目覚めると、そこは埃だらけの寝室だった。
やれやれ、掃除から始めなくてはいけない。誰かが入った様子はない。
一人には慣れていたはずだ。以前だったら気にもしない事だが、萌子達との暮らしは俺を少しだけ変えていた。
……。ずっと、あのままでいられたら。そう願っていなかったと言ったら、嘘になる。
萌子は、自分なんかを一番好きなキャラだと言ってくれて、何かとよくしてくれた。
俺は小さい頃、老魔術師に買われた。
老魔術師は厳しかった。世捨て人のような生活。
老魔術師が死ぬと同時に魔術師ギルドに所属。そこで馴染めない自分。
萌子の原作知識では、俺は悪落ちして利用され、最後に主人公を庇って死ぬらしい。
その主人公は、俺が憎む全てに恵まれた魔術師、レイフォンだった。
許せない。
レイフォンも、俺を利用するだけして殺した敵役の魔術師、ガーディも。とはいえ、悔しい事に俺は実力ではレイフォン達に及ばない。
だれよりも幸せになる事が復讐だよ。萌子はそう言った。
復讐……。そんな綺麗かつ難しい復讐が俺に出来るだろうか。
あの能天気なレイフォンより幸せになる事など、何より難しい事のように思える。
そういうと、萌子は根暗なガーディの上なら行けるっなどと言って、俺は憮然として俺も根暗だと答えて、皆が笑って俺を小突いて。
俺は溢れる思い出に首を振り、掃除を始めた。食糧庫や薬品庫が恐ろしい事になっていた。
使い魔のコクエイを出す。萌子がつけてくれた名前。愛らしい黒猫。
「掃除済んだ? じゃあ、お買い物行こう! 僕、こっちでのお買いもの初めてだあ。プレゼント交換何買うの?」
「そうだな。少々懐が苦しいが、アレらには最良の物をやりたいな」
この世界には錬金術は無いが、回復アイテムや魔法の道具はある。錬金術を使っても、さほど目立たずに済むだろう。一番錬金術世界に近い世界と言っていい。その上科学文明の遺産もあるから、萌子やエルーシュの道具も多少は使える。最も、優れた科学技術も魔法技術も共に退化してしまっており、めぼしい道具は全て古来の遺産となるのだが。
萌子曰く超チート……というのは出来ないが、一番得をさせてもらったのは、俺かもしれない。萌子の場合、魂具でも魔法でも科学でも錬金術でも超チート出来るが、研究所と言う恐ろしい場所にさようならとなってしまう可能性が高いらしいから。
とりあえず、買い物に行く事とした。
少し背伸びをして、彼らの事を思いながら物を買う。自分の為の食料品も買わねばならない。
異世界の食料品は喜ばれ、かつ安いという便利な物だが、そればかりではいかにも寂しい。
魔法具を使い、宝玉を錬金すれば喜ばれるだろうか。
魂具に嵌める宝玉はフーデルが沢山使う事は確定している。
萌子は何でも喜んでくれるだろう。エルーシュには、どうしようか。
そんな事を考えながら商品を物色して行く。
家を整え直し、作業をして、カラオケボックスへと向かった。
宴会後、貰った物を整理する。
萌子のくれた物で目を引いたのは、「魔術師レイフォン」のカードだった。
お守りとして、そして自分がわき役に過ぎないという戒めとして、肌身離さず持つ事にする。
食料品やレシピの類は嬉しかった。早速、萌子の自慢していたハンバーガーをコクエイと二人で分けて食べる。美味い。
その日は早めに休む事にして、次の日魔術師ギルドで依頼を受けに行った。
大量の買い物で、金が無い。
「なんだ、カリュートか。依頼に来たのか」
俺はこくりと頷き、なけなしの銀貨を酒場の親父に放る。
思うのだが、何故酒場で受付をしなくてはならないのか。魔術師ギルドなのだから、知的な人間を受付にして欲しい物だ。
親父はどさっと紙の束を出して、いくつか依頼を出して来た。
