「嘘、でしょう……まだ足りないの……」
目の前に広がるのは絶望と言う名の災疫。
どのような攻撃もたちまち再生する悪夢だ。これに打ち勝つには並大抵の宝具では歯が立たない。
だが、同時に時間もない。なぜなら、背後には町があるからだ。冬木にまで降りられれば辺りのモノを食い散らかし、更に強大な力を得る。そうなってしまえば、手の施しようがない。
バーサーカーが固有結界で食い止めているがそれが崩れるのも時間の問題だ。
それまでにこの状況を打開する策を見付けなければならない。たった一つの希望を探し出さなければならない。
他のマスターたちがサーヴァントに指示を飛ばす中で凛は考えを巡らせる
昨夜にあって今日無い物だ。
アーチャーが悪霊に対しての切り札を持っているのは確実。だが、宝具ではない。
恐らくは固有能力。しかも、特定条件下のみで作用する極めて特殊なモノの筈だ。
今、この状況を打開出来るだけの手札はそれ以外に凛は思い付かなかった。
「鎧武者を浄化したチカラ――」
アレは絶望と真逆の性質――希望を与えていた。
闇に沈み切ったモノにすら差し込む光だ。どこまでも温かく、優しい。
別の何かがまどかに憑依したとあの時は考えていた。自覚がない力。
キャスターもアーチャーもバーサーカーもランサーも必死に戦っている。ボロボロになりながら、ライダーと言う強大な力に抗おうとしているのだ。まだ、誰一人として諦めていない。
なら、凛がしなければならないのはこの僅かな可能性に賭けるという事だ。
例え、どんなにちっぽけな希望でもそれを信じて前に進む以外に道はない。そう、道はないのだ。
「その程度? そろそろ、貴方達も絶望に沈みなさい!」
九尾の狐から黒い霧状の何かが洩れ出し、辺りを覆い尽くす。
「何!コレ!?」
驚く暇すらなく、凛はその霧に飲み込まれた。光すら通さない暗い闇だ。
目の前を暗く閉ざすその霧からは声が聞こえてくる。諦め、憎しみ、呪い。負の感情だ。まるでその霧は形あるものを飲み込もうとしているかのように手のような物を創り出すと足や手にしがみつく。
痕が残るほどに強烈な力だ。マスターたちを襲うそれにサーヴァントたちも思わず目を逸らしてしまう。
だが、今は戦いの最中だ。敵から目を逸らし、背中を向けてしまえば恰好の的。ギリギリで踏み止まっていた拮抗など容易く崩れ去ってしまい、徐々に流れをライダーに持って行かれても仕方がない。
何故なら、ライダーはどんなに攻撃を浴びせた所で再生しているのだから……。
「凛!」
だが、その中を宝具アスカロンの守護に守られていたイリヤが駆け寄る。
今、アーチャーが魔力供給減を失えば更に泥沼へともつれ込む。そうなれば、巻き返しは難しい。
アスカロンの守りの中に入ればこの黒い霧からも逃れられる。そう考えてイリヤは結界を張ろうとするが、宝具すらもその黒い霧は侵食していたのだ。白く輝いていた刃は黒く濁り、刃毀れが始まっている。
もしも、これが本物ならばこんな事にはならなかっただろう。
いや、レプリカ。投影品。
並の礼装では凌げない瘴気なのだから、これでも随分持った方なのかもしれない。
けれども、問題はそうなればバーサーカーすらも魔力供給を失うという事だ。戦線を支えているバーサーカーが……。
イリヤは令呪を使うか迷った。
最悪の場合、令呪を用いて聖杯からバックアップを受けられれば自身が倒れても戦い続ける事が可能かも知れない。
だが、所詮はそれも希望的観測。どれほどの力がバックアップされるか分かったモノではないのだ。もしかしたら、一瞬で力を使い切ってしまうかもしれない。
バーサーカーそのものは燃費が悪い。狂化などしてしまえば、イリヤの制御なしには戦えないだろう。
