「う~ん」
フェイトが悩んでいるのを見て、高町なのはも首を傾げる。
もう一人の友人である八神はやては理解しているのか、苦笑を浮かべている。
この辺は双方の立場の違いだろう。
なのはは航空戦技教導官。
はやては現在は特別捜査官。
かつては同じ小学生であり、中学生だった三人だが、管理局が職場である以上はプライベート時は今でもこうして普通に笑いあい、話をする仲の良い友人同士でも、職務上知りえる内容にはどうしても差が出る。
最も、なのはの場合、その職務上顔が物凄く広いので、その気になれば幾らでも情報を入手可能だろうが、そこ等へんは真面目ななのはの事。情報漏洩をお願いする訳にもいかないと、疑問に思いつつも、ここ数日放置していたらしいのだが……はやてに相談してきた所を見ると、やはり気になって仕方ないらしい。
「フェイトちゃん、なのはちゃんにもきちんと話してあげた方がええと思うよ」
苦笑して、悩む友人に言う。
「……いいのかな」
一応機密に属する内容だ。
幾ら友人でも、仕事となれば語っても良い事と悪い事がある。
しかし。
「大丈夫や。『庭園』の事やろ?それやったら、航空教導隊所属なら大丈夫だろう、って事で許可うちがもろうてきたよ」
その言葉にほっとした顔になった。
はやてちゃん何時の間に……と、なのはが呟いていたが、なのはから相談を受けた時点で特別捜査官には全員に密かに出回っていた内容の事だろうと察して、申請を出していたのだった。
幸い、航空戦技教導隊は本局のエリートだ。しかも、なのはは有名人。割とあっさりと許可が出た。
これが地上局に所属しているシグナムだったら、幾ら自身の守護騎士であっても許可が出たかは怪しい。
「そっか……なら大丈夫だね」
少なくとも、悩んでいる時に誰か親しい人。
職場の同僚とはまた異なるプライベートで相談出来る相手がいるというのは矢張りありがたい。
「『庭園』?ひょっとしてそれって新たに設けられたっていう管理不可世界の事?」
とはいえ、なのはも丸っきり知らなかった訳ではなかったようだ。
どうしても内部の事、情報統制も甘くなるというか、人の口に戸は立てられないというか……情報とはどこかから洩れるものだ。
「そう、正式名称は第01管理不可世界『竜王の庭園』。……オーバーS級生体ロストロギア【竜王】の支配する世界、そして多数の犯罪者が逃亡している世界でもあるんだよ」
「犯罪者って!」
なのはが思わず驚いた声を上げる。
そんな、なのはを宥めるようにはやても口を開く。
「仕方ないんや。聞いた話やと、【竜王】はあの場所で新たに罪を犯さない限りは手出し許さん、ちゅう事らしいんや」
「うん、管理局も何とかしたかったらしいんだけど、結局、あの世界を牢獄扱いにする事になったんだ」
「なにそれ!」
フェイトもはやても、なのはに管理局艦隊が二度に渡って完敗したという情報は隠していた。
この友人は結構激情家なのだ。
まあ、幸いというべきか、なのはも管理局が正式に決めたとなれば、諦めざるをえない。渋々ながら納得したが、フェイトもはやても無理はない、と思っていた。何しろ、フェイトが悩んでいる理由も、果たしてこのままでいいのか、という悩みだったからだ。
最終的に正式な調印が行われる事になった時、彼女らもそれに加わる事となる。
フェイトはこの地の調査から最初に戻って来た執務官として。
はやては特別捜査官として、逮捕はせずとも現状、この地にいる犯罪者のリスト作成の為に。
そして、なのはは募集された儀仗役の一人、管理局が傘下の精鋭部隊から万が一の時の護衛として加わる者を求めた際に手を挙げた事で加わっていた。
「……なんでこうなるの?」
そんな、なのはは困惑していた。
その腕の間には一人の少女がきょとんとした様子で見上げていた。
式そのものはすぐに終結した。
【竜王】自身は大してこうした式典に興味はない。管理局が騙そうとしない限りは、手出しする気はなかった。
そして、管理局としても下手に我を通そうとしても誰も幸せになれない事ぐらいは理解していた。
何しろ、既に判明しているだけで闇の書をあっさり消滅させている。最低でもそれ以上のロストロギアを持ち出さねばお話にすらならない事ぐらいは誰でもわかるし、そんなもの持ち出せば下手したら【竜王】との激突で次元世界崩壊の危機だ。
(それぐらいならお互い見なかった事にする。その方が全員幸せになれる)
そう、出てこなければ問題はない。
時折、交易船が出ているようだが、そちらの船は犯罪を犯していない移民の動かす船だ。護衛にちょっと見慣れた船がついてくる事があるけれど、きっと大丈夫だ。
実際、リストを作るのも「この人達は実質もう犯罪リストに載せておく意味のない人達」という意味での作成の為だったりする。
さて、そんな中、それでもどうしても護衛の管理局員としては厳しい視線が向かざるをえない。
なのはもそんな一人だったが、ふと視線を感じて周囲を見て、それから下からその視線が来ているのに気がついた。
一人のオッドアイの少女がじっと自分を見上げて立っていたからだ。
「どうしたの?迷子?」
なのはとしても、子供を怖がらせる趣味はない。
