものだ。私服だ。まどかのだ。それも大半はお古だ。ようするにサイズが合わない。 小 さ い の だ !「オカリン何か言った?」「ふへぇ!?べ、別に何も考えちゃいないぞ!?」「・・・へぇ・・」「だ、大丈夫だマミ!服は俺のを使えばいい、男物なら君にも・・・・あ、まだ使っていない新しいモノだから問題ないぞっ」「えっ?で、でも―――」「オ~カ~リ~ン~?」「あ、あれ?ちゃんとフォローしたよな?なにか問題があったのか・・・な?」「ふふふふふっ」「ひぃ!?」にじり寄ってくるまどかに後ずさる岡部は「怒らせた!?」「何故だ!?」と自分の的確な助言のどこに問題があったのか分からず慌てふためく。おかしい、年頃の彼女に気を使って胸のサイズに関しては一言も漏らしていないはずだが?と、ほとんど台詞から白状している岡部は気づかなかった。じりじりと緊迫した空気を作った二人を止めたのは逸早く離脱していた美樹さやかだった。「お風呂上がったよー、次誰が入る?・・・・・・え、なに?まだお話し中?あたしもう一度お風呂入ってもいいかな」「ん、アタシが入る。おい鳳凰院きょ、凶真っ、私はお前の借りるからなっ」「あ、ああ構わない、新しいのは確かタンスの―――」「別になんでもいい」「ええ!?」「・・・・マミ?」「あっ、いえなんでも・・・ってええ!?」「・・・・・・・やはりこの世界線の君は情緒不安定なのか?・・・くっ、やはり一筋縄ではいかないかっ」今回の世界線でのネックの一つに岡部は真剣に頭を悩ませた。「岡部さん・・・・・きっと違うと思うよ」『美樹さやか、僕を電子レンジにナチュラルにいれるのも違うと思うよ』「あっとゴメンゴメン!ほむらが自然にそうしてるからつい」「あ、暁美さん!?」「・・・・・日本の電子レンジは世界に誇る家電です」『それは僕も認めざるをえない』「キュウべぇ!?」よく分からない会話の応酬がそこにはあった。「くくっ」「オカリン?」「いや、あまり変わらないなと思ってな」「?」「気にするな、ただの独り言だ」「でも笑ってるよ?」笑っている。その言葉にほむらは岡部に視線を向ける。「ああ、嬉しいからな。なのにわざわざ落ち込む必要はないさ」ここには確かな幸があるのだから。「ほむら、君はどうする?」「あ、私は・・・・」「ほむらちゃんも泊まっていくでしょ?」「・・・・その、私は・・・」あんなことの手前、気まずく思うほむらは岡部に視線を向ける。「俺は構わない、それに――――明日、だ」「ッ」なにが明日なのか、怖くて聞けない。いや聞くべきだが聞きたくないと思ってしまったのか、ほむらは愕然とする。同時に否定する。もし、魔法のことなら、魔法を取り戻せる事なら望むところのはずだ。そうあるべきで、そうするしかないのだから――――「じゃあこれで皆でお泊り会だね!よーしっ、張り切って踏ん張って(?)作っちゃうよー!」「「「「『え?』」」」」そんなほむらの思考をまどかの台詞が遮る。ちなみに、まどかの言葉に反応したのはお風呂に向かおうとしているあいり以外の全員である。マミは何時の間にか自分も宿泊することに驚いて、あいりは『製作者』が誰なのか知らないから、他は何が起きようとしているのかを知っているが故にだ。これから行われるのはまさに奇跡、神の領域である。「あ、ユウリちゃん!お風呂の前に“お願いしていたの”いいかな!?」「・・・・まあ、いいけど」「お、おいまどか?お前はなにを―――」「ん」「わっほい!?」にゅぽんっと、背後から岡部にマントを被せたあいりは、用が済んだとばかりにお風呂場に向かう。戻ってきたときに存在するであろう摩訶不思議光景を予想する事もなく。もがもがと蠢く岡部にまどかは期待するかのように目を光らせながら台所へ、全ては『感謝を込めて』。「まっててねっ、いま私がみんなに料理を振る舞うから!」「!!?」ビクゥッッ!!と、誰よりも身動きの取れない岡部は他の、マミを除く皆と違いぬめぬめとマントに包まれながら未知なる恐怖に震える。