『ここが、フーデル様の世界……』
雅が感動したように声を上げる。
『ええ……さ、帰りましょうか。カリュートの世界へ』
壮大な神殿を目にして、フーデルはくるりと身をひるがえした。
フーデルの銅像まで立っているが、フーデルは頑なに視線を合わせようとはしない。
「フーデル、ようやく戻ったか。早速装備を作ってもらうぞ。……そこの美しいご婦人と青年はどうした?」
陛下が自ら出迎えて言う。陛下、貴方はフットワークが軽すぎです。
「私の友人のエルーシュと、友人の友人の雅です」
「しばらくフーデルのお世話になる事になりました。よろしくお願いします」
エルーシュが頭を下げると、雅も頭を下げる。
『よろしくお願いしますわ』
「ふぅん……まあよい。せっかく神殿を作ったのだ、案内しよう」
「あ、あの陛下! お土産がございます!」
その言葉に、陛下は目を輝かせる。
「ほう、なんだ?」
「これです! 手に入れるのに苦労しました。覇王の鎧と言う物です」
陛下は早速身につけて下さり、喜んで下さった。
「ありがとう、フーデル。大義であった。さて、神殿に行くか」
「あ、あの、陛下! 他に、食べ物を持って来てございます」
「うむ、美味い。大義であった。さ、神殿に行くか」
「陛下! 私は装備を作りに行かなくては……」
「その場所も神殿内にある。大人しくついて来い。命令だ」
話を逸らそうとしたが、無理だったようだ。そして、神殿へと連れていかれた。
装飾過多で、所々に私の銅像が立っているその神殿を見ていると、非常に胃が痛くなる。
神官たちも用意され、教義の草案ですと神の束を差し出された時は泣きたくなった。
なんだろう、この美辞麗句に装飾された壮大な物語は。
これが後世に伝えられるのかと思うと、頭が痛くなる。穴に埋まりたくなる。
シースティーア様も同じ思いだったのだろうか。まさか、異世界人だったのか?
真実を知るすべはない。
雅が銅像を見て顔を赤らめ、ため息をついて、陛下が言葉が通じないながらも、立派だろう凄いだろうと自慢し、雅とエルーシュがしきりに頷く。
エルーシュも巻き込んであげましょうかと目で訴えると、巻き込んだら泣かせるとこれもまた目で返された。
カラーレン達を紹介したかったが、あの子達は遠征に出たらしい。
それも予測して道具は渡していたので、心配はしていない。
しかし、代わりに弟子になる各種専門家を百人程紹介された時には泣きたくなった。
苦痛ばかりの案内を終え、早速装備作りに入った。
もちろん、エルーシュにも手伝わせる。
大量に、かつ強力な物を永続的に作らなくてはならない。前者を満たす為にはやはりこの世界の物でなくてはならず、やはり地道に調合を試して行くしかない。
そこで役立つのが、やはりエルーシュの使い魔のエルだ。
エルーシュが、私にも使い魔召喚を促した。
久々に出した巨大な三つ首の狼、ケルベロスは不満げに吠えたてた。
「悪かったですね、ケルベロス。ほら、好きなだけお食べなさい」
食事を分け与えてやると、一心不乱に食べる。魔力は好きなだけ食べさせているつもりなのですが……。
とにもかくにも、雅は私の国の言葉の勉強、エルーシュと私は調合をする事が続いた。
布、糸、皮、果実、葉、枝。……様々な物を調合して行く。
エルーシュや萌子からも材料を分けてもらっていたが、実験の結果わかったのは、材料として優れているのは、カリュートの世界>錬金術の世界>私の世界>萌子の世界=エルーシュの世界と言う事だった。
なので、陛下に相談をして、少数精鋭の制服と他の制服の二種類を作る事とする。
二ヶ月位して、ようやく目処がついて、デザインを決めるのみとなった。
少数精鋭の制服を着せるのは、もちろんカラーレン達だ。
その頃になって、ようやくカラーレン達が帰って来た。
「超きつかった、側近の直属の配下クラスが現れてさ、前よりは楽だったけど……。うわ、すげー綺麗。このお姉さん、誰?」
「あの、私、雅って言いますの。フーデル様のお世話になってますの。よろしくお願いしますわ」
