ディソードには花の名前が用いられている。ディソード・グラジオラス。グラジオラスの花言葉は「情熱的な恋」「忍び逢い」「用心」「忘却」「勝利」ディソード・スノードロップ。スノードロップの花言葉は「希望」「慰め」「逆境のなかの希望」「恋の最初のまなざし」「初恋のため息」ディソード・リンドウ。リンドウの花言葉は―――χ世界線0.409431―――約束するわ、絶対にあなたを救ってみせる―――何度繰り返すことになっても―――必ずあなたを守ってみせる「成る程、時間操作の魔法ね」(ッ、当たらない!)ガンガンガンッ ダンダンダンッ暁美ほむらは白の魔法少女美国織莉子に向かって銃弾を撃ち続けていた。魔法では無く現実にある実銃。攻撃魔法を持たないほむらが繰り返される時間漂流で戦う手段を求めた結果の攻撃方法。魔力を用いず、しかし強力な火力を持つ人類の暴力の結晶。超常の存在たる魔女といえども殺傷可能の凶器。「それならば貴女の存在が理解できるわ」それを中学生のほむらが所持しているのは無論正規の方法では無い。戦う力を求めた彼女はコレらを大量に所持する組織(ヤクザや自衛隊)から拝借していた。もちろん無断で。今ほむらの元には、ほむらが左手に装備しているバックラーには多種多様の武器と弾薬が―――魔法により圧縮され―――収められている。それらの武器の殺傷能力の高さは魔女を殺すことはもちろん人間相手においては絶大な威力を発揮する。元より人を殺すモノなのだから。しかし今それらの武器はその暴力性残虐性を何一つ発揮できずにいた。「手を組めたら良かったけど無理そうね」(美国織莉子の魔法は恐らく予知、攻撃の着弾点を先読みして回避・・・・・面倒ね)数多くの武器を、ハンドガン手榴弾ショットガンに機関銃、はてはロケットランチャーまで使用してほむらは織莉子を攻撃するが当たらない。弾丸のほとんどは回避され、回避不能な弾丸は織莉子の生み出した宝玉に弾かれる。爆風は爆発前に有効射程外まで逃げられ魔法、最低限の障壁で受け流されて効果が無い。戦闘が始まり大分経つが未だにほむらは織莉子に傷一つ、一発も攻撃を当てられないでいた。人間に向けての攻撃に躊躇がある訳ではない。ほむらは織莉子を殺す気で攻撃しているし、今更その程度の事で精神は揺らがない。まどかを守る。そのためなら遠慮なく容赦なく加減なく戦える。不明な点が多いが目の前の敵は魔女の結界を展開、すでに犠牲者がでている。躊躇う余地は完全にない・・・・・ないのだ。(こちらの手が読まれている上に・・・・・これはいったい!?)しかしその決意、覚悟とは裏腹に攻撃は悉くかわされ、さらに今まで経験したことが無い現象に遭遇していた。「「「■■■」」」使い魔。魔女の手先。魔法少女の宿敵。それが織莉子を守り、それどころが彼女の意思に従うようにほむらを襲う。「邪魔よッ」ダンダンダンッ魔法少女に従う使い魔というイレギュラーに少なからず戸惑う。ほむらは襲いかかってくる使い魔を右手に持った銃で迎撃、襲いかかってきた三体の使い魔を銃弾で吹き飛ばす―――が、その影から織莉子の宝玉が複数高速で接近してくる。この宝玉、弾丸を弾くほど硬く、直接触れれば削り取り、かといってギリギリで回避し反撃しようとすれば爆発する。二種類の攻撃ができるうえに防御もできる魔法の宝玉。回避は間に合わない。「チッ」舌打ち。そしてカチッ、と聞こえない音をほむらは感じて宝玉から距離をとるため跳躍する。回避不能のタイミングで、目前まで迫っていた攻撃は一ミリも動くことなくほむらの回避を許していた。正確にはそうすることしかできない、世界はほむら以外の時を止めていた。時間停止。暁美ほむらに宿る魔法の力の一つ。この力でほむらは数々の武器を調達していた。この力で数々の戦闘を行っていた。ほむらは時間を止めた世界で動ける、銃も撃てる。ほむらの撃ったあとしばらく進むと弾丸の時は止まってしまうがほぼ最強の力と言っても過言ではないハズだ。止まった世界で発砲、魔法を解除すれば相手はいきなり“すでに発砲された弾丸に撃ち抜かれる”。“銃口をかまえられることなく撃たれる”。ほむらはそれを広範囲にやることもできる。ほとんど無敵だ。だが例外もある。勘の鋭い者、着弾までの僅かな時間で回避する力を持つ者。迎撃する者。強力な防御力を持つ者。そして予知を持つ者。ほむらは止まった時の中で銃口を織莉子に向けるが彼女の周りにはすでに宝玉が、そして使い魔が配置されている。美国織莉子単体のスピードは決して弾丸を余裕を持ってかわせるほど速くは無い。そんな彼女が弾丸を回避できるのは予知で弾丸の着弾点を見切り撃たれる前に回避する、撃たれる前に防御する、撃たれる前に対処するからだ。ほむらの“すでに発砲された弾丸”を見切って。そして行動予測も。時を止めた後どこに現れるかも予知で観測されている。「ッ!?」時を止めた中で動き再び時が動き出せば相手にはほむらが瞬間移動したように見える。実際に織莉子は回避不能のタイミングで放った攻撃をあっさりと時間停止の魔法でかわされて、ほむらを視界の外に逃げられ見失った。―――――そんなこと関係無かったが。「■■」「■■■■」「■」「またッ」「■■■」ほむらが時間停止を解いた瞬間、解いた場所に使い魔が現れる。足下から、壁から。ほむらの現れる場所に先回りして。「こ――――っの!」カチッ、と再び時を止める。「―――――ッ」足と背中、肩と首に使い魔の牙が僅か数ミリの距離で静止した。ほむらは冷や汗を止めきれないまま―――しかし慎重に―――体を動かす。決して自身の体と使い魔が接触しないように。すれば最後、使い魔は躊躇いなくほむらの肉を食いちぎるだろう。この魔法はほむらと接触することで止まった時の中を動くことができる。だから慎重に、かつ速やかに別の安全圏へ移動しようと視界を前に向けて―――「――――ぁ」呆然とする。前だけじゃない。上も右も左も後ろも全方位に宝玉と使い魔が展開されていた。逃げ場が無い、と言う訳ではない。時間は止まっていて体に触れさせることなく動ける程度の隙間はある、そんな圧倒的な攻撃は織莉子にも無理だ。物量的にも魔力的にももたない。「う・・・・あ・・・・」しかし、この布陣はほむらを追い詰める、肉体的にも精神的にも。二人のいる場所は広い。しかし、ほむらが移動できる個所は限られている。宝玉と使い魔がいない個所、少ない個所。そこに移動する。さっきからずっとそうしてきた。でもそうすればするほど追いつめられる。今もまた寸前まで。ほむらは織莉子のいる場所に視線を向ける。―――居た。視線はほむらを見ていた。止まった世界を移動していたのに。止まった世界で、ほむらに視線を合わせていた。「――――このッ」視線が合っていたのは偶然、しかし咄嗟にほむらは織莉子に向かって発砲した。視線に呑まれ織莉子まで届かぬと分かっていながら・・・・・銃のトリガーを引いてしまった。銃の一部がスライド、薬莢が排出され弾丸が突き進み―――停止した。この弾丸は届かない。時が動き出したら宝玉に弾かれる。削られる。解っている。分かっている。(まずい・・・・・まずいまずいまずいっ!)焦る。このままではまずい。なんとか反撃の余地を作らなければならない。そのためには距離を、しかしそれはさっきからやっていて追い詰められている。では接近・・・・自殺行為だ。この距離でここまで―――すぐそばまで―――使い魔の牙の接近を許している、さらに密度の高い中心に向かえば敵の牙はこの身に届く。ならばフェイントを、否、それすらも既に予知されて―――。(こんなことッ・・・・でも私は――)何処に移動しても先回りされる。どんなに攻撃しても当たらない。“倒せないし逃げられない”。一人では勝てない。時の止まった世界でじりじりと追い詰められる。暁美ほむらは世界で動ける唯一の人間でありながら、世界で唯一追い詰められていた。結界内部に閉じ込められ、使い魔の脅威から逃れた三人の少女がいた。「わたし行かなくちゃ・・・」「行くって何処にですの?」「ほむらちゃんが戦っているの」「戦ってるって・・・・ほむらが?あのおばけ達と?」クラスメイトの仁美とさやかの言葉にまどかは頷く。「ごめんねっ!」「まどかさん!」まどかは走る。自分を守るために戦ってくれている友達の元に。まどかは想う。自分を守るために他を見捨てるしかなかった友達の傍に。まどかは祈る。自分を守るためにそんな決断をさせたしまった友達の無事を。まどかは願う。そんなにも想ってくれる大切な友達を一人にさせたくない。一緒にいてあげたい。力になりたいと。まどかはタッ、と走りだしガシッ、と足を掴まれビタン! と床に盛大にダイブした。「・・・・・・・さ、さやかちゃん痛いよ・・・」「まどか、アンタが行ってどうなるっての?」仁美の静止の声を振り切り走りだそうとしたまどかの足を、美樹さやかが掴み強制的に止めた。