「やれやれ……第四次のサーヴァントも化物だったけど、今回のライダーも負けず劣らずの人外ね」
ほむらはそう呟きながら長い石段をゆっくりと登っていた。
第一の霊格を持つ地、円蔵山……
ライダーの話が真実であるなら、この地で何かを起こそうとしている筈だ。
ただ、問題はこの地の霊格が高い事で周囲に結界が張り巡らされており、この石段以外では柳洞寺への侵入が不可能な事だろう。
長い石段を登り切り、門へと辿り着いたほむらは門へと手をかけようとする。
だが、即座に背後へと跳び、空間から一丁の銃を取り出した。
「そう簡単には通しては貰えなさそうね」
門の向こう側から現れた亡者の数々……
一体一体では大した力を持たないが、集団になれば足止めにはもってこいな存在となる。
既に死んだ身体であるが故に完全に破壊するまで動き続ける兵隊……
いくら無限とも言える攻撃手段を持つほむらと言えども、完全に破壊する手立てをこの場で使えないだけに最悪の相性となってしまう。
――数十分前
「あの……ライダーさんはどうするつもりですか?」
あの悪霊を見逃す事だけは出来ないとなのははほむらに対して真剣な眼差しでそう尋ねた。
霊脈を利用するサーヴァント……
これだけの負のエネルギーを集めれば、何らかの影響を大聖杯に与える可能性もある。
それは言峰にとってはうれしい誤算なのだが、ほむらにとっては訳が違う。
まどかを魔法少女の運命から救う……それを実現する為に聖杯の力に賭けているだけにこれ以上、“汚染”されてしまう事だけは避けねばならなかった。
「早急に排除する。けど、奴らが陣を構えている柳洞寺っていうのが少し厄介なの」
侵入経路が長い石段のみとなれば何らかの罠を仕掛けてきていると踏んで間違いないだろう。
何かの儀式を行うつもりでいるのなら、それを邪魔される事だけは避けたいはずだ。
ただ、あの手の相手は油断ならない。
美国織莉子のような計算高さや呉キリカのような破綻した精神を彷彿とさせるライダーの在り方は気を抜けば――恐らく、こちらが取り込まれるだろうというある種の第六感に似たモノが囁いていた。
それだけに、ライダーとの戦闘はどうにかして奇襲という形に持ち込みたいのだが、それの最大の難敵として現れたのは結界である。
「なのは、円蔵山の結界を破壊する事は可能かしら? 山を吹き飛ばさずに」
山を破壊して地脈に影響を及ぼせば何が起こるか分からない。
それに加えて、第四次の勝者である衛宮切継が何の対策も講じないままこの世を去っているとは思えない。
何をしているかは分からないが、最悪の状況を常に予測して動いかねばならない。
死んでもなお、厄介な存在として残り続ける衛宮切継という亡霊にほむらは溜息を吐いた。
そんなほむらに対してなのはは少し難しそうな顔をしてこう告げた。
「破壊は出来るけど、結界の術式が判らない限りはどれだけ破壊した状況が持つか分からないかな……この世界の魔術の考えは私の知っている術式とは違うから、一瞬で復元されてしまうかもしれない」
大聖杯が真下にあるだけにその可能性は否定できない。
それもあのライダーは解った上でそこに陣取っているのだとすれば、もはや戸惑っている時ではないのかもしれない。
ほむらはそう結論付けるとなのはにある支持を行った。
「キリが無いわね……」
ほむらの銃弾は的確に亡者の頭を撃ち抜いていくが、それでも止まる事無くほむらへと襲い掛かる。
階段から外に出すわけにも行かず、数の多さから前に進む事も出来ない状況にほむらは舌打ちをした。
今後の展開を考えれば、バーサーカーとキャスターが存命している状況で切り札を切る事は避けたい。
しかし、この状況を打開する為には……
ほむらは右腕に手を飛ばそうとする。
その僅かに亡者から目を逸らした瞬間、ほむらに亡者の群れが襲い掛かった。
「しまった!!」
魔女との戦いでは油断は常に死に直結する。
それを身に染みて理解していた筈なのに本来の魔法を使えないという状況に起じた僅かな隙……
覚悟を決めてサーヴァントとしての力を発揮しようとすると、突然ほむらの周囲になのはのスフィアが襲い掛かった。
「大丈夫!?ほむらちゃん!」
大量のスフィアで亡者の群れを牽制し、背後のほむらを守るようにして立つなのは
自身のミスにより不意打ちを突くチャンスを失ったが、切り札を切る事は無かったと割り切るとほむらは即座に頭を切り替える。
「なのは、ありがとう。貴方がいてくれて助かったわ」
「ごめんね。頭ではあのままほむらちゃんが引き付けておいて私が本体を砲撃する方が理に適っているのは理解出来てたんだけど、友達を見捨てる事は出来なかった」
友達――
それはなのはにとっても、ほむらにとっても大きな意味を持つ言葉だ。
なのはにとってのフェイト、ほむらにとってのまどか
立ち位置は違えど、以後の道を決める上で多大な影響をもたらした人間であり、守りたいモノ
ほむらもまた親友である――いや、親友であったまどかを救う為に何度も時間を繰り返しているだけにそのなのはの気持ちは痛いほど理解出来てしまう。
それ故に、なのはを咎めるようなことはしなかった。
