「ふう……」
その日、地球の各国では政治家が、軍人が、財界人が……とにかく情報を手に入れる事の出来た全員が遠い目をして見詰めていた。
「……平和だな」
人それを現実逃避という。
何故、そんな事になったのか。
それは、オリジナルハイヴ陥落後の事だ。
【竜王】は次々とハイヴを襲撃、そこのBETA諸共壊滅させていった。
そこまでは彼らの常識の範囲内だった。
問題はそこからだ。
てっきり撃滅後は自然回復かと思いきや、そのまま【竜王】は飛び立った。
どこへ?と問われたなら……宇宙へ。そのまま月面のオリジナルへと降り立った事を最初に告げられた時、米国大統領は苦い顔でこう言った。
「君、エイプリルフールはとうに過ぎたぞ」
そして、真実と判明した時点で、相手が生物だとか何だとか言う思考を放棄した。
他の国も似たり寄ったりだった。
そんな中、少々毛色の違う会話が行われている所があった。
横浜である。
国連軍横浜基地、本来AL4の拠点であったこの基地はその役割を大幅に変えていた。
AL4に求められるものがBETAの撃滅から、【竜王】とのコンタクト、その維持に変わったのだ。
この過程でソ連からスカーレットツイン他生き残っていたAL3の残滓となる者達が引き抜かれた。
もちろん、ソ連は抵抗しようとしたが、それを画策したソ連の政治家らは即効でそれを撤回した。
理由は単純、霞と交信した【竜王】がソ連があれこれと理由をつけて断っているという話を聞くなり、アラスカに飛来。スカーレットツインの二人の駐留する基地へと飛来した後、あれこれ理由をつけていた連中、その中には政治家も高級軍人もいたし、その手先となっていた政治将校まで全員が吹雪吹き荒れるアラスカの基地の真っ只中に引きずり出されたのである。
【竜王】のまん前に。
その上で、イーニァが【竜王】の方を向いていた後、こう伝えたのである。
「AL4に連れて行っていいか、って言ってますけど……」
全員が即効で頷いた、訳ではない。
「馬鹿な!貴様らは我がソ連の道具なのだぞ!!」
一人の軍人が叫んだ。
だが、その彼にクリスカが思わず激昂する前に……急に両腕を抱え込み、震え出した。
慌てて、【竜王】を見上げて何か言う前に、彼は白く凍りつき、そのまま倒れて砕け散った。
周囲がシンと静まり返った。
「えと……今、何か言ったか?って……」
「「「「「いいえ、何も言っておりません!」」」」」
彼らは全員命あっての物種だという事はよく理解していた。
そして、目の前の相手がBETAのレーザーを弾き返し、アメリカの秘密兵器であるG弾さえ無効化してしまった相手だと改めて理解した。そして、そんな相手に攻撃を命じたとして、自分が死ぬだけな事もはっきりと理解していた。
まあ、【竜王】がちょっとイラついたのは、道具扱いしたから、なのだが……。
結局その後、AL3の生き残りも全て引き渡す事を約束させられて、彼らは解放されたのだが……。
当り前だが、既に逆らった場合どうなるかを存分に目の前で理解させられた彼らは、即効で厄介払いとばかりに全員を横浜に送りつけた。
さて、香月夕呼は必要なら幾らでも無情に、犠牲を容認する。
だが、必要がないならば甘くもなれる女性である。
そして、今回は非情になる必要が全くなかった。
というより、ある意味やさぐれていた。
「まあ、来てもらってなんだけど実は特にしてもらわないといけない事ってないのよ」
はあ、と香月夕呼はAL3の中でも特に高い能力を持つとされた霞、そしてイーニァ(+心配してついてきたクリスカ)を前に言った。
その言葉にクリスカは拍子抜けしたような顔になる。
「ああ、いいのか?って思うんでしょ?いいのよ、貴方、あの【竜王】だっけ?あいつとお話出来るんでしょ?」
こっくりとイーニァが頷く。
それを確認して、香月夕呼は溜息をついた。
「だから、何もいらないの。これで【竜王】が何かしら人類に要求をつきつけてくる、ってのならこっちも仕事があるんだけど……」
ふるふると頭を横に振る霞に分かっている、と苦笑気味の笑顔を向けた。
そう、既に分かっていた。
あの【竜王】が人の欲なぞとはかけ離れた、いや、そもそも霊的な階梯を昇った存在であると夕呼は仮定していた。従って、現在の彼女は霞の協力を得て、新たな研究、そう高次霊的存在についての研究に熱意を上げていたのである。
霞は助手役を十分に務めてくれている。
一方、イーニァらは戦術機乗りとしては優秀だが、研究員としては素人もいい所だ。
従って、夕呼としては彼女らに求める事は一つだけ、それは【竜王】との通訳だけだった。
「で、貴方がそれをやってくれる限り、こっちは貴方達には自由にしてもらっていいわ。……ああ、そうそう、ついでにお願いしたいんだけど……」
前者に関してはイーニァとしても異論はない。
夕呼の追加に関しても、霞は、時折夕呼が強制的に休みを取らせないと、ついつい夢中になってお休みをギリギリまで取らない部分がある。それに、これまでその立場上、そして基地という場所柄、同年代の友人と呼べる関係のある者がいなかった。
だから、霞の友達となってやって欲しい、根を詰めすぎないよう少し注意を向けてやってもらえないか、というものであり、そういう事なら、と二人もまた頷いた。
ある意味クリスカがいたのは、この組み合わせでは幸運だったと言えよう。
何しろ、霞とイーニァ、この二人じっと見つめあったまま、動かなくなってしまう事がしばしばだったからだ。お互い無口な面がある上、リーディング能力で伝えたい事が伝えられる為にこうなってしまう訳だ。
そんな事が起きている頃、月ではハイヴが壊滅していた。
そのまま火星へ向けて飛び立った、しかも所謂ワープ航法まで用いていると知らされた時、人類がこれまで考えてきた神の概念に近い存在と解釈していた夕呼はともかく、他の連中は一斉に今後必ず相手しなければならない理解不能な超越存在相手にする事を考え、引退を真剣に考えたそうである。