「あれ……なんか変なとこに入っちゃったみたいだね」 「なんで蝶がこんなにいっぱい飛んでるの……」 「うわ、なんだあのひげの生えてる綿帽子は!」 ふと気がつくと、ショッピングモールは奇怪な景色の場所に変わっていた。 広すぎる空間、サイケデリックな景色、金属のこすれ会う音、そして化け物じみたなにか。 美樹さやかと鹿目まどかは、ゆっくりと迫ってくる魔性を相手に、なにも出来ることはなかった。 「ま、まさか転校生、こういうのを退治してるんじゃないだろうなあ、本気で改造人間かよ!」 「ちょっとそれ言い過ぎじゃ」 お互い抱きしめあいながら、ただ震えることしかできない二人。 「転校生! あんたが改造人間なら何とかしてよ!」 「さやかちゃん、それちょっと勝手すぎ!」 混乱するさやか。それを止めているまどかも、実は負けず劣らず混乱している。 確かにほむらのせいではないが、助けを求める事自体は別に勝手でもなんでもない。 と、その時。 パアァァン! バラバラバラバラッ! アニメやドラマでの、銃の効果音を思わせるような音がどこからともなく響き渡った。 はじけ飛んで消える魔性。彼女たちのまわりに広がる光。 そして。 「危ないところだったわね」 奥の方から、金色の輝きを伴って現れる人物。 自分たちと同じ見滝原中の制服を着た、スタイルのいい女性だ。 その手に大きな、光るなにかを持っている。 「助かった、の?」 安堵の息を漏らすさやか。 「あ、ありがとうございます」 とりあえずお礼をするまどか。 相手の女性は、 「もう大丈夫よ。でも」 「でも?」 相槌を打つさやかの背後を見つめる女性。 「私が手を出すまでもなかったかも」 その言葉に振り向いたさやかとまどかは、そこに意外な人物を見た。 長い黒髪の女性と、茶色いショートカットの女の子。 ほむらと、一緒にいた少女。 但しその服装が替わっていた。 ほむらは黒をベースとした服装。少女は茶のブレザー。 そして何故かほむらはマシンガンを、少女は巨大な本を手にしていた。 「お手並み拝見、と言っていいかしら」 「あなたが片を付けた方が早いとは思うけど」 ほむらがそういった瞬間、その姿が突然消えた。 「えっ?」 まどかが驚いたと同時に、その姿がまどかのすぐ脇に来る。 同時に起こる大音響。まるで数十丁の銃が一斉に発射されたかのような轟音。 そしてそれが収まると同時に、魔性の物はことごとく吹き飛び、同時に辺りの景色が、見慣れたモールの中のものに変わっていった。 「魔女は逃げたみたいね。追う?」 そう聞く女性に、ほむらは首を振る。 「まどか達を放ってはおけないわ、巴マミ」 「あら、私のことはご存じという訳なのね」 ほむらが頷くと同時に、その体が一瞬光に包まれる。するといつの間にか、服装が見滝原中の制服に替わっている。 「ちえみもこちらへ」 そしてほむらが茶色の少女に呼びかけると、少女も一瞬光に包まれた後、見河田中の制服にその姿を変えていた。 そこへさらにやってくる者がいた。 『マミ、魔女が逃げたみたいだけどいいのかい?』 「あ、キュゥべえ」 やってきたのは、かわいらしい姿をした、うさぎとも猫ともつかない、白い小動物だった。 まどかは思わず、「わ、かわいい」とつぶやいている。 「なあ」 そんな中、さやかが幾分怒ったような声でほむら達の方を見る。 「今の、一体……なんなんだ?」 いらだたしげなさやかを見て、マミも一旦ほむらの方を見る。 「どうします? そちらの方で説明しますか?」 「……いいえ。私はあなたにも用があったから、出来ればまとまって話がしたいわ」 「そう、そういう事なら、場所を移した方がいいわね。あなたたち、時間は大丈夫かしら」 「あ、はい、私は平気です。さやかちゃんは?」 「私も、まあ、平気だけど……」 「なら、ついていらっしゃい」 そう言って歩き出そうとしたが何故かその足が止まり、両手を背中側で組んだままのポーズで、片足を軸にくるりと振り返る。 その所作の美しさに、まどかなどは思わず見とれたくらいだ。 