G級ハンター。
そう呼ばれる人外がいる。
エナはその一人だ。
見た目は小娘であろうが、その腕力は大剣という大型武器を扱うだけあって、G級ハンターの中でも群を抜く。
かつての彼女の愛剣は先祖伝来のブリュンヒルデであったが、これは先だっての討伐の際に永遠に失われてしまった。それは仕方のない事だ、と彼女も諦めている。
如何に強力な武器であっても、G級ハンターの相手は竜種だ。
強化してあろうが何だろうが同じ竜の素材を用いている以上、そして補修にも素材がそうそう手に入らない為に限界がある以上、何時かは寿命を迎えるだろう、そう思っていた。ただ、それがあの時だっただけの事。
それに、新しい武器を手に入れる事が出来たのだ。
【大蛇の大鉈】
そう呼称されるそれに文句はない。
まあ、防具は自分で討伐した、という愛着があるのでリオソウルのままだが……。
今回、彼女が来たのは【掃除】の為だ。
といっても、別に竜を【掃除】、すなわち討伐する訳ではない。
昨今、余りの異質ぶりに【竜王】と密かに呼ばれつつある、強大なリオレウス。彼の食事場所には多数の竜の鱗や殻が転がっており、その中には滅多に手に入らないような凶悪な竜種のものまで混じっている。
例えば中身を食われたグラビモス。
例えば綺麗に蟹の如く食われたティガレックス。
例えば仕留めて食ったはいいが、余り気に入らなかったらしく丸々残ってるゲリョス。
他にもダイミョウ、ショウグンなどの素材が当り前のように転がっている。
正に宝の山だ。
実際、回収部隊は涎を垂らしそうな顔で嬉々として回収していた。
エナは護衛としているにはいるのだが……まあ、まず襲われる事などあるまい。
何しろ、少し離れた所に下手に荒らされないように、とかまあ色々理由はあるのだろうが、【竜王】が寝そべっているからだ。
事実、ランポス達でさえ、ここでは一度も見ていない。
分かっているのだろう、ここに下手に踏み入ったらどうなるか……。
そう思いつつ、エナは【竜王】の下へと歩み寄って、その体を撫でる。
【竜王】はというと、ちら、と視線をエナへと向けたが特に何をするでもなく、あくびしている。
敵として見られていないのか、と思うと思わず苦笑してしまう。
確かに、前に交渉に来た折、この【竜王】が見た目によらず随分と優しいのは理解した。
だが、仮にも護衛という事で完全武装している自分が触れる程に近づきながら、それを機にしていないのは野生動物ではありえない。
きちんと相手と約束を交わすという意味を理解しているとしても、自分を脅威と判断していない、それがなければ、こうして触らせてなどくれないだろう。
とはいえ、もし攻撃したとしても効果があるとは思えない。
する事もない。
以前に乗せてもらって空を飛んだ事はあった。
あれは初体験だった。
そもそも何故、自分がこうして空を飛んでいるのか分からなかった。
元々は自分は交渉の護衛役として来たはずだったのだ。
とはいえ、元より口下手気味な自分としては特にする事もなかった。
なので、子供達の監視をしていたのだ。
この世界は子供でも仕事を探す。
脅威がすぐ傍にある為に、兵士だった親を失うという事もあるし、貧しい人間が売るという事もあるが、そうした子供でも大事な労働力だ。普段はあれこれと……まあ、雑用だが何かしら働いている。
とはいえ、今回のような状況ではそこまでやらないといけないような事もない。
その分、自由に動ける時間が増えていた、のは良かったのだろうが、何しろここは人の手が一切入っていない土地だ。ちょっと離れて水場に行ったら死体になった、なんて事になったら大変だ。
だが、くつろいでいる【竜王】に近づいていくのは想定外だった。
これがガラムとかなら叱るなり、怒鳴るなりして近づけないようにするのだろうが、私はどうにも怒るというのが苦手だ。
せめて、【竜王】が吼えるなりして脅してくれれば良かったのだろうが、平然としている。
その内、触っては逃げるを繰り返しだした。
なんて事をしている内に……。
「なあなあ、乗せて飛んでくれないかー?」
などと言い出す悪ガキまで現れた……。
さすがにこれは見過ごせない。
そう思って、私は近づいていった。
のだけれど。
何故か、今私は空を舞っている。
理由は分かっている。子供達の要望を【竜王】が断らなかったからだ。
どういう気紛れかは知らないけれど、【竜王】は子供達に軽く応じてくれた。いや、言葉は喋った訳じゃないけれど、じっと子供達を見ていた後、頷いてくれたのだ。
『……乗せてもらっていいの?』
と、私が半信半疑で確認したら頷いていたし。
こうなってしまうと、こちらとしても素直に応じるしかない。
とはいえ、子供だけ乗せる訳にもいかず、私もこうして乗っている。
「わあ……」
思わず自分の声が洩れた。
悠然と飛行する【竜王】。リオレウスはアプトノスぐらいなら足で掴んで飛ぶ事が出来る。私達程度なら問題にもしないと思ってはいたけれど……むしろ、問題は私達の方にあった。
私達は飛べないし、元々リオレウスの背中なんて人を乗せる事なんて考慮されてる訳がない。
落ちないよう固定するにしても、私が手の届くようにするとなると……一度には子供は二人ぐらいが限界だった。まあ、そんなに多い訳じゃないから問題はないのだけど、そうなると地上に戻る子供達の為の護衛が必要になる。
ハンターは他にもいるから、彼らにお願いする事にした。
本当は【竜王】に乗るのもお願いしようとしたら、真っ青な顔で頭を横に振っていた。
気持ちは分かる。
G級ですらないハンターが、G級でさえ勝てないリオレウスに乗って空を飛ぶなんて嫌だろう。
ガラムは今回の交渉の責任者だから乗せられるはずがない。
なので、私になった訳だが……こんなに空を飛ぶという事が爽快だとは思わなかった。
この世界でも空を飛ぶ方法がない訳ではない。
ごく一部では空を舞う飛行船というものが試作されているという話もあるが……間違っても一般的なものではない。
当然、エナも空を飛ぶのは初めてだった。
これが空。
どこまでも広がる、そんな感覚だった。
雲というものがあんな触れないものだと初めて知った。
後で、ガラムに呆れたような目で見られたが、その日は一日気分が良かったのを覚えている。
今回はさすがに空を飛ぶ訳にはいかない。
しかし、そろそろ交代の時間なのだから、休憩には入っても良さそうだ。
エナが【竜王】の傍にいる為におっかなびっくり近づいてきたハンターに、交代の合図をしてから座る。
何となしに【竜王】に寄りかかるように、尻尾に腰掛けるようにして座った。ただ単に地面が湿っていたからなのだが、そうすると【竜王】は尻尾を引き寄せて、寄りかかりやすくしてくれた。
「……ありがとう」
何となくお礼を言うと、気にするな、と言わんばかりに喉を鳴らされた。
……その後、【竜王】に寄りかかったまま眠るエナの姿に、他の者達から「さすがG級ハンターだ」と畏れを込めて語られるようになるのだが……彼女がそれを知る事はなかったのだった。
【あとがき】
エナ編
さて、次は小説家になろうにあげる異伝2だ