「おい……なんなんだよ!これ」
それが誰の叫びだったのかは杏子に確認する余裕はない。
突如、現れたソレらにより大通りは血と叫びが支配していた。
目に付くのは死体ばかりであり、それが動き人を捕食する。
救いたくても救えない、守りたくても守れない。
圧倒的な数の暴力の前にはいかにサーヴァントと言えども、マスターを守る為に動きを制限される。
埋葬機関に所属し、吸血鬼を狩り続けてきた杏子もまた装備が万全でないこともあり防戦一方の戦闘をしていた。
「おい、セイバー! 何ビビってんだ! こいつらはもう死んでるんだ!」
杏子には目の前で動く人間が死んでいる事を本能的に嗅ぎ取っていた。
吸血鬼の創るグールのようなものと考えればいいのだが、フェイトとそのマスターである士郎はそれを割り切れない。
それ故に戸惑い、一瞬だけ止めを刺すのを躊躇してしまった。
その時、二人の前に赤い鮮血が飛び散る。
二人をかばった際に杏子の右腕の肉が食い千切られたからだ。
だが、杏子はその怪我に対して痛みを見せるようなことは無く、ただ冷静に死者の肉体を破壊していく。
「状況を弁えろ! 今の状況の中でお前がしなきゃならねェのはなんだ! こいつらによる被害を最小限に止める事だろうが! なら、そんなところで寝ている暇なんてあるのかよ!」
杏子はそう叫ぶと一刻も早くこいつらを倒して凛の後を追う為に走り出す。
だが、自己催眠により痛みを消していた事により大きな隙を生んでしまう事となる。
死者の軍団の中に飛び込んだ杏子は槍を振るい、死者を行動不能にしていく。
次の槍を振る為に足を踏み込むが、その際に体の体勢を崩し血の池へ落ちて行ってしまう。
なぜそうなったのかはすぐには理解できなかった。
ただ、頭の中にあるのは自身に群がろうとしている死者をどう潰してこの場を離脱するかだけだ。
しかし、対魔用に加工されていない槍では力で粉砕しなければ奴らを破壊する事は叶わない。
そして、何より今の体勢では手首だけで振るうわなければならない……
杏子は襲い掛かって来た死者を殴り飛ばすと急いで立ち上がろうとするが、そこで初めて何故こんな事になったのかを理解する。
杏子の目に入って来たのは自身の右足首だった。
それが何故そこにあるのかは理解できないが、それがこの状を作り出したすべての原因である事はすぐに解った。
「くそが……」
この時ほど、自身の本当の武器を持ってこなかったことを後悔したことは無い。
アレがあればこのような死者如きに後れを取る事もないからだ。
だが、今更そんな事を言ってもすでに遅い。
杏子の左足首から流れる血は徐々に止まっていき、それは新たな左足首となり始める。
「伏せて下さい!」
突然のフェイトの言葉に急いで頭を下げると、さっきまで頭のあった場所を金色の大きな刃が通り過ぎる。
そして、その刃は死者達を切り裂き辺りに新たな血を撒き散らした。
杏子はその様子にようやくセイバーの覚悟が決まった事を悟る。
「随分と遅い登場だね。それってもしかして正義の味方ってのがいつも遅れて登場するからなのかい?」
「私はただ、今守れるものを守りたいだけです。それを守る為に最善なのは何か、それを見失っていました。ここで彼らを殺す事を躊躇すればするほどに犠牲者の数が増えてしまうのであればしかたがありません」
「意外と物わかりがいいんだな。けど、まだ戸惑いは隠せないか……なら、お前はあっちの蜘蛛みたいなのとでっかい獣みたいなのを相手しろ。こっちも死者どもを片付け次第、そっちに向かう」
杏子が指差した先には真っ赤に燃え上がる獣と高足雲のような奇妙な形の悪霊が町を破壊しようと動き回っていた。
フェイトはそれはまだ戸惑いを隠せないマスターを思われての提案だと判断すると静かに頷く。
それを見た杏子は士郎の方へと槍を向ける。
『我、汝の穢れを祓いたもう』
そう告げると杏子は槍を地面へと突き刺した。
すると、士郎の周りに網目の障壁が突如として現れ、四方を囲い込む。
その様子に士郎はその壁と突撃して自分も戦いに参加しようとするが、その障壁はビクともしない。
「セイバー、これでアンタも少しは後ろの事を気にせずに戦えるだろ? まぁ、大抵の攻撃は耐えられる結界魔術だからこんな雑魚には破られはしないよ」
「ありがとうございます。でも、貴方は私を敵視していたのに何故?」