「あ、私としたことが、自己紹介をしていませんでしたね。私は巴マミ。見滝原中学の3年よ。あなたたちは2年かしら」 「あ、はい。私は鹿目まどか、2年です」 「私は美樹さやか。同じく2年です」 互いに頭を下げるマミとさやか&まどか。 マミはそのまま視線を残る二人に向ける。 「私は暁美ほむら。今日、二人のクラスに転校してきたわ」 「わ、私は、添田ちえみです。見河田中1年、まだ新米で、ほむら先輩にいろいろ教わっているところです」 「あら、そうなの」 マミは傍らのキュゥべえに目を向ける。 『そうだよマミ。彼女はつい最近魔法少女になったばかりで、まだなにも判っていないんだ』 「魔法少女お~~~っ!」 さやかが思わずツッコミを入れていた。それに気がついて少し眉をひそめるマミ。 「キュゥべえ、もしかして」 『ああ、二人にはぼくが見えている。一応声も聞かせているよ』 それを聞いて、改めてほむらとちえみを見つめるマミ。 「話をした方が良さそうね」 巴マミの家は、大きなマンションであった。 「一人暮らしだから、気楽にしてね」 「ええっ、中学生でこんな大きな家に一人暮らしなんですか!」 驚くちえみをほむらがペちっとはたく。 「気持ちは判るけどそれ以上詮索しちゃ駄目よ」 「……あ、はい」 そのやり取りを見て、まどかとさやかも、同じように思った疑問を押し殺す。 マミは別に気を悪くした様子もなく、優雅に微笑んだまま、すっと立ち上がった。 「今お茶を用意するから少し待っててね。あと私のことは、この後必然的に話すことになるから気にしなくていいわよ」 「す、すみません、私、いろいろ考えなしで」 マミが台所に行った後、ちえみはその後ろを伺うようにした後、そっとほむらに尋ねる。 「あの、先輩は事情知っているんですか?」 「一応はね。だからそういう事は聞いちゃ駄目よ」 思ったより好奇心は旺盛らしい、とほむらは思う。こんなところは、あの全知の魔女を思わせる。 程なくマミは、人数分の紅茶とケーキを持ってきた。 ケーキを見て、さやかが思わず声を上げる。 「うわ、おいしそう。でも見たこと無いなあ、どこのお店のですか?」 「それは後で。とりあえず食べてみて」 そんなやり取りを見て、ほむらは思わずくすりと微笑み、そして自分が微笑んだという事実に気がついて少し驚いた。 少なくとも今までの自分は、こんな状況で笑うなんていう事は出来なかったはずだ。 そう思考した自分に、ほむらはまた驚愕する。そしてその驚愕は、すぐ冷静な思考に代わる。 --今の自分には、ゆとりがある。逆に言えば、今までの自分には、それほど余裕がなかったのだ。そんな状況で、よくもまああの強大なワルプルギスの夜に挑んでいたものだと思うと、背筋が少し薄ら寒くなる。 「あら、暁美さん、甘い物は苦手?」 「……いえ、いただきます……………………」 勧められるままにほむらはケーキを口にする。 ほむらは自覚していなかったが、その時。 「って、うわ、先輩、なんで泣いてるんですか!」 「ほ、ほむらちゃん!」 「……なんかギャグで流すには深刻そう」 ほむらが口にしたケーキは、とても懐かしい味がした。魔法少女でなかった自分が、マミとまどかに救われた後。そして魔法少女になったばかりの頃。その頃何度も味わっていた、マミ手作りのケーキの味だった。 ……私は、こんなことも忘れていたんだ。 確かに、辛いこともあった。悲しいこともあった。喜びも、悲しみも、全てが擦り切れ、摩耗していた。そうして自分を研磨してきた、そう思っていた。 --もう誰にも頼らない。 あの時、そう誓った。だが、今はっきりと判ってしまった。 多分、それでは駄目だ。ワルプルギスの夜は強い。いくら力を付けても、一人では間違いなく、勝てない。 あれは絶望の集合体だ。 はっきりとしたことは判らないが、まどかが昇華した時のループで、ワルプルギスの夜と、その後の宇宙規模の魔女の姿を見たほむらには何となく理解出来た。 絶望を打ち破るのはいつも希望。だが、所詮人間、一人では希望を持ち続けることなど出来ないのだ。 