そこから適当に選び、親父へと差し出す。他の依頼を覚えるのも忘れない。依頼は一度に一つしか受けられない。が、他の依頼を覚えておいて、必要な物を持って来て次々と達成して行くのはありなのだ。先に取られていても、その時は格安で魔物の部位を売ってしまえばいい。
魔法の鞄ならば、たっぷりと素材を持って帰れるし、粗悪品の魔法の鞄ならば、高価とは言えこちらにもあるから目立たないので、わざと質を落としてそれっぽく作った物を二つ持ち歩く事にしていた。
錬金術を使って、魔法の鞄を量産して売るという手もある。もちろん、高価な品なのでダンジョンかどこかで手に入れた事にしたり、小細工は必要だろうが。
萌子に聞いた手つかずのダンジョンに向かうのも手なのだが、それはそれで手続きが面倒だし、護衛も必要になって来る。どうして知ったという話にもなるから、とりあえずは保留だ。
「……それは魔法の品か?」
魔法の鞄を見て言われた言葉に、内心これほどすぐにばれるとはと思いながら答える。
「ああ、そこそこ物が入る物が数個手に入ったので、重宝している」
「みたいだな。昨日は相当な量の買い物をしたそうじゃないか。恋人からのプレゼントか?」
俺なんかの情報がもう出回っているのか。しかも銀貨を渡してきている。なんとしても情報を得るつもりか。
俺はそれを受け取った。魔術師ギルドの親父と揉めると、後で面倒な事になる。
「悪いが、あの方は売れない。けど、いくつかいい物を手に入れた。本当はもしもの時の為に取っておきたかったんだが、今回はここで優先的に売ってもいい」
いきなりダンジョンを見つけたなんて言う事は出来ない。入り口だけでも荒らしておかないと怪しいからだ。かと言って、ダンジョンを見つけた、だけで帰っては襲撃される可能性がある。
あの方は売れないと言ったのは、入手方法は売れないと言えば締め上げられる可能性があり、また俺の友達に敵対するのはまずいぞ、と匂わせる為である。
「ふん、高貴な方に貸しでも作ったか? いいだろう、出してみろ」
少し迷う。しかし、既に集まっている視線を感じて、腹を決めた。
魔法の鞄を三つ、魔法のランプを二つ出す。
とりあえずは、こんな物で良いだろう。
親父はそれを調べて、片眉を上げた。
「俺の知らない作者の物らしいな。ちょっと待て」
親父は鞄に物をいくつか入れたり手を入れたりしてみる。
「重さと大きさ無効化か。中の大きさは結構あるみたいだな」
「小型のテント一式が限界だ。それ以上だとぐっと重くなる」
「ふん、十分だ。ほら、代金だ」
渡されたのは金貨四枚。
「……魔法の鞄がたったの金貨一枚か。売ると約束したし、金が無いから売るがな」
買いたたかれるにも程がある。戦士ギルドにでも持っていった方が高く売れそうだ。まあいい。次からそうすれば。急に、無理にこの町の魔術師ギルドにしがみつかなくてもいい気がしてきた。
あまり仲が悪くなりすぎて利用させられなくなっても困るから、図書室は先に覗いておくか。
まあいい、まずは依頼だ。
俺はその足で街の外へと向かった。旅の準備は既にしてある。
誰もいない事を確認し、魂具を出す。白銀の大鎌が俺の魂具だ。萌子が大騒ぎだった。
それに、フーデルを殺す事になるパジーとか言う奴と同じ武器だとかで、良く特訓させられたから使い方に自信はある。
魔物に向かい、大鎌を振る。フーデルに貰った斬の宝玉が輝く。
補助特化の使い魔であるコクエイが援護してくれたから、問題なく敵を倒せた。
保存食を食べる。精神力や体力回復のアイテムが必要な程弱っているわけではなかったから、錬金術で作った物ではないから、物足りなかった。
魔物の肉の処理をして、それを狙ってきた魔物を返り討ちにする事一週間。
依頼どころか、自分の使う分としても満足のいく量の魔物の素材が揃い、俺はホクホクと魔術師ギルドに向かった。