「ほむらがどうしてあんなのと戦えるのか分かんないけどさ、まどかが役に立つわけないじゃん」「う・・・・」「どうせほむらの足ひっぱるだけでしょ」まどかはさやかの言葉に反論できない、ぶつけて赤くなった鼻をおさえながら俯く。分かっている。自分が駆け付けたところで足手まといになることぐらい。「でもっ、それでもわたしは―――」きっとなにも力になれない。でも、彼女を一人にしておけない。この世界で、たった一人で戦っている友達を一人っきりにさせたくない。「うん、わかってる」そして、それは彼女も同じだった。まどかの想いに答えるように、さやかは手を倒れたまどかにむける。「だからさ、さやかさんが助太刀してやろうかな」「え?」「美樹さん」そう言って倒れたまどかの手を握り、立ち上がる手助けをする美樹さやか。彼女は常に、どの世界線でもこうだった。この異常な状況で、人の死を、どんなふうに殺されるのか目撃しながらも、それでも戦う力を持たない少女は、戦うことができる少女を助けるために宣言する。「友達でしょ、ほっとけないって」「さやかちゃん!」「ほらっ、さっさと行くよ!」「うん!」「こうなったら何でも来いですわ!」その姿に触発されるようにまどかと仁美は声を上げ走りだす。中心に、その身に魔法も武器も知識も理解も覚悟も無く走りだす。それを無知と無謀というのか、それとも勇気と優しさというのか。過程と結果、どちらも大切で、だからこそ最後までわからない。最後、それは結果と同じ意味に近くても、『今』を決めるのは彼女達だから。「何度繰り返したの?」織莉子はほむらに語りかける。「あと何度繰り返すの?」「―――ッ」地に伏し、満身創痍のほむらは傷ついた体を無理矢理起こし織莉子を睨みつける。あの後、ほむらはあっけなく追い詰められ倒れた。繰り返してきた時間漂流で、一人で戦う事を決意して、ここまで何もできず倒れる事を、『最悪の魔女』以外の相手では初めての事だった。魔女ですらない相手にこうまで一方的に。「貴女が歩いた昏い道に」「うるさい・・・・・黙りなさい」「望んだものに似た景色はあった?」「黙れっ!!」バックラーに残されていた銃器の一つ、9mm機関けん銃を瞬時に取り出し発砲。通称M9。至近距離で弾をばら撒いて敵を制圧する銃であり、織莉子との距離は5mほど、不意をうつ形で最適な選択、最速の動作で実行、避けきれる距離では無い。ギャッギャッギャッギャンッ!銃口から僅かに離れた距離に配置された宝玉が、全ての弾丸を弾き返さなければ、ソレは織莉子に命中していただろう。火花を散らし、しかし数十発もの弾丸を弾き返す強度の魔力を、“予め込められていた宝玉”を呆然と見詰めるほむら。「あ・・・・・」「私はあなたとは違う」ばくっ、と使い魔がほむらが握っていた銃を噛み砕く。「道が昏いなら自ら陽を灯す」ほむらは宝玉を三つ生み出し歩み寄る織莉子から距離をとろうとし――――足下に感触、踏みつけられた使い魔が、ほむらの足首に噛みつこうとしていた。ほむらはとっさに跳躍。時間停止の魔法の発動に意識をむける暇も無く、しかしそれは結果的に使い魔の牙から回避し織莉子との距離もかせげた。「違う道に逃げ続ける貴女が」「―――あ」対価として美国織莉子に背を向け、無防備な姿を晒す結果にもなった。「私に敵うはずがない」ドキャ、と、あまりにもあっさりと宝玉をくらい、血を吐き出しながら暁美ほむらは再び地に伏した。どさ、と、こうして地面に倒れるのも何度目か。「づっ・・・・・はっ・・・・つぅ・・・・う・・・」しかし、それでも、ほむらの冷静な思考はまだ戦えると判断していた。ソウルジェムが無事なら、魔力があれば戦える。グリーフシードのストックはまだ有る、回復力に特化しているわけではないが魔力を注ぎ込めば傷口を塞ぎ再び立ち上がれる。戦える。武器も弾薬もまだ有る。一方で勝てない。立ちあがったところでどうすると、逃げるべきではないかと判断する自分もいた。逃げ切れないからこうなったとも言えるが、ほむらはまだ“逃げ切れる”。時間を止めて遠くまで逃げる。という程度の話では無く『この世界』そのものから。時間停止で距離をとっても予知され先回りされたがコレなら逃げ切れる。織莉子とて追ってこれない最高の逃げ道。無論死んであの世に、と言う訳ではない。死んでしまってはまどかを助けきれない。『救う』。何度繰り返すことになっても、必ず助けてみせると誓った彼女との約束。すでに遠い過去の記憶。―――約束するわ、絶対にあなたを救ってみせる―――何度繰り返すことになっても―――必ずあなたを守ってみせる幾度も繰り返し戦い続け、傷つき失い続けて、それでも歩みを止めずにここまできた。しかし死んでしまってはここまでの旅が無駄になってしまう。諦めてはまどかを助けることが、救うことができない。だから死ねない。死なないために逃げるべきだと叫ぶ自分もいる。魔法で過去に戻れと。独自の魔法。時間逆行の魔法でこの時間軸から離脱しろと。それなら織莉子も追ってこれない。追いようがない。しかし、それは―――(また・・・失敗するのか・・・)何度目の失敗なのか。虚ろな瞳で自問する。(私ひとりではコイツにすら勝てないの?)相手が、鹿目まどかが魔法少女になるほとんどの原因である超ド級の魔女、『ワルプルギスの夜』なら分かる。しかし目の前にいるのは、ほむらと同じ魔法少女だ。使い魔を従えているとはいえこうまで圧倒的に、傷一つつけることもできないまま敗北した。この差はなんだ。使い魔がいようとこちらには現代兵器の数々、予知・・・・・時間停止を使えるこちらが不利とは言えない。「く・・・・・あ・・・・」ほむらの中からじわじわと、抱いてはいけない感情が湧き上がってくる。勝てない、死ねない、ならば逃げるべきだ。過去に。今を無かった事にして。(でも・・・まだ・・・・)この世界のまどかは生きている。ならば諦めるのは早いかもしれない、イレギュラーの多いこの時間軸ならまどかを救えるかもしれない、しかし読み間違えれば死んでしまう。死んでは過去に戻れない。まどかを救えない。もっとも――――このままではこの世界のまどかは殺される。(また・・・・また失うの?)それは何度目の離別になるのか。そして過去に戻ったところで、たった一人の魔法少女すら倒せない自分がはたして『ワルプルギスの夜』を打倒し、まどかを救うことができるのか。無理、無茶、無駄と、じわじわと感情が、『絶望』が湧きでてくる。「私・・・私はっ・・・・・・!」震える体を、自覚してきた感情を必死に抑え込もうとほむらは叫ぶが、その瞳からは涙が、その口からは嗚咽が聞こえるだけで体は立ち上がる事を拒否していた。ほむらは魔力によるダメージ回復を止めていた。意識的にではなく、無意識で。それは心の奥底で戦う事を諦めた証明なのかもしれない。「・・・・・・」その姿を織莉子は静かに見つめていた。倒れ、顔を伏せるほむらは、織莉子がどんな表情でいるのか見えなかった。同じように大切な人のために戦っているほむらを、織莉子はどんな心境で戦い、今どんな顔で止めを刺そうとしているのか、ほむらには見ることができなかった。「・・・・・・これで終わりね」ヴン と、掲げた右手の真上に宝玉を生みだした織莉子は、その手を振り下ろそうとして―――気づく。「・・・・・?」執拗にほむらを攻撃していた使い魔が動きを止めていた。正確にはある一点を見つめていた。この広大な部屋の出入り口の一つである扉。暁美ほむらが破壊して入ってきたのとは別の扉。不審に思い―――声が聞こえた。振り下ろそうとした手を止める。聴こえた。頭の中に。『やあ織莉子』「――――インキュベーター」そして自分の後ろに、いつのまにか白いヌイグルミのような存在、キュウべえがいた。「なんのようかしら」『キミの能力は解った、目的もね。大それたことだ、キミの・・・いや、人間の考えることはいつも理解できないよ』「・・・・・・・それで?あなたに何ができるのかしら」突然の乱入に困惑したが・・・・・関係ない、インキュベーターは戦えない。生み出した宝玉をキュウべえに放とうとした。イレギュラーはもういい、さっさと排除しようとし、キュウべえが言葉を返した。いつもと同じ無感情な、少年のような少女のような声で、冷たく宣言する。『美国織莉子。キミを処分させてもらうよ』直後、ドドドドドドドドドドッッッ!!!と地鳴りが聞こえてくる。近づいてくる。近づいてくる音に使い魔が慌てたように扉に向かう。僅かながらも織莉子の指示にも従っていた使い魔が一体残らず扉の前に集合する。その扉の向こうに、なによりも大切なモノがあるというように。「!」織莉子は、最初は新たな敵が現れたと思い、未来視の魔眼はソレを観測した。「キリカッ!」叫ぶ。現れるのは大切な友人呉キリカ。そして―――敵対者。扉は開かれることなく外の者をこの空間に通した。扉は閉まったまま。