カリュートの家に、萌子達三人と雅と浩太は現れていた。
『ここはどこですの?』
『萌子。ご婦人達も連れて来たのですか』
フーデルが問うと、雅は凄い勢いで髪を整え、魔法の鞄からフーデルへのプレゼントを出した。
『フーデル様、あの時は助けて頂いてありがとうございます。こちら、ささやかなお礼ですわ』
『一年前の事で随分丁寧ですね。ありがとうございます』
エルーシュは非常用の大容量の鞄を抱えていて、萌子に嫌な予感が走る。
エルーシュもまた、萌子の非常用の鞄に嫌な予感を覚えていた。
「萌子! 良く来てくれたな。皆も、出迎えが遅れてすまなかった。あ、客人が来ているのか? 言葉がわからなくて大丈夫か?」
カリュートが萌子に問い、その言葉の意味がわからず雅は戸惑う。
『ようこそ。萌子の客なら、歓迎する』
そうカリュートから言われて、ようやく雅は安堵する。
『櫻崎さん。ここは外国ですの?』
『あー。その内わかるかな。私達、ちょっと積もる話があるから、しばらく待っててくれない? 白閃と遊んでて』
カリュートはいそいそと魔法の鞄から料理を取り出し、お茶を入れた。
雅は不思議そうにしながらもそれを食べる。
その間、私達は互いの状況を話しあった。
まずは私の番だ。皆に心配を掛けていたから。
「萌子が無事で何よりだ」
「そこのご婦人と萌子と子供一人くらいなら、私の力で匿えます」
「あー。それなんですが、私もお願いしたいな、と」
言ってエルーシュは現状を話した。
「む……。マスコミとは恐ろしいものだな」
「さすがにあれは逮捕者出たがな。明らかに盗撮だったし」
「ですが、大丈夫ですか? 文明無しでの生活なんて」
「ある程度は我慢するしかあるまい」
「エルーシュ、SGRの無い生活なんて大丈夫?」
「どうにかするさ。それより、私のSGRが迷惑をかけたな」
エルーシュは萌子の頭をくしゃっと頭を撫でる。
「ううん。元から詰みだったのよ。で、カリュートの所はどんな感じ?」
「あー……」
カリュートは躊躇した。躊躇したが、どうせばれる事である。
「凄く嫌いな相手と結婚させられた……。第二夫人だけど」
三人は大いに驚き、先を促した。
カリュートは淡々と話す。
「酷いな」
「カリュートには責任はないと思いますが……」
「でも、学校の先生なんて素敵ね」
萌子の言葉に、カリュートは気分を持ち直す。
そして、最後にフーデルが現状を話した。
「うわ、フーデルの所だと神様扱いか。カリュートの所に泊まろうかなぁ。奥さん大丈夫?」
「いいのか!?」
嬉しそうに声を上げるカリュートに、却って萌子が驚いた。
「わ、それ私のセリフじゃない?」
「私も来るから二人きりではないぞ」
エルーシュが釘をさす。
「わかっている。服を色々と用意していたんだ。ゆったりしたサイズだから、そこのお嬢さんにも合うと思う。少年の分もすぐ錬金しよう」
「手伝うわ」
そして、萌子は困った顔でお茶を飲んでいた雅に言った。
『こっちでの服を用意してくれたらしいから、先に選んでくれる? 浩太の分は今から作るって』
『あら、そうですの? では、遠慮なく』
そして、カリュートの渡した何着かの服やアクセサリーを、フーデルの好みを聞きながら自分なりにアレンジしだした。ついでに、カリュートに許可を貰って部屋を色々と見学する。
萌子も浩太の服を手早く作り、そして皆で着替えてカリュートから軍資金を貰い、外に出た。
雅は、家の外に出て、声を上げた。
『まああ。見て! あの方の耳、本物ですの? カメラ! カメラをお出しになって!』
『ああ、獣人ね。本物だよ。今日はね、色々カリュートに案内してもらって、ダンジョンで冒険するの。通訳はしてあげるから安心して』
雅と浩太はもちろん、エルーシュやフーデル、萌子もカリュートの世界は初めてだ。
それぞれ興味深く見渡す。
でも、一応この世界の服を着ているはずなのに、注目を受けてしまうのはなぜだろうか。
カメラが珍しいのかな?
