岡部倫太郎には自分自身に対し覇気が無い。意思が無い。目的が無い。理由が無い。先が無い。心が無い。意味が無い。生きるための覇気が感じられない。確固たる意志が感じられない。目指すべき目的が感じられない。やりとげる理由が感じられない。進むべき先が感じられない。有るべき心が感じられない。存在する意味が感じられない。現在に、そして未来に執着も未練も無い。だから何もかも無い。何も感じない。『世話になった』『これで・・・・・お別れですね』『・・・・・・』『・・・・・・さよなら』『違う』『―――?』『またな だ』『―――――それは・・・・・意地悪じゃないですか』『また―――――会えるさ』これは終わった物語通りすぎた世界今も確かに存在している場所隣り合わせの可能性世界でもきっと、もう戻れない岡部倫太郎が――――――――かもしれない世界線魔法が、想いが、世界の意思を超えた世界χ世界線0.409431 ―――本当は気づいていたんだ「結界!?」見滝原中学校に魔女の結界が展開している事に岡部は焦りの声を上げた。繰り返してきた世界線での初めての事態に冷静さを保てない。(何故・・・・どうしてこんなにもずれる)岡部倫太郎はタイムリープによって“同じ世界線を繰り返しているはずだった”。確かにタイムリープにより、その世界線での行動の変化からダイバージェンスの数値に変化は起こる。それは世界の分岐点たる『今』ならよりいっそう。しかしそれは岡部のリーディング・シュタイナーが反応を示さないほどの変動。世界の、記憶の再構築を必要としない程度の変化。そのはずだ。―――世界は岡部が記憶する世界線と変わっているなのにまるで“Dメールを使用した時のように世界が変わっている”。起こる事象が、記憶にあることからずれている。岡部はこの世界線で過去改変を行っていないのに。―――『魔法の在る世界』での繰り返しには常に違和感と、矛盾があった「ボサッとすんな岡部倫太郎!」「お兄ちゃんいっくよー」赤い長髪のポニーテールの少女と、その少女の後を追うように、髪に黄色いプラスチックの髪留めをした女の子が岡部の背を追い越し外見上なんら普通の見滝原中学校の中へ――何もないはずの空間に――ガラスを叩き割る音を響かせながら結界の中へと飛び込んでいく。見滝原中学校の校門を境目に見えた向こう側の世界、岡部の視界には、彼女達が飛び込んでいった世界がいつもよりいっそう不気味に映った。「―――今はやるべき事をやるべきか!」岡部は思考を中断し白衣から両耳にかけるタイプのワイヤレスイヤホンを取り出し二人の少女に続く形で結界に飛び込む。飛び込んだ結界の中、そこは学校の校庭ではなくチェス盤のようなマス状の世界。おもちゃみたいなアンティークの家具が乱雑に置かれている。そしてシルクハットの様な帽子をかぶった使い魔の大群に襲われている見知らぬ生徒と教師。使い魔。大きさは個体によりバラバラだがほぼ同じ形状をしている。枝豆の様な体躯にシルクハットをかぶり目や耳は無い、蝶の触角の様なものを数本はやし枝豆のような胴体に大きな口、牙を持って生徒に捕りつき“捕食”している。人間大の大きさや、小型犬並みの大きさの使い魔が集団で生徒一人一人に捕りつき群がりその肉を食らっている。視界に移る使い魔でできた山の中には今もその身を食われている人間がいる、周りから聞こえる悲鳴や怒声に混じり声が聞こえる。―――――たす・・・・け・・・「―――!」目の前の使い魔でできた山から聞こえた声に答える間もなく ゴキン ゴキュン と、声の持ち主が息絶えと悟るには十分な、普段は聞く事が無い異音が聞こえた。そして食事を終えた使い魔の山が次の標的として岡部に向かって雪崩れこんでくる。 ―――毎回毎回違うステージに立たされる「たぁーッ!」ドゴンッ!その瞬間、岡部の目の前にあった使い魔でできた山が轟音と共に押し潰された。岡部の眼前に一メートルほどの深さのクレーターができあがった、あと少しでも近ければ岡部自身も潰されていたかもしれない。「ん、しょっ」衝撃により生まれたクレーターから少女が這い上がってくる。轟音を生んだ張本人が、岡部の前に少女が姿を見せる。バスケットボール状の先端をした猫のようなハンマーを持った、先ほど岡部より先に結界に飛び込んだ小さな少女。「大丈夫お兄ちゃん?」千歳ゆま。深緑のソウルジェムを首筋に、うなじあたりに付けた魔法少女。猫耳のような帽子。モコモコした手袋に膝下までフワッとした靴下と柔らかそうな靴を履き。体にフィットした肩出しの二色のワンピース、その裾からはリボンでとめられたドロワーズ(?)。背中には大きなリボン。肩出しでありながら温かそうな少女はテテテと岡部に近づいてきて白衣の先を摘まむ。「変身する?」「・・・・ああ、そうだな」彼女のハンマーによる攻撃でクレーターになった個所を視線から外し、白衣を掴み此方を見上げるゆまの頭をわしゃわしゃと撫でる。ゆまはそれをくすぐったそうにするが嫌がる事は無かった。その様子に自分が今、使い魔以外の者を潰したことに気づいていない。(どのみちあれでは間に合わなかった・・・・・)ならば余計なことは言わなくていいだろうと判断する。 ―――やり直しがきかない人の死を目前で感じておきながら、岡部はさして動揺することなくその事実を受け入れる。“2010年の岡部倫太郎”ならわからないが、数えきれない人の死を観測し続けた『今の岡部』にとって・・・・他人の死はもはや慣れてしまった。魔女という超常を相手にする今の岡部倫太郎にとって他人の死によっておこる恐怖や怒りに流されることが無くなったと捉えることもできるが、それが幸せなことかどうかは分からないが。この学校の岡部の知り合いは鹿目まどか、巴マミ、美樹さやか、暁美ほむらのみ。とはいってもこの世界線で顔を合わせたのは巴マミと暁美ほむらの二人だけ。鹿目まどかと美樹さやかとは正面からあっていない。会えなかった。前回のタイムリープからすぐにおかべは行動を起こした。彼女達に会うために。(やはりこの世界はおかしい・・・・・いや、この世界がではなく・・・・まるで)―――“岡部倫太郎は別の世界線に移動している”。結果的に岡部は会えなかった。まどかとさやかに。結果的に岡部は協力体制を気付けなかった。マミやほむらとの。タイムリープした時に岡部が意識を覚醒させるのはいつも知らない場所だった。知っている場所もあったがそれは“岡部が記憶している居場所と違う場所に岡部がいるのだ”。タイムリープは過去の自分に記憶を思い出させる。過去の自分に今の自分を上書きする。タイムリープマシンは時間指定ができる。二日前の自分にタイムリープしたなら二日前の岡部倫太郎がいる場所で目覚めるはずだ。だが実際にタイムリープした先は二日前に過ごした場所ではなかった。時間も場所も常にずれていた。「あんこ」「杏子だ!」思考がループしている。考えるのは後だと、再び思考を切り替えもう一人に少女に声をかける――が、岡部に呼ばれた長髪の少女が間を置くことなく間違いを指摘する。ニ週間近く繰り返してきたやり取りを。最初に結界に飛び込んだ赤髪の少女。この世界線で最初に出会った魔法少女。別の世界線で出会ったことのある少女。佐倉杏子。胸元に真紅のソウルジェム。真っ赤なノースリーブの簡易なドレス姿、そのくせ軍用ブーツのように膝近くまであるしっかりとした靴。赤い槍を肩に乗せ、岡部の視界に映る使い魔を短時間で全て殲滅した真紅の魔法少女。赤髪の長髪を黒いリボンでポニーテールにし、好戦的な視線と八重歯が特徴的な中学生程の少女。