マミのケーキの味は、かつて自分が持っていた、幼く、拙い頃の『希望』を、くっきりと思い出させていた。 今回も、また負けそうな気はする。何となくだが、まだ『足りない』気がする。 欠けた歯車、揃っていない歯車。噛み合っていない歯車。 ほむらのは今の自分を含めた状況に、そんなものを感じていた。 「暁美さん、どうしたんですか!」 少し強い口調で声を掛けられ、ほむらは一瞬の呆然から帰還した。 ふと気がつくと、何故か自分に注目が集まっている。 「あ、帰ってきたわね……驚いたわ。口にしたと思ったら硬直してしまって、おまけに涙まで。その様子だと口に合わなかったわけでもないみたいだけど」 「いえ、ちょっと、その………………ケーキ、おいしいです」 眼鏡を掛けていた頃の自分のようだ。そう思いつつ、真っ赤になったほむらは、残りのケーキをぱくつくのであった。 「さて、みんな落ち着いたかな」 めっさ可愛いほむらという激レアな物を見れたと気がつかないまま、魔法少女とその卵の乙女は、キュゥべえも交えてお茶会モードに突入していた。 ほむらも先ほどまでのかわいさはどこへやら、しっかり最初のクールビューティーに戻ってしまっている。 あまりの落差に、まどかなどまだ目を白黒させたままだ。 「私たちは魔法少女って言われているけど、要はね」 そこでマミはキュゥべえの方を見る。 「キュゥべえと契約して、あなたたちも見たあの使い魔や、その親玉ともいえる魔女を倒す者よ」 「なんでそんなことをしているんですか?」 まどかが不思議そうに質問する。 「魔女はね、呪いから生まれると言われているの。そして魔女は、存在しているだけで人々に不幸をまき散らす。魔女によってもたらされた不幸は、自殺とか事故の形をとる事が多いわ。 その上、魔女は普通結界の中にひそんでいるから、その存在はまず知られない。 私たち魔法少女は、そんな魔女を倒すことの出来る存在なの」 「そうなんですか」 「なんというか、ボランティア?」 素直に感心するまどかと、思わずツッコミを入れるさやか。 興味津々なのが見え見えである。 「そんなわけはないわ」 そこに冷水をぶっかけるのがほむらであった。 「今マミが言ったことは、魔法少女の表向きの話よ。セールスマンの営業トークみたいなものね」 そう言いつつ、横目でキュゥべえを見る。キュゥべえはどこ吹く風だ。 マミもほむらを見る目が少し鋭くなっている。 「表があれば裏がある。この世にボランティアで成立する業界はないわ。魔女と魔法少女が存在する裏には、冷徹な収支決算がちゃんと存在しているのよ」 「グリーフシードの事かしら」 突き放す言い方のほむらに、マミが確認するかのように問う。 「それも含むけど、もっと広範囲な事よ。ただ、今そこまで説明しても意味はないかもしれないわ。 そこまで踏み込んでいるのは、私とキュゥべえだけだと思うから」 「聞き捨てならないわね」 マミの態度に、ほむらは内心、食いついた、と思った。 魔法少女の真実は、今のマミにはまだ重いだろう。ただ語ったところで、反発されるのが落ちだ。 だが、今のほむらは、本当ならマミはそれを受け止めるだけの強さがあるのでは、と思い直していた。冷静に自分を振り返れば、あの時真実を知った自分がキュゥべえに騙されていると思い込んでみんなに説明しようとしたのは、下策もいいところだったのだ。 何より、キュゥべえは自分たちを騙していたのではない。本人も言う通り、自分の都合でこちらを利用しているだけだ。それを騙したと取るのはあくまでこちら側の感情、悔しいが道理はむしろキュゥべえの側にあるのだ。 そんな魔法少女システムの真実を明らかにするのなら、むしろこちらの側面から開示していかなければ、信じてもらえるわけなど無い。というか、説明するだけ無駄である。 感情に駆られて明かされた真実など、事実の前に潰されるだけである。 マミの錯乱を呼んだ真実の公開は、そのしかたに問題があったのだと言うことを、前回やはり錯乱したマミを見てほむらは悟っていた。 