そこで、魔法の鞄が売られているのを見る。金貨五十枚か。へぇ……。
とにかく、酒場の親父の所に行き、依頼の達成を告げる。
魔物の素材専用の魔法の鞄から依頼の部位を取り出す。半分ほどの依頼が既に達成されていた。魔物の素材は魔術師ギルドに売るのはやめた。
他で売りたいが、そのつてがないし、自分で使うというのもありだ。
金貨一枚で図書室にいられるだけいて、その後こちらの世界の物を使って錬金術の練習。これは予算金貨二枚。後の一枚で準備を整えて、ダンジョンにでも行くか。
「これは結構強い魔物のはずなんだが。腕を上げたか、仲間を見つけたか? それにしても、魔法の鞄がまだあるとは思わなかったぞ。まさか、まだあるのか?」
「魔物の素材を荷物と混ぜておくわけにはいかないだろう」
「贅沢者め。金貨十枚でどうだ」
「馬鹿にしてるのか?」
ぽろっと漏れてしまった言葉に、酒場の親父は乱暴に肩を叩いた。
「そう言うな。お前を見誤っていたのは謝罪するさ」
俺は金貨一枚差し出して、告げる。
「これで出来るだけ長期の図書室への入室を求める」
「おいおい、何か調べものでも出来たのか?」
欲に濡れた酒場の親父の目を見て、下手にはぐらかさない方がいいと判断する。親父は嘘を見抜く魔道具をつけているから、嘘もつけない。萌子達の事を思い浮かべる。
「魔術を軽く教える相手がいる」
それが主目的ではないが、嘘でもない。
「金貨百枚でいい奴をあっせんしてやろうか」
「金を取るつもりはない。そんな大金払える相手でもない」
なにせ、異世界人だからな。こちらの世界の金はない。途端に酒場の親父は興味を失う。
「とんだお人よしだな、ほらよ、鍵だ。一週間ほど開放してやるよ」
俺は頷き、魔術師ギルドの図書室へと向かった。
魂具に記憶と速読の宝玉を事前に嵌めていた為、読み進めるのが早い。
復習という面もあったし、異世界人である萌子達とあって、興味の幅も広がっていた事もあり、一週間はあっという間に過ぎた。
その後、買い物をする。
錬金術に使えそうな物を吟味する。エルーシュの使い魔のエルがいれば楽なんだが……。
まあ、ない物ねだりをしても仕方ない。
色々と買い込んで、錬金術を試す。
錬金術を試す時が、一番寂しかった。わいわい言いながら、皆で作った思い出が懐かしい。どうしても寂しくなった時は、四人と使い魔の集合写真を眺めた。
錬金術と買い物を繰り返し、お金が予算オーバーすれば依頼や素材集めに行った。
結局、とりあえず満足が行くまで三カ月くらい掛かった。
その間に、ダンジョンの入り口も覗いてみた。
軽く入口を探索してみただけだが、一人で行くのはやはり無謀すぎる。
魔術師ギルドに斡旋を頼んでもいいのだが……。いや、やめておこう。
レンジャーギルドと戦士ギルドに直接依頼をしに行く。
まずレンジャーギルドに向かうと、やはり注目を集めた。
俺は周囲を伺いながら、酒場の親父の方に銀貨を投げた。
「……魔法の鞄のカリュートか。魔術師様が、何の用だ?」
「旅に出るので、銀貨五十枚プラス、働きに応じてプラスアルファで護衛を頼みたい。期間は一週間。これから何度も頼む事になるだろうが、とっかえひっかえはしたくない。仕事が一通り出来て、こちらに関わり過ぎない者が良い。二年後に友人とダンジョンツアーもしたいから、それまでに信頼できる者を見つけたい。他に戦士も一人見つけるつもりだ」
「ふぅん。ダンジョンツアーねぇ。要するに、おもりが出来る奴か。パーティを組みたい訳じゃないんだな?」
「今は、そこまで考えていない。おもりが出来る人間が来てくれれば、非常に助かる」
「……危険はあるのか? プラスアルファは。まさか銀貨を少しなんてオチじゃねぇだろうな」