「ここがレンジャーギルドだ。これから町案内と洞窟探索の依頼を出すんだが、依頼を出してみるか?」
『レンジャーギルドだって。町案内とダンジョンを探索する為の護衛依頼を出すんだけど、雅と浩太、出してみる?』
『ゲームみたいですのね。チャレンジしてみますわ。あ! あれはなんですの?』
『食べてみるか? ああ、サバランがいるな。やたら驚いた顔をしているが、どうしたのやら』
カリュートは適当に食べ物を注文し、サバランに声を掛ける。その間に雅と浩太が紙を提出する。
「ちょ……おま……どうしたんだよ、この美形集団は!? あ、この前の精巧な絵の友人か! にしても、実際に見るとこの嬢ちゃん達、すっげーな! すっげーよ! 外国の女か!? どういう知り合いだ!?」
サバランの瞳は、雅と萌子の胸に釘付けだ。
「友人その家族やまたその友人だ」
「はぁー……。気をつけろよ。こんな美形集団、浚われてもおかしくないぞ」
「だからここで護衛依頼を出している。いいか、今度こそレイフォン関係は駄目だからな。特にあいつは女たらしだからな」
「わかったよ。あんな事になって、こっちも反省してるんだ。で、嬢ちゃん達の護衛か? 任せとけ! なあ、親父! 俺に受けさせてくれるよな!」
「ダンジョン探索はサバランに任せるが、観光案内の仕事はお前のランクが高すぎて駄目だな」
酒場の親父の言葉に、酒場全体が色めきたった。
男も女も、我こそが、と名乗り出る。
『どうしましたの?』
『なんか、私達もててるみたい。私達が可愛いから、エスコートしたいって』
『まあ』
結局、護衛は一人の所を三人程雇う事となった。
その三人に案内してもらい、町の名所を巡って行く。
カリュートも、あまり出歩かない性質だったので新たな発見を楽しんだ。
市場での買い物を楽しんだりもして、最後に案内と学校で別れた。
「ここが、カリュートの教師をしてる学校?」
「そうだ。ちなみに教師はレイフォンのハーレムプラス俺で形成されてる」
「ありゃあ……それは居づらいわね」
「もう慣れた」
そう言いながら、カリュートが学校を案内する。
すぐにレイフォンが駆けて来た。
「カリュート、知り合いが……来たって……凄いな……」
『誰ですの?』
『校長で、ほとんどの教師を囲っている柊君みたいな人』
『まあ』
「お嬢さんたち、お茶はいかがですか?」
「俺の友人をナンパするな。遠方からの客人だ。そこら辺を案内してくる。問題はないな」
「ああ、それはもちろんだ。もしかして、彼女達のどちらかがカリュートの言っていた好きな人か?」
カリュートは顔を赤くした。
萌子は、え、とカリュートの方を見る。
「本当、カリュート。もしかして私の事好きなの?」
カリュートはレイフォンに苦々しく思いながら、ぎこちなく頷いた。
「やだ、嬉しい……」
『どうしましたの?』
『校長が、カリュートが萌子が好きだってばらしたんだ』
『まああ。櫻崎さん、とても嬉しそうな顔をしていますわよ。もちろん受け入れたんでしょう? 櫻崎さんも好きって言っていましたわよね』
雅としては、カリュートが萌子とラブラブでいてくれた方が嬉しいので、サクッとばらした。
カリュートと萌子の間に桃色の空気が漂い、どちらからともなく手をつなぐ。
雅もさりげなくフーデルの手に手を絡ませ、レイフォンに入り込む余地が無い事を示した。
そして、色々と学校を見て回る。
生徒達も教師も、驚くことこの上ない。カトレアの夫でありながら、カトレアやレイフォンに敵対的で暗く獰猛なイメージのあるカリュートが美形集団を連れて来て、しかも可愛い女の子がカリュートと手をつないでいるのである。
「明日は俺の魂具と錬金術の混合授業がある。学校が始まるまでに王子達に全てを教えられなくてな。手伝ってくれると嬉しいんだが……」
「本当に? 嬉しい!」
案内も終わりを迎えようかと言う所に、カトレアがやってきた。
「カリュート。あ、貴方、私と言う者がありながら……」
「お前はいつもレイフォンとひっついているだろうが」
「貴方は平民! 私は王族ですわ!」
「王族ならば、政略結婚の相手の子を産むのは当たり前の義務だと思うが。互いに義務の行使をする気なんか、ないだろう。その上、カトレア。お前は第二夫人と言う事になっているはずだ。それも刑罰で」
「カトレア、カリュートが好きなの?」
言い争う二人に割って入った萌子の言葉に、カトレアは怒る。
「私はレイフォン一筋ですわ!」
「ならいいじゃない。それとも、カトレアはカリュートに子供を産んで欲しいって言われて、頷くの? 王族の女性は、夫の子を産むのが第一の義務だと思うけど」