そう、マミが真実に潰されるのは、信じていた現実が『いきなり』崩壊するからだ。その切っ掛けは美樹さやかの魔女化。 だが、段階を踏んで、そしてキュゥべえ側の思惑もきちんと理解した上でなら? 前回、マミが自殺してまどかを慰める羽目になった時、ほむらは巴マミという人間をすこしだが理解出来た。自分が感じるのではなく、まどかに説明するという行為が、マミに対する理解を深めたのだ。 そして出た結論は、魔法少女のあり方に誰より誇りを持つ巴マミは、本来この程度で潰れる存在ではない、ということだ。手順を模索する必要はあるが、自分ですらこれだけ変わるのだ。マミが変われないという道理はない。 それはまどかにも、さやかにもいえる。変わらないのは既に自己を確立している佐倉杏子くらいだろう。彼女はある意味完成してしまっている。成長はしても、揺らぐことはもう無いだろう。 そしてほむらは、試行錯誤の最初の一手を打つ。 「本当に詳しく知りたかったら、キュゥべえに聞いてみるのが一番なのだけど、きちんと聞き方を考えないと誤解しかもたらさないから、今はまだ聞かない方がいいわ。 それも踏まえて説明するけど、基本魔法少女になるって言うことは、命の取引よ」 「命の、取引……?」 不思議そうなまどかに、ほむらは極めつけに冷徹な表情のまま説明を続ける。 「そう。キュゥべえも言っているでしょう、『契約』って」 「そういえばそうね」 マミが思い出すように上の方を見ながら肯定する。 「契約は約束事よ。つまりギブアンドテイク。ボランティアに契約を持ち出す人はいないわ。魔法少女になるというのはそういう事なの。 キュゥべえの契約は、一つの奇跡と命の引き換え。そういう意味では、言い方が悪いけど悪魔の契約に近いわ。まあ物語のあれよりは良心的だけど」 『ひどい言いぐさだね、ほむら』 「良心的だけどタチの悪さではあなたの方が上じゃない」 キュゥべえの文句をさらりと流すほむら。 「キュゥべえの契約は、本人の持つ資質の限界内で、およそあらゆる奇跡をかなえることが出来るわ。今言ったように資質的な限界はあっても、それはいわゆる量的な問題で、かなえられることに対する制約はないに等しい。たとえば千人の人を生き返らせるのは無理でも、一人くらいならなんとかなってしまう。半身不随程度ならどんなへっぽこでもまず大丈夫ね」 ほむらの言葉に、マミとさやかが明らかに動揺した。 「マミ、あなたのことを話していいかしら。私はあなたの契約の理由を知っているわ」 「どこで知ったのかは気になるけど……まあいいわ。私も話すつもりだったし。 あのね、皆さん。私がキュゥべえと契約したのは、事故現場だったの。交通事故で、私は死にかけていて。そこにキュゥべえが来て、ね。私には『助けて』としか言えなかったわ。 だから皆さんには、よく考えて欲しいの」 「そして今彼女が一人暮らしをしていると言うこと、それが限界の意味よ」 その言葉にはっとなるマミ。 「キュゥべえは悪魔と違って、決して願いの曲解はしないわ。むしろ誠心誠意、きちんと願いの裏まで読み取って正しく願いを叶えてくれる。良心的って言うのはそういう意味よ。 ただ良心的ではあっても曖昧な願いは正しい形で叶うとは限らないけど。それでも、契約者の願いを切り捨てたりはしない。 マミは助かることを願った。そして、もし可能なら、両親も一緒に助かることを願ったはずね。でも助かったのは彼女一人だった……そういう事」 『そうだね。残念だけど、ぎりぎりとはいえ生きていたマミと違って、マミの両親は即死だった。二人を生き返らせるだけの因果は、マミにはなかった。元々人の死を覆すのは、願いとしてもかなり大変なんだ。特に死後時間が経っているとまず不可能になる。最悪死体を動かすだけならなんとでもなるけど、魂が消滅している存在を魂ごと復活させようとしたら、相当の才能が必要になるよ』 ひとつ、賭に勝ったのをほむらは知った。キュゥべえのことだ、両親も助けられたところを、願わなかったからと切り捨てた可能性も有ったのだ。だが、先の理由の通り、ほむらはキュゥべえがしなかったのではなく、出来なかったのだと踏んでいた。 