「……なんだ、この素材は」
誰かが呆然とした口調で呟いた。
それ程、それは異常な素材だった。
「この素材は一体何か、伺ってもよろしいでしょうか」
国家戦略研究所。
要は某大国の国直属の研究所だ。
そこの所長を務める人物が、今回これを持ち込んだ軍人と思われる人物に尋ねた。
私服ではあるが、そのピンと伸びた姿勢や雰囲気などからそう判断していた。
「……残念ながら、それを口にする事は私には許されていない。君達に言う事が出来るのは、それを再現出来るのか、それを破壊する手段はあるのか、と確認する事だけだ」
残念そうな顔をしながらも、研究者達がそれ以上を口にしなかったのは、ニーズトゥノウ。すなわち、一定以上の権限がなければ知る事が出来ない事がある、という事を知っていたからだろう。民間研究所ではなく、国の研究機関に素材が持ち込まれた理由でもある。
「そうですね……現状調べてみた限りですが」
研究機関の長が言葉を選びながら言った。
「正直に申し上げます。この素材を複製するのも破壊するのも現状の技術では不可能です」
「…………」
この世の中には様々な鉱石がある。
今ではごくごく僅かしか取れないような鉱石だって存在する。
マカライト鉱石やドラグライト鉱石、カラブレイト鉱石などは昨今では『庭園』を除けば、採掘出来る場所は限られつつあるが、近年に至りその新たな活用方法が発見された事により、ますますその価値は高まっている。この為、『庭園』の部族と各国企業は幾度も交渉を重ねているのだが、未だ良い返事は得られていない。
かといって、脅しや詐欺など強引な手法を使えば、後に待っているのは【竜王】による報復だと分かっているから、そんな手も使えない。
結局、僅かに手作業で産出される鉱石を買い取るしかない、という状況だ。
……だが、この素材は違う。
そうした鉱石とも明らかに異なる何かだ。
ダイヤカッターなどを当てれば、カッターの方が刃がボロボロ。
高熱を浴びせようが、色さえ変わらない。
凍結させようとしても全然凍結しない。
ならばと温度差で高熱と冷却を繰り返しても徒労に終わり、殴りつけたら殴った方が壊れるだけ。
曲げようとしたら、曲がる前に機械がオーバーヒートでぶっ壊れた。
「組成を分析する限りは何らかの生物的な素材とは思われますが……余りに異質に過ぎます」
見た事のないような分子結合構造、更には新発見の成分すら混じっているという。
一から解析し、それを再現するとなると……果たしてどれだけの時間がかかる事か、時間をかけても再現など不可能かもしれない、というのが科学者らの結論だった。
無論、彼らは彼らで、この新素材に燃えていたのだが……軍人としては上に報告する内容を考えると欝だった。
「……矢張り無理か」
厳しい表情をして、この国の大統領や大臣級を集めた会議で呻き声が洩れる。
【竜王】の装甲。
それは、世界でも有数のこの国にとっても、いや、この世界でも最強クラスの国力を持つからこそ何とかしたい代物だった。
とはいえ、【竜王】の装甲は滅多に出回らない、というか皆無に等しい。
それは【竜王】である転生者の用心深さもある。
彼は人という存在を甘く見ない。自分自身がそうだったからだ。もし、装甲などを容易に渡せば、それを分析して何時か自分をも上回る素材を生み出すかもしれない。そう考えたからだ。
『庭園』でもまず手に入らないそれを、今回この国は莫大な金と引き換えに入手した。
……世界中を探せば、全く欠片も落ちていないという事はありえないし、そうしたものを売る者はいる。もっとも、今回の場合は多大な犠牲を払って、の事だったが……。
何しろ、今回の入手先は三箇所。
いずれも『庭園』内部の村、それぞれでご神体と崇められていた欠片だった。
一つは彼ら自身が派遣した人員を用いて盗んだ。
一つは村人を買収して、盗ませた。
一つは竜種の不意打ちによって廃村となった村から偶然に欠片の更に欠片、とでも言うべき部分を手に入れた。
その内、盗み出した二つはいずれも『庭園』から出る前に【竜王】に捕捉され、運び屋が生きて帰って来る事はなかった。
村に襲撃をかける、という事も考案されたのだが、過去にそれをやって本国に襲撃をかけられた、というケースがあった、という事で却下された。
そうやってごくごく僅かな欠片のみが彼らの手元に残った。
調査から実行まで用いられた金や動かした人員は相当なものであり、更に言うならば、危険も多大なものがあった。
それだけの危険を冒して手に入れた結果がこれでは想像はしていてもがっくりと来る。しかも、【竜王】の装甲は常に進化を続けているとの説もある。
彼らが手に入れたものは、現在のそれに劣っている可能性が高いのである。
だが、研究は続けさせる以上の事は彼らには出来なかった。それに彼らにはまだまだすべき事が一杯あったのも事実であった。
「……【竜王】か」
部下が全員退室した後、大統領は執務室から外を見ていた。
【竜王】の存在は人類の歴史に大きな影響を与え続けてきた。
人を遥かに超える超越存在が現実に存在する。
その事は人類にとって、常に脅威であり続けたのである。
そして、別の歴史と異なる流れを幾つも生み出し続けた。
別の歴史など彼は知る由もないから、当然だが、例えばこの世界では魔女狩りという事はなかった。
むしろ、魔女狩りは別の意味で用いられたのである。すなわち、魔法でも何でも使えるのなら欲する、といった具合だ。
神を崇めるにしても、何しろ具体的な絶対的な力というものが眼前に存在している。
宗教による他宗教の迫害や、奴隷制度も発達しなかった。人同士、共存を図っていかねば、恐怖に対抗出来なかったのである。いや、自分達ではどうしようもない力を前にすれば恐怖から排除しようとするか、或いは崇拝するかのどちらかが多くなるのは当り前なのかもしれないが……その排除が出来ない。
実際、この大統領もこの大陸の土着民族であり、別の歴史ではありえない出身だった。
無論、彼にはそんな意識はない。
ただ、現在の現実だけを元に、自国の発展を願っていた。
「……何時かは、何時かは人は貴方を超えてみせる」
自身の出身部族にとっても崇める精霊の頂点とされているのは知っていた。
その偉大さも知っていた。
けれども、彼はそれを超える事を望んだ。だからこそ、今、ここにいる。
眼前に広がる光景を見ながら、彼は誓うのだった。
……もっとも、人が発展すればする程、【竜王】もまたその数倍の勢いで進化すると知っていたら……果たして彼はどう思っただろうか?
【あとがき】
という訳で、この世界では竜王装備、なんてものは存在しません
あれば物凄く綺麗なんでしょうけど……
この世界だと、何しろ目の前に人外の超越存在がいたせいで、宗教界にもとんでもない影響を与えてます。自然崇拝も世界~大宗教の一つに数えられるような大きな勢力を誇っています
また、奴隷制度とか征服とかそういうのも多大な影響を受けてます
ぶっちゃけ、生活の苦しさから自分を売るなどといった事例以外の力での奴隷制度は成立しませんでした
(この世界でも『庭園』に来て、力で奪おうとした者はいましたが、全部生きて帰れませんでした。中には【竜王】自身は気付きませんでしたが、史実のバスコ・ダ・ガマに相当する人なんかもいました)
また、主義にしても竜王主義などといった自然の抑止力といった概念に基づいた人類の謙虚さを訴える主義が発達したり……
人類史にも無視できないどころか、影響を与えまくってる【竜王】でした