友と敵は扉を開けることなく、壁そのものを粉砕しながら雪崩れこんできた。美国織莉子は破壊された壁の向こうから、使い魔に背負われる形で吹っ飛んできたキリカを空中で受け止める。暁美ほむらに止めを刺すことを後回しにし、キュウべえも無視する。優先すべきことは別にある。キリカの安否、傷の具合を確かめる。知っている。キリカは既に限界だった、にもかかわらず戦闘を、佐倉杏子という難敵と、回復とブースターをこなす千歳ゆまと岡部倫太郎をふくめた計三名を相手に魔力全開で戦った。その行きつく先を識っている。それを理解したうえでキリカは戦うと言った。それを理解していながら織莉子は承諾した。とても無事とはいえないキリカの体を抱きしめる。「キリカ!ああ、キリカ――――」「・・・う・・・ん?・・・ん、ああ・・・・織莉子、また会えて・・・本当に嬉しいよ」「ええ!ええ、私もよキリカ!キリカ!」傷ついた体で、親友が、震える指先でこちらの体を抱きしめ声をかけてくれる。(よかった・・・・・また・・・・会えた、キリカのままで・・・・傷ついて、それでも会いに来てくれたっ)ボロボロで、意識を保つのがやっとの状態の親友が今自分の前にいる。それがとても嬉しい。例えどんなに傷ついていても、この温もりは人のモノ、いつからか、無数に枝分かれした未来視のほとんどで、こうしてキリカと再び出会える未来はほとんどなかった。人の温もりを捨て去ったキリカ、それすらも叶わない未来のキリカ、ほとんどがそんな未来だった。二度と、声を、名前を呼んでくれることがない未来。ズドドドドドドドドドドッッ!!!と、轟音を響かせながら織莉子とキリカのすぐ横を巨大な何かが通り過ぎるが二人は気にすることなく、再会を喜び、互いを抱擁しあう。「織莉子・・・・・約束は守ったよ」「うん・・・・うんっ、貴女はいつだって、どんなときだって――」「うん、私は織莉子の傍にいるよ」彼女は約束した。“ほとんど確定した未来”を知ったうえで。もう一度、人のままの呉キリカとして。すでに限界の体で三人の魔法の使い手を相手に時間を稼ぐと言って、その上で最後まで自分を護る。最後は自分の元で。そして――――――例えどんな姿になっても 私に尽くし護りなさい織莉子の、それがどんなに達成困難な願いか、どれだけ無理難題か、魔法少女が生まれ、ソレができた魔法少女がかつていたのかも解らない偉業。二人を超える強さを持つ魔法少女すら成しえなかった奇跡。それを知っている、識っている自分が、それでも涙ながら望んだ祈りを、願いを彼女は、呉キリカは――――――わかった 約束するよ笑顔で了承した。してくれた。希望という言葉から何処までも遠いこの世界で。今もまた笑顔を浮かべ微笑んだ。誇らしく、どこまでも真っ直ぐな親友を、涙を流しながら抱きしめた。―――ありがとう、キリカ。私はもう――――――「――さあ織莉子、私達の居場所を護ろう」「――ええ、私達の世界を守りましょう」そう言って共に立ち上がる。織莉子は傷ついたキリカを支え、キリカは泣き虫な織莉子を支える。そして、にっこりと、飛びっきりの笑顔で、満足そうに、微笑んだ。「「だから―――」」窮地に立たされながらも、二人には生きる覇気があった。決して諦めない確固たる意志があった。目指すべき先が、目的が、やりとげる理由が二人にはあった。重なった心が、想いが二人にはあった。存在する意味が、互いが生きる意味が二人にはあった。だから今を、そして未来を望む。無かった事にはしない。否定しない。どんなに辛くても、悲しくてもここまできた、ここまで来れた。織莉子がいたから、キリカがいたから。その幸運を、過ごしてきた幸せを噛みしめながら。「「一緒に行こう!」」白と黒のソウルジェムは共に嬉しそうに、吠えるように、主の想いに応えるように、この場にいる誰よりも力強く輝いていた。暁美ほむらは目の前、視界に映る巨大な三節根を呆然と眺めていた。強力で、勢いが強すぎたのか、反対の壁すらも破壊し―――使い魔を殲滅させながら―――こちらに反転した魔法に視線を向ける。それは巨大な蛇のようで武器、武装、魔法、100近くの使い魔を難なく突破し壁を破壊、その勢いは収まることなく牙をむけて突撃していく。「あれ・・・は・・・・杏子?」暁美ほむらには、あの魔法に見覚えがあった。この時間軸とは別の・・・・無かった事にしてきた世界で、佐倉杏子が決死の覚悟で使用していた魔法。赤毛のあの少女が来ているのかと、どうしてここに、と、疑問があるがこれは―――。そう思った瞬間にほむらは体の傷が一気に回復した。「大丈夫?」「――え?」気づけば、ほむらの横には小さな女の子がいた。その出で立ちから魔法少女だと分かる。「痛いとこある?ゆまが治すよ」「どうして子供が―――」「ゆっ、ゆまは戦えるよっ、役に立つんだよ!」「杏子の・・・・知り合い?」このタイミングならその可能性はある。今までの時間軸で杏子が別の魔法少女とつるんでいるのを見たことは無いが―――「うん!ゆまは杏子と同じ戦士なんだよ!」「・・・?」戦士?魔法少女では無く戦士、よく分からないが杏子の関係者であり織莉子とは敵対している。それが解っただけで十分だ。傷の癒えた体を起こし、先程まで湧いてきた絶望を抑え込む。(・・・・いけるの?)ほむらの視線の先には残存する使い魔の群れを刻みながら突進する巨大な蛇、杏子の武装を巨大化させた魔法があった。以前見たことがあるモノよりも強力な威圧感と迫力がある。一体あれは―――「すごいでしょ!お兄ちゃんと杏子は強いんだよ!」「お兄ちゃん?・・・・・・・・男!?」「うん!狂気のまっどさいえんてぃすとなんだよ」「魔法少女じゃ・・・・・・ない?」「それでねっ、あれは『ミドガズルオルム』って言うの」少女は自慢するように、ほむらに秘密情報を話す。連携魔法;世界蛇の口【ミドガズルオルム】とは言えそれほどの、というか秘密でもないなんでもない、本来の岡部のポジション。後方からNDによる二人分の感情で魔法を使用することで威力の底上げをしているにすぎない。一人より二人の方が大きな力になれる。ただそれだけで、それ以上の効果を発揮する。それがN・Dであり、それが魔法。ちなみに『連携魔法』や『世界蛇の口』の名称は岡部とゆまが名前を叫んだ方が恰好良い、効率がいいのでは?“感情が乗る”のではないか?という結論から出された。当初は杏子一人に『卍解!』と叫んでもらおうとしたが本人の強い希望で今の段階(せめて二人で言うこと)に落ち着いた。今後、岡部は『連携魔法』と、特に意味の無い言葉―――少なくともこの段階では―――に積極的に取り組んでいくことになる。具体的には、二人以上の魔法少女で、合体魔法が使えるような、複数の魔法少女とNDで繋がった状態になれるようなガジェットを編み出すために。岡部がいなくても、NDが無くても魔法少女同士で合体魔法が使えるように。「岡部倫太郎は強いよ」「え?」「とても弱い、なのに強い。織莉子の言う通り彼は普通じゃない。とてもとても不安定だ。でもね―――」織莉子はキリカの言葉を、岡部倫太郎と直接戦ってきたキリカの言葉を聞く。岡部倫太郎。男性でありながら此方側に関わりを持つ人。いかなる理由か織莉子には彼が観えない、未来に彼は映っていない。死んでしまうのか、否、死んでいない。時折未来視に映る事もある。未知の技術で彼は魔法少女に干渉して共に闘うことができる。千歳ゆまの存在も大きい。死にかけることはあっても死なない。それはいい、生きているなら死ぬ。それは絶対。だから疑問なのは謎の技術もだが、未来視に映らない事だ、岡部倫太郎、彼の存在を知ってからというもの織莉子の未来視にバクが生まれた。織莉子の観た未来と現在にズレが現れ、岡部倫太郎を直接見たその瞬間―――観測した瞬間、未来は枝分かれした。分岐した。可能性は―――■■になった。ただ、時間だけが無かった。「だから強いのかも・・・・・彼は最初、佐倉杏子や千歳ゆま、どちらかと繋がっていただけだった、後ろから見ているだけ。でも次第に前に出て戦い始めた。魔力も武器も無いのにね。でも次に確認した時には戦えるようになっていた。私に殺されかけた後は武器を使えるようになっていた。確実に成長してる・・・・・・いや、戻って?でも中身が外見の強さに追いついていなかった、中身の強さに外見が追いついていなかった事もあった。罅だらけのガラスみたいで・・・・たった一言で、揺れて乱れて壊れかけて・・・・・・・なのにたった一言で立ち直る」「キリカ?」「何度も負けて、諦めて・・・・・そのたびに立ちあがるんだ。怖いくせにね」気づけば彼女は自分の足で立っていた。瀕死の重傷であった体で、意識をはっきりとして、視線を織莉子に向けて。ほむらは見た、キリカのソウルジェムから溢れていた歪んだ光を、不吉な魔力を、ソウルジェムから溢れる光がキリカを侵食するように、それが、その魔力が傷ついたキリカの体を急速に回復させていた。