「ある。引き返せと言われたら引き返すが、力が足りないという事でメンバー変更は覚悟してくれ。プラスアルファの方は、そうだな……。一週間の護衛依頼だから、そう大した物は渡せない、かな。ああ、そうだ。口の硬い者が良い」
「物って事は魔法具か?」
「大した物は渡せない。期待はしないでくれ。ただ、二年後のダンジョンツアーで全員無事で楽しませてくれたら、この魔法の鞄をやってもいい。それぐらい大切な友達なんだ」
「サバラン。どうする」
「俺か。まあ、銀貨五十枚は安すぎるが、魔法の鞄が手に入るとなると魅力的だな。戦士を俺に選ばせてくれたらいいぜ」
「構わない。これは前金だ。出発は明後日だ。門の前で七時に待ってる。それまでにダンジョン探索の準備を整えるといい」
サバランに銀貨を五十枚渡す。
そして、二日後。
サバランが連れて来たのは、戦士ギルドでも熟練のガーバスという男だった。
「こっちだ」
人気のない場所に二人を呼ぶと、俺はコクエイを呼んだ。
「随分と可愛らしい使い魔だな」
サバランが言う。
「コクエイ、例の場所へ連れて行ってくれ」
「はいはーい。三名様、ごあんなーい」
そして、次の瞬間ダンジョンの目の前に立っていた。
「場所移動か! ……って、どこだ、ここは?」
サバラとガーバスが周囲を見回し、驚愕した。
「まさか、こりゃ……新ダンジョンか!?」
「そう言う事だ。サバラン、期待してる」
「っばっか野郎! 新ダンジョンの探索ならそう言え! 知っていたらもっと準備して、人数集めて……! ああったった一週間とも言ってたな!?」
「新ダンジョンか……。国への申請はしてあるのか?」
ガーバスが、驚きながらも聞いてくる。
「二、三度探索してからだ。それまでは誰にも知られたくない。……実力が足りないというなら、戻ってメンバー交代に応じるが」
「ふざけんな。誰が代わるかよ。だが、銀貨五〇枚じゃ足りねーぞ」
「プラスアルファはあると言ったし、今後も長く付き合いたいと言ってある。……何より、新ダンジョンの探索自体が大きな報酬だと思うが」
「違いねぇな。よし、二人とも俺の前に出んじゃねえぞ。罠を探知していく」
俺とガーバスは頷き、探索は始まった。実を言うと、ここの詳しい地図は萌子から貰っている。上手く宝箱の所に誘導しなくては。欲しい物がいくつかあった。
一週間後、その成果はまずまずの物だった。サバランとガーバスなど、その成果に声も出ない様子だ。これより奥にはもっといい物もあるのだが、魔物を突破するのが難しいのでこのメンバーでは無理だろう。珍しい薬草や魔法の書が取れたので、これだけでも満足だ。杖などもあった。一年後のいい土産が出来た。
洞窟の外で、俺は道具をより分ける。
「これだけ探索出来たら、もう国に申請しても構わんだろう。ガーバスへの報酬は、これと、これと……。ああ、サバランはこれが良いな。これは俺が貰う。……どうした、二人とも。希望が全くないのならこちらで追加報酬を勝手に決めるぞ」
「あ、ああ。こんなに貰っていいのか?」
サバランの言葉に、俺は頷いた。
「今回は大分成果も上がったし、それだけの働きはしたろう。ただ、毎回こんなに報酬はやらないからな。今回が特別だ。これからの手付金と思ってくれ」
「俺はむしろ、カリュートが洞窟内で使っていた回復薬が欲しい。味の良い薬など初めてだ。あれはどこで手に入れた?」
「んー。秘密だ。それは報酬とは別で、その分の料金は貰う。それと、腐りにくくはあるが、劣化しないわけじゃないから気をつけるんだな」
「その短剣、出来れば俺が欲しい。お前にはあの大鎌があるだろ」
「いや、短剣は短剣で欲しいと思っていたんだ」
「これと交換で、どうだ」