「今だけだよ。私もさっさとこいつらを片付けてライダーを倒しに行かなきゃならない。それなら、アンタが最大限に暴れられるような状況を創ってでか物片付けさせた方が速いだろ」
そう告げると、杏子はいまだに人を襲い続け数を増やしていく魍魎の群れを睨み付ける。
そして、息を深く吸い込むと目を閉じた。
先に倒さねばならないのは先程、足首を切った存在だ。
それを倒さない限り不意打ちで形勢逆転も起こり得てしまう。
「士郎はそこにいて。すぐにこの惨劇を止めるから」
フェイトも士郎にそう告げると飛び上がり、火車の前へと立ち塞がった。
(にしても、これじゃ埒が明かないな……あの悪霊……倒しても倒しても湧いてきやがる。これじゃ、ライダーを先に潰した方が早そうなんだが……)
杏子は目を見開くと誰もいない場所を一閃する。
だが、その一閃は火花を散らし何かに弾かれてしまう。
「くそ……軌道を読んでも向こうの起こす風で弱められて弾かれちまう……こりゃ、少しばかりてこずりそうだね」
杏子はそう小さく呟くと槍に魔力を流し込み、強化していく。
今の武器には対悪霊用の概念武装としての機能は全くない為に完全に威力のみで圧倒しなければならないからだ。
しかし、強化は武器そのものに無理をさせるために度重なる強化はかえってその武器の強度を弱める事にも繋がりかねない。
それでも、杏子が強化に踏み切ったのは目の前の鎌鼬がそれだけ厄介な敵であることに他ならなかった。
防戦、防戦、防戦
あまりのスピードの速さとその風の防御でなかなか杏子は攻撃に転じられずにいた。
それどころか、攻撃を受けた際の余波で体中に切り傷が出来ており、それが杏子へと悪霊を呼び寄せていく。
完全に後手に回ってしまっている状態に軽く舌打ちをするが、現在持っている武器ではこれが限界だ。
埋葬機関外の仕事と言って大半の武器を置いて来てしまった事を今になって後悔する。
だが、後悔したところで今の流れが変わる事は無い。
それどころか、杏子の中に焦りを生むばかりだった。
「仕方ないか……魔眼は使えないようだしな」
杏子の持つ魔眼は相手の脳に直接干渉するために目を通して幻術を見せる。
その為、石化の魔眼などと違い相手の目を見る事が出来なければ全く持って効果を発揮する事が出来ないのだ。
それ故にいつものように相手の感覚を僅かにずらして戦うという方法が封じられてしまっていた。
そんな苦戦している中で杏子はニヤリと笑うと自らの魔術回路に魔力を流し込み始める。
杏子の胸を鎌鼬の鎌が貫き、紅い鮮血が飛び散った。
魔術回路に魔力を流した際に出来た僅かな隙を突かれての事で杏子は反応できなかったのだろう。
杏子の身体からは赤い血が噴き出し、ゆっくりと地面へと落下していく。
そこへ死霊や魍魎たちが殺到し、血肉を喰らわんと群がった。
そのあまりに無残な光景に士郎は言葉を失う。
そして、飛び散った血がそれを現実だと告げていた。
しかし、次の瞬間にはその血が飛散してしまう。
そして、鎌鼬の身体を一本の槍が貫いた。
「やっぱり、風の流れで感じ取ってやがったか……まぁ、解答さえわかれば本当に何でもない相手だったな」
杏子はそう呟くと鎌鼬から槍を抜き、亡霊の群れへと再び向き直る。
しかし、次の瞬間体中から鮮血が噴き出した。
「一体じゃなかたのかよ!」
目視で確認出来ただけでも五体の鎌鼬がいる。
それどころか、杏子の姿をして槍を此方へと構える山彦までいる始末だ。
その状況に槍を振るおうとするが、体の腱が切り裂かれており身体を動かす事が出来ない
絶体絶命のピンチに杏子は令呪を使う事を考えるが、向こう側がライダーと戦っていたら……
さくらを戻す事で倒すチャンスを潰す事になったらと考えると令呪を使う事が出来なかった。
けれど、それは今ここで杏子が倒れても同じことである。
いくらサーヴァントと言えどもマスターの魔力供給無しでは生き残る事は厳しい。
ライダーに勝つなど以ての外だ。
(仕方ないか……アレを使うとするかな)
そう心に決めると徐々に犬歯が伸び始める。
身体中の血が熱く煮え滾り、瞬時に体中の組織を再構築し、途切れた神経をつなぎ合わせ始めた。
しかし、その再生も即座に回復する訳ではない。
その僅かなロスに再び悪霊の群れが杏子へと襲い掛かろうとするが突如、降り注いだ黒剣に貫かれ、燃え始めた。
これだけ膨大な黒剣を扱う人間など埋葬機関に一人しか存在しない。