「彼はとても弱い、なのに強い。ねぇ織莉子―――」キリカは織莉子に正直に伝える。「私は織莉子のためなら死んでもいい」「キリカ・・・・」「それは揺るがない、今も昔も・・・・・それにちっとも怖くなかった、昨日までは――――」「・・・・・」「揺るぎはしない、でも今はとても怖い、死ぬことも、自分が“他の何かに変わってしまうこと”も」死にかけて、変わりかけて、怖かった、恐ろしかった、寂しかった。「今でも織莉子の為に私は戦える、きっとこの身が果てようと・・・・・でも知ってしまった。死んでいく感覚を、変わっていく感覚を、書き換えられる、沈んでいく感触と冷たくなる体、薄れていく感情に崩れていく心、刻まれ散っていく記憶・・・・・どれもが怖かった、自分がどんどん失われていく・・・・・・それを知ってしまったんだ」本当に、二度と味わいたくない。近づきたくない感覚。「ほんとうに・・・・・こわかった、こわかったんだ」「・・・・・・・」織莉子の前に立ち、迫りくる脅威に背を向けるキリカ、なんと言葉をかければいいかわからなかった織莉子も、さすがにこれには声を上げた。無防備な状態でアレは防げない、万全な状態でも危ういというのに。しかしキリカは織莉子に「でもね織莉子、私は――――」お互いの顔を見つめる位置で、しっかりと織莉子に伝える。「私は――」ミドガズルオルム。織莉子の正面、キリカの背後で巨大な蛇の牙が二人を引き裂かんと迫り――「それを超える喜びを知ったんだっ!!!」再度、キリカの半壊しているソウルジェムから黒い輝きが、不吉な魔力を撥ね退け吹き飛ばし、純粋なるキリカの魔力が、極光の魔力が炸裂した。――――――――キンと、音が、聴こえた気がした。気がしただけで聴こえなかったかもしれない、極限まで圧縮された魔法の鍵爪の刃、書道の筆をスッ、と、横に走らせたように、限りなく無音に近い一撃。ミドガズルオルムが二人の頭上を通り過ぎる。キリカの体制は、右腕に生み出した鍵爪を背後に向かって横凪ぎに、振りぬいた体制のまま静止している。轟音響く世界での行いのため、耳が音を捕えることができなかった。それだけだ、それだけだが、その程度で。ピシッ と巨大で強大で強力な世界蛇の口【ミドガズルオルム】が――――――――――半壊した。ズギャァアァアァアアアアアアア!!!と、黒板を引っ掻いたような異音を放ちながら巨大な蛇は織莉子とキリカの上を飛ぶように、破壊されたパーツをばら撒きながら通り過ぎ、そのまま壁に激突していく。「え?」「―――――は?」ゆまが、ほむらが呆気にとられる。「キリカ!?」無論、半壊したソレの上にいた杏子も。続いて織莉子も声を上げる、キリカが――――前に跳び出した。さっきまで半死人だった体で、嬉々として前に、待ちきれないというように。「君はそれを知っていたんだ!!なら弱いはずがない!!!」ゆまも、ほむらも、杏子も、織莉子も咄嗟に動く事が出来なかった。だから、キリカの一撃によって破壊された欠片が織莉子とキリカ、二人の周りに落下していく中、残りの一人だけが動いていた。落下していく巨大な欠片、瓦礫の一部をキリカは鍵爪で切断する。「そうだろうッ――――――岡部倫太郎ッ!!!」叫ぶ、必ず彼はやってくると、絶対の自信を込めて吠える。岡部倫太郎、呉キリカの相対者。それに応えるように切断された瓦礫の影から岡部が、ディソードを両手で担ぐように構えながら落下、否、崩壊していくミドガズルオルムの欠片を蹴飛ばしながら突っ込んでくる。対するキリカは右手の鍵爪を下から上に叩きこんだ。ギャリンッ!!!火花を散らしながら互いの武装は僅かに弾かれあう、立ち位置が逆転する。上から攻撃した岡部は着地し、勢いを吸収するためやや屈む姿勢で、下から突き上げるように攻撃したキリカは右腕の勢いを殺せず、僅かに体が流される。「ッ!」「ははっ!」一瞬、互いに背を向ける形で互いが停止し「「アァッ!!」」同時に一歩を、一歩分のタメを作り、振り返りながら、全力で互いの武器を叩きつけた。キリカは上から叩きつけるように、岡部は下から薙ぎ払うように。くぁん、と甲高い音、ゴッ、と衝撃の音が同時に聴こえ、再び互いの武器が弾かれあう。互いに体が、弾かれた衝撃で一歩、後退してしまう―――が、かわまず水平に武器を叩きつける。武器は弾かれる、しかし体は弾かれなかった。今度は互いに一歩踏み出し同時に武器を突き出した、上に弾かれる。上段から一気に振り落とす、弾かれる。叩きつける、弾かれる。一合、二合、三合・・・・・・・。加速する、声を高鳴らせながら、足を前に出し腕を振るう、ぶつかり合い、紫電をまき散らせながら弾きあい、無理矢理後退させられ、再び前に踏み込む、音は大気を震わせ火花は互いを照らした。そして―――「―――――ほら、やっぱり強いじゃないか」金属のぶつかり合う音とズンッ、と、空気を叩く音が響き、鍔迫り合いの状態になった。くふ、と笑うキリカの言葉に岡部は苦い表情で答える。ダメージの有無、身長差で圧倒的有利な岡部は結局一撃もキリカにあたえることは出来なかった。岡部が荒い呼吸をしているにもかかわらず、キリカは涼しい顔だ。もちろんダメージが完全に回復した訳じゃない。よく見れば衣装のあちこちは破れ血が滲んでいる。「その体でよく・・・・・動けるな」「愛の力だよ」「恐れ入る」「無敵だね」「まったく・・・・・お前には驚かされることばっかりだ、今もまた―――」「そんなに褒められると―――」「わざわざ此方に合わせて戦って――――何のつもりだ、呉キリカ」「―――ん?」何のことが解らない、そんな顔をするキリカに岡部は、不思議な事に、本当に不思議な事に苛立っていた。そんな感情を、今こうして浮かべる事に、しかし、たしかに苛立っている事を自覚しながら問いただす。「お前は俺をすぐに無力化できる・・・・・・・・・・何故わざわざ手加減する」「ん?」「そんな余裕はないはずだ、お前は―――」「ん?ん~?わかんないけど、んん?そんなつもりはないけど・・・・・・・うん、まあ?あえて言うなら?・・・・・そうだね・・・・・私はね、岡部倫太郎」ガキュンッ小柄なキリカが、今まで鍔迫り合いをしていたのが嘘のように、あっさりとディソードを弾き飛ばし岡部を数m弾き飛ばす。岡部はその事に、やはり苛立つ。キリカとの実力差にではなく、本気で戦ってくれなかったことに、呉キリカに、全力でぶつかってもらえなかったことに、その事に怒りにも似た感情が湧きあがっていた。同時に、ミドガズルオルムを破壊した時のような、理不尽を理不尽で踏みつぶすかの在り方で相対してくれている事に、岡部は――――。「オォッ!」叫び、キリカに向かって一直線に、ただ真っ直ぐに突き進み、ディソードを振るう。時を同じく、岡部達のいる場所から離れた場所に三人はいた。まどか達三人は窮地に立たされていた。三人はまどかの証言(?)で得られた情報、ほむらが向かったかもしれない場所に向かって進んでいた。幸いその方向の先にはほむらがいる部屋がある、勘による行き当たりばったりな進軍だが確実に三人はクラスメイトのいる場所との距離を縮めていた。結界の中心に、当然そこには使い魔が多く存在している。「ひっ」「さがって二人ともっ・・・だっ・・・・大丈夫!たった、たった一匹―――」「待って上ですわ!」三人の前にいる20㎝程度の使い魔が目の前にいる。この程度ならその辺に落ちていたステッキで追っ払える、さやかはそう思ったが仁美の声に視線を上に向けると――――「うわぁ!?」天井から、ぼとぼとと、大小様々な使い魔が三人の周りに落ちてきた。「さっ、さやかちゃん後ろからもっ」「ひっ」うぞうぞと、自分達が通ってきた道からも多数の使い魔が押し寄せてくるのを見て三人は身動きが取れなくなる。すぐそばに落ちてきた使い魔が体制を直し起き上がり、足下の傍にいるというのに三人は動けない。「あ・・・うぅ・・・・」「二人ともにげっ・・・逃げて!」「無理ですわっ、こんなっ・・・もう」三人が体を寄せ合い恐怖に震えるなか、使い魔のほとんどはまどか達を無視するように奥の部屋、おそらくほむらがいるであろう場所に向かって雪崩れこんでいく。が、数匹は動きを止め何かを確認すかのように、三人を、まどかを観察していた。「わたしを見て・・・・る?何で・・・・何でっ」まどかは気づいた。このお化け達は何か焦っていて本来なら周りの人間を気にかけることなく向こうの部屋に行っていたハズだ。自分さえいなければ。「何で・・・・何でなの!?」解らない、分からない。どうしてこのお化けは、わたしを睨んでいるの?狙っているの?囲まれて、睨まれて、近づいてきて、それにつられるように別の使い魔も次々と自分達に注目してきて、そして―――――一斉に襲いかかってきた。ギャリリリリリッッ!!!