雅が、拙い言葉で答える。二ヶ月で言葉を片言でも喋れるようになった雅は凄い。
今では雅も、可愛い娘の一人だ。
「私はエルーシュだ」
子供達と雅、エルーシュは問題なく打ち解けた。
「はいはい、話はそこまで。カラーレン、サイズを測らせて下さい。新しい制服を作る事になったんです。それと、いくつかデザイン案があるので、選ばせてあげますよ」
子供達は途端に真剣になって制服を見る。
前の服のデザインは気にいらなかったのだろうか。地味に落ち込んでしまう。
まあ、今回は女の子である雅の意見も取り入れたから大丈夫だと思うのだが。
デザインも決まり、調合に入る前にカラーレン達の道具をチェックした。
「またこんなに使ったのですか!? 予算と言う物を考えなさい、予算と言う物を!」
「命がけの状況でそんな事考えてられないって!」
「俺らだって頑張ったんだよ!」
ため息をついて、道具を補充する。
作らねばならない物が増えてしまった。まだ在庫はあるが、どんどん使いなさいと言える量でもない。
それに、カラーレン達に作らせるにはまだ難しい物ばかりだ。
カラーレン達と新たな弟子には課題を与え、制服の調合に入った。
これは難しい調合なので、カラーレン達に手伝ってもらう事は出来なかった。
エルーシュやエルに手伝ってもらい、集中して調合する。
二ヶ月かけて、カリュートから分けてもらった素材でカラーレン達魔王討伐隊と近衛兵の制服、装備。覇王の鎧改及び陛下の装備数着を作りあげた。
魂具が武器でない物もいるし、もしもの時の為の武器が必要だと前の戦いで痛感したから、武器も作ったのだが、そのせいで時間が掛かってしまった。
更に、二カ月かけてこの世界の物だけでできた制服を幾種類か作らせる。
積極的に弟子に調合方法を教えたが、まだ手伝わせる事は出来ず、調合する事を見せるのと簡単な課題を与える事に終始した。
戻ってきて半年。馬車馬の如く錬金し続け、ようやく一息ついて本格的に弟子達に錬金術を、子供達に武術を教え始めた。雅は言葉をあらかた覚え、色々と手伝ってくれている。
ちなみに、もう私などではカラーレン達の相手にならない。
仕方ない事ではあるのだが、やはり悔しいな。
半年かけて頑張った甲斐あって、少しずつ人間勢が、もっと言えば我が国が押し始めて来た。
一か月もすると、他国からも依頼が来た。
他国の要人、それも幼い頃からよく知っている相手に神様っぽい服で謁見させられた時、思わず泣いた私は悪くない。
錬金と物を教える日々が続く。
いずれ、この勢いのままに魔王は駆逐されるだろうとなんとはなしに思っていた。
私は、結局自分はどこか無関係だと思っていたのだ。
主役はカラーレン達で、魔王と戦うのもカラーレン達なのだと。
その日、カラーレン達は遠征に出かけていた。
囮だった。
走る。走る。陛下を探して。
まさか、魔王が直接城に来るなど、思いもしなかった。
しかし、考えてみれば当然の事だ。人間が不可思議な道具を使うようになり、少し調べればここから全ての品が供給されている事。嫌でも気付くだろう。
雅もついてきてくれていた。エルーシュは、SGRで外のドラゴンを片っ端から落としている。
「陛下!」
倒れた近衛兵。陛下は、覇王の鎧改を着て、魔王に魂具の武器、大剣を向けていた。
既に疲労しているようすで、片膝を突いている。私は急いで回復薬を使った。
「馬鹿か、貴様! お前の技術の継承はまだ済んでいない! この世界に必要なのは余ではない、お前なのだ、フーデル!」
「私は陛下の作る太平の世の為に身を粉にしていたのです。陛下の支配されない世界に意味など無い! 陛下こそ、お逃げ下さい」
私は魂具を出す。
雅も、夢想石を出した。
私は呪文を詠唱しつつ、雷玉を数個纏めて魔王へと投げた。
雷玉は時間稼ぎ。本命は呪文で強化した魂具で切りかかる事だ。
雅が、光る弓で援護をしてくれた。
戦いが始まった。陛下は逃げては下さらなかった。