出来るのならやっているからである。ただ、両親が死んだのを確認してから契約を持ちかけたくらいはありそうだと踏んでいたが。たとえば、マミの因果量が、両親のうち片方だけなら助けられるくらいだとしたら。マミは迷って契約を渋るかもしれない。それなら両親がどうやっても助からなくなってから契約を持ちかけるくらいのことは、彼らは平気でやる。 なんにせよ、今の時点でマミがキュゥべえを疑うのは良くないことなのだ。まだ早い。 「死体を動かすって、それなら出来るって言うの? 趣味悪いなあ」 「悪魔の契約じゃないけど、確かそういう話があったような」 「あ、猿の手の話ですね。三つの願いのお話の定番で」 さやかのぼやきに、まどかとちえみが反応する。 話の流れを受けて、ほむらはもう一歩踏み込んでみることにした。多分ここまでなら、流れ的に何とかなる、そう判断した。 「たしかに、ね。ちょうどいいから、もう一つ、魔法少女になるって言うことが、どういうことか踏み込んで教えてあげるわ。マミも、ちえみも、この事は覚えておいて損はないわ。ただ……ものすごくきつい。これを知ったら、もう二度と引き返せない、そういうレベルの話だけど、あなたたちなら耐えられると思うから。それでも聞きたい? 今なら間に合うわ」 卑怯な言い方だと、自分でも思う。こう言われたら、マミは間違いなく踏み込んでくる。そして知ってしまっても、マミは『壊れられない』。良くも悪くも、マミは責任感が強い。錯乱しても、『魔女を生み出さないために魔法少女を殺す』という錯乱のしかたをするくらいだ。ただ半狂乱になるのでも、絶望して魔女化するのでもない。 魔女を生み出さないようにするという、『責任感』が暴走するのだ。 ある意味始末に負えない壊れ方をするとも言える。 そしてマミは。 「……聞きたいわ。あなたがなにか企んでいるような気がするけど、それでも踏み込まないといけない、そういう話なのでしょう?」 「私も知りたいです。大事な事みたいですし」 「判ったわ。まどか、さやか」 そこでほむらはまどかとさやかをじっと見つめる。 「魔法少女になると言うことがどういうことなのか、この後のわたしを見ていればよく判るわ……だからね、絶対安易な気持ちで、キュゥべえと契約しては駄目よ。魔法少女の契約って言うのは、本来そのくらい重いものなのだから。 マミも、ちえみも、そして私も、みんなそのくらい重いことと引き換えに、契約を結んだのよ」 「私は選択の余地無く、だったけど。でも後悔はしていないわ」 そんなほむらとマミの様子に、唾を飲み込むさやかとまどか。 そしてほむらは、ソウルジェムをキュゥべえに渡していった。 「キュゥべえ、ここから二百メートルほど離れて」 『いいのかい……ああ、そういう事か。判った』 キュゥべえが走り去った後、さやかは怪訝そうに聞いてきた。 「ちょっと、あれになんの意味があるの?」 「すぐ判る……」 そこまで言ったところで、ほむらの体がくたっと倒れ込んだ。 「ちょ! しっかりしろ!」 「ほむらちゃん!」 「暁美さん、どうしたの!」 「先輩!」 口々に上がる悲鳴。そして、マミがほむらを介抱しようとしてその身に触れたとたん、その表情が蒼白になった。 「うそ……なんで……?」 「ほむらちゃん!……うそ、つめたい」 慌てて駆け寄ったまどかも一気に血の気が引いた。 そこに。 『驚いた? それこそが魔法少女の、偽るべからざる真実の一端よ』 ほむらからのテレパシーが、彼女たちの脳裏に響き渡った。 『どういうこと!』 同じくテレパシーで叫ぶマミに、ほむらは冷静に答える。 『すぐ戻るわ。体の方、よく見ていてね』 そして信じられないことに、マミに抱えられていたほむらの体が、だんだんと血の気を取り戻してきた。 そして、 「判ってはいたけど、あまりやるものじゃないわね……」 「大丈夫なの! まるで死んだみたいに」 「みたい、じゃないわ」 そう語るほむらの言葉に、一同は凍り付いたようになってしまった。 