と、火花を散らしながら岡部の持つディソードはキリカの鍵爪に受け止められ、そのまま押す事も引く事も出来ないまま抑え込まれた。「っ・・・・ぐ・・・ッ」「・・・・・こんなもんなの?」ぎちぎちと、二股のディソードを三枚の鍵爪で抑え込みながらキリカは岡部に問う。抑え込んだディソードを拘束したままキリカは岡部に顔を近づける。「う~ん?」「このっ、く・・・」「ねぇ岡部倫太郎」「くそっ」まるで動かすことができないディソードに岡部は焦る、キリカがもし左手にも鍵爪を――――いや、このまま殴りかかってきても岡部は倒れるかもしれない。それだけの差がある。展開率68%。本来なら杏子の力を半分以上使える状態だが、今の岡部はそれが出来ない、魔法を扱うのに必要な感情に、まるで殻が覆っているように、魔法という奇跡と感情の間に異物が在って―――――――それで常に出力不足。魔法に感情が乗らない。騙し騙し今日まで来れたが、日に日にそれは強くなってくる。今までの世界線でもそうだった。あの日、自身のディソードを観測してからはそれが一層強くなった。観測することで世界は生まれる。変わる。終わる。自覚する、自覚した。自覚もする。だから――――岡部倫太郎は目の前の奇跡に、自分を認めてほしい。もう一度立ちあがる為に。岡部倫太郎の歪みに気づき、罵倒し、否定した敵を、その実、誰よりも認めていてくれた敵に、奇跡の対価をさらなる奇跡で塗りつぶす『本物』に。手間暇程度にではなく、ただの好奇心だけでなく、ちゃんと、しっかりと、ここにいると、対等に相手してほしいのだ。呉キリカに、岡部倫太郎を認めてほしい。認められたい。認めてもらった時、岡部倫太郎は取りもどせるかもしれないから。そのために本気で相手をしてほしい、可能性はほとんど0だが、もし打ち勝つ事が出来ればきっと岡部は取りもどせるハズだから、自身(自信)と、感情を、だから―――「君と戦いたいんだ」「――――ぇ?」「だから、私は、君と、戦いたいんだよ。本気で、片手間じゃなくて、全部で、全てを賭けて」岡部に対しどこか不満そうに、不貞腐れているような、先程の岡部と同じように。苛立っているように。その言葉は―――――それは、こちらの台詞のハズで、それに岡部はキリカと戦っている。本気で、それも過去最高の状態で。今までは全力で戦っても、全開では戦えなかった。N・Dでどれだけ展開率を上げても、それで岡部も戦えるようになっても、ブレーキがかかり全開で戦えなかった。魔法には感情が必要で、岡部倫太郎の感情は冷え固まっていたから、忘れてしまったともいえる。全てをやり遂げたから、辛い過去を、諦めて、挫けて、それでも抗い助けたかった彼女、その彼女の面影すら薄れ、あの姿も、あの声も、共に笑い、考え、悩み、言葉を交わし、時に口論し、ぶつかり合った大切な女性。未来ガジェット研究所ラボラトリ―メンバー№04.牧瀬紅莉栖。救うことができた大切な人。救うことが出来たから『この岡部倫太郎』の人生はそこで終わった。終えることができた。「“君と”戦いたいんだ」再び立ちあがっても、それは既に終わった、終えた男の残骸で、その感情は不安定で儚く脆く、過去の人物とは同義とは言えず、別人とは言えない、確かにそれも岡部倫太郎、されど岡部倫太郎たりえない。やり遂げたのだから、かつての岡部はすでになく、ここにいる岡部は残骸で、過去の自分と現在の自分のズレを感じながら、時間を賭け、それでもここまで来た。繋がった力を全力全開で発揮できるように、今はまだ、綻びがあるけれど、それももうすぐ埋めることができる。「君の全力で」朽ちるはずだった岡部の感情に再び熱を与え、支えてくれた少女達がいたから、そして目の前に、かつての自分と同じように世界に抗い、理を覆し、収束を越えようとする存在がいる。もう、終わってしまったけれど、それでも思いだすことはできる。今はそれを、証明するように岡部は全開で戦える。繋がった佐倉杏子の力を、展開した分を全力で、もう少しで全開で使用できる。感情を素直に乗せることができる。最後の後押しはきっと、それは・・・・・・目の前にいる彼女達だ。岡部に熱を与えた鹿目まどかでも、始まりのキュウべえでも、似た境遇である暁美ほむらでもなく、美樹さやかや巴マミでも、佐倉杏子や千歳ゆまでもなく、呉キリカと美国織莉子、この二人が最後の欠片、きっかけ。その彼女が全力で来いという。全力だ、今出せる全開だ。岡部は持てる力を出せる力を最大限発揮している。それを否定されるのが、本気で相手にされないことに苛立つ、キリカに、そしてキリカに本気で相対することができない自分自身に。そう思う。不甲斐ない自身が許せない。「君にちゃんと見てほしい」「――――――」「相手をしてほしい」なのに、彼女のその言葉は―――「私じゃダメなのかな?そんなことないよね岡部倫太郎、だって私達は同じだ、同士だ」虚実のない、飾りもない、素直な言葉。「私は君を超えることができればきっと――――――だからさ、岡部倫太郎 私と本気で戦ってよ」岡部倫太郎が呉キリカに想うことと同じで、彼女もそう思ってくれている。それを望んでくれている。「俺と―――」「そう、君と」キリカは拘束していたディソードを解放する。岡部はタッ、と距離を置いて、しかしディソードを構えることなくキリカに視線を向ける。岡部は砕けていく己のディソードを感じながらキリカは既に限界が訪れている自分を感じながらそれでも、二人は目の前の存在と話がしたかった。ちなみに、キリカは岡部が嫌いだ。理由は多々あるが、何より彼は織莉子の敵。呉キリカは岡部倫太郎が大っ嫌いだ!「さっきは否定してしまったけど、私は岡部倫太郎の事をこれでも気にいっているんだよ?だって君はどうしようもないほどヘタレのくせに戦っている」「ヘタレか」「救いようのないくらいのね。いくらか観察してきたけど君は常にビビってるよ、使い魔相手にも、そこの千歳ゆまですらガンガン行くのに君ときたら常にビクビクしてて、そのくせ大口たたいて息巻いて、雑魚相手に大苦戦して回復してもらって、結果だけ見たら無駄な魔力消費で・・・・・・正直あの子より弱いよね、あと普段の生活から言えば――――最悪だよ、ヘタレ極まるよ」「・・・・・・」「ビビりでヘタレで弱くて甲斐性無し・・・・・・ううん?最悪だね君」何が言いたかったのか本人が解らなくなってきているようだった。鍵爪のある右腕をぶらぶらさせながらキリカはスラスラ答える。ついさっきは存在を否定された、ようやくこの世界で立ち直りかけていたところを崩されかけ、今もまた侮辱ともとれる言葉を投げられる。しかし自分を想ってくれる人がいる、泣いてくれる人がいる、認めてくれる相手も、それに認めてほしい相手も、ならもう――――大丈夫だった。まだ完全とは言えないけれど、完全にあの頃の岡部には、あの『執念』を保ち続けた岡部倫太郎には戻れないけれど、それでも大丈夫だ。ここまで来れたのだから。それを、目の前の少女も望んでくれているのだろうか、望んでくれているのだろう。彼女の台詞は、岡部が彼女に望んでいることと同じなのだから。認めてくれて、望んでくれている。(それだけで・・・・・・・・・)岡部倫太郎はそう思う事が、感じることができるまで取り戻した。そのきっかけは、それには間違いなくキリカも含まれる、呉キリカの在り方は歪で在りながら、本人は気づいていないだろうが、奇跡を起こしている。現在進行形で。岡部倫太郎の知っている世界は、この世界も含め、きっかけ一つで、ささいな出来事で変わるほど曖昧でありながら、その一方でどこまでも厳格に残酷に無情に確定した未来を突きつける。決定された死はどんなに防ごうとも訪れて、決められた死には何度繰り返そうとも覆せない。キリカの状態はそれを解りやすく証明しようとして、否定していた。そのキリカ自身が岡部を認めてくれている。それも、理由は解らないが岡部が望んでいるように対等に扱えと―――――願ってもない。だから、もう言葉では崩れない、揺るがない、ここまで来れた、ここまで取り戻せた、他でもない彼女達の、キリカのおかげで。なら、彼女の話に、限界を超えながらも此方を見てくれる彼女の話に乗ろうと決め、合わせる。「ストーカー宣言か?だが情報不足だな、俺はコレでもコツコツとバイトをしているしリアルホームレス中学生の乱暴者を手なずけ―――今ではバイトをさせる事を可能とした人間。確かに魔法関係では一歩遅れてはいるが日常生活で言えば俺はかなりの立役者だ」「そうかな~、ヘタレだと思うな~・・・・・ヘタレしかないと思うな」「お兄ちゃんをバカにするなー!」ゆまがキリカに吠える、先程の件もあり殺気を少なからず感じるが手を振り落ち着けと合図する、岡部は飄々と、友達に話しかけるように、会話を楽しむように声を賭けてくるキリカに合わせる。善し、この感情はきっと、そうに違いない。敵だが、こうして相対しているが、しているからこそきっと同じだと解る。