経験、スピード、パワー、テクニックといったフィジカルだけでなく、絶望を払いのける確固たる精神を持つ岡部が知る限り完璧に近い魔法少女の一人。「・・・・・ん?」「ん?―――じゃねえよ!ちゃんと名前で呼べ!」「呼んだではないか?」「アタシの名前は佐倉杏子(さくらきょうこ)だってなんべんも言ってんだろうが!」そんな少女が岡部に怒りを体全体で伝える様にその手に紅い菱形の矛先をした槍をブンブン振り回しながら近づく。ゆまが岡部と杏子の間でオロオロとうろたえる。出会ってニ週間ずっと繰り返してきた恒例のやり取り。特に意味の無い。気づけば恒例になっただけ。岡部の物覚えが悪い訳でなく。佐倉杏子が嫌いな訳でもない。 ―――ただ 気づいてしまった「やれやれ、落ち着けバイト戦士」「誰がバイト戦士だ!何でわざわざ変な―」「バイトしているだろ」「アンタが無理やり押し付けたんだろうが!」「ケンカはだめー!」ゆまの声に岡部と杏子の争いは止まる。いつものように、同じやり取りをニ週間。岡部も杏子も何も本気で喧嘩していた訳ではない。もちろん岡部がちゃんと名前で呼ばない事に腹をたてているのは確かだが慣れた。岡部倫太郎という人間には“己が無い”。それが、佐倉杏子が最初に抱いた印象だった。杏子にはよく分からなかった。岡部倫太郎はどこか空っぽな人間だった。気づけば何処か遠く、此処じゃない何処かを見ていた。少なくとも“ここにはいなかった”。杏子にはこの時には知る由もなかったが、それは果たせなかった、目指した目標に辿りつけなくて全てに絶望した―――――のではない、逆に全てをやり遂げて完遂したからこその虚無感だった。やりとげ、満足したからこそ彼には何もなかった。必要が無かった。目指した理想に届いた魔女と戦える男。空虚な人間。限界まで壊れかけた心。どこまでも終わった人生。 ―――世界から拒絶されているそれが佐倉杏子が最初に感じた岡部倫太郎の印象だった。杏子は元々教会の人間で、父親についていっていろんな人間を見てきた。聞いて、知っていた。喜びに震える人、怒りを胸に抱いている人、悲しみを隠している人、楽しもうと努力する人、なかには罪を犯した人、生きたいと、死にたいと願っている人もいた。その他にも多種多様な人達がいた。直接間接を問わずいろんな人たちからいろんな話を聞いてきた。知った。今を精一杯に生きている人、もう生きていけないと絶望している人、聞いているだけで身が凍る様な問題を抱えている人もいた。でも、それでもまだ『終わってはいなかった』。明日には死んでしまうかもしれない、そんな人間もなかにはいた、恐れ、恐怖しみっともなく取り乱す人、狂ったような人、でもだからこそその人達には“己があった”。いろんな問題を抱えた人達には常に自分自身がいた。生きていた。死んでいない。どんなに辛くても、どんなに苦しくても、たとえ一人になってもまだ自分自身は在るのだから。続いていく。死んでしまうまで、終わるまで。自分が世界からいなくなるまで終わらない。―――岡部倫太郎にはそれが無かった。自己を感じられなかった。『終わっていた』。だから分からなかった、ここまで『終わった』人間は元に戻れるものなのか。生きていけるのか。どうしてまだ生きているのか。生きていられるのかが分からなかった。杏子は何も一目でそれに気づいた訳ではない。そこまで心理眼にたけている訳じゃない。彼と出会ったのは魔女の結界内だった。一組の親子と共に。彼は魔女と対峙していた。その後も一緒に行動していて、そこで気付いた。彼には“他人はいても、己が無かった”。それはそれ以降の魔女との戦闘でもそうだった。むしろ、そういう時だからこそ分かった。だから気づいた。―――でもそれは間違っていたのかもしれない。「安心するがいい小動物、少しじゃれただけだ」「ゆ!ま!」「アンタほんとに人の名前呼ばないよな・・・・・なんか意味あんの?ジンクスかなにか?」「あえて言おう―――――特に意味は無い」「う~」「・・・・はぁ」喧嘩の仲裁に入ったゆまが今度は岡部に詰め寄り抗議する。ふわふわした手袋で岡部の足をペチペチと叩き不満を主張するが岡部はその様子を微笑ましいというように、呼び名を訂正することなくゆまの頭を撫でる。そこには人間性を感じられた。岡部倫太郎という自己を感じる事が出来る。これだ、岡部倫太郎は確かに己を持っている。分からない。こうして見ると彼はいたって普通の人間だ。壊れてない。終わってない。生きている。『今』は。笑う。“心から”。アタシ達の前では。『終わっていない』。なのにふとした瞬間に彼は薄くなる。存在が不安定になる。いつの間にか姿を見失い、話しかけられるまで岡部倫太郎という人間の事を忘れていた時さえある。アタシ達と一緒の時には冗談や訳のわからない事を言って・・・・・・親を失ったばかりのゆまを気づかれないように支え、アタシが魔法少女になった理由やその後どうなったかを真剣に聞いてくれた。その上で彼は言った。一家心中を招く事になったアタシの願いを、過ちを、対価を、アタシのその後の生き方を。『それでも、お前の祈りは―――――――――――――――』最初はその言葉が理解できなかった。理解して、殺意がわいた。結果的に言えば、その後アタシは岡部倫太郎と勝負した。岡部倫太郎の提案で真剣勝負。加減容赦遠慮無しの全力で魔法の力で魔法少女じゃない人間相手に躊躇いなくぶつけた。むろん岡部倫太郎は無防備では無い。条件付けの勝負だった、そうでなければそもそも勝負にならない。ただの人間が魔法少女に勝てる訳が無いのだから。だからいつものように岡部倫太郎にアタシは“繋げた”―――「まあいい、では今回は―――」「はいはい!ゆまがする!」「・・・・・ふむ、キュウべえがいうには白い魔法少女・・・・・美国織莉子がいるようだし小動物で―」「ゆ~ま~!!!」「はいはいわかったわかったよちゃんと呼ぶよ“オトモアイルー”」「呼んでないよ!なんでアイルー!?ゆまは立派な戦士だよ!キョーコと一緒に戦えるもん!ゆまはハンターレベル5ぐらいあるよ・・・・たぶん」「だってお前ちんまいし後ろをトテトテ付いてくる姿は・・・・・なぁ?」――――そして“負けた”。アイツにも魔法を使う事は出来るとはいえ負ける要素は無かった。負けるハズがなかった。アタシが負けることはできないハズだったのに。負けた。佐倉杏子は岡部倫太郎に負けた。もちろん一方的に負けた訳じゃない。むしろアタシの方が何度も岡部倫太郎を地面に叩きつけた、何度も何度も、なのに何度もアイツは立ちあがってきた。手加減なんかしていない。「じゃあやらない!」「フゥーハハハハ!どうしたどうした?まさか拗ねたのかこのお子様め、だからお前はちっこいのだ、牛乳を飲めアイルー、温泉ドリンクだ」「ちっこくないもん!おっきくなってバインバインになるもん!」「はぁん?そのテの台詞はこの俺の視界に入ってからにするがいい小動物ぅ」「う~ッ、なんでいじわるするのー!」「フゥーハハハハ!貴様のような小動物に植えつられたトラウマの仕返しだ!」「ゆま関係ないじゃん!」「当然だ、お前と綯は同じ小動物だが別人だからな」「ゆまはいじめるなーっ!」ゆまが岡部に跳びかかって岡部が軽い動作で受け止める、岡部がからかうのはいつもの事、ゆまが自然に触れ合う事が出来る様に。虐待を受けていた子供が安心して感情を出せる様に。最初の頃、大きな、ゆまにとっては大人に見える岡部が怖い存在では無いと分かってもらえるように。