差し出されたのはサバランの短剣と幾ばくかの金貨。これはこれで業物だが、やはり探索で手に入れた物には劣る。以前の俺だったら問答無用で突っぱねている所だが、仲間との付き合い方はあの二十年で学んでいた。
「うーん……まあ、俺が強力すぎる短剣を持っていても宝の持ち腐れか。どうせ魔術師ギルドに持って行っても金貨一枚だしな。それでいい」
「冗談だろ?」
「ははは。次、古銭を分けようか」
「まて、武器を譲ってもらえるならあの大鎌がいい。金貨なら払うし、今回の剣の報酬を全部諦めてもいい」
「残念だな、あれは術みたいなものだ」
久々の団体行動に心が弾み、少し喋り過ぎてしまった。次は気をつけようと自分を戒める。
大体の道具の選別が終わり、荷物を纏めると街へと戻る。
その足で役場に行ってダンジョン登録を行い、疲れきった俺は自室へと向かった。
ダンジョン発見の報酬を支払われるには、三か月は掛かるだろう。
ダンジョン発見者は伏せるように頼んだので、騒ぎにもならずに済む。
一週間ほどゆっくり休んで、ダンジョン探索で見つけた古銭を換金しに行く。
これは古物商でも出来るので、そちらで換金して、魔術師ギルドに向かった。
魔力関係の道具は、いくらお金があっても足りない。が、今回はこれを優先すると決めていた。
「栽培をお願いしたい」
種の入った袋をどさっと置く。魔法薬の材料など、魔術師ギルドで栽培の斡旋をしているのだ。
いろいろと注文をつけ、お金を払う。
「カリュート。新ダンジョンを見つけたそうじゃないか。魔法具をしこたま見つけたんだろう。換金してやる」
酒場の親父に大声で声を掛けられて、眉をひそめる。
「換金予定の魔法具はない」
「馬鹿言うな。サバランとガーバスはかなりいい魔法具をギルドに売ったって話じゃないか。お前は相当取り分を取ったんだろう?」
「自分で使う分以外は渡したからな。古銭があったがそれはもう換金した」
「新ダンジョンの探索の成果を殆ど人に渡しちまったのか!? 馬鹿じゃないのか!?」
「どうせ売っても金貨一枚だ。それより、その情報を誰から聞いた? サバランとガーバスが話したなら、次の契約を考え直さないといけない。あれだけ報酬を渡したのに裏切られたというのは信じ難いが」
「お前当てに依頼が来たんだよ。新ダンジョンの探索だ」
開けられた手紙を見る。内容は新ダンジョンの確認の報と、国の探索の第一陣に俺を誘う言葉。
それは明らかに俺宛てで、目眩がしてきた。
栽培員の受付に、俺は追加料金を払う。
「外部依頼でお願いする。今日で魔術師ギルドはやめだ」
「おい、ふざけるなよ。後悔するぞ」
「既に後悔している。よく考えれば、割高にはなるが魔術師ギルドの機能は外部の人間でも利用できる事は出来るんだ。依頼は安くても城の役場でもやっているしな。戦士ギルドや冒険者ギルドに入ってもいい」
「はっ! 本当にそう上手くいくと思うのか! 仕事が出来ないようにしてやるぞ!」
「何を言い争っている。ああ、カリュート。ちょうどいい所に」
ギルド長が現れた。
「なんでもない。魔術師ギルドをやめると言うだけだ」
「何故だ? まあいい、こちらで少し話したい。ホリスも来い」
ギルド長に小部屋に案内される。小部屋にいたのは、魔術師レイフォンに出てくる悪役、ガーディだった。
「さて、カリュート。少し大事な話がある」
「ギルド長。わかるだろう、俺は魔術師ギルドを抜けるんだ。大事な話が何か分からないが、聞くつもりはない。親父もいるし」
ホリスを言い訳にして、逃げようとする。ガーディとギルド長は片眉を上げた。
「何か揉め事があったのか」
ギルド長の言葉に、俺と親父は同時に喋った。
「カリュートが悪いんだ!」
「言いたくも無い。とにかく、俺は戦士ギルドに所属する」
