「じゃあ、行くね」 「……さすがに判っていたか」 「一応はね。私、これでも神様なんだよ」 時空の狭間。魔女の図書館内。 今、少女達のお茶会は、その終わりを迎えようとしていた。 女神まどかの前には、8冊ほど積まれた漫画の本。 今までのほむら達の軌跡だ。 「わたしを見ていてくれたんでしょ、ほむらちゃんの代わりに」 「……ああ」 「そうじゃなかったら、ほむらちゃんがいなくなったあの時で、今の私、円環の理、女神としての『鹿目まどか』は消えていた」 無言で頷く図書の魔女。 「私が『円環の理』じゃなくて、『鹿目まどか』としてみんなを見守れたのは、ほむらちゃんがいたからなんだよね」 「そういう事だ」 本来まどかは、円環の理としてその存在を昇華する時に、『鹿目まどか』としての人格は消えるはずだった。それが残っていたのは、最後のあの時、お互いが消えようとする中で渡した、あのリボンのせいだった。 落ち着いて考えてみれば判ることだが、あの時のまどかとほむらは、何も身につけていない状態、言い換えれば物理的な実体ではなかった。 もしそうだとしたら、ソウルジェム無しでは二人は存在も出来ないのだから。 そしてそんな、いわば魂の状態で渡されたリボン。 「まどかはただリボンを記念に渡しただけのつもりだった。だが、実際に渡されたのは、まどかの『魂の力』に他ならない。そしてそれは、暁美ほむらが新世界へ転生した際、彼女本来のソウルジェムを覆う力となった。 それゆえにほむらは身に秘めた矛盾によって世界に弾かれることもなく、新世界に存在することが出来た。そのせいで時間停止が使えなくなり、代わりに使える力がまどかの能力である弓になったりしていたがな。 そして暁美ほむらが自身のソウルジェムを覆う力によって保護され、『存在』していたが故に、鹿目まどかもまた『観測者』を得て、その存在が円環の理という一概念に転化することを免れた」 「うん。人は体の死と、記憶からの死と、二度死ぬっていうけど、私はほむらちゃんが憶えていてくれたから消えずにすんだんだよね。 そして、ほむらちゃんが弾かれた後は、こうしてちえみちゃんが代わりにわたしを見て支えていてくれた。ありがとうね」 黒い影なのに、何故か魔女は赤くなったようだ。 「恥ずかしいことを言うな。ま、そうしたら事故でほむらのソウルジェムが破損した。だが、壊れたのはあくまでも本来のそれを覆っていたまどかの力。それが取れると同時にほむらは元の力を取り戻し、また世界の矛盾によって弾かれ、旧き円環に捉えられて元の次元に落ちた」 「それをちえみちゃんが邪魔したんだよね」 「ああ、存在の輪によって、その干渉をするのは定まっていたことだがな。旧き世界を巡ることによって、ほむらはちえみを見出し、そしてちえみは私に至る。見事なまでの存在の輪だ。今は結局の所歴史の流れに逆らえず、ほぼ輪が閉じてしまっているがな」 「ごめんね。私があそこで正しい方の願いを掛けられれば……」 「無理を言うな。あれはほむらが正しいキーワードでまどかを誘導しないと、あの時点のまどかの口からは出ないだろう」 やれやれと肩をすくめる魔女。 「さて、ワルプルギスの夜も始まりの世界に無事落ちたみたいだし、私は引きこもりに戻らないといけなくなったようだ。まどかも合流するんだろう、最後の世界のまどかに」 「知っているとまずいキーワードだけちえみちゃんに預けていくけどね」 「いってこい、まどか。もう私は何も口には出せない。失敗して全ての円環が閉じ、矛盾の消えた世界で私とまどかとほむら、三人だけが消えるのか、全てをぶちこわして新しい秩序が立つのか、全てはおまえとほむら次第だ。ま、私はどっちでもいいよ」 「私は魔女じゃないちえみちゃんにまた会いたいよ」 「じゃあ、頑張ってこい」 その言葉と共に、女神まどかの姿は消えた。 同時に魔女の図書館には、無限の静寂が戻る。 そしてその主は、一つの世界を見続けるのであった。