人類は大混乱に陥っていた。
AL5陣営の暴走によって、この世界では横浜ハイブではなく鉄源ハイブ跡地にいる【竜王】に対してG弾が投下された。
それだけでも大問題だというのに、それがあっさり無効化されただけではなく、G弾はその全てが壊滅。
暴走した面々はこの世から消滅したが、逆に言えば、本来、責任を取るべき連中が軒並み消えたという事と同義でもある。
そこで当然生贄となるべき人間が求められた訳だが……。
元々、大統領は穏健派だった。
AL4が確実ではない以上、失敗した時の予備を考慮するのは当然だ。
だが、このような暴走は望んではいなかった。
もっとも、更に酷い結果を生む事になるとはさすがに予想していなかったのだが……。
とにかく、米国国内では頭を抱える人間が続出した。
多額の金をつぎ込んだG弾は『役立たず』の烙印を押された。
無効化したのはBETAではなく、【竜王】なのだが、生憎初投下でいきなり無効化された、では良い評価など得られるはずもない。おまけに穏健派は自分達まで巻き込まれては敵わぬと強硬派の責任を追求してくるし、強硬派は先だっての恐怖から瓦解が加速度的に進んでいく。
「……では彼も?」
米国国務長官が呻き声を洩らし、頭痛をこらえるように額を抑えた。
大統領も無言のまま、こめかみを揉み解している。
先だっての暴走で、米国は一気に窮地に陥った。
幸い、米国の力故に国家の存続どうこうのレベルには至っていないが、それでも誰かが責任を取らねばならない、のだが……今回の件を企んだCIA長官は綺麗さっぱりこの世から原子レベルで退場した。
他の者も今回の一件に直接手を貸した連中は軒並み消滅。
おまけに、それなりの影響力を持つ人間に責任を押し付けようと思ったら、ある議員は恐怖の余り白髪になってぶつぶつと壁に向って呟いていた。この為、息子が父の引退を宣言した。
ある財界人は全ての職を後継者に譲ると、その足で教会の扉を叩いた。今では一介の修道士としてひたすら神に祈りを捧げる日々だという。
「とにかくだ!だからといって関係ない者を犠牲にする訳にもいかん」
ただでさえ、今回の暴走の結果喰らった反撃のせいで、米国は少なからぬダメージを受けているのだ。
米国としてはこれ以上の国内分裂の種は避けたい。幸い、【竜王】の反撃のお陰でAL5派が一気に沈静化した事でもあるし。
この場で同盟各国への働きかけ、裏でのAL5強硬派のリアルな現状を渡す事などが決められた。
史実と異なり、この世界では日本帝国との関係も悪化していない。
彩峰中将は降格こそ受けたものの存命だし、米国も大きな損害は出ていないの。ましてや命令無視というなら先だって国連の決定に反して米国内部の……軍が暴走したという情報が流れている。そんな中で他国の大して被害もなかった事に文句を言える者はいまい。
また、BETAによる日本本土侵攻がなかった為に、日米安保は現在も健在だ。
これにオーストラリア辺りも引き込めれば、現在の世界第一位から第三位までの経済・技術力を持つ国々が裏での合意に至る訳で、そうなれば米国の支援を求めているソ連、国土を未だ失ったままの中華は口では文句を言っても裏では合意を探るだろう。
(この世界では佐渡島以降のハイヴ、特にH23オリョミンスクからH26エヴェンスクまでのシベリア方面のハイヴが成立していない為にまだソ連は大陸から叩き出されていません)
「むしろ、問題は今後だ」
現在、既に複数のハイブが攻略されており、H12リヨンハイヴ、H09アンバールハイヴ、H17マンダレーハイヴなど人類との戦闘の接点となる部分が真っ先に落とされている。
そして、遂に先日にはH01オリジナルハイヴへと【竜王】は向った。現在、軌道衛星上からこの状況を知る者は固唾を呑んで見詰めている状態だ。
「……オリジナルハイヴでの結果次第だが、それ次第では今後はハイヴは減っていく一方、という可能性もある。そうなれば当然だが……」
今後、ソ連や統一中華などは国力の回復を目指して蠢動するだろう。
鉱物資源は相当削られているだろうが、反面地表部分を削られた事で採掘しやすくなった所もあるはずだ。
加えて、【竜王】が自然を回復してくれるとなれば、どうなるか……。
「これからは複数の要因が関わってくる。月からの侵攻を食い止めるのは今後も続行せねばならんが、同時に日本帝国、統一中華、ソ連に対する工作も行わねばならん」
日本に関しては反米に陥らないよう、親米派を支援していく必要があるだろう。
国粋派と呼ばれる人間達の為に、米国が敵視されて下手な混乱を招かれては面倒だ。
統一中華はこちらは早くも分裂の兆しを見せている。
元々、大陸から叩き出された国民党と、大陸を支配していた共産党という不倶戴天の敵同士がBETAという共通の恐怖がいた為に呉越同舟で同盟を組んでいたのだ。共通の敵が崩れだすと共に、関係もまた崩壊を始めたのは当然だろう。
こちらは共産中国には既にソ連との関係が深まっているようだから、台湾に支援を行ってゆく。
最善は中華の国土の分裂と、双方のにらみ合いによる消耗だ。
ソ連も同じく、これから国内の民族紛争を煽ってやれば十分だろう。
幸いというべきか。
G元素が陥落したハイヴからは綺麗に消えうせている。
環境再生に用いられたのではないか、とか色々言われてはいるが、G元素が消えたとなればハイヴ攻略によって統一中華らがG元素を大量に押えるといった事は心配しなくても良い。
だが、それは同時に新たなG弾の作成が不可能という事でもあった。
「とはいえ、さすがに【ドラゴン】も月や火星まではどうにもなるまい……我が国が主導権を握る為にもここを乗り切る事が必要だ」
その為にはAL5という残骸を利用し尽す。
それしかないだろう。
【SIDE:竜王】
ここはオリジナルハイヴ最下層。
眼前には触手つきのち○こ。
……なんぞ、これ。
どうにも、こいつが現在のBETAって種の中でも、この星の侵略責任者って立場、かと思っていたが、どうも違うようだな……。
正確には採掘・加工責任者?
