第二話 逸話無き英雄 鹿目 まどか
「あれ……もう、朝じゃない……」
まどかの召喚時の失敗により出来た瓦礫の山は夜通し作業を続けたのにも関わらず、いまだに存在感を放っていた。その途方も無い瓦礫の量に凛は溜息を吐くと近くの椅子に腰を下ろした。
「もういいわ……まどか……それより、貴方って日本人よね?」
この瓦礫と召喚のミスにばかり頭が行っていて考えていなかったが、鹿目まどかという英雄など聞いた事がなかったからだ。聖杯戦争では英雄の逸話に基づく宝具が戦局を大きく左右するがそれは逆に言えば此方の真名が公のモノとなる諸刃の剣でもある。つまりは、使い所が難しい武器なのだが、マスターにすら真名を聞いても解らないとなると戦略の立てるのが難しくなる。それ故にまずは、日本人であることを疑ったのだった。
「えっ?そうだけど……」
質問の意図がまるで理解出来ていないまどかはどうしてそんな質問をするのか分からず首を傾げてしまう。
だが、それ以上に凛は頭を捻っていた。
魔法少女……キャスターの可能性を考えたが、昨晩、監督役である言峰教会に召喚に成功した旨を伝え召喚したのがキャスターだと伝えるが、既にキャスターは召喚済みと返答されてしまった。そして、残っている座はセイバー、アーチャー、アサシンと言われてしまったのだ。
この状況で希望を捨てなければ、最強と名高いセイバーの可能性もあるにはある。
だが、あの様子だとそれは夢を見過ぎだろう……。となると、最弱のアサシンかアーチャーなのだが、鹿目まどかという英雄の逸話など聞いた事がない。
残った可能性としては“未来”の英雄なのだが、これだと他のマスターに逸話から真名が判明しなにのは好都合だが、認知度の問題が起こってしまう。
しかし、先程も言ったように聖杯戦争におけるサーヴァントの強さはその英雄の認知度の高さに由来している。
つまりは、有名な英雄になればなる程に本来に近い姿で召喚されるのだ。
けれど、真名がばれないメリットだけでなく、デメリットも抱えてしまっている状態なのだが……
「はぁ、あんた……本当に英雄なの?」
凛は溜息交じりにまどかに尋ねて見た。
どこからどう見ても、普通の平凡などこにでもいる中学生にしか見えないまどかに本当に聖杯戦争を戦い抜けるのか不安になってしまったからだ。
確かに魔術師も普通の社会に紛れ込むものだが、魔法少女もそういうものなのだろうかと、疑問を思い浮かべてたりするのだが――それよりも、何と戦って英雄にまで上り詰めたのかが非常に気になってしまう。
「えっ? 英雄って、私はなんの取り柄も無いただの中学生だよ?」
まどかのその返答に凛は呆れ果てて頭を抱えてしまう。
つまり、それは聖杯戦争でハズレを引いた事になるからだ。
何の取り柄も無い英雄などで到底勝ち抜ける程、聖杯戦争は甘くは無い。
何せ相手もまた過去の英雄を連れているのだ。
その上、魔術師同士でも己の技術を競い合う戦う場面も起こり得てしまう。そんな中で、サーヴァントが無能であるのなら魔術師がサーヴァントと魔術師を同時に相手にするなど命を捨てるようなものだ。
その現実が夢であって欲しいと願う凛は現実逃避を試みるがそんな事で今、目の前にある現実が変わる訳が無かった。
「そう言えば、あんたの武器は? 魔法少女なんだから魔法のステッキ? ステッキで相手を撲殺するの?」
「しないよ!それに、昨日言ったよ? 私の武器は弓だって!」
そう告げると、何も無い空間から弓を取り出す。
その花をモチーフにしているのであろう弓を視た凛はそれをすぐに仕舞うようにまどかに指示した。
視ているだけでも、有り得ないレベルの魔力が蠢いているのが理解出来てしまうソレは、まさに遠坂の目指す宝石剣のレベルに匹敵する一品だ。
何の取り柄も無いとか抜かしたまどかがこれ程までの一品を所持している事に世の理不尽さを感じながら、再び盛大な溜息を吐いた。
しかし、まどかはそんな凛の心中を知らずに心配気に凛にこう告げた。
「溜息ばかりしてると、幸せが逃げちゃうよ?」
まどかのその言葉に怒りの沸点を越えかけるが、常に優美たれの遠坂の家訓に加えてサーヴァントはどう見積もっても年下……その怒りを飲み込むと大人の対応を心掛ける。
「まぁ、気にしないで? ただ、その弓が貴方の宝具の一つだろうからなるべく見せない方がいいわ……って、言っても貴方の宝具から真名を突き止められる筈は無いんだけどね……私も知らないし……」
