私は早速、教祖権限で出来得る限りの冒険者の信者に戦士に転職してもらった。
きあいためは、思いのほか喜ばれた。攻撃力が高いからではない。他の神がするような加護っぽいからだ。あのさ、怪我しないってだけでも凄い加護じゃん。他の神様から祝福受けられなかったの、もう忘れちゃいなよ……。
私がなんとなく落ち込んでいると、冒険者ギルドから勲章を貰えるという話が来た。
私は、意気揚々と指定された時刻にルビス様から頂いた神官っぽい服を着て、冒険者ギルドに向かう。
ギルドに入ると、様々な視線が私に刺さった。
憎しみの視線。嫉妬の視線。羨む視線。遥か高みから微笑ましく見守って来る……見下す、視線。熱のこもった視線。一番多いのは憎しみで、冒険者達からだった。
「精霊ルビスを信仰する、ダーマ神殿のルイ神官ですね」
「はい」
「お待ちしておりました。授与式はもうすぐですので、どうぞこちらでお待ち下さい」
「はい。……あの、どうして私が勲章を? それに私、憎まれるような事をしたでしょうか」
その言葉に、受付の人が苦笑した。
「貴方のお陰で、初めにその街に辿りついてさえしまえば、物の行き来が出来るようになりました。貴方の祝福さえ受ければ、人も行き来できます。……いずれ、護衛依頼は激減するでしょう」
「あ……」
「しかし、便利になるのはいい事です。迷宮内で店も開けるようになりましたしね。これから成長して行けば、貴方はこの世界の守護の要となるかもしれない。憎まれるばかりでなく、期待もされているのですよ」
「は、はい」
そして、私は一つ星を授与された。最高は五つ星らしい。
群衆の前での授与式。
投げられた卵。
「獣くさい精霊の犬ごときが!」
「獣人にしか相手のされない屑め!」
次々と投げかけられる罵倒の言葉。泣いちゃ駄目だ。泣いちゃ駄目だ。
目を潤ませて、私はふとある一点を見て笑った。
キタキタ親父っぽい人達が、祝いの舞いを踊ってくれていた。
帰り道、私の住んでいる区画は名物的な場所で、それぞれの神官が治安を守ってくれているのだと商人が教えてくれた。今まで私が悪意から守られてきたのは、商人たちや彼らの努力のおかげであるという。それと、馬鹿でも私が将来重要な神官となるのは理解できるため、殺される事だけはないだろうという。けれど、嫌がらせはされるかもしれないから、迷宮は気をつけなさいと言われた。
そっか。今まで避けてたけど、今度差しいれしよう。迷宮に誘ってみるのも、どうかな。
外見で判断しちゃ駄目だよね。魔物にだって、良い魔物はいるかもしれないんだし。
その次の日。
私が差し入れを作っていると、怪我をした商人がやってきた。
「ホイミまでならタダでしてもらえると聞きましてな」
「もう。今度からお金取っちゃいますよ? うわ、痛そう」
「今日は蝙蝠がやけに沢山いましてね。迷宮での商売はもうかりますが、危険なのがいけない」
「移動中は冒険者として行動出来ないかな。試しに、ルビスの祝福を受けてみますか? 怪我をしなくなりますよ。HPが0にならない様にしないといけないですが。あ、本当に危険な時はHPなんていくら0になってもいいですから、絶対冒険者モードをオンにしないと駄目ですよ」
「本当ですか!? ぜひ、お願いします。おお、迷宮の商売敵共にも教えてやるか」
「じゃ、早速試してみましょうか」
結果は成功した。冒険者モードをオフにすると、宿屋としての結界が張れるようになるらしい。
「いやいや、ルビス様様ですな! これで怪我をしなくなると。初期投資としては安いものです」
「代わりに、HPが減って行きますが、薬草を使うか、レベル分のルビス様の祝福を受けたベッドで眠るか、私がホイミをすれば回復しますから。喜んで頂けて、良かった」
「タダなのが、何より嬉しいですな!」
「あはは。今度から金を取る」
「それは残念」
蝙蝠やスライムは、戦闘が主ではない商人には地味にきつかったらしく、二日で迷宮に潜っている商人全員が祝福を受けた。
商人達から話を聞くに、蝙蝠とスライムが大繁殖している為、私は迷宮入りを控える事にした。
差し入れを作ったり、信者を祝福したりとゆったりとした日々が続く。
突然冒険の書が光ったので驚いていると、リュリュ達獣人や商人が次から次へと落ちて来た。
これは私の仕事の予感!