人にとって、BETAとは異星起源の侵略者だ。
だが、BETAには人類をこの星発祥の生命体という概念自体がない。
うん、俺の足の下でじたばた暴れてるが、動けるもんなら動いてみやがれ。
体格ではこいつの方が上かもしれないが、正直、こいつは確かに戦闘を目的としたユニットじゃない。
さて、珪素生物がどうもこいつらの親玉らしいのだが……炭素生命体を認識出来てない、というのが一番なんだろうなあ……。
珪素生命に関してだが、一般によく言われているのが「原子量がかなり大きくなるから反応速度が格段に遅くなるのではないか」「だから、人間が見ても生命活動をしている事に気がつかないのではないか」そんな推測がなされてきた。けれど、それは珪素生命にとってもまた然りな訳で……・
(タイムスパンが違いすぎるせいで、珪素生命にとっては逆に、炭素生命の活動が早すぎて認識出来てないのかもしれないな……)
うーむ、しかし、そうなるとこいつらの説得は難しいな。
一応説得はしたんだ。
何故か意志通じたけどさ。そうしたら、「人類が自然発生した生命体である根拠を求む」というので、星の歴史そのものを叩き込んでやったんだが……。
今度は「生命誕生の源となったアミノ酸類の地球外からの飛来が、人為的なものではない証明をせよ」ときたもんだ……確かに人類というか地球の生物の源となった成分は隕石によって地球外から飛来したとは言われる訳だが……。
ああ、今もこの大広間にはBETAが流入してきているし、あ号標的は触手を振るって来てる。
まあ、全部【反射】してるけどな。……便利だねえ【反射】。あの世界で学習して正解だったわ。
もうちょっとやってみるか。
「その前にこちらは一つ質問に答えた。こちらからの質問にも答えろ」
『……何か』
「お前達BETAの創造主たる珪素生物が自然発生した生命である証明をせよ」
『我はそれを知っている。それでは不足か』
「不足。それならば俺が炭素生物が自然発生した生物であると知っている時点で、お前の問いへの解答は成立する」
『…………………………』
その後、こいつは沈黙した。
何かの証明、というのは難しい。
そう、『炭素生物が自然発生した生命である事の証明』と『珪素生物が自然発生した生命である事の証明』とは鏡の表と裏。どちらかを証明すれば、その反対もまた然り。
どちらかを理解出来ないという事はその反対もまた理解出来ない。
こいつにとっては矛盾に苛まれているんだろう。
炭素生物は自然発生したものではない、という概念と、では珪素生物が自然発生した生物であるとの証明はどのように行えば良いのか……おお、月や火星へと問い合わせしている。
けど、そっちも沈黙しているな……。
……おや?
「……自閉しちまったか」
コンピュータが終わりのない無限ループに入り込んだようなもの、かな?
証明不可能な状況に陥った結果、こいつは自ら閉じた輪に入り込んでしまった。
……うーむ、なまじ真面目というか真剣に考えないといけない状況に陥ったお陰で、こうなるとは……しかし、何で他の奴らは出来なかったんだ?
【竜王】は知る由もないが、原作でそれが出来なかったのは、そもそも、あ号標的が武を自然発生の生命として認めていなかったからだ。
純夏を珪素による擬似生命と認めたが故に交渉に応じはしたものの、基本相手は災害の一種と看做していた。
だが、【竜王】は違う。
あ号標的からすれば、眼前の【竜王】は解析不能な存在だった。
炭素生命ではない。だが、珪素生命でもない。
だからこそ、あ号標的は【竜王】を第三種の何かと判断し、当初は排除を試みたが、それに失敗。交渉にも応じたのだが、その結果投げかけれたのは自らの根本に由来するものだった。
「……まあ、トップが自壊するならいいけどさ」
とりあえず、珪素生命って奴と話しないと駄目だろうなあ。
【竜王】はまともな思考能力がない故に今も流れ込んでくる他のBETAを完全無視すると、反応炉に向け、手加減を加えた一撃を与える。
それで反応炉は消し飛んだ。
一斉に方向を変え、撤退してゆくBETAの後を追うように、【竜王】もまたオリジナルハイヴから出てゆくのだった。