その後は大層大きな変動があった。
半信半疑ながら聖地へと向ったロマリア軍偵察部隊は無血で聖地周辺を奪還(?)した。
それはこれまでの聖地奪還の軍を上げてきたのが何だったんだ、と言いたくなるような呆気なさだったという。
首を傾げつつも、ヴィットーリオは自身の目的となるものを探したのだが……何もなかった。
これには大いに焦った。
(もしや、エルフが持ち去った物の中に!)
とも思ったが、エルフに喧嘩を売る理由がつけられない。
これまでは聖地奪還!という大義名分があった。だが、それでは何を持ってどこぞに去ったエルフを探し出して喧嘩を売らねばならないのか?
そもそも、エルフ達がどこに立ち去ったのかすら分からない。
『彼らがまた来襲した時に備え、彼らの居場所を掴んでおかねばならない』
そう説得し、ヴィットーリオはエルフがどこに消えたのかを探っていたが、その姿は全く発見する事は出来なかった。
……当然だろう。
まさか、【竜王】の力まで借りて、彼らが海を渡り、我々の世界でいう所のアフリカから北米へと移動したなどと想像出来るはずもない。
結果として、ロマリアの探索部隊は亜人だらけの聖地南部を多大な犠牲を払いながら進んでいく事になるのである。それが全くの徒労とも知る事なく……。
せめて、南部に今後入植予定があるのならば、まだ多少は意味があっただろう。
だが、そもそも現在のハルケギニアはまだまだ土地が余っており、ゲルマニアから東方に向えば、もっと楽に開拓出来る土地が幾らでもある。
わざわざ海獣の生息する危険な海を越え、巨大な砂漠を越え、更に南部へと移住する人間がいるはずもない。
後にこの探索で多大な犠牲を聖堂騎士団に出した事から、聖エイジス十三世の責任問題へと発展し、ヴィットーリオはその権力を大きく失う事になるのである。
また、聖地も維持が大変だった。
何しろ、それまでエルフの精霊魔法によって維持されていた土地だ。
だが、エルフ達がいなくなり、当然精霊達も自然と本来あるべき姿へと戻っていった。……さて、砂漠で本来あるべき姿とはどのようなものだろうか?
そう、砂漠そのものだ。
人が生きるには過酷すぎる土地であり、聖地に当初は奪還を祝うムードから記念となる大聖堂を!という掛け声がハルケギニア全土にかかったものの、それを成し遂げ、維持するにかかる経費を計算した時、ロマリアの、というよりブリミル教の財務担当者は卒倒したという。
……おまけに、なまじこれまで何千年に渡って奪還を叫び続け、多大な犠牲を払ってきた上、ブリミル教の名を冠している以上、「お金がかかるから、維持とか諦めて放置します」という事は許されなかった。それだけはさしもの権力争いと金稼ぎにうつつを抜かす枢機卿や大司教らも理解出来た。
ハルケギニア各地からの熱心な信徒からの寄付、これまで教会が溜め込んできた莫大な資産。それらを駆使して何とか大聖堂の建設にはそれからうん十年をかけて建設したものの、それだけでは終わらない。
その土地に滞在する高位の神官を誰を配置するかでまた一騒動。おまけに危険な亜人や魔物もいる為に、そこを護る為の軍隊の駐留とその維持経費に、周辺が砂漠だけに不足する食料と水……。
そして、彼らをして厄介者と言わしめたのが熱心な巡礼者だった。
何しろ、巡礼者が来るという事は、「大丈夫、駐留してますよ」と口先だけで述べておいて、大聖堂を建設しないとか、常駐する人間を置かないといった真似が出来ない上、彼らが来れば当然、極めて貴重な食料だの水だのを粗末なものではあっても提供せざるをえない。
貴重だからと高値で売りつけていたら、それこそ教会の面子に関わる。
たかが面子、されど面子。
結果として、その莫大な負荷故に、ブリミル教は大きく各国への、その影響力を落としてゆく事になる。
聖地奪還に成功した事が、皮肉にもブリミル教凋落の原因となったのである。
……そして、ヴィットーリオは次第に精神的に追い詰められていった。
多大な出費、多大な犠牲、ブリミル教内部から噴き上がってくる不満と反抗、見つからぬエルフ、次第に迫っている(と当人は思っている)ハルケギニア全土の大隆起。
特に最後はなまじ聖地を押さえただけに誰にも言えなかった。
これまでは「聖地を奪還すれば!」という分かりやすい掛け声があった。
今は、「エルフを探し出し、交渉せねばならないのです!」となる。
それでは民衆は受け入れてくれるはずがない。
だからこそ、ヴィットーリオはその全てを自身の内に抱え込み、ごく僅かな側近と憔悴しながら語るしかなかった……。
この時、【竜王】が既にその事は解決済みな事を彼に語らなかったのは別に意地悪ではない。
【竜王】は知らなかった。
もし、ヴィットーリオが【竜王】に協力を頼めば、砂漠の緑化はともかく大隆起に関しては教えていただろう。そうなれば、犠牲者を減らす事も、そちらにかける金を他へと回す事も出来たし、精神的にも随分と楽になっていだろう。
……だが、結果から言えば、ヴィットーリオは聞けなかった。
彼の立場というものもある。
如何に使い魔(表向きだけは)とはいえ、教皇という地位にある彼がわざわざ足を運ぶ事は出来ない。そもそも【竜王】に何とか出来る事とも思っていなかった。
彼の腹心たるヴィンダールブ、ジュリオが自らの力で【竜王】を手に入れようと密かに赴いた事もあったのだが、結果から言えば完璧に無視されて、肩を落として帰ってきたのも大きかった。
そうして、ヴィットーリオは最後は発狂、自殺する事になる。
表向きは「急病」により、本来ならば歴史に名を残したであろう教皇聖エイジス十三世はこうして、逆に歴史に汚点としての名を残し、世を去ったのであった。
そうした、面子や何やらで会いに行けなかった者がいる一方で、大国の王でありながら自らの足を運んだ者もいた。
「おお、お主が【竜王】か!お初にお目にかかる、私はガリア王国国王ジョゼフという」
アルビオンでの一大騒動が終わり、トリステインへと、学院へと戻ったルイズ達。
彼らの前に、ジョゼフが姿を現したのは、ようやく周囲が落ち着きを見せ始めた、そんな折だった