「女をなんだと思っていますの!?」
「その為に国税を使って贅沢な生活をしてきたんでしょう? 権利にはいつも義務が伴うわ」
「わ、私は国民の為に頑張っていますわ!」
「そうね。盗んだ知識を広めて被害を出して、無理やり正式に教えさせるようにしたわね」
「そうですわ。身を挺してカリュートに言う事を聞かせましたのよ!」
これでもカトレアの言葉に頷く生徒がいるのだから、カリスマとか権力とか噂って素晴らしいものである。
「……はぁ。カリュートも大変ねぇ。カトレアの犯罪って全部カリュートの責任になるの?」
「……ちょっと待て。新たな犯罪は考えに入れていなかった。ちょっとケルト様に聞いておく。全く、なんでレイフォンと駆け落ちしなかったんだか」
「ハーレム男が一人の女の子選ぶはずも、野心ある女の子が王位継承権を捨てるはずもないじゃない。それはないわよ」
「なんですの、人を犯罪者みたいに!」
「盗みを働いて刑罰を受けた人は、犯罪者って言うのよ。所でカリュート、本気で全く反省が無いみたいだけど、いいの?」
「それを言うと早く子を作れ、妻の手綱を握る事からやれ、話はそれからだという話になるから嫌なんだ。国王陛下もカトレアの事は溺愛しているしな」
「カリュート、それ絶対おかしい。カリュートだけ損してるじゃない」
「俺もそう思う」
雅はそんな二人の会話を、こっそり通訳してもらい、事情を聞く。
『カトレアもカトレアですけど、王族にそんな口を聞いてもよろしいの?』
『うーん、こっちの文化はわかりませんから……。ただ、私のように仕える人間が輝ける人間でない事は、可哀想に思います』
その後、一行はケルト王子に目通りする。ケルト王子もまたカリュートの連れに驚き、また事も無げに爆弾発言をした。
「心配しなくても、カトレアの犯した罪でカリュートが死刑になる事はないよ。それは僕が絶対に防ぐ。でも、尻ぬぐいはカリュートにやってもらうよ。魂具の件と同じと言う事になるね。……レイフォンでも、カトレアの抑えにはなりえなかった。カトレア相手に罵詈雑言を吐ける君には期待しているんだよ」
実際には、カトレアは自分が遠因で兄弟が死ぬという重い経験とレイフォンの長きにおける説得でようやく成長するのである。それを取り除いた今となっては、成長は難しいと言えた。
カリュートはため息をつく。
「あの女、話が通じすらしないぞ。何故俺が面倒をみなければならん」
「あれを処刑すれば内乱がおきる。それぐらいのカリスマは持っている子なんだ。ここは冒険者の国だし、あの子は強いしね。正直言って、君の事はカトレアとレイフォンを嫌えるという一点だけでも認めていいくらいだ。この件については、生かさず殺さず、少しずつカトレアの力を削いでいくしかないんだよ。……ああ、これはここだけの話だから。いや、本当に君と言う武器が手に入って良かったよ。マロイ達には感謝しないとね。その分、国が後ろ盾となるから頑張ってほしいな」
「やれやれ、本当に厄介だな」
謁見を終えて、家に戻る。
カリュートの家はそれほど部屋数が無い為、雑魚寝である。
雅は早速、恥ずかしがりつつもフーデルの隣に陣取った。
浩太と雅に錬金術について教えつつ、夜中まで色々な話をする。楽しい、そして永遠になるかもしれない夏休みはまだ始まったばかりだ。
そして、翌日。
「魂具を既に持っている者は、必ず申告する様に。命にかかわる事だから。まだ魂具を持っていない者は、儀式を行う。今回は、その道のプロが来て下さった。フーデルだ」
カリュートが紹介すると、フーデルが前に出た。
「フーデルだ。では、魂具を持っている者は魔法陣から出てくれ」
フーデルの指示に従い、決して少なくない数……魂具を作る術は国で禁じられている……が魔法陣から出ると、カリュートはため息をついた。
フーデルが儀式を行うと、生徒達の前に魂具が形成されていく。さすが、その道のプロは違った。雅と浩太も、ついでに魂具の儀式を受けた。雅は弓、浩太は銃である。
「次に、全員に雷の宝玉を一つずつ支給する。並んで、ここから一つ取って行って、くぼみに埋めるんだ。その後、旅立ちの森に戦闘訓練を兼ねて採集に行く。旅立ちの森は冒険者の初心者が行く、弱い魔物しか出ない森だ。採集するのは……」
カリュートの説明が終わり、コクエイが出てくる。
「コクエイ、頼んだぞ」
「ちょっときついなぁ。まあ、やれと言われればやるけどさ」
そして、旅立ちの森に移動する。
「では、雷を落としてここにでてくる牙兎を無傷で一匹、解体に慣れていない者は三匹ずつ取って来るように。他の素材も忘れるなよ」
『私達は三匹ですわね。浩太君、行きましょう』