二人がじゃれあっているのを眺めながら思う、アタシが負けたのはアタシが原因だ。岡部倫太郎の力が徐々に上がったからだ。それは主人公パワーで強くなった!―――ではなくアタシが原因、あの時の岡部倫太郎の力の源はアタシだったから。彼の力は繋がったアタシの力で、それの強さはアタシが――――「あんこ」「・・・・・杏子だ」「・・・む」「キョーコ元気ないよ、どうしたの?」「どうした、何か気にかかる事でもあったか?」「・・・・いんやなんでもねぇ、それで?なんだよ岡部倫太郎、さっさと変身しろよ」岡部の強さの変動が話した通りなら認めたくはないが認めざるを得ない、なによりコイツは勝った。元とはいえシスターたるアタシは約束を破る訳にはいかないし、ゆまにカッコ悪い所を見せたくない。だから―――よく分かんないしムカつくけど、約束通りしばらくは一緒に行動してやる。今はそれでいい、コイツの力はお得だし他の事にも何かと岡部倫太郎の存在は便利だ、ゆまの教育とか今後の生活の仕方とかいろいろプラスに働く事も多い。だから今はこの関係でいい。何に悩んでいるのか分からないが、アタシ達と一緒の時にはちゃんとコイツは“此処にいる”。ならちゃんと見てやればいい、消えてしまわないように、寂しくないように。ゆまとコッソリ決めた事、今回の件が片付いたら何処か遠くえ行こうと計画している。秘密で。お金は大丈夫、無理矢理押し付けられたバイトで少し、後は岡部にださせればいい。サプライズで罰だ。アタシ達の過去を知った癖に自分の事は話さない、過去の事を教えてくれない罰だ。しかも後になってゆまが教えてくれた、あの勝負は実はインチキだった。岡部が倒れる度にゆまが回復させていた。今はもう気にしていないがそれはそれ、罪には罰を。悪には裁きを。だから、だからさ岡部倫太郎。何を悩んでいるか分からないけど全部終わらせて、みんなで、ゆまと岡部とアタシの三人で、新しいことを―――始めよう。 ―――世界にたった一人で放り出される ―――ただ一人追放される ―――暁美ほむらがそれを証明した ―――タイムリープした彼女が岡部のことを憶えていない ―――当然だ、彼女は一度も岡部倫太郎と会ったことは無いのだから ―――岡部が出会った暁美ほむらは別の世界線の暁美ほむらだから ―――彼女がたとえリーディング・シュタイナーを持っていてもそれは“その世界線の暁美ほむら” ―――他の世界線で世界と戦っていた岡部倫太郎のように ―――この世界線の暁美ほむらも、岡部の知っている暁美ほむらではなかった ―――その事実を、自分と同じように戦う少女と、再び出会える事がもう出来ないと、気づいたんだ ―――気づいていたんだ、ただそれを認めるのを怖がっていた ―――それは、暁美ほむらを裏切った事になるから ―――希望を与え、絶望を与えた ―――バタフライ・エフェクト ―――それが後に、アトラクタフィールドμとχ、双方の世界を巻き込む現象を招く事になるなんて思いもしなかった 視界には岡部達と使い魔の脅威から助けられた生徒と教師が多数。岡部は先ほど取り出したワイヤレスイヤホンを耳にかけて杏子とゆまに声をかける。「正直な話、今は美国織莉子の事も気になるが・・・・まずは魔女と使い魔を駆逐する」「・・・・・つまり」「お前でいく」「ぶー」ゆまが不満を訴えるが今はおいておく。「・・・・・・・・・まじか」「マジも何もあるか、さっさとやるぞ、この瞬間にも襲われている奴がいるかもしれん」「まあ・・・・そうなんだけど・・・え~・・・・とな」「・・・・・・なんだ?」「その・・・」約束通り一緒に行動してやる。と想いを新たに確認した直後だが杏子は躊躇う、そんな杏子に岡部は首を傾げる。自分らしくないと思う。彼女らしくないと思う。「最近さ・・・・アンタと繋げるとこう・・・・な?」「・・・・・・・?」普段の杏子なら年上相手にも遠慮なく喋るのに何かと口元をごにょごにょと言葉をはっきりと伝えない。「だからこう・・・・お腹のあたりがざわざわすというか・・・・かゆくなるというか」「・・・・・・・・・?――――まさか副作用が!?どうして早く言わなかったんだ!」「え?――ちがっ、そうじゃなくて――」岡部の持つ未来ガジェット。『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』。魔法少女の力になってほしいという願いのもとに岡部に託され概念化されたガジェット。魔法少女の持つソウルジェムを、魂を繋げるカジェット。共に歩むため、分かりあうための道具。「他に何か違和感や変わったと思う事はないか!?よく思い出すん――」「うわわッ、まてって落ち着きなってば岡部倫太郎大丈夫大丈夫だから!!」そう思っていた。岡部は『コレ』が魔法少女の助けになる物と、少なくともコレの使用に副作用があるとは思わなかった。思いたくなかったと言ってもいいかもしれない。しかし岡部には不安材料最初からあった。本来の使用目的とはかけ離れた用途。本来の性能を失い、それでも名残は、概念は残っていたかもしれないという不安、Dメール、タイムリープマシン、ミニブラックホール、LHC、VR技術、世界線圧縮技術・・・・・etc.NDメール。本体のこのガジェットには岡部の人生、それも何十何百何千回分もの繰り返しの全ての結晶といっていいだけの技術が組み込まれていた。良くも悪くも岡部の、世界の運命を幾度となく動かした技術ばかりだ。「記憶や意識に食い違いはないか・・・・・・くそッ、分かっていたはずなのに俺はッ!」岡部が概念化されたガジェットで懸念していた事、『失われた過去の郷愁【N・D】』は魔法少女と繋がるガジェット。想いを、意識を、感情を。五感の一部を。繋げる。繋がる。『VR技術』。それは岡部の記憶にも干渉する可能性があった技術。現に岡部はその概念を利用した未来ガジェットM04号を耳につけている。「落ち着け!」「ごふっ?」岡部が自己嫌悪に陥るなか、ドスッ と岡部の鳩尾に拳を叩きこむ杏子。己の考えの無さに後悔に震えている中の突然の奇襲、岡部はなすすべもなくその場に倒れる。周りにいた、杏子達に助けられた人達から悲鳴があがる。彼らには仲間割れに見えたのかもしれない。そしてそれは自分達を守ってくれると思っていた人間がどう行動するのか分からないということだ。杏子は一瞬視線を騒ぎ出した連中に向け手に持った槍を力強く地面に叩きつける。ガンッ!その音に地面で苦しそうにしている岡部を除き全員が押し黙る。杏子はそれに舌打ちし振り返る。助けられた全員が注目するなか杏子は槍を地面に突き刺し両手を組み―――「死にたくないなら此処から出るな」直後、助けられた人達の周りに手の平サイズの赤い菱形の物質一つ一つが鎖のように繋がり、それは杏子の目の前の人達全員を囲むように展開した。結界。鎖で出来ているため小さい使い魔なら入れそうだがある程度は弾いてくれそうな神秘の結界。杏子はそれだけ言うと背を向け岡部に 「さっさと行くぞ」 と声をかける。その言葉に一部が反応した。杏子に恐怖を感じていた態度から一変。「ちょっ ちょっと待てよ、俺達はどうすんだよ!」「え・・・・・まさかこのまま置いてくつもり!?ちゃんと守ってよ!」「アンタ戦えるんだろ、だったら最後までちゃんとしろよ!」「責任感ないのかよ君は・・・・」「おいおいそりゃねぇだろ!」「ちゃんと守れよ!」いや一部じゃない。男も女も生徒も教師も全員が杏子に、ゆまに罵倒をとばす。