なのはの持つレイジングハートから薬莢が排出される。
この一撃であの仮面の防御を破壊する。そうすれば、ほむらちゃんの攻撃も通る筈だ。
私が今、なすべき事はあの仮面を完全に破壊する事……
この一撃で全てを決める!
この一撃を放てば、レイジングハートの機構に負荷がかかる為、数時間は戦闘行動がほぼ行えなくなってしまう。それ故に、文字通りの最後の切り札だ。
もう一つのカードを切るという方法もあるが、そうなればこの後の戦いに響いてくる。
だからこそ、“今の私”の全力全壊でぶつかるまでだ。
カウントが終わる。
これで、破壊出来なければ恐らく、私の持つ魔法では破壊出来ないだろう。
絶対にあの防御を抜いて見せる。破壊して見せる!
『星を砕く桃色の光線《スターライトブレイカー》EX!!』
宝具解放と同時に臓硯とその背後の繭は桃色の光に包まれる。
高町なのはの持つ最大の魔法であり、一撃必殺。
結界すら撃ち抜く魔法であるだけに、確かな手ごたえがそこにはあった。
宝具解放により吹き飛んだ地表の為に舞い上がった砂埃が次第に落ち着いてくる。
なのははレイジングハートを労わるように下ろすと、臓硯のいた場所をじっと見つめる。
「嘘でしょ……なんで——————私の宝具が、効かなかったの!?」
まるで何でもなかったように臓硯はそこに立っているのだ。
そして、背後の繭も無事……
それに比べて、なのはは時間を空けなければ戦う事は難しい。
なのはは思わず、これからどうするかをほむらへ尋ねる為にそちらへと目を向けた。
「なるほど、そういう事……」
ほむらは何かに納得するようにそう呟くとデザートイーグルをその仮面の一枚に向けて発砲する。
すると、先程まではあれ程に強固と思われていた仮面があっけなく飛散してしまったのだ。
なのはとしてはその光景があまりに信じられなかった。
威力を考えれば、デザートイーグルとスターライトブレイカーではどう考えても後者の方が上だ。
そうにも関わらず、デザートイーグルでいとも簡単に破壊されてしまった。
「なのは、よくやったわ——あの宝具は結界だけど修復機能は無い。流石に、貴方の宝具の威力に耐えきる事は出来なかったのよ。所詮は硬度が高かっただけのようね」
どんなに硬い鉱物も何度も叩けばいつかは割れる。
硬度が高いだけならあとは力押しでどうにでも出来る。
暁美ほむらが全ての仮面を破壊して臓硯を捉えるのが先か、ライダーが羽化するのが先かそれだけだ。
勝機がほむら達に見え始めると同時に、臓硯に初めて焦りが見え始める。
「まさか……じゃが、そう簡単にさせんわ!」
臓硯はそう叫ぶと、地面を一度叩き大量の蟲を召喚する。
その光景になのはは思わず、身を引いた。
「なのは、貴方は下がっていなさい。貴方はちゃんと役目を果たしたのだから」
ほむらはなのはに対してそう叫ぶとショットガンを召喚する。
「ごめんね。ほむらちゃん」
それを見たなのはな出来る限り、早く戦線に復帰する為、霊体化するのだった。
「流石にそう簡単にはとらせて貰えないわね——流石、御三家の一角と言った所かしら?」
ショットガンは確かに一撃で大量の蟲を落とせるが、弾薬の装填に時間を要してしまう。
それだけに、なかなか仮面の破壊に漕ぎ着けないのだ。
だが、臓硯の蟲とて無限ではない。この状況が長く続けば続く程に不利になるのは臓硯だ。
どちらも時間との闘い。
繭が羽化する。
その不確定な時間という制限時間の中で先に仕掛けたのはほむらだった。
「なら、これでどうかしら?」
ここまで拮抗しているのは弾込めに時間を要してしまっているからだ。
ならば、今ここで選ぶべき方法は銃そのものを消耗品として考える事……
魔法少女、巴マミが行っていた方法だ。
銃器に関しては前回の聖杯戦争のマスターの事もあり、十分に確保済みだ。
ほむらは持っていたショットガンを撃ち尽くすと後ろへ放り投げ、新たにショットガンを召喚する。
「舐めるな!!小娘の分際で!」
チマチマ出していては押し負けると踏んだ臓硯は負けじと一気に全戦力を召喚する。
だが、所詮はサーヴァントとして召喚され、第四次聖杯戦争を勝ち残った実力はダテではない。
既にタネの割れている臓硯の魔術などなんの脅威にもならない。
所詮は蟲でしかない。現代の科学技術の結晶である殺人兵器の前では所詮は無力でしかない。
「これで終わりよ。マキリ……貴方の負けね」
蟲を出し切ったのか、辺りには蟲の亡骸だけが大量に散らばっている。
だが、あれだけ聞こえていた羽音は既に聞こえず、仮面に守られた弱った老人一人立っているだけだった。
そんな老人にほむらはゆっくりと近付いていくと仮面を一枚ずつ破壊していき、最後に臓硯の頭にデザートイーグルを突き付けた。
『ほむらちゃん!逃げて!』
なのはの声が頭に響き渡る。
その言葉にほむらは咄嗟に後ろへと跳んだ。
「何……これ……」
辺りに立ち込める気配にほむらの口からそう漏れてしまう。
その存在の前に立つだけで威圧感を感じる。
あの黒い獣……あれがライダーの真の宝具なのだろう。
