世界線 ×、××××××「・・・・・ッ、はぁ、はぁっ、ぐぅ」声が聞こえる。男が一人、ただ一人。血を口から滲ませながら大地に手をついている。男は戦い続け、今死を迎えようとしている。指は折れ、手足は裂け、体は満身創痍、呼吸は度々途切れ、意識は気を緩めるものならすぐにでも失い二度と起き上がれることは無いだろう。男は何度も命を賭して戦い続けた、でも、それでも失った、失ったものが大きすぎた、失ったものが多すぎた。だから戦うと決めた、過去を、未来を変えるため、何があろうと、何度繰り返そうと、その過程で、避けえない、孤独と破滅が待っていると理解していながら。『・・・・・・・・・・・・キョ―マ』とん、男しかいなかった場所に別の存在が現れた。それは重さを感じさせない身軽さで男のそばにかけより大地から手を離すことができない男の顔を見上げた。『キョ―マ、まだ意識はあるかい?』その声の持ち主は人語を解しながら人間ではなかった。一見にはクレーンゲームの商品にありそうな白いヌイグルミだろうか、四本の短い足を持ち、二十㎝ほどの体にその倍ほどある狐のような尻尾もつ、丸い顔にはこれまた丸い赤い瞳、愛らしい口、二つある三角の耳から筆のような毛が一房ずつのびていた。その姿は朝の子供番組、魔法少女に出てくるマスコットのようだった。「・・・・・・ああ、・・・ッ、キュウべえか?」男は、キョ―マと呼ばれた死に掛けの青年は白い生き物に返事をした。『・・・もう目も見えていないようだね。まあ耳さえ無事なら報告はできるから君はいいのかな?』青年はもちろんキュウべえと呼ばれた生き物も青年の命が尽きるのを理解している、もはや奇跡や魔法が無い限り青年の死は時間の問題だろう。そして彼らは奇跡も魔法も存在していることを知っている。キュウべえは奇跡の代償と共に魔法を少女に与える者として、キョ―マはそんなキュウべえと少女達とかかわっていくなかで知っている。「・・・そうッ、・・だな、目が見えなくても聞こえるし、内容を・・・、理解す・・ッ、こともできる。」しかし、ここには奇跡と魔法が使える少女達はいない。いや、一時間ほど前には五人はいた。皆キョ―マとキュウべえの知り合いだ。彼女達がいまのキョ―マの姿をみれば誰もが奇跡を願い、魔法を望むだろう。でも彼女たちはいない、先ほどまで残っていた最後の一人もいない。「そうか、・・・・悪いな・・最後ま・・で、・・損な・・役回りで。」『暁美ほむらには最初からうとまれていたから特におもうことないよ。・・・ただ。』ゆえに彼らはもう助からないことを理解している。「・・・・?。」『君のリーディング・シュタイナーは移動後の世界線を観測できる、今日までの記憶を保持できる。でも暁美ほむらは時間逆行、タイムリープこそ君より精度は高いけど彼女にはリーディング・シュタイナーはない。ゆえに世界線が移動すれば記憶はなくなる。そして君の持つ「未来ガジェット」のタイムリープマシンは記憶の逆行だけでなくリーディング・シュタイナーに蓄積されたこれまでの君の繰り返しの戦いがあった数多の世界線に引っ張られてしまうことが確認できているんだろ?逆行と共におこる世界線の移動、キョ―マ、それが何を意味するか誰よりも解っているはずだ。世界線の移動、再構築はこの世界線の暁美ほむらの繰り返しの時をすべてなかったことにする。』暁美ほむら、彼女はたった一人の少女を助けるためにこの世界線の歴史を何度も繰り返している。ただ一人で、過去を変え、望むべき未来のために、親友である少女との約束のため、何より自分の願いのために、たとえ今、この瞬間まで人生を歩んできた世界中で生きているすべての人を巻き添えにしても―――。それは独善で、それは決して許されない。彼女はそれを理解しているだろうか?いや、理解してなお彼女は繰り返すだろう。かつての自分のように。理解した時にくる、一人の女の子が背負うには大きすぎる罪悪感、自分以外は誰も知らない未来の記憶、それにともなう孤独、かつての自分のように、――否。かつて自分には仲間がいた。何度時間を逆行し、世界線を越えようとも自身の話に耳を傾け打開策を提示してくれた。いつもの妄言と貶すことなく、世界再構成によるこれまでの経験努力人生がリセットされると理解しながら、過去、未来を共に歩いてくれた。戦ってくれた。だから戦えた、だから立ち上がれた、諦めても誰も責めることはできないだろう、逃げても誰にも文句はいえないだろう、何度も死に掛け、何度も心が折れた、それでも戦えた。彼女達が支えてくれた。言葉で、行動で、想いで。何度も何度も――――だから、だから戦って戦って戦って戦い続けた。だから辿りつけた。辿りつけさせることができた。『シュタインズ・ゲート』に。だが暁美ほむらの場合は話を聞く限り最悪だった。時間を繰り返すほど元の仲間との齟齬が生まれ、話を信じてもらえず、尊敬する先輩、親友の少女から孤独を味わった。結果二人とも助けきれなかった。何度も繰り返した。真実を話し信じてくれた。結果、真実に耐えきれず仲間割れ、助けきれなかった。何度も繰り返した。この手で―――、助けきれなかった。何度も繰り返した。助けきれなかった。何度も繰り返した。『それでも暁美ほむらは君と出会い、皆とここまでたどり着いた。巴マミは脱落せず、美樹さやかは絶望せず、佐倉杏子が加わり、彼女がいうには過去最高の戦力に辿りついたらしいじゃないか。今回は駄目でも次は鹿目まどかを助けきれるかもしれないよ?何より彼女はタイムリープ後に君がいるから、「記憶を保持している君」が、もう一人じゃないという希望、いままでなしえなかった「――――わかっている」・・・・・・・』彼女の努力を、後悔を、孤独を、――そして希望を、俺は―――、無かったことにしようとしている。いや、無かったことにするのだ。彼女のこれまでを踏みにじっても、皆から恨まれようとも、俺は跳ぶ。この新しい世界線で出会ったラボメンのみんなを助けるために。『君がその決断をするということは、つまり世界線の収束かい?』「・・・・ああ、お前にはッ、・・話したな、そうだ、このままでは・・・だれも、・・生き残れない」そしてなによりタイムリープした暁美ほむらの世界線にはキョ―マ、「岡部倫太郎」は存在しない。できない。―――それは、それは本来ならありえない。だから跳ぶ。本来の因果ならいるはずの自分が、過去に確かに存在するはずの自分が、いなければタイムリープができない。ゆえに別の世界線の自分にタイムリープしなければならない。岡部倫太郎は同じ世界線に存在できない。――――暁美ほむらに話していない真実。知れば希望を抱いた彼女はもう―――。「だから、・・いく、 もう・・・、もたない・・みたいだ。」『・・・・わかったよ。キョ―マ、むこうの僕にもよろしくね』「もちろんだ。忘れるな・・・・・お前も、ラボメンなのだから。」もう動くことのない青年の前で、本来は人間のような感情を持たないキュウべえ、「インキュベーター」は、滅びゆく世界の空見上げ―――――。『さようなら、<オカリン>ボクの、ボク達の―――――――――