『全く、無茶をするね、君は』 一人キュゥべえだけが平然としていた。 『そりゃ少しくらいは平気だけど、よほど慣れていないと普通は感覚が消えた時点でおかしくなりかねないんだよ』 「自覚さえしていればどうにでもなるわ。そういうものでしょう」 『そりゃそうだけど』 そんな漫才のようなやり取りをしている。死んだようになるのが当然の如く。 そんな二人に、マミは幽鬼のような有様のまま、それでも声を掛けてきた。 「暁美さん、キュゥべえ……これ、どういうこと?」 「簡単な事よ。ソウルジェムは、その名前の通り、『魂の宝石』なの。いわばこちらこそが私『暁美ほむら』という人間の要。肉体の方は抜け殻……というより、服みたいなものよ。あるいはアニメの巨大ロボットかしら。 ソウルジェムという魂から操縦されている、乗り物に過ぎない、とも言えるわね」 「それじゃまるでゾンビじゃない!」 耐えかねたように、さやかが叫ぶ。 「声が大きいわよ。近所迷惑だわ」 そんなさやかを、なだめるようにほむらは語る。 「みての通り、魔法少女になるというのは、契約に基づいて魂を物質化し、魔力を運用する力を身につける事よ。後さっき肉体が乗り物っていったけど、乗れるのはあくまで自分の体だけ。そう願わない限りは、他人の肉体を乗っ取るような真似は出来ないと思うわ。試したこと無いから判らないけどね」 『そういう力じゃない限り、他人の体を動かすのはおすすめしないよ。自分本来の肉体以外を動かそうとしたら、マッチングに魔力を使いすぎてあっという間にソウルジェムが濁るだろうし』 「ということらしいわね。まあ、利点がない訳じゃないわ。自覚していれば、最悪肉体が消滅してもソウルジェムと魔力の残りがあれば復活は可能よ。マミ、あなたあたりなら、願いの内容からしても、おそらくこの事を知っていれば、他の魔法少女がやられた時、かなりの確率で助けることも出来るわ」 「そ、そう、なの……?」 ああ、やはり自分は卑怯者だ。ほむらは話しながら少し自己嫌悪に陥る。話したことに嘘はない。死の否定、怪我の回復を祈った巴マミなら、この事を知っていればかなりの確率で肉体を損傷した魔法少女を癒すことが出来るはずだ。さやかの例を挙げるまでもなく、怪我の回復を祈りとした魔法少女はほぼ例外なくこの手の能力を持っている。 そして自分がある意味ゾンビだと言われ、衝撃を受けていても、そのことに意味と利点があると思えばそれに縋って何とか自分を支えようとするのが巴マミという少女だ。 本当の意味で自分を立て直すにはまだ時間が掛かるだろうが、いきなり堕ちると言うことはこれでないはずである。 そしてここから立ち直れば、魔女の真実にも耐えられる可能性が上がる。 「うわ~、そんな秘密があったんですか~」 一方ちえみは意外に衝撃を受けていないようだった。 「あの……気にならないの?」 さすがにあっけらかんとしすぎていて、まどかが心配そうに話しかけている。 「うーん、とりあえず自分の体はあったかいし、ちゃんと動くし。ソウルジェムを手放さなければ問題ないんですよね、先輩」 「ええ。百メートル以内くらいなら特に問題はないはずよ。それでも原則、ソウルジェムは肌身離さず持っている事ね。あと、そう傷なんかつくほど柔じゃないけど、魔法が当たったり銃撃されればさすがに破損するから、ソウルジェムは最優先で守りなさい。この間はそこまで教えなかったけど」 「判りました、先輩!」 そんな様子に、あっけにとられるまどか。 「そんなんでいいんですか?」 「そのくらいでいいのよ」 まどかの疑問をすっぱり切り捨てるほむら。 「ただの人間だって、魂は見えてないだけでどっかにあるのよ、こうして物質化できるんだから。それを考えたら、魂がどこにあるか判らない人間の方が不便ではないかしら」 「え? あれ? そういう事なの?」 「おいまどか、それ騙されてるぞ」 困惑するまどかをみてさすがに突っ込むさやか。その様子に、マミもちえみも、耐えられなくなって笑い出した。 そして笑いながら、なにかを悟ったようにマミが話す。 