集まった少女達は、とりあえず話が出来るところと言うことで、マミの家に移動していた。 ちなみに候補地としてはほむらの家及び織莉子の家もあったが、ほむらの家はまだ結界その他の仕込みがすんでおらず、織莉子の家はいささか遠かったため、消去法でマミの家になった。 さすがに話の内容が内容だけに、その辺の店とかは避けたかったのもある。 そんな訳で、以前にも増しての大所帯が、マミの家に押しかけることになった。 「私は賑やかなのも好きなのでいいのですけど」 「私の家の準備が終わればそちらも使えるわ」 マミが喜び半分ぼやき半分で言ったのを受けてほむらが答える。そして気がつく。 「本当に、みんなも記憶を継承しているのね」 「まあ、今朝方いきなりな」 杏子がケーキにかぶりつきつつ言う。 「でもよ、あたしやマミはともかく、さやかやキリカはいきなり魔法少女になっちまってるし、ゆまは……ちょいとあってな」 「……?」 何か歯切れの悪い杏子の様子に、みんなの注目が集まる。 「あたしは滝の上で気がついたから、記憶の継承……っていうか、これのせいでちょっとパニクった後、真っ先にゆまの所に行ったんだ。前で少し言っただろ、ゆまは親を魔女に殺されている。 そしてあたしが記憶を受け取ったのは、ゆまを見つける『前』だ」 そう言いつつ杏子が見せたのは一冊の『本』。ほむらがそれを興味深そうに見つめるのに気がついた杏子は、それを少し牽制するように手を振りながら言葉を続けた。 「あ、こいつに関しては後な。んで、あたしが以前ゆまを見つけた辺りに行った時、あたしが見たのは、消える結界の気配と……殺されかかってたゆまだった」 「なっ!」「それは……」「大丈夫だったの?」 さやかやまどか達が思わず声を上げる。 それを制しつつ、杏子は言葉を続けた。 「これ前はいちいち言わなかったんだけどよ、ゆまのやつ、どうも親に虐待されてたっぽい。たばこの跡とか付いてたからな。んで、時期を考えると少しずれちゃいるが、ひょっとしたらゆまの覚醒に引きずられたのか、ゆまの両親を喰い殺した魔女が出現したらしい。 でも、今のゆまにはあんな雑魚敵じゃねえ。当然あっさり叩きつぶして、母親を守ったんだ、と思う」 杏子の隣で、ゆまが頷いていた。 「けどよ、かえってそれがまずかったっぽい。おふくろさん、変身したゆまを見て遂にぶっ飛んだらしくてさ、「あんたはあたしの娘じゃない」とか言いながら、錯乱して包丁持ってゆまを追いかけ回してやがった」 皆の間に、何ともいえない沈黙が流れた。 「実はさ、さすがにやべえと思って、ちょいと幻惑して逃げたまんまなんだよね」 「オチをつけないでっ!」 何故か珍しくも般若になったマミが、杏子を張り倒した。 「……こほん。まあ、ゆまちゃんとバカの処遇は後で考えるとして」 照れて真っ赤になったマミが、ごまかすように話題を変えた。 杏子は今ゆまにいい子いい子されながら寝ている。 どうやら本気でぶん殴ったらしい。 まどか、さやか、ほむらの、マミをわりとよく知るメンツは、何事かとマミを注視してしまった。 実際の所は同居の記憶ゆえ気安くなっていたせいなのだが。 そんな皆の様子を、織莉子が笑ってみている。 「何かぐだぐだね」 「でも、嫌いじゃないわ」 「あら、あなたからそんな言葉が出るなんて……変わったわね」 「あなたほどじゃない」 で、何故かほむらと織莉子の掛け合いになっていたりもする。 「でも、真面目な話、ゆまちゃんは、何とかしないと」 「……だよな」 「少なくとも、親元には戻せねえぜ」 まどかとさやかが話を真面目な方向に戻した時、寝たまま杏子がいった。 「見てないと判んないだろうけど、ありゃ本気でヤバかった。親元に帰したら、間違いなくありゃゆまをガチで殺しにかかるぜ、あのおふくろさん」 「そんなに、思い詰めているの?」 杏子の物言いに、マミが確認を取る。 「ああ」 杏子は短く一言だけ言った。 「だとすると、誰か大人の方の力がどうしてもいりますね」 「そうだな、魔法でごまかすのはよくない事だろう」 マミの意見に、キリカも同調する。 「こういう時、子供だけというのは不便ね……」 「ねえ織莉子、あなたには使えるコネ無いの?」 が、その流れでキリカが言った言葉に、ほむらが固まってしまった。 「……記憶があるって言う話だけど、『どこまで』あるの!」 その慌て振りを見て、何故か顔を見合わせるほむら以外の全員。 「あちゃ、そっちの話するの忘れてたよ」 「ですね」 「そういえばそうか。あの事件、ほむら嬢にはトラウマか」 「あ、私が殺された時の?」 