1998年、朝鮮半島。
そこで一大作戦が展開していた。
光州作戦。
国連軍と大東亜連合軍による朝鮮半島撤退支援を目的とした作戦である。……そう、もう各国は朝鮮半島の陥落を確定したものと看做していた。
だが、そこにはまだ大勢の民間人が残っていた。
それを退避させる時間を稼ぐ、それが光州作戦の概要である。
その作戦は当初は順調に進んでいたが、混乱が発生していた。
現地住民の中には脱出を拒む者もいた。
これはある意味仕方ない面もある。元々朝鮮の人間は故郷への良い言い方なら想い、悪い言い方なら執着が強い。ましてや、この後待っているのは難民キャンプでの生活だ。
BETAとの戦闘、その最初期ならば難民キャンプといえど、米国を初めとする各国のそれは高い質を誇っていた。当時はまだ、人々は「しばらくは大変でも何年かすれば終わる」そう考えていたからだ。
だが、時が経つにつれ、BETAの脅威は増し、難民は増えた。
次第に各国にも余裕がなくなり、難民を養う為に税金が増え、治安も悪化した。次第に難民を厄介者として見る向きが強まり、難民キャンプの内容も悪化していった。
邪魔者、厄介者という視線を向けられ、食べる物にも困る生活を送らねばならないぐらいならいっそ、というのは特に年配者に多かった。
もっとも、それらを見捨てる、というのは大東亜連合軍にはなかったのである。
ただでさえ、今回の一件で朝鮮は国土を喪失する。
国土という分かりやすい概念を失った民の離散を食い止める為にも、「私達は貴方達を見捨てません」という姿勢を示す事は最重要の課題であり、だからこそ、彼らは予想以上に時間のかかる脱出の支援を日本帝国派遣軍司令官彩峰中将に頼んだ。
彩峰中将自身も悩んだ。
指揮権を持つ国連軍(米軍)からは日本帝国軍を別の戦線へと派遣する命令が来ていたからだ。
だが、同時に民間人を守る、という軍人として、人としてあるべき道というだけでなく、大東亜連合軍との関係維持という重要な問題もこの一件は含んでいた。
ただでさえ、米国の影響力は強大化していた。大陸にあったソ連や中国といった国家が国土を喪失した上に欧州各国も衰退していたのだから、安全圏にある世界の工場として絶大な発言力を握っていた。まあ、米国は米国で、こんだけ莫大な支援をしているんだから、とんでもない額の金を使ってるんだからこっちの意見もとしてくれ、というのは当然だっただろうが……。
とにかく、日本帝国としては大東亜連合と連携する事で、発言力の確保が重要視されていた。また、それだけでなく、今後最前線となる国としては共に肩を並べて戦う事になる近隣諸国との関係悪化を避けたいという切実な思いもあった。
最終的に、彩峰中将は大東亜連合からの要請を受けた。
国連軍総司令部は怒ったが、それでもまだ腹を立てるぐらいで済んでいたのだ。この時までは。
「BETAの侵攻が……」
最初の報告は新たなBETAの出現だった。
しかも、それがこれまで圧力の少なかった総司令部に向っているというものだった。
急遽部隊が派遣されたものの、本来はこちらを担当するはずであった日本帝国軍がいない為に撤退も時間たが足りない。
史実では更に地中侵攻も重なった結果、国連軍司令部が陥落。指揮系統の大混乱を誘発し国連軍は多くの損害を被る事になる、はずだった。
その瞬間までは。
「!?前線より緊急報告!」
「何だ!」
大混乱の只中にある中、参謀の一人が苛立ったように通信兵を怒鳴りつけた。
だが、その報告は朗報であった。
BETAの侵攻が停止した、というのである。
……正体不明の【竜】の出現によって。
「……新種のBETAか?」
竜、などと言われて一瞬何を寝惚けた事をと思った参謀だったが、すぐに新種のBETAかと考えた。BETAが出現するまでは異星起源の存在など笑い話だと思われていた。それを考えれば、竜みたいな何かがいてもおかしくはない。
だが、前線からの報告は更に混迷を深めるものだった。
『仮称【ドラゴン】とBETAが戦闘中』
それが前線からの報告であった。