これを安全なところから、テレビや映画のスクリーンの向こうから見ていれば彼等はこんな事は言わなかったかもしれない、しかし現在は突然の理不尽と不条理に襲われ文字通り食われかけた瞬間に助けられた。しかし唯一自分達を守ってくれる存在が自分達を放って何処かに行こうとする、これで冷静になれというには、そもそも彼等はまだ子供だ、大人ですら対処できない状況に無理もないのかもしれない。「・・・・・・うるせえぞ」もっとも杏子にとってそれは関係ない。別に見ず知らずの他人がどうなろうとかまわない。わざわざ助け、結界と言う守護まで作ってやった、これでだけでも十分貢献していると思っている。元より杏子は周りに気にせずさっさと魔女本体や織莉子のもとに行こうとしたが岡部とゆまが使い魔に襲われている人達を見過ごせないのを知っていたので先に殲滅しただけだ。「ひっ」「アンタら状況分かってる?まだ助けないといけない連中がいるかもしれないんだぜ、なのに我先に助けてーかよ、はっ くだらねぇ」この状況で力ある者が力なき者に対し言うべきではないかもしれない、しかし杏子は我慢しない、いつもの杏子なら無視するが彼等はゆまを、自分たちよりも圧倒的に幼いゆまに対してまで罵倒を突き付けた。むしろ見た目が幼い分、杏子よりも矛先が向いているのかもしれない、ゆまはどうしたらいいか分からずに涙を浮かべ岡部の隣でオロオロとしている。「こっちにゃ別にアンタらを助ける義理はないんだよ、それをわざわざ助けてやれば―――」杏子が結界に一歩一歩近づくたびに顔を青ざめ後ろに下がる人達。杏子がさらに言葉を紡ごうとしたとき「ごほっ・・・・ッ、放っておけバイト戦士。どのみちやるべきことは変わらんし彼等にできることは限られている」「うん・・・・もう行こうキョーコ」「・・・・・・ちッ」岡部の言葉にゆまが同意、杏子は最後に一睨みし岡部達に近寄りゆまの頭を撫で岡部に手を差し出し倒れた体を起こす。「・・・・・人がいいのは損するぞ」「お前より面倒見のいい優しい奴を・・・・・・俺はそんなにはしらないぞ」「キョーコのツンデレー」岡部とゆまの台詞に杏子が赤面する。岡部達は杏子が怒っている理由を理解しているつもりだ。助けに入ったにも拘らず罵倒を上げる連中に怒りを感じたのは確かだが、杏子が言動で怒りをあらわにしたのがゆまのためだと知っていた。それに結局彼女は岡部達がいなくとも彼等を助けただろう。彼女とて『助けきれるなら助けたい』とおもっているのだから。「ゆまに変な言葉教えんなよ!」「勝手に憶えて・・・・・または最初から知っていたんだろ」「お兄ちゃんがキョーコに言ってた」「・・・・・おい」「うむ、聞かれていたようだ」杏子の視線を岡部は受け流し改めて確認をとる、もし本当に副作用があるならこれからの戦いはFGMシリーズのみ、しかしほとんどのFGMシリーズはN・Dとの連動で起動している。今岡部がつけているワイヤレスイヤホンもN・Dが無ければ起動しない。もっともコレはエネルギー源(グリーフシード)があればソウルジェムが無くとも起動するので問題はないが・・・・・魔女と相対するならば最低限の加護は必要不可欠だ。「それで“杏子”、大丈夫と言っていたがその訳を話せ、お前が感じている違和感も全部だ」「いやその・・・だな、こうなんというか・・・・・ホントにたいしたことはないんだけど・・・・・・あれ?今名前で呼ばれた!?」「呼んでたよキョーコ!お兄ちゃん名前で呼んでた!」「そんな事どうでもいいから真面目に答えろ、状況によってはお前にはもうN・Dは使えない」「「ええ!?」」初めて岡部にあった時、彼は杏子の事を知っていたかのように名前を呼んだ。その時は妙に馴れ馴れしい奴だと思った杏子だが、その後は変な仇名で呼ばれ名前を呼ばれる事は出会ってからのこの二週間全くなかった。微妙な感動だ。しかしそのちょっとした感動も岡部の宣言によって何処かに飛んでいった。正直な話、岡部の持つ未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』はとても使い勝手が良い物だ。杏子にとって。全ての魔法少女にとって。コレの起動により岡部も魔女との戦いに参戦出来る上に“繋がった”魔法少女の地力を上げてくれる。おまけに魔力の消費も岡部とのリンクにより二人で支えあうので抑える事が可能、“魔法は感情で扱う”。一人より二人の方が大きな力になる。またソウルジェムの穢れも岡部がグリーフシードを持っているならそのまま負荷を受け取ってもらえるので安心して戦う事が出来る。上がったパワーに安心して戦えて共に闘う存在を常に感じる以上ソウルジェムはさらに輝きを増し負荷をかけずに常に高火力な魔法を扱える。もちろん共に繋がっている以上お互いがマイナス感情を持てばそれだけ負荷が大きくかかるが上記の示した通り『圧倒的脅威』に追い込まれない限りそう簡単には負けることはない。そもそも数多の世界線で世界に挑み続け勝利した岡部倫太郎絶望に負けず前に突き進む強靭な精神力を持つ佐倉杏子繋がったこの二人のコンビに正面から勝てる者はそうはいない。故にこれまで苦戦することなく魔女を撃退する事ができた。ある意味、敗戦したといえる事があるのは一度だけ。現時点で展開率も岡部が記憶する限り最大値で歴代二位に位置している。それだけにこのガジェットは今の状況においてとても重要で今後も活躍すること間違いなしと言えよう、しかし岡部は今後は杏子と、そして原因次第ではゆまとも繋げる事はしないと発言している。「ちょ、まてよ岡部倫太郎。アタシはホントに大丈夫だから―――」「ならばはっきりと言え、俺とてコレが無ければ戦えん、だがそれ以上にお前達に負担をかける訳にはいかない」「でもお兄ちゃんは―――」「俺は・・・・・お前達の不安や絶望を受け止めるためにいる、だから―――」「なら今度こそちゃんと死んでくれるかな・・・・・・・岡部倫太郎」突然の第三者による言葉、岡部が声の聞こえた方角に視線を向ける。ヒュ と空気を引き裂きながら影が岡部の眼前まで迫る。しかし岡部にはどうする事も出来なかった、先手を取られ未だにN・DもFGM04号も起動させていない。ただの人間である岡部には対処できない。(しまッ―――――)ガキン!「させねえよ!」「・・・・・ッ」一瞬の攻防、杏子が岡部と影の間に入り弾き跳ばす。黒い影が無言で大きく跳躍し岡部達から距離をとる。影は黒かった。その姿に岡部は憶えがある。この世界線で初めて会った魔法少女。黒い魔法少女。魔法少女殺しの魔法少女。そして杏子と繋げた岡部を絶命一歩手前まで追い込んだ少女。「黒の魔法少女・・・・・呉キリカ・・・・だったか」「くふ・・・・憶えてもらえてて嬉しいよ岡部倫太郎」「・・・・・あの後、別の奴から聞いたんだ」「・・・・・・ん?名乗り忘れてたかな・・・・・まあどうでもいいか」頭を掻きながら心の底からどうでもいいと言うキリカ。「それよりさ・・・・・なんで生きているの?たしかに心臓を串刺しにしたと思ったんだけどね」両手の、手の甲と服の裾から足下まで届く伸びる三本の爪。長く太く硬質感を与える魔法で出来た光の大型の鍵爪。それをぶらぶらと揺らしながら岡部に話しかける。どうして生きているのか?あの時のキリカは岡部の心臓をこの爪で破壊した。貫いた。杏子と繋がっていたとはいえ大きさが半端無い。心臓と言わず他の生きるための重要器官はもちろん、そのダメージ自体がすでに岡部を殺しえた一撃だった。当然キリカは疑問に思う。