埋葬機関第七位シエルーー『弓』の二つ名を持つロアの転生体
埋葬機関の中ではまだ話の通じる相手なのだが、不死身な上に催眠で他者の記憶を書き換える能力持ちの為に一番やりにくい相手なのだ。
「なんで、アンタがここにいやがるんだよ? シエル? アンタはロアを追っかけてたんじゃないのか?」
ビルの屋上から降り立ったシエルを杏子は立ち上がると睨み付ける。
だが、それに対してシエルは二本の槍を杏子に投げ渡すと杏子を睨み返した。
「ロアは先日滅した為、もうこの世には存在していません。それよりも、この状況はどういう事ですか? 私は貴方に第八聖典試作型を届けるように命じられただけなのですが、町に入った瞬間にこれだけの穢れた気配が町中を蠢いている状況……説明していただけますよね?」
シエルの有無を言わさぬ物言いに杏子は二本の槍を受け取ると一本の封を解いて外気に触れさせながらこう返した。
「吸血鬼じゃない……過去の英雄を召喚して戦わせる聖杯戦争って儀式で何を間違えたか過去の大怨霊を呼び寄せちまったらしいんだ。それで、私はそいつの呼び寄せた悪霊に足止め食らってたってわけさ」
杏子の言葉に小さく頷くとカソックから何本もの黒剣を取り出し、それを悪霊のほうへと投擲する。
すると先ほどとは違い、何人もの悪霊の頭を貫きコンクリートの地面へと突き刺さった。
「事情は理解しました。つまり、その根本を倒せばこの状況は打破できるわけですね?」
「おそらくそうなんだが、一筋縄ではいきそうに無い」
それは杏子の本心からの言葉だった。
あのライダーがこれだけの怨霊を集めたのには何か理由があるはずだ。
マスターだと思っていたワカメ頭の男の言動も少しばかりおかしかった。
ライダーの保有している殺生石と言う宝具は史実では白面金毛九尾の狐の欠片と言われている。
しかし、この白面金毛九尾の狐についても色々な諸説がありその実態はあまり掴めていない。
それを宝具として保有しているということはライダーとしての経歴上それを召喚出来てもおかしくは無い。
「もしも、本当に九尾の狐なんて召喚されたとしてら、根本を倒すだけでは終わらない可能性がある」
獣といわれて思い出すのは死徒二十七祖の第一位なのだが、九尾は史実が正しければ人間によって一度は滅ぼされている。
その為、ガイアの意思ではないとは思うのだが……
考えれば考えるほどに嫌な予感しかせずこの類の直感は良く当たってしまうのだ。
杏子は溜息をはくと第八聖典を振るい、死者の群れを吹き飛ばした。
「分かりました。我々がマスターではない状態で聖杯戦争に関わったとなれば色々と厄介なことになるでしょうから、その根源の排除は貴方一人に任せるとしましょう」
そう告げると次々と黒鍵を投げて死者の群れの殲滅を開始する。
「けれども、この亡霊の群れは我々の協議に反するので見過ごせませんけどね……次にあった時にカレーでも奢っていただきましょうか?」
「相変わらずのカレー好きだな……わかったよ。それで貸し借りはなしだ」
杏子はそう呟くとさくらたちの向かった方向へと走り出す。
しかし、その道は巨大な土蜘蛛によって塞がれており通り抜けることは出来ない。
だが、杏子は止まることなく足を踏み切るとその巨体へと跳躍し、第八聖典を振り下ろした。
その勢いは止まることなく、土蜘蛛を貫通し反対側の通路へと出る。
そして、第八聖典に付着した土蜘蛛の体液を振り払うと突如、土蜘蛛がゆっくりとその巨体を道路へと倒れこませる。
動かなくなったその巨体に杏子は新しい武器である第八聖典試作型の威力を実感した。
「いくら神殺しの槍の劣化コピーとは言え、流石は神を傷付ける程度のことは可能と言われるロンギヌスの槍量産試作型だな……」
杏子はそう呟くとビルの壁を走り、凜達のいる場所へと急ぐのだった。
感想に対する返信
聖杯の中にはクリムさんがいない事は先に断言しておきます。
それから、まどかの呪い浄化は一時的なモノでアレとは関係の関係性については今は各々の推測に任せますwww
今回出てきた槍のうちの一本はロンギヌスの槍レプリカで神に対して傷をつける程度の能力を持ち、それ以下の存在にもそこそこのダメージを与える事が可能
もう一本の槍については後々登場します。
ただ、この槍自体は試作型なので強度自体に問題があります。
では次回をお楽しみに
感想、質問お待ちしています