弱くなった結界では凛に憑りついた瘴気を払うことは出来ない。徐々に弱って行く凜にイリヤは唇を噛んだ。
「凛さん……」
背後の様子にキャスターの手が止まる。
最後の切り札。ここでソレを使ってしまえば後々、杏子との約束が果たせない……。杏子を闇から救い上げる事が出来るとすれば希望だけなのだ。そう、希望だけ。
たった一枚のカードがさくらの手にある。このカードを切れば、この状況を打開出来るかも知れない。
けれども、それは杏子を救う唯一の手段を失う事と等しい。それ程までに、このカードは消耗が激しいのだ。
クロウカードの中で最も強敵だった「無」から生まれた「希望」
ラスの力を持つ52枚のクロウカードとのバランスを保つ為に作り出したマイナスの力を持つカード。元々、それ程の力を持つ為、このカードを使用してしばらくは宝具を使用する事が出来ない。
それが意味している事は完全なる無力という事だ。そうなれば、さくらが聖杯戦争で勝ち抜く道は閉ざされる。
しかも、使える可能性は一度か二度……。いや、二度目はないかもしれない。
マスターである杏子――今も闇の中で必死に戦い続ける一人ぼっちの少女。
この場で必死に絶望の中に挫けそうになりながらも必死に抗う少女たち。
二つを天秤にかける。どちらもさくらにとっては守りたいものだ。
どちらも見捨てる事が出来ない。自分を構成する大切なモノ。けれども、どちらかを選択しなければならない。
「ごめんね。杏子ちゃん……」
最初から決まっていた。
自分に言い聞かせて来た。「絶対に大丈夫」何度も、そう言い聞かせて来たのだ。
今回だって同じだ。杏子の事も絶対に何とかして見せる。
それに、ここで他のみんなを裏切る事など最初から出来る筈がなかった。そんな事をしてしまえば、これまで自分がして来た事、全て。歩んで来た道、出逢った人たちに背を向けてしまう事になるのだから。
ならば、最初から迷いなどある筈がなかった。
「レリーーーーーーーーーーーーーズ!」
星のカード。
さくらの持つカードの中で最も力を持つ希望と言う名を司る五十三枚目のカード。
そのカードが解放されると共に辺りは真っ白な温かい光につつみこまれた。
「まだ、邪魔をするのね」
ほむらが結界を解いたと同時に間桐の蟲が襲い掛かってくる。
最初から放っていたのだろう。邪魔をする為に……。杏子の概念武装を撃ち込むにはこの男が最大の難関。
こいつをどうにかしない限り、届く事はない。
結局、こうして互いにぶつかるしかないのだろう。
間桐――聖杯戦争を始めた御三家にして衰退していった一族。
その長だったのがこの男だ。不老不死と言う手段が目的に入れ替わった。もしかしたら、自分もこのようになって行くのかも知れない。既になっているのかもしれない。まどかを救うという目的の為の手段がいつの間にか目的となる。
思い返せば、そんな事が何度かあった。まどかを救う為にさやかを見殺しにした。切り捨てた。
そうすれば、次に起こる事象が確定するからだ。多くの道筋を歩み、その事柄に感情が動かなくなった。それが当然と思うようになってしまっていた。
「当然。素晴らしい力を手放すと思ったか!」
今まで年老いたみすぼらしい姿だった臓硯の姿がまるで時を遡ったかのように若々しい。
その魔の魅力に憑りつかれてしまったのだろう。哀れな末路。まるで、魔法少女のなれの果て。魔女のようだ。
「哀れだな。そういう奴を何人も見て来た」
杏子は埋葬機関に所属し、力に溺れた愚かな人間の末路を見て来た。
吸血鬼になるモノ。確固たる存在を失い、概念になるもの。皆、何かが欠落していた。
そんな二人の前に立ちはだかる臓硯。それを無視出来る筈がなかった。
久し振りの投降なので慣らしで少し短いです。すいません。
少しずつ、ペースを上げていく予定です、