岡部倫太郎はあの時は杏子と繋がっていたがそれでもあのダメージ、死は免れない。岡部はそれに「ふんっ」とバサァと白衣をはためかせながら答える。「残念だったな、我が家のオトモアイルーは優秀でな」「そうだぞ悪者め!・・・・・・・・オトモアイルーじゃな~い!!!」「・・・・・千歳ゆま・・・・・忘れていたよ、先に始末しておくべきだったな」かしゃん「今すぐにでも。君の力は邪魔だ」両手の鍵爪、計6本の凶器を自身の後ろに回し加速の体制に入るキリカ。眼帯をしていない左目はゆまに殺気を放ち、ゆまを殺す意思に満ちた体の下には幾何学的な紋章、魔法陣らしきものが展開し今にも跳び出そうとしている。ゆまの魔法は回復に特化している。たとえ四肢を切断されても一瞬で回復させる事が出来た。岡部はそれのおかげで今も生きていられる、杏子もそうだ。彼女の存在に岡部も杏子も助けられた。戦闘面だけでなく、日常の何気ない一日のなかでも、この子の存在はすでに二人にとってなくてはならないモノになっている。故に―――「させると思うか」「人の家族に手ぇ出して五体満足でいられると思うなよ」岡部と杏子がゆまを庇うように前に出る。岡部が右手を前に差し出す杏子が左手を前に差し出す「相手は織莉子じゃない・・・・・すまんが頼めるか」「あったりまえだ!さっきも言ったろ岡部倫太郎、ホントに大丈夫だって・・・・ただ」「なんだ?」「繋げるときは・・・・その・・・こっちは絶対に見んな」「・・・・・分かった?それでいいなら―――――いくぞ!」「応!」ゆまはまだ戦闘経験が足りない、キリカを相手にゆまではまだN・Dの展開率が少ないので相対には向いていない。故に今は杏子と繋げる。不安はあるが現状これが最も確実な選択、キリカ相手に出し惜しみは自殺行為だ。あの時は油断していたとはいえキリカの戦闘能力は高い、巴マミからの情報では時間の、速度低下能力も持っている。決して侮ってはいけない。岡部は現に殺されかけたのだから。例えそれが杏子の基本能力からは岡部は下で、岡部が一対一の状況だったからでも関係ない。呉キリカもまた絶望を撥ね退ける精神を持つ魔法少女。彼女は強い。故に最大戦力で挑む。背中合わせのような岡部と杏子。伸ばしたお互いの手の甲を たん とぶつける。歴代二位の―――――二人並んでからの勝負では負け無しの戦闘力で 岡部と杏子の声が異界の世界に響く「「ノスタルジア・ドライブ!!!」」直後、二人を中心に風が舞い魔力が踊った。赤い旋風真紅の竜巻。杏子の魔力が上がり岡部の身に魔法と言う名の奇跡が宿る。杏子の足下に真紅の紋章。岡部の足下に無色の紋章。共に鋭角なデザインをした幾何学的な紋章が光り輝く。―――未来ガジェット0号『失われた過去の郷愁【ノスタルジア・ドライブ】』起動―――デヴァイサ―『佐倉杏子』岡部の持つケータイから電子音。同時に岡部の足下の――何処か蝶の羽を連想する――紋章が、杏子と同じ真紅の色に染められる。何時でも来い!キリカに視線でそう答えたとき――――「ひゃうん!?」「――え?」ガジェットを起動した瞬間、岡部の体が真紅の光に包まれたと同時杏子が、どこか艶っぽい声を出した。岡部のすぐ隣で。突然の杏子の・・・・・ま口い声に岡部は一瞬思考が凍りついたが―――――すぐに解凍し杏子に視線を向ける、『副作用』。岡部の脳裏に嫌な単語が浮かぶ。「杏子!」「ぇ?―――――バカッ!こここんな時に名前で呼ぶなこっち見んな!」最近、正確には展開率が60%を超えてからというもの毎回杏子はこの謎の感覚に襲われていた。意識してしまっていた。突然ゆえに対処ができない。別にエロい・・・・・そういう感情とかが湧きあがっている訳ではない。断じて。ただガジェットが起動したこの瞬間のみ湧き上がる感触。後の岡部の・・・・・文字通り血を流しながらの調査(原因究明のため各少女から事情聴取で反撃された)で岡部とのリンク、二人分の感情の相乗効果が展開率を60%を超えてからは身体に多大な反応が出ることが解った。これはテンションの急上昇やアドレナリンの増加などが関係あるのか、それともリンクが高まり岡部の記憶や経験が相手に流れた結果なのか、詳しく聞くにはさらに調査(という危険行為)が必要のため断念。「そんなことを言っている場合か!やはりなにかおかし――」「こっここここの!」こちらを凝視し肩に手を置いてくる岡部に、杏子は拳を握り先ほどの手加減した打撃ではなく、魔力を乗せた――地力の上がった――拳を岡部の顔面に叩きつけた。―――ソウルジェ「だからこっちみんなー!!!」「ぶっ!」「お兄ちゃん!?」―――展開率68%―――expansion slot『ローザシャーン』―――【open combat】後にこれはテンション上昇による戦闘意欲の増加による―――ある意味当たり前の事で―――感情活動の一種であり、意識しなければ、例えば目の前の敵に攻撃的意識、目下の目的意欲があればどうこうなる事は無いと言えるが、“それ”をわざわざ意識すればそれにひっぱれるとが解った。わざわざ“それ”を意識しなければなんの問題も無い、現に他の世界線にて杏子以上の展開率を誇る巴マミに“それ”はなかったと記憶している。岡部の視点では。今の岡部、その後の世界線でようやく知る知識だった。岡部を包んでいた光が形をなし岡部の衣装はベルトが大量についた赤のロングコートに、黒い厚手のズボンと丈夫そうなブーツに変わっていたが、いつもの決め台詞を言えないまま岡部は杏子の打撃によって吹き跳ぶ。そしてその余りにも隙だらけな状況を晒している獲物をキリカが見逃す訳が無く―――「――――今度こそさよならだね岡部倫太郎」一気に岡部との距離を詰め、両腕の凶器を、未だに空を舞い此方に背を向けている岡部の背中に振り下ろす。岡部は宙を舞い。杏子は岡部を打撃した姿勢のまま。ゆまは岡部の後にいてキリカからは姿が下半身しか見えない。だがらここで確実に岡部に一撃、直撃は確実だった。キリカが知る限り、この場のメンバーでこの攻撃を迎撃できる者はいない。今までキリカは何度か岡部達の偵察目的で戦闘場面を見た事がある。佐倉杏子は強い。ほぼ単独で魔女を圧倒的に倒しているこのメンバーで間違いなく主力。しかしこのタイミングでの迎撃は間に合わない。岡部倫太郎は正直“弱い”。彼も今は前線で戦う力を持っているかもしれない。しかし彼の本来の役割は魔法少女の補助。ブースター的存在でその戦闘能力はキリカから見て高いとは言えない。そもそも彼には武器が無い。相対するさい必須の武器が無い。姿こそ魔法で変わり人を超えた身体能力を見せるが、キリカにとってはなんら脅威にはならない。全てのポテンシャルが上で、さらにこちらの攻撃を防ぐすべを持たないからだ。千歳ゆまはそれ以下だ。攻撃手段こそもっているがまだ幼く戦闘経験などほぼゼロ。これまで見てきた戦闘でも彼女は常に岡部達の後ろから回復をメインとし、二人に見守られるなか使い魔相手に戦う訓練を危なっかしくやるのみ。「――――――――まかせた」「うん!」だからこそ吹き跳ぶ岡部の言葉に彼女がすでに行動を起こしている事に驚いた。既に彼女は攻撃モーションに移っている。それは岡部の言葉を聞くまでもなくキリカの行動を先読みし動き始めていた証拠。「――――――ッ!?」「インパクトッ!」ゆまが宙に舞う岡部の下から飛び出しハンマーをキリカに向かってゴルフのフルスイングの要領で全力で振るってきた。とっさに岡部に振り落とそうとしていた両手の鍵爪を自分の体、顔を守るように移動させ魔力の宿ったハンマーを防御する。