「助かったぞ。それで、うまく、コントロール出来ているのだろうな?」
『あら、当然じゃない……さぁ、昨夜の屈辱をやりかえしてあげようじゃない」
なのはも頼れない。
臓硯を押し切れなかったのは痛い。
ここは他のサーヴァントに押し付けるべきなのだろうが、いつ現れるかは分からない。
ほむらはデザートイーグルを仕舞うと、相手の動きを予測し、今後の対策を考えるのだった。
「なんだ……この気配……」
柳洞寺から伝わってくる禍々しい気配の増大に杏子は思わずそう呟いた。
気を抜けば押し潰されんばかりの黒い負の感情の塊……何の耐性も持たない人間は恐らくこの気配だけで飲み込まれてしまうだろう。
「遠坂! あんたにさくらの事は任せる。私より上手く動かせるだろ?」
「杏子、あんた何するつもり?」
杏子は返答せず、シエルから渡された槍を取る。
封印を完全に解いていないとは言え、聖遺物であるそれは自身の身体を蝕んでいく。恐らく、本物であればひとたまりもないだろう。
「私は私の仕事を熟すだけだ」
仕事――それはつまり、埋葬機関の人間としてマキリを滅ぼすという事だ。
あの悪霊の件も踏まえれば、確実に魔術教会も何らかの手を打って来る筈なのだから……。今回の事はやり過ぎている。秘匿されるべき魔術が公になる可能性を考えれば仕方が無いだろう。
ただ、さくらは違う。埋葬機関の人間ではない。
そういう事もあり、自分の仕事に巻き込みたくないというのが信条なのだろう。
「マスター、大丈夫なんですか? 今回の相手は一人だと……」
さくらは攻撃とサポートを同時に行える優秀なキャスターだ。
ただ、問題点は彼女自身から血の匂いがしない事だろう。真っ当な魔法少女であるなら知らなくてもいい世界。杏子はそれを見せたくないのだ。
「キャスター、あたしとアーチャーと三人でライダーを引き付けた隙にマスターを拘束するにはこれ以上に良い案は無いわよ? 杏子の能力はその行動力があってこそ発揮されるものだろうから……それより、まどかさっきからどうかしたの?」
どこか上の空のまどかに凛は尋ねるがやはり聞こえていない。
今回の切り札は昨晩の戦いを考えればまどかが切り札となり得るだけに今は目の前の敵に集中して貰いたい。
凛としても杏子の実力は信用しているが、あのキャスターからは何か嫌な気配を感じた事もあり、杏子一人では不安なのだ。
「まどか? まどか? 何考えてるの?」
「凛ちゃん……ごめん、何の話してたっけ?」
「これから、ライダーを倒すのにどう動くかという話よ! 分かっていると思うけど、あのライダーは危険な存在だから気を抜かないでね」
戦いは一瞬でも気を抜いた方が負ける。
どんなに優秀な魔術師も死ぬ時は死ぬのだ。この聖杯戦争も殺し合いであり、前回の聖杯戦争に参加した父親は敗北して死んだ。
アーチャーの実力は信じているのだが、精神面がまどかの問題点なのかもしれない。
「ライダーさん……本当に悪い人なんでしょうか?」
まどかから洩れた言葉にさくらにも迷いが迷いが見え始める。
ライダーに関しても分からない事が多すぎる。慎二をおかしくしたのは何だったのか……。もしも、その石により狂ったのだとすれば……。
「止めとけ、そんな事を考えても仕方ないだろ。じゃなけりゃ、もっと被害が出るぞ」
そんな考えは最後の最後で詰めを誤らせる可能性がある。
甘さが死に繋がる事も戦場では多い。多くの戦場を経験してきた杏子からしてみれば敵と判断した時点で相手の理由を考えるなどバカバカしい事だった。
「さっさと行くぞ。分かれるのは寺院に潜入してからだ。侵入する為の道は一つならそこに兵を集中させてる筈だ。全力で一気に突破するぞ」
杏子の言葉に凛は残りの宝石の数を確認する。
残量は少ない。杏子や英霊であるまどか達のような切り札ではなく、使い捨てであるために今後の展開も考えて切っていかなければならないからだ。
まどかはあのランサーのマスターについて考えていた。
あの懐かしい感覚は私が大切に思っていた友人に似ている。
私の為に必死に抗おうとした少女……大切な友達。暁美ほむら。
そう、ほむらちゃんだ。なんで、忘れてたんだろう。大切な友達の事を!
思い出したと同時に胸の中のぽっかりと空いた空洞に一枚のパズルのピースがはまった気がした。それと同時に体の中に澱んだ何かがどこかへと流れ出す気がする。
それが何かは分からないが、何か不味い事が起こりそうな……そんな気持ちだ。
だが、今は何なのかは分からない。
「凛さん、アーチャーよろしくお願いしますね」
杏子の力になるにはライダーを引き付けるしかないと覚悟を決めたキャスターは凛とまどかにそう告げる。
向かう先は龍洞寺であり、ライダーが町に出て来るまでの時間を考えればあまり余裕はない。
迷っている余裕はないのだ。
「じゃあ、いきましょうか?」
「やれやれ……面倒事になりそうだな」
凛は覚悟を決めると赤いコートを纏い、家から一歩足を踏み出す。
杏子も槍を担ぐと紅い法衣を纏い龍洞寺へ向けて歩き始めた。