「それで? 来たからにはこの状況を打開できるのよね?」
「うん。絶対にライダーさんの思い通りにはさせない!」
そう宣言すると更に待機させていたスフィアを発射させる。
そんな中で、金色の雷色を放つ何かがなのはと隣りを横切った。
そして、その雷光を纏った何かは次々と亡者の群れを切り伏せていく。
なのははその様子にそれがフェイトである事に気が付いた。
「何をしに来たのかしら? 衛宮士郎」
この状況におけるセイバーの乱入。
それはこの場に衛宮士郎が現れた事に他ならない。
しかし、この場に限っていうのであればそれは邪魔以外の何物でもない。
確かにセイバーの加勢は魅力的だが、衛宮士郎の在り方はハッキリ言って迷惑だ。
恐らく、慎二という少年を助けに来たのだろうがこの状況で第一優先に救うなどという馬鹿げた理想を掲げるのであるのならば――そう考えたほむらは石段を急いで登ってくる衛宮士郎へと照準を合わせる。
「おい、何の真似だ! 一人で戦うよりも協力した方が」
「協力……貴方の目的は間桐慎二でしょう? でも、私はアレを容赦なく殺すわ。何の躊躇いなくね――これで分かったかしら? 貴方と私が協力関係になる事は無いと」
この術式の核にあの少年が使われている筈だ。
彼に埋め込まれた石も何かを増幅させる為と考えると十中八九助からない。
そんな状況でも救う事を諦めない存在などと協力すれば、背後から戦いを止めるために刺されかねない。
そんなバカげた事をするくらいなら一人で戦った方がよっぽどマシだというものだろう。
「あんた、この状況がどういう状況か分かってるんだろう! なら!」
「あなたこそ、分かっていないんじゃないのかしら? “正義の味方”さん?」
誰かを救えば救うほど、誰かを呪わずにはいられない。
希望と絶望のバランスは差し引きゼロだ。
誰が言ったかはもう覚えていないが、まさしくその通りだろう。
もしも、そんな事すら考えずに誰かを救い続けられるとするのならば、それは狂人だ。壊れた人間だ。
「何が言いたいんだ! アンタは!」
「解らないかしら? 貴方は誰も救えないって言ってるの。だから、帰りなさい。正義の味方なんて言う夢を見るのなら、それは幻想の中だけにして」
ほむら自身、衛宮切継の在り方は自分とどこか似ていると考えていた。
しかし、今目の前にいる衛宮士郎は違う。
全てを救おうとするバカげた理想を持つ彼はほむらにとって理解しがたい存在だった。
いや、理解できないと断言した方が正しいのかもしれない。
確かに正義の味方を目指したバカな少女がいた。
でも、結局彼女は自分の中に溜まった恨みや妬みによって自滅したのだ。
何もかもを失って……大切なモノすら傷つけて……
ほむらはそれ以上何も言わず、石段を登って行く。
背後で衛宮士郎が何かを叫んでいるが、その言葉はほむらの元へは届かない。
「行きましょう? ランサー……時間の無駄だわ」
亡者を倒し切り、石段を登りきったほむらは振り向くと何の忠告もなく衛宮士郎へと発砲する。
完全に、殺すつもりの一撃……
もしも、セイバーがいなければ衛宮士郎は死んでいただろう。
「どういうつもりですか! ランサーのマスター」
「忠告よ。もしも、ここを登って来て参戦するのなら次は容赦なく潰すとね」
明確な殺意がこもった言葉にフェイトは思わず、ほむらから距離を取る。
マスターを守りながら、なのはとそのマスターを相手にすることは厳しいからだ。
此方の手札を知っているであろうなのはとの戦いは長期戦になる事も予測される。
そうなった場合、マスターからの魔力供給が上手く行われていないフェイトは極めて不利な状況に立たされてしまう。
そう考えると、今は引く以外に選択肢は無かった。
「ごめん。士郎……今は引こう?」
「どういう事だよ! セイバー」
フェイトとしても今の士郎は間桐慎二に執着しすぎているのは理解している。
それは危険なほどに……まるで過去の自身がプレシアへしたような執着だ。
だからこそ、あのランサーのマスターの言葉も理解できた。
今ここで士郎が参戦するというのなら、恐らく自分もあのような態度を取っただろう。
その危険すぎる歪みは戦いの最中、敵を救う為に自身に向く可能性もあるからだ。
自分の言葉が士郎には届かない事を理解したフェイトは士郎にそれ以上、何もいう事は無かった。
「待たせたわね。行きましょうか」
なのはを連れて柳洞寺の門を潜った瞬間、世界は反転する。
そこにいるだけでも頭が狂いそうな感覚にサーヴァントであるほむらですら見舞われる。
だが、同じサーヴァントである筈のなのはには同じような効果は見られない。
「ほぉ、やはりお主が最初に来よったか――アーチャーと呼んだ方がいいのかのう?」
その言葉になのはは耳を疑った。
七人のサーヴァントで戦う戦争の八人目……イレギュラー
考えが無かったわけではないが、それを他者の耳から聞くのでは訳が違う。
そんななのはとは裏腹にほむらは臓硯を睨み付ける。
「そう……確かに始まりの御三家の一人の貴方なら第四次の結果をしっていてもおかしくは無いわね……その肉体も仮初で本体は別の場所にあるのかしら?」
その言葉に臓硯は楽しげに笑いながら静かに頷いた。