ドギィイイイン!「ッ!」ど という重低音に続き金属同士がぶつかり合ったような音が響く。完全な不意の一撃。それも攻撃の途中で。しかし、ゆまからの思いがけない一撃であったとはいえ、魔力を込めた鍵爪はハンマーを受け止め、一撃でクレーターを作りだすゆまの攻撃を、顔を苦痛に歪めながらも、吹き飛ばされることなくその場に留まるキリカ。「驚いたな・・・・まさか君がここまで動けるとは思いもしなかった」「あっ」呉キリカは強い。それも全てを受け入れた今の彼女は普段よりもずっと。受け止められる、そうでなくとも衝撃で後方に吹き飛ばすぐらいはできると思っていたのだろう、ゆまはキリカの言葉と視線を受け固まってしまう。「でも君の方から来てくれたのは―――――たすかるよ!」ゆまのハンマーを後方に弾きとばしキリカは腕をバンザイした状態の、ゆまのガラ空きの心臓部めがけて右手の鍵爪を突きそうとせまる。ゆまの顔が恐怖に歪む。―――ぐふっこの時ようやく岡部は落下し終えて無様に喘ぐ。キリカは今度こそ攻撃を敵に与えようとし――――ガギン!またしても防がれる。紅い菱形の槍。横から飛来した槍がキリカの爪を弾き―――「させねぇっていったろうが!」その槍を両手で回転させキリカに追撃の攻撃を放つ杏子。(はやッ!)首を後ろに傾けかわす。が、それもつかの間次々と槍を横凪ぎに振るう杏子、高速で迫る槍をギリギリでかわし続けるキリカ。“この結界内でキリカに早いと思わせる”ほどの槍捌き。キリカはここにきて岡部達を、あの時岡部に確実な止めをさせなかった事を後悔した、ここまで早くなるほど岡部は杏子とのリンクを高めている。ただでさえ手強い杏子を強化している。しかし引く訳にはいかない、冷や汗を流しながらもカウンターをきめようと踏み込む決断をキリカがした刹那、杏子の槍はキリカと杏子の中心程の地面を横一直線に削りとる。「!?」視界が塞がれた。杏子の槍で削られた個所が杏子の魔力を受け炸裂したのだ。キリカの視界は破壊された床の粉塵と紅い魔力で塞がれた。一瞬。しかしキリカは即座に後方へと跳躍し油断なく構える。「おぉ!」ごばッ! と、視界を塞いでいた粉塵と魔力のカーテンを引き裂きながら槍を構えた杏子がキリカに突っ込む。「ふッ」紅い稲妻を纏う杏子の槍を ヴン! とパソコンの起動音のような音とともに白い鍵爪は漆黒の色に、その数も三本から五本、計十本へと数を増やし 二人の魔法少女が激突した。ガキュン!杏子の一撃を右腕の爪で横から受け流すように裁いたキリカが回転するように左手の爪で杏子の体を引き裂こうと振るう。一撃を受け流され立ち位置が変わり相手に背を向ける様になった杏子は両足で無理やり勢いを殺し迫りくる爪に、視線をむけることなく全力で振り回した槍をぶつける。どん!衝突した空間を中心に衝撃がはしる。ここにきてようやく周りのギャラリー、救出された人々が騒ぎ出す。しかし杏子もキリカもそれを気にせず再び互いの武器を振るい敵の攻撃を避けより早く、より速く、スピードを上げていく。「「あああああああああ!!!」」二人の魔法少女は加速していく。同時刻 結界学校内部暁美ほむらは白い魔法少女、未来視の魔眼を持つ魔法少女。美国織莉子と交戦していた。「・・・・・・貴女はあの場所にいた貴女なのね」織莉子の問いに、―――白い制服の中から黒い長袖のインナー、紺色のスカートにタイツ、どこかの学校の制服のような姿の―――魔法少女に変身した暁美ほむらは、銃弾で返事をした。「まどかは殺させない」ストレートに伸ばされた美しい黒髪、目の前の敵を見る裸眼の瞳は冷酷な殺意を宿している。「なのに貴女は鹿目まどかを守ろうとしている」二人の目的は鹿目まどか。片や殺す事。片や守る事。相反する二人はぶつかり合う。世界の終末を回避するために、求める未来を掴むために。目指す未来は同じなのに、どこまでも違う二人の魔法少女は互いを排除するために戦う。現代兵器のトリガーが引かれ弾丸を吐きだし薬莢をばら撒き、魔力の込められた美しい白と黒の球体が孤を描きながら降り注ぐ。周りのアンティーク家具や使い魔を爆殺しながら二人は攻撃し、回避し、言葉を交わす。「貴女は“あれ”が何かを知っていながら、“あれ”を見てなお鹿目まどかを諦められないのね」「まどかを魔法少女になんかさせない!」「“無理ね”」ほむらの言葉を、誓いを織莉子は切り捨てる。「『どの未来でも彼女は魔法少女になる』。どんな選択をしても、どれほど止めても、どんなにがんばっても 未来は変わらない」「黙れ!」そして言葉を紡ぐ。優しい少女の未来。その願いの代償。「願いにより彼女は魔法少女になって、その代償に――――」「黙れえッ!」「世界を滅ぼす最強最悪の魔女になる」最初は悲鳴を上げていたギャラリーは全員、呼吸することを忘れたように目の前の光景に目を奪われていた。―――しゃおん音が聞こえる。赤と黒の人影がチェス盤上の世界を高速で駆け抜けるのが見える。――きん ―っ ――――かん ―っ人影は時に跳び、跳ね、屈み、伏せ、振り向き、振り返り、避け、交わし、受け流し、受け止め、繰り出し、繰り出され、近づき、離れ、打ち、叩き、切り裂き、突き刺す、交差し、ぶつかり、螺旋を描くように疾走する。加速していく。火花がちかちかと灯り、同時に小さな音が聞こえる。その刹那。ヒュッ――――――――ゴッッッ!!!雷が落ちた時、光の後に音が届くように二つの影、杏子とキリカの後を追うように二人に武器が作りだした破壊の衝撃が疾走する。それぞれの武器が地面を抉り、互いの武器が衝突した際に起きる破壊の衝撃は、それが発生する前に二人に置きざりにされ、結果、二人の後をまるで追いかける様に巻きあがった粉塵が舞い上がる。「――――――綺麗」ギャラリーの中の誰かがポツリと呟いた。それに全員が言葉なく頷いた。「「おお!」」どん!回転する体の遠心力を力に乗せ武器の先端を叩きつけ互いに停止、衝撃は円球に広がり周りにいる全員に届いた。ぶつけあったまま、鍔迫り合いをしながら視線をぶつける。「・・・・・やるじゃねぇか」「君の方こそ、ここでここまで速いなんてすごいよ」キリカの言葉に疑問を感じる杏子。自身が速い、それは岡部とリンクしているのだから当たり前だ。普段よりかなり動けていると自己判断できる。むしろその自分に速度は並び、パワー負けせず今の杏子と正面から戦えるキリカこそすごいと言える。彼女単体の力で地力の上がった自分と戦っている。それにこれほどの魔力を使っているにもかかわらずまるで疲労が見えない。自分と違い岡部と繋がる事により負荷を軽減している訳ではないのに。これは単純なポテンシャルの差なのか、それとも―――。それに彼女から感じる力は何か違和感がある。どこが、と言われれば分からない。でもどこかで感じた事のある――――でもはっきりと分からない。無視していいものなのか、今は力が拮抗している。岡部がいるので持久戦は有利。ゆまがいるのでどんな傷も瞬時に回復できる。不利は無い。油断もしない。警戒は緩めない。しかし違和感がある。「・・・・・・・・・・ここはまかせていいかバイト戦士」「は?」岡部の言葉に杏子は首を傾げる。N・Dは一度繋がればどちらかが変身を解除しない限り持続する。ここから岡部が離れる事に、元から戦闘に参加してないのでさしたる問題は無いがわざわざバラバラに行動する意味は無い。他の人間を助けにいくというなら分かるが正直キリカを相手には全員で挑みたい、不測の事態に対応できるように今は三人でいるべきでは?