「(くすっ)そうなのね、その程度に捉えておく方が、精神的にもいいのね、(ぷぷっ)……」 「そういう事よ。むしろ、最悪肉体を損壊させてでもソウルジェムを守る、それを自覚していないと、戦いの時思わぬ不覚を取るわ」 ほむらは語る。 「たとえばマミの場合なら、自覚さえしていれば心臓を打ち抜かれようが下半身を吹き飛ばされようが、魔力さえ足りてれば即座に復元して戦いに戻れるはず。確かあなたは変身した時ソウルジェムを髪飾りにしていたはずだから、頭部をソウルジェムごと潰されでもしない限り、そう易々とやられたりはしないと思うわ」 「ご忠告感謝するわ。確かにあまり気分のいい話ではないけど、ちゃんと意味のあることでもあるのね」 「ええ。ただ、その意味をきちんと理解していないとショックの大きい話だから、キュゥべえもいちいち説明しないし」 『この事を説明すると、何故かみんな僕たちを非難することを言うんだ。だから説明しなくなったんだよ』 そういった瞬間、マミ、まどか、さやかの目がキュゥべえを睨む。 『ほら、そういう目だ』 言われて慌てて視線を外す三人。そこにほむらが畳み掛けた。 「キュゥべえは今みたいに独自の倫理で動く存在なのよ。悪意も敵意もないけど、やはり人間とは違うって言う事を自覚しておかないと、人は自分から奈落に転げ落ちることになる。決して嘘はつかないけど、契約内容はきちんと確認しないと、思い込みに足を取られるわ」 「……心しておくわ」 それでもこちらを少し恨めしそうに、マミはほむらをみていた。 それは親友の旧悪を暴かれた少女のようであった。 そして、ほむらは宣言する。 「まどか、さやか、これが、魔法少女になるって言うことの意味よ。それは文字通り、人間を捨てて『魔法少女』という化け物に変わると言うこと。その代価として、キュゥべえは一つの奇跡をくれるのだけれどね。 そしてこれに加えて、魔法少女には命を掛けて魔女と戦うという使命が加わる。マミ、もし彼女たちが望むのなら、本格的な魔女の戦いを見せてあげられないかしら。 私は今、ちえみにそれをしないといけないから。後々相談に乗って欲しいんだけど、ちえみは魔法少女としてはちょっと規格外で、ほとんど戦闘力がないのよ。 だから私が教えようにも、ちえみまで含めて三人を守りながら戦うのは少しきついわ」 「時間が会えば合流するのはやぶさかではないけれど……添田さんは見河田中よね」 「はい」 「私はこういう言い方は好きではないけど、縄張り的な問題もあるわね。でも一緒に出来るのなら協力は惜しまないわ。だからといって、無理はしないでね」 「はい。その辺の塩梅はほむら先輩にお任せします」 「とりあえず取り逃がした魔女に関しては私も協力するわ。幸い明日は土曜だし。ちえみは大丈夫かしら」 「この間も言いましたけど、問題ないです。お父さんの工場、忙しすぎて」 元気に答えるちえみをみて、ほむらも微笑んだ。 その時まどかは、何故か少し胸がずきりと痛むのを感じた。そして反射的に言ってしまう。 「あの、わたしは、一度見てみたいです。魔法少女になるかどうかは、その、ちょっとあれですけど、私、魔女がこの町にいるって知っちゃいましたし。 ばい菌は目に見えないけど確かにいる、みたいな感じで、ちゃんと一度見ておかないと、潔癖症みたいになっちゃいそう、ですし……」 「あ、それ有りそう。台所でゴキブリ見ちゃったみたいな感じ?」 さやかも便乗してきた。 「ならまた明日合流しましょう。時間は……添田さん、あなたに合わせるのがいいわね」 「なら2時くらいでおねがいします。うちに帰ってから自転車で来ますから」 「ではモール中のハンバーガーショップ、そこに2時、ということで」 話はまとまった。明日はあの魔女との戦いだ。 元々マミ一人でも余裕で倒せる相手だ。ちえみに危険が迫ることもほぼ無いだろう。 だが油断は禁物だ。一連の話の流れは、今までにない展開になっている。 将来のためにも、みんなの行動を心に刻んでおく必要がある。 ほむらはそう、改めて自分に誓った。