仁?何それ美味しいの? IFルート1&番外編1
「そう言えば、赤麒は転変しないのか?」
今更すぎる疑問を、休憩中の楽俊が言った。
なお、現在はネズミの姿である。
『今更だな。』
「本当ですね。」
同じく休憩していた赤麒と出張中の朱衡。
赤麒は汁気の多い果物(輸入品)を食べ、利広はのんびりお茶を飲んでいる。
「いやさ。登極してもう1年も経つけど、おいらは一度だって赤麒の人の姿を見た事ないしよう。」
一年とは言うが、その密度はそこらの安定した治世数十年とは比べ物にならない程濃いものだった。
「前王と同じ姓を持つ者は王になれない。」という天の理がある。
楽俊の名は張清。対し前王の姓も張。これでは如何に王気を持っていても王にはなれない。
これに対して赤麒は抗議のために蓬山を目指し、玉葉と再戦した。
戦いは苛烈を極めた。
前回の事を踏まえ、両者とも再戦に備えて鍛練を怠る事は無く、嘗て無い程の被害が蓬山に齎され、被害は拡大した。
一昼夜の戦闘の後に漸く玉葉が折れて西王母にお伺いをたてた所、盛大な溜息の後に「例外措置」として認められ、楽俊は漸く登極したのだった。
『次は勝つ。』「ふん。何時でも来やれ。」≪勘弁して下さい!!≫
こうして蓬山史上初の大被害を出した事件は収束した。
後にこの事件を原因として前王と同じ姓の王気持ちを王にする際、必ず蓬山にお伺いを立てる事が慣習となる。
「確かに。常に獣形ですからね。」
そんな王と重臣の言葉に、赤麒はふんと鼻を鳴らした。
『別に必要あるまい。』
「そうは言ってもさ。気になるもんはきになるんだよ。」
「それとも何か理由があるのですか?」
朱衡も長い間延王に仕えてその気風が少なからず感染してしまったらしい。
面白そうだと目を輝かせながら、楽俊に便乗している。
『この姿だと楽だからな。』
「あー解る解る。確かに儀礼服とか重いし熱いし蒸れるからいやなんだよなー。」
赤麒の言葉に大いに納得する楽俊。
彼も普段から獣形を取っているのは衣服の節約だけでなく、その方が服やら帯やら玉やらで飾るよりも遥かに楽だからだ。
今は国庫に余裕が無いから必要最低限のものしかなかったが、本来なら即位式ではもっと豪華で煌びやかなものになるはずだった。
「お二人の言わんとする事は解ります。私も位が上がるにつれて堅苦しい官服にうんざりした覚えがりますから。」
苦笑する朱衡。彼とて最初から偉かった訳ではないのだ。
「しかし、あなたが獣形のままだとまた不埒な事を言う輩が出ますよ?」
『むぅ…。』
赤麒は転変できない。それは胎果だからだ。
半獣差別と海客差別は未だ根強い。表だって逆らう者はいないが、少しでも粗を見つけるととやかく喧しく囀る者達は何時の時代も存在するのだ。
赤麒だけなら無視か蹂躙かなのだが、この麒麟に足りていない仁を補っている楽俊がそんな暴挙を許す筈が無い。
それにその「不埒な事を言う輩」の大元は既に片付けられているため、今言っているのは無実な民しかいない。
そのため、どうしても暴力以外の手段を取る必要がある。
『…ではやってみるか。』
「すまねぇな。」
「では何か着る物を用意しましょう。」
赤麒が重い腰を上げ、朱衡が楽しげに衣装棚に向かう。
楽俊は楽俊でキラキラと目を輝かせている。
『む…ぬ…ぅ…。』
眉根を寄せて集中し始める赤麒。
どうやら長く過酷過ぎた野生生活で人型の感覚をすっかり忘却しているらしく、上手くいかない。
「こう、衣服を着替えるみたいな…自分の内側の棚から出す様な感覚でだな……。」
「御召し物を選びました。何時でも良いですよ。」
『んぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ…っ!』
プスプスと頭から煙を噴きそうな赤麒。
漸く外野2人はこりゃダメだと悟ったらしく、肩を落とした。
「おーい赤麒。無理すn『だりゃあぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!!』
瞬間、ズドゴン!と室内に爆発が起こった。
「げほげほげほ…!」
「こ、殺す気ですか!?」
爆発が収まった後、楽俊と朱衡が瓦礫から出て来る。
もし2人が神と仙じゃなかったら死んでいただろう。
部屋はほぼ完全に吹き飛び、隣接していた全ての部屋にも破壊が及んでいる。
あぁ無駄な出費が…。頭の中で被害額を計算しながら、2人は赤麒の方に振り向いた。
「赤麒!部屋が目茶苦茶じゃねぇか!どうすんだこれ!?」
「台輔!今日と言う今日は許しませんよ!また王宮を壊して!」
自分達が注文したのに酷い奴らである。まぁ洒落になってないので仕方ないとも言える。
「ふははははっ!どうだ、これが己の人型だぞ!」
粉塵の向こうで微妙に聞きなれない声が響く。
無事に転変自体はできたようだが、この周辺被害はどうにかならないのか?