「おお! 冒険者達よ、死んでしまうとは情けない。復活のお代を頂くから、並んで並んで」
私が情緒たっぷりに言うと、獣人達は騒ぎ始めた。
「死ぬ!? どういう事だ! いきなり魔物の大群が押し寄せて……」
「HPが0になったのは覚えているんだが……」
「それが死ぬって事だよ。あ、初めに言っとくけど、冒険者モードオフで死んだ人は生きかえらすの無理だと思うから」
話を聞くと、元から魔物が多かったが、急に強い魔物が大挙して現れたらしい。激戦だったようだ。
ま、それはそうと、冒険の書への記載代払え。
「わかったわかった……げっGが半分になってる!」
「死んだらそりゃGは半分になるよ。それと生きかえり賃は別だから。レベルによって高くなるから。貴方の場合は、320Gに、100D貰うわ。ほら、さっさと払う」
私が手を差し出すと、獣人達はぶつぶつと文句を言う。
「生きかえれるなんて聞いていないぞ。ぼったくりも予想外過ぎる……」
「ちょっと。私の取り分、100Dしかないのよ? これでも随分……」
「どこがぼったくりなのかね。生きかえらせてもらえて、何が悪いのかね」
あ。商人さん、切れてる?
「お前達は、商人の神、慈悲深きルビス様の事を何と心得ている! 他の宗派で生きかえらせてもらう為に、いくら必要なのかわかっているのか!? 死体の回収作業もあるんだぞ。お前達、ルビス様の偉大さが何故わからない! わしは指定額の十倍払うぞ。本来ならば、それでも安いぐらいだがな!」
商人達はこぞって頷いた。
「あ、あの。200Gに1000Dだけど。いいの?」
「おお、レベルが低いとそんなに安いのか。桁が違うのだな。もちろん払うとも」
「ありがとうございます。商人さんから、装備の在庫仕入れないといけないし、凄く助かります」
「ルイ様は、もっと金額を高くしてもいい。あまりに安すぎると、商品までも安く見られてしまうものだ」
私は、少し悩んで首を振った。
「貰えるなら貰うけど、私はこれでいいよ。何をするにもお金が掛かるから、あんまり高いと何かあった時にすぐ無くなっちゃう。でも、寄付は受け付ける事にするね」
「ルイ様。わしらは今日、ルイ様に命を助けられた。ならば、精一杯バックアップさせて頂きますぞ」
「うん、ありがとう」
結局、私が祝福を与えた全員が帰って来た。中には、HPが切れそうになったら冒険者モードをオフにしてそのまま戦って、大けがをして帰って来た人もいたけど、全員、とりあえず生きてた。有難い事である。
……死者が、本当に沢山出たらしいから。
魔物は、迷宮の外まで溢れ出たそうだ。迷宮の中にいた人は……。
大抵の冒険者は異変を感じて迷宮に入るのを避けていたが、それでも多くの人が入っていたらしい。
最終的に、熟練の冒険者達が溢れだした魔物を殲滅して、押し返した。
獣人さん達も再度戦いに行ったし、私も薬草とホイミで手伝った。
大変だったけど、そんなの全然問題じゃなかった。問題だったのはその後。
戦いが落ち着いた後、私の元に、死体を抱いた人達が沢山、沢山、私を取り囲んだ。
「お願いだ、仲間を生きかえらせてくれ」
「頼む……」
「あんた、司祭だろう。タダみたいな値段で生きかえらせると聞いた。宝石ならいくらでもくれてやる」
「全財産をあげたっていい」
「なんで人間様が死んで、獣人どもは生き残ってるんだよ」
私は、じりじりと後ずさる。
「駄目なの。生きかえらせるには、予めルビス様の祝福を受けないと駄目なの」
「じゃあ、今から改宗するから、生きかえらせてくれよ!」
「無理だよ! わかってるでしょ!? 私の祝福した人は、怪我をしないって! 予めそういう祝福を受けてたの。ルビス様に普通に死んだ人を生きかえらせる力はないの……!」
「役立たず!」
「嘘つきめ!」
「いいから、生きかえらせろ!」
振りあげられる腕。
「きゃ……」
それを止めたのはリュリュだった。
「……お前達の仲間が死んだのはルイのせいではないし、縋る相手を間違ってないか?」
「なんだてめえ、獣人の癖に!」
リュリュは殴られる。なんで反撃しないの。
「……。好きなだけ殴ればいい。けれど、ルイはやらせない」
「駄目だよ、リュリュ……!」
「私は自分がどれだけ恵まれてるか理解せず、今まで散々ルビス様を貶めて来た。これはいい贖罪の機会だ。……今の彼らには、悲しみをぶつける事が必要なんだ」
「リュリュ……!」
私は泣いた。沢山泣いた。でも、泣いたのは私だけじゃない。皆が、悲しみに打ちのめされていた。
一応、迷宮にいて、耐えきって生き延びた人もいるのだが、ほんのわずかだったようだ。
次の日には、私の所には新米冒険者達やわずかなベテランが押し寄せ、そしていくつもの神殿の連名で復活の呪文を途方もない高額にするよう強制する手紙が届いた。
死体を持った人もまだ並んでいる。
考える事が多すぎて、なのに誰もかれも、待ってはくれないのだ。