仁?何それ美味しいの? 第二話
事の次第を黄朱の民に聞いた蓬山の女仙達は半信半疑ながらも、黄朱の民を案内の元に急ぎ黄海に入った。
何処の国の麒麟かは解らないが、それでも麒麟は麒麟。何としても保護しなければならない。
もし麒麟に何かあったら、それは目前で今まで気付いていなかった蓬山の落ち度に他ならない。
何処の国の麒麟も大抵は蓬山で女仙達の愛情を受けて幼少を過ごす。
彼女達は、麒麟に対しこれ以上無い程の愛情を抱いているのだ。もし麒麟に何かあったら全員が卒倒しかねない。
しかし、彼女達の心配は杞憂に終わった。
彼女達は見た。
使令に下してもいない妖獣・妖魔の群れと、それを率いる麒麟とは思えぬ威容を持った赤い麒麟の姿を。
そして、あろう事か赤麒は妖獣・妖魔を率いて大型の妖魔を狩り、その血肉を群れと共に喰らったのだ。
それを見た瞬間、女仙達の半数が卒倒した。
そして、気を保った熟練の女仙達は何とか精神の均衡を取り戻すと、急いで捕縛の準備を始めた。
麒麟は神獣と言えど、生まれたばかりは本当に獣である。
その俊足を生かして女仙達の手をすり抜ける事はやんちゃな麒麟ならよくある事だ。
女仙達は必死に妖獣・妖魔・赤麒に気付かれない様に捕縛のための仙術を組み上げ、数日程赤麒が罠にかかる事を待った。
元々麒麟に関する事なら誰よりも熟知している彼女達である。赤麒はお供の妖獣・妖魔達と共にあっさりと引っ掛かった。
これで一安心と彼女らは胸を撫で下ろしたが、しかしそうは問屋が卸さなかった。
結界の中で混乱する妖獣・妖魔の中でただ一頭、赤麒だけは怒りに身を震わせていた。
すっかり野生の王として君臨している赤麒だが、それと共に嘗ては無かった矜持というものを胸に抱くに至った。
今の彼には女仙達が小生意気な人間として見えており、己と配下の者達の敵であると断定した。
怒りと共に全身の筋肉が隆起し、鬣が逆立ち、その角に紫電が走る。
並の妖魔では見た瞬間平伏するであろうその異様に、女仙達は慌てて距離を取った。
その瞬間、地を揺らす踏みこみと共に、振り下ろされた角で結界は砕け散った。
女仙達はものの見事に混乱の内に敗走した。
黄朱の民が玉を撒いて妖獣・妖魔の群れの気を引いていなかったら、きっと半数が彼らの胃に収まっていた事だろう。
蓬山に這う這うの体で帰りついた女仙達は、自分達では手に負えないと判断せざるを得なかった。
「仕方無し。他の台輔方に助力を乞うしかないのぅ…。」
蓬山の主たる玉葉の言葉に、女仙達は無力感に項垂れた。
「で、オレが呼ばれたのか?」
延麒は久しぶりに蓬山を訪れた。しかも珍しくお呼ばれする形で。
「兎も角、もう私達では手に負えません!あんな沢山の妖獣や妖魔に、戦える麒麟なんてもうどうしようも…!」
「解った解った!オレが何とか説得か捕縛をすれば良いんだろ?まぁやってみるけど、あんま期待するんなよ?」
「お願いしますぅ!」
涙ながらに悔しさを語る女仙達の元を去って、延麒はどうしたものかと頭を悩ませた。
何せ相手は赤麒である。しかも麒麟としての常識なんぞ打ち捨てている様子。とても自分一人では手に負えない。しかし、見捨てては何処かの国で何千もの民が犠牲となるだろう。
「取り敢えず、偵察だな。」
延麒は獣形を取ると、使令達と共に黄海の奥へと入っていった。
「尚隆、一大事だ。」
「帰ってきて第一声がそれか。」
近年他国の手助けばかりやっている延王の皮肉に、しかし延麒は真剣な顔を崩さない。
「…何があった?」
「黄海で麒麟が見つかったのは聞いてるな?」
「あぁ、何処の国の麒麟かは知らんが、目出度い事だ。」
「所がそうもいかないんだ。」
延麒が見た赤麒は、ものの見事に血と穢れに染まっていた。染まっていたが、そんなもの毛筋も気にならぬ!とばかりに赤麒は黄海を我がものとしていた。
通常の倍の巨躯に、赤い鬣、銅色の毛並み、宝剣の様な角、全身にある無数の傷跡。
明らかにまともではない。延麒などはその赤麒が吐く吐息の匂いだけで顔を青くしていた。
しかも妖獣・妖魔の群れを率いて狩りをし、群れを日々拡大させているとなると、最早自分一人の手には負えない。
「…となると、他国の手を借りるしかないな。」
「陽子みたいにか?」
「数年前、泰麒捜索の件で他国と協力して事を運ぶ前例はできた。蓬山の玄君に相談し、各国の王と麒麟に相談するとしよう。」
前代未聞の「狩り」が始まろうとしていた。
ちょっと短すぎた