今のキリカの戦闘力は未知数だ、それは岡部も感じているはずなのに。「さっきから妙だ、コイツは最初からゆまを狙わずに俺を攻撃してきた。回復役のゆまを後回しにしてお前と戦ったり、見たところテンションは絶好調らしい・・・・・かと思えばさっきから戦闘を引き延ばすかのように消極的だ」「割といっぱいいっぱいだよ?」岡部の疑問にキリカは正直に答える。本当だ、キリカは全力で戦っている。出し惜しみで戦えるほど今の杏子は弱くない。気を抜けば今にも紅の槍はキリカを貫く。「速度低下はどうした」「使ってもそこの千歳ゆまがすぐに治療しちゃうでしょ?私は今まさにピンチだよ!」「それでも逃げないのだな」「織莉子のためならなんのその」「つまり噂の白巫女はここの何処かで何かしらの―――」「―――織莉子の邪魔はさせない!」岡部の言葉を遮りキリカは叫ぶ。ある種の余裕を持って会話していたが、豹変する。その身に宿る魔力が高まり鍵爪が強靭に強化される。だがキリカは動けない、いかに感情を、魔力を上げようと今の杏子からは簡単にはのがれられない。だからキリカは―――「―――おいおい」「・・・・・・どういうことだ?」「うわわ、いっぱいきたよ!?」援軍―――といってもいいのだろうか。キリカの豹変とシンクロするように結界の一部、壁が突然崩壊し、その向こう側からシルクハットをかぶった使い魔の大群が押し寄せてくる。まるでキリカの意思に答える様に、人外の魔女の手先が、キリカの想いに従うように岡部達に向かう。強力な魔力を秘めた杏子とキリカを無視して岡部とゆまに向かってくる。「呉キリカ・・・・・何をした」「質問は受け付けない、私に対するすべての要求を完全に拒否する!」まるでキリカの味方のように行動する使い魔。使い魔を、又は結界を展開している魔女を飼いならした?そんなまさか、岡部は知っている。魔女はこの世の理を曲げてまで望んだ祈りの対価。不可能を可能にした代償。エントロピーの法則を打ち破って生まれた因果。『魔女は敵』。そういう存在として固定されているはず。その存在をさらに捻じ曲げ使役することが可能なのか?もしそれが可能なら――。「有限たる私は、織莉子のために無限に尽くす!」―――愛は無限に有限だよキリカの誓い。殺されかけた時に聞いた呉キリカの言葉。岡部は想う。もしキリカが使い魔を、魔女を使役しているなら―――。突然の使い魔の出現にギャラリーは再び悲鳴を上げる。ゆまのハンマーを持つ手は震えていたが、それでも視線は使い魔の大群から目を逸らさない。彼女は岡部と杏子、二人と短い時間とはいえ一緒に戦ってきた。その自信と経験は決して目の前の大群に潰されるような弱さじゃない。杏子はキリカの鍵爪と鍔迫り合い状態で動けない。助けに入りたいがキリカを自由にする訳にはいかない。今キリカとまともに戦えるのは自分しかいないのだから。キリカは決意を新たにさらに魔力を体にはしらせ自身を強化する。杏子が隙を見せれば即に殺す。無論杏子はそんなヘマはしないだろうが岡部とゆまだけではあの数は苦戦するはずだ。その結果、岡部とのリンクが途切れれば、または乱れてもそのときはこの均衡を崩すチャンス。時間稼ぎは十分。このまま現状を維持するだけでキリカの目的は果たせるし、もしかしたらこのまま岡部とゆまを始末できる。ゆまはともかく、岡部は無手だ。岡部は武器を――この場合杏子の槍――を生成できない。素手であの数の使い魔を相手に戦うのは無理だ、まして岡部倫太郎は格闘技に精通している訳でもないのだから。それぞれの思惑、思考を、覚悟を決めていくなかただ一人、己の手で口元を隠し、誰にも気づかれることなく隠した口元を歓喜に歪めている者がいた。――素晴らしい「――――え?お兄ちゃん何か言った?」「・・・・いいや、なんでもないよ――――“ゆま”」岡部倫太郎。この場違いな笑みを見られないように、誤魔化すように大袈裟な言動を、芝居を始める。「貴様の目的は時間稼ぎと見破った!ならば最早ここに用は無い、バイト戦士よ、此処は譲ろう。俺と小動物は先に行く」「あいよー」右手を杏子にビシィと突き付け、なんら恐怖を感じぬ足取りで使い魔の群れに向かって歩いていく。「岡部倫太郎、“お前のは使うなよ”。―――あれは不愉快だ」「お兄ちゃんのは“使っちゃダメだよ”?―――ゆま大っきらい!」「・・・・・・分かってはいるが微妙に傷つくな」岡部達に背を向けながらも杏子は返事を返し岡部に忠告する。ゆまもまた杏子の忠告に子ども独特の残酷性で同意した。その言葉のやり取りにキリカは少なからず焦りを見せる。やむを得ず“引っ張られる”事を解った上で力を行使したにもかかわらず、自分が有利なはずの展開で岡部達の言葉に思った以上の動揺が見られない。無論杏子は少なからず驚いているが、今はそれよりもキリカに集中しているし、ゆまは怯えながらも目的を岡部が示してくれたので岡部の指示に従おうと、もとより難しく考えないようにしていた。「いくぞオトモアイルー、突貫だ!」「ち~が~う~!」「――――なん、待て岡部倫太郎!君は戦えないだろう!」キリカが静止の声をかける。この三人のメンバーで間違いなく最強は佐倉杏子だ。しかし。織莉子にとっての一番の敵は岡部倫太郎だ。未来視を持つ織莉子にとって岡部倫太郎は危険すぎる。織莉子には岡部が観えない。もちろん肉眼では見えるが未来が観えない。しかし確かに存在している。例えば岡部と杏子を同時に相手する。例え杏子の攻撃を予知しても、攻撃の流れを観ても、それは杏子一人しかいない未来での動き。実際には岡部もいるので杏子の行動パターンは変化する。見えている景色と観えている景色がずれる。実際に戦った事は無いが織莉子はそう予測していた。さらに岡部が物語に介入することになってからというもの、織莉子の観る未来は複数に分岐してしまいどれが正しい未来なのか判断できなくなる事がある。理由は分からない、理由は分からないが岡部を織莉子の所には行かせる訳にはいかない。「まさか素手であれを突破できると?」小馬鹿にするように挑発する。しかし―――「フゥーハッハッハッ!愚か者め!この俺が何の準備もしていないと思ったか!」「ふぅーはっはっはっ!そうだぞ悪者め!お兄ちゃんは狂気のまっどさいえんてぃすとだぞ!」岡部が両手をクロスさせ声高らかにキリカを嘲笑う。ゆまもそれを真似て笑う。「変な遊びを教えるな」杏子がキリカから視線を逸らさずにツッコム。使い魔は岡部達に迫っている。10mも無いだろう。先頭には巨大なシルクハットをかぶった枝豆に似た使い魔。素手での撃退は固有の魔法を使えない、ただ強化された身体だけの岡部には難しいかもしれない。その後ろにも使い魔はいるのだから。しかし杏子は焦った表情をみせず、ゆまは岡部の背後に回る。アレが完成してから今日まで、ずっとこの陣形。「この俺が戦えないだと?俺を誰だと思っている、清心斬魔流合戦礼法を作りだしたこの俺が?甘いぞ、俺が何の対策もしていないと思ったか!」「思ったかー!」とりあえずそれらしいハッタリをかます。岡部はそんな流派を獲得した覚えは無い。耳元のワイヤレスイヤホンの電源を入れる。「刮目して見るがいい、我が未来ガジェットM04号を!」岡部は右手を自身の胸元に持っていき、“何かを引き抜いた動作”をとった。「・・・・?」キリカの視界の端に映った岡部の右手には“何も握られてはいなかった”。岡部はそのまま右手を体の上に伸ばし、左手を右手の下、拳一つ分の間をあけて添えるように動かし止める。それは剣道で言う上段の構えに見える。