「まどかっ!」 さらっとまどかの口からイレギュラー時の言葉が出て、遂にほむらもぶち切れた。 「ゆまちゃんのことも大事だけど、その前にきちんと説明していただけないか・し・ら」 「ごめんごめん、あたし達、ただ記憶継承してるっていう訳でもないんで」 憤るほむらを見て、さやかが謝るように言った。 「んじゃほむほむご所望の説明をば」 「ほむらよ」 「というお約束はおいといて」 うまく流されてしまっておかんむりのほむらであったが、事情は聞かねばならないのでさやかの言葉に耳を傾けた。 まず、彼女たちが記憶の継承や魔法少女化した原因は、ある『本』のせいらしい。 ほむら以外の全員が持っていた『本』は、各自のソウルジェムの色をしていたが、そのデザインはちえみの持っていたあの『書』と全く同一であった。 「ま、見て判ると思うけど、誰がやったかは明白だよな」 「私はどうもそれだけじゃないんだけど」 どうやらまどかだけは他にも何かあるらしい。 「まあまどかのことは少しおいておくけど、これにさ、記憶の他に、ちえみからのメッセージも入ってたんだわさ。 ちなみにあたしが継承してるのは、原則魔法少女になってほむほむなんかと戦った時の記憶と、あたしが何か魔女になったのが二回分かな」 「私はほむらさんと出会ったことのある記憶ほとんどですね」 「ちなみに私は、織莉子と親友になった時とまどかやさやかと親友になった時の流れがメインだ」 「ほむほむは何かプンスカしてるけどさ、それって見滝原中が魔女の結界に捕まっていっぱいやられた時の話でしょ。まどかが殺されてた」 「うん。私がほむらちゃんに守ってもらってて、最後に飛んできた何かがお腹に刺さった時の」 「……頼むからあの話を気軽に話さないで。あと私はほむら」 真面目に聞いていたものの、織莉子と争った時の話があまりにも軽い扱いなのを聞いて、本格的にほむらは気が滅入ってきた。 「あの時は私とキリカさんが争ったことがキリカさんの魔女化の原因になってしまっていたのね。戦ったことは謝らないけど、それに関しては知らなかったとはいえごめんなさいね」 「何、あの時の私は織莉子の剣、そして非情なる殺人者だ。私自身は一片の悔いもないよ。もし織莉子と出会っていなかったら、マミが私の親友になっていた可能性だって有るのだろうし。 実際今の私は少々困っている。織莉子に誓った私と、まどか及びさやかに誓った私が同居していて、しかもその両者が喧嘩しているようなものだからな」 「キリカさん、私は殺された時のこと別に気にしていないよ。私から見れば誰に殺されたかなんて判らなかった訳だし、別の時間では守ってもらっているし、ほら、私の方が世話になっちゃってるから」 「恩人……君は優しいな」 「そうよ、キリカ。あの時私がキリカに手を汚してもらったのは、まどかさんが最悪の魔女……世界を滅ぼしてしまう存在になってしまうからであって、まどかさんという人の人格を否定してのものではないのだから。 その前提がないこの世界で、私とまどかさん達が敵対する必要は全くないわ。むしろ手を取り合わなければならないくらいですもの」 「そうですね。そんな都合の悪いことは忘れちゃいましょう」 どうしても話がぐだぐだになる状況に、ほむらはこの場で話を聞くことを諦めた。 結局そのまま夕食会になだれ込み、果てはお泊まり会にまで至るという話になってしまった。 何とか事情は聞き出せたものの、ほむらの精神的疲労は半端なものではなかった。 どうやら今回のループは、ほむらが最後の時に聞いたことと合わせて、ちえみ……いや、全知の魔女が仕掛けた事らしい。 織莉子も、今の時間の流れには、救いの道があることを確信している。 「ただ、その手段に至る部分は、意図的に私の記憶から消されているらしいわ。でも、それが存在していることだけは確信出来る……そしてそれが、予知に頼ってはいけないことだというのも、また確信しているの」 だから私は絶望せずにすんでいる、と織莉子はほむらに語った。 織莉子自身は、ジークリンデの知識を継承しているとのこと。但しそれにはジークリンデとして過ごした人格的なものは一切無く、純粋なデータの羅列らしい。 その上で織莉子は、ほむらに手を差し出してきた。 あの時はああするのが最善であり、今はこうするのが最善である。ほむらの人格や感情を無視した話であるが、この手を取ってもらえるか、と。 もちろんほむらはその手を取った。織莉子の性格を、ほむらは熟知していたのだから。 