「くっくっくっく……」
どうしてこうなった?
【竜王】は何とも困惑しながら、不気味な笑い声を上げる眼前の人間に視線をやった。
笑っていれば魅力的な女性なのだろうが……今の姿を見れば百年の恋も冷めそうな恐ろしい姿だ。
そもそも【竜王】はこの地へと降り立つつもりはなかった。
降り立ったのはあくまで事故だ。
創造神ルドラサウムと名乗るでかい鯨のような相手を次元突破する際に間違えて轢いてしまったのがそもそもの始まりだった。
慌てて滅びかけた対象を――確かに相手も力は巨大だったが、現在の【竜王】相手では空母に挑むゾウリムシレベルだった――をとりあえず再生し、世界を管理する対象として構成し直した。
大丈夫かな、と余所見しつつ飛び去ったのだが、その結果、余所見運転事故の元という言葉通り、間違えて別世界へ転移する際に座標をミスして、人々が暮らす世界の真っ只中に出現してしまった。
……尚、再生された相手は【竜王】が『創造神なんだからこんな感じだろう』という概念が思い切り入り込んだ為に、実に慈愛と共に自らの創造した世界を見守る存在として再生しており、それまでの自らの作った世界で遊ぶという存在とは百八十度変わった存在として、創造した配下達にも大混乱を巻き起こすのだが、【竜王】は知る由もない。
さて、座標をミスったとはいえ、咄嗟に制御を行った事で周囲への被害を出す事なく無事学校の校庭へと着地を果たした。
突如として現れた巨大な竜に学校は一瞬静まり返った後、大騒動になった。
『いかんなー、とりあえず申し訳ないが記憶を弄って忘れてもらうべきか……?』
そう考えている時だった。
「おい、そこのドラゴン!私と戦え!!」
そんな声が響いたのは。
そちらに視線を向ければ黒髪の長髪の女性が一人。目を爛々と輝かせ、そこに立っていた。
その人としては大きな力を持つ相手の戦意に【竜王】が困惑する内に、彼女は突っ込んで来た……。
【SIDE:直江大和】
「あー、始めちゃったよ」
姉さんと呼ぶ(血の繋がりはない)川神百代の姿を彼は距離を置いて見ていた。
周囲には風間ファミリーと呼ぶ仲の良いグループの面々がおり、向こうではF組とは何かと対立する事の多いS組の面々が観戦している。相変らずというべきか九鬼英雄が高らかに双方の激戦ぶりを評価している。
「で、どうします?学園長」
大和は何時の間にか傍へとやって来た川神鉄心へと声をかけた。
「ふむ」
と長い顎鬚を撫でながらも、鉄心は止めにかかる様子はない。
その様子が大和には少々意外だった。
何しろ、姉は、川神百代は今でこそ眼前の爺様の言う事を聞いて抑えてはいるものの、かつてはかなりの乱暴者でもあった。
それ故に私心での戦いを禁じられているはずだ。
「止めないんですね?」
だから、思わず、といった感じで口からそんな感想が洩れた。
「うむ、相手の方が遥かに格上のようじゃしの……この際、思い切り発散させても良かろうて」
その言葉に、大和の傍にいて聞こえていた風間ファミリー。
川神百代の実力を熟知している風間翔一、川神一子や椎名京、クリスや黛由紀子、更にこのような時だからだろう、S組の方からクリスの傍に来ていたマルギッテまでが一斉に鉄心に視線を向けた。
「気付かぬか?普段の百代が本気を出して戦うならば周囲にも影響が出る」
言われて全員が気持ち良さそうに戦う百代へと視線を向けた。
「壊れて、ない?」
あれだけ百代が荒れ狂いながら、グラウンドは平穏を保ち、巨竜はその反撃の素振りを見せようとしない。
そう、まるで……。
「駄々をこねる赤ん坊をあやしておるようなものじゃ。……あれは人ではどうにもならぬ力の化身よ」
鉄心は伊達に川神院を統べていない、というべきか。
普段のエロジジイっぷりとは異なる武人としての姿を見せていた。
事実、彼の目から見ても、竜の底が見えなかった。
広大な海へと柄杓片手で汲み尽くさんと挑む、そんな感覚があった。
「……世の中、上には上がっていうより……あんなのいたんだな」
顔に縦線を走らせながら、大和がぼそり、と彼らの常識の外に、これまであんな生物がいるとは思っていなかった彼らは黙って頷いたのだった。
どうやら、どうやって変身してるのか分からないような変態ロボットなどが傍で暮らしていたりする彼らにとっても、眼前の光景はなかなか非常識な光景だったようだ。
結果から言えば、川神百代は負けた。
正確には相手にさえされなかった。
疲れ果て、それでも膝を屈しない彼女に穏やかな視線を向けたままだった【竜王】はやがて翼を広げ、再び空へと舞い上がり、やがてその姿は空中に波紋を描き、消えた。
その姿を見送り、獰猛な笑みを浮かべつつ、川神百代が宣言するかのように言った。
「見ていろ、何時か貴様に一撃を入れてやる……!」
いや、さすがに無理があるでしょ。
誰もが内心でそう突っ込んだが、さすがにそれを口にする度胸はなかったのだった。