「まあ待て。ホリスは珍しい魔道具を使えるから、重宝しているんだ。何があったのかは知らないが、お前にはホリスの力を使って聞きたい事が……」
「この上尋問か? ホリスの力は嘘はわかるかもしれないがな。人の心を操れるわけじゃない。どの道俺は協力しない。それとも何か? 俺は法を犯したか? 尋問の権利があるのか?」
「落ち着け、カリュート」
ため息をつくギルド長。とにかく、俺は勢いに乗って逃げようとする。
そこで、足が止まった。凄まじい殺気を感じたのだ。四人だったら、何だってできた。でも俺は、今一人のか弱い魔術師でしかない。今ここで逃げて、一人の時に追われたら終わりだ。
「……ホリスはここにいる。お前は尋問を受ける。事情は後で聞き、悪い方を裁く。いいな」
「……よほど大事な用らしいな」
俺は考える。新ダンジョンの事だろうか? 魔法の鞄の出どころだろうか? ガーディは、俺がたまたま悪落ちしそうだからじゃなくて、何か目的があって近づいてきていたのか?
「お前が金貨三十枚でギルドに売りつけた鞄の事だが……」
俺は再度席を立つ。その途端、ガーディが俺を拘束する呪文を掛けた。
「逃げようとしても、そうはいかない。あの鞄をどこから盗んだか教えてもらおう」
……そうか。俺はそう見られていたか。ははは。孤立して悪落ちするわけだ。
俺が真実を言っても、ホリスが良い様に改変するだろう。
鞄を作れる事を話す? この状況で? 冗談だろ。詳しく作り方を説明しろと言う話に絶対になる。
こんな奴らに渡すのはごめんだ。
「お前達には関係ない。俺は魔術師ギルドをやめる。三カ月したらこの町も出て行く。それで良いだろう」
「カリュート、あの鞄は新しいんだ。この意味が、わかるな? なんとしても作り主を見つけたい。この際、罪には問わないから知っている事を教えてほしい」
ああ、俺は馬鹿だ。そうだよな、新しいか古いかはすぐわかる。
「関係ない。俺にそれを教える義務はない。これは違法行為だぞ、ギルド長」
萌子の顔が浮かぶ。幸せになる。最高の復讐。
駄目だよ、萌子。俺には無理そうだ。
空気が険呑になった時、ガーディはごほん、と咳払いした。
「どうやら、私も焦っていたようだ。これでは意固地になるだけ。こうしよう。謝礼は払う。金貨百枚でどうだ。盗んだ場所、時間。何でもいい。知っている事を教えてくれ」
「……殺して、家ごと燃やしたよ」
自嘲気味に言ったジョークに、間髪いれずに酒場の親父は答えた。
「事実だ、殺しちまえ!」
ガーディが長剣を振るう。
切られた瞬間、コクエイが俺の影から飛び出して、転移の術を使った。
ああ、最初から転移して逃げていればよかったんだ。馬鹿だ、俺。
意識が遠のく。
気がつけば、俺はレンジャーギルドの中にいた。
服は変わっていたが、魔法の鞄は脇にちゃんとある。
「お、目覚めたか。お頭を呼んでくるから、待っててくれ」
俺はこっくり頷き、待っている間に魔法の鞄から回復用のジュースを飲む。
人心地つくと、レンジャーギルドの長がやってきた。
「おー、大変だったらしいな。とりあえず、庇ってやった代金は貰うぞ。金貨二十枚だ。新ダンジョン発見の報酬を考えれば安いもんだろ?」
「ああ、コクエイがここに連れて来てくれたのか。……。そうだな、状況説明とこれからも保護してくれる事を条件に払う」
「良し来た。まず、お前、正式に殺人犯として家が捜索されたぜ。作りかけの魔法の鞄やら未知の魔法具やら薬やらが発見されて、魔術師ギルドの連中は血眼でお前を探してる」
俺は呻いた。家には何があったんだったか。
錬金釜と、道具と、作りかけの魔法の鞄と、ああ、回復効果のある食事も用意していたな。基本的に魔法の鞄に片づけていたので、他にはなかったはずだ。
それに……それに、写真! 四人一緒に撮った写真があった!