やはり、私はカラーレンに比べれば大分劣る。
呪文を、錬金術を、エンチャントを、剣術を駆使するが、苦戦し、押されていく。
魔王が鋭い一撃を陛下に放ち、考える間も無く地を蹴った。
胸に衝撃が走る。陛下を押しのけた私を更に庇う雅。雅ごと貫通する魔王の触手。
陛下が、僅かに驚いた顔をする。
「フーデル……? フーデル――――――――!!!」
「へい、か。これ、を」
雅が夢想石を震える手で陛下へと渡した。
「フ、デル様、が、大切、なのは、私も、大切、にげ、て」
意識が遠くなる。その時になって、カリュートと萌子を呼べば良かったと後悔した。
なんで思いつかなかったのだろう。二人は怒る。きっと怒る。泣きながら怒る。
大切な預かりものである、雅すら巻き込んでしまった。
でも、もう取り返しがつかない。
その時、更に陛下に攻撃せんとする魔王の触手を、眩いばかりの閃光が城の壁ごと纏めて薙ぎ払った。
エルーシュのSGRだ。
エルーシュの怒っている視線が感じ取れるようだった。
そして、ゆらりと陛下が立ちあがり、淀んだ瞳で魔王を見つめた。
夢想石を、魂具へと嵌める。きっと、宝玉と勘違いなされているのだろう。
「……いもの。無礼者。調子に乗る出ないぞ、魔王ごときが……」
夢想石が発する光で、何も見えなくなる。
「余に跪け、魔王!」
陛下の力強いお言葉を最後に、私の意識は途切れた。
気がつくと、胸のあたりにパジーが頭を載せ、眠っていた。その瞳には涙がにじんでいる。
「ここは……陛下は!? エルーシュは、雅は!」
その声に飛び起きたパジーは、驚いた顔で私を見上げ、顔を崩して泣きじゃくった。
「よかったぁ……よかったっ……っ!」
「陛下はどうなされたのだ、パジー!」
パジーの肩を揺さぶると、パジーは答える。
「陛下も、エルーシュも、雅も、皆無事だよ。近衛兵さん達の中には……残念な人もいたけど……。み、雅は昨日起きて、また眠った。エルーシュと陛下は部屋に立てこもってる」
「何故です? 魔王はどうなったのですか?」
私が心配して問いかけると、パジーは、目を輝かせて答えた。
「あのね、凄かったらしいんだ。エルーシュが神の巨人兵を操って、光をバーンって。それで、陛下が六つの輝く羽を生やして、凄く神々しいお姿で戦ったって。それで、神官長様が、外国の人も、陛下とエルーシュを神と称えなくてはって。でも、銅像作るのに協力してくれないんだ」
それに、思わず笑ってしまう。
「慣例ですから、仕方ありませんね。陛下を呼びに行きます。それと、雅の見舞いとエルーシュのご機嫌伺いに行かないと」
「まだ寝てろよ! すっごい大けがだったらしいんだからな! 待ってろ、医者呼んでくる」
その後すぐに、カラーレン達子供達が大挙してやってくる事になったのだった。
体の具合が良くなると、祝いの式典と掃討戦が行われ、神殿が物凄い勢いで建設されていく。
エルーシュも陛下も胃が痛そうだ。
貢物が激化して来た頃、待ちわびた約束の日が訪れた。
「では陛下、例年通り友人に一か月ほど会いに行ってきます」
「多分もう戻らないと思うが、よろしく」
そして雅をそっと抱き寄せる。大けがをしたのはだいぶ前だが、それでも慎重になり過ぎる事はないだろう。私と違い、雅は女の子なのだ。
雅も、進んで体を寄せて来た。あれ以来、雅は良くこうする。きっと立っているのが辛いのだろう。悪い事をした。
「余も行く」
「あの、陛下……」
「余も行く」
「しかし……」
「もう崇められるのはごめんだ、息が詰まる。フーデルは余の息が詰まって死んでもよいのか!」
「いえ、そんな……。しかし、一か月も国を開けるのは。それに御身は何よりも尊いもの、他国に行くなどと……」
「一か月分の指示は出してある。それに、フーデルとエルーシュ、雅、余の四人をどうにか出来る相手なら、城に籠っていてもひとたまりもなかろうよ」
私はため息をついて、陛下に手を差し出した。
陛下がわかればいいと手を取る。
雅がクスクスと笑う。
そうして、私達は転移した。