「風よ。彼の者を捕らえよ」
キャスターはその言葉と共に風のカードを取り出す。
カードから噴き出した戒めの風は乱紅蓮を包み込み、見えない枷として乱紅蓮を拘束していく。
しかし、元より風対風の戦い……そのような拘束など、咆哮波の衝撃波で容易く振り解かれてしまう。
さくらの宝具は多彩な能力を誇る反面、同時に発動させられる数には限りがある。
現状で八枚にまで絞り込んで現界させてはいるものの、そこまでの誘導経路を計算して更にカードを使う順番を練っているのだった。
(元はケロちゃんみたいな霊獣だとすると、姿を消されたら厄介だし……でも、そろそろ勝負に出ないとまどかさんだけでライダーと戦う事になる)
アーチャー陣営の勝負が着こうとしている事を直観的に感じ取ると、キャスターは風のカードを戻して一気に二枚のカードを取り出した。
「クロウの創りしカードよ。我が『鍵』に力を貸せ。カードに宿りし魔力をこの『鍵』に移し 我に力を!ウォーティ!水よ。戒めの鎖となれ!」
その言葉と共に大気中に漂っていた水分がまるで意思を持ったかのように乱紅蓮へとまとわりついて、徐々にその身体を包み込み始めた。
しかし、水一枚の力では風同様に乱紅蓮を押さえつける事は難しい。
上位の霊獣である事もあるのか、暴れまわり何度も水を払いのけながらさくらの方へと突撃してくる。
そんな霊獣に対してさくらは冷静にもう一枚取り出しておいたカードをリリースした。
「残念だけど、これであなたの負けだよ」
その言葉と共に、カードから白い光と轟音を伴いながら飛び出した雷がまるで獣のように乱紅蓮へと喰らい付きおその巨体に襲い掛かる。
元来のカードの性質としても獰猛な性質だが、それが水と合わさり乱紅蓮を貫いたのだ。
霊獣としての格ならばこの程度の攻撃では行動に支障は出ないのだが、水による電流強化という相乗効果もあり、その大きな身体を初めて地面に横たえた。
しかし、まだその眼はさくらから離れておらず、いまだに唸り声を上げ続ける。
(さくら! そっちはどうなってる! 私もすぐに到着する!)
脳内へと直接響いてくるマスターである杏子の声にさくらは小さく頷くと目の前の戦いを早く終結させるために動き出した。
しかし、その直後何か嫌な予感めいたものがさくらの中を走り抜ける。
この霊獣を倒してしまってはならないという恐怖にも似た人間の本質を揺さぶる何か……
その何かが何なのかは分からないが、それがさくらの手を鈍らせるのには十分過ぎるほどのモノだった。
さくらが気が付いた時には身体が宙を舞っていた。
その瞳から見えるのは逆さに映った上手く働かない足を震わせながら立ち上がる乱紅蓮の様子……
その光景に初めてさくらは咆哮波を直撃したことを悟った。
「なら!えっ!?」
吹き飛ばされた際に利用しようとしていたカードは吹き飛ばされて辺りに散らばっていた。
つまり、手元には今すぐ使えるカードは存在しない……
そして、目の前に迫るのは乱紅蓮の強靭な爪であり、その爪に切り裂かれたらいくら英霊と言えど無事では済まない。
さくらは散らばってしまったカードを頭から一度、消し去ると新たに一枚のカードを取り出してそれをリリースする。
剣のカード――それを用いてその爪の攻撃を何とか防ぐ中で、さくらは一つの可能性を思い立った。
乱紅蓮を破壊せずに無力化する……
可能性では僅かだが、もしも成功すれば大幅にライダーの宝具ともいえる乱紅蓮の力を削ぐ事が出来る。
しかし、カードの精質的に可能かどうかでは怪しいのだが……
そんな迷いの中で覚悟を決めると散らばってしまった新たに一枚のカードを現界させる。
乱紅蓮は新たなカードを使おうとしている事に気が付くと、さくらに向けて吠えた。
一か八か……けれども、その賭けはどうやらさくらの勝ちで終わったらしい。
乱紅蓮が吠えたにもかかわらず、咆哮はさくらを襲う事は無かった。
「あなたの声は静で奪わせて貰ったの。本来は他人のきれいな声を奪うものだけど一か八かあなたを無力化して倒さないままライダーを倒す為に」
そう呟きながら、落ちている一枚のカードを手に取った。
凍結――ありとあらゆるものを凍らせてしまう危険なカード
さくらが何をしようとしているのか野生の勘で気が付いた時には全てが既に遅かった。
乱紅蓮の脚はゆっくりとだが、着実に凍り付いていく。逃げ出そうにも最大の武器である声と肺活量を奪われている為、身動きのできない巨体では手も足も出ない。
そして、抵抗虚しく乱紅蓮は氷塊の中に閉じ込められた哀れなる獣へと化してしまうのだった。
「さくら……それ、どうしたの?」
それが凛の口から洩れたその光景を見たときに漏れた言葉だった。
キャスターとは本来は騙し討ちや搦め手を主体とする戦い方が基本だが、さくらの能力は一度共に戦った時に既に十分に戦闘も行えると理解したつもりになっていた。
だが、目の前の光景はその予想を遙かに上回っているだけにそれ以上の言葉は出て来なかった。
「無事でよかったよ。 それより、ライダーは?」
