「…………」
全員が息を潜めていた。
まだそんな必要はないと分かっていても、緊張する。
結局、ガラムの意見が通ったのは、全員このまま帰ったらギルドがどう暴走するか分からない、という事が頭にあったからだろう。
現在、シュウの傍にはラジーが同じく息を潜めている。
きっと別の場所に潜んでいるガラムとエナも同じように緊張しているはずだ……。
「来たぞい」
ラジーがぼそりと呟いた。
力強い翼の音が聞こえてくる。……いよいよか。
【SIDE:転生者】
今日のご飯は何時ものアプトノスだ。
最近は、いけないと思いつつ、この場所が食事場所としてはお気に入りだ。
何故かと言われれば、この石舞台みたいなのが実は岩塩の塊だからだ。
何で、こんな所にこんな風にぽつんと転がっているのかと思いきや、近くの岩肌に鉱脈が露出していた。どうやらそっから剥がれ落ちたらしい。
が、その岩肌というのは切り立った崖だ。
そっから塩を削るのは面倒臭い。
だが、ここなら引っかけば楽に塩が手に入る。
引き裂いて大まかに捌いた肉に削った塩を振り、軽くブレスで炙る。火力を強めにしないのがコツだ。
これで良い匂いの焼肉になる。
時には森でハーブを取ってきたりして、香草蒸しみたいなのに挑戦してみた事もある。裂いた腹にひたすら詰めるのが面倒臭かったけど……なかなかいけた。
初期はそれこそ生で食うしかなかったからな……これでラージャンみたいに指のある手があれば、もっと調理だけじゃなく、調味料にも挑戦出来るものを。
そう思いつつ、今日も舞い降り、適当な場所にアプトノスを置こうとする。
ここも骨で結構散らかってきた。今日は掃除して帰るかな、そんな風に思って一歩踏み出した時、足元で何かカチリと作動する音がした。
【SIDE:人間ズ/シュウ&ラジー】
「……作動したっ!!」
言うなり、ラジーが身を起こし、弓を引き絞る。
今回の仕掛けは簡単だ。
骨が散らかっているのを利用して、その下に痺れ罠を仕掛けた。無論、一個だけじゃない。
どれか一個だけでも作動してくれれば……。
そんな風に思ったのだが、見事に踏んづけてくれたようだ。
だが……。
「やっぱ効かねえかよ!畜生!!」
ガラムは仮にもリオレウスだから効くんじゃないか、なんて甘い希望を持ってたみたいだが、こちとらあれがリオレウスだなんて思っちゃいない。それはラジーも同じだ。だからこそ、即座に反応出来た。
そう、奴は痺れ罠を踏んづけたにも関わらず、きちんと作動してるにも関わらず、警戒して周囲を見回している。その様子には痺れ罠にかかった獲物特有の動くに動けずもがくような様子はまるでない。けれど、それならそれで、こっちは予定通りに動くだけだ。
ラジーが引き絞った矢を放つ。
俺達の位置は上手い事に奴の背後。……周囲の地形から降りてくるとしたら、こっちが背後になる可能性が高いと踏んでいたが、当たったようだ。
その矢はさすがにG級の腕だけあって、見事に奴の尻尾の付け根。リオレウスの尻尾の斬り落とし安いとされる部位に正確に命中し……あっさりと弾かれた。
「……こうも予想通りだと哀しくなるのう」
自慢の一品がいともあっさりと弾かれた事に、ラジーはどこか寂しげだった。
だが、ここからだ。
案の定、一撃当てた事によって、奴はこちらに気がついた。
ぐるりと頭部を巡らし、こちらに向き直る。
次はこちらの番だ。俺の役割はラジーの盾役……ラジーはその為にやや後方に下がり、再び矢を放つ。
今度の狙いは顔……。
こちらもあっさり弾かれたが、それでいい。動物の習性として顔に物が飛んでくれば……目を閉じる。
それはあのリオレウスの皮を被った怪物も同じ事だった。
さあ、後は最後の一矢だが……これで駄目なら、後は……。
【SIDE:人間ズ/ガラム&エナ】
懸命に身を伏せていた。
お前は一体何をしているのだと、何故こんな事に命を賭けているのだと頭の中で喚きたてる声が聞こえる。
何時からだっただろう。この声が脳裏に響くようになったのは。
危険に挑む時に感じる血湧き肉踊る高揚感を上回るようになったのは。
……分かっている。自分が年を取ったのだという事ぐらい。
何時からだっただろう。こうして恐怖を抑えつけなければならなくなったのは。
……それも分かっている。
自分が弱くなったのは、娘が生まれてからだという事に。
ギルドの受付嬢をしていた妻に一目惚れしたのは、自分が始めて田舎から出てきて、都市の、今所属しているギルドに入った時だった。
それから口説いて、一人前になって……妻となってくれた時は嬉しかった。
そして、娘が出来て……怖くなった。
自分が二人を残していく事になるんじゃないかと恐れるようになった。
ハンターの仕事なんてものは常に命がけだ。G級ハンターなんて呼ばれてはいるが、そんな自分だってある討伐で死んでしまうかもしれない。そうなったら二人は……そう考えると途端に怖くなった。
自分の事を覚えていてくれるだろうか?もしかしたら、すぐに忘れてしまうのではないか、いや、娘は自分の事をはっきりと覚えていてくれるだろうか?
死にたくない。
そう思うようになってからは、密かに引退の為の活動を始めた。だが、俺はハンター一筋にやってきた。今更猟師なんて出来はしない。農民をやろうにも種のまき方すら知らない。
必然的に、俺はギルド上層部に入る道を探った。別に下っ端からでも構わなかったが、G級ハンターという立場がここで足枷になった。G級ハンターをいきなりギルドの下っ端としてこき使うようになっては、ギルドの体面に関わる、という訳だ。
そうして、やっと掴んだのが今回のチャンスだった。
これが最後だ。これが成功すれば、俺はギルド上層部に入れる。そうすれば、妻を安心させてやれる。朝出かけて、夕方帰って、妻や娘と食事をして、いつか娘の花嫁衣裳を見る。そんな『普通の』生活が出来るようになる。
痺れ罠は駄目だった。
だが、矢によって注意をひきつける事には成功した。
頭部にはねる矢を確認する一瞬前に、エナ共々隠れていた場所から飛び出した。
隠れていた場所は岩舞台の陰。覗き込めば見つかる可能性も高い、そんな場所。
だが、賭けには勝った。
一息に体を跳ね上げ、襲い掛かる。
太刀と大剣。
その一撃が襲い掛かったのは……奴の翼、その薄膜。
前情報から、この飛竜がすぐ空へと舞うのは知っていた。ハンターだと悟れば、きっとまたしても空へと舞い上がるだろう。……そうなれば、勝ち目はない。
なら飛べなくするまで。
だが、翼そのものを破壊するには時間がかかるだろう。だが、薄膜ならばどうだ?
そこならば、鱗も殻もない。ひょっとしたら……そんな賭けは、だが、成功した。
一撃、二撃、三撃!
連続して放った攻撃が、奴の翼の薄膜をズタズタに切り裂く。反対を見れば、エナもまたその薄膜を破壊する事に成功していた。
これで、まずは第一段階。
そう思った次の瞬間。
奴の薄膜が瞬時に再生した。それこそ、瞬き一つする間だった。目を閉じて、また開く。
それだけで作戦の第一段階が成功したという証は失われてしまった。
そうして、奴が、リオレウスがこちらに頭を向け……。
【あとがき】
人にはそれぞれ理由がある、そんな回
そして、作戦はまずチートリオを飛べなくする事でした
結果はこのようになりましたが