キリカの後ろにいる少女もきっと同じ。呉キリカも、美国織莉子も岡部倫太郎、そして暁美ほむらのように世界と、運命に抗い戦っている。どうすれば勝てるのか、そもそも戦うこと自体できるかも分からない敵、世界を前に諦めず、ソウルジェムという大きなハンデを背負いながらも絶望に負けず戦う少女が此方との会話を、本気の闘争を望んでいる、この世界で希望を抱き続けながら、尊敬に値する。そんな彼女が自分を認めてくれて、認めてほしいというのだ、ならばそのためにも理由を知るべきだ。いや知りたい。どうすれば彼女の望んでいる自分になれるのか、そう思ってしまう。「君はヘタレだよ」「ふんッ、何を根拠にそんな―――」内容自体はなんら今と関係のないモノ、キリカは既に限界だ、今後どうするかも含め、どちらにせよ急ぐべきだ。しかし岡部は乗る。キリカはきっと対話を求めている。この会話でどんな結果になろうと、この会話でキリカに限界が訪れようと、岡部が再び崩れようと後悔は無い。キリカが笑っているように、岡部もこの世界で、ようやっと笑えるようになったのだから。キリカとの対話を求めているのだから。きっとお互いが覚悟の上で、だから後悔なんて――――在る筈がない。「先日交際をせがまれて逃げてたよね?」「なんのことですかッ!」つい敬語で対応してしまった。後悔した。壁に激突していたヨドガズルオルムが半壊しながらも、その身を勢いよく起こした。「はあ!?」「えっ・・・・・浮気?」キリカの発言に岡部が噴出し、瓦礫から立ちあがった杏子が驚き――――「・・・・・呉キリカ、今はそんな戯言に付き合ってる暇は―――」「なに言ってるのさ?大切なことだよ、私が戦い理由なんだから」「・・・・・む?」キリカの突然の意味のわからない――――ここまでの話の流れをぶった切る問いかけに首を傾げる岡部。そのままの意味ではないのは流石に分かる。ソレが直接ではないにしろ、彼女が岡部と相対したい理由の一つに繋がるのだろうが―――――コレはマズイ、そう判断する。これは彼女のトラウマに繋がる事だから。「・・・・・・・・お兄ちゃん?」「ゆっ、ゆま?違うぞ?お兄ちゃんは――」ゆまの冷える言葉に岡部は視線を向ける、戦闘中にも拘らず、しかしそこには―――メギャァアッ、と異音を放ち、掲げるハンマーに莫大な魔力を収束させるマスコットのような可愛らしい・・・・・・容姿とは間逆の存在がいた。「ゆまのママとパパは・・・・・・・・知ってるよね?なのにそういうことするのかな?かな?」「ッ?」岡部はにじり寄ってくる少女にビビリ後退る。見た目が“高校生の青年”は小学生のプレッシャーに本気で恐怖していた。「待てゆまッ、騙されるな俺は無実だ!そうッ、コレは敵が仕掛けてきた罠―――」「と、被告人は訳のわからぬことを述べており――」「呉キリカッ、冗談もほどほどにしてもらおうか!そのような戯言で俺達の絆が揺らぐとでも―――」「でも本当の事だよね?」「それは・・・・・まあ・・・・うん」「 お に い ち ゃ ん ? 」「嘘に決まっているだろうが!」岡部は断言する。そう、キリカの言うことは嘘だ。品行方正にして紳士の中の紳士。ジェントルメンたる岡部倫太郎が浮気などするはずがない、この岡部倫太郎、日本の法律に従い一夫一妻の名の元に妻は一人、ゆえにそこにまでの道のりたる恋人も一人であり、杏子とゆまの知らない魔法少女と接触していた事実があったとしてもそれはなんら関係ない事であり・・・・・・・・・・・・・浮気?「そもそも俺には相手が―――」「ゆまと杏子がいるのにそういうのはダメなの!」「ちょっと待て!一応言っておくがアタシは岡部倫太郎の事は何とも思っていないからな!」「それはそれで・・・・・・少し寂しいな」「え?じゃあ杏子とお兄ちゃん結婚しないの?」「「しないよっ!?」」「あっはっは、見てよ織莉子、楽しそうだね」「キリカ、貴女――――」「負けてられないねっ、こっちもイチャイチャしようか?」「「イチャイチャなんかしてないっ!」」「二人は仲良し!」「「ゆまっ、余計な事――」」「・・・・・息ぴったりね」「「ちがっ!?」」「何で結婚しないの?」「誰がこんなリアルホームレスと―――」「誰がこんな戸籍無しの根無し草と―――」「「・・・・・・・・」」「「それはお前だーッ!!」「君らって濃いよね」「「貴様(アンタ)には言われたくないわッ!!」」「いやいや君達には負ける」「「負けてねーよ!!」」「・・・・キリカ」「ん?」ふぅ、と織莉子は一呼吸おきキリカに先を促す、親友の、キリカの笑顔を見ていると気が引けるが時間がないのも確かだ。出来るだけ彼女の望みを果たしたい。が、既に彼女は限界を超えている。臨界を。未来視を超えてここにいる。だからこそ何時『反転』するか解らない。「結局どういうことなの?」「うんそれはね―――佐倉杏子」「あ?」「街中でいきなり岡部倫太郎に繋がされて、急いで寝床の教会まで戻った事あったろ」「・・・・・そこまで知ってんのかよ、で?それがどうしたよ?」「その時の岡部倫太郎なんて言ってた?」「ああ?教会の方に魔女の気配がなんたらって・・・・・・結局勘違いだったけどな、意外と岡部倫太郎の勘や予測は当たるから拍子抜けし―――」「それさー」「いかん!バイト戦士ッ、敵の言葉に耳を――」「実はその時に岡部倫太郎は別の魔法少女の子に交際を申し込まれて断れずに焦り、視界に映った君に助けを・・・・・逃走するために・・・・・ねぇ?」「・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・」「嘘だっ騙されるなッ・・・・・・・・って何だその目は!?杏子違うぞッ、俺はあの時は本当に魔女の気配を感じて!」「今思えば・・・・お前魔女の気配なんて読めないよな」「ゆまはお兄ちゃんを信じているよな!?」「・・・・・・・・・・(怒)」「何故だ!?そんなさけずんだ目で俺を――」「・・・・・・・きらい」「―――――――――――――――――!!!!?????」見滝原には巴マミの他にも魔法少女は数多く存在している。見滝原は魔女が数多く存在する場所で絶好の“狩り場”だ。数が膨大なため他の街からもグリーフシードをもとめてやってくる魔法少女はいる。ただ、ほとんどの魔法少女は岡部が知っている魔法少女のように単独で狩りを行うには不安がある。岡部の知っている魔法少女の実力がそもそも強すぎるのだ。彼女達はコソコソと、使い魔を、使い魔から成長し魔女となったばかりの魔女を狙う。他の魔法少女が仕留めそこなった魔女に止めを刺してグリーフシードを得る。しかしここは見滝原、“あの巴マミのテリトリー”。見つかればどうなるか・・・・・テリトリーを犯したなら、同じ魔法少女でも戦闘になる事はある。マミの性格を知らず、別の、ほとんどの魔法少女のように敵対したらどうなるか。しかし、それでも彼女達にはグリーフシードは必要で、一人孤独に闘いながら、巴マミという強力な魔法少女にまで怯える日々。しかし、もしそこに自分の理解者がいたらどうなるか?此方側の知識と『理解』があり、命の危機にヒーローよろしく、本来なら助けるべき、戦えないはずの『異性』が自分を『助けてくれる』事があったどうなるか?その上『優しく』、見た目以上の『大人な対応』をとられればどうなるか?彼女達は基本的に幼い少女で、過酷な生き方をしている。そして魔法少女という常人を超えた力を発揮できる。ならば異性に、ましてや自分達に近い年頃の異性に対し『普通の女の子のように守ってほしい』という想いはおのずと薄れていく、自分が一番解るのだから、自分の方がその辺の男性より、もしかしたら世界中の男性より強いのだと。それだけならまだ・・・・・我慢とは言わないが、妥協という言葉も悪いが、とりあえず納得できる。恋に強さは関係ないと、しかし、それでも女の子だ、誰にも理解されない生き方だ、そんななか守ってくれる存在が、岡部倫太郎の存在を知ったら?優しくされたら?憧れないか?縋りたくないか?求めたくないか?年も近く、見た目も悪くない少年がいたらどうなる?「・・・・・・・最悪だな」「お兄ちゃんのあほー!!!」岡部は杏子とゆまの言葉に内心挫けそうになりながらも、それでも視線はキリカから、そして織莉子から外さない。「・・・・・はあ、もういい」そしてゆっくりと息を吐いて、茶番は終わりだ。お互い。「暁美ほむら、気づかれてるぞ」「っ」「ほぇ?」岡部の言葉にほむらは攻撃の動きを止め、ゆまは間抜けな声を出す。ゆまが周りを見渡せば杏子は油断なく槍を構え、背後に半壊したミドガズルオルムを従え何時でも攻撃に出れるようにしている。岡部はキリカから視線を外すことなくディソードを構え、黒髪のお姉ちゃんは気づけば瞬間移動したように別の場所にいて、白い悪い奴はボールをプカプカと浮かしている。