さくらの言葉に現実に戻ってきた凛はライダーは先程いた場所に目を向けるが既に座っていなかった。
「あら?どこ見ているのかしら?」
ライダーの言葉に慌てて氷像の方へと顔を向けるとそこには刀を携えて今にも自らの宝具である筈の乱紅蓮に止めを刺そうとするライダーの姿があった。
自身の宝具を破壊しようとする意味不明な行動に凛の中にも先程のさくらと同様に嫌な予感が走る。
そうまでして、この時点で宝具を破壊するという事はあれが何かの枷になっているからだ。
それも、この乱紅蓮以上の宝具を使用する為の……
凛は慌ててそれを止めようとするが、体が動かない。
それはキャスターとまどかも同様のようだった。
「嘘! なんで!?」
「身体が動かない……どうして!」
サーヴァントとして石化の魔眼にかかったとしてもそれは行動に支障が起こる程度である。
だが、今のこの現状は全く身体を動かす事が出来ないのだ。
魔術回路に魔力を流して抵抗するが、それでも全く動かないだけに何の手の出しようもなかった。
「今から、貴方達に面白いモノを見せてあげる。私の宝具である殺生石の真の力を……」
その言葉と共に、その氷像へと刀を振り下ろす。
それと同時に乱紅蓮は完全に消滅し、乱紅蓮が封印されていたであろう刀も朽ちて消えてしまった。
だが、それと同時にライダーの手には七支刀が現れ、その刀が静かに脈動を始める。
その脈動は禍々しく、サーヴァントではない凛の眼からしてもあれが相当にヤバいモノである事はすぐに理解できるほどのモノだった。
ライダーはそんな凛の動揺に気が付いたのか楽しげに笑うと一言、こう呟いた。
「貴方達が九尾の狐と呼ぶ玉藻前が従えたと言われる最大の妖怪白面金毛九尾の狐の正体が何だか知っているかしら?」
その意味深なライダーの言葉に相手の出方を確かめながら静かに凛は首を横に振った。
ライダーはそんな凛の様子に少しだけ笑うと一言だけ凛に告げる。
「貴方達がガイアと呼ぶモノの意思よ。それが私の真なる宝具……それを前にして貴方達は太刀打ちできるのかしら?」
ガイアの意思――それはこの地球そのものの意思に反抗する事を意味している。
そんな大きな力の前では人間など脆弱なモノであり、あの死徒二十七祖第一位のガイアの怪物は人類に対して最強の一つに数えられる。
もしも、それほどのクラスのモノを使われたとなれば聖杯戦争だけの括りでは収まらない……
凛はここからどのような手を打つことが最善か考えるがそんなものがすぐに浮かぶ筈が無かった。
「おいおい、誰か忘れやしちゃいないか? ライダー?」
その言葉と共に、上空から赤い髪を靡かせてライダーの心臓めがけて突きを放った。
ライダーは咄嗟に七支刀でその突きを払うがその際に、槍の先端が頬に触れて煙を上げて小さな傷を作り上げた。
「やっぱり、あなたが私にとっては一番の強敵という所かしら? その槍、相当私にとっては天敵そうね……まだ完全にあの子が覚醒していない以上はここは一旦、引く事にするわ」
言葉では余裕ぶるが、全く再生する気配のない頬の傷に杏子の持つ槍を睨み付けると即座に退散する。
杏子はライダーを一度は追撃しようとするが、現状で一人で挑むのは危険と判断し、凛達を拘束していた影に刺さっていた針を引き抜いた。
「わりぃ……それより、あいつ前に会った時より禍々しさが増してたが何かあっ! あれは教会からの狼煙か?」
こうして、二日目の戦いが終わりを迎えた。
教会はライダーの暴走から狼煙でマスターたちに召集をかける。
そして、この戦争には直接参加しない退魔組織や埋葬機関も状況次第では即座に参戦できるように外延部に部隊を展開させる動きまで見せ始める。
第六次聖杯戦争はこれまでのどの聖杯戦争以上に重大かつ緊急の大きな局面を迎えようとしていた。
あとがき
第八聖典ロンギヌスレプリカ
概念『死の確定』
「確かに肉体の死を確認した」という事から『倫理的な神殺し』となった。また、神の子の死を確認した聖遺物故に、神を殺す魔槍となっている。
聖遺物としての属性から多くの不死者の『既に死んでいるモノを殺せない』という倫理的不死性すら破壊しかねない教会の最終兵器とも言える。
しかし、あくまで杏子の振るうのはレプリカであり、『既に死んだものを傷つける』事に踏み止まっている。
もしも、本当のロンギヌスであったのならば、傷付いた頬からその概念が広がり、ライダーは窮地に立たされていた事だろう。
一応、キリがいい二日目で切った為に少しばかり短くなりました。
ただ、さくらの戦いにまだ少し不満があるので書き足したりすることがあるかも知れません。この辺りは精進がやはり必要ですね……
因みに、アサシンに関してですが『魔力喰い』なので英霊のような霊体の存在に対しては天敵という意味で押し負けただけであって相性が悪かったというのが一番の原因です。
それから、士郎に関してはワカメが三日目で色々となるので少しばかり不味い状況にwww
では、感想お待ちしております。