このままではいけない。止めなくては!まて・・・・彼女はやはり怒っているのか?なら大丈夫?基本料理は出来て感謝やお礼を込めた場合のみ『芋サイダー』は生まれる、しかも冷蔵庫には『フラクタル構造的な何か』はもうない。しかし今は感謝といった・・・・・じゃあ駄目だな!!心のなかで自問自答し軽く絶望しかけたが――――「もが!もがもがー!(落ち着くんだ!それは死亡フラグだ!)」どうせまともに聞こえないことをイイことに、そしてどの道回避できない世界線の収束のパターンに言いたい放題の――――「ん、オカリンどうしたの?」まどかは腕を振って泡を払い落す、洗い物を途中でやめていたので偶然だろう、きっとそうだ、彼女の右腕には輝く包丁が鈍い光を放っていた。「もが・・・・」岡部はマントで包まれているので何も見えないはずだが自然と押し黙った。あと微妙に震えていたが誰も助け船は出してくれなかった。そして夜は更けていく。あいりがお風呂からあがったときには再びショタ化した青い顔の岡部が、周りには沈痛な面持ちでテーブルを囲むように座る少女達、普段イジメられているキュウべぇはほむらの膝の上で拘束されていた。「なにこれ?」岡部倫太郎がこの世界線に辿りついて三日目の夜。ラボメンは№07まで揃っていた。誰も失ってはいない。誰もまだ危なくはない。誰も壊れてはいない。誰も気づいてはいない。アトラクタフィールドの海を渡り続けてきた観測者、狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真。岡部倫太郎が死ぬまで―――あと“ ”日。■どこかの世界線、すでに終わった世界線。辿りついた世界線。目指した世界線。「これで、終わりです・・・」少女の声に、男は身構えた。強い意志を感じる。確かな覚悟を受け取った。意思と覚悟。十全なそれは魔法となって自分に向かって放たれた。―――Future Gadget 0 『Nostalgia・Drive ver4.7』 malfunction.桜色の矢がバリアとシールドを貫いた。分かってはいたが、今の自分でも押さえきれないのは、止めきれないのは重々承知していたが―――やはり驚いた。何度目かの感触、幾度目かの経験、自分の命が失われていくのを感じた。「・・・はっ・・・」胸から背中を貫かれた衝撃に一歩、よろけるように後退り・・・・・そのまま腰を抜かしたかのようにへたり込む。身体から急激に力が抜けていく。奇跡も魔法も既に無い。シールドを突破される直前に繋がりを切っていたから、繋がった先にいた彼女たちは怒っているかもしれない。キュウべぇも。・・・・かまわない、もう自分には必要ないのだから。目的は既に達成している。その延長戦の戦闘だったから問題はない。口元が緩む。やり遂げたと、ようやく終わったと思った。ここにいる自分は『失敗した』が、たしかに『成功した』のを確認、認識している。成功した自分は彼女を追いかけていった。だから―――大丈夫だ。ため息をつくように、もう一度だけ息を吐いた。役目を終えた事が、用済みになったことが、何よりも誇らしかった。疲れた。それは十全に満足したからだと自覚している。最後まで諦めずに抗い戦い続けた。なすべきこと、やりたいこと、全てを完遂して、そこからまた戦い――――ようやく終わった。アトラクタフィールドの海を渡り続けて100年以上の時間を過ごしてきた。長い旅がようやく終える時がきたのだ。「・・・・あ・・・」霞んだ視界には大切なあいつらと、そして誰よりも愛した――――彼女の姿が見えた。「・・・あっ、ああ・・・・ッ!」だからか、柄にもなく、あいつらの目の前でありながら声を張り上げてしまった。いつかのように大声で、名前を、彼女の――――。あいつらは自分と彼女を冷やかしながら笑顔を向ける。そして顔を真っ赤にして焦った様子の彼女をあやしながら自分を労う。『まったく頑張りすぎだよっ』『でもそれでこそニャン!』