他の人物のこともまとめると、原則的に元々魔法少女だったマミや杏子は、ほむらと過ごしたループの記憶を継承しているらしい。ただまとめて受け取ったせいで受けきれずに抜けている部分も多いとか。但し、『本』に触れると、その忘れていることを自由に思い出せるらしい。 他、必要とあれは本に記載された記憶を他者に見せることも出来るとか。 まどかとさやかはほむらの憶えているループの記憶はほぼあるらしい。但し、やはり重複が多いせいで何度目のループの記憶だったかがかなり混乱しているとか。 さやか曰く、『もういつの記憶かなんか関係ないでいいよ』とのこと。 思い出があれば充分、とも言い切っていた。 キリカや織莉子は、ほむらとの因縁が薄かったせいか、あのイレギュラーの時と、後半戦でつきあった時のものだけらしい。ゆまも似たようなものだとか。 ゆまの場合は幼いこともあって気にもしていないらしい。 「原則として、私とのつきあいのあった流れの記憶を以ているみたいね」 マミの家の風呂の中で、ほむらはそんな事を考えていた。 急遽泊まりになったため、早く寝るマミゆま杏子がまず入り、次いでキリカ織莉子さやか、そしてほむらとまどかがラストだ。 ほむらが少し一人で入りたいと言ったので、まどかはいない。 実際、話してみて判ったことは、あの「魔法少女のいない世界」の記憶を持った相手はいないということだ。 さすがにあの世界の記憶まであったら混乱しまくりだろうとほむらも思う。 なにしろあるときはちえみや杏子と新興宗教の幹部をやっていたり、織莉子と派手に喧嘩する仲になっていたりと、いろいろ違った世界なのだから。 と、その時であった。 「ほむらちゃん、いいかな」 脱衣所の方から、まどかの声がした。 しかも、いいかなと確認するようなことを言っておきながら、実際は既に服を脱いでいるようだ。 女同士、別段恥ずかしがるようなことはないはずなのだが、何故かほむらは顔が赤くなるのを感じた。 そしてまどかは、ほむらの返事を聞きもせずに浴室へと入り込んできた。 そして…… ……少女入浴中…… 「ほむらちゃん」 一緒にあまり大きくはない湯船に浸かりながら、まどかがほむらに言葉を掛ける。 ほむらは何気ないその言葉が、何故かものすごく重いものに聞こえた。 なので、その直感に従い、真面目に返事をする。 「何、まどか」 「私ね……たぶんちょっとみんなより、いろいろな事がわかっているの」 「……どういうこと? 何か余計な記憶でもあるの?」 「余計じゃないんだけど……あのね、ほむらちゃんの前で消えちゃった、『円環の理』としての私も、今の私の中にいるみたいなの」 危うくほむらは湯船の中に沈みかけた。幸い湯船が狭すぎて、まどかの体に引っ掛かったため沈没は免れる。 「ま、まどか、それって……」 声が大きくなるのを必死に抑えながらほむらは聞く。 そしてまどかは、 「うん。だから言ったでしょ、『私の最高の友達』って……」 その言葉にはっとなるほむら。そう、あの言葉は、昇華直前のまどかの言葉。 ただの記憶継承では、絶対に受け取れるはずのないもの。 「別に神様の力が使えるとかじゃなくて、私じゃない私が、神様みたいな存在として、『もう一つの世界』をずっと眺めて、そして無数の魔法少女を、絶望の果てに至っちゃった魔法少女を、魔女にすることなく『円環の理』に受け入れていた、そんな思いの記憶を、少しだけ受け継いでいるみたいなの。 でね、ほむらちゃん。 私、生まれ変わったあっちの世界で、ずっと、『鹿目まどか』でいられたんだよ」 その言葉に、ほむらは疑問を持つ。まどかはあの願いによって、円環の理という、人格も何も無い概念になりはてるのではなかったのか? 少なくともキュゥべえはそう思っていたはずだ。 そのことを問いただすと、まどかはこう答えた。 「ほむらちゃんが、私のことを憶えていてくれたから」 「え……」 固まるほむら。それはまるで、愛の告白のようで。 「私も知らなかったんだけど、あの時、ほむらちゃんにリボンを託したでしょ?」 「ええ。愛用させてもらったわ」 「あれね、実体としてのリボンだけじゃなかったの、渡したもの」 それって……と言おうとして、ほむらも気がついた。 確かあの時の自分は、そしてまどかは、概念として溶ける寸前のものだったはずだ。 ましてや衣服すら着けていない状態。そんな状態で、何故リボンが受け取れる? そんな大事なことを見逃していた自分に、ほむらは今気がついた。 「私も気がついていなくて、本当に記念にリボンを渡したつもりだったんだけど、それがほむらちゃんが私を憶えていられた理由なんだって」 「それって、どういうこと?」 