「・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」状況が解らない、というかもしかしてもしかしなくてもこれは「みんな・・・・・・演技?」「あたりまえだ、この状況下で今の会話は有り得ない」「・・・・えー・・・・・・・・うん、ごめんなさい」岡部の言葉にゆまは凹む。周りはキリカ以外戦闘態勢を維持している、さっきまでは緊張を緩和するための、体制を整えるための時間稼ぎなのだろう、お互いの。そうとは知らず岡部を責めてしまったことを恥じる。傷つけてしまった。目元に浮かんだ涙をゴシゴシ擦りながら顔を上げ謝る。でも、ゆまは一応?念のため、それとなく、信じてはいるが、とりあえず、聞いてみた。「そうだよね・・・・・・お兄ちゃんは浮気なんてしないもんね!」「その通りだ」即答した。「うん!私達に内緒で他の女の人と会ってなんか無いもんねっ!」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」両手を腕の前に持ってきてガッツポーズをするゆま、しかし岡部からの返答は沈黙だった。「 お に い ち ゃ ん ? 」「もちろんだともっ!!」「え~でも岡部倫太郎は―――」「さっさと先を話せ呉キリカ!そもそも今の話は今と関係あるのか!」「いや?ないよそんなの、ある訳ないじゃん?」「じゃぁなんで話したぁ!?」茶番で本当に絆の脆さが露わになっている。計算してこうなっていたのなら恐ろしい。「・・・・・・なんでだっけ?」首を傾げるキリカに若干怨念籠った視線を向ける、が、岡部ははぁ、と、ため息をこぼしキリカを真っ直ぐに見詰めながら問う。「なんだ今の問いかけは?一応お前なりに意味はあったのだろう?さずがに世間話に華を咲かせるほど余裕はないはずだ」「・・・・・・あ~うん、こうすれば岡部倫太郎の感情が爆発するかなぁって思って」「感情を・・・・・」「な~んかさ、岡部倫太郎は出し切って感じ、しないんだよね。私相手じゃ物足りないの?」「そんなことは―――」「じゃなんで?君がこの程度のはずが無いんだ、死ぬ事を知っている君が、恐怖におびえる君がその程度のはずがない戦うことができる君は、いいかい?彼女達を守ろうとする君の行動は“当然の行いじゃない”、だって君は弱いから」岡部倫太郎の行動は普通に考えて当たり前の行動じゃない。強い連中なら、それこそ巴マミや佐倉杏子といった魔法少女なら、我が身を盾に戦う事もあるだろう、危険に飛び込んで行く事もあるだろう、戦う力があり、戦う理由もある。死という隣り合わせの環境にいながらも、彼女達は実際に死んだ事が無いのだから。しかし、岡部は違う。弱い、一人では戦う力も無く、わざわざ危険に関わる必要もなく、魔法少女とは違い、戦う義理も義務も無い、死ぬことの恐怖も“識っている”。ソレを超える恐怖も。ソレを知っていて岡部は此方側に飛び込んでくる。それは決して、当たり前に出来る事なんかじゃない。だから―――「だからこそ――――弱いはずが無いんだよ、強くなくちゃいけないんだ」それはどこか、懇願にも似た願い。岡部がソレをもって自分と相対し、それを超えることを望んだ、岡部倫太郎を、彼が望むモノを超えたいと。岡部倫太郎が、呉キリカを超えたいと願ったように。共に同じもの、同じ事を願っている。目の前の彼女を、目の前の彼を、見て、聞いて、感じて、知って、ぶつかって、超える事が出来ればきっと、今よりも先に、未来に進めるはずだから。「キリカ―――」「呉キリカ・・・・・・お前は――――」「でも・・・・・・・・・・・・あーあ、もう時間切れかぁ」織莉子と岡部、二人が言葉を伝え終えるよりも早く、キリカは呟いた。直後ドゴォッッッ!!!!黄金色の極光が、キリカと岡部の間を貫き薙ぎ払う。「ッ!?・・・・・・いや、この光・・・・・・そういやアイツの学校だったなっ」「うわわわっ!?」「これは―――」杏子はいきなりの、部屋の向こうからの壁抜きの砲撃に憶えがありゆまは突然の出来事に驚きほむらはようやく現れた先輩に、僅かながらの安堵を得て「すまない織莉子、支配下にある使い魔を全て集めたけど突破されたみたいだ・・・・・・・私は良く考えたら凄いんじゃないかな?200はいたと思うんだけど・・・・・そんな相手を一度は追い込んだんだよね?」「いいえ、気にしないでキリカ。これは私のミスよ、あの時で始末しておくべきだったわ・・・・・その様子だとやっぱり―――」「うん、いいとこまではいったと思うんだけどね・・・・彼女、三人も守りながらあれだよ」キリカと織莉子は砲撃者が誰か知っている。彼女は有名人だし、キリカは戦闘経験もある。相性が良かったのか、キリカは彼女を追い詰めあと一手、というところまできたがキリカの魔法を逆手にとり逆転、その時の織莉子はキリカの治療のため撤退を余儀なくされた。その事に後悔はないし同じ事が起きてもそうする。しかしそれでもこのタイミングはマズイ。(キリカは既に限界だというのに・・・・・・キリカの最後の願いすらも奪うというの・・・・・どうしてこのタイミングで彼女が、これじゃまるで世界が―――)世界が織莉子達の邪魔をしているような、悪意を持って此方の行動を、意思を、未来を妨害する。織莉子は知らない。この世界の残酷性を、変えようも無い現実を、予め定められた事象、世界の決定事項を、『運命』の強さを。織莉子は『視っている』。世界は『鹿目まどかは魔法少女になる』事を決定している世界は『鹿目まどかは魔法少女になる』事を定めた『鹿目まどかは魔法少女になる』世界はそうなるように収束していく「・・・・・・・」岡部の視線の先、この部屋にいる全員が撃ち抜かれた壁の向こうからやってくる少女に視線を向ける。部屋に足を踏み入れた彼女の背後は地獄だった。積み上げられた死体の山。歩く足下は死体から流れる大量の血液で溢れている。夥しい死体死体死体死体死体死体死体死体。多くは頭を吹き飛ばされ体に大きな穴をあけ、次に硬い鈍器で殴られ潰れた体を別の死体と重ね、他は細いロープのようなものでグルグル巻きにされそのまま圧殺されている。視界に映らないモノ、それこそ原形すら残すことなく吹き飛ばされるなど、ただただ圧倒的な力の差をもって殲滅された使い魔の群れ。死体の山。「・・・・・・・?なんで佐倉さんがここに?あと確かゆまちゃんと・・・・岡部さん?」その身に返り血を一滴も浴びることなく、息一つ乱すことなく、この地獄のような世界で、悪夢のような光景の中で、それでもなお輝く黄金のソウルジェム。その後ろからは三人の少女、絶体絶命のピンチを助けてもらったまどか達がやってくる。三人は辺りをキョロキョロと見渡して目的の人物、ほむらを見つけると警戒心もゼロに駆け寄ってくる。「ほむらちゃん!」「え!?まどっ・・・・まどかっ?どうして―――」「どうしてもあるかいこの馬鹿!アンタ一人じゃ心配するに決まってるでしょうが!」「美樹さやか?」「無事で・・・・・何よりですわ、本当にっ」「志筑さんまでっ」「ほむらちゃん!ほむらちゃんっ、よかっ・・・・・た、本当に・・・・よかったよぉ」あまりにも無防備に此方に駆け込んでくる三人に、まどかの行動にほむらは心臓が停止してしまうほどの寒気を、怖気を感じた。美国織莉子は未来予知能力者。彼女の目的は――――鹿目まどかの抹殺。「だ――――だめっ!!」ほむらが叫ぶ、その視線の先にいるまどかの頭上に白と黒の魔法の宝玉。ほむらの持つ銃器の弾丸を弾くほどの魔力を込められたソレがまどかを襲う。「~~~~~~~~ッッッ!!!」叫びにならない叫びを、狂いそうになるほどの感情を沸き立たせて、時間を止めようとして。「――――あ」それすらも、織莉子に、優先的にマークされていた。すぐ目の前に宝玉が―――――――“当たる“。ババンッ!!「―――――いきなりね、白の魔法少女さん?」「・・・・・・・」「これで会うのは二回目、美国織莉子。魔女はどこかしら?貴女達が何らかの関与をしているのは間違いないわよね」「・・・・・・なんのことかしら」「結界を解きなさい」有無を言わさぬ言動。ほむらが動くよりも早く奇襲の宝玉を撃ち抜いた少女。単発の、ほむらの持つ銃器とは違い連射性能も生まれた時代も劣る、しかし性能は全てを凌駕する白銀のマスケット銃を両手に構える少女。まどか達三人を守りながら200体以上の使い魔を難なく殲滅した魔法少女。地獄のような背景を背負いながらも、それすらも美しさを惹きたてる要素にする見滝原最強の魔法少女。巴マミ。彼女が事件の中心であるこの場所に現れた。カチッ「まどかっ!」「うわっ!?」「え?」「ひゃっ?」いきなりの攻防に動きを止めていた三人のもとに、いきなりほむらが現れ驚く。「ここから離れて!」「えっ・・・・でもほむらちゃん」「はやく!貴方達も!!」