腰を下ろして視線を合わせて、優しく声をかける。
「名前は?お父さんの名前とか分かるかな?あ、私はなのは、高町なのは、って言うんだよ?」
「……ヴィヴィオ。ヴィヴィオだよ、なのはママ」
さすがにママと呼ばれた事に内心ショックを受けるが、顔には出さない。
まだ私二十歳にもなってないのに……とか、ユーノ君との仲全然進展しないし……とか色々と思う事はあるのだが、その辺は心の奥底にしまっておく。
「おや、その子が懐くとは珍しいね」
そこへ一人の青年、といっていいぐらいの年齢の男性がやって来た。
その男の顔を見ると、ぎゅっとヴィヴィオはなのはの服をより強く握り締める。
そして、その男の顔をなのははよく知っていた。
「……ジェイル・スカリエッティ」
頷いたスカリエッティはしばし、二人の様子を見ていたが、すぐに手をポンと打って言った。
「ちょうどいい。その子の親になってくれないかね?」
「はい?」
その後スカリエッティと睨み合っているなのはに気付いて駆け寄ってきたフェイトがしばらくヴィヴィオを引き受ける形で、なのはがしばらく話を聞いてみれば、元々はヴィヴィオは某所からの依頼で生み出した聖王のクローンなのだという。
某所とはどこか、と思ったが、スカリエッティはいともあっさりと答えた。すなわち「最高評議会」であると……しかも、その目的が古代ベルカの戦艦である聖王のゆりかご起動の為と聞いては何も言えなかった。
更にスカリエッティは「そもそも私自身が彼らに生み出されたからね」と笑いながら語っていた。
「覚えておきたまえ。君が知る以上に管理局の闇は深いのだよ。……なまじ、当人達は平和の為と信じているから始末に終えんのだがね」
その言葉に、なのはとしては項垂れるしかない。
さて、とそんななのはに構わず、スカリエッティは軽い口調で告げた。
そんな理由で生み出されたあの子だが、とりあえずこの地に来て、彼らからは自分も解放された。そして、自分のこれまでの成果は成功したものは全部破棄したように見せかけたと告げた。
「まあ、これが道具ならそのままゴミにすれば良いのだが、生きているとなると【竜王】が煩くてね?それであの子も目覚めさせたはいいのだが、何しろここは閉じた地となる。ああ、我々は別に良いのだよ(抜け道なぞ幾らでもあるしね)。だが、その子はそうはいかないだろう?」
今回、【竜王】がやむをえない状況で引き取った子供達の内、管理局のスカウトに応じる事を決めた者や、外に興味のある子供で保護責任者としての引き受け手がいる者などが幾人か外に出る事になっていた。まあ、【竜王】によって、良い面しか出していない事を指摘されたり、こき使おうといった裏面が即座にばれて仕置きされていた者もいたのは事実だが、原作のフェイトのような真っ当な者とて多数いたのだ。
むしろ、間違った情報を提供する者より、管理局の正義に凝り固まりすぎているが故に、子供達を歪めてしまうと却下された者の方がが多かったぐらいだ。
「だからまあ、今回の子供達に紛れれば、まだ普通に出られると思うのだよ。子供達はまず一定年齢までは普通の学校に通う事を基本とされているらしいしね」
ただ、生まれが生まれだったからか、周囲が知った顔ばかりだ。
既に目覚めた時には起動キーとしての使用は予定されていなかった為に、普通に接していたのだが……如何せん、スカリエッティやウーノ、クァットロやトーレといった面々の普通だ。
幸いと呼ぶべきか、最近帰って来たドゥーエ、最近目覚めたチンク辺りはまだ子供にも人当たりが良かったのだが……どちらにせよ、すっかり人見知りになってしまったらしい。
「なので、なついてくれる相手自体が殆どいなくてね?君が初めてなのだよ」
「まあ、そういう事であれば……」
なのはとしても、普通の日常を送らせてやって欲しい、という事であれば否やはない。
フェイトも原作のエリオではなかったが、一人の子供を引き受けていた。
結果的には、なのははある意味毒気を抜かれた気分でミッドチルダへと帰還する事になるのである。
【別世界の『庭園』】
「……今日も目撃情報はなし、と」
『庭園』に潜り込んでいる監視員の一人は欠伸をしながら外へ出た。
【竜王】の生存は基本は大竜王祭で行われるが、一応普段もこうして配備はされている。
実際には、ただ【竜王】を目撃したかどうかを送るだけでお金なりがもらえるので引き受けている、というだけの普段は別の仕事をしている男な訳だが。
【竜王】は毎日目撃するような相手ではない。何しろ衛星が使えないので確認する方法が人の目による視認しかなく、竜種が多数生息する為に人が暮らすなど不可能な地域もある。そんな所で目撃情報がぷっつり途絶えたなど日常茶飯事なのは各国も理解している。だから専門のエキスパートを派遣したりしない訳だが。
が、外に出た男はふっと気がついた。
「おお、【竜王】様が……」
悠然と舞うその姿を出た所で彼は目撃したのだった。
「何か今日はいい事がありそうだ」
笑顔になった彼は、戻ると先程送った情報に追加して、姿を目撃した事を送るのだった。
………あれ?俺今回、台詞なし?