2人が頭を痛めながら、まぁ一先ず一目見ようと目を凝らす。
丁度粉塵も収まり始め、漸く赤麒の姿が見えた時
「「ぶふっ!?!」」
2人は噴いた。
「む?己の身体は何かおかしいか?」
そう言って首を傾げる赤麒?の姿は、2人は思わず視線を反らした。
「んん?本当にどうしたんだ主?」
「いやいやいやいやいやいやいやいや!!おめぇこそどうしたんだよ!って言うか隠せよ!」
「ん?ああ。」
必死に視界から排除しようとする楽俊。しかし赤麒は躊躇無く近づいてくるし、楽俊はついつい薄目を開けて見てしまう。
人型に転変した赤麒の姿、それは……非常に肉感的な美少女だった。
高い身長に大きな胸、しなやかに鍛え上げられた肢体、意志の強そうな太い眉と瞳、慶王に似た赤い長髪、小麦色の肌。
全身にある無数の傷痕も、彼女の野性的な魅力を引き立たせる飾りにも思える程の美貌。
それらの魅力的な部位は、勿論の事ながら完全に肌に晒されている。
手っ取り早く言えば全裸である。マッパである。キャストオフである。
そっかー。赤麒は赤麒じゃなくて赤麟だったのかー。
呆然としながら楽俊は思った。
確かにあの赤麒を女性にしたらこうなるだろうという姿に何処か納得する。
納得するが、この状況を早急に打開しなければならないのはさっきから何も変わっていない。
「朱衡!早く服、を……。」
朱衡は血の海に沈んでいた。
仕事一筋600年。不真面目な延主従(必ずどっちかは年に10回は行方を暗ます)の元で真面目に働き続けて女に耐性がない彼には刺激が強過ぎたらしい。
「主、本当にどうしたんだ?具合でも悪いのか?」
「えーとな、取り敢えず服を着てくれないか?」
疑問符を乱出する赤麟に、楽俊は毛皮の下に大量の脂汗を流す。
この状況を誰かに見られたらどんな事態になるか…!
少なくとも更なる混乱は避けられないだろう。
楽俊としては絶対にそんな事は避けたい。避けなければならない。
唯でさえ半獣と言う事で下からの突き上げが酷いのだ。
更に色狂いとか言われたら後々に問題の火種になりかねない。
「主、典医に会おう。今の主は何処か変だ。」
「いや、今おかしいのはおいらじゃなくて…!」
しかし、抵抗空しく軽々と担がれてしまった楽俊。
妖魔を指先一つでダウンさ~♪の赤麟の前に、ネズミの半獣程度では太刀打ちできようもなかった。
「急ごう。何かあったら事だ。」
「いやだから何かあるのはおめぇの方だって――ッ!!」
数秒後、楽俊は生れて初めて肉食系美少女(全裸)に担がれて王宮内(幸いにも人の少ない内殿)を全力疾走するという貴重な体験をする事となった。
後日、女官達(+女怪)による赤麟への苛烈な淑女教育が始まったのは言うまでも無い。
「こんな香水は嫌だ!獲物の匂いが解らん!」
「ぶふぉうっ!!?」
「ちょ台輔!下着姿で主上の前に出てはいけないとあれ程!!」
楽俊の心の平安は遠い。
一度はやってみたいTSネタ