賑やかな祭りだった。
カラフルな衣装を纏った者が大勢笑顔で歩き回る中には、明らかに戦士と思われる甲殻を用いた鎧に身を包んだ者達もいる。そうした人間に対しては、周囲の人間は敬意を払い、戦士達も敢えて堂々と歩く。
『大竜王祭』
『庭園』にて行われる最大規模の祭りだ。
ここではハンターと呼ばれる戦士達が【竜王】から一年の祝福を受けるのがクライマックスだ。
そんなどこかうかれる空気の中、それとは異なる空気を持つ者達もいた。
「……賑やかですね」
「ああ」
某国から派遣された表向き学者とされている面々。
その中に、彼らはいた。
この大竜王祭だが、基本的に来る者拒まず、去る者追わず。ただし、犯罪犯すような奴は徹底仕置き、という祭りだ。
従って、外部の人間であってもこの『庭園』の基本理念に従う限り、参加を認められるし、実際、学者達もカリュート族に普通に歓待され、中には早くも下戸の癖についつい周囲の空気に流されて酒を呑んだ挙句、撃沈してしまった者もいる。
この後の降臨を見逃しては一大事と、周囲が青い顔でぐったりしている当人、必死に薬を飲ませたりしているし、酒を勧めたカリュート族の人間も、申し訳なかったと酔い覚ましの薬を持ってきたりしてくれている。
彼らも怪しまれない程度に楽しんでみせていたが、この二人のみならず一部の者達の目的は異なっていた。
【竜王の健在の確認】
彼らの任務はこれに尽きる。
『庭園』の維持はつまる所、【竜王】の存在にその全てがかかっている。
カリュート族は戦力として見るのならば戦力にはなりえず、竜種とて【竜王】以外ならば何とかなる。
だが、【竜王】だけはどうにもならない。
逆に言えば、【竜王】が死んだならばその瞬間から『庭園』は各国の狩場となる。だからこそ、既に何百歳とも言われる【竜王】がまだ健在なのかを知る為に、各国は大竜王祭に人員を派遣する。
「……というのが表向きの理由だ」
年配のベテランの言葉に、今年が初参加の若手は訝しげな表情になった。
「知っての通り、我が国では【竜王】を崇める宗教勢力も大きい」
黙って頷いた。
実際、世界を探せば複数の宗教で、【竜王】をある宗教は悪魔と称しているがそれは極少数派に属する。むしろ神の使い、大精霊、自然の化身、地球の意志など殆どは肯定的なものだ。
原因は簡単で、敵視していた宗教の内、ある最大派閥がかつて討伐軍を、その宗教を国教としてた周辺国家と共に上げた事があった。
結果は、討伐軍壊滅、国家崩壊、最高司教含めた宗教指導者ら全員行方不明(聖堂丸ごと消し飛んだので消し炭すら残らなかった)という結末を迎え、当然の如くこれ以上【竜王】の怒りを買わぬようにと、周囲の国家から新たな国が建つと彼らは慌ててかつての旧国教を弾圧するに至った。
そんな目にあうぐらいなら、まだしも素直に取り込んで崇めておいた方がいい。何しろ、【竜王】自身は崇められているからといって、特に何かを要求する訳でもないのだから。
この若手も熱心という程ではないが、日曜には教会に行ったりぐらいはする。
だから、【竜王】に対して嫌悪感は持ってはいない。
だが、本当にそこまで崇めるような相手なのか、という疑念もあった。
何しろ、神だの精霊だのと違って、相手は物質的な肉体を持ってそこにいる。
なまじ、他の神だの天使だのが空想というか精神的な存在ゆえに、加えて他の竜種というものを知っているが故に、本当にそこまでの存在なのか、という気持ちがどこかにあるのは事実だった。
実際の所、【竜王】が敵視されていないのはこの辺の事情も大きかったりする。
まあ、敵視はしてないが、その死後はと考えているのは大国の政治家や大企業の社長会長クラスでは仕方ない話なのかもしれないが……。
「だからまあ、巡礼とかする奴も結構いるんだ。ほら、あそこにいる連中なんて正にそうだ」