「あ・・・その――」「暁美さ――」「彼女の言う通りよ、私の後ろまでさがって」ほむらの言葉にとっさに反応できない三人は、自分達に向かってきた宝玉をマミが再び撃ち抜いて、そこは危険だと注意されることで急いで言われたとおりに実行する。マミは三人を、いや、ほむらを合わせて四名の後輩に迫る宝玉を撃ち抜きながら自身も前に出る。そして四人が背後に回ったの確認すると、胸元のリボンを引っ張り彼女達の周りに“展開”した。「ここからでないでね?約束よ」「これって・・・・ほむらちゃんが使ってたのと同じ?」「巴マミ・・・」「暁美ほむらさん、彼女達三人と一緒にいてあげてね。みんな貴女の事を心配していたわよ」「・・・・・・まどか達を・・・守ってくれて、ありが・・・とうございます」「どういたしまして」「マミさんこれって結界ってやつ?」「不思議ですわね~」まどか達三人は、もしかしたら、この中で一番安心しているのかもしれない。巴マミの戦闘を、圧倒的火力に絢爛華麗のごとき体術にて使い魔を殲滅した優しい先輩が傍にいる。安心するのも仕方が無いのかもしれない、ここには使い魔がいないのだから、まどか達は誰に攻撃されたのか、誰が敵で、誰が強くて、誰がこの事件の中心人物なのかも解らないのだから。だから、目の前にいる黒と白の少女が敵だなんて、そんな思考は生まれなかった。岡部とキリカを中心に、ピリピリとした緊張感が辺りを支配しようとしていた。が、キリカが気の抜けたような声を出し、硬直状態から時間は動きだす。「はぁ~・・・・・ごめんね織莉子」「・・・っ!キリカ」キリカが右腕で、鍵爪のある方の手で頬をかく、その表情は冷静で不安はなかった。しかし、どこか不満の表情だった。その言葉に織莉子は、胸を締め付けられるほどの悲しみを、でも決してそれらの事実から目を背けない。キリカの背後、腰にある黒のソウルジェムから黒い渦―――そう表現できる何か―――がザワザワと、ジワジワとキリカの体を這うように広がっていく。「じゃあ・・・・・そういうわけだからさ、岡部倫太郎。悪いけど私はここまでだ、残念でならないよ」それは気楽に言ったように聴こえるが、キリカが本当に残念そうにしているのが岡部には解った。岡部もこのままでは納得が出来ない、この終わり方は認めない、まだ、“諦めきれない”。「――――――」ここで、気づく、岡部は、目の前の少女が、その隣の少女も、その言葉は、これから起きる事を前もって知っている。魔法少女の真実を、揺るがない事実を、避けられない運命を、希望の対価を。そうでもなければその台詞は出ない。そして、その台詞を吐けるなら、彼女は、この少女は――――「―――――呉キリカ、君は、君は知っているのか?知っていながら・・・・・・・・・」「うん?」「絶望を知っていながら・・・・・・・それでも君は“諦めずにそこに立っている”のか」「・・・・・そうでもないよ?私はもう結界も使い魔も従えきれるほど“引っ張られている”し、何よりもう――――もたない。諦めてるよ。私はもう『反転』する。自分を殺す呪い・・・・いや、願いかな?その力を利用してでも生きようと足掻く卑怯者だしね」「・・・・・卑怯者なんかじゃないさ」「そうかな?」「そうさ」「ホントに?」「ああ」「どのへんが?」「お前は・・・・・・それでもまだ諦めてなんかいないだろう?」「・・・・・・・・」「ソレを知っていながら、そこまで引っ張られていながら、それでもまだ立っている。君はまだ――――」『いや、岡部倫太郎。彼女はここまでだよ。彼女は既に諦めている』岡部とキリカの会話に、インキュベーター・キュウべえが介入してきた。いつものように、感情が読めない表情と声で、残酷な事実を淡々と語る。この場にいる全員が絶望する事になるかもしれないというのに、それすらも構わないというように。『彼女は既に限界だ、境界を超えている』(まさか・・・・この結界を作っているのは・・・・)『今が既に奇跡なんだよ、コレ以上を望むのは酷というものだよ』ほむらはキリカの体を覆い始めた黒い渦に心当たりがあった。アレは魔法少女の限界。あそこまでなればもう、ここまで引っ張られたらもう無理なのだ。今まで何度もみてきた、正義感溢れる美樹さやか、優しい鹿目まどかすら抗う事が出来なかった代償。それを、“結界を張り、使い魔を生みだし使役する”まで出来れば、もう手遅れだ。キュウべえの言う通り、限界で手遅れ、既に今が奇跡なのだ。なのに――― それなのに―――「だからこそ―――だ、キュウべえ」『?』岡部の言葉はキュウべえの言葉を是としない。「奇跡、確かにその通りだ。この状況で・・・・・お前の言う通り限界なのだろう、でもな?それでも彼女は立っているよ、いつ反転するかも解らない恐怖に歯を食いしばって耐え、傷ついた体で絶望に抗い立ち、それでもなお、立ち向かう」『だからそれももう―――』「未だに絶望していないんだよ・・・・・解るか?」『?』「それは、諦めていないということだ。呉キリカの意思は――――」「絶望に負けたりなんかしない!」きっと、そんな彼女が敬愛する隣の白の魔法少女、美国織莉子も同じなのだろう。「もう一度言おう。呉キリカは絶望もしていないし卑怯者でもない! そして憶えておけキュウべえ、希望と絶望の相転移を望むお前達が、真実を伝えない理由はここにある 先に向かって一歩でも進もうとしている限り、俺達人間が真に敗北したり絶望することは断じてない!!」―――error電子音、次いでガシャンッ、と、岡部の持つディソードがガラス細工のように砕け、消失する。「それを今から証明する―――――!」全員が視線を岡部に集めるなか、右手を高々と伸ばし、妄想する。剣を、それは壊れかけた精神、バラバラになった心を繋ぎ合せ再構築した新たな岡部倫太郎。 「 『リアルブートッ!!!』 」世界に響く不協和音。岡部が掴んだ虚空の空間に罅が刻まれていく。―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』起動―――デヴァイサー『岡部倫太郎』―――Di-sword『リンドウ』そのディソードは罅割れ砕けていた、色あせた装甲、バラバラになった心、無理矢理繋ぎ合せた精神、消滅した想いそのディソードはどうしようもないほど壊れていた、どうにもならないほど壊れていた、どうにもできないほど壊れていたそのディソードは痛がっていた、苦しんでいた、泣いていた、叫んでいた、訴えていたそのディソードは誰が見ても終わっていたそのディソードは完全に死んでいたでも、だけど、それでも岡部はそれを引き抜いた。前に見たときとは違い、いつの間にか完全に死んでしまった己を、ディソードを。ガラスを叩き割る様な音を響かせながら、一度大きく振るう。ボロボロと、腐った老樹のように欠片が舞う。従来の剣とは違い大型スコップの柄のようなグリップ、剃刀を重ねた刃を左右に広く展開し、主軸の刀身は杏子のディソード同様に二股で、違いは杏子のディソードと比べ刺々しく攻撃的な、その巨大な姿からは考えられない片手持ちのディソード。ディソード・リンドウ岡部はそれを目の前の少女、呉キリカに切っ先を真っ直ぐに向け、左手で右手の手首よりやや上を掴み――――構える。「呉キリカ、コレが俺だ。コレが岡部倫太郎だ」宣言。キリカの望みを叶えるために、岡部の望みを叶えるために、相対を果たすために。「これが俺の全力だ」互いが今よりも一歩前に、先に、未来に進むために「さあ―――――勝負だ!」―――【open combat】死んだディソードを構え岡部は吠える。普通に考えれば、この選択は間違っている。それは岡部が一番理解している。ディソード・グラジオラスとディソード・リンドウ。どちらが強力で、どちらがキリカと戦うのに最適か、考えるまでも無くわかる。感じる。岡部自身、この死んでいる自身のディソードよりも杏子のディソードのほうが、ゆまのディソードのほうが扱いやすく強力と理解している。それでも、こうすることが正しいと、これが目の前の少女と相対するに相応しいと思った。今までの岡部には出来なかった。そして、岡部自身気づいていないが、『彼女』を失ってからの彼にも出来なかった行動だった。死んでしまっては救えない。だから、彼もあと一歩を進めなかった。進む訳にはいかなかった。でも、あの頃の彼ならできることを、今の岡部は―――――取り戻してきているのかもしれない。ディソード・リンドウ。リンドウの花言葉は『あなたの悲しみに寄り添う』『誠実』『正義』『貞節』『寂しい愛情』岡部の構えるディソードは、誰が見ても、岡部自身も死んでいるように見えるが、それでも自壊する事も厭わず内側から異音を響かせ、そして、砕けた刀身の内側から赤紫色の光を煌々と輝かせていた。あとがきパ ソ コ ン 購 入 !ネ ッ ト 完 備 !更新遅れて一月・・・・・長かった。誤字脱字の多く、指摘忠告ありがとうございます。当方の作品に付き合っていただき感謝を