「これね、魔女になっちゃったちえみちゃんが教えてくれたんだけど」 その言葉に、胸がずきりと痛むほむら。 「私が『リボンを渡そう』って思ったことで、私の力の一部が、ほむらちゃんに託されていたんだって。その力は、あっちの世界で、一部が象徴としてただのリボンになり、残りはほむらちゃんのソウルジェムを包み込んで、あの世界にほむらちゃんがいられるようにしていたんだって」 「……私は、最後までまどかに守られていたのね」 今のほむらには理解出来た。ほむらはまどかを守り切れていなかった。むしろまどかに守られていた。あの世界にほむらがいた事、ほむらだけがまどかの昇華を見守れたこと。 それはつまり、ほむらが部外者であるという事。まどかの創り出した新世界において、ほむらは異物であるという事。 それをまどかの心が包むことで、彼女が排斥されることを防いでいたという事。 そしてその守りが砕けた時、世界の理、ほむらの祈り、時の矛盾、その全てが絡み合い、ほむらはあの『魔法少女のいない世界』に落ちた。 そこに絡む『全知の魔女』。ほむらを助ける事によって、そこに至る定めを負ったちえみ。 そしてちえみは、その定めに従って、遂に全知に至った。時の輪を閉じる、ただそのために。 それがほむらを救うことに繋がるかは、今となっては確定していない。だが、それなくしてほむらが救われる可能性はあり得なかった。 だとしたら、自分は。 救われなければならない。救われるのではない。救われなければならない。 「どっちも、どっちだよ」 まどかはそう言った。そして、 「ねえほむらちゃん」 「何、まどか」 「私……何を間違ったのかな。神様の私は、ちえみちゃんが私を殺した時に言った言葉を知ってたの。私の祈りは、世界を書き換えたあの祈りは、『正しい間違い』だって。 それって、どういう意味なのかな」 ほむらも考える。 「正しい間違い……こんな言い方からすると、結果は正しくても手段が間違っていた、辺りかしら。 まどかは祈りによって、多くの魔法少女を救った。それは揺るぎない事実であり、それは『正しい』筈だわ。 でも、その結果としてまどかが円環の理に昇華してしまうことは、仕方ないのかもしれないけど、でも、どこか間違ったことなのかもしれないわね」 「ちえみちゃん、やめさせられなかったんだよね。ちえみちゃんは私があの願いを掛けることを予想していた。それはやってはいけないことだった。でも、やらせないといけないことでもあった。 神様の私が知ってたんだけど、もし私があの願いを掛けたら、ちえみちゃんはああするしかなかったんだって。 願いは阻止しなければならない。でも、同時に神様になるわたしを見なければならない。 それは時の矛盾、存在の輪を閉じる絶対条件だったからって。 だから私は、今度魔法少女になるとしたら、あの祈りは掛けられない。 でも、猫を救うみたいな祈りだと、ワルプルギスの夜の絶望に負けちゃう。 でも、私が魔法少女にならなかったら、ほむらちゃんが犠牲になっちゃう。 ねえ、ほむらちゃん、私、どっちを選べばいいの?」 それは難しい命題。絶対の二律背反。 だがそれは、本当に絶対なのか。 「どこかに、隙があるはずよ。もしこれが本当に絶対なら、私とまどか、どちらかが必ず犠牲になるっていう事。でもそれでは、世界は救われない。 まどかが魔女化すれば世界は呑まれる。 私が魔女化すれば世界は滅びる。 どちらも魔女化しなければ世界は滅ぼされる。 いずれにしても救いがない。未来を見られる織莉子が絶望するのも当然だわ。 でも、本当に絶望しかないのなら、私がこうしていられる訳はないわ。 どこかに隙があるのよ。一見絶対に見えるこの仕組みの、どこかに付け入る隙が。 考えましょう、まどか。知り、調べ、知識を、智恵を広げる。そうすれば、見えないものが見える。思わぬ解決法が見える。 私はあの世界から戻ってきて繰り返した中で、そのことを嫌と言うほど思い知ったわ」 「うん、そうだね、ほむらちゃん。私も考える」 少女は、少女達は考える。運命を出し抜き、未来を救う手段を。 実は意外なほど身近にあるその答えに、彼女たちは気がつけるのか。 青い鳥は、いつも近くにいるのだ。 「あ、そうだ」 「何、まどか」 「これね、神様の私からの、唯一の記憶じゃない、メッセージなんだけど」 「なに?」 ――今度は、賢者の贈り物をしないようにね。 「賢者の贈り物って、知ってる?」 「……どっかで聞いたことが……後で調べてみましょう」