そちらの方向を見れば、質素な服装の人間達がほがらかにカリュート族に混じって笑いあっていた。
ただ、よく見ればその顔立ちなどは或いはふっくらと、或いはどこか危険な空気を漂わせている者がいる。
けれども同時に彼らは警戒などがない、穏やかな空気を漂わせていた。
「あの爺さんはテスラエレクトリックの会長、あっちの危険そうな空気漂わせてるのは高名なマフィアの大ボス……ゴッドファーザーって奴だ。お、先々代の政治から引退した大統領閣下もいるな」
他にも大物がいるなあ、と感心しているが若手からすれば仰天して目の玉が飛び出そうな話だ。
何でそんな相手が一緒に、と聞けば、この地では普段している警戒が必要ないからだという。
騙される事もない、殺し屋が襲ってくる事もない、純粋に祈り、祭りを楽しめる。だからこそ、彼らも安心していられる、だからこそ年一度巡礼としてこの地にやって来るのだと語る。
「……本当に大丈夫なんですか?」
「害意なんぞ持ってたら、いや、仕事だと完全に割り切れる殺人マシーンの漫画みたいな奴でも『庭園』にゃ入れねえよ」
入っても、この時期じゃあ1kmと入り込まない内にあの世行きだ。
そう語られて、半信半疑で若手はベテランを見る。
「……『庭園』って滅茶苦茶広いですよ?どうやって回るんです?」
「さあな。瞬間転移してるって話もある。少なくとも地球の裏側までなら一瞬で行けるらしいぞ」
若手は沈黙して、「はあ?」と呆気に取られたような声を上げた。
それは本当に生物なんだろうか?
「さあなあ。まあ、一度見れば分かるさ」
そこで若手は気がついた。
ベテランの顔にあるどこか憧れのような何かに。
だが、それが疑問として言葉になる前に、周囲がシンと静まり返った。
慌てて周囲を見れば、全員が中央の祭壇に視線を向けている。
その前にはハンター達が整然と並び、巡礼者達やカリュート族がその後ろに並ぶ。
そして、最前列にはカリュート族の最長老達が静かに佇む。
気付けば、先程まで給仕などを行っていた人間らも静かに視線をそちらに向け、礼を取っていた。
無論、先輩も、だ。
そうして、僅かに風が舞い上がると……そこには龍がいた。
何の気配も、舞い降りる時に予想していた羽が巻き起こす風もなく、そこに【竜王】がいた。
「………」
声が出なかった。
威圧感、とは違う。
恐怖、とも違う。
そう、これは……畏敬。
【竜王】が軽く吼える。低く、周囲に響けとばかりに吼える。
それに応じるかのように周囲から竜の声が響く。
遥かに山を越えて、平原に集い、火山の灼熱の中から、湖で、雪山で風を伝って声が響く。
目の前で聞けば、最新鋭兵器で武装して初めて圧倒できる相手に、恐怖に震えるであろうその声と共に、けれど何も恐れを感じる事なく、ただ自然に頭が下った。
それは自然の化身。
今なら、分かる。
それは自然そのもの。どこにでもいて、どこにもいない。
幼い頃には感じていたそれを改めて感じて……。
締めるかのような力強い声にはっと意識を戻した。
……そこからは宴だった。
誰もが無邪気に歌い、力試しをし、ただ騒いだ。
【竜王】も先程の気配を感じさせる事なく、純粋に酒を肉をかっ喰らいながら、それを楽しそうに眺めていた。
そんな光景をぼうっと見ている若手にベテランが笑みと共に語りかけた。
「な?分かっただろう?【竜王】が健在かどうかなんて、何故知る事が出来るかなんて、何故どこにでも現れる事が出来るかなんて考えるだけ意味のない事なのさ」
確かにそうだ。
若手の顔にも苦笑が浮かんだ。
……来年もまたここに来れるかな。自然とそんな事を考える自分がいた。
【あとがき】
このリオレウスはチートです
これがすべてを現しています
という訳で、「大竜王祭」の模様でした
次回はエナらとの過去編にするか、ほかの漫画とかに寝ぼけて次元の壁を突き破ってお邪魔する異伝にするか……