『うん!』
「……雷が出せない」
「魂具が出てこん!」
「どうやってしまうんだ、魂具は」
複数からあげられた声に、エルーシュ、フーデル、萌子が動いた。カリュートは全体を見て、生徒達を見守る。やはり、適性のあるなしでは大分違う。
捕獲が終わると教室に戻り、カリュートの指示の元、解体。
これはフーデル達も初めての獲物なのでカリュートに従った。
そして、錬金である。
出来あがった物は兎のスープだった。
「回復効果のあるスープだ。上手く出来ていれば、色が変わっているはずだ。では、錬金術の理論を書いておいたので、それを理解して最低一つは具が違う回復効果のある料理を一つ作る事。ただ具を変えただけでは、同じ効果のスープは出来ないぞ。それと、危険な物が出来ない様に、俺がここに置く材料と今旅立ちの森で採集した材料以外の使用を禁じる」
大分スパルタだが、錬金術の一期生は、他の学科と事情が違い、ほとんどが薬師や魔術師、鍛冶士達だ。これは、錬金術が広まり次第、彼らの仕事が阻害されるが故の王の計らいである。他の学科は上級クラスと下級クラスに分かれているが、錬金術のクラスはそうではない。当然、武器の扱いが得意なもの、調合が得意な物が揃っており、苦手分野で躓く事はあっても基本的に食らいついていた。
「ガーディのが一番回復力が高いな。効果の高い物を作るにはコツがある……」
生徒達の手際がいいので、時間が余ってしまった。
思ったよりも優秀な事を受け、次の授業は飛ばして内容を宿題とする事と決め、理論をせっせと書いていると、生徒達によるフーデル達への質問タイムが始まっていた。
ダンジョンに遊びに行く事を知っている耳聡い生徒がいて、萌子はつい漏らしてしまった。
「明日、アガトゥース平原のダンジョンに行くの。サバランが罠を解除した後に私の手で宝箱を開けさせてくれるって。未発見だから、素敵な物がいっぱいあるはずだって」
「そこの魔物の素材を剥ぐ手伝いも頼まれていたな」
フーデルも何でもない事のように言う。
生徒の中には冒険者を兼ねた魔術師が何人もいる。この話題に、食いつかないわけが無かった。
結局、絶対に無理をしない事と自分の身を守るだけの力はある事を条件に、生徒達も連れて行く事になってしまった。
この話は即座に広まり、レイフォン達教師陣や他の学科の生徒までもついてきて、それを護衛するレンジャーギルドや戦士ギルドのメンバーもついてきて、大所帯となった。
『ごめん。ほんとごめん、カリュート』
平謝りする萌子。
『いや、元から萌子に教えてもらったダンジョンだし、まだストックはある。構わんが、萌子にと思っていた宝箱は取られるかもしれない。すまないな』
『確か、あの洞窟も珍しい薬草採取出来たわよね。私はそれが楽しめればいいけど……雅、浩太。ごめん』
『私は構いませんわ』
『皆と一緒の方がきっとたのしーよ!』
と言う事で、遠足である。
翌日、コクエイを使って大人数が移動する。
ダンジョンを見ると、レイフォンの気をつけるようにとの訓示もそこそこに、いそいそとレンジャーや戦士、魔術師達は入って行った。
浩太を守るように戦いつつ、カリュート達も奥に入って行く。
幸い、ダンジョンは楽しめた。大体の道はわかっているし、久しぶりに四人揃っての戦いだ。楽しみつつも、目当ての宝箱や、それ以外の宝箱をいくつか開けるという幸運にありつく事が出来た。光が乱反射する水晶の山を見る事も出来、女性陣はご満悦である。
『宝箱があるって、不思議ですのね』
言いながら、雅は宝箱を開け、そこに入っていた可愛らしい女物の服を抱きしめて顔を綻ばす。
一週間ダンジョン観光をして、アガトゥース平原も観光し、生徒達が戻って来ると数を確認して戻る。ダンジョン登録を済ませての帰り道、フーデルがふと言った。
『そう言えば、陛下にお土産を約束していたのだった。以前話していた、覇王の鎧を欲しいのだが』
『あそこ、モンスターレベル高いわよ? 宝箱まで長いし』
『陛下にはそれぐらいが相応しい』
『雅と浩太も戦力になったし、このメンバーなら構わないだろう』
「サバラン、二週間ほど空いているか? 極秘で出かけたい所があるのだが」
「まさか、また新ダンジョンか!?」
押し殺した悲鳴のような声を上げるサバランに、カリュートは当然の様に頷いた。
そして二週間後、目的通りの物を手に入れると、その場で解散となった。
その後、話しあいの末、雅は戻る事を拒否し、フーデルの世界へ。
エルーシュは雅の護衛としてフーデル世界へ。
浩太と萌子はカリュートと共にカリュート世界へ滞在する事となったのだった。