『■■■■』そして岡部の正面にひときわ大きな使い魔―――3mサイズ―――が迫る。人間一人を丸のみ出来る牙を、無手の岡部に向かって突き出し、その醜悪な顎で捕食しようとせまる。その後に続く形で多数の使い魔も迫る。杏子なら槍の一振りで絶命させ、かえす一撃で後方の使い魔も薙ぎ払える。ゆまなら魔力を込めた一撃で後方にいる使い魔もある程度吹き飛ばし、次に備えるだろう。だが武器の無い岡部は、固有の魔法を使えない岡部は迫る使い魔に対し三人の中で最も無力だ。岡部倫太郎は千歳ゆまよりも魔法少女としては弱い。ほとんど闘えない。だからこそ―――――――――岡部倫太郎は“妄想する”。「『リアルブート』」岡部の落ち着いた静かな声が、しかし確かな強固さを持ってこの場にいる全員の耳に届いた。かつて岡部は一人の女性を助けるために多くの知識と技術を集めた。それこそありとあらゆる研究機関、国家機密情報、合法違法を問わずに―――だ。そのなかの一つ『VR技術』。Virtual Reality技術。かつての岡部に居場所、アトラクタフィールドαでタイムリープマシンを作る際に使用された技術。アトラクタフィールドβに辿りついた岡部倫太郎は再びタイムリープをするためにVR技術の知識を求めた。しかしその時にはすでにVR技術に詳しいラボメンを失っていた―――失ったからこそ求めた―――ので岡部は他から知識を集めた。そして岡部は因縁ある組織からVR技術に関する資料を手に入れたがその時にその組織、『SERN』の黒幕といえばいいのか、VR技術を使ったディストピア。『プロジェクトノア』『ノアⅡ』といった、既に凍結された『妄想を現実にする』、まるで科学で魔法を起こすという、しかし荒唐無稽というには無視できないレベルの確かな情報も手に入れていた。手に入れていた当初はさほど気にする事もなかった代物だったが、この世界での経験、N・Dに残されている概念、蓄えられた知識、SERNに残されていた資料の記憶、キュウべえの協力。そして完成した。―――未来ガジェットM04号『超誇大妄想狂【ギガロマニアックス】』起動―――デヴァイサ―『佐倉杏子』―――Di-sword『グラジオラス』あたりに響きわたる音。飛行機の離陸する音、スポーツカーのエンジン音、ガラスが割れる音、何かが収束する音、“何かが現実になる音”。ズパンッッ!岡部が振り下ろした手の先にいた使い魔はあっけなく、まるでトロットロのチーズを切った時のようにあっさりと三mの巨体を真ん中から二分され、続く横凪ぎの一振りで後方の使い魔共々さらに分割されその体積を小さくしていく。「次!」「うん!――――インパクトォ!」それでも後方にいた使い魔は、岡部によって分割された使い魔を乗り越え前進する、数はまだかなり残っている。しかし岡部が後ろに跳躍、ゆまが岡部の背後から前進し魔力を込めたハンマーを振り下ろす。どっごん!ハンマーを叩きつけられた先頭の使い魔は潰れ、さらに衝撃がゆまのハンマーから扇状に広がり前方にいた使い魔が吹き跳んでいく。「うまいぞ、上達したな」「もっちろん!ゆまは立派な戦士だよ!」岡部が着地し褒める。ふんぬ! と両手を胸の前で握り胸を張るゆま、岡部は左手でゆまの頭、猫耳帽子の上からわしゃわしゃと撫でる。実戦経験が少ないにも拘らず異形の存在に対し動ける少女、自分達に近づこうと幼いながらも頑張る姿に岡部の口元が緩む・・・・・・・親友の娘を、大切なラボメンを。辛い時代を生き、過酷な使命を背負った少女。彼女の事を思い出し――――――。「なんだそれはぁ!!!」がきゅん!鍔迫り合いの状態から杏子を突き飛ばしキリカが絶叫を上げる。岡部は右手に持ったものを両手で構え直しキリカに視線を向ける。キリカの視線には怒り、憎しみが宿っていた。どんな状況でも諦めない、策略謀略妨害暴力全てを覆す岡部倫太郎にキリカは抑えきれない殺意をぶつける。代償を払い感情を殺しただ未来を、世界を救おうと戦う織莉子に立ち塞がるイレギュラー。「何度も何度も!お前さえいなくなれば織莉子は負けない!お前は絶対に排除する!」ヴヴンッ!空気を震わす音がキリカの黒く染まった鍵爪から響く。今回もまた此方の予測を裏切り威風堂々と、まるで人の生き死を数多く乗り越えてきた戦士のように立ち塞がる姿に憎悪が湧き上がる。怒りが、憎しみが一層ソウルジェムから魔力を引き出していく。「・・・・・やる気だな」「こ 怖い」「安心しなゆま、アタシ達が一緒だ」杏子が岡部の横に立ち、槍を構える。「うん!杏子達と一緒なら大丈夫!」ゆまが岡部と杏子のやや後方でハンマーに魔力を込め始める。「そういうことだ、悪いが総力で潰させてもらうぞ」岡部は両手で持った『剣』を握り直しキリカに伝える。『剣』。ブルーメタルカラーの装甲で作られたSFのような刀身。両面に攻撃的な鋭い刃を持つ巨大な剣。岡部の体とほぼ同じサイズの刀身は見る者を圧倒させ、赤紫色の光を明滅させながら世界に己の存在を主張している。「やれるものならやってみろ!」そしてキリカは全力で跳び出す、三対一という圧倒的不利でありながら決して引かない。負けない、負けられない、負けたくない。自分を変えてくれた織莉子に報いるために、大好きな親友のために。勝てなくても負けない。守る。織莉子の世界を、想いを、決意を、誓いを。例え後戻りできなくとも後悔は無い。例え自らが果てても織莉子を守る。愛は無限に有限。有限たる呉キリカは無限に織莉子を支える力になる。「ああああああああ!」速度低下。自身の持つ独自魔法を全開にし目の前の三人に接敵。「ッァ!?」ガギン!相手の速度を落とし先手をとる。その意識はしかし、岡部の持つ剣がキリカの爪に振り下ろされキリカの突進を止められたことで霧散した。すでに限界に近い身で行った速度低下の魔法、しかしその効果そのものを切り裂いたように振り下ろされた剣。確かに発動した魔法。訳も分からず歯ぎしりするキリカ。「ぐ・・・それ・・・一体なんなん―――」両手の爪で剣を受け止め抑え込まれる。さらに――「たあ!」ずかん!「ごっ・・・・・ふ?」ゆまの一撃を横から食らい弾きとばされる。宙に投げ飛ばされたキリカに杏子が追撃。「ッ、こっの―――――調子に!」槍を一直線に突き出してくる杏子の攻撃に宙に飛ばされながらも迎撃せんと左手の爪をぶつける――――が、手ごたえが薄い。ぱきんっ と音をたて衝突した槍がそこで“分割”した。(しまっ―――!)ぎゃりぎゃりぎゃり と伸びて分解した槍を魔法で出来た鎖でつないだ状態に変化させた多節棍がキリカの体の周りを旋回、動きを制限される。そこに―――。「らぁ!」「がっ・・!」杏子のひざ蹴りが直撃しそのまま地面に追突、瞬時に置きあがるキリカ。そこに岡部が赤紫の紫電を纏う剣を勢いよく突き出す。ガガン!防御できたもののキリカは後方に飛ばされる。「くそ、このままじゃ――」キリカは圧倒的に不利で、三人のコンビプレーに徐々に押され始め結界の奥へと、不本意ながらも戦いの場所を移動しなければならなかった。織莉子のいる場所へ。それでもキリカは全力で戦っていた。少しでも時間を稼ぐために。命を賭けて、存在を賭けて。そして岡部達も全力で戦っている。強化された杏子。武器を手にした岡部。共に闘うゆま。この三人相手に押されてはいるが、真っ向から戦えるキリカに手は抜けない。誰もが死力を尽くして戦っている。故に全員が、否、岡部達三人は気づかなかった。キリカの腰にある菱形のソウルジェムはひび割れ、既に真っ黒に淀んでいた事に。