「取りに戻らなくては」
「諦めな。お前にゃまだ殺人者としての嫌疑がかけられているし、道具はあらかた魔術師ギルドが持って行った」
「道具じゃない。写真だ。精巧な絵。大切な物なんだ」
「ああ、被害者として捜索を受けてたな。まあいい。金貨十枚上乗せで取りかえしてやる」
「頼む」
「……あの三人が、お前がサバランに言ってた友達か。殺したってのはホリスの嘘なんだろ? 二年後に会う予定らしいじゃねーか。魔法具の師匠はそいつらか?」
「皮肉のつもりだったんだ。そうしたら、真実だ、殺せと言われて……」
「うかつだったな。で、魔法の鞄、作れんのか?」
「道具は魔術師ギルドなんだろう?」
「道具さえありゃ作れるのか……どうだ、うちのギルドの専属魔術師にならねーか。金貨一枚よりは多く払うぜ。うちのギルドは仕事に正当な対価を支払うんだ。嫌疑を晴らすのは、サービスしとくぜ」
「よせ。魔術師ギルドと敵対するつもりか?」
「こういう事は初めてじゃないんだ。それに、古代の技術を復活させた魔術師を囲い込めるんなら、安いもんだ」
「そんな凄いものじゃないさ……何?」
俺が聞き返すと、頭はにやりと笑った。
「ホリスに潰されて逃げてくる奴は初めてじゃねーんだよ。気付かねーのは研究馬鹿のボンクラばかりさ。ま、証拠も出揃いつつあった所だし、見てろって」
「……お願い、する」
深々と頭を下げる。
三ヶ月もすると、裁判に勝って、ホリスが牢屋行きになったとサバランが教えてくれた。
ついでに料金を支払う。
「で、おたくのギルド長とガーディとか言う男が会いたいと言っているが」
「冗談だろう。散々人を盗人扱いしておいて、か? そんな事より道具を返せ」
「それはもちろん、取りかえして置いたが。なあ、二人は騙されただけなんだ。確かに、派手な騙され方して切られて、腹は立つだろうけどよ」
俺は聞こえないふりをして、急いで道具を確認し、いそいそと魔法の鞄にしまう。
そこに写真を見つけ、大切に胸にしまった。
「俺は他の町に行くが、渡した報酬では気が済まん。これを鎧の下に着るといい。かなり丈夫な服だから」
十着程の服をどさっと渡す。
「貰えるもんは有難く貰っとく。けど、残念だな」
俺は旅の準備をする。そこで、ガーディが現れた。
「……私とした事が、相当焦っていたらしい。仕方あるまい。無理やり連れて行く」
俺が身構えると同時に、ガーディと、第三者の放った呪文がぶつかった。
「無理やりナンパは関心しねぇなぁ! な、カリュート。お前、凄い術を覚えたらしいな。助けてやるから、俺を弟子にしろ」
俺は無言で走り出す。
「待てカリュート殿! ワシはドワーフのドーガ! ぜひうちの里にカリュート殿を……」
「貴方はカリュート様ですか? 王がお呼びです」
「コクエイ! コクエイ! 逃げるぞ!」
「なんで逃げるの? 皆に認められて、孤独じゃなくなるよー」
「それの代償に求められるのが何か、わからない程馬鹿ではないさ」
コクエイの転移で逃げる。
それから、逃亡生活を続けた。
段々と加速度的に大きくなっていく噂と現れる偽物に、戦々恐々とする。
もう、異世界に移住してしまうか……。
ああ、一年がたつ。買い物しないと。