『すご・・・かった』『感動しましたっ』『さっすがリーダー』『お疲れさま、オカリン!』と。照れと、何よりまた会えたことで、久しぶりに流れた涙は止まらなかった。ずっと逢いたかった、ずっと一緒にいたかった大切な人達。立ち上がり、あいつらがいる所まで駆け足で近付き・・・そして彼女と対面する。最後に言葉を交わしたのはいつだったか、彼女はごにょごにょと最初は聞き取れない声量で何かを呟く。その仕草がおかしくて、愛おしくて、いつかの彼女を思い出して、無意識に伸ばした指が彼女の頬を優しく撫でる。彼女は恥ずかしながらも手を重ねて、こんな自分に真っ直ぐに言ってくれた。「お疲れ様、がんばったわね」と、そして「おかえりなさい」―――――と。周りも自分と彼女を囲んで祝福するかのように肩を叩きながら、頭を撫でながら「おかえりなさい」と笑顔で抱きしめてくる。もう一度彼女と顔を合わせた。笑ってくれた。こんな自分に。分かっている。これが幻覚だと、死に際の幻だと、都合のいい妄想だと理解している。抱擁をといて後ろを振り返る――――が、すぐに前に視線を戻せば少し離れた位置にあいつらと彼女がいた。いつのまに・・・・遠い、また選択肢を与えられているのかと思った。自分は今、中間にいる。境界線上にいる。危うい均衡の位置に。苦笑した。ここまできて“まだ”あるのかと、どちらを選んでも結果は変わらないはずだ。ただ最後の場所を決めきれるだけだ。その権利だけが世界からの褒美だと言うように。数瞬、考えた。思い出していた。これまでのことを、これからのことを、そしてしっかりと自分の意思で歩き出す。一方に背をむけて、一方を向いて。後ろで自分を見守っている彼女達に背を向けて。光を背に立ち、自分を待っているあいつらの元に足を進める。もう大丈夫なはずだ。信じている。だから振り返らずに前だけを向き続ける。戦い続けて、傷つき続けて、失い続けてきた世界で出会った少女達だけど、岡部は憶えている。ただ戦い、ただ傷つき、ただ失い続けてきただけじゃない。彼女達は潰れない。諦めない。その強さと共に在り続けてきたのだから。真っ直ぐに手を伸ばし、自分を待っている彼女の手をしっかりと握る。 ―――おかえりなさい―――ただいまずっと、ずっと逢いたかったよ・・・「“ ”」最後に彼女の名前を告げて、伸ばされた手は地に落ちた。「―――――――――また・・・・なの?」男の最後の言葉を、この場で唯一聞き取ることができた鹿目まどかは傷ついたように、恨むように、怒っているように・・・もう動かない人に声を投げた。叩きつけるように、攻撃するように、非難するように・・・・・・・弱々しく臆病に。見開かれた瞳は動揺しているようで、目の前の人に裏切られたことで揺らいでいた。金色の弓を握っていた両手は怯えるようにカタカタと震える。弓に施された宝石のような薔薇は放熱するかのように魔力の奔流を止めることなく、轟々と桜色の輝きを灯す。叫び声を上げようとしたのか、しかし震える喉は言葉を紡げずに嗚咽を漏らした。喋ろうとして口を開いて、閉じて、それを繰り返す。胸の動悸が激しく思考はぐちゃぐちゃで目尻には涙が溜まり―――零れた。「なんで・・・?」少女の問いに男は答えない。「・・・どうして・・・・・?」鹿目まどかの嗚咽混じりの声に彼は応えない。「なんで、いつも・・・・どうして?」もう動けないのだから。「ひど・・・いよ」多くの奇跡の担い手たちに囲まれながら、まどかは叫んだ。「こんなのっ・・・・・・あんまりだよ!」まどかの周りには魔法少女が数多く存在している。「なんで“あなた”はッ――――いっつもいっつもいっつもいっつもいっっっっも!!!」数十人からなる魔法少女の集団。かつて無いほどの魔法を用いた大規模な戦闘。彼女達は勝利した。巨大な敵に、最凶の敵に、魔女を凌駕する敵に、世界を滅ぼす敵に、間違いなく『悪』である敵に勝利した。誰もがボロボロで、誰が死んでもおかしくなく、戦い勝利した事が奇跡だった。