BETAの特性として、絶対に同士討ちをしない、というものがある。特にレーザー級はその認識が強く、彼らが攻撃を行う際は視界が開くのがレーザー級の射界に入った事の合図となる程だ。
ところが、その【ドラゴン】は空を舞い、レーザー級の攻撃に晒されながら、それを物ともせず君臨し続けている、どころかそちらもそちらでレーザー+αを撃ち放ち、BETAと激戦を繰り広げている、という。いや、激戦というのは御幣がある。何しろ、一方的に駆逐されているからだ。それが激戦に見えているのは、BETAが万単位に対して、ドラゴンが一匹だからに過ぎない。
それでも、熱した鉄板にバターを押し付けるが如き有様は圧倒的というのも愚かしい光景だった。
「……この際、相手が悪魔でも何でも良い」
参謀から連絡を受けた総司令は即座に決断した。
相手が何物だろうが、とにかくBETAと戦闘中で、BETAの侵攻は停止している。
先程、地中侵攻も確認された。すなわち、地中から吹き上がる形でドラゴンの真下から襲い掛かったのだが、そこへ待ち構えていたかのように黒い流れが叩きつけられ、瞬時に大損害を被ったという。
それなら正体が何だろうが、それは後回しで結構。
事が終わってから、それは考えればいい。
「ただちに前線の戦術機甲部隊を後退させろ!総司令部の撤収を急げ!」
最終的にこの正体不明の【ドラゴン】にBETAは他の戦線まで引き寄せられた。
このBETAの行動の結果として、総司令部も無事撤退に成功し、光州作戦は大成功に終わった。
が、これだけで終わらないのが世の常だ。
如何に成功に終わったとはいえ、日本帝国の派遣軍が総司令部の命令を無視した、という事実に変わりはなく、軍が命令違反を許容しては組織として成立しない。
独断専行は軍としてはむしろ近代的な軍隊では当然とはいえ、正式な命令が出ているのにそれを無視した、という場合は独断の域を超え、立派な犯罪なのだ。
だが、幸いだったのは被害が軽微であった事だろう。
あくまで命令違反に対する処罰が求められたものであり、日本帝国においても彩峰中将自身が部下にも「これで処罰がなければ、軍が軍として成り立たぬ」と訴えがなければ、自ら出頭する事を決めていた事もあり、軍事法廷の開廷自体はすんなりと進んだ。
米国からは裏でAL5の為の生贄として過剰な要求を行おうという動きもあったのだが、米国にも真っ当な頭は大勢いる。損害が殆ど出ていない事もあり、過剰な要求は諸外国から信頼を失うだけで、しかも効果は薄いと看做し、AL5陣形からもストップがかかった。
大東亜連合からの感謝と共に届けられた嘆願書もあり、最終的に彩峰中将に課せられたのは……。
【一階級の降格:中将→少将】
また、俸給の一年の返上、というものであった。
無論、それでも不満を述べる者がいたのは事実であったが、彩峰愁閣の存命は大きかった。
部下らも閣下が受け入れているなら、と渋々ながら受け入れ、史実では悲劇と称され、後に多大な影響を与える事になった事件はごく穏やかな、誰もが受け入れられる形で終わったのである。
米国の国連軍総司令も腹は立ったものの、彩峰少将からの正式な謝罪、降格などの処罰、更に被害が殆どなかった事などから文句は言ったものの、それを受け入れた。
さて、そうなると残ったのは一つ。
コードネーム【ドラゴン】が何物か、だ。
戦術機のログに残されたデータから映し出されたその姿に誰もが絶句した。
全長50mを越す巨竜。
要塞級に匹敵する巨体と、その攻撃を物ともしない防御力、要塞級を伝って群がった戦車級や果ては重レーザー級の攻撃すら完全に無視し、その全身からレーザーと思われるものだけでなく、正体不明の攻撃すら放つのに加え、その飛行能力が全く不明だった。
翼はあるが、全く動かさずとも空に浮き、ゼロ速度からいきなり急発進。ある時はソニックウェーブを発生させてなぎ払い、ある時は全くそれを発生させず低空を通り過ぎる。
最低でも慣性制御・重力制御に加え、何らかの大気制御まで行っているのは確実であった。
この後、AL計画の一環、AL6として【ドラゴン】との接触、可能ならばその分析、せめて協力態勢の構築が新たに承認される事となる。