まどかの持つ弓は遠坂が軽く見積もっただけでも、C〜Bランク相当の一品でありあながちハズレを引いた訳では無い事に安心する。そして、アーチャーのスキルである狙撃を最大限に活かす為にまどかの狙撃の腕を知りたい所だが試し撃ちが出来る場所などある訳が無く、徹夜明けで学校を休むと街の様子を視て回る事にした。
「ねぇ、霊体化して?」
街に出かける準備を整えた凛はまどかに当たり前の様に尋ねるが、全く霊体化する気配が無い……それどころか、何をどうしたらいいのか分からず凛の顔をじっと見つめるだけだった。
「霊体化って何……かな?」
「霊体になって人間に視えなくする事よ……元々、英雄自体が亡霊みたいなモノだからなれる筈なんだけど……まさか、出来ないの?」
まどかの服装は今だに魔法少女のコスプレのままで、この衣装で街を歩きなど狙って下さいと言っている様なモノだ。それだけでは無く、周りの注目を集め恥ずかしい事この上ない。
ただ、まどか本人が見て回ってこそ意味がある戦場偵察にまどかを連れていかない訳にはいかなかった。
そんな事を考えていると凛はある服がある事を思い出した。
言峰が毎年贈って来る似合いもしない服である。
毎年、全く着られることなく箪笥の奥底に眠っていたそれを探し出し、中学生の時に送られたサイズのモノをまどかへと手渡した。
「そう……アーチャーが召喚されたの……」
「あぁ、残る座はセイバー、アサシンだけだ」
「そのようね……ところで、そっちの子は誰なのかしら?」
黒髪の魔法少女は言峰神父が連れてきた白い少女を視線を移すと少し殺気を込めて睨む。
それに対して、言峰は何でもないかのようにその殺気を交わすとこう告げた。
「何……協力者だよ……君に最初から参戦して貰う訳にはいかないからな……何せ、前聖杯戦争から存命しているサーヴァントであり今回のマスターにとってはイレギュラー的存在である君をそう簡単に動かせないからな……」
「そう……別に貴方が何を企んでいようが私には関係ないわ……私は聖杯を手に入れられればそれでいい」
そう告げると黒い魔法少女はどこからともなくデザートイーグルを取り出し、それを言峰に向けた。
だが、それに言峰はまったく物怖じした様子は見せずじっと黒髪の魔法少女を見つめる。
「ただし、私の邪魔をするならたとえマスターであっても容赦しないわ」
「覚えておこう……あとは、二人で話しておきたまえ」
言峰はそう言い残すと白い少女を部屋に残し退室する。
その後ろ姿を白い少女は睨み付けるが令呪で拘束されているのか唇を噛み締めると手を握りしめる。
「それで、あなたはまだ私に用があるのかしら?」
一人残った少女に対して、黒い魔法少女はまるで興味が無いように淡々と尋ねた。
それに対して、意を決したようにその白い少女はゆっくりと唇を動かし始める。
「なんで、あなたはあのマスターに従ってるんですか?」
その問いに対して、黒い魔法少女は初めてその白い少女を視界に入れると何も言い返すことはせず、黙ってその少女の話を聞き始める。
「信用していた……信頼していたマスターを不意を衝いて殺して令呪を奪って、それで服従させて……なんで、そんな人に従えるんですか!」
「自業自得ね……この戦争に参加した以上は全てが敵だとわかっていたはずよ? 令呪を奪われて殺される可能性もある」
「それは……そうかもしれないけど、でもそんなの間違ってるよ!」
熱くなる少女に対して、冷静に黒髪の魔法少女は一言だけその白い少女の言葉を訂正した。
「それに、一つだけ勘違いしているわ――私はあの男を信用なんてしていない、私は目的の為に利用しているだけよ……たった一人の友達を救い出す為に……」
それはその黒髪の魔法少女が初めて感情をこめて呟いた言葉だった。
あとがきという名の言い訳
凛の件に関しては色々悩んだ結果、「凛さん」より、「凛ちゃん」のほうが遠坂に似合ってるかなと勝手に判断した結果です……なので、このまま行こうかとwww
思った以上に反響があったことに内心不安を隠せません。
では、宝具の紹介
まどかの宝具 その一
救済の弓
ランク 推定 C+~B+++
種別 対軍宝具
レンジ 不明
最大捕捉 測定不能
全ての魔法少女を救済した英雄まどかの用いた弓
その逸話から悪き穢れた魂を払う事が出来る対悪宝具でもある。
弓はホーミングとなっており、使用者の魔力が尽きるまで無尽蔵に増やせる。
但し、現在召喚の際に神性を失った為、本来の穢れを払う力は失われている。