まだ終わっていないのではないか?と、不安になる少女が後を絶たない。自分達が勝利した事が信じられないと思っている。それだけの激闘、それだけの戦闘がほんの数秒前まであったのだ。「わ、わたしが・・・・“わたし”だよ!?あなたの目の前には“わたし”しかいないのにッ・・・・なんでいつも―――!!」嗚咽混じりの震える声には熱がこもり、男を罵倒するかのように怒気を孕む。「きらい!」ずっと抱いていた想いを告げる。「いっつもそうだっ」“私”のときでは無理だった。「い、いつだってあなたはッ」“わたし”だったらと思った―――・・・でも“無駄だった”。「あなたなんかッ・・・」何も変わらない。絶対に、永遠に、変えてくれない。だからぶつける。もう動かない敵に。巨大な敵に最凶の敵に魔女を凌駕する敵に世界を滅ぼす敵に間違いなく『悪』である敵に―――Error Human is Death mismatchもう動けない自分達の敵にもう何もできない敵に最後まで自分を見てくれなかった敵に最後まで他の誰かを見ていた敵にいつも自分の前からいなくなってしまう敵にいつも自分をおいていってしまう敵にいつだって諦めなかった敵にいつだって立ち上がってくれた敵に誰よりも弱かった敵に誰よりもボロボロだった敵にいろんなものを背負ってきた敵にいろんなものを背負ってくれた敵にどの世界線でも、自分たちを助けよと戦い続けていた人に「大嫌い!!!」―――岡部倫太郎 死亡歓声が巻き起こった。世界の敵を倒したことで、自分達が生き残ったことが嬉しくて、悪党が滅ぼされた後のエンディングのように、歓喜に満ちた声で。誰も彼もが心から、一部の魔法少女を除いて盛大に、本当に嬉しそうに。これが最後で、これが望みだった。これが岡部倫太郎の最も繰り返した世界での結果、辿りついた結末。唯一の、他者のためではなく、岡部倫太郎が自らに望んだ結果の世界線。誰のためでもない、あの鳳凰院凶真が、自分のために望んだ舞台。「どうして・・・・こうなったの?」一人の少女が体を起こして手を伸ばす。「ふ、ふざけないで!」その手には未来ガジェットがあった。「こんな結末ッ、認めるもんか!」岡部倫太郎に四肢を切断された、能力はロックをかけられた、でもまだ動ける。「まだ終わりじゃないっ・・・私は―――諦めないわ」左腕だけはくっ付いた。片腕だけでも動けば問題ない。固有魔法も必要ない。―――未来ガジェットM12号『時を超えた郷愁への旅路【ノスタルジア・ドライブ】』起動「諦めない限り可能性は無限・・・そう教えたのは貴方よ岡部ッ」そのカジェット起動させたのは真っ先に潰された少女。―――『暁美ほむら』「させない、認めないっ」―――『過去と宿命を司る者【ウルド】』発動魔法にロックをかけても自分にはコレがある。―――展開率100%まだ、何も終わっていないあとがきわぁ、更新遅れること二カ月超過・・・・・・わあ!?いつの間に!?きっとBLを進めてきた友人のせいだ!目覚めていない!しかしソレはコレでなかなか面白い!?っと、18禁じゃないBLって結構奥が深いなと思い始めてきたこの頃・・・・・まどか☆マギカ劇場版見てきました!地元じゃやっていないので飛行機でワッショイ!感動した!面白かった!・・・・・三部いつやるのかな?お金貯めないといけないなと本気で悩む毎日です。感想いつもありがとうございます。お褒めの言葉は毎度嬉しいです!お叱りの言葉も凹んでも数日で「でも読んでくれたんでしょ?」とMに目覚めれば問題ないのでドンと・・・心持ち優しくきてください!考察ありがとうございます!読みながら「それもありか~」と思いながら書いています。そして楽しんでもらうために、意外性を突くために、あえてそれとは違うスートリーになるよう捻っていけたらいいなと思います。提案ありがとうございます。心からの感謝を!引き続き当方のSSにお付き合いしてくれるよう心から願っています。